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特開2024-87512スポット溶接方法および溶接継手の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087512
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】スポット溶接方法および溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/24 20060101AFI20240624BHJP
   B23K 11/11 20060101ALI20240624BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20240624BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240624BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
B23K11/24 315
B23K11/11 540
C22C38/04
C22C38/00 301W
C22C38/00 301U
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202365
(22)【出願日】2022-12-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 新構造材料技術研究組合「残留γ相制御中高炭素鋼板の異種・同種材料接合技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(72)【発明者】
【氏名】村上 俊夫
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA02
4E165AC01
4E165BB02
4E165BB12
4E165CA02
4E165CA06
4E165CA13
(57)【要約】
【課題】1180MPa級以上の高強度鋼板であっても、高い継手強度の溶接継手を形成できるスポット溶接方法。
【解決手段】2枚の鋼板を重ね合わせて、一対の電極で板厚方向に挟む工程と、前記一対の電極間に電流値Ia(kA)で通電する第1通電工程と、前記第1通電工程の後に、300ms以上通電を停止する第1無通電工程と、前記第1無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ib(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第2通電工程と、前記第2通電工程の後に、200ms以上通電を停止する第2無通電工程と、前記第2無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ic(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第3通電工程と、を含み、電流値Ia、IbおよびIcが以下の式(1)および(2)を満たす、スポット溶接方法。
0.70<Ib/Ia<0.99 (1)
0.65<Ic/Ia<0.80 (2)
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の鋼板と第2の鋼板とを重ね合わせて、一対の電極で板厚方向に挟む工程と、
前記一対の電極間に電流値Ia(kA)で通電する第1通電工程と、
前記第1通電工程の後に、300ms以上通電を停止する第1無通電工程と、
前記第1無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ib(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第2通電工程と、
前記第2通電工程の後に、200ms以上通電を停止する第2無通電工程と、
前記第2無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ic(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第3通電工程と、を含み、
電流値Ia、IbおよびIcが以下の式(1)および(2)を満たす、スポット溶接方法。

0.70<Ib/Ia<0.99 (1)
0.65<Ic/Ia<0.80 (2)
【請求項2】
前記第1の鋼板は、
C:0.25質量%以上0.50質量%以下を含み、
引張強度が1180MPa以上で、かつ
以下の式(3)を満たす、請求項1に記載のスポット溶接方法。

(TS1)×(EL1)0.5>5200 (3)

ここで、TS1は、前記第1の鋼板の引張強度(MPa)であり、
EL1は、前記第1の鋼板の伸び(%)である。
【請求項3】
前記第1の鋼板は、
Si:1.00質量%以上、および
Mn:1.00質量%以上
のうちの1種または2種をさらに含む、請求項1に記載のスポット溶接方法。
【請求項4】
前記第2の鋼板は、引張強度が500MPa以下である、請求項2に記載のスポット溶接方法。
【請求項5】
前記第1の鋼板の板厚t1が1.0mm以上であり、前記第2の鋼板の板厚t2が1.0mm未満である、請求項1に記載のスポット溶接方法。
【請求項6】
2枚以上の鋼板をスポット溶接することにより溶接継手を製造する方法であって、
