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特開2024-87379銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ及びその利用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087379
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/62 20060101AFI20240624BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20240624BHJP
   C12N 9/02 20060101ALI20240624BHJP
   C12N 9/50 20060101ALI20240624BHJP
   C12N 15/53 20060101ALI20240624BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20240624BHJP
   C07K 14/36 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
C12N15/62 Z
C07K19/00
C12N9/02
C12N9/50
C12N15/53
C12N15/31
C07K14/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202177
(22)【出願日】2022-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 敏
【テーマコード(参考)】
4B050
4H045
【Fターム(参考)】
4B050CC05
4B050DD02
4B050EE10
4B050LL10
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA41
4H045CA11
4H045DA89
4H045EA60
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】チロシン残基を任意のタイミングでDOPAやDOPAキノンへ変換する技術を提供する。
【解決手段】銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列とがリンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されているアミノ酸配列を含み、銅イオンがチロシナーゼと結合している、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列とがリンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されているアミノ酸配列を含み、銅イオンがチロシナーゼと結合している、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
【請求項2】
前記リンカー配列が、(GS)(n=2~6)、配列番号3で表される配列及び配列番号4で表される配列からなる群より選択される少なくとも1種の配列を含む、請求項1に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
【請求項3】
前記銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列及び前記チロシナーゼをコードするアミノ酸配列がそれぞれ、ストレプトマイセス属細菌由来のアミノ酸配列である、請求項1又は2に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
【請求項4】
前記チロシナーゼをコードするアミノ酸配列が、次の(a)又は(b)のアミノ酸配列からなる、請求項1又は2に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列、
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列。
【請求項5】
前記(b)のアミノ酸配列が、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、146番目のアミノ酸がグリシンからアルギニン、リシン、ヒスチジン、グルタミン酸、チロシン、フェニルアラニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、バリン、メチオニン、グルタミン、スレオニン、システイン、プロリン又はアスパラギンに置換されたアミノ酸配列である、請求項1又は2に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
【請求項6】
前記銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列が、次の(c)又は(d)のアミノ酸配列からなる、請求項1又は2に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ:
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列、
(d)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列。
【請求項7】
前記プロテアーゼ認識配列がチロシン残基を含まない配列である、請求項1又は2に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
【請求項8】
銅運搬タンパク質をコードする塩基配列とチロシナーゼをコードする塩基配列とが、リンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されている塩基配列を含む、ポリヌクレオチド。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを含む酵素剤と前記プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼとを含む、酵素キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
スイッチ機能を有する銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
乾燥条件下で強い接着力を示す接着剤は様々なものが知られているが、湿潤条件下や水中で接着を開始した場合に有用な強度に達する接着剤はあまり知られていない。DOPA(ドーパ、L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(L-3,4-Dihydroxyphenylalanine))は、貝(フジツボ、イガイ等)の足糸構成タンパク質に多く含まれており、金属とキレートを形成したり、DOPA同士でカップリングしたり、有機組織表面の求核剤と共有結合を形成することにより、水中で優れた接着力を発揮することが知られている。このため、足糸構成タンパク質を接着剤として利用することが検討されている。DOPAは足糸構成タンパク質内のチロシン残基がチロシナーゼによって酸化されることで形成される。また、DOPAがチロシナーゼによって更に酸化されることで形成されるDOPAキノン(ドーパキノン)によるキノン架橋も接着に関与することが報告されている。
【0003】
また、貝等の海洋生物以外にも湿潤条件下や水中での接着に有用な接着タンパク質が知られている。例えば、非特許文献1には、カイコの繭糸から得られるシルクタンパク質にもチロシン残基が含まれており、シルクタンパク質にチロシナーゼを作用させることでシルクタンパク質内のチロシン残基がDOPAに変換されること、このように変換させたシルクタンパク質の水溶液をマイカ等の物質に塗布したところ、物質同士を接着できたことが報告されている。
【0004】
また、従来、キトサンとジェランガムとを反応させて得られるハイブリッド繊維が知られており、該繊維の製造においてチロシナーゼを用いた場合、その酸化作用による架橋形成はハイブリッド繊維の機械的強度を更に向上できることが報告されている。また、チロシナーゼの酸化作用により、羊毛等の天然繊維をコラーゲン、エラスチン等の異なる素材と架橋させることによって、該繊維の耐久性が高まることが報告されている。このようにチロシナーゼは、接着性の発揮や強化繊維の製造をはじめとする様々な分野において有用な酵素として知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】S. Hiromitsu et al., 3,4-Dihydroxyphenylalanine (DOPA)-Containing Silk Fibroin: Its Enzymatic Synthesis and Adhesion Properties, ACS Biomater. Sci. Eng. 2019, 5, 5644-5651
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、湿潤条件下や水中で接着を開始した場合であっても強い接着力を示す接着タンパク質が知られており、接着タンパク質内のチロシン残基がチロシナーゼの作用によりDOPAやDOPAキノンに変換されることで(図1)、接着力が発揮されることが知られている。本発明者らはこのような接着タンパク質についてかねより研究を行っていたところ、DOPAやDOPAキノンへの変換を任意のタイミングで開始できれば、湿潤条件下や水中でも任意のタイミングで粘着力が発揮され、所望の接着剤として機能させることができるのではないかと考えた。また、強化繊維の製造等においても、任意のタイミングで該変換を開始できれば、より効率良くチロシナーゼによる反応処理を実施できるのではないかと考えた。
【0007】
