(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087460
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】パッシブレーダ装置および目標検出方法
(51)【国際特許分類】
G01S 13/87 20060101AFI20240624BHJP
G01S 13/42 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
G01S13/87
G01S13/42
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202293
(22)【出願日】2022-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】安達 正一郎
【テーマコード(参考)】
5J070
【Fターム(参考)】
5J070AA02
5J070AC01
5J070AC02
5J070AC06
5J070AC11
5J070AD06
5J070AD09
5J070AE04
5J070AF01
5J070AH04
5J070AH12
5J070BD02
(57)【要約】
【課題】 パッシブレーダ装置の部品点数を削減し、小型化を図ること。
【解決手段】 実施形態によれば、パッシブレーダ装置は、参照波アンテナと、パッシブフェーズドアレイアンテナと、受信処理部と、信号処理部とを具備する。参照波アンテナは、人工衛星から放射された直接波を受信して参照信号を出力する。パッシブフェーズドアレイアンテナは、目標からの間接波を受信して受信信号を出力する。受信処理部は、参照信号、受信信号からベースバンドの参照データ、受信データを生成する。信号処理部は、参照データと、受信データと、人工衛星の位置情報とに基づいて目標の検出情報を算出する。受信処理部は、受信信号を処理する回路系統を備える。回路系統は、受信信号をベースバンドに周波数変換するダイレクトコンバージョン回路と、ベースバンドの受信信号をデジタルに変換して受信データを生成するA/D変換部とを備える
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
静止軌道上の人工衛星から到来する衛星波の直接波を受信して参照信号を出力する参照波アンテナと、
目標で反射された前記衛星波の間接波を受信して受信信号を出力するパッシブフェーズドアレイアンテナと、
前記参照信号からベースバンドの参照データを生成し、前記受信信号からベースバンドの受信データを生成する受信処理部と、
前記参照データと、前記受信データと、前記人工衛星の位置情報とに基づいて前記目標の検出情報を算出する信号処理部とを具備し、
前記受信処理部は、
前記受信信号を処理する回路系統を備え、
前記回路系統は、
前記受信信号をベースバンドに周波数変換するダイレクトコンバージョン回路と、
ベースバンドの前記受信信号をデジタルに変換して前記受信データを生成するアナログ/デジタル変換部とを備える、パッシブレーダ装置。
【請求項2】
前記パッシブフェーズドアレイアンテナは、前記間接波をそれぞれ受信して受信信号を出力する複数のサブアレイアンテナを備え、
前記受信処理部は、前記複数のサブアレイアンテナごとに設けられ、それぞれのサブアレイアンテナからの受信信号を処理する複数の前記回路系統を備える、請求項1に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項3】
前記受信処理部は、
前記参照信号を処理する回路系統を備え、
前記回路系統は、
前記参照信号をベースバンドに周波数変換するダイレクトコンバージョン回路と、
ベースバンドの前記参照信号をデジタルに変換して前記参照データを生成するアナログ/デジタル変換部とを備える、請求項2に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項4】
前記信号処理部は、
前記サブアレイアンテナごとの前記受信データに含まれるイメージと、前記参照データに含まれるイメージとを抑圧するイメージ抑圧部と、
前記イメージを抑圧された受信データおよび参照データに基づいて、デジタル領域でビーム形成を行うビーム形成部とを備える、請求項3に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項5】
前記信号処理部は、
前記ビーム形成部に与えられる受信データおよび参照データのクラッタを抑圧するクラッタ抑圧処理部を備える請求項4に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項6】