前記スポット溶接は、請求項1~5のいずれか1項に記載のスポット溶接方法により実施される、溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、スポット溶接方法および溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両における乗員の安全性向上が求められており、係る目的のために車体の強度を向上させてきた。他方、地球温暖化問題等の深刻化を背景に、自動車の燃費改善の動きが加速している。燃費改善には車体の軽量化が有効であることが知られている。
【0003】
自動車の軽量化および衝突性能の確保を両立するために、自動車の車体に使用される鋼板の高強度化および高延性化が求められている。その手段として、鋼板に含まれるC量およびMn量の増加などがあげられる。一方、鋼板の接合にはスポット溶接が活用されるが、鋼板中のC量およびMn量を増加すると焼入れ性が高くなりすぎ、スポット溶接により形成された接合部は、硬化に伴う脆化が顕著となり、溶接継手の強度(JIS Z 3140)が劣化する。
【0004】
継手強度を高めることのできるスポット溶接方法として、3段通電による溶接が提案されている(例えば特許文献1)。特許文献1には、C含有量が0.30質量%超、0.70質量%以下である少なくとも1枚の鋼板を含む2枚以上の鋼板を合わせた板組を、一対の電極で板厚方向に挟み込んで加圧しながら電流値I(kA)で通電する第1通電工程と、
前記第1通電工程後、16ms以上200ms以下の時間tc1を無通電とする第1無通電工程と、
前記第1無通電工程後、電流値I(kA)および時間t(ms)で通電する第2通電工程(ただし、0.6≦I/I≦1.1および50≦t≦1000を満たす)と、
前記第2通電工程後、時間tc2(ms)を無通電とする第2無通電工程(ただし、3.5×10-3×Ms-3.3×Ms+1100<tc2≦9000を満たす。ここでMs(℃)=561-474×[C]-33×[Mn]-17×[Ni]-17×[Cr]-21×[Mo]である)と、
前記第2無通電工程後、電流値I(kA)および時間t(ms)で通電する第3通電工程(ただし、0.4≦I/I≦1.0、および200≦tを満たす)と、
を連続して行う、スポット溶接方法が開示されている。
【0005】
特許文献1に開示されたスポット溶接方法は、第2通電工程により偏析緩和ならびに整粒化を図ると共に、第2無通電工程後の第3通電工程で焼戻しを施すものであり、これにより、780MPa級以上の高強度鋼板を含む板組であっても、高い継手強度が確保できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-154390号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
自動車の更なる軽量化および衝突性能向上のためには、1180MPa級以上の高強度かつ高延性の鋼板の使用が検討されている。1180MPa級以上の高強度かつ高延性の鋼板は、C量が多いのみならず、他の合金元素(例えばSi、Mn)を多く含むため、スポット溶接が困難であり、特許文献1に開示されたスポット溶接方法であっても継手強度を確保することが難しかった。そのため、1180MPa級以上の鋼板のためのスポット溶接方法が必要とされていた。
【0008】
本発明の一実施形態は、例えば1180MPa級以上のような高強度鋼板であっても、高い継手強度の溶接継手を形成できるスポット溶接方法と、当該スポット溶接方法を用いた溶接継手の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様1は、
第1の鋼板と第2の鋼板とを重ね合わせて、一対の電極で板厚方向に挟む工程と、
前記一対の電極間に電流値Ia(kA)で通電する第1通電工程と、
前記第1通電工程の後に、300ms以上通電を停止する第1無通電工程と、
前記第1無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ib(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第2通電工程と、
前記第2通電工程の後に、200ms以上通電を停止する第2無通電工程と、
前記第2無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ic(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第3通電工程と、を含み、
電流値Ia、IbおよびIcが以下の式(1)および(2)を満たす、スポット溶接方法である。

0.70<Ib/Ia<0.99 (1)
0.65<Ic/Ia<0.80 (2)
【0010】
本発明の態様2は、
前記第1の鋼板は、
C:0.25質量%以上0.50質量%以下を含み、
引張強度が1180MPa以上で、かつ
以下の式(3)を満たす、態様1に記載のスポット溶接方法である。

(TS1)×(EL1)0.5>5200 (3)

ここで、TS1は、前記第1の鋼板の引張強度(MPa)であり、
EL1は、前記第1の鋼板の伸び(%)である。
【0011】
本発明の態様3は、
前記第1の鋼板は、
Si:1.00質量%以上、および
Mn:1.00質量%以上
のうちの1種または2種をさらに含む、態様1または2に記載のスポット溶接方法である。
【0012】
