IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社タンガロイの特許一覧

<>
  • 特開-被覆切削工具 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024092734
(43)【公開日】2024-07-08
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240701BHJP
【FI】
B23B27/14 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022208868
(22)【出願日】2022-12-26
(71)【出願人】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】石井 克弥
【テーマコード(参考)】
3C046
【Fターム(参考)】
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF17
3C046FF25
3C046FF27
(57)【要約】
【課題】耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基材と、基材の表面に形成された被覆層と、を備える被覆切削工具であって、被覆層が基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と、上部層と、をこの順で含み、下部層がTiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、上部層がα型Alからなるα型Al層を含み、下部層の平均厚さが3.0μm以上15.0μm以下であり、上部層の平均厚さが3.0μm以上15.0μm以下であり、上部層において、下部層側の界面から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲を下側上部層とし、下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲を上側上部層とした場合、下側上部層において方位差が特定の条件を満たし、上側上部層において方位差が特定の条件を満たす、被覆切削工具。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面に形成された被覆層と、を備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面に向かって、下部層と、上部層と、をこの順で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、前記上部層が、α型Alからなるα型Al層を含み、
前記下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層において、前記下部層側の界面(ただし、前記界面に凹凸がある場合は、最も被覆層の表面側にある位置)から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲を下側上部層とし、前記下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲を上側上部層とした場合、
前記下側上部層において、下記式(1)で表される条件を満たし、
40≦RSA1≦80 (1)
(式(1)中、RSA1は、前記基材の表面と垂直な方向の前記下側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
前記上側上部層において、下記式(2)で表される条件を満たす、
50≦RSB2≦90 (2)
(式(2)中、RSB2は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
被覆切削工具。
【請求項2】
前記下側上部層において、下記式(3)で表される条件を満たす、
0<RSB1≦20 (3)
(式(3)中、RSB1は、前記基材の表面と垂直な方向の前記下側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記上側上部層において、下記式(4)で表される条件を満たす、
0≦RSA2≦10 (4)
(式(4)中、RSA2は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記上部層において、前記下部層側の界面から前記被覆層の表面に向かって0.5μmの位置の前記基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を第1の平均粒径とし、
前記上部層において、前記基材と反対側の界面から前記基材側の界面に向かって1.0μmの位置の前記基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を第2の平均粒径とした場合、
前記第1の平均粒径に対する前記第2の平均粒径の比が、1.0以上2.0以下である、
請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記第1の平均粒径が、0.3μm以上0.5μm以下である、
請求項4に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記第2の平均粒径が、0.3μm以上1.0μm以下である、
請求項4に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記被覆層の平均厚さが、6.0μm以上30.0μm以下である、
請求項1又は2に記載の被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウム(Al)からなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1では、基材と、基材を被覆する被膜とを備える切削工具であって、被膜は、基材上に設けられたα-アルミナ層を含み、α-アルミナ層は、α-アルミナの結晶粒を含み、α-アルミナ層は、下側部と上側部とを含み、第二界面の法線を含む平面でα-アルミナ層を切断したときの断面に対し、電界放射型走査顕微鏡を用いた電子後方散乱回折像解析によってα-アルミナの結晶粒のそれぞれの結晶方位を特定し、これに基づいたカラーマップを作成した場合に、カラーマップにおいて、上側部は、(006)面の法線方向が前記第二界面の法線方向に対して±15°以内となるα-アルミナの結晶粒の占める面積比率が50%以上であり、下側部は、(110)面の法線方向が第二界面の法線方向に対して±15°以内となるα-アルミナの結晶粒の占める面積比率が50%以上であり、α-アルミナ層の厚みが3μm以上20μm以下である切削工具が提案されている。
