(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086520
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】糖尿病合併症発症方法及び評価方法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20240101AFI20240620BHJP
C12Q 1/54 20060101ALI20240620BHJP
C12N 5/073 20100101ALN20240620BHJP
【FI】
A01K67/027
C12Q1/54
C12N5/073
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023034550
(22)【出願日】2023-03-07
(31)【優先権主張番号】P 2022201471
(32)【優先日】2022-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「新型感染症―糖尿病性サイトカインストームの予防食品、治療薬の開発を促進するモデル動物の創出」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(72)【発明者】
【氏名】石山 詩織
(72)【発明者】
【氏名】岸上 哲士
(72)【発明者】
【氏名】望月 和樹
(72)【発明者】
【氏名】葛西 宏威
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QQ02
4B063QQ03
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QQ68
4B063QR44
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4B063QR80
4B065AA91X
4B065AC12
4B065AC20
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】遺伝子改変を伴わず胚や栄養環境変化によって糖尿病が誘発される動物モデルに対し、急性合併症を発症させること、及び、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法、及び治療方法の効果を評価する評価方法を確立することを目的とする。
【解決手段】遺伝子改変がなされていないマウスの受精胚を所定の培地で培養する培養工程と、前記培養した受精胚を仮親に移植する移植工程と、前記仮親から産出子を産出する産出工程と、前記産出工程で産出した産出子を高脂肪食で飼育する飼育工程と、前記飼育工程で飼育した前記産出子に低濃度の感染性炎症惹起物質を投与する工程とを備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖尿病合併症を発症させる方法であって、
遺伝子改変がなされていないマウスの受精胚を所定の培地で培養する培養工程と、
前記培養した受精胚を仮親に移植する移植工程と、
前記仮親から産出子を産出する産出工程と、
前記産出工程で産出した産出子を高脂肪食で飼育する飼育工程と、
前記飼育工程で飼育した前記産出子に低濃度の感染性炎症惹起物質を投与する投与工程と、
を備えることを特徴とする糖尿病合併症発症方法。
【請求項2】
前記所定の培地はαMEM培地である、請求項1に記載の糖尿病合併症発症方法。
【請求項3】
前記投与工程で投与する前記低濃度の感染性炎症惹起物質の濃度は、疾患を持たない健常なマウスへの投与が直接的な原因である死亡例が観測されない濃度である、請求項1に記載の糖尿病合併症発症方法。
【請求項4】
前記感染性炎症惹起物質は、リポ多糖である、請求項1に記載の糖尿病合併症発症方法。
【請求項5】
前記投与工程で投与するリポ多糖の濃度は、10mg/kgBW以下である、請求項4に記載の糖尿病合併症発症方法。
【請求項6】
糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法のうち少なくとも一つを評価する方法であって、
遺伝子改変がなされていないマウスの受精胚を所定の培地で培養する培養工程と、
前記培養した受精胚を仮親に移植する移植工程と、
前記仮親から産出子を産出する産出工程と、
前記産出工程で産出した産出子を高脂肪食で飼育する飼育工程と、
前記飼育工程で飼育した前記産出子に低濃度の感染性炎症惹起物質を投与する投与工程と、
糖尿病合併症の予防薬の投与、治療薬の投与、予防方法の適用または治療方法の適用のうち少なくとも一つを実施する実施工程と、
