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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024093558
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】時計部品の加工方法および時計部品
(51)【国際特許分類】
   G04B 19/06 20060101AFI20240702BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20240702BHJP
   B23K 26/352 20140101ALI20240702BHJP
   G04B 37/22 20060101ALI20240702BHJP
   G04B 29/02 20060101ALI20240702BHJP
   G04B 1/02 20060101ALI20240702BHJP
【FI】
G04B19/06 G
B23K26/00 G
B23K26/352
G04B37/22 Z
G04B29/02 B
G04B1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210023
(22)【出願日】2022-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】由永 あい
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168AB01
4E168CB07
4E168DA32
4E168DA45
4E168JA02
4E168JA05
(57)【要約】
【課題】レーザー加工でサンドブラスト加工と同様の模様を形成することができる時計部品の加工方法と、この加工方法で加工された時計部品とを提供すること。
【解決手段】時計部品の基材に対してパルスレーザーを照射することによって、基材の加工領域に複数の加工痕を形成する時計部品の加工方法であって、パルスレーザーのスポット径Rを、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定し、パルスレーザーの走査速度をVmm/s、パルスレーザーの周波数をfkHz、加工痕が重なる部分長さをαμmとしたときに、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように、走査速度Vおよび周波数fを設定し、パルスレーザーを照射する照射オン時間Tonと、パルスレーザーを照射しない照射オフ時間Toffと、をランダムに設定することを特徴とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
時計部品の基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕を形成する時計部品の加工方法であって、
前記パルスレーザーのスポット径Rを、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定し、
前記パルスレーザーの走査速度をVmm/s、前記パルスレーザーの周波数をfkHz、前記加工痕が重なる部分長さをαμmとしたときに、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように、走査速度Vおよび周波数fを設定し、
前記パルスレーザーを照射する照射オン時間Tonと、前記パルスレーザーを照射しない照射オフ時間Toffと、をランダムに設定する
ことを特徴とする時計部品の加工方法。
【請求項2】
請求項1に記載の時計部品の加工方法において、
前記基材の加工領域に対する前記加工痕の総面積の割合は、65%以上である
ことを特徴とする時計部品の加工方法。
【請求項3】
請求項1に記載の時計部品の加工方法において、
前記パルスレーザーのスポット径Rは、20μm以上、80μm以下の範囲で設定する
ことを特徴とする時計部品の加工方法。
【請求項4】
請求項1に記載の時計部品の加工方法において、
前記パルスレーザーの走査経路は、平行に並んでいる
ことを特徴とする時計部品の加工方法。
【請求項5】
請求項1に記載の時計部品の加工方法において、
前記パルスレーザーの走査経路は、
各走査経路が平行に並んだ第1走査経路と、
前記第1走査経路と交差し、かつ、各走査経路が平行に並んだ第2走査経路とを備える
ことを特徴とする時計部品の加工方法。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載の時計部品の加工方法において、
前記平行に並んだ各走査経路間の間隔は、前記パルスレーザーのスポット径R以下に設定されている
ことを特徴とする時計部品の加工方法。
【請求項7】
