(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087087
(43)【公開日】2024-06-28
(54)【発明の名称】奇数脂肪酸エステルを含む培養組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20240621BHJP
【FI】
C12N1/12 C
C12N1/12 A
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024074703
(22)【出願日】2024-05-02
(62)【分割の表示】P 2020546075の分割
【原出願日】2019-09-12
(31)【優先権主張番号】P 2018171739
(32)【優先日】2018-09-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】593053335
【氏名又は名称】リファインホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】514280639
【氏名又は名称】株式会社シー・アクト
(74)【代理人】
【識別番号】100196276
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 雄樹
(72)【発明者】
【氏名】彼谷 邦光
(72)【発明者】
【氏名】白石 不二雄
(72)【発明者】
【氏名】竹山 友潔
(72)【発明者】
【氏名】坂本 正爾
(57)【要約】
【課題】本発明は、ラビリンチュラ類に奇数脂肪酸エステルを効率的に産生させることにより得られる奇数脂肪酸エステルを含む培養組成物を提供するものである。
【解決手段】奇数脂肪酸エステルを含む培養組成物は、オーランチオキトリウム属又はシゾキトリウム属に属する微生物を、L-バリン、L-イソロイシン、L-トレオニン、L-メチオニン、D-メチオニン、及び、DL-メチオニンからなる群より選択される一種以上のアミノ酸を、一種当たり10mM以上の濃度で含有するアミノ酸添加培地で培養する工程を含んで培養されることによって、オーランチオキトリウム属又はシゾキトリウム属に属する微生物の藻体と、微生物によって産生された奇数脂肪酸がエステル結合した奇数脂肪酸エステルと、を含み、微生物のバイオマスあたりの奇数脂肪酸の含有量が0.04g/g以上であり、且つ、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が25%以上である。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーランチオキトリウム属又はシゾキトリウム属に属する微生物を培養して得られる培養組成物であって、
前記微生物の藻体と、前記微生物によって産生された奇数脂肪酸がエステル結合した奇数脂肪酸エステルと、を含み、
前記微生物のバイオマスあたりの奇数脂肪酸の含有量が0.04g/g以上であり、且つ、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が25%以上である培養組成物。
【請求項2】
オーランチオキトリウム属又はシゾキトリウム属に属する微生物を、
L-バリン、L-イソロイシン、L-トレオニン、L-メチオニン、D-メチオニン、及び、DL-メチオニンからなる群より選択される一種以上のアミノ酸を、一種当たり10mM以上の濃度で含有するアミノ酸添加培地で培養して得られる培養組成物であって、
前記微生物の藻体と、前記微生物によって産生された奇数脂肪酸がエステル結合した奇数脂肪酸エステルと、を含み、
前記微生物のバイオマスあたりの奇数脂肪酸の含有量が0.04g/g以上であり、且つ、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が25%以上である培養組成物。
【請求項3】
オーランチオキトリウム属又はシゾキトリウム属に属する微生物を、
L-バリンを10mM以上の濃度で含有するをアミノ酸添加培地で培養して得られる培養組成物であって、
前記微生物の藻体と、前記微生物によって産生された奇数脂肪酸がエステル結合した奇数脂肪酸エステルと、を含み、
前記微生物のバイオマスあたりの奇数脂肪酸の含有量が0.04g/g以上であり、且つ、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が25%以上である培養組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類に属する微生物を利用した奇数脂肪酸エステルの製造方法、及び、この微生物を培養して得られる奇数脂肪酸エステルを含む培養組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微生物を利用して有用物質を生産する技術が盛んに開発されている。ある種の微細藻類は、細胞内に大量の脂質を蓄積するため、微細藻類を利用して、機能性成分、生理活性物質、バイオ燃料等を生産する技術が開発されている。微細藻類としては、クロレラ、スピルリナ、ユーグレナ等の光合成微生物が、物質生産だけでなく、藻体自体を食品、飼料等として利用されてきた。しかし、近年では、培養効率に優れ、より物質生産に有利な従属栄養性微生物の実用化も進められている。
【0003】
ラビリンチュラ類は、ストラメノパイルに属する化学合成従属栄養性の海生真核微生物であり、増殖能や脂質の産生能が高いため、物質生産への応用が広く検討されている。ラビリンチュラ類は、ラビリンチュラ科(Labyrinthulidae)と、ヤブレツボカビ科(Thraustochytriidae)とに大別されており、ヤブレツボカビ科には、オーランチオキトリウム属(Aurantiochytrium)、シゾキトリウム属(Schizochytrium)、スラウストキトリウム属(Thraustochytrium)等が分類されている。
【0004】
オーランチオキトリウムは、オメガ-3脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(Docosahexaenoic acid:DHA)や、エイコサペンタエン酸(Eicosapentaenoic acid:EPA)の他、スクアレン等の炭化水素類や奇数脂肪酸の産生能が高いことが報告されている。オーランチオキトリウムは、これらの脂質を対数増殖期に大量に産生し、細胞内に油滴として蓄積することが知られている。
【0005】
オーランチオキトリウムが産生する奇数脂肪酸としては、炭素数が15であるペンタデカン酸(Pentadecanoic acid:PDA)、炭素数が13であるトリデシル酸(Tridecylic acid)、炭素数が17であるヘプタデカン酸(Heptadecanoic acid、マルガリン酸)等がある。ペンタデカン酸は、哺乳類等の生体内にも僅かに含まれており、増毛・育毛作用、血圧低下作用、血糖値上昇抑制作用、細胞増殖促進作用、アルツハイマー病の軽減作用等の種々の生理活性を示すことが報告されている。
【0006】
ペンタデカン酸をはじめとする奇数脂肪酸は、機能性成分、生理活性物質等として、飲食品、薬品、化粧品等の各種の用途で需要の増大が見込まれるため、天然に近い状態で生物学的に生産できる効率的な生産法が求められている。そこで、現在までに、オーランチオキトリウムを利用して奇数脂肪酸を生産するための培養法に関わる技術が検討されている。
【0007】
特許文献1には、オーランチオキトリウムを培養するための培地の製造方法であって、(1)細胞抽出物を強酸で処理し、これを加熱する工程;(2)工程(1)の抽出物を中和する工程;(3)工程(2)の抽出物を基礎として細胞培養培地を調製する工程;を含む方法が記載されている。この方法によって調製される培地は、オーランチオキトリウムが産生する全脂肪酸中の奇数脂肪酸含有率を増大させるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ラビリンチュラ類に属するオーランチオキトリウム等は、各種の用途に有用な奇数脂肪酸を、脂肪酸トリグリセリド、リン脂質等の脂肪酸エステルとして合成する。産生された脂肪酸エステルは、細胞から分離した後、濃縮・精製したり、脂肪酸に加水分解したりする必要がある。また、脂肪酸エステルを含む藻体自体を、飲食品の素材等としてそのまま利用することも想定される。そのため、ラビリンチュラ類等の微細藻類を利用して奇数脂肪酸の生産を行う場合、脂肪酸エステルの絶対的な生産量だけでなく、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が高いことも重要である。
【0010】
