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特開2024-91499mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制を介した色素沈着抑制方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024091499
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制を介した色素沈着抑制方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/49 20060101AFI20240627BHJP
   A61K 8/99 20170101ALI20240627BHJP
   A61Q 19/02 20060101ALI20240627BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240627BHJP
   C12N 9/99 20060101ALN20240627BHJP
【FI】
A61K8/49
A61K8/99
A61Q19/02
C12Q1/02
C12N9/99
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023207726
(22)【出願日】2023-12-08
(31)【優先権主張番号】P 2022205949
(32)【優先日】2022-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】小池 咲綾
【テーマコード(参考)】
4B063
4C083
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ27
4B063QQ79
4B063QR77
4B063QS24
4B063QS28
4B063QS33
4B063QX02
4C083AA111
4C083AA112
4C083AC851
4C083AC852
4C083AC861
4C083AC862
4C083CC02
4C083EE16
(57)【要約】
【課題】シミの根本原因にアプローチする新規の色素沈着抑制方法、美白剤、および美白剤のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することを含む、色素沈着抑制方法、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を含む、美白剤、およびmTORシグナリング系に含まれる分子の阻害剤を選択する工程を含む、美白剤のスクリーニング方法が提供される。
【選択図】 図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することを含む、色素沈着抑制方法。
【請求項2】
mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することが、mTORシグナル伝達、S6キナーゼシグナル伝達、4E-BPシグナル伝達、サイクリンD1シグナル伝達、およびc-Mycシグナル伝達からなる群から選択される少なくとも1つのシグナル伝達を阻害することを含む、請求項1に記載の色素沈着抑制方法
【請求項3】
mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することが、mTOR阻害剤、S6キナーゼ阻害剤、4E-BP阻害剤、サイクリンD1阻害剤、およびc-Myc阻害剤からなる群から選択される少なくとも1種を投与することを含む、請求項1に記載の色素沈着抑制方法。
【請求項4】
mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することが、レインボーアルゲエキス、ラパマイシン、LY2584702トシレート、4EGI-1、およびパルボシクリブからなる群から選択される少なくとも1種を投与することを含む、請求項1に記載の色素沈着抑制方法。
【請求項5】
mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を含む、美白剤。
【請求項6】
mTORシグナル伝達、S6キナーゼシグナル伝達、4E-BPシグナル伝達、サイクリンD1シグナル伝達、およびc-Mycシグナル伝達からなる群から選択される少なくとも1つのシグナル伝達を阻害する物質を含む、請求項5に記載の美白剤。
【請求項7】
mTOR阻害剤、S6キナーゼ阻害剤、4E-BP阻害剤、サイクリンD1阻害剤、およびc-Myc阻害剤からなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項5に記載の美白剤。
【請求項8】
レインボーアルゲエキス、ラパマイシン、LY2584702トシレート、4EGI-1、およびパルボシクリブからなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項5に記載の美白剤。
【請求項9】
美白剤のスクリーニング方法であって、
mTORシグナリング系に含まれる分子の阻害剤を選択する工程
を含む、スクリーニング方法。
【請求項10】
mTORシグナリング系に含まれる分子が、mTORシグナル伝達、S6キナーゼシグナル伝達、4E-BPシグナル伝達、サイクリンD1シグナル伝達、およびc-Mycシグナル伝達からなる群から選択される少なくとも1つのシグナル伝達に含まれる分子である、請求項9に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
mTORシグナリング系に含まれる分子が、mTOR、mTOR複合体、S6キナーゼ、4E-BP、eIF4F複合体、サイクリンD1、サイクリンD1・CDK4/6複合体、c-Myc、およびc-Myc/Max二量体からなる群から選択される少なくとも1種の分子である、請求項9に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記方法が以下の:
被験物質を含む培地で皮膚細胞を培養する工程、
培養後の皮膚細胞においてmTORシグナリング系の活性を測定する工程、及び
測定されたmTORシグナリング系の活性を、対照のmTORシグナリング系の活性と比較する工程
を含み、mTORシグナリング系の活性が抑制された場合に、被験物質を色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤としてスクリーニングする、請求項9に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
レインボーアルゲエキスを含む、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色素沈着抑制方法に関し、より詳細には、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制を介した色素沈着抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シミ(色素斑)とは、肌に色素が沈着することにより生じ、肌の色素が沈着した部位と沈着していない部位との境界が明瞭である程度に色素が沈着した状態等を指す。シミにおける主要な色素成分としては、メラニン成分やヘモジデリン成分が挙げられる。
【0003】
メラニン成分などをターゲットとした化粧用組成物としては、例えば、特許文献1に、皮膚に局所的に適用された時に、表皮のメラニンを分解する子嚢菌(Ascomycete)由来酵素抽出物を含有する美白化組成物が開示されている。
【0004】
また、これまで、シミの原因遺伝子を明らかにするために、老人性色素斑(lentigo senilis)における網羅的遺伝子発現解析(非特許文献1)や、ヒト皮膚組織を用いた関与因子の同定(特許文献2)が行われている。
【0005】
例えば、特許文献3には、皮膚のシミ状況分析方法として、被検対象より採取したヒト表皮組織におけるC19orf28、TRIM63、PI15、KCNE4、HOXD8、IGFBP7、LPL、LOC375295、NLRP2、CRTAC1、DOCK8、PFTK2、C2orf88、TRIM9、HMCN1、AEBP1、FLT1、MAPKBP1及びMKL2から選択される遺伝子の発現量、又は当該遺伝子の発現産物の量を指標とし、被検対象より採取した対照部位の同遺伝子の発現量、又は同遺伝子の発現産物の発現量と比較することにより、当該皮膚のシミ形成の進行度若しくは改善度を把握することを特徴とする方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3967681号公報
【特許文献2】特許第3943490号公報
【特許文献3】特許第5858601号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Aoki H et al. (2007) Br. J. Dermatol. 156: 1214-1223
