(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024091168
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】ピストンリング
(51)【国際特許分類】
F16J 9/26 20060101AFI20240627BHJP
C08L 79/08 20060101ALI20240627BHJP
C08L 27/18 20060101ALI20240627BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
F16J9/26 C
C08L79/08 C
C08L27/18
C08K3/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022207672
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】安田 健
【テーマコード(参考)】
3J044
4J002
【Fターム(参考)】
3J044AA02
3J044AA08
3J044AA20
3J044BA01
3J044BA06
3J044BB37
3J044BB39
3J044BC07
3J044CB24
3J044DA10
3J044DA16
3J044DA17
4J002BD152
4J002CH091
4J002CM041
4J002DA026
4J002FD172
4J002FD206
4J002GM00
4J002GN00
(57)【要約】
【課題】高温かつ高圧の過酷環境に伴う変形および異常摩耗を抑制できるとともに、樹脂層の硫黄原子の含有量が低く、特殊な曝露装置を用いた脱硫処理を必要としないピストンリングを提供する。
【解決手段】ピストンリングは、往復式圧縮機に用いられ、略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層とを有し、樹脂層は、ベース樹脂のガラス転移点が140℃以上の樹脂組成物からなる焼成膜であり、樹脂組成物に、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が含まれている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、
前記ピストンリングは略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層とを有し、
前記樹脂層は、ベース樹脂のガラス転移点が140℃以上の樹脂組成物からなる焼成膜であり、前記樹脂組成物に、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が含まれていることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
前記焼成膜の硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項1記載のピストンリング。
【請求項3】
前記金属基材において前記焼成膜が形成される表面が粗面化されていることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項4】
前記焼成膜の厚さが20μm~50μmであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項5】
前記焼成膜は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を含み、該ポリテトラフルオロエチレン樹脂の50%粒子径(D50)が3μm~15μmであることを特徴とする請求項4記載のピストンリング。
【請求項6】
前記ベース樹脂がポリアミドイミド樹脂であり、前記樹脂組成物全体に対して、前記炭素材料を3体積%~25体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を20体積%~40体積%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項7】
前記金属基材において前記焼成膜が形成される表面が粗面化されており、前記焼成膜の厚さが20μm~50μmであり、
前記ベース樹脂がポリアミドイミド樹脂であり、前記樹脂組成物全体に対して、前記炭素材料を3体積%~25体積%、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を20体積%~40体積%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項8】
