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特開2024-90637演算装置、溶鋼流動状態の予測方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024090637
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】演算装置、溶鋼流動状態の予測方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   B22D 46/00 20060101AFI20240627BHJP
   B22D 11/16 20060101ALI20240627BHJP
   G05B 23/02 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
B22D46/00
B22D11/16 104B
G05B23/02 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022206647
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】關 翼人
(72)【発明者】
【氏名】北田 宏
【テーマコード(参考)】
3C223
4E004
【Fターム(参考)】
3C223AA05
3C223BA01
3C223CC01
3C223DD01
3C223EB01
3C223FF04
3C223FF05
3C223FF12
3C223FF22
3C223FF26
3C223FF42
3C223GG01
3C223HH03
4E004MA05
(57)【要約】
【課題】物理モデルに依存することなく鋳型内の溶鋼流動の状態を可及的に精度良く予測する。
【解決手段】連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて温度観測値よりも低い次元数の特徴量を抽出する特徴量抽出部と、特徴量と、連続鋳造機で鋳造された鋳片の観察によって特定される温度観測値の観測時における鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて予測モデルを学習する予測モデル学習部とを備える演算装置が提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて前記温度観測値よりも低い次元数の特徴量を抽出する特徴量抽出部と、
前記特徴量と、前記連続鋳造機で鋳造された鋳片の観察によって特定される前記温度観測値の観測時における前記鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて予測モデルを学習する予測モデル学習部と
を備える演算装置。
【請求項2】
前記特徴量抽出部は、前記特徴量を複数の異なる次元数で抽出し、
前記予測モデル学習部は、前記複数の異なる次元数で抽出された特徴量のそれぞれに対応する複数の予測モデルを学習し、
前記複数の予測モデルから予測時に使用する予測モデルを決定する予測モデル決定部をさらに備える、請求項1に記載の演算装置。
【請求項3】
前記特徴量抽出部は、前記複数の測温装置による新たな温度観測値から、前記特徴量抽出モデルを用いて前記新たな温度観測値よりも低い次元数の新たな特徴量を抽出し、
前記予測モデル学習部により学習した結果得られた前記予測モデルに前記新たな特徴量を入力することによって、前記新たな温度観測値の観測時における前記鋳型内の溶鋼流動状態を予測する予測部をさらに備える、請求項1または請求項2に記載の演算装置。
【請求項4】
前記予測の結果に応じて通知を出力する出力部をさらに備える、請求項3に記載の演算装置。
【請求項5】
前記溶鋼流動状態は、鋳型幅方向のメニスカス流速の分布によって特定される、請求項1または請求項2に記載の演算装置。
【請求項6】
前記特徴量抽出モデルは、非線形、または確率的な生成モデルである、請求項1または請求項2に記載の演算装置。
【請求項7】
前記特徴量抽出モデルは、変分オートエンコーダー(VAE)である、請求項6に記載の演算装置。
【請求項8】
前記予測モデルは、特徴量選択機能を有する、請求項1または請求項2に記載の演算装置。
【請求項9】
前記予測モデルは、ラッソ回帰(LASSO)またはランダムフォレスト(RF)である、請求項8に記載の演算装置。
【請求項10】
前記温度観測値を観測時の操業条件ごとに層別し、かつ正規化する前処理部をさらに備える、請求項1または請求項2に記載の演算装置。
【請求項11】
連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて前記温度観測値よりも低い次元の特徴量を抽出するステップと、
前記特徴量と、前記連続鋳造機で鋳造された鋳片の観察によって特定される前記温度観測値の観測時における前記鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて予測モデルを学習する工程と、
新たな前記温度観測値から、前記特徴量抽出モデルを用いて新たな特徴量を抽出する工程と、
前記新たな特徴量を前記予測モデルに入力することによって、前記新たな温度観測値の観測時における前記溶鋼流動状態を予測する工程と
を含む溶鋼流動状態の予測方法。
【請求項12】
