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特開2024-92378重症SARS関連コロナウイルス感染症を判定するための特異的バイオマーカー
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  • 特開-重症SARS関連コロナウイルス感染症を判定するための特異的バイオマーカー 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024092378
(43)【公開日】2024-07-08
(54)【発明の名称】重症SARS関連コロナウイルス感染症を判定するための特異的バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240701BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240701BHJP
   G01N 23/046 20180101ALI20240701BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
G01N23/046
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022208267
(22)【出願日】2022-12-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年3月29日、第62回日本呼吸器学会学術講演会の学術大会用演題検索システムにて公開 令和4年4月23日、第62回日本呼吸器学会学術講演会にて公開 令和4年8月24日、PLoS ONE 17(8):e0273500にて公開 令和4年9月1日、第2回神奈川感染症セミナーにて公開 令和4年9月1日、横浜市立大学プレスリリースにて公開 令和4年9月1日、https://digitalpr.jp/で利用可能なプレスリリース配信サービスにて公開 令和4年9月1日、厚生労働記者会にて公開 令和4年9月1日、厚生日比谷クラブにて公開 令和4年9月1日、文部科学記者会に配信することにより公開 令和4年9月1日、科学記者会に配信することにより公開 令和4年9月1日、神奈川県立病院機構プレスリリースにて公開 令和4年9月1日、神奈川県立がんセンタープレスリリースにて公開
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】505155528
【氏名又は名称】公立大学法人横浜市立大学
(71)【出願人】
【識別番号】510126379
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立病院機構
(71)【出願人】
【識別番号】000162478
【氏名又は名称】ミナリスメディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】原 悠
(72)【発明者】
【氏名】海老名 俊明
(72)【発明者】
【氏名】金子 猛
(72)【発明者】
【氏名】築地 淳
【テーマコード(参考)】
2G001
2G045
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA11
2G001CA01
2G001HA14
2G045AA25
2G045DA36
2G045FB03
2G045JA01
(57)【要約】
【課題】SARSr-CoV感染症患者が重症疾患又はそれに至るリスクを有することを正確に判定するための方法を提供する。
【解決手段】SARSr-CoV感染症の患者が、重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するためのデータを収集する方法であって、患者の検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を得る工程を含む方法が提供される。SARSr-CoV感染症の患者の、検体中のHO-1濃度の測定値を得る工程、及び測定値が基準値以上である場合には、患者が重症である又は重症になるリスクが高いと判定し、基準値未満である場合には、患者が重症でない又は重症になるリスクが低いと判定する、という基準に従って判定を行う工程を含む方法も提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SARSr-CoV感染症の患者が、重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するためのデータを収集する方法であって、前記患者の検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を得る工程を含む、方法。
【請求項2】
SARSr-CoV感染症の患者の、検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を得る工程、及び
前記HO-1濃度の測定値が基準値以上である場合には、前記患者が重症である又は重症になるリスクが高いと判定し、基準値未満である場合には、前記患者が重症でない又は重症になるリスクが低いと判定する、という基準に従って判定を行う工程
を含む、方法。
【請求項3】
前記SARSr-CoVが、Severe acute respiratory syndrome coronavirus 1(SARS-CoV-1)又はSevere acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
重症である若しくは重症になるか、否かということを目的変数とし、HO-1濃度の測定値を説明変数とする、ロジスティック回帰モデルに基づいて、前記患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を求めることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
ロジスティック回帰モデルの説明変数が、HO-1濃度の測定値に加えてさらに、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
(a)HO-1を特異的に認識する抗体又は抗体断片と、
(b)SARSr-CoV感染症の患者の検体中のHO-1濃度の測定値が基準値以上である場合には、前記患者が重症である又は重症になるリスクが高いと判定し、基準値未満である場合には、前記患者が重症でない又は重症になるリスクが低いと判定する、という基準に従って判定を行う旨が説明された説明書
を含む、請求項1又は2に記載の方法を行うためのキット。
【請求項7】
前記SARSr-CoVが、Severe acute respiratory syndrome coronavirus 1(SARS-CoV-1)又はSevere acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)である、請求項6に記載のキット。