前記実施工程の結果を評価する評価工程とを備え、
前記実施工程は、前記飼育工程と投与工程の間、または前記投与工程と前記評価工程の間のいずれかに実行することを特徴とする評価方法。
【請求項7】
前記所定の培地はαMEM培地である、請求項6に記載の評価方法。
【請求項8】
前記投与工程で投与する前記低濃度の感染性炎症惹起物質の濃度は、疾患を持たない健常なマウスへの投与が直接的な原因である死亡例が観測されない濃度である、請求項6に記載の評価方法。
【請求項9】
前記感染性炎症惹起物質は、リポ多糖である、請求項6に記載の評価方法。
【請求項10】
前記投与工程で投与するリポ多糖の濃度は、10mg/kgBW以下である、請求項9に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病合併症を発症させる方法、及び、糖尿病合併症の予防薬/治療薬/予防方法/治療方法のうち少なくとも一つを評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病などの生活習慣病の予防・治療に関する研究や医薬品開発の需要が高まっているが、糖尿病合併症に関する研究や医薬品・治療法の開発は滞っており進展していない。これまで、数多くのコホート研究や介入研究によって、糖や脂質などの代謝異常状態である2型糖尿病や脂質異常症、高血圧を有している患者では、末梢血中や対象臓器において炎症反応が過剰であることが報告されている(非特許文献1)。2020年より世界中で蔓延し始めたCOVID-19感染において、糖尿病を始めとする、慢性腎臓病や肥満、脂質異常症や高血圧などの基礎疾患患者は、疾患なしの者と比較して、COVID-19感染時における重症化率の増大および致死率が高いことが報告されており、過剰な炎症反応がその原因の一つであることが考えられている。また、他の感染症においても、糖尿病等の代謝性疾患患者への感染が、その病態の悪化すなわち重症化に関与する可能性が示唆されている。しかしながら、その詳しいメカニズムは未解明でありモデル動物での実験検証が求められている。
【0003】
従来糖尿病を呈しながら過剰な炎症反応を有する適切な動物モデルは樹立していない。これまで研究に使用されてきた動物モデルには、糖尿病モデルとしてdb/dbマウス及びOLETFラット、脂質異常症モデルとしてアポリポタンパク質ApoE欠損マウス、高血圧モデルにはSHRラット等が知られている。これらは遺伝子を改変したモデルである。遺伝子を改変していない糖尿病のモデル動物としては、自然発症MEM糖尿病マウス(以下MEMマウスとも言う)が知られている(特許文献1)。MEMマウスは遺伝子改変を伴わず胚の培養や栄養環境の条件によって糖尿病が誘発されるものである。
【0004】
しかし、これらの動物モデルは、腎症や脂肪肝炎等の合併症に伴う炎症疾患は観察されず、観察されたとしても軽度であり、過剰な炎症反応状態を模倣できていない。すなわち、糖尿病患者の合併症による病態の悪化・重症化を予防・治療する薬剤や方法を評価するための動物モデルがないのが現状である。また、遺伝子を改変したモデル動物では、ヒトの2型糖尿病の合併症に伴う過剰な炎症反応惹起とそのメカニズムの評価用モデルとしては不向きである。
【0005】
従って、ヒトの2型糖尿病の合併症に伴う過剰な炎症反応惹起とそのメカニズムを解明し、その予防や治療を行うためには、遺伝子改変を伴わない糖尿病動物モデルに急性糖尿病合併症を発症させる方法を確立する必要がある。その方法が確立できれば、評価したい糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法、及び治療方法を、事前に当該動物モデルに適用しておき、その後急性糖尿病合併症を発症させることにより、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法のうち少なくとも一つについてその効果を評価できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Misaki Y, Mochizuki K, etlal. Metabolism. 2010, Kondo S.Mochizuki K.et al, Drugs R D. 21(1):91-101. 2021.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。すなわち、遺伝子改変を伴わず胚や栄養環境変化によって糖尿病が誘発される動物モデルに対し、急性合併症を発症させること、及び、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法の効果を評価する評価方法を確立することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述の目的を達成するため、本発明の糖尿病合併症発症方法は、遺伝子改変がなされていないマウスの受精胚を所定の培地で培養する培養工程と、前記培養した受精胚を仮親に移植する移植工程と、前記仮親から産出子を産出する産出工程と、前記産出工程で産出した産出子を高脂肪食で飼育する飼育工程と、前記飼育工程で飼育した前記産出子に低濃度の感染性炎症惹起物質を投与する投与工程と、を備える。
