(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024090483
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240627BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022206429
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】塚本 圭
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QS39
4B065AA90X
4B065CA44
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】リアルタイムでの評価、断面方向からの評価が可能な立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法を提供する。
【解決手段】培養観察容器内に設けられた立体的細胞組織であって、前記培養観察容器は、少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成されてなり、前記立体的細胞組織は、前記培養観察容器の中において1日以上培養された細胞を含む、立体的細胞組織およびそれを用いた立体的細胞組織の評価方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養観察容器内に設けられた立体的細胞組織であって、
前記培養観察容器は、少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成されてなり、
前記立体的細胞組織は、前記培養観察容器の中において1日以上培養された細胞を含む、立体的細胞組織。
【請求項2】
前記培養観察容器は、直方体形状、角柱形状または円柱形状である、請求項1に記載の立体的細胞組織。
【請求項3】
前記培養観察容器は、側面のすべての方向から観察した際に透明であるよう構成されてなる、請求項1または2に記載の立体的細胞組織。
【請求項4】
前記細胞は、光学系の検知手段によって検知できる標識を行ったものである、請求項1または2に記載の立体的細胞組織。
【請求項5】
前記培養観察容器は、少なくとも1つの側面の一部が厚みが0.5mm以下、および屈折率が1~1.63の透明素材により構成されてなる、請求項1または2に記載の立体的細胞組織。
【請求項6】
前記立体的細胞組織は、間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る工程と、前記混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る工程と、前記ゲル状組成物をインキュベートして細胞構造体を得る工程とを含み、前記細胞構造体を立体的細胞組織とする方法で作製されたものである、請求項1または2に記載の立体的細胞組織。
【請求項7】
少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成された培養観察容器の中において立体的細胞組織を培養し、
前記培養中に、前記培養観察容器を前記一方向から観察して、前記立体培養組織の評価を行う、立体的細胞組織の評価方法。
【請求項8】
前記培養観察容器は、少なくとも1つの側面の一部が厚みが0.5mm以下、および屈折率が1~1.63の透明素材により構成されてなるものを用いる、請求項7に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【請求項9】
前記立体的細胞組織は、間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る工程と、前記混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る工程と、前記ゲル状組成物をインキュベートして細胞構造体を得る工程とを含み、前記細胞構造体を立体的細胞組織とする方法で作製されたものを用いる、請求項7または8に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【請求項10】
前記立体的培養組織の前記評価は、光学系の検知手段によって評価する、請求項7または8に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【請求項11】
前記立体的培養組織の前記評価は、光学的に検出可能な標識物質によって標識された細胞または生体分子について、側断面方向の位置または量を光学系の検知手段によって評価する、請求項7または8に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療はもとより、生体に近い環境が求められる薬剤のアッセイ系において、平板上で成育させた細胞よりも、細胞を立体的に組織化させた立体的細胞組織を使用することの優位性が示されている。そして、生体外で立体的細胞組織を構築するための様々な技術が開発されている。例えば、細胞が付着できない表面基板上で細胞塊を形成させる方法、液滴中で細胞塊を形成させる方法、透過性膜上に細胞を集積させる方法等が開発されている。
【0003】
本発明者らの特許文献1では、立体的細胞組織を製造する方法であって、細胞が、カチオン性緩衝液、細胞外マトリックス成分、および高分子電解質を少なくとも含む溶液に懸濁されている混合物を得るA工程と、得られた前記混合物から前記細胞を集め、基材上に細胞集合体を形成するB工程と、前記細胞を培養し、立体的細胞組織を得るC 工程とを含み、前記A工程および前記B工程を少なくとも1回行った後、前記C工程を行い、前記細胞外マトリックス成分は、コラーゲンであり、前記高分子電解質は、グリコサミノグリカン、デキストラン硫酸、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリアクリル酸、ならびにそれらの組み合わせからなる群から選択され、前記混合物中の前記細胞外マトリックス成分の濃度が、0.05mg/mL以上1.0mg/mL未満であり、前記混合物中の前記高分子電解質の濃度が、0.05mg/mL以上1.0mg/mL未満である、立体的細胞組織を製造する方法について開示している。この技術は、従来技術と比較して、より迅速かつ簡便に、より厚い立体的細胞組織を製造できる方法を提供しようとするものである。
