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特開2024-87284静脈不全または静脈瘤の治療用ゲルおよびゲル作成キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087284
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】静脈不全または静脈瘤の治療用ゲルおよびゲル作成キット
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/77 20060101AFI20240624BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20240624BHJP
   C08L 71/02 20060101ALI20240624BHJP
   C08G 75/045 20160101ALI20240624BHJP
【FI】
A61K31/77
A61P9/00
C08L71/02
C08G75/045
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202027
(22)【出願日】2022-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】520160440
【氏名又は名称】ジェリクル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】鎌田 宏幸
(72)【発明者】
【氏名】増井 公祐
【テーマコード(参考)】
4C086
4J002
4J030
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086FA02
4C086MA02
4C086MA27
4C086MA66
4C086NA14
4C086ZA36
4J002CH05W
4J002CH05X
4J002GB01
4J002HA04
4J030BA03
4J030BA04
4J030BB07
4J030BF03
4J030BG32
(57)【要約】      (修正有)
【課題】非生物由来の合成物であるポリマー材料を用いて、低侵襲で、麻酔を必要とせず、かつ意図しない遠隔期の血管塞栓の可能性がない下肢静脈瘤の治療に用いるゲルを提供することを課題とする。
【解決手段】分子間の架橋によりハイドロゲルを形成し得る親水性ポリマーを特定の濃度条件で含有し、特定のpH条件及びイオン強度を有する溶液(プレゲル溶液)を調製し、これを血管周辺領域のような中性の環境下においてin-situでゲル化させる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
静脈不全又は静脈瘤の治療用ハイドロゲルを作製するためのポリマー材料キットであって、
第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと、第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bを少なくとも含み;
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリエチレングリコール(PEG)骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーが、それぞれ1x10~1x10の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;
前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、それぞれ10~200g/Lの範囲であり;
前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3.0以上7.8未満であり、イオン強度が0.01~150mMの範囲である、該ポリマー材料キット。
【請求項2】
pHが6.8~7.8の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが上昇することで、前記第1のポリマーと前記第2のポリマーが互いに架橋したハイドロゲルが形成される、請求項1に記載のポリマー材料キット。
【請求項3】
前記ポリマー溶液AとBの混合時から10秒以上の間、前記混合液の粘度が1~200cpの範囲に維持され、かつ、混合後10分経過後における前記混合液が0.1~10Hzの測定周波数においてG’≧G”の関係を有する(ここで、G’ は貯蔵弾性率であり、G”は損失弾性率である。)、請求項1又は2に記載のポリマー材料キット。
【請求項4】
前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.1kPa~500kPaの範囲の浸透圧を有する、請求項1~3のいずれかに記載のポリマー材料キット。
【請求項5】
前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.7~3.5の範囲の平衡膨潤度を有する、請求項1~4のいずれかに記載のポリマー材料キット。
【請求項6】
前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルのゲル化時間が、0.1秒~10分の範囲である、請求項1~5のいずれかに記載のポリマー材料キット。
【請求項7】
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、請求項1~6のいずれかに記載のポリマー材料キット。
【請求項8】
前記第1のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し;前記第2のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する、請求項1~7のいずれかに記載のポリマー材料キット。
【請求項9】
前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、及び-COPhNOよりなる群から選択される、請求項8に記載のポリマー材料キット。
【請求項10】
