(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024088540
(43)【公開日】2024-07-02
(54)【発明の名称】カイラル導波路を用いた物理量測定方法および磁場強度測定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 22/00 20060101AFI20240625BHJP
【FI】
G01N22/00 V
G01N22/00 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022203779
(22)【出願日】2022-12-20
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(72)【発明者】
【氏名】勝見 亮太
(72)【発明者】
【氏名】八井 崇
(72)【発明者】
【氏名】高田 晃佑
(57)【要約】
【課題】
電場、磁場、重力場等の物理量を高感度で測定する方法を提供する。
【解決手段】
物理量検出領域に対して入力信号を入射した際に、入力信号を含めた一定の条件を満たす場合にのみ物理量検出領域から、検出しようとする物理量に応じた円偏光光を放出する特性を有し、カイラル導波路の特性を利用することで、放出された微小、微弱な円偏光の光強度を高コントラスト、かつ、低ノイズで検出することを可能とした物理量測定方法およびこの方法を用いた磁場強度測定装置。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイラル導波路内に形成した物理量検出領域の物理量を求める方法であって、
前記物理量検出領域が、前記物理量検出領域に対して入力信号を入射した際に、入力信号を含めた一定の条件を満たす場合にのみ前記物理量検出領域から、検出しようとする物理量に応じた円偏光光を放出する特性を有し、前記カイラル導波路の少なくとも一方の端部に光検出器を設置して、出力信号として前記光検出器により検出された光強度を取得可能とし、条件を変化させて入力信号を入射した時の出力信号の変化から物理量検出領域の物理量を求めることを特徴とする物理量測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の物理量を求める方法であって、
カイラル導波路内の両端に光検出器を設置して、出力信号として両方の光検出器により検出された光強度の差を取得可能としたことを特徴とする物理量測定方法。
【請求項3】
カイラル導波路としてダイヤモンド製カイラル導波路を用い、物理量検出領域としてダイヤモンド製カイラル導波路内に窒素-正孔中心を形成した領域を形成し、
前記領域に2.88GHzを中心とするマイクロ波を、周波数を変化させて照射し、周波数ごとに、入射信号として前記領域に励起用の637nmの円偏光光を照射し、前記窒素-正孔中心を形成した領域から放出される円偏光光を、カイラル導波路の少なくとも一方の端部に設置した光検出器により出力信号として光強度を測定して、光強度が最大となるマイクロ波の波長と2.88GHzとの差から前記物理量検出領域に存在する磁場強度を求めることを特徴とする磁場強度測定方法。
【請求項4】
ダイヤモンド製のカイラル導波路を利用した磁場測定装置であって、
少なくとも一方の端部に光検出部を備えるダイヤモンド製のカイラル導波路内に窒素-正孔中心を形成した領域を有するダイヤモンド製のカイラル導波路と、
前記領域に励起用の637nmの円偏光光を照射する円偏光光照射部と、
前記領域に2.88GHzを中心とするマイクロ波を、周波数を変化させて照射可能なマイクロ波照射部とを備えることを特徴とする磁場強度測定装置。
【請求項5】
前記ダイヤモンド製のカイラル導波路の両端にそれぞれ光検出部を有するものであることを特徴とする請求項4に記載の磁場強度測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カイラル導波路を用いた物理量測定方法に関し、詳しくは、カイラル導波路内に形成した物理量検出領域に対して入力信号を入射し、一定の条件を満たす場合にのみ物理量検出領域から円偏光光を放出し、出力信号として前記円偏光光強度を測定して、物理量検出領域の物理量を求める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光の偏光状態を活用するカイラルフォトニクスが、近年量子技術へ応用され始めている。カイラルフォトニクスにより光の状態に応じた伝搬方向制御を可能にすることで、光を用いる量子技術の多機能化、高性能化が期待できる。これまで、量子状態である単一光子状態の円偏光状態による伝搬方向制御が量子情報処理の分野において報告された(例えば非特許文献1)。
