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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086484
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】音響設計支援方法
(51)【国際特許分類】
   G06F 30/20 20200101AFI20240620BHJP
   G06F 30/10 20200101ALI20240620BHJP
   E04B 1/99 20060101ALI20240620BHJP
   G10K 15/00 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
G06F30/20
G06F30/10 100
E04B1/99 Z
G10K15/00 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201640
(22)【出願日】2022-12-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年8月31日 一般社団法人 日本音響学会発行 「日本音響学会2022年秋季研究発表会講演論文集 講演要旨・講演論文CD-ROM」にて公開 令和4年9月14日 日本音響学会2022年秋季研究発表会にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】000003621
【氏名又は名称】株式会社竹中工務店
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 壮志
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 ▲琢▼也
(72)【発明者】
【氏名】後藤 耕輔
(72)【発明者】
【氏名】小柳 慎一郎
【テーマコード(参考)】
2E001
5B146
【Fターム(参考)】
2E001DF11
2E001FA24
5B146AA04
5B146DC06
5B146DJ01
5B146DJ11
5B146EC08
(57)【要約】
【課題】複数の受音点における目標音響指標を満たす室の設計を支援する。
【解決手段】音響設計支援装置10は、室を表すパラメータを各成分として持つパラメータベクトルと、室内の音源位置と、室内の複数の受音点の位置とに基づいて、音響シミュレーションを実行することにより、複数の受音点の各々における音響指標の各々を各成分として持つ音響指標ベクトルを演算する。音響設計支援装置10は、音響指標ベクトルと、複数の受音点の各々の目標音響指標を各成分として持つ目標音響指標ベクトルとの間の誤差ベクトルを演算し、誤差ベクトルが小さくなるように新たなパラメータベクトルを演算する。音響設計支援装置10は、音響指標ベクトルの演算、誤差ベクトルの演算、及び新たなパラメータベクトルの演算を繰り返し、所定の条件が満たされた場合に、新たなパラメータベクトルの各成分を、室を表すパラメータとして取得する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数受音点における目標音響指標を満たす室の設計支援をする音響設計支援方法であって、
前記室を表すパラメータを各成分として持つパラメータベクトルと、前記室内の音源位置と、前記室内の複数の受音点の位置とに基づいて、所定の音響シミュレーションを実行することにより、複数の受音点の各々における音響指標の各々を各成分として持つ音響指標ベクトルを演算し、
前記音響指標ベクトルと、前記複数の受音点の各々の目標音響指標を各成分として持つ目標音響指標ベクトルとの間の誤差ベクトルを演算し、
前記誤差ベクトルが小さくなるように、新たな前記パラメータベクトルを演算し、
前記音響指標ベクトルの演算、前記誤差ベクトルの演算、及び新たな前記パラメータベクトルの演算を繰り返し、
所定の条件が満たされた場合に、新たな前記パラメータベクトルの各成分を、前記室を表すパラメータとして取得する、
処理をコンピュータが実行する音響設計支援方法。
【請求項2】
複数の受音点の各々における、第1受音点の音響指標の種類と第2受音点の音響指標の種類とは異なる、
請求項1に記載の音響設計支援方法。
【請求項3】
誤差修正法としてMIEC(Modal Iterative Error Correction)法を用いる、
