(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024092593
(43)【公開日】2024-07-08
(54)【発明の名称】多値磁気メモリ素子、磁気メモリ装置、多値磁気メモリ素子の制御方法、および制御プログラム
(51)【国際特許分類】
H10B 61/00 20230101AFI20240701BHJP
H10N 50/20 20230101ALI20240701BHJP
【FI】
H10B61/00
H10N50/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022208638
(22)【出願日】2022-12-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)「3次元磁気メモリの開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】本多 周太
【テーマコード(参考)】
4M119
5F092
【Fターム(参考)】
4M119BB01
4M119BB03
4M119CC05
4M119CC10
4M119DD05
4M119DD17
4M119DD24
4M119HH01
4M119HH04
5F092AB06
5F092AC08
5F092AC12
5F092AD03
5F092AD23
5F092AD25
5F092AD26
5F092BB23
5F092BB31
5F092BB35
5F092BB36
5F092BB43
5F092BC03
5F092DA04
(57)【要約】
【課題】複数のビットを効率的に書き込むことができる多値磁気メモリ素子を提供する。
【解決手段】多値磁気メモリ素子(11)は、複数のビットに対応する複数の磁区を書き込み可能な磁性細線(22)と、磁性細線の一端と固定層(24)との間に配置された中間層(23)と、磁性細線の他端(27)に接続され、第1方向に磁化方向が固定された第1固定部(51)と、他端に接続され、第2方向に磁化方向が固定された第2固定部(52)と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のビットに対応する複数の磁区を書き込み可能な磁性細線と、
所定の磁化方向を維持する固定層と、
前記磁性細線の一端と前記固定層との間に配置された中間層と、
前記磁性細線の他端に接続され、第1方向に磁化方向が固定された第1固定部と、
前記磁性細線の前記他端に接続され、前記第1方向とは異なる第2方向に磁化方向が固定された第2固定部と、を備える、多値磁気メモリ素子。
【請求項2】
前記第1固定部は、前記磁性細線の他端の端面の一部である第1領域に接続され、
前記第2固定部は、前記磁性細線の前記他端の前記端面の一部である第2領域に接続されている、請求項1に記載の多値磁気メモリ素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の多値磁気メモリ素子と、
書き込み時において、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部または前記第2固定部に電流を流すことによって、前記磁性細線に磁区を書き込むコントローラと、を備える、磁気メモリ装置。
【請求項4】
書き込み時において、前記コントローラは、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部に流れる第1電流と、前記磁性細線の前記一端から前記第2固定部に流れる第2電流との両方を流すことによって、前記磁性細線に1つの磁区を書き込む、請求項3に記載の磁気メモリ装置。
【請求項5】
書き込み時において、前記コントローラは、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部に流れる第1電流と、前記第2固定部から前記磁性細線の前記他端を通って前記第1固定部に流れる第2電流との両方を流すことによって、前記磁性細線に前記第1方向の磁化方向を有する磁区を書き込む、請求項3に記載の磁気メモリ装置。
【請求項6】
前記コントローラは、読み出し時において、
前記中間層に第3電流を流すことによって、前記磁性細線の前記一端側の磁区が有する磁化方向に対応するビットを読み出し、かつ、
読み出されたビットに対応する磁化方向を有する磁区を前記磁性細線に新たに書き込むことによって、前記磁性細線の中の複数の磁区を前記一端側に移動させる、請求項3に記載の磁気メモリ装置。
【請求項7】
請求項1または2に記載の複数の多値磁気メモリ素子を備え、
前記複数の多値磁気メモリ素子は、第1多値磁気メモリ素子と第2多値磁気メモリ素子とを含み、
前記第1多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記磁性細線とは、共通の第1固定部に接続されている、磁気メモリ装置。
【請求項8】
前記第1多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記磁性細線とは、それぞれ異なる第2固定部に接続されている、請求項7に記載の磁気メモリ装置。
【請求項9】
前記第1多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第1上流配線と、
前記第2多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第2上流配線と、を備える、請求項7に記載の磁気メモリ装置。
【請求項10】
請求項1または2に記載の複数の多値磁気メモリ素子を備え、
複数の多値磁気メモリ素子は、第1多値磁気メモリ素子と第2多値磁気メモリ素子と第3多値磁気メモリ素子と第4多値磁気メモリ素子とを含み、
前記第1多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第3多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第4多値磁気メモリ素子の前記磁性細線とは、共通の第1固定部に接続されており、
前記第1多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第1上流配線と、
前記第2多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第2上流配線と、
前記第3多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第3上流配線と、
前記第4多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第4上流配線と、を備える、磁気メモリ装置。
【請求項11】
