IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社明電舎の特許一覧

<>
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図1
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図2
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図3
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図4
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図5
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図6
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図7
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図8
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図9
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図10
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図11
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図12
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図13
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図14
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図15
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図16
  • 特開-設備診断システム、設備診断方法 図17
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087243
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】設備診断システム、設備診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20240624BHJP
   G01H 17/00 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G01H17/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201946
(22)【出願日】2022-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】青戸 勇太
(72)【発明者】
【氏名】外田 脩
【テーマコード(参考)】
2G024
2G064
【Fターム(参考)】
2G024AD01
2G024AD21
2G024BA27
2G024CA13
2G024FA04
2G024FA06
2G024FA11
2G064AA01
2G064AA11
2G064AB01
2G064AB02
2G064AB22
2G064BA02
2G064BD02
2G064CC41
2G064CC42
2G064DD02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】設備の稼働音に絞った診断を実現し、診断の正確性の向上を図る。
【解決手段】設備診断システム10の時系列信号取得部11は、音響センサ6cにより取得された回転機設備の音響信号をA/D変換し、変換後の音響信号を定期的に任意の時間幅の音響データに記録する。時間周波数変換部12は、音響データから時間周波数情報を表す振幅スペクトログラムを生成する。特徴量算出部13は、振幅スペクトログラムに基づきNNDSVDによる初期値を与えたCNMFを用いて特徴量を算出する。正常情報算出部14は、あらかじめ回転機設備の正常状態の特徴量から正常情報を生成し、正常情報を保持する。異常検知部15は、回転機設備の診断時の特徴量から診断時情報を生成し、正常情報と診断情報との差を異常値として算出し、異常値が閾値を超えていれば異常と判定する。表示部16は、判定の結果をモニタなどに表示させる。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象設備の稼働時に取得された振動波形データに基づき異常を検出し、対象設備を診断するシステムであって、
