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特開2024-89727転がり軸受用軌道輪、その製造方法および転がり軸受用軌道輪を用いた転がり軸受
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024089727
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】転がり軸受用軌道輪、その製造方法および転がり軸受用軌道輪を用いた転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/62 20060101AFI20240627BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
F16C33/62
F16C33/64
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022205095
(22)【出願日】2022-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】島田 裕貴
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA01
3J701AA62
3J701BA52
3J701BA69
3J701BA70
3J701EA03
3J701EA10
3J701FA06
3J701FA31
3J701XB03
3J701XB33
3J701XE03
3J701XE12
3J701XE14
3J701XE16
3J701XE19
(57)【要約】
【課題】耐異物性能を確保しつつ、150℃近傍の準高温環境下において軸との嵌め合い性能が長期間維持できる転がり軸受用軌道輪、その製造方法および当該軌道輪を用いた転がり軸受を提供する。
【解決手段】高炭素クロム軸受鋼製の転がり軸受用軌道輪において、転動体と接触する軌道面に浸炭窒化層を形成して、当該浸炭窒化層の表面側から深さ方向に50μm離れた位置における残留オーステナイト量を体積率で5%以上15%未満の範囲として、かつ当該浸炭窒化層の表面側から深さ方向に少なくとも800μm離れた位置における残留オーステナイト量を体積率で10%未満とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高炭素クロム軸受鋼製の転がり軸受用軌道輪において、転動体と接触する軌道面には浸炭窒化層が形成されており、前記浸炭窒化層の表面側から深さ方向に50μm離れた位置における残留オーステナイト量は体積率で5%以上15%未満の範囲であって、かつ前記浸炭窒化層の表面側から深さ方向に少なくとも800μm離れた位置における残留オーステナイト量は体積率で10%未満であることを特徴とする転がり軸受用軌道輪。
【請求項2】
請求項1に記載の高炭素クロム軸受鋼製の転がり軸受用軌道輪の製造方法であって、前記高炭素クロム軸受鋼を炭化水素系ガスおよびアンモニアの雰囲気下で800~850℃の範囲で加熱する第1の加熱処理と,前記第1の加熱処理後に前記高炭素クロム軸受鋼を180~260℃まで加熱する第2の加熱処理と、を有することを特徴とする転がり軸受用軌道輪の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の転がり軸受用軌道輪と、高炭素クロム軸受鋼製の転動体と、を有する転がり軸受であって、前記転動体の表面には浸炭窒化層が形成されており、前記転動体の浸炭窒化層の表層硬さはビッカース硬さで780 HV以上900HV以下の範囲であり、前記転動体の浸炭窒化層における残留オーステナイト量は体積率で25 %以上45 %以下の範囲であり、かつ前記転動体の浸炭窒化層の表面における炭窒化物の粒子径が5μm以下であることを特徴とする転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高炭素クロム軸受鋼製の転がり軸受用の軌道輪(内輪および外輪)、その製造方法および当該軌道輪を用いた転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)製の内外輪および転動体の表面に浸炭窒化層が形成された転がり軸受は、軌道表面の耐摩耗性および耐圧痕性が向上するため、転がり軸受の長寿命化を促進することが知られている。
【0003】
また、特許文献1および2には浸炭窒化層内の残留オーステナイト量を所定の範囲にすることで、外部からの異物混入に対して破損や剥離現象(フレ―キング)が発生し難い特性を有することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-71022号公報
【特許文献2】特開2017-150640号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、SUJ2製の転がり軸受は耐異物性能を高める場合、表層部の残留オーステナイト量を高めるため、浸炭窒化などの特殊な条件で熱処理を施す場合がある。
【0006】
このような特殊な条件で熱処理を施すと、表層の残留オーステナイト量のみでなく、内部の残留オーステナイト量も同時に維持されるため、準高温雰囲気(例えば150℃近傍)における長期の使用により、内輪の内径が拡大する。その結果、機械側の軸との嵌め合い性能が維持できずクリープし、軸と軸受の伝達特性が低下するという問題があった。
【0007】
これに対して、転がり軸受の寸法安定性を高めようとする場合、高温焼き戻し等により鋼中の残留オーステナイト量を減ずる方法があるが、通常この方法は内部の残留オーステナイト量だけではなく、耐異物性能に寄与する表層部の残留オーステナイト量も減少するという別の問題が発生する。
