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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024091167
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】ピストンリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/26 20060101AFI20240627BHJP
   F04B 39/00 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
F16J9/26 C
F04B39/00 107J
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022207671
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】安田 健
【テーマコード(参考)】
3H003
3J044
【Fターム(参考)】
3H003AA02
3H003AC04
3H003AD03
3H003BC03
3H003CB08
3J044AA02
3J044AA08
3J044BA01
3J044BB37
3J044BB39
3J044BC07
3J044CB02
3J044CB24
3J044DA10
(57)【要約】
【課題】高温かつ高圧の過酷環境に伴う変形および異常摩耗を抑制できるピストンリングを提供する。
【解決手段】ピストンリング1は、往復式圧縮機に用いられ、略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層とを有し、該樹脂層は射出成形可能な樹脂組成物からなり、該樹脂組成物のベース樹脂は、ガラス転移点が140℃以上で、かつ、水素ガス透過度がJIS K7126-1準拠の測定方法で4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、
前記ピストンリングは略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層とを有し、
前記樹脂層は射出成形可能な樹脂組成物からなり、該樹脂組成物のベース樹脂は、ガラス転移点が140℃以上で、かつ、水素ガス透過度がJIS K7126-1準拠の測定方法で4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下であることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
前記ピストンリングにおいて、前記樹脂層は、前記金属基材の前記外周面に形成されるとともに、前記金属基材の両側の軸方向端面の少なくとも一部にも形成されることを特徴とする請求項1記載のピストンリング。
【請求項3】
前記樹脂層において、前記金属基材の前記軸方向端面に形成される部分の厚さが、前記金属基材の前記外周面に形成される部分の厚さよりも小さいことを特徴とする請求項2記載のピストンリング。
【請求項4】
前記金属基材において前記樹脂層が形成される表面が粗面化されていることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項5】
前記樹脂層の厚さが0.10mm~0.50mmであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項6】
前記樹脂層の硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項7】
前記樹脂組成物の成形体を圧力82MPa、温度200℃の水素ガス中に192時間曝露したとき、曝露前の引張強さを100%としたときの保持率が80%以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項8】
前記樹脂組成物が、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、またはポリアミドイミド樹脂を主成分とし、前記樹脂組成物全体に対して、炭素材料を5体積%~35体積%含み、かつ、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を5体積%~25体積%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、往復式圧縮機のピストンリングに関するものであり、特に、水素ステーションで用いられる水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、往復式圧縮機はピストンとシリンダーを含む構造であり、シリンダーに対してピストンが往復動することによって、流体を圧縮するのに用いられている。このような往復式圧縮機では、ピストンとシリンダーとの間の隙間において流体をシールする目的で、従来から環状のピストンリングが使用されている。ピストンリングはピストンに設けられた環状溝に装着される。この場合、ピストンリングの外周面がシリンダーの内周面と接触し、かつ、ピストンリングの側面が環状溝の側面と接触することにより、流体がシールされる。
【0003】
近年では、往復式圧縮機は、水素ステーションで用いられる水素ガス用往復式圧縮機としても用いられている。水素ガス用往復式圧縮機において、ピストンリングは、高温かつ高圧の過酷環境での耐久性が要求される。
【0004】
水素ガス用往復式圧縮機、および、そのピストンリングとしては、例えば特許文献1が開示されている。例えば、特許文献1には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂と、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂およびポリイミド(PI)樹脂のうち一方の樹脂との合計量が全体の50質量%以上であり、かつ、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を含まない、樹脂製のピストンリングが記載されている。特許文献1では、ピストンリングの引張強度を15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内にすることで、その範囲外のピストンリングよりも長期の運転期間に亘ってシール性を維持できるとしている。