前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3.0以上7.8未満の範囲である、請求項1~9のいずれかに記載のポリマー材料キット。
【請求項11】
静脈不全又は静脈瘤が、下肢静脈瘤である、請求項1に記載のポリマー材料キット。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、筋膜間(saphenous compartment)注入材。
【請求項13】
請求項1~11のいずれか1に記載のポリマー材料キットを含む、医療機器。
【請求項14】
静脈不全又は静脈瘤治療用ハイドロゲルの製造方法であって、
第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bとの混合液を、pHが6.8~7.8の液体が存在する環境に適用する工程を含み;
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリエチレングリコール(PEG)骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;
前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、それぞれ1x10~1x10の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;
前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、それぞれ10~200g/Lの範囲であり;
前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3.0以上7.8未満であり、イオン強度が0.01~150mMの範囲である、該製造方法。
【請求項15】
前記ポリマー溶液AとBの混合時から10秒以上の間、前記混合液の粘度が1~200cpの範囲に維持され、かつ、混合後10分経過後における前記混合液が0.1~10Hzの測定周波数においてG’≧G”の関係を有する (ここで、G’ は貯蔵弾性率であり、G”は損失弾性率である。)の関係を有する、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記ハイドロゲルが、0.1kPa~500kPaの範囲の浸透圧を有する、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
前記ハイドロゲルが、0.7~3.5の範囲の平衡膨潤度を有する、請求項14~16のいずれかに記載の方法。
【請求項18】
前記ハイドロゲルのゲル化時間が、0.1秒~10分の範囲である、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
pHが6.8~7.8の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液Aと前記ポリマー溶液Bを混合することを含む、請求項14に記載の方法。
【請求項20】
前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3.0以上7.8未満の範囲である、請求項14~19のいずれかに記載の方法。
【請求項21】
請求項1~11のいずれか1に記載のポリマー材料キットにおけるポリマー溶液AとBの混合液を筋膜間(saphenous compartment)に注入することを含む、静脈不全または静脈瘤の治療方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静脈不全または静脈瘤の治療用に有用なゲル及び当該ゲルの作成に好適なポリマー材料キットに関し、さらに、当該ゲルを用いる治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下肢静脈瘤は、足の静脈が太くなってコブ状に浮き出て見えるようになった状態を伴う疾患である。これは、静脈にある逆流防止弁が壊れ、血液が逆流してしまうことで起こる。
【0003】
かかる下肢静脈瘤の治療法として、古典的には、静脈を抜去する方法やレーザーによる血管内焼灼が用いられている。一方、近年では、血管内にシアノアクリレートからなる接着剤を適用し、静脈を閉塞する方法(スーパーグルー)も行われるようになっている。
【0004】
しかしながら、いずれの治療法にも改善されるべき課題が残されている。上述した従来の方法では、外科処置に伴う切開や焼灼、接着剤による正常血管・周囲組織へのダメージが避けられない。レーザー焼灼の後に開発されたスーパーグルー法は、切開および麻酔の必要なく治療が可能という点で優れた方法といえる。しかし、血管内に適用・留置された接着剤は、術中だけでなく遠隔期に意図せず設置場所から剥離してしまい、血管を流れ、その後の血管塞栓を引き起こす可能性がある。
【0005】
こうした背景から、低侵襲で、かつ、麻酔の必要なく、遠隔期の意図しない血管塞栓等の有害事象が原理上起き得ない治療法の開発が望まれている。
【0006】
例えば、欧州特許公開EP2793710A2では、ヒアルロン酸水溶液を血管周辺部へ注入することで、血液の逆流が改善されることが開示されている。しかし、この方法では、注入物が水溶液であるために適用部から時間をかけて徐々に流出してしまい、それに伴い病態改善効果も低減する。そのため、約1年程度には再注入を必要とするなど、医師・患者にとって未だ負担がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】欧州特許公開EP2793710A2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、低侵襲で、麻酔を必要とせず、かつ意図しない遠隔期の血管塞栓の可能性がない、静脈瘤等の治療用のゲルを提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討の結果、分子間の架橋によりハイドロゲルを形成し得る親水性ポリマーを特定の濃度条件で含有し、特定のpH条件及びイオン強度を有する溶液(プレゲル溶液)を調製し、これを浅在筋膜と深在筋膜の間の空間(saphenous compartment)のような中性の環境下においてin-situでゲル化させることによって、同部位近傍の血管を低侵襲かつ半永久的に圧迫できることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0010】
