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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024091169
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】ピストンリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/28 20060101AFI20240627BHJP
   C08L 73/00 20060101ALI20240627BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20240627BHJP
   C08K 7/06 20060101ALI20240627BHJP
   C08L 27/18 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
F16J9/28
C08L73/00
C08K3/04
C08K7/06
C08L27/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022207673
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】安田 健
【テーマコード(参考)】
3J044
4J002
【Fターム(参考)】
3J044AA02
3J044AA08
3J044AA20
3J044BA06
3J044CB24
3J044DA10
3J044DA16
3J044DA17
4J002BD152
4J002CH091
4J002DA016
4J002DA026
4J002FA046
4J002FD172
4J002FD206
4J002GM00
4J002GN00
(57)【要約】
【課題】高温下での耐摩耗性に優れ、かつ、シリンダーの摩耗損傷が少ないピストンリングを提供する。
【解決手段】ピストンリング1は、往復式圧縮機に用いられ、ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が1種以上含まれており、樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して炭素材料を5体積%~35体積%含み、該炭素材料が少なくとも炭素繊維を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、
前記ピストンリングは、ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、
前記樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が1種以上含まれていることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して前記炭素材料を5体積%~35体積%含むことを特徴とする請求項1記載のピストンリング。
【請求項3】
前記炭素材料が少なくとも炭素繊維を含むことを特徴とする請求項2記載のピストンリング。
【請求項4】
前記炭素繊維がPAN系炭素繊維であることを特徴とする請求項3記載のピストンリング。
【請求項5】
前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対してポリテトラフルオロエチレン樹脂を5体積%~25体積%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項6】
前記芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、ポリエーテルケトン樹脂またはポリエーテルケトンエーテルケトンケトン樹脂であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項7】
前記芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、ポリエーテルケトン樹脂またはポリエーテルケトンエーテルケトンケトン樹脂であり、
前記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、前記炭素材料を5体積%~35体積%含み、前記炭素材料は少なくともPAN系炭素繊維を含み、かつ、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を5体積%~25体積%含むことを特徴とする請求項1記載のピストンリング。
【請求項8】
前記炭素材料が前記PAN系炭素繊維のみ、または、前記PAN系炭素繊維と黒鉛であり、前記樹脂組成物は、それら以外の炭素材料を含まないことを特徴とする請求項7記載のピストンリング。
【請求項9】
前記ピストンリングの硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【請求項10】
前記往復式圧縮機が水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のピストンリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、往復式圧縮機のピストンリングに関するものであり、特に、水素ステーションで用いられる水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、往復式圧縮機はピストンとシリンダーを含む構造であり、シリンダーに対してピストンが往復動することによって、流体を圧縮するのに用いられている。このような往復式圧縮機では、ピストンとシリンダーとの間の隙間において流体をシールする目的で、従来から環状のピストンリングが使用されている。ピストンリングはピストンに設けられた環状溝に装着される。この場合、ピストンリングの外周面がシリンダーの内周面と接触し、かつ、ピストンリングの側面が環状溝の側面と接触することにより、流体がシールされる。
