(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024091767
(43)【公開日】2024-07-05
(54)【発明の名称】流路内の流動解析装置
(51)【国際特許分類】
G01P 5/26 20060101AFI20240628BHJP
A61B 5/026 20060101ALI20240628BHJP
【FI】
G01P5/26 A
A61B5/026 120
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024066067
(22)【出願日】2024-04-16
(62)【分割の表示】P 2019142239の分割
【原出願日】2019-08-01
(71)【出願人】
【識別番号】000153030
【氏名又は名称】株式会社ジェイ・エム・エス
(71)【出願人】
【識別番号】599035627
【氏名又は名称】学校法人加計学園
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中川 宜明
(72)【発明者】
【氏名】岩本 純香
(72)【発明者】
【氏名】冨士野 秀之
(72)【発明者】
【氏名】石田 弘樹
(57)【要約】
【課題】流路内の流動解析を行う場合に、LDVを用いても短時間で流動解析が行えるようにする。
【解決手段】第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の血液チャンバー100への照射方向をX方向とする。流動解析装置1は、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の血液チャンバー100内での交差位置がX方向に移動するように、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2を走査するX方向走査部30を備えている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流路内を流動する流体の流動状態を解析する流路内の流動解析装置において、
近赤外領域のレーザー光を出射するレーザー光源と、
前記レーザー光源から出射したレーザー光を第1レーザー光及び第2レーザー光に分岐するレーザー光分岐部と、
前記レーザー光分岐部により分岐された第1レーザー光及び第2レーザー光を前記流路内の所定位置で互いに交差するように屈折させる第1光学系と、
前記レーザー光分岐部により分岐された前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光をそれぞれ流体の流れ方向に延びるシート状にする第2光学系と、
前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光が互いに交差した線状照射部位を移動する流体中の粒子による前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の散乱光を直線状に集光させる集光光学系と、
前記集光光学系の集光位置に配置された受光素子と、
前記受光素子に入射した前記散乱光を電気信号に変換する光電変換素子と、
前記線状照射部位での散乱光に含まれる光ビートの周波数を前記電気信号に基づいて得て、得られた周波数から前記線状照射部位での流体の流速を演算する流速演算部と、
前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の前記流路への照射方向をX方向としたとき、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の前記流路内での交差位置が前記X方向に移動するように、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光を走査するX方向走査部とを備えていることを特徴とする流路内の流動解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば血液浄化療法等で使用される血液回路の血液チャンバー内を流動する血液の流動状態を解析する等、流路内の流動解析装置に関し、特にレーザー光の可干渉性を利用し流速を測定する構造の技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
血液浄化療法で使用される血液回路は血液チャンバーやチューブ等で構成されており、これらのうち、特に、血液チャンバー内の血液の流動解析は、血液チャンバー内での血液凝固を抑制する手段を検討するために重要視されている。血液チャンバー内での血液凝固の要因として考えられているのは、例えば部分的な血液滞留や速度変化等であり、これらを具体的に把握して血液凝固のメカニズムを解析できれば、血液凝固を起こしにくい血液チャンバーの設計が可能になる。しかし、血液チャンバー内での血液の挙動は血液が不透明液体であることから、外観による判断が難しく、またシミュレーション解析では、そのパラメータ設定が複雑化し、十分な解析が困難である。
【0003】
また、一般に、円管内の流体の流速は、例えば2次元流速計によって計測できることが知られている。高空間分解能を有する2次元流速計としては、粒子画像流速測定法(Particle Image Velocimetry:PIV)が広く使われている。粒子画像流速測定法を用いて例えば円管内の流れを可視化する場合は、シート状のレーザー光を円管の中心軸を通過するように入射させ、シート光の面上を移動するトレーサー粒子をハイスピードカメラで撮影する方法が用いられる。
【0004】
また、高空間分解能を有する他の流速計測としては、Laser Doppler velocimetry(LDV)が知られており、この技術はレーザードップラー血流計として使われている(例えば、特許文献1、2参照)。特許文献1、2のレーザードップラー血流計は、レーザー光源から出射されたレーザー光を2つに分岐してロッドレンズやシリンドリカルレンズに入射させてシート光を形成するとともに、シート光を測定対象物に入射させるように屈折させる光学系を備えている。2つのシート光が交差した交差領域での流体内のトレーサー粒子からの散乱光を2次元的に集光して光電変換素子によって電気信号に変換する。ドップラーバースト信号と呼ばれるこの電気信号には、流体内のトレーサー粒子の速度に比例した周波数の成分が含まれているため、ドップラーバースト信号に対して高速フーリエ変換等を実施することで得られるパワースペクトラムより前記交差領域での流体の流速を演算処理するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2009/081883号パンフレット