前記往復式圧縮機が水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、往復式圧縮機のピストンリングに関するものであり、特に、水素ステーションで用いられる水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、往復式圧縮機はピストンとシリンダーを含む構造であり、シリンダーに対してピストンが往復動することによって、流体を圧縮するのに用いられている。このような往復式圧縮機では、ピストンとシリンダーとの間の隙間において流体をシールする目的で、従来から環状のピストンリングが使用されている。ピストンリングはピストンに設けられた環状溝に装着される。この場合、ピストンリングの外周面がシリンダーの内周面と接触し、かつ、ピストンリングの側面が環状溝の側面と接触することにより、流体がシールされる。
【0003】
近年では、往復式圧縮機は、水素ステーションで用いられる水素ガス用往復式圧縮機としても用いられている。水素ガス用往復式圧縮機において、ピストンリングは、高温かつ高圧の過酷環境での耐久性が要求される。また、水素ガスを燃料電池自動車(FCV)に充填する場合、圧縮ガスに硫黄成分が混入されると、燃料電池の性能低下を引き起こす場合がある。そのため、ピストンリングに含まれる硫黄原子の含有量が低いことが要求される。
【0004】
水素ガス用往復式圧縮機、および、そのピストンリングとしては、例えば特許文献1が開示されている。例えば、特許文献1には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂と、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂およびポリイミド(PI)樹脂のうち一方の樹脂との合計量が全体の50質量%以上であり、かつ、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を含まない、樹脂製のピストンリングが記載されている。特許文献1では、ピストンリングの引張強度を15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内にすることで、その範囲外のピストンリングよりも長期の運転期間に亘ってシール性を維持できるとしている。
【0005】
また、特許文献2には、水素ガス用往復式圧縮機に用いられる摺動部材として、ピストン部材およびシリンダライナの一方の部材に設けられ、他方の部材(被摺動部材)に対して相対的に摺動する樹脂製のリング状の摺動部材が記載されている。特許文献2では、摺動部材および被摺動部材の両方の摺動面に、非晶質炭素膜を形成することで、摺動部材の摩耗による交換寿命を伸ばすことができるとしている。なお、非晶質炭素膜は、表面部分の方がその内側の部分よりも炭素の含有量が多くなっている。この非晶質炭素膜は硫黄を含まないことが好ましいとされている。また、摺動部材は、例えば、圧縮機に組み込む前に水素雰囲気で曝露する処理をした脱硫処理部材であることが好ましいとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-180600号公報
【特許文献2】特許第6533631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1では、PTFE樹脂およびPEEK樹脂、または、PTFE樹脂およびPI樹脂が、ピストンリングのベース樹脂であり、このベース樹脂の他に、例えば炭素繊維やグラファイトなどの添加剤をさらに含んでいてもよいとしている。また、上記特許文献2では、ピストンリングの樹脂にPTFE樹脂、PEEK樹脂、PI樹脂などが用いられ、添加剤として、例えばPPS樹脂、二硫化モリブデンなどが配合されることが記載されている。しかしながら、上記特許文献1、上記特許文献2の樹脂製のピストンリングは、水素ガス用往復式圧縮機のような高温かつ高圧の過酷環境では変形するおそれがある。また、これらのピストンリングは放熱性に乏しいため、摺動面の温度上昇により異常摩耗するおそれがある。
【0008】