前記振動波形データから時間周波数情報を表す振幅スペクトログラムを生成する時間周波数変換部と、
前記振幅スペクトログラムに基づき制約付きNMF(Constrained Non-negative Matrix Factorization:CNMF)を用いて特徴量を算出する特徴量算出部と、
あらかじめ前記対象設備の正常状態の前記特徴量から正常情報を生成し、前記正常情報を保持する正常情報算出部と、
前記対象設備の診断時における前記特徴量を診断情報として生成し、前記正常情報と前記診断情報との差を異常値として算出し、前記異常値と閾値との対比に応じて前記対象設備の異常を検出する異常検知部と、
を備え、
前記特徴量算出部は、行列「I×J」で表される振幅スペクトログラムに対して、基底数KとしてCNMFを適用し、「I×K」の基底行列と「K×J」の係数行列とを前記特徴量として算出し、
前記正常情報算出部は、前記対象設備の正常稼働時に算出された複数の前記基底行列および前記係数行列から前記正常情報を生成し、
前記異常検知部は、前記診断時情報の基底行列および係数行列に対して、正常情報と同列同行から基底ベクトルおよび係数ベクトルとを抽出し、該両ベクトルに基づき前記異常値を算出する
ことを特徴とする設備診断システム。
【請求項2】
前記特徴量算出部は、CNMFの初期値に非負2重特異分解(Nonnegative Double Singular Value Decomposition:NNDSVD)を用いる
ことを特徴とする請求項1記載の設備診断システム。
【請求項3】
前記特徴量算出部は、
前記振幅スペクトログラムを「I行J列」の2次元行列とすると、前記初期値を求める際に特異値分解を行った後、第1特異値と該特異値に対応する左特異値ベクトルとの積からI次元ベクトルを求め、前記第1特異値と該特異値に対応する右特異ベクトルとの積からJ次元ベクトルを求め、
第2特異値以降は、非負になるように負の値を取り除きながら基底数K分の列ベクトルと行ベクトルとを求め、
I次元列ベクトルをK個並べた「I×K」の行列を基底行列の初期値に与え、J次元ベクトルをK個並べた「K×J」行列を係数行列の初期値に与える
ことを特徴とする請求項2記載の設備診断システム。
【請求項4】
コンピュータを用いて対象設備の稼働時に取得された振動波形データに基づき異常を検出し、対象設備を診断する方法であって、
前記振動波形データから時間周波数情報を表す振幅スペクトログラムを生成する時間周波数変換ステップと、
前記振幅スペクトログラムに基づき制約付きNMF(Constrained Non-negative Matrix Factorization:CNMF)を用いて特徴量を算出する特徴量算出ステップと、
あらかじめ前記対象設備の正常状態の前記特徴量から正常情報を生成し、前記正常情報を保持する正常情報算出ステップと、
前記対象設備の診断時における前記特徴量を診断情報として生成し、前記正常情報と前記診断情報との差を異常値として算出し、前記異常値と閾値との対比に応じて前記対象設備の異常を検出する異常検知ステップと、
を有し、
前記特徴量算出ステップにおいて、行列「I×J」で表される振幅スペクトルに対して、基底数KとしてCNMFを適用し、「I×K」の基底行列と「K×J」の係数行列とを前記特徴量として算出し、
前記正常情報算出ステップにおいて、前記対象設備の正常稼働時に算出された複数の前記基底行列および前記係数行列から前記正常情報を生成し、
前記異常検知ステップにおいて、前記診断時情報の基底行列および係数行列に対して、正常情報と同列同行から基底ベクトルおよび係数ベクトルとを抽出し、該両ベクトルに基づき前記異常値を算出する
ことを特徴とする設備診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象設備のセンシングデータに基づき異常を検出し、対象設備を診断する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電気設備や生産設備においては、老朽化による故障や異常を早期に発見するための予防保全が行われている。この予防保全では、設備の稼働状況や劣化状態に応じてメンテナンスを行う状態監視保全が注目されている。