【請求項8】
SARSr-CoV感染症の患者が、重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するための、コンピューターベースのシステムであって、
重症である若しくは重症になるか、否かということを目的変数とし、HO-1濃度の測定値を説明変数とする、ロジスティック回帰モデルを記憶するデータ保存部と、
データの入力を受け入れるデータ受領部と、
前記データ受領部に入力された、SARSr-CoV感染症の患者の検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を、前記ロジスティック回帰モデルに代入して、前記患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を算出するように構成されたプロセッサー部と、
前記算出された予測確率を表示する出力部と
を含む、システム。
【請求項9】
前記ロジスティック回帰モデルの説明変数が、HO-1濃度の測定値に加えてさらに、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せを含み、
前記プロセッサー部は、前記データ受領部に入力されたHO-1濃度の測定値と、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せとを前記ロジスティック回帰モデルに代入して、前記患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を算出するように構成される、
請求項8に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、バイオマーカーに関する。より具体的には、本開示は、SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)関連コロナウイルスの感染症患者における重症化の診断及び該感染症の重症患者の治療の分野で有用となり得るバイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
SARS関連コロナウイルス(SARS-related coronavirus;以下、SARSr-CoVという略称を用いる)は、ベータコロナウイルス属に分類されるコロナウイルスの種(species)である(国際ウイルス分類委員会;https://ictv.global/taxonomy/taxondetails?taxnode_id=20181868)。SARSr-CoVにはSARS-CoV-1及びSARS-CoV-2が含まれ、これらは同じSARSr-CoV種であるが異なる年に突発した別系統であるという関係にあり、いずれも約30000塩基からなる一本鎖・プラス鎖RNAゲノムを持ち、ヒトのアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を受容体として利用してヒト細胞に感染でき、ヒトにおいて重篤な呼吸器疾患を引き起こすことを含め、同種のウイルスとして共通した特性を有している。SARSr-CoVが社会に及ぼす負の影響は甚大となり得、例えばSARS-CoV-2は、2019年の突発後から本願出願時に至るまでパンデミックを引き起こしている。SARS-CoV-2感染症(COVID-19)のようなSARSr-CoV感染症のうち、大半は軽症又は無症状の不顕性であるが、一部患者は、肺炎に起因する重度の呼吸障害を起こす。また、SARSr-CoV感染症患者における肺炎では、通常の間質性肺炎と同様に、肺の間質の線維化が観察され得る。
【0003】
日本の厚生労働省が定めたCOVID-19の重症度分類が、「新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き(第8.0版)」として公開されている(非特許文献1)。この手引きは、酸素飽和度、肺炎所見、酸素投与の必要性等の臨床状態を指標として、患者の症状を「軽症」、「中等症I」、「中等症II」、「重症」の4つに分類し、診療の方針も示している。該手引きは、COVID-19患者について、「特定の属性や基礎疾患があると、医療上の入院、酸素投与、集中治療が必要となるリスク(重症化リスク)が大きくなる」と述べている。
【0004】
より確実に、及びより早く、重症状態であること又は重症化のリスクを認知することは、より適切なタイミングで最適な処置を開始すること又は特別な注視が必要な患者を特定することを可能にし、それ以上の状態悪化の防止及び予後の改善につながり得る。従って、COVID-19をはじめとするSARSr-CoV感染症の患者が「重症」であるか否かを判断すること、あるいは重症化リスクを認知することのための新しいツールが有用となる。
【0005】
COVID-19患者において予後不良と関連付けられたマーカーとして、Dダイマー、C反応性蛋白(CRP)、プロカルシトニン、クレアチニンキナーゼ、アスパラギン酸アミノ基転移酵素(AST)、アラニンアミノ基転移酵素(ALT)、クレアチニン、乳酸脱水素酵素(LDH)等が知られている(非特許文献2)。
【0006】
非特許文献3は、WHOのガイドラインに沿った3類のCOVID-19重症度分類に関して、重篤(critical)の患者群では軽症(mild)の患者群と比べて可溶性CD163(sCD163)の血漿レベルが有意に高かったことを記載している。
【0007】
非特許文献4は、COVID-19患者を、パルスオキシメーターにより測定される酸素飽和度SpOが95%以下の群と95%超の群とに分け、前者の群の方がヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)のレベルが高かったことを記載しているが、これは統計学的有意差を有していなかった(p=0.212)。ただし前者の群では、入院から4日後のHO-1レベルが入院開始日と比べて有意に上昇していた(p=0.038)。HO-1は、熱、酸化ストレス、又は炎症性サイトカイン等によって発現が誘導されるタンパク質である。HO-1は、呼吸困難の症状を呈している間質性肺炎患者において、その症状が急性増悪に起因するか否かを区別できるマーカーとして有用であることが報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2022/059687号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き(第8.0版)、July 2022、厚生労働省
【非特許文献2】Malik et al., BMJ Evidence-Based Medicine (2021) 26:107-108.
【非特許文献3】Zingaropoli et al., Front. Immunol. (2021) 12:627548.