【0008】
そこで、本発明は、耐異物性能を確保しつつ、150℃近傍の準高温環境下において軸との嵌め合い性能が長期間維持できる転がり軸受用軌道輪、当該軌道輪の製造方法およびそれを用いた転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)製の転がり軸受用軌道輪は、転動体と接触する軌道(面)に浸炭窒化層を形成し、浸炭窒化層の表面側から深さ方向に50μm離れた位置における残留オーステナイト量を体積率で5%以上15%未満の範囲としつつ、浸炭窒化層直下(高炭素クロム軸受鋼)における残留オーステナイト量を体積率で10%未満とする。なお、ここで浸炭窒化層直下とは、母材である高炭素クロム軸受鋼の領域であり、浸炭窒化層の表面側から深さ方向に少なくとも800μm以上離れた位置を指す。
【0010】
当該転がり軸受用軌道輪の製造方法については、高炭素クロム軸受鋼をLPG(液化プロパンガス)などの炭化水素系ガス(エンリッチガス)および吸熱型変成ガス(RXガス)およびアンモニアの雰囲気下で800~850℃の範囲で加熱する第1の加熱処理(浸炭窒化処理)、第1の加熱処理後に高炭素クロム軸受鋼を180~260℃まで加熱する第2の加熱処理(焼戻し処理)の第1および第2の加熱処理から構成される。
【0011】
また、前述の転がり軸受用軌道輪および高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)製の転動体を有する転がり軸受の発明は、当該転動体の表面に浸炭窒化層を形成して、当該浸炭窒化層の表層硬さはビッカース硬さで780HV以上900HV以下の範囲として、当該浸炭窒化層における残留オーステナイト量を体積率で25 %以上45 %以下の範囲としつつ、かつ当該浸炭窒化層の表面の炭窒化物の粒子径が5μm以下とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の転がり軸受用軌道輪は、表層部に設けた浸炭窒化層の残留オーステナイト量を一定量維持しつつ、母材(高炭素クロム軸受鋼)の残留オーステナイト量を減じることで、耐異物性能を確保しつつ、150℃近傍の準高温環境下においても軸との嵌め合い性能が長期間維持できるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の転がり軸受用軌道輪の一実施形態について以下に説明する。当該転がり軸受用軌道輪は、母材である高炭素クロム軸受鋼の表面に浸炭窒化層が形成されている。当該浸炭窒化層の表面は図示しない転動体との接触面(軌道面)でもある。
【0014】
また、図1に示す浸炭窒化層の厚さは約500μm(0.5mm)の例を示しているが、本発明の転がり軸受用軌道輪における浸炭窒化層の厚さは100μm~600μmの範囲であれば、転がり軸受用軌道輪の大きさ(寸法)によって種々の厚さに対応できる。なお、浸炭窒化層の表層の硬さはビッカース硬さで700HV以上850HV以下の範囲が望ましい。
【0015】
この浸炭窒化層の基地組織は、主にマルテンサイトと残留オーステナイトにより形成されており、浸炭窒化層の深さ方向によってマルテンサイトと残留オーステナイトの割合(体積率の比率)が変化する。例えば、浸炭窒化層の表面はマルテンサイトの量(体積率)が残留オーステナイトの体積率を上回っているが、浸炭窒化層の深さ方向に進むにつれて、マルテンサイトの体積率が徐々に増加し、逆に残留オーステナイトの体積率が徐々に減少する。
【0016】
特に、浸炭窒化層の表面側から深さ方向に50μm(0.05mm)離れた位置における残留オーステナイト量は体積率で5%以上15%未満の範囲であり、浸炭窒化層の中で残留オーステナイト量の体積率が最も高くなる。また、浸炭窒化層に含有されているN量(窒素量)は、少なくとも質量%で0.05%以上とする。
【0017】
浸炭窒化層の表面側から深さ方向に少なくとも800μm(0.8mm)離れた位置(母材のみの領域)における残留オーステナイト量は体積率で10%未満である。
【0018】
次に、前述の高炭素クロム軸受鋼製転がり軸受用軌道輪の製造方法を説明する。製造方法は大きく分けて、第1の加熱処理(浸炭窒化処理)および第2の加熱処理(焼戻し処理)から主に構成されている。これらの各熱処理について以下に説明する。
【0019】
まず、母材である高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)の浸炭窒化処理を行う。この処理によって高炭素クロム軸受鋼の表面に浸炭窒化層を形成する。高炭素クロム軸受鋼を熱処理炉内に設置し、当該熱処理炉内にLPGなどの炭化水素系ガス(エンリッチガス)および吸熱型変成ガス(RXガス)およびアンモニアを封入した後、800~850℃の温度域まで加熱する。この状態で少なくとも2時間以上保持する。この時のCP値は1.0~1.5%、アンモニア濃度は1.0~10.0%の範囲とする。浸炭窒化処理の終了後、180~260℃の温度域で少なくとも1時間の焼戻し処理を行う。
【0020】
次に、前述した転がり軸受用軌道輪を用いた転がり軸受の一実施形態について以下に説明する。当該転がり軸受は前述の転がり軸受用軌道輪および高炭素クロム軸受鋼製の転動体から形成される。この転動体の表面には浸炭窒化層が形成されており、浸炭窒化層の表層硬さはビッカース硬さで780HV以上900HV以下の範囲である。
【0021】
また、転動体の浸炭窒化層における残留オーステナイト量は体積率で25 %以上45 %以下の範囲として、浸炭窒化層の表面における炭窒化物の粒子径が5μm以下とする。