すなわち、本発明は、一態様において、静脈不全や静脈瘤のような血管疾患の治療に好適なハイドロゲルを形成させるためのキットに関し、具体的には、
<1>静脈不全又は静脈瘤の治療用ハイドロゲルを作製するためのポリマー材料キットであって、第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと、第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bを少なくとも含み;前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリエチレングリコール(PEG)骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーが、それぞれ1x10~1x10の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、それぞれ10~200g/Lの範囲であり;前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3.0以上7.8未満であり、イオン強度が0.01~150mMの範囲である、該ポリマー材料キット;
<2>pHが6.8~7.8の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが上昇することで、前記第1のポリマーと前記第2のポリマーが互いに架橋したハイドロゲルが形成される、上記<1>に記載のポリマー材料キット;
<3>前記ポリマー溶液AとBの混合時から10秒以上の間、前記混合液の粘度が1~200cpの範囲に維持され、かつ、混合後10分経過後における前記混合液が0.1~10Hzの測定周波数においてG’≧G”の関係を有する(ここで、G’ は貯蔵弾性率であり、G”は損失弾性率である。)、上記<1>又は<2>に記載のポリマー材料キット;
<4>前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.1kPa~500kPaの範囲の浸透圧を有する、上記<1>~<3>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<5>前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルが、0.7~3.5の範囲の平衡膨潤度を有する、上記<1>~<4>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<6>前記第1のポリマーと前記第2のポリマーにより形成される前記ハイドロゲルのゲル化時間が、0.1秒~10分の範囲である、上記<1>~<5>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<7>前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーが、2分岐、3分岐又は4分岐のポリエチレングリコールである、上記<1>~<6>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<8>前記第1のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し;前記第2のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有する、上記<1>~<7>のいずれかに記載のポリマー材料キット;
<9>前記求核性官能基が、チオール基及びアミノ基よりなる群から選択され、前記求電子性官能基が、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、及び-COPhNOよりなる群から選択される、上記<8>に記載のポリマー材料キット;
<10>前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3.0以上7.8未満の範囲である、上記<1>~<9>のいずれかに記載のポリマー材料キット;及び
<11>静脈不全又は静脈瘤が、下肢静脈瘤である、上記<1>に記載のポリマー材料キット
を提供するものである。
【0011】
別の態様において、本発明は、上記ポリマー材料キットを含む筋膜間注入材及び医療機器に関し、具体的には、
<12>上記<1>~<11>のいずれか1に記載のポリマー材料キットよりなる、筋膜間(saphenous compartment)注入材;及び
<13>上記<1>~<11>のいずれか1に記載のポリマー材料キットを含む、医療機器
を提供するものである。
【0012】
別の態様において、本発明は、静脈不全又は静脈瘤治療用ハイドロゲルの製造方法及び治療方法にも関し、具体的には、
<14>静脈不全又は静脈瘤治療用ハイドロゲルの製造方法であって、第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bとの混合液を、pHが6.8~7.8の液体が存在する環境に適用する工程を含み;前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリエチレングリコール(PEG)骨格を有する親水性ポリマーの組み合わせであり;前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、それぞれ1x10~1x10の範囲の重量平均分子量(Mw)を有し;前記ポリマー溶液A及びB中における前記第1のポリマー及び前記第2のポリマーの濃度は、それぞれ10~200g/Lの範囲であり;前記ポリマー溶液AとBを混合して得られる混合液のpHが3.0以上7.8未満であり、イオン強度が0.01~150mMの範囲である、該製造方法;
<15>前記ポリマー溶液AとBの混合時から10秒以上の間、前記混合液の粘度が1~200cpの範囲に維持され、かつ、混合後10分経過後における前記混合液が0.1~10Hzの測定周波数においてG’≧G”の関係を有する (ここで、G’ は貯蔵弾性率であり、G”は損失弾性率である。)の関係を有する、上記<14>に記載の方法;