【0010】
すなわち、遺伝子改変を伴わず胚培養や栄養環境の条件によって糖尿病が誘発された動物モデルに対し低濃度の感染性炎症惹起物質を投与することにより、前記感染性炎症惹起物質そのものの過大な刺激によらず、糖尿病合併症を発症させることができる。
【0011】
上述の目的を達成するため、本発明の糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法のうち少なくとも一つを評価する評価方法は、遺伝子改変がなされていないマウスの受精胚を所定の培地で培養する培養工程と、前記培養した受精胚を仮親に移植する移植工程と、前記仮親から産出子を産出する産出工程と、前記産出工程で産出した産出子を高脂肪食で飼育する飼育工程と、前記飼育工程で飼育した前記産出子に低濃度の感染性炎症惹起物質を投与する投与工程と、糖尿病合併症の予防薬の投与、治療薬の投与、予防方法の適用または治療方法の適用のうち少なくとも一つを実施する実施工程と、前記実施工程の結果を評価する評価工程とを備え、前記実施工程は、前記飼育工程と投与工程の間、または前記投与工程と前記評価工程の間のいずれかに実行することを特徴とする。
【0012】
すなわち、遺遺伝子改変を伴わず胚培養や栄養環境の条件によって糖尿病が誘発された動物モデルに対し低濃度の感染性炎症惹起物質を投与することにより、前記感染性炎症惹起物質そのものの過大な刺激によらず、糖尿病合併症に類似した生理・病理現象を模倣できるので、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法を評価できる。
【0013】
さらに上述の目的を達成するため、本発明の前記所定の培地はαMEM培地であってよい。
【0014】
さらに上述の目的を達成するため、本発明の前記投与工程で投与する前記感染性炎症惹起物質の濃度は、疾患を持たない健常なマウスへの投与が直接的な原因である死亡例が観測されない濃度であってよい。
【0015】
さらに上述の目的を達成するため、本発明の前記感染性炎症惹起物質は、リポ多糖であってよい。また、前記投与工程で投与するリポ多糖の濃度は、10mg/kgBW以下であってよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができる。すなわち、受精胚を所定の培養液で培養し、仮親に移植し、産出子を高脂肪食で飼育することにより作出したマウスに対し、低濃度の感染性炎症惹起物質を投与するという簡単な手段にて、遺遺伝子改変を伴わずに糖尿病が誘発された動物モデルに糖尿病合併症を発生させることができる。また、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法を評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、MEMマウスの作成方法及び急性の糖尿病合併症の発症方法の工程を示す。
【
図2】
図2は、LPS1.25mg/KgBW投与から48時間後の生存率を示す。
【
図3】
図3は、LPS1.25mg/KgBW投与から21時間後の病変率を示す。
【
図4】
図4は、LPS2.5mg/KgBW及びLPS5.0mg/KgBW投与から48時間後の生存率を示す。
【
図5】
図5は、LPS2.5mg/KgBW及びLPS5.0mg/KgBW投与から48時間後の病変率を示す。
【
図6】
図6は、LPSを1.25mg/kgBW投与後の末梢血における炎症関連遺伝子及び酸化ストレス関連遺伝子の発現を示す。
【
図7】
図7は、大麦食または米粉食を投与し飼育したMEMマウスにおけるLPS投与後6時間経過後の末梢血における炎症サイトカイン遺伝子発現を示す。
【
図8】
図8は、大麦食または米粉食を投与し飼育したMEMマウスにおけるLPS投与後48時間経過後の肝臓における炎症サイトカイン(COX1)および線維化関連因子(TGFB1)の遺伝子発現を示す。
【
図9】