【特許文献2】特開2015-59856号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、粒子画像流速測定法の場合、シート状のレーザー光を円管の中心軸を通過するように入射させることで、2軸の速度成分を得ることができるが、残る1軸(すなわちシート光の面に対して鉛直方向)の速度成分を得ることはできない。3軸方向の全ての流速を可視化する場合には、2台のハイスピードカメラと厚みのあるシート光を用いたステレオPIVを利用する必要がある。よって、円管の内壁に沿って渦が発生しているような測定対象では、ステレオPIVが選択されると考えられる。血液の場合、赤血球がトレーサー粒子としての役割を果たすため都合が良いのであるが、ステレオPIVの適応範囲は限定的であり、抹消血管や薄い人工流路などに限られてきた。これは、PIVが不透明な流体には適応できないという本質的な仕様に起因している。
【0007】
そこで、LDVの手法を適用したレーザードップラー血流計を使用し、血液中のヘモグロビンおよび水分子での光の吸収率を小さく抑えることが可能な近赤外レーザー光をその光源として用いれば、PIVでは測定が難しいような太い人工流路にも適応できる可能性がある。ただし、LDVを使って流速イメージングを取得する技術は未熟であり、円管内の流速を可視化するための計測技術は無い。勿論、既存のLDVシステムでも人工流路の任意の1点の流速を計測することができるから、長い時間を費やせば広範囲の速度分布を得ることは不可能ではないと考えられるが、実際のところ計測時間には制限があるので、血液チャンバー内の血液の流動解析には無理があった。
【0008】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、血液チャンバー内の血液の流動解析を行う場合に、LDVを用いても短時間で流動解析を行うことができるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明では、シート状の第1レーザー光及び第2レーザー光を流路内の所定位置で互いに交差するように入射させ、レーザー光の交差領域での散乱光に含まれるビート(うなり)周波数から血液の流速を演算するようにし、第1レーザー光及び第2レーザー光の流路内での交差位置を当該レーザー光の照射方向の照射方向に走査するようにした。
【0010】
第1の発明は、流路内を流動する流体の流動状態を解析する流路内の流動解析装置において、近赤外領域のレーザー光を出射するレーザー光源と、前記レーザー光源から出射したレーザー光を第1レーザー光及び第2レーザー光に分岐するレーザー光分岐部と、前記レーザー光分岐部により分岐された第1レーザー光及び第2レーザー光を前記流路内の所定位置で互いに交差するように屈折させる第1光学系と、前記レーザー光分岐部により分岐された前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光をそれぞれシート状にする第2光学系と、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光が互いに交差した線状照射部位を移動する流体中の粒子による前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の散乱光を直線状に集光させる集光光学系と、前記集光光学系の集光位置に配置された受光素子と、前記受光素子に入射した前記散乱光を電気信号に変換する光電変換素子と、前記線状照射部位での散乱光に含まれる光ビートの周波数を前記電気信号に基づいて得て、得られた周波数から前記線状照射部位での流体の流速を演算する流速演算部と、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の前記流路への照射方向をX方向としたとき、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の前記流路内での交差位置が前記X方向に移動するように、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光を走査するX方向走査部とを備えていることを特徴とする。
【0011】
この構成によれば、レーザー光源から出射したレーザー光が第1レーザー光及び第2レーザー光に分岐してからシート状のレーザー光になるとともに、流路内の所定位置で互いに交差するように入射する。第1レーザー光及び第2レーザー光が互いに交差した線状照射部位を流動する流体中の粒子によって当該レーザー光の散乱光が発生し、この散乱光が集光光学系によって直線状に集光して受光素子によって受光され、光電変換素子によって電気信号に変換される。散乱光は、流路内の流体中の粒子の速度に比例したビートをもつため、そのビートの周波数に基づいて線状照射部位での流体の流速を演算することができる。この演算手法は、従来から周知の方法であり、例えば、特許文献1、2等に記載されている方法を用いることができる。
【0012】
レーザー光が近赤外領域の光であるため、例えば流体が血液である場合には、血液中のヘモグロビンおよび水分子での光の吸収率が低く、したがって、流路内の表層部分だけでなく、その奥の方にも届き、測定範囲が拡大する。上記レーザー光の波長は、例えば760nm以上2500nm以下の範囲とすることができ、特に、780nm以上820nm以下の範囲に設定するのが好ましい。この範囲内の波長であれば、ヘモグロビンと水でのレーザー光の吸収率をより一層低くすることができる。
【0013】
そして、第1レーザー光及び第2レーザー光を流路への照射方向に走査することで、流路の手前側から奥行き方向の全体に亘って短時間で流体の流速を取得することが可能になる。
【0014】
上記流路を構成する部材としては、例えば血液チャンバー、血液チューブ等を挙げることができるが、これらに限られるものではない。流路は、例えば、円筒状の部材、角筒状の部材、円錐状の部材、角錐状の部材、これらに近似可能な形状を有する部材等で形成することができる。これら部材は第1レーザー光及び第2レーザー光の透光性を有していることが前提となる。前記流体は、例えば血液や、疑似血液等であってもよい。
【0015】
第2の発明は、前記線状照射部位の長手方向をY方向としたとき、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の前記流路内での交差位置が前記Y方向に移動するように、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光を走査するY方向走査部とを備えていることを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、第1レーザー光及び第2レーザー光をX方向だけでなく、線状照射部位の長手方向にも走査することで、より広範囲で流体の流速を得ることができる。
【0017】
第3の発明は、前記X方向走査部を制御する制御装置を備え、前記制御装置は、前記散乱光を前記受光素子で受光する間、前記X方向走査部による走査を停止させることを特徴とする。
