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特開2024-87255分析用液体試料調製装置及び分析用液体試料調製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087255
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】分析用液体試料調製装置及び分析用液体試料調製方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/12 20060101AFI20240624BHJP
   G01N 1/38 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
G01N1/12 B
G01N1/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201977
(22)【出願日】2022-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 博史
(72)【発明者】
【氏名】野並 浩
(72)【発明者】
【氏名】上田 光
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA37
2G052AB16
2G052AB27
2G052AC01
2G052AD06
2G052AD26
2G052AD46
2G052BA02
2G052BA14
2G052CA02
2G052CA03
2G052CA04
2G052CA18
2G052CA39
2G052CA46
2G052DA01
2G052DA22
2G052FD01
2G052FD09
2G052GA27
2G052GA28
2G052GA29
2G052HC07
2G052HC15
2G052HC32
2G052JA08
2G052JA11
(57)【要約】
【課題】植物細胞のように微小な分析対象物に含まれる成分を該分析対象物の各々から採取した超微量溶液により分析できるようにする。
【解決手段】本発明の分析用液体試料調製方法は、溶媒と、先端部が毛細管現象により液体を吸引可能な内径を有する吸引部から成る抽出用キャピラリーと、先端部の外径が、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径よりも小さい、測定用キャピラリーとを用意し、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に毛細管現象により前記溶媒を吸引し、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に分析対象物を挿入して該分析対象物に含まれる成分を前記溶媒中に溶出させ、前記吸引部に前記測定用キャピラリーの先端部を挿入して前記溶媒を採取し、前記測定用キャピラリーが採取した前記溶媒を用いて分析用液体試料を調製するものであり、本発明の分析用液体試料調製装置は、前記抽出用キャピラリーと前記測定用キャピラリーとを備えるものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒と、先端部が毛細管現象により液体を吸引可能な内径を有する吸引部から成る抽出用キャピラリーと、先端部の外径が、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径よりも小さい、測定用キャピラリーとを用意し、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に毛細管現象により前記溶媒を吸引し、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に分析対象物を挿入して該分析対象物に含まれる成分を前記溶媒中に溶出させ、
前記吸引部に前記測定用キャピラリーの先端部を挿入して前記溶媒を採取し、
前記測定用キャピラリーが採取した前記溶媒を用いて分析用液体試料を調製する、分析用液体試料調製方法。
【請求項2】
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の外径よりも、先端部の内径が大きい溶媒キャピラリーの該先端部に溶媒を保持させ、前記溶媒キャピラリーの先端部に前記吸引部を挿入して毛細管現象により前記溶媒を吸引する、請求項1に記載の分析用液体試料調製方法。
【請求項3】
前記分析用液体試料が、質量分析計で分析するための試料である、請求項1又は2に記載の分析用液体試料調製方法。
【請求項4】
先端部が、毛細管現象により液体を吸引可能な内径を有する吸引部から成る抽出用キャピラリーと、