複数のビットに対応する複数の磁区を書き込み可能な磁性細線と、
所定の磁化方向を維持する固定層と、
前記磁性細線の一端と前記固定層との間に配置された中間層と、
前記磁性細線の他端に接続され、第1方向に磁化方向が固定された第1固定部と、
前記磁性細線の前記他端に接続され、前記第1方向とは異なる第2方向に磁化方向が固定された第2固定部と、を備える、多値磁気メモリ素子の制御方法であって、
書き込み時において、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部または前記第2固定部に電流を流すことによって、前記磁性細線に磁区を書き込む、多値磁気メモリ素子の制御方法。
【請求項12】
請求項3に記載の磁気メモリ装置の前記コントローラとしてコンピュータを機能させるための制御プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノスケールの磁気構造体を含む多値磁気メモリ素子、磁気メモリ装置、多値磁気メモリ素子の制御方法、および制御プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、消費電力を低減させる観点、または、振動が多い悪環境下で不具合無く動作させる観点から、記憶したデータを保持するための電力を必要としない不揮発性メモリの開発が進められている。磁気を利用した不揮発性メモリとしては、磁気抵抗メモリ(Magnetoresistive Random Access Memory、MRAM)などの磁気メモリが挙げられる。
【0003】
MRAMは、磁気抵抗効果(Magnetic Resistance effect、MR)素子を備える。MR素子は、磁化方向が可変な自由層と、所定の磁化方向を維持する固定層(ピン層)と、上記自由層および上記固定層の間に絶縁層とを備える。上記自由層と上記固定層と上記絶縁層とで、磁気トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction、MTJ)を形成する。MRAMは、上記自由層の磁化の向きに応じて上記MR素子の電気抵抗が変化する性質を利用して、データの読み書きを行う。
【0004】
特許文献1には、磁化自由層と磁性挿入層とを備える磁気抵抗効果素子が開示されている。
【0005】
特許文献2、3には、磁化自由領域を備える磁気メモリ素子が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2010/095589
【特許文献2】国際公開WO2011/118395
【特許文献3】国際公開WO2012/160937
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような磁気抵抗効果素子または磁気メモリ素子においては、複数のビットを効率的に読み書きすることができない。特許文献1、3に記載の構成では、磁化方向が可変の磁性挿入層または応答層は、磁化自由層または磁化自由領域と磁気結合している。磁化方向の自由度が実質的にないため、1つの磁気抵抗効果素子または磁気メモリ素子が記憶できる情報は、1ビットのみである。また、特許文献1-3に記載の構成では、磁壁が移動する方向が、磁化固定層およびスペーサ層(非磁性層)に対して平行である(磁化自由層と磁化固定層とが積層する方向に対して垂直である)。そのため、特許文献1-3に記載の構成では、読み取り可能な形で複数のビットを書き込むことができない。
【0008】
本発明の一態様は、複数のビットを効率的に書き込むことができる多値磁気メモリ素子または磁気メモリ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る多値磁気メモリ素子は、複数のビットに対応する複数の磁区を書き込み可能な磁性細線と、所定の磁化方向を維持する固定層と、前記磁性細線の一端と前記固定層との間に配置された中間層と、前記磁性細線の他端に接続され、第1方向に磁化方向が固定された第1固定部と、前記磁性細線の前記他端に接続され、前記第1方向とは異なる第2方向に磁化方向が固定された第2固定部と、を備える。
【0010】
本発明の一態様に係る多値磁気メモリ素子の制御方法は、複数のビットに対応する複数の磁区を書き込み可能な磁性細線と、所定の磁化方向を維持する固定層と、前記磁性細線の一端と前記固定層との間に配置された中間層と、前記磁性細線の他端に接続され、第1方向に磁化方向が固定された第1固定部と、前記磁性細線の前記他端に接続され、前記第1方向とは異なる第2方向に磁化方向が固定された第2固定部と、を備える、多値磁気メモリ素子の制御方法であって、書き込み時において、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部または前記第2固定部に電流を流すことによって、前記磁性細線に磁区を書き込む。
【0011】
上記の構成によれば、磁性細線の一端から第1固定部または第2固定部に電流を流すことによって、磁性細線に磁区を書き込むことができる。磁区を分ける磁壁は電流の向きとは反対方向に移動する。それゆえ、磁性細線に複数のビットを効率よく書き込むことができる。
【0012】
上記多値磁気メモリ素子では、前記第1固定部は、前記磁性細線の他端の端面の一部である第1領域に接続され、前記第2固定部は、前記磁性細線の前記他端の前記端面の一部である第2領域に接続されている構成であってもよい。
【0013】
本発明の一態様に係る磁気メモリ装置は、前記多値磁気メモリ素子と、書き込み時において、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部または前記第2固定部に電流を流すことによって、前記磁性細線に磁区を書き込むコントローラと、を備える。
【0014】
上記磁気メモリ装置では、書き込み時において、前記コントローラは、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部に流れる第1電流と、前記磁性細線の前記一端から前記第2固定部に流れる第2電流との両方を流すことによって、前記磁性細線に1つの磁区を書き込む構成であってもよい。
【0015】
上記磁気メモリ装置では、書き込み時において、前記コントローラは、前記磁性細線の前記一端から前記第1固定部に流れる第1電流と、前記第2固定部から前記磁性細線の前記他端を通って前記第1固定部に流れる第2電流との両方を流すことによって、前記磁性細線に前記第1方向の磁化方向を有する磁区を書き込む構成であってもよい。
【0016】
上記磁気メモリ装置では、前記コントローラは、読み出し時において、前記中間層に第3電流を流すことによって、前記磁性細線の前記一端側の磁区が有する磁化方向に対応するビットを読み出し、かつ、読み出されたビットに対応する磁化方向を有する磁区を前記磁性細線に新たに書き込むことによって、前記磁性細線の中の複数の磁区を前記一端側に移動させる構成であってもよい。