【0018】
すなわち、第1レーザー光及び第2レーザー光が走査されていると、散乱光の周波数が走査速度も加味された周波数になり、流体の流速に誤差が生じるおそれがあるが、本発明では、第1レーザー光及び第2レーザー光の走査が停止している時に、線状照射部位を流動する流体の成分による散乱光を受光素子で受光し、これに基づいて流体の流速を得ることができる。これにより、第1レーザー光及び第2レーザー光の走査速度が流体の流速に影響しなくなり、正確な流速を得ることができる。
【0019】
第4の発明は、前記X方向走査部は、前記レーザー光源、前記レーザー光分岐部、前記第1光学系、前記第2光学系、前記集光光学系及び前記受光素子が取り付けられた可動部材と、該可動部材を前記X方向に駆動するX方向駆動装置とを備えていることを特徴とする。
【0020】
すなわち、光学系とレーザー光源との相対的な位置関係や、集光光学系と受光素子との相対的な位置関係が初期状態からずれてしまうと、例えば測定精度の低下等を招くおそれがあるが、本発明では、レーザー光源、レーザー光分岐部、第1光学系、第2光学系、集光光学系及び受光素子を可能部材に取り付け、可動部材をX方向駆動装置によってX方向に駆動するようにしているので、第1レーザー光及び第2レーザー光の走査時に、光学系とレーザー光源との相対的な位置関係や、集光光学系と受光素子との相対的な位置関係が初期状態からずれることはなく、測定精度を高めることができる。
【0021】
第5の発明は、前記流路内の前記線状照射部位に可視光を照射する可視光照射部を備えていることを特徴とする。
【0022】
すなわち、例えば第1レーザー光及び第2レーザー光の照射位置を調整する際、第1レーザー光及び第2レーザー光が近赤外領域の光であることから作業者は照射位置がどこにあるのか目視することができない。本発明では、流路内の線状照射部位に可視光が照射されるので、第1レーザー光及び第2レーザー光の照射位置を目視で確認することができる。
【0023】
第6の発明は、前記可視光照射部は、前記集光光学系を挟んで前記流路とは反対側に配置され、前記集光光学系を通して前記線状照射部位に可視光を照射するように構成されていることを特徴とする。
【0024】
この構成によれば、可視光照射部から照射された可視光の焦点を集光光学系を利用して線状照射部位に合わせることができる。
【0025】
第7の発明は、前記集光光学系は、前記受光素子側に配置される第1集光レンズと、前記流路側に配置される第2集光レンズとを備え、前記第1光学系は、前記第2集光レンズで構成されていることを特徴とする。
【0026】
この構成によれば、レーザー光分岐部により分岐された第1レーザー光及び第2レーザー光を、集光光学系を構成している第2集光レンズによって屈折させて流路に入射させることができる。つまり、集光光学系を構成している第2集光レンズを第1光学系として利用することができるので、光学系の構成をシンプルにすることができる。
【0027】
第8の発明は、前記第2集光レンズは、前記流路における前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の入射側に対向するように配置され、前記第1集光レンズと前記第2集光レンズとは互いに対向するように配置され、前記第1集光レンズは、前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の光路を避けるように形成されていることを特徴とする。
【0028】
この構成によれば、集光光学系が流路における第1レーザー光及び第2レーザー光の入射側に対向するように配置されることになるので、レーザー光源、レーザー光分岐部、第1光学系、第2光学系、集光光学系及び受光素子を集約してコンパクトな流動解析装置にすることができる。この場合に、第1レーザー光及び第2レーザー光が第1集光レンズに入射しないので、第2集光レンズによって所定の方向に屈折させることができる。
【0029】
第9の発明は、前記第1集光レンズの外周部における前記第1レーザー光及び前記第2レーザー光の光路に対応する部分が切除されていることを特徴とする。
【0030】
この構成によれば、第1集光レンズの一部を切除するという簡単な構成により、第1レーザー光及び第2レーザー光の光路を避けるように第1集光レンズを設けることができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、近赤外領域のレーザー光を第1レーザー光及び第2レーザー光に分岐してシート状にするとともに、流路内の所定位置で互いに交差させ、線状照射部位を流動する流体中の粒子による散乱光の光ビートの周波数に基づいて流体の流速を演算する場合に、第1レーザー光及び第2レーザー光を、流体への照射方向に走査するようにしたので、流体の流動解析をLDVによって短時間に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】本発明の実施形態に係る血液チャンバー内の流動解析装置の概略構成図である。
【
図2】血液チャンバー内の流動解析装置のブロック図である。
【
図3】血液チャンバーにレーザー光を照射した状態を説明する図である。
【
図4】第1集光レンズ及び第2集光レンズの斜視図である。
【
図5】受光素子及び光電変換素子の構成例を説明する図である。
【
図6】血液チャンバー内でのレーザー光の走行を示す図である。
【
図7】レーザー光の交差位置の補正に用いられるグラフである。
【
図8】スペクトル密度と周波数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0034】
図1は、本発明の実施形態に係る流体内の流動解析装置1を示すものである。流動解析装置1は、例えば血液浄化療法等で使用される血液回路の血液チャンバー100内に形成された流路を流動する血液の流動状態を解析するために使用される装置である。本例では、血液チャンバー内の流動解析装置1として説明するが、これに限られるものではなく、後述するレーザー光の照射によって散乱光を生じる粒子を含んだ流体の流動解析装置としても使用することができる。
【0035】
上記血液浄化療法は、いわゆる体外循環を伴う血液透析である。血液回路は、血液チャンバー100の他に、図示しないが、血液チャンバー100に血液を流入させる流入側チューブや、血液チャンバー100から血液を流出させる流出側チューブ等を備えている。
