(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024089623
(43)【公開日】2024-07-03
(54)【発明の名称】予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法、学習済みモデル生成方法、物性推定方法、予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラム、学習済みモデル生成プログラムおよび物性推定プログラム
(51)【国際特許分類】
G16C 60/00 20190101AFI20240626BHJP
【FI】
G16C60/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023183184
(22)【出願日】2023-10-25
(31)【優先権主張番号】P 2022204864
(32)【優先日】2022-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北畑 雅弘
(72)【発明者】
【氏名】山本 海
(72)【発明者】
【氏名】吉元 健治
(57)【要約】
【課題】転移学習によって目的物性を高精度に推定する学習済みモデルを得ることができる予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法、学習済みモデル生成方法、物性推定方法、予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラム、学習済みモデル生成プログラムおよび物性推定プログラムを提供すること。
【解決手段】本発明に係る予備学習済みモデル用の学習用データの生成方法は、分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、記述子および高分子物性群を説明変数、中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータが、目的物性を推定する学習済みモデルのための予備学習済みモデルの生成に用いる予備学習用データを生成する予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法であって、
分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、
分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、
マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、
を含む予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法。
【請求項2】
前記中間物性は、前記目的物性と相関を有する物性である、
請求項1に記載の学習用データ生成方法。
【請求項3】
前記高分子物性群算出ステップは、高分子凝集構造、結晶構造または高分子溶液構造、および力場パラメータをインプットし、水素原子を含むすべての原子を相互作用点とする全原子モデルまたは炭化水素における水素を暗黙的に扱うユナイテッドアトムモデルを用いた前記分子動力学法によって計算して得られる高分子物性を含む高分子物性群を算出する、
請求項1に記載の学習用データ生成方法。
【請求項4】
前記中間物性算出ステップは、前記マルチスケールシミュレーションによって前記中間物性を算出し、
前記予備学習用データ生成ステップは、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する、
請求項1に記載の学習用データ生成方法。
【請求項5】
前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって前記中間物性を算出し、
前記予備学習用データ生成ステップは、前記記述子、および、前記分子動力学法によって算出された物性のうち、前記中間物性以外の物性からなる前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する、
請求項1に記載の学習用データ生成方法。
【請求項6】
コンピュータが、目的物性を推定するため学習済みモデルを生成する学習済みモデル生成方法であって、
分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、
分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、
マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、
前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、
を含む学習済みモデル生成方法。
【請求項7】
前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、
前記転移学習ステップは、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、
転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する、
請求項6に記載の学習済みモデル生成方法。
【請求項8】
コンピュータが、学習済みモデルを用いて高分子の目的物性を推定する物性推定方法であって、
分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、
分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、
マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、
前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、
前記高分子の構造および組成を前記学習済みモデルに入力することによって、前記目的物性を取得する物性取得ステップと、
を含む物性推定方法。
【請求項9】
前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、
前記転移学習ステップは、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、