【非特許文献4】Su et al., Journal of Microbiology, Immunology and Infection (2021) 54, 113-116.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献2に挙げられたマーカーは、SARSr-CoV感染症の肺病変で特異的に発現又は産生されるマーカーではなく、SARSr-CoV感染症の病態を直接反映するマーカーではない。例えば、CRPは非特異的急性炎症マーカーであり、組織特異性はない。LDHは、ほぼ全ての組織及び臓器で発現するタンパク質で、貧血、炎症、腫瘍など汎用的なスクリーニング検査に用いられるマーカーである。AST及びALTは肝機能マーカーであり、急性肝炎及び肝臓がんで値が上昇する。クレアチニンは筋肉で産生される物質であり腎機能及び心不全のマーカーである。プロカルシトニンは甲状腺のC細胞で発現するペプチドで、敗血症のマーカーである。クレアチニンキナーゼは心筋及び骨格筋に分布するタンパク質で、心筋梗塞、筋炎、筋ジストロフィー等の心筋障害及び筋疾患で上昇するマーカーである。このように、これらマーカーはSARSr-CoV感染症の肺病変で特異的に発現又は産生されるマーカーではないところ、代替的な、そして好ましくはより特異性の高いマーカーを用いて、SARSr-CoV感染症患者の重症化を正確に把握する方法が求められている。
【0011】
本開示の様々な実施形態の課題は、SARSr-CoV感染症患者が重症疾患又はそれに至るリスクを有することを正確に判定するための新規の方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、SARSr-CoV感染症患者の検体中のHO-1を測定することにより、該患者が重症の分類に属すること、又は重症の分類に属するに至るリスクが高いことを判定できることを見いだし、本開示の発明を完成するに至った。
【0013】
従って、本開示は一態様において以下を提供する。
[1]
SARSr-CoV感染症の患者が、重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するためのデータを収集する方法であって、前記患者の検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を得る工程を含む、方法。
[2]
SARSr-CoV感染症の患者の、検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を得る工程、及び
前記HO-1濃度の測定値が基準値以上である場合には、前記患者が重症である又は重症になるリスクが高いと判定し、基準値未満である場合には、前記患者が重症でない又は重症になるリスクが低いと判定する、という基準に従って判定を行う工程
を含む、方法。
[3]
前記SARSr-CoVが、Severe acute respiratory syndrome coronavirus 1(SARS-CoV-1)又はSevere acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
重症である若しくは重症になるか、否かということを目的変数とし、HO-1濃度の測定値を説明変数とする、ロジスティック回帰モデルに基づいて、前記患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を求めることを含む、[1]又は[3]に記載の方法。
[5]
ロジスティック回帰モデルの説明変数が、HO-1濃度の測定値に加えてさらに、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せを含む、[4]に記載の方法。
[6]
(a)HO-1を特異的に認識する抗体又は抗体断片と、
(b)SARSr-CoV感染症の患者の検体中のHO-1濃度の測定値が基準値以上である場合には、前記患者が重症である又は重症になるリスクが高いと判定し、基準値未満である場合には、前記患者が重症でない又は重症になるリスクが低いと判定する、という基準に従って判定を行う旨が説明された説明書
を含む、[1]~[3]のいずれかに記載の方法を行うためのキット。
[7]
前記SARSr-CoVが、Severe acute respiratory syndrome coronavirus 1(SARS-CoV-1)又はSevere acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2)である、[6]に記載のキット。
[8]
SARSr-CoV感染症の患者が、重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するための、コンピューターベースのシステムであって、
重症である若しくは重症になるか、否かということを目的変数とし、HO-1濃度の測定値を説明変数とする、ロジスティック回帰モデルを記憶するデータ保存部と、
データの入力を受け入れるデータ受領部と、
前記データ受領部に入力された、SARSr-CoV感染症の患者の検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を、前記ロジスティック回帰モデルに代入して、前記患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を算出するように構成されたプロセッサー部と、
前記算出された予測確率を表示する出力部と
を含む、システム。
[9]
前記ロジスティック回帰モデルの説明変数が、HO-1濃度の測定値に加えてさらに、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せを含み、
前記プロセッサー部は、前記データ受領部に入力されたHO-1濃度の測定値と、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せとを前記ロジスティック回帰モデルに代入して、前記患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を算出するように構成される、
[8]に記載のシステム。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】来院の際に「重症」と診断されたCOVID-19患者を、その患者に由来する検体中の濃度に基づいて正しく同定できるHO-1(左)及びsCD163(右)のバイオマーカー能力を示す、ROC曲線分析結果の一例である。
