(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024008729
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼及びマルテンサイト系ステンレス鋼部材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240112BHJP
C22C 38/48 20060101ALI20240112BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20240112BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20240112BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20240112BHJP
C21D 6/04 20060101ALN20240112BHJP
C21D 1/06 20060101ALN20240112BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20240112BHJP
C23C 8/26 20060101ALN20240112BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/48
C22C38/50
C21D8/06 B
C21D6/00 102J
C21D6/04
C21D1/06 A
C21D1/18 E
C21D1/18 Y
C23C8/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022110838
(22)【出願日】2022-07-08
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】古庄 千紘
(72)【発明者】
【氏名】清 尚暉
(72)【発明者】
【氏名】小柳 禎彦
【テーマコード(参考)】
4K028
4K032
【Fターム(参考)】
4K028AA02
4K028AB01
4K028AC07
4K032AA01
4K032AA05
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA02
4K032CF03
4K032CH05
4K032CH06
4K032CJ02
4K032CJ03
4K032CJ05
4K032CL01
4K032CL02
(57)【要約】
【課題】熱間加工性及び冷間加工性に優れた窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼及びマルテンサイト系ステンレス鋼部材を提供すること。
【解決手段】窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼は、0.10≦C≦0.30mass%、Si≦0.20mass%、0.20≦Mn≦1.50mass%、P≦0.05mass%、S≦0.01mass%、Cu≦0.3mass%、10.5≦Cr≦17.0mass%、0.50≦Ni≦3.00mass%、0.50≦Mo≦3.00mass%、及び、0.1≦Nb≦0.5mass%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、1.00≦[Ni]*[Mo]≦9.00、及び、[Nieq]/[Creq]≧1.00を満たし、フェライト相の面積率が50%以上である。マルテンサイト系ステンレス鋼部材は、マルテンサイト系ステンレス鋼からなる基部と、基部の表面に形成された窒素富化層とを備えている。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.10≦C≦0.30mass%、
Si≦0.20mass%、
0.20≦Mn≦1.50mass%、
P≦0.05mass%、
S≦0.01mass%、
Cu≦0.3mass%、
10.5≦Cr≦17.0mass%、
0.50≦Ni≦3.00mass%、
0.50≦Mo≦3.00mass%、及び、
0.1≦Nb≦0.5mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
次の式(1)及び式(2)を満たし、
フェライト相の面積率が50%以上である
窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼。
1.00≦[Ni]*[Mo]≦9.00 …(1)
[Nieq]/[Creq]≧1.00 …(2)
但し、
[X]は、元素Xの含有量(mass%)、
[Nieq]=[Ni]+30[C]+0.5[Mn]+8、
[Creq]=[Cr」+[Mo]+1.5[Si]。
【請求項2】
Ti≦0.5mass%、及び/又は、
V≦1.0mass%
をさらに含む請求項1に記載の窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
マルテンサイト系ステンレス鋼からなる基部と、
前記基部の表面に形成された窒素富化層と
を備え、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、
0.10≦C≦0.30mass%、
Si≦0.20mass%、
0.20≦Mn≦1.50mass%、
P≦0.05mass%、
S≦0.01mass%、
Cu≦0.3mass%、
10.5≦Cr≦17.0mass%、
0.50≦Ni≦3.00mass%、
0.50≦Mo≦3.00mass%、及び、
0.1≦Nb≦0.5mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、次の式(1)及び式(2)を満たし、
前記基部は、フェライト相の面積率が5%以下であり、
前記窒素富化層の厚さは、100μm以上である
マルテンサイト系ステンレス鋼部材。
1.00≦[Ni]*[Mo]≦9.00 …(1)
[Nieq]/[Creq]≧1.00 …(2)
但し、
[X]は、元素Xの含有量(mass%)、
