(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024089323
(43)【公開日】2024-07-03
(54)【発明の名称】カムクラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 41/08 20060101AFI20240626BHJP
F16D 41/07 20060101ALI20240626BHJP
【FI】
F16D41/08 A
F16D41/07 D
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022204610
(22)【出願日】2022-12-21
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-01-18
(71)【出願人】
【識別番号】000003355
【氏名又は名称】株式会社椿本チエイン
(74)【代理人】
【識別番号】100153497
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 信男
(74)【代理人】
【識別番号】100138254
【弁理士】
【氏名又は名称】澤井 容子
(72)【発明者】
【氏名】間瀬 亮太
(57)【要約】 (修正有)
【課題】使用状況に応じた動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能であり、カムの噛み込みの発生及び空転時の引き摺りトルクの発生を防止し、大きなトルク容量の確保が可能なカムクラッチを提供する。
【解決手段】中立姿勢において内輪110及び外輪120のいずれか一方または両方に非接触状態とされると共に正逆いずれの方向に傾倒した場合であっても内輪110及び外輪120と係合可能に構成されたカム180が、外輪120に固定される固定ケージ130及び固定ケージ130に相対回転可能にかつ軸方向に移動可能に配置される可動ケージ150により保持され、固定ケージ130及び可動ケージ150の一方にガイド溝部160が設けられると共に他方にピン部材140が設けられ、ガイド溝部160は、ピン部材140がガイド溝部160に沿って移動されることで可動ケージ150と固定ケージ130との位相を制御可能に構成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸上に相対回転可能に設けられている内輪及び外輪と、周方向に所定間間隔で並ぶポケット部を有し前記外輪に固定された固定ケージと、周方向に所定間隔で並ぶポケット部を有し前記固定ケージに対し相対回転可能に配置された可動ケージと、前記固定ケージ及び前記可動ケージに保持され前記内輪及び前記外輪間において周方向に配列された複数のカムと、前記複数のカムを前記外輪に向かって付勢する付勢手段とを備え、前記複数のカムが、中立姿勢において前記内輪及び前記外輪のいずれか一方または両方に接触しない状態とされると共に正逆いずれの方向に傾倒した場合であっても前記内輪及び前記外輪と係合可能に構成されたカムクラッチであって、
前記可動ケージは、軸方向に移動可能に設けられ、
前記固定ケージ及び前記可動ケージの一方には、ガイド溝部が軸方向に沿って延びるように設けられていると共に、前記固定ケージ及び前記可動ケージの他方には、ピン部材が前記可動ケージの軸方向への移動により前記ガイド溝部に沿って移動されるように設けられており、
前記ガイド溝部は、前記可動ケージを該可動ケージのポケット部が前記固定ケージのポケット部と同位相となる状態に保持可能に構成された位相規制部と、前記可動ケージを前記固定ケージに対し正逆いずれか一方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成された第1位相変化許容部と、前記可動ケージを前記固定ケージに対し正逆両方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成された第2位相変化許容部とを含むことを特徴とするカムクラッチ。
【請求項2】
前記ガイド溝部は、前記第1位相変化許容部が前記位相規制部と前記第2位相変化許容部との間に位置されるように形成されていることを特徴とする請求項1に記載のカムクラッチ。
【請求項3】
前記ガイド溝部は、軸方向における一端側領域及び他端側領域の各々に設けられ、
一方のガイド溝部における第1位相変化許容部及び他方のガイド溝部における第1位相変化許容部は、前記可動ケージを前記固定ケージに対し互いに異なる方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持するように構成されていることを特徴とする請求項1に記載のカムクラッチ。
【請求項4】
前記ガイド溝部は、前記可動ケージを、前記ピン部材が前記第1位相変化許容部に位置されたときの前記可動ケージの移動方向と反対方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成された第3位相変化許容部をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載のカムクラッチ。