【0003】
近年では、往復式圧縮機は、水素ステーションで用いられる水素ガス用往復式圧縮機としても適用されており、使用されるピストンリングには、高温かつ高圧の過酷環境でのさらなる耐摩耗性の向上が求められている。水素ステーションにおいて、圧縮機の使用温度は、例えば、非特許文献1では約150℃~200℃とされている。
【0004】
また、水素ガス用往復式圧縮機で圧縮した水素ガスを燃料電池自動車(FCV)に充填する場合、圧縮ガスに硫黄成分が混入されると、燃料電池の性能低下を引き起こす場合がある。そのため、ピストンリングに含まれる硫黄原子の含有量が低いことが要求される。
【0005】
水素ガス用往復式圧縮機としては、例えば特許文献1、特許文献2が開示されている。特許文献1には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂と、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂およびポリイミド(PI)樹脂のうち一方の樹脂との合計量が全体の50質量%以上であり、かつ、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂を含まない、樹脂製のピストンリングが記載されている。特許文献1では、ピストンリングの引張強度を15MPaよりも大きく且つ100MPa未満の範囲内にすることで、その範囲外のピストンリングよりも長期の運転期間に亘ってシール性を維持できるとしている。
【0006】
特許文献2には、ピストン部材およびシリンダライナの一方の部材に設けられ、他方の部材(被摺動部材)に対して相対的に摺動する樹脂製のリング状の摺動部材が記載されている。特許文献2では、摺動部材および被摺動部材の両方の摺動面に、非晶質炭素膜を形成することで、摺動部材の摩耗による交換寿命を伸ばすことができるとしている。なお、非晶質炭素膜は、表面部分の方がその内側の部分よりも炭素の含有量が多くなっている。この非晶質炭素膜は硫黄を含まないことが好ましいとされている。また、摺動部材は、例えば、圧縮機に組み込む前に水素雰囲気で曝露する処理をした脱硫処理部材であることが好ましいとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-180600号公報
【特許文献2】特許第6533631号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】70MPa水素スタンド技術基準検討委員会報告書、高圧ガス保安協会、2012年2月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1では、ピストンリングの材料について、すなわち、PTFE樹脂とPEEK樹脂の各配合比率や、PTFE樹脂とPI樹脂の各配合比率などについては検討されていない。そのため、樹脂製のピストンリングの配合を検討することによって、耐摩耗性を改善できる余地があると考えられる。また、ピストンリングとシリンダーなどの相手材との摺動による相手材の摩耗に関しても改善できることが望ましい。
【0010】
また、上記特許文献2では、摺動部材の脱硫処理方法として水素雰囲気で曝露する処理が例示されているが、大気中ではなく特殊な雰囲気で曝露することになる。そのため、特殊な曝露装置が必要であり、また、水素を扱うため火災や爆発に対する安全対策も必要となる。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、特に高温下での耐摩耗性に優れ、かつ、シリンダーの摩耗損傷が少ないピストンリングを提供することを目的とする。さらに、硫黄原子の含有量が低く、特殊な曝露装置を必要とせず、厳重な安全対策を行うことなく製造できるピストンリングを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のピストンリングは、往復式圧縮機に用いられるピストンリングであって、上記ピストンリングは、ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物からなり、上記樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が1種以上含まれていることを特徴とする。また、上記炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも2種以上であってもよい。往復式圧縮機は、例えばガスを圧縮する往復式圧縮機である。なお、本明細書において、「ガス」とは一般的な気体を意味する概念であり、気体燃料なども含まれる。
【0013】
上記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して上記炭素材料を5体積%~35体積%含む(より具体的には10体積%~20体積%含む)ことを特徴とする。また、上記炭素材料が少なくとも炭素繊維を含むことを特徴とする。また、上記炭素繊維がPAN系炭素繊維であることを特徴とする。また、上記炭素繊維の平均繊維長が20μm~200μmであることを特徴とする。
【0014】