<16>前記ハイドロゲルが、0.1kPa~500kPaの範囲の浸透圧を有する、上記<14>又は<15>に記載の方法;
<17>前記ハイドロゲルが、0.7~3.5の範囲の平衡膨潤度を有する、上記<14>~<16>のいずれかに記載の方法;
<18>前記ハイドロゲルのゲル化時間が、0.1秒~10分の範囲である、上記<14>に記載の方法;
<19>pHが6.8~7.8の液体が存在する環境において、前記ポリマー溶液Aと前記ポリマー溶液Bを混合することを含む、上記<14>に記載の方法;
<20>前記ポリマー溶液A及びBのpHが、いずれも3.0以上7.8未満の範囲である、上記<14>~<19>のいずれかに記載の方法;及び
<21>上記<1>~<11>のいずれか1に記載のポリマー材料キットにおけるポリマー溶液AとBの混合液を筋膜間(saphenous compartment)に注入することを含む、静脈不全または静脈瘤の治療方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、静脈不全や静脈瘤により機能しなくなった静脈弁近傍の筋膜間(saphenous compartment)に対し、注入時には液体で、注入後にハイドロゲル(固体)となるポリマー溶液を注入でき、形成されたゲルは患部に半永久的に滞留し、下肢静脈瘤等の病態が半永久的に改善することができる。また、本発明では、2つのポリマー溶液の混合後に一定時間は液状を維持できるため、複雑な構造の組織に対しても適用できるという利点を有する。
【0014】
本発明で用いるポリマー材料は、人工合成ポリマーであり、従来技術のように動物由来の材料ではないため感染等のリスクを回避できる。また、生体内に通常存在する酵素に対しても耐性があり、生物由来の材料に比して滞留性の面で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、各PEG濃度で調製されたPEG水溶液とその粘度の関係を示すグラフである。
図2図2は、各PEG濃度で調製されたハイドロゲルの水中における平衡膨潤度を示すグラフである。
図3図3は、各PEG濃度におけるハイドロゲルの浸透圧を示すグラフである。
図4図4は、ラットの筋膜間へプレゲル溶液を適用した様子を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0017】
1.本発明のポリマー材料キット
本発明のポリマー材料キットは、静脈不全又は静脈瘤の治療用ハイドロゲルを形成するために好適である。本発明のポリマー材料キットは、第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと、第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bよりなるものであり、当該ポリマー溶液は、分子間の架橋によりハイドロゲルを形成し得る親水性ポリマーを特定の濃度条件で含有し、特定のpH条件及びイオン強度を有することを特徴とする。
【0018】
かかる溶液条件を採用することで、これらポリマー溶液AとBをそのまま混合しただけではゲル化反応が短時間では進行しないが、生体内等で中性付近のpHの液体に触れて該ポリマー混合溶液のpHが上昇することにより、ゲル化が促進され比較的短時間でin-situにおいてハイドロゲルを形成することができる。そして、血管の周辺領域においてかかるハイドロゲルが形成されると静脈を圧迫することができる。その結果として同静脈内部にある静脈弁が物理的に近づくことになり、血流の逆流が抑制され、静脈瘤を効果的に改善することができる。ここで、血管(静脈)の周辺領域とは、典型的には、浅在筋膜と深在筋膜の間の空間(saphenous compartment)を意味し、本明細書中では、当該空間を「筋膜間」と呼ぶ場合がある。
【0019】
従来の静脈不全または静脈瘤の治療目的の注入材では、10~5000cP(最も好ましくは30~2000cP)という高い粘度が必要とされている。そのほか、粘膜下に注入する粘膜隆起材ムコアップ (0.4%ヒアルロン酸水溶液)の粘度は容易に流れ出ないことを期待するものとして16.7cPである。この値は一般に高粘性と考えられており、流出性は低いものの、ときに注入性が悪いと言われ、実際、注入するデバイス側の工夫がよく行われている。このように、従来の医療用目的の注入材は粘性を上げるアプローチが一般的であり、粘性が低い液体を利用するという発想はこれまでになかったものである。
【0020】
これに対し、本発明は、注入時の粘度は低いながらも、注入後に粘度が時間経過とともに上がり、最終的には固体となるいわゆるインジェクタブルゲルに着目したものである。注入に際して好ましい粘度は、一般に高粘性と言われる液体よりも低い、例えば10cP以下とすることができる。これならば通常のシリンジや注射針で容易に注入することができる。一方で、一般的なインジェクタブルゲルにおいては、初期の粘性が低い場合には、注入しやすさ自体は得られるものの、固まる前に注入した液体が流出してしまうという欠点が生じる可能性がある。しかしながら、本発明によれば、注入溶液の初期粘度を低く抑えつつ、迅速なゲル化も達成できるため、かかる欠点を解消できる。
【0021】
静脈不全または静脈瘤は、血管拡張に起因する疾患である。本発明は、特に、下肢静脈瘤に対して有効である。
【0022】
以下、本発明のポリマー材料キットに用いられるポリマー材料及び溶液条件について詳細について説明する。
【0023】
(1-1)ポリマー材料
本発明のポリマー溶液A及びBに用いられる第1のポリマー及び第2のポリマーは、いずれも、互いに架橋することでハイドロゲルを形成し得る、ポリエチレングリコール(PEG)骨格を有する親水性ポリマーである。当該親水性ポリマーは、水溶液中でのゲル化反応(架橋反応等)によってハイドロゲルを形成し得るものであれば、当該技術分野において公知のものを用いることができるが、より詳細には、最終的なゲルにおいて、当該ポリマーが互いに架橋にすることにより網目構造、特に、3次元網目構造を形成し得るポリマーであることが好ましい。
【0024】