図2】来院の際の検体中の濃度に基づいて、COVID-19患者がICU(a)、人工呼吸器(b)、又はECMO(c)の使用を経験することを予測する、HO-1(左)及びsCD163(右)のバイオマーカー能力を示すROC曲線分析結果である。
図3】COVID-19患者がICU(a)又は人工呼吸器(b)の使用を経験することをロジスティック回帰モデルに基づいて予測することにおける、HO-1とGGO及びコンソリデーションのスコアの複合マーカーの性能を表すROC曲線分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
一実施形態では、SARSr-CoV感染症の患者が、重症であること、又は、重症になるリスクが高いことを判定するためのデータを収集する方法であって、該患者の検体中のHO-1濃度の測定値を得る工程を含む、方法が提供される。SARSr-CoV感染症の患者自体を同定する方法は当業者によく知られている。SARSr-CoV感染症の患者を同定する方法の例としては、核酸検出検査、抗原検査、又は抗体検査が挙げられる。これらはそれぞれ、対象者由来の検体中にSARSr-CoVの核酸、抗原、又は該抗原に対する抗体の存在を検出することによりSARSr-CoV感染症の患者を同定する検査である。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)等の核酸検出検査によりSARSr-CoVの核酸の存在を検出することによってSARSr-CoV感染症の患者を同定することが特に好ましい。具体的には、患者の検体(例えば喀痰若しくは気管吸引液、鼻咽頭ぬぐい液、鼻腔ぬぐい液、咽頭ぬぐい液、唾液、血液、尿等)中にSARSr-CoVのゲノムRNAが存在することを逆転写PCRで検出することによって、その患者がSARSr-CoVに感染していることを決定することができる。
【0016】
本開示において、SARSr-CoV感染症患者の重症度は、日本の厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き(第8.0版)」(非特許文献1、第32頁)に従って、軽症、中等症I、中等症II、及び重症の4段階に分類される。これにより、
SpO≧96%であって、かつ呼吸器症状なし又は咳のみで呼吸困難なしでありいずれの場合であっても肺炎所見を認めない患者は、「軽症」であると定義される。
93%<SpO<96%であって、呼吸困難,肺炎所見を有する患者は、「中等症I」であると定義される。
SpO≦93%であって、酸素投与が必要な患者は、「中等症II」であると定義される。
ICU(集中治療室)に入室、人工呼吸器、又はECMO(extracorporeal membrane oxygenation、体外式膜型人工肺)が必要な患者は、「重症」であると定義される。
【0017】
従って、本開示の目的において、SARSr-CoV感染症患者について「重症」とは、その患者がICUへの入室、人工呼吸器の使用、又はECMOの使用を必要とする重篤なSARSr-CoV感染症であることを意味する。このうち、ECMOについて、上記厚生労働省の手引きは重症度の分類基準そのものとしては列記していないが、現実には人工呼吸器の使用でも不十分なほど重篤な場合にECMOが使用されるのであり、また、上記手引きの分類表にも重症の患者に対してECMOの導入が検討され得ることが附記されていることから、本開示の目的においてはECMOの使用は「重症」を表す条件の一つとみなされる。
【0018】
なお、非特許文献4で用いられていた、SpOが95%超であるか95%以下であるかという分類は、その境界値のどちら側にあっても上記定義による中等症以下(すなわち軽症、中等症I、及び中等症IIのうちのいずれか)に属し得、上記定義による重症である患者を同定するには有用ではなかったことは言及に値する。
【0019】
検体とは、患者の身体から分離された、医学検査のための材料を意味する。従って、本開示の実施形態による方法は、インビトロで行うことができる。従来は、患者自身ではなくその検体において何らかの測定を行って、重症である又は重症になるリスクを有する可能性の程度を分析又は定量化することが可能であるか、可能だとすれば患者の検体から何を測定すればよいのか、という基本的な知識が欠如していた。本開示の実施形態は、その分析又は定量化を行うための手段、すなわち上記可能性についての判定を行うためのデータを収集する方法を見出したことに基づく。具体的には、患者の検体中のHO-1濃度の測定値が、そのようなデータを提供することができる。ここでいうHO-1濃度とは、患者がある時点で重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定しようとする場合に関し、その時点においてその患者から採取された検体のHO-1濃度を意味する。同様に、後述するGGO及びコンソリデーションも、その判定をしようとする患者について観察されたGGO及びコンソリデーションを意味する。検体の採取とGGO及びコンソリデーション観察のためのコンピュータ断層撮影を文字通り同時に行うことは非現実的であることは言うまでもないが、しかし典型的にそれらは同日中に行うことができる。
【0020】
HO-1自体は、当業者に知られたタンパク質であり、ヘム代謝を担う酵素の一種である。HO-1は、ヘムをビリベルジン、鉄、及び一酸化炭素へと分解する反応を触媒し、ヒトを含む哺乳類において抗炎症及び抗酸化作用を示し得ることが知られている。HO-1は、HMOX1、Heat shock protein 32等の別名でも知られている。
【0021】
SARSr-CoVは、例えばSARS-CoV-1であり得る。SARS-CoV-1感染症は、2004年より後には実質的に報告されていないが、再発生の可能性は排除できず、また、過去に凍結保存された感染症患者検体を使用して本開示の方法を行う実施形態も企図される。SARSr-CoVは、例えばSARS-CoV-2であってもよく、その場合のSARSr-CoV感染症はCOVID-19と呼ばれ得る。
【0022】