【0003】
光を用いる量子技術としては、例えば、ダイヤモンド中の窒素-正孔中心(以下NVセンタとも言う)を用いた磁場強度測定が知られている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】P. Lodahl, S. Mahmoodian, S. Stobbe, A. Rauschenbeutel, P. Schneeweiss, J. Volz, H. Pichler, and P. Zoller. Nature 541, 473 (2017). 「Chiral quantum optics」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、カイラルフォトニクスを具体的にかつ効果的に物理量の測定、特に量子技術を用いる量子センシング分野に応用した検討事例はまだない。本発明の目的は、光の状態に応じた伝搬方向制御が可能となるカイラルフォトニクスを具体的にかつ効果的に電場、磁場、重力場等の物理量測定、量子技術を用いる量子センシング分野に応用する方法を提供することにある。特に、カイラル導波路を用いることにより、微小、微弱な円偏光の光強度を高コントラスト、かつ、低ノイズで検出出来るようにすることで、高感度で物理量測定を可能とする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記課題は、以下の手段により解決される。
[1]カイラル導波路内に形成した物理量検出領域の物理量を求める方法であって、前記物理量検出領域が、前記物理量検出領域に対して入力信号を入射した際に、入力信号を含めた一定の条件を満たす場合にのみ前記物理量検出領域から、検出しようとする物理量に応じた円偏光光を放出する特性を有し、前記カイラル導波路の少なくとも一方の端部に光検出器を設置して、出力信号として前記光検出器により検出された光強度を取得可能とし、条件を変化させて入力信号を入射した時の出力信号の変化から物理量検出領域の物理量を求めることを特徴とする物理量測定方法。
[2][1]に記載の物理量を求める方法であって、カイラル導波路内の両端に光検出器を設置して、出力信号として両方の光検出器により検出された光強度の差を取得可能としたことを特徴とする物理量測定方法。
[3]カイラル導波路としてダイヤモンド製カイラル導波路を用い、物理量検出領域としてダイヤモンド製カイラル導波路内に窒素-正孔中心を形成した領域を形成し、前記領域に2.88GHzを中心とするマイクロ波を、周波数を変化させて照射し、周波数ごとに、入射信号として前記領域に励起用の637nmの円偏光光を照射し、前記窒素-正孔中心を形成した領域から放出される円偏光光を、カイラル導波路の少なくとも一方の端部に設置した光検出器により出力信号として光強度を測定して、光強度が最大となるマイクロ波の波長と2.88GHzとの差から前記物理量検出領域に存在する磁場強度を求めることを特徴とする磁場強度測定方法。
[4]ダイヤモンド製のカイラル導波路を利用した磁場測定装置であって、少なくとも一方の端部に光検出部を備えるダイヤモンド製のカイラル導波路内に窒素-正孔中心を形成した領域を有するダイヤモンド製のカイラル導波路と、前記領域に励起用の637nmの円偏光光を照射する円偏光光照射部と、前記領域に2.88GHzを中心とするマイクロ波を、周波数を変化させて照射可能なマイクロ波照射部とを備えることを特徴とする磁場強度測定装置。
[5]前記ダイヤモンド製のカイラル導波路の両端にそれぞれ光検出部を有するものであることを特徴とする請求項4に記載の磁場強度測定装置。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、電場、磁場、重力場等の物理量を高感度で測定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】NVセンタの光学遷移の模式図(a)と、ODMRスペクトルの模式図(b)である。
