IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 静岡県公立大学法人の特許一覧

<>
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図1
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図2
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図3
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図4
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図5
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図6
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図7
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図8
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図9
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図10
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図11
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図12
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図13
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図14
  • 特開-PIEZO1阻害剤 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086621
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】PIEZO1阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/415 20060101AFI20240620BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240620BHJP
   A61P 7/00 20060101ALI20240620BHJP
   A61P 7/06 20060101ALI20240620BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
A61K31/415
A61P43/00 111
A61P7/00
A61P7/06
A61P17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023205145
(22)【出願日】2023-12-05
(31)【優先権主張番号】P 2022200642
(32)【優先日】2022-12-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)掲載アドレス https://www.senkyo.co.jp/pbf2023/contents/program.html 掲載日 2023年8月 (2)集会名 第22回次世代を担う若手のためのファーマ・バイオフォーラム2023 開催日 2023年9月8日、9日
(71)【出願人】
【識別番号】507219686
【氏名又は名称】静岡県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】原 雄二
(72)【発明者】
【氏名】稲井 誠
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 美希
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC36
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA51
4C086ZA89
4C086ZC41
(57)【要約】      (修正有)
【課題】PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害するPIEZO1阻害剤を提供する。
【解決手段】下記式(II)に代表されるピラゾール誘導体若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物である。

【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)で表されるピラゾール誘導体若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を含有することを特徴とするPIEZO1阻害剤。
【化1】
[式(I)中、
は水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基又は炭素数1~3のアルキル基を示し;
は水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基又は炭素数1~3のアルコキシ基を示し;
は水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基又は炭素数1~3のアルコキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;
は水素原子、炭素数1~3のアルキル基又は置換されていてもよいフェノキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;
は水素原子、トリフルオロメチル基、置換されていてもよいフェニル基、置換されていてもよいカルボン酸アミド基又は置換されていてもよいカルボン酸エステル基を示し;
は水素原子又はハロゲン原子を示し;
は水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルコキシ基、置換されていてもよいスルホンアミド基又は置換されていてもよいカルボン酸アミド基を示す。]
【請求項2】
式(I)中、
は水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基又は炭素数1~3のアルキル基を示し;
は水素原子又はトリフルオロメチル基を示し;
は水素原子又は炭素数1~3のアルコキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;
は水素原子、炭素数1~3のアルキル基、水酸基で置換されたフェノキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;
は水素原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基で置換されたフェニル基、ピペリジン基で置換されたカルボン酸アミド基、又はカルボン酸エステル基を示し;
は水素原子又はハロゲン原子を示し;
は水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルコキシ基、スルホンアミド基、又は炭素数2~4のアルケニル基で置換されたカルボン酸アミド基を示す、ことを特徴とする請求項1に記載のPIEZO1阻害剤。
【請求項3】
式(I)中、
は水素原子、弗素原子又は塩素原子を示し;
、R、R及びRは独立して水素原子を示し;
はトリフルオロメチル基を示し;
は炭素数1~3のアルコキシ基を示す、ことを特徴とする請求項1に記載のPIEZO1阻害剤。
【請求項4】
式(I)で表されるピラゾール誘導体は、以下式に示す化合物である、請求項1に記載のPIEZO1阻害剤。
【化2】
【請求項5】
PIEZO1イオンチャネルの活性化を抑制することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のPIEZO1阻害剤。
【請求項6】
前記PIEZO1イオンチャネルの活性化が、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強であることを特徴とする請求項5に記載のPIEZO1阻害剤。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項に記載のPIEZO1阻害剤を有効成分として含有することを特徴とするPIEZO1イオンチャネルの活性化が関与する病態、症状又は疾患の予防、改善又は治療用組成物。
【請求項8】
前記PIEZO1イオンチャネルの活性化が、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強であることを特徴とする請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
下記式(II)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物。
