(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024088524
(43)【公開日】2024-07-02
(54)【発明の名称】風味改良剤
(51)【国際特許分類】
A23L 27/10 20160101AFI20240625BHJP
A23L 27/00 20160101ALI20240625BHJP
【FI】
A23L27/10 C
A23L27/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022203756
(22)【出願日】2022-12-20
(71)【出願人】
【識別番号】522494961
【氏名又は名称】マッシュウェル株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】521515090
【氏名又は名称】清水 信夫
(74)【代理人】
【識別番号】100086829
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 將夫
(74)【代理人】
【識別番号】100181515
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 弓子
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 武
【テーマコード(参考)】
4B047
【Fターム(参考)】
4B047LB03
4B047LB09
4B047LG01
4B047LG06
4B047LG07
4B047LG09
4B047LG37
4B047LG56
4B047LP01
4B047LP05
4B047LP08
4B047LP09
4B047LP20
(57)【要約】
【課題】
本発明の解決しようとする課題は、食品や飲料及びそれらの原材料の減塩に繋がる塩味の増強を付与する風味改良剤、及び苦味カド、大豆臭等の不快な風味を緩和する風味改良剤を提供することである。
【解決手段】
1.レンチニン酸が残存するように予めγ―グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼを除去或いは失活させたシイタケの成分を有効成分とする風味改良剤。
2.風味の改良が塩味の増強を付与する風味改良剤。
3.風味の改良が苦味カド、及び大豆臭の緩和である風味改良剤。
4.当該風味改良剤を含有する食品又は飲料。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め生シイタケ中の酵素類(主としてγ―グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼ)を除去或いは失活させ、主要な臭い成分であるレンチオニンの生成を阻止し、レンチニン酸を残存するように処理したシイタケ、又はそのシイタケの成分を有効成分とする風味改良剤。
【請求項2】
γ-グルタミルトランスフェラーゼを除去する方法として、シイタケの傘の上面及び柄の表面の皮とその直下の組織を薄く剥ぐ工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
【請求項3】
酵素を失活させる方法として、シイタケの表面を70℃以上の熱で加熱する工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
【請求項4】
酵素類を失活させる方法として、シイタケを70℃以上の水に浸漬し、その後水中で70℃以上に保持する工程を採用する請求項1及び請求項3に記載する風味改良剤。
【請求項5】
酵素類を失活させる方法として、シイタケを有機溶媒中に浸漬、或いはこれらの溶媒中で粉砕する工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
【請求項6】
有機溶媒がメタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、酢酸、酢酸エチル、エチルエーテル、ヘキサン等及びこれらの混合溶液或いはこれらと水の混合溶液である請求項5に記載する風味改良剤。
【請求項7】
酵素類を失活させる方法として、シイタケをpH3以下の酸性溶液、又はpH8以上のアルカリ性溶液中に浸漬、或いはこれらの溶液中で粉砕する工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
【請求項8】