請求項1に記載の時計部品の加工方法において、
前記パルスレーザーは、ナノ秒レーザーである
ことを特徴とする時計部品の加工方法。
【請求項8】
基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕を形成した時計部品であって、
前記加工痕は、前記パルスレーザーの走査方向である第1方向に連なって形成され、
前記加工痕の前記第1方向に直交する幅方向の長さは、12.5μm以上、200μm以下であり、
前記加工痕の幅方向の長さと、前記第1方向の長さの比は、1:1~50である
ことを特徴とする時計部品。
【請求項9】
請求項8に記載の時計部品において、
前記基材の加工領域に対する前記加工痕の総面積の割合は、65%以上である
ことを特徴とする時計部品。
【請求項10】
請求項8に記載の時計部品において、
前記加工痕は、前記第1方向に連なって形成される加工痕と、前記第1方向に交差する第2方向に連なって形成される加工痕とを有する
ことを特徴とする時計部品。
【請求項11】
請求項8に記載の時計部品において、
前記時計部品は、文字板、ケース、裏蓋、地板、回転錘、2番受、輪列受のいずれかである
ことを特徴とする時計部品。
【請求項12】
請求項8に記載の時計部品において、
前記基材は、真鍮、チタン、ステンレス、純鉄、洋白、ジュラルミン、鋼、およびそれらの合金のいずれかである
ことを特徴とする時計部品。
【請求項13】
時計部品の基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕が形成された時計部品であって、
前記パルスレーザーのスポット径Rは、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定され、
前記パルスレーザーの走査速度をVmm/s、前記パルスレーザーの周波数をfkHz、前記加工痕が重なる部分長さをαμmとしたときに、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように、走査速度Vおよび周波数fが設定され、
前記加工痕の走査方向の長さ、および、前記走査方向における各加工痕間の長さがそれぞれランダムである
ことを特徴とする時計部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計部品の加工方法および時計部品に関する。
【背景技術】
【0002】
文字板、ケース、裏蓋、地板などの各種の時計部品に対し、艶消し模様を形成する場合、サンドブラスト加工によって模様を形成することが一般的である。ただし、サンドブラスト加工は、模様によってメディアの種類を変更するなど、管理が煩雑である。そのため、特許文献1に記載されたように、レーザー加工によって、艶消し模様を描くことが提案されている。
【0003】
特許文献1では、装飾品表面のメッキ層の一部に、レーザー光線の照射によってハート等の艶消し模様を形成するものである。そのため、特許文献1では、レーザー光線で加工された艶消し模様が、メッキ層による鏡面部分と区別できればよいため、レーザー光線の照射条件は特に検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-78494号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者が鋭意研究した結果、単にレーザー光線を照射するだけでは、文字板全体にサンドブラスト加工した場合と同様のマット感が得られる模様を実現することが困難であった。このため、レーザー加工でサンドブラスト加工と同様の模様を形成することができる時計部品の加工方法と、この加工方法で加工された時計部品とが求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の時計部品の加工方法は、時計部品の基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕を形成する時計部品の加工方法であって、前記パルスレーザーのスポット径Rを、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定し、前記パルスレーザーの走査速度をVmm/s、前記パルスレーザーの周波数をfkHz、前記加工痕が重なる部分長さをαμmとしたときに、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように、走査速度Vおよび周波数fを設定し、前記パルスレーザーを照射する時間Tonと、照射しない時間Toffとをランダムに設定することを特徴とする。
【0007】