[Nieq]=[Ni]+30[C]+0.5[Mn]+8、
[Creq]=[Cr」+[Mo]+1.5[Si]。
【請求項4】
前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、
Ti≦0.5mass%、及び/又は、
V≦1.0mass%
をさらに含む請求項3に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼及びマルテンサイト系ステンレス鋼部材に関し、さらに詳しくは、熱間加工性、冷間加工性、及び、疲労特性に優れた窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼、及び、これを用いたマルテンサイト系ステンレス鋼部材に関する。
【背景技術】
【0002】
マルテンサイト系ステンレス鋼とは、常温においてマルテンサイト組織を有するステンレス鋼をいう。マルテンサイト系ステンレス鋼は、オーステナイト領域から焼入れ及び焼戻しを行うことにより製造される。マルテンサイト系ステンレス鋼は、耐食性、強度、耐摩耗性等に優れていることから、刃物、タービンブレード、軸受などに用いられている。
【0003】
このようなマルテンサイト系ステンレス鋼に対し、さらに窒素を固溶させると、耐食性、硬度、耐摩耗性などがさらに向上することが知られている。しかしながら、溶鋼中に窒素を固溶させる方法を用いた場合、インゴット中にブローホールが発生する場合がある。そのため、低窒素のマルテンサイト系ステンレス鋼からなる基材を作製した後、基材の表層部にのみ窒素を固溶させ、基材の表層部に、基材よりも窒素濃度が高い層(以下、「窒素富化層」ともいう)を形成する方法が提案されている。低窒素の基材の表層部に窒素富化層を形成すると、ブローホールを生じさせることなく、基材の耐食性や耐摩耗性を向上させることができる。
【0004】
このような窒素富化層の形成方法に関し、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)所定量のMo、V、及び、Alを含むマルテンサイト系ステンレス鋼からなる鋼線に対して、焼入れ及び焼戻しを行い、
(b)鋼線に対して、さらにガス窒化処理する
マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、耐遅れ破壊性と耐疲労性に優れた太物のばね材が得られる点が記載されている。
【0005】
特許文献2には、
(a)所定量のC、Si、Mn、及びCrを含むマルテンサイト系ステンレス鋼からなる部材(焼鈍材)を作製し、
(b)部材を大気圧の窒素ガス(純度99%)中において加熱し、その後600℃以下まで炉冷し、
(c)さらに、部材に対して焼入れ及び焼戻しを行う
マルテンサイト系ステンレス鋼部材の製造方法が開示されている。
同文献には、このような方法により耐食性および耐摩耗性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼部材が得られる点が記載されている。
【0006】
特許文献3には、窒素富化層を形成するための方法ではないが、
(a)所定量のC、Si、Mn、S、P、Ni、Cr、Mo、N、及びAlを含有するマルテンサイト系ステンレス鋼からなる棒鋼を作製し、
(b)棒鋼に対し、所定の条件下で軟化焼鈍を行い、
(c)軟化焼鈍された棒鋼に対して、冷間加工を行い、
(d)冷間加工された部材に対して、焼入れ処理を行って高硬度化し、最終製品とする
マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法が開示されている。
同文献には、
(A)軟化焼鈍後の鋼中に炭窒化物が微細分散していると、微細炭窒化物が転位や結晶粒界の動きをピンニングするために、冷間加工性が低下する点、及び、
(B)高温で軟化焼鈍を行うと、微細な炭窒化物が減少するために、冷間加工性が向上する点、
が記載されている。
【0007】
低窒素のマルテンサイト系ステンレス鋼からなる部材の表面に対し、窒素富化層を形成する処理(以下、「窒素富化処理」ともいう)を施すと、耐摩耗性を向上させることができる。しかしながら、処理条件が不適切であると、窒素富化処理時に異常粒成長を起こすことがある。異常粒成長は、部材の疲労特性を低下させる原因となる。
この問題を解決するために、炭窒化物形成元素を添加し、鋼中に炭窒化物を多量に析出させ、炭窒化物により異常粒成長を抑制することも考えられる。しかしながら、炭窒化物の析出量が過剰になると、熱間加工性及び/又は冷間加工性が低下する場合がある。さらに、炭窒化物の析出量が過剰になると、部材の耐食性が低下する場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2021-143388号公報
【特許文献2】特開2019-167630号公報
【特許文献3】特開2020-050916号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、熱間加工性及び冷間加工性に優れた窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼、及び、これを用いたマルテンサイト系ステンレス鋼部材を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、疲労特性に優れた部材を製造することが可能な窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼、及び、これを用いたマルテンサイト系ステンレス鋼部材を提供することにある。
さらに、本発明が解決しようとする他の課題は、疲労特性及び耐食性に優れた部材を製造することが可能な窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼、及び、これを用いたマルテンサイト系ステンレス鋼部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係る窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼は、
