(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024091434
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】ポリマー被覆ガラス基材
(51)【国際特許分類】
C03C 17/28 20060101AFI20240627BHJP
C08F 20/28 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
C03C17/28 A
C08F20/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023182573
(22)【出願日】2023-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2022206606
(32)【優先日】2022-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
【テーマコード(参考)】
4G059
4J100
【Fターム(参考)】
4G059AA01
4G059AB09
4G059AC18
4G059AC30
4G059FA15
4G059FA19
4G059FB05
4J100AL08P
4J100AL09P
4J100BA08P
4J100CA01
4J100DA01
4J100DA49
4J100JA01
(57)【要約】
【課題】血球細胞等の正常細胞の捕捉を抑制し、がん細胞等の特定細胞を選択的に捕捉することが可能なポリマー被覆ガラス基材を提供する。
【解決手段】
ガラス基材の表面にポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材であって、前記ポリマー層の表面は、水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下であるポリマー被覆ガラス基材に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス基材の表面にポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材であって、
前記ポリマー層の表面は、水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下であるポリマー被覆ガラス基材。
【請求項2】
前記弾性率が0.50MPa以下である請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項3】
前記弾性率が0.30MPa以下である請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項4】
前記弾性率が0.05MPa以上である請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項5】
前記ポリマー層が、下記式(I)で表されるポリマーにより形成されている請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【化1】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【請求項6】
前記ポリマー層が、下記式(I-1)で表されるポリマーにより形成されている請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【化2】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【請求項7】
前記ポリマー層が、下記式(II)で表される化合物と他のモノマーとの共重合体により形成されている請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【化3】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5を表す。)
【請求項8】
前記ポリマー層が、下記式(II-1)で表される化合物と他のモノマーとの共重合体により形成されている請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【化4】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。mは1~5を表す。)
【請求項9】
前記ポリマー層を形成するポリマーの数平均分子量(Mn)が10000~39000である請求項5に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項10】
前記ポリマー層の厚みが10~1000nmである請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【請求項11】
前記弾性率が、原子間力顕微鏡を用いて測定される値である請求項1に記載のポリマー被覆ガラス基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー被覆ガラス基材に関する。
【背景技術】
【0002】
血液及び体液中の特定細胞(血球細胞、血液・体液中に存在するがん細胞等)を捕捉する器具を作製するために、基材表面を特殊な高分子でコーティングする技術が提案されている。
【0003】
