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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024088039
(43)【公開日】2024-07-02
(54)【発明の名称】軸封装置
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/3252 20160101AFI20240625BHJP
   F16J 15/3204 20160101ALI20240625BHJP
【FI】
F16J15/3252
F16J15/3204 201
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022202991
(22)【出願日】2022-12-20
(71)【出願人】
【識別番号】000229737
【氏名又は名称】日本ピラー工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087653
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴江 正二
(72)【発明者】
【氏名】日名 純
(72)【発明者】
【氏名】加門 祐介
【テーマコード(参考)】
3J006
3J043
【Fターム(参考)】
3J006AE15
3J006CA02
3J043AA16
3J043BA08
3J043CA02
3J043CB14
3J043DA03
(57)【要約】
【課題】低温化に伴うシール材の熱収縮にかかわらず、十分に高いシール性の維持を部品の追加なしで実現可能な軸封装置を提供する。
【解決手段】スタッフィングボックスは流体機器のケーシングの開口部に嵌め込まれ、可動軸の周囲にパッキン室を形成する。パッキン室にはシール材が詰め込まれる。スタッフィングボックスのリブはケーシング内の流路とパッキン室との間を仕切る。リブからは環状の凸部がパッキン室の中へ軸方向に突出して可動軸を囲む。シール材の外周リップはパッキン室の中へ軸方向に突出してスタッフィングボックスの凸部を囲み、先端部をスタッフィングボックスのリブに接触させる。シール材はスタッフィングボックスよりも熱収縮率が高く、シール領域を、常温ではパッキン押さえの圧力によって外周リップの先端部をリブに押し付けて形成し、低温では外周リップの内周面で凸部の外周面を締め付けて形成する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体機器のケーシングの開口部に嵌め込まれて、前記流体機器の可動軸の周囲にパッキン室を形成するスタッフィングボックスと、
前記パッキン室に詰め込まれて前記可動軸を囲む環状のシール材と、
前記シール材に対して軸方向の圧力を加えるパッキン押さえと
を備えている軸封装置であって、
前記スタッフィングボックスが、
前記可動軸を囲む環状壁であり、前記ケーシングの中の流路と前記パッキン室との間を仕切っているリブと、
前記リブから前記パッキン室の中へ軸方向に突出して前記可動軸を囲む環状の凸部と
を含み、
前記シール材が、
前記パッキン室の中へ軸方向に突出して前記凸部を囲み、先端部を前記リブに接触させる環状の外周リップ
を含み、
前記シール材は前記スタッフィングボックスよりも熱収縮率が高く、前記可動軸と前記リブとの隙間を密封するための外周側シール領域を、
常温では、前記パッキン押さえの圧力によって前記外周リップの先端部を前記リブに押し付けて形成し、
低温では、前記外周リップの内周面で前記凸部の外周面を締め付けて形成する
ように構成されている軸封装置。
【請求項2】
前記シール材が、
環状のリップであり、内周側に前記可動軸が圧入されることによって内周面を前記可動軸の外周面に密着させて、前記可動軸と前記リブとの隙間を密封するための内周側シール領域を形成するように構成されている内周リップ
を更に含む、請求項1に記載の軸封装置。
【請求項3】
前記内周リップの内周面が前記内周側シール領域に放物面を含む、請求項2に記載の軸封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は軸封装置に関し、特に低温で使用されるものに関する。
【背景技術】
【0002】
