(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009041
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240112BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20240112BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 A
C23C14/06 P
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023191092
(22)【出願日】2023-11-08
(62)【分割の表示】P 2019196576の分割
【原出願日】2019-10-29
(71)【出願人】
【識別番号】000152527
【氏名又は名称】日進工具株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】519387759
【氏名又は名称】株式会社日進エンジニアリング
(71)【出願人】
【識別番号】504237175
【氏名又は名称】SEAVAC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 孝政
(72)【発明者】
【氏名】吉田 博紀
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 慎一郎
(57)【要約】
【課題】硬質被膜の第二層であるSi含有被膜の結晶をより微細化して硬度と耐久性を向上できる。
【解決手段】切削工具は、基材1と、基材1を覆う硬質被膜2とを有し、硬質被膜2が、TiSiNからなる第一膜7とTiAlCrNからなる第二膜8とが交互に複数層積層された第一層3と、第一膜7及び第二膜8より膜厚の大きいTiSiNの第二層4と、を備え、第一層3、および第二層4がこの順に積層されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材を覆う硬質被膜とを有し、
前記硬質被膜が、TiSiNからなる第一膜とTiAlCrNからなる第二膜とが交互に複数層積層された第一層と、
前記第一膜及び前記第二膜より膜厚の大きいTiSiNの第二層と、を備え、
前記第一層、および前記第二層がこの順に積層されている、切削工具。
【請求項2】
前記硬質被膜は、その最表層がAlCr含有窒化物の第三層である、
請求項1に記載された切削工具。
【請求項3】
前記第一膜と前記第二膜の交互積層により前記第二層の結晶単位サイズが前記第一膜の結晶単位サイズに倣って微細化され、前記第二層が前記第一層に対するエキピタキシャル成長膜である請求項1または2に記載された切削工具。
【請求項4】
前記第二層の膜厚が0.5~4.0μmである、
請求項1から3のいずれか一項に記載された切削工具。
【請求項5】
前記第一膜と前記第二膜の平均膜厚がそれぞれ10nm~60nmであり、
前記第一層の膜厚が0.3μm~4.0μmである、
請求項1から4のいずれか1項に記載された切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料等からなる切削工具の刃部に被覆される硬質被膜を備えた切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削加工の高速化及び乾式化と被加工物の高硬度化に伴い、TiAlN被膜で被覆されたボールエンドミル等の切削工具に代えて、より耐酸化性と長寿命性を備えた硬質被膜付き切削工具が採用されている。例えば、この種の硬質被膜を被覆した切削工具としてTiN等にSiを添加したSi含有被膜を被覆した切削工具が採用されている。
このような切削工具として、特許文献1に記載されたものが知られている。この被覆切削工具は、
図7に示すように、切削工具の超硬合金製の基材100の表面にTiAlCrの窒化物(TiAlCrN)であるSi非含有被膜からなる第一層101が被覆され、その表面にTiSiの窒化物(TiSiN)を主体とするSi含有被膜の第二層102が被覆されている。更に第二層102の表面に、TiAlCrNからなる第三層103を被覆した三層構造の硬質被膜104を有している。
【0003】