【0003】
状態監視保全では、不要な部品交換や修理によるメンテナンスコストを抑えられる一方で、故障や不具合を見逃さないために熟練者の経験や勘に頼ることが多い。ところが、近年の人口減少により熟練者不足が問題なため、以下のようなセンシングデータを活用した設備診断の自動化が求められている。
【0004】
まず、音響や振動センサによるデータから目的の設備情報を分析と診断する方法が考えられるが、実際の計測データには目的の設備情報だけでなく、周囲の環境音やノイズ等が含まれることがある。そのため、設備が正常に稼働していても、それらの要因により誤って異常として判断される問題がある。
【0005】
つぎに対象設備の稼働音に基づいて診断する方法も考えられるが、複数の設備がある環境下では、様々な種類の稼働音が複雑に混ざりあってしまい、どの設備に異常があるかどうかを判断ができないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-123229
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Lee,D.D.,Seung,H.S.,“Algorithms for nonnegative matrix factorization”,Advances in Neural Information Processing Systeme 13,pp.556-562,(2000)
【非特許文献2】Judith C. Brown: Calculation of a constant Q spectral transform, J. Acoust. Soc. Am., 89(1):425-434, 1991
【非特許文献3】V. Paul Pauca, J. Piper, Robert J. Plemmons,“Nonnegative matrix factorization for spectral data analysis”, Linear Algebra and its Applications 416 (2006) 29-47
【非特許文献4】C. Boutsidisa, E. Gallopoulosb,“SVD based initialization:Ahead start for nonnegative matrix factorization”,Pattern Recognition 41 (2008) 1350-1362
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
(1)そこで、特許文献1に示すように、設備の状態を示すセンシングデータをもとに振幅スペクトログラムと非負値行列因子分解(Non-negative Matrix Factorization:NMF)を組み合わせた診断方法が提案されている
この診断方法は、電気設備などの設備に設置した加速度/音響センサから得られる断続的な振動波形データを対象に、振幅スペクトログラムに変換後にNMFを用いて基底行列と係数行列とに分解し、これを特徴量として異常検出を行っている。
【0009】
このとき異常検出には、診断データの係数行列とあらかじめ正常データで求めておいた基底行列との乗算値を求め、当該の振幅スペクトログラムとの差分から異常を判定する方法が用いられている。
【0010】
(2)NMFは、非特許文献1に示すように、非負の行列をより低ランクの2つの非負の行列に分解する次元圧縮手法である。このNMFを用いた特許文献1の診断手法では、前述した問題を解決できないおそれがある。
【0011】
すなわち、NMFの導出は、初期値として2つの行列にランダムな数値を与えたうえで、目的関数を最小化するように反復更新を行うことで最適解を求めるのが一般的である。
【0012】
振幅スペクトログラムにNMFを適用すると、周波数成分を含む行列と時系列成分を含む行列が得られる。図1に示すように、NMFでは、振幅スペクトログラムを表す「I×J(I,Jは共に2以上の自然数)」の行列は、両者の積が当該行列となる「I×Kの行列(以下、基底行列と呼ぶ。)」と、「K×Jの行列(以下、係数行列と呼ぶ。)」に分解される。
【0013】
