(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024090463
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を生産するための遺伝子改変微生物および当該化学品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20240627BHJP
C12P 7/44 20060101ALI20240627BHJP
C12P 7/42 20060101ALI20240627BHJP
C12N 15/53 20060101ALN20240627BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P7/44
C12P7/42
C12N15/53
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022206398
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】森田 啓介
(72)【発明者】
【氏名】磯部 匡平
(72)【発明者】
【氏名】河村 健司
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝成
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD09
4B064AD15
4B064AD36
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA16
4B065AA26X
4B065AA44Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA03
4B065CA11
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】
3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性を向上させることができる新規の遺伝子改変微生物を提供する。
【解決手段】
3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物において、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応を強化し、かつ、ギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化した、遺伝子改変微生物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物において、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応を強化し、かつ、ギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化した、遺伝子改変微生物。
【請求項2】
前記オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応の強化が、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素の発現量の増大である、請求項1に記載の遺伝子改変微生物。
【請求項3】
前記オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素が、リンゴ酸デヒドロゲナーゼである、請求項2に記載の遺伝子改変微生物。
【請求項4】
前記ギ酸から二酸化炭素を生成する反応の強化が、ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素の発現量の増大である、請求項1に記載の遺伝子改変微生物。
【請求項5】
ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素が、NADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼである、請求項4に記載の遺伝子改変微生物。
【請求項6】
3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を強化した、請求項1に記載の遺伝子改変微生物。
【請求項7】
ホスホケトラーゼ経路による糖代謝をしない微生物である、請求項1に記載の遺伝子改変微生物。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の遺伝子改変微生物を培養する工程を含む、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の製造方法。
【請求項9】
遺伝子改変により、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物のオキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応およびギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化する工程を含む、遺伝子改変微生物の製造方法。
【請求項10】
遺伝子改変により3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を強化する工程を含む、請求項9に記載の遺伝子改変微生物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を高生産する遺伝子改変微生物および当該遺伝子改変微生物を用いた3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3-ヒドロキシアジピン酸(IUPAC名:3-hydroxyhexanedioic acid)およびα-ヒドロムコン酸(IUPAC名:(E)-hex-2-enedioic acid)は炭素数6のジカルボン酸である。これらは多価アルコールと重合することでポリエステルとして、また多価アミンと重合することでポリアミドの原料として用いることができる。また、これらの末端にアンモニアを付加してラクタム化した化合物もポリアミドの原料として用いることができる。
【0003】
代謝経路を改変した遺伝子改変微生物を利用した3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の製造に関連する文献として、特許文献1には、3-オキソアジピル-CoAから3-ヒドロキシアジピル-CoAへの還元反応を触媒する優れた活性を示すポリペプチドを用いた3-ヒドロキシアジピン酸、α-ヒドロムコン酸および/またはアジピン酸の製造方法が記載されており、これら物質の生合成経路として、3-オキソアジピル-CoAを3-ヒドロキシアジピル-CoAへと還元する酵素反応を経由するとの記載がある。また、特許文献2には、3-オキソアジピル-CoAから3-ヒドロキシアジピル-CoAへの還元反応を触媒する優れた活性を示すポリペプチドを用いるとともに、ピルビン酸キナーゼの機能を欠損させた遺伝子改変微生物による3-ヒドロキシアジピン酸、α-ヒドロムコン酸および/またはアジピン酸の製造方法が記載されている。
【0004】
特許文献3には、ピルビン酸キナーゼの機能が欠損し、さらに3-オキソアジピル-CoAから3-ヒドロキシアジピル-CoAへの反応およびホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼの活性を強化した遺伝子改変微生物による3-ヒドロキシアジピン酸、α-ヒドロムコン酸および/またはアジピン酸の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2019/107516号