酸性溶液に使用する物質が塩酸、リン酸、酢酸、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、アスコルビン酸、フマル酸、フィチン酸、アジピン酸、コハク酸、グルコン酸、イタコン酸及びこれらの混合物である請求項7に記載する風味改良剤。
【請求項9】
アルカリ性溶液に使用する物質が水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、ピロリン酸四ナトリウム、ピロリン酸四カリウム、リン酸三カリウム、リン酸三ナトリウム及びこれらの混合物である請求項7に記載する風味改良剤。
【請求項10】
予め凍結した生シイタケを使用する請求項3~請求項9のいずれかに記載する風味改良剤。
【請求項11】
予め凍結乾燥或いは熱風乾燥した生シイタケを使用する請求項3~請求項9のいずれかに記載する風味改良剤。
【請求項12】
風味の改良が塩味の増強である請求項1~請求項11のいずれかに記載する風味改良剤。
【請求項13】
塩味の増強対象物が醤油及び味噌である請求項12に記載する風味改良剤。
【請求項14】
風味の改良が苦味カドの緩和である、請求項1~請求項11のいずれかに記載する風味改良剤。
【請求項15】
苦味カドがコハク酸又はその塩、塩化カリウム、有機酸のカリウム塩、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、野菜類、山菜類、海藻類、茶、コーヒー、チョコレートの苦味・えぐ味である請求項14に記載する風味改良剤。
【請求項16】
請求項1~請求項11のいずれかに記載の風味改良剤に、グルタミン酸又はグルタミン酸ナトリウムを添加して、より強い苦みカド緩和効果を発揮させることを特徴とする請求項15に記載する風味改良剤。
【請求項17】
風味の改良が、食塩と塩化カリウムの混合物に対して塩味を増強し、同時に苦味カドを軽減することにより食塩のみの風味に近づける、請求項12又は請求項14~請求項16のいずれかに記載する風味改良剤。
【請求項18】
風味の改良が大豆臭の緩和である、請求項1~請求項11のいずれかに記載する風味改良剤。
【請求項19】
請求項1~請求項18のいずれかに記載する風味改良剤を、食品又は飲料に添加する工程を含む、食品又は飲料の風味改良方法。
【請求項20】
請求項1~請求項18のいずれかに記載する風味改良剤を添加した食品又は飲料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンチニン酸が残存するように予めγ―グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼを除去或いは失活させたシイタケの成分を有効成分とする食品及び飲料の風味改良剤、及び生シイタケ中のγ―グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼを予め失活させてレンチニン酸の分解を抑制することにより、主要な臭い成分であるレンチオニンの生成を阻止したシイタケを使用することを特徴とする食品及び飲料の風味改良剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食品や飲料には、その味質を向上させる目的で、様々な調味料や添加物が使用されている。それらを添加することにより、旨味、甘味、酸味、苦味、塩味だけでなく、呈味性や濃厚感等の風味の付与や調製が可能である。
【0003】
最近の食品や飲料には、美味しさだけでなく健康への配慮が要求される場合も多い。特に生活習慣病と言われる糖尿病、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症等に関わる成分を多量に含む食品や飲料については、近年消費者が摂取を控える傾向にあるが、これらの成分の低減は食品や飲料の美味しさをも低減させるため、健康に対するリスク要因を低減しつつ美味しさを維持することが食品開発の大きな課題となってきている。
【0004】
一般に日本人は塩分摂取量が多いと言われている。塩分の取り過ぎは、高血圧症を発症させて動脈硬化を促進し、その結果脳卒中や心臓病を引き起こすリスクを高めるとされている(非特許文献1)。減塩を謳った食品や飲料はいろいろな商品が上市されているが、減塩しつつ美味しさを維持することは難しく、香辛料や旨味成分の添加量を増やすことで対応することも多い。そのため、塩味増強剤開発への期待は大きく、いろいろな増強剤が提案されている(例えば、特許文献1~特許文献12参照)。しかしながら、これらの塩味増強剤はタンパク質分解物や塩基性アミノ酸、香料、香辛料等それ自身が独特の風味、異味を持つものを有効成分として使用しており、添加前の食品や飲料の味のバランスを崩してしまう可能性を有することから、汎用性に制限がある等の問題があった。