本開示の時計部品は、基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕を形成した時計部品であって、前記加工痕は、前記パルスレーザーの走査方向である第1方向に連なって形成され、前記加工痕の前記第1方向に直交する幅方向の長さは、12.5μm以上、200μm以下であり、前記加工痕の幅方向の長さと、前記第1方向の長さの比は、1:1~50であることを特徴とする。
【0008】
本開示の時計部品は、時計部品の基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕が形成された時計部品であって、前記パルスレーザーのスポット径Rは、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定され、前記パルスレーザーの走査速度をVmm/s、前記パルスレーザーの周波数をfkHz、前記加工痕が重なる部分長さをαμmとしたときに、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように、走査速度Vおよび周波数fが設定され、前記加工痕の走査方向の長さ、および、前記走査方向における各加工痕間の長さがそれぞれランダムであることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】第1実施形態の時計を示す正面図である。
図2】第1実施形態のレーザー照射装置を示す模式断面図である。
図3】第1実施形態のパルスレーザーの走査方向および加工痕を示す模式平面図である。
図4】第1実施形態の模様パターンを示す模式平面図である。
図5】第1実施形態の加工痕を示す模式断面図であり、(A)はナノ秒レーザーによる加工例であり、(B)はフェムト秒レーザーによる加工例である。
図6】第1実施形態の加工領域を示す図である。
図7】第2実施形態の模様パターンを示す模式平面図である。
図8】第2実施形態の加工領域を示す図である。
図9】変形例の模様パターンを示す模式平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[第1実施形態]
以下、本開示の第1実施形態の時計1を図面に基づいて説明する。
図1は、時計1を示す正面図である。本実施形態では、時計1は、ユーザーの手首に装着される腕時計として構成される。
図1に示すように、時計1は、金属製の外装ケース2を備える。外装ケース2の内部には、円板状の文字板10と、秒針3、分針4、時針5と、りゅうず7と、Aボタン8と、Bボタン9とを備える。文字板10には、時刻を指示するためのアワーマーク6が設けられている。また、文字板10の裏側には、図示略のムーブメント等が備えられている。
【0011】
時計1の文字板10の表面には、サンドブラスト加工と同様の模様がレーザー加工によって形成されている。
文字板10に対するレーザー加工方法について、図2および図3を参照して説明する。なお、文字板10を構成する基材10Aは、真鍮、チタン、ステンレス、純鉄、洋白、ジュラルミン、鋼、およびそれらの1種を含む合金等の金属材料で構成される。なお、基材10Aの材料は、これらに限定されず、時計部品に用いられ、かつ、レーザー加工が可能な材料であればよい。
【0012】
文字板10の基材10Aにパルスレーザーを照射するレーザー照射装置20は、図2に示すように、レーザー照射部21と、図示略の移動機構と、制御装置26とを備える。
レーザー照射部21は、レーザー発光部22と、集光光学系23とを備える。レーザー発光部22は、パルスレーザー24としてパルス幅がナノ秒レベルであるナノ秒レーザーを照射する。
集光光学系23は、パルスレーザー24を集光部24Aに集光する。集光部24Aではパルスレーザー24のエネルギーが大きいので、基材10Aの表面から金属粒子を除去する。パルスレーザー24を基材10Aに1回照射すると、図3にも示すように、集光光学系23によって制御されるスポット径Rの凹部つまり加工痕31が基材10Aの表面の加工領域30に形成される。
本実施形態では、レーザー照射部21は、周波数f=160kHz、スポット径R=30μmとなるパルスレーザー24を照射するように設定されている。
【0013】
移動機構は、例えば、加工対象である基材10Aが載置されるテーブルをX軸方向およびY軸方向に移動させる機構などであり、基材10Aに対してレーザー照射部21から照射されるパルスレーザー24を、相対的に走査方向に移動できるものであればよい。本実施形態の移動機構は、図3に示すように、基材10Aに対してレーザー照射部21を相対的にX1方向に移動させた後、Y1方向に所定のピッチPだけ移動させ、その後、X2方向に移動させた後、Y1方向にピッチPだけ移動させる動作を繰り返している。したがって、本実施形態では、X軸方向が第1方向である。