「軸封装置」とは、流体機器のケーシングの開口部と可動軸との隙間を密封する装置、すなわち、その隙間からの流体の漏れ、またはその隙間への異物の侵入を防止する装置である。典型的な軸封装置は、スタッフィングボックス、シール材、およびパッキン押さえを含む(たとえば、特許文献1-3参照)。「スタッフィングボックス」は、ケーシングの開口部に嵌め込まれている筒状部材であり、可動軸を囲んで自身の内周面と可動軸の外周面との間に環状の空間、すなわちパッキン室を形成する。「シール材」(「パッキン」とも言う。)は紐状または環状の可撓性部材であり、パッキン室に一般に複数詰め込まれる。パッキン室では複数のシール材が、紐状であれば可動軸に巻き付けられた状態で、環状であれば内周側に可動軸を通した状態で、可動軸に沿って隣り合わせで並べられる。「パッキン押さえ」(「グランド押さえ」とも言う。)は、パッキン室の軸方向における片側の端で可動軸を囲む環状部材であり、シール材に対して軸方向の圧力を加える。この圧力によってシール材が軸方向に圧縮されると径方向へは拡張し、スタッフィングボックスの内周面と可動軸の外周面とに密着する。その結果、シール材によってパッキン室が塞がれるので、ケーシングの開口部と可動軸との隙間が密封される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2015-102132号公報
【特許文献2】特開2016-020711号公報
【特許文献3】特許第5153576号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
シール材の材料としては樹脂がよく選択される。特に、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等のフッ素樹脂は、耐熱性が高く、流体に対する化学的な安定性に優れ、かつ可動軸に対する摩擦係数が低いので、多用される。しかし、可動軸やスタッフィングボックスの材料として一般的な金属に比べ、樹脂は熱収縮率(温度降下に伴って体積または長さが減少する割合。熱膨張係数と等しい。)が10倍程度高い。これにより、樹脂製のシール材の利用には以下の問題点がある。
【0005】
液体アンモニア(沸点-33℃)、液化天然ガス(LNG、沸点-160℃程度)、液体窒素(沸点-196℃)、液体水素(沸点-253℃)、液体ヘリウム(沸点-269℃)等、低温(この明細書では「零下数十℃以下」を意味する。)の流体を流体機器が扱う場合、その流体によって可動軸だけでなく軸封装置も低温まで冷却される。一般に可動軸およびスタッフィングボックスよりもシール材は熱収縮率が高いので、常温(この明細書では「零下数℃以上数十℃以下」を意味する。)から低温までの温度降下(以下、「低温化」と呼ぶ。)に伴い、パッキン室の内径よりもシール材の外径が大きく熱収縮する。その結果、シール材の外周側でシール圧が低下する。この低下が過大である場合、流体の漏れ量が過多になる危険性がある。しかし、低温の流体を流体機器が扱う状況下では増し締め作業が困難であり、パッキン押さえの圧力を高めてシール圧を元に戻すこと、すなわち漏れを抑えることが難しい。
【0006】
低温化に伴うシール性の低下を防ぐ技術としては、たとえば特許文献1に記載のものが知られている。この技術は、樹脂製のシール材(16)を軸方向において2本の金属環(18、20)の間に挟み、片方の金属環(18)に支えられた2本の環状のばね(22、24)からの径方向の圧力によって可動軸(10)とスタッフィングボックス(6)とに押し付ける。シール材(16)に比べれば金属環(18、20)は低温化に伴う熱収縮が小さいので、金属環(18、20)を、それらの間でシール材(16)が、低温化にかかわらずに実質上、常温時の形状に維持されるように、構成することができる。その結果、シール材(16)から可動軸(10)とスタッフィングボックス(6)とへ加えられるシール圧がばね(22、24)の圧力により、変わらずに高く維持される。しかし、この技術には金属環(18、20)とばね(22、24)とが不可欠であるので、軸封装置の部品点数が多く、製造工程が煩雑になり、軸方向における小型化も難しい。
【0007】