上記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対してPTFE樹脂を5体積%~25体積%含む(より具体的には10体積%~20体積%含む)ことを特徴とする。
【0015】
上記芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、ポリエーテルケトン(PEK)樹脂またはポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)樹脂であることを特徴とする。
【0016】
上記芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、PEK樹脂またはPEKEKK樹脂であり、上記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して、上記炭素材料を5体積%~35体積%含み、上記炭素材料は少なくともPAN系炭素繊維を含み、かつ、PTFE樹脂を5体積%~25体積%含むことを特徴とする。また、上記炭素材料が上記PAN系炭素繊維のみ、または、上記PAN系炭素繊維と黒鉛であり、上記樹脂組成物は、それら以外の炭素材料を含まないことを特徴とする。
【0017】
上記ピストンリングの硫黄原子の含有量が250ppm以下であることを特徴とする。
【0018】
上記往復式圧縮機が水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明のピストンリングは、ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を主成分(ベース樹脂)とする樹脂組成物からなり、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が1種以上含まれているので、特に高温下での耐摩耗性を向上できる。また、水素ガス用往復式圧縮機に用いた際の圧縮ガス中への硫黄成分の混入を低減でき、燃料電池の性能低下を抑制できる。さらに、硫黄原子の含有量の低減において、水素雰囲気で曝露するなどの特殊な脱硫処理が必要とならず、また厳重な安全対策が不要である。
【0020】
上記樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対して炭素材料を5体積%~35体積%含み、該炭素材料が少なくとも炭素繊維を含み、さらに、該樹脂組成物全体に対してPTFE樹脂を5体積%~25体積%含むので、オイルなどによる潤滑剤がない圧縮機であっても耐摩耗性に優れ、特に、高温高圧かつ無潤滑条件での耐摩耗性が要求される水素ガス用往復式圧縮機に好適なピストンリングとなる。また、本発明のピストンリングは、耐摩耗性に優れるため、圧縮ガスの圧力が例えば82MPa以上となる水素ステーション向け往復式圧縮機にも使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明のピストンリングの一例の斜視図である。
図2】本発明のピストンリングを用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。
図3】ピンオンディスク試験機の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者は、高温かつ高圧環境下において、耐摩耗性に優れ、かつ、硫黄原子の含有量が低いピストンリングを開発すべく鋭意研究を重ねた結果、ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を主成分とする樹脂組成物であって、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料を1種以上含む樹脂組成物がピストンリング材として好適であることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0023】
本発明のピストンリングおよびピストンリングを適用した往復式圧縮機の一例を図1および図2に基づいて説明する。図1は、本発明のピストンリングの一例を示した斜視図である。図1に示すように、ピストンリング1は断面が略矩形の環状体である。リング内周面1bとリングの両側面1cとの角部は直線状、曲線状の面取りが設けられていてもよく、シールリングを射出成形で製造する場合、該部分に金型からの突出し部分となる段部を設けてもよい。
【0024】
また、ピストンリング1は、一箇所の合い口1aを有するカットタイプのリングであり、弾性変形により拡径してピストンの環状溝に装着される。ピストンリング1は、合い口1aを有することから、使用時においてガスの圧力によって拡径されて、外周面1dがシリンダーの内周面と密着する。合い口1aの形状については、限定されるものではなく、ストレートカット型、アングルカット型などにすることも可能であるが、シール性に優れることから、図1に示す複合ステップカット型を採用することが好ましい。
【0025】
なお、本発明のピストンリングは、図1に示すような単一の部材からなるピストンリングに限定されず、複数の部材を組み合わせることで円環状になるピストンリングであってもよい。
【0026】
本発明のピストンリングは、図1に示すような単一の部材からなるピストンリングである場合、弾性変形により拡径して環状溝に組み込むことを考慮し、拡径時に破損の危惧がある小径のピストンリングでないことがより好ましく、例えば外径30mm以上であってもよい。
【0027】
