(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024089708
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】磁性積層膜、磁気メモリ素子、及び磁気メモリ
(51)【国際特許分類】
H01L 29/82 20060101AFI20240627BHJP
H10N 52/00 20230101ALI20240627BHJP
H10B 61/00 20230101ALI20240627BHJP
H01F 10/32 20060101ALI20240627BHJP
H01F 10/30 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H10N52/00 Z
H10B61/00
H01F10/32
H01F10/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022205064
(22)【出願日】2022-12-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「傾斜材料のスピン流を用いた磁化反転」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】介川 裕章
(72)【発明者】
【氏名】ハ ツォン
(72)【発明者】
【氏名】ソン ジェユアン
(72)【発明者】
【氏名】温 振超
(72)【発明者】
【氏名】シェーク トーマス
(72)【発明者】
【氏名】大久保 忠勝
(72)【発明者】
【氏名】三谷 誠司
【テーマコード(参考)】
4M119
5E049
5F092
【Fターム(参考)】
4M119AA05
4M119AA06
4M119AA17
4M119BB01
4M119BB20
4M119CC05
4M119CC10
4M119DD08
4M119DD09
4M119DD17
4M119DD24
4M119DD25
4M119DD47
4M119EE01
4M119EE23
4M119EE27
5E049AA04
5E049BA30
5E049CB02
5E049DB12
5F092AA02
5F092AA03
5F092AA06
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5F092AD23
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5F092BB36
5F092BB42
5F092BB43
5F092BB44
5F092BB53
5F092BC03
5F092BC07
5F092BC22
5F092BC43
(57)【要約】
【課題】スピン軌道トルク書き込み型MRAM(SOT-MRAM)に用いて好適な、磁性積層膜を提供することを目的とする。
【解決手段】磁気メモリ素子用の磁性積層膜であって、磁気反転のためのスピン流を生成するチャンネル層10と、チャンネル層10と隣接し、反転可能な磁化を有する強磁性層を含有する第1強磁性層20と、を備え、チャンネル層10はRu
1-xCu
x(0.10≦x≦0.90)よりなり、チャンネル層10の膜厚は2nm~30nmの範囲であるものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気メモリ素子用の磁性積層膜であって、
磁気反転のためのスピン流を生成するチャンネル層と、
前記チャンネル層と隣接し、反転可能な磁化を有する強磁性層を含有する第1強磁性層と、
を備え、
前記チャンネル層はRu1-xCux(0.10≦x≦0.90)よりなり、
前記チャンネル層の膜厚は2nm~30nmの範囲である、
ことを特徴とする磁性積層膜。
【請求項2】
前記チャンネル層の結晶構造は、Ruリッチ組成では六方最密充填構造(HCP:hexagonal close-packed)であり、Cuリッチ組成では立方最密充填構造(FCC:face-centered cubic)であり、Ruリッチ組成とCuリッチ組成の中間では六方最密充填構造と立方最密充填構造の両方が存在している
ことを特徴とする請求項1に記載の磁性積層膜。
【請求項3】
前記チャンネル層はRu1-xCux(0.25≦x≦0.75)である、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の磁性積層膜。
【請求項4】
さらに、前記チャンネル層と前記第1強磁性層の間に挿入された導電性の非磁性層を有し、
前記非磁性層の膜厚は0.2nm~10nmの範囲である、
ことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の磁性積層膜。
【請求項5】
さらに、前記チャンネル層と前記第1強磁性層が積層される基板を含む、
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の磁性積層膜。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の磁性積層膜と、
前記第1強磁性層に隣接し、絶縁性の材料から構成されるバリア層と、
前記バリア層と隣接し、少なくとも一層の磁化の方向の固定された強磁性層を有する参照層と、
前記参照層に隣接し、導電性の材料から構成されるキャップ層と、
前記チャンネル層の長手方向の一端に、電流の導入が可能な第1端子と、
前記チャンネル層の長手方向の他端に、電流の導入が可能な第2端子と、
前記キャップ層に、電流の導入が可能な第3端子と、
を備えることを特徴とする磁気メモリ素子。
【請求項7】
前記第1強磁性層に接続された第4端子を備える。
ことを特徴とする請求項6に記載の磁気メモリ素子。
【請求項8】
前記第1強磁性層は膜面の面外に垂直な方向で反転可能な磁化を有する
ことを特徴とする請求項6又は7に記載の磁気メモリ素子。
【請求項9】
前記第1強磁性層は膜面内で前記第1端子と前記第2端子とを結ぶ線分と直交する方向に反転可能な磁化を有する、
ことを特徴とする請求項6又は7に記載の磁気メモリ素子。
【請求項10】
前記第1強磁性層は膜面内で前記第1端子と前記第2端子とを結ぶ線分と平行な方向に反転可能な磁化を有する、
ことを特徴とする請求項6又は7に記載の磁気メモリ素子。
【請求項11】