本発明の目的は上記の課題を解決することであり、特に、低温化に伴うシール材の熱収縮にかかわらず、十分に高いシール性の維持を部品の追加なしで実現可能な軸封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の1つの観点による軸封装置は、スタッフィングボックスと環状のシール材とパッキン押さえとを備えている。スタッフィングボックスは流体機器のケーシングの開口部に嵌め込まれて、その流体機器の可動軸の周囲にパッキン室を形成する。シール材はパッキン室に詰め込まれて可動軸を囲む。パッキン押さえはシール材に対して軸方向の圧力を加える。
【0009】
スタッフィングボックスはリブと環状の凸部とを含む。リブは、可動軸を囲む環状壁であり、ケーシングの中の流路とパッキン室との間を仕切っている。凸部はリブからパッキン室の中へ軸方向に突出して可動軸を囲む。
【0010】
シール材は環状の外周リップ、すなわち軸方向に張り出した外周部分を含む。外周リップはパッキン室の中へ軸方向に突出してスタッフィングボックスの凸部を囲み、先端部をスタッフィングボックスのリブに接触させる。シール材はスタッフィングボックスよりも熱収縮率が高く、可動軸とリブとの隙間を密封するための外周側シール領域を、(i)常温では、パッキン押さえの圧力によって外周リップの先端部をリブに押し付けて形成し、(ii)低温では、外周リップの内周面で凸部の外周面を締め付けて形成するように構成されている。
【発明の効果】
【0011】
本発明による上記の軸封装置は、可動軸とスタッフィングボックスのリブとの隙間を密封するための外周側シール領域を、常温ではパッキン押さえの圧力により、シール材の外周リップの先端部をリブに押し付けて形成する。一方、シール材の熱収縮率がスタッフィングボックスの熱収縮率よりも高いので、低温では熱収縮率のその差により、外周リップの内周面でスタッフィングボックスの凸部の外周面を締め付けて外周側シール領域を形成する。低温化が進むほど、外周リップの先端部がリブを押圧する力は弱まるが、外周リップの内周面がスタッフィングボックスの凸部の外周面を締め付ける力は強まる。したがって、外周リップの先端部とリブとの間でのシール圧の低下が、外周リップの内周面とスタッフィングボックスの凸部の外周面との間でのシール圧の上昇で補われる。こうして、この軸封装置は、低温化に伴うシール材の熱収縮にかかわらず、十分に高いシール性の維持を部品の追加なしで実現可能である。
【0012】
この軸封装置ではシール材が内周リップを更に含んでもよい。内周リップは環状のリップ、すなわち軸方向に張り出した部分であり、内周側に可動軸が圧入されることによって内周面を可動軸の外周面に密着させて、可動軸とリブとの隙間を密封するための内周側シール領域を形成するように構成されている。内周リップは、常温ですでに内径が可動軸の直径よりも小さく、低温ではその差が可動軸とシール材との間での熱収縮率の差によって更に開く。したがって、低温化にかかわらず、内周リップの内周面が可動軸の外周面を強く締め付けるので、シール圧が十分に高く維持される。内周リップの内周面が内周側シール領域に放物面を含んでもよい。放物面は、頂点から外れた位置ほど曲率半径が大きい、すなわち平坦に近いので、可動軸の外周面に押し付けられると、その外周面に隙間なく密着しやすい。それ故、内周側シール領域のシール性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】(a)は本発明の実施形態による軸封装置の断面図であり、(b)は(a)が示すシール材とその近傍との部分拡大図である。
図2図1が示す軸封装置の分解図である。
図3】(a)は常温のシール材が加えるシール圧を示す模式図であり、(b)は低温のシール材が加えるシール圧を示す模式図である。
図4】(a)は本発明の実施形態によるシール材の断面図であり、(b)はその変形例の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態による軸封装置は、たとえばバルブのステムとケーシングの開口部との隙間のシールに利用される。「ステム」は「弁棒」とも呼ばれ、中心軸まわりの回転、または、中心軸方向での往復運動により、バルブの弁体等に動力を伝達する棒状部材である。ステムは通常、黄銅、青銅、鋳鉄、または鋼等の金属から成る。「ケーシング」は「弁箱」とも呼ばれ、内側に流路を収める筐体である。ステムによる動力の伝達先はケーシング内の流路に位置するので、ケーシングにはステムを貫通させるための開口部が欠かせない。この開口部からの流体の漏れ量を本発明の実施形態による軸封装置は抑える。
