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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024092415
(43)【公開日】2024-07-08
(54)【発明の名称】ステンレス鋼樹脂接合体
(51)【国際特許分類】
   C25F 3/06 20060101AFI20240701BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240701BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240701BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20240701BHJP
【FI】
C25F3/06
C22C38/00 302Z
C22C38/60
B32B15/08 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022208320
(22)【出願日】2022-12-26
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】山先 祥太
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
(72)【発明者】
【氏名】西村 泰司
【テーマコード(参考)】
4F100
【Fターム(参考)】
4F100AA37
4F100AA37A
4F100AB04
4F100AB04A
4F100AB09A
4F100AB10A
4F100AB11
4F100AB11A
4F100AB12A
4F100AB13
4F100AB13A
4F100AB14
4F100AB14A
4F100AB15A
4F100AB16
4F100AB16A
4F100AB17
4F100AB17A
4F100AB19A
4F100AB20A
4F100AB21A
4F100AB22A
4F100AK01B
4F100AK42
4F100BA02
4F100BA07
4F100EH36
4F100JK06
4F100JK06A
4F100JK06B
4F100YY00A
4F100YY00B
(57)【要約】
【課題】ステンレス鋼と樹脂との接合強度に優れるステンレス鋼樹脂接合体を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼の化学組成が、質量%で、Ni:7.00~20.00%、Cr:12.0~21.0%、Mo:0.01~4.00%、Cu:0.01~4.00%、N:0.0010~0.20%、S:0.0030~0.50%を含有し、
オーステナイト安定度A値が20以下であり、
アンカーピット深さ指数B値が下記(b)式の関係を満たすピット個数が、樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在することを特徴とするステンレス鋼樹脂接合体。
0.1×a≦B値≦50×c・・・(b)式
ここで、式(b)中のaは鋼中介在物の平均厚みであり、cは鋼中介在物の平均長さである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の化学組成が、質量%で、
C:0.0010~0.15%、
Si:0.01~2.00%、
Mn:0.01~5.00%、
Ni:7.00~20.00%、
Cr:12.0~21.0%、
Mo:0.01~4.00%、
Cu:0.01~4.00%、
N:0.0010~0.20%、
S:0.0030~0.50%、
Ti:0~2.00%、
Nb:0~2.00%、
V:0~2.0%、
Sn:0~2.5%、
W:0~3.0%、
Ga:0~0.05%、
Co:0~2.5%、
Sb:0~2.5%、
Ta:0~2.5%、
B:0~0.05%、
Al:0~2.0%、
Ca:0~0.05%、
Mg:0~0.012%、
Zr:0~0.012%、
REM:0~0.05%、
Pb:0~0.30%、
Se:0~0.80%、
Te:0~0.30%、
Bi:0~0.50%、
P:0~0.30%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(a)式で示されるA値が20以下であり、
アンカーピット深さ指数B値が下記(b)式の関係を満たすピット個数が、樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在することを特徴とするステンレス鋼樹脂接合体。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo・・・(a)式
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
0.1×a≦B値≦50×c・・・(b)式
ここで、式(b)中のaは鋼中介在物の平均厚みであり、cは鋼中介在物の平均長さである。アンカーピット深さ指数B値は、ピット近傍のステンレス/樹脂界面から垂直方向に樹脂がステンレス側に伸長する長さである。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%でさらに、下記A群、B群及びC群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、請求項1に記載のステンレス鋼樹脂接合体。