このことから、本開示は、チロシン残基を任意のタイミングでDOPAやDOPAキノンへ変換する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、チロシナーゼと、チロシナーゼの活性に必要な銅イオンを運搬する銅運搬タンパク質とを、リンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結させ、且つ、銅と結合した状態でチロシナーゼと銅運搬タンパク質とを融合させておくことにより、チロシナーゼの活性部位が銅運搬タンパク質により蓋をされる形になりチロシナーゼの活性を抑制できることを見出した。また、銅運搬タンパク質と融合したチロシナーゼを、プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼで処理することにより、銅運搬タンパク質とチロシナーゼとが分離し、チロシナーゼの活性部位が露わになり、チロシナーゼ活性が復活することを見出した。本発明者らは、これによって切断プロテアーゼの添加をスイッチとしたチロシナーゼ活性の制御が可能であることを見出した。本発明は該知見に基づき更に検討を重ねて完成されたものであり、本開示は例えば下記に代表される発明を包含する。
項1.銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列とがリンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されているアミノ酸配列を含み、銅イオンがチロシナーゼと結合している、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
項2.前記リンカー配列が、(GS)(n=2~6)、配列番号3で表される配列及び配列番号4で表される配列からなる群より選択される少なくとも1種の配列を含む、項1に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
項3.前記銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列及び前記チロシナーゼをコードするアミノ酸配列がそれぞれ、ストレプトマイセス属細菌由来のアミノ酸配列である、項1又は2に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
項4.前記チロシナーゼをコードするアミノ酸配列が、次の(a)又は(b)のアミノ酸配列からなる、項1~3のいずれか一項に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列、
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列。
項5.前記(b)のアミノ酸配列が、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、146番目のアミノ酸がグリシンからアルギニン、リシン、ヒスチジン、グルタミン酸、チロシン、フェニルアラニン、イソロイシン、ロイシン、トリプトファン、バリン、メチオニン、グルタミン、スレオニン、システイン、プロリン又はアスパラギンに置換されたアミノ酸配列である、項1~4のいずれか一項に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
項6.前記銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列が、次の(c)又は(d)のアミノ酸配列からなる、項1~5のいずれか一項に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ:
(c)配列番号1で表されるアミノ酸配列、
(d)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列。
項7.前記プロテアーゼ認識配列がチロシン残基を含まない配列である、項1~6のいずれか一項に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ。
項8.銅運搬タンパク質をコードする塩基配列とチロシナーゼをコードする塩基配列とが、リンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されている塩基配列を含む、ポリヌクレオチド。
項9.項1~7のいずれか一項に記載の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを含む酵素剤と前記プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼとを含む、酵素キット。
【発明の効果】
【0009】
本開示は銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを提供する。本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、チロシナーゼとチロシナーゼの活性に必要な銅イオンを運搬する銅運搬タンパク質とが、リンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されており、該チロシナーゼが銅と結合した状態にある。本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼでは、チロシナーゼの活性部位が銅運搬タンパク質により蓋をされる形になっており、銅運搬タンパク質と融合させていない場合と比較して、チロシナーゼの活性が抑制されている(スイッチオフ状態)。このように本開示は、チロシナーゼの活性が抑制された銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ(スイッチオフ状態)を提供できる。また、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを、プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼで処理することにより、銅運搬タンパク質とチロシナーゼとが分離し、チロシナーゼの活性部位が露わになり、チロシナーゼ活性を復活させることができる(スイッチオン状態)。このように、本開示によれば、切断プロテアーゼとの接触をスイッチとして、任意のタイミングでチロシナーゼ活性を復活させることができる。本開示によれば、切断プロテアーゼの添加をスイッチとしたチロシナーゼ活性の制御が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、チロシナーゼの作用によるチロシン残基のDOPA、DOPAキノンへの変換を示すモデル図である。
図2図2は、本開示のスイッチオフ、オンのモデル図である。銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ(スイッチオフ状態)を切断プロテアーゼで処理することにより、銅運搬タンパク質とチロシナーゼとが分離してチロシナーゼの活性が復活(スイッチオン状態)する。
図3図3は、試験例1で作製したプラスミドのモデル図を示す。
図4図4は、実施例1(438mel3CP-n3)で用いた配列を示し、配列番号10で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号11)を示す。
図5図5は、チロシナーゼ活性測定原理のモデル図を示す。
図6図6は、発現させたタンパク質(銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ)を切断プロテアーゼで切断した電気泳動結果を示す。
図7図7は、チロシナーゼ活性の測定結果を示す。
図8図8は、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ切断後のチロシナーゼが、接着タンパク質内のチロシン残基をDOPA やDOPAキノンに酸化できることを示す。
図9図9は、実施例2(438mel3CP-n4)で用いた配列を示す。
図10図10は、実施例3(438melC3C-L1)で用いた配列を示す。
図11図11は、実施例4(438melC3C-L2)で用いた配列を示す。
図12図12は、実施例5(438mel3CP-dNn3)で用いた配列を示す。
図13図13は、実施例6(G290K)で用いた配列を示す。
図14図14は、実施例7(G290H)で用いた配列を示す。
図15図15は、実施例8(G290R)で用いた配列を示す。
図16図16は、実施例9(G290E)で用いた配列を示す。
図17図17は、実施例6~9の電気泳動結果を示す。
図18図18は、実施例2における切断前後のプロテアーゼ活性を示す。
図19図19は、実施例3及び4における切断前後のプロテアーゼ活性を示す。
図20図20は、実施例9における切断前後のプロテアーゼ活性を示す。
図21図21は、実施例1及び6~9の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性をまとめた結果及びdStabilityの算出値を示す。
図22図22は、実施例1及び6~9において融合チロシナーゼ切断後に測定したチロシナーゼ活性をまとめた結果を示す。
図23図23は、精製直後と1か月間保存後のチロシナーゼ活性を示す。
図24図24は、精製直後と1か月間保存後のチロシナーゼ活性を示す。
図25図25は、実施例1における精製直後、1か月間保存後及び4か月間保存後のチロシナーゼ活性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示に包含される実施形態について更に詳細に説明する。なお、本開示において「含有する」は、「実質的にからなる」、「からなる」という意味も包含する。
【0012】
銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ
本開示は、銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列とがリンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されているアミノ酸配列を含み、銅イオンがチロシナーゼと結合している、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを包含する。
【0013】
銅運搬タンパク質