【請求項5】
前記可動ケージは、前記ピン部材が前記第2位相変化許容部に位置されるように該可動ケージが軸方向に移動されたときに、該可動ケージを前記内輪と同期回転させる位相同期手段を備えていることを特徴とする請求項1に記載のカムクラッチ。
【請求項6】
前記位相同期手段は、磁石により構成されることを特徴とする請求項5に記載のカムクラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動作モードを、内輪または外輪が正逆両方向に空転して内輪と外輪との間でのトルク伝達を遮断する両方向同時空転モードと、内輪と外輪との間で正逆いずれか一方向にトルク伝達可能な一方向伝達モード(ワンウェイモード)と、内輪と外輪との間で正逆両方向にトルク伝達可能な両方向同時伝達モードとの間で、切り替え可能に構成されたカムクラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、回転の一方向だけに係合する係合子としてのカムを左右対称形に配列し、一方のカム及び他方のカムの一方または両方を傾倒させることで、クラッチの動作モードが切り替え可能に構成されたクラッチが知られている(例えば特許文献1参照。)。
【0003】
しかしながら、上述のクラッチにおいては、すべてのカムが同時に噛み合う「噛み込み」が生ずるおそれがある。
すなわち、上述のクラッチにおいては、噛み合い方向が逆方向になるように配置された第1のカム及び第2のカムが外輪及び内輪に接触するように付勢されており、外輪または内輪にトルクが働くと、一方のカムが外輪及び内輪に直ちに噛み合いを開始するように傾倒する。トルクが除荷されることで一方のカムが噛み合い解除方向に傾倒して空転状態に移行されることになるが、このとき、一方のカムの噛み合いが解除されるまでの間に、他方のカムが噛み合い方向に傾倒して外輪及び内輪に対し噛み合いを開始するおそれがある。
このような状態にあっては、すべてのカムが高い面圧をもって噛み合っているため、クラッチの動作モードを切り替えるときに、カムの姿勢を変更するのに大きな力が必要となり、カムの外輪及び内輪に対する係合面や、外輪の軌道面及び内輪の軌道面を痛め、クラッチを短命化させてしまうおそれがあった。
【0004】
また、正転方向及び逆転方向の両方向に駆動と空転が切り替え可能な2方向クラッチとして、いわゆる2方向タイプのスプラグを係合子として用い、スプラグを一方向または他方向に傾倒させることで、クラッチの動作モードが切り替え可能に構成されたものが知られている(例えば特許文献2参照。)。
特許文献2に記載の2方向クラッチは、軸方向に延びるアウタ長孔を有するアウタ保持具と、アウタ長孔に挿通されたピンの先端が挿入され軸方向に対して傾斜するインナ長溝を有するインナ保持具とを備え、ピンを軸方向に移動させてアウタ保持具及びインナ保持具の円周方向に相対的に変位させることで、スプラグを所定方向に傾倒させるよう構成されている。この2方向クラッチにおいては、ピンの移動方向を制御してスプラグの傾倒方向を切り替えることで、内輪と外輪との間で正転方向に対してのみトルクを伝達可能な一方向伝達モードと、内輪と外輪との間で逆転方向に対してのみトルクを伝達可能な一方向伝達モードとの間で動作モードを切り替えられるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-190255号公報
【特許文献2】特開2003-301866号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
而して、2方向タイプのスプラグを用いた2方向クラッチにおいては、トルクの伝達方向の切り替えに際して噛み込みが生ずることはない。
しかしながら、特許文献2に記載の2方向クラッチにおいては、ピンがインナ長溝の両端の各々に設けられた平行溝に収容された状態に保持されることで、スプラグが所定方向に傾倒した状態に保持されるようになっており、ピンがいずれの平行溝にも保持されていないときには、ピンがインナ長溝に沿って移動可能となっている。このため、スプラグを内輪及び外輪のいずれか一方または両方に対し非接触状態となる中立姿勢に保持することはできず、両方向同時空転モードを実現することはできない。
また、内輪または外輪の回転方向に応じてスプラグが能動的に姿勢を変更するように内輪及び外輪に接触する状態に保持することはできず、両方向同時伝達モードを実現することはできない。