本発明の態様4は、
前記第2の鋼板は、引張強度が500MPa以下である、態様1~3のいずれか1つに記載のスポット溶接方法である。
【0013】
本発明の態様5は、
前記第1の鋼板の板厚t1が1.0mm以上であり、前記第2の鋼板の板厚t2が1.0mm未満である、態様1~4のいずれか1つに記載のスポット溶接方法である。
【0014】
本発明の態様6は、
2枚以上の鋼板をスポット溶接することにより溶接継手を製造する方法であって、
前記スポット溶接は、態様1~5のいずれか1つに記載のスポット溶接方法により実施される、溶接継手の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一実施形態によれば、例えば1180MPa級以上のような高強度鋼板であっても、高い継手強度の溶接継手を形成できるスポット溶接方法と、当該スポット溶接方法を用いた溶接継手の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】2枚の鋼板をスポット溶接する方法を説明する概略断面図である。
図2図2(a)は、実施形態1に係るスポット溶接方法における、スポット溶接時の通電パターンを説明するグラフであり、図2(b)は、図2(a)に示す通電パターンにおける溶接部の温度を示すグラフである。
図3図3(a)は、特許文献1に記載されたスポット溶接方法で行ったスポット溶接時の通電パターンを説明するグラフであり、図3(b)は、図3(a)に示す通電パターンにおける溶接部の温度を示すグラフである。
図4図4は、溶接継手の硬度の測定位置を説明するための断面写真である。
図5図5(a)~(c)は、溶接継手の硬度測定の結果を示す硬度分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者は、特許文献1に開示されたスポット溶接方法を用いて、1180MPa級以上の高強度鋼板のスポット溶接を行うと、溶接継手の接手強度が十分ではない場合があり得ることを発見し、鋭意検討を行った。
【0018】
鋼板中にCを多量に含み、強度ならびに延性に優れた鋼板は、溶接時に溶接部(ナゲット)が非常に硬化しやすく、かつ、脆化する傾向がある。そのため、溶接部を焼戻して、溶接部の延性を高めるために、テンパー通電と呼ばれる工程を付与する必要がある。しかしながら、鋼板の延性を確保するため添加されるSi、Mnなどの添加元素は、焼戻し軟化抵抗を示すため、焼戻しには十分な加熱が必要となる。
【0019】
通電による抵抗発熱を活用した焼戻しでは、溶接部全体を均等に焼き戻すことが難しい。これは、電流密度が最も高くなるナゲット中央部が、他の部分よりも高温になるためである。
そこで本発明者らは、3回の通電工程(第1~第3通電工程)における電流値と、通電工程の間の無通電工程における、通電を停止する時間とを適切に制御することで、第3通電工程が終了したときに溶接部全体を均一に焼き戻すことができ、その結果、継手強度を向上できることを見いだした。
【0020】
<実施形態1:スポット溶接方法>
本発明の実施形態1に係る鋼板のスポット溶接方法について詳述する。
【0021】
実施形態1に係るスポット溶接方法は、
2枚の鋼板(第1の鋼板と第2の鋼板)を重ね合わせて、一対の電極で板厚方向に挟む工程と、
重ねた鋼板をスポット溶接する工程と、を含む。
スポット溶接する工程は、
前記一対の電極間に電流値Ia(kA)で通電する第1通電工程と、
前記第1通電工程の後に、300ms以上通電を停止する第1無通電工程と、
前記第1無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ib(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第2通電工程と、
前記第2通電工程の後に、200ms以上通電を停止する第2無通電工程と、
前記第2無通電工程の後に、前記一対の電極間に電流値Ic(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する第3通電工程と、を含み、
電流値Ia、IbおよびIcが以下の式(1)および(2)を満たす。

0.70<Ib/Ia<0.99 (1)
0.65<Ic/Ia<0.80 (2)
【0022】
以下に、各工程について詳述する。
【0023】
[重ねた鋼板を一対の電極で挟む工程]
図1に示すように、2枚の鋼板(第1の鋼板P1、第2の鋼板P2)を重ね合わせて、重ね合わせた部分(重ね合わせ部)を一対の電極(第1の電極11、第2の電極12)で板厚方向に挟む。2枚の鋼板を重ね合わせる場合には、少なくとも溶接する一部分のみが重なっていても、または全体が重なっていてもよい。
2枚の鋼板の重ね合わせ部を、上下方向から第1の電極11と第2の電極12で加圧しつつ通電することにより、板間でのジュール熱で鋼板同士の界面を溶融させる。その準備として、通電前の段階で、鋼板の重ね合わせ部を電極間に挟持固定する。
【0024】
(第1の鋼板P1、第2の鋼板P2)
実施形態1のスポット溶接方法は、C量が多く、かつ高強度の鋼板を含む板組の溶接に特に適している。
例えば、第1の鋼板P1は、C:0.25質量%以上0.50質量%以下を含み、かつ以下の式(3)を満たしていることが好ましい。

(TS1)×(EL1)0.5>5200 (3)

ここで、TS1は、第1の鋼板の引張強度(MPa)であり、
EL1は、第1の鋼板の伸び(%)である。
【0025】
