(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087543
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】酢酸2-メチルブチル高含有清酒
(51)【国際特許分類】
C12G 3/022 20190101AFI20240624BHJP
【FI】
C12G3/022 119
C12G3/022 119G
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202425
(22)【出願日】2022-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】000165251
【氏名又は名称】月桂冠株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118382
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 央子
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(72)【発明者】
【氏名】浅井 良樹
(72)【発明者】
【氏名】伊出 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】根来 宏明
(72)【発明者】
【氏名】石田 博樹
【テーマコード(参考)】
4B115
【Fターム(参考)】
4B115CN43
(57)【要約】
【課題】新たな香味を有する清酒を提供する。
【解決手段】酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上の清酒は、華やかかつナシ様・ライチ様の爽やか、軽やか、又はフレッシュな香味を有する。さらに、E/A比(〔酢酸2-メチルブチル濃度/2-ブチルアルコール濃度〕×100)が2以上である場合は、溶剤感が抑えられた清酒になる。この清酒は日本の酒税法が定める清酒とすることができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上である、清酒。
【請求項2】
清酒が日本の酒税法が定める清酒である、請求項1に記載の清酒。
【請求項3】
E/A比(〔酢酸2-メチルブチル濃度/2-メチルブチルアルコール濃度〕×100)が2以上である、請求項1又は2に記載の清酒。
【請求項4】
2-メチルブチルアルコール濃度が50~500mg/Lである、請求項1又は2に記載の清酒。
【請求項5】
清酒の酢酸2-メチルブチル濃度を5mg/L以上にする工程を含む、清酒の製造方法。
【請求項6】
醸造により、清酒の酢酸2-メチルブチル濃度を6mg/L以上にする、請求項5に記載の清酒の製造方法。
【請求項7】
掛米として、精米歩合50%以上の米を用いる、請求項5又は6に記載の清酒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酢酸2-メチルブチルを高濃度で含有する清酒とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
清酒は多種の香気成分を含み、その大部分は発酵中に酵母により生産される。確認されている香気成分は、主に、アルコール、エステル、有機酸、カルボニル化合物、アミン、硫黄化合物である。
この中で、清酒中に含まれる量で単独で感知できる成分、即ち、清酒中の濃度を弁別閾値で割った値(オーダーユニット)が1以上である成分は、わずか十数種類である。その他の大部分の成分は単独では感知できない量で存在している。オーダーユニットが1以上である香気成分は、酢酸イソアミル、酢酸イソブチル、酢酸エチル、乳酸エチル、カプロン酸エチル、4-ヒドロキシ酪酸エチル、カプリル酸エチル、ペラルゴン酸エチル、フェニル酢酸エチル、酢酸フェネチル、カプリン酸エチルといったエステルと、イソアミルアルコール、β-フェネチルアルコール、フェニルエタノール、ラウリン酸エチルといったアルコールである(非特許文献1)。これらのエステルやアルコールは果実様ないしは花様の香りを有する。