【特許文献2】WO2020/230718号
【特許文献3】WO2020/230719号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の通り、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物を利用した3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造において、当該微生物の代謝経路を改変することによって3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性を高める技術が確立しているが、これまでに知られていない3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性向上に寄与する代謝関連遺伝子を改変することで、さらなる生産性向上が期待できる。
【0007】
そこで本発明では、これまでに知られていない3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性向上に寄与する代謝関連遺伝子を同定し、当該代謝関連遺伝子が関与する代謝経路を改変することで、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性が向上した新規の遺伝子改変微生物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記目的を達成するため鋭意検討した結果、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物において、遺伝子改変によって代謝経路中のオキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応を強化し、さらに、ギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化することで、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性が向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の(1)から(10)で構成される。
(1)3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物において、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応を強化し、かつ、ギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化した、遺伝子改変微生物。
(2)前記オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応の強化が、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素の発現量の増大である、(1)に記載の遺伝子改変微生物。
(3)前記オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素が、リンゴ酸デヒドロゲナーゼである、(2)に記載の遺伝子改変微生物。
(4)前記ギ酸から二酸化炭素を生成する反応の強化が、ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素の発現量の増大である、(1)に記載の遺伝子改変微生物。
(5)ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素が、NADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼである、(4)に記載の遺伝子改変微生物。
(6)3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を強化した、(1)に記載の遺伝子改変微生物。
(7)ホスホケトラーゼ経路による糖代謝をしない微生物である、(1)に記載の遺伝子改変微生物。
(8)(1)から(7)のいずれかに記載の遺伝子改変微生物を培養する工程を含む、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の製造方法。
(9)遺伝子改変により、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物のオキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応およびギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化する工程を含む、遺伝子改変微生物の製造方法。
(10)遺伝子改変により3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を強化する工程を含む、(9)に記載の遺伝子改変微生物の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物において、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応を強化し、かつ、ギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化する遺伝子改変により、当該遺伝子を改変していない親株の微生物と比較して、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本明細書では3-ヒドロキシアジピン酸を3HA、α-ヒドロムコン酸をHMAと略すことがある。また、3-オキソアジピル-CoAを3OA-CoA、3-ヒドロキシアジピル-CoAを3HA-CoA、2,3-デヒドロアジピル-CoAをHMA-CoAと略すことがある。また、ホスホエノールピルビン酸をPEPと略すことがある。また、3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を触媒する酵素を「3-オキソアジピル-CoAレダクターゼ」と記載する場合がある。また、リンゴ酸デヒドロゲナーゼをMDHと略すことがある。また、ギ酸デヒドロゲナーゼをFDHと略すことがある。
【0012】
本発明の遺伝子改変微生物は、以下の代謝経路に示されるとおりアセチル-CoAおよびスクシニル-CoAを中間体として、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を生合成することができる。グルコースからアセチル-CoAまでの代謝経路は解糖系、スクシニル-CoAまでの代謝経路はTCA回路、およびPEPからオキサロ酢酸を生成する補充経路と還元的TCA回路からなる代謝経路として周知である。
【0013】
【0014】
アセチル-CoAおよびスクシニル-CoAから3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を生産する代謝経路を、代謝産物を化学式で表示したものを以下に示す。ここで、反応Aは、アセチル-CoAおよびスクシニル-CoAから3-オキソアジピル-CoAを生成する反応を示す。反応Bは、3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を示す。反応Cは、3-ヒドロキシアジピル-CoAから2,3-デヒドロアジピル-CoAを生成する反応を示す。反応Dは、3-ヒドロキシアジピル-CoAから3-ヒドロキシアジピン酸を生成する反応を示す。反応Eは、2,3-デヒドロアジピル-CoAからα-ヒドロムコン酸を生成する反応を示す。以下の代謝経路での各反応を触媒する酵素、ならびに以下の代謝経路を利用した3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を生産する能力を有する微生物を創出する方法は、WO2019/107516号に詳述されている。