ポリエチレングリコール(PEG)骨格を有するポリマーとしては、代表的には、複数の分岐を有するPEGが挙げられ、特に、2分岐、3分岐又は4分岐のPEGが好ましい。特に、4分岐型のPEG骨格よりなるゲルは、一般に、Tetra-PEGゲルとして知られており、それぞれ末端に活性エステル構造等の求電子性の官能基とアミノ基等の求核性の官能基を有する2種の4分岐ポリマー間のAB型クロスエンドカップリング反応によって網目構造ネットワークが構築される(Matsunagaら、Macromolecules、Vol.42、No.4、pp.1344-1351、2009)。また、Tetra-PEGゲルは各ポリマー溶液の単純な二液混合で簡便にその場で作製可能であり、ゲル調製時のpHやイオン強度を調節することでゲル化時間を制御することも可能である。そして、このゲルはPEGを主成分としているため、生体適合性にも優れている。
【0025】
また、場合によっては、第1のポリマー及び第2のポリマーは、ポリビニル骨格を有する親水性ポリマーを含むこともでき、そのようなポリビニル骨格を有するポリマーとしては、例えば、ポリメチルメタクリレートなどのポリアルキルメタクリレートや、ポリアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリN-アルキルアクリルアミド、ポリアクリルアミドなどを挙げることができる。
【0026】
第1のポリマー及び前記第2のポリマーは、1x10~1x10の範囲、好ましくは、5x10~8x10の範囲、より好ましくは1x10~2x10の範囲の重量平均分子量(Mw)を有する。
【0027】
好ましくは、第1のポリマー及び第2のポリマーは、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有するポリマーと、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有するポリマーの組み合わせである。例えば、第1のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求核性官能基を有し、第2のポリマーが、側鎖又は末端に1以上の求電子性官能基を有することが好ましい。かかる求核性官能基と求電子性官能基が架橋することによりゲルが形成される。ここで、求核性官能基と求電子性官能基の合計は、5以上であることが好ましい。これらの官能基は、末端に存在することがさらに好ましい。
【0028】
第1及び第2のポリマーに存在する求核性官能基としては、チオール基(-SH)、アミノ基などを挙げることができ、当業者であれば公知の求核性官能基を適宜用いることができる。好ましくは、求核性官能基は-SH基である。求核性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求電子性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0029】
第1及び第2のポリマーに存在する求電子性官能基としては、求核性官能基によって攻撃されうる官能基を用いることができる。このような官能基としては、マレイミジル基、N-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基、スルホスクシンイミジル基、フタルイミジル基、イミダゾイル基、アクリロイル基、ニトロフェニル基、-COPhNO(Phは、o-、m-、又はp-フェニレン基を示す)などを挙げることができ、当業者であればその他の公知の求電子性官能基を適宜用いることができる。好ましくは、求電子性官能基はマレイミジル基またはアクリロイル基である。特に好ましくは、マレイミジル基である。求電子性官能基は、それぞれ同一であっても、異なってもよいが、同一である方が好ましい。官能基が同一であることによって、架橋結合を形成することとなる求核性官能基との反応性が均一になり、均一な立体構造を有するゲルを得やすくなる。
【0030】
末端に求核性官能基を有するポリマーとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのPEG骨格の分岐を有し、末端にチオール基を有する下記式(I)で表される化合物が挙げられる。
【化1】
【0031】
式(I)中、R11~R14は、それぞれ同一又は異なり、C-Cアルキレン基、C-Cアルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO-R17-、-R16-CO-NH-R17-、-R16-CO-R17-、又は-R16-CO-NH-R17-を示し、ここで、R15はC-Cアルキレン基を示し、R16はC-Cアルキレン基を示し、R17はC-Cアルキレン基を示す。)
【0032】
11~n14は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n11~n14の値が近いほど、均一な立体構造をとることができ、高強度となる。このため、高強度のゲルを得るためには、同一であることが好ましい。n11~n14の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n11~n14の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n11~n14は、5~600の整数値が挙げられ、25~500が好ましく、50~120がさらに好ましい。
【0033】
上記式(I)中、R11~R14は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R11~R14は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。R11~R14は、C-Cアルキレン基、C-Cアルケニレン基、-NH-R15-、-CO-R15-、-R16-O-R17-、-R16-NH-R17-、-R16-CO-R17-、-R16-CO-NH-R17-、-R16-CO-R17-、又は-R16-CO-NH-R17-を示す。ここで、R15はC-Cアルキレン基を示す。R16はC-Cアルキレン基を示す。R17はC-Cアルキレン基を示す。
【0034】