【0003】
特に、エステル類は、清酒の品質を決定する重要な成分であり、華やかな香りを与える。中でも、酢酸イソアミルとカプロン酸エチルは吟醸香への寄与が大きい。酢酸イソアミルは、バナナ様の華やかな香りを有し、カプロン酸エチルはリンゴ様のフルーティな香りを有する。
醸造酒の香りは、原料由来の香り、微生物が生み出す香り、貯蔵中に変化、生成する香りなどからなっているが、清酒の香りの大半は酵母により生成されている。このため清酒の香りを向上させたり、新たな香りを付与したりするために、醸造条件、酵母株の育種などの研究が多々なされている。
例えば、非特許文献2は、酢酸イソアミルを高生産する酵母変異株を育種したこと、及びこの変異株を用いて清酒を醸造したことを教えている。非特許文献2によれば、この変異株を用いて醸造した清酒の酢酸イソアミル(酢酸3-メチルブチル)濃度は約12mg/Lであり、酢酸2-メチルブチル濃度は約3.3mg/Lである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】化学と生物、29巻、9号、1991年、586~592頁
【非特許文献2】Applied and Industrial Microbiology, 8 March 2022 (DOI: 10.1128/AEM.02130-21)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新たな香味を有する清酒を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決するために研究を重ね、酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上である清酒は、華やかでありながら、梨やライチのような爽やかさ又はフレッシュさも有する、従来にない香りが感じられるものであることを見出した。
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記〔1〕~〔7〕を提供する。
〔1〕 酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上である、清酒。
〔2〕 清酒が日本の酒税法が定める清酒である、〔1〕に記載の清酒。
〔3〕 E/A比(〔酢酸2-メチルブチル濃度/2-メチルブチルアルコール濃度〕×100)が2以上である、〔1〕又は〔2〕に記載の清酒。
〔4〕 2-メチルブチルアルコール濃度が50~500mg/Lである、〔1〕~〔3〕の何れかに記載の清酒。
〔5〕 清酒の酢酸2-メチルブチル濃度を5mg/L以上にする工程を含む、清酒の製造方法。
〔6〕 醸造により、清酒の酢酸2-メチルブチル濃度を5mg/L以上にする、〔5〕に記載の清酒の製造方法。
〔7〕 掛米として、精米歩合50%以上の米を用いる、〔5〕又は〔6〕に記載の清酒の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の清酒は、酢酸2-メチルブチルを5mg/L以上含むため、華やかな香りと、ナシ様又はライチ様の爽やか、フレッシュ、又は軽やかな香りがミックスされた、従来にない新たな香味を有する。酢酸イソアミル(酢酸3-メチルブチル)濃度が高い清酒はバナナ様の香りが感じられることが知られているが、酢酸2-メチルブチルを5mg/L以上含む本発明の清酒は、高濃度の酢酸イソアミルを含有する清酒よりも爽やか感、フレッシュ感がより強く感じられるものである。
天然酵母が酢酸2-メチルブチルを生産することは知られていない。また、酢酸2-メチルブチルを天然酵母より高生産する株は、本発明者が知る限り、非特許文献2に報告されている変異株だけであるが、非特許文献2によれば、この変異株を用いて清酒を醸造しても酢酸2-メチルブチルを5mg/L以上の高濃度で含む清酒は得られない。さらに、酢酸2-メチルブチルが、華やかさの中にもフレッシュさ、爽やかさを備えた香りを発することも知られていない。