【
図2】励起準位
3Eの微細構造の模式図(a)と、そのうちの、A
2から基底準位への遷移の模式図(b)である。なお、A
2から基底状態に向けた遷移の中で、項間交差は発生しないことが知られている。
【
図4】斜めエッチングの概略図(左)とその結果実現される中空構造の略式図(右)である。
【
図5】シミュレーション環境の(a)z-x平面および (b)x-y平面で見た図である。
【
図6】導波路寸法を変化させた際におけるカイラル導波路の特性分布で、結合効率 βの分布(a)、コントラスト C
chiralの分布(b)を示す図である。
【
図8】幅600nm・高さ400nmとしたカイラル導波路のβ、C
chiral、β×C
chiral の分布を示す図である。
【
図9】幅600nm・高さ100nmとしたカイラル導波路のβ、C
chiral、β×C
chiral の分布を示す図である。
【
図10】(a)幅600nm・高さ400nm 、NVセンタ位置を(x, y)=(50nm, 50nm)としたカイラル導波路内での電場分布を、(b) 幅600nm・高さ100nm 、NVセンタ位置を(x, y)=(50nm, 50nm)としたカイラル導波路内での電場分布を示す図である。
【
図11】マスク構造の作製から集積までの手順に係る図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に本発明の実施形態について詳細に説明する。本発明は、カイラル導波路内に形成した物理量検出領域の物理量を求める方法であり、物理量検出領域に対して入力信号を入射した際に、入力信号を含めた一定の条件を満たす場合にのみ物理量検出領域から、検出しようとする物理量に応じた円偏光光を放出する特性を有し、カイラル導波路の特性を利用することで、放出された微小、微弱な円偏光の光強度を高コントラスト、かつ、低ノイズ(高SN比)で検出することを可能とし、高感度で物理量測定が可能となる物理量測定方法およびこの方法を用いた磁場強度測定装置である。
【0011】
まず、カイラル導波路について説明する。自由空間を伝搬する平面波光の偏光面は波数ベクトルと直交し、電磁場ベクトルは横方向成分のみをもつ。しかし、光波長以下スケールの断面寸法を有する導波路の中では、光が横方向に強く閉じ込められた結果、電磁場ベクトルの縦方向成分が顕著に現れることが知られている。このとき、縦方向成分と横方向成分の間の位相差は ±180度で、楕円偏光となる。また、位相差の符号は光の位相進行方向の符号と相関をもつため、導波路中に埋め込まれた発光体が円偏光光を放出した場合、モードとの結合度合いにも依るが、単一方向性を示す。すなわち、発光体から放出される円偏光光は、その回転方向に応じて直線導波路のどちらか片方にのみ伝搬する。このように、微小構造内で円偏光による伝搬方向制御を可能とする導波路が本発明におけるカイラル導波路である。カイラル導波路内で円偏光光が放出されるようにすることで、放出される光が一方向のみとなり、例えば非偏光光が両方に均等に放出する場合に比べて倍の強度となりSN比を倍増(SNのSをアップ)させることが出来る。
【0012】
さらに、カイラル導波路内の両端に光検出器を設置して、出力信号として両方の光検出器により検出された光強度の差を取得する場合について述べる。光検出において、例えば、レーザー光のノイズ等のノイズ光が含まれる。こうしたノイズ光はカイラル導波路では両方向に放出される。従って、両方の差をとることでこのノイズ光をキャンセルすることが可能となり、SN比を大きく向上(SNのNをダウン)させることが出来る。
【0013】
物理量検出領域の物理量について、本発明において物理量とは電場、磁場、重力場、電流、速度等をあげることが出来、物理量検出領域に対して入力信号を入射した際に、入力信号を含めた一定の条件を満たす場合にのみ物理量検出領域から、検出しようとする物理量に応じた円偏光光を放出するようにすることが出来ればどのような物理量の測定にも利用できる。好ましい実施形態として、磁場強度の測定をあげることが出来、以下、物理量検出領域としてダイヤモンド中のNVセンタ、物理量として磁場強度とする形態を例として説明する。