連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて前記温度観測値よりも低い次元の特徴量を抽出する特徴量抽出部と、
前記特徴量と、前記連続鋳造機で鋳造された鋳片の観察によって特定される前記温度観測値の観測時における前記鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて予測モデルを学習するモデル学習部と
を備える演算装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【請求項13】
連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて前記温度観測値よりも低い次元の特徴量を抽出する特徴量抽出部と、
前記特徴量を予測モデルに入力することによって、前記温度観測値の観測時における前記鋳型内の溶鋼流動状態を予測する予測部と
を備える演算装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、演算装置、溶鋼流動状態の予測方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造における鋳型内部の溶鋼流動は、鋳造する鋳片の品質に影響する。しかし、鋳型内の溶鋼流動を直接観測して操業することは困難である。そこで、観測可能な鋳型の温度に基づき、物理モデルを利用して溶鋼流動の状態を推定する技術が種々提案されている。例えば特許文献1には、鋳型に設置した熱電対を用いて測定した温度を主成分分析して得られる主成分スコアを指標としてスラブ表面の欠陥発生有無を判定する技術が記載されている。具体的には、主成分スコアの次元ごとに設定した閾値によって異常、つまり欠陥が発生したことを判定する。欠陥が発生したと判定された場合は、表面欠陥を除去してからスラブを圧延工程へ搬送する。
【0003】
また、特許文献2には、鋳型湯面付近に設置した熱電対を用いて測定した温度に基づいて湯面形状を表す湯面流動パターンを検出し、湯面流動のパターンの一致性から鋳片の欠陥有無、欠陥位置及び欠陥原因などを予測し、鋳片の欠陥が予測される場合には鋼片の表面に生じた傷や不純物を燃料ガスと酸素で熱化学的に溶削するスカーフィングなどの処理を行う技術が記載されている。特許文献3には、鋳型に設置した熱電対を用いて測定した温度を算出式に代入して、凝固シェル界面の溶鋼流速や偏流度(溶鋼流速のばらつきの大きさを表す、複数点で算出される溶鋼流速の最大値と最小値の差、最大流速と平均流速の差、または流速分布の標準偏差などの値)を算出する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-160239号公報
【特許文献2】特表2015-522428号公報
【特許文献3】特開2012-66278号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の特許文献1に記載されたように主成分分析における主成分スコアや再構成誤差を指標として外れ値を異常(欠陥)とする場合、主成分分析の学習データの中に異常(欠陥)のデータが存在しないか、または十分に少ないことが前提になる。しかしながら、実際には、学習データの中に異常(欠陥)時のデータや、異常(欠陥)が顕在化していないものの発生しやすい状態のデータが含まれる可能性は高い。従って、主成分分析のような教師なし学習による異常検知の枠組みには限界がある。また、主成分分析では一般に逆行列を求めるため、データが大量になると計算が複雑化し、線形な次元縮約手法であるため鋳型の熱電対を等間隔に設置する必要性などの制約が生じる。
【0006】
一方、特許文献2に記載されたように湯面形状を表す湯面流動パターンを検出したり、特許文献3に記載されたように凝固シェル界面の溶鋼流速や偏流度を算出したりすることによって計算をある程度単純化することができる。しかしながら、例えば浸漬ノズルからの吐出流が電磁ブレーキによって反転流になって鋳型湯面付近に向かう場合など、鋳型内全体の溶鋼流動の状態が鋳型湯面付近や凝固シェル界面の溶鋼流動状態に影響する場合があるため、上記の手法によって溶鋼流速を高い精度で予測することは困難である。このように、既に提案されている物理モデルを用いて鋳型内の溶鋼流動の状態を推定する方法には、精度の点で限界がある。
【0007】
そこで、本発明は、物理モデルに依存することなく鋳型内の溶鋼流動の状態を可及的に精度良く予測することが可能な演算装置等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて温度観測値よりも低い次元数の特徴量を抽出する特徴量抽出部と、特徴量と、連続鋳造機で鋳造された鋳片の観察によって特定される温度観測値の観測時における鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて予測モデルを学習する予測モデル学習部とを備える演算装置。
[2]特徴量抽出部は、特徴量を複数の異なる次元数で抽出し、予測モデル学習部は、複数の異なる次元数で抽出された特徴量のそれぞれに対応する複数の予測モデルを学習し、複数の予測モデルから予測時に使用する予測モデルを決定する予測モデル決定部をさらに備える、[1]に記載の演算装置。