【0015】
図1の(a)は本発明の実施形態による軸封装置100の断面図である。軸封装置100はバルブのステム510とケーシング550の開口部551との隙間を密封する。図1の(a)が示す断面はステム510の中心軸を含む。図1の(a)ではその中心軸が左右方向に対して平行であり、右側にケーシング550内の流路540が位置し、左側にケーシング550の外部空間560が広がり、一般に外気に通じている。以下、図1の(a)が示す任意の部位に対して右側(すなわち流路540に近い側)を「流体側」と呼び、左側(すなわち外部空間560に近い側)を「大気側」と呼ぶ。
【0016】
図2は軸封装置100の分解図である。図2では各部材の一部が除去され、軸方向に沿った断面が示されている。図1の(a)、図2が示すように、軸封装置100は、スタッフィングボックス110、シール材120、およびパッキン押さえ130を含む。
[スタッフィングボックス]
【0017】
スタッフィングボックス110(「グランドボックス」とも呼ばれる。)は、黄銅、青銅、鋳鉄、または鋼等の金属から成る円筒部材であり、ケーシング550の開口部551の内側に嵌め込まれてステム510を同軸に囲む。スタッフィングボックス110の流体側の端部(図1の(a)、図2では右端部)111はケーシング550内の流路540に面し、大気側の端部(図1の(a)、図2では左端部)112はケーシング550の外側へ突出する。スタッフィングボックス110の内周面113はステム510の外周面511との間に円筒状のパッキン室114を形成する。スタッフィングボックス110の流体側の端部111からはステム510の外周面511へ向かって円環状の壁部、すなわちリブ115が突出して流路540とパッキン室114との間を仕切る。
【0018】
リブ115の大気側(図1の(a)、図2では左側)の円環面116からは円環状の凸部117がパッキン室114の中へ軸方向(図1の(a)、図2では左方向)に突出してステム510を囲む。凸部117は、断面がたとえば軸方向に細長い矩形状であり、外径がパッキン室114の外径よりも狭く、内径がステム510の直径(=パッキン室114の内径)よりも広い。
[シール材]
【0019】
図1の(b)は、図1の(a)が示すシール材120とその近傍(図1の(a)が示す破線で囲まれた領域)の部分拡大図である。図4の(a)は、シール材120の単体の断面図である。シール材120は、好ましくはPTFE等のフッ素樹脂から成る円環状のリップシールである。「リップシール」とは、材料が型で環状に固められたシール材、すなわち成形パッキンの一種であり、環状の中心軸を含む平面による断面が軸方向の張り出し部分(「リップ」と呼ばれる。)を含むものを指す。シール材120はパッキン室114の中にステム510と同軸に詰め込まれてステム510を囲む。好ましくはシール材120は、常温では、外径がパッキン室114の外径よりも狭く、内径がステム510の外径よりもわずかに狭い。これにより、シール材120は内周側にステム510を圧入させて内周面をステム510の外周面511に密着させる。
【0020】
好ましくは、シール材120がUパッキンである。すなわち、円環形の中心軸を含む断面が、軸方向の片側(図1の(b)、図4の(b)では右側)を上側とするU字形状である。このU字形状の2本の腕部121、122、すなわち軸方向(図1の(b)、図4の(a)では右方向)へ張り出している2本の同心の円環部分がリップである。リップ121、122はそれらの材料の可撓性により、U字形の開き、すなわち先端面123、124の径方向(図1の(b)、図4の(a)では上下方向)の間隔を増減させるように屈曲可能である。
【0021】
外周側(図1の(b)、図4の(a)では上側)のリップ121(以下、「外周リップ」と呼ぶ。)は、常温では、外径がパッキン室114の外径よりも狭く、内径がスタッフィングボックス110の凸部117の外径よりもわずかに広く、軸方向(図1の(b)、図4の(a)では左右方向)において凸部117よりも長い。したがって、外周リップ121は、スタッフィングボックス110の内周面113と凸部117の外周面118との隙間に、先端面123がリブ115の大気側(図1の(b)、図4の(a)では左側)の円環面116に突き当たるまで押し込まれ、外周面125をスタッフィングボックス110の内周面113に対向させ、内周面126を凸部117の外周面118に対向させる。