【0005】
塩化ナトリウムの代替物質として、塩化カリウムや有機酸のカリウム塩、塩化マグネシウム等のマグネシウム塩、塩化カルシウム等が知られている。特に塩化ナトリウムと塩化カリウムの混合品は、塩味を低減させずにナトリウムの摂取量を低減させる新たな食塩として有望視され一般消費者向けの商品も販売されているが、塩化カリウム独特のえぐ味の低減が課題となっている。このえぐ味を低減することで塩味増強効果をもたらす製剤が提案されている。
例えば、特許文献10では、リジンやアルギニンといった塩基性アミノ酸に塩味増強効果があり、L―プロリンに塩化カリウムのえぐ味を緩和する効果があると説明されているが、L-プロリンの効果は弱く、しかも製剤の添加量が増えると塩化カリウムと共に配合されている塩基性アミノ酸の異味が問題となる。また、特許文献11では、ジンジャーやブラックペッパーの抽出物に塩味増強と塩化カリウムのえぐ味を緩和する効果があると説明されているが、添加量が増えるとこれら香辛料の風味が強くなるという問題がある。
【0006】
シイタケは日本人が最も好むキノコの一つで、特に干しシイタケは、独特の香りと旨味を具材に付与するための出汁の素として古来より珍重されてきた。旨味成分は核酸の一種であるグアニル酸であり、干しシイタケをぬるま湯で戻すことにより生成量が増えるとされている。また、臭いの主成分はレンチオニンという環状の硫黄化合物で、生シイタケを粉砕したり干しシイタケをぬるま湯で戻したりすると、レンチニン酸という前駆体がγ-グルタミルトランスフェラーゼとシステインスルホキシドリアーゼ(C-Sリアーゼ)という酵素の作用を受けて生成する(非特許文献2)。レンチニン酸は硫黄原子を4個持つγ-グルタミルペプチドで、血中エタノール上昇抑制作用を持つ(非特許文献3)。シイタケに乾燥重量100g当たり1000mg程度含まれるが、近年はシイタケの香りを苦手とする消費者も多く、旨味成分が多くてレンチニン酸含有量の少ないシイタケの品種作出が望まれている(非特許文献4)。しかしながら、レンチオニンを生成しないように加工したシイタケ製品、すなわち生シイタケに含まれるレンチニン酸がレンチオニンに変化しないように、予めγ-グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼを失活させたシイタケ加工品が塩味増強効果、苦味カド緩和効果、及び大豆臭の緩和効果を持つことは全く知られていなかった。更に、このシイタケ加工品にグルタミン酸ナトリウムを加えると、シイタケ加工品のみの場合よりも強い苦みカド緩和効果を示すことも全く知られていなかった。
尚、レンチニン酸は試薬や製剤としての販売は一切行われておらず、今のところ純度の高い物質を購入することはできない。しかしながら、レンチニン酸のシイタケからの単離方法や分析方法が開示されている(非特許文献3)。また、生シイタケや干しシイタケのレンチニン酸含有量が調べられている(非特許文献4、非特許文献5)が、商業的に流通している干しシイタケの大部分は熱風乾燥品である(非特許文献6)。乾燥温度は最高でも60℃で、乾燥は比較的低温で行われている(非特許文献7、非特許文献8)。
更に、γ-グルタミルトランスフェラーゼは、加熱により失活することが知られている(非特許文献9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011―10657
【特許文献2】特開2010―11807
【特許文献3】特開2009―148216
【特許文献4】特開2022―20997
【特許文献5】特開2022―18627
【特許文献6】特開2021―171024
【特許文献7】特開2020―188704
【特許文献8】特開2020―188684
【特許文献9】特開2019―216697
【特許文献10】特開2019―165640
【特許文献11】特開2019―154402
【特許文献12】特開2019―110842
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】減塩食について―国立循環器病研究センター;https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/diet/low-salt/
【非特許文献2】宍戸和夫編、キノコとカビの基礎科学とバイオ技術、p99、2002、アイシーピー
【非特許文献3】Nutrients,12,2647-2661,2020