図2は、本発明のピストンリングを用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。水素ガス用往復式圧縮機の圧縮機構部2は、シリンダー3とピストン4からなり、ピストン4はピストンロッド5に接続されている。ピストン4の外周面には、ピストンリング1を装着するための環状溝が複数配置されており、ピストンリング1が弾性変形により拡径して各環状溝に1つずつ組み込まれる。ピストンに装着されるピストンリングの数は特に限定されず、図2では6個のシールリングが装着されている。水素ガスは圧縮室6に導入され、ピストン4がシリンダー3に対して往復動することによって圧縮された後、外部に排出される。
【0028】
本発明において、往復式圧縮機が圧縮するガスは必ずしも限定されないが、水素ガスを圧縮する往復式圧縮機で好適に利用できる。水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機は、水素ステーションなどに設置され、燃料電池自動車、水素エンジン車への水素ガスの充填などに用いられる。
【0029】
以下には、本発明のピストンリングに用いる樹脂組成物について説明する。本発明では、ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を、樹脂組成物のベース樹脂に用いている。
【0030】
芳香族ポリエーテルケトン樹脂は、ベンゼン環をエーテル基とケトン基で結合した樹脂の総称であり、ポリアリールエーテルケトン樹脂とも呼称されている。ここで、PEEK樹脂は、芳香族ポリエーテルケトン樹脂の一種である。芳香族ポリエーテルケトン樹脂には、繰り返し構造に含まれるエーテル基とケトン基の比率などによってPEEK樹脂以外にも複数の樹脂があり、ピストンリングへの適用を考慮すると、PEEK樹脂を用いた場合よりも耐摩耗性などの観点でより好適に利用できる樹脂があると考えられる。本発明者は、水素ガス用往復式圧縮機において、その使用温度が約150℃~200℃まで上昇する場合を想定して、温度150℃の環境での摩擦摩耗試験を実施することで、ガラス転移点143℃のPEEK樹脂に比べて、ガラス転移点150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を用いた場合に、耐摩耗性が顕著に向上することを見出した。
【0031】
ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂(以下、単に、芳香族ポリエーテルケトン樹脂ともいう)として、具体的には、PEK樹脂(ガラス転移点160℃)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)樹脂(ガラス転移点160~165℃)、PEKEKK樹脂(ガラス転移点170℃)などを使用できる。なお、ガラス転移点が143℃のPEEK樹脂は含まれない。例えば、PEK樹脂は、下記の式(1)に示す化学構造である。
【0032】
例えば、PEK樹脂としてビクトレックスジャパン株式会社製:HT P22を用いることができ、PEKEKK樹脂としてビクトレックスジャパン株式会社製:ST P45を用いることができ、PEKK樹脂としてアルケマ株式会社製:Kepstan(登録商標) PEKK 6000シリーズ、7000シリーズ、8000シリーズを用いることができる。
【0033】
【化1】
【0034】
なお、芳香族ポリエーテルケトン樹脂には、ガラス転移点143℃のPEEK樹脂は含まれないが、PEEK樹脂であっても、一般的なガラス転移点143℃のPEEK樹脂よりも耐熱性の高い特殊なPEEK樹脂は用いることができる。このような市販品として、ガラス転移点170℃であるソルベイスペシャルティポリマーズジャパン株式会社製:キータスパイア(登録商標)PEEK XT-920 FPなどが挙げられる。
【0035】
なお、ガラス転移点を測定する方法は複数あるが、本明細書においては示差走査熱量測定(DSC)による測定値とする。
【0036】
ベース樹脂に用いる芳香族ポリエーテルケトン樹脂の平均分子量、分子量分布、溶融粘度は必ずしも限定されないが、芳香族ポリエーテルケトン樹脂のガラス転移点が150~160℃である場合、せん断速度1000/s、温度400℃における溶融粘度がISO 11443準拠の測定方法において100Pa・s~550Pa・sであってもよい。この範囲内とすることで、射出成形による成形加工を可能としながら、往復式圧縮機に用いるピストンリングとしての耐摩耗性を十分に確保しやすくなる。
【0037】
芳香族ポリエーテルケトン樹脂のガラス転移点が160~170℃である場合、せん断速度1000/s、温度420℃における溶融粘度が100Pa・s~550Pa・sであってもよい。この範囲内とすることで、射出成形による成形加工を可能としながら、往復式圧縮機に用いるピストンリングとしての耐摩耗性を十分に確保しやすくなる。
【0038】
ベース樹脂の芳香族ポリエーテルケトン樹脂の成形体は、JIS K7126-1準拠の水素ガス透過度が4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下を満足することが好ましい。一方、水素ガス透過度が4.0×10-12mol/(m・s・Pa)を超える芳香族ポリエーテルケトン樹脂を用いると、高温かつ高圧の水素ガス中で曝露したときの物性変化が大きくなるおそれがある。上記水素ガス透過度は、1.0×10-12mol/(m・s・Pa)~3.5×10-12mol/(m・s・Pa)がより好ましい。
【0039】
本発明のピストンリングに用いる樹脂組成物には、種類または溶融粘度の異なる複数の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を混合して使用することもでき、ガラス転移点150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂が主成分であればよい。
