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特開2024-91766電磁波吸収体、および電磁波吸収体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024091766
(43)【公開日】2024-07-05
(54)【発明の名称】電磁波吸収体、および電磁波吸収体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H05K 9/00 20060101AFI20240628BHJP
   H01F 1/113 20060101ALI20240628BHJP
   H01F 1/37 20060101ALI20240628BHJP
   H01Q 17/00 20060101ALI20240628BHJP
【FI】
H05K9/00 M
H01F1/113
H01F1/37
H01Q17/00
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024066048
(22)【出願日】2024-04-16
(62)【分割の表示】P 2022025582の分割
【原出願日】2017-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2016144197
(32)【優先日】2016-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005810
【氏名又は名称】マクセル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】藤田 真男
(72)【発明者】
【氏名】廣井 俊雄
(57)【要約】
【課題】ミリ波帯域以上の高い周波数帯域において周波数の異なる複数種類の電磁波を良好に吸収することができる電磁波吸収体を実現する。
【解決手段】ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体であって、前記磁性体層は、粒子状の前記磁性酸化鉄と樹脂製バインダーとを含み、前記複数層積層された前記磁性体層のうち、隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差が350Ω以下であり、前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個の吸収ピークを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体であって、
前記磁性体層は、粒子状の前記磁性酸化鉄と樹脂製バインダーとを含み、
前記複数層積層された前記磁性体層のうち、隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差が350Ω以下であり、
前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個の吸収ピークを有することを特徴とする電磁波吸収体。
【請求項2】
前記吸収ピークの個数が、積層された前記磁性体層の層数と等しい、請求項1に記載の電磁波吸収体。
【請求項3】
前記磁性体層の入力インピーダンスの値が、電磁波の入射面側から電磁波の進行方向に沿って順次大きな値となっている、請求項1又は2に記載の電磁波吸収体。
【請求項4】
電磁波の入射面側の最表層に配置された前記磁性体層の入力インピーダンスが、真空中のインピーダンスに対して整合されている、請求項1~3のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【請求項5】
前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄またはストロンチウムフェライトから選ばれる少なくとも1種である、請求項1~4のいずれかに記載の電磁波吸収体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載された電磁波吸収体を製造する電磁波吸収体の製造方法であって、
前記電磁波吸収層を構成する複数の前記磁性体層の厚みを調整することで、隣り合う2つの前記磁性体層のインピーダンスの絶対値の差を350Ω以下とすることを特徴とする、電磁波吸収体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電磁波を吸収する電磁波吸収体に関し、特に、ミリ波帯と称される数十ギガヘルツ(GHz)から数百ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域、さらには3テラヘルツ(THz)までの高い周波数帯域において、異なる複数の周波数の電磁波を吸収可能な電磁波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話などの移動体通信や無線LAN、料金自動収受システム(ETC)などでは、数ギガヘルツ(GHz)の周波数帯域を持つセンチメートル波と呼ばれる電磁波が用いられている。
【0003】
このようなセンチメール波を吸収する電磁波吸収シートとして、ゴム状電磁波吸収シートと段ボールなどの紙状シート材とを積層した積層体シートが提案されている(特許文献1参照)。また、異方性黒鉛とバインダーとを含む薄型シートを交互に積層してその厚さを調整することで、電磁波入射方向に関係なく電磁波吸収特性を安定させた電磁波吸収シートが提案されている(特許文献2参照)。
【0004】
さらに、より高い周波数帯域の電磁波を吸収できるようにすることを目的として、偏平状の軟磁性粒子の長手方向をシートの面方向に揃えることで、20ギガヘルツ以上の周波数帯域の電磁波を吸収可能な電磁波吸収シートが提案されている(特許文献3参照)。
【0005】
また、イプシロン酸化鉄(ε-Fe23)結晶を磁性相に持つ粒子の充填構造を有する電磁波吸収体が、25~100ギガヘルツの範囲で電磁波吸収性能を発揮することが知られている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011-233834号公報
【特許文献2】特開2006- 80352号公報
【特許文献3】特開2015-198163号公報
【特許文献4】特開2008- 60484号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年では、送信するデータのさらなる大容量化を可能とするために、60ギガヘルツの周波数を用いた無線通信が計画され、また、極めて狭い指向性を活用する車載レーダー機器として数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯域(30~300ギガヘルツ)の周波数を有するミリ波レーザーの利用が進められている。さらに、ミリ波帯域を超えた高い周波数帯域の電磁波として、テラヘルツ(THz)オーダーの周波数を有する電磁波を利用する技術の研究も進んでいる。
【0008】
しかし、電磁波利用技術の一つであり漏洩電磁波を防止するためなどに不可欠な電磁波吸収体としては、30ギガヘルツから300ギガヘルツのミリ波帯域全体、または、3テラヘルツまでのより高い周波数帯域の電磁波を吸収できるような電磁波吸収体は実現されていない。特に、従来の電磁波吸収体は、それぞれが吸収できる電磁波の周波数範囲が限られており、異なる複数の周波数の電磁波を吸収可能な電磁波吸収体は実現されていない。
【0009】