前記ビーム形成部は、前記サブアレイアンテナごとにビームを形成し、
前記信号処理部は、前記サブアレイアンテナごとに形成されたビームを合成する相関処理部をさらに備える、請求項4に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項7】
前記衛星波が多チャンネルの放送波を含む場合に、前記信号処理部は、それぞれのチャンネルのベースバンドの受信データを共通の周波数にシフトしてコヒーレント加算する、請求項1に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項8】
前記信号処理部は、前記参照データと、前記受信データと、前記人工衛星の位置情報とに基づいて、バイスタティック測位方式により前記目標の位置を算出する、請求項1に記載のパッシブレーダ装置。
【請求項9】
参照波アンテナにより、静止軌道上の人工衛星から到来する衛星波の直接波を受信して参照信号を出力する過程と、
パッシブフェーズドアレイアンテナにより、目標で反射された前記衛星波の間接波を受信して受信信号を出力する過程と、
コンピュータにより、前記参照信号からベースバンドの参照データを生成し、前記受信信号からベースバンドの受信データを生成する受信処理部と、
コンピュータにより、前記参照データと、前記受信データと、前記人工衛星の位置情報とに基づいて前記目標の検出情報を算出する過程と、
コンピュータにより、前記受信データに含まれるイメージと、前記参照データに含まれるイメージとを抑圧する過程と、
コンピュータにより、前記イメージを抑圧された受信データおよび参照データに基づいて、デジタル領域でビーム形成を行う過程とを具備する、目標検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、パッシブレーダ装置および目標検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電波は有限の資源であり、限られた周波数帯域を分け合って各種のインフラが運用されている。近年ではセルラフォンシステムへの周波数拡張などの影響もあり、レーダシステムの使用できる帯域は制限されている。
周波数割り当てが制限されている中で、パッシブレーダに注目が集まっている。しかし、地上デジタルテレビ放送や、ラジオ放送で用いられている電波の波長は長いので、既存の測角技術を用いたフェーズドアレイを適用することは難しい。アンテナの規模が大きくなりすぎるからである。
【0003】
そこで、より波長の短い電波を用いたパッシブレーダに、大いに検討の余地がある。例えばBS(Broadcasting Satellite)放送波、あるいはCS(Communication Satellite)通信波は、多くの地域において12~18ギガヘルツ帯のKuバンドで送信されている。この帯域の波長は十分に短いので、既存のフェーズドアレイ技術を適用できる。加えて、BS放送波、CS通信波(以下、衛星波と総称する)を用いれば、少なくとも地上から衛星軌道までの間に存在する目標を検出できる可能性がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】吉田 孝 監修 「改訂レーダ技術」 電子情報通信学会、平成8年10月1日(初版)
【非特許文献2】Malanowski,’Signal Processing For Passive Bistatic Radar’ARTEC- HOUSE,sec.2.4.1The Ambiguity Function of a Noise Signal(2019)
【非特許文献3】Haykin,’Adaptive Filter Theory’,Prentice Hall,pp.436-463(1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
衛星波を用いたパッシブレーダ装置に期待が集まっているが、実現に向けた技術的課題がいくつかある。ハードウェアの規模を縮小し小型化を図ることは、その一つである。
そこで、目的は、ハードウェアの規模を縮小し、小型化を図ったパッシブレーダ装置および目標検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態によれば、パッシブレーダ装置は、参照波アンテナと、パッシブフェーズドアレイアンテナと、受信処理部と、信号処理部とを具備する。参照波アンテナは、静止軌道上の人工衛星から到来する衛星波の直接波を受信して参照信号を出力する。パッシブフェーズドアレイアンテナは、目標で反射された前記衛星波の間接波を受信して受信信号を出力する。受信処理部は、参照信号からベースバンドの参照データを生成し、受信信号からベースバンドの受信データを生成する。信号処理部は、参照データと、受信データと、人工衛星の位置情報とに基づいて目標の検出情報を算出する。受信処理部は、受信信号を処理する回路系統を備える。回路系統は、受信信号をベースバンドに周波数変換するダイレクトコンバージョン回路と、ベースバンドの受信信号をデジタルに変換して受信データを生成するA/D変換部とを備える