【0004】
特許文献2では、被覆物体であって、(012)の方向に成長した結晶面を有する制御されたミクロ構造と相組成に特徴のあるα-Al23の緻密な微細グレン化層を被覆物が少なくとも1層は含んでいる耐火性単層或いは複層から成る被覆物を有する被覆物体が提案されている。
【0005】
特許文献3では、切削インサートであって、最外層に向かってアルミニウム含有量が増加する(Ti、Al)(C、O、N)の結合相の上に形成され、α-Alの核生成工程がアルミ化工程及び酸化工程を含み、α-Al層は1~20μmの範囲の厚みを有し且つ柱状粒を含み、アルミナ粒の長さ/幅の比が2~12であり、XRDを使用した測定において(012)成長集合組織、並びに(104)、(110)、(113)及び(116)の回折ピークが測定されるα-Al層を有する切削インサートが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開2020/170571号
【特許文献2】特開平06-316758号公報
【特許文献3】特開2003-340610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切込み化がより顕著となり、また、被削材の高強度化により、従来よりも工具の耐欠損性及び耐摩耗性を向上させることが求められている。特に、近年、鋳鉄は薄肉化を達成するために強度が向上し、切削加工においては、鋳鉄の高速切削等、被覆切削工具に負荷が作用するような切削加工が増えている。かかる過酷な切削条件下において、特許文献1~3に記載のような従来の被覆切削工具では、機械的強度及び/又はアルミナ層の耐剥離性が不十分であるため、欠損や摩耗が生じる場合がある。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐欠損性及び耐摩耗性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、前記基材の表面に形成された被覆層と、を備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面に向かって、下部層と、上部層と、をこの順で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、前記上部層が、α型Alからなるα型Al層を含み、
前記下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層において、前記下部層側の界面(ただし、前記界面に凹凸がある場合は、最も被覆層の表面側にある位置)から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲を下側上部層とし、前記下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲を上側上部層とした場合、
前記下側上部層において、下記式(1)で表される条件を満たし、
40≦RSA1≦80 (1)
(式(1)中、RSA1は、前記基材の表面と垂直な方向の前記下側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
前記上側上部層において、下記式(2)で表される条件を満たす、
50≦RSB2≦90 (2)
(式(2)中、RSB2は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
被覆切削工具。
[2]
前記下側上部層において、下記式(3)で表される条件を満たす、
0<RSB1≦20 (3)
(式(3)中、RSB1は、前記基材の表面と垂直な方向の前記下側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記上側上部層において、下記式(4)で表される条件を満たす、
0≦RSA2≦10 (4)
(式(4)中、RSA2は、前記基材の表面と垂直な方向の前記上側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記上部層において、前記下部層側の界面から前記被覆層の表面に向かって0.5μmの位置の前記基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を第1の平均粒径とし、
前記上部層において、前記基材と反対側の界面から前記基材側の界面に向かって1.0μmの位置の前記基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を第2の平均粒径とした場合、
前記第1の平均粒径に対する前記第2の平均粒径の比が、1.0以上2.0以下である、
[1]~[3]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
[5]
前記第1の平均粒径が、0.3μm以上0.5μm以下である、
[4]に記載の被覆切削工具。
[6]
前記第2の平均粒径が、0.3μm以上1.0μm以下である、
[4]又は[5]に記載の被覆切削工具。
[7]
前記被覆層の平均厚さが、6.0μm以上30.0μm以下である、
[1]~[6]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0014】
[被覆切削工具]
