(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024093080
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】立体的組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20240702BHJP
【FI】
C12N5/07
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022209221
(22)【出願日】2022-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】平岡 靖之
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BD25
4B065BD32
4B065BD38
4B065BD39
4B065CA44
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】脈管構造への薬剤の影響を容易に測定することができる立体的組織の製造方法を提供する。
【解決手段】立体的組織の製造方法は、第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程と、脈管構造を形成可能な細胞を含み、第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群に対し、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を混合して混合物を得る工程と、混合物を得る工程を経た第2の細胞群と細胞集積物とを互いに接するように配置し、細胞集積物を覆うように第2の細胞群による細胞層を得る工程と、細胞集積物及び細胞層を培養する工程とを備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程と、
脈管構造を形成可能な細胞を含み、前記第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群に対し、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を混合して混合物を得る工程と、
前記混合物を得る工程を経た前記第2の細胞群と前記細胞集積物とを互いに接するように配置し、前記細胞集積物を覆うように前記第2の細胞群による細胞層を得る工程と、
前記細胞集積物及び前記細胞層を培養する工程とを備えた、立体的組織の製造方法。
【請求項2】
第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程と、
前記細胞集積物を、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を含む溶液に浸漬する工程と、
脈管構造を形成可能な細胞を含み、第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群と、前記溶液に浸漬した後の前記細胞集積物とを互いに接するように配置し、前記細胞集積物を覆うように前記第2の細胞群による細胞層を得る工程と、
前記細胞集積物及び前記細胞層を培養する工程とを備えた、立体的組織の製造方法。
【請求項3】
前記第2の細胞群が、前記脈管構造を形成可能な細胞として、内皮細胞を含む、請求項1または2に記載された立体的組織の製造方法。
【請求項4】
前記立体的組織が縦断面視で略円弧状である、請求項1または2に記載された立体的組織の製造方法。
【請求項5】
前記立体的組織が略球状である、請求項1または2に記載された立体的組織の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立体的組織の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療はもとより、生体に近い環境が求められる薬剤のアッセイにおいて、平らな形状に育成した細胞よりも、細胞を立体的に組織化させたスフェロイド等の立体的組織を使用することの優位性が示されている。そして、生体外で立体的組織を構築するための様々な技術が開発されている。
【0003】
例えば特許文献1には、脈管構造を形成する細胞を含む複数種類の細胞を用いて立体細胞組織を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の方法では、立体的な組織の表面に血管等の脈管構造が形成されず、薬剤のアッセイにおいて、脈管構造への影響を測定することが難しい場合がある。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、脈管構造への薬剤の影響を容易に測定することができる立体的組織の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明の一態様は、以下の態様を包含する。
【0008】
[1]第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程と、脈管構造を形成可能な細胞を含み、前記第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群に対し、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を混合して混合物を得る工程と、前記混合物を得る工程を経た前記第2の細胞群と前記細胞集積物とを互いに接するように配置し、前記細胞集積物を覆うように前記第2の細胞群による細胞層を得る工程と、前記細胞集積物及び前記細胞層を培養する工程とを備えた、立体的組織の製造方法。
【0009】
本発明の他の一態様は、以下の態様を包含する。
【0010】
[2]第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程と、前記細胞集積物を、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を含む溶液に浸漬する工程と、脈管構造を形成可能な細胞を含み、第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群と、前記溶液に浸漬した後の前記細胞集積物とを互いに接するように配置し、前記細胞集積物を覆うように前記第2の細胞群による細胞層を得る工程と、前記細胞集積物及び前記細胞層を培養する工程とを備えた、立体的組織の製造方法。
【0011】