銅運搬タンパク質は、チロシナーゼに銅を運搬可能なタンパク質であり、このような銅運搬タンパク質は公知である。銅運搬タンパク質は制限されず、例えばストレプトマイセス属(Streptomyces)由来銅運搬タンパク質、ロドコッカス属(Rhodococcus)由来銅運搬タンパク質、これらの属以外の放線菌(Actinomycetes)由来銅運搬タンパク質等が例示される。ストレプトマイセス属由来銅運搬タンパク質として、Uniprot(The Universal Protein Resource)entry番号 P55046、P55047、P55048、P17687等に記載されている銅運搬タンパク質が例示される。その他の放線菌由来銅運搬タンパク質として、Uniprot entry番号A0A0N1NTI5等に記載されている銅運搬タンパク質が例示される。Uniprotはタンパク質のアミノ酸配列およびその機能情報を提供する公知の代表的なデータベースである。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0014】
本開示を制限するものではないが、銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列はUniprot等のデータベースに基づいて容易に知ることができる。アミノ酸配列の一例として、配列番号1で表されるアミノ酸配列が挙げられる。配列番号1で表されるアミノ酸配列は、Uniprot entry番号P17687(別名ORF438、Streptomyces antibioticus由来)において記載されているストレプトマイセス属由来銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列に対応するアミノ酸配列である。
【0015】
銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列は、銅を運搬可能であり、且つ、チロシナーゼと融合させた際にチロシナーゼの活性部位に蓋をできる範囲において、前記アミノ酸配列に変異を有してもよい。ここで、銅を運搬可能であり、且つ、チロシナーゼと融合させた際にチロシナーゼの活性部位に蓋をできる範囲とは、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼと切断プロテアーゼとを接触させることにより、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性よりも、切断後においてチロシナーゼ活性が高まることを意味する。本開示においてチロシナーゼ活性の測定は、後述の試験例1の手順に従う。この限りにおいて制限されないが、後述の実施例1において、吸光度測定開始1500秒後の時点で銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性よりも、切断後においてチロシナーゼ活性が高い変異が一層好ましい。
【0016】
該変異として、本開示を制限するものではないが、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列が挙げられる。ここで、1又は複数個の範囲は、1~30個、好ましくは1~25個、1~22個、1~20個、1~18個、1~15個、1~10個、1~8個、1~5個、1~4個、1~3個、1又は2個等が例示される。
【0017】
変異後のアミノ酸は、天然アミノ酸及び人工アミノ酸のいずれであってもよい。アミノ酸として、疎水性アミノ酸、親水性アミノ酸、塩基性アミノ酸、酸性アミノ酸、分岐鎖アミノ酸、芳香族アミノ酸、含硫アミノ酸等が例示される。アミノ酸として、より具体的には、例えばバリン、ロイシン、イソロイシン、アラニン、アルギニン、グルタミン、リシン(リジン)、アスパラギン酸、グルタミン酸、プロリン、システイン、トレオニン(スレオニン)、メチオニン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、アスパラギン、グリシン、セリン等が挙げられる。特定のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸を欠失、置換及び/又は付加させる技術は公知である。
【0018】
また、本開示を制限するものではないが、置換として保存的置換が好ましく例示される。本開示において保存的置換とは、アミノ酸残基が類似の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換されることを意味する。例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性側鎖を有するアミノ酸残基同士で置換されることが、保存的な置換にあたる。その他、アスパラギン酸、グルタミン酸といった酸性側鎖を有するアミノ酸残基;グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システインといった非帯電性極性側鎖を有するアミノ酸残基;アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンといった非極性側鎖を有するアミノ酸残基;スレオニン、バリン、イソロイシンといったβ-分枝側鎖を有するアミノ酸残基、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンといった芳香族側鎖を有するアミノ酸残基同士での置換も同様に、保存的な置換にあたる。
【0019】
本開示を制限するものではないが、このような変異を有する配列として、配列番号1において115番目~117番目のアミノ酸配列が欠失したアミノ酸配列、配列番号1において2番目から22番目のアミノ酸配列が欠失したアミノ酸配列等が例示される。
【0020】
チロシナーゼ
チロシナーゼは、その酸化作用により、タンパク質内のチロシン残基をDOPAに変化し、更にDOPAキノンに変換する。このようなチロシナーゼは、EC番号1.14.18.1として公知である。チロシナーゼとして、ストレプトマイセス属由来チロシナーゼ、ストレプトマイセス属以外の放線菌由来チロシナーゼ、マッシュルーム由来チロシナーゼ等が例示される。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0021】
本開示を制限するものではないが、チロシナーゼをコードするアミノ酸配列の一例として、配列番号2で表されるアミノ酸配列が挙げられる。
【0022】
チロシナーゼをコードするアミノ酸配列は、該アミノ酸配列でコードされるタンパク質がチロシナーゼ活性を有する限り、前記アミノ酸配列に変異を有してもよい。本開示においてチロシナーゼ活性を有するとは、銅イオンと結合して、チロシン残基をDOPAに変化し、更にDOPAキノンに変換する活性を意味する。チロシン残基をDOPAに変化し、更にDOPAキノンに変換するかどうかは、公知の手順に従い確認すればよい。例えば、市販されているチロシナーゼ阻害剤スクリーニングキット等を用いて確認することができる。また、文献(A. J. Winder et al., New assays for the tyrosine hydroxylase and dopa, Eur J. Biochcm. f98, 317-326 (1991))に示されるように、チロシナーゼの反応進行に伴い生じるDOPAキノンを3-methyl-2-benzothiazolinonehydrazone(MBTH)と反応させ、505nmによる吸光度を測定することにより確認ことができる。また、後述の試験例1の手順に従い確認することができる。
【0023】
該変異として、本開示を制限するものではないが、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列が挙げられる。ここで、1又は複数個の範囲は前述と同様にして説明される。
【0024】
変異後のアミノ酸は、天然アミノ酸及び人工アミノ酸のいずれであってもよい。アミノ酸として、疎水性アミノ酸、親水性アミノ酸、塩基性アミノ酸、酸性アミノ酸、分岐鎖アミノ酸、芳香族アミノ酸、含硫アミノ酸等が例示され、これらは前述と同様にして説明される。
【0025】
本開示を制限するものではないが、このような変異を有するアミノ酸配列として、配列番号2において146番目のアミノ酸が任意のアミノ酸に置換した配列等が例示される。置換として、該146番目のアミノ酸であるグリシン(G)が、アルギニン(R)、リシン(K)、ヒスチジン(H)、グルタミン酸(E)、チロシン(Y)、フェニルアラニン(F)、イソロイシン(I)、ロイシン(L)、トリプトファン(W)、バリン(V)、メチオニン(M)、グルタミン(Q)、スレオニン(T)、システイン(C)、プロリン(P)又はアスパラギン(N)等に置換していることが好ましく例示される。置換として、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼにおいてチロシナーゼ活性を一層抑制(安定化)する観点から、より好ましくは、該146番目のアミノ酸が、GからR、K、H、E、Y、F、I、L、W、V、M、Q又はTに置換していることが例示される。
【0026】
リンカー配列
本開示において銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列とは、リンカー配列を介して連結されている。リンカー配列として、GSリンカー、グリシン(G)のみからなるリンカー、セリン(S)のみからなるリンカー、ヒスチジンリッチリンカー等が例示される。リンカー配列の長さは、本開示の効果が得られる限り制限されないが、リンカー配列のアミノ酸残基数として好ましくは4~40個、より好ましくは15~35個、更に好ましくは15~30個等が例示される。
【0027】
GSリンカーとして、好ましくは(GS)が例示され、nとして1~6の整数が例示され、好ましくは2~5、更に好ましくは3~4等が例示される。また、Gのみからなるリンカーは、Gのアミノ酸残基数として4~40個の整数が例示され、好ましくは15~35個、より好ましくは15~30個等が例示される。また、Sのみからなるリンカーカーは、Sのアミノ酸残基数として4~40個の整数が例示され、好ましくは15~35個、より好ましくは15~30個等が例示される。また、リンカーとして、HMRKNIKGIHTLLQNL(配列番号3(以下、L1リンカーと記載する場合がある))、EVGGDFAGESYRLGEAVASVHATLADSLGT(配列番号4(以下、L2リンカーと記載する場合がある))等が例示される。