ここで、「C-Cアルキレン基」とは、分岐を有してもよい炭素数が1以上7以下のアルキレン基を意味し、直鎖C-Cアルキレン基又は1つ又は2つ以上の分岐を有するC-Cアルキレン基(分岐を含めた炭素数が2以上7以下)を意味する。C-Cアルキレン基の例は、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基である。C-Cアルキレン基の例は、-CH2-、-(CH2)2-、-(CH2)3-、-CH(CH3)-、-(CH2)3-、-(CH(CH3))2-、-(CH2)2-CH(CH3)-、-(CH2)3-CH(CH3)-、-(CH2)2-CH(C25)-、-(CH2)6-、-(CH)2-C(C25)2-、及び-(CH2)3C(CH3)2CH2-などが挙げられる。
【0035】
「C-Cアルケニレン基」とは、鎖中に1個若しくは2個以上の二重結合を有する状又は分枝鎖状の炭素原子数2~7個のアルケニレン基であり、例えば、前記アルキレン基から隣り合った炭素原子の水素原子の2~5個を除いてできる二重結合を有する2価基が挙げられる。
【0036】
一方、末端に求電子性官能基を有するポリマーとして好ましい非限定的な具体例には、例えば、4つのPEG骨格の分岐を有し、末端にN-ヒドロキシ-スクシンイミジル(NHS)基を有する下記式(II)で表される化合物が挙げられる。
【化2】
【0037】
上記式(II)中、n21~n24は、それぞれ同一でも又は異なってもよい。n21~n24の値は近いほど、ゲルは均一な立体構造をとることができ、高強度となるので好ましく、同一である方が好ましい。n21~n24の値が高すぎるとゲルの強度が弱くなり、n21~n24の値が低すぎると化合物の立体障害によりゲルが形成されにくい。そのため、n21~n24は、5~600の整数値が挙げられ、25~500が好ましく、50~120がさらに好ましい。
【0038】
上記式(II)中、R21~R24は、官能基とコア部分をつなぐリンカー部位である。R21~R24は、それぞれ同一でも異なってもよいが、均一な立体構造を有する高強度なゲルを製造するためには同一であることが好ましい。式(II)中、R21~R24は、それぞれ同一又は異なり、C-Cアルキレン基、C-Cアルケニレン基、-NH-R25-、-CO-R25-、-R26-O-R27-、-R26-NH-R27-、-R26-CO-R27-、-R26-CO-NH-R17-、-R26-CO-R27-、又は-R26-CO-NH-R27-を示す。ここで、R25はC-Cアルキレン基を示す。R26はC-Cアルキレン基を示す。R27はC-Cアルキレン基を示す。
【0039】
本明細書において、アルキレン基及びアルケニレン基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、アシル基、又はアリール基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルキルオキシ基やアラルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0040】
また、本明細書において、ある官能基について「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。
【0041】
別の態様として、第1のポリマー又は第2のポリマーの一方を、低分子化合物に置き換えることも可能である。この場合、低分子化合物は、分子内に2以上の求核性官能基又は求電子性官能基を有する。これにより、例えば、第1のポリマーに代えて、分子内に求核性官能基を有する低分子化合物を用い、これと側鎖又は末端に3以上の求電子性官能基を有する第2のポリマーと反応させることで、第2のポリマーをゲル化させることができる。かかる「分子内に求核性官能基を有する低分子化合物」としては、分子内にチオール基を有する化合物を挙げることができ、例えば、ジチオスレイトールを用いることができる。
【0042】
(1-2)ポリマー溶液の条件
本発明のポリマー材料キットを構成するポリマー溶液A及びポリマー溶液Bは、以下に示すポリマー濃度、pH、イオン強度等の各条件を満たすものである。
【0043】
ポリマー溶液A及びB中における第1のポリマー及び第2のポリマーの濃度は、それぞれ10~200g/Lの範囲であり、好ましくは、20~100g/Lの範囲、より好ましくは20~60g/Lの範囲である。かかるポリマー濃度を調整することにより、ゲル化時間を所望の範囲とすることができる。なお、第1及び第2のポリマーの濃度は、上記の範囲を満たす限り、それぞれ同一でも異なっていてもよいが、同一の濃度であることが好ましい。
【0044】
ポリマー溶液A及びBは、これらの溶液を混合して得られる混合液が酸性領域(pH7未満)になるように調整され、好ましくはpHが3.0以上7.8未満の範囲、より好ましくは3.0~5.0の範囲となるように調整される。また、好ましくは、ポリマー溶液A及びBのいずれか一方のpHが3.0以上7.8未満の範囲であり、好ましくは、pHが3.0~5.0の範囲である。ただし、ポリマー溶液AとBの混合液が上記酸性のpH範囲を満たす限り、他方の溶液のpHが7.8を超えるものとなることもできる。典型的な態様では、ポリマー溶液A及びBの両方がこれらのpHの範囲内であることが好ましい。かかる酸性側のpHとすることにより、ポリマー溶液AとBをそのまま混合しただけでは短時間でゲル化反応が生じない(好ましくは、ゲル化反応が進行しない)が、血液等が存在し中性付近のpHを有する環境下で2液を混合した場合(混合溶液を中性付近のpHを有する環境下に適用する場合を含む)には、ポリマー溶液のpHが上昇し、ゲル化反応が促進される。これにより、血液等が存在し中性付近のpHを有する環境下において、比較的短時間でin-situでゲルを形成することができる。ポリマー溶液A及びBのpHは、上記の範囲を満たす限り、それぞれ同一でも異なっていてもよいが、同一のpHであることが好ましい。
【0045】
ポリマー溶液A及びBのpHは、当該技術分野において公知のpH緩衝剤を用いることができる。例えば、クエン酸-リン酸バッファー(CPB)を用い、クエン酸とリン酸水素二ナトリウムの混合比を変えることで、pHを上述の範囲に調節することができる。
【0046】