しかしながら、基材表面上にがん細胞等の特定細胞が捕捉されると同時に、血球細胞も捕捉されるという懸念がある。従って、がん細胞等の特定細胞がより選択的に捕捉される一方で、血球細胞等の正常細胞の捕捉を抑制することが可能なポリマー被覆基材の提供が望まれている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、前記課題を解決し、血球細胞等の正常細胞の捕捉を抑制し、がん細胞等の特定細胞を選択的に捕捉することが可能なポリマー被覆ガラス基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、ガラス基材の表面にポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材であって、前記ポリマー層の表面は、水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下であるポリマー被覆ガラス基材に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、ガラス基材の表面にポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材であって、前記ポリマー層の表面は、水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下のポリマー被覆ガラス基材であるので、血球細胞等の正常細胞の捕捉を抑制し、がん細胞等の特定細胞を選択的に捕捉することが可能である。従って、ポリマー被覆ガラス基材により、がん細胞等の特定細胞の捕捉性能の向上が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明は、ガラス基材の表面にポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材であって、前記ポリマー層の表面の水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下である。
【0008】
血中循環腫瘍細胞(数個~数百個/血液1mL)等の体液中にでてきた腫瘍細胞(がん細胞等)は、非常に数が少なく、検査に供するには、採取した体液中に存在する腫瘍細胞をできる限り多く捕捉することが重要と考えられる。本発明のポリマー被覆ガラス基材は、ポリマー層表面の水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下である。血球細胞などの正常細胞に比べて、がん細胞等の特定細胞は、一般に柔らかいことが知られている。これは、がん細胞等の特定細胞が転移するときに、細胞の形状を大きく変形して、隙間をすり抜けて移動することと関係がある。このため、変形しにくく、硬い血球細胞などの正常細胞は、表面が柔らかいポリマー基材には、捕捉されにくくなる。一方、変形能を獲得したがん細胞等の特定細胞は、表面が柔らかいポリマー基材でも捕捉されやすい。従って、本発明のポリマー被覆ガラス基材のポリマー層に捕捉された腫瘍細胞の数を測定することで、体液中の腫瘍細胞数が判り、がん治療効果の確認等を期待できる。また、捕捉した腫瘍細胞を培養し、その培養した細胞で抗がん剤等の効き目を確認することで、抗がん剤等の投与前に、体の外で、抗がん剤等の効き目を確認できると同時に、抗がん剤等の選定にも役立つ。さらに捕捉した腫瘍細胞の遺伝子解析をすることで、抗がん剤等の選定に役立つ。
【0009】
上記ポリマー被覆ガラス基材は、ガラス基材の表面にポリマー層が形成され、かつ該ポリマー層の表面の水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下である。
上記弾性率は、血球細胞等の正常細胞の捕捉を抑制し、がん細胞等の特定細胞を選択的に捕捉できる観点から、好ましくは0.80MPa以下、より好ましくは0.50MPa以下、更に好ましくは0.30MPa以下である。下限は特に限定されないが、好ましくは0.01MPa以上、より好ましくは0.05MPa以上、更に好ましくは0.07MPa以上である。
【0010】
上記水中または水溶液中での弾性率は、上記ポリマー層を形成するポリマーの分子量や、膜厚を変えることで調整可能である。具体的には、ポリマーの分子量が大きくなると弾性率が大きくなる傾向があり、また、ポリマー層の膜厚が大きくなると弾性率が大きくなる傾向がある。
上記水中または水溶液中での弾性率は、予め、ガラス基材にプライマー処理、シランカップリング剤処理などの表面処理を施すことでも調整可能である。具体的には、表面処理を施したガラス基材の表面上に上記ポリマー層を形成すると、弾性率が上がる傾向がある。
【0011】
なお、本明細書において、特に断りのない限り、水中または水溶液中での弾性率は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定される水中または水溶液中における弾性率を意味する。
【0012】
原子間力顕微鏡(AFM)は、走査型プローブ顕微鏡の1種であり、試料と探針の原子間に働く力を検出する顕微鏡である。探針はカンチレバー(片持ちバネ)の先端に取り付けられており、試料と探針との間の距離を変えながら、カンチレバーに働く力(撓み量)を測定して、両者の関係をプロットした曲線(フォースカーブ)を得る。このフォースカーブを解析することで試料表面の弾性率(硬さ)が求められ、弾性率をナノレベルで測定できる。フォースカーブ測定により試料表面の弾性率を求める手法は当業者に知られた手法であって、このような公知の方法により弾性率を求めることが可能である。
【0013】
フォースカーブから弾性率を算出する方法として、例えば、JKR(Johnson-Kendall-Roberts)理論によりフォースカーブをフィッティングして弾性率を算出する方法などが挙げられる。JKR理論では、カンチレバーにかかる力Fと試料変形量δは、凝着エネルギーをwとして、下記式(1)及び式(2)で表される。
【数1】
式中、aは探針と試料の接触線の半径、Rは探針先端の曲率半径、Kは弾性係数を表す。
【0014】
フォースカーブ測定により得られたF-δ曲線と、式(1)及び(2)を用いたフィッティングとにより弾性率を求めることができる。
【0015】
ここで、水中または水溶液中の弾性率は、具体的には、以下の方法で測定される測定値を意味する。
水中又は水溶液中の測定値は、試料の表面に、水または水溶液を滴下して、液滴(凸状のメニスカス)が形成されるようにしてAFMにより測定できる。
水溶液としては、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を好適に使用できる。
【0016】
そして、試料(ポリマー層の表面)の弾性率は、例えば、試料表面の所定範囲内でスキャンすることにより、フォースカーブの取得を当該所定範囲内の多数の点で行い、それぞれのフォースカーブから弾性率を求め、その平均値を算出し、求めることができる。
【0017】
