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特開2024-8703変位量学習装置、変位量学習方法、変位量予測装置および変位量予測方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008703
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】変位量学習装置、変位量学習方法、変位量予測装置および変位量予測方法
(51)【国際特許分類】
   E21D 9/093 20060101AFI20240112BHJP
   E21D 9/14 20060101ALI20240112BHJP
   E21D 9/00 20060101ALI20240112BHJP
   G06N 20/00 20190101ALI20240112BHJP
【FI】
E21D9/093 F
E21D9/14
E21D9/00 Z
G06N20/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022110773
(22)【出願日】2022-07-08
(71)【出願人】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】市田 雄行
(72)【発明者】
【氏名】大塚 勇
(72)【発明者】
【氏名】中田 祐輔
【テーマコード(参考)】
2D054
【Fターム(参考)】
2D054GA10
2D054GA15
2D054GA62
2D054GA65
(57)【要約】
【課題】従来よりも解析に要する労力を軽減しながらも精度のよい変位量の予測を行うことが可能である変位量学習装置、変位量学習方法、変位量予測装置および変位量予測方法を提供する。
【解決手段】学習データ取得部11と、学習処理部12とを備えたトンネル内周面に生じる変位量を学習する変位量学習装置10であって、学習データ取得部11は、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部と、前記トンネル切羽の変位量との組を学習データとして取得し、学習処理部12は、AIモデルを有しており、前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を入力することによって前記変位量を出力するように、前記学習データを用いて前記AIモデルを機械学習させる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
学習データ取得部と、学習処理部とを備えたトンネル内周面に生じる変位量を学習する変位量学習装置であって、
前記学習データ取得部は、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部と、前記トンネル切羽の変位量との組を学習データとして取得し、
前記学習処理部は、AIモデルを有しており、前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を入力することによって前記変位量を出力するように、前記学習データを用いて前記AIモデルを機械学習させる、
ことを特徴とする変位量学習装置。
【請求項2】
前記観察評価は、前記トンネル切羽の安定、素掘面の状態、圧縮強度、風化変質、切羽に占める破砕部の割合、割目間隔、割れ目の状態、割れ目の形態、湧水、および水による劣化の少なくとも何れか一つの観察項目に関する評価点を含む、
ことを特徴とする請求項1に記載の変位量学習装置。
【請求項3】
前記学習処理部は、前記圧縮強度に関する評価点および前記土被りを少なくとも含む前記学習データを用いて前記AIモデルを機械学習させる、
ことを特徴とする請求項2に記載の変位量学習装置。
【請求項4】
学習データ取得工程と、学習処理工程とを有するトンネル内周面に生じる変位量を学習する変位量学習方法であって、
前記学習データ取得工程では、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部と、前記トンネル切羽の変位量との組を学習データとして取得し、
前記学習処理工程では、前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を入力することによって前記変位量を出力するように、前記学習データを用いてAIモデルを機械学習させる、
ことを特徴とする変位量学習方法。
【請求項5】
請求項4に記載の変位量学習方法によって学習した学習済みの前記AIモデルを有する予測処理部を備え、
前記予測処理部は、前記トンネル切羽の前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を前記AIモデルに入力することによって前記変位量を予測する、
ことを特徴とする変位量予測装置。