[A群]
Ti:0.01~2.00%、
Nb:0.01~2.00%、
V:0.001~2.0%、
Sn:0.0001~2.5%、
W:0.05~3.0%、
Ga:0.0004~0.05%、
Co:0.05~2.5%、
Sb:0.01~2.5%、および
Ta:0.01~2.5%、
から選択される一種以上。
[B群]
B:0.0001~0.05%、
Al:0.001~2.0%、
Ca:0.0002~0.05%、
Mg:0.0002~0.012%、
Zr:0.0002~0.012%、および
REM:0.0002~0.05%、
から選択される一種以上。
[C群]
Pb:0.0001~0.30%、
Se:0.0001~0.80%、
Te:0.0001~0.30%、
Bi:0.0001~0.50%、および
P:0.0001~0.30%、
から選択される一種以上。
【請求項3】
樹脂との接合強度が20MPa以上である、請求項1又は請求項2に記載のステンレス鋼樹脂接合体。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のステンレス鋼樹脂接合体用のステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼と樹脂を接合したステンレス鋼樹脂接合体であって、特に、樹脂との接合強度に優れるステンレス鋼樹脂接合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、スマホ(スマートホン)やスマートウォッチのベゼルなどのIT部品に代表されるような、ステンレス製品は、SUS304、SUS316を代表とするステンレス鋼を素材として加工・成型され製造されてきた。しかしながら、上記のようなステンレス鋼から加工、製造されたステンレス製品の樹脂との接合性(接合強度)は樹脂/金属の接合部品に十分対応できず、用途の制限を受ける欠点があった。
【0003】
上記課題に対して、SUS304やSUS316に対し樹脂との接合性を改善する技術が検討されている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-49023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の発明は、SUS304やSUS316を用いた樹脂金属接合体およびその製造方法の提供を目的としている。
【0006】
しかし、上記の特許文献1の発明では、ステンレス素材の成分や素材の金属組織を活用し、樹脂との接合性を高めるステンレス部品の提供は検討されていない。
【0007】
本発明の課題は、ステンレス鋼樹脂接合体であって、特に、樹脂との接合強度に優れるステンレス鋼樹脂接合体を提供することにある。
【0008】
本発明は、ステンレス鋼と樹脂を接合したステンレス鋼樹脂接合体であって、特に、樹脂との接合強度に優れるステンレス鋼樹脂接合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、ステンレス鋼のS(硫黄)を始めとする成分調整と表面処理条件(電解液などの電解条件)を組合せ、金属組織(硫化物を始めとする介在物分布、オーステナイト安定度)に起因した樹脂/ステンレスの接合界面の組織制御(樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりのピット個数)に着目して検討を重ねた。
【0010】
そして、本発明者らは、S等を添加したオーステナイト系ステンレス鋼について、後述するオーステナイト安定度の指標のA値が20以下であり、後述するアンカーピット深さ指数B値が後記(b)式を満たすピット個数が、樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在する場合に、優れた樹脂との接合性(接合強度)が得られることを見出した。
【0011】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
[1]ステンレス鋼の化学組成が、質量%で、
C:0.0010~0.15%、Si:0.01~2.00%、Mn:0.01~5.00%、Ni:7.00~20.00%、Cr:12.0~21.0%、Mo:0.01~4.00%、Cu:0.01~4.00%、N:0.0010~0.20%、S:0.0030~0.50%、
Ti:0~2.00%、Nb:0~2.00%、V:0~2.0%、Sn:0~2.5%、W:0~3.0%、Ga:0~0.05%、Co:0~2.5%、Sb:0~2.5%、Ta:0~2.5%、B:0~0.05%、Al:0~2.0%、Ca:0~0.05%、Mg:0~0.012%、Zr:0~0.012%、REM:0~0.05%、Pb:0~0.30%、Se:0~0.80%、Te:0~0.30%、Bi:0~0.50%、P:0~0.30%、残部:Feおよび不純物であり、
下記(a)式で示されるA値が20以下であり、
アンカーピット深さ指数B値が下記(b)式の関係を満たすピット個数が、樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在することを特徴とするステンレス鋼樹脂接合体。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo・・・(a)式
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