0.10≦C≦0.30mass%、
Si≦0.20mass%、
0.20≦Mn≦1.50mass%、
P≦0.05mass%、
S≦0.01mass%、
Cu≦0.3mass%、
10.5≦Cr≦17.0mass%、
0.50≦Ni≦3.00mass%、
0.50≦Mo≦3.00mass%、及び、
0.1≦Nb≦0.5mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
次の式(1)及び式(2)を満たし、
フェライト相の面積率が50%以上である。
【0011】
1.00≦[Ni]*[Mo]≦9.00 …(1)
[Nieq]/[Creq]≧1.00 …(2)
但し、
[X]は、元素Xの含有量(mass%)、
[Nieq]=[Ni]+30[C]+0.5[Mn]+8、
[Creq]=[Cr」+[Mo]+1.5[Si]。
【0012】
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼部材は、
マルテンサイト系ステンレス鋼からなる基部と、
前記基部の表面に形成された窒素富化層と
を備え、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、
0.10≦C≦0.30mass%、
Si≦0.20mass%、
0.20≦Mn≦1.50mass%、
P≦0.05mass%、
S≦0.01mass%、
Cu≦0.3mass%、
10.5≦Cr≦17.0mass%、
0.50≦Ni≦3.00mass%、
0.50≦Mo≦3.00mass%、及び、
0.1≦Nb≦0.5mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、次の式(1)及び式(2)を満たし、
前記基部は、フェライト相の面積率が5%以下であり、
前記窒素富化層の厚さは、100μm以上である。
【0013】
1.00≦[Ni]*[Mo]≦9.00 …(1)
[Nieq]/[Creq]≧1.00 …(2)
但し、
[X]は、元素Xの含有量(mass%)、
[Nieq]=[Ni]+30[C]+0.5[Mn]+8、
[Creq]=[Cr」+[Mo]+1.5[Si]。
【発明の効果】
【0014】
所定の組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼において、式(1)を満たすようにNi量及びMo量を最適化すると、窒素富化処理時の結晶粒の粗大化を抑制することができる。その結果、疲労特性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼部材が得られる。
また、式(2)を満たすように各元素の含有量を最適化すると、焼入れ・焼戻し後の状態では相対的に多量のマルテンサイト相を含むマルテンサイト系ステンレス鋼が得られる。その結果、このマルテンサイト系ステンレス鋼を用いた部材の疲労特性が向上する。
【0015】
また、所定の組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼において、組成(特に、Ni量)を最適化すると、マルテンサイト系ステンレス鋼の冷間加工性が向上する。
また、マルテンサイト系ステンレス鋼に過剰のCu、P、及び/又は、Sが含まれていると、熱間加工性が低下する。これに対し、Cu量、P量、及び、S量を臨界値以下とすると、マルテンサイト系ステンレス鋼の熱間加工性が向上する。
さらに、窒素富化処理の方法及び/又は処理条件を最適化すると、窒素富化層内における過剰の窒化物の生成が抑制される。その結果、耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼部材が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼]
[1.1. 主構成元素]
本発明に係る窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼(以下、単に「マルテンサイト系ステレンス鋼」ともいう)は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0017】
(1)0.10≦C≦0.30mass%:
Cは、マルテンサイト系ステンレス鋼において、強度を上げる作用がある元素である。十分な効果を得るためには、C量は、0.10mass%以上である必要がある。C量は、好ましくは、0.15mass%以上である。
一方、C量が過剰になると、焼入れ時において未固溶Cr炭化物量を増加させ、母相の耐食性を低下させる場合がある。従って、C量は、0.30mass%以下である必要がある。
【0018】
(2)Si≦0.20mass%:
Siは、脱酸元素として有効な元素である。しかしながら、Si量が過剰になると、延性や靱性を損なう場合がある。従って、Si量は、0.20mass%以下である必要がある。Si量は、好ましくは、0.15mass%以下である。
【0019】
(3)0.20≦Mn≦1.50mass%:
Mnは、脱酸元素である。また、Mnは、窒素富化処理(特に、固相窒素吸収処理)時において窒素の固溶限を上昇させる元素でもある。十分な効果を得るためには、Mn量は、0.20mass%以上である必要がある。Mn量は、好ましくは、0.40mass%以上である。
一方、Mn量が過剰になると、耐食性を損なう場合がある。従って、Mn量は、1.50mass%以下である必要がある。Mn量は、好ましくは、1.20mass%以下である。
【0020】
(4)P≦0.05mass%:
Pは、不可避的不純物である。P量が過剰になると、粒界が脆化し、熱間加工性が低下する場合がある。従って、P量は、0.05%以下である必要がある。
【0021】
(5)S≦0.01mass%:
Sは、不可避的不純物である。S量が過剰になると、硫化物を形成し、熱間加工性及び/又は耐食性が低下する場合がある。従って、S量は、0.01mass%以下である必要がある。
【0022】
(6)Cu≦0.3mass%:
Cuは、不可避的不純物である。Cu量が過剰になると、鋼中に未固溶のCuが析出する場合がある。未固溶のCuは、熱間加工時に溶融し、熱間加工性を低下させる原因となる。従って、Cu量は、0.3mass%以下である必要がある。Cu量は、好ましくは、0.2mass%以下である。
【0023】
(7)10.5≦Cr≦17.0mass%:
Crは、耐食性を向上させる作用がある元素である。十分な効果を得るためには、Cr量は、10.5mass%以上である必要がある。Cr量は、好ましくは、12.0mass%以上である。
一方、Cr量が過剰になると、焼入れ焼戻し後において多量のフェライト相が生成し、強度が低下する場合がある。従って、Cr量は、17.0mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、16.0mass%以下である。
【0024】
(8)0.50≦Ni≦3.00mass%:
Niは、耐食性の向上に有効な元素である。十分な効果を得るためには、Ni量は、0.50mass%以上である必要がある。Ni量は、好ましくは、0.70mass%以上である。
一方、Ni量が過剰になると、冷間加工性が低下する場合がある。従って、Ni量は、3.00mass%以下である必要がある。Ni量は、好ましくは、2.50mass%以下である。
【0025】
(9)0.50≦Mo≦3.00mass%:
Moは、耐食性を向上させる作用がある元素である。十分な効果を得るためには、Mo量は、0.50mass%以上である必要がある。Mo量は、好ましくは、0.70mass%以上である。
一方、Mo量が過剰になると、焼入れ焼戻し後において多量のフェライト相が生成し、強度が低下する場合がある。従って、Mo量は、3.00mass%以下である必要がある。Mo量は、好ましくは、2.50mass%以下である。
【0026】
(10)0.1≦Nb≦0.5mass%:
Nbは、炭窒化物を形成して結晶粒を微細化し、強度の向上に寄与する元素である。そのためには、Nb量は、0.1mass%以上である必要がある。Nb量は、好ましくは、0.15mass%以上である。
一方、Nb量が過剰になると、粗大な炭窒化物が形成され、結晶粒微細化効果が損なわれる場合がある。また、炭窒化物が破壊の起点となることで、強度が低下する場合がある。従って、Nb量は、0.5mass%以下である必要がある。
【0027】
結晶粒微細化効果を持つ同様の元素として、Ti、Vが挙げられる。これらの中でもNbは、Tiと比べて粗大晶出炭化物が形成されにくく、かつ、Vと比べて炭窒化物の安定性が高く、析出粒子が成長しにくいという利点がある。そのため、本発明においては、Nbを必須元素とする。
【0028】
[1.2. 不可避的不純物]
「不可避的不純物」とは、マルテンサイト系ステンレス鋼を製造する際に、原料や耐火物から混入する微量成分をいう。不可避的不純物としては、例えば、
(a)0.050mass%以下のP、
(b)0.010mass%以下のS、
(c)0.05mass%以下のAl、
(d)0.030mass%以下のO、
などがある。
【0029】
[1.3. 副構成元素]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、上述した元素に加えて、以下のような1種又は2種以上の元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
【0030】
(1)Ti≦0.5mass%:
Nbを含むマルテンサイト系ステンレス鋼にTiをさらに添加すると、Tiは、Nbの補助的な役割を果たし、結晶粒微細化効果を高める作用がある。そのため、マルテンサイト系ステンレス鋼は、Tiをさらに含んでいても良い。
しかしながら、Tiは、Nbと比べて粗大晶出炭化物を形成しやすい。そのため、Ti量が過剰になると、微細な炭窒化物が減少し、結晶粒が粗大化する場合がある。従って、Ti量は、0.5mass%以下が好ましい。
【0031】
(2)V≦1.0mass%:
Vは、Tiと同様に、Nbの補助的な役割を果たし、結晶粒微細化効果を高める作用がある。そのため、マルテンサイト系ステンレス鋼は、Vをさらに含んでいても良い。
しかしながら、Vは、Nbと比べて高温での炭窒化物の安定性が低く、析出粒子が成長しやすい。そのため、V量が過剰になると、微細な炭窒化物が減少し、結晶粒が粗大化する場合がある。従って、V量は、1.0mass%以下が好ましい。
【0032】
[1.4. 成分バランス]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、次の式(1)及び式(2)を満たす。
1.00≦[Ni]*[Mo]≦9.00 …(1)
[Nieq]/[Creq]≧1.00 …(2)
但し、
[X]は、元素Xの含有量(mass%)、
[Nieq]=[Ni]+30[C]+0.5[Mn]+8、
[Creq]=[Cr」+[Mo]+1.5[Si]。
【0033】
[1.4.1. 式(1)]
[Ni]*[Mo]は、窒素富化処理後のマルテンサイト系ステンレス鋼の平均結晶粒径と相関がある。[Ni]*[Mo]が小さくなりすぎると、窒素富化処理後の結晶粒が粗大化する場合がある。その結果、窒素富化処理後の部材に対して繰り返し応力が作用すると、粒界破壊が進行する場合がある。従って、[Ni]*[Mo]は、1.00以上である必要がある。[Ni]*[Mo]は、好ましくは、1.05以上、さらに好ましくは、1.10以上である。
【0034】
一方、[Ni]*[Mo]が大きくなりすぎると、窒素富化処理前の時点で結晶粒が粗大化してしまい、窒素富化処理後においても微細な結晶粒が得られない場合がある。従って、[Ni]*[Mo]は、9.00以下である必要がある。[Ni]*[Mo]は、好ましくは、6.00以下、さらに好ましくは、4.00以下である。
【0035】
[1.4.2. 式(2)]
[Nieq]は、オーステナイト安定化元素の指標となるNi当量である。[Creq]は、フェライト安定化元素の指標となるCr当量である。[Nieq]/[Creq]が小さくなりすぎると、焼入れ組織におけるフェライト相の残存量が多くなり、疲労強度が低下する場合がある。従って、[Nieq]/[Creq]は、1.00以上である必要がある。[Nieq]/[Creq]は、好ましくは、1.02以上、さらに好ましくは、1.05以上である。