[3]特徴量抽出部は、複数の測温装置による新たな温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて新たな温度観測値よりも低い次元数の新たな特徴量を抽出し、予測モデル学習部により学習した結果得られた予測モデルに新たな特徴量を入力することによって、新たな温度観測値の観測時における鋳型内の溶鋼流動状態を予測する予測部をさらに備える、[1]または[2]に記載の演算装置。
[4]予測の結果に応じて通知を出力する出力部をさらに備える、[3]に記載の演算装置。
[5]溶鋼流動状態は、鋳型幅方向のメニスカス流速の分布によって特定される、[1]から[4]のいずれか1項に記載の演算装置。
[6]特徴量抽出モデルは、非線形、または確率的な生成モデルである、[1]から[5]のいずれか1項に記載の演算装置。
[7]特徴量抽出モデルは、変分オートエンコーダー(VAE)である、[6]に記載の演算装置。
[8]予測モデルは、特徴量選択機能を有する、[1]から[7]のいずれか1項に記載の演算装置。
[9]予測モデルは、ラッソ回帰(LASSO)またはランダムフォレスト(RF)である、[8]に記載の演算装置。
[10]温度観測値を観測時の操業条件ごとに層別し、かつ正規化する前処理部をさらに備える、[1]から[9]のいずれか1項に記載の演算装置。
[11]連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて温度観測値よりも低い次元の特徴量を抽出するステップと、特徴量と、連続鋳造機で鋳造された鋳片の観察によって特定される温度観測値の観測時における鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて予測モデルを学習する工程と、新たな温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて新たな特徴量を抽出する工程と、新たな特徴量を予測モデルに入力することによって、新たな温度観測値の観測時における溶鋼流動状態を予測する工程とを含む溶鋼流動状態の予測方法。
[12]連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて温度観測値よりも低い次元の特徴量を抽出する特徴量抽出部と、特徴量と、連続鋳造機で鋳造された鋳片の観察によって特定される温度観測値の観測時における鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて予測モデルを学習するモデル学習部とを備える演算装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
[13]連続鋳造機の鋳型に配置された複数の測温装置による温度観測値から、特徴量抽出モデルを用いて温度観測値よりも低い次元の特徴量を抽出する特徴量抽出部と、特徴量を予測モデルに入力することによって、温度観測値の観測時における鋳型内の溶鋼流動状態を予測する予測部とを備える演算装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【0009】
上記の構成によれば、鋳型に配置された測温装置による温度観測値についてはリアルタイムで観測可能でありデータ数が多い一方で、鋳片の観察によって特定される溶鋼流動状態についてはデータ数が少ないという特徴に適合したモデルを学習するため、物理モデルに依存することなく鋳型内の溶鋼流動の状態を可及的に精度良く予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態におけるシステムの学習時の機能構成を示す図である。
図2】本発明の一実施形態におけるシステムの予測時の機能構成を示す図である。
図3】メニスカス流速のよどみについて説明するための図である。
図4図1に示したシステムにおける学習時の処理を示すフローチャートである。
図5図2に示したシステムにおける予測時の処理を示すフローチャートである。
図6】本発明の実施例において特徴量の次元数ごとの精度を検証した結果を示すグラフである。
図7】メニスカス流速の測定値を平均化した結果を示すグラフである。
図8】鋳型温度分布データを特徴量抽出モデルおよび予測モデルに入力してメニスカス流速のよどみ有無を予測した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0012】
まず、本発明の着想から課題解決に至るまでの経緯について説明する。連続鋳造機において溶鋼を連続的に凝固させて所定の断面形状の鋳片を作る工程では、タンディッシュ底部から鋳型に溶鋼が注がれる。鋳型は水冷されており、溶鋼は鋳型に接する外側から冷却されることによって微細な結晶からなる薄い凝固殻を作りはじめ、微細な結晶はつながりあって大きな樹枝状晶へと成長する。表面が凝固した状態の鋳片は鋳型底部から引き抜かれ、ローラーを用いて搬送されながら、さらに冷却されて完全に凝固する。
【0013】
本実施形態では、鋳型内の溶鋼流動状態の例として、鋳型内湯面付近の幅方向溶鋼流速であるメニスカス流速を予測対象とする。メニスカス流速の範囲と鋳片欠陥の関係性は、例えば「連鋳鋳片の大型介在物と柱状晶成長方向との関係」(岡野忍ら,「鉄と鋼」第61年第14号,2982-2990頁,1975年)などの研究によって明らかになっている。より具体的には、鋳片欠陥が発生しにくいメニスカス流速の範囲の知見が存在する。メニスカス流速のよどみ、すなわちメニスカス流速が鋳型の幅方向において逆流している箇所では、流速が低下しており介在物や気泡の捕捉が起きるため、鋳片欠陥が発生しやすい。
