IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構の特許一覧

特開2024-89664クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用
<>
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図1
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図2A
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図2B
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図3
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図4
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図5
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図6A
  • 特開-クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用 図6B
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024089664
(43)【公開日】2024-07-03
(54)【発明の名称】クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20240626BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20240626BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240626BHJP
   C07K 14/00 20060101ALI20240626BHJP
   H01J 37/20 20060101ALI20240626BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20240626BHJP
【FI】
G01N1/28 J
C12N15/11 Z ZNA
C12N15/63 Z
C07K14/00
G01N1/28 F
H01J37/20 E
G01N33/483 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023215238
(22)【出願日】2023-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2022204279
(32)【優先日】2022-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度~令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」「創薬等ライフサイエンス研究のための相関構造解析プラットフォームによる支援と高度化」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】川崎 政人
(72)【発明者】
【氏名】守屋 俊夫
【テーマコード(参考)】
2G045
2G052
4H045
5C101
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045BA14
2G045DA36
2G045FA16
2G052AA28
2G052AB18
2G052AD32
2G052AD52
2G052EB08
2G052GA33
2G052JA11
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA09
4H045EA50
4H045EA60
4H045FA74
5C101FF16
(57)【要約】
【課題】試料中の目的タンパク質の電子線入射方向に対する望ましくない姿勢の偏り及び気液界面への衝突及び吸着が抑制されており、且つ、目的タンパク質が観察領域全体に分散したクライオ電子顕微鏡用試料が得られるクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを提供する。また、試料の氷の厚みが均一に制御されたクライオ電子顕微鏡用試料が得られるクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを提供する。
【解決手段】クライオ電子顕微鏡用試料の調製キットは、両親媒性タンパク質及びタンパク質架橋剤、又は、両親媒性をコードする核酸を含む発現ベクターを備える。クライオ電子顕微鏡用試料の調製キットは、両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子を備える。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
両親媒性タンパク質、又は、前記両親媒性タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを備える、クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項2】
両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子を備える、クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項3】
前記両親媒性タンパク質が、両親媒性のαヘリックス構造を有する、請求項1又は2に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項4】
前記両親媒性タンパク質が、不凍タンパク質である、請求項1又は2に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項5】
前記不凍タンパク質がI型不凍タンパク質である、請求項4に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項6】
前記I型不凍タンパク質がHPLC6ペプチドである、請求項5に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項7】
前記両親媒性タンパク質が、KALAペプチドである、請求項1又は2に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項8】
タンパク質架橋剤を更に備える、請求項1に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項9】
前記タンパク質架橋剤がアミン反応性架橋剤である、請求項8に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項10】
前記アミン反応性架橋剤がグルタルアルデヒド、又はビス(3-スルホ-N-スクシンイミジル)スベラート若しくはその塩である、請求項9に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項11】
両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子を更に備える、請求項1に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項12】
前記氷厚制御分子が不凍タンパク質であり、ホモ多量体タンパク質である、請求項2又は11に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項13】
前記ホモ多量体タンパク質がグルタミン合成酵素又はフェリチンである、請求項12に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
【請求項14】
請求項1又は2に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料の調製方法。
【請求項15】
請求項1又は8又は11に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の姿勢の制御方法。
【請求項16】
請求項1又は8又は11に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着の抑制方法。
【請求項17】
請求項1又は8又は11に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の気液界面への衝突及び吸着の抑制方法。
【請求項18】