【非特許文献4】日本食生活学会誌、31巻、29-38、2020
【非特許文献5】日本食生活学会誌、7巻、58-62、1996
【非特許文献6】乾し椎茸の天日干しについて―松作商店;http://matsusaku.shop-pro.jp/?mode=f4
【非特許文献7】椎茸乾燥のポイント―黒田工業株式会社;http://www.kuroda-dryer.co.jp/ing/shiitake-kannsonopoint.pdf
【非特許文献8】しいたけ―静岡製機;http.//www.shizuoka-seiki.co.jp/products/agriculture/electricdehydrator/drappy-guide/shiitake/
【非特許文献9】Nippon Shokuhin Kogyo Gakkaisi Vol.40.No2,107~112(1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の解決しようとする課題は、食品や飲料の減塩に繋がる塩味の増強を付与することに加え、食品や飲料及びそれらの原材料が持つ苦味カド、大豆臭等の不快な風味を緩和する風味改良剤、この風味改良剤を添加することによる食品や飲料の風味の改良方法、風味が改良された食品や飲料の製造方法、及び風味が改良された食品や飲料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意研究を行った結果、予めγ-グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼの除去処理や失活処理を行ったシイタケの抽出エキスが、食品や飲料、或いはそれらの素材が持つ塩味を増強する効果を持つことを見出した。また、食塩の代替品として使用されている塩化カリウムが持つ特有のえぐ味や高濃度のカテキンを含むお茶の苦味等の苦味カドを緩和する効果を持つことを見出した。この苦味カド緩和効果は、上記シイタケエキスにグルタミン酸ナトリウムを溶解して使用するとより強くなる。更に大豆を原料とする植物性タンパクや豆乳の独特の異味(大豆臭と称される)を緩和する効果を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
従って、本願発明は以下のように構成されている。
[請求項1]
予め生シイタケ中の酵素類(主としてγ―グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼ)を除去或いは失活させ、主要な臭い成分であるレンチオニンの生成を阻止し、レンチニン酸を残存するように処理したシイタケ、又はそのシイタケの成分を有効成分とする風味改良剤。
[請求項2]
γ-グルタミルトランスフェラーゼを除去する方法として、シイタケの傘の上面及び柄の表面の皮とその直下の組織を薄く剥ぐ工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
[請求項3]
酵素を失活させる方法として、シイタケの表面を70℃以上の熱で加熱する工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
[請求項4]
酵素類を失活させる方法として、シイタケを70℃以上の水に浸漬し、その後水中で70℃以上に保持する工程を採用する請求項1及び請求項3に記載する風味改良剤。
[請求項5]
酵素類を失活させる方法として、シイタケを有機溶媒中に浸漬、或いはこれらの溶媒中で粉砕する工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
[請求項6]
有機溶媒がメタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、酢酸、酢酸エチル、エチルエーテル、ヘキサン等及びこれらの混合溶液或いはこれらと水の混合溶液である請求項5に記載する風味改良剤。
[請求項7]
酵素類を失活させる方法として、シイタケをpH3以下の酸性溶液、又はpH8以上のアルカリ性溶液中に浸漬、或いはこれらの溶液中で粉砕する工程を採用する請求項1に記載する風味改良剤。
[請求項8]
酸性溶液に使用する物質が塩酸、リン酸、酢酸、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、アスコルビン酸、フマル酸、フィチン酸、アジピン酸、コハク酸、グルコン酸、イタコン酸及びこれらの混合物である請求項7に記載する風味改良剤。
[請求項9]