【0014】
上記のようなメニスカス流速は鋳造中に直接計測することが困難であるが、凝固後鋳片の断面におけるデンドライト傾角から算出することができる。ただし、デンドライト傾角は鋳造後の鋳片を切断しなければ計測することができないためリアルタイムでの計測は困難であり、また実際上、連続鋳造で製造される大量の鋳片の中でデンドライト傾角を計測できるのはごく一部に限られる。一方、リアルタイムで、かつ大量に利用可能なデータとして、鋳型に複数設置された熱電対によって観測される鋳型温度分布がある。鋳型温度分布は、溶鋼の鋼種や鋳造速度による鋳型における抜熱量、すなわち溶鋼から鋳型に流れる単位時間当たりの熱量の違いや、溶鋼の流速による熱伝達係数の変動によって変化する。
【0015】
そこで、本実施形態では、観測された鋳型温度分布とメニスカス流速との関係性を示す実績に基づいて、鋳型温度分布からメニスカス流速を予測するモデルを学習する。これによって、物理モデルに依存しない鋳型内の溶鋼流動の状態推定を実現できる。ただし、リアルタイムで大量に得られる鋳型温度分布に対して、凝固後鋳片のデンドライト傾角から算出されるメニスカス流速の実績値のデータ数は限られる。鋳型温度分布データは、鋳型に取り付ける熱電対の数を増やすことによって高次元化することが可能であるが、メニスカス流速データとセットで利用できる鋳型温度分布データの数が少ないと、過学習(過剰適合)により学習モデルの精度向上には寄与しない。
【0016】
上記の点に鑑み、本発明者らは、メニスカス流速が観測されていない操業時の鋳型温度分布データを活用することを検討した。具体的には、メニスカス流速が観測されていない操業時を含む鋳型温度分布データから低次元(後述する圧縮次元数)の特徴量を抽出するための特徴量抽出モデルを学習し、さらに特徴量選択機能(すなわち、特徴量抽出モデルにより抽出された特徴量を選択する機能)により選択された特徴量と、メニスカス流速が観測されている操業時の鋳型温度分布データとに基づいて、メニスカス流速のよどみ有無を予測する予測モデルを学習する。
【0017】
この点に関して、任意の時刻tにおけるメニスカス流速のよどみ有無Yを、鋳型温度分布の観測量Xを用いて予測するモデルF(・)を以下のように定義する。
=F(X
ここで、観測量Xは、鋳型に複数設置された熱電対ごとに観測された時刻tの温度観測値をベクトル化した多次元の変数である。また、メニスカス流速のよどみ有無Yは、湯面付近の溶鋼流動によどみが有る確率を示す0から1の範囲の変数である。
観測量Xは、鋳型内の溶鋼流動状態(潜在状態Sともいう)に応じて変動するが、溶鋼流動状態を定めるいくつかの要素(例えば、鋼種、鋳型幅、鋳造速度、溶鋼流速など)のうち、観測量Xに関係する(影響を与える)要素のみから構成される多次元の変数をSt|X(St|Y⊆S)で表す。また、よどみ有無Yも鋳型内の溶鋼流動状態(潜在状態S)に応じて変動するが、よどみ有無Yに関係する(影響を与える)要素のみから構成される多次元の変数をSt|Y(St|X⊆S)で表す。
このとき、鋳型内の溶鋼流動状態(潜在状態S)は、因果モデルH(・)および観測モデルG(・)を用いて以下のように定義される。
=H(St|Y
=G(St|X),
すなわち、よどみ有無Yは、よどみ有無Yに関係する要素St|Yのみから因果モデルH(・)によって決定され、鋳型温度分布の観測量Xは、観測量Xに関係する要素St|Xのみから観測モデルG(・)によって決定される。ただし、因果モデルH(・)および観測モデルG(・)は不明であるため、本実施形態では、因果モデルH(・)および観測モデルG(・)を用いる代わりに、まず、St|Xに相当する特徴量であると期待されるZをXから抽出する特徴量抽出モデルg(・)を学習する(Z=g(X))。そして、Y=F(X)=f(Z)となる予測モデルf(・)を学習する。このとき、Zを低次元数の特徴量とすることで、少ないデータセットでも過学習を起こさずに予測モデルf(・)を学習することができる。
【0018】
(特徴量抽出モデル)
特徴量抽出モデルg(・)としては様々なモデルが利用可能であるが、本実施形態では教師なし学習モデルの1種である再構成モデルを用いる。再構成モデルとしては主成分分析(PCA)、非負値行列分解(NMF)およびオートエンコーダ(AE)など様々な手法が提案されているが、本実施形態では非線形な確率的主成分分析である変分オートエンコーダー(VAE)を用いる。
【0019】
VAEは確率的な生成モデルであるため、鋼種や鋳造速度、溶鋼流速などによって定まる鋳型内の状態から、冗長性とノイズの影響を受けて観測量である各熱電対の温度観測値が得られる過程(観測モデルG(・))をモデル化するのに適していると考えられる。学習された特徴量抽出モデルg(・)によって観測量Xから抽出された特徴量Zはそれぞれの次元で独立であり、St|Xに相当した特徴量であると期待される。
【0020】
また、鋳型内における溶鋼流動は複雑であるため、熱電対の温度観測値の間の関係性も非線形になることが想定されるが、VAEは非線形な生成モデルであるため、観測量である各熱電対の温度観測値の間の非線形な関係性を考慮することが可能である。従って、非線形なVAEを用いることで少ない次元数で精度の高いモデルを学習することが期待される。VAEが非線形であることによって、鋳型における熱電対の配置を等間隔にする必要がなくなり、設置作業が簡便になるのに加えて、多くの情報を得たい領域で熱電対の密度が高くなるようにばらつかせて配置することもできる。