【0004】
本発明者らの特許文献2では、細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る工程と、前記混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る工程と、前記ゲル状組成物をインキュベートして立体的細胞組織を得る工程と、を含む、立体的細胞組織の製造方法について開示している。この技術では、立体的細胞組織の経時的な厚さの減少を抑制することができ、従来製造することが困難であった厚さの立体的細胞組織を作製することのできる立体的細胞組織の製造方法を提供しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6427836号公報
【特許文献2】国際公開第2022/114128号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、これらの立体的細胞組織の評価は、組織を培養した後に、組織を取り出し、固定化して処理し観察することによって行っていた。具体的には、組織を作成した後に、厚みや組織の評価を行うときはFFPEブロック化(ホルマリンで固定した検体を脱水脱脂後パラフィンへと置換し包埋処理をした検体)させて薄切化し、断面を評価していた。
【0007】
これらの評価の方法は、組織の培養を停止し細胞を殺してから観察するので、同一の組織についてその後の経過の観察を行う、すなわち時間軸的にリアルタイムに評価することはできなかった。従来は、時間軸的にリアルタイムに評価するニーズは限定的であったため、この評価の方法が行われていた。
【0008】
近年、がん免疫療法の成長によりリアルタイムで断面方向の細胞の遊走、浸潤等を解析するニーズが生まれた。しかしながら、従来の方法、例えばFFPEブロック化では細胞を殺してしまうため、培養しながらリアルタイムでの断面方向に観察するのは困難であった。
【0009】
また、リアルタイムでの観察が困難である場合、一定の培養期間で評価を行う評価用試料と、その後も試験を継続する試験用試料を別々に準備する必要がある。しかし、たとえ同じ条件で培養を行っても、組織の形態等が異なる場合があり、また完全に同じ条件で生育するとは限らず、実際には評価用と試験用とで評価に齟齬が生じている場合がある。この可能性から、評価や試験の精度を上げるためには繰り返し行うなどの対策を選択する必要があり、試験の時間やコストの高騰につながる場合がある。
【0010】
また、立体的細胞組織については立体的に組織体が形成されているにも関わらず、従来の方法では一方向からの観察のみ行うことができた。例えば、前記した従来の方法では、立体的培養組織は断面方向が観察できないインサートを用いて培養していたため、上方向からの観察しかできなかった。
【0011】
本発明者らはこれらを鑑みて、立体的細胞組織について、培養しながらリアルタイムで観察することができ、さまざまな断面方向からの観察が可能な観察方法、それに適した培養の方法について、研究を進めていった。
【0012】
本発明は上記のような事情を鑑みてなされたものであり、リアルタイムでの評価、断面方向からの評価が可能な立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明は以下の態様を有する。
[1] 培養観察容器内に設けられた立体的細胞組織であって、前記培養観察容器は、少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成されてなり、前記立体的細胞組織は、前記培養観察容器の中において1日以上培養された細胞を含む、立体的細胞組織。
【0014】
[2] 前記培養観察容器は、直方体形状、角柱形状または円柱形状である、[1]に記載の立体的細胞組織。
【0015】
[3] 前記培養観察容器は、側面のすべての方向から観察した際に透明であるよう構成されてなる、[1]または[2]に記載の立体的細胞組織。
【0016】
[4] 前記細胞は、光学系の検知手段によって検知できる標識を行ったものである、[1]から[3]のいずれか1に記載の立体的細胞組織。
【0017】
[5] 前記培養観察容器は、前記培養観察容器は、少なくとも1つの側面の一部が厚みが0.5mm以下、および屈折率が1~1.63の透明素材により構成されてなる、[1]から[4]のいずれか1に記載の立体的細胞組織。
【0018】
[6] 前記立体的細胞組織は、間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る工程と、前記混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る工程と、前記ゲル状組成物をインキュベートして細胞構造体を得る工程とを含み、前記細胞構造体を立体的細胞組織とする方法で作製されたものである、[1]から[5]のいずれか1に記載の立体的細胞組織。
【0019】
[7] 少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成された培養観察容器の中において立体的細胞組織を培養し、前記培養中に、前記培養観察容器を前記一方向から観察して、前記立体培養組織の評価を行う、立体的細胞組織の評価方法。
【0020】
[8] 前記培養観察容器は、少なくとも1つの側面の一部が厚みが0.5mm以下、および屈折率が1~1.63の透明素材により構成されてなるものを用いる、[7]に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【0021】
[9] 前記立体的細胞組織は、間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る工程と、前記混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る工程と、前記ゲル状組成物をインキュベートして細胞構造体を得る工程とを含み、前記細胞構造体を立体的細胞組織とする方法で作製されたものを用いる、[7]または[8]に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【0022】