前記第1強磁性層は、第1磁化領域と、前記第1磁化領域を挟んで配置された第2磁化領域と第3磁化領域とを有し、
前記第2磁化領域の磁化と前記第3磁化領域の磁化とは互いに異なる方向に固定されており、
前記第1磁化領域の磁化は反転可能であり、前記第2磁化領域の磁化または前記第3磁化領域の磁化のいずれか一方と同一方向を向くことができる、
ことを特徴とする請求項6乃至10のいずれか1項に記載の磁気メモリ素子。
【請求項12】
請求項6乃至11のいずれか1項に記載の磁気メモリ素子と、
前記磁気メモリ素子に書き込み電流を流すことにより、前記磁気メモリ素子にデータを書き込む書き込み手段と、
前記バリア層を貫通する方向に電流を流してトンネル抵抗を求めることにより、前記磁気メモリ素子に書き込まれているデータを読み出す読み出し手段と、
を備えることを特徴とする磁気メモリ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性積層膜、磁気メモリ素子、及び磁気メモリに関する。
【背景技術】
【0002】
スピントロニクスの技術を用いた新規不揮発メモリデバイスとして、高速動作が期待できる3端子型磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)の開発が進んでいる。3端子型MRAMではその情報書き込み(磁性層の磁化反転)のため、スピン軌道トルクと呼ばれる磁気的なトルクを誘起して磁化反転を実現するスピン軌道トルク書き込み型MRAM(SOT-MRAM)に特に注目が集まっている[非特許文献1]。この実現のためには書き込みチャンネル層(スピン流生成層)として、大きなスピン流を生成可能な上、電気抵抗も小さいことが求められている。
【0003】
特許文献1では、5d遷移金属、例えば、タングステン(W)、タンタル(Ta)を含む重金属層10と第1強磁性層20が隣接して積層された構造を有する磁性積層膜が開示されており、重金属層10、第1強磁性層20、バリア層30に用いる材料の組み合わせによってスピン軌道トルクの働く方向が決まり、それによって「1」の書き込みと「0」の書き込みとにおける電流の方向が決定される磁気メモリ素子用の磁性積層膜が提案されている。
特許文献2では、強磁性金属薄膜2の磁化方向を反転させるために、反転リード線3を通して反転スピン流を強磁性金属薄膜2に注入するスピン注入磁化反転工程と、強磁性金属薄膜2の磁化方向の反転を補助するために、補助リード線4を通して補助スピン流を強磁性金属薄膜2に注入する補助スピン流注入工程とを包含することで、小さな電流密度で高速に強磁性金属の磁化を反転させる磁気メモリ装置が提案されている。
【0004】
SOT-MRAMでは非磁性層の薄膜層(チャンネル)を有しており、これがスピン軌道トルクを生み出すためのスピン流生成配線として働く。このスピン流生成配線上にメモリセルとなる磁気トンネル接合(MTJ)を隣接させ、スピン流生成配線にそって電流を流すと、その電流とは垂直方向に電子スピンの流れ「スピン流」が生成される。このスピン流によって隣接したMTJの片側の磁性層に十分大きなトルクを与えることで磁化反転が起こる。この構造は、MTJの記録情報の読み出しと書き込みで異なる電流経路が使えるため、動作マージンを広く取ることができるため高速動作が可能である上、素子の耐久性も大きく向上する。しかし、動作には大きなスピン流生成効率が必要である。この効率の指標としてスピンホール角(=生成されたスピン流/流した電流)が用いられる。また、この層は素子間の電気配線を兼ねるため低抵抗であることが必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2017/208576号公報
【特許文献2】特開2020-194927号公報
【特許文献3】WO2020/166722号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】V. Krizakova, M. Perumkunnil, S. Couet, P. Gambardella, K. Garello, J. Magn. Magn. Mater., Vol. 562, p. 169692 (2022).
【非特許文献2】Y. Niimi, M. Morota, D. H. Wei, C. Deranlot, M. Basletic, A. Hamzic, A. Fert, and Y. Otani, Phys. Rev. Lett., Vol. 106, p. 126601 (2011).
【非特許文献3】Z. Wen, J. Kim, H. Sukegawa, M. Hayashi, and S. Mitani, AIP Adv., Vol. 6, p. 056307 (2016)
【非特許文献4】Angew. Chem. Int. Ed., Vol. 58, pp. 2230-2235 (2019).
【非特許文献5】H. Masuda, R. Modak, T. Seki, K. Uchida, Y.-C. Lau, Y. Sakuraba, R. Iguchi, and K. Takanashi, Commun Mater., Vol. 1, p. 75 (2020).
【非特許文献6】C.O. Avci, K. Garello, A. Ghosh, M. Gabureac, S.F. Alvarado, and P. Gambardella, Nature Phys., Vol. 11, pp. 570-576 (2015).
【非特許文献7】C. O. Avci, K. Garello, M. Gabureac, A. Ghosh, A. Fuhrer, S. F. Alvarado, P. Gambardella, Phys. Rev. B Vol. 90, p. 224427 (2014).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Ru、Cuとも低抵抗な金属であるがスピン流変換効率は非常に小さい(スピンホール角:Cu~0[非特許文献2]、Ru~0.56%[非特許文献3])ことが知られておりスピン流生成層として用いることができなかった。Ru-Cuは、バルクでは合金を形成しない組み合わせであり、それぞれの固溶域も非常に狭く合金化は困難と思われていた。ごく最近、Ru-Cuがナノメートルスケールの粒子の場合に合金化することが報告されている[非特許文献4]。しかし、Ru-Cuがナノメートルスケールの粒子よりもサイズが大きい薄膜として安定に得られるか、またRu-Cu合金が薄膜として得られるとしても、そのスピンホール効果については未知の領域であった。