転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する、
請求項8に記載の物性推定方法。
【請求項10】
コンピュータに、目的物性を推定する学習済みモデルのための予備学習済みモデルの生成に用いる予備学習用データを生成する予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラムであって、
分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、
化学構造等に基づく記述子を作成する記述子作成ステップと、
マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、
を前記コンピュータに実行させる予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラム。
【請求項11】
コンピュータに、目的物性を推定するため学習済みモデルを生成させる学習済みモデル生成方法であって、
分子動力学法によって算出された高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、
化学構造等に基づく記述子を作成する記述子作成ステップと、
マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、
前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、
を前記コンピュータに実行させる学習済みモデル生成プログラム。
【請求項12】
前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、
前記転移学習ステップは、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、
転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する、
請求項11に記載の学習済みモデル生成プログラム。
【請求項13】
コンピュータに、学習済みモデルを用いて高分子の目的物性を推定させる物性推定方法であって、
分子動力学法によって算出された高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、
分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、
マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、
前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、
前記高分子の構造および組成を前記学習済みモデルに入力することによって、前記目的物性を取得する物性取得ステップと、
を前記コンピュータに実行させる物性推定プログラム。
【請求項14】
前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、
前記転移学習ステップは、
前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、
転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する、
請求項13に記載の物性推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法、学習済みモデル生成方法、物性推定方法、予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラム、学習済みモデル生成プログラムおよび物性推定プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、高分子の製造における、多岐にわたる原料あるいは製造条件の組み合わせから、所望の物性を有する組み合わせを推定する技術として、既知の組成や物性から組成物の物性情報を推定する技術が知られている。この際、推定には、既知の組成や物性を用いて学習することによって生成される学習済みモデルが用いられる。一方、既知の測定値等を有しない物性については、代理のターゲット物性(中間物性)を用いて予備学習済みモデルを生成した後、この予備学習済みモデルを転移学習させて物性を推定する学習済みモデルを用いることが知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、転移学習には目的の物性と相関がある大量の中間物性データが必要であるが、特に高分子は物性によっては中間物性データが少なく、そのデータを用意するのが困難な場合があった。また、学習する際の入力データ(説明変数)として化学構造や材料設計パラメータだけでは予測精度が低くなる場合があった。
【0005】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、転移学習によって目的物性を高精度に推定する学習済みモデルを得ることができる予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法、学習済みモデル生成方法、物性推定方法、予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラム、学習済みモデル生成プログラムおよび物性推定プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法は、コンピュータが、目的物性を推定する学習済みモデルのための予備学習済みモデルの生成に用いる予備学習用データを生成する予備学習済みモデル用の学習用データ生成方法であって、分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、を含む。
【0007】
また、本発明に係る学習用データ生成方法は、上記発明において、前記中間物性は、前記目的物性と相関を有する物性である。
【0008】
また、本発明に係る学習用データ生成方法は、上記発明において、前記高分子物性群算出ステップは、高分子凝集構造、結晶構造または高分子溶液構造、および力場パラメータをインプットし、水素原子を含むすべての原子を相互作用点とする全原子モデルまたは炭化水素における水素を暗黙的に扱うユナイテッドアトムモデルを用いた前記分子動力学法によって計算して得られる高分子物性を含む高分子物性群を算出する。