[3]前記第2の細胞群が、前記脈管構造を形成可能な細胞として、内皮細胞を含む、[1]または[2]に記載された立体的組織の製造方法。
【0012】
[4]前記立体的組織が縦断面視で略円弧状である、[1]から[3]のいずれか1つに記載された立体的組織の製造方法。
【0013】
[5]前記立体的組織が略球状である、[1]から[3]のいずれか1つに記載された立体的組織の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、薬剤の影響を容易に測定することができる立体的組織の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実験例1にかかる立体的組織を示す顕微鏡画像である。
【
図2】
図1に示された各画像内の血管網を画像解析により抽出した画像である。
【
図3】
図2に示された血管網の全長を示す棒グラフである。
【
図4】本発明の実験例2にかかる立体的組織の製造方法において組織培養工程を行う前の各細胞群の形状を示す模式的縦断面図である。
【
図5】
図4に示された実験例2にかかる立体的組織の表面を示す顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、場合により図面を参照しつつ、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0017】
一実施形態において、立体的組織の製造方法は、第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程(以下、「細胞集積物形成工程」という。)と、脈管構造を形成可能な細胞を含む第2の細胞組成をなす第2の細胞群に対し、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を混合して混合物を得る工程(以下、「混合工程」という。)と、得られた混合物から細胞を集め、細胞集合体を得る工程(以下、「集合工程」という。)と、当該細胞集合体と細胞集積物形成工程で形成された細胞集積物とを互いに接するように配置し、細胞集積物を覆うように第2の細胞群細胞層を得る工程(以下、「細胞層形成工程-A」という。)と、細胞集積物及びそれを覆う細胞層を培養する工程(以下、「組織培養工程」という。)とを備えている。
【0018】
他の一実施形態において、立体的組織の製造方法は、細胞集積物形成工程と、細胞集積物形成工程で形成された細胞集積物を、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を含む溶液に浸漬する工程(以下、「浸漬工程」という。)と、第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群を、浸漬工程を経た細胞集積物に接するように配置し、細胞集積物を覆うように細胞層を得る工程(以下、「細胞層形成工程-B」という。)と、組織培養工程とを備えている。尚、混合工程において用いられた細胞外マトリックス成分等を含む水性媒体が、続く第1細胞層形成工程もしくは第2細胞層形成工程等で悪影響を与えない場合は、混合工程後、集合工程を割愛しそのまま培地に懸濁して第1細胞層形成工程もしくは第2細胞層形成工程等に進むこともできる。
【0019】
発明者は、第2の細胞群と細胞集積物の一方又は両方を、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質とを含む溶液で処理することで、立体的組織の表面における脈管構造の形成を大幅に促進できることを見いだし、発明を完成させた。
【0020】
[細胞の種類]
細胞集積物は第1の細胞群を含む。第1の細胞群は、立体的な組織を形成することが可能な細胞であればよく、その種類はとくに限定されるものではない。第1の細胞群は1種類の細胞であってもよいし、2種類以上の細胞を含んでいて良い。例えば、皮膚、毛髪、骨、軟骨、歯、角膜、血管、リンパ管、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、神経、食道などの生体組織を形成する細胞の他、癌組織を形成する癌細胞を用いることができる。また、第1の細胞群をなす細胞は、成熟した体細胞であってもよく、幹細胞のような未分化な細胞であってもよい。とりわけ、第1の細胞群は、相互に集積・密着することで立体的な組織を形成することから、隣り合う細胞同士が細胞間接着によってつながることでその特徴的機能を発揮する上皮系の細胞(上皮細胞)を好適に用いることができる。その様な上皮細胞の一例としては、表皮を構成する細胞、腺房細胞、腺細胞、あるいは肝細胞や尿細管上皮等があげられる。肝細胞や尿細管上皮等は、生体から採取した後に二次元培養を行うことで、その特徴的機能(例えば肝細胞であれば、代謝酵素に由来する物質代謝機能など)が急速に変質することから、その様な特徴的機能が維持されている初代細胞を用いることもできる。初代細胞とは、当該生物から採取した直後の細胞だけでなく、例えばヒトから採取した初代細胞を実験動物等に移植し当該動物内で拡大培養等されたものを含む。
【0021】
本明細書において「立体的な組織」「立体的組織」とは、2層以上の細胞の層を含むものを指す概念であり、例えば、略球状をなすスフェロイド様の組織の他、縦断面視で湾曲した表面(換言すれば、凸湾曲状の表面、略円弧状の表面)を有する組織が挙げられるがこれに限定されない(
図4参照)。例えば、セルカルチャーインサート等の容器の内部で細胞を培養して形成した立体的細胞組織であっても良いし、コラーゲンなどの天然性高分子や合成高分子によって構成されたスキャフォール内で細胞を培養して形成した立体的細胞組織や、細胞凝集体(スフェロイド)、シート状の細胞構造体、などにも適用しうる。また、細胞群の「細胞組成」とは、どのような種類の細胞を、どのような割合で含むかを指す概念である。
【0022】
また、本明細書において「細胞集積物」とは、細胞群を集積させたものであって、2層以上の細胞の層を含むものを指す概念であり、例えば、略球状をなすスフェロイド様の組織の他、縦断面視で湾曲した表面(換言すれば、凸湾曲状の表面、略円弧状の表面)を有する組織が挙げられるがこれに限定されない。細胞集積物は、形成したい立体的な組織または立体的組織に合わせて、略同一の形状を有するものとしてもよい。
【0023】