本発明では、清酒の製造に汎用されている酵母株の変異処理により酢酸2-メチルブチルを高生産する変異株を得て、この変異株を用いて、酢酸2-メチルブチルを5mg/L以上という高濃度で含む清酒を、醸造により製造することに成功した。
【0008】
また、一般に、清酒中のエステル濃度を高くすると、そのエステルに対応するアルコール濃度も高くなってしまう。2-メチルブチルアルコール濃度が余りに高いと溶剤臭を感じるようになるが、本発明の清酒において、2-メチルブチルアルコール濃度に対する酢酸2-メチルブチル濃度の比率に100を乗じた値(E/A比)が2以上である場合は、一層華やかな吟醸香が感じられる。
香料を添加した清酒は消費者に好まれないため、醸造によりこれらの組成を調整して、バランスの取れた良好な吟醸香を有する清酒を製造できたことの意義は大きい。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、特に指定がない場合、各種化学物質の名称、法令、測定・分析法、表示基準、ウェブサイトのURLは、本出願の出願日前日の時点のものを指す。
(1)酢酸2-メチルブチル高含有清酒
清酒
本発明の清酒は、酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上である清酒である。
【0010】
本発明の清酒は、米、米麹、及び水を主な原料として酵母により発酵したものであればよいが、中でも、酒税法(特に、日本国の酒税法)で定める清酒であることが好ましい。清酒は、酒税法や酒税法に関わる各種法令(例えば、酒税法施行令など)や通達などにおいて、使用できる原料が、米、米麹、水の他、酒粕、醸造アルコール、特定の有機酸などに限定されており、一般に食品添加物として認められている香料などを添加することは認められていない。また、酵素剤の使用量や使用用途についても限定されている。
【0011】
また、本発明の清酒は、普通酒であってもよく、或いは国税庁告示で定められた「清酒の製法品質表示基準」(「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」などで定められる酒類の表示の基準)を満たす特定名称酒、例えば、吟醸酒、大吟醸酒、純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸酒、特別純米酒、本醸造酒、及び特別本醸造酒などであってもよい。これらの特定名称にあたらない清酒を、本明細書では「普通酒」とする。
また、本発明の清酒は、容器詰め清酒とすることができ、その容器には、「清酒」、または国税庁長官が指定した酒類の地理的表示(基準)である「日本酒」など、清酒を意味する文言が表示されていることが好ましい。
【0012】
酢酸2-メチルブチル濃度
本発明の清酒の酢酸2-メチルブチル濃度は、5mg/L以上であり、また、6mg/L以上、7mg/L以上、8mg/L以上、10mg/L以上、12mg/L以上、15mg/L以上、又は20mg/L以上とすることができる。この範囲であれば、酢酸2-メチルブチルのナシ様・ライチ様の華やかで、かつ軽やか、爽やか、又はフレッシュな香りがしっかり感じられる清酒となる。
また、酢酸2-メチルブチル濃度は、例えば、200mg/L以下、150mg/L以下、130mg/L以下、100mg/L以下、80mg/L以下、60mg/L以下、又は40mg/L以下とすることができる。この範囲であれば、酢酸2-メチルブチルの香りが際立ち過ぎず、一層清酒らしいまろやかな香りを有する清酒になる。
【0013】
E/A比
本発明の清酒において、E/A比(〔酢酸2-メチルブチル濃度/2-メチルブチルアルコール濃度〕×100)は、2以上、2.5以上、3以上、3.5以上、4以上、又は4.5以上とすることができる。本発明の清酒は、この範囲であれば、華やかかつ爽やかな吟醸香を有しながら溶剤感が抑えられた清酒となる。
また、E/A比は、20以下、15以下、12以下、10以下、8以下、又は7以下にすることができる。この範囲であれば、酢酸2-メチルブチル由来の香りの突出を抑えることができ、一層清酒らしいまろやかな香りを有する清酒になる。