【0009】
また、本発明に係る学習用データ生成方法は、上記発明において、前記中間物性算出ステップは、前記マルチスケールシミュレーションによって前記中間物性を算出し、前記予備学習用データ生成ステップは、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する。
【0010】
また、本発明に係る学習用データ生成方法は、上記発明において、前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって前記中間物性を算出し、前記予備学習用データ生成ステップは、前記記述子、および、前記分子動力学法によって算出された物性のうち、前記中間物性以外の物性からなる前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する。
【0011】
また、本発明に係る学習済みモデル生成方法は、コンピュータが、目的物性を推定するため学習済みモデルを生成する学習済みモデル生成方法であって、分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、を含む。
【0012】
また、本発明に係る学習済みモデル生成方法は、上記発明において、前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、前記転移学習ステップは、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する。
【0013】
また、本発明に係る物性推定方法は、コンピュータが、学習済みモデルを用いて高分子の目的物性を推定する物性推定方法であって、分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、前記高分子の構造および組成を前記学習済みモデルに入力することによって、前記目的物性を取得する物性取得ステップと、を含む。
【0014】
また、本発明に係る物性推定方法は、上記発明において、前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、前記転移学習ステップは、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する。
【0015】
また、本発明に係る予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラムは、コンピュータに、目的物性を推定する学習済みモデルのための予備学習済みモデルの生成に用いる予備学習用データを生成する予備学習済みモデル用の学習用データ生成プログラムであって、分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、を前記コンピュータに実行させる。
【0016】
また、本発明に係る学習済みモデル生成プログラムは、コンピュータに、目的物性を推定するため学習済みモデルを生成させる学習済みモデル生成方法であって、分子動力学法によって高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、を前記コンピュータに実行させる。
【0017】
また、本発明に係る学習済みモデル生成プログラムは、上記発明において、前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、前記転移学習ステップは、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する。
【0018】
また、本発明に係る物性推定プログラムは、コンピュータに、学習済みモデルを用いて高分子の目的物性を推定させる物性推定方法であって、分子動力学法によって算出された高分子物性群を算出する高分子物性群算出ステップと、分子の情報を数値化した記述子を作成する記述子作成ステップと、マルチスケールシミュレーションまたは分子動力学法によって中間物性を算出する中間物性算出ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記中間物性を目的変数とする予備学習済みモデル用の学習用データを生成する予備学習用データ生成ステップと、前記予備学習済みモデル用の学習用データを学習して予備学習済みモデルを生成する予備学習ステップと、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する転移学習ステップと、前記高分子の構造および組成を前記学習済みモデルに入力することによって、前記目的物性を取得する物性取得ステップと、を前記コンピュータに実行させる。
【0019】
また、本発明に係る物性推定プログラムは、上記発明において、前記中間物性算出ステップは、前記分子動力学法によって中間物性を算出し、前記転移学習ステップは、前記記述子および前記高分子物性群を説明変数、前記目的物性を目的変数とする学習用データと前記予備学習済みモデルを用いて転移学習して学習済みモデルを仮生成した後、転移学習によって生成されたニューラルネットワークにおけるベクトル列に、前記マルチスケールシミュレーションによって算出されたドメイン物性を追加して学習済みモデルを生成する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、転移学習によって目的物性を高精度に推定する学習済みモデルを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムの概略構成を示す図である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムが備える学習装置の構成を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムが備える推定装置の構成を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムが行う推定処理の流れを説明するための図である。
【
図5】
図5は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムが行う推定処理の概要を示すフローチャートである。
【
図6】
図6は、本発明の実施形態1に係る学習装置が行う学習処理を説明するためのフローチャートである。