0.1×a≦B値≦50×c・・・(b)式
ここで、式(b)中のaは鋼中介在物の平均厚みであり、cは鋼中介在物の平均長さである。アンカーピット深さ指数B値は、ピット近傍のステンレス/樹脂界面から垂直方向に樹脂がステンレス側に伸長する長さである。
【0012】
[2]前記化学組成が、質量%でさらに、下記A群、B群及びC群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、[1]に記載のステンレス鋼樹脂接合体。
[A群]
Ti:0.01~2.00%、Nb:0.01~2.00%、V:0.001~2.0%、Sn:0.0001~2.5%、W:0.05~3.0%、Ga:0.0004~0.05%、Co:0.05~2.5%、Sb:0.01~2.5%、およびTa:0.01~2.5%、
から選択される一種以上。
[B群]
B:0.0001~0.05%、Al:0.001~2.0%、Ca:0.0002~0.05%、Mg:0.0002~0.012%、Zr:0.0002~0.012%、およびREM:0.0002~0.05%、
から選択される一種以上。
[C群]
Pb:0.0001~0.30%、Se:0.0001~0.80%、Te:0.0001~0.30%、Bi:0.0001~0.50%、およびP:0.0001~0.30%、
から選択される一種以上。
【0013】
[3]樹脂との接合強度が20MPa以上である、[1]又は[2]に記載のステンレス鋼樹脂接合体。
[4][1]又は[2]に記載のステンレス鋼樹脂接合体用のステンレス鋼。
【発明の効果】
【0014】
本発明のステンレス鋼樹脂接合体は、ステンレス鋼が所定の成分を含有し、さらにオーステナイト安定度の指標のA値が20以下であり、後述するアンカーピット深さ指数B値が(b)式を満たすピット個数が樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在であることにより、優れた樹脂との接合性(接合強度)を得ることが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明でステンレス鋼樹脂接合体とは、ステンレス鋼としては「ステンレス棒線」や「ステンレス板」などのあらゆる形体のステンレス鋼を含み、樹脂としてはPBTやPPS,PAなどのあらゆる樹脂を含む。
【0016】
本発明は、前述のように、ステンレス鋼樹脂接合体であって、特に、ステンレス鋼と樹脂との接合強度に優れるステンレス鋼樹脂接合体の提供を目的とする。
【0017】
ステンレス鋼と樹脂との接合性については、ステンレス鋼と樹脂との接合試験片(ステンレス:12×3×40mm、樹脂:12×3×42mm、樹脂とステンレスの接合面:12×3mm面)を用い、引張試験(加工温度:RT、引張速度:5mm/min)を行ったときに、引張強さを接合強度と定義し、接合強度が20MPa以上となることを目標とする。
【0018】
《ステンレス鋼樹脂接合体のステンレス鋼と樹脂界面でのピット個数頻度》
本発明者らは、ステンレス鋼樹脂接合体において、ステンレス鋼と樹脂との接合強度を満足する手段として、ステンレス鋼樹脂接合体のステンレス鋼と樹脂界面での所定の形態を有するピット個数頻度を制御することを着想した。樹脂との接合強度について、ステンレス鋼中の硫化物などの介在物が適正な表面処理条件(電解液などの電解条件)によって溶解し、鋼材表面にピットを形成し、当該表面組織と樹脂接合することで、樹脂がピットへ流入し、アンカー効果にて樹脂との接合強度が改善する。また、形成されるピット形状はステンレス鋼の介在物分布と密接に関係する。ここで、ピット近傍のステンレス/樹脂界面から垂直方向に樹脂がステンレス側に伸長する長さを、アンカーピット深さ指数B値と定義する。観察されるピットのうち、樹脂接合性に寄与するピット形状指標のアンカーピット深さ指数B値がステンレス鋼中の介在物の平均厚みaと平均長さcから得られる(b)式の関係を満たすピット個数(頻度)が樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在する場合、ステンレス鋼と樹脂との接合強度が良好となる。
0.1×a≦B値≦50×c・・・(b)式
【0019】
アンカーピット深さ指数B値はピット近傍のステンレス/樹脂界面から垂直方向に樹脂がステンレス側に伸長する長さであり、顕微鏡から観察できる。また、ステンレス鋼中の介在物の平均厚みaはステンレス鋼のL断面(圧延方向と厚さ方向に平行な面)にて圧延方向に垂直方向となる個々の介在物の長さの平均値であり、介在物の平均長さcはステンレス鋼のL断面(圧延方向と厚さ方向に平行な面)にて圧延方向に平行方向となる個々の介在物の長さの平均値であり、顕微鏡から統計的に算出できる。
【0020】
《ステンレス鋼のオーステナイト安定度A値》
本発明者らは、ステンレス鋼樹脂接合体において、ステンレス鋼と樹脂との接合強度を満足する手段として、ステンレス鋼のオーステナイト安定度A値を制御することを着想した。ステンレス鋼中のオーステナイト安定度A値が大きいと、準安定なオーステナイトに起因し、加工誘起マルテンサイトを形成し、介在物に起因したピット形成を抑制し、樹脂との接合性を劣化させる。そして、式(a)に示すステンレス鋼のオーステナイト安定度A値が20以下であると、上記のピット個数頻度の規定と相まって、樹脂との接合強度を満足することができる。A値の好ましい範囲は-10以下であり、更に好ましくは-30以下であり、更に好ましくは-45以下である。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo・・・(a)式