図3にも示すように、血液チャンバー100は、円筒状に成形された透明樹脂製の本体筒部101と、本体筒部101の一端部を閉塞する第1閉塞部材102と、本体筒部101の他端部を閉塞する第2閉塞部材103とを備えている。第1閉塞部材102には、流入側チューブが接続される流入管部102aが設けられている。流入管部102a内には、凝固した血液などの固形物が体内に戻らないようにするためのメッシュ(図示せず)が設けられている。また、第2閉塞部材103には、流出側チューブが接続される流出管部103aが設けられている。したがって、この実施形態では、血液チャンバー100の上方から流入した血液が下方から排出されることになる。また、流入管部102aが水平方向に向いているので、血液チャンバー100内では側壁に沿って旋回流が発生することになる。尚、本体筒部101の内径は、例えば15mm~20mm程度に設定されている。また、本体筒部101の材質は、例えば塩化ビニル等である。
【0036】
(流動解析装置1の全体構成)
流動解析装置1は、いわゆるレーザードップラー流速測定が可能に構成されており、
図1に示す装置本体2と、制御装置3と、キーボード4及びマウス5と、表示部6とを備えている。制御装置3は、例えばパーソナルコンピュータの本体やマイクロコンピュータ等で構成することができる。キーボード4及びマウス5は、制御装置3の操作、各種設定、情報の入力等を行うためのものである。表示部6は、例えば液晶ディスプレイ等で構成されており、制御装置3によって制御され、キーボード4及びマウス5で入力された情報、各種データ、画像等をカラー表示することが可能に構成されている。
【0037】
装置本体2はベース材20を備えている。ベース材20は、水平方向に延びる板材等で構成されており、上下方向及び水平方向に移動しないように固定されている。装置本体2は、ベース材20の他に、レーザー出力器21と、レーザー光分岐部22と、第1ロッドレンズ23及び第2ロッドレンズ24と、集光光学系25と、受光素子26と、光電変換素子27とを備えている。さらに、装置本体2は、レーザー光を走査するX方向走査部30と、Y方向走査部31とを備えている。X方向走査部30及びY方向走査部31は、例えば、電動ステージ等で構成することができる。
【0038】
この実施形態の説明では、ベース材20の長手方向をX方向とし、鉛直方向をY方向とし、ベース材20の短手方向をZ方向と定義するが、これは説明の便宜を図るために定義するだけである。Y方向は、血液チャンバー100の長手方向と一致するようになっている。
【0039】
Y方向走査部31は、ベース材20の長手方向一端側から上方へ突出するように設けられた走査部取付板20aに取り付けられている。Y方向走査部31は、血液チャンバー100が固定される血液チャンバー固定部材31aと、血液チャンバー固定部材31aを鉛直方向に案内する案内レール31bと、
図2に示すY方向駆動装置31cとを備えている。Y方向駆動装置31cは、制御装置3に接続されており、制御装置3によって制御されるようになっている。Y方向駆動装置31cとしては、例えば周知のリニアアクチュエータや、ステッピングモータと送りねじ機構とを組み合わせたアクチュエータ等を用いることができるが、これらに限られるものではなく血液チャンバー固定部材31aを鉛直方向に移動させることができる装置であればよい。血液チャンバー固定部材31aは案内レール31bによってY方向にのみ移動可能となっている。血液チャンバー固定部材31aの移動量や移動のタイミングは、制御装置3から出力される制御信号によって設定される。
【0040】
ベース材20の上面には、走査部取付板20aから他側に離れた部分に、X方向走査部30が取り付けられている。X方向走査部30は、可動部材30aと、固定部材30bと、X方向駆動装置30cとを備えている。固定部材30bは、ベース材20の上面に対して固定されるとともに、X方向に延びる案内レール30dを備えている。可動部材30aは、X方向及びZ方向に延びる板材等で構成することができ、案内レール30dに沿ってX方向へのみ移動可能となっている。X方向駆動装置30cは、制御装置3に接続されており、制御装置3によって制御されるようになっている。X方向駆動装置30cとしては、例えば周知のリニアアクチュエータや、ステッピングモータと送りねじ機構とを組み合わせたアクチュエータ等を用いることができるが、これらに限られるものではなく可動部材30aをX方向に移動させることができる装置であればよい。
【0041】
レーザー出力器21、レーザー光分岐部22、第1ロッドレンズ23、第2ロッドレンズ24、集光光学系25及び受光素子26は、例えばブラケットや台座等(図示せず)により可動部材30aに取り付けられている。レーザー出力器21は、近赤外領域のレーザー光を出射するレーザー光源となるものである。近赤外領域のレーザー光の波長は、例えば760nm以上2500nm以下の範囲とすることができる。この実施形態では、波長808nmの近赤外レーザー光を照射するようにしているが、これに限られるものではなく、例えば780nm以上820nm以下の範囲の近赤外レーザー光を照射することもできる。800nm付近はヘモグロビンと水での吸収率が共に低い波長領域であり、一般的には、可視光(波長400~700nm)に比べ10倍程度の深さまで血液中を進むことができるが、レーザー光が血液中での減衰するのは避けられないので、レーザー出力器21は高出力なものを使用するのが好ましい。この実施形態では、レーザー出力器21の射出端での出力は141mWとしているが、これに限られるものはない。
【0042】
レーザー出力器21の出射方向は、X方向でかつ血液チャンバー100に向かう側とされている。レーザー出力器21の射出端には、コリメートレンズ21aが設置されている。また、レーザー出力器21の射出端には、コリメートレンズ21aよりも血液チャンバー100に近い側に、直線偏光のp偏光を通過させるための偏光フィルター21bも設置されている。レーザー出力器21から出射されたレーザー光は、コリメートレンズ21aを通過した後、偏光フィルター21bに入射するようになっている。この実施形態では、p偏光が使用されているが、偏向方向はこれに限られるものはない。
【0043】
レーザー光分岐部22は、レーザー出力器21から出射されたレーザー光を分岐させるビームスプリッタであり、従来から周知の部材である。レーザー光分岐部22は、偏光フィルター21bよりも血液チャンバー100に近い側において当該偏光フィルター21と対向するように配置されている。レーザー光分岐部22からは、X方向でかつ血液チャンバー100に向けて進む第1レーザー光L1と、Z方向に進む第2レーザー光L2とが出射するようになっている。
【0044】
可動部材30aにはミラー28が取り付けられている。ミラー28は、レーザー光分岐部22から出射する第2レーザー光L2が入射するように配置されており、ミラー28により反射された第2レーザー光L2は、第1レーザー光L1と平行になり、血液チャンバー100へ向けて進む光となる。第1レーザー光L1と第2レーザー光L2とは、同一高さを通り、かつ、水平に進む光である。また、第1レーザー光L1の光路と第2レーザー光L2の光路とは、Z方向に離れている。
【0045】