先端部の外径が、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径よりも小さい、測定用キャピラリーと
を備える、分析用液体試料調製装置。
【請求項5】
請求項4に記載の分析用液体試料調製装置において、さらに、
支柱と、該支柱に対する取付位置及び取付姿勢の少なくとも一方を変更可能に該支柱に取り付けられた、前記抽出用キャピラリー又は前記測定用キャピラリーを把持する把持部とを有するキャピラリー支持器を備える、分析用液体試料調製装置。
【請求項6】
第4項又は第5項に記載の分析用液体試料調製装置において、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の外径よりも、先端部の内径が大きい溶媒キャピラリーをさらに備える、分析用液体試料調製装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小な分析対象物から液体試料を採取して分析用液体試料を調製する装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球の温暖化の影響により世界中の各所で農作物の受精障害(不受精、不稔)が多発している。植物の受精障害は、特に種子(有胚乳種子、無胚乳種子)を食料とするイネ、麦等のイネ科作物、大豆、小豆等のマメ科作物において収穫量の不安定化を招くことから、温暖化に伴う受精障害の対策を講じる上で受精障害の要因解明は喫緊の課題となっている。
【0003】
被子植物の受精過程では、まず、雌しべの乳頭細胞の表面に多数の花粉粒が接触(受粉)し、各花粉粒と乳頭細胞との間にポレン・フット(pollen foot)が形成される。そして、乳頭細胞から各花粉粒への水供給により該花粉粒の体積が増加する花粉水和と呼ばれる現象が起き、その後、各花粉粒から花粉管が伸長して胚珠に誘導され、受精に至る。
【0004】
受粉後、ポレン・フット形成に先立って、花粉粒表面からピコリットルレベルのポレン・コートと呼ばれる超微量な溶液(以下「超微量溶液」という)が乳頭細胞と1個の花粉粒との間に移動すると考えられている。このような超微量溶液や、乳頭細胞及び花粉粒の細胞溶液を採取して分析し、受粉前後、あるいは受精前後の乳頭細胞、花粉粒における代謝を調べることにより、受精障害の要因を解明できる可能性がある(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Wada H. et al., “On-site single pollen metabolomics reveals varietal differences in phosphatidylinositol synthesis under heat stress conditions in rice.” Scientific Reports, (2020) 10(1) 2013, DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-020-58869-9.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、イネ等の被子植物の花器(雌しべ、又は、雄しべ)の代謝を調べる場合、それぞれの花器組織をまとめて採取し、混合した後、その混合物から抽出した液体試料を液体クロマトグラフィ、キャピラリー電気泳動等を用いて分離分画した後、種々の質量分析計を用いて液体試料に含まれる成分を同定したり、定量したりする手法が採られている。雌しべは子房、花柱、柱頭からなり、柱頭の先端に乳頭細胞が存在する。また、雄しべは、花粉粒を形成する葯及びそれを支える花糸から構成される。上記手法では、雌しべ又は雄しべの花器組織をまとめて分析するため、同定・定量された成分が花器のどの部分に由来するものであるかが分からず、受精障害の原因を正確に解明することが難しいという問題があった。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、植物細胞のように微小な分析対象物に含まれる成分を該分析対象物の各々から採取した超微量溶液により分析できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る分析用液体試料の調製方法は、
溶媒と、先端部が毛細管現象により液体を吸引可能な内径を有する吸引部から成る抽出用キャピラリーと、先端部の外径が、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径よりも小さい、測定用キャピラリーとを用意し、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に毛細管現象により前記溶媒を吸引し、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に分析対象物を挿入して該分析対象物に含まれる成分を前記溶媒中に溶出させ、
