(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024092381
(43)【公開日】2024-07-08
(54)【発明の名称】マイクロニードルデバイス
(51)【国際特許分類】
A61M 37/00 20060101AFI20240701BHJP
【FI】
A61M37/00 514
A61M37/00 516
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022208275
(22)【出願日】2022-12-26
(71)【出願人】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】更田 宏史
(72)【発明者】
【氏名】益子 明花
(72)【発明者】
【氏名】片岡 利介
【テーマコード(参考)】
4C267
【Fターム(参考)】
4C267AA72
4C267BB02
4C267BB03
4C267BB08
4C267BB09
4C267BB11
4C267CC05
4C267EE08
4C267GG03
4C267GG16
4C267HH08
(57)【要約】
【課題】穿刺手段としての固定されたニードルと、そのニードルに接触して提供される薬剤とを含む型のマイクロニードルシステムにおいて、短時間の穿刺で効率的に薬剤投与を実現できるマイクロニードルを提供する。
【解決手段】
支持部と、支持部の表面上に突き出たニードルとを含む、固定針型マイクロニードルデバイスであって、ニードルは、薬剤を積載するように構成された薬剤積載部を含み、薬剤積載部の表面に、0.5N/2.5cm未満の剥離強度を提供する剥離剤コーティングがなされており、剥離剤は常温で固形である、マイクロニードルデバイスが提供される。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持部と、前記支持部の表面上に突き出たニードルとを含む、固定針型マイクロニードルデバイスであって、
前記ニードルは、薬剤を積載するように構成された薬剤積載部を含み、前記薬剤積載部の表面に、0.5N/2.5cm未満の剥離強度を提供する剥離剤コーティングがなされており、前記剥離剤は常温で固形である、
マイクロニードルデバイス。
【請求項2】
前記支持部の表面上に複数のニードルを含んで、マイクロニードルアレイを形成している、請求項1に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項3】
(i)前記薬剤積載部は、前記ニードルの先端側から底端方向へとニードル中に延在する縦穴または溝であり、前記マイクロニードルデバイスは前記縦穴または溝中に薬剤を配置することにより薬剤を積載するように構成され、
および/または
(ii)前記薬剤積載部は、前記ニードルの外表面の領域であり、前記マイクロニードルデバイスは前記ニードルの外表面の領域を薬剤でコーティングすることにより薬剤を積載するように構成される
請求項1に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項4】
さらに、前記薬剤積載部に積載された薬剤を含む、請求項1に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項5】
前記剥離剤は架橋されたシリコーンを含む、請求項1に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項6】
前記剥離剤は、極性基に結合された炭素数15~22の炭化水素基を有する化合物を含む、請求項1に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項7】
前記極性基はアミド基、カルボン酸基もしくはその塩、またはカルボン酸エステル基である、請求項6に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項8】
前記化合物は、2つの炭化水素基がアミド基で連結された化合物である、請求項7に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項9】
前記化合物は脂肪酸である、請求項7に記載のマイクロニードルデバイス。
【請求項10】
(a)支持部の表面上に突き出たニードルを、剥離剤の溶液または懸濁液に浸漬するステップ、
(b)前記ニードルを前記溶液または懸濁液から取り出して、前記ニードル上にある前記溶液または懸濁液の溶媒を揮発させるステップ、
(c)ステップbからの前記ニードルを、70~150℃で高温処理すること、または前記剥離剤を架橋することにより、剥離剤コーティングを完成させるステップ
を含む、請求項1~9のいずれか一項に記載のマイクロニードルデバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤を身体組織内に送達するために用いられるマイクロニードルに関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロニードルは、マイクロメートルスケールの微細針を身体組織表面に穿刺することによって、身体組織内への薬剤の送達を促進できる器具であり、医学、化粧品等の分野で既に利用され始めている。
【0003】
例えば古典的な注射針による皮下注射では、注射針が皮膚の角質層、表皮層、および真皮層をも貫通して、皮下組織へと薬剤が送達される。皮内注射という手法もあるが、皮内での送達位置や送達量の微細な調節は注射器では困難である。対照的に、マイクロニードルは、そのニードルがそもそも通常1000μm以下の長さにとどまるため、角質層を物理的に突破した後に確実に(ニードルの長さに応じて)表皮層から真皮層の領域に薬剤を送達することができる。そのように送達された薬剤は、表皮層から真皮層の領域に存在するランゲルハンス細胞や真皮樹状細胞などの皮内免疫系を効率的に利用することができる。