図9は、大麦食または米粉食を投与し飼育したMEMマウスにおけるLPS投与後48時間経過後の腎臓における炎症サイトカイン(TNFα,CD68,MCP1)、酸化ストレス関連因子(p67phox)および線維化関連因子(TGFB1)の遺伝子発現を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の発明者らは、受精胚を所定の培養液で培養し、仮親に移植し、産出子を高脂肪食で飼育することにより作出したマウス(MEMマウス)に対し、低濃度の感染性炎症惹起物質として例えばリポ多糖(以下LPSと称す)を投与するという簡単な手段にて、遺遺伝子改変を伴わず胚培養や栄養環境の条件によって糖尿病が誘発された動物モデルに糖尿病合併症を発生させることを見出した。これによりヒトの2型糖尿病合併症に類似した生理・病理現象を模倣できるので、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法を評価できる。
【0019】
発明者らは、MEMマウスは、ヒトの病態と類似して、糖尿病病態であると末梢血白血球において炎症性サイトカインや炎症関連遺伝子のmRNA発現が増大することや、遺伝子改変を伴わなくとも、胚環境と出生後の栄養環境によって炎症性合併症(腎症、脂肪肝炎)を自然発症することを見出した。この様な中、昨今のコロナ禍では、糖尿病を始めとした生活習慣病患者者が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患すると重症化率や致死率が高いことが報告された(厚生労働省, 2021年)。この要因として、2型糖尿病および感染症による炎症性サイトカインの爆発的な増大(サイトカインストーム)等を介した炎症の過剰増大が要因であると考えられている。本発明は、この様な2型糖尿病患者が感染症を発症したときに過剰炎症反応する動物モデルを構築するために、胚環境操作によるMEMマウスへ、感染性炎症惹起物質を低濃度で投与し、感染-糖尿病性炎症モデルを作成したものである。感染性炎症惹起物質としては、例えばリポ多糖(LPS)、βグルカン等が挙げられる。
【0020】
感染症炎症惹起物質の例として、例えばLPSは、従来、疾患を持たない健常な実験動物へ高濃度(例えばマウスの場合は20mg/kgBW以上)で投与し、感染症発症時に誘導される炎症疾患である敗血症モデルの作製に使用されてきた。一方で、糖尿病モデル動物に対しLPSを低濃度で投与することにより、炎症反応を惹起させることは知られていない。なお、低濃度の投与量とは疾患を持たない健常な実験動物では死亡例が観測されない投与量であり、具体的にはマウスの場合、疾患を持たない健常なマウスに投与した場合の48時間後の死亡率が1%以下の投与量である。LPSの場合この投与量は、例えば10~1mg/kgBW以下であり、具体的には例えば、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1mg/kgBW以下であり、ここで例示した数値の何れか2つの間の範囲内であってもよい。なお、マウスの場合、LPSの投与量は5mg/kgBW以下が好ましい。
【0021】
本発明では、受精胚を所定の培養液で培養し、仮親に移植し、産出子を高脂肪食で飼育することにより作出したMEMマウスに対し、感染症炎症惹起物質としてLPSを低濃度の投与を行ったところ、致死率の増加や、糖尿病合併症における過剰な炎症性サイトカインの分泌による炎症反応の増幅効果が観察された。投与後に観測された具体例としては、病変(眼球異常、下痢)及び死亡率が増加し、致死的な転機をたどることが示された。さらに、末梢血白血球の炎症性サイトカインMCP-1や炎症関連遺伝子(Il1b, Tnfa)および酸化ストレス関連遺伝子(Nox2, p40phox, p47phox)のLPS投与後の発現が高いことが明らかとなった。この現象は、ヒトのCOVID-19感染時における基礎疾患を有することによる致死率の顕著な高値、重症化率の増大およびサイトカインストームの発生報告と一致する。一方、健常なマウスへ同量すなわち低濃度のLPSを投与した場合、特に病変は見られなかった。
【0022】
また、受精胚を所定の培養液で培養し、仮親に移植し、産出子を高脂肪食で飼育することにより作出した糖尿病マウスに対し、評価したい糖尿病合併症の予防薬または予防方法を、事前に当該動物モデルに実施しておき、その後急性糖尿病合併症を発症させることにより、糖尿病合併症の予防薬または予防方法方法についてその効果を評価することができる。すなわち、急性糖尿病合併症の症状が緩和されればその実施に効果があることになる。
【0023】