【化3】
【請求項10】
下記式(III)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物。
【化4】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械受容イオンチャネルであるPIEZO1を特異的に阻害することのできる、新たなPIEZO1阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
機械受容イオンチャネルPIEZO1は2010年に同定された、新しいタイプのイオンチャネルであり、細胞膜張力などの物理的な力(機械刺激)に応答して開口するCa2+透過型カチオンチャネルである。PIEZO1は約2500ものアミノ酸残基からなり3量体を形成して機能すること、血管内皮、赤血球など様々な組織、器官における機械受容に関わっていることが報告されている。PIEZO1は、当初、骨格筋では発現していないとされてきたが、本件発明者らは、PIEZO1イオンチャネルが骨格筋の再生機構に関与することを発見し(非特許文献1参照)、さらに、同イオンチャネルが膜脂質の動態により制御されること等を明らかにしている。
【0003】
このように、様々な組織、器官における機械受容に関与するPIEZO1イオンチャネルの生理的機能の解明のため、PIEZO1イオンチャネルを特異的に制御する化合物が求められている。そこで、PIEZO1イオンチャネルを特異的に活性化する化合物、すなわちPIEZO1活性化剤として、Yoda1(以下化学式1参照)やJedi1及びJedi2(以下化学式2参照)が提案され、研究開発の現場において用いられている。
【0004】
【化1】
【0005】
【化2】
【0006】
また、PIEZO1イオンチャネルを阻害する化合物としては、Gd3+やクモ毒であるGsMTx-4が用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Masaki TSUCHIYA, Yuji HARA et al., Nature Communications, Vol.9, Article number: 2049, 2018年, DOI: 10.1038/s41467-018-04436-w
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、PIEZO1イオンチャネルを特異的に活性化できるYoda1等とは異なり、上述したGd3+やGsMTx-4は、機械受容イオンチャネル全般を阻害する作用を有するため、PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害することができない、という問題を有している。そして、現段階において、PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害できる阻害剤は報告されていない。
【0009】
したがって、本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害するPIEZO1阻害剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、PIEZO1発現細胞を用いたPIEZO1イオンチャネル阻害因子の評価方法を確立し、この評価方法を用いて、東京大学創薬機構が所有する化合物ライブラリーより選択した約3300もの化合物についてスクリーニングを行った。この結果、PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害する化合物を見出した。この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0011】
上記課題を解決するため、本発明のPIEZO1阻害剤は、以下の一般式(I)で表されるピラゾール誘導体若しくはその塩、又はそれらの溶媒和物を含有し、式(I)中、Rは水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基又は炭素数1~3のアルキル基を示し;Rは水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基又は炭素数1~3のアルコキシ基を示し;Rは水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基又は炭素数1~3のアルコキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;Rは水素原子、炭素数1~3のアルキル基又は置換されていてもよいフェノキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;Rは水素原子、トリフルオロメチル基、置換されていてもよいフェニル基、置換されていてもよいカルボン酸アミド基又は置換されていてもよいカルボン酸エステル基を示し;Rは水素原子又はハロゲン原子を示し;Rは水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルコキシ基、置換されていてもよいスルホンアミド基又は置換されていてもよいカルボン酸アミド基を示している。
【0012】
【化3】
【0013】
上述の化合物を用いることにより、PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害することができる。これにより、PIEZO1イオンチャネルの生理的機能の解明のための研究開発や、PIEZO1イオンチャネルの活性化に伴う疾患や症状を改善、治療又は予防するための医薬にこれらの化合物を用いることができる。
【0014】
また、本発明のPIEZO1阻害剤は、上述した式(I)において、Rは水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基又は炭素数1~3のアルキル基を示し;Rは水素原子又はトリフルオロメチル基を示し;Rは水素原子又は炭素数1~3のアルコキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;Rは水素原子、炭素数1~3のアルキル基、水酸基で置換されたフェノキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を示し;Rは水素原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基で置換されたフェニル基、ピペリジン基で置換されたカルボン酸アミド基、又はカルボン酸エステル基を示し;Rは水素原子又はハロゲン原子を示し;Rは水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルコキシ基、スルホンアミド基、又は炭素数2~4のアルケニル基で置換されたカルボン酸アミド基を示す化合物であることも好ましい。これにより、PIEZO1阻害剤として好適な化合物が選択される。
【0015】
また、本発明のPIEZO1阻害剤は、上述した式(I)において、Rは水素原子、弗素原子又は塩素原子を示し;R、R、R及びRは独立して水素原子を示し;Rはトリフルオロメチル基を示し;Rは炭素数1~3のアルコキシ基を示す化合物であることも好ましい。これにより、優れた阻害効果を有するPIEZO1阻害剤が得られる。
【0016】
また、本発明のPIEZO1阻害剤は、以下式に示す化合物であることも好ましい。これにより、PIEZO1阻害作用を有する具体的な化合物が選択される。
【0017】
【化4】
【0018】
また、本発明のPIEZO1阻害剤は、PIEZO1活性化を抑制することも好ましい。これにより、PIEZO1イオンチャネルの活性化を抑制することができる。
【0019】
さらに、本発明のPIEZO1阻害剤は、PIEZO1イオンチャネルの活性化が、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強であることも好ましい。
【0020】
また、本発明のPIEZO1イオンチャネルの活性化が関与する病態、症状又は疾患の予防、改善又は治療用組成物は、上述したPIEZO1阻害剤を有効成分として含有する。これにより、PIEZO1イオンチャネルの活性化を阻害することによって、PIEZO1イオンチャネルの活性化に伴う病態、症状又は疾患を予防、改善又は治療することができる。
【0021】
さらに、上述した組成物において、PIEZO1イオンチャネルの活性化とは、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強であることも好ましい。
【0022】
また、本発明は、下記式(II)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物である。式(II)で表される化合物は、新規なピラゾール誘導体であり、PIEZO1イオンチャネルに対し、優れた阻害作用を有する。
【0023】
【化5】
【0024】
また、本発明は、下記式(III)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物である。式(III)で表される化合物は、新規なピラゾール誘導体であり、PIEZO1イオンチャネルに対し、優れた阻害作用を有する。