本開示の実施形態における検体は、血液由来の検体であり得、全血、血清、又は血漿であり得る。全血、血清、及び血漿におけるHO-1濃度は互いに相関するが、定量化の正確さの観点から血清を用いることが特に好ましくなり得る。検体中のHO-1濃度の測定値を得る工程は、例えば、ELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)等、当業者に知られる方法によって、検体中のHO-1濃度を測定することを含み得る。最適なELISA測定法の一例がCanadian Respiratory Journal, Volume 2018, Article ID 9627420に記述されている。これは、ImmunoSet(商標)HO-1 enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) development set(Enzo, Farmingdale, NY, USA)の説明書に調製方法が記載された試薬のうち、検体希釈液を1% BSA(ウシ血清アルブミン)、0.05% Tween20、0.1M NaCl、5mM EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、及び50μg/mLマウスIgGを含むPBS(リン酸緩衝生理食塩水))に変更し、かつ、Standard希釈液を1% BSA、0.05% Tween20、0.1M NaCl、5mM EDTA、50μg/mLマウスIgG及び5% マウス血清を含むPBSに変更する以外は、上記説明書に記載されたとおりの試薬を用い、血清を1:20希釈で用いて、抗HO-1ポリクローナル抗体によってHO-1濃度を測定する方法(以下、modified ELISA法(修正ELISA法)という)である。
【0023】
HO-1濃度の測定値を得る工程は、HO-1を特異的に認識する抗体又は抗体断片を用いてHO-1の濃度を測定することを含み得る。HO-1を特異的に認識する抗体又は抗体断片を用いてHO-1の濃度を測定することは、より具体的には、該抗体又は抗体断片を検体に接触させて、検体中のHO-1に結合した抗体又は抗体断片を検出することにより結合量を測定することを含み得る。このように抗体又は抗体断片の特異的認識に基づいてタンパク質量を測定する多様な方法が当業者に知られている。ELISAはその一例である。
【0024】
本開示における「濃度」は、検体の単位量当たりのHO-1存在量を意味し、典型的には検体の単位体積当たりのHO-1の質量又はモル数として表される。ただし、「濃度」は、必ずしも質量又はモル数の単位で定量化されるとは限らず、具体的な測定方法に応じて、単位体積当たりのHO-1の存在量に基づくシグナル強度(例えば吸光度)としても定量化され表示され得る。また、濃度は、必ずしも検体の単位体積当たりのHO-1量として定量化されるとは限らず、例えば検体の単位重量当たりのHO-1量でもあり得る。質量と重量は互換的に用いられ得る。
【0025】
本開示の実施形態に用いられる検体は、判定が行われる対象となるSARSr-CoV感染症患者から採取されたもの、すなわち当該患者に由来するものである。当業者に知られた適切な方法によってヒト患者から検体を採取することができる。HO-1濃度の測定値を得る工程の前に、当該患者から検体を採取する工程、及び/又は当該患者から採取された検体を提供若しくは準備する工程を含むこともできる。
【0026】
本開示において、Aであるか、あるいはBであるかを「判定する」とは、AであるかBであるかのどちらかに結論付けて二分判定する実施形態だけでなく、例えば、Aである可能性がより高いというように可能性の大きさを分析し相対的に評価する実施形態も包含し得る。すなわち、判定することにおいて、HO-1濃度の測定値は、SARSr-CoV感染症の重症である可能性又は重症に至るリスクと正に相関する指標として用いられることができる。つまり、検体中HO-1濃度の測定値は、高ければ高いほど、重症である可能性又は重症になるリスクが高いと評価できるという指標を与えるものである。換言すると、一実施形態では、SARSr-CoV感染症の重症である可能性又は重症になるリスクを示すあるいは評価するための、バイオマーカーとしての、検体中HO-1の使用が提供される。
【0027】
また、複数の患者のなかで、HO-1濃度がより高い患者は、HO-1濃度がより低い患者と比べて、SARSr-CoV感染症の重症であることの可能性、又は、重症になるリスクがより高いと評価することができる。あるいは、同一患者から複数の時点でHO-1濃度が測定された場合、HO-1濃度がより高くなっている時点では、HO-1濃度がより低くなっている時点と比べて、上記可能性又はリスクがより高くなっていると評価することができる。
【0028】
一実施形態では、SARSr-CoV感染症の患者の、検体中のHO-1濃度の測定値を得る工程、及び、該測定値が基準値以上である場合には、患者が重症である又は重症になるリスクが高いと判定し、基準値未満である場合には、患者が重症でない又は重症になるリスクが低い(あるいは、患者は重症ではなく重症になるリスクも低い)と判定する、という基準に従って判定を行う工程を含む、方法が提供される。前者の工程では、患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するためのデータが収集されることとなる。その後、HO-1濃度の測定値を基準値と比較し、ここで、基準値以上のHO-1濃度測定値は、患者が重症である可能性又は重症になるリスクが高いことを示し、基準値未満のHO-1濃度測定値は、患者が重症である可能性又は重症になるリスクが低いことを示す。これらの実施形態による方法は、SARSr-CoV感染症の医学的分析の方法としてとらえることもできる。
【0029】
別の態様では、上記の実施形態の方法の後に、重症である又は重症になるリスクが高いと判定された患者をICU、人工呼吸器、又はECMOで治療することをさらに含む方法が提供される。
【0030】
基準値は、HO-1濃度を測定するアッセイの具体的な種類及び本実施形態の方法を実施する具体的な目的に応じて、実施者が適宜設定できる。例えば、高めの基準値を用いれば、患者が重症である又はそうなるリスクが高いと判定することについての特異度が上がり、結果として真の重症未満患者を重症と誤認する可能性が低下するが、ただし真の重症患者を見逃さず正しく重症と判定できる能力が犠牲になる。低めの基準値を用いれば、患者が重症である又はそうなるリスクが高いと判定することについての感度が上がり、従って重症患者を見逃さず正しく重症と判定できる能力がより高まり、真の重症患者を重症未満と誤認する可能性が低下するが、ただし真の重症未満患者を正しく重症未満と判定できる能力が犠牲になる。