【0021】
予めVAEにおける最適な圧縮次元数を決定することは困難であるため、交差検証法によって評価して決定することが望ましい。圧縮次元数の大小によって、機械学習における一般的な問題であるバイアスとバリアンスのトレードオフと同種の問題が生じるためである。つまり、VAEの圧縮次元数が低いとバリアンスが小さくなり予測モデルの学習は容易になるが情報欠落によるバイアスが発生する。逆にVAEの圧縮次元数が高いとバイアスは小さくなるが、バリアンスが大きく学習困難性の問題が生じる。
【0022】
ここで、連続鋳造では鋼種、鋳型幅および鋳造速度のような操業条件によって溶鋼温度の絶対値や分布が変動するため、よどみ有無Yのような溶鋼の流動状態を予測するには鋳造条件による測定温度の変動に対応する必要がある。しかしながら、少ないデータセットを用いた予測モデルf(・)の学習で鋳造条件ごとの測定温度の変動に対応したモデルの学習は困難であり、鋳造条件ごとに層別したモデルの学習で対応することも同じく困難である。そこで本実施形態では、特徴量抽出モデルg(・)の学習において、使用する鋳型温度分布の観測量Xの各次元について、熱電対による観測(特に伝熱)に大きく作用する操業条件(鋼種、鋳型幅および鋳造速度)によって層別し、層別された操業条件ごとに熱電対による観測値を平均0、分散1とする正規化処理を実施する。これによって、特徴量Z=g(X)を操業条件から独立で汎化した特徴にすることができる。
【0023】
なお、特徴量抽出モデルg(・)としてVAEを用いる場合、VAEは非線形であるため、主成分分析のような線形の手法と比較すると前処理の有無による影響は小さい。従って、例えば既知の操業条件の中で多くのデータセットが利用可能である場合は、上記のような前処理を省略することも可能である。ただし、未知の操業条件が適用された場合の対応という汎化性の点では、前処理を実施することが望ましい。また、利用可能なデータセットが少ない場合は、予測モデルの精度を向上させるために上記のような前処理が有効である。
【0024】
(予測モデル)
予測モデルf(・)は特徴量選択機能をもった予測モデルであることが望ましい。鋳型温度分布の観測量Xに関係する潜在状態Sの要素St|Xと、よどみ有無Yに関係する潜在状態Sの要素St|Yとは、共通の要素St|Y∥Xと独立な要素St|Y⊥Xとを含む。そのため、特徴量抽出モデルg(・)によって観測量Xから抽出された特徴量Zにも、独立な要素St|Y⊥Xに対応する特徴量、すなわちよどみ有無Yには関係しない特徴量が含まれると考えられる。本実施形態では、予測モデルf(・)に特徴量選択機能をもった予測モデルを用いることによって、独立な要素St|Y⊥Xに対応する特徴量を、予測モデルf(・)に入力する特徴量Zから除くことができる。また、予測モデルf(・)としてはラッソ回帰(LASSO)またはランダムフォレスト(RF)を用いることができる。上記の通り、学習に用いることのできる鋳型温度分布およびメニスカス流速のデータセットの数は少ないが、上記のようなモデルを用いることによって過学習を起きにくくすることができる。
【0025】
(システム構成)
図1および図2は、本発明の一実施形態におけるシステム構成を示す図である。図示された例において、システム10は、データベース100と、演算装置200とを含む。図1には学習時の機能が示され、図2には予測時の機能が示されている。データベース100には、鋳型M内の溶鋼流動状態を判定することが可能なデータが格納される。本実施形態では、計測装置101を用いて鋳片Sのエッチプリントから計測されたデンドライト傾角をメニスカス流速に変換したメニスカス流速データ110が格納される。ここで、エッチプリントからは鋳型Mの幅方向および深さ方向(エッチプリントでは外縁部から中心部に向かう方向)に複数のデンドライト傾角が計測可能であるが、本実施形態ではこのうちメニスカス流速に対応する深さ方向のデータを用いる。メニスカス流速は、例えば「連鋳鋳片の大型介在物と柱状晶成長方向との関係」(岡野忍ら,「鉄と鋼」第61年第14号,2982-2990頁,1975年)に記載された以下の式(1)によって算出される。式(1)において、vはメニスカス流速(cm/sec)、θはデンドライト傾角(度)、fは凝固速度(cm/sec)である。
【0026】
【数1】
【0027】
また、データベース100には、鋳型Mに配置された複数の測温装置、具体的には熱電対102による温度観測値である鋳型温度分布データ120が格納される。熱電対102は、例えば鋳型Mの各面で、周方向および鋳造方向(鋳型Mの深さ方向)に配列され、鋳型Mを構成する銅板の温度を測定する。熱電対に代えて、光ファイバを用いたFBG(Fiber Bragg Grating)測温装置などを用いてもよい。熱電対102は、例えば鋳型Mの各面の垂直方向中心線について対称に、かつ対向する各面の間で対応する位置に配置してもよい。上述の通り、鋳型温度分布データ120については、メニスカス流速データ110が存在しない操業についても取得可能であるため、メニスカス流速データ110よりもデータ数が多い。
【0028】
演算装置200は、CPU(Central Processing Unit)、記憶装置、通信装置、入出力手段などを備え、プログラムに従って各種の演算を実行するコンピュータである。プログラムは、記憶装置に格納されるか、またはリムーバブル記憶媒体に格納されて演算装置200に読み込まれる。演算装置200は、プログラムに従って動作することによって、学習装置または予測装置のいずれか、または両方として機能する。演算装置200は、学習装置および予測装置の機能部分として、状態判定部210、前処理部220、特徴量抽出部230、予測モデル学習部240、予測モデル決定部250および予測部260を備える。