第2の細胞群は、血管やリンパ管等の脈管構造を形成することが可能な細胞を含むものであればよく、その種類はとくに限定されるものではない。脈管構造を形成することが可能な細胞としては、例えば、血管内皮細胞、類洞内皮細胞、もしくはリンパ管内皮細胞等の内皮細胞が挙げられる。なお、「脈管構造」とは、生体組織における血管網やリンパ管網のような網化したネットワーク状の構造を指す。「網化」した構造とは、例えば、当該組織体内の内皮細胞を免疫染色により標識後、顕微鏡等で上面から観察することにより、内皮細胞が、一つ以上の網目と複数の分岐点を有するように相互に連結した構造を形成していることを指標とすることができる。
【0024】
第1の細胞群、第2の細胞群は、それぞれ、1種類の細胞を含むものであってもよく、2種類以上の細胞を含むものであってもよい。各細胞の由来としては、ヒトの他、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の哺乳動物を用いることができる。
【0025】
[カチオン性物質]
混合工程及び浸漬工程に用いるカチオン性物質には、細胞の生育や細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の正電荷を有する物質を用いることができる。
【0026】
カチオン性物質としては例えば、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス緩衝液、HEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid)等のカチオン性緩衝液の他、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリリシン、ポリヒスチジン、ポリアルギニンを用いることができる。好ましい実施形態では、本発明で用いられるカチオン性物質は、カチオン性緩衝液である。より好ましい実施形態では、本発明で用いられるカチオン性物質は、トリス-塩酸緩衝液である。
【0027】
前記立体的組織の製造方法におけるカチオン性物質の濃度は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられるカチオン性物質の濃度は10~300mMであることが好ましい。例えば、本実施形態で用いられるカチオン性物質の濃度は、20~280mM、40~260mM、60~240mMまたは80~220mMであることが好ましい。本実施形態で用いられるカチオン性物質の濃度は200mMであることがより好ましい。
【0028】
図1から
図5に示された各実験例においては、カチオン性物質の一例としてトリス-塩酸緩衝液を用いている。
【0029】
[細胞外マトリックス成分]
混合工程及び浸漬工程に用いる細胞外マトリックス成分には、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、細胞外マトリックスを構成する任意の成分を用いることができる。
【0030】
細胞外マトリックス成分としては、例えば、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカンが挙げられるが、これらに限定されない。これらの成分は単独で用いてもよく、組み合わせてもよい。
【0031】
プロテオグリカンには、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン及びデルマタン硫酸プロテオグリカンが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分は、コラーゲン、ラミニン及びフィブロネクチンの少なくとも1つであることが好ましく、中でもコラーゲンであることがより好ましい。細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の細胞外マトリックス成分の改変体およびバリアントを用いてもよい。
【0032】
細胞外マトリックス成分の濃度は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は0mg/mL超1.0mg/mL未満であることが好ましい。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は、0.01mg/mL以上1.0mg/mL以下がより好ましく、0.025mg/mL以上0.5mg/mL以下であることがさらに好ましい。例えば、細胞外マトリックス成分の濃度は、0.01、0.025、0.05、0.075、0.1、0.2、0.3、0.4、または0.5mg/mLである。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は、0.05mg/mL以上0.8mg/mL以下であることがさらに好ましい。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は、0.6mg/mLであることがさらに好ましい。本実施形態において、細胞外マトリックス成分を適切な溶媒に溶解して用いてもよい。溶媒の例としては、水、緩衝液および酢酸などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態では、細胞外マトリックス成分は緩衝液または酢酸に溶解されることが好ましい。
【0033】
図1から
図5に示された各実験例においては、細胞外マトリックス成分の一例としてI型のコラーゲンを用いている。コラーゲンは高い細胞接着性を有する分子であり、コラーゲンにより処理された細胞は、相互の接着能がより向上することが期待される。
【0034】
[高分子電解質]
本明細書において、「高分子電解質」とは、解離可能な官能基を有する高分子を指す。
【0035】
混合工程及び浸漬工程に用いる高分子電解質には、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の高分子電解質を用いることができる。
【0036】
高分子電解質としては、例えば、ヘパリン、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸およびヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、およびポリアクリル酸等が挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態で用いられる高分子電解質は、グリコサミノグリカンであることが好ましい。また、本実施形態で用いられる高分子電解質は、ヘパリン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、またはデルマタン硫酸であることがより好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質は、ヘパリンであることがさらに好ましい。細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の高分子電解質の誘導体を用いてもよい。