【0008】
本発明はこのような課題を解決するもので、スピン軌道トルク書き込み型MRAM(SOT-MRAM)に用いて好適な、磁性積層膜を提供することを目的とする。
本発明の他の目的は、上記の磁性積層膜を用いた磁気メモリ素子、及び磁気メモリを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、原子膜厚レベルの積層膜とし、Ru/Cuの各界面によってスピン流生成の可能性を探ることを目的として、実験を重ねていった。しかし、意外なことに、当初の予想に反してRu-Cuが均質な固溶体として得られることが判明した(ナノ人工合金膜)。このナノ合金生成の実現に寄与したと考えられる要因として、高エネルギーのスパッタプロセスによる強制固溶体化の促進が考えられる。また、RuとCuは単結晶成長が可能な組み合わせであり格子整合性も比較的良いことも形成の要因と考えられる。合金化により純Cu、純Ruよりも桁違いに大きいスピンホール角(3.5%)が得られることが判明し、スピントロニクス素子用のスピン流有望材料であることがわかり、本発明を想到するに至った。
Cu-Irの系でも固溶域を超えた合金化の実現によりスピン流生成効率の向上が報告されている[非特許文献5]。一方、本発明は固溶域が存在するCu-Irとは異なり完全非固溶系である。またIrそのものが大きなスピンホール効果を示し、純金属として効果が小さい本発明とは異なる。
【0010】
[1]本発明の磁性積層膜は、例えば
図1に示すように、磁気メモリ素子用の磁性積層膜であって、
磁気反転のためのスピン流を生成するチャンネル層10と、チャンネル層10と隣接し、反転可能な磁化を有する強磁性層を含有する第1強磁性層20と、を備え、
チャンネル層10はRu
1-xCu
x(0.10≦x≦0.90)よりなり、チャンネル層10の膜厚は2nm~30nmの範囲であるものである。
[2]本発明の磁性積層膜[1]において、好ましくは、チャンネル層の結晶構造はRuリッチ組成では六方最密充填構造(HCP:hexagonal close-packed)であり、Cuリッチ組成では立方最密充填構造(FCC:face-centered cubic)であり、Ruリッチ組成とCuリッチ組成の中間では六方最密充填構造と立方最密充填構造の両方が存在しているとよい。
[3]本発明の磁性積層膜[1]又は[2]において、好ましくは、チャンネル層10はRu
1-xCu
x(0.25≦x≦0.75)であるとよい。
[4]本発明の磁性積層膜[1]~[3]において、好ましくは、さらに、チャンネル層10と第1強磁性層20の間に挿入された導電性の非磁性層を有し、前記非磁性層の膜厚は0.2nm~10nmの範囲であるとよい。
[5]本発明の磁性積層膜[1]~[4]において、好ましくは、さらに、チャンネル層10と第1強磁性層20が積層される基板70を含むとよい。
【0011】
[6]本発明の磁気メモリ素子は、例えば
図2~
図6に示すように、[1]~[4]のいずれか1項に記載の磁性積層膜と、第1強磁性層20に隣接し、絶縁性の材料から構成されるバリア層30と、バリア層30と隣接し、少なくとも一層の磁化の方向の固定された強磁性層を有する参照層40と、参照層40に隣接し、導電性の材料から構成されるキャップ層50と、チャンネル層10の長手方向の一端に、電流の導入が可能な第1端子T1と、チャンネル層10の長手方向の他端に、電流の導入が可能な第2端子T2と、キャップ層50に、電流の導入が可能な第3端子T3と、を備えることを特徴とする。
[7]本発明の磁気メモリ素子[6]において、第1強磁性層20に接続された第4端子T4を備えるとよい。
[8]本発明の磁気メモリ素子[6]において、第1強磁性層20は膜面の面外に垂直な方向で反転可能な磁化を有するとよい。
[9]本発明の磁気メモリ素子[6]において、第1強磁性層20は膜面内で第1端子T1と第2端子T2とを結ぶ線分と直交する方向に反転可能な磁化を有するとよい。
[10]本発明の磁気メモリ素子[6]において、第1強磁性層20は膜面内で第1端子T1と第2端子T2とを結ぶ線分と平行な方向に反転可能な磁化を有するとよい。
[11]本発明の磁気メモリ素子[6]において、第1強磁性層20は、第1磁化領域と、前記第1磁化領域を挟んで配置された第2磁化領域と第3磁化領域とを有し、
前記第2磁化領域の磁化と前記第3磁化領域の磁化とは互いに異なる方向に固定されており、
前記第1磁化領域の磁化は反転可能であり、前記第2磁化領域の磁化または前記第3磁化領域の磁化のいずれか一方と同一方向を向くことができるとよい。
【0012】
[12]本発明の磁気メモリは、[6]~[11]のいずれか1項に記載の磁気メモリ素子と、
前記磁気メモリ素子に書き込み電流を流すことにより、前記磁気メモリ素子にデータを書き込む書き込み手段と、
バリア層30を貫通する方向に電流を流してトンネル抵抗を求めることにより、前記磁気メモリ素子に書き込まれているデータを読み出す読み出し手段と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の磁性積層膜によれば、RuとCuが合金化した薄膜によって大きくスピン流生成効率が向上するため、スピン軌道トルク書き込み型MRAM(SOT-MRAM)向けの基本構造の磁気デバイス構造に用いて好適である。
本発明の磁気メモリ素子、及び磁気メモリによれば、RuとCuが合金化した薄膜によって大きくスピン流生成効率が向上した磁性積層膜を用いているので、高性能のスピン軌道トルク書き込み型MRAM(SOT-MRAM)が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施の形態に係る磁性積層膜の構造を示す正面図である。
【
図2A】
図1の磁性積層膜を使用した磁気メモリ素子の斜視図である。
【
図2B】
図2Aの磁気メモリ素子の正面図(X-Z面)である。
【
図2C】
図2Aの磁気メモリ素子の側面図(Y-Z面)である。
【
図2D】
図2Aの磁気メモリ素子の平面図(X-Y面)である。
【
図3】(A)、(B)は、