【0029】
状態判定部210は、データベース100から取得した鋳型M内の溶鋼流動状態を判定することが可能なデータを用いて、溶鋼流動状態を判定する。例えば、状態判定部210は、データベース100から取得したメニスカス流速データ110を用いて、メニスカス流速のよどみの有無を判定する。よどみの有無は、鋳片の観察によって特定される鋳型内の溶鋼流動状態の例であり、鋳型幅方向のメニスカス流速の分布によって特定される。具体的には、状態判定部210は、図3に示されるように鋳片Sを鋳型幅方向に10等分した領域ごとに鋳型幅方向のメニスカス流速の値を平均化し、平均流速vの正負が逆転する箇所(図3に示す例では破線で囲まれた箇所)が存在する場合によどみYが発生していると判定する。
【0030】
前処理部220は、データベース100から取得した鋳型温度分布データ120の前処理を実行する。具体的には、前処理部220は、鋳型温度分布データ120を操業条件ごとに層別し、層ごとに正規化する。層別条件として、例えば鋼種、鋳型幅および鋳造速度が用いられる。正規化処理では、事前に層別した鋳型温度分布データ120に含まれる温度観測値xの平均μおよび分散σを層ごとに求めておき、例えば下記の式(2)において正規化対象の温度観測値xが属する層の平均μおよび分散σを用いてその温度観測値xを正規化された値x’(平均=0、分散=1)に変換する。上記の通り、前処理は必須ではないが、モデルの精度向上に寄与する。
【0031】
【数2】
【0032】
特徴量抽出部230は、鋳型温度分布データ120の観測量Xから、上述した特徴量抽出モデルg(・)を用いて観測量Xよりも低い次元数の特徴量Z=g(X)を抽出する。特徴量抽出モデルg(・)の学習時は、例えば2次元以上、鋳型温度分布データ120の次元数(例えば、熱電対の個数)未満で候補次元数を予め設定し、複数の異なる次元数で特徴量Zを抽出してもよい。これによって、特徴量Zの適切な次元数がこの段階では未知である場合にも、予測モデルの評価の結果に基づいて適切な次元数を設定することができる。なお、設定された次元数が複数ある場合、各次元数に対応する複数の特徴量抽出モデルg(・)が構築される。
【0033】
予測モデル学習部240は、特徴量Zと、特徴量Zの元になった鋳型温度分布データ120の観測量Xの観測時における鋳型内の溶鋼流動状態との関係性に基づいて、上述した予測モデルf(・)を学習する。例えば、予測モデル学習部240は、特徴量Zと、メニスカス流速のよどみの有無Yとの関係性に基づいて、予測モデルf(・)を学習する。具体的には、予測モデル学習部240は、交差検証法を用いて、特徴量Zおよびよどみの有無Yのデータセットを分割したうちの学習用データに基づいて予測モデルf(・)を学習する。予測モデルf(・)としては任意のロジスティック回帰モデルを利用可能であるが、例えばLASSOまたはRFのような特徴量選択機能を有する予測モデルを用いることが望ましい。LASSOにおけるλのような回帰モデルのハイパーパラメータは、例えば交差検証法を用いて学習用データをさらに分割することで決定される。上記のように特徴量抽出部230が複数の異なる次元数で特徴量Zを抽出する場合、予測モデル学習部240は複数の異なる次元数で抽出された特徴量Zのそれぞれに対応する複数の予測モデルf(・)を学習する。
【0034】
予測モデル決定部250は、予測モデル学習部240が複数の予測モデルf(・)を学習する場合に、複数の予測モデルf(・)から予測時に使用する予測モデルf(・)を決定する。具体的には、予測モデル学習部240において交差検証法によってデータセットを分割した場合、予測モデル決定部250はデータセットを分割したうちの評価用データに基づいてそれぞれの予測モデルf(・)を評価する。例えば、それぞれの予測モデルf(・)に評価用データの鋳型温度分布から抽出された特徴量Zを入力して得られたメニスカス流速のよどみ有無Yの予測値を、評価用データのメニスカス流速によって示される実際のよどみ有無(真値)と比較する。具体的には、以下の式(3)によって精度Aを算出し、精度Aが最も高い予測モデルf(・)(または特徴量抽出モデルg(・)および予測モデルf(・)のセット)を採用する。なお、式(3)の記号の意味は、表1に示されている。予測および真値について、Positive/Negativeはそれぞれ、よどみ有/無を示す。予測モデル決定部250は、例えばパラメータの形で決定された予測モデル251を保存する。
【0035】
【数3】
【0036】
【表1】
【0037】
一方、図2に示された予測時の機能において、予測部260は、学習時に予測モデル決定部250によって決定された予測モデル251を読み出して、新たな温度観測値である鋳型温度分布データ120から未知のメニスカス流速のよどみ有無Yを予測する。この際、前処理部220は、入力された鋳型温度分布データ120を操業条件に応じて正規化する。具体的には、学習時に同じ操業条件の層別で入力された鋳型温度分布データの平均μおよび分散σを用いて入力データを正規化する。また、特徴量抽出部230は、学習時に決定された特徴量抽出モデルg(・)を用いて入力データから新たな特徴量Zを抽出する。予測部260は、抽出された新たな特徴量Zを予測モデルf(・)に入力することによって、新たな鋳型温度分布データ120の観測時におけるよどみ有無Yを予測することができる。