【
図7】
図7は、マルチスケールシミュレーションについて説明するための図(その1)である。
【
図8】
図8は、マルチスケールシミュレーションについて説明するための図(その2)である。
【
図9】
図9は、本発明の実施形態2に係る学習装置が行う学習処理を説明するためのフローチャートである。
【
図10】
図10は、本発明の実施形態3に係る学習装置が行う学習処理を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明に係る物性値推定システムの実施形態を、図面に基づいて、詳細に説明する。なお、この実施形態により本発明が限定されるものではない。また、本発明の個々の実施形態は、独立したものではなく、それぞれ組み合わせて適宜実施することができる。
【0023】
(実施の形態1)
[システム構成]
図1は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムの概略構成を示す図である。これらの図に示す物性値推定システム1は、学習用データを生成し、該生成した学習用データを用いて予備学習して予備学習済みモデルを生成し、該予備学習モデルを転移学習して学習済みモデルを生成する学習装置2と、学習装置2が生成した学習済みモデルを用いて、推定対象の高分子の物性値を推定する推定装置3と、推定装置3の推定結果を含む情報を表示する表示装置4と、入力装置5とを備える。
【0024】
推定装置3が推定する物性値は、複数の原料、その配合比率や、他の種別の物性値に基づいて推定される。推定装置3は、例えば、高分子の構造および組成を組とする入力データを、学習済みモデルに入力し、出力された値を推定される物性値とする。この際、学習済みモデルから出力された値に変換処理等を施して、推定値を得る場合もある。
【0025】
学習装置2は、推定装置3と電気的に接続されている。学習装置2は、学習用データを用いた学習によって学習済みモデルを生成して出力する。
図2は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムが備える学習装置の構成を示すブロック図である。学習装置2は、学習用データ生成部21、学習部22、制御部23および記憶部24を有する。なお、本実施の形態1では、少なくとも学習用データ生成部21および記憶部24によって学習用データ生成装置が構成される。
【0026】
学習用データ生成部21は、記憶部24に記憶されているデータや、外部から取得したデータを読み出し、このデータを用いて学習用データを生成する。学習用データは、例えば、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータ、および、全原子モデルまたはユナイテッドアトムモデルを用いた分子動力学(Molecular Dynamics:MD)法によってシミュレーションされた高分子物性と、目的変数とする物性とを組とするデータセットを生成し、これを学習用データとする。このデータセットは、学習における教師データに相当する。なお、物性は、構造パラメータ、機械的物性、物理的物性および化学的物性のいずれかである。
【0027】
ここで、化学構造等に基づく記述子は、分子の情報を数値化したものである。具体的には、記述子は、分子に含まれる部分構造の数や、分子の特性などの特徴を数字に変換したものであり、例えば分子フィンガープリントである。
材料設計パラメータは、分子量、組成等を示すパラメータである。
全原子モデルまたはユナイテッドアトムモデルを用いたMD法による高分子物性は、高分子モノマー・溶媒ライブラリを参照して高分子凝集構造、結晶構造または高分子溶液構造、および力場パラメータをインプットし、水素原子を含むすべての原子を相互作用点とする全原子モデルまたは炭化水素における水素を暗黙的に扱うユナイテッドアトムモデルを用いたMD法によって計算して得られる高分子物性群を含む。高分子物性群は、高分子構造に由来する特性、機械特性、熱特性および電気特性を含む。具体的には、密度、比容積、屈折率、定積比熱、定圧比熱、熱伝導率、圧縮率、膨張率、比誘電率、誘電損失、誘電正接、自由体積、凝集エネルギー密度、末端間距離、慣性半径、絡み合い分子量、拡散係数、弾性率、表面張力、表面自由エネルギー、ヤング率などが例示される。この高分子物性群は、MDシミュレーション高分子物性データベースとして、記憶部24に記憶される。以下、全原子モデルまたはユナイテッドアトムモデルを用いたMD法による高分子物性を、「MDシミュレーション高分子物性」という。ここで、MD法は、分子の運動を古典力学で記述し、系の平衡構造や動的過程を解析するシミュレーション方法である。なお、MD法は、公知の手法を採用することができる。
【0028】
学習部22は、学習用データ生成部21が生成した学習用データを用いて学習を行って学習済みモデルを生成する。学習部22は、予備学習部221と、転移学習部222とを有する。ここで、学習済みモデルは、入力層、中間層および出力層からなり、各層が一または複数のノードを有する多層ニューラルネットワークである。学習済みモデルは、学習を行うことによって生成されたものである。学習済みモデルにおけるネットワークパラメータ等の情報は、記憶部24に格納されている。ネットワークパラメータには、ニューラルネットワークの層間の重みやバイアスに関する情報が含まれる。
【0029】
学習部22が行う学習は、公知の学習方法を採用することができる。例えば、正則化を用いた学習によって学習済みモデルを生成する場合、回帰モデルのハイパーパラメータの候補値を複数与え、与えられたハイパーパラメータの候補値のそれぞれに対して学習を実行する。その後、各候補値によって学習して得たモデルに対し、学習用データを用いて、交差検証またはホールドアウト検証による予測誤差を算出し、最小の予測誤差を与える回帰モデルを選択する。選択された回帰モデルが、学習済みモデルとして出力される。なお、ここでいうハイパーパラメータは、例えばニューラルネットワークの層の数や、正則化の係数である。
【0030】
予備学習部221は、推定対象の物性とは異なり、かつ相関を有する物性(中間物性)を推定する予備学習済みモデルを生成する。予備学習部221は、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、中間物性とを組とする教師データを用いて予備学習して予備学習済みモデルを生成する。
【0031】