ここで「K」は「I,J」のいずれをも超えない基底数であり、もとの行列に近似するように規定するものである。前述した2つの行列には、各基底のベクトル(基底行列はI次元列ベクトル,係数行列はJ次元行ベクトル)にもとの行列が持つ潜在的要素が現れる。例えば図2に示す基底行列のように、振幅スペクトログラムに含まれる要素が基底ごとに異なる周波数のピークとして表れる。
【0014】
実環境において収集した音響信号には、対象設備の稼働音以外に周囲環境から発せられる様々な音(雑音/ノイズ)が含まれる。この信号に対して先行技術のNMFを適用した場合、生成される行列の同一基底には雑音などの影響により複数の要素が現れることが想定される。
【0015】
特にNMFの初期値をランダムな数値で与えた場合は、試行ごとに異なった値をとるため、生成される行列の値は一意に定まらない。その結果、対象設備の稼働音に絞った診断ができず、これにより前述の課題を解決できない場合が生じる。
【0016】
(3)本発明は、このような従来の問題を解決するためになされ、対象設備の周辺環境から発せられる様々なノイズや複数設備の稼働時などセンサの設置状況の外乱に左右されることなく、対象設備の稼働音に絞った診断を実現し、診断の正確性の向上を図ることを解決課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
(1)本発明の一態様は、対象設備の稼働時に取得された振動波形データに基づき異常を検出し、対象設備を診断するシステムであって、
前記振動波形データから時間周波数情報を表す振幅スペクトログラムを生成する時間周波数変換部と、
前記振幅スペクトログラムに基づき制約付きNMF(Constrained Non-negative Matrix Factorization:CNMF)を用いて特徴量を算出する特徴量算出部と、
あらかじめ前記対象設備の正常状態の前記特徴量から正常情報を生成し、前記正常情報を保持する正常情報算出部と、
前記対象設備の診断時における前記特徴量を診断情報として生成し、前記正常情報と前記診断情報との差を異常値として算出し、前記異常値と閾値との対比に応じて前記対象設備の異常を検出する異常検知部と、
を備え、
前記特徴量算出部は、行列「I×J」で表される振幅スペクトログラムに対して、基底数KとしてCNMFを適用し、「I×K」の基底行列と「K×J」の係数行列とを前記特徴量として算出し、
前記正常情報算出部は、前記対象設備の正常稼働時に算出された複数の前記基底行列および前記係数行列から前記正常情報を生成し、
前記異常検知部は、前記診断時情報の基底行列および係数行列に対して、正常情報と同列同行から基底ベクトルおよび係数ベクトルとを抽出し、該両ベクトルに基づき前記異常値を算出することを特徴としている。
【0018】
(2)本発明の他の態様は、コンピュータを用いて対象設備の稼働時に取得された振動波形データに基づき異常を検出し、対象設備を診断する方法であって、
前記振動波形データから時間周波数情報を表す振幅スペクトログラムを生成する時間周波数変換ステップと、
前記振幅スペクトログラムに基づき制約付きNMF(Constrained Non-negative Matrix Factorization:CNMF)を用いて特徴量を算出する特徴量算出ステップと、
あらかじめ前記対象設備の正常状態の前記特徴量から正常情報を生成し、前記正常情報を保持する正常情報算出ステップと、
前記対象設備の診断時における前記特徴量を診断情報として生成し、前記正常情報と前記診断情報との差を異常値として算出し、前記異常値と閾値との対比に応じて前記対象設備の異常を検出する異常検知ステップと、
を有し、
前記特徴量算出ステップにおいて、行列「I×J」で表される振幅スペクトルに対して、基底数KとしてCNMFを適用し、「I×K」の基底行列と「K×J」の係数行列とを前記特徴量として算出し、
前記正常情報算出ステップにおいて、前記対象設備の正常稼働時に算出された複数の前記基底行列および前記係数行列から前記正常情報を生成し、
前記異常検知ステップにおいて、前記診断時情報の基底行列および係数行列に対して、正常情報と同列同行から基底ベクトルおよび係数ベクトルとを抽出し、該両ベクトルに基づき前記異常値を算出することを特徴としている。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、対象設備の周辺環境から発せられる様々なノイズや複数設備の稼働時などセンサの設置状況の外乱に左右されることなく、対象設備の稼働音に絞った診断を実現し、診断の正確性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】(a)は入力行列(振幅スペクトログラム)の概略図、(b)はNMFによる行列分解された基底行列の概略図、(b)は同係数行列の概略図。