【0014】
まず、比較として従来の方法によるダイヤモンド中のNVセンタを用いて磁場強度を測定する方法について述べる。これは、ゼーマン効果とゼロ磁場分裂を活用した光検出磁気共鳴(ODMR: optically detected magnetic resonance)と呼ばれる手法を用いるもので、NVセンタの光学遷移を
図1(a)に示す。マイクロ波を照射しながらギャップに相当する637nmの励起用のレーザー光を照射する。マイクロ波の周波数がms=±1準位と共鳴しない場合はms=0準位での励起が起こり、I
0の発光を生じる。マイクロ波の周波数がms=±1準位と共鳴する場合(2.88GHz)、ms=±1準位での励起が起こり、I
±1の発光を生じる。この遷移では、励起後の緩和課程の一部で項間交差が生じるために発光量が減少する(I
0>I
±1)。この状態において、NVセンタに磁場が存在する場合、ゼーマン効果によりms=+1、ms=-1に分離して、マイクロ波の共鳴周波数が変化する。この変化幅は存在する磁場の強度に比例するため、この周波数の変化を求めることで、磁場強度を求めることが出来る。横軸にマイクロ波の周波数、縦軸に発光強度をとったODMRスペクトルの模式図を
図1(b)に示す。この図は模式的に検出強度の変化幅を大きく描いているが、実際にはこの変化幅は小さく、特に、NVセンタの領域がナノオーダーである場合は取り出しの信号自体も微弱であるため、感度よく測定することが出来ない。
【0015】
次に本発明による磁場強度測定方法について述べる。基本原理は前述と同じくODMRと呼ばれる手法を用いる。本発明においては、カイラル導波路としてダイヤモンド製カイラル導波路を用い、物理量検出領域としてダイヤモンド製カイラル導波路内に窒素-正孔中心を形成した領域を形成する。物理量検出領域に2.88GHzを中心とするマイクロ波を、周波数を変化させて照射し、周波数ごとに、入射信号として物理量検出領域に励起用の637nmの円偏光光を照射する。この時、マイクロ波の周波数が共鳴を生じる場合は、A2順位への励起が生じ、A2から基底準位への遷移では円偏光状態の光子が放出さる。その様子を
図2に示す。この偏光光をカイラル導波路の少なくとも一方の端部に設置した光検出器により出力信号として光強度を測定する。一方、マイクロ波の周波数が共鳴を生じない場合は、励起を生じず発光しない。つまり、従来法では常に発光がある状態で、微小な減少を検出するのに対し、本発明の方法では、共鳴がある場合にのみ発光が検出されるので、わずかな発光でも高いコントラストで測定できるのである。フローチャートを
図3に示す。フローチャートではより好ましい方法として、波長532nmのレーザー光により初期化する場合を記載している。さらに、より好ましい方法として、前述のように、カイラル導波路内の両端に光検出器を設置して、出力信号として両方の光検出器により検出された光強度の差を取得する方法とすれば、レーザー光のノイズをキャンセルすることが可能となり、SN比をさらに大きく向上させることが出来る。光強度が最大となるマイクロ波の波長と2.88GHzとの差から前記物理量検出領域に存在する磁場強度を求める。マイクロ波の周波数を細かく変化さえてピークとなる周波数を求めても良い。あるいは、ODMRスペクトルにおけるピークの広がりは、放射寿命に由来した均質広がりの影響が強く、スペクトル線の形状はLorentz関数によって記述されることから、マイクロ波の周波数(ODMRスペクトルにおける横軸の値)を固定した場合においても、読み出した強度の値をLorentz関数に代入することで、関数全体の横軸シフト量として磁場の大きさを導くことも可能である。
【0016】
次に、ダイヤモンド製のカイラル導波路を利用した磁場測定装置の形態について説明する。本発明の磁場測定装置は少なくとも一方の端部に光検出部を備えるダイヤモンド製のカイラル導波路内に窒素-正孔中心を形成した領域を有するダイヤモンド製のカイラル導波路と、前記領域に励起用の637nmの円偏光光を照射する円偏光光照射部と、前記領域に2.88GHzを中心とするマイクロ波を、周波数を変化させて照射可能なマイクロ波照射部とを備える。
【0017】