請求項1又は請求項2に記載の音響設計支援方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響設計支援方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、演奏者の演奏環境を考慮した音響反射板の設計を効率的に支援する装置が知られている(例えば、特許文献1を参照)。この装置は、音響反射板候補の各々について、設定された音響反射板候補情報と、空間内における音源の位置に関する情報及び該音源から音を発して演奏をする演奏者の受聴位置に関する情報とに基づいて、音線を発生させるシミュレーションを実行して、音響反射板候補から演奏者の受聴位置までの反射音に関する情報を取得する。そして、この装置は、音響反射板候補の各々についての反射音に関する情報に基づいて、反射音に関する情報が予め定められた条件を満たす音響反射板候補を、設計対象の音響反射板として選択する。
【0003】
また、受音点における騒音レベルを目標値とするために最小限必要な遮音材の任意形状のサイズを求めることが可能な遮音材サイズ算定装置が知られている(例えば、特許文献2を参照)。この装置は、最初に、目標騒音レベルに基づき、受音点における目標騒音補正量を設定する。次いで、この装置は、設定された目標騒音補正量に対し、遮音材上下左右端辺で回折する二次元回折行路の行路差を求め、それら行路差から遮音材の位置及びサイズを算出し、この位置及びサイズの遮音材に対し三次元最短回折行路による音響レベル演算から騒音補正量を演算する、という操作を目標騒音補正量に達するまで繰り返す。最後に、各騒音点及び各受音点の組に対し算出された遮音材の位置及びサイズを同一図画面上に図画出力する。これにより目標騒音レベルに対して必要最小限な遮音材の高さ及び延長が算出される。
【0004】
また、室内の受音点の音響指標を考慮しつつ音響設計を行う手法が知られている(例えば、非特許文献1,2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-34838号公報
【特許文献2】特開2018-206104号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】保手浜拓也,安藤四一ら:GAを用いたオペラハウス音響指標最適化-天井反射板の最適音響設計-,日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道), AIJ, 2004.8
【非特許文献2】太刀岡勇気:Particle Swarm Optimizationによる音響反射板の最適設計,日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿),AIJ,2014.9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
室の音響設計が行われる際、設計者は、室内の音源と受音点の位置を想定し、受音点において適切な音響指標(例えば、残響時間等)が満たされるように室を設計する。
【0008】
この際、通常、設計者は、設計対象の室の音響シミュレーション結果を参照しつつ、受音点において目標となる音響指標が満たされるように試行錯誤をしながら室の形状及び壁又は天井面の仕上げ材等を設計する。室の音響設計を行う際には、設計対象の室内の複数の受音点における音響指標を考慮する必要がある。
【0009】
特許文献1,2及び非特許文献1,2の技術は、設計対象の室内の複数の受音点を考慮しているものの、複数の受音点毎に目標となる音響指標を満たす室を設計することは考慮されていない。
【0010】
本発明は上記事実に鑑みてなされたものであり、複数の受音点における目標音響指標を満たす室の設計を支援することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明の音響設計支援方法は、複数受音点における目標音響指標を満たす室の設計支援をする音響設計支援方法であって、前記室を表すパラメータを各成分として持つパラメータベクトルと、前記室内の音源位置と、前記室内の複数の受音点の位置とに基づいて、所定の音響シミュレーションを実行することにより、複数の受音点の各々における音響指標の各々を各成分として持つ音響指標ベクトルを演算し、前記音響指標ベクトルと、前記複数の受音点の各々の目標音響指標を各成分として持つ目標音響指標ベクトルとの間の誤差ベクトルを演算し、前記誤差ベクトルが小さくなるように、新たな前記パラメータベクトルを演算し、前記音響指標ベクトルの演算、前記誤差ベクトルの演算、及び新たな前記パラメータベクトルの演算を繰り返し、所定の条件が満たされた場合に、新たな前記パラメータベクトルの各成分を、前記室を表すパラメータとして取得する、処理をコンピュータが実行する音響設計支援方法である。これにより、複数の受音点における目標音響指標を満たす室の設計を支援することができる。