【0014】
2-メチルブチルアルコール濃度
本発明の清酒の2-メチルブチルアルコール濃度は、50mg/L以上、100mg/L以上、150mg/L以上、180mg/L以上、又は200mg/L以上とすることができる。2-メチルブチルアルコールは少量存在するときは良い香りを与えるため、この範囲であれば、一層清酒らしい吟醸香が得られる。
また、2-メチルブチルアルコール濃度は500mg/L以下、400mg/L以下、350mg/L以下、300mg/L以下、又は280mg/L以下とすることができる。この範囲であれば、溶剤感が抑えられた清酒となる。
【0015】
酢酸イソアミル濃度
酢酸イソアミル(酢酸3-メチルブチル)は清酒の主要な吟醸香成分であり、バナナのような華やかな香りを清酒に与える。酢酸イソアミル濃度は、2mg/L以上、4mg/L以上、5mg/L以上、7mg/L以上、又は10mg/L以上とすることができる。この範囲であれば、バナナ様の華やかな香味が感じられ、一層華やかな吟醸香が得られる。また、酢酸イソアミル濃度は、40mg/L以下、35mg/L以下、30mg/L以下、又は25mg/L以下とすることができる。この範囲であれば、バナナ様の香りが突出することなく、まろやかな清酒らしい香りを有する清酒となる。
【0016】
酢酸2-メチルブチル濃度/酢酸イソアミル(酢酸3-メチルブチル)濃度
酢酸イソアミル(酢酸3-メチルブチル)濃度に対する酢酸2-メチルブチル濃度の比率(酢酸3-メチルブチル濃度/酢酸イソアミル濃度)は、0.01以上、0.1以上、0.2以上、又は0.4以上とすることができる。この範囲であれば、バナナ様の香りが突出することなく、酢酸2-メチルブチル由来のナシ様・ライチ様の香りとバナナ様の香りがほどよくミックスされた、華やかで軽やかな香味の清酒となる。また、酢酸イソアミル濃度に対する酢酸2-メチルブチル濃度の比率は、100以下、10以下、5以下、又は3以下とすることができる。この範囲であれば、ナシ様・ライチ様の香りが突出することなく、ナシ様・ライチ様の香りとバナナ様の香がほどよくミックスされた華やかで軽やかな清酒となる。
【0017】
カプロン酸エチル濃度
カプロン酸エチルは、酢酸イソアミルと共に清酒の主要な吟醸香成分であり、リンゴのようなフルーティな香りを清酒に与える。カプロン酸エチル濃度は、0.01mg/L以上、0.1mg/L以上、0.1mg/L以上、又は0.3mg/L以上とすることができる。この範囲であれば、一層華やかな吟醸香が得られる。また、カプロン酸エチル濃度は、10mg/L以下、5mg/L以下、3mg/L以下、1mg/L以下、0.8mg/L以下、又は0.7mg/L以下とすることができる。この範囲であれば、リンゴ様のフルーティな香りが突出することなく、まろやかな清酒らしい香りを有する清酒となる。
【0018】
アルコール度数
本発明の清酒において、アルコール度数、即ち、アルコール分(v/v%)は、酒税法で定める1%以上22%未満の範囲であればよいが、3v/v%以上が好ましく、5v/v%以上がより好ましく、7v/v%以上がさら好ましい。また、アルコール分は、20v/v%以下が好ましく、18v/v%以下がより好ましく、16v/v%以下がさらに好ましい。この範囲であれば、華やか且つ清酒らしい香りを有し溶剤感が抑えられていると共に、全体として消費者に好まれる風味を有する清酒となる。
アルコール分(アルコール度数)は、アルコール飲料の全量に対するアルコール(エタノール)の体積濃度を百分率で表示した割合である。アルコール分は、酒税法で認められる国税庁所定分析法、あるいは独立行政法人酒類総合研究所が定める「酒類総合研究所標準分析法」(平成29年4月6日一部改訂、https://www.nrib.go.jp/bun/nribanalysis.html)で測定できるが、本発明におけるアルコール分は、独立行政法人酒類総合研究所が定める「酒類総合研究所標準分析法」の「3.清酒」の規定(以下、「清酒分析法」という)に基づいて分析した値である。
【0019】
日本酒度