前記吸引部に前記測定用キャピラリーの先端部を挿入して前記溶媒を採取し、
前記測定用キャピラリーが採取した前記溶媒を用いて分析用液体試料を調製することを特徴とする。
【0009】
前記溶媒は、分析対象物に含まれる成分を該分析対象物から溶出可能な性質のものを用いる。抽出用キャピラリーの吸引部の内径は、毛細管現象により溶媒を吸引可能な大きさで且つ、分析対象物を挿入可能な大きさであればよい。抽出用キャピラリーの吸引部に毛細管現象により吸引された溶媒は、吸引部の先端を下にしたり、あるいは吸引部を傾けたり水平にしたりしても該吸引部から流れ出ることがない。したがって、作業者は、作業し易いように抽出用キャピラリーの吸引部を適切な傾きに維持した状態で該吸引部に分析対象物を挿入したり、吸引部から分析対象物を取り出したり、あるいは、吸引部に測定用キャピラリーの先端を挿入して溶媒を採取したりすることができる。なお、作業者が自身の手指で抽出用キャピラリーを把持して作業を行っても良いが、所定の器具に抽出用キャピラリーを把持させた状態で作業を行うと、より確実に吸引部を、作業に適切な傾きに維持することができる。また、吸引部には少量の溶媒を吸引して保持することができるため、そのように保持した溶媒に該分析対象物を浸漬して成分を溶出させることができる。
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る分析用液体試料調製装置は、
先端部が、毛細管現象により液体を吸引可能な内径を有する吸引部から成る抽出用キャピラリーと、
先端部の外径が、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径よりも小さい、測定用キャピラリーと、
を備えることを特徴とする。
【0011】
上記の分析用液体試料調製装置においては、さらに、
支柱と、該支柱に対する取付位置及び取付姿勢の少なくとも一方を変更可能に該支柱に取り付けられた、前記抽出用キャピラリー又は前記測定用キャピラリーを把持する把持部とを有する、キャピラリー支持器と、を備えることが好ましい。
【0012】
キャピラリー支持器を備えることにより、本発明の分析用液体試料調製装置では、作業者が作業し易い取付位置、及び/又は取付姿勢となるように抽出用キャピラリー又は測定用キャピラリーを把持部に把持させた状態で、抽出用キャピラリーと測定用キャピラリーを用いて、上記の分析用液体試料調製方法を実施することができる。ここで、取付位置とは、支柱をz軸、支柱に垂直な軸をx軸、y軸(x軸とy軸は直交する)とすると、xyz座標位置をいい、姿勢とは、x軸、y軸、z軸に対する傾斜角度をいう。
【発明の効果】
【0013】
本発明の分析用液体試料調製方法及び装置では、まず、分析対象物中の目的成分を溶出させる溶媒を毛細管現象により抽出用キャピラリーの吸引部に吸引し保持した後、分析対象物を吸引部に挿入して該分析対象物に含まれる成分を溶媒中に溶出させる。その後、分析対象物を吸引部から取り出し、或いは取り出さずにそのまま、測定用キャピラリーを使って前記吸引部内の溶媒を採取して、分析用液体試料を調製する。このように、本発明の分析用液体試料調製方法及び装置によれば、毛細管現象で液体を吸引可能な、内径が非常に小さい吸引部を有する抽出用キャピラリーの該吸引部に溶媒を保持し、そこに分析対象物を挿入して該分析対象物に含まれる成分を溶媒に溶出させた後、前記抽出用キャピラリーの吸引部よりも内径の小さい測定用キャピラリーを使って前記溶媒を採取するため、植物細胞のように微小な分析対象物に含まれる微少量の成分を単独で分析するための分析用液体試料を調製することができる。
【0014】
また、本発明の分析用液体試料調製装置によれば、吸引部に溶媒が保持されている抽出用キャピラリーを把持部に把持させ、作業者が作業し易いような状態に抽出用キャピラリーの吸引部を維持しておくことにより、分析対象物を吸引部に挿入したり、分析対象物を吸引部から取り出したり、あるいは、吸引部に測定用キャピラリーの先端を挿入して溶媒を採取したりする作業を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態に係る分析用液体試料調製装置を構成する溶媒キャピラリー、抽出用キャピラリー、及び測定用キャピラリーを示す図。
図2】抽出用キャピラリー支持器40及び測定用キャピラリー支持器50の概略構成を示す図。
図3】分析用液体試料を調製する方法を説明するための図。