【0005】
また、特許文献2には、水素ガス用往復式圧縮機に用いられる摺動部材として、ピストン部材およびシリンダライナの一方の部材に設けられ、他方の部材(被摺動部材)に対して相対的に摺動する樹脂製のリング状の摺動部材が記載されている。特許文献2では、摺動部材および被摺動部材の両方の摺動面に、非晶質炭素膜を形成することで、摺動部材の摩耗による交換寿命を伸ばすことができるとしている。なお、非晶質炭素膜は、表面部分の方がその内側の部分よりも炭素の含有量が多くなっている。この非晶質炭素膜は硫黄を含まないことが好ましいとされている。また、摺動部材は、例えば、圧縮機に組み込む前に水素雰囲気で曝露する処理をした脱硫処理部材であることが好ましいとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-180600号公報
【特許文献2】特許第6533631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1では、PTFE樹脂およびPEEK樹脂、または、PTFE樹脂およびPI樹脂が、ピストンリングのベース樹脂であり、このベース樹脂の他に、例えば炭素繊維やグラファイトなどの添加剤をさらに含んでいてもよいとしている。また、上記特許文献2では、ピストンリングの樹脂にPTFE樹脂、PEEK樹脂、PI樹脂などが用いられ、添加剤として、例えばPPS樹脂、二硫化モリブデンなどが配合されることが記載されている。しかしながら、上記特許文献1、上記特許文献2の樹脂製のピストンリングは、水素ガス用往復式圧縮機のような高温かつ高圧の過酷環境では変形するおそれがある。また、これらのピストンリングは放熱性に乏しいため、摺動面の温度上昇により異常摩耗するおそれがある。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、高温かつ高圧の過酷環境に伴う変形および異常摩耗を抑制できるピストンリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のピストンリングは、往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、上記ピストンリングは略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層とを有し、上記樹脂層は射出成形可能な樹脂組成物からなり、該樹脂組成物のベース樹脂は、ガラス転移点が140℃以上で、かつ、水素ガス透過度がJIS K7126-1準拠の測定方法で4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下であることを特徴とする。
【0010】
上記ピストンリングにおいて、上記樹脂層は、上記金属基材の上記外周面に形成されるとともに、上記金属基材の両側の軸方向端面の少なくとも一部にも形成されることを特徴とする。
【0011】
上記樹脂層において、上記金属基材の上記軸方向端面に形成される部分の厚さ(軸方向厚さ)が、上記金属基材の上記外周面に形成される部分の厚さ(径方向厚さ)よりも小さいことを特徴とする。
【0012】
上記金属基材において上記樹脂層が形成される表面が粗面化されていることを特徴とする。
【0013】
上記樹脂層の厚さが0.10mm~0.50mmであることを特徴とする。
【0014】
上記樹脂層の硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする。
【0015】
上記樹脂組成物の成形体を圧力82MPa、温度200℃の水素ガス中に192時間曝露したとき、曝露前の引張強さを100%としたときの保持率が80%以上であることを特徴とする。
【0016】
上記樹脂組成物が、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、またはPAI樹脂を主成分とし、上記樹脂組成物全体に対して、炭素材料を5体積%~35体積%含み、かつ、PTFE樹脂を5体積%~25体積%含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明のピストンリングは、略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層とを有している。このように、樹脂と金属基材を複合化したピストンリングを用いることで、水素ガス用往復式圧縮機のような高温かつ高圧の過酷環境でも樹脂の変形を抑制できるとともに、金属基材の放熱効果によって摺動面の温度上昇を抑制し、異常摩耗を防止することができる。例えば、圧縮ガスの圧力が82MPa以上となる水素ステーション向け往復式圧縮機にも使用できる。
【0018】
また、樹脂層を形成する樹脂組成物のベース樹脂のガラス転移点および水素ガス透過度を所定の範囲にすることで、高温かつ高圧の水素ガス中でも、樹脂層の内部に水素が侵入しにくくなり、長期間の使用においても樹脂層の物性変化を抑えることができる。また、樹脂層は射出成形可能な樹脂組成物からなることから、射出成形圧により金属基材との密着性が向上し、樹脂層が剥がれることを防止でき、圧縮ガス(特に水素ガス)の漏れなどを抑制できる。
【0019】
ピストンリングにおいて、樹脂層は、金属基材の外周面に形成されるとともに、金属基材の両側の軸方向端面の少なくとも一部にも形成されるので、金属基材との密着性が向上するとともに、ピストンの動きに伴う樹脂層の剥がれの防止にも繋がる。さらに、樹脂層において、金属基材の軸方向端面に形成される部分の厚さが、金属基材の外周面に形成される部分の厚さよりも小さいので、密着性を向上させつつ、放熱性の低下を抑制することができる。
【0020】
金属基材において樹脂層が形成される表面が粗面化されているので、金属基材との密着性をより向上させることができる。
【0021】