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
【0021】
《ステンレス鋼の成分組成》
次に、本発明のステンレス鋼樹脂接合体のステンレス鋼の成分組成について説明する。成分組成において、%は質量%を意味する。
【0022】
(S:0.0030~0.50%)
Sは鋼中に硫化物を形成し、ステンレス鋼樹脂接合体のステンレス鋼と樹脂界面でのピット個数頻度を高める元素であり、樹脂との接合性を高めるため、0.0030%以上含有させる。また、Sは切削性向上へも有効である。一方、過剰にSを添加すると熱間加工性や耐食性が劣化するため、上限値を0.50%とする。好ましくは0.0100%以上0.40%以下であり、更に好ましくは0.0700%以上0.30%以下であり、更に好ましくは0.1000%以上0.230%以下である。
【0023】
(C:0.0010~0.15%)
CはA値を下げ加工誘起マルテンサイトの形成を抑制し、樹脂との接合性を高めるため、0.0010%以上とする。過剰にCを添加すると、耐食性劣化に加え、逆にピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化する。そのため、上限値を0.15%とする。好ましくは0.0030%以上0.10%以下であり、更に好ましくは0.0050%以上0.05%以下であり、更に好ましくは0.010%以上0.05%以下である。
【0024】
(Si:0.01~2.00%)
Siは脱酸元素として添加し、0.01%以上とする。過剰にSiを添加すると、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化する。そのため、上限値を2.0%とする。好ましくは0.01%以上1.2%以下であり、更に好ましくは0.01%以上1.0%以下であり、更に好ましくは0.20%以上0.8%以下である。
【0025】
(Mn:0.01~5.00%)
MnはSと結合することで鋼中に硫化物を形成し、ステンレス鋼樹脂接合体のステンレス鋼と樹脂界面でのピット個数頻度を高め、樹脂との接合性を高めるため、0.01%以上含有させる。また、MnはA値を下げ加工誘起マルテンサイトの形成を抑制し、樹脂との接合性を高めるため有効である。一方、過剰にMnを添加するとピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を5.0%とする。好ましくは0.20%以上3.0%以下であり、更に好ましくは0.20%以上2.0%以下であり、更に好ましくは0.20%以上1.0%以下である。
【0026】
(Ni:7.00~20.00%)
NiはA値を下げ加工誘起マルテンサイトの形成を抑制し、樹脂との接合性を高めるため有効であるため、7.00%以上含有させる。一方、過剰にNiを添加するとピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を20.0%とする。好ましくは8.00%以上15.0%以下であり、更に好ましくは8.00%以上13.0%以下であり、更に好ましくは8.00%以上11.0%以下である。
【0027】
(Cr:12.0~21.0%)
CrはA値を下げ加工誘起マルテンサイトの形成を抑制し、樹脂との接合性を高める。また、耐食性を高めるため、12.0%以上とする。過剰にCrを添加すると、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を21.0%とする。好ましくは15.0%以上21.0%以下であり、更に好ましくは16.0%以上21.0%以下であり、更に好ましくは17.0%以上19.0%以下である。
【0028】
(Mo:0.01~4.00%)
MoはA値を下げ加工誘起マルテンサイトの形成を抑制し、樹脂との接合性を高める。また、耐食性を高めるため、0.01%以上とする。過剰にMoを添加すると、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を4.0%とする。好ましくは0.01%以上3.0%以下であり、更に好ましくは0.5%以上3.0%以下であり、更に好ましくは0.5%以上2.0%以下である。
【0029】
(Cu:0.01~4.00%)
CuはA値を下げ加工誘起マルテンサイトの形成を抑制し、樹脂との接合性を高めるため、0.01%以上とする。過剰にCuを添加すると、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化し、また、熱間脆性を引き起こす。そのため、上限値を4.00%とする。好ましくは0.01%以上3.5%以下であり、更に好ましくは0.1%以上2.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以上1.5%以下である。
【0030】
(N:0.0010~0.20%)
NはA値を下げ加工誘起マルテンサイトの形成を抑制し、樹脂との接合性を高めるため、0.0010%以上とする。過剰にNを添加すると、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.20%とする。好ましくは0.0050%以上0.15%以下であり、更に好ましくは0.010%以上0.12%以下であり、更に好ましくは0.030%以上0.10%以下である。