【0004】
古典的な注射と比べてマイクロニードルは、適用時の痛みを殆どなくすることができること、および患者または使用者自身による自己投与がより容易であることといった利点も有する。
【0005】
元々マイクロニードルは経皮薬剤送達用に開発され始めたものだが、皮膚以外の身体組織(例えば眼球)の表面からの薬剤送達に利用することもできる。
【0006】
マイクロニードルを用いた薬剤送達には、いくつかの異なる態様がある。例えば、ソリッドマイクロニードルと呼ばれる態様では、薬剤を有さないマイクロニードルを組織表面から穿刺した後に抜き取って組織中に穴を形成し、その後その穴を通じて、組織表面から(例えば皮膚に貼り付けられたスキンパッチから)薬剤が投与される。中空マイクロニードルと呼ばれる態様では、個々のニードルが底から先まで貫通する中空すなわちチャンネルを有しており、マイクロニードルを組織に穿刺したままの状態でそのチャンネルに圧力をかけて薬剤を通過させることによって投与が行われる。コーテッド(coated、被覆)マイクロニードルと呼ばれる態様では、ニードルの表面が薬剤で被覆されており、そのニードルを組織に穿入させた際に薬剤が組織中へと拡散する。この段落で挙げた例は、ニードル材料自体は薬剤を通常含有しておらず、穿刺手段としての(すなわち組織への穿入を担う)ニードル自体は穿入後、基本的にインタクトな形状のまま抜き取られる態様の例である。
【0007】
特許文献1は、コーテッドマイクロニードルの一例であり、薬物を含むことができるコーティング層を膨潤性高分子で形成することにより、体組織内で膨潤したコーティング層が、マイクロニードルの抜き取りの際に体内に残存しやすくすることを記載している。特許文献2は、コーテッドマイクロニードルの別の一例であり、マイクロニードルの先端を薬物水溶液に浸漬して薬物をマイクロニードル先端に塗布する際に、薬物水溶液が毛管現象により制御不能に上昇してしまって定量的な薬物装填が困難となるという課題に取り組んでいる。特許文献2は、マイクロニードルを撥水コーティングすることにより、毛管現象による薬物水溶液の上昇を防いで、マイクロニードルの先端部に薬物塗布層を定量的に保持することを記載している。特許文献2のこの撥水コーティングとは具体的にはフッ素系樹脂、シリコーンオイル、または流動パラフィンである。
【0008】
上述の態様とは対照的に、溶解性(dissolving)マイクロニードルと呼ばれる態様では、ニードル材料自体に薬剤が含有されおり、マイクロニードルを組織に穿入させた際にニードルが崩壊および溶解して薬剤が組織中へと放出される。ヒドロゲル形成マイクロニードルと呼ばれる態様でもやはり、ニードル材料自体に薬剤が含有されており、マイクロニードルを組織に穿入させるとこのニードル材料は組織液を吸収し膨張してヒドロゲルを形成し、このヒドロゲルから薬剤が放出される。この段落に挙げた2つの態様は、ニードル自体が、穿入後に失われるかまたは穿刺手段としての形状を失い、従ってインタクトなままでは抜き取られない態様の例である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2021-511124号公報
【特許文献2】特開2020-78431号公報
【発明の概要】
【0010】
コーテッドマイクロニードルに代表される、穿刺手段としての固定されたニードルと、そのニードルに接触して提供される薬剤とを含む型のマイクロニードルシステムは、構造のシンプルさ、それに伴う製造効率性の高さ、コストの低さ、および物理的強度など、多数の利点を有する。しかしながら、このようなマイクロニードルシステムは、身体組織に穿刺した後に、ニードルに接触して存在していた薬剤が離脱または溶解して組織中へと完全に放出されるまでに長時間を要し、数時間(例えば8時間以上)に亘り穿刺状態を維持することが必要となり得る点を、本発明者らは課題として認識した。つまり従来は、例えばマイクロニードル「パッチ」を皮膚に穿刺してから数時間に渡りこのパッチを貼ったままにすることが通常の使用法として受け入れられてきたが、穿刺後すぐに取り外せるマイクロニードルが実現できれば、マイクロニードルの利便性を大きく向上させ得ると本発明者らは考えた。
【0011】
本発明者らは、このようなマイクロニードルの薬剤積載部において、薬剤を積載するに先立って、特定の物性および/または組成条件を満たす剥離剤コーティングを施すことによって、穿刺後速やかに抜去できるマイクロニードルを提供できることを見出した。本発明の実施形態によれば、穿刺後数分間(あるいは数秒間でさえもあり得る)という早い時点でマイクロニードルを抜去しても、大部分の薬剤がニードルから消失し組織側に残存していることを観察することができる。これは短時間の穿刺で薬剤をニードルから脱離させて組織中へと送達するという新しいマイクロニードル使用態様を実現できることを表している。
【0012】
本開示は、少なくとも以下の実施形態を含む。
[1]
支持部と、前記支持部の表面上に突き出たニードルとを含む、固定針型マイクロニードルデバイスであって、
前記ニードルは、薬剤を積載するように構成された薬剤積載部を含み、前記薬剤積載部の表面に、0.5N/2.5cm未満の剥離強度を提供する剥離剤コーティングがなされており、前記剥離剤は常温で固形である、
マイクロニードルデバイス。
[2]
前記支持部の表面上に複数のニードルを含んで、マイクロニードルアレイを形成している、[1]に記載のマイクロニードルデバイス。
[3]
(i)前記薬剤積載部は、前記ニードルの先端側から底端方向へとニードル中に延在する縦穴または溝であり、前記マイクロニードルデバイスは前記縦穴または溝中に薬剤を配置することにより薬剤を積載するように構成され、
および/または
(ii)前記薬剤積載部は、前記ニードルの外表面の領域であり、前記マイクロニードルデバイスは前記ニードルの外表面の領域を薬剤でコーティングすることにより薬剤を積載するように構成される
[1]または[2]に記載のマイクロニードルデバイス。