請求項2又は11に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料の氷の厚みの制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット及びその使用に関する。具体的には、本発明は、クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット、クライオ電子顕微鏡用試料の調製方法、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の姿勢の制御方法、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の非晶質カーボン膜への衝突及び吸着の抑制方法、及びクライオ電子顕微鏡用試料の氷の厚みの制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、タンパク質等の生体分子の構造を解析する方法として、X線結晶回折法やNMR法等が用いられてきたが、近年、クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析(以下、単に「クライオ電子顕微鏡法」と称する)が注目を浴びている。クライオ電子顕微鏡法では、X線結晶構造解析に必須な試料の結晶化が必要なく、NMR法の応用を制限する試料の分子量上限がない。
【0003】
ただ、生体分子ではその立体構造を保持する原子間結合の大半が水素結合やイオン結合のような非共有結合であるため、金属や半導体等の試料に比べて電子線照射損傷を受け易い。そのため、クライオ電子顕微鏡法において、できる限り損傷を抑えて高分解能の生体分子粒子の投影像(以下、「粒子像」と称する)を高画質で記録するためには、生体分子の水溶液を薄膜として急速凍結することで生体分子を非晶質の氷薄膜に包埋し、液体ヘリウムや液体窒素で冷却した試料ステージ上で低温に保持したまま電子線を照射し、電子顕微鏡像を記録することが要求される。また、生体分子の種類によっては、試料グリッドの非晶質カーボン膜に該生体分子が吸着してしまい、観察領域である非晶質の氷薄膜が形成されているホール全体に生体分子を分散できない場合がある。
【0004】
さらに、個々の粒子像は様々な向きで氷薄膜に包埋された分子の投影像であるため、立体像を再構成するには様々な方向で投影された像をできるだけむら無く数多く集めることも必要となる。すなわち、できる限り多くの粒子像を効率よく収集し、粒子像の向きと位置を揃えた上、投影方向毎に分類して平均化することで、ノイズレベルを減少させ信号レベルを向上させることが必須となる。そして、各粒子像の投影方向の相対関係を決め逆投影することで、初めて高分解能の立体像を再構成することが可能となる。しかしながら、気液界面への衝突によりダメージを一部受けた粒子の投影像や気液界面への吸着によって特定の方向から粒子を撮影した投影像しか得られない場合がある。
【0005】
一方、両親媒性タンパク質である不凍タンパク質は30アミノ酸残基以上150アミノ酸残基以下程度のポリペプチドからなる比較的小さなタンパク質であり、0℃以下の温度領域において、氷核の特定の結晶面に結合してその成長を抑えることによって、水又は含水物の凍結を阻害する能力を有することが知られている。近年、不凍タンパク質は気液界面に集合する性質を有することが明らかになっている(例えば、非特許文献1等参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Meister K et al., “Investigation of the Ice-Binding Site of an Insect Antifreeze Protein Using Sum-Frequency Generation Spectroscopy.”, J. Phys. Chem. Lett., Vol. 6, Issue 7, pp. 1162-1167, 2015.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、試料中の目的タンパク質の電子線入射方向に対する望ましくない姿勢の偏り及び気液界面への衝突及び吸着が抑制されており、且つ、目的タンパク質が観察領域全体に分散したクライオ電子顕微鏡用試料が得られるクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを提供する。また、試料の氷の厚みが均一に制御されたクライオ電子顕微鏡用試料が得られるクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを提供する。さらに、前記クライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いた、クライオ電子顕微鏡用試料の調製方法、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の姿勢の制御方法、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着の抑制方法、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の気液界面への衝突及び吸着の抑制方法、及びクライオ電子顕微鏡用試料の氷の厚みの制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) 両親媒性タンパク質、又は、前記両親媒性タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを備える、クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(2) 両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子を備える、クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(3) 前記両親媒性タンパク質が、両親媒性のαヘリックス構造を有する、(1)又は(2)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(4) 前記両親媒性タンパク質が、不凍タンパク質である、(1)~(3)のいずれか1つに記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(5) 前記不凍タンパク質がI型不凍タンパク質である、(4)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(6) 前記I型不凍タンパク質がHPLC6ペプチドである、(5)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(7) 前記両親媒性タンパク質が、KALAペプチドである、(1)~(3)のいずれか1つに記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(8) タンパク質架橋剤を更に備える、(1)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(9) 前記タンパク質架橋剤がアミン反応性架橋剤である、(8)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(10) 前記アミン反応性架橋剤がグルタルアルデヒド、又はビス(3-スルホ-N-スクシンイミジル)スベラート若しくはその塩である、(9)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(11) 両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子を更に備える、(1)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(12) 前記氷厚制御分子が不凍タンパク質であり、ホモ多量体タンパク質である、(2)又は(11)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(13) 前記ホモ多量体タンパク質がグルタミン合成酵素又はフェリチンである、(12)に記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット。
(14) (1)~(13)のいずれか一つに記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料の調製方法。
(15) (1)、(8)~(11)のいずれか一つに記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の姿勢の制御方法。
(16) (1)、(8)~(11)のいずれか一つに記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着の抑制方法。
(17) (1)、(8)~(11)のいずれか一つに記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の気液界面への衝突及び吸着の抑制方法。
(18) (2)、(11)~(13)のいずれか一つに記載のクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製することを含む、クライオ電子顕微鏡用試料の氷の厚みの制御方法。