本実施形態では、制御装置26は、移動装置を制御して、基材10Aに対してレーザー照射部21を1500mm/sの走査速度VでX1方向およびX2方向に移動させ、Y1方向の間隔であるピッチPはスポット径Rの0.3倍~1.15倍の範囲に設定している。ピッチPをスポット径Rの0.3倍未満に設定すると、隣り合う加工痕31の重複面積が大きくなり、加工効率が低下する。ピッチPをスポット径Rの1.15倍よりも大きくすると、未加工領域が多くなり、時計部品としての美観が低下する。このため、ピッチPは、スポット径Rの0.3倍~1.15倍の範囲に設定することが好ましい。さらに、ピッチPは、スポット径Rの0.3倍~1倍範囲に設定することがより好ましい。
【0014】
パルスレーザー24でスポット径Rの加工痕31を連続して形成した場合、図3に示すように、各加工痕31が重なる部分の走査方向の長さαは、α=R-V/fである。ここで、V/fは、周波数fのパルスレーザー24が連続して照射された際に、パルスレーザー24が1周期で進む距離、つまりパルスレーザー24の照射位置から次のパルスレーザー24の照射位置までの移動距離である。
本実施形態では、走査方向に連続する加工痕31の一部が重なるように、つまり0≦α<Rとなるように設定している。本実施形態では、R=30μm、V=1500mm/s=1500000μm/s、f=160kHz=160000Hzであるため、α=30-9.375=20.625μmである。なお、各加工痕31の一部が重なるという表現には、各加工痕31が接触する状態も含んでおり、0=αはその状態を示している。すなわち、各加工痕31の一部が重なるとは、各加工痕31が隙間無く連なることを意味する。
【0015】
制御装置26は、パルスレーザー24の照射オン時間Tonおよび照射オフ時間Toffを交互に設定し、かつ、各照射オン時間Tonおよび照射オフ時間Toffをランダムな時間に制御している。これにより、レーザー加工による加工痕31が基材10Aの表面に不規則に形成され、サンドブラスト加工のような粗面加工が行われる。本実施形態では、パルスレーザー24の周波数f=160kHzであるため、パルスレーザー24の周期Tは6.25μmとなる。制御装置26は、照射オン時間Ton=T×Ronとし、照射オフ時間Toff=T×Roffとしている。ここで、Ron、Roffはランダムな整数であり、本実施形態ではRonは0~8の範囲のランダムな整数であり、Roffは0~6の範囲のランダムな整数である。
なお、ランダムとは、規則性がなく、無作為、不規則であることをいう。
【0016】
図4には、レーザー加工による加工痕31の形成パターンの一例が記載されている。図4のパターンは、図3と同じく、基材10Aに対してレーザー照射部21を相対的にX1方向に移動した後、Y1方向に所定ピッチ移動し、さらにX2方向に移動した後、Y1方向に所定ピッチ移動する。この往復加工パターンを繰り返して加工領域全体に加工痕31を形成している。
制御装置26は、レーザー照射部21がX1方向およびX2方向に移動中は、照射オン時間Tonおよび照射オフ時間Toffをランダムに設定し、パルスレーザー24の照射を制御する。また、制御装置26は、レーザー照射部21がY1方向に移動中は、パルスレーザー24の照射をオフに制御する。これにより、パルスレーザー24の照射による加工痕31は、走査方向であるX1方向およびX2方向に様々な長さで連続して形成され、かつ、非加工部分の長さもランダムに設定されるため、サンドブラスト加工と同様のランダムな加工痕31を形成できる。
なお、図4において、照射オン時間Tonが75.00μsの部分は、例えば、照射オン時間Ton=6.25×8=50μsと、照射オフ時間Toff=0μsと、照射オン時間Ton=6.25×4=25μsとが連続した部分である。照射オン時間Tonが75.00μsでは、13個の加工痕31が連続して形成され、その走査方向の長さは、30+9.375×12=142.5μmとなる。
照射オフ時間Toffが50.00μsの部分は、例えば、照射オフ時間Toff=6.25×6=37.5μsと、照射オン時間Ton=0μsと、照射オフ時間Toff=6.25×2=12.5μsとが連続した部分である。移動機構によるパルスレーザー24の走査速度Vは1500mm/sであり、50μsの時間では75μm進むため、照射オフの直前の加工痕31と、直後の加工痕31の間隔は45μmである。
【0017】
以上の加工条件により、本実施形態の加工痕31は、第1方向であるX軸方向に直交する幅方向つまりY軸方向の長さは、スポット径Rである30μmである。また、複数の加工痕31が第1方向に連なって形成された加工痕31の第1方向の長さは、スポット径Rの1倍~50倍の範囲に設定される。
【0018】
図5は、レーザー加工を行った際の基材10Aの断面を模式的に示す図であり、(A)はナノ秒レーザーを照射した場合を示し、(B)はフェムト秒レーザーを照射した場合を示す。