上記特許文献2では、摺動部材の脱硫処理方法として水素雰囲気で曝露する処理が例示されているが、大気中ではなく特殊な雰囲気で曝露することになる。そのため、特殊な曝露装置が必要であり、また、水素を扱うため火災や爆発に対する安全対策も必要となり、高コストとなる。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、高温かつ高圧の過酷環境に伴う変形および異常摩耗を抑制できるとともに、樹脂層の硫黄原子の含有量が低く、特殊な曝露装置を用いた脱硫処理を必要としないピストンリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のピストンリングは、往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、上記ピストンリングは略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層とを有し、上記樹脂層は、ベース樹脂のガラス転移点が140℃以上の樹脂組成物からなる焼成膜であり、上記樹脂組成物に、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が含まれていることを特徴とする。往復式圧縮機は、例えばガスを圧縮する往復式圧縮機である。なお、本明細書において、「ガス」とは一般的な気体を意味する概念であり、気体燃料なども含まれる。
【0011】
上記焼成膜の硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする。
【0012】
上記金属基材において上記焼成膜が形成される表面が粗面化されていることを特徴とする。
【0013】
上記焼成膜の厚さが20μm~50μmであることを特徴とする。また、上記焼成膜は、PTFE樹脂を含み、該PTFE樹脂の50%粒子径(D50)が3μm~15μmであることを特徴とする。
【0014】
上記ベース樹脂がポリアミドイミド(PAI)樹脂であり、上記樹脂組成物全体に対して、上記炭素材料を3体積%~25体積%、PTFE樹脂を20体積%~40体積%含むことを特徴とする。
【0015】
上記金属基材において上記焼成膜が形成される表面が粗面化されており、上記焼成膜の厚さが20μm~50μmであり、上記ベース樹脂がPAI樹脂であり、上記樹脂組成物全体に対して、上記炭素材料を3体積%~25体積%、PTFE樹脂を20体積%~40体積%含むことを特徴とする。
【0016】
上記往復式圧縮機が水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明のピストンリングは、略円環状の金属基材と、該金属基材の少なくとも外周面に形成される樹脂層(焼成膜)を有している。このように、樹脂と金属基材を複合化したピストンリングを用いることで、水素ガス用往復式圧縮機のような高温かつ高圧の過酷環境でも樹脂の変形を抑制できるとともに、金属基材の放熱効果によって摺動面の温度上昇を抑制し、異常摩耗を防止することができる。また、焼成膜を形成する樹脂組成物のベース樹脂のガラス転移点を所定の範囲にすることで、高温かつ高圧での使用においても樹脂層の変形を抑えることができ、また、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が含まれているので、焼成膜の耐摩耗性を向上できる。また、圧縮ガスの圧力が例えば82MPa以上となる水素ステーション向け往復式圧縮機にも使用できる。
【0018】
例えば、往復式圧縮機で圧縮した水素ガスをFCVに充填する場合、水素ガス中に硫黄成分が混入されると、燃料電池の性能低下を引き起こすおそれがあるところ、上記焼成膜は、硫黄原子の含有量が250ppm以下であるので、水素ガス中への硫黄成分の混入を低減でき、FCVにおける燃料電池の性能低下を抑制できる。
【0019】
金属基材において焼成膜が形成される表面が粗面化されているので、金属基材との密着性をより向上させることができる。
【0020】
上記焼成膜の厚さが20μm~50μmであるので、摩耗による金属基材の露出が抑制され、例えばスプレーコーティングを用いる場合において焼成膜の形成を行ないやすくできる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明のピストンリングの一例の斜視図である。
【
図2】本発明のピストンリングを用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。
【