【発明の効果】
【0009】
上記態様のクライオ電子顕微鏡用試料によれば、試料中の目的タンパク質の電子線入射方向に対する望ましくない姿勢の偏り及び気液界面への衝突及び吸着が抑制されており、且つ、目的タンパク質が観察領域全体に分散したクライオ電子顕微鏡用試料が得られる。また、上記態様のクライオ電子顕微鏡用試料によれば、試料の氷の厚みが均一に制御されたクライオ電子顕微鏡用試料が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたHPLC6ペプチドが結合したヘマグルチニンタンパク質の粒子像の二次元クラス平均像である。
図2A】実施例2におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたグルタミン合成酵素の画像である。
図2B】実施例2におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたHPLC6ペプチドが結合したグルタミン合成酵素の画像である。
図3】実施例3におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたフェリチン及びHPLC6ペプチドが結合したフェリチンの画像である。
図4】実施例4におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたヘマグルチニンタンパク質及びHPLC6ペプチドが結合したフェリチンの混合溶液の画像である。
図5】実施例5におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたInosine-5’-monophosphate dehydrogenase 2(IMPDH2)の粒子像の二次元クラス平均像である。
図6A】実施例6におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたフェリチンの画像である。
図6B】実施例6におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたフェリチンとKALAペプチドとの融合タンパク質の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
≪クライオ電子顕微鏡用試料の調製キット≫
<第1実施形態>
本発明の一実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット(以下、「本実施形態の調製キット」と称する場合がある)は、不凍タンパク質、又は、該不凍タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを備える。
【0012】
クライオ電子顕微鏡法において、目的タンパク質の立体像を再構成するためには、目的タンパク質について様々な方向で投影された像をできるだけむら無く数多く集めることが必要となる。しかしながら、クライオ電子顕微鏡用の試料グリッド中において、タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏りが生じて、同じ向きの粒子像が大半を占めることがある。また、タンパク質がグリッドの観察領域である孔(直径1μm程度)の空いた非晶質カーボン膜に吸着してしまい、観察領域内部に均一に分散せず、充分な数の粒子像が得られないことがある。さらに、気液界面への衝突によりダメージを一部受けた粒子の投影像や気液界面への吸着によって特定の方向から粒子を撮影した投影像しか得られない場合がある。
【0013】
これに対して、本実施形態の調製キットは、不凍タンパク質が気液界面に集合する性質から、特定の姿勢で気液界面に吸着しやすい性質の目的タンパク質について、不凍タンパク質と混合することで気液界面を保護し、目的タンパク質が気液界面に衝突する又は吸着してしまうことを抑制することができる。これにより、ダメージを一部受けた目的タンパク質の粒子像を減らすことができ、且つ、目的タンパク質粒子の選択配向(Preferred Orientation)を軽減及び解消することができる。すなわち、タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏りを抑制し、様々な姿勢のタンパク質の投影像を取得することができる。
【0014】
また、本実施形態の調製キットは、上記不凍タンパク質が気液界面に集合する性質から、目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着を抑制して、グリッドの観察領域(ホール)内部に目的タンパク質を均一に分散することができる。
【0015】
なお、本明細書において、クライオ電子顕微鏡法とは、単離精製されたタンパク質等の生体分子の試料溶液を急速凍結することで生体分子を薄い氷膜内に包埋し、試料を液体窒素(-196℃程度)冷却下で低温に保ったまま電子線を照射して観察を行える特殊な透過電子顕微鏡(TEM)を用いて数百から数千枚程度の画像を取得し、取得電顕画像からコンピューター画像処理によって目的生体分子の立体構造を再構成する手法を意味する。
【0016】
また、本明細書において、クライオ電子顕微鏡用試料とは、目的タンパク質を含む溶液を膜穴グリッド上で急速凍結させて作製されたものである。クライオ電子顕微鏡に用いられる膜穴グリッドは、銅、金、モリブデン等の導電性素材で構成された格子状に穴の空いた金属メッシュの上に、さらに規則的な穴の開いた支持膜が貼られた構造からなる。支持膜には、通常10nm以上50nm以下程度の薄いカーボン膜が用いられるが、電子線照射による膜の帯電を防止するため、これに5nm以上10nm以下程度の金薄膜をコートしたものも用いられる。
【0017】
[不凍タンパク質]
不凍タンパク質は、低温環境下に生息する魚類等から見つかっているタンパク質であり、生体において、凝固点(凍る時の温度)を低下させ、凍結防止や氷結晶の再結晶化防止による生物の生命維持に寄与するタンパク質である。不凍タンパク質は、凍結の瞬間に水の内部に無数に生成する微小な氷結晶の表面に強く結合し、その成長を抑える。
【0018】
魚類由来の不凍タンパク質はその構造により4種類に分類されている。I型の不凍タンパク質はアラニン残基を多く含みスレオニン残基とアスパラギン酸残基が等間隔で配置されたαヘリックス型のタンパク質である。II型の不凍タンパク質はジスルフィド結合を含みC型-レクチン様のタンパク質である。III型の不凍タンパク質は特徴的な構造モチーフからなる球状タンパク質である。IV型の不凍タンパク質はグルタミン残基を多く含み立体構造未知のタンパク質である。中でも、結晶構造が既知であり、分子量が小さく、且つ、単純な構造からなり、目的タンパク質の粒子像の投影の邪魔にならないことから、I型不凍タンパク質が好ましい。好ましいI型不凍タンパク質としては、例えば、37アミノ酸残基からなるHPLC6ペプチド(アミノ酸配列:配列番号1)等が挙げられる。配列番号1で表されるHPLC6ペプチドは、Pseudopleuronectes americanus由来の不凍タンパク質の部分アミノ酸配列である。Pseudopleuronectes americanus由来の不凍タンパク質の全長アミノ酸配列は、例えば、GenBankアクセッション番号AB59964.1、CAA30389.1、AAA49469.1、AAA49471.1、AAA49472.1等に記載されている。
【0019】
また、本実施形態の調製キットにおいて、不凍タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを用いる場合に、該核酸の上流又は下流に目的タンパク質をコードする核酸を挿入することで、不凍タンパク質を目的タンパク質の任意の位置に結合させることができる。これにより、不凍タンパク質が気液界面に集合する性質から、目的タンパク質の該不凍タンパク質が結合している面が気液界面に向くことで、タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏りを抑制し、様々な姿勢のタンパク質の投影像を取得することができる。
【0020】
[タンパク質架橋剤]
或いは、本実施形態の調製キットは、不凍タンパク質とタンパク質架橋剤を組み合わせて用いることで、不凍タンパク質を目的タンパク質の任意の位置に結合させることができる。
【0021】
タンパク質架橋剤としては、一般にタンパク質同士の架橋剤として使用されているものを用いることができる。タンパク質架橋剤として具体的には、第一級アミノ基(-NH)間を架橋するアミン反応性架橋剤、スルフヒドリル基間を架橋するスルフヒドリル反応性架橋剤、アミノ基とスルフヒドリル基間を架橋するアミノ基-スルフヒドリル基間架橋剤、カルボキシ基とアミノ基間を架橋するカルボキシ基-アミノ基間架橋剤、ヒドロキシ基とスルフヒドリル基間を架橋するヒドロキシ基-スルフヒドリル基間架橋剤等が挙げられる。