しかし、一般的に知られている生産法では、脂肪酸エステルの産生量に改善の余地があり、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合も低い水準に留まっている。奇数脂肪酸の割合が低いと、脂肪酸エステルを濃縮・精製するコストがかかるし、生産量を確保するのに余計な培地コストや培養コストもかかる。そのため、絶対的な生産量だけでなく、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合も高くなるような、効率的な生産法が求められている。
【0011】
そこで、本発明は、ラビリンチュラ類に奇数脂肪酸エステルを効率的に産生させることができる奇数脂肪酸エステルの製造方法、及び、これにより得られる奇数脂肪酸エステルを含む培養組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するために本発明に係る奇数脂肪酸エステルの製造方法は、奇数脂肪酸がエステル結合した奇数脂肪酸エステルの製造方法であって、オーランチオキトリウム属又はシゾキトリウム属に属する微生物をアミノ酸添加培地で培養する工程を含み、前記アミノ酸添加培地は、L-バリン、L-イソロイシン、L-トレオニン、L-メチオニン、D-メチオニン、及び、DL-メチオニンからなる群より選択される一種以上のアミノ酸を、一種当たり10mM以上の濃度で含有する。
【0013】
また、本発明に係る培養組成物は、オーランチオキトリウム属又はシゾキトリウム属に属する微生物を培養して得られる培養組成物であって、前記微生物の藻体と、前記微生物によって産生された奇数脂肪酸がエステル結合した奇数脂肪酸エステルと、を含み、前記微生物のバイオマスあたりの奇数脂肪酸の含有量が0.04g/g以上であり、且つ、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が25%以上である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ラビリンチュラ類に属する微生物に奇数脂肪酸エステルを効率的に産生させることができる奇数脂肪酸エステルの製造方法、及び、これにより得られる奇数脂肪酸エステルを含む培養組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】オーランチオキトリウムの培養におけるpHとバイオマスとの関係を示す図である。
【
図2】エアリフト型リアクタの構造を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態に係る奇数脂肪酸エステルの製造方法、及び、これにより得られる奇数脂肪酸エステルを含む培養組成物について詳細に説明する。
【0017】
本実施形態に係る奇数脂肪酸エステルの製造方法は、ラビリンチュラ類に属する微生物を培養して、奇数脂肪酸がエステル結合した奇数脂肪酸エステルを産生させる製造方法に関する。この製造方法では、奇数脂肪酸エステルの産生能を有するラビリンチュラ類に属する微生物を培養することによって、各種の用途に有用な奇数脂肪酸を、脂肪酸トリグリセリド、リン脂質等の奇数脂肪酸エステルとして産生させるものである。
【0018】
本発明者は、奇数脂肪酸エステルの産生量を向上させる目的で、ラビリンチュラ類に属するオーランチオキトリウムの培養に用いる新規培地の開発を試みた。オーランチオキトリウムによる奇数脂肪酸の合成反応の基質(出発物質)は、自然界で一般的な偶数脂肪酸とは異なり、炭素数が3のプロピオニルCoAである。また、オーランチオキトリウムの近縁種であるシゾキトリウムについても、奇数脂肪酸の産生が確認されている。そこで、本発明者は、オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類用の新規培地に添加する培地成分の候補として、プロピオニルCoAの前駆体を選び、後記するように、各種の前駆体の有効性を培養実験によって確認・評価した。
【0019】
プロピオニルCoAの前駆体としては、プロピオン酸が知られている。細胞中において、プロピオン酸は、S-メチルマロニルCoAとR-メチルマロニルCoAを経由してスクシニルCoAに変換される。スクシニルCoAは、クエン酸回路に入り、アセチルCoA、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)等の合成や、糖新生に利用される。しかし、プロピオン酸は、抗菌作用を示す保存剤として知られており、培地に大量に添加されると、CoAやATPを消費したり、細胞膜の変質等を起こしたりして、微生物の増殖を阻害するため、新規培地に添加する培地成分として最適でない可能性がある。
【0020】
また、プロピオニルCoAの前駆体としては、炭素数が5であるペンタン酸(Pentanoic acid、吉草酸)、炭素数が7であるヘプタン酸(Heptanoic acid、エナント酸)、炭素数が9であるノナン酸(Nonanoic acid、ペラルゴン酸)等もある。しかし、これらの脂肪酸は、臭気が強く、培養によって得られる培養組成物への匂い移りを生じて、培養組成物の利用性を損なうし、界面活性作用によって微生物の増殖を阻害する虞があるため、新規培地に添加する培地成分として適切でないと考えられる。
【0021】
一方、プロピオニルCoAの前駆体としては、バリン、イソロイシン、トレオニン、メチオニンも知られている。細胞中において、バリンやイソロイシンは、プロピオニルCoAと可逆平衡反応を生じるメチルマロニルCoAに変換される。また、トレオニンは、α-ケト酪酸を経由してプロピオニルCoAに変換される。また、メチオニンは、S-アデノシルメチオニン、ホモシステイン等を経由してプロピオニルCoAに変換される。これらのアミノ酸は、抗菌的作用を示すプロピオン酸とは異なり、微生物の増殖を阻害し難いため、新規培地に添加する培地成分として適切であると考えられる。
【0022】
そこで、本実施形態では、オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類に属する微生物を培養するための培地として、プロピオニルCoAの前駆体に相当する所定のアミノ酸を添加したアミノ酸添加培地を用いるものとする。
【0023】
培養する微生物としては、オーランチオキトリウム・マングロベイ(Aurantiochytrium mangrovei)、オーランチオキトリウム・リマシナム(Aurantiochytrium limacinum)、オーランチオキトリウム・アセトフィラム(Aurantiochytrium acetophilum)等のオーランチオキトリウム属に属する微生物や、シゾキトリウム・マングロベイ(Schizochytrium mangrovei)、シゾキトリウム・リマシナム(Schizochytrium limacinum)、シゾキトリウム・アグレガタム(Schizochytrium aggregatum)等のシゾキトリウム属に属する微生物であって、奇数脂肪酸エステルの産生能を有する任意の種を用いることができる。オーランチオキトリウム属やシゾキトリウム属には、脂質を細胞内に油滴として大量に蓄積する種が見出されている。オーランチオキトリウムやシゾキトリウムを培養すると、奇数脂肪酸のみで構成される脂肪酸トリグリセリド、リン脂質等だけでなく、DHAやEPAも産生させることができる。
【0024】
培養する微生物としては、自然界から採取された野性株、遺伝子に変異が導入された変異株、遺伝子組換え技術によって遺伝子が改変された遺伝子組換え株等のいずれを用いてもよい。培養する微生物としては、基本培地を使用した試験培養等を行って奇数脂肪酸エステルの産生能を予め確認し、奇数脂肪酸エステルの産生能が高い株を単離して用いることが好ましい。
【0025】
培養に用いるアミノ酸添加培地は、合成培地、半合成培地、及び、天然培地のうち、いずれの形態の培地としてもよい。アミノ酸添加培地は、炭素源、窒素源、ビタミン類、ミネラル等を含む基本培地に、プロピオニルCoAの前駆体に相当する所定のアミノ酸を添加することによって調製することができる。アミノ酸添加培地は、天然海水又は人工海水を用いて海水培地とすることが好ましい。
【0026】
プロピオニルCoAの前駆体に相当するアミノ酸としては、L-バリン、L-イソロイシン、L-トレオニン、L-メチオニン、D-メチオニン、及び、DL-メチオニンからなる群より選択される一種以上を培地に添加することができる。プロピオニルCoAの前駆体に相当するアミノ酸は、窒素源等として一般的に添加される量よりも高濃度となるように添加することが好ましく、一種当たり10mM以上の濃度となるように添加することが好ましい。
【0027】
アミノ酸添加培地は、L-バリン、及び、DL-メチオニンのうちの少なくとも一方を10mM以上の濃度で含有することが好ましい。これらのアミノ酸は比較的安価であり、例えば、メチオニンのラセミ体は化学合成品として容易に入手することができるため、これらのアミノ酸を用いると、培地コストを抑制することができる。
【0028】