本開示は、上記従来の課題を解決し、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域において周波数の異なる複数種類の電磁波を良好に吸収することができる電磁波吸収体を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため本願で開示する電磁波吸収体は、ミリ波帯以上の高周波数で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体であって、前記磁性体層は、粒子状の前記磁性酸化鉄と樹脂製バインダーとを含み、前記複数層積層された前記磁性体層のうち、隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差が350Ω以下であり、前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個の吸収ピークを有することを特徴とする。
【0011】
また、本願で開示する電磁波吸収体の製造方法は、本願で開示するいずれかの電磁波吸収体を製造する電磁波吸収体の製造方法であって、前記電磁波吸収層を構成する複数の前記磁性体層の厚みを調整することで、隣り合う2つの前記磁性体層のインピーダンスの絶対値の差を350Ω以下以下とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本願で開示する電磁波吸収体は、積層されて電磁波吸収層を構成する磁性体層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が、少なくとも一つの磁性体層において他の磁性体層と異なっている。このため、数十ギガヘルツ以上の高い周波数帯域における、複数の周波数の電磁波を吸収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施形態にかかるシート状の電磁波吸収体の構成を説明する断面図である。
図2】磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値を説明するための、外部磁化に対する磁気特性を示す図である。
図3】Feサイトの一部を置換したイプシロン酸化鉄の電磁波吸収特性を説明する図である。
図4】本実施形態にかかる電磁波吸収体におけるインピーダンス整合について説明する図である。
図5】電磁波吸収体の電磁波吸収特性を測定するフリースペース法を説明するためのモデル図である。
図6】ジャイロ磁気共鳴によって生じる磁性酸化鉄の透磁率の周波数特性を示す図である。図6(a)は、透磁率実部の周波数特性を示す。図6(b)は、透磁率虚部の周波数特性を示す。
図7】磁性酸化鉄の体積含率による透磁率の変化を求めるシミュレーションに用いた磁性体粒子についてのモデルを示す図である。
図8】本実施形態にかかる電磁波吸収体の電磁波吸収層における、積層された磁性体層での電磁波吸収とインピーダンス整合について説明する図である。
図9】本実施形態にかかる電磁波吸収体の電磁波吸収層における、積層された磁性体層の等価回路図である。
図10】本実施形態にかかる電磁波吸収体における電磁波吸収特性についてのシミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本願で開示する電磁波吸収体は、ミリ波帯以上の高周波帯域で磁気共鳴する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層が、複数層積層されて電磁波吸収層を構成する電磁波吸収体であって、少なくとも一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が、他の一つの前記磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界の値と異なっている。
【0015】
このようにすることで、本願で開示する電磁波吸収体は、それぞれの磁性体層に含まれている磁性酸化鉄の磁気共鳴によって、ミリ波帯域である30ギガヘルツ以上の高周波帯域の電磁波を吸収することができる。それぞれの磁性体層に含まれる磁性酸化鉄の磁気共鳴周波数は、当該磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値に比例するため、異方性磁界の値の異なる磁性酸化鉄を含む磁性体層によって、異なる周波数の電磁波を熱に変換して吸収することができる。このため、ミリ波レーダーや数十ギガヘルツ以上の高周波数での通信など、これからの高周波電磁波利用に対応した、周波数の異なる複数の電磁波を吸収することができる電磁波吸収体を提供することができる。
【0016】
なお、異方性磁界(HA)の値が同じ磁性酸化鉄を含む磁性体層を複数層積層している場合は、それらの複数層をまとめて一つの磁性体層と考えることができる。
【0017】
本願で開示する電磁波吸収体において、前記電磁波吸収体が吸収する電磁波の周波数特性が複数個のピークを有し、前記周波数特性の前記ピークの個数が、積層された前記磁性体層の層数と等しいことが好ましい。このようにすることで、複数の周波数の電磁波を吸収することができる電磁波吸収体を、積層される磁性体層の層数を最小限に抑えて実現することができる。
【0018】
また、本願で開示する電磁波吸収体において、前記磁性体層の入力インピーダンスが、隣接する他の前記磁性体層の入力インピーダンスに対して整合されているとともに、電磁波の入射面側の最表層に配置された前記磁性体層の入力インピーダンスが、真空中のインピーダンスに対して整合されていることが好ましい。このようにすることで、電磁波吸収体への電磁波の入射段階や、異なる磁性体層の境界部分を電磁波が進行する際に、電磁波が不所望に反射散乱されることがなく、各磁性体層での電磁波吸収特性を最大限に発揮させることができる。
【0019】
さらに、電磁波の入射面側から電磁波の進行方向に沿って、前記磁性体層の入力インピーダンスの値が順次大きな値となっていることが好ましい。このようにすることで、入射面側の磁性体層から順次積層された磁性体層に電磁波が入射していくことができ、高い電磁波吸収特性を有する電磁波吸収体を実現することができる。
【0020】
また、前記磁性体層が、粒子状の前記磁性酸化鉄と樹脂製バインダーとを含み、可撓性を有するシート状に形成されていることが好ましい。このようにすることで、取り扱いの容易なシート状の電磁波吸収体を実現することができる。
【0021】
さらに、前記磁性酸化鉄が、イプシロン酸化鉄であることが好ましい。このようにすることで、高い磁気共鳴周波数を備えたイプシロン酸化鉄を用いて高い周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体を実現することができる。
【0022】
また、前記電磁波吸収層の、電磁波の入射面側ではない面に、金属板、金属箔、または、金属蒸着膜からなる反射層が積層されていることが好ましい。このようにすることで、ミリ波帯以上の周波数帯域の電磁波の遮蔽と吸収とを確実に行うことができる電磁波吸収体を実現することができる。
【0023】
この場合において、樹脂製の基材上に、前記反射層と前記電磁波吸収層とが順次積層され、前記基材の前記電磁波吸収層が配置されている側とは反対側の面に接着層が形成されていることが好ましい。このようにすることで、取り扱いが容易な電磁波吸収体を実現することができる。
【0024】
以下、本願で開示する電磁波吸収体について、図面を参照して説明する。
【0025】
なお、「電波」は、より広義には電磁波の一種として把握することができるため、本明細書では、電波吸収体を電磁波吸収体と称するなど「電磁波」という用語を用いることとする。
【0026】
(第1の実施形態)
本願で開示する電磁波吸収体の第1の実施形態として、磁性体層が粒子状の磁性酸化鉄と樹脂製のバインダーを含んでシート状に形成され、全体としても可撓性を有する電磁波吸収シートとして形成された電磁波吸収体を例示して説明する。