レーザー光分岐部22と、血液チャンバー100との間には、集光光学系25が設置されている。集光光学系25は、第1集光レンズ25aと、第2集光レンズ25bとを備えており、第1集光レンズ25a及び第2集光レンズ25bは、光軸がX方向を向くように、かつ、互いに対向するように配置されている。第1集光レンズ25a及び第2集光レンズ25bは、それぞれ、屈折率の異なる材料で構成されたレンズを接合してなるアクロマティックレンズで構成することができる。第1集光レンズ25aがレーザー出力器21側に配置され、第2集光レンズ25bが血液チャンバー100側に配置されている。
【0046】
図4にも示すように、第1集光レンズ25aの外周部における第1レーザー光L1の光路に対応する部分と、第2レーザー光L2の光路に対応する部分とはそれぞれ切除されている。すなわち、第1集光レンズ25aの外周部には、Z方向に離れた2箇所に、第1集光レンズ25aの一部を切除してなる切除部25c、25cが設けられている。この切除部25c、25cを備えていることにより、第1レーザー光L1の光路及び第2レーザー光L2の光路を避けるように第1集光レンズ25aが形成されることになる。第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2は、第1集光レンズ25aの側方を通ってX方向に直進する。
【0047】
一方、第2集光レンズ25bは、第1レーザー光L1の光路及び第2レーザー光L2の光路上に位置するように形成されている。第2集光レンズ25bは、レーザー光分岐部22により分岐された第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2を血液チャンバー100内の所定位置で互いに交差するように屈折させるレンズである。したがって、第2集光レンズ25bは、本発明の第1光学系を構成するレンズであり、集光光学系25を構成している第2集光レンズ25bを第1光学系として利用することで、光学系の構成をシンプルにすることができる。第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差位置は、第2集光レンズ25bの位置や第2集光レンズ25bの光学設計によって任意に設定することができ、この実施形態では、
図1に示すように、第2集光レンズ25bから150mm程度離れたところで、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2が交差するようにしている。
【0048】
第2集光レンズ25bよりも血液チャンバー100側には、第1ロッドレンズ23及び第2ロッドレンズ24が互いにZ方向に間隔をあけて配置されている。第1ロッドレンズ23には第2集光レンズ25bを通過した第1レーザー光L1が入射し、第2ロッドレンズ24には第2集光レンズ25bを通過した第2レーザー光L2が入射する。第1ロッドレンズ23は、第1レーザー光L1をY方向に延びるシート状の光(第1シート光)に変えるレンズである。第2ロッドレンズ24は、第2レーザー光L2をY方向に延びるシート状の光(第2シート光)に変えるレンズである。第1ロッドレンズ23及び第2ロッドレンズ24は、本発明の第2光学系である。尚、この実施形態では、第1集光レンズ25a、第2集光レンズ25b、第1ロッドレンズ23及び第2ロッドレンズ24等の光学部品の表面に、レーザー光の波長の減衰を抑えるために、この波長に対する反射防止膜がコーティングされている。また、ロッドレンズの代わりにシリンドリカルレンズ等を用いることもでき、シート状の光を生成できる光学系であればその構成は問わない。
【0049】
図3に示すように、Y方向に延びるシート状の光にすることで、第1レーザー光及び第2レーザー光が互いに交差した部分は、Y方向に延びる1本の線状に光強度の高い部分として形成され、この部分が線状照射部位Aとなる。線状照射部位Aにおけるシート光の厚さは、コリメートレンズ21aによって調整することができ、この実施形態では、線状照射部位Aにおけるシート光の厚さが0.2mmとなるようにしている。線状照射部位Aでは、第1レーザー光L1と第2レーザー光L2の入射波面の位相差によってY方向に連続する縦縞の干渉縞が形成されることになる。上記シート光の厚さは、例えば0.1mm~1.0mmの範囲で設定することができる。
【0050】
光の波長よりも大きな直径をもつ粒子(トレーサー粒子)に光を照射するとMie散乱により粒子から散乱光が放たれる。近赤外レーザー光の波長よりも大きな直径をもつ粒子としては、例えば血液の成分である赤血球等を挙げることができる。したがって、血液が流動している血液チャンバー100に第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2を入射させると、赤血球からMie散乱による散乱光が放たれることになる。その散乱光は、Mie散乱の理論に従い様々な方向へ散乱する。このとき、線状照射部位Aからの散乱光には、光ビート(うなり)が含まれる。光ビートの周波数は、線状照射部位Aを赤血球が通過した速度に比例する。
【0051】
粒子から放たれる散乱光のうち、集光光学系25の第2集光レンズ25bに向けて進んだ光は第2集光レンズ25b及び第1集光レンズ25aを順に通過して集光される。散乱光が集光する位置には、
図1に示す受光素子26が配置されている。したがって、集光光学系25の第1集光レンズ25aは受光素子26側に配置され、また、第2集光レンズ25bは、血液チャンバー100における第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の入射側に対向するように配置されることになる。
【0052】
図5に示すように、受光素子26は、例えば、複数の光ファイバー26aからなる光ファイバーアレイで構成することができ、この実施形態では、複数の光ファイバー26aの一端部(受光部となる端部)26bがY方向に互いに隣接して直線状に並ぶように配置されている。線状照射部位Aの散乱光は、集光光学系25によって光ファイバー26aの一端部26bが並んでいる箇所で直線状に集光するようになっている。
【0053】
受光素子26を構成する光ファイバー26aは、例えば直径が0.25mmのプラスチックファイバー(EsKa SH-1001)等を用いることができる。尚、光ファイバー26aはガラスファイバーであってもよい。空間分解能を高めるためには、より小径の光ファイバー26aを用いるのが好ましい。
【0054】
光ファイバー26aの数は特に限定されるものではないが、この実施形態では32本としている。光ファイバー26aの一端部26bは隙間無く並べて図示しない保持部材によって保持することができる。光ファイバー26aの一端部26bの開口数NAは、0.5であり、第1集光レンズ25a及び第2集光レンズ25bの開口数に比べて小さく設定されている。したがって、光ファイバー26aの一端部26bに迷光が入り込むのを避けるため、光ファイバー26aの一端部26bの手前にY方向に長い単スリット26c(
