(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024090638
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】マグロの養殖方法
(51)【国際特許分類】
A01K 61/60 20170101AFI20240627BHJP
A01K 61/10 20170101ALI20240627BHJP
【FI】
A01K61/60 321
A01K61/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022206648
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】591224788
【氏名又は名称】大分県
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮村 和良
(72)【発明者】
【氏名】野田 誠
【テーマコード(参考)】
2B104
【Fターム(参考)】
2B104AA01
2B104CA01
2B104CC25
2B104EG06
(57)【要約】 (修正有)
【課題】環境変化による影響を受け難く、赤潮などが発生しても対処しやすいマグロの養殖方法を提供する。
【解決手段】マグロの養殖用生簀の中心付近に、マグロの目印となる光源を2日~7日間点灯させ、この光源の周囲を蝟集させて遊泳させることを習得させるマグロの養殖方法。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生簀の中心付近に、マグロの目印となる光源を2日~7日間点灯させ、この光源の周囲を蝟集させて遊泳させることを習得させるマグロの養殖方法。
【請求項2】
マグロに光源の周囲を蝟集させて遊泳させることを習得させた後、光源の位置を変化させ、マグロを生簀内のより安全な区域を遊泳させるようにした、請求項1記載のマグロの養殖方法。
【請求項3】
浮子式生簀において、光源の位置を網の変形の最も少ない生簀上層部とする請求項2記載のマグロ養殖方法。
【請求項4】
深層型養殖イケスにおいて、赤潮の流入が予測される場合に、光源の位置を赤潮被害が最も少ない生簀深層部とする請求項2記載のマグロ養殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグロの養殖方法、特に養殖場においてマグロが急激な環境変化に遭遇するリスクを軽減させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
我が国において、マグロ養殖の研究は1960年代頃から開始され、1970年には近畿大学で完全養殖の研究がはじまり、2002年に完全養殖に成功し、2007年には人工種苗の販売が開始された。同年には天然マグロ漁獲規制強化に伴い養殖生産量が本格化、現在では産卵、採卵、孵化、飼育、配合飼料等の各研究が進んでおり、各社で特色あるマグロが養殖されている。
【0003】
マグロの養殖業者は、毎年7月から秋にかけて種苗(天然又は人工)を仕入れ、2週間から数か月掛け、安定して飼料を食べるまで環境変化に慣れさせてから、海面に設置された生簀に移し、1年半から3年位かけて養殖し(約50kg)、顧客の要望に応じて出荷している。
【0004】
このように、マグロ養殖には手間と時間がかかり、1頭当たりの出荷単価も高額であることから、養殖マグロの生残率を向上させることは、マグロ養殖を安定的に継続する上で必要不可欠である。養殖マグロの生残率を下げる要因としては、周辺海域で発生する赤潮による被害や、生簀の中でも休むことなく高速で泳ぎ回るマグロが何らかの異変によりパニック状態となり、養殖網への接触・衝突が知られている。マグロ養殖の安定的生産を実現するためには、これらの被害や事故を低減することが課題となっている。
【0005】
図1は一般的な養殖魚用生簀を示す。生簀は袋状網体1の上面の枠部に浮子3を、底部には錘4を取り付け、浮子3を取り付けた枠部は、図示しない係留ブイなどにより、海面の所定位置に固定される。このように生簀は自然環境の中の限られた区域に固定され、特にマグロ用生簀は大型なので、赤潮が発生しても生簀ごと移動・避難ができず、さらに、
図1(2)に示すように赤潮は水面下数mの厚さで生簀内を通過するので、網丈が20m程度しかない従来の生簀では、マグロが避難する空間が狭く被害を受けやすかった。
【0006】
赤潮の被害を低減する手段として、
図1(3)に示されるクロマグロ養殖用深層型養殖イケスの開発が進められており、この新型イケスは、網体5が直径約40メートル、深さが従来型より2倍も深い約40メートルで、赤潮発生時でも、マグロが避難できるスペースを確保した設計となっている(非特許文献1)。
この生簀によれば、赤潮発生時に生簀内のマグロは、目視によって赤潮を認識し、
図1(4)に示すように自発的に生簀の深部に移動することができ、赤潮被害を低減することが期待できる。
【0007】