例えば、水素ガス用往復式圧縮機で圧縮した水素ガスを燃料電池自動車(FCV)に充填する場合、水素ガス中に硫黄成分が混入されると、燃料電池の性能低下を引き起こすおそれがあるところ、上記樹脂組成物からなる樹脂層は、硫黄原子の含有量が250ppm以下であるので、水素ガス中への硫黄成分の混入を低減でき、FCVにおける燃料電池の性能低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明のピストンリングの一例の斜視図である。
図2】本発明のピストンリングを用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。
図3】本発明のピストンリングの一例の軸方向断面図である。
図4】本発明のピストンリングの一例の軸方向断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者は、樹脂層と金属基材を複合化したピストンリングを用いることで、水素ガス用往復式圧縮機のような高温かつ高圧の過酷環境で樹脂部材の変形を抑制できるとともに、金属基材の放熱効果によって摺動面の温度上昇を抑制し、異常摩耗を防止できると考え、本発明に至った。特に、樹脂層には、上記の変形を抑制する観点から、樹脂組成物のベース樹脂(主成分)のガラス転移点に着目した。さらに、高温かつ高圧の水素ガス中で、樹脂層が大きな物性変化を起こすことなく長期間使用できるようにする観点から、樹脂層の内部に水素が侵入しにくいことが必要と考え、ベース樹脂の水素ガス透過度に着目した。具体的には、ベース樹脂として、ガラス転移点が140℃以上であり、かつ、JIS K7126-1準拠の水素ガス透過度が4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下のベース樹脂を用いると、特に水素ステーションで用いられる水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングとして好適であることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0024】
本発明のピストンリングは、往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、ピストンリングのリング本体が金属基材からなり、該金属基材の少なくとも外周面に樹脂層が形成されている。この樹脂層は、例えば、金属基材を射出成形金型にインサートし、樹脂組成物からなるペレットを用いて、金属基材の表面に射出成形する方法(インサート成形)で形成できる。この場合、金属基材の表面に直接、樹脂層が形成される。
【0025】
金属基材の材質は限定されないが、例えば、鉄(鋳鉄、鋼)、アルミニウム合金などを用いることができる。樹脂層との密着性を高めるとともに、水素ガスなどの圧縮ガスの漏れを抑制する目的で、樹脂層が形成される金属基材の表面は、薬液処理(酸、アルカリなど)などの化学的粗面化法、ショットブラスト法などの機械的粗面化法、グロー放電やプラズマ放電処理などの電気的粗面化法などによって粗面化されてから、樹脂層が形成されることが好ましい。粗面化された金属基材の表面粗さ(Ra)は、5.0μm以下であることが好ましく、1.0μm~3.0μmであることがより好ましい。
【0026】
金属基材の形状は略円環状である。この略円環状には、周方向の一部に合い口を有する形状も含まれる。なお、金属基材の軸方向の断面形状は特に限定されない。
【0027】
金属基材の少なくとも外周面に樹脂層を形成することで、本発明のピストンリングとして用いることができる。以下には、樹脂層を形成する樹脂組成物の具体的な組成について説明する。
【0028】
本発明に用いる樹脂組成物のベース樹脂(主成分)は射出成形可能で、ガラス転移点が140℃以上であることが好ましい。ガラス転移点が高いと、高温かつ高圧の過酷環境での樹脂層の変形を抑制することができる。ガラス転移点を測定する方法は複数あるが、本明細書においては示差走査熱量測定(DSC)による測定値とする。
【0029】
また、ベース樹脂単体の成形体は、JIS K7126-1準拠の水素ガス透過度4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下を満足することが好ましい。この数値を満足する樹脂として、例えば、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、PI樹脂、PAI樹脂を用いることができる。一方、水素ガス透過度が4.0×10-12mol/(m・s・Pa)を超えるベース樹脂を用いると、高温かつ高圧の水素ガス中で曝露したときの物性変化が大きくなるおそれがある。上記水素ガス透過度は、1.0×10-12mol/(m・s・Pa)~3.5×10-12mol/(m・s・Pa)がより好ましい。
【0030】
上記ベース樹脂を用いた樹脂組成物は、その樹脂組成物の成形体を圧力82MPa、温度200℃の水素ガス中に192時間曝露したとき、曝露前の引張強さを100%としたときの保持率が80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。保持率が80%未満となると、上記樹脂組成物からなる樹脂層を設けたピストンリングを高温かつ高圧の水素ガス中で使用した場合に、樹脂層が剥がれやすくなる。上記の引張強さの保持率は、ASTM D638準拠のダンベル試験片を用いて測定することができ、具体的には、曝露前後の引張強さを測定し、求めることができる。
【0031】
芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、ベンゼン環をエーテル基とケトン基で結合した樹脂の総称であり、ポリアリールエーテルケトン樹脂とも呼称されている。芳香族ポリエーテルケトン樹脂として、PEEK樹脂、ポリエーテルケトン(PEK)樹脂、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)樹脂、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)樹脂などが挙げられる。芳香族ポリエーテルケトン樹脂を用いる場合、コスト面からPEEK樹脂がより好ましい。PEEK樹脂は下記の式(1)に示す化学構造であり、本発明では平均分子量、分子量分布などは必ずしも限定されないが、インサート成形時の流動性の観点から、比較的分子量の小さい低粘度グレードのほうが好ましい。せん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において60Pa・s~200Pa・s(より好ましくは、80Pa・s~150Pa・s)のPEEK樹脂を特に好適に使用できる。