【0012】
本発明では、複数の受音点の各々における、第1受音点の音響指標の種類と第2受音点の音響指標の種類とが異なるようにしてもよい。これにより、複数の受音点毎に異なる音環境を実現する室の設計を支援することができる。
【0013】
本発明では、誤差修正法としてMIEC(Modal Iterative Error Correction)法を用いるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、複数の受音点における目標音響指標を満たす室の設計を支援することができる、という効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本実施形態に係る音響設計支援装置の構成の一例を示すブロック図である。
図2】本実施形態の音響設計支援装置のコンピュータの構成例を示す図である。
図3】本実施形態の処理の流れを説明するための図である。
図4】本実施形態に係る音響設計支援処理ルーチンの一例を示す図である。
図5】シミュレーション実験の内容を説明するための図である。
図6】シミュレーション実験の結果を表す図である。
図7】シミュレーション実験の結果を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0017】
<本実施形態に係る音響設計支援装置の構成>
【0018】
図1に、本発明の実施形態に係る音響設計支援装置10の構成の一例を示す。音響設計支援装置10は、機能的には、図1に示されるように、データ受付部12、コンピュータ14、及び出力部16を含んだ構成で表すことができる。
【0019】
本実施形態の音響設計支援装置10は、設計者による音響設計を支援する。
【0020】
音響設計では、設計者が室内の音源と受音点との位置を仮に設定し、設定された受音点において適切な音響指標が得られるように室の形状、吸音材となる壁の仕上げ材、及び天井面の仕上げ材等を設計する。
【0021】
通常、この設計作業が行われる際には、設計者は音響シミュレーションと称される数値解析の結果を参照しながら設計作業を行う。具体的には、設計者は、音響シミュレーションと称される数値解析の結果を参照しながら、室の天井の傾き、壁材の傾き、及び吸音材の選定等を試行錯誤により決定し、最適な音響指標が得られるような室の音響設計を行う。なお、代表的な音響シミュレーション手法としては音線法及び虚像法等が知られており、音響指標としては残響時間、初期減衰時間、聴取音圧レベル、及びクラリティー等が知られている。
【0022】
しかし、ユーザが満足する音環境を実現する室を設計するためには、壁面の調整と天井面の傾きの調整、及び吸音材の選定等、設計者は多くの試行錯誤をする必要がある。また、室の音響設計を行う際には、設計対象の室内の複数の受音点における音響指標を考慮する必要がある。そのため、ユーザが満足する音環境を実現する室を効率的に設計することは難しい、という課題がある。
【0023】
そこで、本実施形態では、複数の受音点において目標音響指標を設定し、複数の受音点における目標音響指標が満たされるような室のパラメータを探索することにより、設計者による音響設計を支援する。
【0024】
なお、上述した非特許文献1,2の技術においては、複数の受音点が考慮されているものの、複数の受音点毎に音響指標が設定されているわけではない。これに対し、本実施形態では、複数の受音点毎に目標音響指標を設定し、その目標音響指標が満たされるような室を探索する。これにより、複数の受音点における目標音響指標を満たす室の設計を支援することができる。
【0025】
本実施形態では、誤差修正法の一例であるMIEC(Modal Iterative Error Correction)法(登録商標)を用いて、複数の受音点の目標音響指標を満たす室のパラメータを探索する場合について説明する。MIEC法(登録商標)は、例えば、以下の参考文献に開示されている。