図2Aの磁気メモリ素子のメモリ状態を示す図であり、(A)は「0」を記憶した状態、(B)は「1」を記憶した状態における磁化状態である。
【
図4】(A)、(B)は、
図2Aの磁気メモリ素子への情報の書き込み方法を示す図であり、(A)は「1」の書き込み、(B)は「0」の書き込みの方法である。
【
図5】(A)、(B)は、
図2Aの磁気メモリ素子からの情報の読み出し方法を示す図であり、(A)は「0」を記憶した状態、(B)は「1」を記憶した状態での読み出しの方法である。
【
図6】
図2Aの磁気メモリ素子を使用した1ビット分のメモリセル回路の回路構成の例を示す図である。
【
図7】
図6に示すメモリセル回路を複数個配置した磁気メモリのブロック図である。
【
図8A】本発明の変形例に係る磁気メモリ素子の平面図(X-Y面)である。
【
図8B】本発明の変形例に係る磁気メモリ素子の平面図(X-Y面)である。
【
図8C】本発明の変形例に係る磁気メモリ素子の平面図(X-Y面)である。
【
図8D】本発明の変形例に係る磁気メモリ素子の平面図(X-Y面)である。
【
図9】
図2Aの磁気メモリ素子の膜厚を説明するための図である。
【
図10】本発明の変形例に係る磁気メモリ素子の正面図(X-Z面)である。
【
図11】(a)は本発明の一実施例を示すRu
50Cu
50スピン流生成層を有する積層デバイスの断面模式図、(b)はRu
50Cu
50薄膜の積層状態、(c)はUSMR信号の外部磁場依存性(電流密度9MA/cm
2)を示している。
【
図12】(a)は本発明の一実施例を示すRu
50Cu
50スピン流生成層の断面STEM像、(b)はCu原子とRu原子のエネルギー分散型X線分光(EDS:Energy dispersive X-ray spectrometry)組成プロファイルを示している。
【
図13】(a)はRu
50Cu
50スピン流生成層とCoFeB磁性層を用いた積層デバイスの構造模式図、(b)はハーモニックホール信号(基本成分)の面内磁場角度依存性、(c)はハーモニックホール信号(第2高調波成分)の面内地場方向依存性、(d)は磁場に対するA成分のプロットを示している。(b)~(d)の実線は理論式フィッティング結果を示している。
【
図14】(a)はRu
25Cu
75組成を用いた積層デバイスの断面模式図、(b)はRu
25Cu
75薄膜の積層状態、(c)は作製した積層デバイスのEDS組成深さ方向プロファイルを示している。
【
図15】(a)はRu
75Cu
25組成を用いた積層デバイスの断面模式図(b)はRu
75Cu
25薄膜の積層状態、(c)は作製した積層デバイスのEDS組成深さ方向プロファイルを示している。
【
図16】各RuCu組成におけるUSMR飽和信号値の電流密度依存性を示すもので、(a)はRu
25Cu
75組成、(b)はRu
50Cu
50組成、(c)はRu
75Cu
25組成を示している。
【
図17】(a)は単結晶Ru下地上に形成したRu
50Cu
50スピン流生成層を有する積層デバイスの断面模式図、(b)はRu
50Cu
50薄膜の積層状態、(c)は積層デバイスのRu
50Cu
50近傍の断面STEM像、(d)はUSMR信号の外部磁場依存性(電流密度27MA/cm
2)を示している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、詳細に説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る磁性積層膜の構造を示す正面図である。磁性積層膜は、チャンネル層10と第1強磁性層20が隣接して積層された構造を有するもので、基板70側にチャンネル層10が位置し、保護層80側に第1強磁性層20が位置する。ここで、「隣接」には、直接隣接する構造に限らず、以下で説明する機能を害さない範囲で、他の層、空間等を介して、配置されている構造も含む。以下の説明においても、同様とする。
【0016】
チャンネル層10は、磁気反転のためのスピン流を生成するもので、Ru
1-xCu
x(0.10≦x≦0.90、更に好ましくは、0.25≦x≦0.75)よりなるものであり、Ru
1-xCu
xの結晶構造はRuリッチ組成では六方最密充填構造(HCP:hexagonal close-packed)であり、Cuリッチ組成では立方最密充填構造(FCC:face-centered cubic)であり、Ruリッチ組成とCuリッチ組成の中間では六方最密充填構造と立方最密充填構造の両方が存在している。ここでRuリッチ組成とは、0.10≦x≦0.40の範囲をいう。Cuリッチ組成とは、0.60≦x≦0.90の範囲をいう。Ruリッチ組成とCuリッチ組成の中間とは、0.40<x<0.60の範囲をいう。
xが0.10未満(0.90超)とすると、積層数が原子10層相当の場合には最低1層(9層)であるため物理的に実現が困難なためである。またxが0.10未満および0.90超において均質な合金がもし得られたとしても、一方の原子濃度が薄すぎるため効果を失うためである。好適にはチャンネル層10の膜厚は、2nm~30nmであり、更に好ましくは、4nm~10nmである。膜厚を2nm未満とすると、作製上薄膜化が困難であること、電気配線として機能させることが困難であるためである。膜厚を30nm超とすると、膜を構成する元素のスピン拡散長に近づきスピン流生成機能が弱まるためである。
ここでいう膜厚とは、第1強磁性層20と隣接している部分のチャンネル層10の厚さをいう。例えば、
図2Aに示す磁気メモリ素子100において、チャンネル層10のうち、その上部に第1強磁性層20が形成されている領域の厚さを意味する。また、チャンネル層10の一方向スピンホール磁気抵抗効果(USMR:Unidirectional spin Hall magnetoresistance)信号は、典型的には10MA/cm
2の電流密度において、0.5~1.5mΩである。
【0017】
第1強磁性層20は、強磁性体から構成され、保持している磁化の向き(SからNに向かう方向)が反転可能な特性を有する。第1強磁性層20における反転可能な磁化の方向は、
図1に矢印で示される。
図1に示す実施の形態においては、その磁化の方向は、膜面の面外に垂直方向で、上向きと下向きの間で反転可能である。第1強磁性層20の厚さは0.5nm~10nm、より好ましくは0.8~5nmがよく、面内磁化膜、垂直磁化膜のいずれにも対応できる。磁性層材料としては、CoFeB、Co-Fe、Ni-Fe、Ni、Ni-Cu、Coを用いることができ、垂直膜としては、(Co,Fe)-(Pt,Pd)合金などを用いることができる。