【0040】
芳香族ポリエーテルケトン樹脂には、上記式(1)に示すPEK樹脂のように分子構造に硫黄原子は含まれていないが、重合時に使用される溶媒(例えばジフェニルスルホンなど、分子構造に硫黄原子を含む溶媒)を不純物として含有している場合がある。
【0041】
本明細書における「炭素材料」は、結晶性の有無およびその度合いは限定されず、非意図的であれば硫黄原子を含有していてもよい。炭素材料として具体的には、炭素繊維、黒鉛、コークス粉などが挙げられる。本発明のピストンリングの樹脂組成物には、摩擦摩耗特性、強度、弾性率などを向上させる目的で、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が1種以上含まれる。当該炭素材料に含まれる硫黄原子の含有量は100ppm以下であることが好ましく、50ppm以下であることがより好ましい。
【0042】
炭素材料としては、耐摩耗性向上の観点から、少なくとも炭素繊維を含むことが好ましい。この場合、例えば、炭素材料としては、炭素繊維のみを用いてもよく、炭素繊維と黒鉛を用いてもよく、炭素繊維とコークス粉を用いてもよく、炭素繊維と黒鉛とコークス粉を用いてもよい。特に、後述の実施例で示すように、耐摩耗性向上の観点から、炭素材料としては、炭素繊維と黒鉛の組み合わせが好ましく、その場合、硫黄含有量を抑える観点から、それら以外の炭素材料(例えばカーボンブラック)は含まれないことが好ましい。
【0043】
炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉の各々に含まれる硫黄原子の含有量(使用する各々の炭素材料全量(100質量%)に対する質量%)は、周知の分析方法で測定できる。例えば、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)を用いてもよい。より高精度に測定する目的で、トリプル四重極型誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS/MS)を用いてもよい。分析の前処理方法としては、例えば、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過し、上澄みを分析サンプルとして得る方法が挙げられる。分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置など既知の分析方法で確認することができる。
【0044】
炭素繊維では、石油ピッチなどの原料に硫黄原子が含まれる場合があるほか、製造工程で硫酸を使用する場合などがあり、硫黄原子が不純物として残留することがある。また、地中に存在している天然黒鉛は不純物として硫黄を含有しており、人造黒鉛およびコークス粉は石炭由来であるため、硫黄を含有している。
【0045】
上記樹脂組成物を水素ガス用往復式圧縮機のピストンリング材として使用した場合、炭素材料に含まれる硫黄原子の含有量が少ないほど、圧縮ガスに硫黄成分が混入しにくく、燃料電池の発電効率が低下しにくい。
【0046】
本発明によれば、炭素材料に含まれる硫黄原子の含有量を規定した樹脂組成物を用いることにより、水素雰囲気への曝露(脱硫処理)など、特殊な雰囲気での熱処理を必要としないピストンリングを得ることができる。本発明のピストンリングは、特殊な雰囲気での熱処理を必要としないことから特殊な曝露装置を必要とせず、厳重な安全対策が不要となる。
【0047】
樹脂組成物に配合する炭素繊維は、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものでも用いることができるが、ピッチ系炭素繊維に比べて硫黄原子の含有量が比較的少ないPAN系炭素繊維を用いることが好ましい。なお、ピッチ系炭素繊維の場合、原料のピッチは不純物として硫黄を含有している。また、PAN系炭素繊維の場合も、表面処理に硫酸を用いる場合、硫黄が残留することがある。
【0048】
炭素繊維の焼成温度は限定されるものではなく、2000℃またはそれ以上の高温で焼成されて黒鉛化品、1000~1500℃程度で焼成された炭化品のどちらであってもよい。本発明に使用できる市販品のミルドファイバーとしては、ピッチ系炭素繊維として、株式会社クレハ製:クレカ M-101S、M-101F、M-201Sなどが挙げられる。また、PAN系炭素繊維として、帝人株式会社製:HT M800 160MU、HT M100 40MU、東レ株式会社製:トレカ MLD-30、MLD-300などが挙げられる。
【0049】
本発明に用いる炭素繊維の平均繊維長は、特に限定されないが、20μm~200μmの短繊維であることが好ましい。平均繊維長が20μm未満であると耐摩耗性向上の効果が得られにくく、200μmを超えると摺動時に折損した炭素繊維が摺動面に入り込みやすくなり、シリンダーなどを損傷摩耗させやすい。なお、本明細書における平均繊維長は数平均繊維長である。
【0050】
樹脂組成物に配合する黒鉛は、固体潤滑剤であり、無潤滑条件の摩擦摩耗特性を向上できる。また、黒鉛としては、天然黒鉛、人造黒鉛のいずれを用いてもよい。粒子の形状は、鱗片状、粒状、球状などがあるが、いずれを用いてもよい。本発明に使用できる市販品の黒鉛としては、人造黒鉛であるイメリス・ジーシー・ジャパン株式会社製:KS-6、KS-25、KS-44などが挙げられる。このほか、樹脂粒子を焼成して得られた球状黒鉛(または球状カーボン)を用いてもよく、例えばフェノール樹脂粒子を焼成して得られるエア・ウォーター・ベルパール株式会社製:ベルパールC800、C2000などを使用できる。黒鉛の50%粒子径は限定されないが、3μm~50μmが好ましく、10μm~30μmがより好ましい。50μmを超えると、樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。