本発明の清酒において、日本酒度は、それには限定されないが、-90以上が好ましく、-60以上がより好ましく、-30以上がさらに好ましい。また、日本酒度は+30以下が好ましく、+20以下がより好ましく、+10以下がさらに好ましい。この範囲であれば、華やか且つ清酒らしい香りを有し溶剤感が抑えられていると共に、全体として消費者に好まれる風味を有する清酒となる。
日本酒度は、上述の清酒分析法で測定した値である。
【0020】
酸度
本発明の清酒において、酸度は、それには限定されないが、0.1以上が好ましく、0.2以上がより好ましく、0.4以上がさらに好ましい。また、酸度は10以下が好ましく、6以下がより好ましく3以下がさらに好ましい。この範囲であれば、華やか且つ清酒らしい香りを有し溶剤感が抑えられていると共に、全体として消費者に好まれる風味を有する清酒となる。
酸度は、清酒に含まれる、遊離酸(主に乳酸、リンゴ酸、コハク酸など)の総量を示した値である。具体的には、酸度は、10mLの清酒を中和するのに要する、0.1N水酸化ナトリウム溶液のmLを指す。酸度は、上述の清酒分析法で測定した値である。
【0021】
(2)酢酸2-メチルブチル高含有清酒の製造方法
清酒は、酒母に、米麹、掛米、及び水を添加して仕込み、これを糖化、発酵させてもろみを得た後、上槽(もろみの液体画分と酒粕を分離して液体画分を採取する工程であり、酒税法でいう「こす(濾す)」工程であればよい)により製造される。さらに、熱処理、オリの除去、濾過などを行ってもよい。また、米麹、米(掛米)及び水の他、酒粕を原料として用いてもよい。
【0022】
酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上である本発明の清酒、特に、酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上であり、かつE/A比が2以上である本発明の清酒は、酒母中の酵母として、変異処理により得られた特定の変異酵母株を、さらに酢酸2-メチルブチルを高生産させるようにした変異させた酵母を用いることにより製造することができる。この酵母株は、K901系酵母株を変異処理して酢酸エチル高生産を指標に変異株を取得し、さらに、この変異株をEMS変異処理し酢酸2-メチルブチルの生産性を指標に選択することにより得られたものである。この変異酵母株を用いること以外は、一般的な清酒の製造方法と同じ方法で、本発明の清酒を製造することができる。
このように、本発明の清酒は、遺伝子組換えにより育種した酵母株を使用しなくても製造することができる。遺伝子組換え材料を使って製造した食品は、昨今のnon-GMOの風潮からも国内外の消費者に好まれないため、非遺伝子組換え酵母株を用いて製造できることは大きなメリットである。
【0023】
この酵母株を用いて本発明の清酒を製造する場合、原料米は、例えば、「清酒の製法品質表示基準」で定められる大吟醸あるいは吟醸の精米歩合(60%以下あるいは50%以下)など高精白した米であっても良いが、精米歩合がこれより高い米(低精白米)であっても良い。原料として用いる米は、精米歩合50%以上、55%以上、60%以上、65%以、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上とすることができる。精米は少しだけ行えばよく、例えば、精米歩合99.9%以下、99%以下、97%以下、95%以下、93%以下、90%以下、85%以下、又は80%以下とすることができる。これらの米を原料米(麹米を含む)、特に掛米として用いても、酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上である本発明の清酒、特に、酢酸2-メチルブチル濃度が5mg/L以上であり、かつE/A比が2以上である本発明の清酒を製造することができる。
【0024】
一般に、精白度が低い原料米を用いると、もろみ中の脂肪酸の含有量が増えるため、2-メチルブチルアルコールとアセチル-CoAから酢酸2-メチルブチルを生成する酵素の発現が抑えられて、酢酸2-メチルブチル濃度が低くなる。この点、上記変異酵母株を用いれば、低精白米を用いても酢酸2-メチルブチル濃度が高い清酒を得ることができる。この場合、掛米に加えて、米麹に使用する麹米も低精白米を用いることができる。