図4】溶媒を保持した抽出用キャピラリーの吸引部に乳頭細胞を挿入する様子を示す顕微鏡写真(a)、前記抽出キャピラリーの吸引部に保持された溶媒に花粉粒が浸漬されている様子を示す顕微鏡写真(b)、溶媒を保持した抽出用キャピラリーの吸引部に受粉後の1花粉粒と乳頭細胞を挿入する様子を示す顕微鏡写真(c)。
図5】抽出用キャピラリーに保持された溶媒(70%メタノール溶液)に花粉粒を38分間、53分間、58分間、60分間、62分間、浸漬することにより得られた溶媒の質量分析結果を示すマススペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について具体的に説明する。
図1及び図2は、本発明に係る分析用液体試料調製装置の一実施形態を示している。この装置は、溶媒キャピラリー10、抽出用キャピラリー20、及び測定用キャピラリー30、抽出用キャピラリー20を支持する支持器(抽出用キャピラリー支持器)40、測定用キャピラリー30を支持する支持器(測定用キャピラリー支持器)50を備えて構成されている。
【0017】
溶媒キャピラリー10、抽出用キャピラリー20、及び測定用キャピラリー30は、石英又はホウケイ酸ガラスから成る。これらキャピラリー10,20,30は、例えば直管状の石英管又はホウケイ酸ガラス管の中央付近にCOレーザを照射し、該中央付近がある程度熱くなった時点で前記管を両側から引っ張って引き伸ばすことにより作成することができる。
【0018】
前記溶媒キャピラリー10はその先端部に溶媒を保持しておくためのものであり、該先端部は、水平にしても内部に保持された溶媒が流出しないような大きさで、且つ、他の2つのキャピラリー20,30よりも大きい内径を有している。
【0019】
抽出用キャピラリー20は、その先端部を溶媒キャピラリー10の先端部に挿入して溶媒を採取するためのものである。抽出用キャピラリー20の先端部は毛細管現象により溶媒を吸引可能な内径を有している。抽出用キャピラリー20の先端部は本発明の吸引部に相当する。以下、抽出用キャピラリー20の先端部を吸引部21と称する。
測定用キャピラリー30は、その先端部を抽出用キャピラリー20の吸引部21に挿入して溶媒を採取するためのものである。本実施形態では、測定用キャピラリー30の先端部は、毛細管現象により溶媒を吸引可能な内径、及び、抽出用キャピラリー20の吸引部21の内径よりも小さい外径を有している。
【0020】
上述した条件を満たす溶媒キャピラリー10、抽出用キャピラリー20、及び測定用キャピラリー30の先端部の内径又は外径の例を以下に示す。以下に示す例は、例えば被子植物の1個の花粉粒や雌しべの乳頭細胞、あるいは1個の花粉粒が接触した雌しべの乳頭細胞を分析対象物とし、該分析対象物に含まれる成分を分析するための分析用液体試料を調製する方法に有用な溶媒キャピラリー10、抽出用キャピラリー20、及び測定用キャピラリー30の組である。
溶媒キャピラリー10:内径53~58μm、外径73μm以下
抽出用キャピラリー20:内径33~38μm、外径45~50μm
測定用キャピラリー30:内径2~4μm、外径3~7μm
【0021】
図2は、抽出用キャピラリー支持器40及び測定用キャピラリー支持器50の概略構成を示している。抽出用キャピラリー支持器40は、支持台41と、該支持台41に立設された、該支持台41に対して略垂直な軸周りに回転自在な支柱42と、該支柱42の上部に支柱42に対して上下動可能に取り付けられた把持部43とを有している。把持部43の側面には、前記支柱42に対して垂直な方向に移動可能な把持具44が取り付けられている。測定用キャピラリー支持器50は抽出用キャピラリー支持器40とほぼ同じ構成であり、支持台51、支柱52、把持部53、把持具54を有している。抽出用キャピラリー支持器40及び測定用キャピラリー支持器50を水平な面に載置したとき、把持具44に把持された抽出用キャピラリー20及び把持具54に把持された測定用キャピラリー30はそれぞれほぼ水平な状態となる。また、把持部43及び把持部53をそれぞれ上下動させて高さ位置を調整することにより、把持具44及び把持具54に把持された両キャピラリーの先端をほぼ同じ高さに位置させることができる。
【0022】
このような構成により、抽出用キャピラリー支持器40を水平面に載置し、その把持具44で抽出用キャピラリー20の基端部を把持すると、抽出用キャピラリー20の吸引部21はほぼ水平な状態となる。この状態で、先端部に溶媒が保持されている溶媒キャピラリー10を水平にし、その先端を吸引部21に近づけて溶媒キャピラリー10に挿入させる。これにより、溶媒キャピラリー10が保持する溶媒が毛細管現象により吸引部21に吸引される。
【0023】