【0037】
これらの高分子電解質は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。
【0038】
高分子電解質の濃度は、細胞の生育および細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は0mg/mL超1.0mg/mL以下であることが好ましい。例えば、本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は、0.01、0.025、0.05、0.075、または0.1、0.3、0.5、1.0mg/mLである。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は、0.1mg/mL以上1.0mg/mL以下であることがさらに好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は、0.5mg/mLであることがさらに好ましい。
【0039】
本実施形態において、高分子電解質を適切な溶媒に溶解して用いてもよい。溶媒の例としては、水および緩衝液が挙げられるが、これらに限定されない。上述のカチオン性物質としてカチオン性緩衝液が用いられる場合、高分子電解質をカチオン性緩衝液に溶解して用いてもよい。
【0040】
前記立体的細胞組織の製造方法における高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は、1:2~2:1であることが好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は、1:1.5~1.5:1であることがより好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は、1:1であることがさらに好ましい。
【0041】
脈管構造への薬剤の影響を容易に測定することができる立体的組織の製造方法は、以下の様態を包含する。
[1]第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程と、脈管構造を形成可能な細胞を含み、前記第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群に対し、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を混合して混合物を得る工程と、前記混合物を得る工程を経た前記第2の細胞群と前記細胞集積物とを互いに接するように配置し、前記細胞集積物を覆うように前記第2の細胞群による細胞層を得る工程と、前記細胞集積物及び前記細胞層を培養する工程とを備えた、立体的組織の製造方法。
[2]第1の細胞組成からなる第1の細胞群を用いて細胞集積物を形成する工程と、前記細胞集積物を、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を含む溶液に浸漬する工程と、脈管構造を形成可能な細胞を含み、第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群と、前記溶液に浸漬した後の前記細胞集積物とを互いに接するように配置し、前記細胞集積物を覆うように前記第2の細胞群による細胞層を得る工程と、前記細胞集積物及び前記細胞層を培養する工程とを備えた、立体的組織の製造方法。
それぞれの製造方法における工程について以下の通りに説明する。
【0042】
(細胞集積物形成工程)
第1の細胞群からなる細胞集積物は培地中または培地上に配置されている。培地については、特に限定されないが、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Mccoy‘5a、およびHam’s F-12等や、これらにCS(ウシ血清ともいう)、FBS(ウシ胎児血清ともいう)およびHBS(ウマ胎児血清ともいう)等の血清を1~20容量%程度になるように添加した培地が挙げられる。を使用することができる。これらに加え、培地として肝細胞用培地(HCM、ロンザ社)、腎臓細胞用培地(REGM、ロンザ社)、神経細胞用培地(AGM、ロンザ社)等、培養する細胞に合わせて適宜用いてもよい。培養環境の温度や大気組成等の諸条件もまた、当業者であれば容易に決定することができる。細胞集積物は、培養容器内に配置されていることが好ましい。培養容器としては、ディッシュ、チューブ、フラスコ、ボトル、ウェルプレート、セルカルチャーインサート等が挙げられる。浮遊組織の形成を行う場合は、特に低接着な低吸着の略U字状の内面を有する96ウェルマイクロプレートを用いることが好ましい。
【0043】
細胞集積物形成工程では、第1の細胞群を集積させ、細胞集積物を形成させる。細胞集積物はすくなくとも第1の細胞群のうち、複数の細胞が局所的に集積している状態であればよい。より好ましくは、細胞集積物は培地中または培地上に拡散しないよう培養容器の側面または底面に接着している状態で形成される。
【0044】
細胞を集積する手段として、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば、遠心分離、磁性分離、またはろ過によって、細胞を集めてもよい。遠心分離の条件は、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、混合物または懸濁液をセルカルチャーインサートに播種し、25℃、400×gで2分間の遠心分離に供することで、細胞を集める。あるいは、自然沈降によって細胞を集めてもよい。
【0045】
(混合工程)
前記立体的組織の製造方法の混合工程において、第2の細胞群をカチオン性物質、細胞外マトリックス成分および高分子電解質と混合し混合物を得る。本集合工程を経た細胞群は、細胞間の接着性が促進される。また、この混合物から集合工程において細胞集合体を形成することにより、内部に大きな空隙が少ない立体的細胞組織を得ることができる。さらに、得られた立体的細胞組織は、比較的安定であるため、少なくとも数日間の培養が可能であり、かつ培地交換時にも組織が崩壊し難い。
【0046】
(集合工程)