この硬質被膜104は、TiAlCrN系被膜とTiSiN系被膜を交互に積層することで結晶構造に整合性を持たせている。また、TiSiNの耐摩耗性、耐酸化性を維持したまま、密着性を向上させている。しかも、第一層101と第三層103をSi非含有被膜で形成することで高い硬度と良好な耐酸化性が得られる。また、微細で緻密な柱状晶の結晶構造を形成するので、第二層102のTiSiN層はエピタキシャル成長が促進されて密着性と耐摩耗性が高いとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した特許文献1に記載された硬質被膜の構成から実現する第一層101のTiAlCrN系被膜の硬度と、TiAlCrN系被膜の結晶サイズに倣ってエピタキシャル成長した第二層102のSi含有被膜の硬度では、より高硬度な被削材の切削に際して硬度が十分でなく、結晶の微細化と耐久性が十分でないという欠点があった。
【0006】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、硬質被膜の第二層であるSi含有被膜の結晶をより微細化して硬度と耐久性を向上できる硬質被膜を備えた切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明による切削工具は、基材と、前記基材を覆う硬質被膜とを有し、前記硬質被膜が、TiSiNからなる第一膜とTiAlCrNからなる第二膜とが交互に複数層積層された第一層と、前記第一膜及び前記第二膜より膜厚の大きいTiSiNの第二層と、を備え、前記第一層、および前記第二層がこの順に積層されている。
また、前記硬質被膜は、その最表層がAlCr含有窒化物の第三層であることが好ましい。
また、前記第一膜と前記第二膜の交互積層により前記第二層の結晶単位サイズが前記第一膜の結晶単位サイズに倣って微細化され、前記第二層が前記第一層に対するエキピタキシャル成長膜であることが好ましい。
また、前記第二層の膜厚が0.5~4.0μmであることが好ましい。
また、前記第一膜と前記第二膜の平均膜厚がそれぞれ10nm~60nmであり、前記第一層の膜厚が0.3μm~4.0μmであることが好ましい。
【0008】
切削工具は、基材と、基材の表面に積層されていて薄層のSi含有窒化物からなる第一膜とAlCr含有窒化物からなる第二膜とを交互に複数層積層した多重積層層である第一層と、多重積層層の表面に積層されていて第一膜及び第二膜より膜厚の大きいSi含有窒化物の第二層と、を備えていてもよい。
本発明によれば、基材の表面に積層した多重積層層として、薄層のSi含有窒化物の第一膜とAlCr含有窒化物の第二膜とを交互に複数回積層することで柱状結晶の成長が抑制され、結晶のサイズが小さくなる。第一膜の上側の第二膜はそもそも微細な結晶構造の第一膜に倣って結晶サイズが小さくなるうえ、表面方向に向かって進展する結晶の成長を第二膜の上側の第一膜によって抑制する。この繰り返しの結果として柱状結晶が微細化され、且つ高硬度な多重積層層を形成できる。しかも、多重積層層の上側に被覆されたSi含有窒化物の第二層も多重積層層に倣ってエピタキシャル成長が促進され、結晶が微細化されて高硬度になる。第一層の多重積層層と第二層からなる硬質被膜の結晶が微細化されることで切削工具の切れ刃の切れ味が向上し且つ耐久性が向上する。
【0009】
また、Si含有窒化物の第二層の表面にTiAlCr含有窒化物の第三層が積層されていることが好ましい。
第二層のSi含有窒化物の結晶が微細化されて高硬度化することでチッピングを生じ易くなるが、第三層のTiAlCr含有窒化物は靭性が高いため第二層のチッピングを防いで耐欠損性と耐久性を向上させる。
【0010】
また、多重積層層を構成する第一膜及び第二膜は、それぞれの平均膜厚が10~60nmの範囲とされ、全体で4.0μm以下の層厚に設定されていることが好ましい。
第一膜及び第二膜を交互に複数層積層させることで、これらの膜とその上の第二層について結晶の微細化と高硬度化を促進できる。
【0011】
また、多重積層層の第一膜はTiSiNであり第二膜はTiAlCrNであることが好ましい。
これにより、多重積層層の第一膜と第二膜の結晶の微細化と高硬度化を促進できる。