【0038】
出力部270は、予測の結果に応じて通知を出力する。例えば、予測モデルf(・)がよどみ有無Yを確率値として予測する場合に、確率値が閾値を超えたら、出力部270がオペレータに向けて表示による視覚的な通知、または音声による聴覚的な通知を出力してもよい。あるいは、出力部270は、操業条件を制御する制御装置(図示せず)に制御信号として通知を出力してもよい。通知を受け取ったオペレータまたは制御装置は、予測結果を指標にしてメニスカス流速のよどみが解消するように操業条件を変更する。具体的には、鋳造速度を変更したり、電磁ブレーキや電磁撹拌の制御値を変更したりすることができる。出力部270によって、予測の結果を反映させて操業条件を改善させることができる。
【0039】
図4は、図1に示したシステムにおける学習時の処理を示すフローチャートである。まず、メニスカス流速データ110および鋳型温度分布データ120をそれぞれ収集する(ステップS101,S102)。このとき、メニスカス流速データ110および鋳型温度分布データ120は例えば鋳片(溶鋼)が鋳型湯面付近にあった時刻によって互いに対応付けられる。連続鋳造では鋳片の鋳型からの引き抜き速度および搬送速度が制御されているため、上記の時刻による対応付けが可能である。収集されたメニスカス流速データ110については、状態判定部210がよどみの有無を判定する(ステップS103)。
【0040】
一方、収集された鋳型温度分布データ120については、前処理部220が層別や正規化などの前処理を実行する(ステップS104)。さらに、特徴量抽出部230が、鋳型温度分布データ120の観測量Xから特徴量Z=g(X)を抽出するための特徴量抽出モデルg(・)を学習し、その時点において最新の特徴量抽出モデルg(・)を用いて特徴量Zを抽出する(ステップS105)。上述のように、この時点では特徴量Zの適切な次元数が決定されていないため、特徴量Zは複数の異なる次元数で抽出されてもよい。上記のステップS103~S105は、例えばステップS101,S102で所定の数のデータが収集されたときに一括して実行されてもよいし、ステップS101,S102でデータが収集されたときに逐次実行されてもよい。
【0041】
例えば上記のように時刻によるメニスカス流速データ110および鋳型温度分布データ120の対応付けが維持されていれば、メニスカス流速データ110について実行されるステップS103と鋳型温度分布データ120について実行されるステップS104,S105とは異なる時点で実行されてもよい。
【0042】
上記のステップS101~S105で収集および前処理、特徴量化されたデータを用いて、予測モデル学習部240が予測モデルf(・)を学習する(ステップS106)。上記のように特徴量Zは複数の異なる次元数で抽出された場合、それぞれの次元数の特徴量Zに対応する複数の予測モデルf(・)が学習される。さらに、予測モデル決定部250が、予測モデル学習部240で学習された複数の予測モデルf(・)から予測時に使用する予測モデルf(・)を決定する(ステップS107)。予測モデル決定部250は例えば予測モデルf(・)の精度に基づいてモデルを決定するが、その際に交差検証法が利用可能であることは上述した通りである。
【0043】
図5は、図2に示したシステムにおける予測時の処理を示すフローチャートである。まず、予測の入力になる鋳型温度分布データ120が取得される(ステップS201)。鋳型温度分布データ120は、前処理部220による層別や正規化などの前処理(ステップS202)および特徴量抽出部230(学習済みの特徴量抽出モデルg)による特徴量Z=g(X)の抽出(ステップS203)を経て、特徴量Zとして学習済みの予測モデルf(・)に入力される(ステップS204)。メニスカス流速のよどみの有無をリアルタイムで予測するために、上記のステップS202およびステップS203は、ステップS201におけるデータの取得後、速やかに実行されることが望ましい。予測モデルf(・)による予測が実行されると(ステップS204)、よどみ有無の予測結果に応じて出力部270が通知を出力する(ステップS205)。
【0044】
以上で説明したような本実施形態によれば、連続鋳造工程における鋳造中の鋳型温度分布についてはリアルタイムで観測可能でありデータ数が多い一方で、凝固後鋳片の計測によって観測されるメニスカス流速についてはデータ数が少ないという特徴、および鋳型内の溶鋼流動が複雑(非線形)であるという特徴に適合したモデルが学習され、鋳型温度分布からメニスカス流速のよどみ有無を精度よく予測することができる。予測結果は鋳型温度分布からリアルタイムで得られるため、予測結果を指標にして操業条件を変更することによってメニスカス流速のよどみを解消し、鋳片の品質を向上させることができる。さらに、操業条件の変更に対する予測結果の変化を学習(強化学習)することによって、予測結果に基づく操業条件の変更を自動化してもよい。
【実施例0045】