また、アミノ酸添加培地は、L-バリンのみを10mM以上の濃度で含有することがより好ましい。後記するように、L-バリンは奇数脂肪酸に代謝変換される変換効率が高いため、L-バリンのみを用いると、培地コストを抑制しつつ、奇数脂肪酸エステルの産生量や全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合を高くすることができる。
【0029】
プロピオニルCoAの前駆体に相当するアミノ酸は、一種当たりの濃度が10mM以上50mM以下であることが好ましく、20mM以上30mM以下であることがより好ましい。濃度が50mM以下であると、生成されたプロピオニルCoAが加水分解されても、大量のプロピオン酸を生じないため、プロピオン酸による増殖阻害や奇数脂肪酸の合成阻害を避けることができる。また、濃度が20mM以上30mM以下であると、奇数脂肪酸エステルの産生量や全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合を一層高くすることができる。
【0030】
アミノ酸添加培地に添加する炭素源としては、例えば、グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、スクロース、マルトース等を用いることができる。炭素源としては、グルコースが好ましい。
【0031】
アミノ酸添加培地に添加する窒素源としては、例えば、グルタミン、グルタミン酸、グルタミン酸ナトリウム等のアミノ酸類や、ペプチド、タンパク質、尿素、アンモニア、アンモニウム塩、硝酸塩等を用いることができる。窒素源としては、グルタミン、グルタミン酸、又は、グルタミン酸ナトリウムが好ましい。
【0032】
アミノ酸添加培地に添加するビタミン類としては、例えば、チアミン、リボフラビン、ナイアシン、パントテン酸、ビタミンB6、ビオチン、葉酸等を用いることができる。また、ミネラルとしては、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、硫黄、鉄、コバルト、銅、亜鉛、マンガン、モリブデン等を用いることができる。
【0033】
アミノ酸添加培地に添加する海水塩としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化ストロンチウム、塩化アンモニウム、塩化鉄、塩化マンガン、塩化コバルト、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、硝酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、フッ化ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸コバルト、硫酸銅、硫酸亜鉛、モリブデン酸ナトリウム、臭化カリウム、ホウ酸等を用いることができる。
【0034】
アミノ酸添加培地は、生物由来の抽出物、タンパク分解物等を添加して調製することもできる。例えば、酵母エキス、肉由来エキス、魚由来エキス、植物由来エキス等の抽出物や、これらを酵素処理した消化物や、トリプトン、ペプトン、カザミノ酸等のカゼイン分解物、大豆分解物、ゼラチン分解物や、その他の抽出物を酵素、酸、熱等で分解して得られるタンパク分解物等を、必要に応じて分画して用いることができる。
【0035】
アミノ酸添加培地は、例えば、オーランチオキトリウムを培養する培地として一般的なGTY培地を基礎培地として調製することができる。GTY培地は、凡そ、グルコースを20~100g/L、トリプトンを10~60g/L、酵母エキスを5~40g/Lの濃度で含み、海水塩が10~40g/Lの濃度となるように天然海水や人工海水を用いて調製される。このような海水培地に、プロピオニルCoAの前駆体を10mM以上の濃度となるように添加してアミノ酸添加培地を調製することもできる。
【0036】
また、アミノ酸添加培地は、チーズ、ヨーグルト、その他の乳製品の製造過程で得られる動物由来の乳清(ホエイ)や、豆腐、豆乳、その他の豆加工品の製造過程で得られる豆乳清(大豆ホエイ等)を添加して調製することもできる。乳清や豆乳清は、タンパク質、アミノ酸、その他の窒素化合物や、ビタミン類や、ミネラルを豊富に含んでおり、製品製造上の副生物として安価に入手することができるため、栄養源として有用である。また、強い臭気が無く、培養によって得られる培養組成物への匂い移りを生じ難いし、培養組成物の臭気がマスキングされる場合があるため、培養組成物の利用性が損なわれ難い。
【0037】
動物由来の乳清は、乳汁から水溶性画分を分離することによって得ることができる。例えば、チーズの製造時、乳汁を、スタータとしての乳酸菌発酵や、キモシン、ペプシン、レンネット等の凝乳酵素の添加や、酸の添加によって凝乳させたり、ヨーグルトの製造時、乳汁を乳酸菌発酵させたりすると、タンパク質や脂肪を主成分とするカードが得られる。このようなカードを圧搾ないし水切りすると、水溶性画分として乳清を得ることができる。
【0038】
動物由来の乳清の原料として用いられる乳汁は、乳脂肪分が脱脂されていてもよいし、乳脂肪分が脱脂されていなくてもよい。また、動物由来の乳清は、乳汁をpH4.6程度で凝乳させて得られる酸性乳清であってもよいし、乳汁をレンネット等で凝乳させて得られる甘性乳清であってもよい。また、動物由来の乳清は、ナトリウム、カリウム等が脱塩されていてもよいし、脱塩されていなくてもよい。
【0039】
乳汁としては、具体的には、牛乳、水牛乳、山羊乳、羊乳、ヤク乳、馬乳、ラクダ乳等を用いることができる。乳汁としては、これらの中でも、入手が容易であり、安価である点から、牛乳、水牛乳、山羊乳、又は、羊乳が好ましく、牛乳が特に好ましい。
【0040】
豆乳清は、豆等の植物性のタンパク源から水溶性画分を分離することによって得ることができる。例えば、豆を摩砕して水に浸漬し、pH4.5~5.0程度以下の酸性条件や、80℃程度以上の加熱条件等で処理し、繊維質等の固形分を分離除去すると、主として水溶性成分を含む抽出液が得られる。また、豆腐、油揚げ等の豆加工品の製造時、摩砕した豆を煮詰めた後に固形分を漉し取ると、豆乳汁が得られる。このようにして得られる抽出液や豆乳汁に含まれている不溶性タンパク質を、塩化マグネシウム等の凝固剤で塩析させると、水溶性画分として豆乳清を得ることができる。
【0041】
豆乳清の原料として用いられる豆等の植物性のタンパク源は、油分が脱脂されていてもよいし、油分が脱脂されていなくてもよい。例えば、豆乳清は、脱脂加工した加工豆を原料とする豆乳汁、及び、脱脂加工していない未加工豆を原料とする豆乳汁のいずれから分離してもよい。
【0042】
植物性のタンパク源としては、大豆、緑豆、黒豆等を用いることができる。植物性のタンパク源としては、これらの中でも、入手が容易であり、安価である点から、大豆が好ましい。豆乳清は、固形分濃度が調整されている大豆乳、緑豆乳、黒豆乳等から直接分離して、大豆ホエイ、緑豆ホエイ、黒豆ホエイ等として得てもよい。
【0043】
乳清は、pHが4以上8以下に調整されていることが好ましく、pHが6以上8以下に調整されていることがより好ましい。オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類は、培養の至適pHが中性付近である。これに対し、動物由来の乳清は、乳酸菌発酵や酸の添加によってpH4.6付近まで酸性化している場合がある。また、大豆ホエイ等の豆乳清は、固形分を凝固させる処理や等電点沈殿処理のためにpH4~5付近に調整されている場合がある。そのため、乳清のpHを予め中性付近に調整しておくことにより、乳清を用いた培地のpHの調整を簡略化することができる。
【0044】
アミノ酸添加培地は、ビタミンB12の濃度が0.2μg/L以下であることが好ましい。例えば、培地成分として、生物由来の抽出物、タンパク分解物等を用いる場合、ビタミンB12の濃度が低い種類や、ビタミンB12の濃度が低い画分を用いることが好ましい。また、ビタミンB12の濃度が高い動物由来の乳清と比較すると、ビタミンB12の濃度が検出限界以下である植物由来の豆乳清を用いることが好ましい。
【0045】
ビタミンB12の濃度は、奇数脂肪酸の合成に影響すると考えられる。プロピオニルCoAは、奇数脂肪酸の合成反応の基質(出発物質)であるが、細胞中において、S-メチルマロニルCoAとR-メチルマロニルCoAを経由してスクシニルCoAに変換される。スクシニルCoAは、クエン酸回路に入り、アセチルCoA、NADH、ATP、GTP等の合成や、糖新生に利用される。よって、プロピオニルCoAの前駆体を培地に添加した場合であっても、スクシニルCoAを補充する補充反応(Anaplerosis)が優勢であると、奇数脂肪酸の合成量が低下すると考えられる。
【0046】