図2】(a)は振幅スペクトログラムのグラフ、(b)はNMFの基底行列に表れる潜在的要素を示すグラフ、(c)は同係数行列に表れる潜在的要素を示すグラフ。
図3】本発明の実施形態に係る診断システムの対象設備の構成図。
図4】同 診断システムの全体構成図。
図5】(a)は時間周波数変換部に入力される音響データの一例を示すグラフ、(b)は(a)の定Q変換後を示すグラフ。
図6】同 学習フェーズで動作する処理部の構成図。
図7】同 診断フェーズで動作する処理部の構成図。
図8】実施例の計測イメージ図
図9】(a)は正常稼働状態時の信号波形を示すグラフ、(b)は(a)の定Q変換後の振幅スペクトログラムを示すグラフ。
図10】(a)は異常稼働状態時の信号波形を示すグラフ、(b)は(a)の定Q変換後の振幅スペクトログラムを示すグラフ。
図11】(a)は図9(b)にCNMF適用後の基底行列と係数行列とを示すグラフ、(b)は図10(b)にCNMF適用後の基底行列と係数行列とを示すグラフ。
図12】基底ベクトル・係数ベクトルと正常スペクトログラムの生成を示す説明図。
図13】異常度算出の経過を示す説明図。
図14】(a)は振幅スペクトルグラムを示すグラフ、(b)はNMFの基底行列・係数行列を示すグラフ、(c)はCNMFの基底行列・係数行列を示すグラフ。
図15】(a)はNMFの初期値(基底行列・係数行列)を示すグラフ、(b)は(a)の更新後(基底行列・係数行列)を示すグラフ。
図16】(a)は振幅スペクトログラムのグラフ、(b)はNNDSVDによる初期値(基底行列・係数行列)を示すグラフ。
図17】(a)は基底ベクトルを選択しない場合の相対誤差の説明図、(b)は基底ベクトルを選択する場合の相対誤差の説明図、(c)は(a)(b)の比較図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態に係る診断システム(診断方法)を説明する。図3中の1は、診断対象の設備の一例として回転機設備を示している。この回転機設備1は、低圧モータ2・回転体3・軸受ベアリング4を備え、商用電源5から電源供給されている。
【0022】
前記診断システムは、回転機設備1の異常を検出し、同設備1の正常/異常を判定する。ここでは一例として音響センサ6cのセンシングデータ、即ち音響信号に基づく診断を説明する。
【0023】
≪基本的な考え方≫
(1)前記診断システムは、音響信号から振幅スペクトログラムの変換に非特許文献2の定Q変換を使用する。この定Q変換は、周波数帯域で同じ波数になるように、周波数ごとに参照するデータ数(時間窓長)を変えて周波数成分に変換する手法である。定Q変換を用いることで、低周波帯域での細かい周波数解像度を得ると同時に高周波帯域での早い変化を捉えることができる。
【0024】
(2)振幅スペクトログラムの特徴抽出には、非特許文献3のCNMF(Constrained Non-negative Matrix Factorization)を用いる。
【0025】
CNMFは、基底行列と係数行列を求めるための目的関数に制約項を付加することで、よりスパース(sparse)性のある表現ができるようにNMFを拡張した手法である。これにより基底ごとに独立した要素に分解することが可能となる。
【0026】
ここでCNMFのアルゴリズムを説明すれば、式(1)に示すように、CNMFは振幅スペクトルグラム「Vi、j」を非負の基底行列「Wi,k」,係数行列「Hk,j」の線形和で近似することを考える。
【0027】
【数1】
【0028】
振幅スペクトルグラムVと行列WHとの剥離度基準には、2乗誤差基準を採用する。具体的には式(2)で表される目的関数Dについて非負値を保ったまま最小化する基底行列W,係数行列Hを求める。この基底行列W,係数行列Hを振幅スペクトログラムの特徴量とする。なお、「α,β」は任意に設定可能とする。
【0029】
【数2】
【0030】
また、基底行列Wと係数行列Hとは、式(3)に示す更新式の反復計算により算出することができる。
【0031】
【数3】
【0032】
(3)CNMFの初期値に非負2重特異値分解(Nonnegative Double Singular Value Decomposition:NNDSVD)を用いる。