【0015】
【0016】
本発明は、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応を強化し、かつ、ギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化することを特徴とする。
【0017】
本発明でオキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応を強化する方法としては、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素反応を強化することが好ましく、その方法としては、例えば、当該酵素自体の触媒活性を増強することや、当該酵素の発現量を増加させることが挙げられるが、当該酵素の発現量を増大させることが好ましい。オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素の発現量を増大させる方法としては、例えば、当該酵素をコードする遺伝子を宿主微生物の菌体外から菌体内へと導入したり、当該遺伝子のコピー数を増加させたり、当該遺伝子のコーディング領域上流のプロモーター領域やリボソーム結合配列を改変させたりする方法などが挙げられる。オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素をコードする遺伝子を宿主微生物の菌体外から菌体内へと導入する、または、当該遺伝子のコピー数を増加させる方法としては、宿主遺伝子がもともと保有する当該遺伝子を人為的に導入する方法であっても、外来の当該遺伝子を導入する方法であっても良い。オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素の発現量を増大させる方法としては、前述の方法を単独で行ってもよいし、組み合わせてもよい。
【0018】
オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する触媒活性を有する酵素の好ましい具体例としては、オキサロ酢酸およびNADHからリンゴ酸およびNAD+を生成する反応を触媒するリンゴ酸デヒドロゲナーゼが挙げられる。リンゴ酸デヒドロゲナーゼは、NCBIやKEGGなどの公共データベースに登録されているものであればよく、例えば、Escherichia属やSerratia属などのバクテリアでは、リンゴ酸デヒドロゲナーゼ(malate dehydrogenase、EC1.1.1.37)はmdh遺伝子にコードされており、Escherichia coli str.K-12 substr.MG1655株由来のmdh(NCBI-ProteinID:NP_417703)や、Serratia grimesii NBRC13537株由来のmdh(配列番号1)などが具体例として挙げられる。
【0019】
なお、Biotechnol Lett. 2011 Dec;33(12):2439-44.には、3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有するEscherichia属微生物において、ピルビン酸からアセチルCoAを生産する反応であるピルビン酸ギ酸リアーゼをコードするpflB遺伝子を欠失させ、かつ、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応であるリンゴ酸デヒドロゲナーゼをコードするmdh遺伝子発現を強化することによって、グルコースから3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸への代謝経路の上流にあるコハク酸の収率が増加したことが開示されていることから、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性向上には、オキサロ酢酸からリンゴ酸を生成する反応の強化とピルビン酸からアセチルCoAを生産する反応を低下させることが必須であると推定されたが、本明細書で示されるとおり、本発明においてはピルビン酸からアセチルCoAを生産する反応の低下に依存せずに3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性が向上する。
【0020】
ギ酸から二酸化炭素を生成する反応を強化する方法としては、ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素反応を強化することが好ましく、その方法としては、例えば、当該酵素自体の触媒活性を増強することや、当該酵素の発現量を増加させることが挙げられるが、当該酵素の発現量を増大させることが好ましい。ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素の発現量を増大させる方法としては、例えば、当該酵素をコードする遺伝子を宿主微生物の菌体外から菌体内へと導入したり、当該遺伝子のコピー数を増加させたり、当該遺伝子のコーディング領域上流のプロモーター領域やリボソーム結合配列を改変させたりする方法などが挙げられる。ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素をコードする遺伝子を宿主微生物の菌体外から菌体内へと導入する、または、当該遺伝子のコピー数を増加させる方法としては、宿主遺伝子がもともと保有する当該遺伝子を人為的に導入する方法であっても、外来の当該遺伝子を導入する方法であっても良い。ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素の発現量を増大させる方法としては、前述の方法を単独で行ってもよいし、組み合わせてもよい。
【0021】
ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素の具体例として、NADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼ(EC 1.17.1.9)が触媒する反応を強化することが挙げられる。NADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼはギ酸から二酸化炭素を生成し、かつNAD+をNADHに還元する反応を触媒する。NADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼの具体例としては、NCBIやKEGGなどにおける公共データベース上でBLAST検索してNADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼとしてヒットするポリペプチドが該当し、好ましい具体例として、Candida boidinii S2株由来のFDH1(配列番号2)、またはこれらのホモログなどが挙げられる。
【0022】
また、ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素の別の具体例として、ギ酸水素リアーゼ複合体が挙げられる。ギ酸水素リアーゼ複合体はギ酸から二酸化炭素を生成する過程で水素を発生させる反応を触媒する。ギ酸水素リアーゼ複合体の好ましい具体例として、Escherichia属などのバクテリアにおけるfdhF遺伝子によってコードされるギ酸デヒドロゲナーゼH(formate dehydrogenase-H、EC 1.17.98.4)とhycB、hycC、hycD、hycE、hycFおよびhycG遺伝子がコードする7つのポリペプチドのサブユニットで構成されるギ酸水素リアーゼ複合体(formate hydrogenlyase complex、EC 1.17.98.4)が挙げられる。