細胞中において、スクシニルCoAは、メチルマロニルCoAが異性化されることによって生成されており、この反応は、メチルマロニルCoAムターゼによって触媒されている。メチルマロニルCoAムターゼは、ビタミンB12を補因子とする酵素である。そのため、アミノ酸添加培地のビタミンB12の濃度が高いと、スクシニルCoAを補充する補充反応が進行し、奇数脂肪酸の合成量が低下することになる。これに対し、ビタミンB12を積極的に添加することなくアミノ酸添加培地を調製し、ビタミンB12の濃度を0.2μg/L以下に低くすると、スクシニルCoAを補充する補充反応が進行し難くなり、奇数脂肪酸の合成量が増加するため、奇数脂肪酸エステルの産生量を向上させることができる。
【0047】
アミノ酸添加培地は、プロピオニルCoAの前駆体に加え、特に、炭素源としてのグルコースと、窒素源としてのグルタミン、グルタミン酸、又は、グルタミン酸ナトリウムと、酵母エキスと、豆類から分離される豆乳清と、海水塩と、を含むことが好ましい。酵母エキスの濃度は、最大で0.1μg/g程度含まれているビタミンB12の持ち込みを低減する観点から、0.2%以下が好ましい。豆乳清の濃度は、固形分換算で0.1%以上が好ましく、0.2%以上がより好ましい。また、豆乳清の濃度は、固形分換算で20%以下が好ましく、10%以下がより好ましい。
【0048】
このような培地を用いると、培地コストを抑制しつつ、オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類を十分に高い増殖速度で増殖させて、奇数脂肪酸エステルの産生量や全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合を高くすることができる。特に、主要栄養源として豆乳清を用いると、タンパク分解物等を用いる場合とは異なり、奇数脂肪酸の合成が培地成分によって阻害され難いため、奇数脂肪酸エステルを効率的に生産することができる。
【0049】
アミノ酸添加培地は、プロピオニルCoAの前駆体と共に、プロピオン酸、又は、その塩を含んでいてもよい。プロピオン酸、又は、その塩をアミノ酸添加培地に添加する場合、その濃度は、好ましくは10mM以上50mM以下、より好ましくは10mM以上40mM以下、更に好ましくは20mM以上30mM以下である。プロピオン酸の塩としては、例えば、プロピオン酸ナトリウム等を用いることができる。プロピオン酸、又は、その塩は、培地成分として予め配合しておいてもよいし、pH調製剤として培養中に添加してもよい。
【0050】
細胞中において、C3であるプロピオン酸は、アセチルCoA等のC2系分子の生合成を阻害する作用を示す。そのため、プロピオン酸、又は、その塩をアミノ酸添加培地に添加すると、偶数脂肪酸の生産量を抑制することができる。すなわち、全脂質中に占める偶数脂肪酸の割合を低下させて、代わりに、奇数脂肪酸の割合を増大させることができる。
そのため、目的の奇数脂肪酸エステルを濃縮・精製するコストや、奇数脂肪酸の生産に要するプロピオニルCoAの前駆体の総コストを削減することができる。
【0051】
アミノ酸添加培地は、液体培地、半固形培地、及び、固形培地のうち、いずれの形態の培地としてもよい。アミノ酸添加培地は、リン酸塩等の各種の緩衝剤や、塩化ナトリウム等の等張化剤や、二員培養のための細菌、酵母、珪藻等の微生物や、寒天等の培地成分を含有してもよい。但し、アミノ酸添加培地は、奇数脂肪酸エステルの生産量を高くする観点からは、大量培養が可能な液体培地とすることが好ましい。
【0052】
本実施形態に係る奇数脂肪酸エステルの製造方法では、培養工程のみを実施することによって、奇数脂肪酸エステルを、微生物の藻体と、奇数脂肪酸エステルと、を含む培養組成物として得てもよい。或いは、培養工程と、分離工程と、を実施することによって、奇数脂肪酸エステルを、微生物から分離・抽出した状態として得てもよい。
【0053】
培養工程は、奇数脂肪酸エステルの産生能を有する微生物をアミノ酸添加培地で培養する工程である。培養方式としては、回分培養、連続培養、流加培養等のいずれの方式を用いてもよい。また、培養方法としては、振盪培養、通気培養、通気攪拌培養、エアリフト培養、静置培養等の適宜の方法を用いることができる。これらの培養方法の中でも、グルコース濃度や中性のpHを保持できる点で、連続培養が好ましい。また、大量培養が可能である点で、通気攪拌培養、又は、エアリフト培養が好ましい。
【0054】
培養装置としては、培養方法に応じて、例えば、機械攪拌型リアクタ、エアリフト型リアクタ、充填層型リアクタ、流動層型リアクタ等を用いることができる。また、培養容器としては、培養容量等に応じて、タンク、ジャーファーメンタ、フラスコ、ディッシュ、カルチャーバッグ、チューブ、試験管等の各種の容器を用いることができる。培養容器は、ステンレス、ガラス等の無機材料や、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート共重合体、ポリプロピレン等の有機材料等、適宜の材質であってよい。
【0055】
アミノ酸添加培地は、奇数脂肪酸エステルの産生能を有する微生物を播種する前に、適宜の滅菌方法を用いて滅菌することができる。滅菌方法としては、例えば、加熱滅菌、紫外線滅菌、ガンマ線滅菌、濾過滅菌等の適宜の方法を用いることができる。また、アミノ酸添加培地には、同組成の培地やGTY培地等の基礎培地を用いて前培養した種細胞を播種することができる。
【0056】
オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類の培養は、適宜の培養条件の下で行うことができる。培養温度は、好ましくは10℃以上35℃以下、より好ましくは10℃以上30℃以下、更に好ましくは24.5℃以上27.5℃以下である。pHは、好ましくは4以上9以下、より好ましくは6以上8以下、更に好ましくは7.4以上7.7以下である。
【0057】
オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類の培養は、適宜の時間間隔で継代しながら、適宜の培養時間で行うことができる。但し、ある種のオーランチオキトリウム等は、培養を開始した後、約2日で対数増殖期が終了し、約7日で死滅期に入る。奇数脂肪酸エステルの産生量は、増殖と共に増加し、対数増殖期の末期から静止期の初期にかけて略最大になり、その後、次第に減少する傾向がある。よって、このような種を用いる場合、継代を行う時間間隔は、1日以上10日以下が好ましく、2日以上7日以下がより好ましく、2日以上5日以下が更に好ましい。
【0058】
また、オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類の培養時間は、10日以下が好ましく、7日以下がより好ましく、5日以下が更に好ましい。オーランチオキトリウム等の培養時間が長くなると、脂質の産生量は増加するが、カロテノイド等の割合が高くなり、奇数脂肪酸の割合が低くなることが確認されている。よって、このような短い培養時間であれば、グルコース濃度やpHを厳密に制御し続けなくとも、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合を高くすることができる。
【0059】
培養工程を実施すると、培養されたオーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類が、奇数脂肪酸エステルを細胞内や細胞外マトリックスに産生する。その結果、オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類に属する微生物の藻体と、藻体が産生した奇数脂肪酸エステルと、を含む培養組成物が得られる。培養組成物は、培地を濃縮又は乾燥させることによって回収することができる。
【0060】
培地の濃縮方法としては、例えば、固形分を遠心分離する遠心濃縮、固形分を自然沈降させる沈降濃縮、培地を加熱して蒸発させる蒸発濃縮、培地を減圧して蒸発させる減圧濃縮、培地を加圧して濾過する加圧濃縮、培地を分離膜で濾過する膜濃縮、培地を凍結させて除く凍結濃縮等の各種の方法を用いることができる。また、培地の乾燥方法としては、例えば、熱風乾燥、冷風乾燥、減圧乾燥、噴霧乾燥、凍結乾燥、赤外線乾燥、自然乾燥、回転するドラム中で加熱乾燥を行うドラム乾燥等の各種の方法を用いることができる。
【0061】
培養組成物は、濃縮させる場合、例えば、80%以下の含水率、好ましくは30%以上50%以下の含水率にすることができる。このような含水率まで濃縮させると、培養組成物が十分に減容すると共に、培養組成物が流動し難いペースト状となるため、培養組成物の取り扱い性が良好になる。また、培養組成物は、乾燥させる場合、例えば、10%以下の含水率にすることができる。
【0062】
培養組成物は、例えば、食用、飼料、肥料、工業用原料等の各種の用途に用いることができる。食用の用途の具体例としては、一般食品、健康食品、食品素材、飲料素材等が挙げられる。また、飼料の具体例としては、家畜用飼料、家禽用飼料、養殖用飼料、ペット用飼料等が挙げられる。また、工業用原料の具体例としては、バイオ燃料用原料、飼料用原料、肥料用原料、化学品原料、医薬品原料等が挙げられる。