また、マグロは、海中では口と鰓蓋を開けて遊泳し、ここを通り抜ける海水で呼吸しているので、泳ぎを止めると窒息する。したがって、たとえ睡眠時でも高速で泳ぎ続けるが、急激な環境変化が生じると、マグロはパニック状態となり、養殖網への接触・衝突事故が生じ、けがをしたり死亡したりすることがある。
【0008】
マグロ養殖における急激な環境変化を低減させる方法として、特許文献1では、マグロの未成魚が遊泳する遊泳槽の水面を、少なくとも10lx以上の照度に保つとともに、同照度が10lx以上かつ1000lx未満の範囲内において前記遊泳槽の水面を略均一な照度に保つことが提案されている。この方法は、強力な遊泳能力に対する障害物を避ける能力が未熟である生後約5週目から生後約52週目(生後約1年)までの未成魚を対象とし、必要最小限の視界を確保することにより、マグロ未成魚に不安感を与えないことを目的とする。
【0009】
しかし、海上の本格的なマグロ養殖用生簀ではその膨大な水面を均一に照射することは現実的ではなない、また生簀の表面を明るくすると、水面近傍に周辺の小魚が集まり、成長したマグロが小魚を追いかける行動が誘発し、マグロ同士の衝突や養殖網への衝突などが発生し好ましくないとされていた。特許文献2では、このような不都合を解消するため、遊泳槽の底面側の水中から水面側方向、遊泳槽の表面側の水中又は水上から前記底面側方向へ光を放射して前記遊泳槽の中央部に柱状の照明領域を形成し、マグロをこの柱状の照明領域の周りを周回させるようにしている。この方法によれば、マグロは深さ方向に分散して遊泳するので、魚同士の衝突が防げるとしている。
【0010】
また、マグロが生簀の壁面と衝突することを回避する方法として、特許文献3では、生簀または水槽内の壁面に、複数個の照明を設置し、発光ビームを水面もしくは水底に照射することは提案されている。
【0011】
以上の従来技術により、ある程度の生残率の向上が見込まれるものの、原因不明の衝突事故で養殖魚が死亡してしまうという事例が後を絶たないのが現状である。
【0012】
ところで、大型のマグロ養殖用生簀として、
図2に示すような袋状の網の上部枠に浮子を取り付け、この上部枠を係留ブイによって海面上の定位置に固定した浮子式生簀が、構造が簡単で軽量であるため設置が容易なことから、広く普及している。
この生簀において、昼間は、魚は目視で網を確認して生簀全体を遊泳し(
図2上右図)、夜間は網と衝突しないように生簀の中央付近を遊泳する(
図2上左図)。
一方、潮流や魚の遊泳により網が変形した場合でも、昼間であれば魚は目視で網の変形を確認し網との衝突が避けられる(
図2下右図)が、夜間の場合は網の変形が確認できず、一部の魚が閉経した網と衝突してしまう可能性が高い(
図2下左図)。マグロの場合、このような環境変化に遭遇すると、パニック状態となり、他の高速で遊泳するマグロとの衝突や養殖網へ接触によって、けがや死亡が発生すると考えられている。
【0013】
潮流などによる網の変形を防ぐには、網の底や中間部に枠体を取り付ければよいが、網の全周を支持するためには大型の枠体を必要とし、枠体の取り付けによる重量増により浮体を大型のものに交換するなど、大型であるためコストも嵩んでしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2011-019485号公報
【特許文献2】特開2019-118330号公報
【特許文献3】特開2022-060986号公報
【特許文献4】特開2011-19485号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】みなと新聞、2022年11月25日(金) https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/97124
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上記従来技術の問題を解決し、環境変化による影響を受け難く、赤潮などが発生しても対処しやすいをマグロの養殖方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、実際の浮子式生簀が潮流によりどの程度変形するかを、生簀海面に設置した超音波測定装置(魚群探知機)を使用して観察した。
すなわち、直径40mのマグロ養殖用浮子式生簀において、生簀の淵から10m離れた位置に魚探振動子、集魚灯設置(ハピソン LED水中集魚灯 YF-500)および水中カメラ(RICOH WG-60)を設置して、生簀内のマグロの遊泳状態を生簀の網底部の位置を観察し、水中カメラで実際の状況を確認したところ、
図3に示されるように、潮流が最も早くなった2月17日の明け方には生簀の深さの半分程度まで上昇することが判った。
【0018】
これは現場の作業者の予想をはるかに上回るものであり、夜間は、網と接触する確率が非常に高いことが確認された。