図5に示すように、ナノ秒レーザーは、ピコ秒レーザーやフェムト秒レーザーに比べて加工痕31が大きくなり、サンドブラスト加工に近づけることができる。また、図5に二点鎖線で示すように、基材10Aの表面に切削加工による凹凸35が形成されている場合、ピコ秒レーザーやフェムト秒レーザーで加工すると、基材10Aの凹凸35に沿って面を荒らす加工となるため、切削加工の痕が残ってしまう。一方、ナノ秒レーザーを照射すると、切削加工の凹凸35の影響を軽減できる。
【0019】
次に、基材10Aに対してレーザー加工を行う場合の作業手順について説明する。
最初に制御装置26に加工条件を設定する。加工条件は、レーザー照射部21から照射されるパルスレーザー24の出力レベル、スポット径R、周波数f、走査速度V、加工領域、走査経路、照射オン時間Ton、照射オフ時間Toffなどである。なお、レーザー照射装置20の構造上、スポット径R、周波数f等が変更できない場合は、変更可能な他の条件を設定する。
パルスレーザー24の出力レベルは、加工対象の基材10Aの材質などで設定すればよい。また、走査速度Vは、スポット径R、周波数fとともに、走査方向に連続する加工痕31の重複部分の長さαを設定するものであるため、長さαをどの程度に設定するかを踏まえて設定すればよい。
加工領域は、加工対象の部品種類やサイズに応じて設定する。例えば、文字板10であれば、文字板のサイズと、サブダイヤルの有無などのデザインなどに応じて設定する。
走査経路は、加工領域内でどのような経路でナノ秒レーザーを照射するかを設定するものであり、走査方向や各経路間のピッチPなどを設定する。例えば、文字板10において、走査方向を3時および9時を結ぶ方向に平行に設定したり、12時および6時を結ぶ方向に平行に設定したり、あるいは、1.5時および7.5時を結ぶ方向や、4.5時および10.5時を結ぶ方向に平行に設定すればよい。また、走査経路間のピッチPは、加工痕31の重なり具合に影響するため、加工効率や加工痕31によるデザインなどに応じて設定すればよい。
照射オン時間Ton、照射オフ時間Toffは、走査方向に沿った加工痕31のサイズや間隔を設定するものであり、本実施形態では、前述したように、パルスレーザー24の周期の倍数を乱数で設定することで、パターン化されていない不規則な加工痕31を形成している。また、照射オン時間Tonを設定するRonの上限値を、照射オフ時間Toffを設定するRoffよりも大きくし、さらに、各走査経路間のピッチPをスポット径R以下に設定することで、加工領域30における加工痕31の面積割合を65%以上に調整している。
【0020】
制御装置26は、設定された加工条件に応じてレーザー照射装置20を制御し、文字板10の基材10Aの表面にレーザー加工によって加工痕31を形成する。
図6は、レーザー加工が実行された加工領域30と、加工領域30の一部を拡大した拡大領域30Aとを示す。図6の拡大領域30Aでは、パルスレーザー24は図6の上下方向に沿って走査されるため、加工痕31も上下方向に沿って形成されている。
【0021】
[第1実施形態の効果]
第1実施形態によれば、前述した加工条件により、パルスレーザー24を用いた加工方法で加工痕31を形成しているので、基材10Aに粗面加工を施す際に、サンドブラスト加工に比べて加工効率を向上でき、時計部品の生産性も向上できる。
すなわち、パルスレーザー24のスポット径Rを、サンドブラスト加工で用いられるメディアの粒径と同程度のサイズである12.5μm以上、200μm以下の範囲である30μmに設定したので、パルスレーザー24の照射による加工痕31のサイズをサンドブラスト加工と同程度にでき、サンドブラスト加工と同様の模様を加工できる。
パルスレーザー24の走査速度をVmm/sと、パルスレーザー24の周波数fkHzを、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように設定しているので、パルスレーザー24で走査方向である第1方向に沿って連続して加工痕31を形成した際に、各加工痕31をつなげて形成することができる。さらに、パルスレーザー24を照射する照射オン時間Tonと、照射しない照射オフ時間Toffとをランダムに設定しているので、走査方向に連続する加工痕31の長さと、各加工痕31間の隙間の長さとをランダムに設定でき、基材10Aの表面にサンドブラスト加工と同様の粗面加工をレーザー加工によって行うことができる。
パルスレーザー24の照射で基材10Aを加工しているので、レーザー加工時の加工条件の変更のみで複数種類の粗面加工を行うことができる。また、設定した加工領域のみにパルスレーザー24を照射すればよく、マスキングが不要であるため、加工時の作業量を軽減できる。さらに、レーザー加工では、基材10Aの硬度に依存せずに加工でき、高硬度鋼なども加工することができる。
以上により、上記の加工条件のパルスレーザー24を用いて加工することにより、サンドブラスト加工と同様の粗面加工を実行できて時計部品である文字板10の美観を向上でき、かつ、サンドブラスト加工のように複数メディアやマスキングが不要なため、生産性を向上できる。