図3】本発明のピストンリングの一例の軸方向断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者は、樹脂層と金属基材を複合化したピストンリングを用いることで、水素ガス用往復式圧縮機のような高温かつ高圧の過酷環境で樹脂部材の変形を抑制できるとともに、金属基材の放熱効果によって摺動面の温度上昇を抑制し、異常摩耗を防止できると考え、本発明に至った。特に、上記の変形を抑制する観点から、樹脂層として、樹脂組成物のベース樹脂(主成分)のガラス転移点が140℃以上である焼成膜を薄肉形成すると、ピストンリングとして好適に使用できることを見出した。さらに、樹脂組成物には、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が所定量含まれているので、耐摩耗性を向上できるとともに、水素ガス用往復式圧縮機に用いた際の圧縮ガス中への硫黄成分の混入を低減でき、燃料電池の性能低下を抑制できる。また、硫黄原子の含有量の低減において、水素雰囲気で曝露する曝露装置などの特殊な脱硫処理が必要とならず、また厳重な安全対策が不要であり、低コスト化を図ることができる。
【0023】
本発明のピストンリングは、往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、ピストンリングのリング本体が金属基材からなり、該金属基材の少なくとも外周面に樹脂層が形成されている。樹脂層の形成には公知のコーティング方法を用いることができ、スプレーコーティング、ディップコーティング、パウダーコーティングなどを用いることができる。例えば、スプレーコーティングの場合は、PI樹脂、PAI樹脂のワニスに炭素材料などを混合したコーティング液を用いて金属基材をコーティングし、塗膜を乾燥、焼成することで樹脂層(焼成膜)を得ることができる。また、芳香族ポリエーテルケトン樹脂粒子を分散させたディスパージョンに炭素材料などを混合したコーティング液を用いてもよい。焼成によって溶媒は蒸発するため、焼成後はベース樹脂と粉末(炭素材料やPTFE樹脂など)からなる被膜となる。焼成膜は、金属基材の表面に直接形成される。
【0024】
金属基材の材質は限定されないが、例えば、鉄(鋳鉄、鋼)、アルミニウム合金などを用いることができるが、焼成時の変形のしにくさの観点から鉄(鋳鉄、鋼)であることが好ましい。焼成膜との密着性を高めるとともに、水素ガスなどの圧縮ガスの漏れを抑制する目的で、焼成膜が形成される金属基材の表面は、薬液処理(酸、アルカリなど)などの化学的粗面化法、ショットブラスト法などの機械的粗面化法、グロー放電やプラズマ放電処理などの電気的粗面化法などによって粗面化されてから、コーティング液が塗布されることが好ましい。粗面化された金属基材の表面粗さ(Ra)は、5.0μm以下であることが好ましく、1.0μm~3.0μmであることがより好ましい。
【0025】
金属基材の形状は略円環状である。この略円環状には、周方向の一部に合い口を有する形状も含まれる。なお、金属基材の軸方向の断面形状は特に限定されない。
【0026】
金属基材の少なくとも外周面に樹脂層を形成することで、本発明のピストンリングとして用いることができる。以下には、樹脂層を形成する樹脂組成物の具体的な組成について説明する。
【0027】
本発明に用いる樹脂組成物のベース樹脂(主成分)は、ガラス転移点が140℃以上であることが好ましく、例えば、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、PI樹脂、PAI樹脂を用いることができる。ガラス転移点が高いと、高温かつ高圧の過酷環境での樹脂層の変形を抑制することができる。ガラス転移点を測定する方法は複数あるが、本明細書においては示差走査熱量測定(DSC)による測定値とする。
【0028】
芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、ベンゼン環をエーテル基とケトン基で結合した樹脂の総称であり、ポリアリールエーテルケトン樹脂とも呼称されている。芳香族ポリエーテルケトン樹脂として、PEEK樹脂、ポリエーテルケトン(PEK)樹脂、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)樹脂、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)樹脂などが挙げられる。芳香族ポリエーテルケトン樹脂を用いる場合、コスト面からPEEK樹脂がより好ましい。PEEK樹脂は下記の式(1)に示す化学構造であり、本発明では平均分子量、分子量分布などは必ずしも限定されない。
【0029】
PEEK樹脂は、市販のディスパージョンに炭素材料などを配合して用いることができる。PEEK樹脂のディスパージョンの市販品として、例えば、ビクトレックス社製:VICOTE 800シリーズなどが挙げられる。
【0030】
【0031】