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実施形態に係わるパッシブレーダ装置500の運用形態の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、実施形態に係わるパッシブレーダ装置500の一例を示す系統図である。
【
図3】
図3は、
図2に示されるパッシブレーダ装置500の受信系統の一例を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、ダイレクトコンバージョン回路51の構成と周波数帯域の設定の一例について示す図である。
【
図5】
図5は、信号処理部6およびレーダ制御部7の処理系統の一例を示す機能ブロック図である。
【
図6】
図6は、前処理部60におけるイメージ抑圧処理について説明するための図である。
【
図7】
図7は、イメージ抑圧処理による効果を説明するための図である。
【
図8】
図8は、前処理部60における周波数シフト処理について説明するための図である。
【
図9】
図9は、クラッタ抑圧処理部61における作用を説明するための図である。
【
図10】
図10は、受信ビーム形成に係わる演算系統の一例を示す図である。
【
図11】
図11は、相関処理部63における処理系統の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
衛星波を用いたパッシブレーダについて、以下に開示する。この種のパッシブレーダを用いれば、遠距離の高速な航空機から、近距離の低速なドローンまでを、電波放射することなく監視できることが期待される。
【0009】
ところで、パッシブレーダの受信系は一般に、アンテナで捕捉した電波をヘテロダイン方式でベースバンドにダウンコンバートする。しかし、衛星波をフェーズドアレイ空中線で捕捉するには、ヘテロダイン方式では部品数が多くなりすぎる。DBF(Digital Beam Forming)方式でビーム形成するにはなおさらである。加えて、衛星波の電波密度は非常に小さいので、目標までの距離が長いと検出することが困難になる。以下では、このような困難を解決することの可能な実施の形態について説明する。
【0010】
<構成>
図1は、実施形態に係わるパッシブレーダ装置500の運用形態の一例を示す図である。
図1において、静止軌道上の放送(BS)衛星100は、衛星波をダウンリンクで放射する。地上のパッシブレーダ装置500は、この衛星波を捕捉する。放送衛星100から直接届く直接波(参照信号)と、衛星波が目標で反射されて届く間接波(受信信号)との双方を受信し、両信号の相関を分析して目標400を検出することができる。また、パッシブレーダ装置500と放送衛星100の位置が既知であれば、バイスタティック測位方式により目標400の位置を取得できる。
【0011】
パッシブレーダ装置500は、参照波アンテナ1と、捜索アンテナ200とを備える。参照波アンテナ1は、その開口を放送衛星100に向けて固定され、例えば市販のBSアンテナを流用することが可能である。捜索アンテナ200は、例えば信号処理系300を備えた架台に固定される。
【0012】
信号処理系300は、プロセッサおよびメモリを有するコンピュータであり、参照波アンテナ1から出力される参照信号と、捜索アンテナ200から出力される受信信号とに基づいて目標を検出する。
【0013】
捜索アンテナ200は、複数の素子アンテナを有する、例えばサブアレイ方式のフェーズドアレイ受信アンテナである。実施形態では、いわゆるパッシブフェーズドアレイ方式のDBF(Digital Beam Forming)アンテナとする。この種のアンテナは、3次元空間の覆域に対し、同時に多数本の受信ビームを形成することができる。
【0014】
図2は、
図1に示されるパッシブレーダ装置500の一例を示す系統図である。
図2において、放送衛星100からの直接波は、参照波アンテナ1で捕捉されて参照波受信部3に入力される。参照波受信部3は、入力された信号から不要波成分を抑圧し、直接波に由来する参照信号を受信処理部5に入力する。受信処理部5は、参照信号を直交デジタル変換して、ベースバンドのデジタル信号(参照波I/Q信号:参照データ)を生成し、信号処理部6に入力する。
【0015】