【0036】
[1.5. フェライト相の面積率]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、成分が最適化されているために、焼鈍後(窒素富化処理を行う前)の23℃におけるフェライト相の面積率が50%以上となる。製造条件を最適化すると、フェライト相の面積率は、70%以上、あるいは、90%以上となる。また、成分を最適化すると、フェライト相の面積率は、100%になる場合がある。「フェライト相の面積率」については、後述する。
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、焼鈍後の状態においてフェライト相の面積率が相対的に大きい(すなわち、マルテンサイト相の面積率が相対的に小さい)ため、冷間加工性に優れている。
【0037】
[1.6. 用途]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、焼鈍及び冷間加工により基部を作製した後、基部の表面に対して窒素富化処理を行うために用いられる。窒素富化処理後、さらに焼入れ及び焼戻しが行われる。窒素富化処理を行うと、基部の表層部に、基部の芯部よりも窒素濃度が高い層(窒素富化層)が形成される。さらに、焼入れ、及び、焼戻しを行うと、窒素富化層が硬化する。その結果、疲労特性に優れた部材が得られる。
【0038】
[2. マルテンサイト系ステンレス鋼部材]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼部材は、以下の構成を備えている。
(1)前記マルテンサイト系ステンレス鋼部材は、
マルテンサイト系ステンレス鋼からなる基部と、
前記基部の表面に形成された窒素富化層と
を備えている。
(2)前記マルテンサイト系ステンレス鋼は、
0.10≦C≦0.30mass%、
Si≦0.20mass%、
0.20≦Mn≦1.50mass%、
P≦0.05mass%、
S≦0.01mass%、
Cu≦0.3mass%、
10.5≦Cr≦17.0mass%、
0.50≦Ni≦3.00mass%、
0.50≦Mo≦3.00mass%、及び、
0.1≦Nb≦0.5mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
次の式(1)及び式(2)を満たす。
(3)前記基部は、フェライト相の面積率が5%以下である。
(4)前記窒素富化層の厚さは、100μm以上である。
【0039】
1.00≦[Ni]*[Mo]≦9.00 …(1)
[Nieq]/[Creq]≧1.00 …(2)
但し、
[X]は、元素Xの含有量(mass%)、
[Nieq]=[Ni]+30[C]+0.5[Mn]+8、
[Creq]=[Cr」+[Mo]+1.5[Si]。
【0040】
[2.1. 基部]
[2.1.1. 材料]
基部は、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼からなる。マルテンサイト系ステンレス鋼の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0041】
[2.1.2. フェライト相の面積率]
「フェライト相の面積率(%)」とは、23℃におけるマルテンサイト系ステンレス鋼の断面の面積に占めるフェライト相の面積の割合をいう。
換言すれば、「フェライト相の面積率(%)」とは、
(a)焼鈍後のマルテンサイト系ステンレス鋼、又は、窒素富化処理+焼入れ焼戻し後のマルテンサイト系ステンレス鋼部材を表面に対して垂直方向に切断し、断面を研磨及びエッチングし、
(b)断面の中心付近の領域(窒素富化処理を行った部材にあっては、窒素濃度が窒素富化処理前の水準にある領域(芯部))を室温において光学顕微鏡で観察し、視野面積(S0)、及び、視野に含まれるフェライト相の面積(S)をそれぞれ算出し、
(c)SをS0で除すことにより得られる値(=S×100/S0)
をいう。
本発明において、S0は、2mm×3mmとする。
【0042】
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、組成が最適化されているために、焼鈍後の状態においては、フェライト相の面積率は相対的に高くなる。一方、窒素富化処理+焼入れ焼戻し後においては、基部のほぼ全面がマルテンサイト相となり、基部のフェライト相の面積率は5%以下となる。マルテンサイト系ステンレス鋼の組成を最適化すると、窒素富化処理+焼入れ焼戻し後の基部のフェライト相の面積率は、0.5%以下となる。
【0043】
[2.1.3. 平均結晶粒径]
「平均結晶粒径」とは、旧オーステナイト結晶粒の粒径の平均値であって、光学顕微鏡写真からJIS G0551に記載の直線試験線を用いた切断法によって結晶粒度を測定し、JIS G0551附属書A中の表A.1を用いて結晶粒度より換算することにより得られる値をいう。
【0044】
窒素富化処理後における基部の芯部の平均結晶粒径は、マルテンサイト系ステンレス鋼部材の疲労特性に影響を与える。一般に、窒素富化処理後における基部の芯部の平均結晶粒径が小さくなるほど、マルテンサイト系ステンレス鋼部材の疲労特性は高くなる。本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼部材は、結晶粒を微細化する作用がある元素が添加されているので、窒素富化処理時における粒成長が抑制される。製造条件を最適化すると、窒素富化処理後における基部の芯部の平均結晶粒径は、50μm以下となる。製造条件をさらに最適化すると、平均結晶粒径は、30μm以下となる。
【0045】
[2.2. 窒素富化層]
[2.2.1. 定義]
「窒素富化層」とは、焼鈍及び冷間加工後の基部に対して窒素富化処理を施すことにより形成された層であって、基部の芯部(窒素濃度が窒素富化処理前の水準にある領域)よりも窒素濃度が高い領域をいう。より具体的には、「窒素富化層」とは、N量が0.1mass%以上1.0mass%以下である領域をいう。
なお、窒素富化層のN量が過剰になると、