上記ガラス基材を構成するガラスの種類は、特に限定されず、例えば、ソーダ石灰ガラス、無アルカリガラス、硼珪酸ガラス(SiO2-B2O3-ZnO系ガラス、SiO2-B2O3-Bi2O3系ガラス等)、カリガラス、クリスタルガラス(PbOを含むガラスであり、例えば、SiO2-PbO系ガラス、SiO2-PbO-B2O3系ガラス、SiO2-B2O3-PbO系ガラス等)、チタンクリスタルガラス、バリウムガラス、ボロンガラス(B2O3-ZnO-PbO系ガラス、B2O3-ZnO-Bi2O3系ガラス、B2O3-Bi2O3系ガラス、B2O3-ZnO系ガラス等)、ストロンチウムガラス、アルミナ珪酸ガラス、ソーダ亜鉛ガラス、ソーダバリウムガラス(BaO-SiO2系ガラス等)等が挙げられる。これらのガラスは、単独で用いてもよいし、2種類以上が混合されていてもよい。
【0018】
上記ガラス基材の厚みは特に限定されないが、平均厚さとして、100μm以上5000μm以下であることが好ましく、500μm以上3000μm以下であることがより好ましい。なお、平均厚さは、マイクロメーターを用いて、任意の10箇所について厚さを測定し、その測定値を平均した値である。
【0019】
上記ポリマー層を構成するポリマーとしては、公知のものを適宜使用できる。
上記ポリマーとしては、例えば、1種のモノマーの単独重合体、2種以上のモノマーの共重合体が挙げられる。上記ポリマーは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。上記ポリマーのなかでも、親水性を有するポリマー(親水性ポリマー)が望ましい。
【0020】
上記ポリマーは、公知の方法で製造でき、例えば、ポリマーを構成するモノマーの溶液を用いて、公知の方法でモノマーを重合することにより合成できる。モノマー溶液の溶剤は特に限定されず、例えば、後述の溶剤を使用できる。なかでも、トルエン、メタノールが好ましい。
【0021】
上記親水性ポリマーとしては、例えば、1種又は2種以上の親水性モノマーの単独重合体及び共重合体、1種又は2種以上の親水性モノマーと1種又は2種以上の他のモノマーとの共重合体等が挙げられる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0022】
上記親水性モノマーとしては特に限定されず、例えば、親水性基を有する各種モノマーを使用できる。親水性基は、例えば、アミド基、硫酸基、スルホン酸基、カルボン酸基、水酸基、アミノ基、オキシエチレン基等、公知の親水性基が挙げられる。
【0023】
上記親水性モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル(メトキシエチル(メタ)アクリレート等のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート)、(メタ)アクリルアミド、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体((メタ)アクリロイルモルホリン等)などが挙げられる。なかでも、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートが好ましく、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートがより好ましく、2-メトキシエチルアクリレートが特に好ましい。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0024】
上記他のモノマーは、親水性ポリマーの作用効果を阻害しない範囲内で適宜選択すれば良い。上記他のモノマーの具体例としては、例えば、スチレン等の芳香族モノマー、酢酸ビニル、温度応答性を付与できるN-イソプロピルアクリルアミドなどが挙げられる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0025】
上記単独重合体、共重合体として、具体的には、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸エステル、ポリアクリロイルモルホリン、ポリメタクリロイルモルホリン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリアルコキシアルキルアクリレート、ポリアルコキシアルキルメタクリレート等の1種の親水性モノマーで構成される単独重合体;上記例示の2種以上の親水性モノマーから構成される共重合体;上記例示の1種以上の親水性モノマー及び上記例示の1種以上の他のモノマーで構成される共重合体;などが挙げられる。上記親水性ポリマーは、1種で用いても2種以上を併用してもよい。
【0026】
上記親水性モノマーの単独重合体及び共重合体の具体例としては、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸エステル、ポリアクリロイルモルホリン、ポリメタクリロイルモルホリン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、ポリアルコキシアルキルアクリレート、ポリアルコキシアルキルメタクリレート等が挙げられる。
【0027】
なかでも、上記親水性ポリマーとしては、下記式(I)で表されるポリマーが好ましい。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【化1】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0028】
前記式(I)で表されるポリマーとして、例えば、下記式(I-1)で表されるポリマーを好適に使用できる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【化2】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0029】
R52のアルキル基の炭素数は、1~10が好ましく、1~5がより好ましい。なかでも、R52は、メチル基又はエチル基が特に好ましい。pは、1~5が好ましく、1~3がより好ましい。mは、1~3が好ましい。n(繰り返し単位数)は、15~1500が好ましく、40~1200がより好ましい。