[10] 前記立体的培養組織の前記評価は、光学系の検知手段によって評価する、[7]から[9]のいずれか1に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【0023】
[11] 前記立体的培養組織の前記評価は、光学的に検出可能な標識物質によって標識された細胞または生体分子について、側断面方向の位置または量を光学系の検知手段によって評価する、[7]から[10]のいずれか1に記載の立体的細胞組織の評価方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、リアルタイムでの評価、断面方向からの評価が可能な立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本実施形態の立体的細胞組織および培養観察容器を示す即断面図である。
【
図2】本実施形態の立体的細胞組織の観察方法の一態様を示す即断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法について、実施形態を示して説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0027】
(立体的細胞組織)
図1に示すように、本実施形態の立体的細胞組織は、培養観察容器20内に設けられた立体的細胞組織10であって、培養観察容器20は、少なくとも側面の一方向Aから観察した際に透明であるよう構成されてなり、立体的細胞組織10は、培養観察容器20の中において1日以上培養された細胞を含む。
【0028】
立体的細胞組織とは、少なくとも一種類の細胞を含む立体的な組織を意味する。立体的細胞組織内の細胞は相互に接着している。用いる細胞の種類に特に制限はなく、例えば、立体的細胞組織には、皮膚、毛髪、骨、軟骨、歯、角膜、血管、リンパ管、心臓、肝臓、膵臓、神経、食道等の生体組織及び固形癌モデル(例えば、胃癌、食道癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、膵臓癌、乳癌、卵巣癌、前立腺癌、腎細胞癌、肝癌等)が挙げられるが、これらに限定されない。立体的細胞組織は、従来知られた製造方法により製造することができる。
【0029】
立体的細胞組織の形態には、後述する培養観察容器内に設けられていることのほかは、特に制限は無い。例えば、セルカルチャーインサート等の容器の内部で細胞を培養して形成した立体的細胞組織であってもよいし、コラーゲン等の天然生体高分子や合成高分子によって構成されたスキャフォールド内で細胞を培養して形成した立体的細胞組織であってもよいし、細胞凝集体(スフェロイド)であってもよいし、シート状の細胞構造体であってもよい。本明細書において、細胞集合体とは、細胞の集団を意味する。細胞集合体には、立体的細胞組織、平面的細胞組織、遠心分離やろ過等によって得られる細胞の沈殿体等が含まれる。ここで、平面的細胞組織とは、細胞培養基板上に概ね1層の細胞が接着して形成された組織をいう。平面的細胞組織は、例えば、通常の方法により接着細胞を培養容器内で培養することにより形成することができる。ある実施形態では、細胞集合体はスラリー状の粘稠体、すなわちゲル様の細胞集合体である。
【0030】
立体的細胞組織は、後述する培養観察容器の中において1日以上培養された細胞を含んでいる。後述する培養観察容器の中において1日以上培養されているとは、例えば、培養観察容器の中に細胞を播種、成長させて、立体的細胞組織を形成させたものであって、播種から1日以上を経たものであってもよい。また、培養観察容器とは別の容器において播種、成長し、立体的細胞組織を形成したものを、この立体的細胞組織を培養観察容器に移した後、1日以上培養を継続したものであってもよい。
【0031】
立体的細胞組織の大きさ、面積や厚みは、培養観察容器の大きさや観察する際の便宜に応じて適宜選択できる。例えば、立体的細胞組織の厚みが5μm以上でもよく、150μm以上でもよい。この厚みであれば、顕微鏡で観察する際に鮮明な画像を得ることができる。
【0032】
立体的細胞組織は、間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る工程(a)と、前記混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る工程(b)と、前記ゲル状組成物をインキュベートして細胞構造体を得る工程(c)とを含む方法により製造されたものであることも好ましい。製造工程については後述する。
【0033】
立体的細胞組織は、光学系の検知手段によって観測できる標識を行ったものであることも好ましい。これらの標識には、蛍光、化学発光、りん光などを用いることができる。
前記細胞は、蛍光標識されたものであることもより好ましい。細胞の蛍光標識は、例えば蛍光免疫染色などによって行うことができる。蛍光免疫染色された細胞は、蛍光顕微鏡を解析に用いることができる。
【0034】
また、立体的細胞組織は、前記した光学的に検出可能な標識物質によって標識された細胞(標識細胞)または生体分子について、側断面方向の位置または量を光学系の検知手段によって評価することも好ましい。
ここで前記生体分子としては、タンパク質、核酸、または脂質などの群から選択される生体分子で、前記標識が可能なものであればいずれも選択することができる。
側断面方向の位置または量を光学系の検知手段によって評価する手段としては、後述する培養観察容器やそれを用いた評価方法により好適に行うことができる。
【0035】
また、立体的細胞組織は、放射線系の評価系によって評価できる標識、処理等を行ったものであることも好ましい。放射線系の評価系としては、例えばCT(コンピュータ断層撮影)およびそのための造影技術等の手段が挙げられる。
【0036】
図においては、立体的細胞組織10は、後述する立方体状の培養観察容器20内に設けられている。図の形態においては、立体的細胞組織10は培養観察容器20内で培養されているものである。立体的細胞組織10は、培養液30内で培養されている。図の形態においては、立体的細胞組織10の組織間の隙間は液体培地である培養液30で満たされているほか、培養観察容器20内には培養液30のみで満たされた空間がある。