図1に示す)が配置されている。単スリット26cの幅は、第1集光レンズ25a及び第2集光レンズ25bの開口数に合うように設定されている。単スリット26cと、光ファイバー26aの一端部26bとの間には、偏光フィルター26eが配置されている。偏光フィルター21bと偏光フィルター26の偏光方向は同じであることが望ましい。
【0055】
図5に示すように、光ファイバー26aの他端部26dは、ジルコニアフェルールを使ってアバランシェフォトダイオード(APD)27とカップリング(接続)されている。アバランシェフォトダイオード27は、受光素子26に入射した散乱光を電気信号に変換する光電変換素子であり、光ファイバー26a毎に設けられている。よって、この実施形態では、アバランシェフォトダイオード27を32個有している。
【0056】
制御装置3は、流速演算部3aを備えている。上記散乱光は、血液チャンバー100内の血液の流動により光ビード(うなり)をもつことになる。流速演算部3aは、血液チャンバー100内の血液の流動により発生した光ビート周波数を、各アバランシェフォトダイオード27から出力される電気信号に基づいて得て、得られた周波数から線状照射部位Aでの血液の流速を演算するように構成されている。この流速演算部3aによる演算手法は、例えば特許文献1、2に開示されている手法や後述する手法を用いることができる。
【0057】
流速は、光ファイバー26aを単位として、集光光学系25の倍率により決まる空間分解能で求めることができる。例えば、0.25mmの径の光ファイバー26aを用いて集光光学系25の倍率を1とすると、空間分解能は0.25mmとなる。
【0058】
また、レーザー光分岐部22は、レーザー出力器21からの連続発振レーザー光を周波数の若干異なる第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2に分岐させる音響光学素子(AOM)を備えたものであってもよい。音響光学素子により変調をかけることで、血液の流れの方向も識別することができる。ただし、流れの方向を識別する必要がない場合は、音響光学素子による周波数変調を行わなくてもよい。
【0059】
第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の波長は可視光の領域外であるため、線状照射部位Aを目視することができない。この実施形態では、
図5に示すように、血液チャンバー100内の線状照射部位Aに可視光を照射する可視光照射部29を備えている。可視光照射部29は、上記光ファイバー26aと同様な光ファイバー29aと、可視光を放射する可視光放射部29bとを有している。光ファイバー29aの一端部29cは、上記光ファイバー26aの一端部26bと並ぶように配置されている。光ファイバー29aの他端部には、例えば発光ダイオード(LED)等の発光素子を備えた可視光放射部29bが接続されており、可視光放射部29bから放射された光は、光ファイバー29aの他端部に入射するようになっている。したがって、光ファイバー29aの一端部29cからは可視光が照射される。この可視光照射部29は、集光光学系25を挟んで血液チャンバー100とは反対側に配置されているので、光ファイバー29aの一端部29cから照射された可視光は、集光光学系25を通して線状照射部位Aで結合し、当該線状照射部位Aに照射される。これにより、線状照射部位A上で光の点が見えることになり、この光の点を基準にして血液チャンバー100の初期位置を決めることができる。可視光放射部29bから照射する光は、特に限定されるものではないが、例えば赤、緑、青等にすることができ、自然光との区別が容易な色が好ましい。
【0060】
(レーザー光の走査)
図1に示すX方向走査部30のX方向駆動装置30cを作動させることにより、可動部材30aをX方向のプラス側及びマイナス側の両方向に移動させることができる。可動部材30aには、レーザー出力器21、レーザー光分岐部22、第1ロッドレンズ23、第2ロッドレンズ24、集光光学系25及び受光素子26が取り付けられているので、レーザー光の照射系及び受光系を各部材の相対的な位置関係を変えることなく、X方向に移動させることができる。これにより、レーザー出力器21から射出された第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差部位である線状照射部位AがX方向に移動することになる。
【0061】
図6に基づいてレーザー光の走査について詳しく説明する。
図6は、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2が照射された血液チャンバー100の水平断面を示しており、点Oは血液チャンバー100の中心線上の一点である。血液チャンバー100内には疑似血液が流動しているものとするが、血液が流動していてもよい。疑似血液は、血液の粘性を模擬して45wt%濃度のグリセリン水溶液にトレーサー粒子を分散させた液体である。トレーサー粒子としては、直径10μmのポリエチレン粒子を用いた。ポリエチレン粒子は、グリセリン水溶液1リットルに対して10mg入れた。疑似血液を送液する送液ポンプには、実際に透析治療に用いられるローラー式チューブポンプ(JMS社製 MF-01)を用いている。送液ポンプによる疑似血液の流量は、透析治療において典型的な値である150~300ml/minの範囲で設定した。
【0062】
ここで、血液チャンバー100の外部から内部に入射する光は、空気と血液チャンバー100との界面、及び血液チャンバー100と疑似血液との界面において2度屈折する。空気の屈折率n1は1.0であり、血液チャンバー100の材料であるほぼ無色透明な塩化ビニルの屈折率n2は1.52であり、疑似血液の屈折率n3は1.32であることから、光の照射角が2度変化することになる。また、本実施形態では、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2がX方向に走査されるので、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の血液チャンバー100への入射角は、X方向走査部30の可動部材30aの位置に応じて変化することになり、可動部材30aのX方向の変位量と、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差点のX方向の変位量とは同じにならない。
【0063】
このことを
図6に基づいて説明する。
図6において、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2が屈折することなく直進した場合(空気中を直進した場合)の仮想の交差点をP1とすると、実際の第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差点はP2になる。