【0027】
[シート構成]
図1は、本実施形態で説明する電磁波吸収体としての電磁波吸収シートの構成を示す断面図である。
【0028】
なお、図1は、本実施形態にかかる電磁波吸収シートの構成を理解しやすくするために記載された図であり、図中に示された部材の大きさや厚みについて現実に即して表されたものではない。
【0029】
本実施形態で例示する電磁波吸収シートは、磁性酸化鉄が含まれた磁性体層1a、1b、1c、1d、1eが5層積層されて形成された電磁波吸収層1を備えている。電磁波吸収層1を構成するそれぞれの磁性体層1a、1b、1c、1d、1eでは、図1中に磁性体層1aと1bの部分拡大図を示すとおり、粒子状の磁性酸化鉄1a1、1b1が樹脂製のバインダー1a2、1b2中に分散された状態で配置されている。
【0030】
図1に示す本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1を構成する5つの磁性体層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値は、全て異なる値となっている。このようにすることで本実施形態の電磁波吸収シートでは、5層の磁性体層それぞれで所定の周波数の電磁波を吸収することができ、電磁波吸収シート全体としての電磁波吸収特性が、異なる5つの周波数に対して電磁波吸収ピークを形成するようにできる。なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1を形成する複数の磁性体層に含まれた磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が全て異なっていることは本願で開示する電磁波吸収体における必須の条件ではない。少なくとも一つの磁性体層に含まれた磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が、他の一つの磁性体層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値と異なっていること、すなわち、少なくとも2つの異なる異方性磁界(HA)の値を有する磁性酸化鉄を含んだ磁性体層が積層されることで、複数の周波数にピークを有する電磁波吸収特性を備えた電磁波吸収シートを実現することができる。
【0031】
なお、複数層積層された電磁波吸収層としては、各層が直接接して積層されていても良いし、各層の間に各層を接着させる接着層を介して積層されていても良い。各磁性体層間に接着層を介在させる場合には、接着層の厚さは20~100μm程度が好ましい。接着層の厚さが20μmより薄いと、各層の接着力が小さくなり、容易に剥がれたり、ずれたりすることがある。接着層の厚さが100μmより大きいと、複数の磁性体層全体の厚さが大きくなるため、電磁波吸収シート全体の可撓性が低下する傾向がある。接着層の厚さを20~100μmの範囲とすることで、複数の磁性体層が良好に接着されて、かつ、可撓性を有する電磁波吸収シートを実現できる。
【0032】
ここで、接着層としては、粘着テープなどの粘着層として利用される公知の材料、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等を用いることができる。接着力は5N/10mm~12N/10mmが好ましい。接着力が5N/10mmより小さいと、各層が容易に剥がれてしまったり、ずれてしまったりすることがある。また、接着力が12N/10mmより大きいと、各層を剥離する場合、剥離しにくくなる。
【0033】
また、磁性体層に含まれる前記磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が同じ磁性体層を、直接、または、接着層を介して積層した場合は、この積層体では一つの周波数の電磁波を吸収することから、一層の磁性体層とみなすことができる。
【0034】
図2に、磁性酸化鉄の磁化曲線を示す。
【0035】
外部から強さが変化する磁界を印加していった際の磁性酸化鉄に残留する磁化の強さを示す磁化曲線21は、図2に示すようないわゆるヒステリシス曲線を描く。ミリ波帯域、すなわち、波長がmm単位である電磁波の周波数である数十から数百ギガヘルツという高い周波数帯域、さらには、それ以上の3テラヘルツまでのより高い周波数帯域で磁気共鳴を起こす磁性酸化鉄は、ジャイロ磁気共鳴型の磁性体であるため、磁性酸化鉄のヒステリシス曲線は斜めに傾斜した形となる。このとき、困難軸方向の磁化曲線で飽和磁界に達する、図2中に矢印22として示す印加磁界の値が磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値であり、この値は、スピンが一つの方向に揃う印加磁界の強さを示している。
【0036】
異方性磁界(HA)の値と、磁性体の自然磁気共鳴周波数frとの間には、下記式(1)のような関係が成り立つ。
【0037】
fr=ν/2π*HA (1)
ここで、νはジャイロ磁気定数で、磁性体の種類によって定まる値である。
【0038】
このように、ジャイロ磁気共鳴型の磁性体では、異方性磁界(HA)の値と自然磁気共鳴周波数frとの間に比例関係が成り立つため、本実施形態の電磁波吸収層1では、異なる異方性磁界(HA)の値を有するそれぞれの磁性体層1a、1b、1c、1d、1eが異なる周波数で磁気共鳴を起こすことで、当該周波数の電磁波を熱に変換して減衰させる。結果として、本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、それぞれの磁性体層で所定の周波数の電磁波を吸収することができ、磁性体層が積層されることで、複数の周波数の電磁波を吸収することができる。
【0039】
なお、図1に示すように本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1の背面側(図1における下方側)に金属材料からなる反射層2が形成され、電磁波吸収層1と反射層2との積層体が、樹脂製の基材であるベースフィルム3上に配置されている反射型の電磁波吸収シートである。また、ベースフィルム3の電磁波吸収層1が配置されている側(図1における上方側)とは反対側(図1における下方側)には、接着層4が形成されている。
【0040】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、上述のように電磁波吸収層1に含まれる磁性酸化鉄が磁気共鳴を起こすことで電磁波である電磁波を磁気損失によって熱エネルギーに変換して吸収するものであるため、電磁波吸収層1のみで電磁波の吸収が可能である。このため、電磁波吸収層1のみを備えた電磁波吸収シートとして、透過する電磁波を吸収する形態である透過型の電磁波吸収シートとすることも可能である。一方、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1の一方から電磁波が入射し、電磁波吸収層1の他方の側、すなわち電磁波の入射側に対する背面側に金属層である反射層2を設けることで、電磁波吸収層1に入射した電磁波を確実にシールドするとともに、電磁波吸収層1で電磁波を吸収して反射波として放出される電磁波の強度を低減することができる。
【0041】
また、後述するように、本実施形態の電磁波吸収シートでは、吸収する電磁波の周波数に基づいて電磁波吸収層1の厚さを調整するインピーダンス整合を行って、電磁波吸収層1によって確実に異なる周波数の電磁波が吸収されるように調整するが、例えば、75ギガヘルツの電磁波を吸収する電磁波吸収シートの場合、磁性体層は厚みが1mm以下の薄いシート状のものとなる。このため、このような薄膜上の磁性体層を複数層積層したとしても、電磁波吸収層の厚さは薄いままとなり、電磁波吸収層、または、電磁波吸収層と反射層との積層体そのままで電磁波吸収シートとして用いるのではなく、所定厚みの樹脂製基材であるベースフィルム3に積層することで、電磁波吸収シートとしての取り扱い容易性を向上させている。