アルカリ性溶液に使用する物質が水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、ピロリン酸四ナトリウム、ピロリン酸四カリウム、リン酸三カリウム、リン酸三ナトリウム及びこれらの混合物である請求項7に記載する風味改良剤。
[請求項10]
予め凍結した生シイタケを使用する請求項3~請求項9のいずれかに記載する風味改良剤。
[請求項11]
予め凍結乾燥或いは熱風乾燥した生シイタケを使用する請求項3~請求項9のいずれかに記載する風味改良剤。
[請求項12]
風味の改良が塩味の増強である請求項1~請求項11のいずれかに記載する風味改良剤。
[請求項13]
塩味の増強対象物が醤油及び味噌である請求項12に記載する風味改良剤。
[請求項14]
風味の改良が苦味カドの緩和である、請求項1~請求項11のいずれかに記載する風味改良剤。
[請求項15]
苦味カドがコハク酸又はその塩、塩化カリウム、有機酸のカリウム塩、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、野菜類、山菜類、海藻類、茶、コーヒー、チョコレートの苦味・えぐ味である請求項14に記載する風味改良剤。
[請求項16]
請求項1~請求項11のいずれかに記載の風味改良剤に、グルタミン酸又はグルタミン酸ナトリウムを添加して、より強い苦みカド緩和効果を発揮させることを特徴とする請求項15に記載する風味改良剤。
[請求項17]
風味の改良が、食塩と塩化カリウムの混合物に対して塩味を増強し、同時に苦味カドを軽減することにより食塩のみの風味に近づける、請求項12又は請求項14~請求項16のいずれかに記載する風味改良剤。
[請求項18]
風味の改良が大豆臭の緩和である、請求項1~請求項11のいずれかに記載する風味改良剤。
[請求項19]
請求項1~請求項18のいずれかに記載する風味改良剤を、食品又は飲料に添加する工程を含む、食品又は飲料の風味改良方法。
[請求項20]
請求項1~請求項18のいずれかに記載する風味改良剤を添加した食品又は飲料。
【発明の効果】
【0012】
本発明の風味改良剤を食品や飲料に添加することにより、それらの持つ塩味を増強することができる。特に、減塩を目的とする食品や飲料には有効であるが、食塩の代替品として使用される塩化カリウムを含む食品が有するえぐ味も大きく緩和することができる。また、ポリフェノール類の苦味カドも緩和し、高濃度のカテキンを含有するお茶等を飲み易くすることができる。更に、大豆を主成分とする食品や飲料(大豆ミート、豆乳等)の独特の青臭み(大豆臭)を緩和して、不快な風味を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】シイタケエキスの粉末を高速アミノ酸分析計で分析した時のクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
風味改良剤は、それを添加することによって自身の持つ不快な風味を付与することは極力避けるべきである。本発明の原料であるシイタケは、レンチオニンという硫黄化合物を主成分とする独特の香りを持つが、レンチオニンが発生する状況でエキスを抽出して濃縮すると、非常に強い臭気を放つ。本発明は、レンチオニンの生成を極力抑えた、臭いの非常に少ないシイタケ加工品である。レンチオニンは、レンチニン酸がγ-グルタミルトランスフェラーゼとC-Sリアーゼ(以下シイタケの酵素類と呼ぶ)の作用を受けて生成するが、これらの酵素類を予め除去或いは失活させた後であれば、どのように加工したものでも風味改良剤として使用できる。特に、γ―グルタミルトランスフェラーゼはシイタケ子実体の菌傘上部表層に局在することが知られており(農芸化学会誌、51巻、R39~R46、1977)、シイタケの表層を除去処理する、或いは表層を素早く失活処理することが合理的である。
【0015】
生シイタケの酵素類、特にγ―グルタミルトランスフェラーゼを除去するには、例えば包丁やカッターのような刃物、T形ピーラーのような皮むき器等を用いてシイタケの傘や柄の表皮をその直下の組織ごと薄くはぎ取る。回転式のヤスリで削っても良い。
【0016】