【0022】
加工領域30の面積に対し、加工痕31の総面積の割合を65%以上に設定しているので、加工痕31が形成されない非加工領域の面積を小さくでき、サンドブラスト加工により近い粗面加工の模様を形成できる。さらに、加工痕31の総面積の割合は、乱数Ron、乱数Roff、ピッチPを設定すればよいので容易に設定できる。
【0023】
パルスレーザー24の走査経路を、第1方向であるX軸、つまりX1方向およびX2方向に設定することで、各走査経路を平行に並べているので、加工領域30の全体を効率的に加工できる。その上、パルスレーザー24は、X1方向の走査およびX2方向の走査を交互に実行するため、例えば、X1方向のみにパルスレーザー24を走査する場合に比べて効率的に加工できる。
【0024】
平行に並んだ各走査経路間のピッチPを、スポット径R以下に設定しているので、未加工面の面積を低減できて時計部品である文字板10の美観を向上できる。
【0025】
パルスレーザー24としてナノ秒レーザーを用いているので、パルス幅がより短いピコ秒レーザーやフェムト秒レーザーに比べて基材10Aの表面を荒らすことができ、時計部品である文字板10に適した粗面加工を実現できる。また、ナノ秒レーザーを用いたので、レーザー加工前の切削加工などで基材10Aの表面に形成された凹凸35を除去することができ、基材10Aに形成された切削痕の影響を軽減することができる。
【0026】
[第2実施形態]
第2実施形態は、図7に示すように、パルスレーザー24の走査方向を第1方向と、第1方向に交差する第2方向の2方向に設定した点が第1実施形態と相違する。
すなわち、第2実施形態では、基材10Aに対して、Y軸方向に沿った第1方向にレーザー照射部21を往復させる第1加工工程の実行後、Y軸に対して45°の角度で交差する第2方向にレーザー照射部21を往復させる第2加工工程を実行している。第1加工工程および第2加工工程における走査方向以外の加工条件は、前記第1実施形態と同様に設定すればよい。
第1加工工程では、第1方向に連なる加工痕31が形成される。第2加工工程では、第2方向に連なる加工痕31が形成される。
図8は、第2実施形態によってレーザー加工が実行された加工領域の一部を拡大した拡大領域30Bを示す。図8の拡大領域30Bでは、パルスレーザー24は互いに交差する2方向に沿って走査されるため、加工痕31も2方向に沿って形成されている。
【0027】
第2実施形態によれば、互いに交差する第1走査経路および第2走査経路に沿って加工痕31を形成できるので、第1走査経路のみで加工痕31を形成した第1実施形態に比べて、加工痕31をより不規則に形成できる。したがって、レーザー加工による加工痕31を、サンドブラスト加工による加工痕により近づけることができる。
【0028】
[変形例]
パルスレーザー24の走査経路は、前記実施形態に限定されず、図9に示すように、走査経路の途中で方向を変更してもよい。
また、第2実施形態では、第1走査経路と第2走査経路の交差角度は45°であったが、交差角度は45°に限定されない。
さらに、パルスレーザー24の走査方向は2方向に限定されず、3方向以上でもよい。例えば、文字板であれば、12時および6時を結ぶ第1方向と、2時および8時を結ぶ第2方向と、4時および10時を結ぶ第3方向に沿ってパルスレーザー24を走査して粗面加工を行ってもよい。
【0029】
パルスレーザー24のスポット径Rは30μmに限定されず、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定すればよく、20μm以上、80μm以下の範囲に設定することがより好ましい。レーザー照射装置20において、複数のスポット径Rを設定可能である場合は、加工対象となる時計部品の種類に応じて設定すればよい。
パルスレーザー24の出力レベル、走査速度V、周波数f、照射オン時間Ton、照射オフ時間Toff等の加工条件も前記実施形態に限定されず、加工対象となる時計部品の種類や材質に応じて設定すればよい。
【0030】
加工領域30の面積に対する加工痕31の総面積の割合は65%以上に限定されず、65%未満でもよいが、加工痕31の総面積の割合が低下すると非加工面積が増えて美観が低下するため、65%以上であることが好ましい。また、加工領域30の面積に対する加工痕31の総面積の割合は100%でもよく、この上限値は加工効率と美観とのバランスを考慮して設定すればよい。
【0031】
レーザー加工される時計部品は、文字板10に限らず、ケース、裏蓋、地板、回転錘、2番受、輪列受等の各種の時計部品でもよい。また、加工領域は、時計部品の全面でもよいし、一部でもよく、走査経路も加工領域やデザインなどに応じて設定すればよい。
【0032】
[本開示のまとめ]