転移学習部222は、予備学習済みモデルに対し、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、推定対象の物性とを組とする教師データを用いて転移学習して学習済みモデルを生成する。この際、推定対象の物性の教師データは、中間物性の教師データと比して少数である。
【0032】
制御部23は、学習装置2の動作を統括して制御する。
【0033】
記憶部24は、学習装置2を動作させるための各種プログラム、および学習装置2の動作に必要な各種パラメータ等を含むデータを記憶する。各種プログラムには、学習済みモデルを生成するための学習用データを生成する学習用データ生成プログラム、学習用データを用いて学習して学習済みモデルを生成する学習済みモデル生成プログラムも含まれる。また、記憶部24は、学習用データとして用いる複数のデータセットを記憶するデータセット記憶部241を有する。本実施の形態1では、予備学習に用いるデータセット、および転移学習に用いるデータセットを記憶する。
【0034】
記憶部24は、各種プログラム等があらかじめインストールしたROM(Read Only Memory)、および各処理の演算パラメータやデータ等を記憶するRAM(Random Access Memory)、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)等を用いて構成される。
【0035】
各種プログラムは、HDD、フラッシュメモリ、CD-ROM、DVD-ROM、Blu-ray(登録商標)等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して広く流通させることも可能である。また、学習装置2が、通信ネットワークを介して各種プログラム取得することも可能である。ここでいう通信ネットワークは、例えば既存の公衆回線網、LAN(Local Area Network)、WAN(Wide Area Network)等を用いて構成されるものであり、有線、無線を問わない。
【0036】
以上の機能構成を有する学習装置2は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)等の1または複数のハードウェアを用いて構成されるコンピュータである。
【0037】
推定装置3は、学習装置2および表示装置4と電気的に接続されている。推定装置3は、推定対象の高分子の構造および組成と、学習装置2から取得した学習済みモデルとを用いて、推定対象の高分子の物性(推定値)を含む推定結果を出力する。
図3は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムが備える推定装置の構成を示すブロック図である。推定装置3は、算出部31、制御部32および記憶部33を有する。
【0038】
算出部31は、入力装置5から取得した、推定対象の高分子の構造および組成から学習済みモデルの生成に使った化学構造等に基づく記述子とMDシミュレーション高分子物性群、材料設計パラメータを算出する。さらに、これらのデータと学習装置2から取得した、学習済みモデルとを用いて推定される目的物性の推定値を算出する。なお化学構造等に基づく記述子、MDシミュレーション高分子物性群、材料設計パラメータは、学習用データ生成部21と同じ処理で算出される。
【0039】
図4は、本発明の実施形態1に係る物性値推定システムが行う推定処理の流れを説明するための図である。まず、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、中間物性とを組とする教師データIP1を用いて予備学習して予備学習済みモデル100を生成する。その後、予備学習済みモデル100に対し、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性群と、推定対象の物性とを組とする教師データIP2を用いて転移学習して学習済みモデル110を生成する。算出部31は、この学習済みモデル110に推定対象の高分子の構造および組成を含む推定高分子データとして、推定対象の化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性群を含む推定高分子データIP3を入力して、目的物性の推定物性値OPを算出する。
【0040】
制御部32は、推定装置3の動作を統括して制御する。制御部32は、算出部31の算出結果(推定結果)を表示装置4に表示させる表示制御部321を有する。表示制御部321は、推定結果に加えて、推定対象の高分子の情報(構造や、組成等)を表示装置4に表示させてもよい。
【0041】
記憶部33は、推定装置3を動作させるための各種プログラム、および推定装置3の動作に必要な各種パラメータ等を含むデータを記憶する。各種プログラムには、学習済みモデルを用いて実行される物性値推定プログラムも含まれる。記憶部33は、各種プログラム等があらかじめインストールしたROM、および各処理の演算パラメータやデータ等を記憶するRAM、HDD、SSD等を用いて構成される。
【0042】
各種プログラムは、HDD、フラッシュメモリ、CD-ROM、DVD-ROM、Blu-ray(登録商標)等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して広く流通させることも可能である。また、推定装置3が、通信ネットワークを介して各種プログラム取得することも可能である。ここでいう通信ネットワークは、例えば既存の公衆回線網、LAN、WAN等を用いて構成されるものであり、有線、無線を問わない。
【0043】
以上の機能構成を有する推定装置3は、CPU、GPU、ASIC、FPGA等の1または複数のハードウェアを用いて構成されるコンピュータである。
【0044】
表示装置4は、液晶や有機EL(Electro Luminescence)などからなるディスプレイであり、推定装置3と電気的に接続されている。表示装置4は、表示制御部321の制御のもとで推定装置3から出力される表示用データを取得して表示する。なお、表示装置4がスピーカ等の音声出力機能を有してもよい。
【0045】
入力装置5は、物性値を推定する処理に関する設定等の情報を含む各種情報の入力を受け付け、受け付けた情報を学習装置2および推定装置3に出力する。入力装置5は、キーボード、マウス、マイク、タッチパネル等のユーザインタフェースを用いて構成される。