【0033】
非特許文献4に示すように、NNDSVDは特異値分解に基づき入力から初期値を生成する方法である。振幅スペクトログラムを「I行J列」の2次元行列とすると、初期値を求めるには特異値分解を行ったのち第1特異値と該特異値に対応する左特異ベクトルとの積からI次元列ベクトルを求める。同様に第1特異値と該特異値に対応する右特異ベクトルとの積からJ次元行ベクトルを求める。
【0034】
つづく第2特異値からは特異ベクトルに負の値が含まれるため、非負になるよう取り除きながら列ベクトルと行ベクトルを基底数Kだけ求めていく。最後に、I次元列ベクトルをKだけ並べた「I×K」の行列を基底行列の初期値、J次元行ベクトルKだけ並べた「K×J」行列を係数行列の初期値に与える。
【0035】
この場合、第1特異値と該特異値に対応する特異ベクトルとの積は元の行列を最もよく表現できる成分を示す。すなわち、スペクトログラムにおいて対象設備の稼働音の成分が相対的に大きければ、基底行列では1列目のI次元列ベクトにその成分が現れ、係数行列では1行目のJ次元行ベクトルにその成分が現れる。
【0036】
稼働音よりも周囲の環境音やノイズ等の成分が大きい、あるいは同一の場合は、人の判断によって稼働音の成分を含むI次元列ベクトルとJ次元行ベクトルをそれぞれ基底行列と係数行列から選択してもよい。
【0037】
この基底行列のI次元列ベクトル(以下、基底ベクトルと呼ぶ。)および係数行列のJ次元行ベクトル(以下、係数ベクトルと呼ぶ。)を初期値に使用することで稼働音に絞った診断が実現できる。また、特異値分解に基づく初期値は一意に決まるため、前述した問題を解決することができる。
【0038】
≪システム構成≫
図4に基づき前記診断システムの構成例を説明する。図4中の10は、前記診断システムを示している。
【0039】
前記診断システム10は、コンピュータにより構成され、通常のハードウェアリソース(CPU,RAM,ROM,HDD,SSDなど)を備える。このハードウェアリソースとソフトウェアリソース(OS,アプリケーションなど)との協働の結果、前記診断システムは、時系列信号取得部11,時間周波数変換部12,特徴量算出部13,正常情報算出部14,異常検知部15,表示部16を処理部として実装する。
【0040】
(1)音響センサ6cには、例えばマイクロフォンなどの集音装置が用いられ、回転機設備1の稼働音を連続計測する。ここで計測された稼働音は音響信号として時系列信号取得部11に入力される。このとき時系列信号取得部11は、入力された音響信号をA/D変換し、変換後の音響信号を定期的に任意の時間幅の音響データとしてHDD/SSDなどの記憶装置に記録する。
【0041】
(2)時間周波数変換部12は、図5(a)(b)に示すように、時系列信号取得部11により記録された音響データを任意の時間幅ごとに時間周波数情報を示す振幅スペクトログラムに変換する。ここでは振幅スペクトログラムの変換・生成には非特許文献2の定Q変換を用いる。生成された振幅スペクトログラムは横軸を時間・縦軸を周波数で表される2次元行列であり、振幅スペクトログラムを「I×J」の行列とすると、(i,j)成分は音響データの大きさ(音圧・パワー値)を示す。
【0042】
(3)特徴量算出部13は、時間周波数変換部12にて生成される振幅スペクトログラムをもとに特徴量を求める。特徴量の抽出には、前述のNNDSVDで生成した初期値を与えたCNMFを用いる。
【0043】
このとき「I×J」の行列で表される振幅スペクトログラムに対して基底数KとしてCNMFを適用すれば、生成される行列は「I×K」の基底行列(周波数スペクトル)と、「K×J」の係数行列(周波数スペクトルの時間的変化)が求められる。なお、特徴量算出部13は、基底行列と係数行列とを特徴量として正常情報算出部14および異常検知部15に出力する。
【0044】
(4)正常情報算出部14は、あらかじめ回転機設備1の正常稼働時に抽出された特徴量を学習して回転機設備1の正常情報(正常データ/学習データ)を生成し、生成された正常情報を記憶装置に記憶させる。この動作を学習フェーズ(図6参照)と呼ぶ。
【0045】
学習フェーズの処理内容を説明すれば、まず正常情報算出部14には回転機設備1の正常稼働時の所定期間に特徴量算出部13で求めた複数の基底行列および係数行列が入力され、該入力された情報に基づき正常情報を求める。
【0046】