酵素類、特にγ―グルタミルトランスフェラーゼを失活させるには、例えば予め70℃以上に加熱した鉄板にシイタケの傘や柄の表面を押し付ける方法、ピザを焼くための窯(例えば、窯焼名人、株式会社ENRO)をシイタケの表面が短時間で焼けるような温度で予め加熱しておき、その窯の中にシイタケを置いて表面が70℃以上になるまで保温する方法等がある。鉄板や窯の温度が70℃付近だとシイタケを押し付けたり中に置いたりすることで温度が下がる可能性があるので、より高い温度で処理する方が良い。接触すると焦げるような温度であれば、瞬間的に酵素類を失活させることができる。オーブンレンジでも同様に、例えば予めレンジ内が200℃になるように加熱し、加熱後に数分間シイタケを入れておけば酵素類を失活させることができる。電子レンジによるマイクロ波照射も、シイタケを短時間で高温に加熱することができるので有効な手段である。また、多量の生シイタケの酵素失活を行うには、例えば大きな鍋に水を入れて沸騰させ、その沸騰水に生シイタケを浸漬してなるべく短時間で加熱するのが最も簡便である。その他、生シイタケの表面にエタノール等の有機溶媒を噴霧する方法、有機溶媒を満たした容器に生シイタケを浸漬する方法、有機溶媒中で生シイタケを粉砕する方法等が考えられる。低pHの酸性溶液や高pHのアルカリ性溶液を調製して有機溶媒の場合と同様の処理を行っても良い。
【0017】
予め冷凍した生シイタケについても、γ―グルタミルトランスフェラーゼが子実体の表層に分布していることが鍵となる。冷凍生シイタケを沸騰水に浸漬した場合、シイタケ全体は温度が上がるのにかなり時間を要するが、表層は最初に熱湯と接触して極短時間で昇温し酵素失活が起こる。有機溶媒や酸性或いはアルカリ性の溶液に浸漬した場合も、表層がまず溶液と接触し酵素失活が起こる。冷凍すると細胞内の水が凍って細胞を傷つけるため、浸漬すると溶液が素早く表層の細胞内に流入して冷凍していない生シイタケの場合よりも効率よく酵素失活が起こる。また、冷凍シイタケの場合、細胞の損傷によりエキスの抽出効率が冷凍しない場合より高まるという効果もある。
【0018】
現在流通している干しシイタケの大部分は熱風乾燥品であり(非特許文献6)、熱風の温度は最高でも60℃程度である(非特許文献7、非特許文献8)。干しシイタケは40℃程度のぬるま湯で戻すと最も良く味と香りを引き出せるとされるが、これは干しシイタケの酵素類が乾燥によって失活していないことを示している。従って、干しシイタケを原料に使用する場合も酵素類の除去処理或いは失活処理が必要である。除去処理は乾燥前のシイタケでないと難しいが、失活処理は冷凍生シイタケの場合と同様に、表面が熱湯や有機溶媒或いはpH3以下の酸性やpH8以上のアルカリ性の溶液に接触するよう干しシイタケを各溶液に浸漬すればよい。あらかじめ粉砕して粉末状にしたものをこれらの溶液に懸濁しても良い。
【0019】
有機溶媒によるシイタケの酵素類の失活には、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、酢酸、酢酸エチル、エチルエーテル、ヘキサン等及びこれらの混合溶液或いはこれらと水の混合溶液が使用できるが、エタノール或いはエタノールと水の混合溶液の使用が望ましい。
【0020】
酸性溶液による酵素類の失活には、食品製造に利用できる無機酸(例えば、塩酸やリン酸) 及び有機酸(例えば、酢酸、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、アスコルビン酸、フマル酸、フィチン酸、アジピン酸、コハク酸、グルコン酸、イタコン酸)が利用できる。また、アルカリ性溶液で酵素類を失活させる場合は、食品製造に利用できる強塩基性物質(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、ピロリン酸四ナトリウム、ピロリン酸四カリウム、リン酸三カリウム、リン酸三ナトリウム等)が利用できる。
【0021】
上記のように酵素類を失活させた生シイタケ、冷凍生シイタケ、干しシイタケはスライスしたり粉砕したりして風味改良剤として利用できるが、酵素類を除去或いは失活させた後は、公知の様々な技術を利用して乾燥後粉砕による粉末、搾汁液や煮汁の濾過・濃縮によるエキス、エキスの乾燥により製造した粉末、溶媒による抽出物、酵素分解物、超臨界抽出物、成分分画物や精製物等を製造し利用しても良い。
【0022】
好ましい濃縮エキスの製造方法としては、生シイタケと同重量の水を沸騰させた後、70℃を下回らないようにシイタケを少しずつ投入する(シイタケは切断等の工程を経る必要はない)。投入後、沸騰しない程度に高温(例えば90℃~95℃)で30分以上保温してから冷却し、ザルや篩、濾布等で濾過して抽出エキスを回収する。残渣はプレスしてエキスを絞り出し、先の抽出エキスに合わせても良い。回収した抽出エキスは珪藻土による濾過を行った後、ロータリーエバポレーターや真空ニーダーのような濃縮器により濃縮する。この濃縮エキスは非常に臭いが少なく、そのまま、或いは適宜希釈して使用できる。
【0023】