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の美白化粧品でターゲットとされているメラニン増加やターンオーバー停滞はシミの根本原因ではない。シミにおける生理機能は未だ未解明な点が多く、シミの根本原因を解明および制御することが必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、mTORシグナリング系が、シミの根本原因であるシミ化スイッチとしてシミの形成に寄与すること、具体的には、シミ部位ではmTORシグナリング系が活性化されていること、mTORシグナリング系の活性化がその下流のシグナル伝達を介して、シミの形成に寄与することを見出した。そして、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することで、色素沈着抑制効果を得られることを発見した。本発明はこのような知見に基づくものであり、以下の態様を包含する。
【0010】
(態様1-1) mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することを含む、色素沈着抑制方法。
(態様1-2) 色素沈着抑制において使用するためのmTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤。
(態様1-3) 色素沈着抑制剤の製造のための、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤の使用。
(態様1-4)mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤を含む色素沈着抑制剤。
(態様2) mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することが、mTORシグナル伝達、S6キナーゼシグナル伝達、4E-BPシグナル伝達、サイクリンD1シグナル伝達、およびc-Mycシグナル伝達からなる群から選択される少なくとも1つのシグナル伝達を阻害することを含む、態様1-1に記載の色素沈着抑制方法。
(態様3) mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することが、mTOR阻害剤、S6キナーゼ阻害剤、4E-BP阻害剤、サイクリンD1阻害剤、およびc-Myc阻害剤からなる群から選択される少なくとも1種を投与することを含む、態様1-1又は2に記載の色素沈着抑制方法。
(態様3-2)mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤が、mTOR阻害剤、S6キナーゼ阻害剤、4E-BP阻害剤、サイクリンD1阻害剤、およびc-Myc阻害剤からなる群から選択される少なくとも1の阻害剤を含む、態様1-2~1-4に記載の発明。
(態様4) mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することが、レインボーアルゲエキス、ラパマイシン、LY2584702トシレート、4EGI-1、およびパルボシクリブからなる群から選択される少なくとも1種を投与することを含む、態様1~3のいずれか1つに記載の色素沈着抑制方法。
(態様4-2)mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤が、レインボーアルゲエキス、ラパマイシン、LY2584702トシレート、4EGI-1、およびパルボシクリブからなる群から選択される少なくとも1である、態様3-2に記載の発明。
(態様5-1) mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を含む、美白剤。
(態様5-2)美白剤の製造のための、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する
物質の使用。
(態様5-3)美白において使用するための、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質。
(態様5-4)mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を投与することを含む、美白方法。
(態様6) 前記mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質が、mTORシグナル伝達、S6キナーゼシグナル伝達、4E-BPシグナル伝達、サイクリンD1シグナル伝達、およびc-Mycシグナル伝達からなる群から選択される少なくとも1つのシグナル伝達を阻害する物質を含む、態様5-1~5-4に記載の発明。
(態様7) 前記mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質がmTOR阻害剤、S6キナーゼ阻害剤、4E-BP阻害剤、サイクリンD1阻害剤、およびc-Myc阻害剤からなる群から選択される少なくとも1種を含む、態様5-1~6のいずれか一項に記載の発明。
(態様8) 前記mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質が、レインボーアルゲエキス、ラパマイシン、LY2584702トシレート、4EGI-1、およびパルボシクリブからなる群から選択される少なくとも1種を含む、態様5-1~7のいずれか1つに記載の美白剤。
(態様9) 美白剤のスクリーニング方法であって、 mTORシグナリング系に含まれる分子の阻害剤を選択する工程を含む、スクリーニング方法。
(態様10) mTORシグナリング系に含まれる分子が、mTORシグナル伝達、S6キナーゼシグナル伝達、4E-BPシグナル伝達、サイクリンD1シグナル伝達、およびc-Mycシグナル伝達からなる群から選択される少なくとも1つのシグナル伝達に含まれる分子である、態様9に記載のスクリーニング方法。
(態様11) mTORシグナリング系に含まれる分子が、mTOR、mTOR複合体、S6キナーゼ、4E-BP、eIF4F複合体、サイクリンD1、サイクリンD1・CDK4/6複合体、c-Myc、およびc-Myc/Max二量体からなる群から選択される少なくとも1種の分子である、態様9または10に記載のスクリーニング方法。
(態様12)
前記方法が以下の:
被験物質を含む培地で皮膚細胞を培養する工程、
培養後の皮膚細胞においてmTORシグナリング系の活性を測定する工程、及び
測定されたmTORシグナリング系の活性を、対照のmTORシグナリング系の活性と比較する工程
を含み、mTORシグナリング系の活性が抑制された場合に、被験物質を色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤としてスクリーニングする、態様9に記載のスクリーニング方法。
(態様13)レインボーアルゲエキスを含む、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、シミの根本原因にアプローチする新規の色素沈着抑制方法、美白剤、および美白剤のスクリーニング方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、mTORシグナリング系に含まれるシグナル伝達の一例を示す模式図である。
図2図2は、健常部位とシミ部位のメラニン染色(フォンタナマッソン染色)像である。
図3図3は、健常部位とシミ部位における分化状態を示す免疫蛍光染色像である。
図4図4は、健常部位とシミ部位におけるmTORシグナリング活性化マーカーの発現状態を示す免疫蛍光染色像である。
図5図5は、mTOR阻害剤またはmTOR活性化剤を添加した培養細胞の写真および細胞増殖率のグラフである。
図6図6は、mTOR阻害剤またはmTOR活性化剤を添加した培養細胞のメラニン取り込み量を示すメラニン染色像である。
図7図7は、メラニン含有培地においてmTOR阻害剤またはmTOR活性化剤を添加した培養細胞の写真および細胞増殖率を示すグラフである。
図8図8は、mTOR阻害剤またはmTOR活性化剤を添加した培養細胞の分化誘導状態を示す細胞免疫蛍光染色像である。
図9図9は、mTOR活性化剤およびmTOR阻害剤を添加した3D皮膚モデルの外観写真およびメラニン定量のグラフである。
図10図10は、mTOR活性化剤およびmTOR阻害剤を添加したEx vivo新鮮皮膚モデルの外観写真である。
図11図11は、mTOR活性化剤を添加したEx vivo新鮮皮膚モデルのメラニン染色像である。
図12図12は、mTOR活性化剤を添加したEx vivo新鮮皮膚モデルに現れる老人性色素斑の組織の特徴を示すメラニン染色像である。
図13図13は、mTOR活性化剤およびmTOR阻害剤を添加したEx vivo新鮮皮膚モデルのメラニン染色像である。
図14図14は、ラパマイシン又は被験物質としてレインボーアルゲエキスを添加した場合における、ELISAにより決定された培養皮膚細胞におけるpS6Kの相対量についてのグラフを表す。
図15図15Aは、ラパマイシン又は被験物質としてレインボーアルゲエキスを添加した場合における、pS6Kについての免疫染色画像を表す。図15Bは、免疫染色画像においてpS6Kの蛍光強度を定量化した結果を示す。
図16図16Aは、mTOR活性化剤(MHY1485)を添加して過増殖を誘導し、ラパマイシン又は被験物質としてレインボーアルゲエキスを添加した場合において培養された細胞培養物の写真を示す。図16Bは、アラマーブルーアッセイにより定量化した相対細胞増殖率のグラフを表す。