【請求項6】
請求項4に記載の変位量学習方法によって学習した学習済みの前記AIモデルを用いて前記変位量を予測する予測処理工程を有し、
前記予測処理工程では、前記トンネル切羽の前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を前記AIモデルに入力することによって前記変位量を予測する、
ことを特徴とする変位量予測方法。
【請求項7】
前記学習処理工程は、初期学習工程と、追加学習工程とを有し、
前記初期学習工程では、予測対象のトンネル以外を施工した際に収集した情報を用いて前記AIモデルを機械学習させ、
前記追加学習工程では、前記予測対象のトンネルの一部を施工した際に収集した情報を用いて初期学習済みの前記AIモデルを追加学習させ、
前記予測処理工程では、前記予測対象のトンネルの残りの部分を施工した際の情報を追加学習済みの前記AIモデルに入力することによって前記変位量を予測する、
ことを特徴とする請求項6に記載の変位量予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変位量学習装置、変位量学習方法、変位量予測装置および変位量予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
山岳トンネル工事におけるトンネル坑内の変位量の予測には、二次元や三次元のFEM(Finite Element Method)解析などが用いられる場合が多い。トンネル坑内の変位量の予測に関して、例えば特許文献1,2に記載される技術などがある。
特許文献1に記載されるトンネル健全度判定装置は、収束変位予測手段と、指標値算出手段とを備える。収束変位予測手段は、トンネルの内周面の変位を測定位置で実測した実測値を用いて、当該実測値とトンネルの内周面の変位の収束値との関係を示す関係式について重回帰分析を行い、トンネルの内周面の変位の収束値を算出する。指標値算出手段は、トンネルの内周面の変位の収束値と、地質条件値、構造物条件値とを用いてトンネルの健全度に関する指標値を算出する。
特許文献2に記載される効果予測方法は、トンネルに実施予定の対策工の効果を予測するための方法であり、トンネルの内空変位速度に基づいて、この変状トンネルに実施予定の対策工の変状抑制効果を予測する。この効果予測方法では、対策工の変状抑制効果に影響を与える条件をパラメータとしてこの対策工の変状抑制効果を事前に数値解析した事前数値解析データと、トンネルの内空変位速度とに基づいて、トンネルに実施予定の対策工の変状抑制効果を予測する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011-163017号公報
【特許文献2】特開2020-200648号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の変位量の予測は、解析に要する時間や手間、地山性状の不確実性による予測精度のばらつき等に課題があった。
このような観点から、本発明は、従来よりも解析に要する労力を軽減しながらも精度のよい変位量の予測を行うことが可能である変位量学習装置、変位量学習方法、変位量予測装置および変位量予測方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る変位量学習装置は、学習データ取得部と、学習処理部とを備えたトンネル内周面に生じる変位量を学習する変位量学習装置である。前記学習データ取得部は、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部と、前記トンネル切羽の変位量との組を学習データとして取得する。前記学習処理部は、AIモデルを有しており、前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を入力することによって前記変位量を出力するように、前記学習データを用いて前記AIモデルを機械学習させる。
本発明に係る変位量学習装置においては、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部を含んだ学習データを用いてAIモデルを機械学習させる。そして、機械学習を行ったAIモデルを用いることで、トンネル内周面に生じる変位量の傾向を予測することができる。そのため、複雑な解析を行わずとも地山の状態を反映した変位量の予測を行うことが可能であり、それに基づく施工管理をリアルタイムに行うことができる。
前記観察評価は、前記トンネル切羽の安定、素掘面の状態、圧縮強度、風化変質、切羽に占める破砕部の割合、割目間隔、割れ目の状態、割れ目の形態、湧水、および水による劣化の少なくとも何れか一つの観察項目に関する評価点を含むのがよい。
また、前記学習処理部は、前記圧縮強度に関する評価点および前記土被りを少なくとも含む前記学習データを用いて前記AIモデルを機械学習させてもよい。