第一級アミノ基は、目的タンパク質や不凍タンパク質のN末端やリジンの側鎖に存在し、且つ、生理的pHで正荷電されているため、主に目的タンパク質の立体構造の外表面に存在している。よって、外表面に存在する該第一級アミノ基同士の架橋に適していることから、タンパク質架橋剤としては、アミン反応性架橋剤が好ましい。
【0022】
アミン反応性架橋剤としては、例えば、グルタル酸N,N’-ジスクシンイミジル(DSG)、ジスクシンイミジルスベラート;(DSS)、ビス(3-スルホ-N-スクシンイミジル)スベラート(BS3)、及びそれらの塩等のN-ヒドロキシエステル(NHSエステル)基を反応基として有する架橋剤;ジメチルアジピミデート(DMA)、ジメチルピメリミデート(DMP)、ジメチルスベリミデート(DMS)等のイミドエステル基を反応基として有する架橋剤;ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド等のアルデヒド基を反応基として有する架橋剤等が挙げられる。
中でも、アミン反応性架橋剤としては、グルタルアルデヒド、又はビス(3-スルホ-N-スクシンイミジル)スベラート若しくはその塩が好ましく、架橋剤同士の重合反応が起きないことから、ビス(3-スルホ-N-スクシンイミジル)スベラート又はその塩がより好ましい。
【0023】
[発現ベクター]
本実施形態の調製キットは、上記不凍タンパク質及びタンパク質架橋剤の代わりに、或いは、上記不凍タンパク質及びタンパク質架橋剤に加えて、不凍タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを備えることができる。不凍タンパク質としては、上記「不凍タンパク質」において例示されたものと同様のものが挙げられる。不凍タンパク質をコードする核酸としては、例えば、HPLC6ペプチドをコードする核酸等が挙げられる。HPLC6ペプチドをコードする核酸(配列番号2)は、Pseudopleuronectes americanus由来の不凍タンパク質をコードする核酸の部分塩基配列である。Pseudopleuronectes americanus由来の不凍タンパク質の全長塩基配列は、例えば、GenBankアクセッション番号AH005322、X07506、M62414、M62416、M62417等に記載されている。
【0024】
上記核酸を挿入する発現ベクターとしては特に限定されず、例えば、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来プラスミド、バクテリオファージ、ウイルスベクター及びこれらを改変したベクター等を用いることができる。大腸菌由来のプラスミドとしては、例えば、pBR322、pBR325、pUC12、pUC13等が挙げられる。枯草菌由来のプラスミドとしては、例えば、pUB110、pTP5、pC194等が挙げられる。酵母由来プラスミドとしては、例えば、pSH19、pSH15等が挙げられる。バクテリオファージとしては、例えば、λファージ等が挙げられる。ウイルスベクターの由来となるウイルスとしては、例えば、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルス、レトロウイルス、肝炎ウイルス等が挙げられる。
【0025】
上記発現ベクターにおいて、不凍タンパク質の発現用プロモーターとしては特に限定されず、動物細胞を宿主とした発現用のプロモーターであってもよく、植物細胞を宿主とした発現用のプロモーターであってもよく、昆虫細胞を宿主とした発現用のプロモーターであってもよい。動物細胞を宿主とした発現用のプロモーターとしては、例えば、EF1αプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、HSV-tkプロモーター、CAGプロモーター等が挙げられる。植物細胞を宿主とした発現用のプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター、REF(rubber elongation factor)プロモーター等が挙げられる。昆虫細胞を宿主とした発現用のプロモーターとしては、例えば、ポリヘドリンプロモーター、p10プロモーター等が挙げられる。これらプロモーターは、不凍タンパク質を発現する宿主の種類に応じて、適宜選択することができる。
【0026】
上記発現ベクターは、さらに、マルチクローニングサイト、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、複製起点等を有していてもよい。
【0027】
上記発現ベクターにおいて、不凍タンパク質をコードする核酸の上流又は下流に個別の目的遺伝子(本実施形態においては目的タンパク質をコードする遺伝子)を付加することが好ましい。或いは、上記発現ベクターにおいて、不凍タンパク質をコードする核酸は、目的タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列の途中に挿入されている形態とすることもできる。このとき、発現ベクターにおける不凍タンパク質をコードする核酸と、目的タンパク質をコードする遺伝子の位置関係を適宜調整することで、目的タンパク質の所望の位置に不凍タンパク質が結合した融合タンパク質を調製することができる。すなわち、不凍タンパク質をコードする核酸の挿入位置は、目的タンパク質の2次構造に応じて、適宜選択することができ、例えば、αヘリックス構造とβシートをつなぐループの部分に不凍タンパク質が挿入されるように、設定することができる。
【0028】
上述したように、上記発現ベクターは、不凍タンパク質をコードする核酸と、目的タンパク質をコードする遺伝子を備えることで、不凍タンパク質が目的タンパク質と融合した形の融合タンパク質を生成することができる。また、細胞外へのタンパク質分泌型シグナルを持つ発現ベクターに組み込んだ場合には、分泌型シグナルと不凍タンパク質のアミノ配列が付加された形の目的タンパク質との融合タンパクを培養液中で生成させて、回収することができる。また、細胞内発現型ベクターの場合であっても同様の不凍タンパク質付加融合タンパク質を生成することができる。
【0029】
上述のとおり、不凍タンパク質をコードする核酸及び目的タンパク質をコードする遺伝子が挿入された発現ベクターと、該発現ベクターの種類に応じた適当な宿主細胞を用いることにより、上記不凍タンパク質と目的タンパク質の融合タンパク質を発現させることができる。
【0030】
<第2実施形態>
本発明の一実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キット(以下、「本実施形態の調製キット」と称する場合がある)は、不凍タンパク質が結合した氷厚制御分子を備える。
【0031】
クライオ電子顕微鏡法において、できる限り損傷を抑えて高分解能の粒子像を高画質で記録するためには、目的タンパク質の水溶液を均一な薄膜として急速凍結することで非晶質の氷薄膜に目的タンパク質を包埋する必要がある。しかしながら、目的タンパク質の種類によっては、グリッドの観察領域の中央部に集中して凝集したり、或いは、観察領域の縁部に凝集することで、氷の厚みが均一にならず、また、氷が厚く形成される場合がある。
【0032】
これに対して、本実施形態の調製キットによれば、不凍タンパク質が結合しており、且つ、厚み又は粒径が一定の大きさである氷厚制御分子が、上記不凍タンパク質が気液界面に集合する性質から、グリッドの観察領域(ホール)内部に均一に分散することで、氷厚制御分子の厚み又は粒径に応じて、数十nm程度の厚みでも均一な氷を形成することができる。
【0033】
[氷厚制御分子]
氷厚制御分子としては、以下の要件を満たす高分子を用いることができる。
1)氷厚制御分子の粒子径が目的タンパク質の粒子径よりも少し大きい。
2)氷厚制御分子の形状が目的タンパク質の形状と異なり、区別しやすい。
3)不凍タンパク質を結合できる。
【0034】
このような氷厚制御分子として具体的には、ホモ又はヘテロ多量タンパク質等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
中でも、氷厚制御分子としては、ホモ多量体タンパク質を好ましく用いることができる。
【0036】
ホモ多量体タンパク質としては、結晶構造が既知であり、溶液中で単量体が自己組織化して多量体を形成するタンパク質であれば特に限定されない。ホモ多量体タンパク質の厚み又は粒径は、所望の氷の厚みと同等の大きさであればよい。
【0037】
ホモ多量体タンパク質として具体的には、例えば、グルタミン合成酵素(2層のリング様構造、直径16nm程度、厚み11nm程度)、フェリチン(球状、粒径14nm程度)等が挙げられる。
【0038】
これらホモ多量体タンパク質は、該ホモ多量体タンパク質を構成する単量体を発現させて、溶液中に自己組織化させることで得られる。不凍タンパク質は、ホモ多量体タンパク質に上述したタンパク質架橋剤を用いて結合させてもよく、或いは、単量体と不凍タンパク質との融合タンパク質を発現させることで結合させてもよい。中でも、不凍タンパク質の結合位置の調節が容易であることから、単量体と不凍タンパク質との融合タンパク質を発現させることで結合させることが好ましい。
【0039】