【0042】
さらに、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、高周波電磁波の発生源の周囲の部材の表面に貼着して用いられることが多いため、ベースフィル3に接着層4を積層することによって、さらに電磁波吸収シートの取り扱い容易性を向上させている。
【0043】
[磁性酸化鉄]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、粒子状の磁性酸化鉄として、イプシロン酸化鉄を用いている。
【0044】
イプシロン酸化鉄(ε-Fe23)は、酸化第二鉄(Fe23)において、アルファ相(α-Fe23)とガンマ相(γ-Fe23)との間に現れる相であり、逆ミセル法とゾルーゲル法とを組み合わせたナノ微粒子合成方法によって単相の状態で得られるようになった磁性材料である。
【0045】
イプシロン酸化鉄は、数nmから数十nmの微細粒子でありながら常温で約20kOeという金属酸化物として最大の保磁力を備え、さらに、歳差運動に基づくジャイロ磁気効果による自然共鳴が数十ギガヘルツ以上のいわゆるミリ波帯の周波数帯域で生じるため、ミリ波帯域の電磁波を吸収する電磁波吸収材料として用いることができる。
【0046】
さらに、イプシロン酸化鉄は、結晶のFeサイトの一部をアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、ロジウム(Rh)、インジウム(In)などの3価の金属元素と置換された結晶とすることで、磁気共鳴周波数、すなわち、電磁波吸収材料として用いられる場合に吸収する電磁波の周波数を異ならせることができる。
【0047】
図3は、Feサイトと置換する金属元素を異ならせた場合の、イプシロン酸化鉄の保磁力Hcと自然共鳴周波数fとの関係を示している。なお、自然共鳴周波数fは、吸収する電磁波の周波数と一致する。
【0048】
図3から、Feサイトの一部が置換されたイプシロン酸化鉄は、置換された金属元素の種類と置換された量によって、自然共鳴周波数が異なることがわかる。また、自然共鳴周波数の値が高くなるほど、当該イプシロン酸化鉄の保磁力が大きくなっていることがわかる。
【0049】
より具体的には、ガリウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε-GaxFe2-x3の場合には、置換量「x」を調整することで30ギガヘルツから150ギガヘルツ程度までの周波数帯域で吸収のピークを有し、アルミニウム置換のイプシロン酸化鉄、すなわちε-AlxFe2-x3の場合には、置換量「x」を調整することで100ギガヘルツから190ギガヘルツ程度の周波数帯域で吸収のピークを有する。このため、電磁波吸収シートで吸収したい周波数の自然共鳴周波数となるように、イプシロン酸化鉄のFeサイトと置換する元素の種類を決め、Feとの置換量を調整することで、吸収される電磁波の周波数を所望の値とすることができる。さらに、置換する金属をロジウムとしたイプシロン酸化鉄、すなわちε-RhxFe2-x3の場合には、180ギガヘルツからそれ以上と、吸収する電磁波の周波数帯域をより高い方向にシフトすることが可能である。
【0050】
イプシロン酸化鉄は、一部のFeサイトが金属置換されたものを含めて購入することが可能である。イプシロン酸化鉄は、平均粒径が約30nm程度の略球形または短いロッド形状(棒状)をした粒子として入手することができる。
【0051】
[磁性体層]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1を構成する各磁性体層は、上述の磁性酸化鉄粒子が樹脂製のバインダーによって分散されていることで、シートとしての可撓性を備える。
【0052】
磁性体層に用いられる樹脂製のバインダーとしては、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、フェノール系樹脂、メラミン系樹脂、ゴム系樹脂などの樹脂材料を用いることができる。
【0053】
より具体的には、エポキシ系樹脂として、ビスフェノールAの両末端の水酸基をエポキシ化した化合物を用いることができる。また、ポリウレタン系樹脂として、ポリエステル系ウレタン樹脂、ポリエーテル系ウレタン樹脂、ポリカーボネート系ウレタン樹脂、エポキシ系ウレタン樹脂などを用いることができる。アクリル系の樹脂としては、メタアクリル系樹脂で、アルキル基の炭素数が2~18の範囲にあるアクリル酸アルキルエステルおよび/またはメタクリル酸アルキルエステルと、官能基含有モノマーと、必要に応じてこれらと共重合可能な他の改質用モノマーとを共重合させることにより得られる官能基含有メタアクリルポリマーなどを用いることができる。
【0054】
また、ゴム系樹脂として、スチレン系の熱可塑性エラストマーであるSIS(スチレン-イソブレンブロック共重合体)やSBS(スチレン-ブタジエンブロック共重合体)、石油系合成ゴムであるEPDM(エチレン・プロピレン・ジエン・ゴム)、その他アクリルゴムやシリコンゴムなどのゴム系材料をバインダーとして利用することができる。
【0055】
なお、環境に配慮する観点から、バインダーとして用いられる樹脂としては、ハロゲンを含まないハロゲンフリーのものを用いることが好ましい。これらの樹脂材料は、樹脂シートのバインダー材料として一般的なものであるため容易に入手することができる。
【0056】
なお、本明細書において可撓性を有するとは、磁性体層、および、磁性体層が積層されて構成された電磁波吸収層が、一定程度湾曲させることができる状態、すなわち、シートを丸めて元に戻したときに破断などの塑性変形が生じずに平面状のシートに復帰する状態を示している。
【0057】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートの各磁性体層は、電磁波吸収材料としてイプシロン酸化鉄を用いるが、イプシロン酸化鉄は上述のように粒径が数nmから数十nmの微細なナノ粒子であるため、磁性体層の形成時にバインダー内に良好に分散させることが重要となる。このため、電磁波吸収層を構成するそれぞれの磁性体層に、フェニルホスホン酸、フェニルホスホン酸ジクロリド等のアリールスルホン酸、メチルホスホン酸、エチルホスホン酸、オクチルホスホン酸、プロピルホスホン酸などのアルキルホスホン酸、あるいは、ヒドロキシエタンジホスホン酸、ニトロトリスメチレンホスホン酸などの多官能ホスホン酸などのリン酸化合物を含んでいる。これらのリン酸化合物は、難燃性を有するとともに、微細な磁性酸化鉄粉の分散剤として機能するため、バインダー内のイプシロン酸化鉄粒子を、良好に分散させることができる。
【0058】
より具体的に、分散剤としては、和光純薬工業株式会社製、または、日産化学工業株式会社製のフェニルホスホン酸(PPA)、城北化学工業株式会社製の酸化リン酸エステル「JP-502」(製品名)などを使用することができる。
【0059】
なお、磁性体層の組成としては、一例として、イプシロン酸化鉄粉100部に対して、樹脂製バインダーが2~50部、リン酸化合物の含有量が0.1~15部とすることができる。樹脂製バインダーが2部より少ないと、磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。また磁性体層としてシート状の形状を維持できなくなる。50部より多いと、磁性体層の中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収の効果が小さくなる。