このとき初めに基底行列から1列目の基底ベクトルを抽出し、係数行列から1行目の係数ベクトルを抽出し、これを正常時のすべての基底行列と係数行列とに順次に行う。あるいは事前に定めた所定の番号の列・行から基底ベクトルおよび係数ベクトルを抽出してもよい。この両ベクトルの抽出を正常時のすべての基底行列および係数行列に対して実行する。
【0047】
つぎに生成された基底ベクトル群に対して、成分(番号)ごとに代表値(最小値・平均値など)を求めて1つの基底ベクトルとする。また、係数ベクトルについても同様の処理計算を行って1つの係数ベクトルとする。
【0048】
この2つのベクトルの積をとることで振幅スペクトルグラムと同じ大きさを持つ行列を生成する。これを正常スペクトログラムと呼び、生成された正常スペクトルグラムは記憶装置に正常情報として記憶される。ここで記憶された正常情報は、診断時に異常検知部15に出力される。
【0049】
(5)異常検知部15は、正常情報算出部14で生成された正常情報、即ち正常スペクトログラムを用いて回転機設備1を診断する。ここでは回転機設備1の診断時における音響信号を診断データ(診断情報)とし、特徴量算出部13にて求めた診断データの特徴量に基づき異常の検知を行う。この動作を診断フェーズ(図7参照)と呼ぶ。
【0050】
診断フェーズの処理内容を説明すれば、まず異常検知部15は診断データの基底行列と係数行列とに対して、正常情報と同列・同行から基底ベクトルおよび係数ベクトルを抽出する。ここで抽出された2つのベクトルの積をとることで振幅スペクトログラムと同じ大きさの行列を生成する。これを診断スペクトルグラムと呼ぶ。
【0051】
つぎに診断スペクトログラムと正常スペクトログラムとを比較し、両スペクトログラム間の差を異常値として算出する。算出された異常値に基づき回転機設備1の異常検知を行う。
【0052】
ここで正常スペクトログラムV,診断スペクトログラムVとすれば、異常値Eは、式(4)のフロベニウスノルムの2乗を用いて算出することができる。
【0053】
【数4】
【0054】
異常検知部15は、異常値Eの値が事前設定の閾値を超えていれば、回転機設備1を異常状態と判定する。一方、異常値Eの値が前記閾値を超えていなければ、回転機設備1を正常状態と判定する。この各判定は、診断結果として表示部16に出力されてモニタなどに表示される。
【0055】
≪実施例≫
実施例として小型モータを対象設備とした異常診断を説明する。本実施例では、小型モータに異物が混入させ、ある時点から異音の発生する状態とした。また、現場にマイクロフォンを設置して稼働音を録音した。このときの測定条件およびデータ取得期間は、以下のとおりである。
・測定条件
サンプリングサイズ:441,000
サンプリング周波数:44,000Hz
サンプリング時間:1min
録音停止時間:9min
・データ取得期間
正常動作状態:42時間 計測252回
異音混入状態:1時間 計測6回
(1)学習フェーズ
学習フェーズでは、図8に示すように、9分毎に1分間の計測を行って録音開始後の6サンプル(正常サンプル)を正常稼働時の音響信号に用いた。まず、正常サンプルに対して、図9(a)(b)に示すように、時間周波数変換部12により定Q変換を実行した。
【0056】
この定Q変換後の振幅スペクトログラムに対して、図11(a)に示すように、特徴量算出部13によりCNMFを実行し、特徴量(基底行列・係数行列)を求めた。なお、表1は定Q変換の条件を示し、表2はCNMFの条件を示している。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
つぎに図12に示すように、正常情報算出部14により1列目の基底ベクトルと1行目の係数ベクトルとを抽出し、それぞれ基底ベクトルと係数ベクトルとする。その後、基底ベクトル群および係数ベクトル群の各成分の最小値を計算することにより、それぞれ1つに絞り込む。
【0060】
すなわち、基底ベクトル群の各周波数ビン(パワースペクトルの周波数ポイント)の最小値を正常基底ベクトルとして取得し、係数ベクトル群の時間毎の最小値を正常係数ベクトルとして取得する。この2つのベクトルの積から正常情報の正常スペクトログラムを生成した。
【0061】
(2)診断フェーズ
診断フェーズでは、学習サンプルとは別に録音した異音発生時以降の6サンプル(診断サンプル)を用いた。この診断サンプルに対して、まず時間周波数変換部12にて定Q変換を行った後、特徴量算出部13にてCNMFを実行することで特徴量(基底行列・係数行列)を求めた。
【0062】