【0006】
本発明に係る変位量学習方法は、学習データ取得工程と、学習処理工程とを有するトンネル内周面に生じる変位量を学習する変位量学習方法である。前記学習データ取得工程では、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部と、前記トンネル切羽の変位量との組を学習データとして取得する。前記学習処理工程では、前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を入力することによって前記変位量を出力するように、前記学習データを用いてAIモデルを機械学習させる。
本発明に係る変位量学習方法においては、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部を含んだ学習データを用いてAIモデルを機械学習させる。そして、機械学習を行ったAIモデルを用いることで、トンネル内周面に生じる変位量の傾向を予測することができる。そのため、複雑な解析を行わずとも地山の状態を反映した変位量の予測を行うことが可能であり、それに基づく施工管理をリアルタイムに行うことができる。
【0007】
本発明に係る変位量予測装置は、上記の変位量学習方法によって学習した学習済みの前記AIモデルを有する予測処理部を備える。前記予測処理部は、前記トンネル切羽の前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を前記AIモデルに入力することによって前記変位量を予測する。
また、本発明に係る変位量予測方法は、上記の変位量学習方法によって学習した学習済みの前記AIモデルを用いて前記変位量を予測する予測処理工程を有する。前記予測処理工程では、前記トンネル切羽の前記観察評価、前記支保剛性、前記土被りおよび前記掘削径の全部または一部を前記AIモデルに入力することによって前記変位量を予測する。
本発明に係る変位量予測装置および変位量予測方法においては、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部を含んだ学習データを用いて機械学習したAIモデルを用いることで、トンネル内周面に生じる変位量の傾向を予測することができる。そのため、複雑な解析を行わずとも地山の状態を反映した変位量の予測を行うことが可能であり、それに基づく施工管理をリアルタイムに行うことができる。
【0008】
前記学習処理工程は、初期学習工程と、追加学習工程とを有してもよい。前記初期学習工程では、予測対象のトンネル以外を施工した際に収集した情報を用いて前記AIモデルを機械学習させる。前記追加学習工程では、前記予測対象のトンネルの一部を施工した際に収集した情報を用いて初期学習済みの前記AIモデルを追加学習させる。前記予測処理工程では、前記予測対象のトンネルの残りの部分を施工した際の情報を追加学習済みの前記AIモデルに入力することによって前記変位量を予測する。
このようにすると、予測対象のトンネルから収集する情報を抑えながらも、予測対象となる地山の状態を反映した変位量の予測を行うことが可能である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、従来よりも解析に要する労力を軽減しながらも精度のよい変位量の予測を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施形態に係るトンネル工事支援システムの構成図である。
図2】切羽観察簿に記録される内容の一例である。
図3】本発明の精度検証を説明するための図であり、AI(Artificial Intelligence)モデルに与えた説明変数および目的変数の関係を示した図である。
図4】本発明の精度検証を説明するための図であり、精度検証で用いた現場の計測断面数を示す図である。
図5】本発明の精度検証を説明するための図であり、全現場で計測した変位量の頻度分布を示す図である。
図6】本発明の精度検証に用いた学習方法を説明するための図であり、(a)は学習方法Iのイメージ図であり、(b)は学習方法IIのイメージ図であり、(c)は学習方法IIIのイメージ図である。
図7】学習方法Iを用いて検証を行った結果を示す図である。
図8】学習方法IIを用いて検証を行った結果を示す図である。
図9】学習方法IIIを用いて検証を行った結果を示す図である。
図10】本発明の精度検証における重要度解析の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施をするための形態を、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。各図は、本発明を十分に理解できる程度に、概略的に示してあるに過ぎない。よって、本発明は、図示例のみに限定されるものではない。なお、各図において、共通する構成要素や同様な構成要素については、同一の符号を付し、それらの重複する説明を省略する。