単量体と不凍タンパク質との融合タンパク質は、例えば、単量体をコードする核酸と、不凍タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを、該発現ベクターの種類に応じた適当な宿主細胞に形質転換することで、発現させることができる。発現ベクターの種類や、発現ベクターにおける単量体をコードする核酸と不凍タンパク質をコードする核酸の挿入位置については、上記第1実施形態の調製キットにおいて記載したとおりである。
【0040】
このとき、不凍タンパク質は、単量体全てに結合していてもよく、或いは、単量体の一部に結合していてもよい。すなわち、単量体と不凍タンパク質との融合タンパク質を溶液中で自己組織化させて、単量体全てに不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質を調製してもよく、単量体と不凍タンパク質との融合タンパク質と、単量体のみを溶液中で自己組織化させて、単量体の一部に不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質を調製してもよい。
【0041】
中でも、ホモ多量体タンパク質の所望の面をより効率的に気液界面に向けて、厚み又は粒径が揃った形でホモ多量体タンパク質を試料中に分散させることができることから、単量体全てに結合していることが好ましい。すなわち、本実施形態の調製キットは、不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質の代わりに、ホモ多量体タンパク質を構成する単量体をコードする核酸と、不凍タンパク質をコードする核酸と、(或いは、ホモ多量体タンパク質を構成する単量体と不凍タンパク質の融合タンパク質をコードする核酸)を含む発現ベクターを備えることもできる。
【0042】
ホモ多量体タンパク質を構成する単量体として具体的には、例えば、グルタミン合成酵素を構成する単量体(アミノ酸配列:例えばGenBankアクセッション番号CAA28806.1、AAA23879.1、AAB03004.1、AAC76867.1、BAE77439.1、AAA98066.1、AAA23882.1、AAA23880.1参照;塩基配列:例えばGenBankアクセッション番号X05173、M13746、L19201、U00096、AP009048、J01618、M10421、K02176参照)、フェリチンを構成する単量体(アミノ酸配列:例えばGenBankアクセッション番号CAA37593.1、AAC74975.1、BAA15728.1、AAA79049.1参照;塩基配列:例えばGenBankアクセッション番号X53513、U00096、AP009048、U35066参照)等が挙げられる。
【0043】
また、ホモ多量体タンパク質を構成する単量体と不凍タンパク質の融合タンパク質をコードする核酸としては、例えば、グルタミン合成酵素の単量体のN末端に、不凍タンパク質として、I型不凍タンパク質であるHPLC6ペプチドが結合した融合タンパク質をコードする核酸、フェリチンの単量体のN末端に、不凍タンパク質として、I型不凍タンパク質であるHPLC6ペプチドが結合した融合タンパク質をコードする核酸等が挙げられる。
【0044】
<その他構成>
本実施形態の調製キットは、上述した構成に加えて、発現ベクターの種類に応じた宿主細胞や、目的タンパク質を溶解又は分散させる公知の緩衝液(リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等)、一般にクライオ電子顕微鏡用試料に用いられる膜穴グリッド等を更に含むことができる。
【0045】
また、本実施形態の調製キットは、第1実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットと、第2実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを組み合わせて用いてもよい。
【0046】
すなわち、本発明の第1実施形態に係る調製キットは、不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質を更に備えてもよい。
【0047】
或いは、本発明の第2実施形態に係る調製キットは、不凍タンパク質及びタンパク質架橋剤、又は、不凍タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを更に備えてもよい。
【0048】
これにより、クライオ電子顕微鏡用試料における、目的タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏り、非晶質カーボン膜への吸着等の目的タンパク質の局在化、及び氷の厚みの制御という3つの課題を解決することができる。すなわち、第1実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットと、第2実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを組み合わせて用いることで、試料中の目的タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏りが抑制されており、目的タンパク質が観察領域全体に分散しており、且つ、試料の氷の厚みが均一に制御されたクライオ電子顕微鏡用試料が得られる。
【0049】
≪クライオ電子顕微鏡用試料の調製方法≫
本発明の一実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製方法(以下、「本実施形態の調製方法」と称する場合がある)は、上記第1実施形態又は第2実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製すること(以下、「調製工程」と称する場合がある)を含む。
【0050】
本実施形態の調製方法によれば、主に、上記第1実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いることで、試料中の目的タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏りを抑制することができる。すなわち、本実施形態の調製方法は、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の姿勢の制御方法ということもできる。上記第1実施形態の調製キットが、両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子をさらに備える場合も同様である。
【0051】
本実施形態の調製方法によれば、主に、上記第1実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いることで、目的タンパク質が気液界面に衝突する又は吸着してしまうことを抑制することができる。すなわち、本実施形態の調製方法は、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の気液界面への吸着の抑制方法、或いは、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の気液界面への衝突の抑制方法ということもできる。上記第1実施形態の調製キットが、両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子をさらに備える場合も同様である。
【0052】
本実施形態の調製方法によれば、主に、上記第1実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いることで、試料中において目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着を抑制し、目的タンパク質を観察領域全体に分散することができる。すなわち、本実施形態の調製方法は、クライオ電子顕微鏡用試料中の目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着の抑制方法ということもできる。上記第1実施形態の調製キットが、両親媒性タンパク質が結合した氷厚制御分子をさらに備える場合も同様である。
【0053】
本実施形態の調製方法によれば、主に、上記第2実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いることで、試料の氷の厚みを均一に制御することができる。すなわち、本実施形態の調製方法は、クライオ電子顕微鏡用試料の氷の厚みの制御方法ということもできる。
【0054】
次いで、本実施形態の調製方法を構成する工程について以下に詳細を説明する。
【0055】
<調製工程>
調製工程では、上記第1実施形態又は第2実施形態に係るクライオ電子顕微鏡用試料の調製キットを用いて、目的タンパク質を含むクライオ電子顕微鏡用試料を調製する。
【0056】
具体的には、例えば、上記第1実施形態の調製キットとして、不凍タンパク質を用いる場合には、不凍タンパク質と、目的タンパク質とをpH7以上9以下の緩衝液中で混合する。
【0057】