また、ポリマー溶液A及びBは、これらを混合して得られる混合溶液のイオン強度が0.01~150mMの範囲であり、好ましくは、1~50mMの範囲、より好ましくは1~20mMとなるように調整される。かかるイオン強度を調整することにより、ゲル化時間を所望の範囲とすることができる。個々のポリマー溶液A及びBにおけるイオン強度は、上記の範囲を満たす限り、それぞれ同一でも異なっていてもよいが、同一のイオン強度であることが好ましい。
【0047】
ポリマー溶液A及びBの混合液は、その混合の瞬間から10秒以上、その粘度が1~200cPの範囲、好ましくは1~100cP、更に好ましくは1~10cPの範囲の粘性を維持する。これにより、通常のシリンジや注射針を用いて、複雑な構造の組織に対して容易に適用できるという利点を有する。一方、後述のように、当該混合液の粘度は経過時間と共に増加し、最終的には(例えば、混合後10分経過後において)0.1~10Hzの測定周波数においてG’≧Gの関係を有する物質となり、注入部位にある血管を圧迫し、血流の逆流を抑制することができる。ここで、G’ は貯蔵弾性率であり、G”は損失弾性率である。
【0048】
ポリマー溶液A及びBにおけるポリマー濃度、pH、及びイオン強度の各条件を上述の範囲とすることにより、血液等の体液に相当するpHが6.8~7.8の液体が存在する環境においてこれら溶液を混合する(混合溶液を中性付近のpHを有する環境下に適用する場合を含む)ことで、第1のポリマーと第2のポリマーが互いに架橋したハイドロゲルをin-situで形成することができる。
【0049】
その際のゲル化時間は、即時(例えば、0.1秒)~10分の範囲であることができ、好ましくは、0.1秒~60秒の範囲であり、より好ましくは、1~10秒の範囲である。繰り返しになるが、かかるゲル化時間は、主として、ポリマー溶液におけるポリマー濃度やpH、イオン強度を適宜設定することで調節することができる。ここで、「ゲル化時間」とは、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”が、G’=G”となるまでに要する時間である。
【0050】
ポリマー溶液A及びBにおける溶媒は、水であるが、場合によっては、エタノールなどのアルコール類やその他の有機溶媒を含む混合溶媒とすることもできる。好ましくは、ポリマー溶液A及びBは、水を単独溶媒とする水溶液である。
【0051】
本発明のポリマー材料キットにおけるポリマー溶液A及びBの容量は、それらが適用される血管等の面積や構造の複雑さなどに応じて適宜調節することができるが、典型的には、それぞれ0.1~20mlの範囲、好ましくは、1~10mlである。
【0052】
(1-3)治療用ハイドロゲル
上述のように、第1のポリマー及び第2のポリマーが互いに架橋することによりハイドロゲルを形成することができる。本明細書中において、「ゲル」とは、一般に、流動性を失ったポリマーの分散系であり、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G”においてG’≧G”の関係性を有する状態をいう。また、「ハイドロゲル」は、水を含有するゲルである。
【0053】
当該第1のポリマーと第2のポリマーにより形成されるハイドロゲルは、0.1~500kPaの範囲、好ましくは0.1~100 kPa、更に好ましくは0.1~20kPaの浸透圧を有する。このハイドロゲルの浸透圧の測定には、例えばHayashiら、Nature Biomedical Engineering volume 1, Article number: 0044 (2017)に記載の方法を使う事ができる。
【0054】
また、ハイドロゲルは、好ましくは、0.7~3.5の範囲、より好ましくは、0.9~2.5の範囲、更に好ましくは、0.9~1.5の範囲の平衡膨潤度を有する。これにより、血管等においてハイドロゲルが形成された後に、ゲルが膨張し過ぎることなく、一定期間、患部に留まった際の望ましくない影響を抑えることができる。例えば、膨潤し過ぎる通常のゲルでは、半閉鎖空間とみなすことができる筋膜間等の血管周辺領域や血管自体を損傷する恐れがあるため好ましくない。
【0055】
ここで、「平衡膨潤度」とは、ゲル形成後において時間経過に伴う膨潤度の変化が、平衡状態に達した際の膨潤度の値である。膨潤度は、当該技術分野において慣用される手法により測定することができる。当該膨潤度は、25℃において測定された値を用いることができる。
【0056】
また、第1のポリマーと第2のポリマーにより形成されるハイドロゲルは、好ましくは、1x10~4x10Paの範囲のヤング率を有する。これにより、血管周囲において形成されたハイドロゲルが、一定期間、患部に留まるための適切な強度を有するものとすることができる。
【0057】
2.本発明の治療方法等
本発明は、別の観点において、ポリマー材料キットを用いてハイドロゲルを形成することにより、静脈不全又は静脈瘤を治療する方法にも関する。具体的には、当該方法は、ポリマー材料キットを用いて形成したハイドロゲルを血管の周辺領域、特に筋膜間(saphenous compartment)に注入することを含む。
【0058】
上述のように、本発明のポリマー材料キットを用いて、ポリマー溶液AとBを筋膜間に適用して、in-situでゲルを形成させることにより、血管内部の静脈弁が近接して、血流の逆流を抑制することができる。これにより、静脈瘤を効果的に改善することができる。したがって、本発明は、一態様において、上記ポリマー材料キットよりなる、筋膜間(saphenous compartment)注入材を対象とすることもできる。
【0059】
また、別の観点からは、本発明は、静脈不全又は静脈瘤の治療用ハイドロゲルの製造方法にも関する。当該製造方法は、第1のポリマーを含むポリマー溶液Aと第2のポリマーを含む第2のポリマー溶液Bを、中性付近のpH、すなわち、pHが6.8~7.8の液体が存在する環境に適用する工程を含むことを特徴とする。その他、第1及び第2のポリマーの種類、並びに、ポリマー溶液A及びBの条件は、既に述べたとおりである。
【0060】
ここで、「pHが6.8~7.8の液体が存在する環境」とは、好ましくは、体液あるいは間質液が周囲に存在する場所や、該液体が浸潤している組織であることができる。例えば、血管の周辺領域、特に、浅在筋膜と深在筋膜の間の空間(saphenous compartment)である筋膜間saphenous compartmentであることが好ましい。pHの範囲は、好ましくは、7.0~7.8、より好ましくは7.35~7.8であることができる。