【0007】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、使用状況に応じた動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能であり、カムの噛み込みの発生及び空転時の引き摺りトルクの発生を防止し、しかも、大きなトルク容量の確保が可能なカムクラッチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、同軸上に相対回転可能に設けられている内輪及び外輪と、周方向に所定間間隔で並ぶポケット部を有し前記外輪に固定された固定ケージと、周方向に所定間隔で並ぶポケット部を有し前記固定ケージに対し相対回転可能に配置された可動ケージと、前記固定ケージ及び前記可動ケージに保持され前記内輪及び前記外輪間において周方向に配列された複数のカムと、前記複数のカムを前記外輪に向かって付勢する付勢手段とを備え、前記複数のカムが、中立姿勢において前記内輪及び前記外輪のうちのいずれか一方または両方に接触しない状態とされると共に正逆いずれの方向に傾倒した場合であっても前記内輪及び前記外輪と係合可能に構成されたカムクラッチであって、前記可動ケージは、軸方向に移動可能に設けられ、前記固定ケージ及び前記可動ケージの一方には、ガイド溝部が軸方向に沿って延びるように設けられていると共に、前記固定ケージ及び前記可動ケージの他方には、ピン部材が前記可動ケージの軸方向への移動により前記ガイド溝部に沿って移動されるように設けられており、前記ガイド溝部は、前記可動ケージを該可動ケージのポケット部が前記固定ケージのポケット部と同位相となる状態に保持可能に構成された位相規制部と、前記可動ケージを前記固定ケージに対し正逆いずれか一方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成された第1位相変化許容部と、前記可動ケージを前記固定ケージに対し正逆両方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成された第2位相変化許容部とを含む構成とすることにより、前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0009】
本請求項1に係る発明によれば、可動ケージ及び固定ケージの一方に設けられたガイド溝部が位相規制部、第1位相変化許容部及び第2位相変化許容部を含むよう構成することで、可動ケージ及び固定ケージの他方に設けられたピン部材の位置によって可動ケージの固定ケージに対する周方向の移動の自由度を制御することができる。このため、カムクラッチの動作モードを、両方向同時空転モード、一方向伝達モード及び両方向同時伝達モードの間で、切り替えることが可能となる。動作モードの切り替えに際しては、可動ケージを軸方向に移動させるだけで、カムの姿勢制御及びカムの姿勢保持が可能であるので、使用状況に応じた動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能であり、高い汎用性を得ることができる。
また、カムが、中立姿勢において内輪及び外輪のいずれか一方または両方に接触しない状態とされると共に正逆いずれの方向に傾倒しても内輪及び外輪と係合するように構成されることで、すべてのカムが同じ挙動を示すこととなるので、噛み込みが生ずることがない。このため、可動ケージを軸方向に移動させるための駆動源として大型のものを用いる必要がなくなり、省エネルギー化及び小型化を図ることが可能となる。また、空転時に、すべてのカムが外輪または内輪に接触しない状態とされて空転時のトルクを減少させることができるので、カムの係合面、外輪の軌道面及び内輪の軌道面を痛めるおそれがなく、長寿命化を図ることが可能となると共に、騒音を低減させることが可能となる。さらにまた、個々のカムが正逆両方向にトルクを伝達可能であるため、カムの搭載数を増やしてトルク容量を増加させることが可能である。
【0010】
本請求項2に係る発明によれば、ガイド溝部が、第1位相変化許容部が位相規制部と第2位相変化許容部との間に位置されるように、形成されていることで、可動ケージの固定ケージに対する周方向の移動の自由度が段階的に制御されることとなるので、動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能となる。
【0011】
本請求項3に係る発明及び本請求項4に係る発明によれば、正転方向にトルク伝達可能な一方向伝達モード及び逆転方向にトルク伝達可能な一方向伝達モードの2つの一方向伝達モードを実現することが可能であり、両方向同時空転モード及び両方向同時伝達モードを含む4つの動作モードの切り替えを行うことが可能となるので、一層高い汎用性を持たせることが可能となる。
【0012】
本請求項5に係る発明によれば、可動ケージが、可動ケージを内輪と同期回転させる位相同期手段を備えていることにより、内輪の回転方向に応じてカムを能動的に傾倒させることができるので、正逆両方向にトルクを伝達することが可能な両方向同時伝達モードを確実に実現することが可能となる。
また、本請求項6に係る発明によれば、位相同期手段を磁石により構成することで、構造を煩雑化させることなく、簡単な構造で可動ケージを内輪と同期回転させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明のカムクラッチの一構成例を示す分解斜視図である。
【
図2】
図1に示すカムクラッチの、正面側から見た斜視図である。
【
図3】
図1に示すカムクラッチの、回転軸心を含む平面で切った断面斜視図である。
【
図4】
図1に示すカムクラッチの、回転軸心を含む平面で切った軸方向断面図である。