図6中の点Sを基準位置としたとき、点Sから点P1までの距離dと、点Sから点P2までの距離d1との関係は、
図7に示すグラフに表示する曲線で表すことができる。
【0064】
制御装置3では、
図7に示す曲線を使うことで、X方向走査部30の可動部材30aの変位から第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差点の位置を求めることができる。
図7に示すグラフを構成するデータは、上記屈折率及びレーザー光の入射角等に基づいて予め得ておき、
図2に示す制御装置3の記憶部3bに記憶させておくことができる。X方向走査部30の可動部材30aの変位は、周知の変位センサやX方向駆動装置30cによる駆動量等に基づいて得ることができる。
【0065】
ただし、血液チャンバー100の中心点Oを通ってX方向に延びる直線B上を、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差点が常に通るようにX方向走査部30の可動部材30aを動かせば、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の血液チャンバー100への入射角は常に同じになるため、簡単な幾何学計算で第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差点のX軸上の変位量を求めることができる。同様に、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の交差角(交差角は流速を算出するときに必要なパラメータである)についても、常に一定ではないが簡単な幾何学計算で求めることができる。
【0066】
仮に、Z軸上に沿ってレーザー光の交差点を走査させて速度分布を得ようとすると、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の血液チャンバー100への入射角は同じになるとは限らないため、レーザー光の交差位置も交差角も特定するのに計算が複雑になるだけではなく、レーザー光の交差点が血液チャンバー100の中心線を通過する直線的な軌道上を動くようにするためには、結局はX方向の駆動装置も使って2軸を制御する必要がある。よって、Z軸方向に走査させるのは構成が複雑になるとともに制御が煩雑になるので、上述したX方向の走査が好ましい。
【0067】
Y方向走査部31は、Y方向の寸法が長い測定対象を測定する際に使用するものである。X方向走査部30とY方向走査部31の2軸の電動ステージの動作は、制御装置3によって自動制御されるようになっている。X方向走査部30の可動部材30aをX方向に移動しながら45回計測した後、Y方向走査部31の血液チャンバー固定部材31aをY方向に移動し、それを10回繰り返して、1つの血液チャンバー100内の疑似血液の流速を計測することができる。よって、この場合、トータルの計測回数は450回になる。また、計測1回あたり32chの同時計測を行っているので、トータルの測定ポイントは14,400点である。例えば、全てのポイントでの1.5秒間の時系列データを記録した場合、トータルでの計測時間は、記憶部3bへのデータの保存にかかった時間も含め約38分で終了する。計測時間を短縮する最も単純な方法は、同時計測するチャネル数を現在の32chから増やすこと、即ち、受光素子26を構成している光ファイバー26aの本数を増やすことである。
【0068】
上述した測定回数は一例であり、血液チャンバー100の径が小さければ測定回数を減らすことができ、また、血液チャンバー100の上下方向の寸法が短ければ測定回数を減らすことができる。一方、測定ポイントをより細密化して分解能を高めることもできる。測定回数の設定や測定範囲等は、キーボード4及びマウス5等によって制御装置3に入力し、表示部6に表示された入力結果を確認することができる。
【0069】
制御装置3は、散乱光を受光素子26で受光する間、X方向走査部30による走査を停止させるように構成されている。散乱光を受光素子26で受光する時間は、上述したように1.5秒程度に設定することができるが、この間、X方向走査部30による走査を停止させることで、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の線状照射部位Aを動かさないようにする。すなわち、受光時間中に第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2が走査されていると、散乱光の周波数が、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の走査速度も加味された周波数になり、血液の流速に誤差が生じるおそれがあるが、この実施形態では、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の走査が停止している時に、線状照射部位Aを流動する血液の成分による散乱光を受光素子26で受光することができ、これに基づいて血液の流速を得ることができる。これにより、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2の走査速度が血液の流速に影響しなくなり、正確な流速を得ることができる。尚、散乱光を受光素子26で受光する時間は、任意に設定することができ、例えば0.1秒~3秒の範囲で設定することができる。
【0070】
(信号処理)
アバランシェフォトダイオード27では、光ファイバー26aから入射された光子がキャリアに変換されるが、この電流の振幅はとても微弱(1pA以下)なので、制御装置3には増幅部3cを設け、この増幅部3cにより最大で振幅1V程度の電圧信号に変換するように構成されている。また、増幅部3cにより増幅された信号が入力されるハイパスフィルター3dが制御装置3に設けられている。ハイパスフィルター3dは、高次バタワースフィルタであり、カットオフ周波数は100Hzとすることができる。このハイパスフィルター3dを使ってペデスタル成分を除去する。さらに、32chの電圧信号がそれぞれ入力される32個のAD変換部3eも制御装置3に設けられている。AD変換部3eの分解能は12bit、サンプリング周波数は10MHzとすることができる。AD変換部3eにより同時にA/D変換された時系列の電圧データは記憶部3bに記憶しておくことができる。尚、増幅部3c、ハイパスフィルター3d及びAD変換部3eは、制御装置3以外に設けてもよい。
【0071】