【0017】
本発明の一態様に係る磁気メモリ装置は、複数の前記多値磁気メモリ素子を備え、複数の多値磁気メモリ素子は、第1多値磁気メモリ素子と第2多値磁気メモリ素子とを含み、前記第1多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記磁性細線とは、共通の第1固定部に接続されている。
【0018】
上記磁気メモリ装置では、前記第1多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記磁性細線とは、それぞれ異なる第2固定部に接続されている構成であってもよい。
【0019】
上記磁気メモリ装置では、前記第1多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第1上流配線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第2上流配線と、を備える構成であってもよい。
【0020】
本発明の一態様に係る磁気メモリ装置は、複数の前記多値磁気メモリ素子を備え、複数の多値磁気メモリ素子は、第1多値磁気メモリ素子と第2多値磁気メモリ素子と第3多値磁気メモリ素子と第4多値磁気メモリ素子とを含み、前記第1多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第3多値磁気メモリ素子の前記磁性細線と、前記第4多値磁気メモリ素子の前記磁性細線とは、共通の第1固定部に接続されており、前記第1多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第1上流配線と、前記第2多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第2上流配線と、前記第3多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第3上流配線と、前記第4多値磁気メモリ素子の前記固定層または前記中間層に接続された第4上流配線と、を備える。
【0021】
本発明の各態様に係る磁気メモリ装置のコントローラは、コンピュータによって実現してもよく、この場合には、コンピュータを前記コントローラが備える各部(ソフトウェア要素)として動作させることにより前記コントローラをコンピュータにて実現させるコントローラの制御プログラム、およびそれを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も、本発明の範疇に入る。
【発明の効果】
【0022】
本発明の一態様によれば、複数のビットを効率的に書き込むことができる多値磁気メモリ素子または磁気メモリ装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】一実施形態に係る磁気メモリ装置の概略構成を示す斜視図である。
【
図2】上記磁気メモリ装置におけるコントローラの概略構成を示すブロック図である。
【
図3】磁性細線の各位置における磁化方向を模式的に示す断面図である。
【
図4】多値磁気メモリ素子において新たな磁区を書き込む様子をシミュレーションした結果を模式的に示す断面図である。
【
図6】書き込み時の電流の他の例を模式的に示す断面図である。
【
図7】書き込み時の電流の他の例を模式的に示す断面図である。
【
図8】読み出し時の磁気メモリ装置の動作を示す図である。
【
図9】一実施形態の磁気メモリ装置の概略構成の一部を示す斜視図である。
【
図10】一実施形態の磁気メモリ装置の概略構成の一部を示す平面図である。
【
図11】一実施形態の磁気メモリ装置の概略構成の一部を示す平面図である。
【
図12】一実施形態の多値磁気メモリ素子の概略構成を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、説明の便宜上、各実施形態に示した部材と同一の機能を有する部材については、同一の符号を付記し、適宜その説明を省略する。また、図面に記載のx、y、およびzを用いて方向を特定する。
【0025】
図1は、一実施形態に係る磁気メモリ装置の概略構成を示す斜視図である。磁気メモリ装置1は、多値磁気メモリ素子11と、コントローラ12とを含む。
【0026】
(多値磁気メモリ素子)
多値磁気メモリ素子11は、磁性細線22、中間層23、固定層24、第1固定部51、および第2固定部52を備える。多値磁気メモリ素子11は、複数のビットを記憶可能な磁気メモリ素子である。
【0027】
磁性細線22は、複数のビットに対応する複数の磁区を書き込み可能な磁性体である。例えば、
図1において、上向きの磁化方向を有する磁区が、ビット「1」に対応し、下向きの磁化方向を有する磁区が、ビット「0」に対応する。磁性細線22は、磁気異方性を有する磁性体である。磁性細線22は、細長い形状の磁性体として形成されている。
図1では、磁性細線22はZ軸方向に延伸する細線である。磁性細線22は、柱状部材であってもよい。磁性細線22は、強磁性金属の部材であってもよい。磁性細線22は、磁性細線22内を電流が流れることにより磁壁(一定の磁化方向を有する区間(磁区)の境界)が移動する磁壁移動型メモリとして機能する。磁性細線22を長くすると記憶容量が大きくなる。磁性細線22の幅が略一定であれば(磁性細線22が柱状であれば)、磁区の移動が安定する。なお、柱状の磁性細線22の幅は、連続的に緩やかに変化してもよい(両端で太さが異なってもよい)。
【0028】
例えば、磁性細線22は、Co/Ni多層膜、CoNi系合金、Co/Pd多層膜、CoPd合金、Co/Pt多層膜、CoPt合金、Fe/Pt多層膜、Fe/Pd多層膜、FePt合金、FePd合金、Tb/FeCo多層膜、TbFeCo合金、CoFe合金、CoFeB合金、Fe/Ni多層膜、FeNi合金、MnGa合金、MnAl合金、MnBi合金、MnGe合金、CrPt3合金、MnCr/AlGe多層膜等で構成されることが好適である。
【0029】
磁性細線22の断面は、円形、楕円形、多角形など、多種多様な断面形状を採りうる。また、磁性細線22の太さ(断面の幅)が同一細線内で変わっても良い。ただし、磁性細線22は、円型など角が少ない断面形状で、幅が一様、かつ、延伸方向に長い、ことが望ましい。
【0030】