なお、多重積層層の膜厚をT1、第二層の膜厚をT2としたとき、第一層の膜厚と第二層の膜厚の比率T2/T1は、0.2≦T2/T1≦10.0とし、かつ第一層と第二層の合計膜厚(T1+T2)は6μm 以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明による硬質被膜を備えた切削工具によれば、基材の上に薄層のSi含有窒化物の第一膜とAlCr含有窒化物の第二膜とを交互に積層した多重積層層を設けたため、柱状結晶の成長が抑制されて微細で高硬度な薄層を積層できる。しかも、多重積層層の表面に被覆した第二層のSi含有窒化物は多重積層層に倣ってエピタキシャル成長が促進されて結晶の微細化と高硬度化を促進できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態による切削工具の基材に被覆する硬質被膜を示す模式図である。
【
図2】実施形態による硬質被膜の成膜装置を示す模式図である。
【
図3】多重積層層の測定場所とその位置での各元素の濃度を示すEDSラインの図であり、(a)は多重積層層の上部、(b)は中央部、(c)は下部を示す図である。
【
図4】(a)は実施形態における多重積層層の被膜の図、(b)は従来のTiAlCrN層の被膜の図である。
【
図5】(a)は実施形態におけるTiSiN層の被膜の図、(b)は従来のTiSiN層の被膜の図である。
【
図6】実施形態によるエンドミルと従来例によるエンドミルで各ワークを所定時間加工した後の切刃部分の図である。
【
図7】従来の基材に被覆した硬質被膜を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態による切削工具の切刃部に被複した硬質被膜について
図1~
図6により説明する。
本発明の実施形態において、
図1に示すように、工具として例えばボールエンドミル等の切削工具を用いて切削工具の切刃部となる基材1の上に硬質被膜2を被覆したものである。切削工具の基材1の表面には硬質被膜2として、複数種類の薄層の第一膜7と第二膜8を交互に被覆した第一層としての多重積層層3と、第一膜7及び第二膜8より膜厚の大きい第二層4と第三層5とを積層して被覆形成している。
【0015】
基材1として例えば超硬合金、高速度鋼またはサーメットを用いる。多重積層層3は基材1上に被覆された第一膜7としてのTiSiの窒化物(TiSiN)と第二膜8としてのTiAlCrの窒化物(TiAlCrN)とが交互にそれぞれ複数積層されている。第一膜7のTiSiNは細かい結晶を形成するものであり、この平均膜厚を例えば10nm~60nmの薄層に成長させる。
第一膜7の上の第二膜8のTiALCrNは下側のTiSiNの結晶サイズに倣うため、結晶が小さくなる。これも薄層の段階で次のTiSiNの第一膜7を被覆させることで、第一膜7と第二膜8を薄い膜厚で順次積層させて多重積層層3を形成できる。
【0016】
なお、TiAlCrNはSi非含有被膜であり、TiSiNはSi含有被膜であるためその硬さはTiAlCrNより大きい。これら第一膜7と第二膜8はそれぞれ平均膜厚が例えば10nm~60nmの範囲からなる薄層であり、多重積層層3の上に被覆した第二層4としてTiSiNが被覆され、その上の第三層5としてTiAlCrNが被覆されている。第二層4と第三層5はそれぞれ単独の材質からなる単独層であり、第一膜7や第二膜8よりも膜厚が大きい。
【0017】
多重積層層3において、基材1上に薄層のTiSiNを第一膜7として積層し、その表面に第二膜8としてTiAlCrNを積層させる。しかもTiAlCrNの第二膜8が薄層の状態で再度TiSiNを被覆することでTiAlCrNも薄層として被覆される。こうして第一膜7と第二膜8を交互にそれぞれ複数層積層させることで多重積層層3を形成することができる。薄層の第一膜7と第二膜8を交互に積層することで多重積層層3の結晶が微細化されて高強度になる。
この場合、多重積層層3全体の膜厚は例えば0.3μm~4.0μmの範囲、好ましくは0.5μm~3.0μmの範囲とされている。なお、第一膜7と第二膜8は異なる厚さに形成したが、同一厚さでもよい。TiSiNは元来細かい結晶であるため、その結晶をTiAlCrNとの間に交互に挟むことでTiAlCrNが大きな結晶になることを抑制できる。
【0018】
多重積層層3の第一膜7と第二膜8の積層数は適宜設定でき、切削工具のサイズによっても相違する。なお、多重積層層3は基材1上に第一膜7が付着され、最上部にも第一膜7が付着されている。しかし、この構成に代えて、第一膜7と第二膜8の積層配列順序は逆でもよく、基材1上に第二膜8が付着され、最上部にも第二膜8が付着されてもよい。