【0025】
【化6】
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有するPIEZO1阻害剤を提供することができる。
(1)PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害することができる。
(2)PIEZO1イオンチャネルの活性化や活性増強を抑制する作用を有する。
(3)PIEZO1イオンチャネルの活性化や活性増強に伴う病態、症状又は疾患を予防、改善又は治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】実施例1における、PIEZO1イオンチャネルを阻害する化合物のスクリーニング結果を示すグラフである。
図2】実施例2における、(a)SC-560のPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)SC-560の濃度依存的なPIEZO1阻害効果を示すグラフである。
図3】実施例3における、(a)COX-1阻害剤であるインドメタシンのPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)インドメタシンとDMSO(コントロール)のPIEZO1阻害レベルを示すグラフである。
図4】実施例4における、マウス神経芽腫細胞株Neuro2Aを用いたときの(a)SC-560のPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)SC-560の濃度依存的なPIEZO1阻害効果を示すグラフである。
図5】実施例5における、(a)SC-560のストア作動性Ca2+チャネルの阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)SC-560とコントロール(添加なし)のストア作動性Ca2+チャネルの阻害レベルを示すグラフである。
図6】実施例6における、(a)SC-560のTRPV4チャネルの阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)SC-560とコントロール(添加なし)のTRPV4チャネルの阻害レベルを示すグラフである。
図7】実施例7における、(a)SC-560のHsPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)SC-560とコントロール(DMSO)のHsPIEZO1阻害レベルを示すグラフである。
図8】実施例8における、(a)SC-560のJedi2により活性化されたPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)SC-560とコントロール(DMSO)のJedi2により活性化されたPIEZO1阻害レベルを示すグラフである。
図9】実施例9で検討を行ったSC-560類縁体化合物を示す図である。
図10】実施例9で検討を行ったSC-560類縁体化合物を示す図である。
図11】実施例9における、図9及び図10に示す化合物のPIEZO1阻害レベルを示すグラフである。
図12】実施例9における、SC-560、D4及びDMSO(コントロール)のPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフである。
図13】実施例10における、PIEZO1機能獲得型変異体によるPIEZO1活性の増強レベルを示すグラフである。
図14】実施例11におけるPIEZO1機能獲得型変異体R2456Hに対する、(a)SC-560及びコントロール(DMSO)のPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(b)SC-560とDMSOのPIEZO1活性の阻害レベルを示すグラフである。
図15】実施例11における、(a)PIEZO1機能獲得型変異体A2020Tに対する、SC-560及びコントロール(DMSO)のPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ、(b)PIEZO1機能獲得型変異体T2127Mに対する、SC-560及びコントロール(DMSO)のPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフ及び(c)PIEZO1機能獲得型変異体M2225Rに対する、SC-560及びコントロール(DMSO)のPIEZO1活性の阻害評価試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明のPIEZO1阻害剤について詳細に説明する。本発明におけるPIEZO1とは、細胞膜張力などの物理的な力(機械刺激)に応答して開口するCa2+透過型カチオンチャネルである。PIEZO1は約2500ものアミノ酸残基からなり3量体を形成して機能すること、血管内皮、赤血球、骨格筋など様々な組織、器官における機械受容に関わっていることが報告されている。
【0029】
本発明におけるPIEZO1阻害とは、PIEZO1イオンチャネルを阻害すること、すなわち、PIEZO1イオンチャネルによるイオン透過活性が抑制されることをいい、本発明のPIEZO1阻害剤を添加又は投与されない状態のコントロールと比較して、PIEZO1イオンチャネルによるイオン透過活性が抑制されていることを意味する。さらに、本発明におけるPIEZO1阻害剤は、PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害する機能を有すること、すなわち、PIEZO1のイオン透過活性を特異的に抑制できることが好ましい。また、本発明におけるPIEZO1阻害剤は、PIEZO1イオンチャネルの活性化や活性増強を抑制できることが好ましく、例えば、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強(活性亢進)を抑制できることが好ましい。
【0030】
本発明のPIEZO1阻害剤には、以下式(I)で表されるピラゾール誘導体が含まれる。本発明に係るピラゾール誘導体に係る化合物は塩であってもよく、薬理学的に許容される塩であることが好ましい。この化合物の薬理学的に許容される塩としては、酸又は塩基と形成される塩であればよく、特に限定されない。また、この化合物又はその塩は、溶媒和物であってもよく、特に限定されないが、例えば、水和物、エタノール等の有機溶媒和物が挙げられる。
【0031】
【化7】
【0032】
上述した化合物を表す式(I)中、Rで示される原子又は分子としては、水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基又は炭素数1~3のアルキル基が挙げられる。このうち、ハロゲン原子としては、弗素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子が挙げられるが、阻害効果に優れる観点から、弗素原子又は塩素原子が好ましい。また、炭素数1~3のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基又はプロポキシ基等が挙げられるが、阻害効果の観点から、メトキシ基が好ましい。さらに、炭素数1~3のアルキル基としては、メチル基、エチル基又はプロピル基等が挙げられる。上述したRで示される原子又は分子としては、阻害効果に特に優れる観点から、水素原子、弗素原子又は塩素原子が特に好ましい。
【0033】
次に、Rで示される原子又は分子としては、水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基又は炭素数1~3のアルコキシ基が挙げられる。このうち、ハロゲン原子としては、弗素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子が挙げられる。また、炭素数1~3のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基又はプロポキシ基等が挙げられる。上述したRで示される原子又は分子としては、阻害効果に優れる観点から、水素原子又はトリフルオロメチル基を選択することが好ましく、水素原子が特に好ましい。
【0034】
次に、Rで示される原子又は分子としては、水素原子、ハロゲン原子、トリフルオロメチル基又は炭素数1~3のアルコキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基が挙げられる。このうち、ハロゲン原子としては、弗素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子が挙げられる。また、炭素数1~3のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基又はプロポキシ基等が挙げられる。上述したRで示される原子又は分子としては、阻害効果に優れる観点から、水素原子又は炭素数1~3のアルコキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を選択することが好ましく、水素原子が特に好ましい。
【0035】