【0037】
(培養観察容器)
本実施形態の立体的細胞組織は、培養観察容器内に設けられている。
図に示した例では、培養観察容器20は全面がほぼ透明なガラスを構成素材とする立方体状(角柱)形状のセルであり、該角柱形状の底面から半ばまで立体的細胞組織20が設けられている。
【0038】
培養観察容器は、少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成されてなる。
ここで透明とは、厳密にはその物質と電磁波との間に相互作用が起こらず、電磁波の吸収および散乱が生じないことである。一方で、本実施形態では、ある物が一方向から観察した際に透明であるとは、その物が一方向への光の通過において完全または一部の光透過性を有し、その物を挟んで対向した位置に設けられた物体、またはその物の内部に収納された物体の観察が可能である(透明および半透明)性質を広く指すものとする。
【0039】
本実施形態の培養観察容器は、側面の一方向から観察した際に透明であることで、培養観察容器内に設けられた立体的細胞組織を、その一方向から観察することができる作用を有する。そのため、立体的細胞組織を培養観察容器から取り出す、固定化する等の操作を経ずに、立体的細胞組織を観察することができる。したがって、培養観察容器において培養を続けたまま、立体的細胞組織を観察することができ、立体的細胞組織の培養の時間軸に沿ったリアルタイムでの観察が可能である。また、透明な一方向のうちいずれかであれば、同じ立体的細胞組織の様々な断面方向から観察が可能である。加えて、試験用、評価用と別々の立体的細胞組織を準備する必要がない。
【0040】
培養観察容器の側面の一方向から観察した際に透明であるとは、具体的には、例えば一方向から観察した際の視線上にある部位の構成素材が、すべて透明な構成素材とすることができる。例えば容器の側面(水平方向)から観察した際に透明である場合、側面の部位の構成素材と、それに対抗する側面の構成素材がいずれも透明であるなどである。
透明な構成素材としては、前記光透過性を有する素材を適宜選択することができ、おおまかに顕微鏡観察や細胞培養に用いられる透明な素材を用いることができるが、例えばガラス、光透過性を有する樹脂、または水晶等を使用することができる。特に、細胞培養に適した構成素材を用いることが好ましい。
【0041】
前記培養観察容器は、側面のすべての方向から観察した際に透明であるよう構成されてなることも好ましい。
この構成を有することで、側面のすべての方向の断面を観察することができ、同じ立体的細胞組織についてより多くの情報を得ることができる。
【0042】
また、培養観察容器は、少なくとも1つの側面の一部が、厚みが0.5mm以下、および屈折率が1~1.63の透明素材により構成されてなることが好ましい。この側面の一部は、培養観察容器において、前記一方向の視野上にある部位であることが好ましい。
前記透明素材としては、ガラスを用いることが好ましい。
前記厚みおよび屈折率を有することで、立体的細胞組織を観察、評価する際に鮮明な映像を得ることができる。
【0043】
また、培養観察容器は、少なくとも1つの側面に水浸対物レンズを備えていてもよい。ここで少なくとも1つの側面とは、前記透明である側面であることが好ましい。水浸対物レンズを備えることで、培養液のような液体中で立体的細胞組織を観察する際に鮮明な画像を得ることができる。
【0044】
培養観察容器の構造は、後述するように側面の少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成されていれば、構成素材、大きさおよび形状等は問わない。
大きさおよび形状は、立体的細胞組織の培養および後述する評価(観察)に適したものであれば問わない。大きさは、例えば顕微鏡の視野上に設置して観察する際の便宜から、前記一方向の大きさ(厚み)が数mm~3cm程度未満であることが好ましい。
【0045】
培養観察容器の形状としては、直方体形状、角柱形状または円柱形状であることが好ましい。ここで直方体形状は底面が四角形、角柱形状は底面が多角形、円柱形状は底面が略円形または楕円形状の形状である。直方体形状、角柱形状または円柱形状であることで、それらの形状の立体的細胞組織を収納することができ、立体的細胞組織を様々な方向の側面から観察することができる。
例えば、直方体形状の培養観察容器として、光学的観察に用いられるセルを用いてもよい。
【0046】
培養観察容器は、各種の細胞培養用のプレートやディッシュ、または、各種の細胞観察用のプレートやディッシュ、または、光学的観察用のセルやプレートの各種を用いてもよい。
【0047】
また、培養観察容器は、立体的細胞組織を培養するために表面のコーティング処理などは行われていても、行われていなくてもよい。
【0048】
図1に示した例では、培養観察容器20は、ガラスを構成素材とする直方体形状のセルで、平面(上面)のみが解放されている。一方向である方向Aから観察した際に透明であるよう構成されてなる。具体的には、培養観察容器20は全面がガラスからなるセルなので、A方向から観察した際の視線上にある側面21および側面22が透明である。また、他の側面(図示せず)および底面23も同じガラスを構成素材とし透明であるため、これらの面が視線状となる方向からも観察が可能となっている。
【0049】
(立体的細胞組織の製造方法)
立体的細胞組織の製造方法は、培養観察容器内で立体的細胞組織を培養(成長)させてもよいし、他の容器等の内で成長(培養)させた組織を前記培養観察容器に移し1日以上培養してもよい。本実施形態では、培養観察容器内で立体的細胞組織を培養(成長)させることが好ましい。
【0050】
立体的細胞組織を製造する条件は、従来知られたものを用いることができる。例えば、細胞培養の条件としては、特許文献1や特許文献2に記載された立体的細胞組織を製造する方法に記載されたものを用いても良い。
【0051】
具体的には、間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る工程(a)と、前記混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る工程(b)と、前記ゲル状組成物をインキュベートして細胞構造体を得る工程(c)とを含み、前記細胞構造体を立体的細胞組織とする方法により製造することができる。以下、各工程について説明する。