式(3)を満たす第1の鋼板P1は、引張強度と伸び両方に優れた、高強度高延性鋼板である。第1の鋼板P1の引張強度は、好ましくは1180MPa以上であり、より好ましくは1470MPa以上である。第1の鋼板P1の引張強度TS1の上限は特に限定されないが、例えば1900MPa以下である。このような鋼板は、例えば自動車の車体の骨格部材として使用されている。
実施形態1のスポット溶接方法は、このような高強度高延性鋼板のスポット溶接に好適である。
【0026】
第1の鋼板P1に含まれ得る合金元素について説明する。
第1の鋼板P1は、C:0.25質量%以上0.50質量%以下を含むことが好ましい。
第1の鋼板P1は、さらに、以下に記載した合金元素(1)~(4)の1つまたは2つ以上を含んでもよい。
(1)Si:1.00質量%以上、およびMn:1.00質量%以上のうちの1種または2種
(2)P:0質量%超0.050質量%以下、S:0質量%超0.010質量%以下、Al:0.01質量%以上0.10質量%以下、およびN:0質量%超、0.010質量%以下のうちの1種または2種以上
(3)Cr、Mo、Cu、Ni:合計で0質量%超0.300質量%以下
(4)V、Nb、Ti:合計で0質量%超0.100質量%以下
【0027】
以下、各元素について詳述する。
【0028】
(C:0.25質量%以上0.50質量%以下)
Cは、鋼板の強度と延性を確保するために添加してもよいが、その一方で、溶接時に溶接部を硬化させ、継手強度低下の要因となる。そのため、C量は0.25質量%以上0.50質量%以下の範囲とすることが好ましい。
【0029】
(Si:1.00質量%以上、およびMn:1.00質量%以上のうちの1種または2種)
これらの元素は、鋼板の引張強度を向上させる効果を有する。その一方で、これらの元素は、鋼板の焼戻し軟化抵抗を大きくする。スポット溶接では、溶接部に生じる硬質相(マルテンサイト)を焼き戻しすることにより、溶接継手の靱性を高めて、溶接継手の強度を向上させている。焼戻し軟化抵抗が大きくなると、焼き戻しによる軟化が抑制されるため、溶接継手の強度向上を妨げる原因となり得る。
実施形態1のスポット溶接方法であれば、3段通電の条件を制御することにより、溶接部を十分に焼戻すことができるため、SiおよびMnの1種または2種を含み、焼戻し軟化抵抗が大きい鋼板に、強度の高い溶接継手を形成することができる。
【0030】
Si量は、好ましくは1.00質量%以上、より好ましくは1.20質量%以上であり、好ましくは3.00質量%以下、より好ましくは2.70質量%以下である。
Mn量は、好ましくは1.00質量%以上、より好ましくは1.20質量%以上であり、好ましくは3.00質量%以下、より好ましくは2.70質量%以下である。
【0031】
(P:0質量%超0.050質量%以下)
Pは、不純物元素として不可避的に存在する。Pは、鋼板の伸び(EL)を低下させる。P量は、好ましくは0.050質量%以下、より好ましくは0.030質量%以下である。P含有量は少なければ少ない程好ましく、0質量%であることが最も好ましいが、製造工程上の制約などにより0質量%超、例えば、0.001質量%程度残存してしまう場合がある。
【0032】
(S:0質量%超0.010質量%以下)
Sは、不純物元素として不可避的に存在する。Sは、MnS等の硫化物系介在物を形成し、当該介在物が鋼板の割れの起点となる。S量は、好ましくは0.010質量%以下、より好ましくは0.005質量%以下である。S含有量は少なければ少ない程好ましく、0質量%であることが最も好ましいが、製造工程上の制約などにより0質量%超、例えば、0.001質量%程度残存してしまう場合がある。
【0033】
(Al:0.01質量%以上0.10質量%以下)
Alは、脱酸元素として機能し、溶鋼中の酸素量を低減することで、介在物の数密度を低減させ、鋼材の基本品質を向上させる。このような作用を有効に発揮させるために、Al量は、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.015質量%以上、特に好ましくは0.02質量%以上である。一方、Al量が過剰であると、フェライトの形成が促進され、所望の金属組織(焼戻しマルテンサイト)を得にくくなる。Al量は、好ましくは0.10質量%以下、より好ましくは0.08質量%以下、特に好ましくは0.06質量%以下である。
【0034】
(N:0質量%超0.010質量%以下)
Nは、不純物元素として不可避的に存在する。N量は0質量%であることが最も好ましいが、製造工程上不可避的に残存してしまう。N量は上記観点から低減することが好ましく、N量は好ましくは0.010質量%以下、より好ましくは0.008質量%以下、特に好ましくは0.006質量%以下である。
【0035】
(Cr、Mo、Cu、Ni:合計で0質量%超0.300質量%以下)
Cr、Mo、Cu、およびNiは、焼入れ性を高めて鋼材強度を高め、強度・延性バランス向上に寄与しうる元素であり、選択的に添加することができる。一方、添加しすぎると、焼戻し軟化抵抗が高くなりすぎて、3段通電を行っても継手強度を確保することが難しくなる。Cr、Mo、Cu、およびNiの合計量は、好ましくは0.300質量%以下、より好ましくは0.150質量%以下、特に好ましくは0.120質量%以下であり、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.020質量%以上である。
【0036】