【0022】
内周側(図1の(b)、図4の(a)では下側)のリップ122(以下、「内周リップ」と呼ぶ。)は、常温では、外径がスタッフィングボックス110の凸部117の内径よりも狭く、内径がステム510の直径よりも狭く、軸方向(図1の(b)、図4の(a)では左右方向)において外周リップ121よりも短い。したがって、外周リップ121の先端面123がリブ115の大気側(図1の(b)、図4の(a)では左側)の円環面116に突き当たる際、内周リップ122は、外周面127を凸部117の内周面119に対向させる一方、内周面128をステム510の外周面511に密着させる。内周リップ122の先端面124はリブ115の大気側の円環面116から軸方向(図1の(b)、図4の(a)では左方)に離れている。
【0023】
好ましくは、シール材120がパッキン室114の中へ詰め込まれる前では、内周リップ122の内周面128の先端部129が内周方向(図4の(a)では下方)へ迫り出している。先端部129は好ましくは放物面である。より正確には、図4の(a)が示すように、円環状の中心軸を含む断面の下側の輪郭が、内径の最も狭い点PK(図4の(a)では最下点)を頂点とする放物線である。これにより、その輪郭は、頂点PKから外れた位置ほど(図4の(a)では頂点PKから左右へ離れた位置ほど)曲率半径が大きく、すなわち平坦に近い。常温において、内周リップ122は内径が、内周面128の先端部129の軸方向(図1の(b)、図4の(a)では左右方向)における中央部ではステム510の直径よりもわずかに狭い一方、それ以外ではその外径よりも広い。したがって、先端部129の内周側にステム510が圧入されると、図1の(b)が示すように、軸方向における中央部が平たく潰れてステム510の外周面511に密着する。
[パッキン押さえ]
【0024】
スタッフィングボックス110の大気側の端部(図1の(a)では左端部)112の内周側ではパッキン押さえ130が、その流体側の端部(図1の(a)では右端部)131でパッキン室114の大気側(図1の(a)では左側)の開口部を閉じている。流体側の端部131は更に、シール材120の大気側(図1の(a)では左側)の円環面201に接触する。パッキン押さえ130は、黄銅、青銅、鋳鉄、または鋼等の金属から成る円環部材であり、ステム510を同軸に囲む。パッキン押さえ130の大気側の端部(図1の(a)、図2では左端部)132から外周方向へは円環状のフランジ133が張り出している。図2では省略されているが、フランジ133には複数本のボルト134がステム510に対して平行に(図1の(a)では左右方向に)貫通しており、スタッフィングボックス110の大気側の端部112にねじ込まれている。さらに、ボルト134にはナット135がねじ込まれ、それに伴うボルト134の軸力でフランジ133を押さえ付ける。こうして、フランジ133がスタッフィングボックス110の大気側の端部112に固定される。さらに、ボルト134の軸力によってパッキン押さえ130の流体側の端部131がシール材120の大気側の円環面201を軸方向(図1の(a)では右方)へ加圧する。
[軸封装置の常温でのシール作用]
【0025】
図3の(a)は、常温のシール材120が加えるシール圧POR、PIRを示す模式図であり、シール圧POR、PIRを示す矢印を、図1の(b)が示す断面図に追加したものである。ボルト134の軸力でナット135がパッキン押さえ130のフランジ133を押さえ付けると、パッキン押さえ130の流体側の端部(図3の(a)では左端部)131がシール材120の大気側(図3の(a)では左側)の円環面201に対して軸方向(図3の(a)では右方向)の圧力PPを加える。これにより、スタッフィングボックス110の内周面113と凸部117の外周面118との隙間ではシール材120の外周リップ121の先端面123がリブ115の大気側(図3の(a)では左側)の円環面116に押し付けられて密着する。その結果、外周リップ121の先端面123とリブ115の大気側の円環面116との間にシール領域(以下、「第1外周側シール領域」と呼ぶ。)211が形成される。第1外周側シール領域211において外周リップ121の先端面123がリブ115の大気側の円環面116に加えるシール圧PORは、パッキン押さえ130からの軸方向(図3の(a)では右方向)の圧力PPに起因する。