【
図5】
図1に示すカムクラッチの、回転軸心と直交する平面で切った径方向断面図である。
【
図6】固定ケージの構成を示す、正面側から見た斜視図である。
【
図7】可動ケージの構成を示す、正面側から見た斜視図である。
【
図9A】
図7に示す可動ケージにおけるガイド溝部の構成を概略的に示す図である。
【
図9B】ピン部材が第1位相変化許容部に位置された状態を概略的に示す図である。
【
図9C】ピン部材が第2位相変化許容部に位置された状態を概略的に示す図である。
【
図10A】
図1に示すカムクラッチの動作モードが両方向同時空転モードにあるときのカムクラッチの状態を示す側面図である。
【
図10B】
図1に示すカムクラッチの動作モードが両方向同時空転モードにあるときの、カムの状態を概略的に示す模式図である。
【
図11A】
図1に示すカムクラッチの動作モードが両方向同時空転モードから一方向伝達モードへ移行される時の、カムの状態を概略的に示す模式図である。
【
図11B】
図1に示すカムクラッチの動作モードが一方向伝達モードにあるときのカムクラッチの状態を示す側面図である。
【
図12A】
図1に示すカムクラッチの動作モードが両方向同時伝達モードにあるときのカムクラッチの状態を示す側面図である。
【
図12B】
図1に示すカムクラッチの動作モードが両方向同時伝達モードにあるときの、カムの挙動を概略的に示す模式図である。
【
図12C】
図1に示すカムクラッチの動作モードが両方向同時伝達モードにあるときの、カムの挙動を概略的に示す模式図である。
【
図13】可動ケージの他の構成例を示す平面図である。
【
図14】
図13に示す可動ケージにおけるガイド溝部の構成を概略的に示す図である。
【
図15A】可動ケージのさらに他の構成例におけるガイド溝部の構成を概略的に示す図である。
【
図15B】可動ケージのさらに他の構成例におけるガイド溝部の構成を概略的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1に示すように、本発明のカムクラッチ100は、内輪110、外輪120、固定ケージ130、可動ケージ150、係合子としてのカム180及び付勢手段190を備えてなる。
【0015】
図2乃至
図5に示すように、カムクラッチ100を組み立てた状態において、内輪110及び外輪120は、同一の回転軸X上に相対回転可能に設けられ、内輪110の軌道面111と外輪120の軌道面121とが互いに対向するように配置される。本実施形態においては、例えば、内輪110が入力側の回転輪、外輪120が出力側の回転輪として構成される。
【0016】
固定ケージ130は、
図6にも示すように、回転軸心に沿って延びる円筒状の軸部131と、軸部131の一端において周方向全周にわたって径方向外方に突出して延びる外方フランジ部135とを有する。
【0017】
軸部131には、複数のポケット部133が周方向に所定間間隔で並ぶように形成されている。
本実施形態においては、周方向に等間隔で並ぶ4つのポケット部133を一つのポケット部群132として複数のポケット部群132が周方向に等間隔で並ぶように配設されている。各ポケット部133は、開口形状が矩形形状をなすように形成されている。
【0018】
外方フランジ部135は、外輪120の一端面に対向するように形成されており、厚み方向に貫通する複数のネジ装着孔136が周方向に所定間隔で並ぶように形成されている。
【0019】
固定ケージ130は、
図2乃至
図5に示すように、軸部131が外輪120の軌道面121と間隔を空けて内輪110及び外輪120と同軸上に位置されるよう内輪110及び外輪120間の環状空間に挿入配置され、軸方向外方側から装着される固定用ネジ125によって出力側の回転輪としての外輪120に固定されている。
【0020】
可動ケージ150は、
図7にも示すように、回転軸心に沿って延びる円筒状の軸部151と、軸部151の一端において内輪110の一端面と対向するよう形成された円環板状の端壁部154と、軸部151の一端において周方向全周にわたって径方向外方に突出して延びる外方フランジ部155とを有する。
【0021】
軸部151には、固定ケージ130のポケット部133の各々に対応する複数のポケット部153が周方向に所定間間隔で並ぶように形成されている。
本実施形態においては、周方向に等間隔で並ぶ4つのポケット部153を一つのポケット部群152として複数のポケット部群152が周方向に等間隔で並ぶように配設されている。各ポケット部153は、開口形状が矩形形状をなすように形成されている。
【0022】
外方フランジ部155は、固定ケージ130の一端面に係止されることで可動ケージ150の軸方向正面側への移動を規制可能となるように形成されている。
【0023】
可動ケージ150は、
図2乃至
図5に示すように、軸部151が固定ケージ130の内側において内輪110の軌道面111と間隔を空けて内輪110及び外輪120と同軸上に位置されるよう内輪110及び外輪120間の環状空間に挿入され、固定ケージ130に対し相対回転可能に、かつ、軸方向に移動可能に配置されている。