【0012】
<実施形態に係るトンネル工事支援システムの構成について>
図1を参照して、実施形態に係るトンネル工事支援システム1の構成について説明する。図1は、実施形態に係るトンネル工事支援システム1の構成図である。
トンネル工事支援システム1は、トンネル内周面に生じる変位量を予測することで、トンネル工事が円滑に進むように支援するシステムである。トンネル工事支援システム1は、トンネルの種類を限定せずに様々な種類のトンネルに用いることができる。本実施形態では、トンネルの一例として山岳トンネルを例示して説明する。
トンネル工事支援システム1は、主に、変位量学習装置10と、変位量予測装置20と、を備える。なお、変位量学習装置10自身がトンネル変位量を予測する場合、変位量学習装置10と変位量予測装置20とを一つの装置として構成することができる。
【0013】
変位量学習装置10は、トンネル切羽に関する情報と、トンネル内周面に生じる変位量との関係を学習する装置である。トンネル切羽に関する情報は、(1)トンネル切羽の観察評価、(2)支保剛性、(3)土被り、(4)掘削径などである。変位量学習装置10は、(1)トンネル切羽の観察評価、(2)支保剛性、(3)土被り、および(4)掘削径の全部または一部と、トンネル内周面の変位量とを用いて学習を行う。トンネル切羽に関する情報は、施工前の調査データ、施工時に得られる施工時データを含み、施工前の調査や施工時で収集した情報であってよい。
変位量予測装置20は、トンネル切羽に関する情報からトンネル内周面に生じる変位量を予測する装置である。変位量予測装置20で用いるトンネル切羽に関する情報の項目は、変位量学習装置10の学習で用いた項目に対応する。例えば、変位量学習装置10による学習で「トンネル切羽の観察評価」および「土被り」を用いた場合、変位量予測装置20が予測を行うために用いる情報は「トンネル切羽の観察評価」および「土被り」である。また、変位量予測装置20によって予測する変位量は、変位量学習装置10の学習で用いた変位量に対応する値である。例えば、変位量学習装置10による学習でトンネル内周面の最終変位量を用いた場合、変位量予測装置20が予測する値は最終変位量である。
【0014】
(変位量学習装置の構成)
図1に示すように、変位量学習装置10は、学習データ取得部11と、学習処理部12と、を備える。学習データ取得部11および学習処理部12は、例えばプログラム実行処理により実現される。これらの機能がプログラム実行処理により実現する場合、当該機能を実現するためのプログラムが図示しない記憶部に格納される。
学習処理部12は、AI(Artificial Intelligence)モデルを備える。AIモデルは、与えられたデータを基に分類・予測・判定した結果と、正答となる実際の結果とを比較し、各種パラメータを調整することで良い結果を導くことができる。AIモデルは、「学習モデル」や「学習器」などとも呼ばれる。本実施形態では、AIモデルとして「MST(Memory Saving Tree)」を想定して説明する。
【0015】
MSTは、木構造をベースとしたAIアルゴリズムであり、学習したデータに合わせて自動的に分岐条件を習得することを基本として予測を行う。MSTは、軽量・高精度であり、追加学習を行うことが可能である。例えば、「Neural Network」や「Random Forest」などのAIアルゴリズムは、計算資源の豊富なCPU(Central Processing Unit)やGPU(Graphics Processing Unit)への実装が必要になるが、MSTはマイコンに実装することが可能であり、軽量かつ高速である。また、重回帰分析と比較した場合、MSTは非線形な相関に対しても少ない手間で精度よく推論を行えること、追加学習によって特性の異なるデータにも適応が可能であることが主な長所となる。なお、追加学習とは、一旦学習を完了した(初期学習を行った)AIモデルに追加のデータを逐次与えることで新しいデータにも適応する手法である。多くのAIモデルでは、追加学習の際に初期学習を「忘却」してしまう問題があるが、MSTにおいては初期学習を活かしながら追加学習を行える工夫が付加されている。なお、「MST」はAIモデルの一例であり、AIモデルのアルゴリズムは特に限定されない。AIモデルとして、他のアルゴリズム(ここで説明した重回帰分析、Neural Network、Random Forestを含む)を用いてもよい。
【0016】