図17図17Aは、mTOR活性化剤(MHY1485)を添加してメラニン取り込みを誘導し、ラパマイシン又は被験物質としてレインボーアルゲエキスを添加した場合において培養された細胞培養物におけるメラニン取り込みを示す。図17Bは、メラニン取り込み量についてのグラフを表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することを含む、色素沈着抑制方法> 本発明の一態様は、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することを含む、色素沈着抑制方法に関する。
【0014】
mTOR(「ラパマイシンの機構的標的:mechanistic target of rapamycin」または「ラパマイシンの哺乳類標的:mammalian target of rapamycin)」は、哺乳類などの動物における細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質キナーゼ(セリン・スレオニンキナーゼ)の一種であり、転写、翻訳、タンパク質合成、解糖系、脂質生合成、血管新生、細胞周期、細胞増殖・分化、免疫などのさまざまな細胞機能の制御に働くPI3K/Akt/mTORシグナリング系の主要な構成分子である。 このmTORについては、今日まで、ステントの再狭窄防止、抗癌剤、免疫抑制剤などとして阻害剤の開発がおこなわれてきたが、mTORがその下流のシグナル伝達を介して皮膚の黒化に関与すること、また、mTORシグナリング系のシグナル伝達を制御することで色素沈着を抑制しうることはこれまで知られておらず、本発明者らが初めて見出した知見である。
【0015】
本発明において、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することにより、色素沈着を抑制する効果が得られる理由は明らかではないが、以下のように推測することができる。 何らかの要因によりmTORが活性化されると、その下流のシグナル伝達(特には、転写、解糖系、それらの下流の翻訳の制御に関与するシグナル伝達)を介してタンパク質の生合成が活性化される。その結果、細胞の増殖・成長・分化のレベルが変化し、ケラチノサイトの過増殖やメラニン取り込みの増加が起こる。これにより、皮膚細胞のターンオーバーが停滞し、皮膚の黒化が引き起こされる。 したがって、mTORシグナリング系に含まれるいずれかのシグナル伝達を抑制することにより、メラニン排出停止を回復し、色素沈着を抑制しうるものと推測される。 ただし、このメカニズムは推論であり、本発明はいかなる理論に縛られるものではない。
【0016】
本明細書において、用語「mTORシグナリング系」は、mTOR自体のシグナル伝達(「mTORシグナル伝達」とも記載する)と、その下流の各種シグナル伝達を包含する。以下に、mTORシグナル伝達およびその下流のシグナル伝達、ならびにそれらの阻害剤を例示する。また、図1にmTORシグナリング系におけるmTORと細胞増殖・サイズ制御特異的反応のシグナル伝達経路を示す。
【0017】
(mTORシグナル伝達およびその阻害剤)
mTORは細胞において、mTOR複合体1(mTORC1)およびmTOR複合体2(mTORC2)という2種類のタンパク質複合体として存在している。 mTOR複合体1は、mTOR、Raptor(regulatory-associated protein of mTOR)、およびmLST8(mammalian lethal with SEC13 protein 8)を含むタンパク質複合体である。mTOR複合体1は、その下流のシグナル伝達を介して、タンパク質合成および脂質合成などの同化代謝、細胞周期の進行、細胞の増殖・分化などを制御する。
【0018】
mTOR複合体2は、mTOR、RICTOR(rapamycin-insensitive companion of mTOR)、mSIN1(mammalian stress-activated protein kinase interacting protein 1)を含むタンパク質複合体である。mTOR複合体2は、その下流のシグナル伝達を介して、細胞代謝や細胞骨格を調節する。
【0019】
本明細書において、「mTORシグナル伝達」は、上記mTOR複合体1またはmTOR複合体2を介したシグナル伝達を指す。
【0020】
mTORシグナル伝達を抑制するmTOR阻害剤としては、mTORを含めたmTOR複合体1および2の各構成分子に対する阻害剤が挙げられる。そのような阻害剤としては、各構成分子の結合部位に結合して複合体形成を阻害する物質や、各構成分子の発現を阻害して複合体形成を阻害する物質などが挙げられる。mTOR阻害剤としては、例えばmTORの細胞内受容体FKBP12(FK506結合タンパク質12)ドメインに結合して活性を阻害するラパマイシン(シロリムス)、およびその類似体が挙げられる。ラパマイシンは、ストレプトミセス属ヒグロスコピクスが生成するマクロライド系抗生物質である。ラパマイシン類似体(「ラパログ」とも総称される)の例としては、エベロリムス、リダフォロリムス、テムシロリムスなどが挙げられる。さらに別の例としては、mTORシグナル伝達阻害剤として、レインボーアルゲエキスが挙げられる。
【0021】
(S6キナーゼシグナル伝達およびその阻害剤)
上述のmTOR複合体1は、PDK1(3-ホスホイノシチド依存性プロテインキナーゼ-1:3-phosphoinositide-dependent kinase-1)とともにS6キナーゼ(リボソームタンパク質S6キナーゼ:ribosomal protein S6 kinase)をリン酸化する。リン酸化されたS6キナーゼは翻訳に関与する多数の基質タンパク質をリン酸化して、翻訳を制御する。「S6キナーゼシグナル伝達」は、このS6キナーゼによるリン酸化を介したシグナル伝達を指す。リン酸化される基質タンパク質としては、S6リボソームタンパク質の他、eIF4Aヘリカーゼの活性化因子であるeIF4B、リン酸化で阻害されるeIF4A阻害因子であるPDCD4、mRNAのスプライシング因子であるSKARなどが挙げられる。
【0022】
このS6Kシグナル伝達を阻害するS6キナーゼ阻害剤としては、LY2584702、LY2584702トシレート、PF-4708671、S6K-18、AD80、AT7867、AT13148などが挙げられる。
【0023】
(4E-BPシグナル伝達およびその阻害剤)
4E-BPs(真核生物翻訳開始因子4E(eIF4E)結合タンパク質:eukaryotic translation initiation factor 4E binding proteins)は翻訳開始因子eIF4Eと結合することによりリボソームの導入を抑制し翻訳を阻害するポリペプチドである。上述のmTOR複合体1は、4E-BPsをリン酸化することにより、eIF4Eから4E-BPsを解離させる。解離したeIF4EはeIF4G、eIF4Aと結合してeIF4F複合体を形成する。eIF4F複合体はmRNAの5’キャップ構造に結合し、リボソームをmRNAへと導入することにより翻訳の開始を制御する。「4E-BPシグナル伝達」は、この4E-BPsの解離により生成するeIF4F複合体を介したシグナル伝達を指す。4E-BPsは、好ましくは4E-BP1である。
【0024】
この4E-BPシグナル伝達を阻害する4E-BP阻害剤(4E-BP下流阻害剤)としては、4E-BPsおよびeIF4F複合体の各構成分子に対する阻害剤が挙げられる。そのような阻害剤としては、各構成分子の結合部位に結合して複合体形成を阻害する物質や、各構成分子の発現を阻害して複合体形成を阻害する物質などが挙げられる。4E-BP阻害剤の例としては、4E-BPと同様にeIF4Eの結合部位に結合することでeIF4Gを置換する合成分子である4EGI-1が挙げられる。4EGI-1はまた、eIF4EとeIF4Gの結合を阻害するだけでなく、同じモチーフを介してeIF4Eの異なる部位に結合し、内因性4E-BP1の結合性を増大させることも知られている。4EGI-1は、eIF4Eの影響を受けやすいmRNA群(eIF4E感受性mRNA)、例えばサイクリンD1、c-Mycなどのキャップ依存性翻訳を阻害する。
【0025】
(細胞の増殖・サイズ・分化の制御に関与するシグナル伝達)
上述のS6Kシグナル伝達および4E-BPシグナル伝達の活性化を介して、細胞の増殖・サイズ・分化の制御に関与するタンパク質の合成が活性化される。そのようなタンパク質の例としては、サイクリンD1、c-Mycなどが挙げられる。これらのタンパク質を介したシグナル伝達を介して、細胞(ケラチノサイトなど)の増殖・サイズ・分化が制御された結果、皮膚細胞の黒化が引き起こされる。
【0026】
・サイクリンD1シグナル伝達およびその阻害剤
サイクリンD1は、CDK(サイクリン依存性キナーゼ:cyclin-dependent kinase)4/6とサイクリンD1・CDK4/6複合体を形成する。サイクリンD1・CDK4/6複合体は、Rb(retinoblastoma)タンパク質をリン酸化し、細胞周期のG1期からS期への移行に必要な遺伝子の転写を促進する。「サイクリンD1シグナル伝達」は、このサイクリンD1・CDK4/6複合体を介したシグナル伝達を指す。
【0027】
このサイクリンD1シグナル伝達を阻害するサイクリンD1阻害剤は、サイクリンD1・CDK4/6複合体の各構成分子に対する阻害剤でありうる。そのような阻害剤としては、各構成分子の結合部位に結合して複合体形成を阻害する物質や、各構成分子の発現を阻害して複合体形成を阻害する物質などが挙げられる。サイクリンD1阻害剤としては、CDK4/6の活性を選択的に阻害するキナーゼ阻害薬であるパルボシクリブが挙げられる。