(a)焼入れ時にマルテンサイト変態が進行しないために耐摩耗性が低下する、
(b)多量の窒化物が析出するために耐食性が低下する
などの問題が生じることがある。従って、窒素富化層のN量は、1.0masss%以下である必要がある。
【0046】
「窒素富化処理」とは、基部の表層部分に窒素を固溶させる処理をいう。窒素富化処理方法としては、例えば、固相窒素吸収法、ガス窒化法、軟窒化法、イオン窒化法などがある。これらの中でも、固相窒素吸収法は、耐食性に優れた部材が得られるので、窒素富化処理方法として好適である。固相窒素吸収法は、クロム炭窒化物の生成を抑え、最表面の耐食性を低下させずに耐摩耗性を向上させることができるという利点がある。固相窒素吸収法の詳細については、後述する。
【0047】
[2.2.2. 厚さ]
「窒素富化層の厚さ」とは、基部を窒素富化処理することにより基部の表面に形成された、N量が0.1mass%以上1.0mass%以下である領域の厚さをいう。
窒素富化層の厚さは、部材の耐摩耗性に影響を与える。窒素富化層の厚さが薄くなりすぎると、耐摩耗性が不十分となる。従って、窒素富化層の厚さは、100μm以上が好ましい。厚さは、さらに好ましくは、150μm以上、さらに好ましくは、200μm以上である。
【0048】
[3. マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、
(a)所定の組成となるように配合された原料を溶解・鋳造し、
(b)得られた鋳塊を熱間鍛造し、
(c)熱間鍛造された粗形材に対して焼鈍を行う
ことにより製造することができる。
【0049】
[3.1. 溶解・鋳造工程]
まず、所定の組成となるように配合された原料を溶解・鋳造する。溶解及び鋳造の方法及び条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法及び条件を選択することができる。
【0050】
[3.2. 熱間鍛造工程]
次に、得られた鋳塊を熱間鍛造する。熱間鍛造は、鋳造組織を破壊し、鋳塊を所定の形状を有する粗形材に加工するために行われる。熱間鍛造の方法及び条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0051】
[3.3. 焼鈍工程]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼は、熱間鍛造ままの状態では硬さが高くなりすぎ、冷間加工性に乏しい。これは、熱間鍛造後の冷却過程において、部分的にマルテンサイト相が形成されるためである。冷間加工性を向上させるためには、熱間鍛造された粗形材に対して焼鈍を行い、フェライト相の面積率を増大させる必要がある。
【0052】
焼鈍条件は、必要な冷間加工性が得られる限りにおいて、特に限定されない。
焼鈍は、具体的には、
(a)850℃以上950℃以下の温度において、1時間以上10時間以下保持し、
(b)焼鈍温度から650℃までの温度域を30℃/h以下の平均冷却速度で徐冷する
のが好ましい。
【0053】
[4. マルテンサイト系ステンレス鋼部材の製造方法]
本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼部材は、
(a)焼鈍された粗形材に対して冷間加工を行い、
(b)冷間加工された部材に対して窒素富化処理を行い、
(c)窒素富化処理された部材に対して焼入れ及び焼戻しを行う
ことにより製造することができる。
【0054】
[4.1. 冷間加工工程]
まず、焼鈍された粗形材に対して冷間加工を行う。冷間加工の方法及び条件は、所定の形状を有する部材を製造可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0055】
[4.2. 窒素富化処理工程]
次に、冷間加工された部材に対して窒素富化処理を行う。窒素富化処理方法としては、固相窒素吸収法、ガス窒化法、軟窒化法、イオン窒化法などがある。本発明においては、いずれの方法を用いても良い。耐食性に優れた部材を得るためには、窒素富化処理方法は、固相窒素吸収法が好ましい。
【0056】
固相窒素吸収処理は、部材を所定の窒素雰囲気中において、所定の温度に加熱することにより行われる。窒素雰囲気としては、例えば、窒素ガス雰囲気などがある。
【0057】
加熱温度は、部材表面の窒素濃度に影響を与える。そのため、加熱温度は、部材の組成に応じて最適な温度を選択するのが好ましい。一般に、加熱温度が低くなるほど、部材表面の平衡窒素濃度が高くなる。しかしながら、加熱温度が低くなりすぎると、多量の窒化物が析出して耐食性が低下する場合がある。従って、加熱温度は900℃以上が好ましい。
一方、加熱温度が高くなりすぎると、部材表面の平衡窒素濃度が低下し、硬さが低下する場合がある。従って、加熱温度は1200℃以下が好ましい。
【0058】
窒素分圧は、部材表面の窒素濃度に影響を与える。そのため、窒素分圧は、部材の組成に応じて最適な値を選択するのが好ましい。一般に、窒素分圧が高くなるほど、部材表面の平衡窒素濃度が高くなる。このような効果を得るためには、窒素分圧は、0.1atm(0.01MPa)以上が好ましい。
一方、窒素分圧が高くなりすぎると、窒素濃度が過度に増加し、マルテンサイト変態開始温度が低下する。その結果、焼入れ後にオーステナイト相が残留しやすくなり、硬さが低下する場合がある。従って、窒素分圧は、3.0atm(0.3MPa)以下が好ましい。
【0059】
部材表面の窒素濃度は、加熱温度及び窒素分圧で決まる。一方、処理時間は、窒素吸収層(窒素富化層)の厚みに影響する。そのため、処理時間は、要求される窒素吸収層の厚さに応じて最適な時間を選択するのが好ましい。処理時間は、通常60分~600分程度である。
【0060】
[4.3. 焼入れ焼戻し工程]
次に、窒素富化処理された部材に対して焼入れ焼戻しを行う。これにより、オーステナイト相がマルテンサイト変態する。焼入れ条件は、表層部及び芯部をマルテンサイト変態させることが可能な条件である限りにおいて、特に限定されない。
【0061】