図1に示す学習データ取得部11は、AIモデルを学習させるための学習データを取得する(作成を含む)。学習データは、説明変数および目的変数のセットである。ここでの説明変数は、トンネル切羽に関する情報であり、目的変数は、トンネル内周面の変位量である。そのため、学習データは、例えば、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被り、掘削径等の説明変数および目的変数であるトンネル内周面の変位量の組として構成される。学習データを構成する項目間の対応関係は厳密であることが望ましいが、各項目間でトンネル切羽の位置の多少のずれなどがあってもよい。学習データは、例えば類似するトンネルを施工した際の施工実績に基づいて作成されるのがよい。なお、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被り、掘削径およびトンネル内周面の変位量を組み合わせた状態で予め記憶部に登録しておき、学習データ取得部11が登録されていた情報を学習データとして取得してもよい。記憶部は、通信回線を介して接続される装置が備えるものであってもよい(例えば、クラウドシステム)。
【0017】
<(1)トンネル切羽の観察評価>
図2を参照して、トンネル切羽の観察評価について説明する。図2は、切羽観察簿に記録される内容の一例である。本実施形態では、トンネル切羽の観察評価として切羽観察簿に記録される情報を想定する。
図2に示すように、切羽観察簿は、各観察項目に対して、評価区分が記録される。観察項目は、例えば「A:切羽の安定」、「B:素掘面の状態」、「C:圧縮強度」、「D:風化変質」、「E:切羽に占める破砕部の割合」、「F:割目間隔」、「G:割れ目の状態」、「H:割れ目の形態」、「I:湧水(目視での量)」、「J:水による劣化」の10項目がある。なお、図2に示す切羽観察簿は例示であり、観察項目は図2に示すものに限定されない。評価区分は、「1」を最小値とし、「4~6」を最大値(観察項目によって異なる)とする。
【0018】
例えば、切羽の安定の観察項目に関しては、安定している場合には評価区分として「1」が登録され、鏡面から岩塊が抜け落ちる場合には評価区分として「2」が登録され、鏡面の押出しを生じる場合には評価区分として「3」が登録され、鏡面は自立せず崩落あるいは流出する場合には評価区分として「4」が登録される。
また、割れ目の形態に関しては、ランダム方形の場合には評価区分として「1」が登録され、柱状の場合には評価区分として「2」が登録され、層状、片状、板状の場合には評価区分として「3」が登録され、土砂状、細片状、未固結の場合には評価区分として「4」が登録される。
なお、「B:素掘面の状態」、「C:圧縮強度」、「D:風化変質」、「E:切羽に占める破砕部の割合」、「F:割目間隔」、「G:割れ目の状態」、「I:湧水(目視での量)」、「J:水による劣化」に関する評価区分の説明は省略するが、図2に示す通りである。
【0019】
<支保剛性>
支保剛性は、支保パターンに基づいて例えば以下の式(1)によって算出する。
K=KC+KS ・・式(1)
K:支保剛性、KC:吹付けコンクリート剛性、KS:鋼製支保工剛性
また、KCは以下の式(2)によって算出され、KSは以下の式(3)によって算出される。
C={EC(a2-ai 2)}/[(1+ν){(1-2ν)a2+ai 2}]・・式(2)
C:吹付けコンクリートの弾性係数、ν:吹付けコンクリートのポアソン比、a:掘削半径、ai:吹付けコンクリート内側までの半径
S=ESS/SSa ・・式(3)
S:鋼製支保工の弾性係数、AS:鋼製支保工の断面積、SS:鋼製支保工の建て込み間隔、a:掘削半径
【0020】
<土被り>
土被りは、地下に施工したトンネル(地中構造物)の天端から直上の地表面までの高さである。土被りは、例えば事前の地質調査の結果(縦断図など)から取得した値を使用する。
<掘削径>
掘削径は、トンネルSL位置における掘削幅、上半掘削半径の2倍あるいは掘削断面積と等価な円の直径でもよい。ただし、上記の中より統一した手法にて算出した値を学習データとするのが望ましい。
<変位量>
変位量は、掘削に伴い発生するトンネル坑内の沈下量および内空変位量である。これら変位量は、一般的にトンネル計測管理として実施される沈下量測定ならびに内空変位測定にて取得される。例えば、学習データとする変位量は、切羽から計測断面が十分に離れ掘削による影響が及ばなくなり、変位が収束した時点の値を用いる(以降、当変位量を最終変位量と称する)。
【0021】
図1に示す学習処理部12は、トンネル切羽に関する情報、トンネル内周面の変位量の組として構成される学習データを用いて、AIモデルを機械学習させる。具体的には、トンネル切羽に関する情報を説明変数とし、トンネル内周面の変位量を目的変数としてAIモデルを機械学習する。つまり、学習処理部12は、トンネル切羽に関する情報を入力することによって、トンネル内周面の変位量を出力するようにAIモデルを機械学習させる。AIモデルを学習させる方法は特に限定されず、種々の方法を用いることができる。例えば、(I)当該トンネルの予測地点以外のデータを用いて学習する方法、(II)当該トンネル以外の他の現場のデータを用いて学習する方法、(III)当該トンネルの予測地点以外のデータと当該トンネル以外の他の現場のデータの両方を用いて学習する方法などがある。学習させる学習データの数は特に限定されず、例えば期待する精度(正答率)に到達することで学習を終了する。学習済みのAIモデルは、変位量予測装置20に送られ格納される。