【0026】
参考文献1:鈴木琢也、「モーダル反復誤差修正法を用いた弾塑性地盤モデルにおける基盤入力動院バージョン」、日本建築学会構造系論文集、2018 年 83 巻 749 号 p. 1021-1029、https://doi.org/10.3130/aijs.83.1021
【0027】
以下、具体的に説明する。
【0028】
データ受付部12は、各種データを受け付ける。具体的には、データ受付部12は、音響設計対象の室に関するデータ、音響シミュレーションを実行するためのモデルである音響シミュレーションモデルを表すデータ、及び複数の受音点毎の目標音響指標を表すデータ等を受け付ける。これらのデータは、ユーザによって予め設定される。
【0029】
コンピュータ14は、CPU(Central Processing Unit)、各処理ルーチンを実現するためのプログラム等を記憶したROM(Read Only Memory)、データを一時的に記憶するRAM(Random Access Memory)、記憶手段としてのメモリ、ネットワークインタフェース等を含んで構成されている。コンピュータ14は、図2に示されるように、CPU51、一時記憶領域としてのメモリ52、及び不揮発性の記憶部53を備える。また、コンピュータ14は、入出力装置等(図示省略)であるデータ受付部12及び出力部16が接続される入出力interface(I/F)54、及び記録媒体59に対するデータの読み込み及び書き込みを制御するread/write(R/W)部55を備える。また、コンピュータ14は、インターネット等のネットワークに接続されるネットワークI/F56を備える。CPU51、メモリ52、記憶部53、入出力I/F54、R/W部55、及びネットワークI/F56は、バス57を介して互いに接続される。
【0030】
記憶部53は、Hard Disk Drive(HDD)、Solid State Drive(SSD)、フラッシュメモリ等によって実現できる。記憶媒体としての記憶部53には、コンピュータを機能させるためのプログラムが記憶されている。CPU51は、プログラムを記憶部53から読み出してメモリ52に展開し、プログラムが有するプロセスを順次実行する。
【0031】
コンピュータ14は、図1に示されるように、機能的には、データ記憶部20と、設定部24と、音響シミュレーション部26と、演算部28と、結果取得部30とを備えている。
【0032】
データ記憶部20には、データ受付部12によって受け付けられた各種データが格納される。具体的には、データ記憶部20には、音響設計対象の室に関するデータ、音響シミュレーションモデルを表すデータ、及び複数の受音点毎の目標音響指標を表すデータ等が格納される。
【0033】
図3は、本実施形態の処理の流れを説明するための図である。図3は、設計対象の室の平面図である。図3に示されるように、本実施形態のコンピュータ14は、初期の室R0のパラメータを変化させることにより、複数の受音点A,B,C,D毎に設定された目標音響指標を満たすような室Rxを生成する。なお、図中のSは音源を表す。
【0034】
なお、図3においては、室の形状が変化する場合が例として示されているが、例えば、コンピュータ14による計算に伴って室内の各箇所の吸音材等を表すパラメータも変化する。本実施形態では、設計対象の室を表すパラメータを繰り返し変化させることにより、複数の受音点A,B,C,D毎に設定された目標音響指標を満たすような室Rxが生成される。
【0035】
設定部24は、データ記憶部20に格納されている音響設計対象の室に関するデータを参照し、室を表すパラメータを各成分として持つパラメータベクトルの初期値を設定する。なお、室を表すパラメータは、例えば、室の形状(例えば、壁の傾き及び天井の傾き等)を表すパラメータ、及び室内の各箇所に設置される吸音材(または、その吸音率)を表すパラメータ等である。例えば、以下に示されるように、パラメータベクトルの成分PA0,・・・は室の各箇所の壁の傾き度合いを表し、パラメータベクトルの成分PB0,・・・は室の各箇所の天井の傾き度合いを表し、パラメータベクトルの成分PC0,・・・は室の各箇所の天井の吸音率(又は吸音材の種類を表すデータ)を表し、パラメータベクトルの成分PD0,・・・は室の各箇所の壁の吸音率(又は吸音材の種類を表すデータ)を表す。
【0036】
室を表すパラメータベクトルの初期値:[PA0,・・・,PB0,・・・,PC0,・・・,PD0・・・,]