【0028】
これらのリンカー配列は、1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0029】
このようなリンカー配列として、より好ましくは、(GS)(n=2~4)、配列番号3で表される配列及び配列番号4で表される配列の少なくともいずれかの配列を含むリンカー配列が例示される。また、このようなリンカー配列として、更に好ましくはGS(GS)SG、GS(GS)SG、GS(GS)SG、配列番号3で表される配列及び配列番号4で表される配列の少なくともいずれかの配列を含むリンカー配列が例示される。
【0030】
プロテアーゼ認識配列
本開示において銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列とは、プロテアーゼ認識配列を介して連結されている。プロテアーゼ認識配列は、公知のプロテアーゼ認識配列を用いればよく、該プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼと共に公知である。
【0031】
本開示を制限するものではないが、例えば該プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼとしてヒトライノウイルス14型由来の3Cプロテアーゼ(HRV 3C Protease)(商品名Turbo3C protease、Accelagen社製)が知られており、その認識配列はLEVLFQGP(配列番号5)であり、該認識配列はそのQとGとの間で切断されることが知られている。また、切断プロテアーゼの他の例として、タバコエッチウイルス由来プロテアーゼ(TEV Protease)(商品名TurboTEV protease、Accelagen社製)が知られており、その認識配列はENLYFQG(配列番号6)又はENLYFQS(配列番号7)であり、該認識配列は前者ではQとGとの間、後者ではQとSとの間で切断されることが知られている。また、その他にFactor Xaプロテアーゼやエンテロキナーゼ等の切断プロテアーゼも用いることができ、各切断プロテアーゼに応じた認識配列を使用すればよい。
【0032】
プロテアーゼ認識配列として、LEVLFQGP(配列番号5)等が好ましく例示される。また、プロテアーゼ認識配列としてチロシン残基を含まない配列が好ましく例示される。プロテアーゼ認識配列は、1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0033】
本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列とがリンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されているアミノ酸配列を含み、その連結順は制限されない。
【0034】
例えば、銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列が、チロシナーゼをコードするアミノ酸配列よりもN末端側に配置されていてもよく、C末端側に配置されていてもよく、好ましくはN末端側に配置されている。リンカー配列は、プロテアーゼ認識配列よりもN末端側に配置されていてもよく、C末端側に配置されていてもよく、好ましくはN末端側に配置されている。好ましい一例として、N末端側からC末端側に向かって順に、銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列、リンカー配列、プロテアーゼ認識配列、チロシナーゼをコードするアミノ酸配列が連結している態様が挙げられる。
【0035】
銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列との間には、リンカー配列及びプロテアーゼ認識配列の他に、本開示の効果を妨げない限り、FLAG配列、Myc配列、Strep-Tag配列等の任意の配列が含まれていてもよい。また、銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列との間の長さは、本開示の効果が得られる限り制限されないが、アミノ酸残基数として好ましくは4~50個の整数が例示され、好ましくは15~45、より好ましくは20~40、更に好ましくは25~40等が例示される例えば、後述の実施例1において配列番号10で表されるアミノ酸配列において、銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列とチロシナーゼをコードするアミノ酸配列との間の長さは、アミノ酸残基数27である。
【0036】
本開示において銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、銅イオンがチロシナーゼと結合している。チロシナーゼは、銅イオンと結合して活性をもつ酸化酵素の一種であり、銅イオンとチロシナーゼとが結合することによりチロシナーゼが活性化されることが従来知られている。このことから、本開示において銅イオンがチロシナーゼと結合しているかどうかは、銅イオンがチロシナーゼと結合していることを知ることができる任意の手段により確認することができる。好ましい例示は、後述の試験例1の通り、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを切断プロテアーゼで処理後にチロシナーゼの活性を確認し、切断処理後に得たチロシナーゼにチロシナーゼ活性が認められれば銅イオンがチロシナーゼと結合していると判断できる。
【0037】
銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの製造方法
銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、遺伝子工学分野において公知の手順に従い製造することができる。本開示を制限するものではないが、例えば、銅運搬タンパク質をコードする塩基配列とチロシナーゼをコードする塩基配列とが、リンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されている塩基配列を含む、ポリヌクレオチドを構築し、該ポリヌクレオチドを用いて、本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを製造できる。
【0038】
銅運搬タンパク質をコードする塩基配列としては、前述の銅運搬タンパク質をコードする塩基配列であれば制限されないが、例えば配列番号1で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列が例示される。このような塩基配列として、配列番号8で表される塩基配列が例示される。また、該塩基配列は、前述の銅運搬タンパク質をコードする限り、配列番号8で表される塩基配列において変異を有してもよい。
【0039】
該変異の一例として、変異後の塩基配列は、変異前の塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする。ここで、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするとは、標準的なハイブリダイゼーション条件下で2つのポリヌクレオチドが互いにハイブリダイズできることを意味し、本条件は、Sambrook et al., Molecular Cloning : A lab oratory manual (1989) Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, USAに記載されている。より具体的には、「ストリンジェントな条件」とは、6.0×SSC中、約45℃にてハイブリダイゼーションを行い、そして2.0×SSCによって50℃にて洗浄することを意味する。
【0040】
前記相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドは、通常、配列番号8で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと一定以上の同一性を有し、その同一性は60%以上が例示され、好ましくは70%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、更に特に好ましくは99%以上である。ヌクレオチド配列の同一性は、市販又はインターネット等の電気通信回線を通じて利用可能な解析ツールを用いて知ることができ、例えば、FASTA、BLAST、PSI-BLAST、SSEARCH等のソフトウェアを用いて計算できる。
【0041】
また、該変異の一例として、配列番号8において1又は複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列が挙げられる。ここで1又は複数個の範囲として、1~120、1~100、1~80、1~75、1~70、1~65、1~ 60、1~50、1~40、1~30、1~20、1~10、1~8、1~7、1~6、1~5、1~4、1~3、1又は2等が例示される。
【0042】
チロシナーゼをコードする塩基配列としては、前述のチロシナーゼをコードする塩基配列であれば制限されないが、例えば配列番号2で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列が例示される。このような塩基配列として、配列番号9で表される塩基配列が例示される。また、該塩基配列は、前述のチロシナーゼをコードする限り、配列番号9で表される塩基配列において変異を有してもよい。
【0043】
該変異の一例として、変異後の塩基配列は、変異前の塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする。ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするとは、前述と同様にして説明される。前記相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドは、通常、配列番号9で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドと一定以上の同一性を有し、その同一性は60%以上が例示され、好ましくは70%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、更に特に好ましくは99%以上である。ヌクレオチド配列の同一性については前述と同様にして計算等することができる。