または、上述した方法により、急性糖尿病合併症を発症させたマウスに対し、評価したい糖尿病合併症の治療薬または治療方法を実施してその効果を評価することができる。すなわち、急性糖尿病合併症の症状が緩和されればその実施に効果があることになる。
【実施例0024】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。
【0025】
<MEMマウスの作成方法>
図1の上段にMEMマウスの作成方法を示す。ホルモン投与により過排卵処理をした8週齢以上の非近交系ICR系統のメスマウスを非近交系ICR系統のオスマウスと同じ飼育ケージに入れ交配させ、翌日の午前中に膣栓により交尾を確認できたメスマウスを別のケージに分け、さらにその翌日に頸椎脱臼により安楽死させ、卵管を採取する。その後卵管灌流により、2細胞期の受精胚を回収する(取出工程)。その後、取出した胚を桑実期および初期胚盤胞期までの約48時間、αMEM培地にて体外培養する(培養工程)。培養した胚を8週齢以上の偽妊娠ICRマウス(仮親)の卵管または子宮に移植する(移植工程)。その後出産するまで仮親を育成し自然分娩させる(産出工程)。産出後、産出子の離乳(生後21-28日)後に高脂肪食(例えば、オリエンタル酵母工業社、F2WTD)を3-4ヵ月投与し飼育する(飼育工程)。この高脂肪食の成分としては、炭水化物48%、脂質35%、タンパク質17%のものを用いた。これらの高脂肪食は、例示以外の物を用いてもかまわない。なお、離乳後、通常食飼料(例えば、SLC社、Hi-Durability IRRD M/R)で飼育し、成熟する8週齢以降において、高脂肪食飼料を給餌してもよい。
【0026】
培養工程では、培地として通常マウス胚培養で一般的に使われているCZBやKSOMに代えて、細胞培養で広く用いられているαMEM培地(富士フイルム和光純薬社αMEM(#135-15175))を用いた。なお、一般的に、αMEM培地が受精卵の培養に用いられることはない。
【0027】
<急性の糖尿病合併症の発症方法>
図1の下段に急性の糖尿病合併症の発症方法を示す。高脂肪食飼料を3-4ヵ月投与した後に、大腸菌O127由来のリポ多糖(LPS; 富士フィルム和光純薬株式会社(# 124-05151))をリン酸緩衝液(PBS)に所定の濃度(低濃度)で溶かし、腹腔内投与した。なおモデル動物へのLPSの投与は腹腔投与に限定されず、本発明の効果が生じれば血管への投与や皮下・筋肉注射等でもかまわない。また、LPSの溶媒もPBSに限定されない。
【0028】
<LPS1.25mg/KgBW投与>
高脂肪食を3-4ヵ月投与したMEMマウス20匹を用意しその内の10匹の腹腔にLPSを1.25mg/KgBW投与した。また、αMEM培地の代わりにKSOM培地にて受精胚を培養し高脂肪食を3-4ヵ月投与したマウス(KSOMマウス)を20匹用意しその内の10匹の腹腔にLPSを1.25mg/KgBW投与した。
【0029】
LPSの投与から48時間後の生存率を
図2に示す。また、21時間後の病変率を
図3に示す。
図2によると、KSOMマウスは死亡例がない(生存率100%)のに対し、MEMマウスは、24時間後と48時間後に死亡例が発生している。LPSを投与していないMEMマウスは24時間後に死亡例が発生しているが、48時間後には死亡例が発生していない。また、
図3によると、LPSを投与していないマウスには21時間後に病変が生じていないが、LPSを投与したマウスは、KSOMマウス、MEMマウスとも、眼球異常、下痢といった病変が高確率で発生している。しかもMEMマウスの方が発生率が高い。これらは急性の糖尿病合併症の発症を示している。
【0030】
以上より、LPS1.25mg/KgBW投与という非常に低濃度の感染症炎症惹起物質投与にもかかわらず、病変(眼球異常、下痢)及び死亡率が増加し、致死的な転機をたどることが示された。これらはヒト2型糖尿病における急性の糖尿病合併症の症状を模倣している。
【0031】
<LPS2.5、及び、5.0mg/KgBW投与>
高脂肪食を3-4ヵ月投与したMEMマウス20匹を用意しその内の10匹の腹腔にLPSを2.5mg/KgBW投与した。また、KSOMマウスを20匹用意しその内の10匹の腹腔にLPSを2.5mg/KgBW投与した。また、同様に、高脂肪食を3-4ヵ月投与したMEMマウス20匹を用意しその内の10匹の腹腔にLPSを5.0mg/KgBW投与した。また、KSOMマウスを20匹用意しその内の10匹の腹腔にLPSを5.0mg/KgBW投与した。
【0032】
LPSの投与から48時間後の生存率を
図4に示す。