【0023】
また、ギ酸から二酸化炭素を生成する触媒活性を有する酵素の別の具体例として、ギ酸デヒドロゲナーゼOおよび/またはギ酸デヒドロゲナーゼNが挙げられる。ギ酸デヒドロゲナーゼOおよび/またはギ酸デヒドロゲナーゼNはギ酸から二酸化炭素を生成する過程でキノン類を還元させる反応を触媒する。ギ酸デヒドロゲナーゼOおよび/またはギ酸デヒドロゲナーゼNの好ましい具体例として、Escherichia属などのバクテリアにおけるfdoG、fdoHおよびfdoI遺伝子がコードする3つのポリペプチドのサブユニットで構成されるギ酸デヒドロゲナーゼO(formate dehydrogenase-O、EC 1.17.5.3)、ならびに、fdnG、fdnHおよびfdnI遺伝子がコードする3つのポリペプチドのサブユニットで構成されるギ酸デヒドロゲナーゼN(formate dehydrogenase-N、EC 1.17.5.3)が挙げられる。
【0024】
本発明では、上記に挙げた酵素のうち、NADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼが触媒する反応を強化することが好ましい。
【0025】
また、本発明では3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を強化することが好ましい。3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を強化するとは、例えば、本反応を触媒する酵素の発現量を増加することが挙げられる。発現量を増加する方法としては、例えば、本酵素遺伝子を宿主微生物の菌体外から菌体内へと導入したり、当該遺伝子のコピー数を増加させたり、当該遺伝子のコーディング領域上流のプロモーター領域やリボソーム結合配列を改変させたりする方法などが挙げられる。これらの方法は単独で行ってもよいし、組み合わせてもよいが、WO2019/107516号(米国特許出願公開第2020/291435A1号明細書)に記載される方法により本酵素遺伝子を宿主微生物の菌体外から菌体内へ導入することが好ましい。
【0026】
3-オキソアジピル-CoAを還元して3-ヒドロキシアジピル-CoAを生成する反応を触媒する3-オキソアジピル-CoAレダクターゼの具体例としては、3-ヒドロキシアシル-CoAデヒドロゲナーゼとしてEC1.1.1.35に分類される酵素、3-ヒドロキシブチリル-CoAデヒドロゲナーゼとしてEC1.1.1.157に分類される酵素、ならびに、WO2019/107516号明細書に記載の配列番号1~6および213のいずれかのアミノ酸配列に対して70%以上の配列同一性を有し、かつ、3-オキソアジピル-CoAレダクターゼ活性を有する酵素などが挙げられる。具体例として、Pseudomonas putida KT2440株由来のPaaH(NCBI-ProteinID:NP_745425.1)、Escherichia coli str. K-12 substr. MG1655株由来のPaaH(NCBI-ProteinID:NP_415913.1)、Acinetobacter baylyi ADP1株由来のDcaH(NCBI-ProteinID:CAG68533.1)、Serratia plymuthica NBRC102599株由来のPaaH(NCBI-ProteinID:WP_063197120)、Serratia marcescens ATCC13880株由来のポリペプチド(NCBI-ProteinID:KFD11732.1)が挙げられる。
【0027】
また、本発明の遺伝子改変微生物は、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸の生産性の観点から、ホスホケトラーゼ経路による糖代謝をしない微生物であることが好ましい。このような微生物は自然界に存在しており、ホスホケトラーゼ経路によって糖代謝をしない本発明の遺伝子微生物を創出する際の宿主として好ましく利用できる。また、本発明の遺伝子改変微生物を創出後に、当業者に周知の手法により当該微生物のホスホケトラーゼ遺伝子をノックアウトする方法によってホスホケトラーゼ経路による糖代謝をしない微生物を創出してもよい。
【0028】
3-ヒドロキシアジピン酸を製造する能力を元来有する微生物としては、以下の微生物が挙げられる。
【0029】
Escherichia fergusonii、Escherichia coliなどのEscherichia属。
【0030】
Serratia grimesii、Serratia ficaria、Serratia fonticoia、Serratia odorifera、Serratia plymuthica、Serratia entomophilaまたはSerratia nematodiphilaなどのSerratia属。
【0031】
Pseudomonas chlororaphis、Pseudomonas putida、Pseudomonas azotoformans、Pseudomonas chlororaphis subsp.aureofaciensなどのPsuedomonas属。
【0032】
Hafnia alveiなどのHafnia属。
【0033】
Corynebacterium acetoacidophilum、Corynebacterium acetoglutamicum、Corynebacterium ammoniagenes、Corynebacterium glutamicumなどのCorynebacterium属。
【0034】
Bacillus badius、Bacillus megaterium、Bacillus roseusなどのBacillus属。
【0035】
Streptomyces vinaceus、Streptomyces karnatakensis、Streptomyces olivaceusなどのStreptomyces属。
【0036】
Cupriavidus metallidurans、Cupriavidus necator、Cupriavidus oxalaticusなどのCupriavidus属。
【0037】
Acinetobacter baylyi、Acinetobacter radioresIstensなどのAcinetobacter属。
【0038】
Alcaligenes faecalisなどのAlcaligenes属。
【0039】
Nocardioides albusなどのNocardioides属。
【0040】
Brevibacterium iodinumなどのBrevibacterium属。
【0041】
Delftia acidovoransなどのDelftia属。
【0042】
Shimwellia blattaeなどのShimwellia属。
【0043】
Aerobacter cloacaeなどのAerobacter属。
【0044】
Rhizobium radiobacterなどのRhizobium属。
【0045】
前記3-ヒドロキシアジピン酸を製造する能力を元来有する微生物の中でも、本発明では、ホスホケトラーゼ経路による糖代謝をしない微生物であるEscherichia属、Serratia属、Hafnia属、Corynebacterium属、Brevibacterium属、Shimwellia属、Aerobacter属が好ましく、Escherichia属またはSerratia属に属する微生物がより好ましく利用される。
【0046】
α-ヒドロムコン酸を製造する能力を元来有すると推定される微生物としては、以下の微生物が挙げられる。