【0063】
培養組成物は、脂質の含有量が、固形分の質量あたり、好ましくは30質量%以上、より好ましくは40質量%以上、更に好ましくは45質量%以上である。従来の生産法では、脂質の産生効率が必ずしも十分に高くないため、培養組成物中に含まれる脂質の含有量が30質量%程度未満に留まり、タンパク、灰分等の比率が相対的に高くなる。これに対し、プロピオニルCoAの前駆体を添加したアミノ酸添加培地を用いて培養を行うと、奇数脂肪酸をはじめとする脂質の産生量が増大するため、脂質の含有量が30質量%以上から45質量%以上に達する培養組成物を得ることができる。
【0064】
培養組成物は、微生物のバイオマス(乾燥重量)あたりの奇数脂肪酸の含有量が、脂肪酸メチルエステル換算で、0.04g/g以上であることが好ましい。また、溶媒抽出によって回収される脂質画分について、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が、好ましくは25質量%以上、より好ましくは30質量%以上、更に好ましくは40質量%以上、更に好ましくは45質量%以上である。このような奇数脂肪酸の量は、プロピオニルCoAの前駆体や、プロピオン酸、又は、その塩の添加量によって実現することができる。
【0065】
具体的には、アミノ酸添加培地を用いて培養を行うと、バイオマスあたりの全脂質の産生量として、0.1g/g以上から0.2g/g以上、且つ、0.25g/g以下程度を確保することができる。また、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合として、20質量%以上から40質量%以上、且つ、50質量%以下程度を、不飽和脂肪酸を50質量%以下に抑制しつつ確保することができる。従来の生産法と比較して、奇数脂肪酸エステルを効率的に生産することが可能であり、奇数脂肪酸エステルの生産量を、培地あたり1.0g/L以上から1.3g/L以上とすることが可能である。
【0066】
分離工程は、微生物が産生した奇数脂肪酸エステルを微生物の藻体から分離する工程である。奇数脂肪酸エステルは、濃縮させた藻体の懸濁液又は乾燥させた藻体を、必要に応じて前処理した後、溶媒抽出、遠心分離、濾過分離等に供して分離することができる。藻体の前処理としては、例えば、凝集処理や、薬品処理や、蒸煮処理や、加熱処理や、攪拌、粉砕、超音波、圧力変化、薬品、酵素、凍結融解等の各種の原理を利用した破砕処理等が挙げられる。
【0067】
溶媒抽出に用いる溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、ジエチルエーテル、プロピレングリコール、プロパノール、イソプロパノール、アセトン、クロロホルム、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、酢酸、水等や、これらを混合した混合溶媒、超臨界流体等の各種の溶媒を用いることができる。混合溶媒としては、例えば、ヘキサン・エタノール混合溶媒、クロロホルム・メタノール混合溶媒、エタノール・ジエチルエーテル混合溶媒等が挙げられる。
【0068】
前処理の凝集処理としては、凝集剤としてキトサン等を添加する処理が好ましく用いられる。また、前処理の薬品処理としては、クエン酸を添加してpHを調整する処理が好ましく用いられる。オーランチオキトリウム等に大量の脂質を産生させると、藻体が脆弱になって破砕し易くなり、奇数脂肪酸エステルの抽出・分離が困難になる。しかし、キトサン等の凝集剤を添加すると、藻体を破損させることなく、容易に集めることができる。また、pH調整を行うと、藻体が硬くなるため、藻体が破損するのを防止することができる。
【0069】
微生物の藻体から分離した奇数脂肪酸エステルは、奇数脂肪酸等の目的物質として回収するために、必要に応じて精製することができる。例えば、奇数脂肪酸を回収する場合、脱ガム処理、脱酸処理、脱色処理、脱臭処理等を行うことができる。また、目的物質に応じて、溶媒分画法、蒸留法、分子蒸留法、クロマトグラフィ、膜分離法等や、加水分解処理、エステル交換処理、結晶化処理、包接体形成処理、錯形成処理等の各種の方法を組み合わせて用いることができる。
【0070】
オーランチオキトリウム、シゾキトリウム等のラビリンチュラ類によって生産する奇数脂肪酸としては、例えば、トリデシル酸(C13)、ペンタデカン酸(C15)、へプタデカン酸(C17)等が挙げられる。ペンタデカン酸は、例えば、血圧低下作用、血糖値上昇抑制、細胞増殖促進等の用途に用いることができる。細胞増殖促進の用途の具体例としては、損傷した組織の治癒や、疼痛、自己免疫性疾患、神経変性疾患、免疫性疾患、代謝性症候群に関連する疾患、癌関連疾患等の緩和や、皮膚の皺の減少や、皮膚の代謝促進や、発毛・育毛や、アレルギー症状の軽減や、筋肉痛の軽減や、運動機能の向上等が挙げられる。
【実施例0071】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0072】
<培養試験1>
はじめに、奇数脂肪酸エステルの生産に用いる培地組成を決めるため、主要栄養源の種類を変えてオーランチオキトリウムの培養試験を行い、全脂質の産生量及び奇数脂肪酸の生産量を比較した。
【0073】
試験培地としては、主要栄養源として、チーズホエイ、及び、豆乳ホエイのうち、いずれかを添加した培地を調製した。具体的には、グルコースを3.0%、L-グルタミン酸ナトリウムを0.5%、酵母エキスを0.2%、海水塩を1.2%、L-メチオニンを10mMの濃度で含有し、チーズホエイを10%の濃度となるように添加した培地と、豆乳ホエイを10%の濃度となるように添加した培地とを調製した。各培地は、オートクレーブを用いて121℃で20分間滅菌してから培養に用いた。
【0074】
豆乳ホエイとしては、市販の豆乳を80℃まで加温し、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)を0.7%となるように加え、凝固したタンパク質を遠心分離によって除いたものを用いた。上清の豆乳ホエイは、オートクレーブを用いて115℃で30分間滅菌した後、6℃の冷温下で保存してから培地に添加した。
【0075】
一般的なGTY培地は、酵母エキスの濃度が0.5%程度とされている。しかし、酵母エキスは、補充反応を進めて奇数脂肪酸の合成量を低下させるビタミンB12を含んでいる。そこで、本培養試験では、ビタミンB12を増殖に最低限必要な量に制限するために0.2%の濃度に変更した。なお、チーズホエイには、相当量(0.3μg/100g程度)のビタミンB12が含まれているが、豆乳ホエイには、検出可能な濃度のビタミンB12は含まれていない。
【0076】
培養試験は、オーランチオキトリウムSp.SA-96株を振盪培養することによって行った。振盪培養には、容量500mLの坂口フラスコと、往復振盪培養機(トーマス科学器械社製)を使用した。振盪培養の培養条件は、培地量:200mL、培養温度:25℃、培養時間:72時間、振盪速度:115ストローク/分とした。培養したオーランチキトリウムは、遠心分離によって集菌し、凍結乾燥して測定まで保存した。
【0077】
全脂質の定量は、次の手順で行った。はじめに、オーランチオキトリウムの凍結乾燥体を約0.2g秤量し、10mLのクロロホルム・メタノール混合溶媒(体積比:クロロホルム/メタノール=2/1)と共に試験管に入れた。この試験管を超音波洗浄機に入れ、内容物を攪拌することによって脂質を溶媒層に抽出した。次いで、試験管の内容物を2800rpmで10分間の遠心分離に供し、5.0mLの上清を別の試験管に分取した。分取した溶液に1.0mLの生理食塩水を加え、攪拌した後、2800rpmで10分間の遠心分離に供し、上層の水溶性成分を除いてから、下層の脂溶性成分を別の試験管に分取
した。そして、この試験管を40℃のウォータバスに入れ、窒素ガスを吹き付けて溶媒を留去して、藻体から抽出された脂質を乾固させた。試験管内に回収された脂質の重量を、オーランチオキトリウムによる全脂質の産生量として求めた。
【0078】
脂質中の各脂肪酸の定量は、GC-FID(Gas Chromatography - Flame Ionization Detector:ガスクロマトグラフィ-水素炎イオン化型検出器)を用いて、次の手順で行った。全脂肪酸の定量を行った後、藻体から抽出された脂質に、14%BF3-メタノール(14%の三フッ化ホウ酸を含有するメタノール溶液)を加え、70℃で30分間加熱して、脂質中のアシル成分をメチルエステル化した。そして、得られた脂肪酸メチルエステル(FAME)をn-ヘキサンに溶解させて、濃度が1.0mg/mLの測定試料を調製し、GC-FIDに供した。
【0079】