【0044】
また、該変異の一例として、配列番号9において1又は複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列が挙げられる。ここで1又は複数個の範囲として、1~60、1~50、1~40、1~30、1~20、1~10、1~8、1~7、1~6、1~5、1~4、1~3、1又は2等が例示される。
【0045】
リンカー配列をコードする塩基配列及びプロテアーゼ認識配列をコードする塩基配列も前述と同様に説明され、いずれも前述のリンカー配列、プロテアーゼ認識配列をそれぞれコードする塩基配列であれば制限されない。リンカー配列をコードする塩基配列及びプロテアーゼ認識配列をコードする塩基配列として、後述の各試験例で用いた塩基配列が好ましく例示される。
【0046】
製造方法の一例を説明すると、銅運搬タンパク質をコードする塩基配列とチロシナーゼをコードする塩基配列とが、リンカー配列及びプロテアーゼ認識配列を介して連結されている塩基配列を含む、ポリヌクレオチドを構築する。該ポリヌクレオチドを発現ベクターに組み込み、該ポリヌクレオチドが組み込まれた発現ベクターを宿主細胞に形質転換し、これにより得た形質転換体を、銅イオンを含有する培地で培養する。これにより、銅イオンがチロシナーゼと結合した銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを発現させることができる。必要に応じて、このようにして得た培養物において集菌し、菌体を破砕後、得られた上清から銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを精製してもよい。精製の手順は、従来公知のタンパク質の精製手順に従い行えばよい。また、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼが得られる限り、任意の処理を更に行ってもよい。
【0047】
発現ベクターとして、遺伝子工学分野において一般的に使用されている発現ベクターが例示され、その由来として大腸菌等の細菌、酵母、ウイルス等が例示され、また、プラスミド、ファージ、コスミド等のいずれのベクターであってもよい。また、宿主細胞も制限されず、使用する発現ベクターの種類に応じて適宜決定すればよく、使い勝手が良い観点から大腸菌が好ましく例示される。発現ベクターには、必要に応じて、プロモーターが接続されていてもよく、例えば宿主細胞に適したプロモーターを選択すればよい。このほか、発現ベクターには、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、薬剤耐性遺伝子、Green Fluorescent Protein(GFP)等のマーカー遺伝子等の塩基配列が接続されていてもよい。これらは目的に応じて発現ベクターの任意の位置に接続等される。
【0048】
形質転換体を培養する培地としては、宿主細胞を培養できる限り制限されず、液体培地、固体培地のいずれであってもよいが、効率良く培養等する観点から、液体培地が好ましく例示される。液体培地の例示として、LB液体培地、2×YT培地、TB培地等が例示される。銅イオンの含有量は制限されないが、培地中、好ましくは銅イオンの終濃度として5μM~500μM程度が例示され、より好ましくは終濃度25μM~100μM程度、更に好ましくは終濃度50μM程度が例示される。本開示の効果を妨げない範囲で、銅イオン源としてCuSO等の物質を培地に添加すればよい。
【0049】
また、培地には、アンピシリン、カナマイシン、クロラムフェニコール等の抗生物質、ガラクトースやラクトース等の成分を必要に応じて配合してもよい。
【0050】
このようにして形質転体を培養(例えば20~40℃で、4~48時間)することにより、銅イオンがチロシナーゼと結合した銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを発現させればよい。より好ましくは、例えばT7 RNAポリメラーゼを用いた発現系の場合では、前述のようにして培養し、濁度(600nmにおける吸光度)が0.5を超えた時点でイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG、Isopropyl β-D-1-thiogalactopyranoside)を添加し、例えば20~40℃で4~24時間、好ましくは25~30℃で10~15時間さらに培養することにより、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを発現させることが例示される。
【0051】
また、前述と同様に形質転体を培養し(但し、培地に銅イオンは含有されていてもよく含有されていなくてもよい)、得られたタンパク質と銅イオン含有溶液とを混合し、これらを接触させることにより、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを製造することができる。銅イオン含有溶液は、培地(例えば前述の培養培地)、緩衝液(例えばPBS)、超純水等の溶液であれば制限されない。銅イオン含有溶液中の銅イオン含有量は前述と同様に説明でき、接触時間として20~40℃で、0.5~48時間等が例示される。銅イオン含有溶液との接触前に、前記タンパク質は従来公知の手順に従い精製されていてもよい。好ましくは、銅イオン含有溶液を用いてタンパク質を透析することが例示される。銅運搬タンパク質融合チロシナーゼが得られる限り、任意の処理を更に行ってもよい。
【0052】
銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを効率良く製造する観点からは、前述の通り、銅イオン存在下で形質転体を培養して製造する方法が好ましく例示される。
【0053】
銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを構成するプロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼと接触させることにより使用されることが好ましい。該接触をスイッチとして、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ(スイッチオフ状態)においては抑制されていたチロシナーゼ活性が回復する(スイッチオン状態)。
【0054】
切断プロテアーゼと銅運搬タンパク質融合チロシナーゼとの接触条件は、切断プロテアーゼとプロテアーゼ認識配列との組み合わせに応じて従来公知の手順に従えばよい。例えば、後述の試験例の手順に従い行うことができる。
【0055】
酵素キット
このように、本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを構成するプロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼと接触させることにより使用されることが好ましい。このことから、本開示は、前記銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを含む酵素剤と前記プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼとを含む、酵素キットを包含する。前述の通り、本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、切断プロテアーゼとの接触をスイッチとして、チロシナーゼの活性を復活させることができる。本開示の酵素キットは該復活を一層簡便に行うことができる点で有用である。
【0056】
該酵素キットにおいて、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを含む酵素剤は、前記銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを含む限り制限されず、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのみからなるものであってもよく、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ以外の成分を含むものであってもよい。銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ以外の成分は、本開示の効果を妨げない限り制限されないが、緩衝液、グリセロール、防腐剤等が例示される。該成分は1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0057】
酵素剤中、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの含有量は制限されず、適宜決定すればよい。
【0058】
プロテアーゼ認識配列を認識する切断プロテアーゼは、前述と同様に説明され、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの一部を構成するプロテアーゼ認識配列に応じて適宜決定すればよい。また、酵素キット中、切断プロテアーゼの含有量は、該プロテアーゼ認識配列に応じて適宜決定すればよい。
【0059】
酵素キットは、酵素剤、切断プロテアーゼ以外に、必要に応じて任意の成分等を更に含んでいてもよい。該成分等として緩衝液、グリセロール、防腐剤、使用説明書等が例示される。使用説明書はウェブページのURLや読み取りコード等が記載されているものであってもよく、該URLや読み取りコード等を介して使用手順等を入手できるものであってもよい。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0060】