【0047】
Escherichia fergusonii、Escherichia coliなどのEscherichia属。
【0048】
Serratia grimesii、Serratia ficaria、Serratia fonticola、Serratia odorifera、Serratia plymuthica、Serratia entomophilaまたはSerratia nematodiphilaなどのSerratia属。
【0049】
Pseudomonas fluorescens、Pseudomonas putida、Pseudomonas azotoformans、Pseudomonas chlororaphis subsp. aureofaciensなどのPsuedomonas属。
【0050】
Hafnia alveiなどのHafnia属。
【0051】
Bacillus badiusなどのBacillus属。
【0052】
Cupriavidus metallidurans、Cupriavidus numazuensis、Cupriavidus oxalaticusなどのCupriavidus属。
【0053】
Acinetobacter baylyi、Acinetobacter radioresistensなどのAcinetobacter属。
【0054】
Alcaligenes faecalisなどのAlcaligenes属。
【0055】
Delftia acidovoransなどのDelftia属。
【0056】
Shimwellia blattaeなどのShimwellia属。
【0057】
前記α-ヒドロムコン酸を製造する能力を元来有する微生物の中でも、本発明では、ホスホケトラーゼ経路による糖代謝をしない微生物であるEscherichia属、Serratia属、Hafnia属、Shimwellia属が好ましく、Escherichia属またはSerratia属に属する微生物がより好ましく利用される。
【0058】
本発明の遺伝子改変微生物が、3-ヒドロキシアジピン酸を製造する能力を元来有していない場合には、反応A、B、Dを触媒する酵素をコードする核酸を適当に組み合わせて微生物に導入することで、これらの製造能を付与することができ、また、α-ヒドロムコン酸を製造する能力を元来有していない場合には、反応A、B、C、Eを触媒する酵素をコードする核酸を適当に組み合わせて微生物に導入することで、これらの生成能を付与することができる。
【0059】
本発明で遺伝子改変微生物を得るための宿主として用いることができる微生物は、遺伝子改変が可能な微生物であれば特に制限はなく、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を製造する能力を有する微生物であってもそうでない微生物であってもよいが、Escherichia属、Serratia属、Hafnia属、Psuedomonas属、Corynebacterium属、Bacillus属、Streptomyces属、Cupriavidus属、Acinetobacter属、Alcaligenes属、Brevibacterium属、Delftia属、Shimwellia属、Aerobacter属、Rhizobium属、Thermobifida属、Clostridium属、Schizosaccharomyces属、Kluyveromyces属、Pichia属およびCandida属に属する微生物が好ましく、Escherichia属、Serratia属、Hafnia属、Pseudomonas属に属する微生物がより好ましく、Escherichia属またはSerratia属に属する微生物が特に好ましい。
【0060】
本発明の遺伝子改変微生物を創出するために遺伝子を導入する方法は特に限定されず、微生物内で自律複製可能な発現ベクターに当該遺伝子を組み込み、宿主微生物に導入する方法や、微生物のゲノムに当該遺伝子を組み込む方法などを用いることができる。
【0061】
導入する遺伝子は1種類でも複数種類でもよい。また遺伝子の導入と発現の増強を組み合わせてもよい。
【0062】
本発明で発現させる遺伝子を発現ベクターまたは宿主微生物ゲノムに組み込む場合、当該発現ベクターまたはゲノム組み込み用核酸はプロモーター、リボソーム結合配列、発現させる遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーター活性を制御する遺伝子が含まれていてもよい。
【0063】
本発明で用いるプロモーターは、宿主微生物内で遺伝子を発現させられるものであれば特に限定されないが、例えばgapプロモーター、trpプロモーター、lacプロモーター、tacプロモーター、T7プロモーターなどが挙げられる。
【0064】
本発明で発現ベクターを用いて遺伝子の導入や、遺伝子の発現の増強を行う場合は、当該微生物中で自律複製可能であれば特に限定されないが、例えばpBBR1MCSベクター、pBR322ベクター、pMWベクター、pETベクター、pRSFベクター、pCDFベクター、pACYCベクター、および上述のベクターの派生型などが挙げられる。
【0065】
本発明でゲノム組み込み用核酸を用いて遺伝子の導入や、遺伝子の発現の増強を行う場合は、部位特異的相同組換えを用いて導入する。部位相同組換えの方法は特に限定されないが、例えばλ Red レコンビナーゼおよびFLPレコンビナーゼを用いる方法(Proc Natl Acad Sci USA.2000 Jun 6;97(12):6640-6645.)、λ RedレコンビナーゼおよびsacB遺伝子を用いる方法(Biosci Biotechnol Biochem.2007 Dec;71(12):2905-11.)が挙げられる。
【0066】
発現ベクターまたはゲノム組み込み用核酸の導入方法は、微生物に核酸を導入する方法であれば特に限定されないが、例えばカルシウムイオン法(Journal of Molecular Biology,53,159 (1970))、エレクトロポレーション法(NM Calvin,PC Hanawalt.J.Bacteriol,170 (1988),pp.2796-2801)などが挙げられる。
【0067】
本発明の遺伝子改変微生物は、通常の微生物が利用し得る炭素源を発酵原料として含有する培地、好ましくは液体培地中において培養する。当該遺伝子改変微生物が利用し得る炭素源の他には、窒素源、無機塩および必要に応じてアミノ酸やビタミンなどの有機微量栄養素を程よく含有した培地を用いる。上記栄養源を含有していれば天然培地、合成培地のいずれでも利用できる。
【0068】
発酵原料とは、当該遺伝子改変微生物が代謝し得る原料である。「代謝」とは、微生物が細胞外から取り入れた、あるいは細胞内で別の化学化合物より生じたある化学化合物が、酵素反応により別の化学化合物へと変換されることを指す。炭素源としては、糖類を好ましく用いることができる。糖類の具体例としては、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、キシロース、アラビノース等の単糖類、これら単糖類が結合したシュクロース等の二糖類、多糖類、およびこれらを含有する澱粉糖化液、糖蜜、セルロース含有バイオマス糖化液などが挙げられる。
【0069】
上記に挙げた炭素源は、一種類のみ用いてもよいし、組み合わせて用いてもよいが、特にグルコースを含む培地で培養することが好ましい。炭素源の添加において、培地中の炭素源の濃度は、特に限定されず、炭素源の種類などに応じて適宜設定することができる。グルコースの好ましい濃度は、5~300g/Lである。
【0070】