【0052】
まず、工程(a)において、上述した間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分及び高分子電解質を含む混合物を得る。間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、高分子電解質の混合は、水性溶媒中で行ってもよい。水性溶媒の例としては、水、緩衝液、培地等が挙げられる。
【0053】
カチオン性物質としては、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、任意の正電荷を有する物質を用いることができる。カチオン性物質には、トリス-塩酸、トリス-マレイン酸、ビス-トリス、HEPES等のカチオン性緩衝剤、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリリシン、ポリヒスチジン、ポリアルギニン等が挙げられるが、これらに限定されない。なかでもカチオン性緩衝剤が好ましく、トリス-塩酸がより好ましい。
【0054】
工程(a)における混合物中のカチオン性物質の濃度は、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。カチオン性物質の濃度は10~100mMであることが好ましく、例えば20~90mMであってもよく、例えば30~80mMであってもよく、例えば40~70mMであってもよく、例えば45~60mMであってもよい。
【0055】
カチオン性物質としてカチオン性緩衝剤を用いる場合、カチオン性緩衝液のpHは、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。カチオン性緩衝液のpHは6.0~8.0であることが好ましい。例えば、カチオン性緩衝液のpHは、7.0、7.1、7.2、7.3、7.4、7.5、7.6、7.7、7.8、7.9、8.0であってよい。カチオン性緩衝液のpHは7.2~7.6であることがより好ましく、約7.4であることが更に好ましい。
【0056】
細胞外マトリックス成分としては、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、細胞外マトリックス(ECM)を構成する任意の成分を用いることができる。細胞外マトリックス成分としては、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカン、これらの組み合わせ等が挙げられるが、これらに限定されない。細胞外マトリックス成分は、上述したものの改変体、バリアント等であってもよい。細胞外マトリックス成分は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0057】
プロテオグリカンとしては、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカンが挙げられる。細胞外マトリックス成分としては、なかでも、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンが好ましく、コラーゲンが特に好ましい。
【0058】
工程(a)における混合物中の細胞外マトリックス成分の含有量の合計は、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されず、0.005mg/mL以上1.5mg/mL以下であってもよく、0.005mg/mL以上1.0mg/mL以下であってもよく、0.01mg/mL以上1.0mg/mL以下であってもよく、0.025mg/mL以上1.0mg/mL以下であってもよく、0.025mg/mL以上0.1mg/mL以下であってもよい。細胞外マトリックス成分は、適切な溶媒に溶解して用いることができる。溶媒としては、水、緩衝液、酢酸等が挙げられるが、これらに限定されない。なかでも、緩衝液又は酢酸が好ましい。
【0059】
高分子電解質とは、高分子鎖中に解離可能な官能基を有する高分子を意味する。高分子電解質としては、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、任意の高分子電解質を用いることができる。高分子電解質としては、ヘパリン、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリアクリル酸、これらの組み合わせ等が挙げられるが、これらに限定されない。高分子電解質は、上述したものの誘導体であってもよい。これらの高分子電解質は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0060】
高分子電解質は、グリコサミノグリカンであることが好ましい。なかでも、ヘパリン、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸が好ましく、ヘパリンが特に好ましい。
【0061】
また、従来知られている、前記細胞外マトリックスとしてコラーゲン、前記高分子電解質としてヘパリンを用いた手法(Col/Hep)を好適に用いることができる。ヘパリンのような接着分子があることで、容器に安定して接着することができる。そのため、培養過程及び観察における取り扱いにおいて利点がある。
【0062】
工程(a)における混合物中の高分子電解質の濃度は、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。細胞外マトリックス成分と異なり、高分子電解質は溶解の限界以下であれば、どのような濃度であっても効果があり、また、細胞外マトリックス成分による効果を阻害しない。高分子電解質の濃度は0.005mg/mL以上であることが好ましく、0.005mg/mL以上1.0mg/mL以下であってもよく、0.01mg/mL以上1.0mg/mL以下であってもよく、0.025mg/mL以上1.0mg/mL以下であってもよく、0.025mg/mL以上0.1mg/mL以下であってもよい。
【0063】