【0032】
PEEK樹脂組成物のベース樹脂として使用できる具体的な市販品として、ビクトレックスジャパン株式会社製:PEEK 90P、PEEK 150P、PEEK 380P、PEEK 450Pなどがあり、このうち、上記の溶融粘度の範囲(60Pa・s~200Pa・s)に入るグレードとしてPEEK 90P、PEEK 150Pが挙げられる。
【0033】
【化1】
【0034】
PI樹脂は、射出成形可能な熱可塑性ポリイミド樹脂を用いることが好ましく、ガラス転移点、融点が高いことがより好ましい。具体的には、下記式(2)に示すように、分子構造の繰り返し単位中に、熱的特性、機械的強度などに優れたイミド基が芳香族基を取り囲みながらも、熱などのエネルギーが加えられることにより適度な溶融特性を示すエーテル結合部分を複数個有する構造のイミド系樹脂がよく、機械的特性、剛性、耐熱性、射出成形性を満足させるため、エーテル結合部を繰り返し単位中に2個有する熱可塑性ポリイミド樹脂が好ましい。
【0035】
【化2】
(式中、Xは直接結合、炭素数1~10の炭化水素基、六フッ素化されたイソプロピリデン基、カルボニル基、チオ基およびスルホン基からなる群より選ばれた基を表し、R~Rは水素、炭素数1~5の低級アルキル基、炭素数1~5の低級アルコキシ基、塩素または臭素を表し、互いに同じであっても異なっていてもよい。Yは炭素数2以上の脂肪族基、環式脂肪族基、単環式芳香族基、縮合多環式芳香族基、芳香族基が直接または架橋基により相互に連結された非縮合多環式芳香族基からなる群から選ばれた4価の基を表す。)
【0036】
熱可塑性ポリイミド樹脂の市販品としては、三井化学株式会社製オーラム(登録商標)、三菱ガス化学株式会社製サープリム(登録商標)などが挙げられる。この2種類のうち、上記式(2)を満たすオーラムはガラス転移点250℃、融点388℃であり、極めて耐熱性に優れるため、特に好ましい。オーラムは、上記式(2)におけるXが直接結合であり、R~Rが全て水素である。本発明の樹脂組成物に使用可能なオーラムのグレードとしては、例えば、PD250、PD400、PD450などが挙げられる。
【0037】
PAI樹脂は、高分子主鎖内にイミド結合とアミド結合とを有する樹脂である。例えば、PAI樹脂として、下記式(3)に示すように、イミド結合、アミド結合が芳香族基を介して結合している芳香族系PAI樹脂を用いることができる。
【0038】
【化3】
(式中、Rは少なくとも1つのベンゼン環を含む3価の芳香族基を表し、Rは2価の有機基を表し、Rは水素、メチル基またはフェニル基を表す。)
【0039】
このような芳香族系PAI樹脂は、芳香族第一級ジアミン、例えばジフェニルメタンジアミンと芳香族三塩基酸無水物、例えばトリメリット酸無水物のモノまたはジアシルハライド誘導体から製造されるPAI樹脂、芳香族三塩基酸無水物と芳香族ジイソシアネート化合物、例えばジフェニルメタンジイソシアネートとから製造されるPAI樹脂などがある。
【0040】
PAI樹脂組成物のベース樹脂として使用できる市販品として、ソルベイスペシャルティポリマーズジャパン株式会社製トーロン(登録商標)などが挙げられる。具体的なトーロンのグレードとしては、4000Tなどが挙げられる。
【0041】
本発明のピストンリングに用いられる樹脂層の樹脂組成物において、ベース樹脂は、樹脂組成物全体に対して50体積%~95体積%含まれることが好ましく、60体積%~90体積%含まれることがより好ましく、70体積%~90体積%含まれることがさらに好ましい。
【0042】
本発明のピストンリングに用いられる樹脂層の樹脂組成物は、強度、弾性率、摩擦摩耗特性などを向上させる目的で、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、PAI樹脂などのベース樹脂に、炭素材料を配合することが好ましい。本明細書における「炭素材料」は、結晶性の有無およびその度合いは限定されず、非意図的であれば硫黄原子を含有していてもよい。炭素材料としては、炭素繊維、黒鉛、コークス粉などが挙げられ、これらの中から1種類の炭素材料を単独で配合しても、複数の種類を組み合わせて配合してもよい。上記炭素材料は硫黄原子の含有量が200ppm以下であることが好ましく、100ppm以下であることがより好ましく、50ppm以下であることがさらに好ましい。また、ベース樹脂に、固体潤滑剤であるPTFE樹脂を配合してもよい。本発明に用いる樹脂組成物において、炭素材料とPTFE樹脂の少なくとも一方を配合することが好ましく、炭素材料とPTFE樹脂の両方を配合することがより好ましい。
【0043】
樹脂組成物には、炭素繊維を配合することが好ましい。炭素繊維は、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものであってもよい。焼成温度は限定されるものではなく、2000℃またはそれ以上の高温で焼成されて黒鉛化品、1000~1500℃程度で焼成された炭化品のどちらであってもよい。また、チョップドファイバーおよびミルドファイバーのどちらであってもよいが、摩擦摩耗特性の観点からは繊維長の短いミルドファイバーを用いることが好ましい。
【0044】
本発明に使用できる市販品のミルドファイバーとしては、ピッチ系炭素繊維として、クレハ社製:クレカ M-101S、M-101F、M-101T、M-104T、M-107T、M-201S、M-201Fなどが挙げられる。また、PAN系炭素繊維として、帝人株式会社製:HT M800 160MU、HT M100 40MU、東レ株式会社製:トレカ MLD-30、MLD-300などが挙げられる。
【0045】
なお、ピッチ系炭素繊維の場合、原料のピッチは不純物として硫黄を含有している。また、PAN系炭素繊維の場合も、表面処理に硫酸を用いる場合、硫黄が残留することがある。炭素繊維としては、ピッチ系炭素繊維に比べて硫黄原子の含有量が比較的少ないPAN系炭素繊維を用いることが好ましい。
【0046】