当該遺伝子改変微生物の培養に用いる窒素源としては、例えば、アンモニアガス、アンモニア水、アンモニウム塩類、尿素、硝酸塩類、その他補助的に使用される有機窒素源、例えば、油粕類、大豆加水分解液、カゼイン分解物、その他のアミノ酸、ビタミン類、コーンスティープリカー、酵母または酵母エキス、肉エキス、ペプトン等のペプチド類、各種発酵菌体およびその加水分解物などが使用できる。培地中の窒素源の濃度は、特に限定されないが、好ましくは、0.1~50g/Lである。
【0071】
当該遺伝子改変微生物の培養に用いる無機塩類としては、例えば、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩およびマンガン塩等を適宜添加使用することができる。
【0072】
3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を生産するための遺伝子改変微生物の培養条件は、前記成分組成の培地、培養温度、撹拌速度、pH、通気量、植菌量などを、当該遺伝子改変微生物の種類および外部条件などに応じて、適宜調節あるいは選択して設定する。
【0073】
培養におけるpHの範囲は当該遺伝子改変微生物が生育することができれば特に制限はないが、好ましくはpH5~8、より好ましくはpH5.5~6.8である。
【0074】
培養における通気条件の範囲は3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸を生産することができれば特に制限はないが、当該微生物変異体を良好に生育させるために、少なくとも培養開始時において培養容器内の気相および/または液相に酸素が残存していることが好ましい。
【0075】
液体培養において発泡がある場合には、鉱油、シリコーン油および界面活性剤などの消泡剤を適宜培地に配合することができる。
【0076】
前記微生物の培養物中に、3-ヒドロキシアジピン酸および/またはα-ヒドロムコン酸が回収可能な量まで生産された後、生産された当該生産物を回収することができる。生産された当該生産物の回収、例えば単離は、蓄積量が適度に高まった時点で培養を停止し、その培養物から、発酵生産物を採取する一般的な方法に準じて行うことができる。具体的には、遠心分離、ろ過などにより菌体を分離したのち、カラムクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、活性炭処理、結晶化、膜分離、蒸留などにより、当該生産物を培養物から単離することができる。より具体的には、当該生産物の塩に酸成分を添加して析出物を回収する方法、培養物を逆浸透膜やエバポレーターなどを用いた濃縮操作により水を除去して当該生産物の濃度を高めた後、冷却結晶化や断熱結晶化により当該生産物および/または当該生産物の塩の結晶を析出させ、遠心分離やろ過などにより当該生産物および/または当該生産物の塩の結晶を得る方法、培養物にアルコールを添加して当該生産物をエステルとした後、蒸留操作により当該生産物のエステルを回収後、加水分解により当該生産物を得る方法等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。また、これらの回収方法は生成物の物性などにより適当に選択して最適化することができる。
【実施例0077】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、本実施例における各種分析は以下の方法に従った。
【0078】
[3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の定量分析]
当該培養液より菌体を遠心分離した上清をMillex-GV(0.22μm、PVDF、Merck社製)を用いて膜処理し、透過液を以下の条件によるLC-MS/MSで分析することで培養上清中の3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の蓄積濃度を定量した。
・HPLC
装置:1290Infinity(Agilent Technologies社製)
カラム:Synergi hydro-RP(Phenomenex社製)、長さ100mm、内径3mm、粒径2.5μm
移動相:0.1%ギ酸水溶液/メタノール=70/30
流速:0.3mL/分
カラム温度:40℃
LC検出器:1260DAD VL+(210nm)
・MS/MS
装置:Triple-Quad LC/MS(Agilent Technologies社製)
イオン化法:ESI ネガティブモード。
【0079】
(参考例1)アセチル-CoAおよびスクシニル-CoAから3OA-CoAおよび補酵素Aを生成する反応(反応A)、3OA-CoAから3HA-CoAを生成する反応(反応B)、3HA-CoAから3-ヒドロキシアジピン酸を生成する反応(反応D)およびHMA-CoAからα-ヒドロムコン酸を生成する反応(反応E)を触媒する酵素を発現するプラスミドの作製
大腸菌内で自律複製可能なベクターpBBR1MCS-2(ME Kovach,(1995),Gene 166:175-176)をXhoIで切断し、pBBR1MCS-2/XhoIを得た。当該ベクターに構成的な発現プロモーターを組み込むために、Escherichia coli str.K-12 substr.MG1655のゲノムDNAを鋳型としてgapA(NCBI-GeneID: NC_000913.3)の上流域200b(配列番号3)をPCR増幅するためのプライマーを設計し(配列番号4、5)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpBBR1MCS-2/XhoIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”(タカラバイオ株式会社製)を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られた組換え大腸菌株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpBBR1MCS-2::Pgapとした。続いてpBBR1MCS-2::PgapをScaIで切断し、pBBR1MCS-2::Pgap/ScaIを得た。反応Aを触媒する酵素をコードする遺伝子を増幅するために、Pseudomonas putida KT2440株のゲノムDNAを鋳型としてアシルトランスフェラーゼ遺伝子pcaF(NCBI-GeneID:1041755)の全長をPCR増幅するためのプライマーを設計し(配列番号6、7)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpBBR1MCS-2::Pgap/ScaIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られた組換え株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpBBR1MCS-2::ATとした。続いてpBBR1MCS-2::ATをHpaIで切断し、pBBR1MCS-2::AT/HpaIを得た。反応Dおよび反応Eを触媒する酵素をコードする遺伝子を増幅するために、Pseudomonas putida KT2440株のゲノムDNAを鋳型としてCoAトランスフェラーゼ遺伝子pcaIおよびpcaJ(NCBI-GeneID:1046613、1046612)の全長を含む連続した配列をPCR増幅するためのプライマーを設計し(配列番号8、9)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpBBR1MCS-2::AT/HpaIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られた組換え株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpBBR1MCS-2::ATCTとした。