【0051】
樹脂組成物に配合するコークス粉は、無潤滑条件の耐摩耗性を向上できる。コークス粉の50%粒子径は限定されないが、3μm~50μmが好ましく、10μm~30μmがより好ましい。50μmを超えると、樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。
【0052】
なお、50%粒子径が50μmを超える黒鉛やコークス粉を配合することで樹脂組成物の引張伸び特性が低下すると、ピストンリングを拡径してピストンの環状溝に装着するときに破断するおそれがある。
【0053】
本発明に用いる黒鉛、コークス粉、および、後述するPTFE樹脂の50%粒子径(D50)は、粒子径分布を累積分布としたとき、累積値が50%となる点の粒子径であり、例えば、レーザー光散乱法を利用した粒子径分布測定装置などを用いて測定することができる。
【0054】
上記樹脂組成物は、上記炭素材料のほかに、PTFE樹脂を含むことが好ましい。PTFE樹脂は、固体潤滑剤であり、樹脂組成物の無潤滑条件における摩擦摩耗特性を向上できる。PTFE樹脂として、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよい。樹脂組成物の流動性を安定させるためには、成形時のせん断により繊維化し難く、溶融粘度を増加させ難い再生PTFEを採用することが好ましい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。γ線または電子線を照射後にさらに熱処理を加えたタイプもある。PTFE樹脂の50%粒子径は、特に限定されるものではないが10μm~50μmとすることがより好ましい。
【0055】
本発明に使用できる市販品のPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-400H、三井ケマーズフロロプロダクツ株式会社製:テフロン(登録商標)7-J、TLP-10、AGC株式会社製:フルオンG163、L150J、L169J、L170J、L172J、L173J、L182J、ダイキン工業株式会社製:ポリフロンM-15、スリーエムジャパン株式会社製:ダイニオンTF9205、TF9207などが挙げられる。また、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオルアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。上記の中でγ線または電子線などを照射したPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-8F、AGC株式会社製:フルオンL169J、L170J、L172J、L173J、L182Jなどが挙げられる。
【0056】
上記樹脂組成物は、炭素繊維、黒鉛、コークス粉などの炭素材料を1種以上含み、樹脂組成物全体に対して炭素材料を合計で5体積%~50体積%含むことが好ましく、5体積%~35体積%含むことがより好ましく、5体積%~25体積%含むことがさらに好ましく、10体積%~20体積%含むことが特に好ましい。炭素材料の合計の配合量が5体積%未満であると、耐摩耗性向上の効果が得られにくく、35体積%を超えると、樹脂組成物の溶融粘度が高くなり、射出成形しにくくなるほか、引張伸び特性が低下するおそれがある。50体積%を超えると、溶融粘度が極めて高くなり、射出成形そのものが困難になりやすい。
【0057】
炭素材料は、樹脂組成物全体に対して、例えば5体積%~35体積%含まれることが好ましく、10体積%~20体積%含まれることがより好ましい。また、炭素材料として炭素繊維を含むことが好ましい。
【0058】
上記樹脂組成物は、さらにPTFE樹脂を樹脂組成物全体に対して5体積%~25体積%含むことが好ましい。PTFE樹脂の配合量が5体積%未満であると、無潤滑条件における摩擦摩耗特性の向上効果が得られにくく、25体積%を超えると樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。PTFE樹脂の配合量は10体積%~20体積%がより好ましい。
【0059】
上記樹脂組成物には、上記炭素材料、上記PTFE樹脂のほかに、本発明の効果を阻害しない程度に周知の樹脂用添加剤を配合してもよい。添加剤としては、例えば、アラミド繊維、無機物(マイカ、タルク、炭酸カルシウム、窒化ホウ素など)、ウィスカ(炭酸カルシウム、チタン酸カリウムなど)、着色剤(酸化鉄、酸化チタン、カーボンブラックなど)、他の樹脂成分などが挙げられる。なお、硫黄原子の含有量が200ppmを超える添加剤を配合する場合、上記樹脂組成物全体に対して、この添加剤の配合量を3体積%以下にすることが好ましい。また、上記樹脂組成物には、200ppmを超えて硫黄原子を含有する炭素材料が含まれてもよいが、その炭素材料の含有量は、樹脂組成物全体に対して3体積%以下であることが好ましい。
【0060】
上記樹脂組成物は、二硫化モリブデン、二硫化タングステンなどの硫化物を含まないことが好ましい。
【0061】
上記樹脂組成物において、ベース樹脂は、樹脂組成物全体に対して50体積%~95体積%含まれることが好ましく、60体積%~90体積%含まれることがより好ましい。
【0062】