PI樹脂をベース樹脂とした樹脂層は、例えば、市販のポリイミドワニスに炭素材料などを混合したコーティング液を用いて、金属基材にコーティングし、乾燥、焼成することで樹脂層を形成できる。ポリイミドワニスの具体的な市販品として、UBE株式会社製:ユピアなどを用いることができる。なお、本明細書におけるポリイミドワニスとは、ポリイミドの前駆体であるポリアミック酸の溶液を指し、コーティング後の乾燥、焼成によって溶媒除去、イミド化反応を行い、PI樹脂の焼成膜を形成することができる。
【0032】
PAI樹脂は、高分子主鎖内にイミド結合とアミド結合とを有する樹脂である。例えば、PAI樹脂として、下記式(2)に示すように、イミド結合、アミド結合が芳香族基を介して結合している芳香族系PAI樹脂を用いることができる。
【0033】
【化2】
(式中、R
1は少なくとも1つのベンゼン環を含む3価の芳香族基を表し、R
2は2価の有機基を表し、R
3は水素、メチル基またはフェニル基を表す。)
【0034】
このような芳香族系PAI樹脂は、芳香族第一級ジアミン、例えばジフェニルメタンジアミンと芳香族三塩基酸無水物、例えばトリメリット酸無水物のモノまたはジアシルハライド誘導体から製造されるPAI樹脂、芳香族三塩基酸無水物と芳香族ジイソシアネート化合物、例えばジフェニルメタンジイソシアネートとから製造されるPAI樹脂などがある。
【0035】
PAI樹脂をベースとした樹脂層は、市販のポリアミドイミドワニスに炭素材料などを配合したコーティング液を用いて金属基材をコーティングし、乾燥、焼成することで樹脂層を形成することができる。ポリアミドイミドワニスの具体的な市販品として、昭和電工マテリアルズ株式会社製:HPCシリーズなどを用いることができる。
【0036】
本発明のピストンリングに用いられる樹脂層の樹脂組成物において、ベース樹脂は、樹脂組成物全体に対して50体積%~95体積%含まれることが好ましく、50体積%~85体積%含まれることがより好ましく、50体積%~70体積%含まれることがさらに好ましい。
【0037】
本発明のピストンリングに用いられる樹脂層の樹脂組成物には、耐摩耗性を向上させる目的で炭素材料が含まれていることが好ましい。本明細書における「炭素材料」は、結晶性の有無およびその度合いは限定されない。炭素材料としては、黒鉛、コークス粉、炭素繊維などが挙げられるが、コーティング液への混合し易さの観点から、炭素繊維よりも黒鉛、コークス粉の方が好ましい。また、炭素繊維の場合は、コーティング液への混合し易さの観点から、チョップドファイバーよりもミルドファイバーが好ましい。炭素材料は1種類を単独で配合しても、複数の種類を組み合わせて配合してもよい。上記炭素材料は硫黄原子の含有量が200ppm以下であることが好ましく、100ppm以下であることがより好ましく、50ppm以下であることがさらに好ましい。また、炭素材料のほかに、固体潤滑剤であるPTFE樹脂を配合することが好ましい。
【0038】
黒鉛は、固体潤滑剤であり、樹脂組成物の摩擦摩耗特性を向上できる。また、黒鉛としては、天然黒鉛、人造黒鉛のいずれを用いてもよい。粒子の形状は、鱗片状、粒状、球状などがあるが、いずれを用いてもよい。本発明に使用できる市販品の黒鉛としては、天然黒鉛である日本黒鉛工業株式会社製:ACP、人造黒鉛であるイメリス・ジーシー・ジャパン株式会社製:TIMREX KS6、KS25などが挙げられる。このほか、樹脂粒子を焼成して得られた球状黒鉛(または球状カーボン)を用いてもよく、例えばフェノール樹脂粒子を焼成して得られるエア・ウォーター・ベルパール株式会社製:ベルパールC800、C2000などを使用できる。黒鉛の50%粒子径(D50)は限定されないが、1μm~30μmが好ましく、3μm~20μmがより好ましく、3μm~15μmであってもよい。30μmを超えると、特に樹脂層をスプレーコーティングで形成する場合に、樹脂層を形成しにくくなる。
【0039】
コークス粉は樹脂組成物の耐摩耗性を向上できる。コークス粉のD50は限定されないが、1μm~30μmが好ましく、3μm~20μmがより好ましい。30μmを超えると、特に樹脂層をスプレーコーティングで形成する場合に、樹脂層を形成しにくくなる。
【0040】
上記樹脂組成物は、黒鉛、コークス粉などの炭素材料を少なくとも1種類以上含み、樹脂組成物全体に対して炭素材料を合計で3体積%~50体積%含むことが好ましく、3体積%~35体積%であることがより好ましく、3体積%~25体積%であることがさらに好ましく、10体積%~20体積%であってもよい。炭素材料の合計の配合量が3体積%未満であると耐摩耗性向上の効果が得られにくい。
【0041】