【0018】
基板70は、磁性積層膜のチャンネル層10と第1強磁性層20がこの順で積層されるもので、Al2O3サファイア(0001)基板、シリコン基板、MgO基板等が用いられる。
保護層80は、例えばMgO層よりなるもので、酸化保護膜として機能する。保護層80は、例えばスパッタ成膜によりMg層を第1強磁性層20上に製膜する。このMg層は大気中に取り出し後、自然酸化されてMgOと変化して、保護層80となる。なお、保護層80は後述する実施例1~4において、磁性積層膜のスピン流生成層の働きを測定する為に設けられているものであり、磁気メモリ素子100に用いる場合には設けられていない。
【0019】
図2Aは、磁性積層膜を使用した磁気メモリ素子100の構造を示している。磁気メモリ素子100の正面図(X-Z面)は
図2Bに、側面図(Y-Z面)は
図2Cに、平面図(X-Y面)は
図2Dに示される。
【0020】
図2A~
図2Cに示すように、磁気メモリ素子100は、チャンネル層10と第1強磁性層20よりなる磁性積層膜と、バリア層(絶縁層)30と、参照層40と、キャップ層50がこの順に積層されて構成され、さらに第1端子T1と、第2端子T2と、第3端子T3とを備える。第1端子T1は磁性積層膜の一端に、第2端子T2は磁性積層膜の他端に接続されている。詳細には、第1端子T1、第2端子T2は磁性積層膜のうちのチャンネル層10の両端部に接続されている。
基板については、図示を省略しており、これによって、第1端子T1、第2端子T2を図示する際の理解を容易にしている。以下の図面においても基板については同様に図示を省略する。
なお、以下の説明において、磁性積層膜の長軸方向(延伸方向)をX方向、短軸方向をY方向、X方向とY方向に直交する方向をZ方向とするXYZ座標系を設定し、適宜参照する。
【0021】
バリア層30は、磁性積層膜のうちの第1強磁性層20に隣接して設けられている。バリア層30は絶縁性の材料から構成されている。材料としては例えばMgO、Al-O、Mg-Al-O、Mg-Ga-Oであり、これらの積層膜からなっていても良い。
【0022】
参照層40は、少なくとも一層の強磁性層を具備する。参照層40は、この実施の形態では、第2強磁性層41、結合層42、第3強磁性層43がこの順に積層された構造を有している。参照層40は、1枚の強磁性層、あるいは3層以上の強磁性層を有していても構わない。参照層40を構成する強磁性層(より厳密には、バリア層30と隣接する第2強磁性層41)の磁化の方向は、実質的に固定されている。第2強磁性層41の磁化は、実質的に上向きに、第3強磁性層43の磁化は実質的に下向きに固定されている。結合層42は、第2強磁性層41の磁化の方向と第3強磁性層43の磁化の方向とを反平行方向に結合させる働きを有している。この場合の結合メカニズムとしては、RKKY(Ruderman Kittel Kasuya Yoshida)相互作用などを用いることができる。結合層42を介して2層の強磁性層を反平行方向に結合させることによって、第1強磁性層20に印加される合計の磁場を低減し、二つのメモリ状態(磁化が上向きの状態と下向きの状態)のエネルギーを対称にすることができる。また、参照層40からの漏れ磁場を低減することができる。
【0023】
第1強磁性層20、バリア層30、第2強磁性層41により磁気トンネル接合が形成されている。
キャップ層50は、導電性の材料から構成されている。キャップ層50は、上述の磁気トンネル接合を保護する働きを有している。図示されている垂直磁化膜の代わりに、各磁性層に面内磁化膜を用いる場合は、キャップ層50と参照層40間に反強磁性層を導入することで磁化配列を制御する働きを有する。反強磁性層として5~15nmの厚さのIr-Mn、Pt-Mnなどを用いることができる。キャップ層50に第3端子T3が接続されている。
【0024】
図2Bに示すように、磁気メモリ素子100は3つの端子を有している。ただし、本実施の形態に係る磁気メモリ素子は、3つ以上の端子を有していればよい。例えば、第1端子T1、第2端子T2はチャンネル層10に接続されており、第3端子T3はキャップ層に接続され、第4の端子(図示されていない)は第4強磁性層(図示されていない)に接続されていても良い。これらの構造の場合、第4強磁性層は、バリア層30に隣接し、第1強磁性層20との間に設けられている。また、第4強磁性層は反転可能な磁化を有し、その方向は第1強磁性層20の磁化の方向を反映して変化する。また、第4の端子は第1強磁性層20に配置されてもよい。即ち、また、第4の端子は第1強磁性層20に直接又は間接的に電気的に接続されていればよい。
【0025】
次に、
図3を用いて、磁気メモリ素子100が「0」、「1」の情報を記憶した状態における磁化の構造を説明する。
【0026】
磁気メモリ素子100が、「0」の情報を記憶した状態での磁化の構造を模式的に示した正面図を
図3(A)に、「1」の情報を記憶した状態での磁化の構造を模式的に示した正面図を
図3(B)に示す。磁気メモリ素子100が、「0」を記憶した状態においては、第1強磁性層20の磁化は上方向を向いている。これによって磁気トンネル接合における磁化の方向は平行状態になる。磁気メモリ素子100が、「1」を記憶した状態においては、第1強磁性層20の磁化は下方向を向いている。これによって磁気トンネル接合における磁化の方向は反平行状態になる。なお、メモリの記憶データと磁化状態の定義は任意であり、例えば、
図3に示した関係と真逆であっても構わない。また、面内磁化膜によって磁気メモリ素子100を構成しても平行状態と反平行状態が実現できれば構わない。
【0027】
次に、
図4を用いて、磁気メモリ素子100に「0」、「1」の情報を書き込む方法を説明する。
図4(A)は「1」を書き込む際の動作、
図4(B)は「0」を書き込む際の動作を説明する図である。
【0028】
磁気メモリ素子100に情報を書き込む際には、スピン軌道トルクによる磁化の反転を用いる。このため、書き込み電流は、チャンネル層10の面内の方向に、第1端子T1、第2端子T2を介して流れる。
【0029】