【0037】
また、設定部24は、データ記憶部20に格納されている音響設計対象の室に関するデータを参照し、室内の音源位置と、室内の複数の受音点の位置とを設定する。
【0038】
また、設定部24は、データ記憶部20に格納されている複数の受音点毎の目標音響指標を表すデータを参照し、複数の受音点毎の目標音響指標を設定する。目標音響指標としては、例えば、受音点における残響時間、初期減衰時間、聴取音圧レベル、及びクラリティー等が設定される。例えば、初期減衰時間=1.0秒、残響時間=2.0秒といった目標値が設定される。
【0039】
図3に示されるように、複数の受音点A,B,C,Dが設定される場合、以下のように受音点毎に目標音響指標を表す目標音響指標ベクトルが設定される。なお、以下のXは残響時間を表し、Yは初期減衰時間を表し、Zは聴取音圧レベルを表し、Wはクラリティーを表す。
【0040】
受音点Aの目標音響指標ベクトル:[XTA,YTA,ZTA,WTA
受音点Bの目標音響指標ベクトル:[XTB,YTB,ZTB,WTB
受音点Cの目標音響指標ベクトル:[XTC,YTC,ZTC,WTC
受音点Dの目標音響指標ベクトル:[XTD,YTD,ZTD,WTD
【0041】
なお、目標音響指標の種類は、受音点毎に異なっていてもよい。例えば、第1受音点であるAでは残響時間と初期減衰時間とのみを考慮する必要があり、第2受音点であるBでは聴取音圧レベルとクラリティーとのみを考慮する必要がある場合には、第1受音点Aの音響指標の種類と第2受音点Bの音響指標の種類とが異なっていてもよい。この場合には、第1受音点A及び第2受音点Bの目標音響指標ベクトルは以下のように設定される。
【0042】
受音点Aの目標音響指標ベクトル:[XTA,YTA
受音点Bの目標音響指標ベクトル:[ZTB,WTB
【0043】
なお、後述するように、演算に用いる際には、複数の受音点毎の目標音響指標ベクトルが結合された以下のようなベクトルが用いられる。
【0044】
複数の受音点毎の目標音響指標ベクトルが結合されたベクトル:
[XTA,YTA,ZTA,WTA,XTB,YTB,ZTB,WTB,XTC,YTC,ZTC,WTC,XTD,YTD,ZTD,WTD
【0045】
また、第1受音点Aの音響指標の種類と第2受音点Bの音響指標の種類とは、その一部のみが異なっていてもよい。例えば、第1受音点であるAでは残響時間と初期減衰時間と聴取音圧レベルとクラリティーを音響指標とし、第2受音点であるBでは残響時間と初期減衰時間とを音響指標とするようにしてもよい。
【0046】
また、複数の受音点毎に目標音響指標の値を異ならせてもよい。例えば、受音点Aでは目標音響指標として残響時間=1.0秒とする一方で、受音点Bでは目標音響指標として残響時間=1.5秒とするようにしてもよい。
【0047】
音響シミュレーション部26は、データ記憶部20に格納されているシミュレーションモデルのデータを読み出し、そのシミュレーションモデルと、設定部24によって設定された各種データ又は後述する演算部28によって演算された各種データとに基づいて、音響シミュレーションを実行する。
【0048】
具体的には、音響シミュレーション部26は、設定部24によって設定されたパラメータベクトルの初期値又は演算部28によって演算されたパラメータベクトルと、設定部24によって設定された室内の音源位置及び室内の複数の受音点の位置とに基づいて、シミュレーションモデルを利用することにより既知の音響シミュレーションを実行し、複数の受音点の各々における音響指標の各々を各成分として持つ音響指標ベクトルを演算する。例えば、音響シミュレーション部26は、以下の音響指標ベクトルを演算する。
【0049】
音響指標ベクトル:[XOA,YOA,ZOA,WOA,XOB,YOB,ZOB,WOB,XOC,YOC,ZOC,WOC,XOD,YOD,ZOD,WOD
【0050】
なお、上記の音響指標ベクトルの各成分のA,B,C,Dの添え字は各受音点を表し、Oは音響シミュレーション部26によって演算されたことを表す。このため、例えば、XOAは演算された受音点Aの残響時間を表し、YOAは演算された受音点Aにおける初期減衰時間を表し、ZOAは演算された受音点Aにおける聴取音圧レベルを表し、WOAは演算された受音点Aにおけるクラリティーを表す。
【0051】
演算部28は、音響シミュレーション部26によって演算された音響指標ベクトルと、複数の受音点の各々の目標音響指標を各成分として持つ目標音響指標ベクトルとの間の誤差ベクトルを演算する。例えば、演算部28は、以下の誤差ベクトルを演算する。