また、抽出用キャピラリー支持器40との間隔を適切に設定して測定用キャピラリー支持器50を水平面に載置し、その把持具54で測定用キャピラリー30の基端部を把持すると、測定用キャピラリー30がほぼ水平な状態となる。また、測定用キャピラリー30の先端部の高さが吸引部21の高さとほぼ同じになるように把持部53の高さを調整する。この状態で、支柱42、52を回転させて、抽出用キャピラリー20の吸引部21と測定用キャピラリー30の先端部が向き合うようにし、把持具44、54のいずれか一方又は両方を支柱42、52に対して垂直方向に移動させることにより、抽出用キャピラリー20の吸引部21に測定用キャピラリー30の先端部を出し入れして、前記吸引部21に吸引された溶媒を毛細管現象により測定キャピラリー30に吸引する。
【0024】
なお、本実施形態では、分析用液体試料調製装置を、溶媒キャピラリー10、抽出用キャピラリー20、測定用キャピラリー30、抽出用キャピラリー支持器40、及び測定用キャピラリー支持器50を備える構成にしたが、これらの全てを備えていなくてもよい。また、上記した以外の構成要素を備えていてもよい。例えば、溶媒キャピラリー10に代えて試験管やビーカー等の容器に溶媒を収容し、そこに抽出用キャピラリー20の吸引部21を挿入し、毛細管現象により溶媒を吸引部21に吸引するようにしてもよく、この場合は、溶媒キャピラリー10を省略することができる。
【0025】
また例えば、分析用液体試料調製装置は、抽出用キャピラリー支持器40及び測定用キャピラリー支持器50の両方、あるいは一方を省略した構成とすることができる。例えば、測定用キャピラリー支持器50で測定用キャピラリー30を把持することに代えて、他の器具で測定用キャピラリー30を把持し、その先端部を抽出用キャピラリー支持器40で把持された抽出用キャピラリー20の吸引部21に挿入してもよく、この場合は、測定用キャピラリー支持器50を省略することができる。
【0026】
また、上記実施形態では、抽出用キャピラリー支持器40及び測定用キャピラリー支持器50は、把持具44及び把持具54の支柱42及び支柱52に対する上下方向の位置(z軸方向の位置)、支柱42及び支柱52に対する垂直方向の位置及び支柱を中心とする回転位置(x軸方向、y軸方向の位置)が変更可能に構成されているが、この構成に代えて、又はこの構成に加えて、把持具44及び把持具54の支柱42及び支柱52に対する姿勢(傾斜角度)が変更可能に構成されていてもよい。例えば、把持部43及び把持部53を支柱42及び支柱52に対して垂直な軸周りに回転自在にすることにより、把持具44及び把持具54の姿勢が変更可能な構成を実現することができる。
【0027】
さらにまた、分析用液体試料調製装置が、抽出用キャピラリー20の吸引部21に吸引された溶媒の体積(量)を調整するための溶媒除去用キャピラリー60(図3参照)や、抽出用キャピラリー20の吸引部21に保持された溶媒に分析対象物を挿入するための操作用キャピラリー61(図3参照)を備える構成としてもよい。
【0028】
次に、上記分析用液体試料調製装置を用いて、分析用液体試料を調製する方法について図3を参照して説明する。
作業を開始する前に、抽出用キャピラリー20及び測定用キャピラリー30をそれぞれ抽出用キャピラリー支持器40の把持具44及び測定用キャピラリー支持器50の把持具54に把持させておく。また、溶媒キャピラリー10の先端部に溶媒70を保持させておく。例えば、溶媒キャピラリー10の先端部を溶媒が収容された容器(図示せず)に挿入し、毛細管現象により溶媒を吸引することで該溶媒を保持することができる。そして、この溶媒キャピラリー10を略水平な状態にし、その先端から抽出用キャピラリー20の吸引部21を挿入する。これにより、溶媒キャピラリー10内の溶媒70が毛細管現象により吸引部21に吸引される(図3の(1))。
【0029】
続いて、溶媒除去用キャピラリー60を用いて、抽出用キャピラリー20の吸引部21のメニスカスが予め設定された位置となるまで該吸引部21内の溶媒を吸引する(図3の(2))。同図には、メニスカスの下端が、吸引部21の先端から500μmの位置にくるよう毛細管現象を利用して調整された例が示されている。これにより、吸引部21内には所定量の溶媒が保持される。溶媒除去用キャピラリー60としては、先端部の外径が、抽出用キャピラリー20の吸引部21に挿入可能な大きさであり、内径が10~20μmの大きさを有するものであればよい。吸引部21に保持されている溶媒が70%メタノール溶液の場合、吸引部21の内径が30μm程度、溶媒除去用キャピラリー60の内径が10~20μmであれば、吸引部21内の70%メタノール溶液が溶媒除去用キャピラリー60に流入する速度がそれほど速くならないため、メニスカスの下端位置を確認しつつ毛細管現象を利用した溶媒量の調整が可能である。なお、溶媒除去用キャピラリー60にマイクロポンプ等を接続し、吸引部21内の溶媒を液体の吸引、吐出(ピペッティング)しつつ溶媒量を調整することも可能である。ただし、この場合は、マイクロポンプに予め封入されているシリコーンオイル等が溶媒に混入するおそれがある。毛細管現象を利用することで、溶媒量の調整時にシリコーンオイル等が溶媒に混入することを回避することができる。