PTFE樹脂は固体潤滑剤であり、樹脂組成物の摩擦摩耗特性を向上できる。PTFE樹脂として、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよいが、コーティング液に分散することが容易な再生PTFEを採用することが好ましい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。γ線または電子線を照射後にさらに熱処理を加えたタイプもある。PTFE樹脂のD50は、1μm~30μmが好ましく、3μm~20μmがより好ましく、3μm~15μmであってもよい。なお、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオルアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。
【0042】
本発明に使用できる市販品のPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-610A、KTL-8N、KTL-8F、KTL-9N、KTL-9S、KTL-10N、KTL-10S、AGC株式会社製:フルオンL182J、スリーエムジャパン株式会社製:ダイニオンTF9205などが挙げられる。上記の中でγ線または電子線などを照射したPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-610A、KTL-8N、KTL-9N、KTL-9S、KTL-10N、KTL-10S、AGC株式会社製:フルオンL182Jなどが挙げられる。
【0043】
上記樹脂組成物は上記炭素材料のほかに、PTFE樹脂を樹脂組成物全体に対して5体積%~50体積%含むことが好ましい。PTFE樹脂の配合量が5体積%未満であると、摩擦摩耗特性の向上効果が得られにくく、50体積%を超えると樹脂組成物の耐摩耗性が低下するおそれがある。PTFE樹脂の配合量は5体積%~40体積%がより好ましく、20体積%~40体積%がさらに好ましい。
【0044】
上記樹脂組成物に配合する黒鉛、コークス粉、PTFE樹脂の50%粒子径(D50)は、粒子径分布を累積分布としたとき、累積値が50%となる点の粒子径であり、レーザー光散乱法を利用した粒子径分布測定装置を用いて測定することができる。
【0045】
上記樹脂組成物には、上記炭素材料、上記PTFE樹脂のほかに、本発明の効果を阻害しない程度に周知の樹脂用添加剤を配合してもよい。添加剤としては、例えば、ガラス繊維、アラミド繊維、無機物(マイカ、タルク、炭酸カルシウム、窒化ホウ素など)、ウィスカ(炭酸カルシウム、チタン酸カリウムなど)、着色剤(酸化鉄、酸化チタン、カーボンブラックなど)、他の樹脂成分などが挙げられる。上記樹脂用添加剤の硫黄原子の含有量が200ppmを超える場合、上記樹脂組成物全体に対して、この添加剤の配合量を3体積%以下にすることが好ましい。また、上記樹脂組成物には、200ppmを超えて硫黄原子を含有する炭素材料が含まれてもよいが、その炭素材料の含有量は、樹脂組成物全体に対して3体積%以下であることが好ましい。上記樹脂組成物は、二硫化モリブデン、二硫化タングステンなどの硫化物を含まないことが好ましい。
【0046】
以上より、本発明のピストンリングの特に好ましい形態は、ベース樹脂のガラス転移点が140℃以上であり、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合された樹脂組成物からなる樹脂層が、金属基材の少なくとも外周面に厚さ20μm~50μmで焼成膜として形成され、上記樹脂組成物全体に対して、上記炭素材料が合計で3体積%~25体積%、PTFE樹脂が20体積%~40体積%含まれており、ベース樹脂が50体積%~70体積%含まれているピストンリングである。
【0047】
本発明のピストンリングは例えば水素ガス用往復式圧縮機に用いられる。当該水素ガス用往復圧縮機のピストンリングとしては、無潤滑条件で、30MPa~120MPaの高圧で使用され、好ましくは65MPa~110MPaで使用され、さらに好ましくは80MPa~100MPaで使用される。
【0048】
本発明のピストンリングの実施形態を以下に記載する。
【0049】
本発明のピストンリングおよびピストンリングを適用した往復式圧縮機の一例を
図1および
図2に基づいて説明する。
図1は、ピストンリングの一例を示した斜視図である。
図1に示すように、ピストンリング1は断面が略矩形の環状体であり、リングの内周面1b、リングの両側面1c、リングの外周面1dのうち、少なくとも外周面1dにコーティングによって形成された樹脂層が設けられている。なお、