【0026】
さらに、内周リップ122の内周面128の先端部129が、内周側に圧入されているステム510の外周面511を締め付けて密着するので、先端部129とステム510の外周面511との間にシール領域(以下、「内周側シール領域」と呼ぶ。)220が形成される。図3の(a)が示すように、内周側シール領域220において先端部129がステム510の外周面511に加えるシール圧PIRは、内周リップ122の内周方向(図3の(a)では下方向)の復元力に起因する。
【0027】
ケーシング550内の流路540に流体が満たされると、流路540からリブ115とステム510との隙間にも流体が浸入する。しかし、第1外周側シール領域211と内周側シール領域220とにはごくわずかな流体しか浸入できないので、パッキン室114の大気側への流体の漏れが抑えられる。特に内周側シール領域220では、流体の圧力で内周リップ122がステム510の外周面511に更に押し付けられるので、シール圧PIRが更に上昇するので、シール性が更に高い。こうして、リブ115とステム510との隙間が密封される。
[軸封装置の低温でのシール作用]
【0028】
LNG、液体窒素、液体水素等、低温の流体がケーシング550内の流路540を流れる間、ステム510だけでなく軸封装置100にも低温化が生じる。ステム510、スタッフィングボックス110、およびパッキン押さえ130と比べてシール材120は熱収縮率が高いので、低温化に伴う熱収縮が大きい。したがって、低温化はパッキン室114とシール材120との間での寸法の差を常温での値から大きく変化させる。しかし、軸封装置100は、以下に述べるシール作用により、低温化に伴うシール性の低下を抑える。
【0029】
図3の(b)は、低温のシール材120が加えるシール圧POL、POS、PILを示す模式図であり、シール圧POL、POS、PILを示す矢印を、図1の(b)が示す断面図に追加したものである。
-外周側シール領域-
【0030】
低温化に伴う熱収縮により、シール材120の外周リップ121は軸方向において短縮する。その結果、外周リップ121の先端面123からリブ115の大気側(図3の(b)では左側)の円環面116に対して加わるシール圧POLが低温では常温での値PORを下回る(POL<POR)ので、第1外周側シール領域211のシール性が低下する。しかし、スタッフィングボックス110が金属製であるのに対し、シール材120はフッ素樹脂製であるので、熱収縮率が10倍程度も高い。したがって、低温化に伴う外周リップ121の内径の短縮量がスタッフィングボックス110の凸部117の外径の短縮量よりも大きい。その結果、外周リップ121の内周面126が凸部117の外周面118を締め付けて密着するので、外周リップ121の内周面126と凸部117の外周面118との間に第2外周側シール領域212が形成される。低温化が進むほど外周リップ121の内周面126による凸部117の外周面118の締め付け力が強いので、第2外周側シール領域212のシール圧POSが上昇する。こうして、低温化に伴う第1外周側シール領域211のシール性の低下が第2外周側シール領域212の形成によって補われる。
-内周側シール領域-
【0031】
ステム510が金属製であるのに対し、シール材120はフッ素樹脂製であるので、熱収縮率が10倍程度も高い。したがって、低温化に伴うシール材120の内周リップ122の内径の短縮量がステム510の直径の短縮量よりも大きい。その結果、内周リップ122の内周面128がステム510の外周面511を更に強く締め付けるので、内周側シール領域220のシール圧PILが常温での値PIRを超える(PIL>PIR)。これにより、内周側シール領域220はシール性が更に向上する。
[実施形態の利点]
【0032】