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、基材の表面に形成された被覆層と、を備え、被覆層が、基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と、上部層と、をこの順で含み、下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、上部層が、α型Alからなるα型Al層を含み、下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、上部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、上部層において、下部層側の界面(ただし、界面に凹凸がある場合は、最も被覆層の表面側にある位置)から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲を下側上部層とし、下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲を上側上部層とした場合、下側上部層において、下記式(1)で表される条件を満たし、上側上部層において、下記式(2)で表される条件を満たすものである。
40≦RSA1≦80 (1)
(式(1)中、RSA1は、基材の表面と垂直な方向の下側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
50≦RSB2≦90 (2)
(式(2)中、RSB2は、基材の表面と垂直な方向の上側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
【0015】
このような被覆切削工具が、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長いものとなる要因は、詳細には明らかではないが、下記のように推定される。ただし、要因は下記に限定されない。
上述の組成を有する下部層の平均厚さが、3.0μm以上であると耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、15.0μm以下であると被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。また、上述の組成を有する上部層の平均厚さが、3.0μm以上であるとクレータ摩耗が抑制されることで、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、15.0μm以下であると下部層と上部層との密着性が向上し、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。
上述の下側上部層において、RSA1が40面積%以上であると下部層との密着性が向上するため、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する。そして、RSA1が80面積%以下であると下側上部層の形成が容易になる。さらに、上述の上側上部層において、RSB2が50面積%以上であると機械的強度が向上することで、耐欠損性が向上する。そして、RSB2が90面積%以下であると上側上部層の形成が容易になる。
上述した効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0016】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を部分的に示す断面模式図である。被覆切削工具5は、基材1と、基材1の表面に形成された被覆層4とを有する。被覆層4では、基材1側から、下部層2、上部層3がこの順で上方向に積層されている。上部層3は、下部層2側から被覆層4の表面側に向かって1μmまでの範囲において下側上部層3aを含み、下側上部層3aよりも被覆層4の表面側の範囲において上側上部層3bを含む。
【0017】
本実施形態における基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼が挙げられる。これらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると好ましく、超硬合金であるとより好ましい。このような基材を用いることで被覆切削工具が耐欠損性及び耐摩耗性に優れる傾向にある。
【0018】
本実施形態の被覆層は、基材の表面に形成され、基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と、上部層と、を順に含み、必要に応じて外部層を含んでもよい。
被覆層全体の平均厚さは、特に限定されないが、6.0μm以上30.0μm以下であると好ましい。被覆層全体の平均厚さが6.0μm以上であると耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れる傾向にあり、30.0μm以下であると被覆層の密着性が向上し、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは、7.6μm以上29.7μm以下であるとより好ましく、11.3μm以上19.4μm以下であると更に好ましい。
【0019】
[下部層]
本実施形態の下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含む。被覆切削工具が、基材とα型Al層を含む上部層との間に上記下部層を備えることにより、密着性及び耐摩耗性が向上する。
【0020】
Ti化合物層としては、例えば、TiCからなるTiC層(以下、単に「TiC層」ともいう。)、TiNからなるTiN層(以下、単に「TiN層」ともいう。)、TiCNからなるTiCN層(以下、単に「TiCN層」ともいう。)、TiCOからなるTiCO層(以下、単に「TiCO層」ともいう。)、TiCNOからなるTiCNO層(以下、単に「TiCNO層」ともいう。)、TiONからなるTiON層(以下、単に「TiON層」ともいう。)、及びTiBからなるTiB層(以下、単に「TiB層」ともいう。)が挙げられる。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点から、下部層のTi化合物層としては、TiN層、TiCN相、TiCO層、及び/又はTiCNO層を含むことが好ましい。