ガスクロマトグラフとしては、GC-2015(島津製作所社製)を使用した。カラムとしては、Agilent J&W GCカラム DB-23(アジレント・テクノロジー社製、長さ:30m、内径:0.25mm、膜厚:0.25μm)を使用した。測定条件は、キャリアガス:ヘリウム(constant pressure)、キャリアガス圧力:14psi、注入量:1μL、注入条件:スプリット/スプリットレス、注入口温度:250℃、スプリット比:50:1、昇温条件:50℃(1分間)→25℃/分で175℃まで→4℃/分で230℃まで→230℃(5分間)、FID温度:280℃、水素流量:40mL/分、空気流量:400mL/分、メイクアップガス流量:25mL/分とした。
【0080】
脂質中の各脂肪酸の定量では、GC-FIDで検出されたクロマトグラム中、全ピークの積分面積から溶媒のピークの積分面積を差し引いた面積を、全FAMEの積分面積とした。計7回の測定を行った結果、全FAMEの積分面積の平均は、265000dots/μg-FAMEであった。脂肪酸の種類毎のピークは、それぞれ、脂肪酸メチルエステルの標準品(ジーエルサイエンス社製)の保持時間と比較して同定した。全脂質中に占める各脂肪酸の割合は、全FAMEの積分面積に対する面積比として個々に求めた。また、各脂肪酸の生産量は、全脂質の定量の結果と、全FAMEの積分面積の平均値とを用いて計算した。
【0081】
主要栄養源の種類を変えた培養試験の平均結果を表1に示す。以下の表において、バイオマスは、培養後の凍結乾燥で得られたオーランチオキトリウムの生物量(乾燥重量)、奇数脂肪酸の割合及び生産量は、トリデシル酸(C13)とペンタデカン酸(C15)とへプタデカン酸(C17)の合計値である。
【0082】
【0083】
表1に示すように、チーズホエイを添加した培養系と、豆乳ホエイを添加した培養系とを比較すると、豆乳ホエイの方が奇数脂肪酸の生産量が高くなった。アミノ酸の代謝によって生成するプロピオニルCoAは、細胞質においては、奇数脂肪酸の生成に利用されるが、ミトコンドリアにおいては、スクシニルCoAを補充する補充反応に利用される。いずれの経路が優勢となるかは、メチルマロニルCoAムターゼの活性に左右され、メチルマロニルCoAムターゼの補因子であるビタミンB12の量に依存すると考えられる。チーズホエイは、ビタミンB12を含有しているのに対し、豆乳ホエイは、ビタミンB12を含有していないため、培地に添加する主要栄養源としては、豆類から分離される豆乳清が適切であると考えられる。
【0084】
<培養試験2>
次に、奇数脂肪酸エステルの生産に用いる生産株を決めるため、オーランチオキトリウムの種類を変えて培養試験を行い、全脂質の産生量及び奇数脂肪酸の生産量を比較した。
【0085】
培養する微生物としては、オーランチオキトリウムSp.SA-89株、及び、オーランチオキトリウムSp.SA-96株のうち、いずれかを用いた。SA-89株は、増殖速度が速く、培養に伴う生物量(バイオマス)の増加が大きい特徴を持つ単離株である。
SA-96株は、脂質の産生量が多い特徴を持つ単離株である。
【0086】
試験培地としては、プロピオニルCoAの前駆体を添加していない培地と、プロピオニルCoAの前駆体として、D-メチオニン、及び、L-メチオニンのうち、いずれかを添加した培地とを調製した。具体的には、グルコースを3.0%、L-グルタミン酸ナトリウムを0.5%、酵母エキスを0.2%、海水塩を1.2%、豆乳ホエイを10%の濃度で含有する基本培地と、この基本培地にD-メチオニンを10mMの濃度となるように添加した培地と、この基本培地にL-メチオニンを10mMの濃度となるように添加した培地とを調製した。各培地は、オートクレーブを用いて121℃で20分間滅菌してから培養に用いた。
【0087】
培養試験は、オーランチオキトリウムSp.SA-89株、又は、オーランチオキトリウムSp.SA-96株を振盪培養することによって行った。振盪培養には、容量500mLの坂口フラスコと、往復振盪培養機(トーマス科学器械社製)を使用した。振盪培養の培養条件は、培地量:200mL、培養温度:25℃、培養時間:72時間、振盪速度:115ストローク/分とした。培養したオーランチオキトリウムは、遠心分離によって集菌し、凍結乾燥して測定まで保存した。
【0088】
オーランチオキトリウムの種類を変えた培養試験の平均結果を表2に示す。なお、全脂質の定量や脂質中の各脂肪酸の定量は、前記の培養試験と同様にして行った。
【0089】
【0090】
表2に示すように、SA-89株では、D-メチオニンが代謝されず、奇数脂肪酸の生産量が、プロピオニルCoAの前駆体を添加しなかった場合と同程度となった。一方、L-メチオニンは代謝され、奇数脂肪酸の生産量や全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が高くなった。しかし、L-メチオニンが代謝されると、プロピオニルCoAが生成し、プロピオニルCoAが加水分解されてプロピオン酸を生成するため、培養液のpHが4.2付近まで低下した。その結果、培養後のバイオマスが減少し、プロピオニルCoAの前駆体を添加しなかった場合よりも少なくなった。
【0091】
これに対し、SA-96株では、D-メチオニン及びL-メチオニンのいずれも代謝され、奇数脂肪酸の生産量や全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が高くなった。プロピオニルCoAの前駆体を添加した場合、培養液のpHは4.1付近まで低下した。その結果、培養後のバイオマスが減少したが、奇数脂肪酸の生産量はSA-89株よりも高くなり、ペンタデカン酸(C15)の割合も十分に高くなった。
【0092】
<培養試験3>
次に、奇数脂肪酸エステルの生産に用いる培地組成を決めるため、プロピオニルCoAの前駆体の種類を変えてオーランチオキトリウムの培養試験を行い、全脂質の産生量及び奇数脂肪酸の生産量を比較した。
【0093】
試験培地としては、プロピオニルCoAの前駆体として、DL-メチオニン、L-バリン、L-イソロイシン、及び、L-トレオニンのうち、いずれかを添加した培地を調製した。また、対照(ネガティブコントロール)として、L-ロイシンを添加した培地を調製した。具体的には、グルコースを3.0%、L-グルタミン酸ナトリウムを0.5%、酵母エキスを0.2%、海水塩を1.2%、豆乳ホエイを10%の濃度で含有する基本培地と、この基本培地にDL-メチオニン、L-バリン、L-イソロイシン、及び、L-トレオニンのそれぞれを10mMの濃度となるように添加した培地と、この基本培地にロイシンを10mMの濃度となるように添加した培地とを調製した。各培地は、オートクレーブを用いて121℃で20分間滅菌してから培養に用いた。
【0094】
培養試験は、オーランチオキトリウムSp.SA-96株を振盪培養することによって行った。振盪培養には、容量500mLの坂口フラスコと、往復振盪培養機(トーマス科学器械社製)を使用した。振盪培養の培養条件は、培地量:200mL、培養温度:25℃、培養時間:72時間、振盪速度:115ストローク/分とした。なお、培養液のpHは、培養中に制御しなかった。培養したオーランチオキトリウムは、遠心分離によって集菌し、凍結乾燥して測定まで保存した。
【0095】
プロピオニルCoAの前駆体の種類を変えた培養試験の平均結果を表3に示す。なお、全脂質の定量や脂質中の各脂肪酸の定量は、前記の培養試験と同様にして行った。
【0096】
【0097】
表3に示すように、DL-メチオニン、L-バリン、L-イソロイシン、及び、L-トレオニンは代謝され、培養液のpHが4~6付近まで低下した。その結果、培養後のバイオマスが減少した。一方、L-ロイシンは代謝されず、培地に添加したL-グルタミン酸ナトリウムの代謝で、pHが7.1~7.4付近への小さな低下に留まった。プロピオニルCoAの前駆体に相当するDL-メチオニン、L-バリン、L-イソロイシン、L-トレオニンを添加した場合、奇数脂肪酸の生産量や全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が対照よりも高くなった。特に、L-バリンを添加した場合に、奇数脂肪酸の生産量が顕著に高くなった。
【0098】
<培養試験4>
次に、奇数脂肪酸エステルの生産に用いる培養条件を決めるため、オーランチオキトリウムの培養試験を行い、培養液のpHを変化させたときのバイオマス(生物量)の変化を比較した。
【0099】
試験培地としては、グルコースを3.0%、L-グルタミン酸ナトリウムを0.5%、酵母エキスを0.2%、海水塩を1.2%、豆乳ホエイを10%の濃度で含有する培地を調製した。培地は、オートクレーブを用いて121℃で20分間滅菌してから用いた。
【0100】
培養試験は、オーランチオキトリウムSp.SA-96株を振盪培養することによって行った。振盪培養には、容量500mLの坂口フラスコと、往復振盪培養機(トーマス科学器械社製)を使用した。振盪培養の培養条件は、培養温度:25℃、培養時間:72時間、振盪速度:115ストローク/分とした。培養液のpHは、対数増殖期の末期から静止期の初期にかけて、1.0Mの塩酸と1.0Mの水酸化ナトリウムを用いてpH4~8の範囲で変化させた。