中間層23は、磁性細線22の一端28と、固定層24との間に配置されている。中間層23と、磁性細線22の一端28と、固定層24とは、磁気トンネル接合を形成する。中間層23は、磁性細線22の一端28と構造的に接続されている。中間層23は、例えば非磁性絶縁体の薄膜である。例えば、中間層23は、絶縁物質を主成分とする層である。中間層23は、MgO等の絶縁膜から構成されている。なお、中間層23を構成する材料としては、NaCl構造を有する酸化物が好ましく、前述したMgOの他、Al2O3、CaO、SrO、TiO、VO、NbO等が挙げられるが、中間層23としての機能に支障をきたさない限り、特に限定されるものではない。当該材料として、例えば、スピネル型MgAl2O4なども用いてもよい。本実施形態では、磁性細線22、絶縁体である中間層23、および固定層24によってTMR(トンネル磁気抵抗効果)素子を構成しているが、これに限定されるものではない。例えば、中間層23は、Cuなどの金属の薄膜の導体層であってもよい。この場合、磁性細線22、導体である中間層23、および固定層24は、GMR(巨大磁気抵抗効果)素子を構成する。この場合、中間層23を構成する金属としては非磁性金属が望ましい。
【0031】
固定層24は、所定の磁化方向を維持する(磁化方向が第1方向に固定された)層である。固定層24は、垂直磁気異方性を有する強磁性体である。すなわち、固定層24は、磁性細線22の延伸方向と平行な磁気異方性を有する層である。固定層24の一端は、中間層23と構造的に接続されている。固定層24は、固定層24に接続された配線を介してコントローラ12に接続されている。たとえば、固定層24は、CoFeB、CoFe、FePt合金などのFe系材料、CoPt合金、Co/Pt多層膜、TbFeCo合金、Cr2O3、もしくはそれらを複合させたもので構成されてもよい。また、これら強磁性金属と反強磁性層とを積層した構成でもよい。
【0032】
第1固定部51は、第1方向(上向き、z方向)に磁化方向が固定されている。第1固定部51は、磁性細線22の他端27に接続されている。第1固定部51は、磁性細線22の他端27の端面の一部である第1領域に接続されている。第1固定部51は、配線を介してコントローラ12に接続されている。
【0033】
第2固定部52は、第1方向とは異なる(反対の)第2方向(下向き、-z方向)に磁化方向が固定されている。第2固定部52は、磁性細線22の他端27に接続されている。第2固定部52は、磁性細線22の他端27の端面の他の一部である第2領域に接続されている。第2固定部52は、配線を介してコントローラ12に接続されている。第1固定部51と第2固定部52との間は、絶縁体(図示せず)で分離されていてもよい。平面視において(z方向からみて)、磁性細線22の他端27の端面に対し、第1固定部51が重なって配置されている。平面視において、磁性細線22の他端27の端面に対し、第2固定部52が重なって配置されている。平面視において、第1固定部51および第2固定部52は、互いに重ならず、別々に配置されている。
【0034】
第1固定部51および第2固定部52は、垂直磁気異方性を有する強磁性体である。第1固定部51および第2固定部52は、固定層24と同様の材質であり得るが、異なる材質であってもよい。第1固定部51および第2固定部52は、互いに同じ材質であってもよいし、互いに異なる材質であってもよい。
【0035】
多値磁気メモリ素子11の製造において、第1固定部51および第2固定部52の磁化方向を互いに逆向きにする必要がある。例えば、多値磁気メモリ素子11の各構成要素を積層して多値磁気メモリ素子11を形作った時点では、第1固定部51および第2固定部52の磁化方向は所定の向きを向いていなくてもよい。第1固定部51および固定層24は、第2固定部52よりも保磁力が大きいとする。例えば、第1固定部51および固定層24の垂直磁気異方性は、第2固定部52の垂直磁気異方性より大きい(または厚さがより大きい)。形作られた多値磁気メモリ素子11に対し、まず第1の強さの第1方向(z方向)の外部磁場を印加する。これにより、固定層24、磁性細線22、第1固定部51、および第2固定部52の磁化方向が第1方向を向く。その後、第1の強さより弱い第2の強さの第2方向(-z方向)の外部磁場を多値磁気メモリ素子11に印加する。第2の強さの外部磁場は、固定層24、第1固定部51の磁化方向を変えず、第2固定部52の磁化方向を変える強さである。これにより、第2固定部52のみの磁化方向が反転し、第2方向を向く。
【0036】
(コントローラ)
コントローラ12は、多値磁気メモリ素子11への情報の書込および読出を行う。また、コントローラ12は、磁性細線22中の情報(磁区)の移動を行う。コントローラ12は、書き込み時において、固定層24から(すなわち磁性細線22の一端28から)第1固定部51または第2固定部52に電流を流すことによって、磁性細線22に磁区を書き込む。
【0037】
図2は、磁気メモリ装置1におけるコントローラ12の概略構成を示すブロック図である。コントローラ12は、第1電流制御部31、第2電流制御部32、書込指示部34、読出指示部35、および測定部36を含む。
【0038】
第1電流制御部31は、第1電流i1の大きさ、向き、および流すタイミングを制御する。第1電流i1は、第1固定部51からコントローラ12に流れる電流である。
【0039】
第2電流制御部32は、第2電流i2の大きさ、向き、および流すタイミングを制御する。第2電流i2は、第2固定部52からコントローラ12に流れる電流である。第3電流i3は、固定層24に接続された配線を流れる電流である。第3電流i3=第1電流i1+第2電流i2である。
【0040】
書込指示部34は、外部の装置から取得したデータを多値磁気メモリ素子11に書き込むように、第1電流制御部31および第2電流制御部32に指示する。
【0041】
読出指示部35は、多値磁気メモリ素子11からデータを読み出すように、測定部36と、第1電流制御部31および/または第2電流制御部32とに指示する。読出指示部35は、測定部36の測定結果から、磁性細線22の一端28側に形成されている磁区が有する磁化方向を特定し、特定した磁化方向に対応するビットの値を特定する。また、読出指示部35は、多値磁気メモリ素子11に所定の第3電流i3を流すことで、磁性細線22に書き込まれている複数の磁区および磁壁を一端28側(固定層24側)に移動させる。複数の磁区および磁壁が移動することにより一端28側から1番目に形成されていた磁区はなくなり、2番目に形成されていた磁区が中間層23に隣接することになる。磁区が有する磁化方向の読み取りと、磁区の移動とを繰り返すことにより、読出指示部35は、多値磁気メモリ素子11に書き込まれている複数のビットを読み出す。
【0042】
測定部36は、読み出し時において、中間層23と磁性細線22の一端28と、固定層24とで構成する磁気トンネル接合(TMR素子)に第3電流i3を流すことによって磁気トンネル接合の抵抗値を測定する。例えば、測定部36は、一定の第3電流i3が流れているときの、固定層24と第1固定部51または第2固定部52との間に掛かる電圧を測定する。または、測定部36は、固定層24と第1固定部51および第2固定部52との間に一定の電圧が掛かっているときの、第3電流i3を測定する。測定部36は、測定結果を読出指示部35に出力する。