【0060】
リン酸化合物の含有量が0.1部より少ないと、樹脂製バインダーを用いて磁性酸化鉄を良好に分散させることができない。15部より多いと、磁性酸化鉄を良好に分散させる効果が飽和する。磁性体層の中で磁性酸化鉄の体積含率が小さくなり、透磁率が低くなるため電磁波吸収の効果が小さくなる。
【0061】
磁性体層は、例えば、少なくとも磁性酸化鉄粉と樹脂製バインダーとを含んだ磁性塗料を作成してこれを所定の厚さで塗布し、乾燥させた後にカレンダ処理することによって形成することができる。また、磁性塗料成分として、少なくとも磁性酸化鉄粉と、分散剤であるリン酸化合物と、バインダー樹脂とを高速攪拌機で高速混合して混合物を調製し、その後、得られた混合物をサンドミルで分散処理することでも磁性塗料を得ることができる。
【0062】
このようにして、例えば、表面にシリコンコートなどを施して、乾燥、カレンダ処理を行った後の磁性体層を容易に剥離可能にした剥離シート上で、電磁波吸収層を構成するそれぞれの磁性体層を作製し、これを剥離シートから剥離して積層するなどの方法によって、所望する磁性酸化鉄が含まれた磁性体層を積層した電磁波吸収層を形成することができる。また、ダイコータやロールコータ、テーブルコータなどを用いてそれぞれの磁性体層を順次積層した後に、磁性体層の積層体に対して一括してカレンダ処理を施すことで、磁性体層が積層された電磁波吸収層の生産性を高めることができる。
【0063】
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層を構成するそれぞれの磁性体層の厚みは電磁波吸収特性を左右する大きな要因となる。磁性体層の厚みについては、後に詳述する。
【0064】
[反射層]
本実施形態の電磁波吸収シートでは、図1に示すように、磁性体層が積層して形成された電磁波吸収層1の背面側、すなわち、電磁波が入射する側とは反対側の面に、反射層2が形成されている。
【0065】
反射層2は、電磁波吸収層1の背面(図1における下側の面)に密着して形成された金属層であればよい。具体的には、反射層2は、電磁波吸収層1を構成する磁性体層のうちで最も電磁波の入射側から遠い位置に形成された磁性体層の表面に密着して配置された金属板として構成できる。また、反射層は、金属板に替えて金属箔を用いて構成することができる。さらには、反射層2は、最も電磁波の入射側から遠い位置に形成された磁性体層の表面に蒸着された金属蒸着膜として、または、最も電磁波の入射側から遠い位置に形成された磁性体層の表面に配置された非金属製のシートや板状部材の電磁波吸収層1側の表面に形成された金属蒸着膜として、実現することができる。
【0066】
反射層2を構成する金属の種類には特に限定はなく、アルミニウムや銅、クロムなどの電子部品等で通常用いられる金属材料をはじめとして、各種の金属材料を用いることができる。なお、使用する金属材料としては、電気抵抗ができるだけ小さく耐食性の高いものを用いることがより好ましい。
【0067】
本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1の背面に反射層2を設けることで、電磁波が電磁波吸収シートを貫通する事態を確実に回避することができ、特に、高周波で駆動される電気回路部品などから外部へと放出される電磁波の漏洩を防止する電磁波吸収シートを実現することができる。
【0068】
なお、電磁波吸収シートとしては、電磁波吸収層1の背面に反射層2を形成して、電磁波の透過を確実に防止する上記使用形態の他に、例えば、電磁波を減衰させるものの一部を貫通させることを前提とするアイソレータとして電磁波吸収シートを用いるなどの使用形態が考えられる。このような使用形態の場合を含め、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて、電磁波吸収層1の背面側に金属膜からなる反射層2を設けることは、必須の事項ではない。
【0069】
[ベースフィルム、接着層]
図1に示すように、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1と反射層2との積層体が、ベースフィルム3上に形成されている。
【0070】
上述したように本実施形態の電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層1を構成する磁性体層の厚みを調整することでより高い電磁波吸収特性を付与することができる。このため、電磁波吸収シートとしての強度や取り扱いの容易性などの観点からのみ、電磁波吸収層1の厚みを決定することができない場合がある。電磁波吸収層1に積層して反射層2を設けた場合でも、全体としての厚みが薄く電磁波吸収シートとしての所定の強度が得られない場合には、図1に示すように、反射層2のさらに背面側に樹脂製の基材であるベースフィルム3を積層することが好ましい。
【0071】
ベースフィルム3は、PETフィルムなどの各種の樹脂製フィルム、ゴム、和紙などの紙部材を用いて構成することができる。ベースフィルム3の材料や厚みは、本実施形態にかかる電磁波吸収シートにおいて電磁波吸収特性には影響を与えないため、電磁波吸収シートの強度や取り扱いの容易性などの実用的な観点から、適切な材料で、かつ、適切な厚みを有するベースフィルム3を選択することができる。
【0072】
さらに、図1に示す本実施形態にかかる電磁波吸収シートでは、ベースフィルム3の電磁波吸収層1が形成されている側とは反対側の表面に、接着層4が形成されている。
【0073】
接着層4を設けることで、ベースフィルム3上に積層された反射層2と電磁波吸収層1とからなる積層体を、電気回路を収納する筐体の内面や、電気機器の内面または外面の所望の位置に貼着することができる。特に、本実施形態の電磁波吸収シートは電磁波吸収層1が可撓性を有するものであるため、湾曲した曲面上にも容易に貼着することができ、電磁波吸収シートの取り扱い容易性が向上する。
【0074】
接着層4としては、粘着テープなどの粘着層として利用される公知の材料、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等を用いることができる。また被着体に対する粘着力の調節、糊残りの低減のために、粘着付与剤や架橋剤を用いることもできる。被着体に対する粘着力は5N/10mm~12N/10mmが好ましい。粘着力が5N/10mmより小さいと、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれてしまったり、ずれてしまったりすることがある。また、粘着力が12N/10mmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。
【0075】
また接着層4の厚さは20μm~100μmが好ましい。接着層4の厚さが20μmより薄いと、粘着力が小さくなり、電磁波吸収シートが被着体から容易に剥がれたり、ずれたりすることがある。接着層4の厚さが100μmより大きいと、電磁波吸収シートを被着体から剥離しにくくなる。また接着層4の凝集力が小さい場合は、電磁波吸収シートを剥離した場合、被着体に糊残りが生じる場合がある。
【0076】
なお、本願明細書において接着層とは、剥離不可能に貼着する接着層であるとともに、剥離可能な貼着を行う接着層であってもよい。
【0077】
また、電磁波吸収シートを所定の面に貼着するにあたって、電磁波吸収シートが接着層4を備えていることが必須の要件ではないことは言うまでもなく、電磁波吸収シートが配置される部材の側の表面に粘着性を備えることや、両面テープや接着剤を用いて所定の部位に電磁波吸収シートを貼着することができる。この点において、接着層4は、本実施形態に示す電磁波吸収シートにおける必須の構成要件ではない。