で示される原子又は分子としては、水素原子、炭素数1~3のアルキル基又は置換されていてもよいフェノキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基が挙げられる。このうち、炭素数1~3のアルキル基としては、メチル基、エチル基又はプロピル基等が挙げられる。また、置換されていてもよいフェノキシ基としては、無置換のフェノキシ基のほか、1つ以上の水酸基若しくは1つ以上のアルコキシ基で置換されたフェノキシ基等が挙げられる。上述したRで示される原子又は分子としては、阻害効果に優れる観点から、水素原子、炭素数1~3のアルキル基、水酸基で置換されたフェノキシ基を示すか、またはRと互いに結合して-CH-で示される基を選択することがより好ましく、水素原子が特に好ましい。
【0036】
で示される原子又は分子としては、水素原子、トリフルオロメチル基、置換されていてもよいフェニル基、置換されていてもよいカルボン酸アミド基又は置換されていてもよいカルボン酸エステル基が挙げられる。このうち、置換されていてもよいフェニル基としては、無置換のフェニル基のほか、1つ以上の炭素数1~3のアルコキシ基で置換されたフェニル基が挙げられ、より具体的には、2つ以上のアルコキシ基で置換されたフェニル基が好ましく、2つのメトキシ基で置換されたフェニル基が特に好ましい。また、置換されていてもよいカルボン酸アミド基としては、無置換のカルボン酸アミド基のほか、ピペリジン基で置換されたカルボン酸アミド基が挙げられる。上述したRで示される原子又は分子としては、阻害効果に優れる観点から、水素原子、トリフルオロメチル基、炭素数1~3のアルコキシ基で置換されたフェニル基、ピペリジン基で置換されたカルボン酸アミド基又はカルボン酸エステル基を選択することが好ましく、このうち、トリフルオロメチル基が特に好ましい。
【0037】
で示される原子又は分子としては、水素原子又はハロゲン原子が挙げられる。このうち、ハロゲン原子としては、弗素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子が挙げられる。上述したRで示される原子としては、阻害効果に優れる観点から、水素原子が好ましく選択される。
【0038】
次に、Rで示される原子又は分子としては、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルコキシ基、置換されていてもよいスルホンアミド基又は置換されていてもよいカルボン酸アミド基が挙げられる。ハロゲン原子としては、弗素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子が挙げられる。また、炭素数1~3のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基又はプロポキシ基等が挙げられるが、効果に優れる観点から、メトキシ基が特に好ましい。置換されていてもよいカルボン酸アミド基としては、無置換のカルボン酸アミド基のほか、炭素数2~4のアルケニル基で置換されたカルボン酸アミド基が挙げられる。上述したRで示される原子又は分子としては、阻害効果に優れる観点から、水素原子、ハロゲン原子、炭素数1~3のアルコキシ基、スルホンアミド基又は炭素数2~4のあるアルケニル基で置換されたカルボン酸アミド基を選択することが好ましく、炭素数1~3のアルコキシ基を選択することが特に好ましい。
【0039】
また、上述の式(I)で表される化合物として、具体的には、以下式に示される化合物(Ia)~(Ii)、(II)及び(III)が挙げられる。
【0040】
【化8】
【0041】
各式の化合物名は次の通りである。
式(Ia):5-(4-クロロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾール(別名:SC-560)、
式(Ib):1-(4-メトキシフェニル)-5-フェニル-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾール、
式(Ic):5-(4-フルオロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾール、
式(Id):5-(4-ブロモフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾール、
式(II):1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-5-(3-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾール、
式(III):1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-5-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾール、
式(Ie):4-[5-(4-メチルフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾール-1-イル]ベンゼンスルホンアミド(別名:celecoxib)、
式(If):エチル1-(4-(ジアリルカルバモイル)フェニル)-1,4-ジヒドロインデノ[1,2-c]ピラゾール-3-カルボキシレート
式(Ig):3,5-ビス(2,4-ジメトキシフェニル)-1-フェニル-1H-ピラゾール
式(Ih):2-[(1,5-ジフェニル-1H-ピラゾール-4-イル)オキシ]フェノール
式(Ii):5-(4-クロロフェニル)-1-(2,4-ジクロロフェニル)-4-メチル-N-1-ピペリジニル-1H-ピラゾール-3-カルボキサミド塩酸塩(別名:Rimonabant)
【0042】
なお、各式で表される化合物のうち、式(II)及び式(III)に示す化合物が今回、新規化合物として発見された。
【0043】
また、各式で表わされる化合物のうち、特に薬理活性の点から好ましい化合物としては、式(Ic)に示す5-(4-フルオロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールや式(Ia)に示す5-(4-クロロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾール(別名:SC-560)のほか、式(Ib)に示す1-(4-メトキシフェニル)-5-フェニル-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールを挙げることができ、後述する実施例でも示すように、式(Ic)に示す5-(4-フルオロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールが特に好ましい。
【0044】
なお、本発明のピラゾール誘導体に係る化合物には、置換基の結合位置又は不斉炭素原子により立体異性体が存在する場合があるが、本発明には全ての立体異性体が含まれ得る。
【0045】
上述した式(I)に示す化合物並びに式(Ia)~(Ii)、(II)及び(III)に示すピラゾール誘導体に係る化合物は、ピラゾール合成法に係る公知の合成方法で製造することができる。
【0046】
一例として、式(Ib)に示す化合物、1-(4-メトキシフェニル)-5-フェニル-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-フェニルブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成することができる。
【0047】
また、一例として、式(Ic)に示す化合物、5-(4-フルオロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-(4-フルオロフェニル)ブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成することができる。
【0048】
また、一例として、式(Id)に示す化合物、5-(4-ブロモフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、1-(4-ブロモフェニル)-4,4,4-トリフルオロブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成することができる。
【0049】
また、一例として、式(II)に示す化合物、1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-5-(3-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-(3-(トリフルオロメチル)フェニル)ブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成することができる。
【0050】
また、一例として、式(III)に示す化合物、1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-5-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)ブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成することができる。