【0030】
上記親水性ポリマーとして、下記式(II)で表される化合物と他のモノマーとの共重合体も好適に使用できる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0031】
【化3】
(式中、R
51、R
52、p、mは前記と同様。)
【0032】
上記式(II)で表される化合物としては、例えば、下記式(II-1)で表される化合物を好適に使用できる。これらは、単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【化4】
(式中、R
51、R
52、mは前記と同様。)
【0033】
前述の親水性ポリマーのなかでも、効果がより良好に得られる観点から、前記式(I)で表される親水性ポリマーが好ましく、前記式(I-1)で表される親水性ポリマーが特に好ましい。
【0034】
上記ポリマーの数平均分子量(Mn)は、効果がより良好に得られる観点から、好ましくは8000~150000、より好ましくは10000~60000、更に好ましくは10000~39000である。ポリマーが親水性ポリマーの場合も同様の数平均分子量(Mn)が望ましい。
なお、本明細書において、数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)(東ソー(株)製GPC-8000シリーズ、検出器:示差屈折計、カラム:東ソー(株)製のTSKGEL SUPERMULTIPORE HZ-M)による測定値を基に標準ポリスチレン換算により求めることができる。
【0035】
上記ポリマー層(ポリマーにより形成される層)の厚みは、好ましくは10~1000nm、より好ましくは30~700nm、更に好ましくは50~350nmである。上記範囲内に調整することで、良好なタンパク質や細胞に対する低吸着性、がん細胞に対する選択的捕捉性を期待できる。
なお、上記ポリマー層が親水性ポリマー層(親水性ポリマーにより形成される層)の場合も同様の厚み(膜厚)が望ましい。
上記ポリマー層の厚みは、透過型電子顕微鏡(TEM)で測定できる。
【0036】
上記ポリマー層の表面(ポリマー被覆ガラス基材におけるポリマー層の表面)の少なくとも一部(一部又は全部)は、水の接触角が60度以下であることが好ましく、50度以下であることがより好ましい。また、水の接触角が25度以上であることが好ましく、33度以上であることがより好ましい。
【0037】
上記ポリマー層は、(1)ポリマーを各種溶剤に溶解・分散したポリマー溶液・分散液を、ガラス基材の表面(基材凹部等)に注入し、所定時間保持、乾燥する方法、(2)該ポリマー溶液・分散液をガラス基材の表面に塗工(噴霧)し、必要に応じて乾燥する方法、などの公知の手法により、ガラス基材の表面の全部又は一部にポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材を製造できる。そして、該ポリマー被覆ガラス基材に、必要に応じて他の部品を追加することで、特定細胞の捕捉、培養、検査等が可能な装置を製造できる。
【0038】
溶剤、注入方法、塗工(噴霧)方法などは、従来公知の材料及び方法を適用できる。
(1)、(2)の保持、乾燥時間は、基材の大きさ、導入する液種、等により適宜設定すれば良い。保持時間は、10秒~10時間が好ましく、1分~5時間がより好ましく、5分~2時間が更に好ましい。乾燥は、室温(約23℃)から80℃で行うことが好ましく、室温から60℃で行うことがより好ましい。また、減圧して乾燥しても良い。更に、保持して一定時間後、適宜、余分なポリマー溶液・分散液を排出し、乾燥してもよい。
【0039】
溶剤としては、ポリマーの溶解が可能なものであれば特に限定されず、使用するポリマーに応じて適宜選択すれば良い。例えば、水、有機溶媒、これらの混合溶媒が挙げられ、有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、メトキシプロパノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;テトラヒドロフラン、アセトニトリル、酢酸エチル、トルエン等が列挙される。
【0040】
上記ポリマー溶液・分散液の濃度は特に限定されず、注入性、塗工性、噴霧性、生産性などを考慮し、適宜選択すればよいが、ポリマー溶液・分散液(100質量%)中のポリマーの濃度は、0.1~10.0質量%が好ましく、0.2~5.0質量%がより好ましい。
【0041】
前述の方法で作製されるポリマー被覆ガラス基材は、ポリマー層の表面の水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下で、表面が柔らかい。従って、上記ポリマー被覆ガラス基材は、血球細胞等の正常細胞の捕捉性が低い一方で、がん細胞等の特定細胞の捕捉性は高く、特定細胞の選択的捕捉性に優れている。
【実施例0042】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0043】
<実施例1>
(ポリマーの作製)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)12.5mg/mlトルエン溶液を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(2.5wt%トルエン)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)を作製した。
【0044】
2チャンバータイプのチャンバースライド(ソーダ石灰ガラス製、平均厚さ1300μm)にPMEAの0.155%メタノール溶液を145μL注入した。その後、直ぐに40℃のオーブン中で5分間真空乾燥させ(コーティング)、ポリマー被覆ガラス基材を作製した。
【0045】
<実施例2>
(ポリマーの作製)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)12.5mg/mlメタノール溶液を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(2.5wt%メタノール)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)を作製した。