【0021】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されていてもよい。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点から、複層で構成されることが好ましく、2層以上で構成されることがより好ましく、3層以上で構成されることが更に好ましく、3層で構成されることがより更に好ましい。下部層が3層で構成されている場合は、基材の表面上にTiC層又はTiN層を第1層として有し、第1層の表面上に、TiCN層を第2層として有し、第2層の表面上に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として有してもよい。これらの中では、下部層が基材の表面上にTiN層を第1層として有し、第1層の表面上に、TiCN層を第2層として有し、第2層の表面上に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として有すると好ましい。
【0022】
本実施形態の下部層の平均厚さは、3.0μm以上15.0μm以下である。下部層の平均厚さが、3.0μm以上であると耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、15.0μm以下であると被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。同様の観点から、下部層の平均厚さは3.7μm以上14.7μm以下であると好ましく、4.2μm以上13.7μm以下であるとより好ましい。
【0023】
下部層が上述のとおり第1~3層で形成される場合、基材の表面上に形成される第1層の平均厚さは、耐欠損性及び/又は耐摩耗性を一層向上させる観点から、0.1μm以上1.2μm以下であると好ましい。同様の観点から、第1層の平均厚さは、0.1μm以上0.6μm以下であるとより好ましく、0.1μm以上0.3μm以下であると更に好ましい。
【0024】
下部層が上述のとおり第1~3層で形成される場合、第1層の表面上に形成される第2層の平均厚さは、耐欠損性及び/又は耐摩耗性を一層向上させる観点から、3.0μm以上15.0μm以下であると好ましい。同様の観点から、第2層の平均厚さは、3.5μm以上13.5μm以下であるとより好ましく、5.8μm以上13.0μm以下であると更に好ましい。
【0025】
下部層が上述のとおり第1~3層で形成される場合、第2層の表面上に形成される第3層の平均厚さは、耐欠損性及び/又は耐摩耗性を一層向上させる観点から、0.1μm以上3.0μm以下であると好ましい。同様の観点から、第3層の平均厚さは、0.3μm以上2.0μm以下であるとより好ましく、0.5μm以上1.0μm以下であると更に好ましい。
【0026】
Ti化合物層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0027】
[上部層]
本実施形態の上部層は、α型Alからなるα型Al層(以下、単に「α型Al層」ともいう。)を含む。また、本実施形態の上部層は、下部層との界面(但し、界面に凹凸がある場合は、最も被覆層の表面側にある位置)から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲を占める下側上部層と、上記下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲を占める上側上部層と、を含む。
【0028】
本実施形態の上部層の平均厚さは、3.0μm以上15.0μm以下である。上部層の平均厚さが、3.0μm以上であるとクレータ摩耗が抑制されることで、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、15.0μm以下であると下部層と上部層との密着性が向上し、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。同様の観点から、上部層の平均厚さは3.2μm以上14.8μm以下であると好ましく、4.0μm以上12.0μm以下であるとより好ましい。
【0029】
上部層において、下部層側の界面から被覆層の表面に向かって0.5μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を第1の平均粒径とし、上部層において、基材と反対側の界面から基材側の界面に向かって1.0μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を第2の平均粒径とした場合、第1の平均粒径に対する第2の平均粒径の比が、1.0以上2.0以下であると好ましい。
上記平均粒径の比が1.0以上であると、上部層の形成が容易となる傾向になり、上記平均粒径の比が2.0以下であると、下側上部層と上側上部層との粒径差に起因する亀裂が、上部層内部に発生するのを抑制する傾向にあり、その結果、下側上部層と上側上部層との密着性が向上するため、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。同様の観点から、第1の平均粒径に対する第2の平均粒径の比は、1.2以上1.8以下であるとより好ましく、1.3以上1.7以下であると更に好ましい。
【0030】
[下側上部層]
本実施形態の下側上部層は、α型Alからなるα型Al層を含み、下部層側の界面(但し、界面に凹凸がある場合は、最も被覆層の表面側にある位置)から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲を占め、式(1)で表される条件を満たす。なお、式(1)中、RSA1は、基材の表面と垂直な方向の下側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。
40≦RSA1≦80 (1)
【0031】
下側上部層において、RSA1が40面積%以上であると、下部層との密着性が向上するため、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する。また、RSA1が80面積%以下であると下側上部層の形成が容易になる。同様の観点から、RSA1が、42面積%以上79面積%以下であると好ましく、50面積%以上72面積%以下であるとより好ましい。
【0032】
本実施形態の下側上部層が、下記式(3)で表される条件を満たすと好ましい。下側上部層において、RSB1が0面積%超であると、下側上部層の形成が容易になる傾向にあり、また、RSB1が20面積%以下であると、下部層と上部層との密着性が向上し、耐チッピング性及び耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、RSB1は、0面積%超16面積%以下であるとより好ましく、0面積%超15面積%以下であると更に好ましい。