マグロの場合、1匹でも網と接触しパニック状態となると、限られた空間内を高速手遊泳する他のマグロも連鎖的にパニック状態となる可能性が高いので、マグロを網の変形の影響が少ない生簀上部に蝟集させることができれば、そのような事態に陥ることが防げる。
【0019】
また、上述した深層型養殖生簀においても、夜間は赤潮の接近を目視で確認できないことから、生簀の上層部を遊泳しているマグロは赤潮の被害を被る可能性が高い。
したがって、赤潮の流入が予想される場合、予めマグロを赤潮が流れ込まない深層部に蝟集させて遊泳させておけば、赤潮の被害を最小限にとどめることができる。
【0020】
以上のことから、本発明者はマグロ養殖において、生簀内で、いつどこで発生するのか予期できない環境異変に遭遇することをできるだけ避けるためには、より安全な区域にマグロを蝟集させて遊泳させることが重要であると考え、試行錯誤の結果、マグロ養殖用生簀の中心付近に、マグロの目印となる光源を点灯させておくと、数日後には、マグロは前記光源を目印にその周りを遊泳するようになることを突き止めた。
【0021】
この方法において使用する光源は、マグロが夜間、確認可能な照度を有していればよく、一般的な40m径のマグロ養殖用生簀では、その中央付近に1,000lux程度のLED光源で充分である。逆にあまり照度が高いとマグロの餌となる小魚が光源に集まり、
このような本発明の方法でマグロの養殖をおこなえば、マグロは生簀内で蝟集して遊泳するので、生簀内で生じる予期せぬ環境異変の影響を最小限にとどめることができ、また、被害が予想される場合には、上記光源の位置を調整して、予め安全な区域にマグロを移動させておくことにより被害を最小限にとどめることが可能である。
【0022】
すなわち、本発明の実施の形態は以下の通りである。
〔1〕生簀の中心付近に、マグロの目印となる光源を2日~7日間点灯させ、この光源の周囲を蝟集させて遊泳させることを習得させるマグロの養殖方法。
〔2〕マグロに光源の周囲を蝟集させて遊泳させることを習得させた後、光源の位置を変化させ、マグロを生簀内のより安全な区域を遊泳させるようにした、〔1〕のマグロの養殖方法。
〔3〕浮子式生簀において、光源の位置を網の変形の最も少ない生簀上層部とする〔2〕のマグロ養殖方法。
〔4〕深層型養殖イケスにおいて、赤潮の流入が予測される場合に、光源の位置を赤潮被害が最も少ない生簀深層部とする〔2〕のマグロ養殖方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法によれば、養殖生簀内を高速で遊泳するマグロを、光源の周囲を蝟集させることができるので、養殖生簀内において、いつどこで発生するか予測できない環境変化に遭遇するリスクを少なくすることができ、また、予め危険が予測される場合には、生簀内の安全な場所に容易に移動させておくことができるので、生簀内で生じる環境変化に遭遇するリスクを最小限にとどめることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】赤潮被害を回避するための従来型生簀と深層型養殖生簀の模式図
【
図2】浮子式生簀における網の変形の状態を示す模式図
【
図3】浮子式生簀における網底の変化を示す測定結果
【
図4】浮子式生簀における光源点灯によるマグロの蝟集状況の測定結果(1)
【
図5】浮子式生簀における光源点灯によるマグロの蝟集状況の測定結果(2)
【
図6】浮子式生簀における光源点灯によるマグロの蝟集状況の測定結果(3)
【
図7】浮子式生簀における光源点灯によるマグロの蝟集状況を示す模式図
【発明を実施するための形態】
【実施例0025】
図1に示される浮子式生簀における網底の位置を測定した装置を利用し魚の遊泳状態を測定し、その結果を
図4~6に示す。
図4における、2月17日に測定結果では、網底の上昇がみられるもののマグロは深さ方向に分散して遊泳していた。翌日18日の12時に、光源の点灯を開始すると8時間後の20時には早くもマグロは蝟集しはじめ、その後、日ごとに光源近くの魚影が濃くなっていき、特に夜間において顕著であった。
そして、光源を点灯し始めてから7日目の24日から25日にかけての夜間に、光源近くの魚影が最高となった。
このような密な状態になってもマグロは安定して回遊しており、マグロ同士の衝突は生じなかった。これはマグロが目印となる光源を常に視界の定位置に捉えながら回遊するので進路が安定するためと考えられる。
【0026】
このような回遊を、マグロに学習させれば、光源の位置を変化させると、マグロは再び目印となる光源を視界の常に定点に捉えながら回遊するので、光源の変位に応じて変位して回遊することになる。
したがって、光源の位置を変えることにより、マグロの回遊位置を任意の場所に変えることが可能である。
【0027】
図6の下段の測定結果のように、光源を消灯させると、マグロは遊泳の目標を失うので、点灯以前のように分散して回遊することになる。
上述したようにマグロは、電源の点灯により蝟集しても安定して遊泳しているので、電源の点灯していた1週間に死亡したマグロはいなかった。
【0028】
図7は、光源を点灯させて光源近くに蝟集して回遊している状態を示す。