【0024】
カム180は、正転方向及び逆転方向のいずれの方向に傾倒した場合であっても、内輪110及び外輪120と係合可能となるように構成されている。以下においては、便宜上、
図5における時計方向を「正転方向」、反時計方向を「逆転方向」というものとする。
本実施形態に係るカム180は、
図8にも示すように、平面視において、径方向中央部にくびれ部181を有し、略ひょうたん形形状をなすよう例えば左右対称形状に構成されている。
くびれ部181より内輪側の脚部部分182は、円弧状の内輪側係合面183を有し、内輪側係合面183に滑らかに連続し可動ケージ150に接する両側面が円弧に沿った曲面として形成されている。
また、くびれ部181より外輪側の頭部部分184は、外輪側係合面185を有し、外輪側係合面185に滑らかに連続し固定ケージ130に接する両側面が円弧に沿った曲面として形成されている。
【0025】
本実施形態においては、付勢手段190として、例えば環状のガータースプリングが用いられており、カム180の内輪側係合面183には、周方向に延びるガータースプリング装着溝186が形成されている。
ガータースプリング装着溝186は、ガータースプリングが圧縮状態で装着されることで、カム180が外輪120に向かって付勢されるよう構成され、これにより、カム180が中立姿勢において例えば内輪110に接触しない状態とされる。
【0026】
カム180は、脚部部分182が可動ケージ150のポケット部153に挿入されると共に頭部部分184が固定ケージ130のポケット部133に挿入されることで固定ケージ130及び可動ケージ150により姿勢変更可能に保持され、内輪110及び外輪120間において周方向に所定間隔で配置されている。
【0027】
而して、このカムクラッチ100においては、軸方向に沿って延びるガイド溝部160が可動ケージ150に設けられていると共に可動ケージ150の軸方向への移動によりガイド溝部160に沿って移動されるピン部材140が固定ケージ130に設けられており、これにより、可動ケージ150におけるポケット部153の、固定ケージ130におけるポケット部133に対する位相を制御してカムクラッチ100の動作モードを切り替えることができるようになっている。
【0028】
ガイド溝部160は、
図7に示すように、可動ケージ150の軸部151外面における隣接するポケット部群152間の一端側領域において周方向に等間隔で設けられている。本実施形態では、ポケット部群152は周方向に等間隔で配設されていることから、ガイド溝部160も周方向に等間隔で配置されることとなり、これにより、可動ケージ150の軸方向移動を安定してガイドすることができてカムクラッチ100の動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能となっている。
【0029】
ガイド溝部160は、可動ケージ150の軸部151外面に突設されたマウント部161の外面に、軸方向に沿って延びるガイド溝162が形成されて構成されている。
ガイド溝162は、
図9Aに示すように、位相規制部163、第1位相変化許容部164及び第2位相変化許容部165を有する。
【0030】
位相規制部163は、ピン部材140の外径と同等の溝幅で軸方向に直線状に延びるよう形成され、可動ケージ150を可動ケージ150のポケット部153が固定ケージ130のポケット部133と同位相となる状態に保持可能となるように構成されている。
従って、ピン部材140が位相規制部163に位置されているときには、可動ケージ150の固定ケージ130に対する正逆両方向の相対回転が禁止されカム180が中立姿勢で保持されるようになっている。これにより、カムクラッチ100の動作モードが両方向同時空転モードに保持される。
【0031】
第1位相変化許容部164は、軸方向一端側に向かって逆転方向に傾斜して延びる第1連設部166を介して位相規制部163に連続している。第1位相変化許容部164は、ピン部材140の外径より大きい溝幅で軸方向に延びるよう形成され、可動ケージ150を固定ケージ130に対し正転方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成されている。
従って、ピン部材140が第1位相変化許容部164に位置されているときには、可動ケージ150が固定ケージ130に対し正転方向に相対的に移動されることで、カム180が傾倒されると共に、
図9Bにおいて破線で示すように、可動ケージ150の固定ケージ130に対する相対回転による、可動ケージ150におけるポケット部153の固定ケージ130におけるポケット部133に対する位相変化が許容されるようになっている。これにより、例えば内輪110が正転方向に回転されることで、カム180が内輪110及び外輪120に対する噛み合いが直ちに開始されるように噛み合い待機状態に保持され、カムクラッチ100の動作モードが、カム180が正転方向へのトルク伝達が可能な一方向伝達モードに保持される。
【0032】