【0052】
誤差ベクトル:[XTA-XOA,YTA-YOA,ZTA-ZOA,WTA-WOA,XTB-XOB,YTB-YOB,ZTB-ZOB,WTB-WOB,XTC-XOC,YTC-YOC,ZTC-ZOC,WTC-WOC,XTD-XOD,YTD-YOD,ZTD-ZOD,WTD-WOD
【0053】
そして、演算部28は、誤差ベクトルが小さくなるような、新たなパラメータベクトルを演算する。
【0054】
本実施形態の演算部28は、誤差修正法の一例であるMIEC法(登録商標)を用いて、新たなパラメータベクトルを生成する。なお、MIEC法(登録商標)の詳細は、上記参考文献1及び特許6988050号公報を参照されたい。MIEC法(登録商標)を用いる場合、演算部28は、以下の各処理を実行する。
【0055】
まず、演算部28は、現在のパラメータベクトルから演算された誤差ベクトルの偏微分マトリクス(ヤコビアンマトリクスとも称される)を作成する。なお、この偏微分の計算方法は、解析微分及び数値微分の何れであってもよい。
【0056】
次に、演算部28は、作成した偏微分マトリクスの特異値分解を実行する。
【0057】
そして、演算部28は、特異値分解結果から低次モードを抽出する。低次モードの選択法としては、(1)予め設定した特異値の閾値から選択する方法、(2)予め設定したモード数まで選択する方法、(3)現在の入出力ベクトルのノルム比(例えば、前回のパラメータベクトルのノルムと今回新たに生成されたパラメータベクトルのノルムとの間の比)による方法、又はこれらを組み合わせた方法などが採用され得る。これらの方法の選択は、適用する問題に合わせてユーザによって予め選択される。
【0058】
次に、演算部28は、特異値分解結果から抽出した低次モードに対応する部分行列を用いて部分逆行列を作成する。次に、演算部28は、部分逆行列に対して誤差ベクトルを乗じて、修正パラメータベクトルを計算する。
【0059】
そして、演算部28は、修正パラメータベクトルを、現在のパラメータベクトルに加算することにより、新たなパラメータベクトルを生成する。
【0060】
なお、誤差ベクトルに関連する所定条件が満たされるまで、音響シミュレーション部26による音響指標ベクトルの演算、演算部28による誤差ベクトルの演算、及び新たなパラメータベクトルの演算が繰り返される。
【0061】
誤差ベクトルに関連する所定条件としては、例えば、修正回数が所定回数に達したか、誤差ベクトルの各成分の値が所定閾値未満となったか、又は誤差ベクトルのノルムが所定閾値未満となったか等が採用される。
【0062】
結果取得部30は、繰り返しに関する所定の条件が満たされた場合に、新たなパラメータベクトルの各成分を、室を表すパラメータとして取得する。具体的には、結果取得部30は、誤差ベクトルが、誤差ベクトルに関連する所定条件を満たしたか否かを判定する。誤差ベクトルに関連する所定条件が満たされている場合には、パラメータベクトルの修正は終了する。誤差ベクトルに関連する所定条件が満たされていない場合には、パラメータベクトルの修正が繰り返される。
【0063】
そして、結果取得部30は、パラメータベクトルの各成分を修正することにより得られたパラメータベクトル[PAL,・・・,PBL,・・・,PCL,・・・,PDL・・・,]を結果として出力する。なお、パラメータベクトルの各成分のLは、最終的に得られた値であることを示す。
【0064】
出力部16は、結果取得部30によって出力されたパラメータベクトル[PAL,・・・,PBL,・・・,PCL,・・・,PDL・・・,]を結果として出力する。なお、例えば、出力部16は、ディスプレイによって実現される。パラメータベクトル[PAL,・・・,PBL,・・・,PCL,・・・,PDL・・・,]の各成分は、室の形状(例えば、壁の傾き及び天井の傾き等)を表すパラメータ、及び室内の各箇所に設置される吸音材(または、その吸音率)を表すパラメータ等である。
【0065】
なお、結果取得部30は、得られたパラメータベクトル[PAL,・・・,PBL,・・・,PCL,・・・,PDL・・・,]に基づいて、上記図3に示されるような室を表す図面を生成すると共に各箇所の吸音率を図面上に付加し、それを結果と出力するようにしてもよい。この場合には、出力部16は、結果取得部30によって生成された図面データを出力する。
【0066】