【0078】
さらに、本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、電磁波吸収層1のみ、または、電磁波吸収層1と反射層2との積層体のみとして実現することができるが、これらの電磁波吸収シートに接着層を備えた形態を採用することができる。
【0079】
[インピーダンス整合]
本実施形態にかかる電磁波吸収シートは、ミリ波帯と呼ばれる数十ギガヘルツから数百ギガヘルツ、さらには、3テラヘルツまでの高い周波数の電磁波を吸収する。このように高周波の電磁波を吸収する電磁波吸収体においては、電磁波吸収層である各磁性体層のインピーダンスが大きく影響するようになる。インピーダンスが整合していない状態、すなわち、電磁波の進入方向に連続する2つの層間でのインピーダンスの値の差が大きい状態では、電磁波が境界を越えて次の磁性体層に進入する際に磁性体層の界面で反射や散乱が起きる。磁性体層に電磁波が進入しない状況では、それぞれの磁性体層に含まれる磁性酸化鉄での磁気共鳴による電磁波吸収を良好に行うことができない。このことから、本実施形態の電磁波吸収シートでは、電磁波吸収層における電磁波が入射する側の表面に位置する磁性体層へと空気中から電磁波が進入する際、さらに、積層された各磁性体層に順次電磁波が進入していく際において、インピーダンスの整合を採る必要がある。
【0080】
以下、インピーダンスの整合について説明する。
【0081】
まず、最も端的な事例として、電磁波吸収層が1層の磁性体層で形成されている場合を想定してインピーダンス整合の考え方について説明する。
【0082】
図4は、電磁波吸収層のインピーダンス整合について説明する図である。
【0083】
なお、図4では、電磁波吸収層1の背面に反射層2を備えた電磁波吸収シートを記載している。これは、背面に反射層2を備えた構成の電磁波吸収シートであれば、電磁波吸収層1で吸収されなかった電磁波が反射層で反射され、電磁波の入射側である前面側に放出されるため、電磁波吸収シートによる電磁波吸収特性の測定を容易に行えるからである。したがって、インピーダンス整合を考える上で、反射層2は必須の構成とはならない。また、図1に示したように、本実施形態の電磁波吸収シートは反射層2の背面側にベースフィルム3と接着層4とを備えているが、これらベースフィルム3と接着層4は、インピーダンス整合を考える上では無関係であるため図4での記載は省略する。
【0084】
図4に示すように、電磁波吸収シートで吸収される電磁波11は、空気中を伝わって電磁波吸収層1に入射する。電磁波吸収層1に入射した電磁波は、図4では図示しない電磁波吸収層1中の電磁波吸収材料であるイプシロン酸化鉄の磁気共鳴によって吸収され、大幅に減衰した電磁波が背面の反射層2で反射して反射波12として前方へと放射される。この反射された反射波12の強度を測定して入射させた電磁波11の強度と比較することで、電磁波吸収シートにおける電磁波の吸収度合いを把握することができる。
【0085】
ここで、電磁波吸収シートの電磁波吸収層1のインピーダンスZinは、下記の数式(2)として表される。
【0086】
【数1】
【0087】
なお、上記の式(2)においてZ0は真空状態のインピーダンス値であって、約377Ωであり、空気中のインピーダンスとほほ同等の値である。このため、Zinの値をZ0と等しくすることで、空気中と電磁波吸収層1との間でのインピーダンスが整合して、空気中を伝わってきた電磁波が電磁波吸収シートの電磁波吸収層1の表面で反射したり散乱したりすることなく、電磁波吸収層1にそのまま入射させることができ、電磁波吸収層1自体が有する電磁波吸収特性を最大限に発揮させることができる。
【0088】
上記式(2)において、Zinの値をZ0と等しくするためには、電磁波の波長λの値が定まれば電磁波吸収層1の厚さdの値を所定の値とすればよいことがわかる。すなわち、電磁波吸収層1で吸収される電磁波の周波数が定まれば、電磁波吸収層1としての最適な厚さdが定まることとなる。
【0089】
なお、このような、インピーダンス整合を行ったことによる電磁波吸収特性については、電磁波吸収シートを用いたフリースペース法によって測定することができる。
【0090】
図5に、フリースペース法に基づく測定状態を模式的に示す。
【0091】
図5に示すように、測定対象として電磁波吸収層1とその背面に反射層2が形成された電磁波吸収シートを作成し、ミリ波ネットワークアナライザーの一つのポートを使用して、送受信アンテナ22から誘電体レンズ23を介して電磁波吸収シートに所定周波数の入力波11(ミリ波)を照射し、電磁波吸収シートからの反射波12を計測する。
【0092】
このとき得られた、入力波11の強度と反射波12の強度とを比較してその減衰度合いであるRL(Reflection Loss)をdBで求める。
【0093】
なお、RLは、以下の式(3)で計算することができる。
【0094】
【数2】
【0095】
このとき得られた反射波12の減衰度合いが、例えば15dBであれば、入射波11の99%が電磁波吸収シートに吸収されて反射波12は1%に減衰していることになり、十分な電磁波吸収特性が得られていると考えることができる。
【0096】
このように、空気中から電磁波吸収層1に電磁波が入射する段階において、吸収する電磁波の周波数に対応して磁性体層の厚さdを選択して、入力インピーダンスZinが空気のインピーダンスZ0と整合するように設定することで、より高い電磁波吸収特性を得ることができる。
【0097】
[磁性体層の積層]
図4を示して説明したように、異なるインピーダンスを有する部材間の境界部分を電磁波が進行する場合に、インピーダンスの整合が不十分であれば境界部分での電磁波の散乱が生じ、不所望な電磁波の反射によって電磁波吸収シートでの電磁波吸収特性が低下することとなる。この現象は、図4に示したような、電磁波が真空中(空気中)から電磁波吸収層に入射する場合に限られず、電磁波吸収層が複数層の磁性体層が積層された積層体の場合、磁性体層の各層の境界部分でも同様に問題となる。このため、例えば、5層の磁性体層の積層体として電磁波吸収層が形成される本実施形態に示す電磁波吸収層の場合には、電磁波が入射する側の最表面に配置された磁性体層と空気との間におけるインピーダンス整合に加えて、各磁性体層間におけるインピーダンスを整合させることが好ましい。
【0098】
以下、本実施形態で示した、5層の磁性体層の積層体として電磁波吸収層が構成されている電磁波吸収体における電磁波吸収特性について、シミュレーションを行って解析した内容を説明する。
【0099】
まず、ジャイロ磁気共鳴を生じる磁性酸化鉄における、入射される電磁波の周波数に対する透磁率を下記式(4)、式(5)として示すLLG(Landau-Lifshitz-Gilbert)方程式を用いて求めた。
【0100】
【数3】
【0101】
上記式(4)と式(5)において、χs0が直流磁化率、ωsがジャイロ磁気共鳴角振動数(2πfr)、aがダンピング定数であり、それぞれにイプシロン酸化鉄の固有値を代入して求めた結果を図6に示す。
【0102】
図6(a)が式(4)で求められた透磁率実部(μ')の周波数特性、図6(b)が式(5)で求められた透磁率虚部(μ'')の周波数特性をそれぞれ示している。
【0103】
図6に示すように、上記シミュレーションに用いたイプシロン酸化鉄は、70ギガヘルツに透磁率虚部(μ'')のピークを有しており、波長70ギガヘルツの電磁波を吸収することがわかる。
【0104】