第2位相変化許容部165は、軸方向一端側に向かって溝幅が大きくなるよう構成された第2連設部167を介して第1位相変化許容部164に連続している。第2位相変化許容部165は、周方向に延びるよう形成され、可動ケージ150を固定ケージ130に対し正逆両方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成されている。
従って、ピン部材140が第2位相変化許容部165に位置されているときには、
図9Cにおいて破線で示すように、可動ケージ150の固定ケージ130に対する相対回転による、可動ケージ150におけるポケット部153の固定ケージ130におけるポケット部133に対する正逆両方向の位相変化が許容されるようになっている。これにより、内輪110が正逆いずれの方向に回転された場合であっても、カム180が内輪110及び外輪120に対する噛み合いが開始されるように噛み合い待機状態に保持され、カムクラッチ100の動作モードが、カム180が正逆いずれの方向にもトルク伝達が可能な両方向同時伝達モードに保持される。
【0033】
ガイド溝部160が、第1位相変化許容部164が位相規制部163と第2位相変化許容部165との間に位置されるように、形成されていることにより、可動ケージ150の固定ケージ130に対する周方向の移動の自由度が段階的に制御されることとなるので、動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能となる。
【0034】
ピン部材140は、固定ケージ130の軸部131内面における隣接するポケット部群132間の一端側領域において、先端部がガイド溝部160に挿入されるよう径方向内方に向かって突設されている。
【0035】
また、上記のカムクラッチ100においては、可動ケージ150は、ピン部材140が第2位相変化許容部165に位置されるように可動ケージ150が軸方向に移動されたときに、可動ケージ150を内輪110と同期回転させる位相同期手段170を備えている。
【0036】
位相同期手段170は、例えば磁石により構成され、可動ケージ150を内輪110に対し磁気的に一体に接合させて内輪110の回転方向に応じて同期回転させるようになっている。本実施形態に係るカムクラッチ100においては、3つの柱状の磁石が周方向に等間隔に離間した位置において、可動ケージ150の端壁部154に一端面が露出状態で埋設されている。
【0037】
以下、上記のカムクラッチ100の動作について説明する。
先ず、
図10Aに示すように、可動ケージ150が、固定ケージ130に対し、ピン部材140がガイド溝部160における位相規制部163に位置される軸方向位置に固定されているときには、可動ケージ150の固定ケージ130に対する正逆両方向の相対移動が禁止され、可動ケージ150におけるポケット部153と固定ケージ130におけるポケット部133とが同位相に保持される。この状態においては、
図10Bに示すように、すべてのカム180が、内輪側係合面183が内輪110の軌道面111から離間した状態に維持される。従って、カムクラッチ100の動作モードは、内輪110と外輪120との間でのトルク伝達を遮断する両方向同時空転モードとされ、内輪110を正逆いずれの方向に回転させた場合であっても、内輪110が空転する。
【0038】
可動ケージ150を軸方向に移動させると、ピン部材140が第1連設部166に沿って移動されることで、可動ケージ150が固定ケージ130に対し正転方向に相対的に移動される。これにより、
図11Aに示すように、カム180の脚部部分182が可動ケージ150により押圧されカム180が正転方向への噛み合い方向に傾倒される。
図11Bに示すように、可動ケージ150を固定ケージ130に対してピン部材140がガイド溝部160における第1位相変化許容部164に位置される軸方向位置に固定すると、可動ケージ150におけるポケット部153の固定ケージ130におけるポケット部133に対する正転方向への位相変化が許容される状態に保持される。これにより、カム180が内輪110の正転方向の回転により内輪110及び外輪120に対し噛み合いを直ちに開始する噛み合い待機状態に保持され、カムクラッチ100の動作モードが、正転方向にトルクを伝達することが可能な一方向伝達モードに切り替えられる。
【0039】
また、可動ケージ150を軸方向に移動させて、
図12Aに示すように、可動ケージ150を固定ケージ130に対してピン部材140がガイド溝部160における第2位相変化許容部165に位置される軸方向位置に固定すると、可動ケージ150の固定ケージ130に対する正逆両方向の相対移動が許容される状態に保持される。このとき、可動ケージ150における位相同期手段170により可動ケージ150と内輪110とが磁気的に一体に接合される。この状態においては、内輪110が正転方向に回転すると、
図12Bに示すように、可動ケージ150が内輪110と一体に回転してカム180の脚部部分182を押圧する。これにより、カム180が正転方向への噛み合い方向に傾倒して内輪110及び外輪120と係合し、正転方向へのトルク伝達が行われる。一方、内輪110が逆転方向に回転すると、