窒素-正孔中心を形成した領域を有するダイヤモンド製のカイラル導波路は、少なくとも一方の端部に光検出部を備える。光検出部は光を受光して電流に変換し、出力信号として電流を外部に取り出し、外部に設けた電流計によりその値を測定する。光を受光して電流に変換する部材としてはフォトダイオードやフォトトランジスタを利用できる。
【0018】
円偏光光照射部は637nmの円偏光レーザー部とNVセンタ部に光を導く光路制御部を備える。光路制御部は位置、角度を精密に制御できる複数のミラー、あるいは、光ファイバーを用いる。637nmの円偏光レーザー部は637nmの半導体レーザーを用いる。円偏光は直線偏光に1/4波長板を組み合わせることで生成が可能であり、例えば、共振器内に偏光子を入れて直線偏光とし、45度の直線偏光を偏光ミラーで45度に反射させて位相を1/4波長ずらすことで円偏光とすることが出来る。光ファイバーに同様の機能を持たせても良い。
【0019】
マイクロ波照射部は2.88GHzを中心とし、±0.1GHz程度を微調整出来る発信部とNVセンタ部にマイクロ波を照射する送信部を有する。
【0020】
ダイヤモンド製のカイラル導波路内に形成したNVセンタについて説明する。ダイヤモンド結晶中の隣り合う炭素原子二つを窒素原子と空孔にそれぞれ置き換えたものがNVセンタであり、不純物ともいえる。ダイヤモンド内でNVセンタを生成する方法の一つに、イオン注入が挙げられる。ダイヤモンド表面に対して窒素イオンを高エネルギーで衝突させることにより、表面付近に窒素と空孔が散りばめられ、その後の熱処理によって同領域にNVセンタが形成される。また、イオンが進入する深さには衝突エネルギー依存性があるため、NVセンタが存在する領域を深さ方向に対して制御することが可能である。別の生成方法としてCVD法がある。この場合イオンの直接注入はせず、窒素不純物を含んだ形で結晶成長を行った後、電子線照射による空孔生成と熱処理を経てNVセンタ入りのサンプルが作製される。NVセンタは、NVセンタの電子スピンが受ける表面ノイズを十分に低減させるため表層からある程度の深さに設ける必要があり、例えば10nmよりも深いことが好ましい。
【0021】
ダイヤモンド製のカイラル導波路について説明する。ダイヤモンドとしては合成ダイヤモンドを利用し、その形態は基板状、もしくはナノダイヤモンドと呼ばれる微粒子状のものを用いて、カイラル導波路に加工する。カイラル導波路とするためには、断面積の寸法が光の波長と同程度以下とする必要がある。
【0022】
ダイヤモンドをコアとした平面導波路を作製するにあたっては低屈折率の材質上にダイヤ薄膜を高い結晶精度で形成することが困難であるため、ダイヤモンドが空気に囲まれた形でのエアブリッジ構造が導波路に適している。エアブリッジ構造を作製する方法の一つとして斜めエッチングが利用できる。斜めエッチングは異方性ドライエッチングに区分されるが、サンプルを覆うファラデーケージの作用からプラズマが斜めで入射し、
図4に示すような形でエアブリッジ構造が実現される。なお、ファラデーケージとは微小な穴の空いた金属製の被せを指し、等電位に保たれる金属表面に対してプラズマは垂直に入射するため、斜めエッチングにおけるプラズマの入射角度はファラデーケージの形状によって決定される。斜めエッチングに際して、ICP(Inductive Coupled Plasma)エッチング装置を使用できる。本装置はプラズマ生成機構と生成されたプラズマの加速機構が分離している特徴をもち、プラズマ生成とプラズマ衝突を独立して制御することが可能である。本発明においては斜めエッチングにより形成できる断面形状が三角形であることから断面が三角形であるものを扱うが、手法の開発により他の形状が利用可能となれば他の形状を利用しても良い。
【実施例0023】
本発明について、以下に実施例を示し更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
(カイラル導波路のシミュレーション)
ソフトウェアとしてAnsys社製「Lumerical FDTD」を使用した。FDTD法を採用しているため、カイラル導波路におけるNVセンタの放射現象に関して、電磁界の時間発展を求めることが可能である。
構築したシミュレーション環境を示す。導波路の断面形状は斜めエッチングで実現可能な直角三角形とした。また、その他の条件を次に示す。