【0028】
・c-Mycシグナル伝達およびその阻害剤
c-Mycは、E-box配列への結合とヒストンアセチル化酵素のリクルートによって多くの増殖促進遺伝子の発現を活性化する転写因子であり、MycのDNAへの結合を担うbHLH(塩基性ヘリックスループヘリックス)モチーフと、他のbHLH型転写因子であるMaxとの二量体化を担うLZ(ロイシンジッパー)モチーフを含む。c-Mycは、遺伝子の転写伸長反応をアップレギュレーションし、また細胞の増殖、成長、分化を調節する機能を有する。 このc-Mycシグナル伝達を阻害するc-Myc阻害剤としては、c-Myc/Max二量体の形成を阻害するMYCi361、10074-G5など、およびc-Mycの発現量を低下させるJQ1などが挙げられる。
【0029】
本明細書において、上に例示したmTORシグナリング系におけるいずれかのシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害剤は、それらの医薬的に許容可能な塩、溶媒和物、水和物、立体異性体、プロドラッグ、類似体、または誘導体であってもよい。
【0030】
一部の実施形態において、本発明の色素沈着抑制方法は、上記のシグナル伝達阻害剤を対象に投与することを含む。シグナル伝達阻害剤の投与方法および投与対象については、後述の<mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を含む、美白剤>の項目で説明する。
【0031】
一部の実施形態において、本発明の色素沈着抑制方法は、美容または非治療的方法である。一部の実施態様において、本発明にかかる美容または非治療的方法は、いわゆる医療行為を含まない。
【0032】
<mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を含む、美白剤> 本発明の一態様は、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を含む、美白剤に関する。 mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質は、上記<mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することを含む、色素沈着抑制方法>において説明したmTORシグナリング系におけるいずれかのシグナル伝達を阻害するシグナル伝達阻害剤でありうる。
【0033】
本発明にかかる美白剤は、外用投与または経口投与することができる。 外用投与の形態としては、例えば、クリーム、乳液、液体、シート、スプレー、ゲルなど任意に選択することができる。したがって、本発明にかかる美白剤は、皮膚外用剤として調製することができる。本実施形態の皮膚外用剤は、例えば化粧品組成物である。 経口投与の形態としては、例えば、錠剤、サプリメント、飲料、粉末など任意に選択することができる。したがって、本発明にかかる美白剤は、経口投与用組成物として調製することができる。本実施形態の経口投与用組成物は、例えば食品でありうる。
【0034】
本発明に係る皮膚外用剤は、乳液、クリーム、美容液、ローション、パック、洗顔料、石鹸、ボディソープ、シャンプー等の各種化粧品であってもよく、液状、乳液状、クリーム状、固形状、シート状、スプレー状、ゲル状、泡状、パウダー状等の様々な形態であり得る。また、本開示に係る経口投与用組成物は、粉末、飲料、または錠剤であってもよく、粉末状、液状、固形状、顆粒状、粒状、ペースト状、ゲル状等の様々な形態であり得る。
【0035】
本発明にかかる美白剤には、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質を、美白効果(色素沈着抑制効果)が十分発揮されるような量で含有させることが好ましい。その配合量は、それらの種類、目的、形態、利用方法などに応じて、適宜決めることができる。
【0036】
本発明にかかる美白剤が皮膚外用剤である場合、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質の配合量は、例えば、本発明にかかる美白剤の組成物総重量当たり0.001~50重量%、0.01~5重量%、0.01~1重量%、0.01~0.1重量%、0.02~0.05重量%等とすることができるがこれらに限定されない。
【0037】
本発明にかかる美白剤が経口投与用組成物である場合、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質の配合量は、例えば、本発明にかかる美白剤の組成物の総重量当たり0.001~50重量%、0.01~5重量%、0.01~1重量%、0.01~0.1重量%、0.02~0.05重量%等とすることができるがこれらに限定されない。
【0038】
本発明にかかる美白剤には、必要に応じて添加剤を任意に選択し併用することができる。添加剤としては賦形剤等を含ませることができる。
【0039】
賦形剤としては、所望の剤型としたときに通常用いられるものであれば何でも良く、例えば、コムギデンプン、コメデンプン、トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、デキストリン、シクロデキストリンなどのでんぷん類、結晶セルロース類、乳糖、ブドウ糖、砂糖、還元麦芽糖、水飴、フラクトオリゴ糖、乳化オリゴ糖などの糖類、ソルビトール、エリスリトール、キシリトール、ラクチトール、マンニトールなどの糖アルコール類が挙げられる。これら賦形剤は、単独でまたは二種以上組み合わせて使用できる。
【0040】
その他の添加剤として、着色剤、保存剤、増粘剤、結合剤、崩壊剤、分散剤、安定化剤、ゲル化剤、酸化防止剤、界面活性剤、保存剤、pH調整剤、油分、水、アルコール類、キレート剤、シリコーン類、紫外線吸収剤、保湿剤、香料、各種薬効成分、防腐剤、中和剤等の公知のものを適宜選択して使用できる。
【0041】
本発明にかかる美白剤の投与の回数、頻度、量等は、所望の効果等に応じて適宜設定される。
【0042】
例えば、投与頻度は、4週間に1回、2週間に1回、1週間に1回、3日に1回、2日に1回、1日1回、1日2回、1日3回、1日4回、1日5回、都度投与等任意に選択できるがこれらに限定されない。
【0043】
(対象)
本発明にかかる色素沈着抑制方法および美白剤の適用対象は、限定されるものではないが、哺乳動物、特にヒト、ならびにイヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタなどの非ヒト哺乳動物であり得る。対象は、好ましくはヒトである。
【0044】
一部の実施形態において、本発明にかかる色素沈着抑制方法および美白剤の適用対象となるシミは、加齢、紫外線、物理刺激、感染、生活習慣、疾患などに関連する任意の色素沈着である。一部の実施形態において、シミは、老人性色素斑、炎症後色素沈着などでありうる。本発明にかかる色素沈着抑制方法および美白剤は、シミの形成の予防および既に形成されたシミの改善のいずれにも用いられうる。既に形成されたシミは、一過性のシミ、初期のシミ、進行したシミのいずれでもありうる。本開示において、用語「美白」と「色素沈着の抑制」は同義でありうる。したがって、美白剤、色素沈着抑制剤、及びシミ改善剤はそれぞれ互換的に使用することができる。
【0045】
(mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質の使用)
本発明の一態様は、色素沈着の抑制のための、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質およびそれを含む美白剤の使用に関する。さらに、本発明の一態様は、色素沈着の抑制に使用するためのmTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質およびそれを含む美白剤に関する。mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質としては、レインボーアルゲエキスが挙げられる。
【0046】
(色素沈着の抑制のための組成物の製造)
さらに、本発明の一態様は、色素沈着の抑制のための組成物(美白剤)の製造のためのmTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制する効果を有する物質の使用に関する。
【0047】
<スクリーニング方法>
さらに、本発明の一態様は、mTORシグナリング系に含まれる分子の阻害剤を選択する工程を含む、美白剤のスクリーニング方法に関する。
【0048】
一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法は、(1)mTORシグナリング系に含まれる分子を含む試料を用意する工程、(2)用意した試料に被験物質を接触させる工程、(3)被験物質を接触させた試料における目的のシグナル伝達の抑制効果を、被験物質を接触させていない試料におけるシグナル伝達の抑制効果と比較する工程を含む。 工程(3)において、被験物質を接触させていない試料と比較して、被験物質を接触させた試料のシグナル伝達の抑制効果が高い場合に、当該被験物質をmTORシグナリング系に含まれる分子の阻害剤として選択する。