【0101】
図1は、オーランチオキトリウムの培養におけるpHとバイオマスとの関係を示す図である。
図1に示すように、オーランチオキトリウムの培養中に、培養液のpHを変化させると、pHが上昇するにつれて、バイオマスも増加した。バイオマスは、pH6.0~7.0にかけて急激に増加し、pH7.4以上では増加量が顕著に小さくなった。pH7.4~7.7の範囲で、略最大量のバイオマスが得られており、培養液のpHとしては、pH7.4以上7.7以下が好ましいことが確認された。
【0102】
<培養試験5>
次に、奇数脂肪酸エステルの生産量を確認するため、プロピオニルCoAの前駆体の種類と濃度を変えてオーランチオキトリウムの培養試験を行い、全脂質の産生量及び奇数脂肪酸の生産量を比較した。
【0103】
試験培地としては、プロピオニルCoAの前駆体として、L-バリン、DL-メチオニン、及び、プロピオン酸ナトリウムのうち、いずれかを添加した培地を調製した。L-バリンの濃度は、10mM、20mM、50mM、100mMのそれぞれに変えた。また、DL-メチオニンの濃度は、20mM、50mM、100mMのそれぞれに変えた。具体的には、グルコースを3.6%、L-グルタミン酸ナトリウムを0.5%、酵母エキスを0.2%、海水塩を1.0%、豆腐ホエイを10%の濃度で含有する基本培地と、この基本培地にL-バリン、DL-メチオニン、及び、プロピオン酸ナトリウムのそれぞれを添加した培地とを調製した。各培地は、オートクレーブを用いて121℃で20分間滅菌した後、別途滅菌したグルコースと豆腐ホエイを混合して培養に用いた。
【0104】
豆腐ホエイとしては、豆腐の製造過程において、豆乳汁を凝固剤で塩析させたときに生じた上清を用いた。上清の豆腐ホエイは、オートクレーブを用いて115℃で30分間にわたり加熱殺菌した後、加熱によって生じた沈殿物を無菌的に濾過して培地に添加した。
【0105】
培養試験は、オーランチオキトリウムSp.SA-96株をエアリフト培養することによって行った。オーランチオキトリウムは、エアリフト培養以前に前培養した。前培養は、エアリフト培養の24時間前に開始し、前培養液を0.5%となるようにエアリフト培養の培養槽に加えた。なお、エアリフト培養は、
図2に示すエアリフト型リアクタを使用して行った。
【0106】
図2は、エアリフト型リアクタの構造を模式的に示す図である。
図2に示すように、エアリフト型リアクタ100は、円筒型の培養槽1を有している。
培養槽1には、ガス供給管2と、ガス排気管3とが接続されている。培養槽1の槽内には、円筒型の内筒4が支持されている。培養槽1の槽内の底部には、ガス供給管2と接続されたスパージャ5が備えられている。
【0107】
エアリフト型リアクタ100においては、ガス供給管2を通じて空気が供給されると、スパージャ5によって培養槽1の槽内の培養液6に散気される。散気された気泡は、内筒4の内側を上昇して上向流を形成し、内筒4の上方側に抜けると、内筒4の外側を下降して下向流を形成する(図中の矢印参照)。エアリフト培養によると、このような流れで培養液6が通気攪拌されるため、微生物に大きなせん断力を加えることなく、槽内の溶存酸素濃度や培地成分濃度の均一性を保つことができる。
【0108】
エアリフト培養による培養試験では、
図2に示すような培養槽1の容量を5Lとして用いた。また、内筒4は、横断面視における内空面積が培養槽1の横断面視における内空面積の1/2となる大きさに設けた。
【0109】
エアリフト培養の培養条件は、培地量:3.0L、培養温度:24.5~27.5℃、培養時間:72時間、通気量(培養槽当たり):1.2~1.3v/v/minとした。
培養液のpHは、pH制御装置「mk-750pH」(オートマチックシステムリサーチ社製)を使用して、1.0Mの水酸化ナトリウム溶液で、pH:7.4~7.7に継続的に制御した。培養したオーランチオキトリウムは、3400rpmで60分間の遠心分離によって集菌し、凍結乾燥して測定まで保存した。
【0110】
L-バリンの濃度を変えた培養試験の平均結果を表4及び表5に示す。また、DL-メチオニンの濃度を変えた培養試験の平均結果を表6に示す。また、プロピオン酸を添加した培養試験との比較結果を表7に示す。なお、全脂質の定量や脂質中の各脂肪酸の定量は、前記の培養試験と同様にして行った。
【0111】
表中、奇数脂肪酸の生産量[mM]は、ペンタデカン酸の分子量(M=242)のみで換算した値である。また、奇数脂肪酸の変換効率[%]は、次の数式で表される値である。
変換効率[%]=(奇数脂肪酸の生産量[mM]-0.66[mM])
/プロピオニルCoAの前駆体に相当するアミノ酸の濃度[mM]
【0112】
【0113】
【0114】
【0115】
【0116】
表4及び表5に示すように、プロピオニルCoAの前駆体としてL-バリンを添加した場合、L-バリンの濃度が高くなるほど、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合が高くなり、特に、C15であるペンタデカン酸の割合が上昇した。プロピオニルCoAの前駆体を添加しない場合、C15であるペンタデカン酸の割合は、3.4%であったのに対し、10mMのL-バリンを添加すると、C15の割合は、11.8~13.4%(平均12.6%)に急激に上昇し、奇数脂肪酸の割合の合計は、16.2~16.4%(平均16.3%)になった。
【0117】
また、20mMのL-バリンを添加すると、C15の割合は、15.6~16.2%(平均15.9%)に上昇し、奇数脂肪酸の合計は、18.6~19.3%(平均19.0%)になった。また、50mMのL-バリンを添加すると、C15の割合は、16.7~18.4%(平均17.7%)に上昇し、奇数脂肪酸の割合の合計は、20.3~20.8%(平均20.6%)になった。
【0118】
一方、奇数脂肪酸の生産量は、50mMの濃度で最大値を示した。バイオマスは、L-バリンの濃度に関わらず略同等となり、100mMのL-バリンを添加すると、奇数脂肪酸の割合の合計は、50mMの場合よりも高い24.3%となった。しかし、全脂質の産生量は、50mMの場合よりも約64%に低下した。L-バリンの濃度が高すぎると、奇数脂肪酸の反応基質であるプロピオニルCoAが生成するが、プロピオニルCoAが加水分解してプロピオン酸を生じ、脂肪酸等の合成を阻害したものと考えられる。
【0119】
奇数脂肪酸の変換効率は、L-バリンの濃度が高くなるほど低下した。但し、奇数脂肪酸の生産量については、50mMのL-バリンを添加した場合に、約1.040g/Lとなり最大値を示した。よって、変換効率と生産量の両方を考慮すると、凡そ50mM以下の高濃度側に、コスト性と生産性とを両立する最適条件が存在すると考えられる。
【0120】
表6に示すように、プロピオニルCoAの前駆体としてDL-メチオニンを添加した場合、奇数脂肪酸の生産量は、50mMの濃度で最大値を示した。しかし、奇数脂肪酸の生産量は、L-バリンを添加した場合と比較して低下した。細胞中において、メチオニンは、ホモシステインに変換されるが、ホモシステインからは、α-ケト酪酸を経由してプロピオニルCoAに変換される経路と、シスタチオニンを経由してα-ケト酪酸に変換される経路とに分岐している。そのため、DL-メチオニンを前駆体とした場合、プロピオニルCoAの生成速度がL-バリンの場合よりも遅くなり、その結果として奇数脂肪酸の生産量が低下したと考えられる。
【0121】
細胞中において、奇数脂肪酸を合成する合成反応は、プロピオニルCoAとマロニルCoAとの縮合反応が中心であり、脂肪酸シンターゼが奇数脂肪酸エステルの産生に重要な役割を果たしている。プロピオニルCoAの濃度、マロニルCoAの濃度、プロピオニルCoAが加水分解して生成するプロピオン酸の濃度、プロピオン酸によるアセチル基の消費、アミノ酸の代謝阻害等が、奇数脂肪酸の合成反応に複雑に関与することによって、L-バリンを有利にした可能性が考えられる。
【0122】
表7に示すように、プロピオニルCoAの前駆体として、L-バリン、DL-メチオニン、及び、プロピオン酸のいずれを添加しても、ある程度の奇数脂肪酸の生産量を確保することができた。プロピオン酸を前駆体とする奇数脂肪酸の変換効率は、L-バリンやDL-メチオニンと比較すると、中間程度の値を示しており、プロピオン酸については、プロピオニルCoAを一反応で生成する点が有利に働いたと考えられる。
【0123】
一般に、プロピオン酸カリウムは、ラットに対する急性毒性が認められており、LD50は4~5g/kgとされている。プロピオン酸カリウムによる急性毒性は、アセチルCoAの代謝阻害によって発現すると考えられている。また、プロピオン酸は、食品等の保存料として使用されており、脂肪酸合成やアミノ酸代謝を阻害するとされている。よって、プロピオニルCoAの前駆体としては、L-バリンや、DL-メチオニンが適切であり、L-バリンが特に優れているといえる。