(V、Nb、Ti:合計で0質量%超0.100質量%以下)
V、Nb、およびTiは、Cと反応して鋼板中で微細な炭化物を形成し、組織微細化に寄与しうる元素であり、選択的に添加することができる。一方、添加しすぎると、鋼板の製造時または溶接時に粗大な炭化物が形成されるようになり、鋼材の延性および継手強度が劣化することが懸念される。V、Nb、およびTiの合計含有量は、好ましくは0.100質量%以下、より好ましくは0.050質量%以下、特に好ましくは0.020質量%以下であり、好ましくは0質量%超、より好ましくは0.005質量%以上である。
【0037】
(残部:Feおよび不可避的不純物)
好ましい1つの実施形態では、第1の鋼板P1の残部は、鉄および不可避的不純物である。不可避的不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Snなど)の混入が許容される。
【0038】
第2の鋼板P2は、例えば引張強度が500MPa以下の軟鋼板であってもよい。実施形態1に係るスポット溶接方法では、高強度鋼板と軟鋼板とのスポット溶接にも好適である。軟鋼板は、例えば自動車の車体の外板等に使用されている。
第2の鋼板P2は、高強度鋼板(引張強度が、例えば1180MPa以上)であってもよい。
【0039】
第1の鋼板P1、第2の鋼板P2の厚さは特に限定されないが、自動車の車体に用いられる鋼板に適した板厚を有していてもよい。
車体の骨格は、衝突時に変形しにくくするために、厚い(例えば厚さ1.0mm以上)鋼板から形成し、車体の外側を覆う外板は、薄い(例えば1.0mm未満)鋼板から形成することがある。そのため、第1の鋼板P1の板厚t1は、例えば1.0mm以上であり、第2の鋼板P2の板厚t2は、例えば1.0mm未満であってもよい。
【0040】
[重ねた鋼板をスポット溶接する工程]
実施形態1のスポット溶接方法は、3段通電で行われる。第1通電工程および第1無通電工程で、ナゲットおよびHAZの全体をマルテンサイト化した後、第2通電工程と第3通電工程の2回に分けて焼き戻しすることを特徴としている。そのため、焼戻し軟化抵抗の大きい鋼板であっても、ナゲットおよびHAZの全体を十分に焼き戻すことができる。
【0041】
図2(a)は、スポット溶接時の通電パターンを説明するグラフであり、図2(b)は、図2(a)に示す通電パターンにおける溶接部の温度を示すグラフである。
重ねた鋼板をスポット溶接する工程は、図2(a)および図2(b)に示すように、
(i) 第1通電工程、(ii) 第1無通電工程、(iii) 第2通電工程、(iv) 第2無通電工程、および(v) 第3通電工程を含む。
【0042】
実施形態1に係るスポット溶接方法は、3段通電で行っている点では、特許文献1に開示された従来のスポット溶接方法と類似しているものの、細かい条件が異なっているため、溶接後の金属組織が全く異なるものとなる。
図3(a)には、特許文献1に開示された、スポット溶接時の通電パターンを説明するグラフを示しており、図3(b)は、図3(a)に示す通電パターンにおける溶接部の温度を示すグラフである。
実施形態1のスポット溶接方法に関する図2(a)、(b)のグラフと、特許文献1のスポット溶接方法に関する図3(a)、(b)のグラフとを比較することで、実施形態1のスポット溶接方法の特徴が、より詳しく理解されるであろう。
【0043】
以下に、実施形態1のスポット溶接方法における第1~第3通電工程および第1~第2無通電工程について説明する。
【0044】
(i) 第1通電工程
第1通電工程では、重ね合わせた2枚の鋼板を挟持している一対の電極間に、電流値Ia(kA)で通電する。通電時の発熱で溶融領域を形成し、鋼板に溶接部(ナゲット)を形成する。
通電する電流値Iaおよび通電時間は、チリが発生せず、かつ適切な寸法のナゲットを形成できるように設定する。電流値Iaの適正範囲、および通電時間の適正範囲は、溶接する鋼板の成分、強度および厚さ、スポット溶接時に使用する溶接チップの先端径等で異なるが、例えば電流値Iaは4kA以上9kA以下、通電時間は100ms以上1000ms以下の範囲内で設定し得る。
【0045】
最適な電流値Iaを決定するために、予備実験を行うことが好ましい。溶接対象となる2枚の鋼板を重ねて一対の電極で挟持し、電流値を0.5kA刻みまたは1.0kA刻みで変化させながら通電を行い、チリが発生せずに溶接できた最大の電流値を「電流値Ia」として適用することが好ましい。
【0046】
(ii) 第1無通電工程
第1無通電工程では、300ms以上、好ましくは300ms以上2000ms以下の間、一対の電極間の通電を停止する。第1無通電工程は、第1通電工程で形成された溶融池を冷却してナゲットを形成し、さらに、ナゲットおよびその周囲のHAZを冷却してマルテンサイト化するのに十分な時間で行う。第1無通電工程の完了時には、ナゲットおよびHAZの金属組織は、マルテンサイト(焼入れままマルテンサイト)となる。
通電停止時間が短すぎると、ナゲット部およびHAZをマルテンサイト化できず、長すぎると生産性が低下するため好ましくない。
【0047】
なお、特許文献1に開示されたスポット溶接方法では、第1無通電工程は16ms以上200ms以下と短い。図3(b)から分かるように、第1無通電工程が短いため、ナゲットおよびHAZはA点よりも高い温度のまま、次の第2通電工程に移行する。そのため、第1無通電工程の完了時に、ナゲットおよびHAZはマルテンサイト化していない。