磁気メモリ素子100では、情報の記憶をつかさどる第1強磁性層20は、垂直方向に反転可能な磁化の方向を有している。垂直方向の磁化の方向をスピン軌道トルクによって反転させる場合には、電流と平行方向の定常磁場が必要である。
図4に示すように、電流と平行方向の定常磁場としてX方向の磁場H
Xを印加する。
【0030】
「1」を磁気メモリ素子100に書き込む際には、書き込み電流IW1を第1端子T1からチャンネル層10を通って第2端子T2に流す。一方、「0」を磁気メモリ素子100に書き込む際には、書き込み電流IW0を第2端子T2からチャンネル層10を通って第1端子T1に流す。
【0031】
これによって、
図3(A)で定義した「0」を記憶した状態と
図3(B)で定義した「1」を記憶した状態との間を行き来させることができる。なお、書き込み電流の方向、面内方向の定常磁場の方向、磁化の反転方向の関係は、チャンネル層10、第1強磁性層20、バリア層30に用いる材料の組み合わせによって変わり得る。より具体的には、チャンネル層10、第1強磁性層20、バリア層30に用いる材料の組み合わせによってスピン軌道トルクの働く方向が決まり、それによって「1」の書き込みと「0」の書き込みとにおける電流の方向が決定される。
【0032】
なお、スピン軌道トルクの発現メカニズムとしては、スピンホール効果やラシュバ効果などが考えられている。ただし、本発明では、その原理はいかようであっても構わず、電流が磁性積層膜に導入されたときにスピン・軌道相互作用を介して第1強磁性層20の磁化にトルクが働き、これが磁化の方向の回転による反転を誘起しさえすればよい。
【0033】
必要な書き込み電流(密度)の大きさ、及びパルス幅は、チャンネル層10、第1強磁性層20、バリア層30に用いる材料の組み合わせによって決まる。書き込み電流の密度の大きさは典型的には0.2~2×1012A/m2である。この場合、電流がチャンネル層10を流れるものとして、チャンネル層10のY方向の幅が50nm、Z方向の膜厚が6nmとすると、書き込み電流の大きさは60~600μAである。また書き込み電流のパルス幅は典型的には0.2~5nsである。
【0034】
次に、
図5を用いて、磁気メモリ素子100から「0」、「1」の情報を読み出す方法を説明する。
磁気メモリ素子100から情報を読み出す際には、トンネル磁気抵抗効果が用いられる。
このために読み出し電流を第1強磁性層20、バリア層30、参照層40からなる磁気トンネル接合を貫通する方向に流し、「0」を記憶した状態、「1」を記憶した状態における磁気トンネル接合のトンネル抵抗の違いを利用して読み出しを行う。読み出し時には、
図5(A)、(B)に示すように、読み出し電流I
Rを第3端子T3から第1端子T1、第2端子T2に流す。このとき、
図5(A)に示した「0」を記憶した状態においては、第1強磁性層20の磁化の方向と第2強磁性層41の磁化の方向は平行であるため、抵抗は低く、基準電圧によって流れる電流は相対的に大きい。
【0035】
一方、
図5(B)に示した「1」を記憶した状態においては、第1強磁性層20の磁化の方向と第2強磁性層41の磁化の方向は反平行であるため、抵抗は高く、基準電圧によって流れる電流は相対的に小さい。言い換えると、
図5(A)に示した「0」を記憶した状態においては第1強磁性層20の磁化の方向と第2強磁性層41の磁化の方向は平行であるために抵抗は低く、基準電流を流すのに必要な電圧は相対的に小さい。一方、
図5(B)に示した「1」を記憶した状態においては、第1強磁性層20の磁化の方向と第2強磁性層41の磁化の方向は反平行であるため抵抗は高く、基準電流を流すのに必要な電圧は相対的に大きい。
【0036】
なお、磁気メモリ素子100が第4の端子を有する構造(バリア層30と第1強磁性層20との間に設けた第4強磁性層或いは第1強磁性層20に端子を設けた構造)を有する場合には、読み出し電流を第3端子T3と第4端子の間に流せばよい。書き込み電流を流す動作は上述の動作と同一である。
【0037】
(メモリセル回路)
次に、
図6を用いて、上記構成を有する磁気メモリ素子100を記憶素子として使用するメモリセル回路の構成例を説明する。
図6は、1ビット分の磁気メモリセル回路200の構成を示している。この磁気メモリセル回路200は、1ビット分のメモリセルを構成する磁気メモリ素子100と、一対の書き込みビット線WBL1、WBL2と、ワード線WLと、読み出しビット線RBLと、第1トランジスタTr1および第2トランジスタTr2と、を備える。
【0038】
磁気メモリ素子100の第3端子T3は、読み出しビット線RBLに接続されている。第1端子T1は第1トランジスタTr1のドレインに接続され、第2端子T2は第2トランジスタTr2のドレインに接続されている。第1トランジスタTr1と第2トランジスタTr2のゲート電極はワード線WLに接続されている。また、第1トランジスタTr1のソースは第1書き込みビット線WBL1に接続され、第2トランジスタTr2のソースは第2書き込みビット線WBL2に接続されている。
【0039】
磁気メモリ素子100に情報を書き込む際には、まず、磁気メモリ素子100を選択するため、ワード線WLにトランジスタTr1、Tr2をオンさせるアクティブレベルの信号を印加する。ここでは、トランジスタTr1とTr2がNチャンネルMOS(Metal Oxide Semiconductor)トランジスタから構成することとする。この場合、ワード線WLの電圧はHighレベルに設定される。これによって第1トランジスタTr1と第2トランジスタTr2はオン状態になる。一方、書き込み対象のデータに応じて、第1書き込みビット線WBL1と第2書き込みビット線WBL2の一方の電圧はHighレベルに設定され、他方の電圧はLowレベルに設定される。
【0040】
具体的には、データ“1”を書き込む場合は、第1書き込みビット線WBL1の電圧はHighレベルに設定され、第2書き込みビット線WBL2の電圧はLowレベルに設定される。これにより、
図4(A)に示すように、チャンネル層10に順方向に書き込み電流IW
1が流れ、磁気メモリ素子100にデータ“1”が書き込まれる。
【0041】
一方、データ“0”を書き込む場合は、第1書き込みビット線WBL1の電圧はLowレベルに設定され、第2書き込みビット線WBL2の電圧はHighレベルに設定される。これにより、
図4(B)に示すように、チャンネル層10に逆方向に書き込み電流IW