次に、本実施形態の電磁波吸収体が、磁性酸化鉄粒子を樹脂製バインダー内に分散させた電磁波吸収シートであることに対応して、それぞれの磁性体層における磁性酸化鉄の体積含率を求める。上述のように、例えばイプシロン酸化鉄の微細粒子とバインダー材料と分散剤とを混練した磁性塗料を塗布乾燥した後にカレンダ処理を行って得られた磁性体層は、層内に樹脂製材料が含まれていることと、実際に塗布形成されたシート状の磁性体層に空隙が生じることなどの理由から、層内における磁性体の体積含率を求めてシミュレーションを行う必要がある。
【0105】
図7に、体積含率を考慮して磁性酸化鉄の透磁率を求めるシミュレーションを行う際に用いたモデルを示す。
【0106】
シミュレーションでは、粒状の磁性体とバインダー樹脂とについて、図7に示すように透磁率μrがμrBである直径Dの磁性体粉を、厚さδ/2の樹脂層(透磁率μr=1)が取り囲んでいるとして計算した。
【0107】
このとき、電磁波吸収層全体の透磁率μrは、下記式(6)の様に表すことができる。
【0108】
ここで、磁性体粉の透磁率は透磁率実部と透磁率虚部とから式(7)のように書き表すことができるから、これを式(6)に代入して式(8)と表すことができる。
【0109】
【数4】
【0110】
上記の式(8)から、本実施形態にかかる5層の磁性体層が積層された電磁波吸収層の合成された入力インピーダンスは、下記式(9)と表すことができる。
【0111】
【数5】
【0112】
ここで、ZNは第N層目の材料インピーダンス、γNは第N層目の材料の伝搬定数、dNが第N層の厚みであり、Z0が空気中(真空)のインピーダンスである。
【0113】
なお、式(9)は、図8に示すように、5層の磁性体層62、63、64、65、66が積層された電磁波吸収層の背面に、金属板の反射層67が配置された反射型の電磁波吸収シートをモデルとしている。電磁波が反射する反射層67の側から、順次1層目(N=1)の磁性体層66、2層目(N=2)の磁性体層65、3層目(N=3)の磁性体層64、4層目(N=4)の磁性体層63、5層目(N=5)の磁性体層62が積層されている。
【0114】
また、式(9)では、金属板67は導電性が無限大(抵抗0)であることからその電界と磁界を(0,H1)と表すことができ、5層の磁性体層の積層体である電磁波吸収層を通過して放出される反射波61の電界と磁界とを(E6,H6)と表している。
【0115】
5層の磁性体層による合成の電磁波吸収を反射減衰率「Γ」について整理すると、5層の磁性体層の積層体である電磁波吸収層によって電磁波が吸収された場合の減衰率RL(Reflection Loss)は、反射減衰率「Γ」を用いて式(10)と表すことができる。
【0116】
【数6】
【0117】
ここで、上述のように、磁性体層各層におけるインピーダンスを整合させることが重要となる。
【0118】
図8に示した、N=1からN=5までの5層の磁性体層による電磁波吸収層それぞれにおいて、下記式(11)の条件を満たすようにすれば、式(12)に示すようにN層のインピーダンスZnを空気中のインピーダンスZ0と等しくすることができる。
【0119】
【数7】
【0120】
図8に示したモデルにおける合成インピーダンスを等価回路として示したものが図9である。
【0121】
図9に示すように、各磁性体層それぞれのインピーダンスZ1、Z2、Z3、Z4、Z5の和が、電磁波吸収シートの合成インピーダンスZinとなる。このとき、電磁波吸収シートにおける反射減衰率Γの虚部が0となれば、合成インピーダンスZinが空気中のインピーダンスZ0と等しくなる。
【0122】
5層の磁性体層各層において、式(11)の要件を満たすように設定して各層のインピーダンスを整合させた電磁波吸収体による電磁波吸収特性を、シミュレーションによって求めた結果を図10に示す。
【0123】
図10は、図8に示したモデルを用い、反射層67側から第1層(N=1)の磁性体層66の共鳴周波数が180GHz、第2層(N=2)の磁性体層65の共鳴周波数が150GHz、第3層(N=3)の磁性体層64の共鳴周波数が120GHz、第4層(N=4)の磁性体層63の共鳴周波数が90GHz、第5層(N=5)の磁性体層62の共鳴周波数が70GHzとした。この第5層62が、図6に透磁率実部と透磁率虚部の周波数特性を示した磁性体層である。なお、各層のダンピング定数は、いずれも0.03、直流磁化率は0.05とした。また、複数の磁性体層の積層モデルとしての条件を簡素化するために、各層における磁性体の体積含率は100%と仮定した。
【0124】
ここで、式(1)よりνはジャイロ磁気定数で磁性酸化鉄の種類によって定値であることから、自然磁気共鳴周波数frと異方性磁界HAとの間には比例関係があることが分かる。この関係から、このモデルにおいて、第1層から第5層まで自然磁気共鳴周波数frを変えているということは、それぞれの層で異方性磁界HAを変えていることに相当する。
【0125】
このとき、各層でのインピーダンスを整合させるために、式(11)の条件を満たすようにすると、第1層66の厚みdは856μm、第2層65の厚みdが211μm、第3層64の厚みdが317μm、第4層63の厚みdが351μm、電磁波入射側の第5層62の厚みdが452μmとなり、この値を用いて、電磁波の周波数特性を式(10)に示した減衰率として求めた。
【0126】
図10に、5層の磁性体層が積層された電磁波吸収体での減衰率の周波数特性を示す。
【0127】
上記のシミュレーションの結果、図10に示すように、5層の磁性体層が積層された電磁波吸収体の周波数特性80は、各層それぞれの吸収ピーク周波数として、70GHz(符号81)、90GHz(符号82)、120.5GHz(符号83)、150.5GHz(符号84)、178GHz(符号85)に吸収のピークを持つことが分かる。また、各層のインピーダンスを整合させていることから、それぞれの吸収ピークは減衰率が10dBを超えて形成されているため、該当する周波数の電磁波を良好に減衰できることがわかる。また、それぞれの減衰ピークが鋭く形成されていて、減衰周波数として設定されていない中間の周波数の電磁波は、吸収されずに良好に透過していることがわかる。このように、磁性体層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA))の値を、他磁性体層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値と異なった値に設定し、さらに、積層される磁性体層のインピーダンスを整合することで、所定の周波数以外の周波数の電磁波を透過させるフィルタとしての特性を備えた電磁波吸収体が形成されていることが理解できる。
【0128】
なお、図10に電磁波吸収特性を示した電磁波吸収体は、各磁性体層のインピーダンスを整合させた言わば理想状態のものであり、現実には、各磁性体層のインピーダンスを厳密に一致させて整合させることは困難である。この場合には、電磁波の入射側(図8における第5層62)から電磁波の進行方向に沿って、最も反射層67に近い第1層66に向かうにつれて、それぞれの層のインピーダンスの値が徐々に大きくなるように設定することが好ましい。インピーダンスの値がより大きな層に対しては比較的電磁波が入射しやすいが、インピーダンスの値が小さくなる境界部分では、電磁波の入射が制限されるからである。
【0129】
また、隣り合う磁性体層間のインピーダンスの値の差は、絶対値として350Ω以下とすることが好ましい。2つの磁性体層間でインピーダンスの値の差が絶対値として350Ω以上と大きくなると、当該2つの磁性体層の境界面で電磁波が大きく散乱、反射されてしまうからである。
【0130】