【0043】
図3は、磁性細線22の各位置における磁化方向を模式的に示す断面図である。
図3には、磁性細線22、第1固定部51および第2固定部52が示されており、各位置における磁化方向が小さい矢印で示されている。
図3における右図は、左図における第1固定部51および第2固定部52との境界を拡大したものである。
図3に示す例では、磁性細線22の全体に磁化方向が上向き(白抜き矢印)の磁区が形成されている。磁性細線22と下向きの磁化方向を有する第2固定部52との間には、上向きの磁化方向を有する磁区と下向きの磁化方向を有する磁区との境界である磁壁29が存在する。磁壁29は、例えば磁化方向が横向き(黒い矢印)である部分を含む。
【0044】
(書き込み動作)
図4は、多値磁気メモリ素子11において新たな磁区を書き込む様子をシミュレーションした結果を模式的に示す断面図である。符号400における黒矢印は、第2固定部52と同じ下向きの磁区を書き込むときの、電流を示す。符号401~405は、電流を流したときの磁性細線22の中の磁区の時間変化を順に示す。符号401~405における大きな白抜き矢印は磁区の磁化方向を示し、各位置の小さな矢印は該位置の磁化方向を示す。横向きの磁化方向は小さな黒い矢印で示され、上向きおよび下向きの磁化方向は小さな白い矢印で示される。
図4において、磁壁29は、黒っぽい領域として見える。
【0045】
第2固定部52と同じ磁化方向(下向き、-z方向)の磁区を書き込む場合、コントローラ12は、第2固定部52に第2電流i2を流す。i1=0、i2=i3>0である。電子は電流とは逆向きに、第2固定部52から磁性細線22の他端27に流れ込む。第2固定部52の磁化方向にスピンが偏った(スピン偏極した)電子が磁性細線22の他端27に流れ込むことで、第2固定部52に隣接する磁性細線22の部分に下向きの磁化方向を有する磁区が広がっていく。これにより、磁性細線22の他端27に新たな下向きの磁区が書き込まれる(符号405)。ただし、磁性細線22に流れる電流のスピン偏極率Pが負値の場合には電流の向きが逆になる。以下では、スピン偏極率Pが正値であるとして説明する。
【0046】
図5は、
図4の続きを示す断面図である。符号410における黒矢印は、第1固定部51と同じ上向きの磁区を書き込むときの、電流を示す。符号411~415は、電流を流したときの磁性細線22の中の磁区の時間変化を順に示す。
図5における矢印の意味は
図4と同じである。
【0047】
符号405に示す状態に続いて、第1固定部51と同じ磁化方向(上向き、z方向)の磁区を書き込む場合、コントローラ12は、第1固定部51に第1電流i1を流す。i1=i3>0、i2=0である。これにより、第1固定部51に隣接する磁性細線22の部分に上向きの磁化方向を有する磁区が広がっていく。これにより、磁性細線22の他端27に新たな上向きの磁区が書き込まれる(符号405)。電流が磁性細線22中を流れることで、磁性細線22中の各磁区および磁壁は、電流とは反対向きに(電子の流れと同じ向きに)移動する。これにより、先に書き込まれた下向きの磁区は一端28側に移動する。
【0048】
符号425は、続けてさらに第2固定部52に第2電流i2を流すことにより下向きの磁区を書き込んだ様子を示す。コントローラ12は、第1電流i1または第2電流i2を流すことにより、既に磁性細線22に書き込まれていた複数の磁区を一端28側に移動させ、かつ、電流に対応する磁区を磁性細線22の他端27に書き込む。書き込まれる磁区の磁化方向は、電流が流れる第1固定部51または第2固定部52に対応する。
【0049】
なお、第1固定部51と第2固定部52のどちらか一方に電流を流す操作は、コントローラ12により第1固定部51と第2固定部52への導通/非導通を制御することで可能である。あるいは、例えば、第1固定部51とコントローラ12との間、および第2固定部52とコントローラ12との間に、それぞれスイッチング素子を設けて、導通/非導通を切り替えてもよい。ここでスイッチング素子はコントローラ12内に設けてもよい。
【0050】
このように、磁気メモリ装置1では、書き込み時の第1電流i1および第2電流i2は、細長い磁性細線22が延びる方向(固定層24および中間層23が積層する方向(z方向))に沿って磁性細線22の中を流れる。それゆえ、複数の磁区は、細長い磁性細線22が延びる方向に沿って配列するよう書き込まれる。
【0051】
なお、シミュレーションは下記の条件で行った。シミュレーションのモデルは、スピン偏極電流によるスピントランスファートルクSTTの項を取り入れたランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式(LLG方程式)に基づいた、マイクロマグネティクスシミュレーションである。磁性細線22は円柱形状であり、円柱の直径は20nm、長さは100nmである。第1固定部51および第2固定部52は半円形状であり、z方向の厚さが3nmである。磁性細線22の飽和磁化を200kA/mとした。交換スティフネス定数を1.0pJ/mとした。第1固定部51および第2固定部52のz方向の磁気異方性を2.5MJ/m3とした。磁性細線22は、z方向に沿って、磁気異方性が0MJ/m3の領域と、0.2MJ/m3の領域とが交互に、z方向に3nmの厚さごとに並ぶ構成とした。磁性細線22の他端27は、磁気異方性が0MJ/m3の領域である。磁気異方性が大きいほど、z方向に磁化が向きやすい。そのため、磁気異方性が大きい領域では書き込まれた磁区が安定しやすく、磁気異方性が小さい領域では磁壁29が安定しやすい。なお、磁性細線22の中の磁気異方性は均一でもよい。スピン偏極率P=0.5とした。磁性細線22の他端27における電流密度を7.0×1011A/m2とし、一端28における電流密度を3.2×1011A/m2とした。符号405は、第2電流i2を流し始めてから0.7ns後の状態を示す。符号415は、第1電流i1を流し始めてから0.7ns後の状態を示す。符号425は、さらに0.7ns後の状態を示す。
【0052】
なお、全体の磁気異方性が0.2MJ/m
3である磁性細線22を用いた場合のシミュレーションにおいても、
図5に示すシミュレーション結果と同様の間隔で複数の磁区を書き込めた。
図5に示すシミュレーション結果においては、4ビットの情報が記憶されたが、磁性細線22として、より長い細線を用いることで、他の部分の構造および機構を変更する事無く、より多くのビット情報(例えば512ビット以上でさえも)を1つの磁性細線に書き込むことが可能である。
【0053】
図6は、書き込み時の電流の他の例を模式的に示す断面図である。黒矢印は、電流を示す。各位置の小さな矢印は、