【0080】
pBBR1MCS-2::ATCTをScaIで切断し、pBBR1MCS-2::ATCT/ScaIを得た。Serratia marcescens ATCC13880株のゲノムDNAを鋳型として、配列番号10に記載の核酸を増幅するためのプライマーを設計し(配列番号11、12)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpBBR1MCS-2::ATCT/ScaIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”(タカラバイオ株式会社製)を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られた組換え株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpBBR1MCS-2::ATCTORとした。
【0081】
(参考例2)gapAプロモーター導入プラスミドの作製
大腸菌内で自律複製可能な発現ベクターpCDF-1b(Merck Millipore社製)をBamHIで切断し、pCDF/BamHIを得た。当該ベクターに構成的な発現プロモーターを組み込むために、Escherichia coli str.K-12 substr.MG1655のゲノムDNAを鋳型としてgapA(NCBI-GeneID: NC_000913.3)の上流域200b(配列番号8)をPCR増幅するためのプライマーを設計し(配列番号13、14)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpCDF/BamHIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”(タカラバイオ株式会社製)を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られたストレプトマイシン耐性株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpCDF::Pgapとした。
【0082】
(参考例3)MDHを発現するプラスミドの作製
参考例2で作製したgapAプロモーター導入プラスミドpCDF::PgapにMDHをコードする塩基配列を導入し、gapAプロモーターの制御下でMDHが発現するようにデザインしたMDH発現プラスミドpCDF::mdhを作製した。
【0083】
参考例2で作成したpCDF::PgapをBamHIで切断し、pCDF::Pgap/BamHIを得た。リンゴ酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を増幅するために、Escherichia coli str.K-12 substr.MG1655のゲノムDNAを鋳型としてmdh(NCBI-GeneID:947854)全長を含む領域をPCR増幅するためのプライマーを設計し(配列番号15、16)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpCDF::Pgap/BamHIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”(タカラバイオ株式会社製)を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られたストレプトマイシン耐性株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpCDF::mdhとした。
【0084】
(参考例4)FDHを発現するプラスミドの作製
参考例2で作製したgapAプロモーター導入プラスミドpCDF::PgapにFDHをコードする塩基配列を導入し、gapAプロモーターの制御下でFDHが発現するようにデザインしたFDH発現プラスミドpCDF::fdhを作製した。
【0085】
参考例2で作成したpCDF::PgapをBamHIで切断し、pCDF::Pgap/BamHIを得た。Candida boidinii S2株由来のNADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼ(FDH1)をコードする塩基配列(配列番号17)を遺伝子合成し、当該領域をPCR増幅するためのプライマーを設計し(配列番号18、19)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpCDF::Pgap/BamHIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”(タカラバイオ株式会社製)を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られたストレプトマイシン耐性株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpCDF::fdhとした。
【0086】
(参考例5)MDHおよびFDHを同時発現するプラスミドの作製
参考例3で作製したMDH発現プラスミドpCDF::mdhにFDHをコードする塩基配列を導入し、gapAプロモーターの制御下でMDHおよびFDHが同時発現するようにデザインした発現プラスミドpCDF::fdh-mdhを作製した。
【0087】
参考例5で作成したpCDF::mdhをBsaIとKpnIで切断し、pCDF::mdh/BsaI_KpnIを得た。gapAプロモーターの一部とCandida boidinii S2株由来のNADH産生型ギ酸デヒドロゲナーゼ(FDH1)をコードする塩基配列(配列番号17)、およびgapAプロモーターの3’末端側の一部とEscherichia coli str.K-12 substr.MG1655のmdh(NCBI-GeneID:947854)の5’末端側の一部を含む配列(配列番号20)を遺伝子合成し、当該領域をPCR増幅するためのプライマーを設計し(配列番号21、22)、常法に従ってPCR反応を行った。得られた断片およびpCDF::mdh/BsaI_KpnIを、“In-Fusion HD Cloning Kit”(タカラバイオ株式会社製)を用いて連結し、大腸菌株DH5αに導入した。得られたストレプトマイシン耐性株から当該プラスミドを抽出し、常法により塩基配列を確認したプラスミドをpCDF::fdh-mdhとした。
【0088】
(参考例6)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドを有する大腸菌の作製
Escherichia coli str.K-12 substr.MG1655に対して、参考例1で作製したプラスミドを導入し、Escherichia属微生物変異体を作製した。
【0089】
Escherichia coli str.K-12 substr.MG1655を5mLのLB培地に植菌し、30℃で1日振とう培養した。培養液0.5mLを5mLのLB培地に植菌し、30℃で2時間、振とう培養した。培養液を20分間氷冷したのち、菌体を10%(w/w)グリセロールで3回洗浄した。洗浄後のペレットを100μLの10%(w/w)グリセロールで懸濁し、150ngのpBBR1MCS-2::ATCTORと混合したのちエレクトロポレーションキュベット内で10分間氷冷した。Gene pulser(Bio-rad社製)を用いてエレクトロポレーションを実施した(3kV、200Ω、25μF)後、即座に1mLのSOC培地を添加し、30℃で1時間振とう培養した。カナマイシン25μg/mLを含むLB寒天培地に塗布し、30℃で1日インキュベートした。得られた株をEc/3HAとした。
【0090】