好ましい粉末製剤の製造方法としては、上記の抽出エキスや濃縮エキスを凍結乾燥し、その後粉砕する。また、抽出エキス又は濃縮エキスにデキストリンを加え、スプレードライ法により粉末化しても良い。例えば、Brix値10%の濃縮エキス200mlにデキストリンを80g添加して溶解した後凍結乾燥して粉砕すると、シイタケ抽出物が約20%のエキス粉末が製造できる。その他、酵素類失活後のシイタケやシイタケ粉砕物、或いは抽出エキス製造時に出る残渣を凍結乾燥やドラム乾燥後、粉砕処理して粉末化しても良い。濃縮エキスは飲料に添加し易く、粉末は他の粉末状の調味料や香辛料にブレンドして使用すると使い勝手が良い。
【0024】
塩分濃度が1%の中華スープは人に拠っては美味しくないと感じるが、上記シイタケエキス粉末を0.05%~0.1% 重量添加すると、塩味が増強されてより美味しく感じるようになる。また、食塩の代わりに食塩と塩化カリウムの混合物を使用した食品は、塩味が物足りないと共に塩化カリウムのえぐ味を不快な味と感じる。このような食品に、上記シイタケエキス粉末を混合物に対して5%~10%重量添加したシイタケエキス入り混合物にして加えると、風味が食塩のみを使用したものに非常に近くなる。それでもえぐ味を感じる場合は、シイタケエキス粉末の半分重量以上のグルタミン酸ナトリウムを加えると、よりえぐ味を感じ難くすることができる。
また、醤油に上記シイタケエキスを0.5%~1%重量添加すると、醤油の風味を損なわずに塩味のみが増強された醤油となり、醤油の添加量を通常より少なくした減塩の食品を製造することができる。味噌に対しても0.5%~2%重量添加すると塩味が増強され、味噌入りの食品を製造する際に味噌の添加量を減らすことができる。
【0025】
苦味カドについては、例えばカテキン含有量の高い緑茶に上記シイタケエキス粉末を0.1~0.5%重量添加すると、苦味がかなり軽減されたお茶になる。また、例えばインスタントコーヒー1杯(約200ml)に上記シイタケエキス粉末を0.1g~0.2g添加するだけで、苦味が軽減される。
【0026】
市販の無調整豆乳に上記シイタケエキス粉末を0.05%~0.1% 重量加えるだけで、大豆の青臭さが大きく緩和される。また、市販のハンバーグ等の挽肉を使用した食品には、大豆由来の植物タンパクを入れたものがある。これらには大豆独特の風味(大豆臭)があり、配合量が多いと肉製品としての風味を損ない、喫食者に違和感を与える。このようなハンバーグの製造時に上記シイタケエキス粉末を0.1%~0.3%重量加えると、大豆臭が大きく軽減される。
【0027】
以下、実施例等を挙げて本発明をさらに説明するが、本発明の技術範囲はこれらの例に限定されるものではない。
【0028】
〔製造例1〕
レンチニン酸が残存するように予め酵素類を失活させたシイタケ(LHシイタケと称する)は、次のように製造した。沸騰寸前(90℃~95℃)に加熱した水1Lに、市販の生シイタケ1kgを水温が70℃を下回らないように注意しながら少しずつ投入し、その後落し蓋をして沸騰寸前の温度(90℃~95℃)を保つように火加減を調整しながら5分間酵素類を失活させた。その後シイタケを取り出してビニール袋に入れた後、袋の上から水道水を掛けて冷却した。このシイタケはシイタケ特有の臭いが非常に少なく、従って、臭い物質の前駆体であるレンチニン酸が豊富に残存していると推定される。このシイタケをジューサー(BM―RS08、象印マホービン株式会社)に投入して粉砕し、ペーストを製造した。包丁等で粗切りや微塵切りの形状のものも容易に作ることができた。また、シイタケを凍結乾燥機(DC800、ヤマト科学株式会社)で凍結乾燥した後、ミル(BM―RS08、象印マホービン株式会社)で粉砕し、粉末製剤を製造した。
【0029】
〔製造例2〕
LHシイタケの濃縮エキスは、次のように製造した。沸騰寸前(90℃~95℃)に加熱した水1Lに、市販の生シイタケ1kgを水温が70℃を下回らないように注意しながら少しずつ投入した。その後落し蓋をして沸騰寸前の温度(90℃~95℃)を保つように火加減を調整しながら30分保温した後、ザルを用いて固液分離し液体分を回収した。ザルに残ったシイタケは濾布に包んで絞り、搾汁液を得た。上記液体分に搾汁液を合わせたものを抽出エキスとし、このエキスを珪藻土#900(昭和化学工業株式会社)を濾過材として吸引濾過を行い清澄化した。その後、この清澄エキスをロータリーエバポレーター(RE400、ヤマト科学株式会社)で減圧濃縮し、手持屈折計(Brix0~32%、アズワン株式会社)で測定しながらBrixを約10% に合わせた。この濃縮エキスは薄茶色で、ほぼ無臭であった。
【0030】
〔製造例3〕