図4と同様に該位置の磁化方向を示す。書き込み時において、コントローラ12は、第1電流i1と第2電流i2との両方を流すことによって、磁性細線22に1つの磁区を書き込んでもよい。ただし、第2固定部52と同じ磁化方向の磁区を書き込むときは、i3>i2>i1>0であり、i3=i1+i2である。正の第1電流i1は、磁性細線22の一端(固定層24側)から第1固定部51に流れる。正の第2電流i2は、磁性細線22の一端(固定層24側)から第2固定部52に流れる。i2>i1>0である場合、第2電流i2の影響が第1電流i1の影響よりも大きい。第2電流i2によって磁性細線22に下向きの磁区が書き込まれると同時に、小さい第1電流i1が加わることにより、i3=i1+i2であるので既に書き込まれていた磁区および磁壁の移動が、第2電流i2が同じ値でi1=0における場合と比較して、速くなる。そのため、新たに書き込まれる磁区のz方向の長さ(磁壁同士の間隔)を長くすることができる。同様に、第1固定部51と同じ磁化方向の磁区を書き込むときは、i3>i1>i2>0であり、i3=i1+i2である。
【0054】
図7は、書き込み時の電流の他の例を模式的に示す断面図である。矢印等の意味は
図6と同じである。書き込み時において、コントローラ12は、正の第1電流i1と負の第2電流i2との両方、または、負の第1電流i1と正の第2電流i2との両方を流すことによって、磁性細線22に1つの磁区を書き込んでもよい。
【0055】
負の第1電流i1と正の第2電流i2との両方が流れる場合、すなわち、第2固定部52と同じ磁化方向の磁区を書き込むときは、i2>i3>0>i1であり、i3=i1+i2である。負の第1電流i1とは、コントローラ12から第1固定部51に流れ込む電流を意味する。負の第1電流i1は、第1固定部51から磁性細線22の他端27を通って、第2固定部52に流れる。正の第2電流i2は、磁性細線22の一端28(固定層24側)から第2固定部52に流れる。ここで、第2固定部52から磁性細線22の他端27に流入した電子の一部は、磁性細線22の他端27付近で第1固定部51側に流れ、第1固定部51へ流出する。この電子の流れは、第2固定部52の境界付近の磁壁29を第1固定部51側へ広げるように働く。それゆえ、より早く、磁壁29が第1固定部51と磁性細線22との境界に形成され、新たな下向きの磁区が磁性細線22に書き込まれる。よって、新たに書き込まれる磁区のz方向の長さ(磁壁同士の間隔)を短くすることができる。つまり、1つの多値磁気メモリ素子あたりの磁性細線22の長さあたりの記憶容量(記憶密度)が増える。
【0056】
同様に、正の第1電流i1と負の第2電流i2との両方が流れる場合、すなわち、第1固定部51と同じ磁化方向の磁区を書き込むときは、i1>i3>0>i2であり、i3=i1+i2である。負の第2電流i2とは、コントローラ12から第2固定部52に流れ込む電流を意味する。負の第2電流i2は、第2固定部52から磁性細線22の他端27を通って、第1固定部51に流れる。正の第1電流i1は、磁性細線22の一端28(固定層24側)から第1固定部51に流れる。ここで、第1固定部51から磁性細線22の他端27に流入した電子の一部は、磁性細線22の他端27付近で第2固定部52側に流れ、第2固定部52へ流出する。この電子の流れは、第1固定部51の境界付近の磁壁29を第2固定部52側へ広げるように働く。それゆえ、より早く、磁壁29が第2固定部52と磁性細線22との境界に形成され、新たな上向きの磁区が磁性細線22に書き込まれる。よって、新たに書き込まれる磁区のz方向の長さ(磁壁同士の間隔)を短くすることができる。
【0057】
このように、コントローラ12は、第1電流i1および第2電流i2の向きおよび大きさを調整することにより、書き込まれる磁区の幅を調整することができる。
【0058】
(読み出し動作)
図8は、読み出し時の磁気メモリ装置1の動作を示す図である。多値磁気メモリ素子11に書き込まれている複数のビットを読み出すために、各ビットに対応する磁区を磁性細線22の一端28に移動させる必要がある。そのため、読み出された磁区は他の磁区に押しやられ消えてしまう。このように、複数のビットを書き込める多値磁気メモリ素子11では、基本的には読み出しは破壊読み出しである。本実施形態の磁気メモリ装置1では、破壊読み出しによって書き込まれていたビットの情報が失われないよう、多値磁気メモリ素子11から読み出したビットに対応する磁区を該多値磁気メモリ素子11新たに書き込む動作を行う。
【0059】
符号801に示す状態において、磁性細線22には1~4の番号で示すように、上、下、下、上の4つのビットが書き込まれている。コントローラ12は、読み出し時において、中間層23に第3電流を流すことによって、磁性細線22の一端28の磁区が有する磁化方向に対応するビットを読み出す。符号801に示す図では、第3電流として第1電流i1を描いているがこれに限らず、第3電流として流す電流は、第1電流i1でも第2電流i2でもよい。第3電流は、一端28側の磁区が移動して消えない程度の大きさおよび時間で流されればよい。なお、第3電流は、中間層23と磁性細線22の一端28と、固定層24とで構成する磁気トンネル接合(TMR素子)を流れればよく、磁性細線22から固定層24に向かって流れる電流であってもよい。
【0060】
コントローラ12は、読み出された1番のビット(上)に対応する磁化方向を有する磁区を、磁性細線22に新たに書き込む。具体的には、コントローラ12は、磁性細線22の一端28から第1固定部51に流れる第1電流i1を、多値磁気メモリ素子11に流すことにより、多値磁気メモリ素子11に上向きの磁化方向を有する磁区を新たに書き込む(符号802)。これにより、磁性細線22の中の複数の磁区を一端28側に移動させる。結果的に、一端28に書き込まれていた磁区(1番)は消え、他端27に新たに磁区(1番)が書き込まれ、他の磁区(2番~4番)は、一端28側に移動する(符号803)。
【0061】
なお、読み出しと書き込みを別々のタイミングで行なう場合、読み出し時の第3電流i3は、書き込み時の第3電流i3より小さくてもよい。一端28の磁区を読み出しながら、読み出された向きの磁区を磁性細線22に新たに同時に書き込んでもよい。この場合、電流の大きさと向きには書き込み時の電流の値と向きを用いる。
【0062】
コントローラ12は、再度中間層23に第3電流を流すことによって、磁性細線22の一端28の磁区が有する磁化方向に対応するビット(2番)を読み出す(符号803)。
【0063】
読み出されたビット(2番)は、下向きの磁化方向を有する磁区に対応する。そのため、コントローラ12は、磁性細線22の一端28から第2固定部52に流れる第2電流i2を、多値磁気メモリ素子11に流す(符号804)。これにより、多値磁気メモリ素子11に下向きの磁化方向を有する磁区を新たに書き込む(符号805)。