本開示の時計部品の加工方法は、時計部品の基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕を形成する時計部品の加工方法であって、前記パルスレーザーのスポット径Rを、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定し、前記パルスレーザーの走査速度をVmm/s、前記パルスレーザーの周波数をfkHz、前記加工痕が重なる部分長さをαμmとしたときに、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように、走査速度Vおよび周波数fを設定し、前記パルスレーザーを照射する照射オン時間Tonと、前記パルスレーザーを照射しない照射オフ時間Toffと、をランダムに設定することを特徴とする。
パルスレーザーのスポット径Rを、サンドブラスト加工で用いられるメディアの粒径と同程度のサイズである12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定したため、パルスレーザーの照射による加工痕のサイズをサンドブラスト加工と同程度にできる。
パルスレーザーの走査速度をVmm/sと、前記パルスレーザーの周波数fkHzを、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように設定しているので、パルスレーザーで走査方向に沿って連続して加工痕を形成した際に、各加工痕をつなげて形成することができる。さらに、パルスレーザーを照射する照射オン時間Tonと、照射しない照射オフ時間Toffとをランダムに設定しているので、走査方向に連続する加工痕の長さと、各加工痕間の隙間の長さとをランダムに設定でき、基材の表面にサンドブラスト加工と同様の粗面加工をレーザー加工によって行うことができる。
パルスレーザーの照射で基材を加工しているので、複数種類の粗面加工を行う場合でも、サンドブラスト加工のように複数種類のメディアを準備する必要が無く、レーザー加工時の加工条件の変更のみで複数種類の粗面加工を行うことができる。
サンドブラスト加工では、非加工領域にはマスキングが必要となるが、レーザー加工では設定した加工領域のみを加工でき、マスキングが不要であるため、加工時の作業量を軽減できる。
サンドブラスト加工では、基材の硬度よりもメディアの硬度が高くないと加工ができないが、レーザー加工では、基材の硬度に依存せずに加工でき、高硬度鋼なども加工することができる。
以上により、上記の加工条件のパルスレーザーを用いて加工することにより、基材に粗面加工を施す際に、サンドブラスト加工に比べて加工効率を向上でき、時計部品の生産性も向上できる。
【0033】
本開示の時計部品の加工方法において、前記基材の加工領域に対する前記加工痕の総面積の割合は、65%以上であることが好ましい。
加工領域の面積に対し、加工痕の総面積の割合を65%以上にすることで、加工痕が形成されない非加工領域の面積が小さくなるため、サンドブラスト加工により近い粗面加工の模様を形成できる。
【0034】
本開示の時計部品の加工方法において、前記パルスレーザーのスポット径Rは、20μm以上、80μm以下の範囲で設定することが好ましい。
パルスレーザーのスポット径Rを20μm以上、80μm以下の範囲に設定することで、時計部品における従来のサンドブラスト加工と同程度のサイズの加工痕を形成でき、従来と同等の模様を効果的に再現できる。
【0035】
本開示の時計部品の加工方法において、前記パルスレーザーの走査経路は、平行に並んでいることが好ましい。
各走査経路を平行に並べることにより、加工領域全体を効率的に加工することができる。
【0036】
本開示の時計部品の加工方法において、前記パルスレーザーの走査経路は、各走査経路が平行に並んだ第1走査経路と、前記第1走査経路と交差し、かつ、各走査経路が平行に並んだ第2走査経路とを備えることが好ましい。
互いに交差する第1走査経路および第2走査経路に沿って加工痕を形成できるので、第1走査経路のみで加工痕を形成する場合に比べて、加工痕をより不規則に形成できる。したがって、レーザー加工による加工痕を、よりサンドブラスト加工による加工痕に近づけることができる。
【0037】
本開示の時計部品の加工方法において、前記平行に並んだ各走査経路間の間隔は、前記パルスレーザーのスポット径R以下に設定されていることが好ましい。
平行に並んだ各走査経路間の間隔を、スポット径Rよりも大きくすると、加工痕が形成されない未加工面の面積が増えて時計部品としての美観が低下するが、前記間隔をスポット径R以下にすることで、未加工面の面積を低減できて美観を向上できる。
【0038】
本開示の時計部品の加工方法において、前記パルスレーザーは、ナノ秒レーザーであることが好ましい。