【0030】
次に、抽出用キャピラリー20の吸引部21の先端から分析対象物を挿入し溶媒70に浸漬させる。図3の(3-1)~(3-3)は、それぞれ乳頭細胞、複数個の花粉粒、受粉した1個の花粉粒と乳頭細胞を吸引部21に挿入した例を示している。分析対象物を溶媒に浸漬し、しばらく放置することにより、分析対象物から所定の成分、又は所定の成分を含む物質が溶媒に溶出される。
【0031】
分析対象物を溶媒に浸漬させてから所定時間が経過した後、抽出用キャピラリー20の吸引部21に、シリコーンオイルが充填された測定用キャピラリー30の先端部を挿入する。そして、前記測定用キャピラリー30にマイクロポンプ等を接続して該キャピラリー30内をわずかに陰圧にして吸引部21内の溶媒を吸引し、採取する(図3の(4))。この場合、測定用キャピラリー30内の圧力を適宜調整することにより、所定量の溶媒を採取することができる。測定用キャピラリー30に採取された溶媒(分析対象物からの溶出物を含む溶媒)をそのまま分析装置に導入する場合は、この溶媒が分析用液体試料となり、分析に必要な試薬を前記溶媒に加えたり、該溶媒を希釈したりする等、溶媒を調製した場合は、調製後のものが分析用液体試料となる。分析用液体試料は、その後、分析装置に導入され(図3の(5))、分析対象物から溶出された成分の定性分析(同定)、及び/または定量分析が行われる。
【0032】
なお、上述した溶媒除去用キャピラリー60と同様、測定用キャピラリー30を用いた溶媒の採取も、毛細管現象を利用して行うことができる。この場合も、メニスカスの下端位置を確認しつつ溶媒量の調整が可能である。
【実施例0033】
本発明に係る分析用液体試料調製方法および分析用液体試料調製装置の効果を以下の通り確認した。この実施例では、シロイヌナズナの乳頭細胞、花粉粒、受粉後の花粉粒と乳頭細胞を分析対象物とし、これら分析対象物に含まれる代謝物を、オービトラップ型質量分析装置を用いて分析するための分析用液体試料を調製した。
【0034】
図4は、シロイヌナズナの乳頭細胞、花粉粒、受粉後の花粉粒と乳頭細胞を抽出用キャピラリー20の吸引部21に挿入したときの様子をカメラで撮影した画像である。吸引部21には、溶媒として70%メタノール溶液が保持されている。
乳頭細胞、複数個の花粉粒、受粉した1個の花粉粒と乳頭細胞をそれぞれ吸引部21に挿入し、所定時間放置することにより、各分析対象物から乳頭細胞ワックス、ポレン・コート(pollen coat)、ポレン・フット(pollen foot)由来の成分が溶媒中に溶出される。この溶媒をオービトラップ型質量分析装置に導入することにより、溶媒中に溶出された成分(代謝物)を分析することができる。
【0035】
図5は、花粉粒を吸引部21に挿入し、溶媒に浸漬してから38分、53分、58分、60分、62分が経過した後の溶媒をオービトラップ型質量分析計で分析した結果、得られたマススペクトルである。オービトラップ型質量分析計は、サーモフィッシャー・サイエンティフィック社製のOrbitrap Elite(製品名)を用いた。
【0036】
図5に示すマススペクトルからわかるように、花粉粒を70%エタノールに浸漬する時間が経過することに伴い、花粉粒から溶出する成分の組成が少しずつ変化する傾向があることが確認された。また、溶媒に浸漬してから60分経過後のマススペクトルと、その2分後(62分経過後)のマススペクトルを比較したところ、両者の間に若干の差はあるものの組成に大きな変化はなく、類似していた。このことから、反復性、再現性を有する技術であることが確認された。
【0037】
[態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0038】
(第1項)本発明の一態様に係る分析用液体試料調製方法は、
溶媒と、先端部が毛細管現象により液体を吸引可能な内径を有する吸引部から成る抽出用キャピラリーと、先端部の外径が、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径よりも小さい、測定用キャピラリーとを用意し、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に毛細管現象により前記溶媒を吸引し、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部に分析対象物を挿入して該分析対象物に含まれる成分を前記溶媒中に溶出させ、
前記吸引部に前記測定用キャピラリーの先端部を挿入して前記溶媒を採取し、