本発明に用いる炭素繊維の平均繊維長は、特に限定されないが、20μm~200μmの短繊維であることが好ましい。平均繊維長が20μm未満であると耐摩耗性向上の効果が得られにくく、200μmを超えると摺動時に折損した炭素繊維が摺動面に入り込みやすくなり、シリンダーなどを損傷摩耗させやすい。なお、本明細書における平均繊維長は数平均繊維長である。
【0047】
黒鉛は、固体潤滑剤であり、樹脂組成物の摩擦摩耗特性を向上できる。また、黒鉛としては、天然黒鉛、人造黒鉛のいずれを用いてもよい。粒子の形状は、鱗片状、粒状、球状などがあるが、いずれを用いてもよい。本発明に使用できる市販品の黒鉛としては、天然黒鉛である日本黒鉛工業株式会社製:ACP、人造黒鉛であるイメリス・ジーシー・ジャパン株式会社製:TIMREX KS6、KS25、KS44などが挙げられる。このほか、樹脂粒子を焼成して得られた球状黒鉛(または球状カーボン)を用いてもよく、例えばフェノール樹脂粒子を焼成して得られるエア・ウォーター・ベルパール株式会社製:ベルパールC800、C2000などを使用できる。黒鉛の50%粒子径(D50)は限定されないが、3μm~50μmが好ましく、10μm~30μmがより好ましい。50μmを超えると、樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。
【0048】
コークス粉は樹脂組成物の耐摩耗性を向上できる。コークス粉のD50は限定されないが、3μm~50μmが好ましく、10μm~30μmがより好ましい。50μmを超えると、樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。
【0049】
上記樹脂組成物は、炭素繊維、黒鉛、コークス粉などの炭素材料を少なくとも1種類以上含み、樹脂組成物全体に対して炭素材料を合計で5体積%~50体積%含むことが好ましく、5体積%~35体積%であることがより好ましく、5体積%~25体積%であることがさらに好ましい。炭素材料の合計の配合量が5体積%未満であると耐摩耗性向上の効果が得られにくい。また、炭素材料の合計の配合量が35体積%を超えると樹脂組成物の溶融粘度が高くなり、薄肉で射出成形しにくくなる。50体積%を超えると、溶融粘度が極めて高くなり、射出成形そのものが困難になるおそれがある。
【0050】
PTFE樹脂は固体潤滑剤であり、樹脂組成物の摩擦摩耗特性を向上できる。PTFE樹脂として、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよい。樹脂組成物の流動性を安定させるためには、成形時のせん断により繊維化し難く、溶融粘度を増加させ難い再生PTFEを採用することが好ましい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。γ線または電子線を照射後にさらに熱処理を加えたタイプもある。PTFE樹脂のD50は、特に限定されるものではないが10μm~50μmとすることがより好ましい。
【0051】
本発明に使用できる市販品のPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-610A、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-8F、KTL-400H、三井ケマーズフロロプロダクツ株式会社製:テフロン(登録商標)7-J、TLP-10、AGC株式会社製:フルオンG163、L150J、L169J、L170J、L172J、L173J、L182J、ダイキン工業株式会社製:ポリフロンM-15、スリーエムジャパン株式会社製:ダイニオンTF9205、TF9207などが挙げられる。また、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオルアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。上記の中でγ線または電子線などを照射したPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-610A、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-8F、AGC株式会社製:フルオンL169J、L170J、L172J、L173J、L182Jなどが挙げられる。
【0052】
上記樹脂組成物は、PTFE樹脂を樹脂組成物全体に対して5体積%~25体積%含むことが好ましい。PTFE樹脂の配合量が5体積%未満であると、摩擦摩耗特性の向上効果が得られにくく、25体積%を超えると樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。PTFE樹脂の配合量は10体積%~20体積%がより好ましい。
【0053】
上記樹脂組成物に配合するPTFE樹脂、黒鉛、コークス粉の50%粒子径(D50)は、粒子径分布を累積分布としたとき、累積値が50%となる点の粒子径であり、レーザー光散乱法を利用した粒子径分布測定装置を用いて測定することができる。
【0054】
上記樹脂組成物には、上記炭素材料、上記PTFE樹脂のほかに、本発明の効果を阻害しない程度に周知の樹脂用添加剤を配合してもよい。添加剤としては、例えば、ガラス繊維、アラミド繊維、無機物(マイカ、タルク、炭酸カルシウム、窒化ホウ素など)、ウィスカ(炭酸カルシウム、チタン酸カリウムなど)、着色剤(酸化鉄、酸化チタン、カーボンブラックなど)、他の樹脂成分などが挙げられる。上記樹脂用添加剤の硫黄原子の含有量が200ppmを超える場合、上記樹脂組成物全体に対して、この添加剤の配合量を3体積%以下にすることが好ましい。また、上記樹脂組成物には、200ppmを超えて硫黄原子を含有する炭素材料が含まれてもよいが、その炭素材料の含有量は、樹脂組成物全体に対して3体積%以下であることが好ましい。上記樹脂組成物は、二硫化モリブデン、二硫化タングステンなどの硫化物を含まないことが好ましい。
【0055】