<音響設計支援装置10の作用>
【0067】
次に、音響設計支援装置10の作用を説明する。音響設計支援装置10のデータ受付部12が、各種データの入力を受け付けると、データ記憶部20へ格納する。そして、音響設計支援装置10のコンピュータ14は、処理実行の指示信号を受け付けると、図4に示す音響設計支援処理ルーチンを実行する。
【0068】
ステップS100において、設定部24は、データ記憶部20に格納されている音響設計対象の室に関するデータを参照し、室内の音源位置と、室内の複数の受音点の位置とを設定する。
【0069】
ステップS102において、設定部24は、データ記憶部20に格納されている複数の受音点毎の目標音響指標を表すデータを参照し、複数の受音点毎の目標音響指標を各成分として持つ目標音響指標ベクトルを設定する。
【0070】
ステップS104において、設定部24は、データ記憶部20に格納されている音響設計対象の室に関するデータを参照し、室を表すパラメータを各成分として持つパラメータベクトルの初期値を設定する。
【0071】
ステップS106において、音響シミュレーション部26は、ステップS104で設定されたパラメータベクトルの初期値又前回のステップS112で修正されたパラメータベクトルと、ステップS100で設定された室内の音源位置及び室内の複数の受音点の位置とに基づいて、データ記憶部20に格納されているシミュレーションモデルを利用することにより既知の音響シミュレーションを実行し、複数の受音点の各々における音響指標の各々を各成分として持つ音響指標ベクトルを演算する。
【0072】
ステップS108において、演算部28は、ステップS106で演算された音響指標ベクトルと、ステップS102で設定された目標音響指標ベクトルとの間の誤差ベクトルを演算する。
【0073】
ステップS110において、結果取得部30は、誤差ベクトルが、誤差ベクトルに関連する所定条件を満たしたか否かを判定する。誤差ベクトルに関連する所定条件が満たされている場合には、ステップS114へ進む。一方、誤差ベクトルに関連する所定条件が満たされていない場合にはステップS112へ進み、パラメータベクトルの各成分の修正が繰り返される。
【0074】
ステップS112において、演算部28は、誤差修正法の一例であるMIEC法(登録商標)を用いて、現在のパラメータベクトルの各成分を修正し、新たなパラメータベクトルを生成する。
【0075】
ステップS114において、結果取得部30は、得られたパラメータベクトル[PAL,・・・,PBL,・・・,PCL,・・・,PDL・・・,]を結果として出力する。
【0076】
出力部16は、結果取得部30によって取得されたパラメータベクトル[X1-1,X1-2,X1-3,X1-4]を結果として出力する。
【0077】
以上詳細に説明したように、本実施形態の音響設計支援装置は、複数受音点における目標音響指標を満たす室の設計支援をする音響設計支援装置である。本実施形態の音響設計支援装置は、室を表すパラメータを各成分として持つパラメータベクトルと、室内の音源位置と、室内の複数の受音点の位置とに基づいて、所定の音響シミュレーションを実行することにより、複数の受音点の各々における音響指標の各々を各成分として持つ音響指標ベクトルを演算する。本実施形態の音響設計支援装置は、音響指標ベクトルと、複数の受音点の各々の目標音響指標を各成分として持つ目標音響指標ベクトルとの間の誤差ベクトルを演算し、誤差ベクトルが小さくなるように、新たなパラメータベクトルを演算する。本実施形態の音響設計支援装置は、音響指標ベクトルの演算、誤差ベクトルの演算、及び新たなパラメータベクトルの演算を繰り返し、所定の条件が満たされた場合に、新たなパラメータベクトルの各成分を、室を表すパラメータとして取得する。これにより、複数の受音点における目標音響指標を満たす室の設計を支援することができる。
【0078】
また、本実施形態の音響設計支援装置によれば、設計対象の室内の複数の受音点毎に異なる目標音響指標を設定することも可能である。これにより、複数の受音点毎に異なる音環境を実現する室の設計を支援することができる。例えば、受音点Aでは目標音響指標として残響時間=1.0秒を満たす必要がある一方で、受音点Bでは目標音響指標として残響時間=1.5秒を満たす必要があるような場合に、それらの目標音響指標を満たすような室の設計の支援をすることができる。または、例えば、受音点Aでは目標音響指標として残響時間=1.0秒を満たす必要がある一方で、受音点Bでは残響時間を考慮する必要がないような場合に、それらの目標音響指標を満たすような室の設計の支援をすることができる。