【0046】
[推定処理]
図5は、物性値推定システムが行う推定処理の概要を示すフローチャートである。
図5に示す推定処理は、ドメイン知識によって、目的物性に対する中間物性が分かっていることを前提とするものである。ここで、中間物性は、目的変数との相関がある物性が選択される。例えば、中間物性は、目的物性との相関係数が高いものが選択される。
中間物性としては、例えば高分子溶液の密度や、溶液中における高分子の慣性半径、上記高分子の自己拡散係数などが考えられる。
【0047】
まず、学習装置2は、入力装置5を介して推定条件を取得する(ステップS1)。ここで入力される推定条件とは、推定対象とする高分子の物性(目的物性)、および中間物性である。
【0048】
学習装置2は、入力装置5を介して入力された推定条件に基づいて学習処理を実行する(ステップS2)。
図6は、本発明の実施形態1に係る学習装置が行う学習処理を説明するためのフローチャートである。
【0049】
まず、学習用データ生成部21は、MD法によってシミュレーションを行うための高分子物性群を算出する(ステップS11)。学習用データ生成部21は、高分子モノマー・溶媒ライブラリを参照して高分子凝集構造、結晶構造または高分子溶液構造を算出し、対応する力場パラメータを割り当てる。
【0050】
その後、学習用データ生成部21は、MD法によるシミュレーションを行い、得られた高分子物性群からMDシミュレーション高分子物性データベース(DB)を構築する(ステップS12)。
【0051】
また、学習用データ生成部21は、学習用データとする高分子の化学構造等に基づく記述子を作成する(ステップS13)。また、学習用データ生成部21は、記憶部24を参照して、学習用データとする高分子に関する材料設計パラメータを取得する。
なお、ステップS11およびS12と、ステップS13とは、処理の実行順が逆であってもよいし、同時に処理を実行してもよい。
【0052】
その後、学習用データ生成部21は、中間物性に応じたマルチスケールシミュレーション(MS)法を選択する(ステップS14)。MS法としては、例えば、粘弾性シミュレーション、相分離シミュレーション等が挙げられる。学習用データ生成部21は、例えば、記憶部24を参照して、中間物性に応じたMS法を選択する。学習用データ生成部21は、例えばドメイン知識に基づいてMS法を選択する。
【0053】
学習用データ生成部21は、選択されたMS法を用いて中間物性を算出する(ステップS15)。
その後、学習用データ生成部21が、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、物性とを組とする学習用データを、中間物性および目的物性にそれぞれについて生成する。ステップS11~S15によって予備学習済みモデル用の学習用データが生成される。
なお、このMS法による中間物性は、外部装置によって算出された値を用いてもよい。
【0054】
その後、予備学習部221が、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、中間物性とを組とする学習用データを用いて学習することによって予備学習済みデータを生成する(ステップS16)。
【0055】
そして、転移学習部222が、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、目的物性とを組とする学習用データと、予備学習済みモデルとを用いて転移学習することによって学習済みデータを生成する(ステップS17)。
【0056】
このようにして、中間物性をもとに生成された予備学習済みモデルを転移学習して学習済みモデルが生成される。
【0057】
図5に戻り、推定装置3において、推定対象のポリマー組成物の製造条件における物性値を推定する。算出部31は、学習装置2が生成した学習済みモデルを用いて、推定対象のポリマー組成物の製造条件の物性値(推定値)を算出する(ステップS3)。
【0058】
その後、表示制御部321は、算出部31による推定結果を表示装置4に出力し、該表示装置4に推定結果を表示させる表示制御を行う(ステップS4)。この際、表示装置4は、推定結果とともに、推定対象の高分子の情報等を表示する。
【0059】
[マルチスケールシミュレーション]
続いて、マルチスケールシミュレーションについて、
図7および
図8を参照して説明する。
図7および
図8は、マルチスケールシミュレーションについて説明するための図である。
【0060】
〔相分離マルチスケールシミュレーション〕
図7および
図8を参照して、相分離マルチスケールシミュレーションについて説明する。例えば、非溶媒有機相分離(Nonsolvent Induced Phase Separation:NIPS)法によって高分子の孔径を制御するには、ナノメートル(nm)スケールからマイクロメートル(μm)スケール(メソスケール)に及ぶ相分離ドメインサイズと、分子スケールの化学描像との各スケールの物性を把握することが必要である。この際、例えば、
図7の(a)に示す分子スケールにおいて、MD法(例えば粗視化MD法)によってある化学描像G
MDにおける原子位置の変化を計算する。一方、
図7の(b)に示すメソスケールにおいては、高分子鎖1本づつを粒子の集合体として表現するのではなく、局所体積に含まれる粒子の密度を変数とみなし、その密度分布の時間変化をシミュレーションすることによって、相分離描像G
PSを計算する。このメソスケールのモデルとしては、Phase-Fieldモデルや、動的自己無撞着場理論(Dynamic Self-Consistent Field Theory)、Theoretically Informed Coarse-Grainedモデル等がある。この際、分子スケールのシミュレーションによる動的挙動解析(例:拡散)、混合自由エネルギー、変形および応力の関係などに基づいて粗視化パラメータが算出され、この粗視化パラメータに基づいてメソスケールのシミュレーションを実行するような、各スケールのシミュレーションを連携させることによって、マルチスケールシミュレーションが行われる。
【0061】
連携の方法には様々な様式があるが、一例としては、全原子分子動力学法によって得られる混合自由エネルギーから濃度依存相互作用パラメータを、高分子および溶媒の拡散係数から各成分の濃度依存易動度を算出し、これらを相分離シミュレーションに適用し、濃度の時間発展を算出する(