【0031】
本発明のステンレス鋼は、上記成分を含有し、残部はFe及び不純物である。さらに、下記成分から選択される一種以上を含有することとしても良い。
【0032】
(Ti:0~2.00%)
TiはC,Nの固定のために添加してもよいが、過剰にTiを添加すると粗大Ti系析出物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を2.00%とし、好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5以下である。Tiの好ましい下限は0.01%以上であり、更に好ましくは0.05%以上である。
【0033】
(Nb:0~2.00%)
NbはC,Nの固定のために添加してもよいが、過剰にNbを添加すると粗大Nb系析出物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を2.00%とし、好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5以下である。Nbの好ましい下限は0.01%以上であり、更に好ましくは0.05%以上である。
【0034】
(V:0~2.0%)
VはC,Nの固定のために添加してもよいが、過剰にVを添加すると粗大V系析出物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を2.0%とし、好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5以下である。Vの好ましい下限は0.001%である。
【0035】
(Sn:0~2.5%)
Snは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、含有させてもよい。しかしながら、Snを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆にピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、含有させる場合の上限を2.5%とする。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以下である。前記効果を発現させるには、Sn量を0.0001%以上が好ましく、0.01%以上とすることが更に好ましい。より好ましくは、0.05%以上である。
【0036】
(W:0~3.0%)
Wは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、含有させてもよい。しかしながら、Wを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆にピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、含有させる場合の上限を3.0%とする。より好ましくは、2.0%以下であり、更に好ましくは1.5%以下である。前記効果を発現させるには、W量を0.05%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.10%以上である。
【0037】
(Ga:0~0.05%)
Gaは、耐食性を向上させるのに有効な元素であるため、含有させてもよい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆にピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、含有させる場合の上限を、0.05%とする。前記効果を発現させるには、Ga量を0.0004%以上とすることが好ましい。
【0038】
(Co:0~2.5%)
Coは、耐食性を向上させる効果を有するため、含有させてもよい。しかしながら、Coを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆にピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、含有させる場合の上限を2.5%とする。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.8%以下である。前記効果を発現させるには、Co量を0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上含有させることがより好ましい。
【0039】
(Sb:0~2.5%)
Sbは、耐食性を向上させる効果を有するため、含有させてもよい。しかしながら、Sbを過剰に含有させると、その効果は飽和し、逆にピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、含有させる場合の上限を2.5%とする。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.8%以下である。前記効果を発現させるには、Sb量を0.01%以上とすることが好ましく、0.05%以上含有させることがより好ましい。
【0040】
(Ta:0~2.5%)
TaはC,Nの固定のために添加してもよいが、過剰にTaを添加すると粗大Ta系析出物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を2.5%とし、好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5%以下である。Taの好ましい下限は0.01%である。