図4によるとKSOMマウスでは、2.5mg/KgBWの投与量では死亡例がないが、5.0mg/KgBWの投与量では2例の死亡例が発生している。MEMマウスでは、2.5mg/KgBW及び5.0mg/KgBWのどちらの投与量でも3例の死亡例が発生している。
図5は投与から48時間後の病変率を示す。LPSを投与していないマウスには病変が生じていないが、LPSを投与した場合、どちらの培地にも病変が高確率で発生していることがわかる。しかもMEMマウスの方が発生率が高い。
【0033】
以上より、LPS2.5mg/KgBW及びLPS5.0mg/KgBW投与という低濃度の感染症炎症惹起物質投与にもかかわらず、病変(眼球異常)及び死亡率が増加し、致死的な転機をたどることが示された。
【0034】
<LPS1.25mg/KgBW投与における遺伝子発現>
図6は、KSOMマウスとMEMマウスに対してLPSを1.25mg/kgBW投与後の末梢血における炎症関連遺伝子及び酸化ストレス関連遺伝子の発現を示す。投与後21時間において、Mcp1を中心に炎症性サイトカインやROS産生酵素の遺伝子発現量が、投与しないマウスに比べて増大していることがわかる。しかもMEMマウスの方が発現量が多い。1.25mg/kgBWという非常に低濃度の投与にもかかわらず発現量が増えている。
【0035】
以上の各実施例の結果によると、
図2~6に示す結果は、ヒトのCOVID-19感染時における基礎疾患を有することによる致死率の顕著な高値、重症化率の増大およびサイトカインストームの発生報告と一致する。すなわち、受精胚を所定の培養液で培養し、仮親に移植し、産出子を高脂肪食で飼育することにより作出したマウスに対し、低濃度の感染性炎症惹起物質として例えばリポ多糖(以下LPSと称す)を投与するという簡単な手段にて、遺遺伝子改変を伴わず胚培養や栄養環境の条件によって糖尿病が誘発された動物モデルに糖尿病合併症を発生させることが確認できた。これによりヒトの2型糖尿病合併症に類似した生理・病理現象を模倣できるので、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法を評価することができる。
【0036】
<大麦食の糖尿病合併症予防効果>
大麦食の糖尿病合併症の予防効果を確認するため、前述した飼育工程において、MEMマウスを高脂肪食+大麦食を投与した群(Barley群)と高脂肪食+米粉食を投与した群(Rice群)の2群に分けて2ヵ月飼育した。その後LPSを1.25mg/KgBW投与し、6時間経過後に末梢血を採血し、炎症サイトカイン遺伝子(lL1B、TNFα)の発現を調べた。
図7にその結果を示す。
図7において遺伝子の発現量は、平均値±標準誤差で示し、有意差は#P<.05(vs.0mg)で示した。LPS投与後6時間という急激な炎症反応において、感染する前に大麦を摂取していると炎症性サイトカインの発現の増大を抑制することができ、すなわち炎症反応を抑制することができる。
【0037】
肝臓における炎症反応についてだが、前述したMEMマウスのBarley群及びRice群に対しLPSを1.25mg/KgBW投与し、48時間経過後に末梢血を採血し、肝臓における炎症サイトカイン(COX1)および線維化関連因子(TGFB1)の遺伝子発現を調べた。
図8にその結果を示す。
図8において遺伝子の発現量は、平均値±標準誤差で示し、有意差は#P<.05(vs.0mg)で示した。炎症性サイトカインであるCOX1および線維化メディエーターであるTGFB1の遺伝子発現量はRice群よりBarley群で低下した。これは、肝臓といった臓器にまで広がった感染後の炎症反応においても、感染する前に大麦を摂取することで炎症反応を抑制できることを示す。
【0038】
腎臓における炎症反応についてだが、前述したMEMマウスのBarley群及びRice群に対しLPSを1.25mg/KgBW投与し、48時間経過後に末梢血を採血し、腎臓における炎症サイトカイン(TNFα,CD68,MCP1)、酸化ストレス関連因子(p67phox)および線維化関連因子(TGFB1)の遺伝子発現を調べた。
図9にその結果を示す。
図9において遺伝子の発現量は、平均値±標準誤差で示し、有意差は#P<.05(vs.0mg)で示した。炎症性サイトカインであるTNFα、Cd68やROS産生酵素p67phoxや線維化メディエーターTGFB1の遺伝子発現量はRice群よりBarley群で低下したこれは、肝臓と同様に、腎臓にまで広がった感染後の炎症反応において、感染する前に大麦を摂取することで、炎症反応を抑制できることを示す。
【0039】
以上より、大麦食を例として、糖尿病合併症の予防薬、治療薬、予防方法または治療方法を評価することができることが判明した。