0<RSB1≦20 (3)
なお、式(3)中、RSB1は、基材の表面と垂直な方向の下側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。
【0033】
本実施形態の第1の平均粒径は、上部層において、下部層側の界面から被覆層の表面に向かって0.5μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径である。第1の平均粒径は、0.3μm以上0.5μm以下であることが好ましい。第1の平均粒径が0.3μm以上であると下側上部層における配向性の制御が容易になる傾向にある。また、第1の平均粒径が0.5μm以下であると上部層が剥離した場合の剥離面積を小さくすることができ、破壊の起点となる領域が小さくなるため、耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、第1の平均粒径は、0.3μm以上0.4μm以下であることがより好ましい。
【0034】
下側上部層は、α型Alからなるα型Al層を含んでいるが、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型Al以外の成分を含んでもよい。
【0035】
[上側上部層]
上側上部層は、上部層において上記下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲を占め、下記式(2)で表される条件を満たす。なお、式(2)中、RSB2は、基材の表面と垂直な方向の上側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。
50≦RSB2≦90 (2)
【0036】
上側上部層において、RSB2が50面積%以上であると、機械的強度が向上することで、耐欠損性が向上する。また、RSB2が90面積%以下であると上側上部層の形成が容易になる。同様の観点から、RSB2が、52面積%以上88面積%以下であると好ましく、58面積%以上82面積%以下であるとより好ましい。
【0037】
本実施形態の上側上部層が、下記式(4)で表される条件を満たすと好ましい。上側上部層において、RSA2が10面積%以下であると、機械的強度が向上することで、耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、RSA2は、0面積%以上8面積%以下であるとより好ましく、0面積%以上6面積%以下であると更に好ましい。
0≦RSA2≦10 (4)
なお、式(4)中、RSA2は、基材の表面と垂直な方向の上側上部層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差が0度以上20度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。
【0038】
本実施形態の第2の平均粒径は、上部層において、基材と反対側の界面から基材側の界面に向かって1.0μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径である。第2の平均粒径は、0.3μm以上1.0μm以下であることが好ましい。第2の平均粒径が0.3μm以上であると、α型Al層の粒子の粒界を起点とした亀裂の発生及び進展が抑制されるため、亀裂を介して上部層と下部層との界面に入り込む被削材成分の量が少なくなる。その結果、上部層と下部層との密着性が向上し、耐チッピング性が向上する傾向にある。また、第2の平均粒径が1.0μm以下であると、上部層が剥離した場合の剥離面積を小さくすることができ、破壊の起点となる領域を小さくなるため、耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、第2の平均粒径は、0.4μm以上0.9μm以下であることがより好ましく、0.5μm以上0.8μm以下であることが更に好ましい。
【0039】
上側上部層は、α型Alからなるα型Al層を含んでいるが、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型Al以外の成分を含んでもよい。
【0040】
[外部層]
本実施形態の被覆層は、上部層の基材とは反対側の界面(すなわち、上部層の表面)上に外部層を含んでいてもよい。外部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはC元素及び/又はN元素)とからなる化合物の層であると、耐摩耗性に優れる傾向にあり好ましい。同様の観点から、外部層は、Ti、Nb、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはC元素及び/又はN元素)とからなる化合物の層であることがより好ましく、Ti、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物の層であることが更に好ましく、TiNからなるTiN層であることが特に好ましい。
【0041】
外部層の平均厚さは、特に限定されず、例えば、0.1μm以上5.0μm以下であってもよい。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点からは、外部層の平均厚さが、0.15μm以上3.0μm以下であると好ましく、0.2μm以上2.0μm以下であるとより好ましい。
【0042】
[RSA及びRSBの測定方法]
本実施形態において、RSA及びRSBを測定する方法としては、例えば、測定する断面を電解放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)で観察し、FE-SEMに付属した電子後方散乱解析像装置(EBSD)を用いて特定の方位差を有する粒子の断面積を測定することができる。RSA1及びRSA2、並びにRSB1及びRSB2は、それぞれ測定する結晶面と、被覆層での測定範囲が異なる点以外は、同様にして方位差を測定し粒子の断面積を算出してもよい。より具体的には、例えば、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0043】
[被覆層の形成方法]