捜索アンテナ200は、複数のサブアレイアンテナ4(#1~#N)を備える。各サブアレイアンテナ4は、例えばダイポールアンテナである素子アンテナ2(#1~#K)を有する。目標400から到来する間接波はサブアレイアンテナ4のそれぞれの素子アンテナ2で捕捉され、増幅されて素子信号となる。アンテナ素子からの素子信号は、不要波抑圧、サブアレイ合成などの処理を経てN系統(#1~#N)の受信信号(サブアレイ捜索信号)が生成される。
【0016】
サブアレイアンテナ4(#1~#N)からの受信信号(#1~#N)は、受信処理部5に入力される。受信処理部5は、受信信号(#1~#N)をそれぞれ直交デジタル変換して、ベースバンドのデジタル信号(受信I/Q信号:受信データ)を生成し、信号処理部6に入力する。
【0017】
信号処理部6は、受信データの各々にイメージ抑圧処理、およびチャンネル毎の周波数シフトを施したのち、クラッタ抑圧処理、およびDBFによるビーム形成処理を行って複数(L本)のビームを形成する。また、信号処理部6は、このビーム形成データと、イメージ抑圧後の参照データとの相互相関を取り、L×Mのアンビギューティ関数を得る。また、信号処理部6は、L本の各ビームに対しM個のコヒーレント加算を行うことでS/N(信号対雑音比)を改善した相関出力を得る。さらに、信号処理部6は、2次元CFARなどにより相関出力から目標を検出し、バイスタティック測位方式に基づく目標検出情報をレーダ制御部7に出力する。
【0018】
レーダ制御部7は、目標検出情報の座標を、バイスタティック座標から直交座標に変換し、移動する目標の位置を、拡張カルマンフィルタなどを用いて予測する。目標移動予測の結果に基づいて、レーダ制御部7は目標航跡を確立し、得られた目標航跡を表示器8に出力する。また、レーダ制御部7は、目標移動予測結果に基づいて積分時間などの制御信号を生成し、信号処理部6に出力する。
【0019】
図3は、
図2に示されるパッシブレーダ装置500の受信系統の一例を示すブロック図である。サブアレイアンテナ4は、低雑音増幅器41、およびサブアレイ合成器42を備える。サブアレイアンテナ4の素子アンテナ2に到達した間接波は、低雑音増幅器41で増幅され、サブアレイ合成器42でアナログ合成されて、受信信号が生成される。参照波受信部3は低雑音増幅器31を備え、直接波を同様に増幅して参照信号を出力する。
【0020】
受信処理部5は、局発回路54と、N+1の回路系統50とを備える。回路系統50は、Nのサブアレイアンテナ4と、1つの参照波受信部3にそれぞれ対応して設けられる。それぞれの回路系統50に、局発回路54からの局発信号が供給される。
【0021】
回路系統50は、それぞれダイレクトコンバージョン回路51、LPF(ローパスフィルタ)52、およびA/D(アナログ/デジタル)変換器53を備える。サブアレイアンテナ4から回路系統50に入力された受信信号は、ダイレクトコンバージョン回路51により直接ベースバンドに周波数変換されたのち、I成分、Q成分ごとにLPF52で帯域制限されてA/D変換器53に入力される。これにより、ベースバンドのデジタルデータ列(I,Q信号:複素数)が生成されて、受信データI/Q#1~#Nとして出力される。
【0022】
参照波受信部3からの参照信号は、回路系統50においてデジタル変換され、ベースバンドのデジタルデータ列(I,Q信号:複素数)が生成されて、参照データI/Qとして出力される。
【0023】
図4は、ダイレクトコンバージョン回路51の構成と周波数帯域の設定の一例について示す図である。
図4においては、一例として日本におけるBS1,BS3,BS5,BS7,BS9,BS11のチャンネルを使用するとする。もちろん、BS15,BS17,BS19,BS21,BS23を含む全てのチャンネルを使用しても構わない。
【0024】
BS1~BS11を合わせた帯域幅は245MHzであり、BS1の中心周波数は11.72748[GHz]である。例えば、BS1の中心周波数が35MHzになるように、局発回路54からの局発信号の周波数を11.69248[GHz]に設定する。
【0025】
図4において、衛星波は高周波結合器51aを介してIチャンネル、Qチャンネルにそれぞれ振り分けられたのち、低雑音増幅器51b、51cでそれぞれ増幅される。一方、高周波結合器51hを介して入力された局発信号は、移相器51iを介して乗算器51dに送られ、低雑音増幅器51bの出力と乗算される。これにより衛星波はベースバンドにダイレクトに周波数変換され、ベースバンドのI信号が生成される。このI信号はアンチエイリアスフィルタ(アナログフィルタ)51fで折り返しを制限されて信号処理部6に出力される。
【0026】