【0061】
前記ポリマー溶液Aと前記第2のポリマー溶液Bの混合液をpHが6.8~7.8の液体が存在する環境に「適用する」工程は、典型的には、そのようなpH環境において、前記ポリマー溶液Aと前記第2のポリマー溶液Bを混合することが例示される。また、上述のように、ポリマー溶液A及びBは、そのまま混合しただけでは混合しただけでは短時間でゲル化反応が生じない(好ましくは、ゲル化反応が進行しない)溶液条件に設定されているため、予めポリマー溶液A及びBを混合して1つの溶液とし、その後にpHが6.8~7.8の液体が存在する環境に適用することも可能である。
【0062】
ポリマー溶液A及びBを滴下により混合する手段としては、例えば、国際公開WO2007/083522号公報に開示されたような二液混合シリンジを用いて行うことができる。混合時の二液の温度は、特に限定されず、第1及び第2のポリマーがそれぞれ溶解され、それぞれの液が流動性を有する状態の温度であればよい。例えば、二液の温度は異なってもよいが、温度が同じである方が、二液が混合されやすいので好ましい。本発明のキットに、かかるシリンジを含むこともでき、その場合には、本発明の一態様として、上記ポリマー材料キットを含む、医療機器を対象とすることもできる
【0063】
本発明の製造方法を実行することは、上記ポリマー材料キットを用いる静脈不全または静脈瘤の治療方法に該当するということもできる。
【実施例0064】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0065】
1.ポリマー溶液の調製
原料ポリマーとして、末端に-SH基を有するTetra-PEG-SH(テトラチオール-ポリエチレングリコール)及び末端にマレイミジル基を有するTetra-PEG-MA(テトラマレイミジル-ポリエチレングリコール)を用いた。これら原料ポリマーは、それぞれ日油株式会社から市販されているものを用いた。重量平均分子量(Mw)は、どちらも10000である。ポリマー溶液の緩衝剤としては、クエン酸リン酸バッファー(CPB)を用いた。また、クエン酸とリン酸水素二ナトリウムのモル濃度(イオン強度という)を変えることにより、緩衝能を調整した。例えばpH3.8、イオン強度1mMのCPBを作製する場合には、以下の手順で各ポリマー溶液を調製した。
1. 200 mM のクエン酸水溶液とリン酸水素二ナトリウム水溶液を調製する。
2. クエン酸水溶液 : リン酸水素二ナトリウム水溶液=32.3 : 35.4 の割合で混合する。
3.得られたCPBのpHを微調整し、注射用水で200倍に希釈する。
ここで、各pHの測定はpHメーター(HORIBA社製)を用いた。
【0066】
2.ポリマー溶液の粘度測定
前記のポリマー溶液MAの粘度をレオメータ(MCR501; Anton Paar, Graz, Austria)で測定した(下図)。コーンプレートを用いて、ひずみ量を一定の100s-1とし、温度は25℃とした。PEGの濃度が0から50g/Lの水溶液を調製した。結果を図1に示す。
【0067】
3.ゲルの作成と平衡膨潤度・浸透圧の測定
前記のポリマー溶液SHとMAを、pHが3.8でイオン強度が1mMのCPBを用いて調製した。PEGの濃度は20から140g/Lとした。空の遠心チューブに対し、SH液を250μL加え、そこに250μLのMA液を加えて、速やかに撹拌した。チューブを逆さにしても液体が流れてこない状態になったときゲル化したと判断した。いずれの場合にも10分以内にゲル化が確認された。同様に、ポリマー溶液SHとMAを、りん酸緩衝液(PBS) pH 7.4で調製した。PEGの濃度は20から140g/Lとした。空の遠心チューブに対し、SH液を250μL加え、そこに250μLのMA液を加えた。液体は瞬時に流動性を失い、容器を逆さにしても流れない状態となった。すなわち、試験したPEG濃度においては、該プレゲル溶液はpHが中性になると瞬時にゲル化が生じる。これは初期のpHが酸性であっても、該溶液が外的要因によって中和されると即時硬化することを意味している。
【0068】
次に、得られたゲルを直径が640μmのシリンダー状に成型し、模擬的な生理環境としてPBSに浸漬させた。ここで膨潤度を、膨潤度=(d/d)と定義した。ここでdは観察時点でのシリンダー状のゲルの直径、dはその初期の直径である。どの濃度のゲルも4時間後には平衡状態に達した。平衡状態の膨潤度をプロットした(図2)。
【0069】
これらのゲルを6ヶ月間、PBSに浸漬させておいたところ、その平衡膨潤度の変化は各5%未満と安定であった。この結果は、PEGゲルは、意図的に加水分解する作り方をしない限り膨潤度が安定であるという既報の結果に矛盾しないものである(Liら、Macromolecules 2011, 44, 9, 3567-3571)。
【0070】
前記同様の作製方法で調製した異なるPEG濃度を有するゲルの浸透圧を、Hayashiら、Nature Biomedical Engineering volume 1, Article number: 0044 (2017)に報告されている既知の方法によって測定した。結果、PEG濃度依存的な浸透圧が確認された(図3)。
【0071】
4.ラットのsaphenous compartmentへの適用
各ポリマー溶液の調整は上記1.「ポリマー溶液の調製」記載の通りに行った。ポリマー濃度は20g/Lとした。はじめに、ラットの下肢の血管を一時的に虚血し、端をクランプした。同部位のsaphenous compartmentにプレゲル溶液を0.5 mL注入した。触診で確認したところ、即時にゲル化が生じていた。その後、クランプを開放した。クランプを開放した後も、血管はゲルによって圧迫されたままであった(図4)。なお、この圧迫効果は3ヶ月後も継続していた。次に、ゲル注入部位を解剖はさみで切り出し、血管の断面を観察したところ、細くなった血管周囲にゲルが残存していることが確認された。さらに該組織片をPBSに一晩浸漬させておいても顕著なサイズ変化は認めなかった。図4にゲルのsaphenous compartmentへの注入実験の様子のイメージ画像を示す。
図1
図2
図3
図4