前記立体的組織の製造方法の集合工程では、得られた前記混合物から細胞を集め、細胞集合体を得る。例えば集合工程は、前記混合物を基材に配置することで細胞集合体を得る工程であってもよいし、得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程で合ってもよいし、得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程に加え細胞集合体を溶液に懸濁する工程を行ってもよい。細胞集合体を溶液に懸濁する工程における溶液は、細胞の生育及び立体的細胞組織の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、細胞集合体を構成する細胞に適した細胞培養培地、緩衝液等を用いることができる。
【0047】
(浸漬工程)
前記立体的組織の製造方法の浸漬工程では、前記細胞集積物を、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を含む溶液に浸漬する。この時、前記細胞集積物はカチオン性物質、細胞マトリックス成分、及び高分子電解質を含む溶液に、拡散されていてもよいし、局所的に集積されたままでもよいが、集積されたままである方がより好ましい。前記細胞集積物の内部の一部にまで、溶液が浸漬していてもよいし、内部全体にまで溶液がいきわたっているとより好ましい。溶液に浸漬した後は、溶液を除去する。これにより、内部に大きな空隙が少ない立体的細胞組織を得ることができる。また、得られた立体的細胞組織は、比較的安定であるため、少なくとも数日間の培養が可能であり、かつ培地交換時にも組織が崩壊し難い。
【0048】
混合工程、又は浸漬工程後かつ培養工程前に、フィブリノゲン及びトロンビンを含有させることを含んでもよい。フィブリノゲン及びトロンビンは、例えば、同時に添加してもよく、いずれか一方を先に添加し、その後他方を添加してもよい。接触工程では、例えば、細胞及びヘパリンを含む細胞含有物に、フィブリノゲンを含む溶液と、トロンビンを含む溶液と、を同時に、又は別々に、混合してよい。例えば、濃度20U/mLのトロンビン溶液と、濃度10mg/mLのフィブリノゲン溶液とを等量又は略等量用いることによって、フィブリノゲン及びトロンビンを含有させてよい。
【0049】
フィブリノゲン及びトロンビンの添加により、後述する培養工程において生じ得るシュリンクがより抑制されやすくなり、細胞集合体及び溶液に浸漬した細胞集積物の形状及び大きさを制御しやすくすることができる。また、細胞集合体及び溶液に浸漬した細胞集積物をゲル化することができるため、各細胞及び上記各成分が均一に混合した状態を維持し、細胞と上記各成分とを近接させた状態を維持しやすくなる。混合工程、又は浸漬工程後かつ培養工程前に、フィブリノゲン及びトロンビンを含有させる場合、後述の細胞層形成工程における配置時の培地内への細胞分散がより抑制され、より少ない細胞量で細胞の凝集体を形成することが可能となる。
【0050】
(細胞層形成工程)
前記立体的組織の製造方法の細胞層形成工程では、当該細胞集合体と細胞集積物形成工程で形成された細胞集積物とを互いに接するように配置し、細胞集積物を覆うように細胞集合体を配置し、第2の細胞群細胞層を得る工程を含み(細胞層形成工程-A)、脈管構造を形成可能な細胞を含み、第1の細胞組成と異なる第2の細胞組成をなす第2の細胞群と、前記溶液に浸漬した後の前記細胞集積物とを互いに接するように配置し、前記細胞集積物を覆うように前記第2の細胞群による細胞層を得る工程を含む(細胞層形成工程-B)。第2の細胞群細胞層は、少なくとも細胞集積物の一部を覆っていてもよいし、細胞集積物を完全に覆っていても良い。例えば、細胞集積物が培地上に設置されている状態で、第2の細胞群細胞層は培地と接しないように細胞集積物を覆っていてよいし、第2の細胞群の細胞層も培地と設置していてもよい。あるいは、第2の細胞群細胞層のみが培地に接しているように配置されていてもよい。細胞集積物を覆うように細胞集合体を配置することによって、細胞集合体が細胞集積物上に均一且つ効率的に付着し、薬剤アッセイおける血管網への影響の観察により好適用いることが可能な立体的組織を形成する効果がある。また(細胞層形成工程-B)では、第2の細胞群は前記第2の細胞群による細胞層を形成する前に、集積させて細胞集積物にしても良い。
【0051】
前記細胞集合体と前記溶液に浸漬した後の前記細胞集積物とが互いに接するように配置し、細胞集積物を覆うように細胞集合体を配置し、第2の細胞群細胞層を得る工程(細胞層形成工程―C)を含んでいても良い。すなわち、立体的組織の製造方法は、少なくとも細胞集積物形成工程、浸漬工程、混合工程、細胞層形成工程―C、培養工程を含む。さらに、集合工程を含んでいても良い。
【0052】
細胞集合体、細胞集積物、又は細胞層形成工程-Bの第2の細胞群の細胞数は、特に限定されないが、2×106~1×108個/mLが好ましく、例えば、2×106~9×107個/mL、2×106~8×107個/mL、2×106~7×107個/mL、2×106~6×107個/mL、2×106~5×107個/mL、2×106~4×107個/mL、2×106~3×107個/mL、2×106~2×107個/mL、2×106~1×107個/mL、2.5×106~1×108個/mLが好ましく、例えば、2.5×106~9×107個/mL、2.5×106~8×107個/mL、2.5×106~7×107個/mL、2.5×106~6×107個/mL、2.5×106~5×107個/mL、2.5×106~4×107個/mL、2.5×106~3×107個/mL、2.5×106~2×107個/mL、2.5×106~1×107個/mLであってもよい。なお、「細胞集合体、細胞集積物、又は細胞層形成工程-Bの第2の細胞群の細胞数」とは、細胞層形成工程でそれぞれが、最初に培地に播種する際の培地量当たりの細胞数である。
【0053】
(培養工程)
前記立体的組織の製造方法の培養工程では、前記細胞集積物及び前記細胞層を培養する。前記細胞集積物及び前記細胞層を培養することで立体的組織が形成される。細胞の培養は、培養される細胞に適した培養条件下で行うことができる。当業者は、細胞の種類や所望の機能に応じて適切な培地を選択することができる。細胞培養培地としては特に限定されないが、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Mccoy‘5a、およびHam’s F-12等や、これらにCS(ウシ血清ともいう)、FBS(ウシ胎児血清ともいう)およびHBS(ウマ胎児血清ともいう)等の血清を1~20容量%程度になるように添加した培地が挙げられる。培養環境の温度や大気組成等の諸条件もまた、当業者が容易に定めうる。
【0054】
図1から