このように、本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、チロシナーゼの活性部位が銅運搬タンパク質により蓋をされる形になりチロシナーゼの活性が抑制されている(スイッチオフ状態)。また、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼと切断プロテアーゼとを接触させることにより、これをスイッチとして、銅運搬タンパク質とチロシナーゼとが分離し、チロシナーゼから銅運搬タンパク質の蓋がはずれることにより、チロシナーゼの活性を復活させることができる。このように、本開示によれば、切断プロテアーゼとの接触をスイッチ(トリガー)として、チロシナーゼ活性制御が可能となる。このことを示すモデル図を図2に示す。図2中、orf438は銅運搬タンパク質の例示であり、melCはチロシナーゼの例示であり、3Cproteaseは切断プロテアーゼの例示である。
【0061】
本開示によれば、このようにチロシナーゼ活性制御が可能であることから、接着を開始させたい任意のタイミングで、例えば、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼと切断プロテアーゼと接着タンパク質とを共存させ、これを接着させたい対象物に適用することにより対象物の接着を実施することができる。これは、切断プロテアーゼとの接触により銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性が復活することにより、接着タンパク質内のチロシン残基がDOPA、更にDOPAキノンに変換され、DOPAやDOPAキノンに起因する接着力が対象物において発揮されるためである。特に、このような接触や変換は水中でも実施できるため、湿潤条件下や水中であっても前記スイッチ機能により変換を良好に行うことができ、これに起因する所望の接着を実施することができる。このよう、本開示によれば、湿潤条件下や水中であっても所望のタイミングで接着が可能となる。
【0062】
本開示を制限するものではないが、例えば、接着タンパク質存在下で、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼと切断プロテアーゼとを接触させ、これを対象物(ガラス、プラスチック、金属、木材、骨、歯、テフロン(登録商標)、ポリプロピレン等)に適用(滴下、塗布等)すればよい。また、例えば、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼと切断プロテアーゼとの接触後、これを速やかに接着タンパク質と混合し、得られた混合物を対象物に適用してもよい。これにより、湿潤条件下や水中であっても接着を開始させることができ、対象物同士を強固に接着させることができる。接着させる対象物の組み合わせは制限されず、例えば同種であっても異種であってよく、また、その種類は2種以上であっても制限されない。また、該適用は、通常の接着剤と同様に、接着させたい部分に適宜適用すればよい。
【0063】
なお、接着タンパク質内のチロシン残基がDOPAやDOPAキノンに変換されることにより接着性が高まるタンパク質(接着タンパク質)は従来公知である。このような接着タンパク質の例として、イガイの接着タンパク質が例示され、例えばヨーロッパイガイ(Mytilus edulis)の接着タンパク質mefp-1、Mefp-2、Mefp-3、Mefp-4、Mefp-5、Mefp-6、イガイ(Mytilus galloprovincialis)の接着タンパク質mgfp-1、イガイ(Mytilus coruscus)の接着タンパク質はMcfp-1、Mcfp-2、Mcfp-3、Mcfp-5、Mcfp-6が例示される。これらの接着タンパク質は、湿潤条件下や水中で接着を開始しても強固に接着でき、接着は水に耐性であることが知られている。このような接着タンパクは、例えばガラス、プラスチック、金属、木材、骨、歯、テフロン(登録商標)、ポリプロピレン等を2~3分で接着できることが知られており、また、生体接着剤材料としての利用も期待されている。
【0064】
また、接着タンパク質は架橋構造等を形成することにより良好な接着能を発揮できることが知られており、後述の実施例から理解できる通り、本開示によれば架橋構造の形成を任意のタイミングで開始及び/又は促進できることが理解できる。このことから、本開示によれば、例えばチロシナーゼを作用させることにより架橋構造の形成が開始及び/又は促進できることが知られている物質等に対して本開示の前記融合チロシナーゼを用いることにより、任意のタイミングで、該物質等の架橋構造の形成も開始及び/又は促進できる。
【0065】
該物質として、コラーゲン、エラスチン等のタンパク質、タンパク質の加水分解物、チロシンを分子内に1個以上含むペプチド、該ペプチドに糖、脂質及び/又は抗菌作用を有する化合物等が結合した分子等が例示される。本開示を制限するものではないが、例えば、キトサンとジェランとを含む複合繊維の製造においてチロシナーゼを作用させることにより、一層強度の高いナノファイバー繊維を製造できることが知られている。また、タンパク質繊維(羊毛等)とコラーゲン、エラスチン又はゼラチン等の材料とをチロシナーゼの酸化作用を利用して架橋させることにより、該繊維に耐久性等の特性を付与できることが知られている。これらの製造においてチロシナーゼに代えて本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを用いてチロシナーゼ活性を回復させることにより、任意のタイミングでその酸化作用による架橋形成を開始及び/又は促進することができる。このようにして任意のタイミングでより効率良く強度の高いナノファイバー等の繊維を製造できる。
【0066】
このように、本開示によれば、任意のタイミングで銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの活性を復活させることができる。また。後述の試験例に示す通り、本開示によれば、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼとすることにより、長期間保存(例えば1か月以上)した場合であっても、一般的なチロシナーゼよりも、その活性を保持させることができる。本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼは、接着性の発揮や強化繊維の製造をはじめとする様々な分野において有用である。
【実施例0067】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。
【0068】
試験例1:銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの製造、切断プロテアーゼとの接触及びチロシナーゼ活性の評価
1-1)試験手順
1-1A)銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの製造
公知のpETシステムに従ってベクター(プラスミド)を作製した。図3は、作製したプラスミドのモデル図である。図3中、「orf438_melC」は、5’末端から3’末端に向かって順に、銅運搬タンパク質をコードする塩基配列、リンカー配列、プロテアーゼ認識配列、チロシナーゼをコードする塩基配列を連結した配列である。また、図3中、「His-tag」は、チロシナーゼをコードする塩基配列の3’末端に6つのヒスチジンを連続して連結させたことを示す。これらの配列は具体的には次の通りである。
【0069】
実施例1(438mel3CP-n3):orf438_melC及びHis-tagの塩基配列として、配列番号10で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号11)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図4に示す。配列番号10の1~117番目が銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列(ORF438、ストレプトマイセス属細菌由来、配列番号1に相当)(配列番号11の1~351番目の塩基配列に対応)、配列番号10の118~136番目がリンカー配列をコードするアミノ酸配列GS(G4S)3SG(配列番号11において352~408番目の塩基配列に対応)、配列番号10の137~144番目がプロテアーゼ認識配列をコードするアミノ酸配列(配列番号5に相当)(配列番号11において409~432番目の塩基配列に対応)、配列番号10の145~417番目がチロシナーゼをコードするアミノ酸配列(ストレプトマイセス属細菌由来、配列番号2に相当)(配列番号11の433~1251番目の塩基配列に対応)、配列番号10の418~425番目がヒスチジンタグをコードするアミノ酸配列(配列番号11の1252~1275番目の塩基配列に対応)である。また、配列番号11の1276~1278番目のTGAは終止コドンである。
【0070】
前述のようにして得たプラスミドを、従来公知の手順に従い、大腸菌HMS174(DE3)株に導入した。プラスミドが組み込まれた形質転換体を、LB-amp培地100mLに接種、培養し、OD600が0.5を超えた時点でIPTG(イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド、終濃度0.15mM)、CuSO4(終濃度50μM)を加え、25℃で一晩培養した。次いで、従来公知の手順に従い、集菌し、菌体を破砕後、得られた上清からNi-NTA(nickel-nitrilotriacetic acid)アガロースカラムを用いてタンパク質を精製した。具体的には、集菌した菌体を1×PBS 10 mLで懸濁し、溶液が透明になるまで5分程度超音波破砕した。遠心し、上清を回収した。Ni-NTAアガロース樹脂800μLをカラムに充填し、1×PBSで平衡化した。このカラムに先に回収した上清を全量流した。Wash buffer(1×PBS、5% glycerol、10 mM imidazole)で、2 mL、2 mL、10 mLと計三回洗浄した。Elution buffer(1×PBS、5% glycerol、250 mM imidazole)で1 mLずつ、二回溶出を行った。各画分4μLを10% SDS PAGEで電気泳動し、CBB染色液で染色、脱色した。なお、1×PBSの組成は137mmol/l NaCl、8.1mmol/l Na2HPO4、2.68mmol/l KCl、1.47mmol/l KH2PO4(pH 7.4±0.2)である。