一方、移相器51iで90°遅延された局発信号が乗算器51eに送られ、低雑音増幅器51cの出力と乗算される。これにより衛星波はベースバンドにダイレクトに周波数変換され、ベースバンドのQ信号が生成される。このQ信号はアンチエイリアスフィルタ51gで折り返しを制限されて信号処理部6に出力される。
【0027】
図4に示されるように、ダイレクトコンバージョン回路51のアナログ出力においてBS1チャンネルの中心周波数は35MHzであり、BS11チャンネルの中心周波数は245MHzとなる。ここで、例えばA/D変換器53(
図3)のサンプリング周波数を500MHzとする。なお説明を簡単にするためオーバサンプリングとしているが、サンプリング周波数を下げてアンダーサンプリングを実施しても構わない。
【0028】
図5は、信号処理部6およびレーダ制御部7の処理系統の一例を示す機能ブロック図である。
図5において、信号処理部6は、前処理部60、クラッタ抑圧処理部61、ビーム形成部62、相関処理部63、および、検出・推定部64を備える。前処理部60は、参照データI/Qを処理するイメージ抑圧部60aと、受信データI/Q(#1~#N)を処理するイメージ抑圧部60bとを備える。
【0029】
イメージ抑圧部60aは、受信処理部5からのデジタルの参照データ(I/Q)に対してイメージ抑圧、および周波数シフト処理を施す。同様に、イメージ抑圧部60bは、BS1,3,5,7,9,11の6チャンネル分の受信帯域と、各サブアレイNに対応する6×Nの受信データ(35MHzレートのI,Q信号)に対してイメージ抑圧処理、および周波数シフト処理を施す。イメージ抑圧処理、および周波数シフト処理については図面を用いて別途、説明する。
【0030】
クラッタ抑圧処理部61は、前処理(イメージ抑圧処理、および周波数シフト処理)を施された受信データ(I/Q)の6×Nのデータ列に対し、参照データ(I/Q)に基づいて適応フィルタによりクラッタ抑圧処理52(直接波の除去)を行う。
【0031】
ビーム形成部62は、クラッタ抑圧された受信データ(I/Q)の6×Nのデータ列から、DBF処理によりデジタル領域でビームを形成する。
【0032】
相関処理部63は、ビーム形成されたビームデータ列(35MHzレートのI,Q信号)と、参照信号(35MHzレートのI,Q信号)とを用いて相関処理を実施する。例えばJ本のビームに対し、各帯域に応じた6個のデータが算出されるので、6個のデータをコヒーレント加算することでS/Nを改善し、高精度な相関処理結果を得ることができる。
【0033】
相関処理部63からのコヒーレント加算された出力は、J個のアンビギューティ関数を含む。この出力は検出・推定部64に渡され、2次元CFARなどの処理を経て目標が検出される。目標の検出情報(目標のバイスタティック距離、目標のバイスタティック速度)は、レーダ制御部7に渡される。
【0034】
レーダ制御部7は、バイスタティック目標移動予測部71、目標位置測定部72、および直交座標目標移動予測部73を備える。バイスタティック目標移動予測部71は、例えば線形カルマンフィルタ等を用いて、目標の検出情報からバイスタティック座標での目標の移動先の位置を予測する。
【0035】
目標位置測定部72は、予測された位置をバイスタティック座標系から直交座標系に変換して、目標情報(目標距離、目標速度、目標角度)を生成する。直交座標目標移動予測部73は、例えば拡張カルマンフィルタを用いて、目標情報から直交座標系での目標移動予測処理を行い、目標の航跡を確立する。
【0036】
<作用>
次に、上記構成における作用を説明する。
図6は、前処理部60におけるイメージ抑圧処理について説明するための図である。前処理部60のイメージ抑圧部60a,60bは、複素係数フィルタ11およびバンドパスフィルタ(BPF)12を備える。複素係数フィルタ11は、内部のBPF11a、ヒルベルトフィルタ11b。および加算器11c、11dにより、受信処理部5からのN個の素子信号に対しイメージ抑圧処理を施す。その後、チャンネル毎に周波数シフトを行った後、バンドパスフィルタ(BPF)12により波形整形する。
【0037】
図7は、
図6の回路の効果の一例を示す図である。
図7に示されるように、イメージ抑圧部60a,60b(
図5)を設けることでイメージを抑圧し、相対的に信号レベルを増強することができる。このような処理により、信号損失を回避することができる。
【0038】
図8は、前処理部60(
図5)における周波数シフト処理について説明するための図である。
図8において、ベースバンドに変換された後のI,Qデータは、それぞれ35MHz幅の6個のチャンネルを含む。各チャンネルのデータを、それぞれNCO(ヌメリカルコントロールオシレータ)で周波数シフトする。図中、1本の信号線が各チャンネルの複素I,Q信号を示す。