【0049】
(mTORシグナリング系に含まれる分子)
一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法におけるmTORシグナリング系に含まれる分子(すなわち、阻害剤の標的となる分子)は、上記<mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することを含む、色素沈着抑制方法>において説明したmTORシグナリング系の各シグナル伝達に関与する分子でありうる。そのような分子の例としては、mTOR、mTOR複合体1および2(その構成成分である各分子を含む)、4E-BP(4E-BP1など)、eIF4F複合体(その構成成分である各分子を含む)、S6キナーゼ、サイクリンD1、サイクリンD1・CDK4/6複合体、c-Myc、c-Myc/Max二量体などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0050】
(mTORシグナリング系に含まれる分子を含む試料)
一部の実施形態において、mTORシグナリング系に含まれる分子を含む試料は、細胞を用いないin vitro試料である。本実施形態において、本発明のスクリーニング方法は、例えば組換えタンパク質を用いて実施することができる。
【0051】
また、一部の実施形態において、mTORシグナリング系に含まれる分子を含む試料は皮膚細胞である。皮膚細胞は、好ましくは表皮細胞、より好ましくはケラチノサイトでありうる。
【0052】
(被験物質)
本発明のスクリーニング方法の被験物質(すなわち、mTORシグナリング系に含まれる分子の阻害剤)は、例えば、低分子化合物、高分子ポリマー、タンパク質、ペプチド、抗体、酵素、核酸、糖鎖、脂質などの任意の物質、およびそれらを含む組成物でありうる。
【0053】
さらに別の態様では、本発明のスクリーニング方法に用いる被験物質は、化粧品素材、食品素材、医薬品素材などの任意のライブラリーを使用することができる。かかるライブラリーとしては、化合物ライブラリー、エキスライブラリーなどを使用してもよい。各ライブラリーに含まれる化合物及びエキスは、市販の化合物及びエキスを使用してもよいし、合成された化合物及び調製されたエキスを使用してもよい。
【0054】
本明細書に記載される植物又は藻類のエキスは常法により得ることができ、例えばその起源となる植物又は藻類を抽出溶媒とともに常温又は加熱して浸漬または加熱還流した後、濾過し、濃縮して得ることができる。抽出溶媒としては、通常抽出に用いられる溶媒であれば任意に用いることができ、例えば、水性溶媒、例えば水、生理食塩水、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、あるいは有機溶媒、例えばエタノール、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール、グリセリン等のアルコール類、含水アルコール類、クロロホルム、ジクロルエタン、四塩化炭素、アセトン、酢酸エチル、ヘキサン等を、それぞれ単独あるいは組み合わせて用いることができる。好ましくは、溶媒として水とアルコール、例えば1,3-ブチレングリコールの混合溶媒が使用される。上記溶媒で抽出して得られた抽出物をそのまま、あるいは例えば凍結乾燥などにより濃縮したエキスを使用でき、また必要であれば吸着法、例えばイオン交換樹脂を用いて不純物を除去したものや、ポーラスポリマー(例えばアンバーライトXAD-2)のカラムにて吸着させた後、所望の溶媒で溶出し、さらに濃縮したものも使用することができる。植物抽出物は、化粧品原料として市販されている抽出物を用いることもでき、市販の抽出物を所定の濃度にて配合することができる。
【0055】
レインボーアルゲエキスとは、褐藻の一種であるシフォリア(学名 Cystoseira tamariscifolia)から得られたエキスである。シフォリアは、ヨーロッパの海岸に分布する褐藻である。シフォリアの藻体に対し溶媒抽出を行うことで製造することもできる。溶媒としては、水、アルコール又はそれらの混合溶液を用いて抽出することで調製することができる。アルコールとしては、エタノール、プロピレングリコール、又はブチレングリコールが用いられる。より好ましくは、水と1,3-ブチレングリコールの任意の割合の混合液、例えば10:90~90:10の混合液、好ましく30:70~70:30、さらに好ましくは50:50の混合液により抽出されうる。レインボーアルゲエキスは、0.001%~1%の濃度で配合され、0.1%~1%がより好ましい。
【0056】
一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法の被験物質は、mTORシグナリング系の各シグナル伝達に関与する分子に対して阻害効果を有することが既知の物質である。また一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法の被験物質は、メラニン蓄積量を低減する効果を有することが既知の物質である。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、特定の被験物質の活性を評価するアッセイでありうる。
【0057】
また一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法の被験物質は、mTORシグナリング系の各シグナル伝達に関与する分子に対して阻害効果を有することが未知の物質である。また一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法の被験物質は、メラニン蓄積量を低減する効果を有することが未知の物質である。
【0058】
(シグナル伝達の抑制効果の評価)
シグナル伝達の抑制効果は、標的となるシグナル伝達に応じて任意の指標を用いて評価することができる。
【0059】
一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法におけるmTORシグナリング系に含まれる分子は、転写の制御、解糖系の制御、翻訳の制御、およびそれらの下流の細胞の増殖・成長・分化の制御に関与する分子でありうる。すなわち、本発明のスクリーニング方法において、被験物質は、mTORシグナリング系に含まれる分子の転写制御能に対する阻害効果、解糖系の制御能に対する阻害効果、翻訳制御能に対する阻害効果、およびそれらの下流の細胞の増殖・成長・分化の制御能に対する阻害効果を指標として選択されうる。選択の基準は当業者であれば適宜決定することができる。さらに別の実施形態では、シグナル伝達の抑制効果は、mTORシグナリング系に含まれる分子の量に基づいて決定されてもよい。一例として、リン酸化S6キナーゼの量、リン酸化S6リボソームタンパク質の量、リン酸化4E-BPの量、及び解離eIF4Fの量を指標としてスクリーニングをすることができる。リン酸化S6キナーゼの量、リン酸化S6リボソームタンパク質の量、リン酸化4E-BPの量、及び解離eIF4Fの量は、それぞれ特異的な抗体を用いることで検出することができる。
【0060】
一の実施形態は、本発明は、培養皮膚細胞においてmTORシグナリング系の活性を指標とした色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤のスクリーニング方法にも関する。本発明のスクリーニング方法は、より具体的に以下の:
被験物質を含む培地で皮膚細胞を培養する工程、
培養後の皮膚細胞においてmTORシグナリング系の活性を測定する工程、及び
測定されたmTORシグナリング系の活性を、対照のmTORシグナリング系の活性と比較する工程
を含み、mTORシグナリング系の活性を抑制した場合に、被験物質を色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤としてスクリーニングすることができる。
対照のmTORシグナリング系の活性は、被験物質を含まない点でのみ異なる皮膚細胞において測定されたmTORシグナリング系の活性を使用することができる。また、別の態様では、被験物質とともに、mTORシグナリング活性の促進剤を添加してもよく、mTORシグナリング活性を予め亢進しておくことで、mTORシグナリング系の活性の抑制を決定してもよい。この場合、対照としては、被験物質を含まない点でのみ異なる対照と、mTORシグナリング活性の促進剤も含んでいない対照とを使用することができ、両方を使用してもよいし、一方のみを使用してもよい。対照群は、予め実験が行われて、対照群のmTORシグナリング系の活性に基づいて閾値を設定してもよいし、並行して培養及び測定工程が行われてもよい。mTORシグナリング系の活性は、mTORシグナリング系に含まれる分子のうち活性化に関与する分子(すなわち、mTORシグナリング活性化マーカータンパク質)、皮膚細胞へのメラニンの蓄積量、又は皮膚細胞の過増殖抑制作用に基づいて決定することができる。
【0061】
一部の実施形態では、mTORシグナリング系の活性は、mTORシグナリング系に含まれる分子のうち、活性化に関与する分子、すなわちmTORシグナリング活性化マーカータンパク質の量に基づき決定することができる。より具体的に、皮膚細胞中のリン酸化S6キナーゼの量、リン酸化S6リボソームタンパク質の量、リン酸化4E-BPの量、及び解離eIF4Fの量を指標としてスクリーニングをすることができ、これらのmTORシグナリング活性化マーカータンパク質の量は、免疫学的手法、例えばELISAや蛍光免疫染色等の本技術分野に周知の手法を用いて測定することができる。