【0071】
1-1B)切断プロテアーゼによる処理
切断プロテアーゼ3Cprotease(商品名Turbo3C protease、Accelagen社製)を用いて、前述のようにして得たタンパク質(銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ)の切断を行った。3Cproteaseは、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの一部を構成する前記プロテアーゼ認識配列(LEVLFQGP(配列番号5))を特異的に認識する切断プロテアーゼであり、該認識配列のQとGとの間を切断する酵素である。具体的には、前記タンパク質(前記融合チロシナーゼ)1μg、Turbo3C protease 0.5μgを1×PBS 10μL中で4℃で一晩反応させた。その後、前述と同様にして電気泳動を行った(10% SDS PAGE CBB染色)。
【0072】
1-1C)チロシナーゼ活性の評価
前述のようにして得たタンパク質(銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ)のチロシナーゼ活性と、切断プロテアーゼによる処理後のチロシナーゼ活性を、従来公知の手順に従い測定した。具体的には、反応液(DOPA 2.5×10-4 M、MBTH 5.175×10-3 M、2×PBS 50%)に前述のようにして得たタンパク質を3.05×10-8 Mになるように混合し、反応混合液を調製した。反応混合液を二つに等分し、一方に3Cprotease(前述と同じ)を0.01 g/Lになるよう加え、4℃で一晩反応させた。もう一方の反応混合液は、3Cprotease を加えない以外は同様にして4℃で一晩放置した。次いで、吸光度計(商品名温調機能付き吸光度計 MyAbscope(商標)、株式会社カネカ製)にセットした。37℃で400-540nmの波長の吸光度を60分間20秒ごとに測定した。セット直後に測定を開始した0秒をブランクとした。吸光度が高いほど、チロシナーゼ活性が高いことを意味する。
【0073】
チロシナーゼは、チロシン残基をDOPAに変換し、更にDOPAキノンに変換する。DOPAキノンとMBTHとが反応すると赤色を呈することが知られている。本試験例で用いた測定手順はこの原理に基づくものであり、チロシナーゼがDOPAをDOPAキノンに酸化する活性を指標としてチロシナーゼ活性を決定するものである。これを説明するモデル図を図5に示す。
【0074】
1-2.結果
結果を図6に示す。前述のようにしてタンパク質を発現させたところ、銅イオンがチロシナーゼと結合した銅運搬タンパク質融合チロシナーゼが得られた。具体的には、図6は、前述のようにして発現させたタンパク質の電気泳動結果を示し、右端のレーンが分子量マーカー(Marker)である。発現させたタンパク質が銅運搬タンパク質融合チロシナーゼであれば、分子量(MW)46×10付近にバンドが認められる。その結果、図6の左端レーン(3Cプロテアーゼ-、発現させたタンパク質+)に示す通り、分子量46×10付近にバンドが認められた。
【0075】
また、前述のようにして発現させたタンパク質に対して前述の通り切断プロテアーゼを接触させたところ、図6の真ん中レーン(3Cプロテアーゼ+、発現させたタンパク質+)に示す通り、二分子に相当するバンド、すなわち、切断により生じた銅運搬タンパク質に相当するバンド(Orf438の位置)とチロシナーゼに相当するバンド(MelCの位置)のが認められた。
【0076】
また、チロシナーゼ活性の評価結果を図7に示す(平均と標準偏差(n=4))。図7中、横軸は測定時間(秒)、縦軸は吸光度を示し、「3Cプロテアーゼ未処理」は、3Cproteaseと接触させていない前記タンパク質(銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ)のチロシナーゼ活性を示し、「3Cプロテアーゼで切断」は3Cproteaseと接触させることによる切断処理後のチロシナーゼ活性を示す。図7に示す通り、3Cプロテアーゼ未処理におけるプロテアーゼの活性と比較して、3Cプロテアーゼで切断後にチロシナーゼ活性が向上した。
【0077】
これらの結果から、実施例1において、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼが得られたことが分かった。また、切断プロテアーゼにより銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを銅運搬タンパク質とチロシナーゼとに分離できることが分かった。また、切断プロテアーゼによるスイッチ機能が確認でき、また、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼではチロシナーゼ活性が抑制されており、切断によりチロシナーゼ活性が復活したことが確認できた。
【0078】
また、本発明者らは更に、切断後のチロシナーゼが、接着タンパク質内のチロシン残基をDOPA やDOPAキノンに酸化できることを確認した。その結果を図8に示す。図8中、左側の泳動写真が、接着タンパク質モデルとしてチロシン残基を含む基質(Lgbit-Y)を用いた結果であり、右側の泳動写真が、チロシン残基を含まない基質(Lgbit-C)を用いた結果である。図中、融合チロシナーゼは銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ、3Cプロテアーゼは前述と同じ切断プロテアーゼ、MelCは切断後のチロシナーゼである。また、+が添加有り、-が添加無しである。
【0079】
左側の泳動写真中、融合チロシナーゼ、3Cプロテアーゼ、基質の全てが+である右端レーンでは、融合チロシナーゼよりも大きい分子量の位置にバンドが出現し、また、MelCと同等の位置にもバンドが出現した。融合チロシナーゼよりも分子量の大きいバンドは、基質内のチロシン残基がDOPAやDOPAキノンに酸化されることにより架橋構造が生じて基質が重合したことに起因する。また、MelCと同等の位置のバンドは、切断によりチロシナーゼが生じたことを示す。左側の泳動写真中、これ以外のレーンでは、このようなバンドが殆ど又は全く出現しなかった。このことから、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼが切断プロテアーゼで切断されることにより生じたチロシナーゼによって、基質内のチロシン残基がDOPAやDOPAキノンに酸化されて、強力な粘着性に寄与する架橋構造が形成されたことが分かった。
【0080】
一方、右側の泳動写真中、融合チロシナーゼよりも大きい分子量のバンドは認められなかった。特に、融合チロシナーゼ、3Cプロテアーゼ、基質の全てが+であるレーンでは切断によりチロシナーゼ(MelCの位置のバンド)が生じているにもかかわらず、大きい分子量のバンドは認められなかった。これは、切断によりチロシナーゼ活性が復活しているにもかかわらず、基質内にチロシン残基が存在しないことからDOPAやDOPAキノンへの酸化も生じず架橋構造も形成されなかったことを意味する。
【0081】
これらのことから、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの前記切断により生じたチロシナーゼは、基質内のチロシン残基のDOPAやDOPAキノンへの酸化に有用であることが理解できた。また、任意のタイミングで、該融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性を復活できることが理解できた。
【0082】
試験例2
2-1.試験手順
試験例1と同様の手順で、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを製造した。本試験例では、実施例1の配列に代えて、以下の配列を用いた。また、試験例1と同様の手順で、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを切断プロテアーゼで処理し(但し、切断プロテアーゼとの反応時間は4℃で1時間とした)、チロシナーゼ活性を測定した。
【0083】
実施例2(438mel3CP-n4):配列番号12で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号13)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図9に示す。図9の通り、実施例2で用いた配列は、リンカー配列のアミノ酸配列としてGS(G4S)4SGを用い、これに対応する塩基配列を用いた以外は、実施例1と同じ配列である。
【0084】
実施例3(438melC3C-L1):配列番号14で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号15)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図10に示す。実施例3で用いた配列は、実施例1で用いた銅運搬タンパク質をコードするアミノ酸配列のC末端の3つのアミノ酸残基(PSN)を欠失させ(これは、配列番号1において115~117番目のアミノ酸配列を欠失させたアミノ酸配列に相当する)、リンカー配列のアミノ酸配列としてHMRKNIKGIHTLLQNL(配列番号3)を用い、これに続いて切断プロテアーゼをコードする配列を連結させた以外は(また、これに対応する塩基配列を用いた以外は)、実施例1と同じ配列である。
【0085】
実施例4(438melC3C-L2):配列番号16で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号17)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図11に示す。実施例4で用いた配列は、リンカー配列のアミノ酸配列としてEVGGDFAGESYRLGEAVASVHATLADSLGT(配列番号4)を用い、これに続いて切断プロテアーゼをコードする配列を連結させた以外は(また、これに対応する塩基配列を用いた以外は)、実施例3と同じ配列である。
【0086】