以上より、本発明のピストンリングの特に好ましい形態は、ベース樹脂のガラス転移点が140℃以上であり、かつ、水素ガス透過度がJIS K7126-1準拠の測定方法で4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下の射出成形可能な樹脂組成物からなる樹脂層が、金属基材の少なくとも外周面に厚さ0.10mm~0.50mmで形成され、上記樹脂組成物全体に対して、上記炭素材料を合計で5体積%~35体積%含み、かつ、PTFE樹脂を5体積%~25体積%含むピストンリングである。
【0056】
本発明の水素ガス用往復圧縮機のピストンリングとしては、無潤滑条件で、30MPa~120MPaの高圧で使用され、好ましくは65MPa~110MPaで使用され、さらに好ましくは80MPa~100MPaで使用される。
【0057】
本発明のピストンリングの実施形態を以下に記載する。
【0058】
本発明のピストンリングおよびピストンリングを適用した往復式圧縮機の一例を図1および図2に基づいて説明する。図1は、ピストンリングの一例を示した斜視図である。図1に示すように、ピストンリング1は断面が略矩形の環状体であり、リングの内周面1b、リングの両側面1c、リングの外周面1dのうち、少なくとも外周面1dに樹脂層が設けられている。なお、図1では、金属基材および樹脂層の区別を省略しており、詳細については図3および図4で説明する。
【0059】
また、ピストンリング1は、一箇所の合い口1aを有するカットタイプのリングであり、例えば、弾性変形により拡径してピストンの環状溝に装着される。ピストンリング1は、合い口1aを有することから、使用時においてガスの圧力によって拡径されて、外周面1d(つまり樹脂層)がシリンダーの内周面と密着する。合い口1aの形状については、限定されるものではなく、ストレートカット型、アングルカット型などにすることも可能であるが、シール性に優れることから、図1に示すステップカット型を採用することが好ましい。なお、本発明のピストンリングは、図1に示すような単一の環状体からなるピストンリングに限定されず、複数の環状体を組み合わせることで円環状になるピストンリングであってもよい。
【0060】
図2は、図1のピストンリングを用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。水素ガス用往復式圧縮機は、水素ステーションなどに設置され、圧縮された水素ガスはFCV、水素エンジン車への充填などに用いられる。水素ガス用往復式圧縮機の圧縮機構部2は、シリンダー3とピストン4からなり、ピストン4はピストンロッド5に接続されている。ピストン4の外周面には、ピストンリング1を装着するための環状溝が複数配置されており、ピストンリング1が弾性変形により拡径して各環状溝に1つずつ組み込まれる。ピストンに装着されるピストンリングの数は特に限定されず、図2では6個のシールリングが装着されている。水素ガスは圧縮室6に導入され、ピストン4がシリンダー3に対して往復動することによって圧縮された後、外部に排出される。
【0061】
図3は、本発明のピストンリングの一例の軸方向断面図である。図3に示すように、ピストンリング1は金属基材7と樹脂層8からなり、樹脂層8はリング状の金属基材7の外周面7dのみに形成されている。すなわち、金属基材7の外周面7dは樹脂層8で被覆されている。このピストンリング1において、リングの内周面1bは金属基材7で構成され、リングの外周面1dは樹脂層8で構成されている。なお、金属基材7の外周面7d(樹脂層8の形成面)は、上述したように粗面化されていることが好ましい。
【0062】
図3において、樹脂層8の厚さtは、特に限定されないが、ピストンリング1の放熱性を高める観点から、薄いほうが好ましい。具体的には0.02mm~0.50mmであることが好ましく、0.10mm~0.50mmであることがより好ましい。樹脂層8の厚さtが0.02mm未満であると、わずかな摩耗によっても金属基材7が露出するおそれがあり、0.50mmを超えると、金属基材7と複合化することによる放熱性向上の効果が低下するおそれがある。樹脂層8は、厚さtが一定になるように形成されてもよく(図3参照)、厚さtが変化するように形成されてもよい。
【0063】
図4は、本発明のピストンリングの他の例の軸方向断面図である。図4に示すように、ピストンリング11では、金属基材12の外周面およびその両側の軸方向端面に樹脂層13が形成されている。具体的には、金属基材12の外周面およびその両側の軸方向端面の一部が樹脂層13で被覆されている。ピストンリング11において、リングの内周面11bは金属基材12で構成され、リングの外周面11dは樹脂層13で構成され、リングの両側面11cは、金属基材12と樹脂層13で構成されている。なお、樹脂層13において、金属基材12の外周面に形成される部分と、金属基材12の軸方向端面に形成される部分は一体の層である。また、金属基材12において樹脂層13が形成される表面は粗面化されていることが好ましい。
【0064】
図4に示すように、金属基材12の外周面に加えてその両側の軸方向端面にも樹脂層13を形成することで、金属基材12に対する樹脂層13の密着性を向上させることができるとともに、ピストンの往復動する動きに対して樹脂層13の剥がれをより防止しやすくなる。
【0065】
なお、樹脂層13が金属基材12の軸方向端面を覆う構成では、例えば、樹脂層13が金属基材12の軸方向端面を全て覆うように形成してもよいが、図4に示すように、樹脂層13が金属基材12の軸方向端面の一部(外周側部分)を覆い、該軸方向端面の残りの部分(内周側部分)は露出させる構成が、放熱性の点で好ましい。この場合、樹脂層13は、軸方向端面において、ピストンリング11のリング径方向厚さに対して、例えば30%~70%占めるように形成される。
【0066】
図4の構成においても、金属基材12の外周面に形成される樹脂層13の厚さtは0.02mm~0.50mmであることが好ましく、0.10mm~0.50mmであることがより好ましい。また、金属基材12の軸方向端面に形成される樹脂層13の厚さtも同様の厚さ範囲に設定することができる。樹脂層13において、厚さtと厚さtは互いに同じになるように形成してもよく(図4参照)、異なるように形成してもよい。例えば、金属基材12の軸方向端面に形成される部分の厚さtが、金属基材12の外周面に形成される部分の厚さtよりも小さくなるように、樹脂層13を形成してもよい(厚さt>厚さt)。軸方向端面に形成される樹脂層の部分は摺動性への関与が小さいことから、厚さtを小さくすることで、密着性の向上を図りつつ、放熱性の低下を抑制できる。