このとき、目的タンパク質と不凍タンパク質の混合比率はモル比で、1:1~1:5であってもよく、1:1~1:2であってもよい。モル比が上記範囲であることで、目的タンパク質が気液界面に衝突する又は吸着してしまうことを抑制することができ、その結果、目的タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏りをより抑制して、様々な姿勢の目的タンパク質を投影することができる。
【0058】
また、例えば、上記第1実施形態の調製キットとして、タンパク質架橋剤及び不凍タンパク質を組み合わせて用いる場合には、まず、目的タンパク質と不凍タンパク質を溶液中にてタンパク質架橋剤存在下で混合して、目的タンパク質に不凍タンパク質を結合させる。
【0059】
このとき、目的タンパク質と不凍タンパク質の混合比率はモル比で、1:10~1:200であってもよく、1:20~1:120であってもよい。モル比が上記範囲であることで、不凍タンパク質を目的タンパク質により十分に結合させることができ、その結果、目的タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢の偏りをより抑制して、様々な姿勢の目的タンパク質を投影することができる。
【0060】
また、タンパク質架橋剤はその種類に応じて公知のプロトコールに従い用いることができる。例えば、アミン反応性架橋剤では、pH7以上9以下のアミンを含まない緩衝液中で、タンパク質の総モル量に対して、10倍モル以上50倍モル以下程度の濃度で使用する。具体的なアミン反応性架橋剤の濃度としては、溶液中において0.25mM以上15.00mM以下程度で使用する。室温(25℃程度)で例えば1分間以上60分間以下、或いは、氷上で1時間以上5時間以下、架橋反応を行う。反応後、反応停止剤を含む溶液を添加する、或いは、透析又は脱塩により未反応のアミン反応性架橋剤を除去することで、架橋反応を停止する。
【0061】
また、例えば、上記第1実施形態の調製キットとして、不凍タンパク質をコードする核酸を含む発現ベクターを用いる場合には、該発現ベクターの所望の位置に、目的タンパク質をコードする遺伝子を挿入する。発現ベクターにおける不凍タンパク質をコードする核酸と目的タンパク質をコードする遺伝子との挿入位置については、上記第1実施形態の調製キットにおいて説明したとおりである。次いで、不凍タンパク質をコードする核酸と目的タンパク質をコードする遺伝子を含む発現ベクターを、該発現ベクターの種類に応じた適当な宿主細胞に形質転換することで、不凍タンパク質と目的タンパク質の融合タンパク質を発現させる。融合タンパク質は、宿主細胞の培養液から、或いは、宿主細胞を破砕することで宿主細胞内から得られる。必要に応じて、得られた融合タンパク質を公知の方法で精製してもよい。
【0062】
或いは、例えば、第2実施形態の調製キットを用いる場合には、不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質と、目的タンパク質とをpH7以上9以下のアミンを含まない緩衝液中で混合する。目的タンパク質は、そのまま用いてもよく、或いは、上記第1実施形態の調製キットを用いて、不凍タンパク質が結合したものを用いてもよい。
【0063】
不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質及び目的タンパク質の混合溶液中に含まれる不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質及び目的タンパク質の各濃度は、使用するホモ多量体タンパク質の種類に応じて適宜調整することができる。例えばホモ多量体タンパク質がフェリチンである場合には、0.1μM以上3.0μM以下であってもよく、0.5μM以上1.5μM以下であってもよい。また、このとき、混合溶液中に含まれる目的タンパク質の濃度は、1.0μM以上5.0μM以下であってもよく、2.0μM以上4.0μM以下であってもよい。これらタンパク質の濃度が上記範囲であることで、ホモ多量体タンパク質の厚み又は粒径に応じた均一な氷を形成しながら、不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質の存在量が目的タンパク質の投影に邪魔にならない程度の量とすることができる。
【0064】
次いで、上記のとおり得られた、不凍タンパク質が結合した目的タンパク質を含む溶液、或いは、目的タンパク質と不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質を含む溶液を、グロー放電等により親水化処理を施した膜穴グリッドに載せる。次いで、余分な溶液をろ紙等を用いて除去した後、グリッドを液体エタン中に急速に落下して試料を凍結させる。これにより、目的タンパク質が非晶質の薄い氷の膜の中に閉じ込められた凍結グリッドを得る。得られた凍結グリッドはクライオ電子顕微鏡による観察まで、液体窒素中で保存する。
【0065】
本実施形態の調製方法で得られたクライオ電子顕微鏡用試料は、液体窒素で冷却されたクライオワークステーションの中でクライオトランスファーホルダー又は専用のカートリッジに取り付けられ、霜を付けないようにしてクライオ電子顕微鏡の中に挿入されて撮影される。撮影されたデータを基に単粒子解析による目的タンパク質の構造解析を行うことができる。また、電子線トモグラフィーを用いたサブトモグラム平均化を使った構造解析にも応用することができる。
【0066】
以上、不凍タンパク質(又は不凍タンパク質をコードする核酸を含むベクター)を用いた各実施形態について詳述したが、上記の各実施形態の調製キットは、不凍タンパク質(又は不凍タンパク質をコードする核酸を含むベクター)に代えて、又は不凍タンパク質とともに、不凍タンパク質以外の両親媒性タンパク質(又は両親媒性タンパク質をコードする核酸を含むベクター)を備えていてもよい。
また、上記の各実施形態の調製方法では、不凍タンパク質(又は不凍タンパク質をコードする核酸を含むベクター)に代えて、又は不凍タンパク質とともに、不凍タンパク質以外の両親媒性タンパク質(又は両親媒性タンパク質をコードする核酸を含むベクター)を用いてもよい。
【0067】
両親媒性タンパク質は、疎水性に富む部位と親水性に富む部位を備えている。これにより、両親媒性タンパク質の疎水性に富む部位が空気の方を向き、親水性に富む部位が水の方を向くため、両親媒性タンパク質は、不凍タンパク質に限らず、気液界面に集合する性質を有する。したがって、不凍タンパク質以外の両親媒性タンパク質を用いた場合であっても、同様の効果を得ることができる。
【0068】
両親媒性タンパク質としては、小さくて比較的単純な構造を有する両親媒性タンパク質が好ましいため、両親媒性のαヘリックス構造を有する両親媒性タンパク質がとくに好ましい。このようなタンパク質としては、例えば実施例に示すHPLC6等のI型不凍タンパク質や、KALAペプチド等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【実施例0069】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0070】
[実施例1]
(タンパク質架橋剤を用いた不凍タンパク質の目的タンパク質への結合)
タンパク質架橋剤を用いて、不凍タンパク質を目的タンパク質の表面のアミノ基と結合させることで、目的タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢を制御することを試みた。
【0071】
1.HPLC6と目的タンパク質の架橋反応
目的タンパク質としては、ヘマグルチニン(HA)タンパク質(MyBioSource社製、MBS434205)を使用した。不凍タンパク質としては、I型不凍タンパク質であるHPLC6ペプチド(アミノ酸配列:配列番号1)を、GST融合タンパク質として大腸菌で発現した後、GSTを切断し精製して用いた。PBSに溶解したHAタンパク質(濃度:1mg/mL)とHPLC6ペプチド(濃度:1.7mg/mL)とを、モル比で1:0、1:4、1:22、又は1:110となるように混合し、タンパク質架橋剤として、0.14質量%のグルタルアルデヒド存在下、室温(25℃程度)で5分間、架橋反応させて、1M トリス塩酸緩衝液(pH8.0)を終濃度44mMとなるように加えて架橋反応を停止させた後、各試料溶液(HAタンパク質の濃度:1.6μM(HAタンパク質の濃度は各試料で同一、HPLC6ペプチドの濃度が異なる))を調製した。
【0072】
2.試料グリッドの作製
グロー放電により膜穴グリッド(Quantifoil R1.2/1.3 Cu 300)に親水化処理を施した後、3μLの上記「1.」で調製した試料溶液をグリッドに載せた。次いで、余分な溶液をろ紙で除去した後、グリッドを液体エタン中に急速に落下して試料を凍結させた。これにより、タンパク質試料が非晶質の薄い氷の膜の中に閉じ込められた凍結グリッドを得た。得られた凍結グリッドはクライオ電子顕微鏡による観察まで、液体窒素中で保存した。
【0073】
3.クライオ電子顕微鏡による観察