【0062】
また、一部の実施形態において、本発明のスクリーニング方法の被験物質は、メラニン蓄積量を指標として選択されうる。すなわち、本実施形態のスクリーニング方法は、mTORシグナリング系に含まれる分子を含む試料におけるメラニン蓄積量を測定する工程を含む。例えば、本発明のスクリーニング方法は、(1)mTORシグナリング系に含まれる分子を含む試料として皮膚細胞を用意する工程、(2)皮膚細胞に被験物質を接触させる工程、(3)被験物質を接触させた皮膚細胞におけるメラニン蓄積量を、被験物質を接触させていない皮膚細胞におけるメラニン蓄積量と比較する工程を含む。本実施形態において、被験物質は、mTORシグナリング系の各シグナル伝達に関与する分子に対する阻害効果、および/またはメラニン蓄積量を低減する効果を有することが既知の物質でありうる。
【0063】
一部の実施形態では、mTORシグナリング系の活性は、皮膚細胞の増殖抑制効果に基づいて決定することができる。mTORシグナリング系は活性化されると、サイクリンD1・CDK4/6複合体、c-Myc、c-Myc/Max二量体などの細胞増殖因子の発現が促進されて細胞増殖する。したがって、mTORシグナリング系の活性の指標として、皮膚細胞、特にケラチノサイトの細胞数を指標とすることができ、増殖が抑制された場合に、mTORシグナリング系の活性が抑制されたと決定することができ、それにより
被験物質を、色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤と決定することができる。
【0064】
スクリーニングを方法において用いる皮膚細胞としては、ケラチノサイト、メラノサイトを含む培養物を用いることが好ましく、3次元皮膚モデルも使用することができる。
【0065】
本発明にかかるスクリーニング方法により選択された被験物質(すなわち、mTORシグナリング系に含まれる分子の阻害剤)は、美白剤の成分として使用されうる。
【0066】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば本発明の構成要件の追加、削除および置換を行うことができる。
【実施例0067】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0068】
(実施例1)
CTI-Biotech社より老人性色素斑の特徴を有する色素沈着部位(Hyperpigmented/全て顔面)の皮膚を包埋したパラフィンブロックを5検体分入手した。
【0069】
入手したパラフィンブロックからパラフィン切片(5μm)を作製し、FM染色により組織およびメラニンの状態を評価した。具体的には、パラフィン切片(5μm)を作製し、脱パラフィンを行った後にフォンタナマッソン染色を実施した。フォンタナアンモニア銀溶液(ムトウ化学)に1時間浸漬した後、0.2%塩化金(ムトウ化学)に5秒間浸漬し、メラニンを染色した。封入後、撮影およびバーチャル化をし、刺激の有無によるメラニンの局在と量の変化や乳頭層構造の変化を確認した(図2)。 図2に、代表的な健常部位とシミ部位(厚みがあって色調の濃い老人性色素斑)の結果を示す。シミ部位では、ケラチノサイトの過増殖とメラニン滞留が同時に起きていることが分かる。
【0070】
(実施例2)
入手した5検体について、分化状態を免疫蛍光染色により評価した。具体的には、脱パラフィンしたスライドに抗原賦活化ならびに透過処理を施した。TBSで3回洗浄後、10%ヤギ血清(ニチレイバイオサイエンス)を添加し、室温で1時間ブロッキングを行った。更にTBSで3回洗浄した後、1次抗体anti-Filaggrin(Novus Biologicals)、anti-involucrin(Novus Biologicals)、anti-Cytokeratin 5(LifeSpan Biosciences)を希釈液(1%BSA-TBS)で1:100に希釈し、スライド上に添加して室温で1時間静置した。TBS洗浄を3回行った後、2次抗体AlexaFluor(登録商標)488,594,647(Abcam)を1:1000の比率で希釈したものをスライド上に添加し、室温で1時間静置した。再度TBSで3回洗浄した後、DAPI含有封入剤Fluoro-KEEPER Anti fadeReagent(ナカライテスク株式会社)で封入し、顕微鏡による蛍光観察および画像撮影を行った。免疫蛍光染色の結果はLSM700レーザースキャン共焦点顕微鏡で観察し、Zen2011ソフトウェア(CarlZeiss)で画像を得た。4回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した(図3)。 図3より、シミ部位には分化の乱れが起き、分化初期段階の細胞が多く滞留していることが分かる。この結果から、シミが排出されることなく、長期的に肌に残るのは、メラニン排出システムの停止が肌に記憶されるためと予想される。
【0071】
(実施例3)
入手した5検体について、タンパク質の発現を免疫蛍光染色により評価した。脱パラフィンしたスライドに抗原賦活化ならびに透過処理を施した。TBSで3回洗浄後、10%ヤギ血清(ニチレイバイオサイエンス)を添加し、室温で1時間ブロッキングを行った。更にTBSで3回洗浄した後、1次抗体anti-pS6K(Cell Signaling Technology)とanti-p4EBP1(Cell Signaling Technology)を希釈液(1%BSA-TBS)で1:100に希釈し、スライド上に添加して室温で1時間静置した。TBS洗浄を3回行った後、2次抗体AlexaFluor(登録商標)488(Abcam)を1:1000の比率で希釈したものをスライド上に添加し、室温で1時間静置した。再度TBSで3回洗浄した後、DAPI含有封入剤Fluoro-KEEPER Anti fadeReagent(ナカライテスク株式会社)で封入し、顕微鏡による蛍光観察および画像撮影を行った。免疫蛍光染色の結果はLSM700レーザースキャン共焦点顕微鏡で観察し、Zen2011ソフトウェア(CarlZeiss)で画像を得た。4回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した(図4)。 この結果から、シミ部位ではmTORシグナリング系の恒常的活性化が起きていることが分かる。
【0072】
以上の結果より、シミ部位では、mTORシグナリングがタンパクレベルで過剰発現していることが示された。 これらの結果を踏まえ、次に、mTORシグナリングがどのようなメカニズムでシミ形成に寄与するのかを検証した。
【0073】
(実施例4)
<細胞培養および細胞生存率測定>
正常ヒト表皮ケラチノサイト(倉敷紡績株式会社)は、ケラチノサイト成長サプリメント(EDGS)を添加した60μMカルシウムを含むEpilife(登録商標)培地(Thermo Fisher Scientific)で培養した。8割コンフルエント時に、1μM rapamycin(Calbiochem)(mTOR阻害剤)または10μM MHY1485(東京化成)(mTOR活性化剤)を含有した培地に交換し、更に24時間培養後、アラマーブルーアッセイにより細胞増殖率を評価した。培養終了後、終濃度が10%になるようにアラマーブルー試薬(Thermo Fisher Scientific)を添加した培地をwell内にそれぞれ2mlずつ加え、細胞を37℃、4時間、暗所にて更に培養した。培養後、培地を回収してOD570nm及びOD600nmで測定し、細胞が発する蛍光の強度を測定した。 図5に代表的な培養細胞の写真、および相対蛍光強度のグラフを示す。 これらの結果より、mTOR活性化はケラチノサイトの過増殖を引き起こすことが分かる。
【0074】
(実施例5)
<メラニン取り込み検討およびフォンタナマッソン染色>
ケラチノサイトを5x104cellsずつ6wellカルチャープレートに播種し、24時間後に1μM rapamycin(Calbiochem)または10μM MHY1485(東京化成)を含有したEpilife(登録商標)培地に交換した上で、終濃度が0.004%(w/w)になるように合成メラニン(Sigma-Aldrich)を添加した。48時間後に培地を除去した後、PBS洗浄を3回繰り返し、4%パラホルムアルデヒド(Wako)を添加して、室温で20分間細胞を固定した。メラニン取り込みの可視化にはフォンタナマッソン染色を用いた。フォンタナアンモニア銀溶液(ムトウ化学)に1時間浸漬した後、0.2%塩化金(ムトウ化学)に5秒間浸漬し、メラニンを染色した。核染色にはNuclearFastRed(abcam)を使用した。3回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した(図6)。 この結果より、mTOR活性化ケラチノサイトではメラニン取り込みが増加することが分かる。
【0075】
(実施例6)
<メラニンを取り込んだケラチノサイトの増殖率測定>