【0051】
本発明のPIEZO1阻害剤は、上述した式(I)で表されるピラゾール誘導体を含むものであって、PIEZO1イオンチャネルを阻害する作用を有する。また、本明細書において、PIEZO1阻害作用とPIEZO1アンタゴニスト作用とは同義である。本発明のPIEZO1阻害剤は、PIEZO1イオンチャネル生理的機能の解明等を目的とした研究用試薬として用いることができる。本発明に係るPIEZO1阻害剤の使用濃度としては、適用する細胞、PIEZO1の発現量、環境中に存在する又は添加される成分の影響や目標とする阻害効果に応じて適宜調整可能であるが、一例として、5nM~10mM程度とすることが好ましく、0.1μM~100μM程度とすることがより好ましく、1μM~10μM程度とすることが特に好ましい。
【0052】
また、本発明のPIEZO1阻害剤は、PIEZO1イオンチャネルの活性化が関与する病態、症状又は疾患の予防、改善又は治療に用いることができる。この「PIEZO1イオンチャネルの活性化」には、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強(活性亢進)が含まれる。ここでの治療や病態の改善には、これらの疾患や病態に対する予防や予後の処置も含まれる。PIEZO1イオンチャネルの活性化が関与する病態、症状又は疾患には、遺伝子性溶血性貧血、皮膚の痒み(掻痒感)等が広く含まれ、特に、脱水型遺伝性有口赤血球症、機械刺激による掻痒又はこれらに関連する症状又は疾患が含まれる。本発明のPIEZO1阻害剤は、これらの病態、症状又は疾患の一つ又は複数に対する治療や改善、症状や病態の抑制や予防等に用いられる。本発明のPIEZO1阻害剤は、ヒト又は動物のための医薬品、医薬部外品及び食品として用いることができる。食品には、サプリメント、健康食品、機能性食品、特定保健用食品等も含まれる。
【0053】
本発明のPIEZO1阻害剤を医薬品又は医薬部外品として用いる場合には、従来慣用されている方法により種々の形態に調製することができる。この場合、通常製剤用の薬理学的に許容される担体や賦形剤、滑沢剤、分散剤、崩壊剤、緩衝剤、溶剤、増量剤、保存剤、香料又は安定化剤など、医薬品の添加剤として許容されている添加剤を用いて製剤化することができる。さらに、この化合物のバイオアベイラビリティーや安定性を向上させるために、マイクロカプセル、リポソーム製剤、微粉末化又はシクロデキストリン等を用いた包接化などの製剤技術を含むドラッグデリバリーシステムを用いることもできる。
【0054】
本発明のPIEZO1阻害剤を経口投与製剤として用いる場合には、錠剤、顆粒剤、カプセル剤又は内服用液剤等の形態で用いることができるが、消化管からの吸収に適した形態で用いることが好ましい。また、流通性、保存性などの理由により所望される形態での製剤を提供する場合にも従来の製剤技術を用いることができる。また、外用剤等の非経口投与剤として用いる場合には、クリーム、軟膏、貼付剤などの経皮吸収剤のほか、注射剤および坐剤等の形態とすることができる。また、流通性や保存性などの理由から固形製剤を使用時に適当な溶剤で溶解してから用いることもでき、液剤および半固形剤の形態で提供することも従来の製剤技術により可能である。本発明のPIEZO1阻害剤の投与量又は有効摂取量は、目標とする治療効果、投与方法、投与対象及び剤形によって変化するため、特に限定されない。
【0055】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例0056】
[実施例1]
1.PIEZO1イオンチャネルを阻害する化合物のスクリーニング(1)
本実施例では、PIEZO1イオンチャネルを阻害する化合物の探索を行った。スクリーニング対象には、東京大学創薬機構が所有する化合物ライブラリー「Validated Compound Library」を選択した。同ライブラリーは既存薬:約1500サンプル、既知薬理活性試薬:約1800の合計約3300サンプルから構成されている。本実施例におけるスクリーニング方法としては、本件発明者らが構築したPIEZO1イオンチャネル阻害因子の評価方法を用いた。評価方法は具体的には次の通りである。
【0057】
数千種類の化合物のスクリーニングを迅速かつ容易に行うため、マイクロプレートリーダーと96ウェルプレートを用い、Ca2+プローブによる細胞内へのCa2+流入を指標にしてPIEZO1活性を評価する方法を構築した。使用する細胞には、PIEZO1を安定して発現する細胞であって、プレートに十分に接着し、測定範囲にて鋭利な変化を示すCa2+プローブを有する細胞が求められる。そのため、pMXs-puroウイルスベクターを用いて、マウス筋芽細胞株C2C12にカルシウムプローブGCaMP6sを安定発現させた細胞株を樹立した。このGCaMP6s安定発現C2C12筋芽細胞株を黒色の96wellプレート(平底タイプ、greiner)に3×10cells/wellとなるように播種し、CO通気下、37℃で一晩インキュベートした。
【0058】
各ウェル内の培地を180μLの2Ca2+-HBSに交換した後、5~10分静置した後にマイクロプレートリーダー(テカン社製品、型番:INFINITE 200F PRO)を用いて測光(4回/15秒間隔)した。なお、2Ca2+-HBSの組成は、107mM NaCl、6mM KCl、20mM HEPES、11.5mM グルコース、1.2mM MgCl、2mM CaClであり、pH=7.4にNaOHで調整している。
【0059】
次に、化合物ライブラリー「Validated Compound Library」の各化合物について、2Ca2+-HBSを加えてよく混合した後、各化合物の最終濃度が5μMとなるように、各ウェルに20μLずつ添加した。5~10分静置した後にマイクロプレートリーダーを用いて測光(4回/15秒間隔)した。この各化合物の添加前後において、蛍光強度が大きく変化した化合物はスクリーニング対象から除外した。
【0060】
上述の各化合物が添加されたウェルプレートに対し、PIEZO1イオンチャネルを特異的に活性化させるYoda1を添加し、Yoda1による活性化が阻害されるかどうかを評価した。具体的には、8連のマイクロピペットを用いて66μMのYoda1(型番:5586、Tocris Bioscience社製品)を最終濃度6μMとなるように、ウェルに20μL静かに添加した。他方、コントロールとして、Yoda1の替わりに2Ca2+-HBSをウェルに20μL静かに添加した。その後、マイクロプレートリーダーを用いて、再度測光(12回、15秒間隔)を行った。上述の操作を96wellの2列(16well)ずつ順に行った。
【0061】
結果を図1のグラフに示す。横軸は化合物IDを、縦軸は蛍光強度F/F0を示す。F/F0=刺激後(Yoda1添加後)の蛍光強度F/刺激前(Yoda1添加前)の蛍光強度F0、である。Yoda1の添加により、PIEZO1イオンチャネルが活性化されてGCaMP6sの蛍光強度が大きく増加するところ、その増加割合が小さい化合物は、PIEZO1イオンチャネルの活性化を抑制する可能性を有する。本実施例では、蛍光強度F/F0が3倍以下に抑制された化合物をヒット化合物とした。この結果より、30種のヒット化合物を得た。
【0062】
[実施例2]
2.PIEZO1イオンチャネルを阻害する化合物のスクリーニング(2)
本実施例では、実施例1で得た30種のヒット化合物のPIEZO1阻害効果について、より詳細な検討を行った。本実施例におけるスクリーニング方法には、実施例1で用いた方法とは異なり、マウス筋芽細胞株C2C12の野生型細胞を用い、カルシウムプローブとしてFura2を用いた。また、実験系としてガラスボトムディッシュ上に播種したC2C12細胞に各化合物を添加して細胞内カルシウムイメージングを行い、PIEZO1イオンチャネルへの効果を検討した。評価方法は具体的には次の通りである。
【0063】
マウス筋芽細胞株C2C12の野生型細胞(ATCC)をガラスボトムディッシュ(144mm径、ポリリジンコート、松浪硝子工業株式会社製品)に4×10cellsとなるように播種し、CO通気下、37℃で一晩インキュベートした。培地にはDMEM培地に10%FBS、5%ペニシリン-ストレプトマイシン、2mMのL-グルタミン溶液を添加した培地を用いた。
【0064】
測定開始1時間前に、培地をFura2(型番:Fura2-AM、株式会社同仁化学研究所製品)を10μM含むDMEMに替え、37℃で1時間インキュベートした。その後、Fura2含有DMEMを除去し、500μLの2Ca2+-HBS(実施例1で用いたものと同様の組成、pHからなる)で洗い流した後、250μLの2Ca2+-HBSに細胞を浸した。
【0065】
次に、測定開始の1分前に、各ヒット化合物の2Ca2+-HBS溶液(ヒット化合物濃度:20μM)を各ヒット化合物の最終濃度が5μMとなるように、ディッシュに250μL添加した。他方、コントロールとして、ヒット化合物の替わりにDMSOを用いた。その後、後述する測定条件にて測定を開始した。測定開始から6分後に、同ディッシュにPIEZO1イオンチャネルを特異的に活性化させるYoda1を添加し、先に添加されたヒット化合物によってYoda1による活性化が阻害されるかどうかを調べた。具体的には、Yoda1の2Ca2+-HBS溶液(Yoda1濃度:10μM)をYoda1の最終濃度が5μMとなるように、ディッシュに500μL添加した。