【0064】
同様に、コントローラ12は、多値磁気メモリ素子11に書き込まれていた全ての磁区に対応する全てのビットの読み出しおよび書き込みを順次行う。最終的に、読み出された複数の磁区は、元通りに多値磁気メモリ素子11に書き込まれた状態になる(符号806)。このように、磁気メモリ装置1は、破壊読み出しによって書き込まれていたビットの情報が失われないように、複数のビットの情報を読み出すことができる。
【0065】
磁気メモリ装置1における磁区の書き込みと磁区および磁壁の移動とは、複数の磁区が形成されている磁性細線22を電流が流れることにより生じるSST(スピントランスファートルク)によってなされる。すなわち、磁気メモリ装置1では、磁区の書き込みと磁区および磁壁の移動との両方が、SSTによって行われる。そのため、SOT(スピン軌道トルク)を用いて磁区の書き込みを行い、SSTを用いて磁区の移動を行う構成に比べて、磁気メモリ装置1では電流制御および磁区の書き込みが容易である。
【0066】
磁気メモリ装置1では、磁区を書き込みかつ磁壁を移動させる第1電流および第2電流が、磁性細線22の中において固定層24および中間層23に対して垂直に流れる(固定層24および中間層23が積層する方向(z方向)に平行に流れる)。それゆえ、磁壁は、細長い磁性細線22が延びる方向(固定層24および中間層23が積層する方向)に移動する。そのため、磁気メモリ装置1は、細長い磁性細線22に複数の磁区を効率的に書き込むことができる。また、磁気メモリ装置1は、複数の磁区の磁化方向を順次読み取ることができる。
【0067】
(アクティブマトリクス型磁気メモリ装置)
図9は、一実施形態の磁気メモリ装置2の概略構成の一部を示す斜視図である。
図9において、黒矢印は固定された磁化方向を、白矢印は書き換え可能な磁化方向を示す。磁気メモリ装置2は、マトリクス状に配列した複数の多値磁気メモリ素子11(j、k)と、複数の上流配線U(j)(列配線)と、複数の下流配線Da(k)、Db(k)(行配線)とを備える。ここで、j列、k行を(j、k)として表す。多値磁気メモリ素子11は、磁性細線22、中間層23、固定層24、第1固定部51、および第2固定部52を備える。ただし、行方向(x方向)に互いに隣接する2つの多値磁気メモリ素子11において、2つの磁性細線22は、共通の第1固定部51または第2固定部52に接続されている。例えば、行方向(x方向)に互いに隣接する多値磁気メモリ素子11(j、k)の磁性細線22と、多値磁気メモリ素子11(j+1、k)の磁性細線22とは、共通の第2固定部52(j+1、k)に接続されている。多値磁気メモリ素子11(j+1、k)の磁性細線22と、多値磁気メモリ素子11(j+2、k)の磁性細線22とは、共通の第1固定部51(j+2、k)に接続されている。互いに隣接する2つの多値磁気メモリ素子11は、第1固定部51または第2固定部52を共有している。互いに隣接する多値磁気メモリ素子11(j+1、k)の磁性細線22および多値磁気メモリ素子11(j+2、k)の磁性細線22は、それぞれ異なる第2固定部52(j+1、k)および第2固定部52(j+3、k)に接続されている。このように、複数の多値磁気メモリ素子11が、第1固定部51または第2固定部52を共有することで、複数の磁気メモリ装置2を効率的に配置することができる。
【0068】
下流配線Da(k)は、k行の複数の第1固定部51に接続されている。下流配線Db(k)は、k行の複数の第2固定部52に接続されている。上流配線U(j)は、j列の複数の多値磁気メモリ素子11の固定層24に接続されている。下流配線Da(k)、下流配線Db(k)、および上流配線U(j)は、コントローラ12に接続されている。コントローラ12は、各配線に接続されたスイッチング素子(図示せず)を備え、各配線との導通/非導通を切り替える。
【0069】
例えば、j列の複数の多値磁気メモリ素子11に磁区を書き込むとき、コントローラ12は以下のように動作する。コントローラ12は、複数の上流配線Uのうち選択した1つの上流配線U(j)を導通させ、他の上流配線Uを導通させない。コントローラ12は、多値磁気メモリ素子11(j、k)に書き込むビットに応じて、下流配線Da(k)または下流配線Db(k)のうち一方を選択して導通させる。これにより、上流配線U(j)から選択された下流配線Da(k)または下流配線Db(k)に電流が流れる。選択された下流配線Da(k)または下流配線Db(k)に接続された第1固定部51(j、k)または第2固定部52(j+1、k)に対応した磁化方向の磁区が、多値磁気メモリ素子11(j、k)に書き込まれる。同様に、コントローラ12は、各行の多値磁気メモリ素子11(j、k)に書き込むビットに応じて、下流配線Da(k)または下流配線Db(k)のうち一方を選択して導通させる。このようにして、同時に、j列の複数の多値磁気メモリ素子11に任意の磁化方向の磁区を書き込むことができる。コントローラ12は、同様の書き込み動作を、時分割で各列について行う。
【0070】
なお、中間層23が導体層である場合、上流配線U(j)は、j列の複数の多値磁気メモリ素子11の中間層23に接続されてもよい。
【0071】
図10は、一実施形態の磁気メモリ装置3の概略構成の一部を示す平面図である。
図10には、下流配線Da、Dbと第1固定部51と第2固定部52と多値磁気メモリ素子11(の磁性細線22の外形)とを示す。
図10において多値磁気メモリ素子11(の磁性細線22の外形)を透過して示す。
【0072】
第1固定部51および第2固定部52は、矩形である。複数の第1固定部51と複数の第2固定部52とは、市松模様に配置されている。斜め方向に隣接する複数の第1固定部51は、互いに電気的に接続され、下流配線Daに接続されている。斜め方向に隣接する複数の第2固定部52は、互いに電気的に接続され、下流配線Dbに接続されている。4つの多値磁気メモリ素子11(a)~11(d)の磁性細線22は、共通の第2固定部52に接続されている。4つの多値磁気メモリ素子11(a)~11(d)の磁性細線22は、それぞれ異なる第1固定部51に接続されている。1つの第2固定部52の矩形の4辺に対応する位置に、4つの多値磁気メモリ素子11(a)~11(d)の磁性細線22が配置されている。同様に、1つの第1固定部51の矩形の4辺に対応する位置に、4つの多値磁気メモリ素子11の磁性細線22が配置されている。
【0073】
図11は、一実施形態の磁気メモリ装置3の概略構成の一部を示す平面図である。
図11には、上流配線Uと第1固定部51と第2固定部52と多値磁気メモリ素子11(の固定層24)とを示す。
【0074】