図1では、金属基材および樹脂層の区別を省略しており、詳細については
図3(ピストンリングの軸方向の断面図)で説明する。
【0050】
また、ピストンリング1は、一箇所の合い口1aを有するカットタイプのリングであり、例えば、弾性変形により拡径してピストンの環状溝に装着される。ピストンリング1は、合い口1aを有することから、使用時においてガスの圧力によって拡径されて、外周面1d(つまり樹脂層)がシリンダーの内周面と密着する。合い口1aの形状については、限定されるものではなく、ストレートカット型、アングルカット型などにすることも可能であるが、シール性に優れることから、
図1に示すステップカット型を採用することが好ましい。なお、本発明のピストンリングは、
図1に示すような単一の環状体からなるピストンリングに限定されず、複数の環状体を組み合わせることで円環状になるピストンリングであってもよい。
【0051】
図2は、
図1のピストンリングを用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。水素ガス用往復式圧縮機は、水素ステーションなどに設置され、圧縮された水素ガスはFCV、水素エンジン車への充填などに用いられる。水素ガス用往復式圧縮機の圧縮機構部2は、シリンダー3とピストン4からなり、ピストン4はピストンロッド5に接続されている。ピストン4の外周面には、ピストンリング1を装着するための環状溝が複数配置されており、ピストンリング1が弾性変形により拡径して各環状溝に1つずつ組み込まれる。ピストンに装着されるピストンリングの数は特に限定されず、
図2では6個のシールリングが装着されている。水素ガスは圧縮室6に導入され、ピストン4がシリンダー3に対して往復動することによって圧縮された後、外部に排出される。
【0052】
図3は、本発明のピストンリングの一例の軸方向断面図である。
図3に示すように、ピストンリング1は金属基材7と樹脂層8からなり、樹脂層8はリング状の金属基材7の外周面7dのみに形成されている。すなわち、金属基材7の外周面7dは樹脂層8で被覆されている。このピストンリング1において、リングの内周面1bは金属基材7で構成され、リングの外周面1dは樹脂層8で構成されている。なお、金属基材7の外周面7d(樹脂層8の成形面)は、上述したように粗面化されていることが好ましい。
【0053】
図3において、樹脂層8の厚さt
aは、特に限定されないが、ピストンリング1の放熱性を高める観点から、薄いほうが好ましい。具体的には20μm~50μmであることが好ましい。樹脂層の厚さt
aが20μm未満であると、わずかな摩耗によっても金属基材7が露出するおそれがあり、50μmを超えると、特にスプレーコーティングを用いる場合に樹脂層の形成が難しくなるおそれがある。
【0054】
なお、本明細書において、上述した樹脂層の厚さの範囲は、金属基材の表面に形成される樹脂層の最も薄い部分の厚さの範囲をいい、厚さが一定の場合はその厚さの範囲をいう。
【0055】
本発明のピストンリングは、
図3の例に限定されるものではない。例えば、ピストンリングにおいて、金属基材の外周面およびその両側の軸方向端面に樹脂層(焼成膜)が形成されていてもよい。軸方向端面では、ピストンリングのリング径方向厚さに対して30%~100%の部分が樹脂層で被覆されていてもよい。この場合、樹脂層において、金属基材の外周面に形成される部分と、金属基材の軸方向端面に形成される部分は一体の層である。また、金属基材において樹脂層が形成される表面は粗面化されていることが好ましい。
【0056】
以下には、本発明のピストンリングを製造する方法の一例として、ピストンリングの樹脂層をスプレーコーティングで形成する場合について説明する。
【0057】
スプレーコーティングに用いるコーティング液は、PEEK樹脂のディスパージョン、ポリイミドワニス、またはポリアミドイミドワニスに炭素材料、PTFE樹脂などを混合し、均一分散させることで調整できる。得られたコーティング液を、金属基材の少なくとも外周面にスプレーコーティングし、乾燥させる。例えば、金属基材の外周面にのみ樹脂層を形成する場合は、金属基材の内周面および両側面にコーティング液が付着しないようにマスキングしてもよい。乾燥後、さらに焼成することで焼成膜が得られ、本発明のピストンリングの樹脂層とすることができる。当該樹脂層の厚さは、20μm~50μmであってもよい。焼成温度は樹脂組成物のベース樹脂によって適宜設定すればよく、例えば、PEEK樹脂の場合は380℃~420℃、PI樹脂の場合は、350℃~450℃、PAI樹脂の場合は200℃~250℃であってもよい。焼成時の金属基材の変形などを抑制する観点からベース樹脂はPAI樹脂が好ましい。