【0025】
仕込みに使用する掛米は、蒸米を用いてもよく、或いは液化した融米を用いてもよい。融米を使用する仕込みは、液化仕込みといわれる。融米は、米や粉砕米に、仕込み水と耐熱性酵素であるα-アミラーゼを添加し、60~90℃で液化することにより得られる。液化だけでなく糖化まで行う場合は、液化終了後60℃程度まで冷却した時点で、グルコアミラーゼを添加して約50~55℃で糖化させればよい。
【0026】
米の品種には特に限定はなく、酒造好適米(例えば、山田錦、五百万石など)、あるいは一般食用米であっても良く、うるち米、もち米であってもよく、清酒醸造に用いることができる米であればよい。また、国内産米と海外産米のどちらでもよいが、地理的表示(基準)上、国内産米が好ましい。
【0027】
米麹は、蒸した米に麹菌(Aspergillus oryzae)を増殖させたものである。清酒の製造に使用する米麹は、平成元年11月22日 国税庁告示第8号「清酒の製法品質表示基準を定める件[1]」において、「米こうじとは、白米にこうじ菌を繁殖させたもので、白米のでんぷんを糖化させることができるものをいい、特定名称の清酒は、こうじ米の使用割合(白米の重量に対するこうじ米の重量の割合をいう。以下同じ)が、15%以上のものに限るものとする。」と定められている。
使用する麹菌は、清酒の製造に使用できるものであればよく、例えば、ビオック社製の大吟醸、酒母用、醪用、機械製麹用、純米吟醸用、純米酒用、本醸造用、経済酒用、良い香り、液化仕込み用や、樋口松之助商店社製のひかみ吟醸用、ハイ・G、ダイヤモンド印、もと立用、醪用、ひかみ醪用20号、ひかみ醪用30号、ひかみ特選粉状A、エースヒグチ、ヒグチ粉状菌、白峯、かおり、強力糖化菌、液化仕込み用などが挙げられる。
【0028】
仕込みは、上記のように調製した酒母、掛米、米麹、及び水を発酵タンクに投入して行う。仕込みでは、一段で全て添加してもよいが、多段に分けてもよいし、上槽前に四段として仕込んでもよい。酵母濃度が薄まらないように、三段仕込みが好ましい。三段仕込みは、もろみ造りにおいて、酒母に米麹及び掛米を三段階に分けて添加する方法であり、酵母に与える環境の変化を最小限にして、酵母の活性を損なわないようにする方法である。
【0029】
もろみの発酵期間は、10~40日間とすればよく、好ましくは15~40日間、より好ましくは20~30日である。この期間は、三段仕込みの場合は、留添(留後)から上槽までの期間としてもよい。もろみの発酵温度は、5~25℃とすればよく、好ましくは10~20℃である。
発酵が終了した後、酒粕を除去し、清酒画分(上槽酒)を回収する。例えば、圧搾、ろ過などにより、酒粕と清酒画分を分離すればよい。上槽酒は、さらに必要に応じて、ろ過、オリの除去、加熱処理、活性炭処理などに供すればよい。
【0030】
本発明の精酒は、容器詰めされたものであってよい。容器の素材としては、ガラス、プラスチック、紙類、陶器、木材、及びこれらを組み合わせたものが挙げられる。容器の種類としては、カップ(コップ)、紙パック、パウチ、ビン、ポリタンク、及び樽などが挙げられる。
【0031】
本発明は、清酒の酢酸2-メチルブチル濃度を5mg/L以上にする工程を含む、清酒の製造方法を包含する。また、本発明は、清酒の酢酸2-メチルブチル濃度を5mg/L以上、E/A比を2以上にする工程を含む、清酒の製造方法を包含する。
製造される清酒は、華やかかつ爽やかな清酒らしい香りを有するものである。この清酒は、日本国の酒税法で定める清酒とすることができる。即ち、日本国の酒税法が規定する「清酒」となるように、香料を添加することなく、上記組成となるように調整して、醸造により製造することができる。その他は、本発明の清酒について説明した通りである。
【実施例0032】
以下、本発明を、実施例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0033】
(1)定量方法
酢酸2-メチルブチル・2-メチルブチルアルコール