なお、第一膜7及び第二膜8の一方のみを付着させると単独層になるため結晶のサイズは大きくなる。
【0019】
また、多重積層層3の上に被覆される第二層4としてのTiSiNは本来、高硬度であるが、結晶サイズが微細化された多重積層層3の第一膜7及び第二膜8に倣ってエピタキシャル成長が促進されて、結晶サイズがより細かくなるので硬度がより高くなる。第二層4の膜厚は例えば0.5μm~4.0μmの範囲に設定されている。
第二層4のTiSiNの上に積層される第三層5としてのTiAlCrNは例えば第二層4よりも膜厚が小さく形成され、靭性が高い。第二層4のTiSiNが微細結晶化され硬度が上がることで切削加工時に欠損し易いという特性を生じるが、その上に被覆された第三層5のTiAlCrNは靭性が高いため、切刃の欠損を抑制できる。
【0020】
上述した構成を備えた硬質被膜2付きの切削工具の被膜形成方法について
図2により説明する。
実施形態による成膜装置は例えば物理蒸着法(PVD)を用いるアーク放電装置10によって行われる。アーク放電装置10の容器11内にはテーブル12が回転可能に配設され、テーブル12上の180°対向する位置に第一治具13と第二治具14を自転可能に配設している。第一治具13と第二治具14上にはそれぞれ基材1A、1Bが設置されている。なお、一方の治具だけを設けて基材1を固定してもよい。
また、テーブル12の外側で180°対向する位置の一方には第一ターゲット15として蒸発させる金属TiSiが設置され、他方の位置には第二ターゲット16として蒸発させる金属TiAlCrが設置され、各ターゲットと干渉しない位置に基材1A 、基材1Bを加熱するためのヒーターが設置されている。しかも、容器11は真空ポンプPに接続されて容器11内を真空引きする。また、容器11内には複数のガスを供給できる。
【0021】
そして、アーク放電装置10の減圧した容器11内でテーブル12に設置された基材1A、1Bは第一治具13と第二治具14で自転しながらテーブル12で公転する。テーブル12と第一治具13及び第二治具14は同一方向に回転可能であるが、逆方向に回転してもよい。
容器11が真空ポンプPにより大気圧から真空引きされた後、ヒーターで基材1A、基材1Bを加熱し、さらに、基材1A、基材1Bにバイアス電圧を印加したうえでアルゴンイオンまたはターゲット由来の金属イオンによって基材1A、基材1Bのクリーニングを行う。
そして、基材1Aが例えば第一ターゲット15の金属TiSiの近傍に回動する位置で、蒸発源である第一ターゲット15の金属TiSiと基材1Aの間で電圧をかけて蒸発した金属をイオン化し、バイアス電圧が印加された基材1Aの表面に付着させて第一膜7を基材1A上に形成する。
【0022】
また、基材1Bが例えば第二ターゲット16の金属TiAlCrの近傍に回動する位置で、蒸発源である第二ターゲット16の金属TiAlCrと基材1Bの間で電圧をかけて蒸発した金属をイオン化し、バイアス電圧が印加された基材1Bの表面に付着させて第二膜8を基材1B上に形成する。
この場合、第一治具13及び第二治具14と第一ターゲット15及び第二ターゲット16はそれぞれ180度対向する位置に設けられたため、第一ターゲット15及び第二ターゲット16に同時に放電して各金属イオンを蒸発させて基材1A、1Bにそれぞれ付着させている。しかし、第一治具13及び第二治具14と第一ターゲット15及び第二ターゲット16を180度と異なる適宜角度に設置して、第一ターゲット15及び第二ターゲット16を別個のタイミングで個別に放電してもよい。
【0023】
次に、基材1Aが第二ターゲット16の金属TiAlCrの近傍に位置すると、第二ターゲット16の金属TiAlCrと基材1Aの間で電圧をかけて蒸発した金属イオンを第二膜8として基材1Aの第一膜7の表面に付着させて被覆する。また、基材1Bが第一ターゲット15の金属TiSiの近傍に位置すると、第一ターゲット15の金属TiSiと基材1Bの間で電圧をかけて蒸発した金属イオンを第一膜7として基材1Bの第二膜8の表面に付着させて被覆する。
その際、第一膜7と第二膜8はそれぞれ平均膜厚10~60nm、好ましくは10~30nmの薄層で積層されるため結晶サイズが小さくなり高硬度になる。この作業を繰り返すことで、テーブル12の半回転毎に2種類の基材1A、1Bの表面に複数の第一膜7と第二膜8が交互に複数回積層されて適宜の複数層の多重積層層3が形成される。