【0031】
基準値は事前に定められた値であり得る。例えば、基準値は、重症又は重症未満のいずれであったかが決定された複数の患者(本開示において参照(reference)患者ともいう)の対応するHO-1濃度の測定値に基づいて事前に定められた値であり得る。少なくともそれぞれ10人以上、20人以上、50人以上、又は100人以上の、重症であったと決定された参照患者及び重症未満であったと決定された参照患者のHO-1濃度の測定値に基づいて定められた基準値を用いることが好ましい。ここでいう複数の参照患者は、いずれも、判定対象となる患者と同じく、SARSr-CoV感染症の患者であり、上記対応するHO-1濃度の測定値は、その参照患者から採取された検体中のHO-1濃度である。「対応する」とは、HO-1濃度を測定する検体の種類及びアッセイの種類が共通していることを意味する。これら複数の参照患者は、特定の医療機関、国、地域、年齢範囲、性別、又はこれらのいずれかの組合せのような、共通のカテゴリーに属する患者であり得る。判定対象となる患者と同じカテゴリーに属する複数の参照患者のHO-1濃度の測定値に基づいて基準値が定められることが好ましい。
【0032】
一実施形態では、基準値は、重症であったことが決定された複数の参照患者のHO-1濃度の測定値の中央値(又は平均値)より低く、かつ、重症未満であったことが決定された複数の参照患者のHO-1濃度の測定値の中央値(又は平均値)より高い範囲の中から選択される値である。
【0033】
別の実施形態では、基準値は、これら複数の参照患者のHO-1濃度測定値についてのROC(受信者操作特性)曲線分析により得られるカットオフ値である。ROC曲線分析及びカットオフ値の決定は当業者によく知られている。すなわち、上向きの縦軸に感度(つまり真陽性率)を、縦軸の下端から右に伸びる横軸に(1-特異度)(つまり偽陽性率)をプロットし、グラフの左上隅の点(感度(sensitivity)=1、特異度(specificity)=1となる理想点)に対して最短距離となる点、又は、Youden Index(感度+特異度-1)が最大になる点がカットオフ値である。SARSr-CoV感染症患者について血液検体中HO-1をバイオマーカーとして重症と重症未満とを見分ける場合、ROC曲線分析において少なくとも0.6以上のAUC(曲線下面積)が典型的に得られるが、0.6以上のAUCを生じる参照患者群に基づいて基準値が定められることが好ましく、0.7以上のAUCを生じる参照患者群に基づいて基準値が定められることがより好ましく、0.8以上のAUCを生じる参照患者群に基づいて基準値が定められることがより好ましく、0.9以上のAUCを生じる参照患者群に基づいて基準値が定められることがさらに好ましい。
【0034】
特定の一実施形態において、基準値は、38ng/mL~120ng/mLの範囲内から決定あるいは選択される値である。基準値は、40ng/mL~100ng/mLの範囲内から決定あるいは選択される値であってもよい。特に検体が血清である場合にこれらの基準値が好ましく使用され得る。健常者の血清中HO-1濃度は典型的に20ng/mL未満であり、HO-1は特異性の高いバイオマーカーである。
【0035】
本開示における、基準値としてのHO-1濃度は、例えば上述した修正ELISA法により決定される濃度、又は、当該修正ELISA法と相関関係が認められる他の測定法により決定される濃度であり得る。同一試料であっても、決定される濃度が測定法(又はその感度)の違いによって差を生じることもあり得るが、例えば既知量の標準試料についての測定値を得ることを通じてそのような差を補正して、基準値の決定又は比較を行うことは、当業者の通常の技量の範囲内である。
【0036】
本開示における、「判定する工程」は、患者が重症であること若しくは重症になるリスクが高いこと、又は重症でないこと若しくは重症になるリスクが低いことを示す判定結果を、固形媒体に印刷すること、及び/又は、電子的表示装置に表示することを含み得る。固形媒体は例えば紙、樹脂フィルム等であり得る。電子的表示装置は例えば液晶ディスプレイ、発光ダイオードディスプレイ、エレクトロルミネセンスディスプレイ等であり得る。
【0037】
本開示の実施形態における患者は、重症度に関する診断がまだなされていない、特に、重症未満である(すなわち中等症以下である)との診断がなされていない、患者であり得る。一方、特定の状況においては、患者は、重症未満である(すなわち中等症以下である)との診断が既になされた患者であり得、その場合、該方法は、その同じ感染中に重症になるリスクが高いことを判定すること、又はその判定をするためのデータを収集することに関する方法となる。
【0038】
重症になるリスクとは、ICUに入室するリスク、人工呼吸器を使用することになるリスク、又はECMOを使用することになるリスクであり得る。
【0039】
いくつかの実施形態では、SARSr-CoV感染症の患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するためのデータを収集する方法は、さらに、重症である若しくは重症になるか、否かということを目的変数とし、HO-1濃度の測定値を説明変数とする、ロジスティック回帰モデルに基づいて、当該患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を求めることを含む。ロジスティック回帰並びにそれに関わる目的変数、説明変数、及び予測確率という概念は当業者によく知られている。本実施形態では、判定対象となる当該患者とは別の、重症であった(又は重症になった)か否かが決定された患者群について、そのHO-1濃度の測定値に基づいて事前に構築されたロジスティック回帰モデルを利用する。つまり、HO-1濃度測定値と診断結果とが既知の参照患者群について、重症か(1)、否か(0)という二項の名義尺度の目的変数と、HO-1濃度の測定値という説明変数を用いてロジスティック回帰モデルを構築することができる。そして、判定対象となる当該患者のHO-1濃度の測定値を、そのモデルの式に代入することにより、当該患者が重症であること(あるいは、重症未満であるとの診断が既になされた患者については、重症化するリスクが高いこと)の予測確率を導出することができる。