【0039】
例えば、BS1チャンネルに35MHzを乗算して、DC±17.5MHzにシフトすることができる。他のチャンネルも同様に、中心周波数をDCにするためにそれぞれNCOの設定周波数を乗算する。その際、(ω-ω)項(=0)と(ω+ω)項(=2ω)とが出現するので、デジタルフィルタ82により不要な2ω項を除去する。このような処理により、6個のチャンネルは共通の帯域にシフトされ、コヒーレント加算することができる。
【0040】
図9は、クラッタ抑圧処理部61における作用を説明するための図である。クラッタ抑圧処理は、受信データ(I/Q)の6×Nのデータ列から、直接波信号とクラッタ信号とを取り除く処理である。
図9において、受信データ(I/Q)の6×Nのデータ列は、合成処理部622に与えられ、適応フィルタ621を経た参照データ(I/Q)と合成される。合成処理部622の出力の一部は、適応フィルタ621にフィードバックされる。
【0041】
すなわち、受信データ(I/Q)と、参照データ(I/Q)とを用いた適応フィルタ処理により、クラッタおよび直接波成分が抑圧される。例えばRLSアルゴリズム、またはラティスフィルタアルゴリズム等を適応フィルタとして用いることができる。また、ブロック化ラティスフィルタを用いれば、演算コストの抑制を期待できる。
【0042】
図10は、受信ビーム形成に係わる演算系統の一例を示す図である。ここでは、サブアレイの開口配置との関係と合わせて、受信ビーム形成を説明する。
図10において、全開口のサブアレイ数LのサブアレイI、Q信号が入力される。ここで、開口を4分割し、開口(1)、開口(2)、開口(3)、開口(4)に分けて受信ビームを形成する。複数本のビーム形成を実施するため、例えば、捜索覆域に対応するビーム数に応じたJ種類のビームウェイトを用意し、ビーム形成ウェイトWの組(サブアレイ数N)をJ系統設けることにより、J本のビームを同時に形成する。そして、J種類のビームウェイトを入力信号に乗算することにより、Σビーム1、・・・、ΣビームJ、ΔAZビーム1、・・・、ΔAZビームJ、ΔELビーム1、・・・、ΔELビームJが形成される。J本のビームの各4分割開口の和からΣビーム、ΔAZビーム、ΔELビームを算出するため、ビーム形成後のデータ列はJ×6チャンネルとなる。
【0043】
ここで、Σは和ビームであり、ウェイト乗算後に全開口を加算したものになる。また、Δは差ビームを表す。ΔAZは、アンテナ開口を方位方向に2分割し、それぞれのビームの差分である。同様に、ΔELはアンテナ開口を仰角方向に2分割し、それぞれのビームの差分である。Σ、ΔAZ、ΔELを、それぞれ式(1)により求めることができる。
【0044】
【0045】
図11は、相関処理部63における処理系統の一例を示す図である。相関計算は、基本的にはウィナー・ヒンチンの定理に従って実施されるが、計算量を削減するため、
図11においてはラグ積のFFTを用いて説明する。
【0046】
図11において、BSチャンネルごとに、イメージ抑圧後の参照信号の複素共役と、ビーム形成後の信号とを乗算器91で乗算し、LPF92で帯域を制限する。さらに、目標速度に合わせたデシメーション処理93を実施し、FFT処理94を行うことで、ドップラ情報が得られる。さらに、直接波を遅延(delay)させて同様の演算を行うことで距離情報が得られる。1本のビームに対して、BS放送のチャンネル数に対応する6個の相関結果(アンビギューティ関数)が得られる。ビームごとに6個のアンビギューティ関数をコヒーレント加算することで、S/Nを改善することができる。
【0047】
<構成および作用のまとめ>
実施形態では、衛星波を使用したパッシブなフェーズドアレイDBF方式のレーダ装置を開示した。すなわち、サブアレイ出力をダイレクトコンバージョン回路に入力して直接ベースバンドに変換することで回路規模を縮小できるようにする。また、得られたベースバンド信号に対してイメージ抑圧処理を行うと共に、受信信号のチャンネル帯域毎に周波数シフトを行い、各チャンネル帯域でクラッタを抑圧する。さらに、各チャンネル帯域でビーム形成を実施した後、参照信号を用いアンビギューティ関数を算出し、アンビギューティ関数にて多チャンネルのコヒーレント加算を行うようにした。(1)~(10)に、さらに詳しく記載する。
【0048】
(1) 衛星波の直接波(参照信号)を捕捉する参照波アンテナおよび受信機を具備する。
(2) 衛星波の間接波(捜索信号)を捕捉するフェーズドアレイDBFアンテナとDBF受信機を具備する。
(3) (2)のDBF受信機の回路数(素子信号数)は、サブアレイアンテナ数に対応してN個である。