[4]
さらに、前記薬剤積載部に積載された薬剤を含む、[1]~[3]のいずれかに記載のマイクロニードルデバイス。
[5]
前記剥離剤は架橋されたシリコーンを含む、[1]~[4]のいずれかに記載のマイクロニードルデバイス。
[6]
前記剥離剤は、極性基に結合された炭素数15~22の炭化水素基を有する化合物を含む、[1]~[5]のいずれかに記載のマイクロニードルデバイス。
[7]
前記極性基はアミド基、カルボン酸基もしくはその塩、またはカルボン酸エステル基である、[6]に記載のマイクロニードルデバイス。
[8]
前記化合物は、2つの炭化水素基がアミド基で連結された化合物である、[7]に記載のマイクロニードルデバイス。
[9]
前記化合物は脂肪酸である、[7]に記載のマイクロニードルデバイス。
[10]
(a)支持部の表面上に突き出たニードルを、剥離剤の溶液または懸濁液に浸漬するステップ、
(b)前記ニードルを前記溶液または懸濁液から取り出して、前記ニードル上にある前記溶液または懸濁液の溶媒を揮発させるステップ、
(c)ステップbからの前記ニードルを、70~150℃で高温処理すること、または前記剥離剤を架橋することにより、剥離剤コーティングを完成させるステップ
を含む、[1]~[9]のいずれか一項に記載のマイクロニードルデバイスの製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は固定針型マイクロニードルの様々な形態を模式的に示す。
【
図2】
図2は、一実施例のマイクロニードルアレイデバイスを穿刺して速やかに抜去した後のブタ皮膚片の顕微鏡写真を示す。各ニードルの薬剤積載部から脱離した膏体薬剤が皮膚に突き刺さったかたちになっており、そのうちの2つを枠で囲って示している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上述したコーテッドマイクロニードルに代表されるように、穿刺手段としての固定されたニードルを有するマイクロニードルを、本開示では固定針型マイクロニードルという。ここでいう「固定」されたニードルとは、身体組織への穿入後にニードル自体が崩壊もしくは溶解またはヒドロゲル化するタイプのニードル(いわゆる溶解性マイクロニードルおよびヒドロゲル形成マイクロニードルが含まれる)と対比されるものであって、通常の使用において(つまり事故による意図せぬ破損は論外として)身体組織への穿入後にも穿刺手段としてのニードルの形状が維持されてその形状のまま抜き取られるニードルを表す。固定針型マイクロニードルにおいては、そのマイクロニードルによる投与が意図される薬剤は、ニードル材料自体には含有されないことが通常である。固定針型マイクロニードル態様の例としてソリッドマイクロニードル、中空マイクロニードル、およびコーテッドマイクロニードルが含まれ得るが、これらの態様を組み合わせて使用することも可能である。
【0015】
一側面において本開示は、支持部と、その支持部の表面上に突き出たニードルとを含む、固定針型マイクロニードルデバイスを提供する。支持部は、ニードルを支持してデバイスの概形をなすことによって、マイクロニードルの取り扱いを容易にしてその製造、保存、穿刺、抜去等のプロセスを促進することができる。支持部のうちニードルを有する部分は典型的には平坦であるが、必ずしもそのような形状に限定されず、例えば対象組織の形状に合わせて湾曲した支持部も想定され得る。支持部は硬質であってもよいし、柔軟性であってもよい。
【0016】
本実施形態におけるニードルの形状およびサイズは、マイクロニードルの分野で通常知られているものと同様であってよい。ニードルは通常、支持部の表面に対して概して垂直に、例えば90°±10°の角度で提供される。マイクロニードルデバイスにおけるニードルの長さ、すなわち、支持部の表面に接続する基底部の位置から先端位置までの距離は、当業者が使用目的に応じて適宜決定することができ、典型的には約1000μm以下である。ニードルの長さは例えば20~1100μm、あるいは100~1000μmであり得る。ニードルは典型的には基底部から先端へ向けて概して細くなっていく。ニードルの横断面は円、楕円、多角形等であり得、後述する薬剤積載用の溝等がある場合には横断面はさらに複雑な形状になり得る。ニードルは少なくとも、太さよりも長さの方が大きいことが理解される。ニードルの基底部における最大径は、個々の使用目的におけるニードル長さ、ニードルの形状、ニードルの強度、ニードル密度等の要素に応じて当業者が適宜決定することができる。その最大径は例えば10~500μmの範囲内であり得る。
【0017】
当業者に理解されるように、支持部の表面上に、複数のニードルが突き出て、マイクロニードルアレイを形成してもよい。例えば、支持部の1cm2当たりのニードル数は1~1000本、2~800本、あるいは100~700本であり得る。マイクロニードルアレイに含まれる複数のニードルの少なくとも一部、または全部に、本実施形態による剥離剤コーティングがなされる。
【0018】
ニードルの材料は、支持部の材料と異なっていてもよいし、同じであってもよい。ニードルと支持部を同じ材料で、一体的に、例えば鋳型に基づく成形によって、作製することが好ましい。ニードルおよび/または支持部の材料として好適なものの例には、ポリグルコール酸(PGA)、ポリ乳酸(PLA、PLLA等)、乳酸・グリコール酸共重合体(PLGA)、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリカーボネート(PC)、ステンレス、およびこれらのいずれかの組合せが含まれる。いずれの材料でも本実施形態の剥離剤コーティングと適合させ得る。固定針型マイクロニードルでは、抜去後にニードル自体の材料が体組織内に残存することは意図されないが、事故等による意図せぬ破損の可能性を考慮すると、生分解性の材料が好ましく、例えばポリグルコール酸、ポリ乳酸、PLGA、PHA、PVA、またはこれらのいずれかの組合せが好ましい。