・導波路内部におけるセルサイズ:Δx = Δy = Δz = 10 nm
・時間ステップ:Δt = 0.0190657 fs
・境界条件:PML (Perfectly matched layer) 吸収境界条件
図5(a)z-x平面および (b)x-y平面で見た図によってそれぞれ示す。パルスを放射する二つのダイポールEx・Ezを90度の位相差で同じ位置に置き、なおかつその波長をNVセンタにおけるゼロフォノン線の637nmに合わせることで、NVセンタの円偏光放出を模した。また、z=±10nmに配置した平面モニタに対して透過した光パワーをそれぞれ計算し、NVセンタの発光パワーで割ることにより、放射レートγ
±とした。
【0024】
上述したシミュレーションのセットアップにより、任意の断面寸法(width・height)およびNVセンタの位置(x、y)に対して、放射レートγ
±を求めることが可能である。それに伴い、結合効率β(=γ
±/(γ
++γ
-+γ
other)、γ
otherは他モードに対する放射レート)、カイラル導波路に特有の特性として、コントラストと呼ばれるC
chiral (=(γ
+-γ
-)/(γ
++γ
-))の算出も可能となる。
図5に示す直角三角形の断面形状について、その幅(width)と高さ(height)をそれぞれ100nmから1200nmまでの範囲で100nmずつ変化させ、カイラル導波路の挙動を検証した。なお、全ての場合において、NVセンタを
図5における (x, y)=(20nm, height/2) の位置に固定した。ここで、NVセンタの表層からの深さ(x座標)を20nmとしたのは、NVセンタの電子スピンが受ける表面ノイズを十分に低減させるためである。
【0025】
結果として、結合効率βの分布を
図6(a)に、コントラストC
chiralの分布を
図6(b)にそれぞれ示す。また、β×C
chiralの分布を
図7に示す。
【0026】
図6(a)より、幅が小さいときには伝搬モードが存在し得ず、結合効率がほとんどゼロであった。一方、幅が300nmよりも大きいとき、
図6(a, b)を比較すれば、結合効率とコントラストの間にはトレードオフな関係性が見られた。この関係性の中で高さが十分大きい場合、高い結合効率が確認された。原因として、導波路端付近で強い電場強度を有する高次モードの出現により、導波路端付近に位置するNVセンタの放射レートを高めたと考えられる。しかし、そのような高次モード中では導波路端付近における横方向の電場勾配小さいため、電場に関するGaussの法則により電場の縦方向成分が縮小した結果、円偏光の度合いが弱まり高いコントラストを得られなかったと考察される。
【0027】
Iはβ×C
chiralに比例するため、最大化すべきはβ×C
chiralの値である。しかし、その分布である
図7から、断面の寸法として特に良好となる領域はなく、幅が300nmよりも大きければ利用できることが分かった。
【0028】
(i)高結合効率なカイラル導波路として幅600nm・高さ400nmを、(ii)高コントラストなカイラル導波路として幅600nm・高さ100nmをそれぞれ採用して、NVセンタの配置を変化させた場合における挙動を検証した。(i)のβ、C
chiral、β×C
chiral の分布を
図8に、(i)のβ、C
chiral、β×C
chiral の分布を
図9に示す。
【0029】
(i)のカイラル導波路ではβが、(ii)のカイラル導波路ではC
chiralがそれぞれ大きい結果となったが、β×C
chiralの最大値に関しては
図8、9で大きな差が現れなかった。したがって、高い光取り出し効率を実現する目的では(i)と(ii)のどちらでも構わないが、β かC
chiralのどちらかが重要となる局面においては、(i)か(ii)を選ぶことが可能である。
【0030】
図8と
図9から、光取り出し効率の高いNVセンタ位置として、(i)のカイラル導波路では (x, y)=(50nm, 50nm) を、(ii)のカイラル導波路では (x, y)=(50nm, 50nm) をそれぞれ採用した。このとき、それぞれの場合における、カイラル導波路内での電場分布を
図10(a、b)に示す。
図10(b)では、
図10(a)と比べて、狙い通りの高いコントラストが見られた。なお、光取り出し効率においては両者間であまり差がなく、約12%である。