高分子電解質は、適切な溶媒に溶解して用いることができる。溶媒の例としては、水及び緩衝液が挙げられるが、これらに限定されない。上述のカチオン性物質としてカチオン性緩衝液が用いられる場合、高分子電解質をカチオン性緩衝液に溶解して用いてもよい。
【0064】
工程(a)における混合物中の高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比(終濃度比)は1:2~2:1であることが好ましく、1:1.5~1.5:1であってもよく、1:1であってもよい。
【0065】
工程(a)において、上述した間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、高分子電解質の混合は、ディッシュ、チューブ、フラスコ、ボトル、ウェルプレート、セルカルチャーインサート等の適当な容器中で行うことができる。これらの混合は、工程(b)で使用する容器中で行ってもよい。
【0066】
また、工程(a)における混合物は、間質細胞を含む細胞、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、高分子電解質以外の、その他の成分を含んでいてもよい。その他の成分としては、工程(b)においてゲル状組成物を得るために必要なゲル化剤、細胞培養用培地等が挙げられる。
【0067】
ゲル化剤としては、細胞外マトリックス成分;アガロース;ペクチン;フィブリノゲン及びトロンビンの組み合わせ等が挙げられる。ゲル化剤は、予め工程(a)における混合物中に含有させていてもよいし、以下に説明する工程(b)において、工程(a)における混合物に添加してもよい。
【0068】
工程(a)の後、工程(b)において、工程(a)で得た混合物をゲル化させてゲル状組成物を得る。ゲル化の方法は、用いるゲル化剤によって異なり、例えば、工程(a)で得た混合物をゲル化条件下に置くことであってもよい。あるいは、工程(a)で得た混合物にゲル化剤を添加した後、ゲル化条件下に置くことであってもよい。
【0069】
例えば、ゲル化剤として細胞外マトリックス成分を用いる場合、ゲル化条件としては、例えば、工程(a)で得た混合物を約37℃で静置する条件が挙げられる。この結果、工程(a)における混合物に含まれていた細胞外マトリックス成分がゲル化し、ゲル状組成物が得られる。あるいは、工程(a)で得た混合物に、細胞外マトリックス成分を更に添加したうえで、約37℃で静置してゲル化してもよい。
【0070】
また、ゲル化剤としてアガロースを用いる場合、工程(a)で得た混合物にアガロースを添加して、使用するアガロースの融点以上の温度条件下でアガロースを溶解させた後、使用するアガロースの凝固点以下の温度条件下で静置してゲル化してもよい。
【0071】
また、ゲル化剤としてペクチンを用いる場合、工程(a)で得た混合物にペクチンを添加してもよい。その結果、混合物中に含まれるカルシウムイオン等の2価のイオンによりペクチンがゲル化し、ゲル状組成物が得られる。
【0072】
また、ゲル化剤として、フィブリノゲン及びトロンビンを使用してもよい。セリンプロテアーゼの1種であるトロンビンが、フィブリノゲンを切断することにより、フィブリン・モノマーが形成される。フィブリン・モノマーは、カルシウムイオンの作用により互いに重合して難溶性のフィブリン・ポリマーを形成する。生体内では、第XIII因子(フィブリン安定化因子)の作用でフィブリン・ポリマー間が架橋結合することにより安定化フィブリンと呼ばれるメッシュ状の繊維が形成され、血液凝固を引き起こす。本明細書では、フィブリン・ポリマーによりゲル化したゲル状組成物をフィブリンゲルということがある。前記ヘパリン、コラーゲンにフィブリンゲルを併用することで、組成物、培養組織およびその容器内での安定性を高くすることができる。
【0073】
すなわち、ゲル状組成物を得る工程(b)が、工程(a)で得た混合物に、トロンビン及びフィブリノゲンを混合する工程を含んでいてもよい。そして、工程(b)におけるゲル状組成物は、ゲル状成分としてフィブリンゲルを含んでいてもよい。
【0074】
この場合、ゲル状組成物を得る工程(b)が、工程(a)で得た混合物にトロンビンを添加する工程(b1)と、トロンビンを添加した混合物にフィブリノゲンを添加し、その結果、フィブリンゲルが形成されて混合物がゲル化する工程(b2)とを含むことが好ましい。
【0075】
ゲル化剤としてフィブリノゲン及びトロンビンを使用する場合には、工程(b)において、混合物中のフィブリノゲン濃度が0.5mg/mL以上25mg/mL以下であることが好ましい。0.5mg/mL以上であることにより、トロンビンと混合されることでゲル化しやすくなる。また、25mg/mL以下であることにより、混合物中に溶解しやすくなる。また、トロンビンは、工程(b)において混合物中に溶解あるいは分散していることが好ましい。
【0076】
続いて、工程(c)において、工程(b)で得たゲル状組成物をインキュベートして細胞構造体を得る。細胞構造体を得るためにゲル状組成物をインキュベートする時間は、5分~72時間であってよい。工程(c)により、ゲル状組成物に含まれる細胞同士の接着が促進されて細胞構造体として安定的なものになるという効果が得られる。
【0077】
工程(c)で用いる容器としては、工程(b)で用いる容器と同様のものが挙げられる。工程(c)において、工程(b)で用いた容器をそのまま用いてもよいし、別の容器に移し替えてもよい。
【0078】
工程(c)における細胞の培養は、培養される細胞に適した培養条件下で行うことができる。当業者は、細胞の種類や所望の機能に応じて適切な培地を選択することができる。培地としては特に限定されないが、例えば、DMEM、EMEM、MEMα、RPMI-1640、McCoy’s 5A、Ham’s F-12等の基本培地に血清を1~20容量%程度添加した培地が挙げられる。血清としては、ウシ血清(CS)、ウシ胎児血清(FBS)、ウマ胎児血清(HBS)等が挙げられる。また、間質細胞が血管内皮細胞を含む場合には、培地にVEGF、EGF、FGF等の増殖因子を添加してもよい。培養環境の温度や大気組成等の諸条件も、培養される細胞に適した条件に調整すればよい。
【0079】
工程(a)及び工程(b)を2回以上行った後に工程(c)を行ってもよい。工程(a)及び工程(b)を繰り返すことにより、複数の層を有する細胞構造体を製造することができる。すなわち、厚さの大きい細胞構造体を製造することができる。