図12Cに示すように、可動ケージ150が内輪110と一体に回転してカム180の脚部部分182を押圧する。これにより、カム180が逆転方向への噛み合い方向に傾倒して内輪110及び外輪120と係合し、逆転方向へのトルク伝達が行われる。このように、ピン部材140がガイド溝部160における第2位相変化許容部165に位置された状態とされることで、入力側の回転輪としての内輪110の回転方向に応じてカム180を能動的に傾倒させることが可能となり、カムクラッチ100の動作モードが、正逆両方向にトルクを伝達可能な両方向同時伝達モードに切り替えられる。
【0040】
而して、上記のカムクラッチ100によれば、可動ケージ150に設けられたガイド溝部160が位相規制部163、第1位相変化許容部164及び第2位相変化許容部165を含むよう構成することで、固定ケージ130に設けられたピン部材140の位置によって可動ケージ150の固定ケージ130に対する周方向の移動の自由度を制御することができるので、カムクラッチ100の動作モードを、両方向同時空転モード、一方向伝達モード及び両方向同時伝達モードの間で、切り替えることが可能となる。動作モードの切り替えに際しては、可動ケージ150を軸方向に移動させるだけで、カム180の姿勢制御及びカム180の姿勢保持が可能であるので、使用状況に応じた動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能であり、高い汎用性を得ることができる。
また、カム180が、中立姿勢において内輪110に接触しない状態とされると共に正逆いずれの方向に傾倒しても内輪110及び外輪120と係合するように構成されることで、すべてのカム180が同じ挙動を示すこととなるので、噛み込みが生ずることがない。このため、可動ケージ150を軸方向に移動させるための駆動源として大型のものを用いる必要がなくなり、省エネルギー化及び小型化を図ることが可能となる。
また、両方向同時空転モードにおいては、空転時に、すべてのカム180が内輪110または外輪120に接触しない状態とされて空転時のトルクを減少させることが可能となるので、カム180の内輪側係合面183及び外輪側係合面185、並びに内輪110の軌道面111及び外輪120の軌道面121を痛めるおそれがなく、長寿命化を図ることが可能となると共に、騒音を低減させることが可能となる。
さらにまた、個々のカム180が正逆両方向にトルクを伝達可能に構成されているため、カム180の搭載数を増やしてトルク容量を増加させることが可能である。
【0041】
以上においては、動作モードを、両方向同時空転モード、一方向伝達モード及び両方向同時伝達モードの3つの動作モードの間で、切り替え可能に構成されたカムクラッチについて説明したが、本発明に係るカムクラッチは、正転方向にトルク伝達可能な一方向伝達モード及び逆転方向にトルク伝達可能な一方向伝達モードの2つの一方向伝達モードを含む4つの動作モードの間で、動作モードを切り替え可能に構成することもできる。
【0042】
4つの動作モードに対応可能なカムクラッチは、例えば、
図13に示すように、ガイド溝部が軸部151外面における一端側領域及び他端側領域の各々に設けられ、一方のガイド溝部160aにおける第1位相変化許容部164及び他方のガイド溝部160bにおける第1位相変化許容部164が、可動ケージ150を固定ケージ130に対し互いに異なる方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持するように構成された可動ケージ150を用いることで実現することができる。このような可動ケージ150を用いる場合には、固定ケージ(
図13において二点鎖線で示す。)130は、第1ピン部材140a及び第2ピン部材140bが軸部131内面における一端側領域及び他端側領域の各々に設けられた構成とされる。
【0043】
このような可動ケージ150を備えたカムクラッチにおいては、動作モードが両方向同時空転モードにあるときには、
図14に示すように、第1ピン部材140a及び第2ピン部材140bは、それぞれ一方のガイド溝部160aにおける位相規制部163及び他方のガイド溝部160bにおける位相規制部163に位置された状態とされる。
【0044】
可動ケージ150を軸方向他端側(
図14において左方側)に向かって移動させたときには、第1ピン部材140aが一方のガイド溝部160aにおける第1連設部166に沿って移動されることで可動ケージ150が固定ケージ130に対して正転方向に相対的に移動され、これにより、カム180が傾倒される。可動ケージ150を固定ケージ130に対して第1ピン部材140aが一方のガイド溝部160aにおける第1位相変化許容部164に位置される軸方向位置に固定すると、可動ケージ150におけるポケット部153の固定ケージ130におけるポケット部133に対する正転方向への位相変化が許容される状態に保持され、これにより、カムクラッチ100の動作モードが、正転方向にトルクを伝達することが可能な一方向伝達モードに切り替えられる。なお、第2ピン部材140bは他方のガイド溝部160bから外れた状態とされる。
【0045】
一方、可動ケージ150を軸方向一端側(