本発明の上記の実施形態による軸封装置100は、常温ではパッキン押さえ130の圧力PPにより、シール材120の外周リップ121の先端面123をスタッフィングボックス110のリブ115の大気側の円環面116に押し付けて第1外周側シール領域211を形成する。一方、低温ではシール材120とスタッフィングボックス110との間の熱収縮率の差により、外周リップ121の内周面126でスタッフィングボックス110の凸部117の外周面118を締め付けて第2外周側シール領域212を形成する。低温化が進むほど外周リップ121の先端面123がリブ115の大気側の円環面116を押圧する力は弱まり、すなわち第1外周側シール領域211のシール圧POLが低下する。しかし、外周リップ121の内周面126が凸部117の外周面118を締め付ける力は強まり、すなわち第2外周側シール領域212のシール圧POSが上昇する。その結果、低温化に伴う第1外周側シール領域211でのシール圧POLの低下が第2外周側シール領域212のシール圧POSの上昇で補われる。こうして、軸封装置100は、低温化に伴うシール材120の熱収縮にかかわらず、十分に高いシール性の維持を部品の追加なしで実現可能である。
【0033】
軸封装置100ではシール材120が内周リップ122を含む。内周リップ122は、内周側にステム510が圧入されることにより、内周面128をステム510の外周面511に密着させて内周側シール領域220を形成する。内周リップ122は、常温ですでに内径がステム510の直径よりも小さく、低温ではその差が更に開く。したがって、低温化にかかわらず、内周リップ122の内周面128がステム510の外周面511を強く締め付けるので、内周側シール領域220のシール圧PIR、PILが十分に高く維持される。
[変形例]
【0034】
(1)軸封装置100は、バルブのケーシング550の開口部551とステム510との隙間のシールに利用される。しかし、本発明の実施形態による軸封装置は、他の流体機器のケーシングの開口部と可動軸との隙間のシールに利用されてもよい。「流体機器」には、バルブ等、流体の流れを機械的に制御する機器の他にも、ポンプ等、動力で流体の圧力を変化させる機器、および、発電機等、流体の圧力で動力を生み出す機器が含まれる。「ケーシング」は、ポンプの本体等、内側に流路を収める筐体を意味し、「可動軸」は、ポンプの駆動軸等、中心軸まわりの回転、または中心軸方向での往復運動によって動力を伝達する棒状部材を意味する。動力の伝達先が、ポンプの羽根車、ピストン等のようにケーシング内の流路に位置する場合、ケーシングには可動軸を貫通させるための開口部が欠かせない。この開口部からの流体の漏れ量を抑える目的でも、本発明の実施形態による軸封装置は利用可能である。
【0035】
(2)スタッフィングボックス110は金属製である。しかし、本発明はこれには限定されず、スタッフィングボックス110が、樹脂等、金属とは異なる材質であっても、その熱収縮率がシール材120の熱収縮率よりも十分に低ければよい。
【0036】
(3)シール材120は単一のUパッキンである。しかし、本発明はこれには限定されず、シール材がVパッキン等、断面が他の形状であるリップシールであってもよい。外周リップ121とスタッフィングボックス110の凸部117とは、低温化に伴って前者が後者を締め付けて互いの表面を密着させ、シール領域を形成する構造でさえあれば、どのような形状であってもよい。
【0037】
(4)単一のシール材120が、外周リップ121のみを含むシール材と、内周リップ122のみを含むシール材との組み合わせに置換されてもよい。これらのシール材は、パッキン押さえ130からの圧力によって互いに密着するように構成されていればよい。
【0038】
(5)シール材120の外径はパッキン室114の外径よりも狭い。これにより、シール材120がパッキン室114の中に押し込まれる際、外周面がスタッフィングボックス110の内周面113から摩擦力を受けないので、シール材120の先端面123が歪むことなく、その全体をスタッフィングボックス110のリブ115の大気側の円環面116に密着させることができる。しかし、この摩擦力に伴う先端面123の歪みが十分に小さければ、常温でシール材120の外径がパッキン室114の外径よりもわずかに広くてもよい。これによって更に、シール材120の外周面とスタッフィングボックス110の内周面113との間にもシール領域が形成されてもよい。
【0039】