【0041】
(B:0~0.05%)
Bは、Nの固定のために添加してもよく、BNとして切削性に有効であるため、0.0001%以上含有するとよい。B含有量は、0.0005%以上であるとより好ましい。0.0020%以上であるとさらに好ましい。一方で、過剰にBを添加すると粗大B系析出物などが形成し、ピット個数頻度小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.05%とする。B含有量は、0.02%以下であるとより好ましい。0.015%以下であるとさらに好ましい。
【0042】
(Al:0~2.0%)
Alは、脱酸およびNの固定のために添加してもよいが、過剰にAlを添加すると粗大Al系析出物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、Al含有量の上限値を2.0%とし、好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.05%以下とする。Alの好ましい下限は0.001%である。
(Ca:0~0.05%)
Caは、熱間加工性のために添加してもよいが、過剰にCaを添加すると粗大Ca系析出物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、Ca含有量の上限値を0.05%とする。Caは好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。Caの好ましい下限は0.0002%である。
【0043】
(Mg:0~0.012%)
Mgは脱酸のため必要に応じて含有させてよいが、過剰にMgを添加すると粗大Mg系介在物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.012%とし、好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。Mgの好ましい下限は0.0002%である。
【0044】
(Zr:0~0.012%)
Zrは脱酸のため必要に応じて含有させてよいが、過剰にZrを添加すると粗大Zr系介在物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.012%とし、好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。Zrの好ましい下限は0.0002%である。
【0045】
(REM:0~0.05%)
REMは脱酸のため必要に応じて含有させてよいが、過剰にREMを添加すると粗大REM系介在物などが形成し、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.05%とし、好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。REMの好ましい下限は0.0002%である。
【0046】
(Pb:0~0.30%)
Pbは切削性を高める元素であり必要に応じて含有させてよいが、過剰にPbを添加するとピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.30%とし、好ましくは0.10%以下であり、更に好ましくは0.05%以下である。Pbの好ましい下限は0.0001%である。
【0047】
(Se:0~0.80%)
Seは切削性を高める元素であり必要に応じて含有させてよいが、過剰にSeを添加するとピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.80%とし、好ましくは0.1%以下であり、更に好ましくは0.05%以下である。Seの好ましい下限は0.0001%である。
【0048】
(Te:0~0.30%)
Teは切削性を高める元素であり必要に応じて含有させてよいが、過剰にTeを添加すると冷間鍛造性、ピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.30%とし、好ましくは0.1%以下であり、更に好ましくは0.05%以下である。Teの好ましい下限は0.0001%である。
【0049】
(Bi:0~0.50%)
Biは切削性を高める元素であり必要に応じて含有させてよいが、過剰にBiを添加するとピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.50%とし、好ましくは0.1%以下であり、更に好ましくは0.05%以下である。Biの好ましい下限は0.0001%である。
【0050】
(P:0~0.30%)
Pは切削性を高める元素であり必要に応じて含有させてよいが、過剰にPを添加するとピット個数頻度が小さくなり、樹脂との接合性が劣化するため、上限値を0.30%とし、好ましくは0.1%以下であり、更に好ましくは0.05%以下である。Pの好ましい下限は0.0001%である。
【0051】
《ステンレス鋼樹脂接合体の品質》
本発明のステンレス鋼樹脂接合体は、上記ステンレス鋼の成分組成とオーステナイト安定度の指標のA値が20以下とし、アンカーピット深さ指数B値が(b)式を満たすピット個数が樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在する結果として、以下の品質を実現することができる。