図5に示された各実験例においては、高分子電解質の一例としてヘパリンを用いている。ヘパリンは、前述したものを含む複数の細胞外マトリックス成分との親和性を有する分子であり、また一方で、数多くの成長因子との相互作用し、生体内においての当該因子による活性向上に寄与していると考えられている。特に、VEGF・FGF等をはじめとした血管形成を促進するとされる成長因子との相互作用も良く知られている。
【0055】
[実験例1]
(細胞集積物形成工程)
本実験例では、第1の細胞群として、ヒト肝細胞(PXB Cells)の集団を用いた。
【0056】
まず、ヒト肝細胞(PXB Cells)を、1体積%のECGS(型番「1052」、Sciencell社製)を含むHCM培地(型番「CC-3198」、Lonza社製)に、細胞密度が1.0×104個/200μLとなるように懸濁した。
【0057】
次いで、培地に懸濁させたヒト肝細胞を、低吸着の略U字状の内面を有する96ウェルマイクロプレート(型番「174925」、THERMO FISHER SCIENTIFIC製)に、1ウェルあたり200μL播種した。
【0058】
ヒト肝細胞を播種した後、上記のウェル内でヒト肝細胞を3日間にわたり培養し、スフェロイド様(略球状)の細胞集積物を得た。
【0059】
(混合工程)
本実験例では、第2の細胞群として、GFP(Green Fluorescent Protein)をコードする遺伝子がDNAに組み込まれたヒト臍帯静脈内皮細胞(GFP-HUVEC、型番「cAP-0001GFP」、ANGIO PROTEOMIE製)と、ヒト肝星細胞(LX-2、型番「SCC064」、SigmaーAldrich社製)とを用いた。
【0060】
静脈内皮細胞は静脈を形成する細胞であり、ヒト肝星細胞と併せて用いることで、ヒト肝星細胞により産生される成長因子を静脈内皮細胞に供給し、静脈内皮細胞による血管の形成を促進できる。
【0061】
まず、7.0×105個の静脈内皮細胞と、3.0×105個のヒト肝星細胞とを混合した。
【0062】
次いで、混合した細胞群を、100μLの1.0mg/mL ヘパリン/200mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)と、100μLの0.6mg/mL コラーゲン/5mM 酢酸溶液(pH3.7)溶液との等量混合液(以下、「第1ヘパリン・コラーゲン溶液」という。)に懸濁した。
【0063】
加えて、上記静脈内皮細胞とヒト肝星細胞とを混合した細胞群を、第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁させない系も設けた。
【0064】
(集合工程)
混合工程で得られた混合物を室温、400×gで2分間にわたり遠心分離した。
【0065】
次いで、上清を除去し、1体積%のECGS(Endothelial Cell Growth Supplement)を含むHCM培地に、細胞密度が1.0×104個/200μLとなるように細胞を含む沈殿物、すなわち、細胞集合体を再懸濁し、細胞集合体を含む細胞懸濁液を得た。
【0066】
また、第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁させない上記の系についても、細胞を第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁させない以外は同様に処理した細胞懸濁液を得た。
【0067】
(浸漬工程)
細胞集積物形成工程で作成されたヒト肝細胞の細胞集積物を、第1ヘパリン・コラーゲン溶液に浸し、その後に、同溶液を除去した。
【0068】
加えて、浸漬工程を行わずに、単に細胞集積物の周囲の培地のみを除去した系も設けた。
【0069】
(細胞層形成工程-A,細胞層形成工程-B)
集合工程で得られた細胞懸濁液を、ヒト肝細胞の細胞集積物の表面に接するように各ウェルに200μL配置し、ヒト肝細胞の細胞集積物の周囲に、細胞集積物を覆うように、静脈内皮細胞を含む第2の細胞群による細胞層を形成した。
【0070】
このとき、混合工程において第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁した系の細胞群および第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁しなかった系の細胞群と、浸漬工程を行った系の細胞集積物および浸漬工程を行わなかった系の細胞集積物とを組み合わせることで、計4つの系を設けた。
【0071】
(組織培養工程)
細胞層の形成後、4つの各系について、2日おきに1ウェルあたり200μLの培地交換を行い、10日目、すなわち細胞集積物を形成した日から7日目まで培養を行った。その結果、形成された各系の略球状をなす立体的組織を
図1に示す。
【0072】
(実験例1の結果)
図1は、本発明の実験例1にかかる立体的組織を示す顕微鏡画像である。
【0073】
図1(a)~
図1(d)には、それぞれ、共焦点顕微鏡にて、立体的組織の表面に播種された細胞層から形成された組織の層に焦点を当てた状態で取得された、明視野での画像と蛍光画像とを統合した画像が示されている。
【0074】
図1(a)には、浸漬工程を行い、且つ、混合工程にて混合した細胞群を第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁した系(以下、「実験例1-1」という。)の立体的組織の表面が示されている。
【0075】
図1(b)には、浸漬工程を行い、且つ、混合工程にて混合した細胞群を第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁しなかった系(以下、「実験例1-2」という。)の立体的組織の表面が示されている。
【0076】
図1(c)には、浸漬工程を行わず、且つ、混合工程にて混合した細胞群を第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁した系(以下、「実験例1-3」という。)の立体的組織の表面が示されている。
【0077】
図1(d)には、浸漬工程を行わず、且つ、混合工程にて混合した細胞群を第1ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁しなかった系(以下、「実験例1-4」という。)の立体的組織の表面が示されている。
【0078】
図1(d)に実験例1-4として示すように、第1ヘパリン・コラーゲン溶液を用いずに、単に細胞集積物の周囲に、血管内皮細胞を含む第2の細胞群の懸濁液を播種した場合、細胞集積物に由来する組織の表面の中央部に、GFPの蛍光を発する網状の構造、すなわち、血管網がほとんど形成されていないことが見てとれる。