【0058】
樹脂組成物に炭素繊維、黒鉛、コークス粉など、硫黄を不純物として含有する炭素材料、樹脂用添加剤などを配合している場合、上記焼成はこれらに含まれる活性な硫黄を予め除去するのにも有効である。また、PEEK樹脂には重合時に溶媒として使用されるジフェニルスルホンが残留しており、ジフェニルスルホンの融点が127℃であること、またPEEK樹脂はガラス転移点(143℃)以上であれば分子鎖が動きやすく、ジフェニルスルホンを蒸発によって除去しやすいことから、樹脂組成物がPEEK樹脂を主成分とする場合に特に有効である。
【0059】
本発明のピストンリングの樹脂層に含まれる硫黄原子の含有量は、例えば、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)で測定することができる。より高精度に測定する目的で、トリプル四重極型誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS/MS)を用いてもよい。分析の前処理方法としては、例えば、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過し、上澄みを分析サンプルとして得る方法が挙げられる。分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置など既知の分析方法で確認することができる。
【0060】
本発明のピストンリングの樹脂層に含まれる硫黄原子の含有量は、樹脂組成物全量(100質量%)に対して0.1質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがより好ましく、0.025質量%(250ppm)以下であることがさらに好ましく、0.020質量%(200ppm)以下であることが特に好ましい。
【実施例0061】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
実施例1~実施例2、比較例1
ポリアミドイミドワニス(溶媒:N-メチル-2-ピロリドン)に、以下に示す原材料(1)~(3)を混合したコーティング液を準備し、実施例1、実施例2、比較例1に用いた。なお、(1)の黒鉛は、硫黄原子の含有量が200ppm以下であり、(3)のカーボンブラックは硫黄原子の含有量が200ppmを超えていた。
【0063】
(1)黒鉛〔GRP〕
イメリス・ジーシー・ジャパン株式会社:TIMREX KS6(D50:3μm)
(2)PTFE樹脂〔PTFE〕
D50:4μm
(3)カーボンブラック〔CB〕
【0064】
S45C製の円筒状金属基材の一方の端面にコーティング液をスプレーコーティングし、乾燥した後、230℃で焼成して、厚さ30μm~35μmの焼成膜を有する試験片を得た。
【0065】
試験片の焼成膜を形成した面に対して、SUS304製ディスクを回転させ、面圧1MPa、速度30m/min、無潤滑、室温、試験時間10hの条件で摩耗試験を実施し、摩耗量を測定した。
【0066】
また、焼成膜の硫黄原子の含有量を次の手順で測定した。試験片の焼成膜を削って得た粉末を、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過して、上澄みを分析サンプルとして得た。この分析サンプルをICP-MS/MSにより分析した。なお、分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置によって確認した。
【0067】
焼成後の焼成膜の組成、評価結果を表1に示す。
【0068】
【0069】
表1に示すように、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料を所定量含む実施例1、実施例2の焼成膜は、摩耗量が0.010mm、0.007mmであり、比較例1より優れた耐摩耗性を示した。また、実施例1、実施例2の焼成膜は、硫黄原子の含有量が定量下限値の5ppm未満であった。
本発明のピストンリングは、往復式圧縮機のピストンリングに使用することができる。特に高温かつ高圧の水素ガス中で使用される水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングに好適であり、耐摩耗性に優れるとともに、圧縮ガス中への硫黄成分の混入を低減し、圧縮ガスを燃料電池自動車に充填した際に、燃料電池の性能低下を抑制することができる。