【0040】
ロジスティック回帰モデルの説明変数が、HO-1濃度の測定値に加えてさらに、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はその両方を含むと、きわめて精度の高い判定を行うことができ著しく有利であることが見出された。あるいは、GGOのスコアとコンソリデーションのスコアをそれぞれ説明変数に加える代わりに、GGO及びコンソリデーションの組合せのスコアを1つの説明変数として加えてもよい。肺のコンピュータ断層撮影においてGGO及びコンソリデーションを認定することは当業者にとってルーチンであり、当業者は、それらの病変の多寡(すなわちそれらの存在が相対的に多いか少ないか)を通常の知識に基づいて適宜スコア化することができる。例えば、肺葉のコンピュータ断層撮影像上で病変が占める面積率に基づいて、その病変をスコア化することができる。
【0041】
本開示の一態様は、SARSr-CoV感染症の患者が、重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するための、コンピューターベースのシステムであって、
重症である若しくは重症になるか、否かということを目的変数とし、HO-1濃度の測定値を説明変数とする、ロジスティック回帰モデルを記憶するデータ保存部と、
データの入力を受け入れるデータ受領部と、
上記データ受領部に入力された、SARSr-CoV感染症の患者の検体中のヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)濃度の測定値を、上記ロジスティック回帰モデルに代入して、当該患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を算出するように構成されたプロセッサー部と、
上記算出された予測確率を表示する出力部と
を含む、システムを提供する。このシステムは、上述した方法の実施形態を実施するためにも利用され得ることが理解されるべきである。
【0042】
データ保存部に記憶されたロジスティック回帰モデルの説明変数は、HO-1濃度の測定値に加えてさらに、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せを含むことが好ましい。この場合、プロセッサー部は、データ受領部に入力されたHO-1濃度の測定値と、肺のコンピュータ断層撮影におけるすりガラス陰影(GGO)のスコア、コンソリデーションのスコア、又はそれらの両方若しくはそれらの組合せとを該ロジスティック回帰モデルに代入して、当該患者が重症であること又は重症になるリスクが高いことの予測確率を算出するように構成される。
【0043】
データ受領部は、例えばキーボード、マウス、若しくはタッチパッド又は他のコンピュータ若しくは装置からの入力端子を含んで、ユーザーが入力するHO-1濃度測定値等のパラメータのデータをシステムに受け入れることができる。受け入れられたデータは、データ保存部に保存され得る。出力部による予測確率の表示は、例えば紙等の固形媒体への印刷、又は電子的ディスプレイ装置上の表示等であり得る。データ受領部に、さらなる参照患者についての上記パラメータのデータが入力されて、プロセッサー部においてロジスティック回帰モデルが再構築されるようにシステムが構成されていてもよい。
【0044】
別の態様において、本開示は、上述した実施形態による方法を行うためのキットを提供する。一実施形態によるキットは、HO-1を特異的に認識する抗体又は抗体断片を含み得る。それに加えて、キットは、上述した実施形態による方法に従って判定を行うための説明書を含み得る。この説明書は、SARSr-CoV感染症の患者の検体中のHO-1濃度の測定値が、基準値以上である場合には、該患者が重症である又は重症になるリスクが高いと判定し、基準値未満である場合には、該患者が重症でない又は重症になるリスクが低いと判定するという基準に従って判定を行う旨が説明された説明書であり、添付文書であり得る。この説明書は、SARSr-CoV感染症の患者の検体から得られたHO-1濃度の測定値が、重症であること又は重症になるリスクが高いことを判定するためのデータとして解釈できることを説明するものである。この説明書には、例えば基準値の説明など、方法の実施形態について上述してきた特定事項のうちの1つ又は複数がさらに記載され得る。このキットの使用対象となるSARSr-CoV感染症は例えばSARS-CoV-1感染症又はSARS-CoV-2感染症であり得る。
【0045】
キットは、例えばELISAキットであり得、その場合のキットは、上記抗体又は抗体断片(それぞれ複数可)のほか、アッセイバッファー、アッセイプレート、上記抗体若しくは抗体断片のいずれかに結合できる標識(例えば二次抗体にコンジュゲート化された標識)、又は標識からシグナルを発生させる物質のうちのいずれか1つ又は複数を含み得る。
【0046】
標識としては、例えば、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ等の酵素が挙げられる。標識からシグナルを発生させる物質としては、例えば上記酵素の基質等が挙げられる。アルカリホスファターゼのための基質としては、例えば9-[(フェニルオキシ)(ホスホリルオキシ)メチリデン]-10-メチルアクリダン・二ナトリウム塩、9-[(4-クロロフェニルチオ)(ホスホリルオキシ)メチリデン]-10-メチルアクリダン・二ナトリウム塩(LumigenTM APS-5)等が挙げられ、ペルオキシダーゼのための基質としては、例えばテトラメチルベンジジン、o-フェニレンジアミン等が挙げられる。これらの基質は、対応する酵素の存在下で発色、発光又は特定波長の蛍光等の検出可能なシグナルを生じ得る。
【0047】
標識は、抗体(例えば抗HO-1抗体又は二次抗体)に直接結合していてもよいし、抗体に直接結合していなくてもよい。標識が抗体に直接結合していない場合、標識は例えば、反応液中で、一組の親和性物質を介して抗体に間接的に結合させることができる。そのような一組の親和性物質としては、例えばビオチンとストレプトアビジンとの組み合わせが挙げられる。具体的には、例えば、ビオチンが結合した抗体と、ストレプトアビジンが結合した酵素とを組み合わせることができる。
【0048】