【0048】
(iii) 第2通電工程
実施形態1に係るスポット溶接方法の第2通電工程では、一対の電極間に電流値Ib(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する。電流値Ibは、第1通電工程における電流値Iaとの関係が以下の式(1)を満たすように設定する。

0.70<Ib/Ia<0.99 (1)
【0049】
第2通電工程の目的は、ナゲット中央部(ナゲットのうち、通電時の電流密度の高い中央部分)、ナゲット外縁部(ナゲット中央部を囲む部分)、およびHAZのうち、ナゲット外縁部とHAZに形成されたマルテンサイトを十分に焼き戻すことである。第2通電工程の通電時間と電流値を上記の通りに制御することにより、ナゲット外縁部とHAZを、マルテンサイトを焼き戻して軟化するのに適した温度に加熱できる。なお、通電時に、ナゲット外縁部とHAZの温度は、A点未満である必要がある。A点以上に加熱されると、焼き入れされてしまい、冷却後にマルテンサイト(焼入れままマルテンサイト)が形成されるためである。
一方、通電時に電流密度が高くなるナゲット中央部は、ナゲット外縁部およびHAZよりも高温になるため、A点以上の温度まで加熱される。
【0050】
ナゲット外縁部とHAZのマルテンサイトは、第2通電工程により焼き戻すことができるが、ナゲット中央部のマルテンサイトは、第2通電工程でA点以上に加熱されるため、次の第2無通電工程によって再度マルテンサイト化する。
【0051】
電流値Ib(式(1)を満たすように設定)と、通電時間については、以下のような理由から適切に設定する必要がある。
電流値Ibが低すぎて、Ib/Iaが0.70以下であると、ナゲット外縁部とHAZの硬さを低下させることができないため、最終的に得られる溶接継手の継手強度が低下しうる。
通電時間が短すぎる場合も、同様の問題が生じうる。
【0052】
電流値Ibが高すぎて、Ib/Iaが0.99以上であると、ナゲット外縁部とHAZがオーステナイト域まで加熱されて、再焼入れにより硬化するため、最終的に得られる溶接継手の継手強度が低下しうる。
通電時間が長すぎる場合も、同様の問題が生じうる。
【0053】
なお、特許文献1に開示されたスポット溶接方法では、第2通電工程の目的は、ナゲット内の溶融境界付近の結晶粒の整粒化であり、第1通電工程でできた溶融境界を越えずにナゲット中央部を溶融させて、ナゲット端部付近に適切な熱を入れることである。つまり、図3(b)に示すように、ナゲット中央部は融点以上に加熱され、ナゲット外縁部とHAZは、A点以上の温度に加熱される。結果として、ナゲットおよびHAZの全体がA点以上に加熱されて、次の第2無通電工程によって、ナゲットおよびHAZの全体がマルテンサイト化する。
【0054】
(iv) 第2無通電工程
実施形態1に係るスポット溶接方法の第2無通電工程では、200ms以上、好ましくは200ms以上1500ms以下の間、一対の電極間の通電を停止する。第2無通電工程では、第2通電工程においてA点以上の温度に加熱されたナゲット中央部がマルテンサイト化する。一方、ナゲット外縁部とHAZは第2通電工程で焼き戻されたため、焼戻しマルテンサイトのままである。
第2無通電工程が完了すると、ナゲット中央部は焼入れままマルテンサイトで、その周囲(ナゲット外縁部とHAZ)が焼戻しマルテンサイト、という金属組織となる。
通電停止時間が短すぎると、ナゲット中央部をマルテンサイト化できず、長すぎると生産性が低下するため好ましくない。
【0055】
なお、特許文献1に開示されたスポット溶接方法では、図3(b)に示すように、第2無通電工程によって、ナゲット(ナゲット中央部とナゲット外縁部を含む)およびHAZの全体がマルテンサイト化する。第2無通電工程が完了すると、ナゲットおよびHAZの全体が、焼入れままマルテンサイトになる。
【0056】
(v) 第3通電工程
実施形態1に係るスポット溶接方法の第3通電工程では、一対の電極間に電流値Ic(kA)、通電時間100ms以上1000ms以下で通電する。電流値Icは、第1通電工程における電流値Iaとの関係が以下の式(2)を満たすように設定する。

0.65<Ic/Ia<0.80 (2)
【0057】
第3通電工程の目的は、ナゲット外縁部とHAZを焼戻しマルテンサイトのまま維持しつつ、ナゲット中央部の焼入れままマルテンサイトを焼き戻しすることである。
第3通電工程の通電時間と電流値を上記の通りに制御することにより、ナゲット中央部を、マルテンサイトを焼き戻して軟化するのに適した温度に加熱できる。なお、通電時に、ナゲット中央部、ナゲット外縁部およびHAZの全ての温度は、A点未満である必要がある。
【0058】
電流値Ic(式(2)を満たすように設定)と、通電時間については、以下のような理由から適切に設定する必要がある。
電流値Icが低すぎて、Ic/Iaが0.65以下であると、ナゲット中央部の硬さを低下させることができないため、最終的に得られる溶接継手の継手強度が低下しうる。
通電時間が短すぎる場合も、同様の問題が生じうる。
【0059】
電流値Icが高すぎて、Ic/Iaが0.80以上であると、ナゲットおよびHAZの一部または全部がオーステナイト域まで加熱されて、再焼入れにより硬化するため、最終的に得られる溶接継手の継手強度が低下しうる。
通電時間が長すぎる場合も、同様の問題が生じうる。
【0060】