【0019】
本実施形態のマイクロニードルデバイスのニードルは、薬剤を積載するように構成された薬剤積載部を含む。より具体的には、
図1に概略的に示すように、ニードル(20)は、支持部(10)の表面に接続する部分(基底部(21)と呼ぶことができる)と、基底部から延在し身体組織に穿入するように構成された部分(穿入部(22)と呼ぶことができる)とを含み、薬剤積載部(23)はその穿入部の一部をなす。基底部(21)は、支持部(10)に接着されていてもよいし、上述したように支持部と継ぎ目なく一体化していてもよい。穿入部(22)はニードルにニードルとしての機能を付与する部分であり、つまり身体組織への穿入を担う部分であり、薬剤(30)積載の有無にかかわらずニードルの穿入部は身体組織の表面を突破して組織中に穿入することができる形状と硬度を有していることが当業者に理解される。
【0020】
好ましい実施形態において、薬剤積載部は、ニードルの先端側から底端方向へとニードル中に延在する(すなわちニードルの長軸に略平行した方向においてニードル中へと延在する)縦穴または溝であり、当該マイクロニードルデバイスは、この縦穴または溝中に薬剤を配置乃至充填することにより薬剤を積載するように構成される。溝は、ニードルの側面に開放されている点で縦穴と区別される。このような実施形態を横から見たところの概略図を
図1a~dに示す。縦穴および溝は、ニードル長さの中途点まで達する浅さであってもよいし(例えばそれぞれ
図1aおよびb)、あるいは支持部にまで達する深さであってもよい(例えば
図1c)。
図1a~cでは、各ニードルについて一つの縦穴または溝が描かれているが、
図1dに示すように各ニードルに複数の縦穴および/または溝を設けることも可能である。縦穴または溝の深さを大きくすること、縦穴または溝の開口面積(つまりニードル先端側から見たときの縦穴または溝の大きさ)を大きくすること、および縦穴または溝の数を増やすことのいずれかまたはその組合せによって、可能な薬剤積載量を増やすことができる。
【0021】
ニードル全体は例えば概して円錐もしくは角錐の形状であり得、または円柱もしくは角柱の先端に概して円錐もしくは角錐の形状が結合した形状(削った鉛筆のように)であり得る。特定の実施形態において、それらの形状の側表面および/または先端表面、あるいはより一般的に外表面の一部または全部に薬剤がコーティングされる場合、そのコーティングされる部分が薬剤積載部となる。このような実施形態において例えば、支持部から離れてニードル先端に近づいたある位置から先端までの領域を薬剤積載部とし得る。このような実施形態において、
図1eに示すように、ニードルの穿入部(22)のうち薬剤積載部(23)が、それ以外の部分より段差(24)をなして細くなっていてもよい。あるいは、
図1fに示すように、ニードルの穿入部(22)のうち薬剤積載部(23)とそれ以外の部分とが、リッジ(凸線)(25)またはグルーブ(凹線)によって隔てられていてもよい。上述した縦穴または溝の薬剤積載部(i)と、この外表面の薬剤積載部(ii)とを組み合わせることもできる。
【0022】
従って一実施形態では、薬剤積載部は、ニードルの外表面の領域であり、当該マイクロニードルデバイスは、ニードルの外表面の領域を薬剤でコーティングすることにより薬剤を積載するように構成される。
【0023】
本開示の実施形態は、薬剤積載部の表面すなわち薬剤と接する表面の一部または全部に、0.5N/2.5cm未満の剥離強度を提供する剥離剤コーティングがなされており、その剥離剤は常温で固形であることを特徴とする。本開示(特許請求の範囲を含む)において、「N/2.5cm」単位で表示される剥離強度は、JIS Z0237(「粘着テープ・粘着シート試験方法」)に従って決定される剥離強度を意味し、これは剥離(引きはがし)をさせるために要する力である。本開示で定義するところの剥離強度の測定方法を、本願の実施例欄において詳しく記述している。該測定方法のエッセンスは、幅2.5cm、粘着力3.5~5.0N/10mmの粘着テープに剥離剤コーティングを圧着させ、毎秒5.0±0.2mmの速度で180°角度で引き剥がす力を測定することを含む。JIS Z0237に従った試験で0.5N/2.5cm未満の剥離強度を提供するのと同じ剥離剤コーティングを、本実施形態のニードルの少なくとも薬剤積載部に施せばよい。しかしながら、マイクロニードルデバイスのうち薬剤積載部以外の部分、例えばニードルのうち薬剤積載部以外の部分または支持部にも剥離剤コーティングが施される可能性は排除されない。当業者は通常の技量によって試行錯誤なく、所与の組成のコーティングが0.5N/2.5cm未満の剥離強度を有するか否かを決定することができる。例えば鋳型からの成型製品の脱離を促進させる離型剤等と呼ばれる物質が多数知られている。同様の性質を有する物質をマイクロニードルに適用することは従来行われていなかったが、本開示に従って当業者は公知および市販の離型剤、剥離剤等のなかから0.5N/2.5cm未満の剥離強度を提供し得る物質を容易に同定することができる。
【0024】
様々な薬剤を積載したマイクロニードルにおいて、0.5N/2.5cm未満の剥離強度の剥離剤コーティングを提供することにより、体組織への穿刺後すぐに取り外しても薬剤投与が達成されるマイクロニードルが実現されることを本発明者らは見出した。剥離強度は例えば0.3N/2.5cm以下であり、好ましくは0.1N/2.5cm以下であり、好ましくは0.05N/2.5cm以下であり、さらに好ましくは0.02N/2.5cm以下である。薬剤を積載したマイクロニードルは、穿刺時まで積載状態を乱さないように保護して保存することは十分可能であるので、剥離強度の下限は特に限定されない。実際、きわめて低い剥離強度を提供する剥離剤コーティングを施しても製造、保存、穿刺、薬剤送達の側面を含め実用的なマイクロニードルデバイスが得られることが見出された。剥離剤コーティングの剥離強度は例えば0.01N/2.5cm以上、0.02N/2.5cm以上、0.1N/2.5cm以上、または0.2N/2.5cm以上であり得る。薬剤積載部に剥離剤コーティングを施さない領域をあえて一部残しておくことにより、使用前のニードルの薬剤保持性と使用時の薬剤脱離性のバランスを調節することも可能である。