0が流れ、磁気メモリ素子100にデータ“0”が書き込まれる。
このようにして、磁気メモリ素子100へのビットデータの書き込みが行われる。
【0042】
一方、磁気メモリ素子100に記憶されている情報を読み出す際には、ワード線WLをアクティブレベルに設定し、第1トランジスタTr1と第2トランジスタTr2とをオン状態とする。また、読み出しビット線RBLの電圧をHighレベルに設定する。Highレベルの電圧に設定された読み出しビット線RBLより第3端子T3→キャップ層50→参照層40→バリア層30→第1強磁性層20→チャンネル層10→第1端子T1、第2端子T2→第1トランジスタTr1、第2トランジスタTr2→第1書き込みビット線WBL1、第2書き込みビット線WBL2と電流が流れる。この電流の大きさを測定することにより、磁気トンネル接合の抵抗の大きさ、即ち、記憶データが求められる。
【0043】
なお、磁気メモリセル回路200の構成や回路動作は、一例であって、適宜変更されうる。例えば、第3端子T3を読み出しビット線RBLに代えて、グラウンド線GNDに接続し、読み出しの際は、第1書き込みビット線WBL1、第2書き込みビット線WBL2の両方の電圧をHighレベル、或いは一方の電圧をHighレベル、他方をOpenにすることで、電流がチャンネル層10からキャップ層50に流れるように構成されてもよい。
【0044】
次に、
図7を参照して、磁気メモリセル回路200を複数備える磁気メモリ300の構成を説明する。
磁気メモリ300は、
図7に示すように、磁気メモリセルアレイ210、Xドライバ120、Yドライバ130、コントローラー140を備える。
【0045】
磁気メモリセルアレイ210は、N行M列のアレイ状に配置された磁気メモリセル回路200を有している。各列の磁気メモリセル回路200は、対応する列の第1書き込みビット線WBL1と第2書き込みビット線WBL2、及び読み出しビット線RBLに接続されている。また、各行の磁気メモリセル回路200は、対応する行のワード線WLに接続されている。
【0046】
Xドライバ120は、複数のワード線WLに接続されており、ローアドレスを受け、ローアドレスをデコードして、アクセス対象の行のワード線WLの電圧をアクティブレベルに駆動する(第1、第2トランジスタT11、Tr2がNチャンネルMOSトランジスタの場合、Highレベルとする)。
【0047】
Yドライバ130は、磁気メモリ素子100にデータを書き込む書き込み手段及び磁気メモリ素子100からデータを読み出す読み出し手段として機能するものである。Yドライバ130は、複数の第1書き込みビット線WBL1と第2書き込みビット線WBL2に接続されている。Yドライバ130は、カラムアドレスを受け、カラムアドレスをデコードして、アクセス対象の磁気メモリセル回路200に接続されている第1書き込みビット線BL1と第2書き込みビット線BL2を所望のデータ書き込み状態或いは読み出し状態に設定する。
【0048】
即ち、Yドライバ130は、データ「1」を書き込む場合、書き込み対象の磁気メモリセル回路200に接続された第1書き込みビット線WBL1の電圧をHighレベルとし、第2書き込みビット線WBL2の電圧をLowレベルとする。また、Yドライバ130は、データ「0」を書き込む場合は、第1書き込みビット線WBL1の電圧をLowレベルとし、第2書き込みビット線WBL2の電圧をHighレベルとする。
【0049】
さらに、磁気メモリセル回路200に記憶されている情報を読み出す際には、Yドライバ130は、読み出しビット線RBLの電圧をHighレベルに設定し、第1書き込みビット線WBL1、第2書き込みビット線WBL2をグラウンドに接続する。図示せぬセンスアンプが、読み出しビット線RBLを流れる電流と基準値とを比較して、各列の磁気メモリセル回路200の抵抗状態を判別し、これにより、記憶データを読み出す。
【0050】
コントローラー140は、データ書き込み、あるいはデータ読み出しに応じて、Xドライバ120とYドライバ130をそれぞれ制御する。
【0051】
(磁性積層膜と磁気メモリ素子の材料とサイズ)
次に、磁性積層膜、及び磁気メモリ素子100に用いることのできる材料について説明する。
【0052】
チャンネル層10は、磁気反転のためのスピン流を生成するもので、少なくともRu1-xCux(0.10≦x≦0.90、更に好ましくは、0.25≦x≦0.75)を含有する。また、チャンネル層10の結晶構造は、通常Ruリッチ組成では六方最密充填構造(HCP:hexagonal close-packed)であり、Cuリッチ組成では立方最密充填構造(FCC:face-centered cubic)であり、Ruリッチ組成とCuリッチ組成の中間では六方最密充填構造と立方最密充填構造の両方が存在している。また、チャンネル層10のUSMR電圧信号は、例えば上記のRu-Cu組成範囲内において10MA/cm2の電流密度において0.5~1.5mΩ程度の大きな値である。
【0053】
第1強磁性層20は、少なくともFe、Co、Niを含有し、自発磁化を有している。また、所望の磁気特性や結晶構造を得るために、B、C、N、O、Al、Si、P、S、Ti、V、Cr、Cu、Zn、Ga、Geなどを含有してもよい。具体的には、Fe-Co合金、Fe-Co-B合金などが例示される。また、第1強磁性層20は複数の強磁性層からなる積層膜であってもよい。例えば、Fe-Co合金とFe-Co-B合金の積層膜などが例示される。また、第1強磁性層20は少なくとも2層の強磁性層と少なくとも1層の非磁性層が積層された積層膜であってもよい。例えば、CoとPtをサブナノメートルの膜厚で交互に積層させた積層膜などが例示される。
【0054】
バリア層30は絶縁性の材料から構成される。Mg-O、Mg-Al-O、Al-O、Mg-Ga-Oなどが例示される。
参照層40を構成する第2強磁性層41、第3強磁性層43に用いることのできる材料は第1強磁性層20と同様である。ただし、第2強磁性層41と第3強磁性層43とは、第1強磁性層20よりも磁気的にハードである必要がある。結合層42は、第2強磁性層41と第3強磁性層43を磁気的に結合させることのできる導電性の材料であることが望ましい。具体的にはRuなどが例示される。参照層40の膜構成は、バリア層30側から順に、Fe-Co-B合金/Ta/[Co/Pt]積層膜/Ru/[Co/Pt]積層膜などが例示される。