【0022】
(変位量予測装置の構成)
図1に示すように、変位量予測装置20は、予測データ取得部21と、予測処理部22とを備える。予測データ取得部21および予測処理部22は、例えばプログラム実行処理により実現される。これらの機能がプログラム実行処理により実現する場合、当該機能を実現するためのプログラムが図示しない記憶部に格納される。
予測データ取得部21は、変位量の予測を行う基になる予測データを取得する。予測データは、予測する位置におけるトンネル切羽に関する情報であり、学習データと同様の項目で構成される。予測データは、例えば(1)トンネル切羽の観察評価、(2)支保剛性、(3)土被り、(4)掘削径の組として構成される。予測データを構成する項目間の対応関係は厳密であることが望ましいが、各項目間でトンネル切羽の位置の多少のずれなどがあってもよい。予測データを構成する(1)トンネル切羽の観察評価、(2)支保剛性、(3)土被り、(4)掘削径の情報は、学習データと同様の方法によって計測等したものであってよい。
【0023】
予測処理部22は、予測位置におけるトンネル切羽に関する情報(予測データ)を用いて、トンネル内周面に生じる変位量を予測する。予測処理部22は、学習済みのAIモデルを有する。学習済みのAIモデルは、変位量学習装置10によってAIモデルを機械学習させたものである。つまり、学習済みのAIモデルは、トンネル切羽に関する情報を入力することによって、トンネル内周面に生じる変位量が出力されるように学習されたものである。言い換えれば、予測処理部22は、トンネル切羽に関する情報を説明変数として入力することで、トンネル内周面の変位量を目的変数として出力する。
【0024】
以上のように、本実施形態に係るトンネル工事支援システム1では、変位量学習装置10が、トンネル切羽の観察評価、支保剛性、土被りおよび掘削径の全部または一部を含んだ学習データを用いてAIモデルを機械学習させる。そして、変位量予測装置20が、機械学習を行ったAIモデルを用いることで、トンネル内周面に生じる変位量の傾向を予測することができる。トンネル工事支援システム1によれば、複雑な解析を行わずとも地山の状態を反映した変位量の予測を行うことが可能であり、それに基づく施工管理をリアルタイムに行うことができる。
【0025】
図3ないし図10を参照して、実施形態に係るトンネル工事支援システム1の効果について説明する。本発明の発明者は、実際のトンネル工事の施工実績や計測データを用いてAIモデルの学習を行い、学習を行ったAIモデルによる予測値と実測値との間のRMSE(平均二乗偏差)をとることで精度検証を行った。
精度検証では、MSTをAIモデルとして用いた。学習時にAIモデルに与える説明変数および目的変数は図3に示す通りである。精度検証では、トンネル切羽の観察評価として、図2に示す「A:切羽の安定」、「B:素掘面の状態」、「C:圧縮強度」、「D:風化変質」、「E:切羽に占める破砕部の割合」、「F:割目間隔」、「G:割れ目の状態」、「H:割れ目の形態」、「I:湧水(目視での量)」、「J:水による劣化」の10項目を用いた。
【0026】
また、精度検証では、図4に示す三つの現場(第1現場、第2現場、第3現場)における計測データおよび観察データを用いた。第1現場ないし第3現場は、施工箇所が数km離れているものの同じ地質年代に区分される地山での施工であり、第2現場と第3現場とは連続する区間である。第1現場の地質は、粘板岩が主体であり、第2現場および第3現場の地質は、粘板岩および砂岩が主体である。それぞれの現場で計測した計測断面数は図4に示す通りである。第1現場の計測断面数は「124」であり、第2現場の計測断面数は「43」であり、第3現場の計測断面数は「44」である。計測断面数は第1現場で最も多く、第2現場および第3現場の3倍程度の数となっている。
全現場で計測した変位量の頻度分布を図5に示す。図5に示す頻度分布図は、「8mm」単位での最終変位量の頻度を示している。図5に示すように、「8~24mm」のデータが多くなっており、「40mm」以上のデータが比較的少ないのが分かる。なお、図示は省略するが、第2現場では「40mm」以上のデータが存在しないのに対して、第1現場および第3現場では「40mm」以上のデータも一定数存在し、「80mm」以上のデータも存在するという違いがある。第1現場のデータ数が他の現場(第2現場および第3現場)のデータ数と比較して多い影響で、図5に示す分布は、第1現場の分布と類似した傾向を示している。
【0027】
今回の精度検証では、AIモデルの学習方法として、図6に示す学習方法I~IIIを用いた。各学習方法の内容は以下の通りである。