【0066】
測定は落射顕微鏡で行い、合計12分間の測定を行った。励起波長は340nm及び380nmとし、いずれも露出時間は600μ秒、10秒間隔で測定を行った。
【0067】
この結果、図2(a)に示すように、「SC-560」と呼ばれているピラゾール誘導体、5-(4-クロロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾール(上述の式(Ia)に化学構造式を示す)に顕著なPIEZO1イオンチャネル活性の阻害効果が確認された。図2(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。
【0068】
そこで、SC-560の添加濃度とPIEZO1阻害効果との関係を調べるべく、上述した評価方法において、ディッシュに添加するSC-560の2Ca2+-HBS溶液をSC-560の最終濃度が1μM、3μM、5μM、10μMとなるように添加した以外は、上述と同様の試験を行った。結果を図2(b)のグラフに示す。図2(b)のグラフの横軸はSC-560の濃度、縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Yoda1添加後の測定時間(測定開始から6~12分)における最大値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。
【0069】
これらの結果によれば、マウス筋芽細胞株C2C12細胞において、SC-560は同化合物を添加した際に細胞内へのカルシウム流入は生じず、さらに濃度依存的に内在性PIEZO1イオンチャネルの活性化を阻害することが確認された。このことから、SC-560は直接的にPIEZO1を阻害している可能性が見出された。
【0070】
[実施例3]
3.SC-560によるPIEZO1阻害効果の特異性の検討(1)
「SC-560」と呼ばれているピラゾール誘導体、5-(4-クロロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、COX-1(シクロオキシゲナーゼ1)の阻害剤として知られており、以下表1の50%阻害濃度(IC50)に示すように、COX-1を選択的に阻害する。このことから、実施例2で得られたSC-560のPIEZO1阻害効果は、COX-1阻害依存的に生じている可能性を有する。そこで、COX-1選択的阻害剤である、以下表1に示すインドメタシンを添加した際のPIEZO1イオンチャネル活性への影響を検討し、COX-1阻害がPIEZO1イオンチャネル活性に与える影響を調べた。
【0071】
【表1】
【0072】
実施例2の評価方法において、ディッシュに添加するSC-560に替えて、インドメタシンの2Ca2+-HBS溶液をインドメタシンの最終濃度が5μMとなるように添加した以外は、実施例2と同様の試験を行った。結果を図3に示す。図3(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図3(b)のグラフの縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Yoda1添加後の測定時間(測定開始から6~12分)における最大値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。
【0073】
これらの結果によれば、COX-1阻害剤であるインドメタシンには、SC-560とは異なり、有意なPIEZO1イオンチャネル阻害効果はないことが明らかとなった。この結果から、SC-560によるPIEZO1イオンチャネル阻害はCOX-1阻害に依存するものではないことが示された。
【0074】
[実施例4]
4.SC-560によるPIEZO1阻害効果の特異性の検討(2)
上述した実施例1~3での評価では、マウス筋芽細胞株C2C12細胞を用いているところ、他の種類の細胞においてもSC-560の添加によりPIEZO1イオンチャネル活性の阻害が確認されるかどうか、検討を行った。C2C12細胞と同様に内在的にPIEZO1を発現するマウス神経芽腫細胞株Neuro2Aを用いて試験を行った。試験方法としては、実施例2の評価方法において、マウス筋芽細胞株C2C12細胞に替えて、マウス神経芽腫細胞株Neuro2A細胞をガラスボトムディッシュに播種した以外は、実施例2と同様の試験を行った。結果を図4に示す。図4(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図4(b)のグラフの横軸はSC-560の濃度、縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Yoda1添加後の測定時間(測定開始から6~12分)における最大値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。
【0075】
これらの結果によれば、マウス神経芽腫細胞株Neuro2A細胞においても、SC-560は同化合物を添加した際に細胞内へのカルシウム流入は生じず、さらに濃度依存的に内在性PIEZO1イオンチャネルの活性化を阻害することが確認された。このことから、SC-560によるPIEZO1イオンチャネル活性の阻害効果は、細胞種に特異的なものでないことが示された。
【0076】
[実施例5]
5.SC-560によるPIEZO1阻害効果の特異性の検討(3)
SC-560のPIEZO1イオンチャネルへの阻害効果の特異性を検討するため、SC-560が他のイオンチャネルの活性を阻害するかどうか、検討を行った。マウス筋芽細胞株C2C12細胞に内在的に発現しているCa2+チャネルとして、ストア作動性Ca2+チャネルに着目し、SC-560によって同チャネル活性が阻害されるかどうか、検討を行った。
【0077】
ストア作動性Ca2+チャネルの活性は、小胞体Ca2+ポンプSERCA(sarcoplasmic/endoplasmic reticulum Ca2+ ATPase)を阻害するタプシガルギンの添加と、Ca2+を含まないHBS(以下、0Ca2+-HBSという)を灌流して小胞体内のCa2+を枯渇させた後に、2Ca2+-HBSを灌流することで測定することができる。なお、0Ca2+-HBSの組成は、107mM NaCl、6mM KCl、20mM HEPES、11.5mM グルコース、1.2mM MgCl、0.5mM EGTAであり、pH=7.4にNaOHで調整している。
【0078】
実施例2の評価方法において、Fura2を含むDMEMでマウス筋芽細胞株C2C12をインキュベートした後、2Ca2+-HBSで灌流して測定を開始した。測定開始から2分後に2Ca2+-HBSを止めて0Ca2+-HBSの灌流を行い、測定開始から4分後にタプシガルギンとSC-560を0Ca2+-HBSに添加して灌流した。その後、測定開始から12分後にタプシガルギンとSC-560を添加した0Ca2+-HBSの灌流に替えて、SC-560を添加した2Ca2+-HBSの灌流を行った。
【0079】
結果を図5に示す。図5(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図5(b)のグラフの縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、2Ca2+-HBS灌流後の測定時間(測定開始から12~20分)における最大値から、薬剤添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。SERCA阻害剤であるタプシガルギン灌流時以降、SC-560を10μMで灌流液に含有させた場合でも、通常のストア作動性Ca2+チャネルの活性と変化はみられなかった。このことから、SC-560は、ストア作動性Ca2+チャネルの活性を阻害しないことが明らかとなった。
【0080】
[実施例6]
6.SC-560によるPIEZO1阻害効果の特異性の検討(4)
SC-560のPIEZO1イオンチャネルへの阻害効果の特異性を検討するため、SC-560がTRPV4チャネル活性を阻害するかどうか、検討を行った。TRPV4チャネルも機械刺激に応答するチャネルであるところ、本実施例においてはTRPV4チャネル活性化剤であるGSK-1016790Aによる活性化の阻害効果について検討を行った。
【0081】
実施例2の評価方法において、マウス筋芽細胞株C2C12細胞にTRPV4を一過性発現させた。実施例2で用いたYoda1に替えてGSK-1016790Aの最終濃度が100nMとなるように添加した以外は、実施例2と同様にして試験を行った。
【0082】
結果を図6に示す。図6(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図6(b)のグラフの縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、GSK-1016790A添加後の測定時間(測定開始から6~12分)における最大値から、GSK-1016790A添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。この結果より、SC-560はTRPV4チャネルの活性化を阻害しないことが示された。