【0055】
キャップ層50は導電性の材料から構成される。Ta、Ru、W、Ptなどが例示される。また、キャップ層50は複数の導電性の材料が積層された積層膜であってもよい。具体的にはTa/Ru/Taなどが例示される。
【0056】
次に、
図2Aを用いて磁気メモリ素子100のサイズと膜厚について説明する。
チャンネル層10はX方向に延在する形状を有する。チャンネル層10がX-Y面内において長方形状に形成される場合の典型的なサイズは以下の通りである。Y方向の幅は20~150nmである。X方向の長さは50~800nmである。なお、チャンネル層10は長方形以外の形状を有していても構わない。
【0057】
第1強磁性層20、バリア層30、参照層40、キャップ層50は、
図2Aに示すように、同一形状で形成されている。ただし、これらは同一形状でなくても構わない。例えば、第1強磁性層20のみはチャンネル層10と同一の形状で形成されていても構わない。さらに、その形状には任意性がある。
図2Aでは正方形状に形成された例を示したが、円形状(
図8A)に形成されていてもよく、また長方形(
図8B)や楕円形(
図8C)であってもよい。この場合の一片の長さ(あるいは直径、短径)は20~150nmである。なお、
図2Aでは、第1強磁性層20、バリア層30、参照層40、キャップ層50のY方向の長さと、チャンネル層10のY方向の長さが同一である例を示したが、
図8Dに示すように、これらは異なっていても構わない。
【0058】
次に各層の膜厚について
図9を用いて説明する。
チャンネル層10の膜厚t
10は5nm以上、30nm以下であることが望ましい。チャンネル層10の膜厚t
10が5nm未満であると、後述する製造プロセスにおいて十分なプロセスマージンを確保することができない。膜厚t
10が5nm以上に設定されることによって十分なプロセスマージンを確保することができる。また、チャンネル層10の膜厚t
10が30nmを超えると、書き込み電流が大きくなってしまう。ここでいうチャンネル層10の膜厚t
10は、第1強磁性層20と隣接している部分の膜の厚さをいう。言い換えると、チャンネル層10のうち、その上部に第1強磁性層20が形成されている領域の厚さを意味する。
【0059】
第1強磁性層20の膜厚t20は典型的には0.5nm以上、10nm以下である。
バリア層30の膜厚t30は典型的には0.8nm以上、3nm以下である。
参照層40の合計膜厚t40は2nm以上、15nm以下である。
キャップ層50の膜厚t50は1nm以上、50nm以下である。
【0060】
(実施例)
次に、磁性積層膜及び磁気メモリ素子100に関して発明者らが行った実験結果を示す。
【実施例0061】
熱処理によって表面クリーニングを行ったAl
2O
3サファイア(0001)基板(2cm角)を真空チャンバーに導入した。真空チャンバーの到達真空度は10
-7Pa台である。
基板上にRu、Cuの順番でそれぞれ1原子面厚さに相当する0.2nmの厚さで2インチ径マグネトロンスパッタガンを用い、スパッタ交互成膜を行うことでRu
50Cu
50薄膜を得た(
図11(b))。また、積層繰り返し回数は25回としRu
50Cu
50層が約10nmの厚さになるように作製した。成膜時の基板温度は室温とし、Ar圧力0.1Paをプロセスガスとして用い、Ru層は直流(DC)モード、投入電力40W、Cuは高周波(RF)モード、投入電力30Wの条件を用いて成膜した。
【0062】
その後真空チャンバー中にて300℃、15分間ポスト熱処理を行った。引き続き同一チャンバー内においてNi
80Fe
20(NiFe)を、DC20Wの電力でスパッタ積層し、最後に保護膜としてMgをRF30Wの電力でスパッタ積層した。Mg層は大気中に取り出し後、自然酸化されてMgOと変化することで
図11(a)の積層構造が得られた。ここでRu
50Cu
50層はチャンネル層としてのスピン流生成層10、NiFe層はスピン流検出のための第1強磁性層としての磁性層20、MgO層は酸化保護膜として機能する保護層80である。
【0063】
次にこの積層膜を10μm幅、25μm長さにフォトリソグラフィー、アルゴンイオンミリングを用いてパターニングし、その外側に約100nm厚さの金の電極を形成した。室温においてUSMR法によるスピン流生成を確認した[非特許文献6]。具体的には、積層膜面内長手方向(x方向)に交流のサイン波形状の電流(227Hz)を印加した。長手方向の電気抵抗の第2高調波成分がUSMR信号(R
xx
2ω)となる。
図11(c)は電流密度Jc=9MA/cm
2を用いたときのUSMR信号の幅方向への外部磁場(H
y)依存性を示している。飽和値から、別の測定によって決定する発熱の影響を差し引いた値が最終的なUSMR信号値となる。本試料では発熱による影響はほぼ無視できる大きさ(0.015mΩ程度)であることがわかっており、USMR信号は1mΩと見積もられた。この値は同等の測定条件において、Ru
50Cu
50をRu単相膜(10nm)に置き換えた試料での同一電流密度を用いた測定結果~0.007mΩ、Cu単相膜(10nm)試料での~0.002mΩに比べ桁違いに大きい。電気抵抗値などの物性値が異なることなどから直接スピンホール角の比較はできないものの、Ru
50Cu
50薄膜をスピン流生成層として用いると大きなスピン流生成効率が得られることがわかる。
【0064】
作製したRu
50Cu
50薄膜のナノ構造を確認するため、試料断面の高分解High-angle annular dark field -Scanning Transmission Electron Microscopy(HAADF-STEM)像を取得した(
図12(a))。
図12(a)から分かる通り、Ru
50Cu
50層はほぼ均質な多結晶構造として得られている。また結晶構造は面心立方(FCC)構造と六方最密(HCP)構造の混合体であることもわかった。
図12(b)には
図12(a)の像と同程度の領域で取得したエネルギー分散型X線分光(EDS)による局所的な組成分析結果を示した。RuとCuの組成はナノメートル領域でほぼ均質であり、組成も設計通りほぼ1:1となっていることがわかる。本来はRuとCuは合金化しない元素の組み合わせであるが、本実施例の手法により最密充填構造を持つ均質な合金を形成していることがわかる。この合金化によってスピン流生成効率の改善が見られたといえる。