実施例5(438mel3CP-dNn3):配列番号18で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号19)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図12に示す。実施例5で用いた配列は、実施例1に記載する銅運搬タンパク質をコードする塩基配列の2~22番目のアミノ酸を削除し(これは配列番号1において2~22番目のアミノ酸配列を欠失させたアミノ酸配列に相当する)、これに対応する塩基配列を用いた以外は、実施例1と同じ配列である。
【0087】
実施例6(G290K):配列番号20で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号21)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図13に示す。実施例6で用いた配列は、実施例1に記載する配列番号10において290番目のアミノ酸G(グリシン)をK(リシン)に置換した配列(また、これに対応する塩基配列)である。なお、配列番号10において290番目のアミノ酸Gは、配列番号2で表されるアミノ酸配列において146番目のアミノ酸Gに相当する。
【0088】
実施例7(G290H):配列番号22で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号23)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図14に示す。実施例7で用いた配列は、実施例1に記載する配列番号10において290番目のアミノ酸G(グリシン)をH(ヒスチジン)に置換したアミノ酸配列(これに対応する塩基配列)である。
【0089】
実施例8(G290R):配列番号24で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号25)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図15に示す。実施例7で用いた配列は、実施例1に記載する配列番号10において290番目のアミノ酸G(グリシン)をR(アルギニン)に置換したアミノ酸配列(これに対応する塩基配列)である。
【0090】
実施例9(G290E):配列番号26で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号27)を用いた。これらのアミノ酸配列及び塩基配列を図16に示す。実施例7で用いた配列は、実施例1に記載する配列番号10において290番目のアミノ酸G(グリシン)をE(グルタミン酸)に置換したアミノ酸配列(これに対応する塩基配列)である。
【0091】
2-2.結果
該結果の一例として、図17に実施例6~9の電気泳動結果を示す。また、図18~20に実施例2~4及び実施例9における切断前後のプロテアーゼ活性を示す。
【0092】
実施例2~9のいずれにおいても、実施例1と同様に、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを製造できた。また、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを切断プロテアーゼで処理したところ、銅運搬タンパク質とチロシナーゼとの二分子に分離した。また、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼにおいてチロシナーゼ活性は抑制されており、切断によりチロシナーゼ活性が復活した。このように、実施例2~9においても、切断プロテアーゼによるスイッチ機能を確認できた。
【0093】
また、図21に、実施例6~9の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性と、試験例1で得た実施例1の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性をまとめた結果を示す。図22に、これらを切断後に測定したチロシナーゼ活性をまとめた結果を示す。いずれにおいても銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ(切断前)よりも切断後においてチロシナーゼ活性が高まっていることから、切断プロテアーゼによるスイッチ機能を観察できた。
【0094】
また、前述の通り、実施例6~9はいずれも、実施例1で用いた配列において290番目のアミノ酸Gを置換したものであるが、図21に示す通り、実施例6(G290K)、実施例7(G290H)、実施例8(G290R)のように正電荷に変えた場合は、実施例1よりも、銅運搬タンパク質融合プロテアーゼ(切断前)のチロシナーゼ活性を更に抑制することができた。これは、正電荷に変えた場合、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼにおいて銅運搬タンパク質とチロシナーゼとが一層近づいてチロシナーゼ活性部位が隠れやすくなることにより、実施例1の融合チロシナーゼよりも、スイッチオフ時のチロシナーゼ活性が一層抑制されたと考えられる。一方、負電荷に変えた場合は、実施例1の融合チロシナーゼよりも、銅運搬タンパク質とチロシナーゼが反発して活性部位が露出されやすくなったために、チロシナーゼ活性の抑制が穏やかであったと考えられる。
【0095】
このような結果が得られたことから、290番目のアミノ酸がGである場合の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼの構造予測モデルを構築し、これを統合計算科学システムMOEを用いた290番目のアミノ酸の変異におけるタンパク質の安定化評価によりdStabilityを算出した。図21に示す表の通り、実施例1よりも銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのチロシナーゼ活性を抑制できた実施例6~8ではその算出値が実施例1よりも低かった(dStabilityがいずれもマイナスの値)。また、チロシナーゼ活性の抑制が実施例1よりも穏やかであった実施例9ではその算出値が実施例1よりも高かった(dStabilityがプラスの値)。このことから、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼにおけるチロシナーゼ活性抑制と算出値は相関しており、dStabilityが低い(すなわち安定化する)ほど、チロシナーゼ活性を抑制できることが分かった。このことから、目的に応じて配列に変異を生じさせることにより銅運搬タンパク質融合チロシナーゼにおけるチロシナーゼ活性抑制も制御できることが分かった。
【0096】
試験例3
3-1.試験手順
DOPAとアミノ基とが共有結合することを利用してアミノ基が固定されたスライドグラスに、本開示の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを用いて接着タンパク質を接着した。具体的には、次の表1に示す反応液を調製し、得られた反応液をスライドガラスに滴下し、37℃で2時間静置した。次いで、超純水で洗浄し、CBB溶液20mLに2時間浸漬して染色し、蒸留水でCBB溶液を洗い流した。本試験例では、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼとして実施例1(n=3)の融合チロシナーゼを用い、タンパク質(接着タンパク質)としてコラーゲン(貝の足糸構成タンパク質に多く含まれている)を用い、切断プロテアーゼは試験例1と同じものを用いた。
【0097】
【表1】
【0098】
3-2.結果
その結果、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼ、切断プロテアーゼ及び接着タンパク質を併用した場合、スライドガラス上の反応液滴下部分に紫色(CBB染色)のスポットが目視で確認された。一方、比較として、コラーゲンに代えてエラスチン(自己集合能が高いタンパク質、チロシナーゼに起因する接着性を備えていない)を用いた場合は、紫色のスポットは確認されなかった。また、比較として銅運搬タンパク質融合プロテアーゼのみ、切断プロテアーゼのみ、コラーゲンのみ、エラスチンのみを滴下した場合も紫色のスポットは確認されなかった。また、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼとコラーゲンを用い、切断プロテアーゼを用いない場合も紫色のスポットは確認されなかった。このことから、銅運搬タンパク質融合チロシナーゼのプロテアーゼ活性を任意のタイミングで復活できること、これに基づいて接着タンパク質による接着を開始できることが分かった。
【0099】
試験例4
4-1.試験手順
実施例1及び6~9の銅運搬タンパク質融合チロシナーゼを50% glycerol、50% 2×PBS溶液中に-30℃で、1か月間及び4か月間保存した。次いで、試験例1と同様にして切断プロテアーゼと接触させた。切断前後のチロシナーゼ活性を前述と同様にして測定した。
【0100】
4-2.結果
精製直後と1か月間保存後の結果を図23及び24に示す。実施例1及び6~9のいずれも、精製直後と同様に、1か月間保存した場合であっても銅運搬タンパク質融合チロシナーゼにおいてチロシナーゼ活性が抑制されており、また、切断によりチロシナーゼ活性が復活することが確認された。また、4か月間保存後(実施例1)の結果を図25に示す。4か月間保存した場合も銅運搬タンパク質融合チロシナーゼにおいてチロシナーゼ活性が抑制されており、また、切断によりチロシナーゼ活性が復活することが確認された。従来、チロシナーゼを溶液状態で4~8℃で保存した場合、数日程度でその活性は失活し、-20℃保存では2~3週間程度でその活性は失活すると報告されている。本試験例によれば、このように1か月間保存した場合であっても、更には4ヶ月間保存した場合であっても、スイッチ機能が十分に維持されており、切断により良好なチロシナーゼ活性を発揮できることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
【配列表】
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