例えば、窒素富化処理方法として固相窒素吸収処理を用いた場合、処理温度から部材を急冷することで焼入れを行っても良い。あるいは、固相窒素吸収処理を行い、室温近傍まで冷却した後に、焼入れ温度に再加熱し、急冷することで焼入れを行っても良い。急冷は、ガス冷却、水冷、氷水冷、油冷等を用いることができる。
部材の芯部の全面をマルテンサイト組織とするためには、焼入れ時の冷却速度は、速いほど良い。具体的には、焼入れ温度から500℃までの平均冷却速度は、200℃/min以上が好ましい。
【0062】
また、焼入れを行う前に、部材内部に窒素を拡散させる窒素拡散処理を行っても良い。具体的には、固相窒素吸収処理に続いて、アルゴンガス等の不活性雰囲気中、900~1200℃程度の高温で部材を保持することで部材内部に窒素を拡散させる。窒素拡散処理を行うと、窒素吸収層が厚くなるため、焼入れ後の部材表面の硬さを安定して得ることができる。
さらに、焼入れ後に0℃以下に材料を保持するサブゼロ処理を行っても良い。
【0063】
次に、焼入れ後(又は、サブゼロ処理後)に、焼戻しを行う。焼戻し条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。焼戻しは、具体的には、150℃~500℃の温度において、1時間~3時間程度保持するのが好ましい。
【0064】
[5. 作用]
所定の組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼において、式(1)を満たすようにNi量及びMo量を最適化すると、窒素富化処理時の結晶粒の粗大化を抑制することができる。その結果、疲労特性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼部材が得られる。
また、式(2)を満たすように各元素の含有量を最適化すると、焼入れ・焼戻し後の状態では相対的に多量のマルテンサイト相を含むマルテンサイト系ステンレス鋼が得られる。その結果、このマルテンサイト系ステンレス鋼を用いた部材の疲労特性が向上する。
【0065】
また、所定の組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼において、組成(特に、Ni量)を最適化すると、マルテンサイト系ステンレス鋼の冷間加工性が向上する。
また、マルテンサイト系ステンレス鋼に過剰のCu、P、及び/又は、Sが含まれていると、熱間加工性が低下する。これに対し、Cu量、P量、及び、S量を臨界値以下とすると、マルテンサイト系ステンレス鋼の熱間加工性が向上する。
さらに、窒素富化処理の方法及び/又は処理条件を最適化すると、窒素富化層内における過剰の窒化物の生成が抑制される。その結果、耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼部材が得られる。
【実施例0066】
(実施例1~14、比較例1~16)
[1. 試料の作製]
真空誘導炉にて、表1及び表2に示す組成の鋼50kgを溶製した。得られた鋳塊を熱間鍛造し、直径20mmの棒材を製造した。次いで、棒材を900℃に加熱した後、650まで20℃/hで徐冷を行う軟化焼鈍を行った。この棒材から、φ15mm×8mmの試験片を採取した。
【0067】
次に、各試験片に対して、固相窒素吸収処理及び焼入れを行った。すなわち、まず、試験片を処理室内に設置し、減圧手段により処理室内を真空にした。次に、処理室内に窒素ガスを導入し、処理室内の圧力、温度を所定の値に維持した。
窒素分圧は0.1~3.0atm(0.01MPa~0.30MPa)、処理温度は900~1200℃の間で適宜調節することで、部材表面から少なくとも100μmまでの範囲のN量が0.1~1.0mass%である窒素吸収層を得た。加熱時間は、焼入れ後の窒素吸収層の厚さが100μm以上となるように調節した。
【0068】
さらに、固相窒素吸収処理が終了した後、試験片の焼入れを行った。焼入れは、ガス冷却により行った。その後、-80℃×2hrのサブゼロ処理と、200℃での焼戻しを実施した。
【0069】
【0070】
【0071】
[2. 試験方法]
[2.1. 焼入れ組織芯部のフェライト面積率]
固相窒素吸収処理、及び、焼入れ焼戻し後の試験片を切断し、芯部のフェライト相の面積率を算出した。
【0072】
[2.2. 窒素吸収処理後の平均結晶粒径]
固相窒素吸収処理後の試験片を切断し、芯部の平均結晶粒径を算出した。平均結晶粒径は、線分法で測定した。まず、窒素吸収処理後の試験片の芯部の組織を光学顕微鏡(倍率:100倍)で撮影した写真を取得した。次に、この撮影した写真に、縦5本、横5本、合計10本の異なる直線を引き、各直線について、直線の長さ(L)を、直線と交差した結晶粒界の数(n)で除算した値(=L/n)を計算した。さらに、それらの平均値を計算することで平均結晶粒径を算出した。
【0073】
[2.3. 回転曲げ疲労試験]
JIS Z2274に規定されている試験方法にて、回転曲げ疲労試験を実施した。破断面の観察を行い、破壊起点の確認を行った。
【0074】
[2.4. 5%硫酸浸漬試験]
以下の手順に従い、固相窒素吸収処理後の各試料について、腐食減量を算出した。すなわち、固相窒素吸収処理後の試験片の腐食試験前の質量を測定した。次に、恒温槽によって30℃に保持された5%硫酸水溶液に試験片を6hr浸漬した。その後、試験片に付着していた腐食生成物を超音波洗浄によって除去し、腐食試験後の試験片質量を測定した。試験片の質量減少量を算出し、これを表面積と時間で除算することで、腐食減量を算出した。
【0075】
[2.5. 熱間加工性]
熱間加工後の棒材について、目視により割れの有無を確認した。
[2.6. 軟化焼鈍後の組織(冷間加工性)]
軟化焼鈍後の棒材について、光学顕微鏡観察でフェライト相の有無を確認した。さらに、芯部のフェライト相の面積率を算出した。
【0076】
[3. 結果]
表3及び表4に、結果を示す。表3及び表4より、以下のことが分かる。
なお、表3及び表4中、「焼入れ組織芯部のフェライト面積率」に関し、「◎」はフェライト面積率が0.5%以下であることを表し、「○」はフェライト面積率が0.5%超5%以下であることを表し、「×」はフェライト面積率が5%超であることを表す。