一例として、第4層63の厚みを860μm、インピーダンスを741.7Ω、第5層62の厚みを452μm、インピーダンスを376.7Ωとし、第4層63と第5層62との隣り合う磁性体層間のインピーダンスの値の差を365Ωとした場合の反射減衰率をシミュレーションで求めた場合には、第4層63の反射減衰率は5.59dBとなり、反射減衰率が6dB(1/2)よりも小さくなった。
【0131】
一方、第4層63の厚みを850μm、インピーダンスを701.6Ω、第5層62の厚みを452μm、インピーダンスを376.7Ωとし、第4層63と第5層62との隣り合う磁性体層間のインピーダンスの値の差を325Ωとした場合には、第4層63の反射率は6.10dBとなり50%以上の反射減衰率を得ることができるというシミュレーション結果が得られた。このように、積層された磁性体層間のインピーダンスが350Ωよりも大きい場合には、インピーダンス不整合のみを原因として電磁波吸収特性の大幅な低下が生じ、複数の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体としての特性が得られない。
【0132】
なお、上記350Ωという値は、インピーダンスの不整合が理由となって反射減衰率が50%を下回ってしまうという極端な条件についてシミュレーションから得られた条件であり、インピーダンス整合の裕度範囲を直接的に示す値ではない。電磁波吸収層として、それぞれの磁性体層によって所定の周波数の電磁波を良好に吸収する電磁波吸収体を考えた場合には、各層での吸収率は少なくとも90%以上を要求されると考えられ、各磁性体層の電磁波吸収率が90%以上、すなわち、減衰率が15dBより大きい値で維持されるためには、各磁性体層間のインピーダンスの差は、絶対値として25Ω程度に抑えるべきと考えられる。
【0133】
また、上記実施形態では、図8のモデルにしたがって所定の共鳴周波数を有する磁性体層をそれぞれ1層ずつ全部で5層設けて、5つの周波数を吸収する電磁波吸収体を想定した。しかし、上述の通り、各磁性体層のインピーダンス値には、電磁波の進行方向に沿ってより大きなインピーダンス値とすることが好ましく、また、隣り合う2つの層のインピーダンスの絶対値の差を350Ω以下とすることが好ましい、という制約がある。仮に、所望する共鳴周波数を有する磁性体層が、インピーダンス整合の観点から一定以上の厚さの磁性体層として形成できない場合には、間に1層または複数層の他の共鳴周波数を備えた磁性体層を介して、所定共鳴周波数を備えた磁性体層を複数層に分けて積層することができる。
【0134】
このようにすることで、所定の共鳴周波数の電磁波吸収特性(電磁波吸収減衰率)を十分高い値として得ることができるとともに、周波数特性のピークが高くかつ鋭い、電磁波吸収体を得ることができる。
【0135】
(第2の実施形態)
次に、本願で開示する電磁波吸収体の第2の実施形態について説明する。
【0136】
第2の実施形態にかかる電磁波吸収体は、電磁波吸収層が、磁性酸化鉄粒子が蜜に充填された電磁波吸収体(バルク)である点が、磁性酸化鉄粒子を樹脂製バインダー内に分散させたシート状である第1の実施形態の電磁波吸収体と異なる。
【0137】
このような、磁性酸化鉄粒子が蜜に充填された電磁波吸収体を構成する各磁性体層は、例えば、所定の平面形状とインピーダンス整合の観点から定められた所望する磁性体層の厚さに対応したケースを作製し、その開口部内部に磁性酸化鉄粒子を充填することで構成することができる。
【0138】
このため、磁性酸化鉄粒子を充填する際に用いたケースに入れた状態でケースごと積層して電磁波吸収層を構成する形態を採用することができる。また、ケース内に充填させた磁性酸化鉄に粒子同士を固める凝固剤を注入して固化された磁性体層を複数形成して、ケースから取り出した各磁性体層を積層する形態を採用することが可能である。
【0139】
また、磁性酸化鉄粒子と樹脂とを溶融させて、ダイから押出成形した板状の成形体を積層する形態を採用することも可能である。
【0140】
なお、本実施形態にかかる電磁波吸収体に用いるためにバルクとして形成された各磁性体層において、所望の共鳴周波数を持たせるために例えばε酸化鉄のFe元素をアルミニウムなどで所定量置換することや、各層の磁性体層のインピーダンスを整合させるべきことなどは、シート状の電磁波吸収体について説明した第1の実施形態と同様である。
【0141】
以上説明したように、本願で開示する電磁波吸収体は、電磁波吸収層が複数の磁性体層の積層体として形成され、各磁性体層に含まれる磁性酸化鉄の異方性磁界(HA)の値が、少なくとも一つの層と他の一層とで異なっている。このように構成することで、複数の周波数帯域に吸収のピークを有する電磁波吸収体を実現することができる。
【0142】
このため、例えば探知条件によって周波数が切り替えられるミリ波レーダーが用いられている場合など吸収すべき周波数が複数ある場合であっても、一つの電磁波吸収体によって不要な電磁波を確実に吸収することができる電磁波吸収シートを実現することができる。
【0143】
なお、上記の実施形態では、磁性体層に含まれる磁性酸化鉄として、イプシロン酸化鉄を用いたものを例示して説明した。上述のように、イプシロン酸化鉄を用いることで、ミリ波帯域である30ギガヘルツから300ギガヘルツの電磁波を吸収する電磁波吸収体を形成することかでき、さらに、Feサイトを置換する金属材料として、ロジウムなどを用いることによって、電磁波として規定される最高周波数である数テラヘルツまでの電磁波を吸収する電磁波吸収体を実現することができる。
【0144】
しかし、本願で開示する電磁波吸収体において、磁性体層に用いられる磁性酸化鉄はイプシロン酸化鉄には限られない。
【0145】
フェライト系電磁吸収体としての六方晶フェライトは、76ギガヘルツ帯で電磁波吸収特性を発揮し、さらにストロンチウムフェライトも数十ギガヘルツ帯域に電磁波吸収特性を発揮する。このため、イプシロン酸化鉄以外にもこのようなミリ波帯域である30ギガヘルツから300ギガヘルツにおいて電磁波吸収特性を有する磁性酸化鉄の粒子と、例えば、樹脂製バインダーとを用いてシート状の磁性体層を形成し、これを積層することで、ミリ波帯域の複数の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収シートを実現することができる。
【0146】
なお、例えば、六方晶フェライトの粒子は、上記実施形態で例示したイプシロン酸化鉄の粒子と比較して粒子径が十数μm程度と大きく、また、粒子形状も略球状ではなく板状や針状の結晶となる。このため、樹脂製バインダーを用いて磁性塗料を形成する際に、分散剤の使用や、バインダーとの混練条件を調整して、磁性塗料として塗布した状態において、磁性体層中になるべく均一に磁性酸化鉄粉が分散された状態で、なおかつ、空隙率がなるべく小さくなるように調整することが好ましい。
【0147】
また、上記実施形態では、電磁波吸収層が5層の磁性体層が積層された構成された電磁波吸収シートについて説明したが、電磁波吸収層として磁性体層の層数に限定はない。上述のように、それぞれの磁性体層において吸収される電磁波の周波数範囲は限定されるため、吸収したい電磁波の周波数帯域の個数に対応させて、電磁波吸収層を構成する磁性体層の層数を決定することが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0148】
本願で開示する電磁波吸収体は、ミリ波帯域以上の高い周波数帯域において2つ以上の複数の周波数の電磁波を吸収する電磁波吸収体として有用である。
【符号の説明】
【0149】
1 電磁波吸収層
1a~1e 磁性体層
1a1、1b1 磁性酸化鉄粒子
1a2、1b2 樹脂製バインダー
2 反射層
3 ベースフィルム
4 接着層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10