樹脂との接合強度が20MPa以上であるステンレス鋼樹脂接合体とすることができる。
【0052】
《ステンレス鋼樹脂接合体用のステンレス鋼》
ステンレス鋼であって、上記ステンレス鋼樹脂接合体のステンレス鋼と同じ成分組成を有し、オーステナイト安定度A値が20以下であり、樹脂と接合すべきステンレス鋼の面において、アンカーピット深さ指数B値が前記(b)式の関係を満たすピット個数が、樹脂/ステンレス接合面の単位接合界面長さ当たりに0.10個/mm以上存在するステンレス鋼は、本発明のステンレス鋼樹脂接合体用のステンレス鋼とすることができる。
【0053】
《ステンレス鋼樹脂接合体の製造方法》
本発明のステンレス鋼樹脂接合体を製造する上で、熱間加工や冷間加工によってステンレス鋼を製造し、樹脂との接合前に電解処理を施す方法が好適であるが、下記に示す手法は本ピット個数頻度を得る方法の一例であり、本ピット個数頻度を得る手法であればあらゆる手法を用いてよい。なお、ステンレス鋼は板、棒線などあらゆる形状でよい。
【0054】
ステンレス鋼のピット個数頻度を制御するために、電解処理の電解溶液および電流密度、電解時間、溶液温度を制御することが重要である。
電解溶液について、介在物起因のピット形成を促進させるために、シュウ酸やNaOH水溶液などが好ましい。
電流密度は介在物のピット形成のために、0.05A/cm以上必要である。一方で電流密度を高めすぎると、介在物起因のピット形成が抑制されるため、上限は5.0A/cmとする。好ましくは、0.10~4.0A/cmであり、更に好ましくは0.20~3.0A/cmであり、更に好ましくは0.20~2.0A/cmである。
電解時間は介在物のピット形成のために、1.0min以上必要である。一方で電解時間が長すぎると、介在物起因のピット形成が抑制されるため、上限は60minとする。好ましくは、2.0~50minであり、更に好ましくは3.0~40minであり、更に好ましくは4.0~30minである。
電解の溶液温度も介在物のピット形成のために、20℃以上で管理すべきである。一方で溶液温度が高すぎると、介在物起因のピット形成が抑制されるため、上限は100℃とする。好ましくは、20~95℃であり、更に好ましくは20~90℃であり、更に好ましくは20~80℃である。
【0055】
ステンレス鋼をこのように電解した上で、樹脂との接合を行う。樹脂との接合には射出成型や加熱圧着などにて行うことが好ましい。
ステンレス鋼樹脂接合体の製造方法において、上記のようにステンレス鋼素材を用い、電解処理されるのが好ましい。
【実施例0056】
(実施例1)
鋼の溶製の際には、ステンレス鋼の安価な溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、65kgの真空溶解炉にて溶解し、角100mmの鋳片に鋳造した。その後、熱間圧延(1180℃加熱、800℃仕上)により板厚5.0mmのステンレス板とし、研削にて板厚3.0mmステンレス板を製造し、電解処理(シュウ酸水溶液、電流密度:0.30A/cm、電解時間:8min、溶液温度:30℃)にてステンレス板をピット形成した後、射出成型にてPBT樹脂と接合した。表1、2に示す化学成分を有するステンレス鋼からなるステンレス鋼樹脂接合体を製造した。表1~表5において、本発明範囲から外れる項目、本発明の好適な製造条件から外れる項目について、下線を付している。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
ステンレス鋼樹脂接合体のピット個数頻度および樹脂との接合強度の評価方法については、前述のとおりの方法を用いた。
【0060】
ステンレス鋼樹脂接合体のステンレス鋼と樹脂界面でのピット個数頻度については0.10個/mm以上を□、0.40個/mm以上を〇、3個/mm以上を◎、4個/mmを◎◎とした。なお、0.10個/mm未満の場合は×とした。
ステンレス鋼と樹脂との接合強度については、20MPa以上を□、25MPa以上を〇、28MPa以上を◎、30MPa以上を◎◎とした。なお、20MPa未満の場合は×とした。
評価結果を表3~4に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
本発明例No.1~43に記載のステンレス鋼樹脂接合体については、本発明で規定する成分組成とA値、ピット個数頻度を有しており、樹脂との接合強度のいずれも、◎◎、◎、○、□のいずれかであり、良好であった。
【0064】
一方、比較例No.44~48、50~57については、いずれかの成分やA値が本発明範囲を外れており、ピット個数頻度が本発明範囲から外れ、結果として、樹脂との接合強度がいずれも×であった。なお、比較例No.49は、高Sに起因し熱間加工割れが発生し、ピット個数頻度および樹脂との接合強度の評価が行えなかった。
【0065】
(実施例2)
成分組成として表1の鋼種Vを用い、電解条件を表5に示す条件とし、その他の製造条件は上記実施例1と同様としてステンレス鋼樹脂接合体を製造した。
【0066】
【表5】
【0067】
表5に示すように、本発明例No.58~67は、製造方法が本発明の好適条件にあり、本発明で規定する成分組成とA値、ピット個数頻度を有しており、樹脂との接合強度のいずれも、◎◎、◎、○、□のいずれかであり、良好であった。
【0068】
一方、比較例No.68~75については、いずれかの製造条件が本発明の好適範囲を外れており、ピット個数頻度が本発明範囲から外れ、結果として、樹脂との接合強度のいずれも×であった。