【0080】
また、工程(a)及び工程(b)を繰り返し、繰り返すたびに異なる細胞集団を使用して、異なる種類の細胞によって構成される細胞構造体を製造することもできる。
【0081】
(立体的細胞組織の評価方法)
本実施形態の立体的細胞組織の評価方法は、少なくとも側面の一方向から観察した際に透明であるよう構成された培養観察容器の中において立体的細胞組織を培養し、前記培養中に、前記培養観察容器を前記一方向から観察して、前記立体培養組織の評価を行う。立体的細胞組織および培養観察容器は、前述のものを使用できる。
【0082】
立体的細胞組織の培養は、前述したように培養観察容器で1日以上培養を行う。なお、培養観察容器に細胞を播種、成長させて立体的細胞組織とした場合は、播種からおよそ24時間(1日)以上で立体的細胞組織が形成されるが、観察は、播種の直後から行ってもよい。
【0083】
培養観察容器を前記一方向から観察する際は、
図1においてAの方向から観察を行う。観察は顕微鏡、その他の光学的評価手段を用いて行う。なお、ここでいう観察は、顕微鏡等を介して細胞の画像情報を得るほかに、その他の光学的な情報を得る手段を広く指すものとする。
顕微鏡としては光学顕微鏡、蛍光顕微鏡等を使用することができる。
【0084】
ここで、顕微鏡等の観察方向が垂直方向(重力方向)である場合や、立体的細胞組織を観察する方向によっては、培養観察容器の解放された面(上面、平面)が上方向以外となる場合がある。
この場合、
図2に示すように、培養観察容器20Aを全て浸漬できる培養液30Aを満たした容器40Aを準備する。容器40Aは、光学的な観察が可能なように透明な構成素材からなる。この容器40Aに培養観察容器20Aを浸漬することで、培養観察容器20Aがどのような方向に向いていても、立体的細胞組織10Aが培養液30Aに満たされているので、立体的細胞組織10Aの細胞を生きたままの状態を維持し、観察することができる。
【0085】
また、この容器40A内に培養観察容器20Aを浸漬した状態のまま、立体的細胞組織10Aの培養を継続してもよい。立体的細胞組織10Aの培養と平行して、リアルタイムで立体的細胞組織10Aの評価を行うことができる。
【0086】
(本実施形態の効果)
本実施形態の立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法によれば、立体的細胞組織のリアルタイムでの評価、様々な断面方向からの評価が可能である。
すなわち、従来は培養した組織について標本の作製、例えばFFPEブロック、薄片化などによってスライドガラス上に固定化した後、そのスライドガラス上の標本を観察していた。したがって、生きた組織を観察することはできず、また標本化した際の方向から評価することしかできなかった。
これに対して、本実施形態では生きた状態の組織を評価することができ、培養と並行してリアルタイムでの断面評価が可能となる。
【0087】
また、本実施形態の立体的細胞組織および立体的細胞組織の評価方法によれば、培養観察容器の構造によっては様々な断面方向からの観察が可能となる。薄片化よりもある程度厚みのある組織について、組織高さ方向の評価が可能である。また、複数の方向の観察結果を組み合わせ、3Dイメージングに応用することもできる。
【0088】
さらに、培養の試験を継続する細胞と断面評価用とを両方作成する必要がなく、培養している立体的細胞組織をそのまま観察、評価できるので、試験用と断面評価用のサンプルごとの評価時の誤差が生じることがなく、また、試験の時間的およびコスト的な低減にもつながる。
【実施例0089】
以下、実施例を示す。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0090】
(試験例1)
培養観察容器内に立体的細胞組織の形成を行った。立体的細胞組織の細胞構造体を構成する細胞種としては、細胞名:NHDF、由来:ヒト新生児由来皮膚線維芽細胞、メーカー:Lonza、型番:CC-2509を用いた。
細胞構造体以外の細胞としては、がん細胞として、細胞名:RFP-HT29、メーカー: Anticancer japan、型番:091-031を用いた。免疫細胞として、細胞名:CD8+ Cytotoxic T、メーカー:HemaCare Corporation、型番:PB08C-1を用いた。
【0091】
用いた試薬類は以下の通りである。
コラーゲン メーカー:Sigma、型番:ASC-1-100-100
ヘパリン メーカー:Sigma、型番:H3149-100KU
Tris HCl メーカー:和光純薬工業、型番:166-23555
Fibrinogen メーカー:SIGMA、型番:F8630-5G
Thrombin メーカー:SIGMA、型番:T4648-10KU
DMEM メーカー:和光純薬工業、型番:043-30085
EGM-2MV メーカー:Lonza、型番:CC-3202
FBS メーカー:Thermo、型番:PO241817
トリプシン メーカー:Invitrogen、型番:25200072
PBS メーカー:和光純薬工業、型番:166-23555
CMF(コラーゲンマイクロファイバー) メーカー:自社調製
【0092】
培養観察容器としては、
直方体型透明容器として、商品名:テンパックスセル 五面透明、メーカー:TGK、型番:0309-15-01-14
(スケール10×10×45mm、それぞれの側面の厚み:0.7mm、屈折率:1.4714)
円柱型透明容器として、商品名:Falcon カルチャーインサート、メーカー:Falcon、型番:353095
(スケール 直径6.4mm×高さ12.3mm、側面の厚み:0.88-1.24mm、屈折率:1.64)
【0093】
培地(培養液)としては、
汎用培地:10%FBS、1%抗生物質(P/S)含有DMEM培地
血管細胞用培地:EGM-2MV培地
専用培地:汎用培地と血管細胞用培地を1:1で混合した培地
を用いた。
【0094】
(がん細胞塊の断面方向観察評価用モデルの作製)
10 Unit/mLThrombin溶液(DMEM)、10mg/mLFibrinogen溶液(DMEM)、0.6mg/mLCMF溶液(DMEM)をそれぞれ調製した。