【0024】
次の工程において、第一ターゲット15の金属TiSiのみに電圧をかけて金属イオンを蒸発させ、回転するテーブル12上の基材1A、1Bにおける多重積層層3の上に第二層4のTiSiNを被覆させる。第二層4としてのTiSiNの膜厚は多重積層層3の第一膜7及び第二膜8の膜厚より大きい0.5μm~4.0μm程度のため、より長い時間に亘って金属イオンを蒸着させる。
次いで、第二ターゲット16のTiAlCrのみに電圧をかけて金属イオンを蒸発させ、回転するテーブル12上の基材1A、1Bにおける第二層4の上に0.2μm~0.8μm程度の膜厚を有する第三層5のTiAlCrNを被覆させる。こうして、基材1A、1B上にそれぞれ三層の硬質被膜2を積層することができる。
【0025】
なお、第一層である多重積層層3の膜厚をT1とし、第二層4の膜厚をT2としたとき、多重積層層3の膜厚と第二層4の膜厚の比率T2/T1は、0.2≦T2/T1≦10.0であることが好ましい。T2/T1が0.2を下回ると高硬度なTiSiNの耐摩耗性が十分に発揮されず、高硬度な被削材に対する耐久性が劣る。一方、10.0 を超えると早期にチッピングが生じ易くなり、異常摩耗の進行と共に加工面品位が低下する。
しかも、多重積層層3と第二層4の合計膜厚(T1+T2)は6μm 以下であることが好ましい。(T1+T2)が6μmを超えると内部応力による自壊とともに早期の剥離が生じ耐久性が低下する。
【0026】
次に本実施形態によって形成された硬質被膜2付き切削工具の具体例を実施例として
図3から
図5により説明する。硬質被膜2として基材1上に最上層と最下層がTiSiNの多重積層層3を被覆したもの(
図1参照)を具体例としてその元素の測定結果について説明する。
【0027】
図3(a)、(b)、(c)は多重積層層3の上部、中央部、下部の各領域P1、P2、P3についてTEM(透過型電子顕微鏡)のEDS(エネルギー分散型X線分光器)で各元素の濃度を測定してそのラインを抽出した図である。この場合、TEMでの高倍率観察中に試料である多重積層層3の特定箇所をピンポイントで評価できるため、nmオーダーの微小領域を分析した。
図3(a)は硬質被膜2における多重積層層3の上部と第二層4のTiSiNの境界付近の元素を示す。
図3(b)は多重積層層3の中央部の元素を示し、
図3(c)は多重積層層3の下部と基材1との境界付近の元素を示す。
【0028】
次に
図4及び
図5は硬質被膜2の結晶構造を示す断面画像である。
図4(a)は実施例における多重積層層3の断面画像、同図(b)は
図7に示す従来の硬質被膜における第一層101のTiAlCrNの断面画像である。
実施例における第一膜7及び第二層4のTiaSibNの金属成分の成分比a,bは原子比(at%)で以下の通りであり、第二層4のTicAldCre、第三層のTifAlgCrhは原子比(at%)で以下の通りである。
a=0.78、b=22
c=0.16、d=0.57、e=0.27
f=0.16、g=0.57、h=0.27
【0029】
従来例における第一層101のTijAlkCrl、第二層102のTimSin、第三層103のTioAlpCrqは原子比(at%)で以下の通りである。
j=0.16、k=0.57、l=0.27
m=0.78、n=0.22
o=0.16、p=0.57、q=0.27
【0030】
図4(a)、(b)の断面画像においてコントラストで示す白と黒の境界が結晶の1単位を示すものであり、実施例の結晶単位t1が従来例の結晶単位t2の1/3程度のサイズになっている。
また、
図5(a)は実施例における第二層4のTiSiN層を示す断面画像であり、同図(b)は
図7に示す従来例における第二層102のTiSiN層を示す断面画像である。
図5(a)、(b)の断面画像においてコントラストで示す白と黒の境界が結晶の1単位を示すものであり、実施例の柱状結晶単位t1が従来例の柱状結晶単位t2の1/2程度のサイズになっていることを認識できる。
試験結果によれば、多重積層層3及び第二層4における各柱状結晶単位t1の平均値は柱状結晶の長手成長方向に直交する幅方向において例えば30nm等、100nm以下に微細化できる。
【0031】
次に、実施例による硬質被膜2を設けたボールエンドミルと
図7に示す従来例による硬質被膜104を設けたボールエンドミルとによる切削加工の結果を、