前記測定用キャピラリーが採取した前記溶媒を用いて分析用液体試料を調製するものである。
【0039】
(第4項)第4項に係る分析用液体試料調製装置は、
先端部が、毛細管現象により液体を吸引可能な内径を有する吸引部から成る抽出用キャピラリーと、
先端部の外径が、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径よりも小さい、測定用キャピラリーと、
を備えるものである。
【0040】
第1項に係る分析用液体試料調製方法、及び第4項に係る分析用液体試料調製装置においては、まずは、抽出用キャピラリーの吸引部に毛細管現象により溶媒を吸引し保持し、その後、分析対象物を吸引部に挿入して該分析対象物に含まれる成分を溶媒中に溶出させる。そして、分析対象物を吸引部から取り出し、或いは取り出さずにそのまま、測定用キャピラリーを使って前記吸引部内の溶媒を採取して、分析用液体試料を調製する。このように、第1項に係る分析用液体試料調製方法によれば、毛細管現象で液体を吸引可能な、内径が非常に小さい吸引部を有する抽出用キャピラリーの該吸引部に溶媒を保持し、そこに分析対象物を挿入して該分析対象物に含まれる成分を溶出させ、その後、前記抽出用キャピラリーの吸引部よりも内径の小さい測定用キャピラリーを使って前記溶媒を採取するため、植物細胞のように微小な分析対象物に含まれる微少量の成分を単独で分析するための分析用液体試料を調製することができる。
【0041】
第1項に係る分析用液体試料調製方法および第4項に係る分析用液体試料調製方法においては、動物組織や細胞、植物組織や細胞、菌類等を分析対象物とすることができ、抽出用キャピラリーの内径は、分析対象物の大きさに応じた適宜の大きさに設定することができる。また、上記のようにして調製された分析用液体試料は、種々の分析装置で分析することができるが、微量な成分を精度よく分析することができる点で、上記オービトラップ型質量分析計で分析することが好ましい。
【0042】
例えば上記の分析用液体試料調製方法を、受粉前後の乳頭細胞や花粉粒における代謝物を分析するための分析用液体試料を調製するために用いる場合は、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の内径が30μm~40μmであるものとすることが好ましい。前記吸引部の内径をこのような大きさにすることで、乳頭細胞や花粉粒から所定の成分を溶出するための溶媒を毛細管現象により吸引部に吸引し、保持することができるとともに、溶媒を保持する吸引部に被子植物の花器(雌しべ、又は雄しべ)の組織を挿入することができる。
【0043】
(第2項)第2項に係る分析用液体試料調製方法は、第1項に係る分析用液体試料調製方法において、前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の外径よりも、先端部の内径が大きい溶媒キャピラリーの該先端部に溶媒を保持させ、前記溶媒キャピラリーの先端部に前記吸引部を挿入して毛細管現象により前記溶媒を吸引するものである。
【0044】
(第3項)第3項に係る分析用液体試料調製方法は、第1項又は第2項に係る分析用液体試料調製方法において、前記分析用液体試料が、質量分析計で分析するための試料であるものとすることができる。
【0045】
(第5項)第5項に係る分析用液体試料調製装置は、第4項に係る分析用液体試料調製装置において、さらに、支柱と、該支柱に対する取付位置及び取付姿勢の少なくとも一方を変更可能に該支柱に取り付けられた、前記抽出用キャピラリー又は前記測定用キャピラリーを把持する把持部とを有する、キャピラリー支持器を備えるものである。
【0046】
第5項に係る分析用液体試料調製装置によれば、前記抽出用キャピラリー又は前記測定用キャピラリーを、キャピラリー支持器の把持部に把持した状態で前記分析用液体試料を調製するための作業を行うことができる。分析用液体試料調製装置が備えるキャピラリー支持器は1台でもよく、2台でもよい。分析用液体試料調製装置が2台のキャピラリー支持器を備える場合は、一方を抽出用キャピラリー用、他方を測定用キャピラリー用とすることができる。
【0047】
(第6項)第6項に係る分析用液体試料調製装置は、第4項又は第5項に係る分析用液体試料調製装置において、
前記抽出用キャピラリーの前記吸引部の外径よりも、先端部の内径が大きい溶媒キャピラリーをさらに備えるものである。
【符号の説明】
【0048】
10…溶媒キャピラリー
20…抽出用キャピラリー
21…吸引部
30…測定用キャピラリー
40…抽出用キャピラリー支持器
41…支持台
42…支柱
43…把持部
44…把持具
50…測定用キャピラリー支持器
51…支持台
52…支柱
53…把持部
54…把持具
60…溶媒除去用キャピラリー
70…溶媒
図1
図2
図3
図4
図5