図8参照)。濃度の時間発展は、∇・{濃度依存易動度×化学ポテンシャル勾配}などによって表される。化学ポテンシャルは、濃度依存相互作用パラメータを含む自由エネルギーを汎関数微分することで求められる。すなわち、全原子分子動力学法から与えられるパラメータに基づいて化学ポテンシャルを計算することによって、相分離シミュレーションが実行される。なお、濃度依存相互作用パラメータと濃度依存易動度の算出には、公知の手法を採用することができ、例えば相互作用パラメータは非特許文献1(T.Taddese et al.J.Chem. Phys.2019,150,184505.)、易動度は非特許文献2(M.R.Cervellere et al.J.Memb.Sci.2021,619,118779.)に示される方法がある。
【0062】
〔粘弾性マルチスケールシミュレーション〕
粘弾性マルチスケールシミュレーションについて説明する。高分子は、粘性および弾性を併せ持つ粘弾性を有する。粘弾性の1つに緩和弾性率G(t)があり、歪みγを固定し、応力の時間変化σ(t)を測定することで、下式(1)から求められる。
G(t)=σ(t)/γ ・・・(1)
例えば、高分子溶融体の場合、短時間スケールでは固体のような硬さを示すが、長時間スケールでは、ゴムのように柔らかくなり、最終的には液体のように流動する。粘弾性マルチスケールシミュレーションは、短時間(例:ナノ秒)スケールから長時間(例:ミリ秒)スケールで発現する種々の高分子の緩和挙動を再現するために、時間方向をメインにスケールを拡張するものである。
【0063】
ここで、数桁にも及ぶ広い時間スケールでの緩和挙動をシミュレーションする手法として、例えば非特許文献3(A.F.Behbahani et al. Macromolecules 2021,54,2740-2762)のように異なる時間スケールを持つシミュレーションを組合せる手法がある。非特許文献3の方法では、非常に短い時間の緩和には原子レベルのMDシミュレーション、非常に長時間の緩和には現象論モデルの一種であるSlip-Springシミュレーションを用い、その中間に当たる時間の緩和には粗視化MDシミュレーションにより緩和弾性率G(t)を算出する。ここで緩和弾性率G(t)の算出には公知の方法を採用できるが、Green-Kubo式から算出する方法が好適に用いられる。原子モデルを粗視化粒子モデルに変換する方法は、公知の方法を採用できるが、例えば高分子の繰り返し単位を一つの粗視化粒子にまとめ、その粒子間の相互作用力場をIBI(Iterative Boltzmann inversion)法やForce-matching法により構築する手法などを用いることができる。さらに、粗視化MDシミュレーションにより、Slip-Springモデルのパラメータが算出される。
【0064】
ドメイン知識として目的物性に対する中間物性が分かっている場合、これらの例に示すように、マルチスケールシミュレーションの方法を選択することができる。例えば、目的物性に対する中間物性と、その算出方法とを、予め記憶部24に記憶させておいてもよいし、中間物性とMS法との対応関係のリストを表示装置4に表示させ、ユーザに選択させてもよい。
【0065】
以上説明した実施の形態1では、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、MS法によって算出された中間物性とを組とする学習用データを用いて学習することによって予備学習済みデータを生成し、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、目的物性とを組とする学習用データ、および予備学習済みデータを用いて転移学習することによって学習済みデータとするようにした。本実施の形態1によれば、学習済みモデルの生成において、MD法によるシミュレーションによって算出された高分子物性(MDシミュレーション高分子物性)を説明変数とするとともに、MS法を用いて算出された中間物性を目的変数とし、学習用データを充実させたうえで予備学習用データおよび転移学習による学習済みデータが生成されるため、転移学習によって目的物性を高精度に推定する学習済みモデルを得ることができる。
【0066】
また、本実施の形態1では、一般的に目的物性となるマクロスケールの物性に、より近いスケールで中間物性を算出可能なMS法を用いることで、目的物性の転移学習のための予備学習済みモデルの生成において、予測精度を確保するために十分かつ高精度な中間物性のデータを得ることができる。
【0067】
なお、本実施の形態1において、中間物性について、試験等によって予め測定された実測値を含むようにしてもよい。
【0068】
(実施の形態2)
次に、本発明の実施の形態2について説明する。実施の形態2に係る物性値推定システムは、実施の形態1に係る物性値推定システム1の構成要素と同様であるため、説明は省略する。なお、本実施の形態2では、学習処理において、目的物性に対する最適な中間物性が不明であるものとして説明する。以下、実施の形態1とは異なる処理(学習処理)について説明する。
【0069】
[学習処理]
図9は、本発明の実施形態2に係る学習装置が行う学習処理を説明するためのフローチャートである。本実施の形態2では、学習用データ生成部21は、実施の形態1のステップS11~S23と同様に、高分子物性群を算出し、MDシミュレーション高分子物性データベースを構築するとともに、学習用データとする高分子の化学構造等に基づく記述子を作成する(ステップS21~S23)。また、学習用データ生成部21は、記憶部24を参照して、学習用データとする高分子に関する材料設計パラメータを取得する。
【0070】
その後、制御部23は、中間物性を選択する(ステップS24)。制御部23は、入力装置等によって入力された指示信号、または記憶部24を参照して抽出した情報に基づいて、中間物性を選択する。この際、例えば、目的物性に対する中間物性を、予め記憶部24に記憶させておいてもよいし、目的物性と中間物性との対応関係のリストを表示装置4に表示させ、ユーザに選択させてもよい。また、MDシミュレーション高分子物性データベースと目的物性との相関係数を算出し、高い値を示す物性を中間物性に採用してもよい。
【0071】
学習用データ生成部21は、選択した中間物性を取得する(ステップS25)。学習用データ生成部21は、MD法によって算出するか、または記憶部24を参照してMDシミュレーション高分子物性データベースから中間物性を呼び出す。