ここで、時系列の電圧データを高速フーリエ変換(FFT処理)し、スペクトラム上に現れるピークの周波数位置から流速を求める方法があるが、十分な散乱光の強度を得るためには大粒径のトレーサー粒子が必要になる。例えば、ポリエチレン粒子であれば、直径が30μm以上の粒子が必要となる。これは、散乱光の強度が粒子径の2乗に比例するためである。しかし、血液チャンバー100の流入管部102a内にはメッシュがあり、直径が30μmの粒子はこのメッシュの穴を詰まらせてしまう。そこで、上述した疑似血液では、10μmの粒子をグリセリン水溶液に高い濃度で入れており、これにより単位体積当たりの粒子の数を増加させている。勿論、粒子の数が増えると散乱光の強度は強くなるが、同時に多くの粒子からの散乱光を同時に受光するため、スペクトラム上で明確なピークを確認するのが難しくなる場合がある。
【0072】
血液チャンバー100内の任意の1点を計測した場合に得られる典型的なスペクトル上で明確なピークを観測するのは難しいが、送液ポンプからグリセリン水溶液などの流体を流す前と後でスペクトルを確認すると、流体が流れた場合、
図8に示したように送液ポンプの流量を増やすと高周波側が少し盛り上がることが確認できる。このようなスペクトルから光ビートの周波数の期待値を求め、ビート周波数の期待値から流速vを得るために波数の重み付き積分を使った次のような式を用いることができる。
【0073】
【0074】
ここで、dはレーザー光のフリンジ間隔、P(f)はパワースペクトル密度である。積分開始周波数f1は、ハイパスフィルターのカットオフ周波数である100Hzに設定した。また、終了周波数fZは25kHzで設定した。結果的に、上記式はレーザードップラー血流計で流速を求めるのと同じ式になる。
【0075】
例えば、1chあたり1.5秒間の時系列データを記録すると1枚の2次元流速イメージあたり、バイナリーデータの典型的なサイズは約30Gbyteになる。このように膨大なデータを全てFFT処理すると膨大な解析時間が必要となる。
【0076】
そこで、グラフィック・プロセッシング・ユニット(Nvidia GTX-1080Ti)を用いた並列計算によって解析時間の短縮化を図ることができる。30GbyteのバイナリーデータをFFT処理して流速に変換するまでの処理時間はおおよそ9分であり、CPU(Intel core i7 6700K)を使って8スレッドの並列計算した場合に比べ、処理時間を約1/3に短縮することができる。したがって、制御装置3は、上記グラフィック・プロセッシング・ユニットを備えていることが好ましい。
【0077】
尚、アバランシェフォトダイオード27のもつ量子効率の個体差に起因して感度ばらつきが生じてしまうが、多数のアバランシェフォトダイオード27を準備して同一の光信号入を入力した際に得られるパワースペクトラムを全てのアバランシェフォトダイオード27において測定し、特性の揃った32個のアバランシェフォトダイオード27を選択して使用するのが好ましい。
【0078】
(測定結果)
図9は、
図3に示す表示部3に表示される測定結果表示画面の一例を示している。このグラフでは、流速値を縦軸にとり、さらに流速値に応じて色を変化させた表示形態としており、この表示形態は、制御装置3による処理によって実現可能である。
【0079】
実験に用いた液体は上記疑似血液であり、送液ポンプの流量は250ml/minとした。実験には、ローラー式チューブポンプを使っているため、血液チャンバー100内ではローラーの回転周期に一致した脈動が発生する。よって、流速も脈動に対応して変化するので流速値は、ローラーの2周期(流量250ml/minの場合それは、約2.0秒)での時間平均値とした。流入管部102aが横にあるタイプの血液チャンバー100を用いているので、円管の中心部の流速が遅く、両側の流速が速い分布が現れる。この速度分布は、チャンバーの中で旋回流が発生していることを示唆するものであり、このグラフから渦の中心の流速はおおよそ4mm/s、渦が外周の流速がおおよそ10mm/sであることがわかる。一般的に血液チャンバー内での血液凝固は、流速の遅い部分や流速の変化が大きな部分で起こりやすいと考えられており、このような速度分布から血液凝固が発生しやすい部分を予測することができる。
【0080】
(実施形態の作用効果)
以上説明したように、この実施形態に係る血液チャンバー内の流動解析装置1によれば、レーザー出力器21から出射したレーザー光が第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2に分岐してからシート状のレーザー光になるとともに、血液チャンバー100内の所定位置で互いに交差するように入射する。第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2が互いに交差した線状照射部位Aを流動する血液中の血球によって当該レーザー光の散乱光が発生し、この散乱光が集光光学系25によって直線状に集光して受光素子26によって受光され、光電変換素子27によって電気信号に変換される。散乱光は、血液チャンバー100内の血液の流速に比例した周波数のビート(うなり)をもち、このビートの周波数に基づいて線状照射部位Aでの血液の流速を演算することができる。レーザー光が近赤外領域の光であるため、血液中のヘモグロビンおよび水分子での光の吸収率が低く、したがって、血液チャンバー100内の表層部分だけでなく、その奥の方にも届き、測定範囲が拡大する。
【0081】
そして、第1レーザー光L1及び第2レーザー光L2をX方向走査部30によって血液チャンバー100への照射方向であるX方向に走査することで、血液チャンバー100の手前側から奥行き方向の全体に亘って短時間で血液の流速を取得することができる。
【0082】
上述の実施形態はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
【0083】
例えば、受光素子26や光電変換素子27は、光電子増倍管、もしくはCCDやC-MOS等のイメージセンサ(固体撮像素子)であってもよい。固体撮像素子は、ラインセンサであってもよい。
【0084】
流路は、上述した血液チャンバーのような円筒状の部材以外にも、角筒状の部材、円錐状の部材、角錐状の部材、これらに近似可能な形状を有する部材等で形成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
以上説明したように、本発明に係る流路内の流動解析装置は、例えば血液回路の血液チャンバー内を流動する血液の流動状態を解析する場合に使用することができる。
【符号の説明】
【0086】
1 流動解析装置
3 制御装置
3a 流速演算部
21 レーザー出力器(レーザー光源)
22 レーザー光分岐部
23 第1ロッドレンズ(第2光学系)
24 第2ロッドレンズ(第2光学系)
25 集光光学系
25a 第1集光レンズ
25b 第2集光レンズ(第1光学系)
26 受光素子
27 アバランシェフォトダイオード(光電変換素子)
29 可視光照射部
30 X方向走査部
30a 可動部材
30c X方向駆動装置
31 Y方向走査部
100 血液チャンバー
A 線状照射部位
L1 第1レーザー光
L2 第2レーザー光