上記「2.」で作製した各凍結グリッドを、クライオ電子顕微鏡(Thermo Fisher Scientific社製、Talos Arctica)に挿入し、加速電圧200kVにて観察、撮影した。撮影された画像から、RELIONを用いて、様々な向きで投影された粒子像を切り出し、同じ向きの粒子像に分類し、整列した後、投影方向毎に分類した粒子像の向きと位置を揃えて、平均像を得た。結果を図1に示す。図1において、HAタンパク質とHPLC6のモル比の横に記載した数は、投影された粒子像の合計数である。また、粒子像の上に記載した数は、同じ向きの粒子像の数を示し、粒子像の数の多いものから順に左から右に粒子像を整列させた。また、図1において、符号「T]は、HAタンパク質を上から投影した粒子像であることを示し、符号「S」は、HAタンパク質を横から投影した粒子像であることを示している。
【0074】
図1に示すように、HAタンパク質とHPLC6ペプチドのモル比において、HPLC6ペプチドのモル比率が増加するのに伴って、HAタンパク質を横から投影された粒子像の数が増加する傾向がみられ、HAタンパク質とHPLC6ペプチドのモル比が1:0~1:22では、HAタンパク質を上から投影した粒子像の数が最も多かったが、HAタンパク質とHPLC6ペプチドのモル比が1:110では、HAタンパク質を横から投影した粒子像が最も多くなっていた。HPLC6ペプチドのモル比率が増加することで、HAタンパク質の横(側面)に存在するリジン残基又はN末端のアミノ基に対して、結合するHPLC6ペプチドの量が増えることで、該HPLC6ペプチドが結合した面(側面)が気液界面に向くことで、HAタンパク質を横から投影した粒子像が増加したものと推察された。
【0075】
よって、目的タンパク質とHPLC6ペプチドのモル比において、HPLC6ペプチドのモル比率を増加させることで、目的タンパク質の電子線入射方向に対する姿勢を制御して、様々な方向で投影された粒子像を数多く収集できることが確かめられた。
【0076】
[実施例2]
(不凍タンパク質による目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着抑制効果)
グリッド中の非晶質カーボン膜に吸着しやすい性質の目的タンパク質について、遺伝子工学的に不凍タンパク質と目的タンパク質の融合タンパク質を調製することで、非晶質カーボン膜への吸着を抑制し、目的タンパク質を観察領域全体に分散することを検討した。
【0077】
1.融合タンパク質の発現及び精製
目的タンパク質としては、グルタミン合成酵素を使用した。グルタミン合成酵素は、ホモ12量体で構成されており、直径16nm程度、高さ(厚み)11nm程度の六角柱様の形状である。グルタミン合成酵素の単量体は溶液中で自己組織化して12量体を形成する。グルタミン合成酵素の単量体(アミノ酸配列:配列番号3)のN末端に、不凍タンパク質として、I型不凍タンパク質であるHPLC6ペプチド(アミノ酸配列:配列番号1)がリンカー配列(アミノ酸配列:配列番号4、塩基配列:配列番号5)を介して結合した融合タンパク質をコードする核酸をプラスミドベクターpET-28a(Novagen社製)に挿入した。該ベクターを大腸菌BL21(DE3)株に形質転換した。発現誘導した大腸菌の可溶性画分から目的タンパク質をニッケルカラムにより精製、Hisタグを切断後ゲルろ過カラムによりさらに精製した。
また、対照として、不凍タンパク質が結合していない、グルタミン合成酵素の単量体のみをコードする核酸(塩基配列:配列番号6)をプラスミドベクターに挿入し、大腸菌発現系を用いて、同様に発現及び精製した。
【0078】
2.試料グリッドの作製
HPLC6ペプチドが結合したグルタミン合成酵素を含む試料については、タンパク質濃度2.0μM、グルタミン合成酵素のみを含む試料については、タンパク質濃度2.0μMとなるように、緩衝液(組成:20mM Tris-HCl(pH7.5)、100mM NaCl、5mM MgCl)で希釈して、実施例1の「2.」と同様の方法を用いて、試料グリッドを作製した。
【0079】
3.クライオ電子顕微鏡による観察
上記「2.」で作製した各凍結グリッドを、クライオ電子顕微鏡(Thermo Fisher Scientific社製、Talos Arctica)に挿入し、加速電圧200kVにて観察、撮影した。結果を図2A(グルタミン合成酵素のみ)及び図2B(HPLC6ペプチドが結合したグルタミン合成酵素)に示す。
【0080】
図2Aに示すように、グルタミン合成酵素のみを含む試料グリッドでは、ホール中央にはグルタミン合成酵素が観察されず、ホール周辺の非晶質カーボン膜にグルタミン合成酵素が吸着しており、観察領域全体に分散していなかった。
【0081】
一方、図2Bに示すように、HPLC6ペプチドが結合したグルタミン合成酵素を含む試料グリッドでは、ホール中央及びホール周辺のいずれにも万遍なく粒子が分散していた。
また、図2Bでは、グルタミン合成酵素の12量体を上から投影した粒子像が主に観察された。これは、試料中において、N末端にHPLC6ペプチドが結合したグルタミン合成酵素の単量体が12量体を形成し、HPLC6ペプチドが結合している面(上面)が気液界面に向くことで、グルタミン合成酵素の12量体の電子線入射方向に対する姿勢が揃って、上から投影した粒子像が主に観察されたものと推察された。
さらに、ホール全体像において、ホール内部が全体的に白っぽくなっており、均一で薄い氷が形成されていることが確認された。
【0082】
よって、グリッド中の非晶質カーボン膜に吸着しやすい性質の目的タンパク質について、不凍タンパク質との融合タンパク質とすることで、非晶質カーボン膜への吸着が抑制されて、目的タンパク質の粒子を観察領域全体に分散できることが確かめられた。
【0083】
また、厚みや粒子径が揃っているホモ多量体タンパク質を用いることで、グリッドの氷の厚みを薄く均一に制御できることが明らかとなった。
【0084】
[実施例3]
(不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質による氷の厚みの制御)
グルタミン合成酵素以外の、厚みや粒子径が揃っているホモ多量体タンパク質においても、不凍タンパク質と結合した融合タンパク質とすることで、グリッドの氷の厚みを薄く均一に制御できるかを検討した。
【0085】
1.融合タンパク質の発現及び精製
目的タンパク質としては、フェリチンを使用した。なお、実施例3において、フェリチンは、目的タンパク質としての役割と、氷厚制御分子としての役割を兼ねている。フェリチンは、ホモ24量体で構成されており、直径14nm程度の球状である。フェリチンの単量体は溶液中で自己組織化して24量体を形成する。フェリチンの単量体(アミノ酸配列:配列番号7)のN末端に、不凍タンパク質として、I型不凍タンパク質であるHPLC6ペプチド(アミノ酸配列:配列番号1)がリンカー配列(アミノ酸配列:配列番号8、塩基配列:配列番号9)を介して結合した融合タンパク質をコードする核酸をプラスミドベクターpET-28a(Novagen社製)に挿入した。該ベクターを大腸菌に形質転換した。発現誘導した大腸菌の可溶性画分から目的タンパク質をニッケルカラムにより精製、Hisタグを切断後ゲルろ過カラムによりさらに精製した。
また、対照として、不凍タンパク質が結合していない、フェリチンの単量体のみをコードする核酸(塩基配列:配列番号10)をプラスミドベクターに挿入し、大腸菌発現系を用いて、同様に発現及び精製した。
【0086】
2.試料グリッドの作製
HPLC6ペプチドが結合したフェリチンを含む試料については、タンパク質濃度2μM、フェリチンのみを含む試料については、タンパク質濃度7μMとなるように緩衝液(組成:20mM Tris-HCl(pH7.5)、100mM NaCl、5mM MgCl)で希釈して、実施例1の「2.」と同様の方法を用いて、試料グリッドを作製した。
【0087】
3.クライオ電子顕微鏡による観察
上記「2.」で作製した各凍結グリッドを、クライオ電子顕微鏡(Thermo Fisher Scientific社製、Talos Arctica)に挿入し、加速電圧200kVにて観察、撮影した。結果を図3(左:フェリチンのみ。右:HPLC6ペプチドが結合したフェリチン)に示す。
【0088】
図3に示すように、フェリチンのみを含む試料グリッドでは、ホール内部の中央部のみが白っぽくなっており、中央部のみに氷が薄い状態となっていた。
一方、HPLC6ペプチドが結合したフェリチンを含む試料グリッドでは、ホール内部が全体的に白っぽくなっており、均一で薄い氷が形成されていることが確認された。これは、試料中において、N末端にHPLC6ペプチドが結合したフェリチンの単量体が24量体を形成し、HPLC6ペプチドが結合している面(上面)が気液界面に向いてホール全体に亘って分散することで、その結果、氷の厚みがフェリチンの直径に従って均一に薄く形成されたものと推察された。
【0089】
よって、ホモ多量体タンパク質の種類に関わらず、厚みや粒子径が揃っているホモ多量体タンパク質を用いることで、グリッドの氷の厚みを薄く均一に制御できることが確かめられた。
【0090】
[実施例4]
(不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質による氷の厚みの制御及び目的タンパク質の分散効果)