【0072】
学習用データ生成部21は、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、物性とを組とする学習用データを、中間物性および目的物性にそれぞれについて生成する。ステップS21~S24によって学習用データが生成される。この際、MD法によって算出された物性のうち、中間物性は目的変数とし、中間物性以外の物性は説明変数として用いられる。
なお、このMD法による中間物性は、外部装置によって算出された値、外部の公的・商用データベースの値、文献で報告されている値を用いてもよい。
【0073】
その後、予備学習部221が、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、中間物性とを組とする学習用データを用いて学習することによって予備学習済みデータを生成する(ステップS26)。
【0074】
そして、転移学習部222が、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、目的物性とを組とする学習用データと、予備学習済みモデルとを用いて転移学習することによって学習済みデータを生成する(ステップS27)。
【0075】
このようにして、中間物性をもとに生成された予備学習済みモデルを転移学習して学習済みモデルが生成される。
【0076】
以上説明した実施の形態2では、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、MD法によって算出された中間物性とを組とする学習用データを用いて学習した予備学習済みデータを用いて転移学習することによって学習済みデータを得るようにしたので、実施の形態1と同様に、転移学習によって目的物性を高精度に推定する学習済みモデルを得ることができる。
【0077】
(実施の形態3)
次に、本発明の実施の形態3について説明する。実施の形態3に係る物性値推定システムは、実施の形態1に係る物性値推定システム1の構成要素と同様であるため、説明は省略する。なお、本実施の形態3では、学習処理において、目的物性に対する最適な中間物性が不明であるものとして説明する。以下、実施の形態1、2とは異なる処理(学習処理)について説明する。
【0078】
[学習処理]
図10は、本発明の実施形態3に係る学習装置が行う学習処理を説明するためのフローチャートである。本実施の形態3では、学習装置2は、実施の形態2のステップS21~S26と同様に、高分子物性群を算出し、MDシミュレーション高分子物性データベースを構築するとともに、学習用データとする高分子の化学構造等に基づく記述子を作成し、中間物性を取得した後、予備学習済みモデルを生成する(ステップS31~S36)。
ここで、本実施の形態3では、目的物性に対する相関と、データ数との両方を満たす物性が、中間物性として選択される。また、本実施の形態3において、中間物性は、MD法によって算出される。
【0079】
その後、転移学習部222が、予備学習済みモデルを用いて転移学習することによって学習済みデータを生成する(ステップS37~S40)。
【0080】
具体的には、ステップS37において、学習装置2が、ドメイン知識に基づく物性(ドメイン物性)に応じたMS法を選択する。ここで選択されるドメイン物性は、中間物性よりもデータ数が少ないものの、該中間物性よりも目的物性との相関が高い物性である。
【0081】
そして、学習用データ生成部21は、選択されたMS法を用いてドメイン物性を算出する(ステップS38)。
【0082】
そして、転移学習部222は、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、目的物性とを組とする学習用データと、予備学習済みモデルとを用いて転移学習することによって学習済みデータを仮生成する(ステップS39)。
【0083】
その後、転移学習部222は、仮生成した多層ニューラルネットワークにおけるベクトル列に、MS法によって算出された物性(ドメイン物性)を追加し、これを学習済みモデルとする(ステップS40)。
【0084】
このようにして、中間物性をもとに生成された予備学習済みモデルを転移学習して学習済みモデルが生成される。
【0085】
以上説明した実施の形態3では、化学構造等に基づく記述子、材料設計パラメータおよびMDシミュレーション高分子物性と、MD法によって算出された中間物性とを組とする学習用データを用いて学習した予備学習済みデータを用いて転移学習することによって学習済みデータを得るようにしたので、実施の形態1と同様に、転移学習によって目的物性を高精度に推定する学習済みモデルを得ることができる。本実施の形態3によれば、特に、中間物性と目的物性との相関が低い場合に、予測精度を向上させるのに有効である。
【0086】
また、本実施の形態3によれば、MD法によって中間物性を算出し、MS法によりドメイン物性を算出しているが、実施の形態2においてMS法を用いて中間物性を算出する場合と比して計算量が少なく、処理負荷を軽減することができる。
【0087】
(その他の実施の形態)
ここまで、本発明を実施するための形態を説明してきたが、本発明は、上述した実施の形態によってのみ限定されるべきものではない。例えば、推定装置が学習部の機能を備えてもよい。この場合、推定装置は、推定対象の目的変数を算出することに加え、学習用データを生成し、学習済みモデルを逐次更新する。
【0088】
また、実施の形態1、2では、学習済みモデルを生成するための入力データとして、材料設計パラメータを用いる例について説明したが、材料設計パラメータを用いずに、記述子および高分子物性群のみを入力データ(説明変数)としてもよい。
【0089】
また、実施の形態1、2において、学習用データに量子化学計算から求められる電子状態に依存する物性(分極率、双極子モーメント、静電ポテンシャルなど)や試験等によって予め測定された実測値を含んでもよい。
【0090】
また、機械学習は上述した深層学習に限られるわけではなく、例えばサポートベクターマシン、決定木、ランダムフォレスト、または勾配ブースティング木などを用いてもよい。
【符号の説明】
【0091】
1 物性値推定システム
2 学習装置
3 推定装置
4 表示装置
5 入力装置
21 学習用データ生成部
22 学習部
23、32 制御部
24、33 記憶部
31 算出部
221 予備学習部
222 転移学習部
241 データセット記憶部
321 表示制御部