つぎに異常検知部15にて正常情報算出部14と同様に基底ベクトルと係数ベクトルとを求め、その後に診断スペクトログラムを生成し、正常スペクトログラムとの異常度を算出した。
【0063】
図13に基づき異常度の判定を説明する。図13中の横軸はサンプル番号を示し、縦軸は異常度を示し、サンプル番号1~6は正常サンプルを示し、サンプル番号7~12は診断サンプルを示している。ここではサンプル番号7以降は、異常度が急激に大きくなっており、サンプル番号1~6とのマージンの異常増加を確認でき、その増加が閾値を超えていれば異常と検知される。
【0064】
≪比較説明≫
図14図18に基づき前記診断システム10の診断を従来技術と比較し、その効果を説明する。
【0065】
(1)図14に基づきNMFとCNMFとを比較する。ここで図14(a)は、両者の対象となる振幅スペクトログラムを示している。
【0066】
図14(b)は、図14(a)に対するNMFの基底行列・係数行列を示している。ここでは基底行列に着目しても基底ごとの周波数スペクトルの違いはなく、稼働音と外乱(ノイズなど)とに周波数成分を分離することができない。そのため、行列全体を使って診断する必要があり、そこには外乱が多く含まれ、診断結果が外乱に左右されるおそれがある。
【0067】
一方、図14(c)は、図14(a)に対するCNMFの基底行列・係数行列を示している。ここでは基底行列に着目すれば各基底の周波数スペクトルは独立しており、基底ごとに独立した要素に分解することが可能である。
【0068】
したがって、回転機設備1の稼働音と外乱とに周波数成分を分離でき、外乱の成分を除いて安定した診断が可能となる。この点で前記診断システム10によれば、回転機設備1の稼働音に絞った診断を実現でき、診断の正確性を向上させることを期待できる。
【0069】
(2)一般的にNMFの初期値は、図15(a)に示すように、初期値にランダムな非負値を使用する。そうすると乱数の値が変わると初期値が変更され、目的関数を最小化する基底行列・係数行列の更新(式(3)参照)実行後、図15(b)に示すように、更新結果が変わるおそれがある。
【0070】
これに対して前記診断システム10は、CNMFの基底行列・係数行列の初期値にNNDSVDを使用する。例えば図16(a)の振幅スペクトログラムにNNDSVDを適用すれば、図16(b)の基底行列W・係数行列Hが得られ、ランダムな値を用いた問題は解消しうる。
【0071】
また、図16(b)に示すように、基底1にはスペクトログラムの強度が最大の周波数(主成分)が出現する(前記更新後も同様)。したがって、前記診断システム10によれば、NNDSVDをCNMFの初期値に使用することでランダムな初期値よりもスパース性のある表現ができ、基底ごとの分解精度の向上が期待できる。
【0072】
その結果、音の発生源ごとに独立した要素を示すベクトルを得ることができ、回転機設備1の稼働音への絞り込みを精度良く行ことが可能となる。これにより回転機設備1の周囲環境から発生られる外乱に診断結果が左右されることなく、この点で診断の正確性がさらに向上する。
【0073】
(3)なお、図17(a)(c)に示すように、基底ベクトルを選択しない場合には相対誤差が大きく不安定となるおそれがある。これに対して、図17(b)(c)に示すように、基底1を選択すれば相対誤差が小さく、診断精度が安定する効果も得られる。
【0074】
≪その他・他例≫
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、各請求項に記載された範囲内で変形して実施することができる。例えば音響センサ6cのセンシングデータには限らず、時系列に振幅を計測して時系列信号を得られる振動波形データであれば前記診断システム10による診断を適用することが可能である。
【0075】
したがって、図3中の電流センサ6aで回転機設備1の低圧モータ2の入力電流を計測したセンシングデータ、あるいは振動センサ6bで同設備1の軸受ベアリング4の振動を計測したセンシングデータなどを用いてもよい。
【符号の説明】
【0076】
1…回転機設備
2…低圧モータ
3…回転体
4…軸受ベアリング
5…商用電源
6a…電流センサ
6b…振動センサ
6c…音響センサ
10…異常診断システム
11…時系列信号取得部
12…時間周波数変換部
13…特徴量算出部
14…正常情報算出部
15…異常検知部
16…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17