図14において右方側)に向かって移動させたときには、第2ピン部材140bが他方のガイド溝部160bにおける第1連設部166に沿って移動されることで可動ケージ150が固定ケージ130に対して逆転方向に相対的に移動され、これにより、カム180が傾倒される。可動ケージ150を固定ケージ130に対して第2ピン部材140bが他方のガイド溝部160bにおける第1位相変化許容部164に位置される軸方向位置に固定すると、可動ケージ150におけるポケット部153の固定ケージ130におけるポケット部133に対する逆転方向への位相変化が許容される状態に保持され、これにより、カムクラッチ100の動作モードが、逆転方向にトルクを伝達することが可能な一方向伝達モードに切り替えられる。なお、第1ピン部材140aは一方のガイド溝部160aから外れた状態とされる。
【0046】
この可動ケージ150においては、一方のガイド溝部160a及び他方のガイド溝部160bの各々が、第2位相変化許容部165を備えており、正転方向にトルク伝達可能な一方向伝達モードから両方向同時伝達モードへの動作モードの切り替え、もしくは、逆転方向にトルク伝達可能な一方向伝達モードから両方向同時伝達モードへの動作モードの切り替えを円滑に行うことが可能となっている。
【0047】
また、ガイド溝部が、可動ケージ150をピン部材140が第1位相変化許容部164に位置されたときの可動ケージ150の移動方向と反対方向に所定範囲内で移動可能な状態に保持可能に構成された第3位相変化許容部をさらに含む構成とされることでも、4つの動作モードに対応可能なカムクラッチを実現することが可能である。
第3位相変化許容部168は、例えば
図15Aに示すように、第2位相変化許容部165の一端側に連続するようよう形成されても、例えば
図15Bに示すように、位相規制部163の他端側に連続するよう形成されても、いずれの構成であってもよい。
【0048】
以上、本発明の実施形態を詳述したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明を逸脱することなく種々の設計変更を行なうことが可能である。
例えば、上記実施形態においては、内輪を入力側の回転輪、外輪を出力側の回転輪として構成したものを例に挙げて説明したが、内輪を出力側の回転輪、外輪を出力側の回転輪として構成してもよい。従って、カムは、中立姿勢において外輪から離間するように構成されたものであってもよく、また、カムは、中立姿勢において内輪及び外輪から離間するように構成されたものであってもよい。さらに、内輪側に位置されるケージを固定ケージとし、外輪側に位置されるケージを可動ケージとし、位相同期手段としての磁石を外輪側のケージに設けた構成としてもよい。
また、上記実施形態においては、ピン部材を固定ケージに設け、ガイド溝部を可動ケージに設けた構成について説明したが、固定ケージの軸部の内面にガイド溝部を設け、可動ケージの外面に径方向外方に向かって突設するピン部材を設けた構成としてもよい。
さらにまた、位相同期手段は、可動ケージを内輪と同期回転させることができるよう構成されていれば、可動ケージを内輪と磁気的に接合する磁石に限定されるものではなく、例えば摩擦板やバネなどにより構成してもよい。
さらにまた、カムの形状は、正逆いずれの方向にも噛み合い可能に構成されていれば、左右対称形状に構成されている必要はない。
さらにまた、固定ケージ及び可動ケージにおけるポケット部の配列は、上記実施形態に係るものに限定されず、搭載するカムの数(トルク容量)に応じて適宜変更可能である。
さらにまた、付勢手段は、複数のカムの各々を外輪に向けて付勢する弾性体であれば特に限定されるものではなく、複数の板バネまたは複数のねじりバネなどにより構成されていてもよい。
【符号の説明】
【0049】
100 ・・・ カムクラッチ
110 ・・・ 内輪
111 ・・・ 軌道面
120 ・・・ 外輪
121 ・・・ 軌道面
125 ・・・ 固定用ネジ
130 ・・・ 固定ケージ
131 ・・・ 軸部
132 ・・・ ポケット部群
133 ・・・ ポケット部
135 ・・・ 外方フランジ部
136 ・・・ ネジ装着孔
140 ・・・ ピン部材
140a ・・・ 第1ピン部材
140b ・・・ 第2ピン部材
150 ・・・ 可動ケージ
151 ・・・ 軸部
152 ・・・ ポケット部群
153 ・・・ ポケット部
154 ・・・ 端壁部
155 ・・・ 外方フランジ部
160 ・・・ ガイド溝部
160a ・・・ 一方のガイド溝部
160b ・・・ 他方のガイド溝部
161 ・・・ マウント部
162 ・・・ ガイド溝
163 ・・・ 位相規制部
164 ・・・ 第1位相変化許容部
165 ・・・ 第2位相変化許容部
166 ・・・ 第1連設部
167 ・・・ 第2連設部
168 ・・・ 第3位相変化許容部
170 ・・・ 位相同期手段
180 ・・・ カム
181 ・・・ くびれ部
182 ・・・ 脚部部分
183 ・・・ 内輪側係合面
184 ・・・ 頭部部分
185 ・・・ 外輪側係合面
186 ・・・ ガータースプリング装着溝
190 ・・・ 付勢手段