【0025】
本実施形態の剥離剤コーティングを構成する剥離剤は常温で固形である。つまり常温で流動しない。上記で言及した特許文献2は、マイクロニードルアレイ製造過程の薬物塗布工程において毛管現象により薬物水溶液が望ましくない上昇を起こすことを防止するために、ニードルにシリコーンオイル、流動パラフィン等の撥水コーティングを施すことを記載している。しかし本開示の課題を解決する試みにおいて、特許文献2に記載された撥水コーティング剤は必ずしも適していないことが見出された。そのことは、シリコーンオイル、流動パラフィン等が常温で液状である物質であることに主に起因している。例えば、マイクロニードルデバイスの製造ラインではマイクロニードルを一定方向(特に、針が下に向く方向)で長時間保持することがしばしばあるが、常温液状である物質ではその際に垂れていってしまい、コーティングの逸失となってしまう。薬物塗布工程において薬物が定着するまでの比較的短時間のあいだのみに撥水コーティング剤の存在を必須とする特許文献2では、コーティング剤の液状性は特に問題にならなかったと考えられる。また逆に、常温で液状のコーティング剤成分が残存し続けると、その上に積載された薬剤中にコーティング剤成分が滲み出てしまうリスクが高いことが見出された。さらに、剥離強度とはそもそも接着相手から剥がされるために要する力のことであるし、剥離強度を定義するJIS Z0237自体が液状物質の試験に適しておらず(例えば、ローラで圧着することが関わる)、常温で液状である物質は剥離強度の概念に馴染まない。
【0026】
本開示のある好ましい実施形態において、剥離剤コーティングの剥離剤は、架橋されたシリコーンを含む。これらにはシリコーン樹脂およびシリコーンゴムが含まれ得る。シリコーンは例えば、ジメチルシロキサン単位を有するシリコーン、もしくはアルキル基もしくはフルオロアルキル基で修飾された有機変性シリコーン、またはそれらの混合物もしくは共重合体であり得る。アルキル基の炭素数は例えば3~20であり得る。本実施形態におけるシリコーンは、一般的に、少なくとも1種類の疎水性側鎖を有するシリコーンであり得、上記アルキル基もしくはフルオロアルキル基で修飾された有機変性シリコーンはその例である。これらの記述に該当するシリコーンが実施例で使用されている。それに代えて、またはそれに加えて、剥離剤コーティングの剥離剤は、極性基に結合された炭素数15~22の炭化水素基を有する(またはそれからなる)化合物を含み得る。この炭素数の範囲は21以下、20以下、または18以下であってもよい。炭化水素基とは、当業者に理解されるように、炭素と水素からなる基であり、アルキル、アルケニル、およびアルキニルが含まれる。炭化水素基は直鎖炭化水素、分枝鎖炭化水素、脂環式炭化水素、もしくは芳香族炭化水素、またはこれらいずれかの組合せであり得る。炭化水素基が直鎖炭化水素であることが特に好ましい。上記極性基は、炭化水素基の非極性を適度に緩和して例えばニードルへの付着および/または穿刺前の薬剤保持を促進する役割を果たし得る。特定の実施形態において、剥離剤の上記化合物、特にその極性基は、水酸基またはアミノ基を含まない。これらは剥離強度を上昇させ得るからである。特定の実施形態において、極性基はアミド基、カルボン酸基もしくはその塩(例えばマグネシウム塩)、またはカルボン酸エステル基であり得る。極性基に結合された炭素数15~22の炭化水素基からなる化合物の好ましい例としては、2つの炭化水素基(特に、直鎖炭化水素基)がアミド基(2級アミド基)で連結された化合物、および脂肪酸が挙げられる。N-オレイルパルミトアミド、ならびにステアリン酸およびパルミチン酸はそれらのさらに具体的な例である。極性基としてカルボン酸エステル基を有する化合物は、脂肪酸と脂肪族アルコールのエステルのほか、脂肪酸とグリセロールのエステルを含み得る。架橋されたシリコーンまたは極性基に結合された炭素数15~22の炭化水素基を有する化合物から選択される2種以上の剥離剤を組み合わせてもよい。
【0027】
従って本開示は一側面において、上述した、極性基に結合された炭素数15~22の直鎖炭化水素基を有する化合物で薬剤積載部がコーティングされた固定針型マイクロニードルデバイスを提供する。このような化合物のコーティングはマイクロニードル穿刺の際に薬剤積載部からの薬剤の脱離を確実に促進できるため好ましい。このような化合物は典型的に溶媒に0.5%(w/v)以上(かつ飽和濃度以下)の濃度で溶解または懸濁されてマイクロニードルの薬剤積載部を被覆した後に溶媒を除去してコーティングがなされる。
【0028】
シリコーンではないフッ素系樹脂は、本実施形態の剥離強度を下げる作用が弱いと見られた。特定の実施形態において、剥離剤コーティングの剥離剤は、シリコーンではないフッ素系樹脂を含まない。
【0029】
薬剤積載部に積載された薬剤を含むマイクロニードルデバイスの実施形態も提供される。薬剤は、典型的には、水性媒体、親水性媒体、またはそれらの組合せ中に水溶性または水分散性の活性成分を含む。活性成分とは、薬剤の医薬効果、コスメティック効果等を担う有効成分であって、個々のマイクロニードルアプリケーションに応じて異なり、当業者が適宜選択できることが理解されるべきである。薬剤中の活性成分の含量は例えば1~50重量%であり得る。薬剤中の媒体の含量(複数成分の混合媒体である場合にはその合計含量)は50重量%以上であり得る。活性成分自体が媒体の役割を兼ねる実施形態もあり得る。薬剤は上記媒体および活性成分以外の少量(50重量%未満)成分としてその他の添加剤を含有してもよい。添加剤の例としては、糖類(例えばグルコース、スクロース、フルクトース等)、および水溶性高分子(例えばデキストラン、ポリビニルピロリドン等)が挙げられる。これらのいずれかがゲル化および/または相溶したものは薬剤の大部分(50重量%以上)を占める親水性媒体にもなり得る。添加剤がヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ヒドロキシエチルメチルセルロース(HEMC)等のセルロース誘導体を含む実施形態も企図される。添加剤は、薬剤の粘度を増加させる役割を果たし得る。例えば、好ましくは、薬剤は膏体の形態をとり得る。それに代えて、またはそれに加えて、添加剤は、薬剤に張性調節、pH調節、安定化等の効果を提供し得る。