正常ヒト表皮ケラチノサイト(倉敷紡績株式会社)は、ケラチノサイト成長サプリメント(EDGS)を添加した60μMカルシウムを含むEpilife(登録商標)培地(Thermo Fisher Scientific)で培養した。8割コンフルエント時に、1μM rapamycin(Calbiochem)(mTOR阻害剤)または10μM MHY1485(東京化成)(mTOR活性化剤)を含有した培地に交換した上で、終濃度が0.004%(w/w)になるように合成メラニン(Sigma-Aldrich)を添加した。更に24時間培養後、アラマーブルーアッセイにより細胞増殖率を評価した。培養終了後、終濃度が10%になるようにアラマーブルー試薬(Thermo Fisher Scientific)を添加した培地をwell内にそれぞれ2mlずつ加え、細胞を37℃、4時間、暗所にて更に培養した。培養後、培地を回収してOD570nm及びOD600nmで測定し、細胞が発する蛍光の強度を測定した。 図7に、代表的な培養細胞の写真、および相対蛍光強度(増殖率)のグラフを示す。 この結果より、メラニンを取り込んだケラチノサイトはmTORを活性化してもそれ以上増殖しないことが分かる。
【0076】
(実施例7)
<分化誘導および細胞免疫蛍光染色>
ケラチノサイトを5x103cellsずつチャンバースライド上に播種し、24時間後に1.8mMのカルシウムを含有したEpilife(登録商標)培地に交換した上で、rapamycinまたはMHY1485を添加した。十分に分化が誘導されるよう、更に48時間培養した後に細胞を固定し、免疫蛍光染色により分化の進行を確認した。チャンバースライドから培地を除去し、PBSで洗浄後、4%パラホルムアルデヒド(Wako)を添加し、室温で20分間細胞を固定した。PBSで3回洗浄し、10%ヤギ血清(ニチレイバイオサイエンス)を各ウェルに添加して室温で1時間ブロッキングを行った。更にPBSで3回洗浄後、1次抗体anti-Involucrin(Abcam)を希釈液(1%BSA-PBS)で1:100に希釈し、固定細胞に添加して室温で1時間静置した。PBS洗浄を3回行った後、2次抗体AlexaFluor(登録商標)488(Abcam)を1:1000の比率で希釈したものを固定細胞に添加し、室温にて1時間静置した。再度PBSで3回洗浄した後、DAPI含有封入剤Fluoro-KEEPER Anti fadeReagent(ナカライテスク株式会社)で封入し、顕微鏡による蛍光観察および画像撮影を行った。免疫蛍光染色の結果はLSM700レーザースキャン共焦点顕微鏡で観察し、Zen2011ソフトウェア(CarlZeiss)で画像を得た。4回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した(図8)。 この結果より、分化の進行にはmTORの不活化が起こることが報告されているが、mTORが活性化された状態では、誘導条件下でも分化が進みにくいことが分かる。
【0077】
以上の結果より、シミ部位ではmTORが活性化されること、その結果、ケラチノサイトの過増殖に伴いメラニンの取り込みが増えること、メラニンをため込んだケラチノサイト(黒色ケラチノサイト)が増殖を停止することが示された。すなわち、mTORの活性化によりターンオーバーが滞り、大量の黒色ケラチノサイトが動けなくなった結果、消えないシミが形成されるという、シミの実態が解明された。 これらの結果は、mTORシグナリングが、ケラチノサイトの増殖/分化挙動を制御することでシミの形成に寄与していることを示す結果である。
【0078】
(実施例8)
<3D皮膚モデルを用いた検討>
メラノサイト含有表皮モデルMEL-300(倉敷紡績株式会社)を6wellプレート内に設置し、900μl/wellの表皮モデル培養用維持培地EPI-LLMM(倉敷紡績株式会社)を加え、1時間馴化させた。培地を除いた後、新たな培地を5mlずつ添加し、更に14日間気相培養を行った。mTORシグナリング阻害評価のため、10μM MHY1485(東京化成)前処理によってmTOR活性を誘導したモデルの上部に、mTORもしくはその下流因子の阻害剤を加えた。mTOR阻害剤rapamycin(100nM,1μM,Calbiochem)、p70S6K阻害剤LY2584702 Tosylate(1μM,10μM,SelleckChemicals)、EIF4E/EIF4G INTERACTION阻害剤4EGI-1(25μM,50μM,Calbiochem)、CDK4/6阻害剤Palbocicrib-HCl(1μM,5μM,Selleck Chemicals)は、それぞれ対応するモデルの上部に25μlずつ添加した。4EGI-1は4EBP-1の活性、Palbocicrib-HClはCDK4またはCDK6と複合体を形成するサイクリンD1の機能を阻害する。培地交換は二日に一度の頻度で行い、その際にモデル上部の残存溶液をピペットマンで除去し、PBSで3回洗浄を加えた後に新たな刺激を加えた。培養終了後、モデルの色調を目視及びメラニン定量で評価した。三次元皮膚モデルから表皮シートを回収し、超音波で破砕した後、遠心分離(4℃、2,300g、5min)をかけた。得られた細胞塊に120μlの0.2N NaOHを加え、80℃で30分間湯煎して細胞内メラニンを抽出した。得られた上清はOD405nmで測定し、これを細胞内含有メラニン量とした。メラニン量は合成メラニン(SigmaAldrich)によって得た検量線で定量化した後に、タンパク量によって標準化した。結果は3回の独立した実験により得た。フォンタナマッソン染色によるメラニン局在評価には、3D皮膚モデルを4%PFA内にて4℃で一晩固定し、パラフィン包埋を行った。パラフィン切片(5μm)を作製し、脱パラフィンを行った後にフォンタナマッソン染色を実施した。フォンタナアンモニア銀溶液(ムトウ化学)に1時間浸漬した後、0.2%塩化金(ムトウ化学)に5秒間浸漬し、メラニンを染色した。封入後、撮影およびバーチャル化をし、刺激の有無によるメラニンの局在と量の変化を確認した。 図9に、3D皮膚モデルの外観写真、およびメラニン定量のグラフを示す。 この結果より、mTORが活性化されると下流の増殖経路を介して皮膚の黒化が起きることが分かる。
【0079】
(実施例9)
<Ex vivo新鮮皮膚を用いた検討>
Genoskin社より新鮮皮膚(NSA11)を購入した。mTORシグナリング阻害評価のため、10μM MHY1485(東京化成)によってmTOR活性を誘導した皮膚サンプルの上部に、mTORもしくは下流因子の阻害剤を加えた。mTOR阻害剤rapamycin(100nM,Calbiochem)、p70S6K阻害剤LY2584702Tosylate(1μM,Selleck Chemicals)、EIF4E/EIF4G INTERACTION阻害剤4EGI-1(25μM,Calbiochem)、CDK4/6阻害剤Palbocicrib-HCl(1μM,Selleck Chemicals)は、それぞれ対応する皮膚サンプルの上部に50μlずつ添加した。 培地交換は毎日行い、その際にサンプル上部の残存溶液を綿棒で除去し、PBSで3回洗浄を加えた後に新たな刺激を加えた。6日間の培養終了後に、皮膚サンプルを回収した。 皮膚サンプルは4%PFA内にて4℃で一晩固定し、パラフィン包埋を行った。パラフィン切片(5μm)を作製し、脱パラフィンを行った後にフォンタナマッソン染色を実施した。フォンタナアンモニア銀溶液(ムトウ化学)に1時間浸漬した後、0.2%塩化金(ムトウ化学)に5秒間浸漬し、メラニンを染色した。封入後、撮影およびバーチャル化をし、刺激の有無によるメラニンの局在と量の変化や乳頭層構造の変化を確認した(図11~13)。
【0080】
図10に皮膚外観写真を、図11~13にメラニン染色像を示す。 これらの結果より、mTOR下流の増殖経路の抑制は、皮膚の明色化を示すことが分かる(図10)。 また、MHY1485処理皮膚では表皮肥厚・真皮への落ち込み・表皮層におけるメラニン滞留が出現し(図11)、また、MHY1485処理皮膚は、老人性色素斑の組織の特徴を有する(図12、老人性色素斑の写真は参考写真)のに対し、mTOR下流阻害剤はMHY1485に誘導されたシミ様特徴を改善することが分かる(図13)。
【0081】
これらの結果より、mTORシグナリング系のシグナル伝達を抑制することで、色素沈着抑制効果が得られることが実証された。
【0082】
<統計処理>
本実施例における統計処理はGraphPadPrism5(GraphPadSoftware,LaJolla,CA)を用い、一次元配置分散分析によって行った。p<0.05の時に統計学的有意差があると判断し、その程度はそれぞれ以下のアスタリスク表記により示した。(*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001)すべての実験は3回以上繰り返し、再現性の確認を行った。
【0083】
(実施例10)
<mTOR活性阻害のスクリーニング>
<ELISA法>