学習方法I:予測地点以外の全てのデータを学習して交差検証する
学習方法II:予測現場以外の二つの現場のデータのみを学習して交差検証する
学習方法III:学習方法IIに加え、予測現場のデータを順次追加学習して交差検証する。
三つの現場(第1現場~第3現場)の全てのデータについて、学習方法I~IIIを用いて検証を行った結果を図7ないし図9に示す。図7は、学習方法Iを用いて検証を行った結果を示す図であり、図8は、学習方法IIを用いて検証を行った結果を示す図であり、図9は、学習方法IIIを用いて検証を行った結果を示す図である。図7ないし図9において、縦軸はAIモデルによる予測値であり、横軸は実測値を表す。また、図7ないし図9における左下から右上に伸びる直線は、100%の予測精度を表し、図7ないし図9では縦横の縮尺が「1:1」であるため、当該直線が45度をなしている。図7ないし図9において、45度の直線より下にあるデータは実測値が予測値よりも小さく、45度の直線よりも上にあるデータは実測値が予測値よりも大きかったことを示す。
【0028】
学習方法Iの検証結果は、図7に示す通りである。学習方法Iを用いた場合のRMSEは「9.75mm」であり、全体として予測値が実測値の傾向を捉えられていることが分かる。一方で、個々のデータによっては、予測値が実測値の0.5倍や3倍程度となっている点もあることが確認できる。
学習方法IIの検証結果は、図8に示す通りである。学習方法IIを用いた場合のRMSEは「17.25mm」となり、計測変位量の大きい範囲で予測値が実測値の傾向を捉えられていない(実測値に対して予測値が小さくなっている)ことが分かる。特に、実測値の変位量が大きいデータ(およそ40mm以上のデータ)の予測精度が低くなっている。この原因として、図5に示したように、学習データの中に変位量の大きいデータが少ないため、該当範囲のデータの学習がAIモデルに有効に反映されていないことが考えられる。
学習方法IIIの検証結果は、図9に示す通りである。学習方法IIIを用いた場合のRMSEは「11.01mm」となっており、学習方法Iには及ばないものの学習方法IIに比べて精度が大幅に向上していることが分かる。この結果から、他現場のデータを初期学習させたうえで施工実績を追加学習していくという実際の現場でも適用可能な方法で、変位量の傾向を捉えられることが分かる。
【0029】
また、データの特性を分析するため、全現場のデータを学習させたAIモデルによって、説明変数ごとの重要度解析を行った。重要度解析の結果を図10に示す。今回の精度検証に用いたデータでは、「圧縮強度(切羽観察簿の観察項目「C」)」、「土被り」、「割れ目の状態(切羽観察簿の観察項目「G」)」、「掘削径」、「支保剛性」の順に変位量予測における重要度が高いことが分かった。
この重要度解析結果からも、実施形態に係るトンネル工事支援システム1が実測値の傾向を捉えた変位量の予測を行えていることが分かる。つまり、一般的にトンネルの変形δは、荷重P(=土被り)と掘削径Rに比例し、一方で地山の剛性Eg(圧縮強度や割れ目の影響を受ける値)と支保剛性Esに反比例する(式(4)参照)。
→δ∝(P×R)/(Eg×Es)・・式(4)
今回の重要度解析結果においても、これらのパラメータの重要度が高くなっており、トンネルの力学的な考察と一致する。そのため、実施形態における手法によって、実測値の傾向を捉えた変位量の予測を行えることが推測できる。
【0030】
なお、発明者は、三つの現場(第1現場~第3現場)における各現場のみを学習させた場合の重要度解析を行っており、第1現場では第2現場および第3現場に対して「割れ目の状態(切羽観察簿の観察項目「G」)」の重要度が高くなった。また、第2現場と第3現場とは、重要度解析の結果の類似性がある一方で、第3現場では「圧縮強度(切羽観察簿の観察項目「C」)」の重要度がより際立って高くなった。また、第1現場では、「割目間隔(切羽観察簿の観察項目「F」)」の重要度が比較的高くなった。また、第2現場では、「切羽に占める破砕部の割合(切羽観察簿の観察項目「E」)」および「割目間隔(切羽観察簿の観察項目「F」)」の重要度が比較的高くなった。また、第3現場では、「風化変質(切羽観察簿の観察項目「D」」および「切羽に占める破砕部の割合(切羽観察簿の観察項目「E」)」の重要度が比較的高くなった。このことから、切羽観察簿の観察項目「A~J」を用いることで様々なトンネルの変位量の予測を行うことが可能であり、また、切羽観察簿の観察項目「A~J」をトンネルの特性に応じて適切に選択することによって、より精度の高い予測を行うことが可能になることが分かる。
【符号の説明】
【0031】
1 トンネル工事支援システム
10 変位量学習装置
11 学習データ取得部
12 学習処理部
20 変位量予測装置
21 予測データ取得部
22 予測処理部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10