【0030】
別の側面において、上述したマイクロニードルデバイスを製造する方法が提供される。この方法は、(a)支持部の表面上に突き出たニードルを、剥離剤の溶液または懸濁液に浸漬するステップと、(b)ニードルをステップaの溶液または懸濁液から取り出して、すなわち浸漬状態から引き揚げて、ニードル上にある溶液または懸濁液の溶媒を揮発させるステップと、(c)ステップbからのニードルを、70~150℃で高温処理すること、あるいは剥離剤を架橋させることにより、剥離剤コーティングを完成させるステップとを含み得る。ステップ(a)でいうところの溶液または懸濁液に含まれる剥離剤は、最終的な剥離剤コーティングの前駆体であるもの(例えば架橋(硬化)前の剥離剤ポリマーまたはオリゴマー)を包含することが理解されるべきである。本明細書で提供してきたマイクロニードルデバイスの各要素についての説明が、当然ながらその製造方法についても適用され得ることが理解されるべきである。
【0031】
ニードルを剥離剤の溶液または懸濁液に浸漬するステップ(a)では、少なくともニードルの薬剤積載部が浸漬されるが、ニードルの他の部分または支持部が一緒に浸漬されてもよい。例えば、剥離剤の溶液または懸濁液中に、支持部とニードルとを含むマイクロニードルデバイス全体を浸漬してもよい。最終的な剥離剤コーティング中の剥離剤が架橋されたシリコーンである場合には、ステップ(a)におけるこの「剥離剤の溶液または懸濁液」は架橋前のシリコーンを含み得、場合によってはさらに触媒を含み得ることが当業者に理解される。
【0032】
ニードルに付いた溶液または懸濁液の溶媒を揮発させるステップ(b)は、例えば室温で5分間~1時間に亘り自然乾燥または送風乾燥することにより達成することができる。溶媒の種類は剥離剤の種類に応じて異なり得るが例えばトルエン、ヘキサン、エタノール等の有機溶媒もしくはそれらの混合物、または水を含み得る。70~150℃で高温処理することにより剥離剤コーティングを完成させるステップ(c)において、処理温度はより好ましくは80~100℃であり、高温処理の時間は例えば3分間~5時間の範囲内であり得る。特に、ステップ(a)において(例えば熱硬化型のシリコーン系剥離剤について)溶液または懸濁液が触媒を含んだ場合には、高温処理の時間は3~20分間であり得、溶液または懸濁液が触媒を含まない場合には高温処理の時間は1~5時間であり得る。高温処理に代えて、またはそれに加えて、ステップ(c)では、高温処理以外の方法で剥離剤を架橋することにより剥離剤コーティングを完成させ得る。例えばシリコーン等のポリマー系(オリゴマーを含む)の剥離剤では、紫外線照射によって架橋させることができるものがある。当業者は通常の知識に基づき、剥離剤の種類に応じて適切な架橋方法を選択することができる。ステップ(c)において、剥離剤の重合反応および架橋が起こり得る。ステップ(c)では、剥離剤とニードル表面との間でも化学結合が生じ得る。ステップ(c)において、常温固形の剥離剤がニードル表面に結着し、使用の際に剥離剤自体が剥離することが実質的に防止され得る。
【0033】
一実施形態において該方法は、剥離剤コーティングの剥離強度を決定するステップをさらに含んでもよい。
【0034】
本明細書において、「A~B」(あるいは「AからBまで」または「AとBの間」)という表現を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値AおよびBをそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示し、また、その最小値および/または最大値を除外した範囲も包含する。また、「A~B」という記載は、「A以上」または「A超」という範囲、および「B以下」または「B未満」という範囲も開示すると解される。複数の数値範囲が記載されている場合は、或る記載された数値範囲の上限値または下限値は、別の記載された数値範囲の上限値または下限値と組み合わせることができ、そのように組み合わされてできる数値範囲も本願において開示されていると解する。本明細書において、「Aを含む」または「Aを有する」という表現は、文脈に反しない限り、Aと合わせてA以外のものも含む対象物を意味しており、また、A以外のものを含まずAのみを含む対象物すなわちAからなる対象物の開示もその記載に包含され、その逆も然りであると解される。単数の対象物への言及は、複数の対象物が使用される実施形態の開示も包含していると解される。
【0035】
以下、実施例を示して本発明の実施形態をさらに詳細に説明するが、これら実施例のマイクロニードルデバイスは代表的な実験例を示しているにすぎず、本発明はこれらの具体的なマイクロニードルデバイスに限定されない。
【実施例0036】
[JIS Z0237「粘着テープ・粘着シート試験方法」に従った剥離強度の測定]
1.試験片
セロハン粘着テープ(メーカー:ニチバン株式会社、品番:405-30X50、ゴム系粘着剤)の粘着面を、セパレーターフィルム(メーカー:日本バイリーン株式会社、品名:DL-01-450)で被覆する。セパレーターフィルムを被覆したセロハン粘着テープを2.5×7 cmの試験片に切断する。なお、粘着面に素手で触れたり、他の異物に触れさせてはならない。粘着テープの粘着力(JIS Z 0237、対ステンレス鋼板、剥がし角度180°、速度300 mm/分での測定値)は3.5~5.0 N/10mmの範囲内であり、具体的には4.73 N/10mmである。