製造例2の濃縮エキス20重量に対し8重量の水溶性デキストリンを加えて均一に溶解後凍結乾燥し、乾燥後ミル(BM―RS08、象印マホービン株式会社)で粉砕してエキス粉末製剤(LH20)を製造した。この粉末は薄茶色で、風味をほとんど感じなかった。
【0031】
比較のため、酵素類を働かせた強い香りのする(すなわち、レンチニン酸の残存量が非常に少ないと思われる)シイタケ(LNシイタケと称する)の濃縮エキス粉末を、次のように製造した。生シイタケ1kgに水を1L加え、ジューサー(BM―RS08、象印マホービン株式会社)で粉砕した。この粉砕物を45℃に設定したウォーターバス(SB―1300、東京理化器械株式会社)に浸漬して、90分間酵素類を反応させた。その後遠心機(CN―1050、アズワン株式会社)で3000×g、15分間遠心分離し、上清を濾紙(定性濾紙No.1、アドバンテック東洋株式会社)で濾過した。この濾液をロータリーエバポレーター( RE400 、ヤマト科学株式会社) で減圧濃縮し、手持屈折計(Brix0 ~ 32% 、アズワン株式会社)で測定しながらBrixを約10% に合わせた。この濃縮エキスを製造例3と同様の方法で加工し、エキス粉末製剤(LN20)を製造した。この粉末はLH20よりも薄い茶色で、強いシイタケの香りと旨味を持っていた。
【0032】
LH20とLN20を高速アミノ酸分析計(LA8080 AminoSAAYA、株式会社日立ハイテクサイエンス)で分析した時のクロマトグラムを
図1に示す。
【0033】
図1で示したように、LH20にはレンチニン酸の大きなピークが検出されたが、LN20には非常に小さなピークしか検出されなかった。
【実施例0034】
<塩味の増強効果>
本発明の風味改良剤の塩味増強効果は、次のように評価した。精製塩(日本食塩製造株式会社)3%重量の食塩水を作製し、コントロールとして無添加の食塩水、LH20粉末を0.05%重量添加した食塩水、LN20粉末を0.05% 重量添加した食塩水を調製した。評価はコントロール品と比較して、効果なし:0 点、少し増強された:1点、明確に増強された:2点、非常に増強された:3点として評価した。尚、コントロール品よりも塩味を弱く感じた場合は―と表記するようにした。
結果を表1に示す。
【0035】
【0036】
醤油(特選しょうゆ011、株式会社テンヨ武田)を水で5倍に希釈した醤油水溶液を作製した後、3%食塩水の場合と同様にコントロール品とシイタケエキス粉末添加品を調製し、食塩水と同様の基準で塩味の官能評価を行った。
結果を表2に示す。
【0037】
【0038】
表1及び表2に示したように、本発明の風味改良剤(LH20)は、塩味に対し高い増強効果を示した。一方、比較対象のLN20にも、少しではあるが増強効果が認められた。しかしながら、LH20添加品はシイタケの香りが全く感じられなかったのに対し、LN20添加品は、特に3%精製塩水溶液で明確に香りを感じた。
ヘルシア緑茶(花王株式会社)を購入し、コントロールとして無添加のヘルシア緑茶、LH20粉末を0.1% 重量添加したヘルシア緑茶、LN20粉末を0.1% 重量添加したヘルシア緑茶を調製して、3%精製塩―塩化カリウム水溶液の場合と同様に評価した。
結果を表4に示す。
表3及び表4に示したように、本発明の風味改良剤(LH20)は、苦味カドに対し明確な緩和効果を示した。一方、比較対象のLN20にも、少しではあるが緩和効果が認められた。しかしながら、LH20添加品はシイタケの風味が全く感じられなかったのに対し、LN20添加品は、シイタケの風味由来と思われる異味を感じた。
精製塩( 日本食塩製造株式会社):塩化カリウム( 多木化学株式会社)=1:1の混合粉末を作り、この粉末を3%重量含有する水溶液を作製してLH20粉末を0.05%重量添加した。この水溶液にグルタミン酸ナトリウムを0.02%重量、0.05%重量、0.1%重量それぞれ添加した水溶液を調製し、グルタミン酸ナトリウム無添加の水溶液をコントロールとして苦味カドの緩和効果を官能評価した。評価はコントロールと比較して効果なし:0点、少し緩和された:1点、明確に緩和された2点、非常に緩和された:3点として評価した。尚、コントロール品よりも苦味(えぐ味)を強く感じた場合は―と表記するようにした。
結果を表5に示す。
表3に示したように、LH20粉末は3%精製塩―塩化カリウム水溶液の苦味カド(えぐ味)を顕著に緩和したが、後味に少しえぐ味が感じられた。しかし、表5に示したように、LH20粉末に加えてグルタミン酸ナトリウムを添加すると、残存していたえぐ味はさらに低減した。低減の度合いは、添加量に依存する傾向がみられた。