【0083】
[実施例7]
7.SC-560によるPIEZO1阻害効果の特異性の検討(5)
上述した実施例においては、内在性のマウスPIEZO1に対するSC-560の阻害効果を確認した。そこで、他のPIEZO1ホモログでも同様な阻害効果を示すのかを検証するため、ヒトPIEZO1(HsPIEZO1)に対するSC-560の阻害効果の検討を行った。
【0084】
試験には、C2C12細胞のPiezo1ノックアウト細胞を用いた。実施例2の評価方法において、C2C12細胞のPiezo1ノックアウト細胞にHsPIEZO1を一過的に発現させた以外は、実施例2と同様にして試験を行った。
【0085】
結果を図7に示す。図7(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図7(b)のグラフの縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Yoda1添加後の測定時間(測定開始から6~12分)における最大値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。この結果より、SC-560はHsPIEZO1のイオンチャネル活性を阻害することが示された。このことから、SC-560はmousePIEZO1だけでなく、HsPIEZO1も阻害すること、内在性のチャネルだけでなく、一過的発現系においても阻害効果を示すことが明らかとなった。
【0086】
[実施例8]
8.SC-560によるPIEZO1阻害効果の特異性の検討(6)
上述した実施例においては、主にYoda1により活性化されたPIEZO1イオンチャネルの阻害効果について検討を行ってきたが、SC-560がYoda1に対する競合阻害剤という可能性も残る。この可能性について検証するため、他の種類のPIEZO1活性化剤である「Jedi2」に対してもSC-560が阻害効果を示すのか検討を行った。
【0087】
Jedi2はHEK293T細胞に一過性発現させたmousePIEZO1に対する活性化のみが報告されているため、本実施例においては、HEK293T細胞に一過性発現させたmousePIEZO1に対するSC-560の阻害効果を確認する試験を行った。実施例2で用いたYoda1に替えてJedi2の最終濃度が1mMとなるように添加した以外は、実施例2と同様にして試験を行った。
【0088】
結果を図8に示す。図8(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図8(b)のグラフの縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Jedi2添加後の測定時間(測定開始から6~12分)における最大値から、Jedi2添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。この結果より、SC-560はJedi2によるPIEZO1活性化も阻害することが示された。Yoda1とJedi2とは、異なる作用機序・作用部位を持つことが既に報告されていることから、SC-560はこれら2つの競合阻害剤ではなく、アロステリックにPIEZO1に作用する阻害剤であることが推察される。
【0089】
[実施例9]
9.SC-560類縁体化合物のPIEZO1阻害効果の検討
SC-560はPIEZO1イオンチャネル阻害剤であることが確認されたため、SC-560類縁体化合物のPIEZO1阻害効果について検討を行った。検討を行った化合物を図9及び図10に示す。このうち、D1~D8に示す化合物については本発明者が化学合成を行って得たサンプルを用いて試験を行い、T1~T24に示す化合物については、東京大学創薬機構が所有する化合物ライブラリーから提供を受けたサンプルを用いて試験を行った。
【0090】
D1~D8に示す化合物は、次のようにして得た。D1:1-(4-メトキシフェニル)-5-(p-トリル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-(p-トリル)ブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成した。D2:1-(4-メトキシフェニル)-5-フェニル-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-フェニルブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成した。D3:1,5-ビス(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-(4-メトキシフェニル)ブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成した。D4:5-(4-フルオロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、4,4,4-トリフルオロ-1-(4-フルオロフェニル)ブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成した。D5:5-(4-ブロモフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールは、エタノール反応溶媒中、1-(4-ブロモフェニル)-4,4,4-トリフルオロブタン-1,3-ジオンと(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩を加熱環流することで合成した。
【0091】
D6:1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-5-(3-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾールは、次のようにして合成した。
【0092】
【化9】
【0093】
4,4,4-トリフルオロ-1-(3-(トリフルオロメチル)フェニル)ブタン-1,3-ジオン(71.1mg、0.250mmol)をエタノール(1mL)に溶かし、(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩(51.5mg、0.295mmol)を加え11時間加熱環流した。溶媒を減圧留去後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製することで,1-(4-メトキシフェニル)-5-)-3-(トリフルオロメチル)-5-(3-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾール(77.9mg、収率81%)を無色油状物として得た。
【0094】
D7:1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-5-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾールは、次のようにして合成した。
【0095】
【化10】
【0096】
4,4,4-トリフルオロ-1-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)ブタン-1,3-ジオン(67.7mg、0.238mmol)をエタノール(1mL)に溶かし、(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩(50.8mg,0.291mmol)を加え11時間加熱環流した。溶媒を減圧留去後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製することで、1-(4-メトキシフェニル)-5-)-3-(トリフルオロメチル)-5-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾール(89.8mg,収率98%)を無色油状物として得た。
【0097】
D8:1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-5-(2-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾールは、次のようにして合成した。
【0098】
【化11】
【0099】
4,4,4-トリフルオロ-1-(2-(トリフルオロメチル)フェニル)ブタン-1,3-ジオン(71.5mg、0.252mmol)をエタノール(1mL)に溶かし、(4-メトキシフェニル)ヒドラジン塩酸塩(51.0mg,0.292mmol)を加え11時間加熱環流した。溶媒を減圧留去後、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製することで、1-(4-メトキシフェニル)-5-)-3-(トリフルオロメチル)-5-(2-(トリフルオロメチル)フェニル)-1H-ピラゾール(79.9mg、収率82%)を無色油状物として得た。
【0100】