「窒素吸収処理後の平均結晶粒径」に関し、「◎」は平均結晶粒径が30μm以下であることを表し、「○」は平均結晶粒径が30μm超50μm以下であることを表し、「×」は平均結晶粒径が50μm超であることを表す。
【0077】
「回転曲げ疲労試験」に関し、「×」はフェライト相を起点とする破壊、円相当径100μm以上の結晶粒の粒界を起点とする粒界破壊、及び/又は、粗大な炭窒化物を起点とする粒界破壊が生じたことを表し、「○」はそのような破壊が生じなかったことを表す。
「5%硫酸浸漬試験」に関し、「◎」は腐食減量が1g/(m2・hr)以下であることを表し、「○」は腐食減量が1g/(m2・hr)超10g/(m2・hr)以下であることを表し、「×」は腐食減量が10g/(m2・hr)超であることを表す。
【0078】
「熱間加工性」に関し、「○」は熱簡鍛造時に割れが発生しなかったことを表し、「×」は熱簡鍛造時に割れが発生したことを表す。
さらに、「軟化焼鈍後の組織」に関し、「◎」はフェライト相(α)単相(フェライト相の面積率が90.0%超)であることを表し、「○」はフェライト相とマルテンサイト相(α')の混合組織(フェライト相の面積率が50.0%以上90.0%以下)であることを表し、「×」はマルテンサイト相の面積率が50.0%以上(フェライト相の面積率が50.0%未満)であることを表す。
【0079】
(1)比較例1は、焼入れ組織の芯部のフェライト相の面積率が5%を超えていた。その結果、回転曲げ疲労試験において、フェライト相を起点とする破壊が生じた。これは、[Nieq]/[Creq]が1.0未満であり、焼入れ後も多量のフェライト相が残存したためと考えられる。
(2)比較例2は、腐食減量が増大した。これは、C量が過剰であり、未固溶のCr炭窒化物が多量に生成したためと考えられる。
(3)比較例3は、腐食減量が増大した。これは、Mn量が過剰であるためと考えられる。
【0080】
(4)比較例4は、熱間加工性が低下した。これは、Cu量が過剰であるためと考えられる。
(5)比較例5は、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μmを超えた。その結果、回転曲げ疲労試験において、粗大結晶粒の粒界を起点とする粒界破壊が生じた。これは、[Ni]*[Mo]が1.0未満であるためと考えられる。
(6)比較例6は、軟化焼鈍後の組織がα'単相となった。これは、Ni量が過剰であるためと考えられる。
【0081】
(7)比較例7は、腐食減量が10g/(m2・hr)を超えた。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(8)比較例8は、焼入れ組織の芯部のフェライト相の面積率が5%を超えていた。その結果、回転曲げ疲労試験において、フェライト相を起点とする破壊が生じた。これは、Cr量が過剰であるためと考えられる。
(9)比較例9は、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μmを超えた。その結果、回転曲げ疲労試験において、粗大結晶粒の粒界を起点とする粒界破壊が生じた。また、比較例9は、腐食減量が10g/(m2・hr)を超えた。これは、Mo量が少なく、かつ、[Ni]*[Mo]が1.0未満であるためと考えられる。
【0082】
(10)比較例10は、焼入れ組織の芯部のフェライト相の面積率が5%を超えていた。その結果、回転曲げ疲労試験において、フェライト相を起点とする破壊が生じた。これは、Mo量が過剰であり、[Nieq]/[Creq]が1未満であるためと考えられる。
(11)比較例11は、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μmを超えた。その結果、回転曲げ疲労試験において、粗大結晶粒の粒界を起点とする粒界破壊が生じた。これは、Nb量が少なく、窒素吸収処理時において異常粒成長が生じたためと考えられる。
(12)比較例12は、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μmを超えた。その結果、回転曲げ疲労試験において、粗大な炭窒化物を起点とする粒界破壊が生じた。これは、Nb量が過剰であるために、粗大な炭窒化物が形成されたためと考えられる。
【0083】
(13)比較例13、14は、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μmを超えた。その結果、回転曲げ疲労試験において、粗大結晶粒の粒界を起点とする粒界破壊が生じた。これは、[Ni]*[Mo]が1.0未満であるためと考えられる。
(14)比較例15は、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μmを超えた。その結果、回転曲げ疲労試験において、粗大な炭窒化物を起点とする粒界破壊が生じた。これは、V量が過剰であるために、粗大な炭窒化物が形成されたためと考えられる。
(15)比較例16は、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μmを超えた。その結果、回転曲げ疲労試験において、粗大な炭窒化物を起点とする粒界破壊が生じた。これは、Ti量が過剰であるために、粗大な炭窒化物が形成されたためと考えられる。
【0084】
(16)実施例1~14は、いずれも、焼入れ組織芯部のフェライト面積率が0.5%以下であり、窒素吸収処理後の平均結晶粒径が50μm以下であった。その結果、実施例1~14は、いずれも良好な回転曲げ疲労特性を示した。また、実施例1~14は、いずれも腐食減量が10g/(m2・hr)以下であり、熱間加工時に割れが発生しなかった。
(17)実施例1~4、6~14の軟化焼鈍後の組織は、α+α'の混合組織であった。一方、実施例5の軟化焼鈍後の組織は、α単相であった。
【0085】
【0086】
【0087】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
本発明に係る窒素富化処理用マルテンサイト系ステンレス鋼は、シャフト、軸受、歯車、ピン、ボルト、ねじ、タービンブレード、バルブ、刃物、ノズルなどに用いることができる。