パルス幅がナノ秒領域であるナノ秒レーザーは、パルス幅がより短いピコ秒レーザーやフェムト秒レーザーに比べて加工面を荒らすことができ、時計部品の粗面加工として適している。また、ナノ秒レーザーの場合、レーザー加工前の切削加工などで基材の表面に形成された凹凸を除去して切削痕の影響を軽減することができる。
【0039】
本開示の時計部品は、基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕を形成した時計部品であって、前記加工痕は、前記パルスレーザーの走査方向である第1方向に連なって形成され、前記加工痕の前記第1方向に直交する幅方向の長さは、12.5μm以上、200μm以下であり、前記加工痕の幅方向の長さと、前記第1方向の長さの比は、1:1~50であることを特徴とする。
加工痕の幅方向の長さが12.5μm以上、200μm以下であり、サンドブラスト加工で用いられるメディアの粒径と同程度のサイズであるため、パルスレーザーの照射による加工痕のサイズをサンドブラスト加工と同程度にできる。
パルスレーザーで走査方向に沿って連続して加工痕を形成した際に、各加工痕をつなげて形成することで、加工痕の幅方向の長さと走査方向の長さの比を、1:1~50としているので、走査方向に連続する加工痕の長さを幅方向の長さの1~50倍の範囲でランダムに設定でき、レーザー加工によって基材表面に対してサンドブラスト加工と同様の粗面加工を行うことができる。
パルスレーザーの照射で基材を加工しているので、複数種類の粗面加工を行う場合に、サンドブラスト加工のように複数のメディアを準備する必要が無く、レーザー加工時の加工条件の変更のみで複数種類の粗面加工を行うことができる。
サンドブラスト加工では、非加工領域にはマスキングが必要となるが、レーザー加工では設定した加工領域のみを加工でき、マスキングが不要であるため、加工作業を軽減できる。
サンドブラスト加工では、基材の硬度よりもメディアの硬度が高くないと加工ができないが、レーザー加工では、基材の硬度に依存せずに加工でき、高硬度鋼なども加工することができる。
以上により、サンドブラスト加工に比べて加工効率を向上でき、時計部品の生産性も向上できる。
【0040】
本開示の時計部品において、前記基材の加工領域に対する前記加工痕の総面積の割合は、65%以上であることが好ましい。
加工領域の面積に対し、加工痕の総面積の割合を65%以上にすることで、加工痕が形成されない非加工領域の面積が小さくなるため、サンドブラストに近い粗面加工の模様を形成できる。
【0041】
本開示の時計部品において、前記加工痕は、前記第1方向に連なって形成される加工痕と、前記第1方向に交差する第2方向に連なって形成される加工痕とを有することが好ましい。
互いに交差する第1方向および第2方向に連なって形成される各加工痕を有するため、第1方向のみに連なる加工痕のみを形成する場合に比べて、加工痕をより不規則に形成できる。したがって、レーザー加工による加工痕を、サンドブラスト加工による加工痕により近づけることができる。
【0042】
本開示の時計部品は、文字板、ケース、裏蓋、地板、回転錘、2番受、輪列受のいずれかであることが好ましい。
これらの時計部品にサンドブラストと同等の粗面加工を行うことで、意匠性を向上できる。
【0043】
本開示の時計部品において、前記基材は、真鍮、チタン、ステンレス、純鉄、洋白、ジュラルミン、鋼、およびそれらの合金のいずれかであることが好ましい。
基材として各種の金属材を用い、レーザー加工により粗面加工を施すことで、高級感のある時計部品を提供することができる。また、レーザー加工では、基材の種類に応じて出力などを調整することで容易に加工することができ、かつ、加工領域の設定も容易であるため、サンドブラスト加工に比べて生産性も向上できる。
【0044】
本開示の時計部品は、時計部品の基材に対してパルスレーザーを照射することによって、前記基材の加工領域に複数の加工痕が形成された時計部品であって、前記パルスレーザーのスポット径Rは、12.5μm以上、200μm以下の範囲で設定され、前記パルスレーザーの走査速度をVmm/s、前記パルスレーザーの周波数をfkHz、前記加工痕が重なる部分長さをαμmとしたときに、α=R-V/f、0≦α<Rの条件を満たすように、走査速度Vおよび周波数fが設定され、前記加工痕の走査方向の長さ、および、前記走査方向における各加工痕間の長さがそれぞれランダムであることを特徴とする。
本開示の時計部品によれば、サンドブラスト加工に比べて加工効率を向上でき、時計部品の生産性も向上できる。
【符号の説明】
【0045】
1…時計、10…文字板、10A…基材、20…レーザー照射装置、21…レーザー照射部、22…レーザー発光部、23…集光光学系、24…パルスレーザー、26…制御装置、30…加工領域、30A…拡大領域、30B…拡大領域、31…加工痕。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9