清酒中の酢酸2-メチルブチル、2-メチルブチルアルコールの各濃度は、各標品を内部標準としてGC-MSにて測定した。
【0034】
清酒の一般分析方法
後述する各清酒の酒質の分析を行った。具体的には、アルコール度数は、「3-4 アルコール分 A)-2 振動式密度計法」、日本酒度は、「3-3 比重(日本酒度) B)振動式密度計法」、酸度は、「3-5 総酸」に基づいて行った。
【0035】
(2)清酒の官能試験1
清酒に酢酸2-メチルブチルの標準品を添加して表1、表2に示す組成とし、熟練した専門パネルが香りの官能評価を行った。清酒は、市販清酒A(地理的表示で言う日本酒、普通酒、アルコール度数14度、日本酒度1.0、酸度1.2、表1)、市販清酒B(地理的表示で言う日本酒、純米酒)を水で希釈したもの(アルコール度数8度、日本酒度-3.6、酸度1.1、表2)をそれぞれ用いた。
酢酸2-メチルブチルの標準品は(ナカライテスク社製、試薬特級 GR)を用いた。また、清酒の標準品(STD)は、最終濃度2mg/Lとなるように酢酸2-メチルブチルを市販清酒A、市販清酒Bの水希釈品のそれぞれに添加したもの用いた。
【0036】
香りの評価は下記基準で行った。
5点:STDより華やかさを強く感じる
4点:STDより華やかさをやや強く感じる
3点:STDより華やかさを感じる
2点:STDより華やかさをわずかに感じる
1点:STDと同じ華やかさを感じる
【0037】
9名のパネルの評価点を用いて有意差検定を行った。結果を、表1、表2に示す。酢酸2-メチルブチル添加STDの清酒に対して有意差がない場合を×、p<0.05で有意差がある場合を〇、p<0.01で有意差がある場合を◎で示す。
【表1】
【0038】
【0039】
市販清酒A、市販清酒Bの希釈品の何れも、酢酸2-メチルブチル濃度が2mg/L(STD)と4mg/Lとの間には有意差がなく(p>0.05)、6mg/L以上で2mg/L(STD)との間に統計的有意差があった(p<0.01)(t検定、両側)。酢酸2-メチルブチル濃度4mg/Lと6mg/Lとの間に、華やかかつ爽やかな香味を感じる臨界点があることが分かる。なお、市販酒A、Bともにカプロンエチルの含有量は、1mg/L以下であることを確認している。
【0040】
(3)清酒の官能試験2
熟練したパネル9名が、市販清酒Aに濃度6mg/Lになるように酢酸2-メチルブチルを添加した清酒(表1の1-2と同じサンプル)と、市販清酒Aに濃度6mg/Lになるように酢酸イソアミルを添加した清酒を、官能評価した。官能評価は、「清酒の官能試験1」と同様の評価項目及び方法で行った。また、「清酒の官能試験1」と同様の統計処理を行った。9名中8名が、酢酸2-メチルブチルを添加した清酒の方が「(酢酸イソアミルを添加した清酒よりも)フレッシュ感あるいは爽やかさを感じる」、7名が「(酢酸イソアミルを添加した清酒よりも)梨やライチのような別の果物を想起する」と回答した。
【0041】
(4)清酒の官能試験3
清酒Aに、濃度6.0mg/Lとなるように酢酸2-メチルブチルを添加し、さらに2-メチルブタノールをそれぞれ100mg/L、300mg/L、600mg/Lとなるように添加した3種の清酒を調製した。2-メチルブタノール濃度600mg/Lの清酒を、標準品(STD)とした。
この3つの清酒について、熟練したパネル4名が「清酒の官能試験1」と同様の評価項目及び方法で官能試験を行い、さらに「清酒の官能試験1」と同様の統計処理を行った。
結果を、表3に示す。
【0042】
【0043】
E/A比2.0及びE/A比6.0の各清酒は、E/A比1.0の清酒(STD)より評価点の平均値が高く、両者の間には有意差があった。このことから、2-メチルブタノール濃度が高いと、酢酸2-メチルブチルの華やかさを低減させることが分かった。また、E/A比が2以上であれば、E/A比1のSTDとの間に有意差があり、華やかさが失われないことが示された。
【0044】
(5)変異酵母株の取得