1×106以上のNHDFとNHDF数の1/10~1/5のHUVECを、0.05mg/mLヘパリン(高分子電解質性)及びコラーゲン(細胞外マトリックス成分)/50mMトリス(カチオン性物質)-塩酸緩衝(pH7.4)溶液との混合溶液に懸濁した。室温、1000×gで1分間遠心後、上清を取り除き、汎用培地で懸濁した。Fibrinogen溶液と懸濁液を1:1(v/v)で混合し、この混合液とThrombin溶液を2:1(v/v)で混合し、透明培養容器に間質細胞懸濁液を播種した(直方体型300μL、円柱型150μL)。
CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内でゲル化するまで静置し、1×106のがん細胞をCMF溶液に懸濁し、がん細胞懸濁液を5μLゲル状中央部に播種し、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内でゲル化するまで静置した。
【0095】
1×106以上 NHDFとNHDF数の1/10~1/5のHUVECを、0.05mg/mLヘパリン及びコラーゲン/50mMトリス-塩酸緩衝(pH7.4)溶液との混合溶液に懸濁し、室温、1000×gで1分間遠心後、上清を取り除き、汎用培地で懸濁した。
Fibrinogen溶液とCMF溶液とThrombin溶液を1:1:1(v/v)で混合した。がん細胞ゲル状に間質細胞懸濁液を播種し(直方体型300μL、円柱型150μL)CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内でゲル化するまで静置した。適量の専用培地を追加後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて4日間培養した。
【0096】
(免疫細胞浸潤評価用モデルの作製手順)
10 Unit/mLThrombin溶液(DMEM)を調製する、10mg/mLFibrinogen溶液(DMEM)、0.6mg/mLCMF溶液(DMEM)を調製した。1×106以上 NHDFとNHDF数の1/10~1/5のHUVECを、0.05mg/mLヘパリン及びコラーゲン/50mMトリス-塩酸緩衝(pH7.4)溶液との混合溶液に懸濁し、室温、1000×gで1分間遠心後、上清を取り除き、汎用培地で懸濁した。Fibrinogen溶液と懸濁液を1:1(v/v)で混合し、この混合液とThrombin溶液を2:1(v/v)で混合した。
透明培養容器に間質細胞懸濁液を播種し(直方体型300μL、円柱型150μL)、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内でゲル化するまで静置した。1×106のがん細胞をCMF溶液に懸濁し、がん細胞懸濁液を5μLゲル状中央部に播種し、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内でゲル化するまで静置した。
【0097】
1×106以上 NHDFとNHDF数の1/10~1/5のHUVECを、0.05mg/mLヘパリン及びコラーゲン/50mMトリス-塩酸緩衝(pH7.4)溶液との混合溶液に懸濁し、室温、1000×gで1分間遠心後、上清を取り除き、汎用培地で懸濁した。
Fibrinogen溶液とCMF溶液とThrombin溶液を1:1:1(v/v)で混合した。がん細胞ゲル上に間質細胞懸濁液を播種した(直方体型300μL、円柱型150μL)。CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内でゲル化するまで静置した。1×105の免疫細胞を汎用培地に懸濁し、Fibrinogen溶液と懸濁液を1:1(v/v)で混合し、混合液とThrombin溶液を2:1(v/v)で混合し、免疫細胞懸濁液を100μLに播種し、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)内でゲル化するまで静置した。適量の専用培地を追加後CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて1、4日間培養した。
【0098】
(試験例1)
(がん細胞塊の断面方向観察評価結果の比較)
培養2日目、4日目に顕微鏡システム(OperettaCLS、PerkinElmer社)の蛍光モード(蛍光:Alexa647で)で組織断面方向から観察し、扁平率をそれぞれ算出し、上述のがん細胞塊(実施例1)と、通常法のFFPE組織標本薄切化切片の結果(比較例1)と比較した。
結果を表1に示す。
【0099】
【0100】
実施例1の方法で3D間質組織中に配置したがん細胞塊を培養期間中非破壊で形態観察をした結果、比較例1の通常法であるFFPE組織標本から薄切化した切片を用いた断面評価結果とほぼ一致した。本実施例の方法によって、従来の方法と同等に非破壊で間質組織中に配置したがん細胞塊の断面形態観察評価が可能であることが示された。
【0101】
(試験例2)
(免疫細胞浸潤と抗がん効果の評価)
前述の免疫細胞浸潤評価用モデル(実施例2)について、培養1目、4日目に顕微鏡システム(OperettaCLS、PerkinElmer社)の蛍光モード(蛍光:EGFP、RFP)で組織断面方向から非破壊的に観察し、免疫細胞の間質細胞層から細胞塊への浸潤、遊走現象とがん細胞塊の抗がん効果を評価した。
浸潤、遊走現象については免疫細胞のがん細胞塊への到達度から評価した。具体的にはがん細胞塊由来の蛍光発光領域中をROI(対象領域)としてROI中の免疫細胞由来の蛍光発光領域面積率を算出して評価した。抗がん効果については、残存がん細胞率=測定日の組織断面方向観察像のがん細胞塊由来の蛍光発光領域面積/培養0日目の組織断面方向観察像のがん細胞塊由来の蛍光発光領域面積×100(%)で評価した。
結果を表2に示す。
【0102】
【0103】
本実施例の方法を用いることで経時的に免疫細ががん細胞塊に到達する傾向があることが分かった。また、免疫細胞浸潤評価結果に反比例して残存がん細胞率は減少していく傾向が確認された。このことから本実施例の方法によって3D間質組織中に配置したがん細胞塊に対する免疫細胞群の浸潤評価と抗がん効果を非破壊で評価が可能であることが示された。本実施形態の方法を用いることで、従来の方法と比較してより簡便かつ効率的にがん免疫機構の評価を実施することが可能であると考えられる。