【0124】
<培養試験6>
次に、奇数脂肪酸エステルの分布を調べるため、オーランチオキトリウムの培養試験を行い、固体状の脂質、液体状の脂質、及び、リン脂質のそれぞれにおける奇数脂肪酸の含有量を定量した。
【0125】
試験培地としては、プロピオニルCoAの前駆体として、L-バリンを添加した培地を調製した。具体的には、グルコースを2%、トリプトンを1%、酵母エキスを0.5%、海水塩(Red Sea salt社製、Red Sea Coral salt)を1.0%の濃度で含有するGTY培地に、L-バリンを50mMの濃度となるように添加した培地を調製した。培地は、オートクレーブを用いて121℃で20分間滅菌してから培養に用いた。
【0126】
培養試験は、オーランチオキトリウムSp.SA-96株を振盪培養することによって行った。振盪培養には、容量500mLの坂口フラスコと、往復振盪培養機(トーマス科学器械社製)を使用した。振盪培養の培養条件は、培地量:250mL、培養温度:25℃、培養時間:12時間、振盪速度:100ストローク/分とした。培養したオーランチオキトリウムは、12時間毎に、2500gで15分間の遠心分離によって集菌し、1.5%の海水塩溶液で2回洗浄し、凍結乾燥して測定まで保存した。
【0127】
はじめに、オーランチオキトリウムの凍結乾燥体から、脂質をクロロホルム・メタノール混合溶媒(体積比:クロロホルム/メタノール=2/1)を用いて抽出した。そして、抽出した脂質を、シリカゲル60のカラムを用いたカラムクロマトグラフィで、クロロホルムを用いて分画した。
【0128】
中性脂質は、ベッドボリュームで4倍量のクロロホルムによって溶出させた。そして、極性脂質を、ベッドボリュームで4倍量のクロロホルム・メタノール混合溶媒(体積比:クロロホルム/メタノール=1/4)によって溶出させた。その後、脂肪酸トリグリセリドを、シリカゲル60によるカラムクロマトグラフィで分画した。シリカゲル60のカラムは、n-ヘキサンを用いて調製した。中性脂質の画分は、n-ヘキサンに溶解してカラムに供した。
【0129】
スクアレン、非極性カロテノイド、ステロールエステル等の炭化水素を、ベッドボリュームで2倍量のn-ヘキサン・クロロホルム混合溶媒(体積比:n-ヘキサン/クロロホルム=1/1)によって溶出させた。そして、脂肪酸トリグリセリド、極性カロテノイド、遊離脂肪酸を、ベッドボリュームで3倍量のクロロホルムによって溶出させた。
【0130】
脂肪酸トリグリセリドを精製するために、脂肪酸トリグリセリドの画分を、シリカゲル60のプレートを用いた分取薄層クロマトグラフィに供した。展開溶媒としては、n-ヘキサン・ジエチルエーテル・酢酸混合溶媒(体積比:n-ヘキサン/ジエチルエーテル/酢酸=82/18/1)を用いた。脂肪酸トリグリセリドは、展開溶媒によって、Rf値が0.6~0.8の範囲に移動した。脂肪酸トリグリセリドのスポットは、水を噴霧して可視化した後、クロロホルム・メタノール混合溶媒(体積比:クロロホルム/メタノール=1:1)によってプレートから溶出させて回収した。
【0131】
また、リン脂質を精製するために極性脂質の画分を、シリカゲル60のプレートを用いた分取薄層クロマトグラフィに供した。展開溶媒としては、クロロホルム・メタノール・酢酸・水混合溶媒(体積比:クロロホルム/メタノール/酢酸/水=25/15/4/2)を用いた。リン脂質は、展開溶媒によって、Rf値が0.2~0.8の範囲に移動した。リン脂質のスポットは、Zinzadze試薬と水を噴霧して可視化した後、クロロホルム・メタノール混合溶媒(体積比:クロロホルム/メタノール=1/5)によってプレートから溶出させて回収した。
【0132】
回収した脂肪酸トリグリセリドは、抽出溶媒を除去した後、5倍量のn-ヘキサンに溶解し、その溶液を0~4℃で一晩保存した。そして、保存後に、n-ヘキサン溶液中に沈殿している白色沈殿物を、少量の冷n-ヘキサン溶液で洗浄して、固体状の脂質の画分として回収した。除去した抽出溶媒については、窒素ガスを吹き付けて35℃で濃縮して、同様の沈殿処理を2回繰り返した。除去した抽出溶媒からは、脂肪酸トリグリセリドを、薄層クロマトグラフィで、液体状の脂質の画分として回収した。
【0133】
固体状の脂質の画分に含まれる脂肪酸トリグリセリド、液体状の脂質の画分に含まれる脂肪酸トリグリセリド、及び、回収されたリン脂質は、14%BF3-メタノール(14%の三フッ化ホウ酸を含有するメタノール溶液)と90℃で15分間反応させて、脂肪酸メチルエステルに変換した。脂肪酸メチルエステルは、n-ヘキサンで抽出して、GC-FIDで定量した。
【0134】
奇数脂肪酸エステルの分布を解析した結果を表8に示す。なお、全脂質の定量や脂質中の各脂肪酸の定量は、前記の培養試験と同様にして行った。
【0135】
【0136】
表8に示すように、ペンタデカン酸(C15)をはじめとする飽和型の奇数脂肪酸は、固体状の脂質の画分に高い割合で濃縮された。但し、奇数脂肪酸は、標準培地を用いた場合とは異なり、アミノ酸添加培地で生産した場合、液体状の脂質の画分やリン脂質の画分にも確認された。固体状の脂質に含まれる奇数脂肪酸の割合は、31.5%と高いため、奇数脂肪酸の濃縮法としては、沈殿処理等を利用することができると考えられる。
【0137】
<培養試験7>
次に、全脂質の産生量に対する奇数脂肪酸エステルの割合を増加させるため、プロピオニルCoAの前駆体としてL-バリンを用いると共に、アセチルCoA等の代謝阻害剤であるプロピオン酸の濃度を変えてオーランチオキトリウムの培養試験を行い、全脂質の産生量、奇数脂肪酸の生産量及びバイオマスの変化を比較した。
【0138】
試験培地としては、プロピオニルCoAの前駆体として50mMのL-バリンを添加した培地と、50mMのL-バリンとプロピオン酸ナトリウムを添加した培地とを調製した。プロピオン酸ナトリウムの濃度は、10mM、25mM、50mMのそれぞれに変えた
。具体的には、グルコースを4.0%、L-グルタミン酸ナトリウムを0.5%、酵母エキスを0.2%、海水塩を1.2%、豆腐ホエイを10%、L-バリンを50mMの濃度で含有する培地と、この培地に10mM、25mM、又は、50mMのプロピオン酸ナトリウムを添加した培地とを調製した。各培地は、オートクレーブを用いて121℃で20分間滅菌してから培養に用いた。
【0139】
培養試験は、オーランチオキトリウムSp.SA-96株をエアリフト培養することによって行った。エアリフト培養の培養条件は、培地量:3.0L、培養温度:24.3~26.8℃、培養時間:72時間、通気量(培養槽当たり):1.0~1.2v/v/minとした。培養液のpHは、pH:7.40~7.46に継続的に制御した。その他の条件は、<培養試験5>と同様にした。
【0140】
プロピオニルCoAの前駆体としてL-バリンを用いると共に、アセチルCoAの代謝阻害剤であるプロピオン酸の濃度を変えた培養試験の平均結果を表9に示す。なお、全脂質の定量や脂質中の各脂肪酸の定量は、前記の培養試験と同様にして行った。
【0141】
【0142】
表9に示すように、プロピオン酸の濃度が高くなるほど、バイオマスは低下したが、全脂質中に占める奇数脂肪酸の割合は高くなった。特に、プロピオン酸の濃度が高くなるほど、C15であるペンタデカン酸の割合が高くなり、反対に、C16であるパルミチン酸の割合は低くなった。一方、ポリケチド合成系を経由して合成される不飽和脂肪酸(C20,C22等)の割合は大きな変化を生じなかった。プロピオン酸によって、アセチルCoAの合成が阻害され、その結果、偶数脂肪酸の割合が低くなると共に、バイオマスが低下し、反対に、奇数脂肪酸の割合が高くなったものと考えられる。
【0143】
全脂質の産生量は、プロピオン酸の濃度が25mMである場合に極大を示した。また、奇数脂肪酸の産生量は、プロピオン酸の濃度が25mMである場合に1.325g/Lの最大値を示した。プロピオン酸によって極大を示す理由は明らかでないが、トリグリセリドやリン脂質の他にカロテノイド、ステロール等を含んでいる脂質画分の割合が低いにもかかわらず、奇数脂肪産の産生量が高い結果からすると、アセチルCoA等のC2系分子と、プロピオニルCoA等のC3系分子との比が、脂肪酸合成に適切であった可能性が考えられる。
【0144】
以上の培養試験は、オーランチオキトリウムの奇数脂肪酸エステルの産生能について示しているが、オーランチオキトリウム属及びシゾキトリウム属は、脂質の産生能が類似した属であり、2007年に細胞形態や増殖様式の違いによって分離された属である。特に、奇数脂肪酸エステルの産生に関しては、極めて近い性質を示すものであり、同様に扱うことが妥当と考えられる。奇数脂肪酸トリグリセライド等を産生する同様の種であれば、本アミノ酸添加培地を用いた奇数脂肪酸エステルの製造に用いることができる。