【0031】
(ダイヤモンド加工)
エッチングによる構造の形成にあたっては、ダイヤモンド基板上にマスク構造が集積されている必要がある。タイプ1bのダイヤモンド基板、マスク材料として、Si
3N
4を採用した。
マスク構造の作製から集積までの手順を以下に示す(
図11)。
1.サンプルの初期状態として、SiO
2基板上にSi
3N
4の薄膜が形成されている(
図11(a))。
2.液体の電子線レジスト「ZEP520A(日本ゼオン社製)」を、スポイトを用いてサンプル上に数滴滴下し、スピンコート機により4000rpm/60secの条件で均一に広げた。その後、150℃のホットプレート上で3分程度のベーク処理を実施し、固めた(
図11(b))。
3.電子線リソグラフィにより、Si
3N
4の上にレジストの構造を形成した(
図11(c))。なお、電子線描画後の現像プロセスにおいては、サンプルを現像液「ZED-N50(日本ゼオン社製)」に4分間、リンス液としてメチルイソブチルケトンに20秒間の順で浸した後、イソプロピルアルコールで置換してからブロアーで乾燥させた。
4.CF
4ガスを用いた異方性ドライエッチングにより、レジストに合わせてSi
3N
4の構造を形成した(
図11(d))。
5.O
2ガスを用いた異方性ドライエッチングにより、レジストに対してアッシングを行った(
図11(e))。
6.フッ酸を用いたウェットエッチングによりSiO
2を溶かし、Si
3N
4のエアブリッジ構造を作製した(
図11(f))。なお、ウェットエッチングにおいてはサンプルをフッ酸に15分間浸した後、超純水で10分間以上の置換を行い、超臨界ドライヤを用いて乾燥させた。ここまでの手順により、マスク構造を作製した。
7.転写プリント法により、図のマスク構造をダイヤモンド基板上へ集積した(
図11(g))。
【0032】
転写プリント法はポリジメチルシロキサン(PDMSとも言う)で作製したスタンプを使用し、PDMSがSi3N4のエアブリッジ構造に吸着することで転写を行った。SYLGARD184(Dow Corning社製)をポッティング材に使用し、PDMSを作製した。作製過程において、主剤と硬化剤を10:1の割合でよくかき混ぜたものを、数百umの穴がいくつも空いた金属板に垂らし、1000rpm/150secのレシピでスピンコート機にかけた後、10分間以上のベーク処理を経て固めた。
【0033】
Si3N4をマスクとしたダイヤモンドのエッチングにおいて、エッチングの最中に多少のマスクが削られ、削られたマスクのダイヤモンド側壁・底面に対する沈着はマイクロマスク効果と呼ばれ、ダイヤモンド自体のエッチングを阻害するものである。ICP-RIE装置のアンテナパワーがマイクロマスク効果に与える影響を検討した。圧力を3 Pa、Arの流量を2sccm、O2の流量を40sccm、バイアスパワーを50Wとし、アンテナパワー:600、800、1000Wに対して5分間のドライエッチングを行い、サンプルのSEM観察画像を観察し、アンテナパワーが増大する程にマイクロマスク効果が減少することを確認した。特に1000 Wにおいてはマイクロマスク効果がほとんど見受けられなかった。アンテナパワーはエッチングにおけるプラズマ密度と正の相関をもつため、サンプルに衝突するプラズマ量が増加した結果、マスクの沈着が防止されたと考えられる。
【0034】
マスク構造が集積されたダイヤモンド基板に対し、斜めエッチングを行った。エッチング時間以外の条件は、圧力を3Pa、Arの流量を2sccm、O
2の流量を40sccm、バイアスパワーを50W、アンテナパワーを1000Wとした。なお、ダイヤモンド基板に対してファラデーケージを被せる際、その下に敷かれたシリコン基板に対して、ZEP520A(日本ゼオン社製)を用いたファラデーケージの固定を行った。エッチングプロセスにおいてはサンプルが静電気力によって固定されるが、固定の解除に伴ってファラデーケージが弾き飛ばされる現象が確認されたためである。ファラデーケージを被せずに5分間、ファラデーケージを被せた状態で20分間のエッチングを順に実施して、導波路構造が得られた。
図12にSEM写真を示す。元のマスク構造が既に半壊していたため、やや針状の形となったが導波路構造が得られた。