(参考例7)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドを有し、かつpCDF::Pgapを有する大腸菌の作製
Ec/3HAをカナマイシン25μg/mLを含む5mLのLB培地に植菌し、30℃で1日振とう培養した。培養液0.5mLをカナマイシン25μg/mLを含む5mLのLB培地に植菌し、30℃で2時間、振とう培養した。培養液を20分間氷冷したのち、菌体を10%(w/w)グリセロールで3回洗浄した。洗浄後のペレットを100μLの10%(w/w)グリセロールで懸濁し、150ngのpCDF::Pgapと混合したのちエレクトロポレーションキュベット内で10分間氷冷した。Gene pulser(Bio-rad社製)を用いてエレクトロポレーションを実施した(3kV、200Ω、25μF)後、即座に1mLのSOC培地を添加し、30℃で1時間振とう培養した。50μLをカナマイシン25μg/mL、およびストレプトマイシン50μg/mLを含むLB寒天培地に塗布し、30℃で1日インキュベートした。得られた株をEc/3HApCDFとした。
【0091】
(参考例8)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドを有し、かつpCDF::Pgapを有する大腸菌の3-ヒドロキシアジピン酸の生産試験
pH7に調整した培地I(Bactoトリプトン(Difco Laboratories社製)10g/L、Bacto酵母エキス(Difco Laboratories社製)5g/L、塩化ナトリウム5g/L、カナマイシン25μg/mL、ストレプトマイシン50μg/mL)5mL(φ18mmガラス試験管、アルミ栓)に、参考例7で作製したEc/3HApCDFを一白金耳植菌し、30℃、120min-1で24時間振とう培養した。当該培養液0.25mLをpH6.5に調整した培地II(グルコース50g/L、硫酸アンモニウム1g/L、リン酸カリウム50mM、硫酸マグネシウム0.025g/L、硫酸鉄0.0625mg/L、硫酸マンガン2.7mg/L、塩化カルシウム0.33mg/L、塩化ナトリウム1.25g/L、Bactoトリプトン2.5g/L、Bacto酵母エキス1.25g/L、カナマイシン25μg/mL)5mL(φ18mmガラス試験管、アルミ栓)に添加し、30℃で振とう培養した。培養上清中に蓄積した3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の収率は表1に示すとおりである。
【0092】
(比較例1)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドをならびにMDH発現プラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体の作製
Ec/3HAに対して、参考例7と同様の方法にて、参考例3で作製したプラスミドpCDF::mdhを導入し、Escherichia属微生物変異体を作製した。得られた株をEc/3HAmdhとした。
【0093】
(比較例2)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドならびにMDH発現プラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体を用いた3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の生産試験
比較例1で作製したEc/3HAmdhを、参考例8と同様の方法にて培養した。培養上清中に蓄積した3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸および培地中に利用されずに残存している糖の濃度を定量して算出した3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の収率は表1に示すとおりであり、mdhの発現量が増大し、かつ反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体では、3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の収率が低下することがわかった。
【0094】
(比較例3)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドをならびにFDH発現プラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体の作製
Ec/3HAに対して、参考例8と同様の方法にて、参考例4で作製したプラスミドpCDF::fdhを導入し、Escherichia属微生物変異体を作製した。得られた株をEc/3HAfdhとした。
【0095】
(比較例4)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドならびにFDH発現プラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体を用いた3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の生産試験
比較例2で作製したEc/3HAfdhを、参考例8と同様の方法にて培養した。培養上清中に蓄積した3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸および培地中に利用されずに残存している糖の濃度を定量して算出した3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の収率は表1に示すとおりであり、FDHの発現量が増大し、かつ反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体では、3-ヒドロキシアジピン酸の収率が低下することがわかった。
【0096】
(実施例1)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドをならびにFDHとMDHを同時発現するプラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体の作製
Ec/3HAに対して、参考例7と同様の方法にて、参考例5で作製したプラスミドpCDF::fdh-mdhを導入し、Escherichia属微生物変異体を作製した。得られた株をEc/3HAfdh-mdhとした。
【0097】
(実施例2)反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドならびにFDH1とMDHを同時発現するプラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体を用いた3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の生産試験
実施例1で作製したEc/3HAfdh-mdhを、参考例8と同様の方法にて培養した。培養上清中に蓄積した3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸および培地中に利用されずに残存している糖の濃度を定量して算出した3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の収率は表1に示すとおりであり、FDHとMDHの発現量が同時に増大し、かつ反応A、B、DおよびEを触媒する酵素を発現するプラスミドを導入したEscherichia属微生物変異体では、3-ヒドロキシアジピン酸およびα-ヒドロムコン酸の収率が向上し、FDH1の発現量を単独で増大させた時よりもα-ヒドロムコン酸の収率がさらに向上することがわかった。
【0098】