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の形成方法は、特に限定されるものではないが、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0044】
例えば、下部層のTi化合物層は、以下の方法により形成される。
Tiの窒化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:5.0~10.0mol%、N:20~60mol%、H:残部とし、温度を850~950℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0045】
Tiの炭化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:1.5~3.5mol%、CH:3.5~5.5mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0046】
Tiの炭窒化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:5.0~7.0mol%、CHCN:0.5~1.5mol%、H:残部とし、温度を800~900℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0047】
Tiの炭窒酸化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N:30~40mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0048】
Tiの炭酸化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl:1.0~2.0mol%、CO:2.0~3.0mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0049】
α型Al層の下側上部層は、例えば、以下の方法により形成される。
まず、基材の表面に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。次いで、それらの層のうち、基材から最も離れた層(基材ではない層)の表面を酸化する。その後、基材から最も離れた層の表面にα型Al層を形成する。
【0050】
より具体的には、上記基材から最も離れた層の表面の酸化は、原料組成をCO:0~2.0mol%、CO:0.3~1.0mol%、H:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~60hPaとする条件により行われる(酸化工程1)。その際の酸化処理時間は、1~10分であると好ましい。
【0051】
その後、下側上部層のα型Al層の形成は、原料組成をAlCl3:1.0~2.5mol%、CO2:1.0~2.5mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.05~0.10mol%、H2:残部とし、温度を950~1000℃、圧力を60~80hPaとする条件の化学蒸着法により行われる(成膜工程1)。この際、成膜工程1の処理時間は15~120分であると好ましく、また、CO/HSの範囲を、例えば、10~50であってもよく、10~48であってもよい。
【0052】
RSA1(面積%)を所定範囲内とするためには、成膜工程1において、原料組成中のAlCl、CO、及びHSの割合を制御したりすればよい。具体的には、成膜工程1の原料組成において、COの割合を大きくしたり、HSの割合を小さくしたりすることにより、方位差Aが所定範囲内である粒子の割合(面積%)を大きくすることができ、RSA1が高くなる傾向にある。
【0053】
RSB1(面積%)を所定範囲内とするためには、成膜工程1における原料組成中のAlClの割合を制御したりすればよい。具体的には、成膜工程1の原料組成においてAlClの割合を小さくすることにより、方位差Bが所定範囲内である粒子の割合(面積%)を小さくすることができ、RSB1が低くなる傾向にある。
【0054】
第1の平均粒径を所定範囲内とするためには、成膜工程1における温度を制御したり、原料組成中の各成分の割合を制御したりすればよい。具体的には、成膜工程1において温度を高くしたり、RSA1が大きくなるように制御したり、RSB1が小さくなるように制御したりすることにより、第1の平均粒径が大きくなる傾向にあり、成膜工程1において温度を高くすると、第1の平均粒径がより効果的に大きくなる。
【0055】
下側上部層の形成後、その表面に上側上部層のα型Al層を形成する。その形成方法としては、例えば、以下の方法により形成される。
【0056】
上側上部層のα型Al層の形成は、原料組成をAlCl3:2.0~5.0mol%、CO2:2.0~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.1~0.3mol%、H2:残部とし、温度を950~1000℃、圧力を60~80hPaとする条件の化学蒸着法により行われる(成膜工程2)。この際、CO/HSの範囲は、例えば、6.7~40であってもよく、10~26.7であってもよい。
【0057】
RSA2(面積%)を所定範囲内とするためには、成膜工程1における原料組成中の各成分の割合を制御したり、成膜工程2における原料組成中の各成分の割合を制御したりすればよい。具体的には、RSA1が小さくなるように制御したり、RSB2が大きくなるように制御したりすることにより、RSA2が小さくなる傾向にある。
【0058】
RSB2(面積%)を所定範囲内とするためには、成膜工程2における原料組成中のAlCl、CO、及びHSの割合を制御すればよい。具体的には、成膜工程2の原料組成において、COの割合を大きくしたり、HSの割合を小さくしたり、AlClの割合を大きくしたりすると、方位差Bが所定範囲内である粒子の割合(面積%)を大きくすることができ、RSB2が高くなる傾向にある。
【0059】
第2の平均粒径を所定範囲内とするためには、成膜工程2における温度を制御したり、原料組成中の各成分の割合を制御したりすればよい。具体的には、成膜工程2において温度を高くしたり、RSA2が大きくなるように制御したり、RSB2が小さくなるように制御したりすることにより、第2の平均粒径が大きくなる傾向にあり、成膜工程2において温度を高くすると、第2の平均粒子がより効果的に大きくなる傾向にある。