図6により示す。試験結果は切削加工後の各ボールエンドミルの切刃の欠けや摩耗の程度を示すものである。
実施例と従来例のボールエンドミルは同一寸法であり、基材はいずれも超硬合金である。
第1のワークは、高性能粉末ハイス(日立金属工具鋼株式会社製 商品名HAR40)であり、その硬度はロックウェル硬さで64HRCである。第2のワークは、SKD11系ダイス鋼(大同特殊鋼株式会社製 商品名DC53)であり、その硬度はロックウェル硬さで60HRCである。
【0032】
第1のワークの切削条件は、回転速度n:20,000min-1,送り速度Vf:1,600mm/min,1刃送りfz:0.04mm/tooth,軸方向の切り込み量ap×半径方向の切り込み量ae:0.15mm×0.3mmである。第2のワークの切削条件は、n:25,000min-1,Vf:2,000mm/min,fz:0.04mm/tooth,ap×ae:0.2mm×0.3mmである。
【0033】
図6に、第1のワークを実施形態のボールエンドミルと従来例のボールエンドミルで70分加工した後の切刃の状態が示されている。図中、実施形態では切刃と逃げ面に小さな摩耗はあるものの欠損等は見られない。一方、従来例では切刃と逃げ面に欠損がみられる上に大きく摩耗している。
第2のワークを実施形態のボールエンドミルと従来例のボールエンドミルで5時間加工した後の切刃の状態が示されている。図中、実施形態では切刃と逃げ面に小さな摩耗がみられるにすぎず欠損は見受けられない。一方、従来例では切刃と逃げ面の摩耗が大きく一部に欠損がみられる。
【0034】
上述のように本実施形態による硬質被膜付き切削工具によれば、基材1の表面に薄層のTiSiNの第一膜7とTiAlCrNの第二膜8を交互に複数積層した多重積層層3を設け、その上にTiSiNの第二層4とTiAlCrNの第三層5を積層して被覆した。
そのため、薄層の第一膜7及び第二膜8の結晶サイズが小さく高硬度であり、しかも多重積層層3の上に被覆したTiSiNの第二層4が多重積層層3の結晶微細化に倣ってエピタキシャル成長が促進されて結晶が微細化されて硬度が上がる。そのため、切れ刃の切れ味と耐摩耗性と耐欠損性を向上できる。
また、第二層4の上にTiAlCrNの第三層5を被覆したため、硬度が高くなってチッピングを生じ易い第二層4に対して靭性の高い第三層5の結晶が結合されてチッピングを抑制できる。この点でも耐摩耗性と耐欠損性を向上できる。
【0035】
以上、本発明の実施形態による硬質被膜2を備えた切削工具について説明したが、本発明はこのような実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の異なる形態や態様を採用できることはいうまでもない。これらはいずれも本発明の範囲に含まれる。
次に本発明の他の実施形態や変形例について説明するが、上述した実施形態の部分や部品と同一または同様なものについては同一の符号を用いて説明を行うものとする。
【0036】
上述した実施形態では、硬質被膜2について、多重積層層3をTiSiNとTiAlCrNを第一膜7と第二膜8として交互に積層し、第二層4をTiSiN、第三層5をTiAlCrNとした。しかし、本発明はこのような構成に限定されることなく、多重積層層3と第二層4及び第三層5とで被膜の素材が異なるものを採用してもよい。
また、多重積層層3の第一膜7や第二層4についてSi含有窒化物であればよく、Tiに代えて、またはTiを含んで別の元素を用いてもよい。また、多重積層層3の第二膜8や第三層5についてAlCr含有窒化物であってSi非含有窒化物であればよく、この場合もTiを含まず、またはTiを含んで別の元素を用いてもよい。
【0037】
なお、上述の実施形態において、基材1上の第一層の多重積層層3と第二層4は複数回積層を繰り返して構成してもよい。
また、上述した実施形態では切削工具の実施例としてボールエンドミルを用いて切削加工したが、本発明における硬質被膜2を備えた切削工具はボールエンドミルに限られない。例えばドリル等のその他の転削工具やバイト等の旋削工具等にも適用できることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0038】
1、1A、1B 基材
2 硬質被膜
3 多重積層層
4 第二層
5 第三層
7 第一膜
8 第二膜
10 アーク放電装置
12 テーブル
15 第一ターゲット
16 第二ターゲット