グリッドの観察領域の中央部に凝集しやすい性質の目的タンパク質について、不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質と混合することで、グリッドの氷の厚みを薄く均一に制御しながら、グリッドの観察領域の中央部への目的タンパク質の凝集を抑制し、目的タンパク質を観察領域全体に分散することを検討した。
【0091】
1.融合タンパク質の発現及び精製
目的タンパク質としては、HAタンパク質(MyBioSource社製、MBS434205)を使用した。融合タンパク質としては、フェリチンの単量体のN末端に、不凍タンパク質として、I型不凍タンパク質であるHPLC6ペプチドが結合した融合タンパク質を上記実施例3の「1.」と同様の方法で発現及び精製した。
【0092】
2.試料グリッドの作製
HAタンパク質及びHPLC6ペプチドを融合したフェリチンを含む試料については、HAタンパク質の濃度が3.0μM、HPLC6ペプチドを融合したフェリチンの濃度が1.0μMとなるように緩衝液(組成:20mM Tris-HCl(pH7.5)、100mM NaCl、5mM MgCl)で希釈して、実施例1の「2.」と同様の方法を用いて、試料グリッドを作製した。
【0093】
3.クライオ電子顕微鏡による観察
上記「2.」で作製した各凍結グリッドを、クライオ電子顕微鏡(Thermo Fisher Scientific社製、Talos Arctica)に挿入し、加速電圧200kVにて観察、撮影した。結果を図4に示す。
【0094】
図4の左側の画像に示すように、ホール内部が全体的に白っぽくなっており、均一で薄い氷が形成されていることが確認された。また、図4の右側の画像に示すように、HAタンパク質が観察領域全体に分散していた。
【0095】
よって、目的タンパク質と不凍タンパク質が結合したホモ多量体タンパク質とを組み合わせて用いることで、グリッドの氷の厚みを薄く均一に制御しながら、目的タンパク質を観察領域全体に分散できることが確かめられた。
【0096】
[実施例5]
(不凍タンパク質の気液界面保護による目的タンパク質の気液界面への吸着抑制効果による姿勢の偏りの抑制)
特定の姿勢で気液界面に吸着しやすい性質の目的タンパク質について、不凍タンパク質と混合することで気液界面保護し、目的タンパク質が気液界面に衝突して吸着することを抑制することで、目的タンパク質の姿勢の偏りを抑制することを検討した。
【0097】
1.目的タンパク質及び不凍タンパク質の準備
目的タンパク質としては、Inosine-5’-monophosphate dehydrogenase 2(IMPDH2)の変異体Y12A(以下、「IMPDH2(Y12A)」と称する場合がある)を使用した。IMPDH2(Y12A)は、野生型のIMPDH2をコードする遺伝子を含むプラスミドに、Y12A変異を導入した後、大腸菌で発現して調製した。不凍タンパク質としては、I型不凍タンパク質であるHPLC6ペプチド(アミノ酸配列:配列番号1)を、GST融合タンパク質として大腸菌で発現した後、GSTを切断し精製して用いた。
【0098】
2.試料グリッドの作製
IMPDH2(Y12A)及びHPLC6ペプチドを含む試料については、IMPDH2(Y12A)とHPLC6ペプチドのモル比が1:1.25となるように緩衝液(組成:20mM Tris-HCl(pH7.5)、100mM NaCl、5mM MgCl)で希釈して、実施例1の「2.」と同様の方法を用いて、試料グリッドを作製した。グリッドとして、膜穴グリッド(Quantifoil R1.2/1.3 Cu 300)及びグラフェングリッド(株式会社エアメンブレン社製、2層グラフェンTEMグリッド Quantifoil R1.2/1.3 300mesh Au 親水化処理済)を用いた。対照として、目的タンパク質のみを含む試料も準備した。
【0099】
3.クライオ電子顕微鏡による観察
上記「2.」で作製した各凍結グリッドを、クライオ電子顕微鏡(Thermo Fisher Scientific社製、Talos Arctica)に挿入し、加速電圧200kVにて観察、撮影した。結果を図5に示す。図5において、符号「T]は、IMPDH2(Y12A)を上から投影した粒子像であることを示し、符号「S」は、IMPDH2(Y12A)を横から投影した粒子像であることを示している。
【0100】
図5の(A)及び(C)に示すように、目的タンパク質であるIMPDH2(Y12A)のみを含む試料では、特定の姿勢で気液界面に吸着しており、IMPDH2(Y12A)を上から投影された粒子像の数が多数を占めていた。一方、図5の(B)及び(D)に示すように、IMPDH2(Y12A)とHPLC6ペプチドを含む試料では、IMPDH2(Y12A)を横や斜め上から投影した粒子像も観察された。
【0101】
よって、目的タンパク質とHPLC6ペプチドを混合して用いることで、目的タンパク質が気液界面に衝突して吸着することを抑制して、様々な方向で投影された粒子像を数多く収集できることが確かめられた。
【0102】
[実施例6]
(不凍タンパク質以外の両親媒性タンパク質による目的タンパク質の非晶質カーボン膜への吸着抑制効果)
グリッド中の非晶質カーボン膜に吸着しやすい性質の目的タンパク質について、不凍タンパク質以外の両親媒性タンパク質と目的タンパク質の融合タンパク質を調製することで、非晶質カーボン膜への吸着を抑制し、目的タンパク質を観察領域全体に分散することを検討した。
【0103】
1.融合タンパク質の発現及び精製
目的タンパク質としては、フェリチンを使用した。フェリチンの単量体のN末端に、不凍タンパク質以外の両親媒性タンパク質の一例としてのKALAペプチドを含むアミノ酸配列(配列番号11)からなるタンパク質を結合した融合タンパク質をコードする核酸を、プラスミドベクターpET-28a(Novagen社製)に挿入した。この融合タンパク質では、リンカー配列(アミノ酸配列:配列番号8)を介して、フェリチンの単量体と、KALAペプチドを含むタンパク質とが連結されている。当該ベクターを大腸菌BL21(DE3)株に形質転換した。発現誘導した大腸菌の可溶性画分から目的タンパク質をニッケルカラムにより精製、Hisタグを切断後ゲルろ過カラムによりさらに精製した。
また、対照として、実施例3の「1.」で詳述した、両親媒性タンパク質の配列を含まない大腸菌発現系を用いて得られたフェリチンのみの試料も用意した。
【0104】
2.試料グリッドの作製
KALAペプチドが結合したフェリチンを含む試料、及びフェリチンのみを含む試料について、タンパク質濃度が2.0μMとなるように、緩衝液(組成:20mM Tris-HCl(pH7.5)、100mM NaCl、5mM MgCl)で希釈して、実施例1の「2.」と同様の方法を用いて、試料の凍結グリッドを作製した。
【0105】
3.クライオ電子顕微鏡による観察
上記「2.」で作製した各凍結グリッドを、クライオ電子顕微鏡(Thermo Fisher Scientific社製、Talos Arctica)に挿入し、加速電圧200kVにて観察、撮影した。
【0106】
図6Aは、実施例6におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたフェリチンの画像であり、図6Bは、実施例6におけるクライオ電子顕微鏡で撮影されたフェリチンとKALAペプチドとの融合タンパク質の画像である。
【0107】
図6Aに示すように、フェリチンのみを含む凍結グリッドでは、ホール中央にフェリチンが観察されず、ホール周辺の非晶質カーボン膜にフェリチンが吸着しており、フェリチンが観察領域全体に分散していなかった。
【0108】
これに対して、図6Bに示すように、KALAペプチドが結合したフェリチンを含む凍結グリッドでは、矢印で示したホール中央、及びホール周辺のいずれにも万遍なく融合タンパク質の粒子が分散していた。
【0109】
以上の結果から、不凍タンパク質以外の両親媒性タンパク質であっても、目的タンパク質がホール周辺の非晶質カーボン膜に吸着してしまうことを効果的に抑制できることが確認できた。本実施形態はHPLC6以外のタンパク質、例えば他の両親媒性αヘリックス構造を有するタンパク質、その他の不凍タンパク質、およびその他の両親媒性タンパク質に応用可能であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本実施形態のクライオ電子顕微鏡用試料によれば、試料中の目的タンパク質の電子線入射方向に対する望ましくない姿勢の偏り及び気液界面への衝突及び吸着が抑制されており、且つ、目的タンパク質が観察領域全体に分散したクライオ電子顕微鏡用試料が得られる。また、本実施形態のクライオ電子顕微鏡用試料によれば、試料の氷の厚みが均一に制御されたクライオ電子顕微鏡用試料が得られる。
【符号の説明】
【0111】
S…タンパク質を横から投影した粒子像、T…タンパク質を上から投影した粒子像
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6A
図6B
【配列表】
2024089664000001.xml