上記樹脂組成物に、本発明の効果を阻害しない程度に、芳香族ポリエーテルケトン樹脂、PTFE樹脂以外の樹脂を配合する場合、当該樹脂は、分子構造に硫黄原子を含まない樹脂であることが好ましい。つまり、分子構造に硫黄原子を含む樹脂である、PPS樹脂、ポリエーテルサルホン(PES)樹脂、ポリサルホン(PSU)樹脂、およびポリフェニルサルホン(PPSU)樹脂は、樹脂組成物に含まないことが好ましい。PPS樹脂は、下記の式(2)に示すように、分子構造に硫黄原子が含まれている。このほか、PES樹脂、PSU樹脂、PPSU樹脂はいずれもスルホニル基が含まれる分子構造であるため、硫黄原子を含有している。
【0063】
上記樹脂組成物には、本発明の効果を阻害しない程度に、ガラス転移点150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂と、分子構造に硫黄原子を含まない樹脂を混合して使用してもよい。分子構造に硫黄原子を含まない樹脂としては、ガラス転移点150℃以上の樹脂が好ましく、熱可塑性ポリイミド樹脂であることがより好ましい。熱可塑性ポリイミド樹脂の市販品としては、三井化学株式会社製オーラム(登録商標)、三菱ガス化学株式会社製サープリム(登録商標)などを用いることができる。ガラス転移点はオーラムが250℃、サープリムが185℃である。なお、ガラス転移点150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂と熱可塑性ポリイミド樹脂を含む場合、芳香族ポリエーテルケトン樹脂の含有量(体積%)が熱可塑性ポリイミド樹脂より多い必要があり、熱可塑性ポリイミド樹脂の含有量は樹脂組成物全体に対して30体積%以下であることが好ましい。
【0064】
【化2】
【0065】
本発明のピストンリングは、ガラス転移点が150℃以上の芳香族ポリエーテルケトン樹脂を主成分とした樹脂組成物の成形体である。なお、本明細書における「成形体」とは、射出成形、圧縮成形、押し出し成形などの周知の方法により成形された成形体、もしくは、これらの成形体を機械加工したものを指す。例えば、射出成形素材から削り出したピストンリング、射出成形で製造したピストンリングなどがこの範囲に含まれる。
【0066】
本発明のピストンリングの硫黄原子の含有量は、例えば、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)で測定することができる。より高精度に測定する目的で、トリプル四重極型誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS/MS)を用いてもよい。分析の前処理方法としては、例えば、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過し、上澄みを分析サンプルとして得る方法が挙げられる。分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置など既知の分析方法で確認することができる。
【0067】
本発明のピストンリングの硫黄原子の含有量は、樹脂組成物全量(100質量%)に対して0.1質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがより好ましく、0.025質量%(250ppm)以下であることがさらに好ましく、0.020質量%(200ppm)以下であることが特に好ましい。
【0068】
本発明のピストンリングは例えば水素ガス用往復式圧縮機に用いられる。当該水素ガス用往復圧縮機のピストンリングとしては、無潤滑条件で、30MPa~120MPaの高圧で使用され、好ましくは65MPa~110MPaで使用され、さらに好ましくは80MPa~100MPaで使用される。
【0069】
上記樹脂組成物を構成する各材料を、必要に応じて、ヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合した後、二軸混練押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレットを得ることができる。なお、炭素材料、PTFE樹脂、上述の樹脂用添加剤の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。この成形用ペレットを用いて射出成形によりピストンリングを成形することができる。射出成形素材を用いて追加工または全加工を行い、所定のピストンリング形状に仕上げてもよい。
【0070】
本発明のピストンリングは、射出成形素材、射出成形素材から削り出したピストンリング、射出成形で製造したピストンリングのうち、いずれかの状態で熱処理を実施することが好ましい。この熱処理は、最高温度150℃~330℃の温度(より好ましくは200℃~250℃の温度)で行うことが好ましい。ジフェニルスルホンの融点が127℃であること、また芳香族ポリエーテルケトン樹脂はガラス転移点以上であれば分子鎖が動きやすく、ジフェニルスルホンを蒸発によって除去しやすいことから、熱処理の最高温度は150℃以上であることが好ましい。最高温度が150℃未満であると、硫黄の含有量の低減効果が得られにくく、最高温度が250℃を超えると、射出成形の後に熱処理する場合は変形が起こりやすくなる。また、ピストンリングの使用温度よりも高い温度であることがより好ましく、該使用温度よりも30℃以上高い温度であることがさらに好ましい。また、最高温度で保持する時間は特に限定されないが、例えば4時間~8時間である。この熱処理はピストンリング中の硫黄の低減に有効であり、ピストンリングの使用中に発生する硫黄含有ガスを予め低減できる。なお、芳香族ポリエーテルケトン樹脂中に残留するジフェニルスルホンを蒸発により除去できる点でも有効である。
【0071】