上述のようにして得た、D1~D8に示す化合物及びT1~T24に示す化合物について、Yoda1の添加を測定開始から5分後とした以外は、実施例2と同様の評価方法にて試験を行った。結果を図11及び図12に示す。図11のグラフの縦軸のΔRatioは、励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Yoda1添加後の測定時間(測定開始から5~12分)における最大値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。図12のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、各測定時間における値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~2分)における平均値を減じた値を示している。
【0101】
これらの結果によれば、SC-560よりもPIEZO1阻害効果が高い化合物として、D4:5-(4-フルオロフェニル)-1-(4-メトキシフェニル)-3-(トリフルオロメチル)-1H-ピラゾールが見出された。また、D2、D5~D7、T2、T4、T13、T16及びT21に係る化合物も高いPIEZO1阻害効果が示された。
【0102】
[実施例10]
10.PIEZO1機能獲得型変異に対するSC-560の作用効果の検討(1)
PIEZO1は様々な生命現象に関わるイオンチャネルであり、PIEZO1遺伝子の変異により、疾患が惹起される。たとえば、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異により、赤血球の形態・機能異常を表現型とする脱水遺伝性有口赤血球症が発症する。また、PIEZO1遺伝子の機能喪失型変異では、新生児全身性リンパ低形成症の発症が報告されている。そこで、以下実施例では、PIEZO1遺伝子の機能獲得型変異によるチャネル活性増強に対しても、SC-560が阻害効果を示すのかどうか検討を行った。
【0103】
まず、野生型のヒトPIEZO1又は機能獲得型変異を有するヒトPIEZO1をそれぞれ発現するHEK293T細胞を作製し、カルシウムプローブとしてFura2を用いて、Yoda1によるPIEZO1イオンチャネル活性化のレベルをカルシウムイメージング法で測定した。試験方法は具体的には次の通りである。
【0104】
野生型のヒトPIEZO1又は機能獲得型変異を有するヒトPIEZO1を発現する細胞については、トランスフェクション試薬を用いて各遺伝子をHEK293T細胞に遺伝子導入することにより作製した。機能獲得型変異のヒトPIEZO1遺伝子としては、点変異がA2020T、R2456H、T2127M及びM2225Rの4種類の遺伝子を用いた。より詳細には、100μLのDMEM培地(富士フィルム和光純薬株式会社)に3μLのトランスフェクション試薬(Lipofectamine 2000 transfection reagent、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を混和し、さらに野生型のhuman PIEZO1発現プラスミド又は機能獲得型点変異human PIEZO1発現プラスミド(A2020T、R2456H、T2127M又はM2225R)を1000ng混和した。この溶液を20分間インキュベートした後、この溶液にカルシウム非含有無血清培地を加えて全量1000μLのトランスフェクション培地とした。この培地を用いて、HEK293T細胞を35mmのセルカルチャーディッシュ(型番353001、コーニング社)にて4時間培養し、トランスフェクションを行った。トランスフェクション培地にて4時間培養したHEK293T細胞を、35mmガラスボトムディッシュ(型番D11531H、松浪硝子工業株式会社)に播種し、低カルシウム培地でCO通気下、37℃の炭酸ガスインキュベーターで培養した。カルシウムイメージング法には、トランスフェクション開始から48時間以上経過した細胞を用いた。
【0105】
測定開始40分前に、培地をFura2(型番:Fura2-AM、株式会社同仁化学研究所製品)を10μM含むDMEMに替え、37℃で40分間インキュベートした。その後、Fura2含有DMEMを除去し、500μLの2Ca2+-HBS(実施例1で用いたものと同様の組成、pHからなる)で洗い流した後、250μLの2Ca2+-HBSに細胞を浸し、測定を開始した。次に、測定開始から5分後に、同ディッシュにPIEZO1イオンチャネルを特異的に活性化させるYoda1を添加し、Yoda1によるPIEZO1イオンチャネル活性化のレベルを測定した。具体的には、Yoda1の2Ca2+-HBS溶液(Yoda1濃度:10μM)をYoda1の最終濃度が5μMとなるように、ディッシュに250μL添加した。
【0106】
測定は、倒立蛍光顕微鏡(Axio Observer Z1、カールツァイス株式会社)で行い、波長340nm及び380nmの励起光に対する波長510nmの蛍光強度を測定した。測定は10秒毎に12分間のタイムラプスで行った。露出時間は波長340nm、380nmともに500msとした。
【0107】
結果を図13に示す。図13(a)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図13(b)のグラフの縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Yoda1添加後の測定時間(測定開始から5~12分)における最大値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~5分)における平均値を減じた値を示している。この結果より、A2020T、R2456H、T2127M及びM2225Rの機能獲得型点変異を有するPIEZO1イオンチャネルは、4種とも野生型(図13中「WT」で示す)のPIEZO1と比較して、Yoda1の添加によるPIEZO1イオンチャネル活性化のレベルが顕著に増強することが示された。
【0108】
[実施例11]
11.PIEZO1機能獲得型変異に対するSC-560の作用効果の検討(2)
実施例10で作製した機能獲得型変異を有するヒトPIEZO1を発現するHEK293T細胞を用いて、機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強に対する、SC-560の作用効果を調べた。
【0109】
実施例10の評価方法において、測定開始から2分後にSC-560を最終濃度10μMにて添加した以外は、実施例10と同様の試験を行った。より詳細には、測定開始から2分後に、SC-560の2Ca2+-HBS溶液(SC-560濃度:20μM)をSC-560の最終濃度が10μMとなるようにディッシュに250μL添加した。他方、コントロールとして、SC-560の替わりにDMSOを用いた。測定開始から5分後に、同ディッシュにYoda1及びSC-560含有2Ca2+-HBS溶液をYoda1の最終濃度が5μM、SC-560の最終濃度が10μMとなるようにディッシュに500μL添加した。
【0110】
結果を図14及び図15に示す。図14はR2456Hの機能獲得型点変異を有するPIEZO1についての結果であり、図15(a)はA2020Tの機能獲得型点変異を有するPIEZO1、図15(b)はT2127Mの機能獲得型点変異を有するPIEZO1、図15(c)はM2225Rの機能獲得型点変異を有するPIEZO1についての結果である。図14(a)、図15(a)、図15(b)及び図15(c)のグラフの横軸は測定時間(分)、縦軸のFura2 Ratioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値を示す。図14(b)のグラフの縦軸のΔRatioは励起波長340nmでの蛍光強度/励起波長380nmでの蛍光強度の値であって、Yoda1添加後の測定時間(測定開始から5~12分)における最大値から、Yoda1添加前の測定時間(測定開始から0~5分)における平均値を減じた値を示している。
【0111】
図14に示されるように、R2456Hの機能獲得型点変異を有するPIEZO1イオンチャネルは、野生型(図14中「WT」で示す)のPIEZO1と比較して、Yoda1の添加によるPIEZO1イオンチャネル活性化のレベルが有意に増強した。これに対し、SC-560は、R2456Hの機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強を有意に抑制し、野生型のレベルまでPIEZO1活性を抑制することを示した。また、図15(a)~図15(c)によれば、A2020Tの機能獲得型変異、T2127Mの機能獲得型変異及びM2225Rの機能獲得型点変異によるPIEZO1イオンチャネルの活性増強についても、SC-560はPIEZO1活性を抑制することを示した。これらの結果から、SC-560は、機能獲得型変異によるPIEZO1イオンチャネルを阻害する効果を有することが明らかとなった。
【0112】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明は、PIEZO1イオンチャネルを特異的に阻害することができるPIEZO1阻害剤を提供するものであり、基礎研究分野のみならず、医薬等の分野の産業において幅広く役立つものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15