【0079】
また、本実施形態の音響設計支援装置によれば、音響指標としては音響シミュレーションによって出力可能な任意の指標を用いることができる。
【0080】
また、一般的に音響設計で扱われる音響指標だけでなく、各受音点で得られる音響指標のばらつき(例えば、分散又は標準偏差等)を対象とすることも可能である。例えば、上述したような複数の受音点毎の目標音響指標ベクトルが結合されたベクトルの成分として、複数の受音点の残響時間XTA,XTB,XTC,XTDの間のばらつきの目標値σを以下のように設定するようにしてもよい。
【0081】
[XTA,YTA,ZTA,WTA,XTB,YTB,ZTB,WTB,XTC,YTC,ZTC,WTC,XTD,YTD,ZTD,WTD,σ
【0082】
このような残響時間のばらつきの目標値σを設定することにより、例えば、複数の受音点の間で残響時間のばらつきがあまりにも大きくなる、といったことを抑制することができる。なお、ばらつきに関しては、他の成分(例えば、初期減衰時間、聴取音圧レベル、又はクラリティー)に関しても設定可能である。
【0083】
また、パラメータには室空間の形状を示すパラメータだけでなく、吸音材(例えば、吸音率)を設定することもできる。
【0084】
<シミュレーション実験>
【0085】
次に、例題を設定し、その例題のシミュレーション実験を行うことにより、本実施形態による音響設計支援方法の効果を確認した。
【0086】
図5は、シミュレーション実験の対象とした室を表す図であり、パラメータの初期値に相当する室の図である。図5に示されるように、室内の受音点は4カ所(A,B,C,D)設定し、パラメータベクトルの成分となる室の形状を表すパラメータは8つ(図5における節点N1,N2,N3,N4,N5,N6,N7,N8のX座標)とした。ただし、本実施例のシミュレーション実験では、Y軸を中心として室が対称となるよう制約条件を設けたため、実際に探索するパラメータは4つである。
【0087】
また、音響指標は、受音点の位置における初期減衰時間とした。目標音響指標は、以下の表1に示されるように、受音点毎に異なる目標値を設定した。音響指標を算出する音響シミュレーションには、音線法を用いた。また、比較のため、従来のように1つの受音点のみをターゲットとした場合の検討として、B点のみにターゲットを設定した検討(以下、従来法と称する)も実施した。なお、従来法においても、誤差修正法にはMIEC法を用いた。
【0088】
【表1】
【0089】
図6及び図7は、シミュレーション実験の結果である。図6は、探索されたパラメータに対応する室の平面形状であり、図7は各受音点における音響指標の比較結果である。図6の左側が提案手法によって得られた室の形状であり、図6の右側が従来法によって得られた室の形状である。また、図7の縦軸EDTは、初期減衰時間を表す。
【0090】
図7に示されるように、従来法は、B点のみをターゲットとしているため、当然B点以外においては目標音響指標との差異が大きい。一方、図7に示されているように、若干の誤差は残るものの、本提案手法では複数の受音点において目標として設定した音響指標が得られる室の形状を探索できており、本実施形態に係る手法の有効性を示すことができた。
【0091】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々な変形や応用が可能である。
【0092】
例えば、上記実施形態では、誤差修正法としてMIEC法(登録商標)を用いる場合を例に説明したが、これに限定されるものではない。例えば、その他の誤差修正法として、非線形最小二乗法、Newton法、又は最急降下法を用いてもよい。
【0093】
また、上記ではプログラムが記憶部(図示省略)に予め記憶(インストール)されている態様を説明したが、プログラムは、CD-ROM、DVD-ROM及びマイクロSDカード等の記録媒体の何れかに記録されている形態で提供することも可能である。
【符号の説明】
【0094】
10 音響設計支援装置
12 データ受付部
14 コンピュータ
16 出力部
20 データ記憶部
24 設定部
26 音響シミュレーション部
28 演算部
30 結果取得部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7