【0060】
上側上部層の表面上に、必要に応じて、TiN層及び/又はTiCN層からなる外部層を形成してもよい。外部層の形成は、例えば、以下の方法により行うことができる。
【0061】
外部層としてのTiN層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0062】
外部層としてのTiCN層は、原料組成をTiCl4:4.0~8.0mol%、CH3CN:0.5~2.0mol%、N2:0~10.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0063】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又はFE-SEM等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【0064】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【実施例0065】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0066】
[発明品1~26、及び比較品1~11]
基材として、CNMG120408のインサート形状に加工した、93.7%WC-6.0%Co-0.3%Cr(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0067】
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を該熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6及び表7に記載の組成を示す第1層を、表6及び表7に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表1に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表6及び表7に示す第2層を、表6及び表7に示す平均厚さになるよう、第1層の表面に形成した。次に、表1に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表6及び表7に示す第3層を、表6及び表7に示す平均厚さになるよう、第2層の表面に形成した。これにより、3層から構成された下部層を形成した。その後、CO:0.5mol%、H:99.5mol%とし、温度1000℃、圧力55hPaの条件の下、第3層の表面に5分の間酸化処理を施した。
【0068】
次いで、酸化処理を施した第3層の表面に、表2及び表3に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、α型Al層の下側上部層を、1μmの平均厚さになるように蒸着時間を調整して形成した。次いで、下側上部層の表面に、表4及び表5に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、α型Al層の上側上部層を、上部層全体の平均厚さが表6及び表7に示すとおりになるように蒸着時間を調整して形成した。
【0069】
さらに、発明品18を除く全ての発明品及び比較品について、表1に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表6及び表7に記載の組成を示す外部層を、表6及び7に記載の平均厚さになるよう、上部層の表面に形成した。
こうして、発明品1~26、及び比較品1~11の被覆切削工具を得た。
【0070】
試料の各層の厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。その測定結果を表6及び表7に示す。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
【表5】
【0076】
【表6】
【0077】
【表7】
【0078】
[RSA1、RSA2、RSB1及びRSB2の測定及び計算]
RSA1、RSA2、RSB1及びRSB2について下記の条件で、それぞれ下記の測定断面を電解放射型走査電子顕微鏡(以下、「FE-SEM」ともいう)で観察し、FE-SEMに付属した電子後方散乱解析像装置(以下、「EBSD」ともいう)を用いて後述の「(特定の方位差を有する粒子の断面積の測定方法)」により、方位差が0度以上20度以下の範囲内にある粒子の断面積と、方位差が0度以上90度以下の範囲内にある粒子の断面積の合計を測定した。なお、方位差が0度以上90度以下の粒子の断面積の合計は、断面全体の面積の合計と等しく、100面積%となる。
方位差が0度以上90度以下の範囲内にある断面の粒子の断面積の合計100面積%に対する、方位差が0度以上20度未満の範囲内にある粒子の断面積の占める割合を、それぞれRSA1、RSA2、RSB1及びRSB2とした。以上の測定結果を表8及び表9に示す。
(条件)
・測定断面の削り出し方法
RSA1、RSA2、RSB1及びRSB2:ダイヤモンドペーストを用いて被覆切削工具を研磨し、基材の表面と垂直な方向の断面組織を得た。その後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、断面組織の鏡面研磨面を得た。
・測定断面
RSA1及びRSB1:基材の表面と垂直な方向の上部層の断面のうち、下部層側の界面(ただし、界面に凹凸がある場合は、最も被覆層の表面側にある位置)から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲
RSA2及びRSB2:基材の表面と垂直な方向の上部層の断面のうち、下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲
・方位差
RSA1及びRSA2:方位差A(基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(110)面の法線とがなす角度(単位:度))
RSB1及びRSB2:方位差B(基材の表面の法線とα型Al層の粒子の(012)面の法線とがなす角度(単位:度))
【0079】