第3通電工程において、ナゲット外縁部およびHAZの温度は、電流密度が高いナゲット中央部の温度より低い。そのため、第3通電工程において、ナゲット中央部が、マルテンサイトを十分に焼き戻すことができる温度まで加熱されたとしても、ナゲット外縁部およびHAZは、マルテンサイトを焼き戻すには温度が低すぎるおそれがある。しかしながら、ナゲット外縁部およびHAZのマルテンサイトは、第2通電工程において既に焼き戻しされているので、第3通電工程において、焼き戻しできる温度まで加熱されなかったとしても全く問題はない。
【0061】
なお、特許文献1に開示されたスポット溶接方法では、第3通電工程によって、ナゲットおよびHAZの全体が焼戻しできるとしている。しかしながら、焼戻し軟化抵抗の大きい(つまり、添加元素の多い)高強度鋼板では、第3通電工程のみで、ナゲットおよびHAZの全体を十分に軟化することは困難である。その結果、特許文献1に開示されたスポット溶接方法では、ナゲット中央部のみが焼き戻されて、ナゲット外縁部およびHAZは焼き戻しできていない(または焼戻しが不十分)ことになり得る。
【0062】
実施形態1に係るスポット溶接方法によれば、第2通電工程で、ナゲット外縁部およびHAZのマルテンサイトを焼戻し、第3通電工程で、ナゲット中央部のマルテンサイトを焼き戻すことにより、焼戻し軟化抵抗の大きい鋼板であっても、溶接部の全体を十分に軟化できる。よって、溶接継手の脆性破壊が抑制されて溶接継手の強度を改善することができる。
【0063】
[電極11、12について]
次に、スポット溶接に用いる電極11、12について、図1を参照しながら詳しく説明する。
【0064】
図1に示すように、第1の電極11は、鋼板に接触する電極先端11xを有し、第2の電極12は、鋼板に接触する電極先端12xを有している。
図1に示す第1の電極11は円柱状の先端平滑型電極である。第1の電極11の形状としては、先端平滑型(図1)、DR型など、スポット溶接で一般的に用いられる電極形状を用いることができる。なお、第2の電極12の形状および寸法についても、第1の電極11と同様である。
【0065】
重ね合わせた鋼板は、上下一対の電極(第1の電極11および第2の電極12)の電極先端11x、12xの間で加圧される。
第1の電極11および第2の電極12によって重ね合わせ部に付与される荷重(これを「電極荷重」と称する)が高いと、溶接中の加熱および溶融に起因する鋼板の変形を抑制する効果、およびチリの発生を抑制する効果が高い。しかし、電極荷重が高すぎると、溶接中に溶接部が押しつぶされて変形して、板厚残存率が減少するおそれがある。電極荷重が低すぎると、溶接中に溶接部で発生する熱を、第1の電極11および第2の電極12を介して放熱する抜熱量が小さくなり、表チリが発生しやすくなる。
【0066】
電極荷重の下限は好ましくは1.5kNであり、より好ましくは2.0kNである。電極荷重は過度に高くなければよく、その上限は、好ましくは7.0kN、より好ましくは6.0kNである。
【0067】
第1の電極11、第2の電極12の材料としては、純銅、クロム銅、アルミナ分散銅など、スポット溶接で一般的に用いられる電極材料を用いることができる。
【0068】
<実施形態2:溶接継手の製造方法>
実施形態2は、実施形態1に係るスポット溶接方法によって、溶接継手を製造する方法である。
実施形態2の製造方法で製造した溶接継手は、高い継手強度(例えば、高い引張せん断強度(TSS)、高い十字引張強度(CTS)など)を有する。
【0069】
引張せん断試験は、JIS Z 3136:1999に準拠して測定する。十字引張試験は、JIS Z 3137:1999に準拠して測定する。引張せん断強度(TSS)と十字引張強度(CTS)は、それぞれ複数回(2~3回)測定し、その平均値を評価に用いる。
【0070】
引張せん断強度(TSS)と十字引張強度(CTS)の良否判断の基準は、JIS Z 3140に記載されているように、板厚により変化するものとする。
引張せん断強度(TSS)であれば、JIS Z 3140:2017「スポット溶接部の検査方法及び判定基準」の表7のA級、AF級継手の「平均値」以上であることが好ましく、当該「平均値」の1.10倍以上がより好ましい。
十字引張強度(CTS)であれば、JIS Z 3140:2017の表9のA級、AF級継手の「平均値」の1.14倍以上が好ましく、当該「平均値」の1.20倍以上がより好ましい。
【0071】
板厚1.4mm、引張強度1463MPaの鋼板の場合、溶接継手の引張せん断強度(TSS)であれば、好ましくは12.5kN以上、より好ましくは13.8kN以上であり、溶接継手の十字引張強度(CTS)であれば、好ましくは5.05kN以上、より好ましくは5.32kN以上である。
【実施例0072】
・被溶接試験体
表1に示す成分組成および物性(引張強度TS、伸びEL)鋼板を2枚準備して重ね合わせて、被溶接試験体(2枚の鋼板の積層体)を作製した。この鋼板は(TS)×(EL)0.5>5200を満たしている。
【0073】
【表1】
【0074】
被溶接試験体は、所定の試験片形状(十字引張試験用:幅50mm×長さ150mm、断面観察用:40mm×40mm)のものを作製した。
【0075】
・溶接方法
溶接機には、エアシリンダ方式の加圧機構を有する直流インバータスポット溶接機を用いた。第1の電極11および第2の電極12には、DR形状(電極径13.0mm、先端径6.0mm)のクロム銅製の電極チップを使用した。
【0076】