説明書は、典型的には印刷された紙その他のシート状材料の形態で提供されるものであるが、説明データが記録された非一時的なコンピュータ読み取り可能記録媒体の形態で提供されてもよい。上記シート状材料がキットの容器を形成していてもよい。
【実施例0049】
以下、実施例により具体的な実施形態を説明するが、これらは例示の目的で提供されるものであり、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0050】
[研究の方法と材料]
COVID-19罹患が確認された患者を対象にして、横浜市立大学附属市民総合医療センターにおいて研究を行った。本研究はヘルシンキ宣言に従って行われ横浜市立大学の審査委員会により承認された。HRCT(高分解能コンピュータ断層撮影)のデータは呼吸器科医及び放射線科医によって独立に調べられ、Acta Radiol. 2003; 44: 258-264に記載された半定量的スコア化法を用いて評価された。HRCT画像上の肺の異常は、すりガラス陰影(GGO)、コンソリデーション(肺胞内の空気が消失して内部の血管が全く認識できないような陰影)、及び網状線維症(reticular fibrosis)(蜂巣肺を含む)に分類され、6つの肺葉の各々における病変の面積割合(%)に基づいてスコア化した(0%:0ポイント、1~25%:1ポイント、26~50%:2ポイント、51~75%:3ポイント、76%~:4ポイント)。グローバルスコアは、全ての肺葉における各異常についてのスコアを加算することにより算出し、例えば「GGO及びコンソリデーションのスコア」と表現した。
【0051】
SARS-CoV-2のRNAは、当センター来院(admission)の際の患者の鼻咽頭ぬぐい液及び咽頭ぬぐい液サンプルから抽出された核酸に対してリアルタイムの逆転写定量的PCRを行って検出された。本明細書にも記載されている厚生労働省の基準に従ってCOVID-19患者の重症度を4類に分けた。「重症」に分類された患者は、ICUへの入室、人工呼吸器の使用、又はECMOの使用が必要であった患者である。
【0052】
当センター来院の際に全患者から血液サンプルを採取した。血清のHO-1レベルについてはImmunoSet(商標)HO-1 enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) development set(Enzo, Farmingdale, NY, USA)の説明書に記載された操作手順に従い、上述の修正ELISA法で測定した。また、sCD163レベルについてはQuantikine ELISA Human CD163 Immunoassay(R&D Systems, Minneapolis, MN, USA)を用いて、説明書に記載された操作手順に従って測定した。
【0053】
統計学的分析はJMP11(SAS Institute, Inc., Cary, NC, USA)を用いて行った。群間比較は、ウィルコクソンの順位和検定、カイ二乗検定、又は対応のあるt検定を適宜用いて行った。スピアマンの相関係数を計算してHO-1とsCD163及び他の臨床パラメータの相関を評価した。重症度分類又は転帰を予測するためのHO-1単独又は他の臨床パラメータとの組合せの有用性を、受信者操作特性(ROC)曲線下面積(AUC)分析によって評価した。図1、2は、同じ64人の患者群に基づく結果を示している。0.05未満のP値を有意とみなした。
【0054】
[結果と考察]
図1は、来院(admission)の際に「重症」と診断されたCOVID-19患者を、検体中濃度だけに基づいて正しく「重症」と同定できるHO-1(左)及びsCD163(右)の能力を示す、ROC曲線分析結果の一例である。HO-1のAUCは0.875であり、これはsCD163(AUC=0.733)と比べても高いきわめて顕著な重症患者同定能力を表す。重症患者の血清HO-1濃度の中央値は59.6ng/mLであり25~75パーセンタイル値は41.1~100ng/mLであった。これは、別途測定された健常者対照群の血清HO-1濃度が25ng/mLを超えることはなく中央値が2.9ng/mLであったことと対照的である。
【0055】
来院の際には重症未満であったが、入院継続中に重症化した患者も相当数存在した。例えば、来院の際には中等症IIであった患者の24%がその後重症化してICUに入室するに至り、11%が人工呼吸器を使用するに至り、5%がECMOを使用するに至り、そして3%は入院中に死亡するに至った(なお、来院当初から重症であった患者の33%が入院中に死亡した)。そこで、来院の際の重症度を問わず最終的に重症を経験する患者を予測するバイオマーカーの能力を調べた。その結果を図2に示す。図2(a)~(c)は、それぞれ、来院の際の重症度を問わず最終的に患者がICU(a)、人工呼吸器(b)、又はECMO(c)を必要になりその使用を経験することを予測するHO-1(左)及びsCD163(右)のバイオマーカー能力を示すROC曲線分析結果である。この予測は、最初の来院の際に採取された検体における濃度だけに基づいていることに留意すべきである。ICU(a)、人工呼吸器(b)、及びECMO(c)の使用の予測について、sCD163(右)のAUCはそれぞれ0.743、0.696、及び0.598であり、これはsCD163が優れた重症化予測バイオマーカーであることを示している。しかしながら、HO-1(左)のAUCはそれぞれ0.816、0.827、及び0.790であり、sCD163をさらに上回るHO-1のバイオマーカー能力を示している。これらの結果は、重症化患者同定バイオマーカー又は重症化予測バイオマーカーとしてのHO-1の顕著に優れた能力を示している。
【0056】
同じ患者群について、来院の際のHO-1濃度の測定値に加えてGGO及びコンソリデーションのスコアを説明変数とし、来院の際の重症度を問わず最終的に患者がICU(図3a)又は人工呼吸器(図3b)の使用を経験したか否かを目的変数として、JMP11ソフトウェア上でロジスティック回帰モデルを構築し、各患者について、ロジスティック回帰モデルに従った重症該当の予測確率を求めた。その予測確率と実際の臨床結果に基づいて描いたROC曲線を図3に示す。図3aのAUCは0.915であり、図3bのAUCは0.919である。HO-1及びGGO及びコンソリデーションのスコアという複合マーカーにより、HO-1という単一予測因子を使用した場合よりさらに著しく優れた、きわめて精度の高い重症の予測ができていることが明らかである。
図1
図2
図3