ELISAはHuman Phospho-P70S6K(Thr421/Ser424) Quantitative ELISA Kit(RayBiotech)を用い、製造者の指示に従って行った。正常ヒト表皮ケラチノサイト(倉敷紡績株式会社)は、ケラチノサイト成長サプリメント(EDGS)を添加した60μMカルシウムを含むEpilife(登録商標)培地 (Thermo Fisher Scientific)で培養した。8割コンフルエント時に、1μM ラパマイシン(Calbiochem)または被験物質として、終濃度が0.1%、0.5%、1%になるようにレインボーアルゲエキス(CODIF International)を添加し、更に30分間培養をした。培養細胞をPBSですすぎ、Lysis Bufferにて可溶化、セルスクレイパーで回収した後、氷上でピペッティングを行い30分間静置した。その後13,000rpmで10分間、4℃で遠心分離を行い、不要物を除去した上清を細胞抽出液とした。希釈した細胞抽出液を、anti-pan-P70S6K でコーティングされた96ウェルプレートに100μlずつ加え、2.5時間室温でインキュベートした。ウェルを洗浄し、検出抗体rabbit anti-phospho-P70S6K (Thr421/Ser424)を100μlずつ加え、更に1時間インキュベートした。更にウェルを洗浄した後、HRP-conjugated anti-rabbit IgG 100μlを加え、穏やかに振とうしながら室温で1時間インキュベートした。再度ウェルの洗浄後、100μlのTMB(3,3,5,5’-tetra methyl benzidine)One-Step Substrate Reagentを各ウェルに加えた。室温で30分間インキュベートし、50μlずつStop solution(0.2M sulfuric acid)を加えた後、すみやかにOD450nmで測定し、細胞が発する蛍光の強度を測定した。対照としては、被験物質を含まないことを除き同じ条件で実験を行い、蛍光の強度を測定した(Control)。対照と比較して、被験物質のレインボーアルゲエキスを用いた場合に、pS6Kのタンパク質量が有意に減少した(図14)。またレインボーアルゲエキスを1%の濃度で用いた場合に、pS6Kのタンパク質量は、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤である1μMのラパマイシンを用いた場合と同程度であった。これにより、被験物質のレインボーアルゲエキスは、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤としてスクリーニングされ、色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤として使用できることが示された。
【0084】
(実施例11)
<mTOR活性阻害のスクリーニング>
<免疫蛍光染色>
ケラチノサイトを5x10細胞ずつチャンバースライド上に播種し、24時間後にラパマイシンまたは被験物質として、終濃度が0.1%、0.5%、1%になるようレインボーアルゲエキス(CODIF International)を添加した。更に30分間培養した後、速やかにチャンバースライドから培地を除去し、PBSで 洗浄、4%パラホルムアルデヒド(Wako) を添加し、室温で20分間細胞を固定した。PBS で3回洗浄し、10%ヤギ血清(ニチレイバイオサイエンス)を各ウェルに添加して室温で1時間ブロッキングを行った。更にPBS で3回洗浄後、1次抗体anti-phospho-P70S6K(Cell Signaling Technology)を希釈液(1% BSA-PBS)で1:100に希釈し、固定細胞に添加して室温で1時間静置した。PBS 洗浄を3 回行った後、2次抗体Alexa Fluor(登録商標)488(Abcam)を1 : 1000 の比率で希釈したものを固定細胞に添加し、室温にて1時間静置した。再度PBSで3 回洗浄した後、DAPI含有封入剤Fluoro-KEEPER Antifade Reagent(ナカライテスク株式会社)で封入し、顕微鏡による蛍光観察および画像撮影を行った。免疫蛍光染色の結果はLSM700レーザースキャン共焦点顕微鏡で観察し、Zen2011ソフトウェア(Carl Zeiss)で画像を得た。4回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した(図15A)。また、蛍光強度を、Image Jを用いて解析して示した(図15B)。対照としては、被験物質を含まないことを除き同じ条件で実験を行った(Control)。対照と比較して、被験物質のレインボーアルゲエキスを用いた場合に、pS6Kのタンパク質量が有意に減少した(図15B)。またレインボーアルゲエキスを1%の濃度で用いた場合に、pS6Kのタンパク質量は、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤である1μMのラパマイシンを用いた場合と同程度であった。これにより、被験物質のレインボーアルゲエキスは、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤としてスクリーニングされ、色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤として使用できることが示された。
【0085】
(実施例12)
<mTOR活性阻害のスクリーニング>
<細胞培養および細胞生存率測定>
正常ヒト表皮ケラチノサイト(倉敷紡績株式会社)は、ケラチノサイト成長サプリメント(EDGS)を添加した60μMカルシウムを含むEpilife(登録商標)培地 (Thermo Fisher Scientific)で培養した。8割コンフルエント時に、1μMラパマイシン(Calbiochem)または10μM MHY1485(東京化成)を含有した培地に交換し、更に、被験物質として終濃度が0.1%、0.5%、1%になるようレインボーアルゲエキス(CODIF International)を添加した。24時間培養後、アラマーブルーアッセイにより細胞増殖率を評価した。培養終了後、終濃度が10%になるようにアラマーブルー試薬(Thermo Fisher Scientific)を添加した培地をwell内にそれぞれ2mlずつ加え、細胞を37℃、4時間、暗所にて更に培養した(図16A)。培養後、培地を回収してOD570nm及びOD600nmで測定し、細胞が発する蛍光の強度を測定した。対照としては、被験物質を含まないことを除き同じ条件で実験を行った(Control)。対照と比較して、被験物質のレインボーアルゲエキスを用いた場合に、細胞数が有意に減少した(図16B)。mTOR活性化剤であるMHY1485を用いた場合に、細胞数は対照に比較して増大し、過増殖状態となった。一方で、MHY1485とレインボーアルゲエキスを0.1%、0.5%、1%の濃度で用いた場合に細胞数を対照以下に減少させた。細胞数の減少は、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤である1μMのラパマイシンを用いた場合よりも少なかった。これにより、被験物質のレインボーアルゲエキスは、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤としてスクリーニングされ、色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤として使用できることが示された。
【0086】
(実施例13)
<mTOR活性阻害のスクリーニング>
<メラニン取り込み検討およびフォンタナマッソン染色>
ケラチノサイトを5x10細胞ずつ6wellカルチャープレートに播種し、24時間後に1μMラパマイシン(Calbiochem)または10μM MHY1485(東京化成)を含有したEpilife(登録商標)培地に交換した上で、終濃度が0.1%、0.5%、1%になるようレインボーアルゲエキス(CODIF International)を添加した。更に、終濃度が0.004%(w/w)になるように合成メラニン(Sigma-Aldrich)を添加した。48時間後に培地を除去した後、PBS洗浄を3回繰り返し、4%パラホルムアルデヒド(Wako) を添加して、室温で20分間細胞を固定した。メラニン取り込みの可視化にはフォンタナマッソン染色を用いた。フォンタナアンモニア銀溶液(ムトウ化学)に1時間浸漬した後、0.2%塩化金(ムトウ化学)に5秒間浸漬し、メラニンを染色した。核染色にはNuclear Fast Red(abcam)を使用した。撮影した写真からメラニンを含む領域を定量する際には画像解析ソフトImageJ(NIH)を用いた。4回の独立した実験を行った後、代表的な写真を結果として示した(図17A)。対照としては、被験物質を含まないことを除き同じ条件で実験を行った(Control)。mTOR活性化剤であるMHY1485を用いた場合に、メラニン取り込み量は対照に比較して増大した(図17B)。一方で、MHY1485とレインボーアルゲエキスを0.1%、0.5%、1%の濃度で用いた場合にメラニン取り込み量は、対照と比較して増大したものの、MHY1485添加群と比較して低下した。これにより、被験物質のレインボーアルゲエキスは、mTORシグナリング系のシグナル伝達抑制剤としてスクリーニングされ、色素沈着抑制剤、美白剤、又はシミ改善剤として使用できることが示された。
【0087】
<統計処理>
統計処理はGraph Pad Prism 5(Graph Pad Software, La Jolla, CA)を用い、一次元配置分散分析によって行った。p < 0.05の時に統計学的優位差があると判断し、その程度はそれぞれ以下のアスタリスク表記により示した。(*p < 0.05, **p < 0.01, ***p < 0.001)すべての実験は3回以上繰り返し、再現性の確認を行った。
図1
図2
図3
図4
図5
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図10
図11
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