【0067】
なお、本明細書において、上述した樹脂層の厚さの範囲は、金属基材の各表面(外周面や軸方向端面)に形成される樹脂層の最も薄い部分の厚さの範囲をいい、厚さが一定の場合はその厚さの範囲をいう。
【0068】
本発明のピストンリングは、図3および図4の例に限定されるものではない。例えば、樹脂層が形成される金属基材の表面にアンカー部となる溝や凹部を設けて、樹脂層の一部が当該溝や凹部に埋没するようにしてもよい。なお、ピストンリングは、金属基材の内周面には樹脂層が形成されないことが好ましい。
【0069】
以下には、本発明のピストンリングを製造する方法について説明する。
【0070】
樹脂組成物を構成する各材料を、必要に応じて、ヘンシェルミキサー、アキシャルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合した後、二軸混練押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレットを得ることができる。なお、PTFE樹脂、黒鉛、炭素繊維、コークス粉、上述の樹脂用添加剤の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。この成形用ペレットを用いてインサート成形によりピストンリングを成形することができる。インサート成形後に追加工を行い、所定のピストンリング形状に仕上げてもよい。樹脂層の厚さは、追加工しない場合は0.30mm~0.50mm、追加工する場合は0.02mm~0.50mm(追加工後)であってもよい。追加工しない場合、インサート成形時の樹脂組成物の流動性の観点から、0.30mm未満にするのは困難である。
【0071】
樹脂層がPEEK樹脂組成物である場合、インサート成形で得たピストンリングを熱処理することが好ましい。この熱処理は、最高温度150℃~330℃の温度(より好ましくは200℃~250℃の温度)で行うことが好ましい。PEEK樹脂には、重合時に溶媒として使用されるジフェニルスルホンが残留しており、ジフェニルスルホンの融点が127℃であること、またPEEK樹脂はガラス転移点(143℃)以上であれば分子鎖が動きやすく、ジフェニルスルホンを蒸発によって除去しやすいことから、熱処理の最高温度は150℃以上であることが好ましい。最高温度が150℃未満であると、硫黄の含有量の低減効果が得られにくく、最高温度が250℃を超えると、射出成形の後に熱処理する場合は変形が起こりやすくなる。また、ピストンリングの使用温度よりも高い温度であることがより好ましく、該使用温度よりも30℃以上高い温度であることがさらに好ましい。また、最高温度で保持する時間は特に限定されないが、例えば4時間~8時間である。この熱処理はピストンリング中の硫黄の低減に有効であり、ピストンリングの使用中に発生する硫黄含有ガスを予め低減できる。なお、PEEK樹脂中に残留するジフェニルスルホンを蒸発により除去できる点でも有効である。
【0072】
また、上記熱処理は大気中で行うことが好ましい。例えば、上記特許文献2では、摺動部材の脱硫処理方法として水素雰囲気で曝露する処理が例示されているが、大気中ではなく特殊な雰囲気での曝露であることから、特殊な曝露装置が必要であり、水素を扱うため火災や爆発に対する安全対策が必要であり、高コストとなる。これに対して、上記熱処理を大気中で行うことで、水素雰囲気への曝露(脱硫処理)など、特殊な雰囲気での熱処理を必要としないことから特殊な曝露装置を必要とせず、厳重な安全対策が不要で低コストになる。
【0073】
上記熱処理を実施した後、樹脂層をサンプリングしてDSCで測定すると、昇温過程において、熱処理なしの場合にはみられない吸熱ピーク(以下、熱履歴による吸熱ピークという)が現れる。熱履歴による吸熱ピークは、熱処理の最高温度と同等か、もしくは少し高い温度(+20度以内)に現れるため、熱処理の最高温度の推定が可能である。上記ピストンリングは、上記熱処理に起因して、DSCの昇温過程における150℃~330℃の範囲(好ましくは200℃~250℃の範囲)に熱履歴による吸熱ピークを有していることが好ましい。この場合、当該ピストンリングは、PEEK樹脂の融点(約343℃)に由来する吸熱ピーク以外にも、150℃~330℃の範囲に吸熱ピークを有している。なお、DSCによる測定は、例えば昇温速度15度/分、窒素ガス中の条件で行うことができる。
【0074】
樹脂層が熱可塑性ポリイミド樹脂組成物である場合、インサート成形で得たピストンリングを結晶化処理(熱処理)することが好ましい。例えば、熱可塑性ポリイミド樹脂として、上述の三井化学株式会社製オーラムを使用する場合、射出成形時にはほとんど結晶化しないため、結晶化処理によって結晶化度を高めてもよい。結晶化処理の条件は、例えば、大気中または窒素中にて、最高温度280~320℃とし、最高温度で2時間以上保持としてもよい。結晶化処理後の結晶化度は20%~40%であることが好ましい。結晶化度の測定方法は、DSCで結晶の融解熱量を測定するなどの周知の方法で測定できる。
【0075】
樹脂層がPAI樹脂組成物である場合、インサート成形で得たピストンリングをポストキュア(熱処理)することが、機械的強度の点から好ましい。ポストキュアの条件は、例えば、大気中にて、最高温度250℃~260℃とし、最高温度で15時間以上保持してもよい。
【0076】
上記熱処理、結晶化処理、上記ポストキュアは、樹脂組成物にわずかに含まれる活性な硫黄を除去するという点でも、実施することが好ましい。
【0077】
本発明のピストンリングの樹脂層に含まれる硫黄原子の含有量は、例えば、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)で測定することができる。より高精度に測定する目的で、トリプル四重極型誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS/MS)を用いてもよい。分析の前処理方法としては、例えば、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過し、上澄みを分析サンプルとして得る方法が挙げられる。分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置など既知の分析方法で確認することができる。