(4) (1)、(2)の受信帯域幅は、例えば衛星波の1チャンネル相当である35MHz×Mチャンネル+チャンネル間の隙間(7MHz×(M-1))とする。そして、ダイレクトコンバージョン回路により、直接波(参照信号)、および間接波(捜索信号)をDC±[35MHz×M+7MHz×(M-1)]/2のI,Q信号に周波数変換し、A/D変換器によりデジタルデータに変換する。
(5) (4)におけるM個のデータ列に対し、複素デジタルフィルタを用いたイメージ抑圧を行う。イメージ抑圧後のM個のデジタルデータに対し、チャンネル毎に異なる周波数シフトを行い、全てのチャンネルの中心周波数をDCにする。
(6) 同様に、参照信号に対し、複素デジタルフィルタを用いたイメージ抑圧と、チャンネル毎に周波数シフトを行う。イメージ抑圧および周波数シフトされた信号に対し、バンドパスデジタルフィルタを用いて、波形成形とデシメーションを行う。
(7) (5)のM×N(Mは受信チャンネル帯域の数、Nは素子数)個のデータ列に対し、(6)のイメージ抑圧後の参照信号との間で適応フィルタを用いてクラッタ抑圧(直接波を除去)する。
(8) (7)のクラッタ抑圧後(直接波を除去)のM×N個のデータ列からビーム形成を行う。
(9) ビーム形成によりJ本のビームが形成されるとすると、M×Jのデータ列に対し、(6)の参照信号との相互相関から、M×L個のアンビギューティ関数を算出する。
(10)(9)のL本の形成ビームに対し、それぞれM個のアンビギューティ関数を加算しコヒーレント加算する。
【0049】
<効果>
以上説明したように、実施形態によれば、衛星波の直接波および間接波を、それぞれダイレクトコンバージョン方式で直接ベースバンドに変換する。しかし、ダイレクトコンバージョン回路は、その後段のLPF(低域通過フィルタ)等のIチャンネルとQチャンネル間の周波数特性差(群遅延差)により、帯域イメージ信号が増大し、虚像を生むほか、信号損失を招く。
【0050】
そこで実施形態では、受信データ、参照データのそれぞれのイメージを前処理部60において抑圧し、さらにクラッタ抑圧処理により、受信データに含まれる直接波成分を除去したうえで受信ビームを形成するようにした。このようにすることで、ノイズや虚像の混入を防ぎつつダイレクトコンバージョン方式での周波数変換を実施でき、ヘテロダイン方式と性能面で何ら遜色なく、部品点数を大幅に削減することができる。
【0051】
また、静止衛星から到来する衛星波の電波密度は非常に小さいので、S/Nが劣化しやすく、殊に、広帯域になるほど適応フィルタによるクラッタ抑圧能力が劣化する。そこで実施形態では、衛星波が複数のチャンネルを含むことを利用し、各チャンネルの受信データを共通の周波数にシフトしてコヒーレント加算することで、S/Nの劣化を防ぐようにした。これにより目標の検出の精度を向上させることが可能になる。
これらのことから実施形態によれば、ハードウェアの規模を縮小し、小型化を図ったパッシブレーダ装置および目標検出方法を提供することが可能となる。
【0052】
以上、実施形態を説明したが、この実施形態は例として提示するものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。
例えば、目標位置をバイスタティック測位方式により算出することについて説明したが、より一般的に、複数の電波源、複数の受信点を用いたマルチスタティック方式についても同様の議論を適用することができる。
【0053】
また、この新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0054】
1…参照波アンテナ、2…素子アンテナ、3…参照波受信部、4…サブアレイアンテナ、5…受信処理部、6…信号処理部、7…レーダ制御部、8…表示器、11…複素係数フィルタ、11a…バンドパスフィルタ、11b…ヒルベルトフィルタ、11c,11d…加算器、12…バンドパスフィルタ、31,41…低雑音増幅器、42…サブアレイ合成器、50…回路系統、51…ダイレクトコンバージョン回路、51a…高周波結合器、51b,51b…低雑音増幅器、51d,51e…乗算器、51f,51g…アンチエイリアスフィルタ、51h…高周波結合器、51i…移相器、52…クラッタ抑圧処理、53…A/D変換器、54…局発回路、60…前処理部、60a…イメージ抑圧部、60b…イメージ抑圧部、61…クラッタ抑圧処理部、62…ビーム形成部、63…相関処理部、64…検出・推定部、71…バイスタティック目標移動予測部、72…目標位置測定部、73…直交座標目標移動予測部、82…デジタルフィルタ、91…乗算器、93…デシメーション処理、94…FFT処理、100…放送衛星、200…捜索アンテナ、300…信号処理系、400…目標、500…パッシブレーダ装置、621…適応フィルタ、622…合成処理部。