2.被着体
元々剥離剤を有していない、かつ、コロナ処理等の表面処理を施されていないPETフィルム(厚さ75μm)を使用する。この表面へ、試験対象である各種剥離剤をコーティングし被着体とする。
【0037】
3.圧着装置
厚さ約6 mmのゴムで覆われた、直径約85 mm、幅約45 mm、2000±100 gの鋼製のローラーであり、ローラーの重量だけが試験片にかかる構造のもの。
4.試験装置
万能試験機(オートグラフ)(メーカー:株式会社島津製作所、型式:AG-50NX)
【0038】
5.試験方法
試験片の端から3.5 cmのセパレーターフィルムを切り取り、セパレーターフィルムが残った部分に、試験片の長さを延長するように幅約2.5 cm、長さ約10 cmの紙片をステープラーで固定する。試験片のセパレーターフィルムを除いた端を被着体の端に合わせ、圧着装置で毎秒10±0.5 mmの速さで二往復させて試験片と被着体とを互いに圧着する。試験装置の片方のチャックに被着体を固定し、もう片方のチャックに試験片につながる紙片を固定して、圧着から1分以内に毎秒5.0±0.2 mmの速度で180°角度で引き剥がす力を測定する。最初の10 mm長さに渡る引き剥がしの測定値は無視する。その後、20 mm長さに渡り被着体が引き剥がされる際の力の測定値を平均して、試料の幅2.5 cmあたりの剥離強度とする。
【0039】
[実施例の剥離剤]
本実施例では以下の剥離剤候補の試験例を示す。
・X-62-2829(信越化学工業株式会社)
溶剤付加型のシリコーン樹脂。
・KM-9772(信越化学工業株式会社)
エマルジョン付加型のシリコーンゴム。
・KS-847T(信越化学工業株式会社)
溶剤付加型シリコーン。
・PNT(造粒品)(日本精化株式会社)
N-Oleyl palmitamide(N-オレイルパルミトアミド)、粉末タイプ。
・ルナック S-70V(花王株式会社)
ステアリン酸:パルミチン酸 = 7:3の混合物。常温固体。
・A-2284P(株式会社ハーベス)
フッ素系高分子+PTFE微粒子
・AG-E082(AGC株式会社)
フッ素系高分子
・カオーワックス 85-P(花王株式会社)
硬化ヒマシ油
・カルコール8688(花王株式会社)
C16~18アルキルアルコール(85~90%がステアリルアルコール)
【0040】
[PETフィルムのコーティング]
X-62-2829、KS-847T:
サンプル瓶にコーティング剤原液を10 g、トルエン45 g、ヘキサン45 g加え、均一になるまで混合する。この溶液に触媒(CAT-PL-50T)を100μL加え、再び均一になるまで混合する。コーティング試験機を用いて、PETフィルムの表面に、上記調製液を塗布する(膜厚1 mm)。30分間自然乾燥後、ファン回転数700 rpmで10分間室温送風乾燥し、その後ファン回転数700 rpm、100℃で10分間保持してシリコーンを架橋する。
【0041】
KM-9772:
KM-9772 10 gと精製水90 gを混合する。コーティング試験機を用いて、PETフィルムの表面に上記調製液を塗布する(膜厚1 mm)。60分間自然乾燥後、ファン回転数700 rpm、80℃で3時間保持してシリコーンを架橋する。フィルムを水道水で洗浄後、イオン交換水で濯ぎ、室温乾燥する。
【0042】
PNT、カオーワックス 85-P:
サンプル瓶にコーティング剤の粉末1 g、トルエン99 gを加え、加熱混合する。コーティング試験機を用いて、PETフィルムの表面に上記調製液を塗布する(膜厚1 mm)。30分間自然乾燥後、ファン回転数700 rpmで10分間室温送風乾燥、その後ファン回転数700 rpm、100℃で5分間保持する。
【0043】
ルナック S-70V:
サンプル瓶にコーティング剤の粉末3 g、トルエン97 gを加え、加熱混合する。コーティング試験機を用いて、PETフィルムの表面に上記調製液を塗布する(膜厚1 mm)。30分間自然乾燥後、ファン回転数700 rpmで10分間室温送風乾燥、その後ファン回転数700 rpm、100℃で5分間保持する。
【0044】
AG-E082:
サンプル瓶にAG-E082 30 g、エタノール70 gを加え、均一に混合する。コーティング試験機を用いて、PETフィルムの表面に上記調製液を塗布する(膜厚1 mm)。ファン回転数700 rpm、100℃で5分間、続いてファン回転数700 rpm、150℃で3分間保持する。
【0045】
A-2284P:
刷毛を用いてA-2284PをPETフィルムの表面に塗布し、自然乾燥する。
【0046】
カルコール8688:
サンプル瓶にカルコール8688を3 g、トルエン97 gを加え、加熱混合する。コーティング試験機を用いて、PETフィルムの表面に上記調製液を塗布する(膜厚1 mm)。30分間自然乾燥後、ファン回転数700 rpmで10分間室温送風乾燥し、その後ファン回転数700 rpm、100℃で3分間保持する。
【0047】
[剥離強度の測定結果]
剥離強度の測定結果(n=5)を下記表1に示す。平均(Mean)剥離強度が0.5 N/2.5cmを下回った試料を太字で示している。
【0048】
【0049】
[剥離剤候補によるマイクロニードルのコーティング]
上述した、JIS Z0237に従う剥離強度の測定を行ったのと本質的に同じコーティングを、マイクロニードルアレイ全体に施した。ポリグリコール酸で支持部とニードルが一体成型されたマイクロニードルアレイを用い、そのニードルは
図1bに示すような烏口型(溝型)の薬剤積載部を有するものである。各剥離剤候補について用いた詳細なコーティング条件を以下に記載する。この記載から理解されるように、PETフィルムに施したのと同じ組成のコーティングがマイクロニードルアレイ表面に形成されている。
【0050】
X-62-2829:
X-62-2829を3.0 gサンプル瓶中に用意する。これにトルエン/ヘキサン = 1/1 (w/w) 溶液を27.0 g加え、ボルテックスミキサー(メーカー:Scientific Industries, Inc.、型式:G-560)にて均一になるまで混合する。この溶液に触媒(CAT-PL-50T)を30μL加え、ボルテックスミキサーにて再び均一になるまで混合する。マイクロニードルアレイをこの液に浸漬し、針を上向きにして引き上げ、10分間自然乾燥する。送風定温恒温器(メーカー:ヤマト科学株式会社、型式:DKN302)を用いて室温で更に10分間送風乾燥する。真空定温乾燥機(メーカー:ヤマト科学株式会社、型式:ADP-31)を用いて大気圧下100℃で10分間マイクロニードルアレイを反応させた後、取り出して室温に戻す。
【0051】
KM-9772:
サンプル瓶にKM-9772を3.0 g、超純水を27.0 g加え、ボルテックスミキサーにて均一になるまで混合する。この液にマイクロニードルアレイを浸漬し、針を上向きにして引き上げる。30分間自然乾燥後、真空定温乾燥機を用いて大気圧下80℃で3時間反応させる。反応後は水道水で洗浄し、脱イオン水で濯いだ後、自然乾燥する。
【0052】
KS-847T:
サンプル瓶中にKS-847Tを2.0 g用意する。これにトルエン/ヘキサン = 1/1 (w/w) 溶液を18.0 g加え、ボルテックスミキサーにて均一になるまで混合する。この溶液に触媒(CAT-PL-50T)を20μL加え、ボルテックスミキサーにて再び均一になるまで混合する。マイクロニードルアレイをこの液に浸漬し、針を上向きにして引き上げ、10分間自然乾燥する。送風定温恒温器を用いて室温で更に10分間送風乾燥する。真空定温乾燥機を用いて大気圧下100℃で10分間マイクロニードルアレイを反応させた後、取り出して室温に戻す。
【0053】
PNT:
サンプル瓶中にPNT(造粒品)を0.2 g、トルエンを19.8 g加える。この混合物中の固形成分を加熱融解させた後、ボルテックスミキサーにて均一に混合する。沈殿が発生する前にマイクロニードルアレイをこの液に浸漬し、針を上向きにして引き上げ、30分間自然乾燥する。送風定温恒温器を用いて室温で10分間送風乾燥する。真空定温乾燥機にて、大気圧下100℃で5分間マイクロニードルアレイをアニールし、取り出して室温に戻す。
【0054】
ルナック S-70V:
サンプル瓶中にルナック S-70Vを0.6 g、トルエンを19.4 g加える。この混合物中の固形成分を加熱融解させた後、ボルテックスミキサーにて均一に混合する。マイクロニードルアレイをこの液に浸漬し、針を上向きにして引き上げ、30分間自然乾燥する。送風定温恒温器を用いて室温で10分間送風乾燥する。真空定温乾燥機にて、大気圧下100℃で5分間マイクロニードルアレイをアニールし、取り出して室温に戻す。
【0055】
A-2284P:
A2284P原液にマイクロニードルアレイを浸漬し、針を上向きにして引き上げ、12時間以上自然乾燥する。
【0056】
AG-E082:
サンプル瓶中にAG-E082を6 g、エタノールを14 g加え、ボルテックスミキサーにて均一に混合する。マイクロニードルアレイをこの液に浸漬し、針を上向きにして引き上げる。送風定温恒温器を用いて100℃で5分間乾燥する。続いて真空定温乾燥機にて、大気圧下150℃で3分間マイクロニードルアレイをアニールし、取り出して室温に戻す。
【0057】
カオーワックス 85-P:
サンプル瓶中にカオーワックス85-Pを0.2 g、トルエンを19.8 g加える。この混合物中の固形成分を加熱融解させた後、ボルテックスミキサーにて均一に混合する。沈殿が発生する前にマイクロニードルアレイをこの液に浸漬し、針を上向きにして引き上げ、30分間自然乾燥する。送風定温恒温器を用いて室温で10分間送風乾燥する。真空定温乾燥機にて、大気圧下100℃で5分間マイクロニードルアレイをアニールし、取り出して室温に戻す。
【0058】
カルコール8688:
サンプル瓶中にカルコール8688を0.6 g、トルエンを19.4 g加える。この混合物中の固形成分を加熱融解させた後、ボルテックスミキサーにて均一に混合する。マイクロニードルアレイをこの液に浸漬し、針を上向きにして引き上げ、30分間自然乾燥する。送風定温恒温器を用いて室温で10分間送風乾燥する。真空定温乾燥機にて、大気圧下100℃で3分間マイクロニードルアレイをアニールし、取り出して室温に戻す。
【0059】
[穿刺の際の薬剤脱離性の評価]
試験方法:
上述したコーティングを有するマイクロニードルアレイの薬剤積載部に薬剤成分(50%デキストラン、50%スクロースを含む膏体)を積載したものを試料検体とした。専用のアプリケーター(ニプロ 総合研究所製)を用いて、摘出ブタ皮膚片(Sinclair Bio Resourcesから購入、ブタ種:Yucatan Micro Pig)へ、試料検体を穿刺した。穿刺後10秒以内にマイクロニードルアレイを抜去し、顕微鏡観察下で、薬剤成分が抜け落ちていた針の本数を計測した。
【0060】
図2に、マイクロニードルアレイの抜去後のブタ皮膚片の顕微鏡写真の一例を示す(X-62-2829コーティングがされたマイクロニードルアレイを使用した場合の例である)。ごく短時間の穿刺に続く抜去後に、マイクロニードルアレイのほとんどのニードルから薬剤が脱離して皮膚組織に埋め込まれたことがわかる。写真は皮膚を上から観察したところであり、膏体状である薬剤の一部が皮膚表面に突出しているところが見えているが、薬剤の残りの部分は皮膚内に埋没している。
【0061】
下記表2は、薬剤脱離性評価の結果(n=3)を要約している。表中「Mean」の列は、該マイクロニードルアレイの52本のニードルのうち何本のニードルにおいて薬剤が脱離していたかの平均本数を示している。「剥離強度」の列には、表1で測定された剥離強度を表示している。0.5 N/2.5cm未満の剥離強度を提供する剥離剤コーティングがなされたマイクロニードルアレイにおいて、短時間の穿刺に続く抜去でも効率的に薬剤送達が達成されたことがわかる。
【0062】