作製した被溶接試験体を、第1の電極11および第2の電極12で加圧挟持した。第1の電極11および第2の電極12による電極荷重は4.0kNとした。
【0077】
直流電流を用いて、溶接の予備実験を行った。電流値が4kA以上5kA以下では、チリが発生せずに溶接され、電流値が6kA以上8kA以下では、チリが発生した。よって、第1通電工程における電流値Iaを5kAに決定した。
【0078】
表2に示す条件で、(i) 第1通電工程、(ii) 第1無通電工程、(iii) 第2通電工程、(iv) 第2無通電工程、および(v) 第3通電工程を行って、溶接試験を行った。なお、溶接時の電流は直流電流とした。
表中、「-」は、その工程を行っていないことを意味し、下線を付した数値は、本発明の実施形態の範囲から外れていることを示している。ただし、「-」については、本発明の範囲から外れていても下線を付していないことに留意されたい。
【0079】
各試験で、3つの被溶接試験体の溶接を行い、継手強度の測定と、溶接部の断面の硬度分布を測定した。
【0080】
(継手強度の測定)
溶接継手の継手強度を評価するために、十字引張試験を実施した。十字引張試験は、JIS Z 3137:1999に準拠して行った。十字引張強度(CTS)を2回測定し、その平均値を計算した。CTSの平均値を表3に示す。
【0081】
溶接継手の十字引張強度(CTS)は、5.05kN未満を「不良」、5.05kN以上を「良」、5.32kN以上を「優」と評価する。
CTSの測定結果が「不良」と判断された数値には下線を引いた。
【0082】
【表2】
【0083】
【表3】
【0084】
試験No.7、11、13および15は、実施形態1で規定した溶接条件を全て満足する「実施例」であった。そのため、溶接継手の十字引張強度(CTS)が高かった。
一方、試験No.1~6、8~10、12、14および16は、実施形態1で規定した溶接条件を満足しない「比較例」であった。そのため、CTSが低かった。各比較例において、溶接条件を満たしていない点を以下にまとめる。
【0085】
試験No.1では、第1通電工程のみ行い、その他の工程を行わなかった。
試験No.2~5では、第1通電工程~第2通電工程まで行ったが、第3通電工程を行わなかった。また、試験No.2は、第1通電工程の電流値Iaに対する第2通電工程の電流値Ibの値(Ib/Ia)が、式(1)を満たしていなかった。
【0086】
試験No.6、8~10、11は、第1通電工程の電流値Iaに対する第3通電工程の電流値Icの値(Ic/Ia)が、式(2)を満たしていなかった。
試験No.14は、第1無通電工程の時間が、実施形態1で規定した時間より短かった。
試験No.16は、第2無通電工程の時間が、実施形態1で規定した時間より短かった。
【0087】
(溶接部の断面の硬度分布)
試験No.1、4および11について、溶接部を板厚方向に切断し、断面にナゲットおよびHAZ露出させた。マイクロビッカース硬度計を用いて、ナゲット中央部、ナゲット外縁部、およびHAZのビッカース硬さを測定した。図4は、溶接部の断面の光学顕微鏡写真である。破線の矩形で囲った部分が硬度の測定範囲であり、矩形中の各点は、硬度の測定位置である。図5(a)~(c)には、硬度測定の結果(測定位置に硬度を記載した硬度分布)を示す。
【0088】
試験No.1(図5(a))は、第1通電工程(および第1無通電工程)を行った後のナゲットおよびHAZの硬度を確認でき、試験No.4(図5(b))は、さらに第2通電工程(および第2無通電工程)を行った後のナゲットおよびHAZの硬度を確認でき、試験No.11(図5(c))は、さらに第3通電工程を行った後のナゲットおよびHAZの硬度を確認できる。つまり、試験No.1よび4は、試験No.11の途中段階の状態を示している。
【0089】
図5(a)に示す試験No.1では、ナゲットおよびHAZの全体で、ビッカース硬さが約650Hv以上(約650Hv以上約730Hv以下)になっていた。第1通電工程により形成されたナゲットとその周辺のHAZが、第1無通電工程で冷却された結果、ナゲットおよびHAZの全体がマルテンサイト化したためであると考えられる。なお、ナゲット内に、部分的に硬さの低い部分(646Hv、641Hv)の部分があるが、これはナゲット内に形成された欠陥によるものであると推測される。
【0090】
図5(b)に示す試験No.4では、ナゲット中央部のビッカース硬さが、約650Hv以上(約650Hv以上約720Hv以下)になっており、ナゲット外縁部とHAZのビッカース硬さが約650Hv未満(約400Hv以上約640Hv以下)に低下していた。これは、第2通電工程により、ナゲット外縁部とHAZに形成されたマルテンサイトが焼き戻しされて軟化し、かつ、ナゲット中央部は再びマルテンサイト化したため硬度が高くなったと考えられる。
【0091】
図5(c)に示す試験No.11では、ナゲット全体(ナゲット中央部、ナゲット外縁部)およびHAZの全てにおいて、ビッカース硬さが約650Hv未満(約370Hv以上約570Hv以下)に低下していた。第3通電工程により、ナゲット中央部のマルテンサイトも焼き戻されて、ナゲットおよびHAZが全て軟化したためであると考えられる。
【0092】
このように、実施形態1に係るスポット溶接方法のように、特定条件で3段通電を行うことにより、ナゲットおよびHAZを全体に軟化することができることが確認できた。
【符号の説明】
【0093】
11 第1の電極
12 第2の電極
P1 第1の鋼板
P2 第2の鋼板
図1
図2
図3
図4
図5