【0079】
これに対し、細胞集積物と、内皮細胞を含む第2の細胞群のいずれか少なくとも一方に、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を含む第1ヘパリン・コラーゲン溶液を用いた場合、
図1(a)~
図1(c)に実験例1-1~1-3として示すように、GFPの蛍光により示される血管網が立体的組織の表面を覆うように形成されたことが認められる。
【0080】
図2は、
図1に示された各画像内の血管網を画像解析により抽出した画像であり、
図3は、
図2に示された血管網の全長を示す棒グラフである。
【0081】
図2(a)には
図1(a)の画像内の血管網を抽出した画像が示されており、
図2(b)には
図1(b)の画像内の血管網を抽出した画像が示されている。
【0082】
また、
図2(c)には
図1(c)の画像内の血管網を抽出した画像が示されており、
図2(d)には
図1(d)の画像内の血管網を抽出した画像が示されている。
【0083】
図1(a)から
図1(d)の各顕微鏡画像からの血管網の抽出には、ImageJを用いた。
【0084】
図2及び
図3に示す結果から、発明者は、細胞集積物とその周囲の第2の細胞群の両方に第1ヘパリン・コラーゲン溶液を用いた場合よりも、細胞集積物のみに第1ヘパリン・コラーゲン溶液を用いた場合の方が血管網を多く形成でき、細胞集積物のみに第1ヘパリン・コラーゲン溶液を用いた場合よりも、第2の細胞群のみに第1ヘパリン・コラーゲン溶液を用いた場合の方が血管網を多く形成できることを見出した。
【0085】
本実験例1-1~1-3においては、肝細胞のみからなる細胞組成をなす細胞集積物を用いて立体的組織を形成している。このため、例えば、特許文献1に記載の方法のように、細胞の混合物を用いて立体的組織を形成する場合に比して、肝細胞としての機能を高めることができる。
【0086】
さらに、本実験例1-1~1-3によれば、肝細胞からなる立体的組織の表面を覆うように、血管網が形成されるから、薬剤アッセイにおいて、薬剤が肝細胞からなる立体的組織で変換された代謝物による血管網への影響を容易且つ詳細に観察・測定することができる。
【0087】
なお、本実験例1-1、1-3では、混合工程において細胞外マトリックス成分等を含む第1ヘパリン・コラーゲン溶液に混合した第2の細胞群を、集合工程で遠心分離し、第1ヘパリン・コラーゲン溶液を取り除いたが、上述のように、細胞外マトリックス成分等を含む第1ヘパリン・コラーゲン溶液が、第1細胞層形成工程等で悪影響を与えない場合には、混合工程後、集合工程を割愛し、そのまま培地に懸濁して第1細胞層形成工程へ進むことも可能である。すなわち、細胞集積物に接するように配置される第2の細胞群について、混合工程を経たものであればよく、集合工程を経ることは必ずしも必要でない。
【0088】
以上、スフェロイド様の立体的組織の表面を覆うように血管網を形成する実験例1について詳述したが、以下に、容器の底面に接着した状態で、血管網により表面を覆われた立体的組織を形成する実験例2について説明を加える。
【0089】
[実験例2]
図4は、本発明の実験例2にかかる立体的組織の製造方法において組織培養工程を行う前の各細胞群の形状を示す模式的縦断面図である。
【0090】
(細胞集積物形成工程前半)
本実験例では、前記実験例1と同様に、第1の細胞群として、ヒト肝細胞(PXB Cellsの集団を用いた。
【0091】
まず、1.95×105個のヒト肝細胞を、50μLの1.0mg/mL ヘパリン/200mM トリス-塩酸緩衝液(pH7.4)と、50μLの0.6mg/mL コラーゲン/5mM 酢酸溶液(pH3.7)溶液との等量混合液(以下、「第2ヘパリン・コラーゲン溶液」という。)に懸濁した。
【0092】
次いで、得られた懸濁液を室温、400×gで2分間にわたり遠心分離した後、上清を除去した。
【0093】
その後、10U/mLのトロンビン(型番「R4648」、SigmaーAldrich社製)および1体積%のECGSを含むHCM培地に、細胞密度が1.95×104個/2μLとなるように、細胞を含む沈殿物を再懸濁し、「細胞集積物」に相当する細胞懸濁液Aを得た。
【0094】
(混合工程)
本実験例では、第2の細胞群として、GFPをコードする遺伝子がDNAに組み込まれた上述のヒト臍帯静脈内皮細胞のみを用いた。
【0095】
3.0×105個の静脈内皮細胞を、上記のものと同組成の別の第2ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁した。
【0096】
(集合工程)
混合工程で得られた懸濁液を室温、400×gで2分間にわたり遠心分離した後、上清を除去した。
【0097】
その後、5mg/mLのフィブリノーゲン(型番「F8630」、SigmaーAldrich社製)および1体積%のECGSを含むHCM培地に、細胞密度が3.0×104個/2μLとなるように再懸濁し、細胞懸濁液Bを得た。
【0098】
また、混合工程において細胞をヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁しない以外は同様に処理した細胞懸濁液Cも用意した。
【0099】
(成長因子を供給する細胞の下処理)
まず、4.0×105個のヒト肝星細胞(上述のLX-2)を、第2ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁した。
【0100】
なお、ヒト肝星細胞を第2ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁する処理は省くことも可能であるが、第2ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁することで、細胞群の塊を形成し易くすることができる。
【0101】
次いで、得られた懸濁液を室温、400×gで2分間にわたり遠心分離した後、上清を除去した。
【0102】
その後、5mg/mLのトロンビンおよび1体積%のECGSを含むHCM培地に、細胞密度が3.0×104個/2μLとなるように、細胞を含む沈殿物を再懸濁し、細胞懸濁液Dを得た。
【0103】
(成長因子を供給する細胞の配置)
まず、48ウェルマイクロプレート(型番「3830-048」、AGCテクノガラス製)のウェルW上に、5mg/mLのフィブリノーゲンおよび1体積%のECGSを含むHCM培地を2μL加え、液滴を形成した。
【0104】
次いで、上記の液滴に細胞懸濁液Dを加え、ヒト肝星細胞を含む液滴を形成した。
【0105】
(細胞集積物形成工程後半および細胞層形成工程-A)