【0078】
本発明のピストンリングの樹脂層に含まれる硫黄原子の含有量は、樹脂組成物全量(100質量%)に対して0.1質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがより好ましく、0.025質量%(250ppm)以下であることがさらに好ましく、0.020質量%(200ppm)以下であることが特に好ましい。
【実施例0079】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
無充填のPEEK樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、PAI樹脂、PTFE樹脂について、50mm角のシート(厚さ0.4mm)をそれぞれ用いて、JIS K7126-1準拠の測定方法で水素ガス透過度を測定した結果を表1に示す。なお、測定条件は温度23±2℃、高圧側圧力100kPaとし、圧力センサ法で測定した。結果を表1に示す。
【0081】
【表1】
【0082】
表1に示すように、PEEK樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、PAI樹脂は、PTFE樹脂に比べて水素ガス透過度が小さい結果であった。
【0083】
実施例1~実施例3、参考例1
表1のPEEK樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、PTFE樹脂をベース樹脂に用いて、表2の配合割合(体積%)で樹脂組成物を作製した。実施例1の樹脂組成物は、充填剤として、PTFE樹脂を含む一方で、炭素材料を含んでおらず、実施例2の樹脂組成物は、充填剤として、炭素材料を含む(炭素繊維と黒鉛の組み合わせ)一方で、PTFE樹脂を含んでおらず、実施例3の樹脂組成物は、充填剤として、PTFE樹脂と炭素材料を含むものである。各樹脂組成物に用いた原材料を以下に示す。なお、(5)~(7)の炭素材料は、硫黄含有量が200ppm以下である。
【0084】
(1)PEEK樹脂〔PEEK〕
ビクトレックスジャパン株式会社:PEEK 150P
(2)熱可塑性ポリイミド樹脂〔TPI〕
三井化学株式会社:PD400
(3)PTFE樹脂〔PTFE-1〕
三井ケマーズフロロプロダクツ株式会社:テフロン(登録商標)7-J
(4)PTFE樹脂〔PTFE-2〕
株式会社喜多村:KTL-450(D50:22μm)
(5)炭素繊維〔CF-1〕
株式会社クレハ:クレカ M-107T(平均繊維長400μm)
(6)炭素繊維〔CF-2〕
帝人株式会社:HT M100 40MU(平均繊維長40μm)
(7)黒鉛〔GRP〕
イメリス・ジーシー・ジャパン株式会社:TIMREX KS25(D50:10μm)
【0085】
実施例1~実施例3の樹脂組成物は、原材料を乾式混合した粉末を用いて二軸混練押し出し機によりペレットを作製し、射出成形によりASTM D638準拠の4号ダンベル試験片(厚さ3.2mm)を成形した。
【0086】
PEEK樹脂組成物(実施例1および実施例2)からなる4号ダンベル試験片は、最高温度200℃、最高温度での保持時間4時間で熱処理した。また、熱可塑性ポリイミド樹脂組成物(実施例3)からなる4号ダンベル試験片は、最高温度320℃、最高温度での保持時間2時間で結晶化処理した。熱処理または結晶化処理した4号ダンベル試験片を用いて、圧力82MPa、温度200℃の水素ガス中で192時間の曝露を行い、曝露後に引張強さの保持率を測定した。また、曝露前に引張強さおよび硫黄原子の含有量を測定した。評価結果を表2に示す。
【0087】
実施例1~実施例3の4号ダンベル試験片について、硫黄原子の含有量は、次の手順で測定した。4号ダンベル試験片を凍結粉砕し、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過して、上澄みを分析サンプルとして得た。この分析サンプルをICP-MS/MSにより分析した。なお、分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置によって確認した。
【0088】
なお、射出成形できない参考例1のPTFE樹脂組成物は、原材料を乾式混合した粉末を用いて圧縮成形、焼成することにより得た焼成体を機械加工することによりASTM D1708準拠のダンベル試験片(厚さ1mm)を作製し、引張強さのみ測定した。
【0089】
【表2】
【0090】
表2に示すように、PEEK樹脂組成物(実施例1および実施例2)、熱可塑性ポリイミド樹脂組成物(実施例3)の4号ダンベル試験片は、引張強さの保持率が90%以上であった。このように、実施例1~3の樹脂組成物からなる成形体は、高温かつ高圧の水素ガス中においても物性変化が極めて小さいため、本発明のピストンリングの樹脂層に用いた際、安定したシール性を発揮することができる。また、上記のようにして製造された実施例1~3の樹脂組成物からなる成形体は、硫黄原子の含有量が200ppm以下であり、特に実施例3は100ppm以下であった。
【0091】
次に実施例1~実施例3の樹脂組成物のペレットと、薬液処理で表面を粗面化した金属基材を用いて、図4に示すような樹脂層(厚さ0.40mm(一定))をインサート成形することで本発明のピストンリングの製造可否を確認した。その結果、いずれも問題無くピストンリングを製造することができた。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明のピストンリングは、往復式圧縮機のピストンリングに使用することができる。特に高温かつ高圧の水素ガス中で使用される水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングに好適であり、水素ガスの影響による物性変化が少なく、長時間使用できる。
【符号の説明】
【0093】
1 ピストンリング
2 圧縮機構部
3 シリンダー
4 ピストン
5 ピストンロッド
6 圧縮室
7 金属基材
8 樹脂層
11 ピストンリング
12 金属基材
13 樹脂層
図1
図2
図3
図4