きょうかい酵母(901号のアルギニン要求性株)を親株として、変異処理を行い、酢酸エチル高生産を指標に変異株の取得を行った。変異処理は5重量%EMS含有カリウムリン酸緩衝液に親株を懸濁し、撹拌しながら30℃で60分間インキュベートすることで行い、YNB寒天培地(0.67% Difco yeast nitrogen base、2%グルコース、2%寒天)で生育の良い株を選抜した。このうち、精米歩合70%を用いた小仕込み試験において、発酵が親株と同等であり、親株よりも酢酸エチル生産性が上昇した(条件1)株を偶然にも複数得た。
このようにして得られた変異株群について、さらにEMS変異処理を行い、同様の小仕込み試験をし、直接の親株である変異株と比較して、酢酸2-メチルブチルの生成量が増大した(条件2)変異株(GL-99)を得た。
このようにして、条件1と条件2を満たすよう、親株を変異処理することにより、目的の性質を有する変異株を偶発的に取得することができた。
最終的に得られたこの変異株の酵母株は、受託機関名:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター、受託日:2022年10月19日(受領日2022年10月19日)、受託番号:NITE P-03770(受領番号:NITE AP-03770)、識別の表示:GL-99として寄託されている。
【0045】
(6)酢酸2-メチルブチル高含有清酒の製造
変異株GL-99を用いて、精米歩合70%(国産)の麹米、精米歩合70%(国産)の掛米、総米180gの三段仕込みを行った。添え後、23日目に上槽した。温度は10~20℃となるように管理した。測定項目は、アルコール度数、日本酒度、酸度、酢酸2-メチルブチル濃度、2-メチルブチルアルコール濃度、カプロン酸エチル濃度、イソアミルアルコール濃度、酢酸イソアミル濃度とした。
得られた上槽酒は、アルコール度数17.3度、酢酸2-メチルブチル濃度16.5mg/L、2-メチルブチルアルコール濃度291.4mg/L、E/A比5.66、日本酒度-4.0、酸度3.0であった。その他の香気成分は、カプロン酸エチル濃度0.7mg/L、イソアミルアルコール濃度89.6mg/L、酢酸イソアミル濃度23.3mg/Lであることを確認した。
【0046】
親株であるきょうかい酵母(901号系統のアルギニン要求性株)と、親株から条件2のみ満たすように取得した酵母をそれぞれ用いて、同様の条件で清酒を醸造した。
親株は、アルコール度数18.0度、酢酸2-メチルブチル濃度は検出限界(0.1mg/L)以下、2-メチルブチルアルコール濃度59.0mg/L、イソアミルアルコール濃度144mg/L、酢酸イソアミル濃度5.7mg/Lであった。
また、条件2のみ満たすように親株から育種した株は、アルコール度数18.0度、酢酸2-メチルブチル濃度2.6mg/L、2-メチルブチルアルコール濃度229.4mg/L、E/A比1.13であった。また、イソアミルアルコール濃度75.6mg/L、酢酸イソアミル濃度6.0mg/Lであった。
また、非特許文献2記載の方法で酢酸2-メチルブチル濃度が高められた酵母株の育種及び清酒醸造を行ったが、非特許文献2記載の酢酸2-メチルブチル濃度と同等の濃度の清酒しか醸造することができなかった。
このように、条件1と条件2を満たすように取得した変異株を用いることにより、酢酸2-メチルブチル濃度5mg/L以上で、E/A比2以上の清酒が得られることが明らかとなった。
【0047】
(7)市販の清酒に含まれる酢酸2-メチルブチル濃度
市販酒Aに含まれる酢酸2-メチルブチル濃度は、GC-MSで測定したところ、0.11mg/L、市販酒Bは0.27mg/Lであった。酢酸イソアミルが多い生酒(酢酸イソアミル濃度5.5mg/L、市販酒C)においても、酢酸2-メチルブチル濃度は0.0mg/Lであった。
本発明の清酒は、バナナ様の香りとナシ様・ライチ様の香りがミックスした華やかかつ爽やかな吟醸香を有し、溶剤感が抑えられたものである。このような香味を有する清酒は従来知られていない。この清酒は、低精白米を用いても製造することができる、香り成分を添加することなく製造できる、遺伝子組換え酵母株を使用しなくても製造できるといった利点も有する。従って、本発明の清酒は、商品価値が非常に高い。