(6)シール材120の内周リップ122は外周リップ121よりも軸方向において短い。これにより、外周リップ121の先端面123がスタッフィングボックス110のリブ115の大気側の円環面116に突き当たっても、内周リップ122の先端面124はその円環面116から軸方向に離れている。したがって、内周リップ122の内周面128の先端部129が歪むことなく、ステム510の外周面511との接触面積を十分に広く確保する。これにより、内周側シール領域220はシール性が十分に高い。その他に、内周リップ122が外周リップ121と軸方向において同じ長さ以上であってもよい。この場合、スタッフィングボックス110の凸部117の外周側よりも内周側ではリブ115の大気側の円環面116が軸方向において奥(図1の(b)では右側)に位置する。または、リブ115の内径が内側リップ122の外径よりも十分に広い。これにより、外周リップ121の先端面123がリブ115の大気側の円環面116に突き当たる際にも、内周リップ122の先端面124がその円環面116には接触しない。
【0040】
(7)図4の(a)が示すように、シール材120の内周リップ122の内周面128の先端部129が放物面である。しかし、本発明はこれには限られず、先端部129が、ステム510の外周面511に密着しやすい他の形状であってもよい。たとえば、図4の(b)は、内周リップ122の内周面の変形例228の断面図である。この内周面228は先端部229が内周方向へ迫り出しており、その断面が矩形状であって軸方向の両端の角が斜めに切り落とされている。先端部229の軸方向における中央部はステム510の外周面511に平行であり、内径がステム510の直径よりも狭い。したがって、先端部229の内側にステム510が圧入されて、先端部229がステム510の外周面511に押し付けられると、先端部229の軸方向における中央部がステム510の外周面511に密着しやすい。それ故、中央部が形成する内周側シール領域のシール性が向上する。
【0041】
(8)パッキン押さえ130は、そのフランジ133を貫通するボルト134と、それらにねじ込まれたナット135とにより、スタッフィングボックス110の大気側の端部(図1の(a)では左端部)112に固定される。しかし、この固定の構造は一例に過ぎず、ボルト134の本数、配置等が多様に変更可能である。また、この構造が、パッキン押さえ130をスタッフィングボックス110に固定できる周知の他の構造に置き換えられてもよい。たとえば、フランジ133とナット135との間に座金が挟まれてもよく、更に、ナット135の緩みに伴う軸力の低下を防ぐばねが挟まれてもよい。
【0042】
(9)シール材120とパッキン押さえ130との間に、他のリップシール、アダプターリング、スペーサーリング、またはランタンリング等が挿入されてもよい。それらが、フッ素樹脂等、ステム510の材料よりも熱収縮率の高い材料で形成され、低温化に伴って内周面でステム510の外周面511を締め付けてシール領域を形成するように構成されていれば、パッキン室の内周側からの流体の漏れを更に抑えることができる。また、それらが、低温化に伴う径方向の収縮力をシール材120へ伝えるようにシール材120に連結されることにより、外周リップ121からスタッフィングボックス110の凸部117に加えられる締め付け力が増強されてもよい。
【符号の説明】
【0043】
100 軸封装置
110 スタッフィングボックス
111 スタッフィングボックスの流体側の端部
112 スタッフィングボックスの大気側の端部
113 スタッフィングボックスの内周面
114 パッキン室
115 スタッフィングボックスのリブ
116 リブの大気側の円環面
117 スタッフィングボックスの凸部
118 凸部の外周面
119 凸部の内周面
120 シール材
121 シール材の外周リップ
122 シール材の内周リップ
123 外周リップの先端面
124 内周リップの先端面
125 外周リップの外周面
126 外周リップの内周面
127 内周リップの外周面
128 内周リップの内周面
129 内周リップの内周面の先端部
130 パッキン押さえ
131 パッキン押さえの流体側の端部
132 パッキン押さえの大気側の端部
133 パッキン押さえのフランジ
134 ボルト
135 ナット
510 バルブのステム
511 ステムの外周面
540 バルブ内の流路
550 バルブのケーシング
551 ケーシングの開口部
560 ケーシングの外部空間
図1
図2
図3
図4