【0046】
2チャンバータイプのチャンバースライド(ソーダ石灰ガラス製、平均厚さ1300μm)にPMEAの0.155%メタノール溶液を145μL注入した。その後、直ぐに40℃のオーブン中で5分間真空乾燥させ(コーティング)、ポリマー被覆ガラス基材を作製した。
【0047】
<比較例1>
(ポリマーの作製)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)12.5mg/mlメタノール溶液を用いて、2-メトキシエチルアクリレート(5.0wt%メタノール)を60℃で7時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレート(PMEA)を作製した。
【0048】
2チャンバータイプのチャンバースライド(ソーダ石灰ガラス製、平均厚さ1300μm)にPMEAの0.155%メタノール溶液を145μL注入した。その後、直ぐに40℃のオーブン中で5分間真空乾燥させ(コーティング)、ポリマー被覆ガラス基材を作製した。
【0049】
上記実施例、比較例で作製されたポリマー被覆ガラス基材について、以下の方法で、ポリマー層の厚み、PBS(リン酸バッファー水溶液)中でのAFMによる弾性率を測定した。結果を表1に示した。
【0050】
〔ポリマー層の厚み〕
ポリマー被覆ガラス基材に形成されたポリマー層の厚み(膜厚)は、TEMで測定し、測定条件は加速電圧200kV(JEOL社製、JEM-2800)である。
実施例1、2及び比較例1の膜厚はそれぞれ、78nm、88nm、90nmである。
【0051】
〔AFMによるPBS(リン酸バッファー水溶液)中での弾性率測定〕
ポリマー被覆ガラス基材のポリマー層の表面上にリン酸緩衝生理食塩水を滴下して、液滴(凸状のメニスカス)が形成されるようにして、下記装置(AFM)により以下の方法で弾性率を測定した。得られた弾性率を、水中または水溶液中で測定された弾性率とする。
なお、弾性率の測定の際、得られたフォースカーブからJKR接触理論に基づいた解析を行い、弾性率を求めた。
<弾性率の測定方法>
装置(AFM):Oxford Instruments製 MFP-3D-SA
測定モード:AFMフォースカーブマッピング
カンチレバー:材質:Si、先端曲率半径R=150nm、バネ定数0.67N/m
測定範囲:20μm×20μmスキャン、JKR2点法で弾性率を算出
スキャン速度:1Hz
測定雰囲気:PBS中
測定温度:23℃
【0052】
【0053】
比較例1は、弾性率が2MPa以上であり、がん細胞などの特定細胞の接着性が低下すると考えられる。また、白血球の粘着性が高いと考えられる。
【0054】
これに対して、実施例2では、弾性率が0.50MPa以下であり、がん細胞などの特定細胞の接着性が向上すると考えられる。また、白血球の粘着性が下がると考えられる。
【0055】
実施例1では、弾性率が0.30MPa以下であるので、がん細胞などの特定細胞の接着性が実施例2より向上すると考えられる。また、白血球の粘着性が実施例2より下がると考えられる。
【0056】
本発明(1)は、ガラス基材の表面にポリマー層が形成されたポリマー被覆ガラス基材であって、
前記ポリマー層の表面は、水中または水溶液中での弾性率が1.20MPa以下であるポリマー被覆ガラス基材である。
【0057】
本発明(2)は、前記弾性率が0.50MPa以下である本発明(1)に記載のポリマー被覆ガラス基材である。
【0058】
本発明(3)は、前記弾性率が0.30MPa以下である本発明(1)に記載のポリマー被覆ガラス基材である。
【0059】
本発明(4)は、前記弾性率が0.05MPa以上である本発明(1)~(3)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【0060】
本発明(5)は、前記ポリマー層が、下記式(I)で表されるポリマーにより形成されている本発明(1)~(4)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【化5】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0061】
本発明(6)は、前記ポリマー層が、下記式(I-1)で表されるポリマーにより形成されている本発明(1)~(4)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【化6】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0062】
本発明(7)は、前記ポリマー層が、下記式(II)で表される化合物と他のモノマーとの共重合体により形成されている本発明(1)~(4)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【化7】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。pは1~8、mは1~5を表す。)
【0063】
本発明(8)は、前記ポリマー層が、下記式(II-1)で表される化合物と他のモノマーとの共重合体により形成されている本発明(1)~(4)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【化8】
(式中、R
51は水素原子又はメチル基、R
52はアルキル基を表す。mは1~5を表す。)
【0064】
本発明(9)は、前記ポリマー層を形成するポリマーの数平均分子量(Mn)が10000~39000である本発明(5)~(8)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【0065】
本発明(10)は、前記ポリマー層の厚みが10~1000nmである本発明(1)~(9)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。
【0066】
本発明(11)は、前記弾性率が、原子間力顕微鏡を用いて測定される値である本発明(1)~(10)のいずれかとの任意の組合せのポリマー被覆ガラス基材である。