まず、ヒト肝星細胞を含む上記の液滴が形成されたウェルWと同一のウェルW上の他の場所に、「細胞集合体」に相当する細胞懸濁液BおよびCをそれぞれ2μL加え、2つの系の液滴を形成した。
【0106】
次いで、細胞懸濁液Bの液滴と、細胞懸濁液Cの液滴の内部(=液滴の平面視中央部且つ下部)にそれぞれ、細胞懸濁液Aを加えた。これにより、ヒト肝細胞の「細胞集積物」に相当する細胞懸濁液Aが内側に、静脈内皮細胞の「細胞集合体」に相当する細胞懸濁液BまたはCが細胞懸濁液Aの外側に、各々収容された液滴を形成した(
図4参照)。
【0107】
このように、実験例2においては、細胞懸濁液Aは、予め形成された細胞懸濁液BまたはCの各液滴に接するように各液滴の内側に加えられる。その結果、ヒト肝細胞の細胞集積物が、静脈内皮細胞の細胞層により覆われた状態のものが形成される。
【0108】
図4に示された液滴の形成後、48ウェルマイクロプレートを40分間にわたってインキュベータ内で静置した。この間に、ヒト肝細胞の細胞集積物に含まれるトロンビンが、静脈内皮細胞の細胞層に含まれるフィブリノーゲンをフィブリンに変化させる。その結果、略円弧状をなす液滴がゲル状になる。
【0109】
このように、液滴をゲル状化させることで、ヒト肝細胞の細胞集積物を、縦断面視で略円弧状をなす立体的形状(
図4参照)に維持できるとともに、ヒト肝細胞の細胞集積物の表面を覆うように、静脈内皮細胞の細胞層を細胞集積物の外側に保持することができる。
【0110】
(組織培養工程)
フィブリンのゲルが形成されたウェルWに対し、1体積%のECGSを含むHCM培地を0.5mL加え、3日目まで培養を行った。
【0111】
その結果、形成された2つの系の立体的組織を
図5に示す。
【0112】
(実験例2の結果)
図5は、
図4に示された実験例2にかかる立体的組織の表面を示す顕微鏡画像である。
【0113】
図5(a)~
図5(f)にはそれぞれ、共焦点顕微鏡にて、立体的組織の表面に配置された細胞層から形成された組織の層に焦点を当てた画像が示されており、各画像において破線で囲われた領域は、平面視でヒト肝細胞が存在する場所を示している。
【0114】
図5(a)~
図5(c)には、第2ヘパリン・コラーゲン溶液を用いた細胞懸濁液Bの液滴にかかる系(以下、「実験例2-1」という。)が示されている。
【0115】
一方、
図5(d)~
図5(f)には、第2ヘパリン・コラーゲン溶液を用いていない細胞懸濁液Cの液滴にかかる系(以下、「実験例2-2」という。)が示されている。
【0116】
図5(a)および
図5(d)には、明視野での画像が示されており、
図5(b)および
図5(e)には、蛍光画像が示されており、
図5(c)および
図5(f)には、明視野での画像と蛍光画像とを統合した画像が示されている。
【0117】
図5(e)に示されるように、静脈内皮細胞を第2ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁させていない実験例2-2においては、肝細胞からなる立体的組織の表面を部分的に覆う内皮細胞の堆積が認められ、特に、立体的組織の上部表面への血管網の形成は充分でなかった。
【0118】
これに対し、
図5(b)に示されるように、静脈内皮細胞を第2ヘパリン・コラーゲン溶液に懸濁させた実験例2では、肝細胞からなる立体的組織の表面の平面視中央部で発するGFPの蛍光から、立体的組織の上面が血管網で覆われていることが認められる。
【0119】
以上のことから、ウェルWに接着した状態で立体的組織を培養する場合、立体的組織を形成する第1の細胞群と、血管網を形成する第2の細胞群のうちの第1の細胞群のみにカチオン性物質、細胞外マトリックス成分、及び高分子電解質を含む溶液を用いた場合でも、立体的組織の表面への血管網の形成は可能であるが、第1の細胞群と第2の細胞群の両方に上記の溶液を用いた場合の方が、血管の形成をより一層促進できることが明らかになった。
【0120】
なお、縦断面視において、略円弧状をなすヒト肝細胞の細胞集積物から形成される略円弧状の立体的組織のみならず、第1、第2の細胞群からなる組織全体としての構造も略円弧状の形状をなしている。
【0121】
本実験例2(2-1、2-2)においては、肝細胞のみからなる細胞組成をなす細胞集積物を用いて略円弧状の立体的組織を形成している。このように一種類のみの細胞を用いて細胞集積物を、ひいては立体的組織を形成することで、例えば、特許文献1に記載の方法のように、複数種類の細胞の混合物を用いて立体的組織を形成する場合に比して、その細胞としての機能を高めることができる。
【0122】
さらに、本実験例2によれば、肝細胞からなる立体的組織の表面を覆うように、血管網が形成されるから、薬剤アッセイにおいて、薬剤が肝細胞からなる立体的組織で変換された代謝物による血管網への影響を容易且つ詳細に観察・測定することができる。
【0123】
以上、実験例1、2およびその結果に基づき、好ましい実施例について詳細に説明を加えたが、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で種々の変更が可能である。
【0124】
例えば、実験例1および2においては、2つの細胞群を用いて、内側の立体的組織と、それを覆う外側の層を有する立体的組織を形成しているが、これらに加え、さらに別途細胞の層を内側又は外側に設けた立体的組織を形成してもよい。
【0125】
さらに、実験例1および2において、一例として、カチオン性物質としてトリス-塩酸緩衝液を、細胞外マトリックス成分としてコラーゲンを、高分子電解質としてヘパリンを含む溶液をヘパリン・コラーゲン溶液の一例として用いたが、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、高分子電解質のそれぞれについて、すでに例示した他の成分を用いてもよい。
【0126】
また、実験例1および2においては、脈管構造を形成可能な細胞として、血管内皮細胞の一種であるヒト臍帯静脈内皮細胞を含む第2の細胞群を用いたが、血管内皮細胞に代えて、リンパ管内皮細胞および類洞内皮細胞の少なくとも一方を含む第2の細胞群を用いてもよい。
【0127】
加えて、実験例2(2-1,2-2)においては、カチオン性物質、細胞外マトリックス成分、および高分子電解質を含む溶液に対して細胞集積物を処理していたが、細胞集積物を当該溶液で処理することは必ずしも必要でない。細胞集積物を当該溶液で処理しない場合には、細胞集積物を覆うように配置される第2の細胞群の方を当該溶液で処理することが必要となる。
【符号の説明】
【0128】
A~D:細胞懸濁液
W:ウェル