磁気メモリ装置3は、複数の上流配線U(j)と、複数の下流配線Da(k)、Db(k)と、複数の多値磁気メモリ素子11とを備える。上流配線Uは、複数の多値磁気メモリ素子11の固定層24と接続されている。共通の第2固定部52に接続されている4つの多値磁気メモリ素子11(a)~11(d)の固定層24は、それぞれ異なる上流配線U(j+3)、U(j+5)、U(j+6)、U(j+4)に接続されている。例えば、上流配線U(j+3)は、斜め方向に並ぶ多値磁気メモリ素子11(a)と、多値磁気メモリ素子11(e)とに接続されている。多値磁気メモリ素子11(a)の磁性細線22は、下流配線Da(k)に接続された第1固定部51と下流配線Db(k+1)に接続された第2固定部52とに接続されている。多値磁気メモリ素子11(e)の磁性細線22は、下流配線Da(k+1)に接続された第1固定部51と下流配線Db(k+2)に接続された第2固定部52とに接続されている。1つの上流配線Uに接続された複数の多値磁気メモリ素子11は、互いに異なる下流配線Da、Dbに接続されている。これにより、1つの上流配線Uと、下流配線Daおよび下流配線Dbのペアのいずれか一方を選択する(導通させる)ことにより、各多値磁気メモリ素子11に任意の磁化方向の磁区を書き込むことができる。このように、1つの第1固定部51または1つの第2固定部52を3つ以上(ここでは4つ)の多値磁気メモリ素子11で共有する配置としてもよい。このような配置により、よりコンパクトに多くの多値磁気メモリ素子11を配置することができる。
【0075】
なお、第1固定部51および第2固定部52の形状はこれに限らず、円形でもよいし、8角形等の任意の多角形でもよい。また、上流配線Uが延びる方向も、図示の方向に限らない。1つの上流配線Uに接続された複数の多値磁気メモリ素子11が、互いに異なる下流配線Daおよび互いに異なる下流配線Dbに接続されていればよい。
【0076】
図12は、一実施形態の多値磁気メモリ素子13の概略構成を示す斜視図である。磁気メモリ装置4は、多値磁気メモリ素子13と、コントローラ12とを含む。多値磁気メモリ素子13は、磁性細線22、中間層23、固定層24、第1固定部51、第2固定部52、結合層53、および第3固定部54を備える。結合層53は、第2固定部52と第3固定部54とに挟まれている。固定層24、第1固定部51および第2固定部52は、コントローラ12に接続されている。
【0077】
結合層53は、第2固定部52と第3固定部54とを反強磁性交換結合させる薄膜である。結合層53は、重金属(例えば、RhまたはRu等)で構成される。結合層53の厚さは、例えば1~5nmである。
【0078】
第3固定部54は、第2固定部52よりも磁化方向が変化しにくい強磁性体である。第3固定部54は、第2固定部52よりも垂直磁気異方性が大きい強磁性体であってもよい。第3固定部54は、第2固定部52と同じ材質で、第2固定部52よりも厚さが大きい構成であってもよい。
【0079】
多値磁気メモリ素子13の製造において、第1固定部51および第2固定部52の磁化方向を互いに逆向きにする必要がある。例えば、多値磁気メモリ素子13の各構成要素を積層して多値磁気メモリ素子13を形作った時点では、第1固定部51および第2固定部52の磁化方向は所定の向きを向いていなくてもよい。形作られた多値磁気メモリ素子13に対し、まず所定の強さの第1方向(z方向)の外部磁場を印加する。これにより、固定層24、磁性細線22、第1固定部51、第2固定部52、および第3固定部54の磁化方向が第1方向を向く。その後、印加する外部磁場を0にする。固定層24、第1固定部51、および第3固定部54の磁化方向は、第1方向を向いたまま固定される。第2固定部52および第3固定部54は、結合層53を挟んでz方向に対向していることにより、反強磁性交換結合により互いに逆向きに磁化方向が固定される。第3固定部54は、第2固定部52よりも磁化方向が変化しにくいため、第2固定部52の磁化方向が反転される。それゆえ、第2固定部52の磁化方向は、第2方向(-z方向)を向いて固定される。これにより、互いに逆向きの磁化方向を有する第1固定部51および第2固定部52を構成することができる。
【0080】
磁気メモリ装置4が、複数の多値磁気メモリ素子13を備える場合であっても、所定の強さの一様な外部磁場を印加することで、複数の第1固定部51および複数の第2固定部52の磁化方向を互いに逆向きにすることができる。
【0081】
なお、第2固定部52は、結合層53および/または第3固定部54を介してコントローラ12に接続されていてもよい。
【0082】
(変形例)
上述の多値磁気メモリ素子11、13において、第1固定部51および第2固定部52は、磁性細線22の他端27の端面ではなく他端27の側面に接続されていてもよい。この構成でも、第1固定部51または第2固定部52から、磁性細線22の他端27に第1方向または第2方向の磁化方向を有する磁区を書き込むことができる。
【0083】
〔ソフトウェアによる実現例〕
コントローラ12(以下、装置)の機能の一部または全部は、当該装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、当該装置の各制御ブロック(第1電流制御部31、第2電流制御部32、書込指示部34、読出指示部35、および測定部36)としてコンピュータを機能させるためのプログラムにより実現することができる。
【0084】
この場合、上記装置は、上記プログラムを実行するためのハードウェアとして、少なくとも1つの制御装置(例えばプロセッサ)と少なくとも1つの記憶装置(例えばメモリ)を有するコンピュータを備えている。この制御装置と記憶装置により上記プログラムを実行することにより、上記各実施形態で説明した各機能が実現される。
【0085】
上記プログラムは、一時的ではなく、コンピュータ読み取り可能な、1または複数の記録媒体に記録されていてもよい。この記録媒体は、上記装置が備えていてもよいし、備えていなくてもよい。後者の場合、上記プログラムは、有線または無線の任意の伝送媒体を介して上記装置に供給されてもよい。
【0086】
また、上記各制御ブロックの機能の一部または全部は、論理回路により実現することも可能である。例えば、上記各制御ブロックとして機能する論理回路が形成された集積回路も本発明の範疇に含まれる。この他にも、例えば量子コンピュータにより上記各制御ブロックの機能を実現することも可能である。
【0087】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0088】
1、2、3、4 磁気メモリ装置
11 メモリ素子
11、13 多値磁気メモリ素子
12 コントローラ
22 磁性細線
23 中間層
24 固定層
27 他端
28 一端
29 磁壁
31 第1電流制御部
32 第2電流制御部
34 書込指示部
35 読出指示部
36 測定部
51 第1固定部
52 第2固定部
53 結合層
54 第3固定部
Da、Db 下流配線
U 上流配線