射出成形素材、射出成形素材から削り出したピストンリング、射出成形で製造したピストンリングのいずれかについて、上記熱処理を実施した後、示差走査熱量測定(DSC)を行うと、昇温過程において、熱処理なしの場合にはみられない吸熱ピーク(以下、熱履歴による吸熱ピークという)が現れる。熱履歴による吸熱ピークは、熱処理の最高温度と同等か、もしくは少し高い温度(+20度以内)に現れるため、熱処理の最高温度の推定が可能である。本発明のピストンリングは、上記熱処理に起因して、示差走査熱量測定の昇温過程における150℃~330℃の範囲(好ましくは200℃~250℃の範囲)に熱履歴による吸熱ピークを有していることが好ましい。この場合、当該ピストンリングは、芳香族ポリエーテルケトン樹脂の融点に由来する吸熱ピーク以外にも、150℃~330℃の範囲に吸熱ピークを有している。なお、DSCによる測定は、例えば昇温速度15度/分、窒素ガス中の条件で行うことができる。
【0072】
また、上記熱処理は大気中で行うことが好ましい。これにより、水素雰囲気への曝露(脱硫処理)など、特殊な雰囲気での熱処理を必要としないことから特殊な曝露装置を必要とせず、厳重な安全対策が不要である。
【実施例0073】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0074】
実施例1~実施例4、比較例1
表1の配合割合(体積%)で配合した各樹脂組成物を用いて、射出成形によってφ8×20mmの射出成形素材を成形し、最高温度200℃、最高温度での保持時間4時間で熱処理した後、機械加工することでφ3×13mmのピン試験片を作製した。
【0075】
各樹脂組成物に用いた原材料を以下に示す。硫黄原子の含有量はICP-MS/MSによる測定で、炭素繊維(CF-1)が50ppm以下、炭素繊維(CF-2)が200ppm以下であった。黒鉛は、ICP-MS/MSによる測定で硫黄原子の含有量が50ppm以下であるものを選定した。一方、カーボンブラックの硫黄原子の含有量はICP-MSによる測定で3200ppmであった。
【0076】
(1)PEKEKK樹脂〔PEKEKK〕
ビクトレックスジャパン株式会社:ST P45
ガラス転移点:162℃
溶融粘度220Pa・s(せん断速度1000/s、温度420℃)
(2)PEK樹脂〔PEK〕
ビクトレックスジャパン株式会社:HT P22
ガラス転移点:152℃
溶融粘度190Pa・s(せん断速度1000/s、温度400℃)
(3)PEEK樹脂〔PEEK〕
ビクトレックスジャパン株式会社:PEEK 150P
ガラス転移点:143℃
(4)PTFE樹脂〔PTFE〕
株式会社喜多村:KTL-450(D50:22μm)
(5)炭素繊維〔CF-1;PAN系〕
帝人株式会社:HT M100 40MU(平均繊維長40μm)
(6)炭素繊維〔CF-2;ピッチ系〕
株式会社クレハ:クレカ M201S(平均繊維長150μm)
(7)黒鉛〔GRP〕
イメリス・ジーシー・ジャパン株式会社:TIMREX KS25(D50:10μm)
(8)カーボンブラック〔CB〕
【0077】
<摩擦摩耗試験>
得られたピン試験片について、図3に示すピンオンディスク試験機を用いて摩擦摩耗試験を行った。図3に示すように、試験機の回転ディスク8の表面に3つのピン試験片7の試験面を下記の面圧で押し付けた状態で、温度150℃の大気雰囲気で回転ディスク8を回転させた。具体的な試験条件は以下のとおりであり、回転ディスク8の材質はSUS304である。なお、この試験条件は水素ガス用往復式圧縮機でのピストンリングの使用条件を想定している。
(試験条件)
周速 :4.8m/min
面圧 :4MPa
潤滑 :なし(ドライ)
温度 :150℃
時間 :50時間
【0078】
試験終了後、試験前後におけるピン試験片7の高さの変化量をそれぞれ測定し、3本の平均値から比摩耗量を算出した。
【0079】
【表1】
【0080】
表1に示すように、PEKEKK樹脂またはPEK樹脂を主成分とし、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料を合計で10体積%~35体積%の範囲で含有する実施例1~実施例4は、比摩耗量が101×10-8mm/(N・m)~147×10-8mm/(N・m)であった。
【0081】
PEEK樹脂を主成分とする比較例1は、同種かつ同量の充填剤を含有する実施例1、実施例2に比べて比摩耗量が大きかった。
【0082】
実施例1~実施例4、比較例1のピン試験片について、次の手順で硫黄原子を測定した。ピン試験片を凍結粉砕し、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過して、上澄みを分析サンプルとして得た。この分析サンプルをICP-MS/MSにより分析した。なお、分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置によって確認した。実施例1~実施例4のピン試験片は、硫黄原子の測定値が250ppm以下であった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明のピストンリングは、水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングに好適であり、耐摩耗性に優れるとともに、圧縮ガス中への硫黄成分の混入を低減し、圧縮ガスを燃料電池自動車に充填した際に、燃料電池の性能低下を抑制することができる。
【符号の説明】
【0084】
1 ピストンリング
2 圧縮機構部
3 シリンダー
4 ピストン
5 ピストンロッド
6 圧縮室
7 ピン試験片
8 回転ディスク
図1
図2
図3