次に、本発明の実施例について説明する。上記で説明した一実施形態に係るシステム10を用いて、鋳型温度分布からメニスカス流速のよどみの有無を推定した。鋳型に取り付けた熱電対の数は268であり、従って鋳型温度分布データの観測量Xは268次元になる。なお、特徴量抽出モデルg(・)として用いたVAEは非線形であるため、鋳型における熱電対の配置は等間隔でなくてよい。本実施例では、鋳型全体に熱電対を配置したが、湯面付近には他の部分よりも高い密度で熱電対を配置した。取得されたメニスカス流速の観測データ数は30であり、そのうちよどみが発生していると判定されたデータ数は12であった。これらのメニスカス流速の観測データについては、セットになる鋳型温度分布のデータも取得されている。一方、メニスカス流速を観測していない場合における鋳型温度分布のデータ数は176256000である。
【0046】
特徴量抽出モデルg(・)のVAEは、以下のように設定した。
・学習時に最小化する損失関数は、二つの項の和で構成する。
第1項は入力である鋳型温度分布と再構成結果の二乗誤差とする。
第2項は、設定した潜在変数の分布と推定した潜在変数の分布との間のカルバック・ライブラー情報量とする。
第1項と第2項との和を計算する際、それぞれの比率は1:1とする。
(1:k(k≠1)とした場合、βVAEというVAEの拡張手法に該当する)
・エンコーダおよびデコーダは、ユニット数100、中間層2の全結合ニューラルネットワーク。
・活性化関数にELU関数(Exponential Linear Unit)を利用。
・潜在変数の分布は正規分布(平均0、分散1)を仮定する。
潜在変数が2次元以上の場合、共分散はすべて0とする。
・バッチ数1000、エポック数1000で学習する。
・特徴量Zの次元数は2,5,10,20,50の5通りでそれぞれ計算した。
【0047】
図6は、学習された複数の予測モデルf(・)の精度を算出し、予測時に使用する予測モデルf(・)を決定する過程における、特徴量Zの次元数ごとの精度を検証した結果を示すグラフである。特徴量Zの次元数は上記のように2,5,10,20,50の5通りであり、加えて特徴量抽出を行わない268次元の観測量Xを用いた予測モデルについても精度を検証した。上述のように、VAEを用いて特徴量の次元を圧縮した予測モデルでは、次元を圧縮しない場合(268次元)に比べて精度が向上するが、圧縮次元数が低いと予測モデルの学習は容易になるが情報欠落によるバイアスが発生し、圧縮次元数が高いとバイアスは小さくなるが学習困難性が生じるというトレードオフが均衡する次元数において精度が最大になる。本実施例の場合において、精度が最大だったのは特徴量Zが20次元の場合で、上記の式(3)および表1においてPP=10、PN=2、NP=2、NN=16で、精度A=0.867であった。
【0048】
さらに、上記のようにして決定された予測モデルf(・)を用いて、学習用および評価用のデータ以外の新たなデータを用いてモデルの検証を実施した。検証用のメニスカス流速データは、鋳造時における近接した3時刻分(図7において時刻1、時刻2、時刻3として示す)のデータである。各時刻のメニスカス流速データについて、図3を参照して説明したように鋳片を鋳型幅方向に10等分した領域で鋳型長辺方向のメニスカス流速の値を平均化した結果が図7に示されている。時刻1~時刻3のすべてにおいて、幅方向位置:3で平均流速が0未満であり、メニスカス流速のよどみが発生している。ただし、時刻2は平均流速が0に近く、時刻1および時刻3に比べるとよどみの程度は小さい。
【0049】
これに対して、上記の時刻を含む時間における鋳型温度分布の観測量Xを特徴量抽出モデルg(・)および予測モデルf(・)に入力してよどみ有無Yを予測した結果が図8のグラフに示されている。予測モデルf(・)では、よどみ有無Yが確率値として予測される。図8のグラフにおいて、平滑化した曲線によって示されるよどみ有無の確率値は、メニスカス流速データの実測値において平均流速が0を大きく下回っていた時刻1および時刻3において高く、その間で平均流速が0未満であるものの0に近かった時刻2で極小になっている。この結果から、本実施例では、学習された特徴量抽出および予測モデルf(g(X))を用いてメニスカス流速のよどみ有無Yを精度よく推定できているといえる。
【0050】
なお、上記実施形態では、鋳型内の溶鋼流動状態の例として、メニスカス流速のよどみの有無を予測対象としているが、これに限定されない。例えば、浸漬ノズル吐出孔部分閉塞に伴う偏流有無やエッチプリントで観測される気泡個数などを予測対象としてもよい。
また、上記実施形態では、目的変数の一例であるメニスカス流速のよどみ有無Yを、湯面付近の溶鋼流動によどみが有る確率を示す0から1の範囲の変数として説明しているが、目的変数は連続量であっても離散量であってもよい。例えば、メニスカス流速のよどみが有るとき「1」、無いとき「0」とする変数であってもよい。
【0051】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれらの例に限定されない。本発明の属する技術の分野の当業者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0052】
10…システム、100…データベース、101…計測装置、102…熱電対、110…メニスカス流速データ、120…鋳型温度分布データ、200…演算装置、210…状態判定部、220…前処理部、230…特徴量抽出部、240…予測モデル学習部、250…予測モデル決定部、251…予測モデル、260…予測部、270…出力部、M…鋳型、S…鋳片。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8