(特定の方位差を有する粒子の断面積の測定方法)
試料をFE-SEMにセットした。試料に70度の入射角度で、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射した。測定範囲30μm×50μmにて、0.05μmのステップサイズというEBSDの設定で、各粒子の方位差及び断面積の測定を行った。測定範囲内における上部層の粒子の断面積は、その断面積に対応するピクセルの総和とした。すなわち、各層の粒子の、方位差A又は方位差Bに基づいた0度以上20度以下の範囲及び0度以上90度以下の範囲における粒子の断面積の合計は、各範囲に該当する粒子断面が占めるピクセルを集計し、面積に換算して求めた。
【0080】
【表8】
【0081】
【表9】
【0082】
[第1の平均粒径及び第2の平均粒径]
得られた発明品1~26及び比較品1~11について、下側上部層と上側上部層を構成するα型Al粒子の平均粒径は、FE-SEMに付属したEBSDを用いて測定した。具体的には、ダイヤモンドペーストを用いて被覆切削工具を研磨し、基材の表面と平行な方向の断面組織を得た。その後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、断面組織の鏡面研磨面を得た。断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射した。測定範囲30μm×50μmにて、0.05μmのステップサイズというEBSDの設定で測定を行った。EBSDにより被覆切削工具の上部層における断面組織において、下部層と上部層との界面から被覆層の表面に向かって0.5μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径1(第1の平均粒径)及び、上部層において基材と反対側の界面から基材側の界面に向かって1.0μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径2(第2の平均粒径)を測定した。
より具体的には、まず、隣接する測定点の間で5度以上の方位差がある場合はそこを粒界と定義した。粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義した。そして、第1の平均粒径及び第2の平均粒径を求める。上記それぞれの位置において、基材の表面と平行な方向の直線を引いた。次に、直線の範囲に含まれる結晶粒の数をそれぞれ求めた。直線の長さをそれぞれの結晶粒の数で除した値を、第1の平均粒径及び第2の平均粒径とした。このとき、直線の長さは、20μmとした。得られた第1の平均粒径及び第2の平均粒径の結果を、表10及び表11に示す。
【0083】
【表10】
【0084】
【表11】
【0085】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0086】
[切削試験1]
・インサート:CNMG120408(ISO規格)、
・基材の組成:93.7%WC-6.0%Co-0.3%Cr(以上質量%)、
・被削材:FCD600、
・被削材形状:直径120mm×長さ400mmの円柱形状(円柱の外周に等間隔に4本の溝)、
・切削速度:150m/min、
・切り込み深さ:2.0mm、
・送り:0.35mm/rev、
・クーラント:使用、
・評価項目:試料が欠損に至った時を工具寿命とし、欠損した時の衝撃回数を測定した。耐欠損性に優れるほど、本切削試験における工具寿命が長く(衝撃回数が多く)なる。
【0087】
[切削試験2]
・インサート:CNMG120408(ISO規格)、
・基材の組成:93.7%WC-6.0%Co-0.3%Cr(以上質量%)、
・被削材:FC200、
・被削材形状:直径180mm×厚さ23mmの円盤形状(円盤の中心に直径70mmの穴)、
・切削速度:700m/min、
・切り込み深さ:2.0mm、
・送り:0.30mm/rev、
・クーラント:使用、
・評価項目:逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るまでの加工時間(分)を工具寿命とした。耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れるほど、本切削試験における工具寿命(加工時間)が長くなる。
【0088】
得られた評価の結果を表12及び表13に示す。なお、切削試験1における衝撃回数について、15000回以上を「A」、10000回以上15000未満を「B」、10000回未満を「C」と評価し、切削試験2における加工時間について、25分以上を「A」、20分以上25分未満を「B」、20分未満を「C」と評価した。
【0089】
【表12】
【0090】
【表13】
【0091】
表12及び表13に示されている通り、発明品は、切削試験1及び切削試験2の評価がどちらもB以上であった。このような結果から、被覆切削工具が基材と、前記基材の表面に形成された被覆層と、を備え、被覆層が、基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と、上部層と、をこの順で含み、下部層がTiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、上部層が、α型Alからなるα型Al層を含み、下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、上部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下であり、上部層において、下部層側の界面から被覆層の表面側の界面に向かって1μmまでの範囲を下側上部層とし、下側上部層よりも被覆層の表面側の範囲を上側上部層とした場合、下側上部層において式(1)で表される条件を満たし、上側上部層において式(2)で表される条件を満たす発明品は、耐欠損性及び耐摩耗性に優れ、長い工具寿命を有することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の被覆切削工具は、耐欠損性及び耐摩耗性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0093】
1…基材、2…下部層、3…上部層、3a…下側上部層、3b…上側上部層、4…被覆層、5…被覆切削工具。
図1