(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024093652
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】乾湿感評価方法、乾湿感評価プログラム、および乾湿感評価装置
(51)【国際特許分類】
G01N 19/02 20060101AFI20240702BHJP
【FI】
G01N19/02 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210169
(22)【出願日】2022-12-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST)、「適応型マルチフィジックス触覚技術と価値評価」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高尾 英邦
(57)【要約】
【課題】測定対象物の乾湿感を評価できる方法を提供する。
【解決手段】乾湿感評価方法は、接触子を測定対象物に押し当てながら掃引して測定した複数の異なる垂直荷重における動摩擦力から求められた垂直荷重と動摩擦力との関係または垂直荷重と動摩擦係数との関係を指標として測定対象物の乾湿感を評価する。垂直荷重と動摩擦力との関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングして得られたパラメータを指標として測定対象物の乾湿感を評価してもよい。垂直荷重と動摩擦係数との関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングして得られたパラメータを指標として測定対象物の乾湿感を評価してもよい。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
接触子を測定対象物に押し当てながら掃引して測定した複数の異なる垂直荷重における動摩擦力から求められた前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係または前記垂直荷重と動摩擦係数との関係を指標として前記測定対象物の乾湿感を評価する
ことを特徴とする乾湿感評価方法。
【請求項2】
前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングして得られたパラメータを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価する
ことを特徴とする請求項1記載の乾湿感評価方法。
【請求項3】
前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係を示す複数の測定点を式(I)でフィッティングして得られたbまたはb/aを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価する
ことを特徴とする請求項2記載の乾湿感評価方法。
F=aN+b (I)
ここで、Fは動摩擦力、Nは垂直荷重、aおよびbは係数である。
【請求項4】
前記垂直荷重と前記動摩擦係数との関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングして得られたパラメータを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価する
ことを特徴とする請求項1記載の乾湿感評価方法。
【請求項5】
前記垂直荷重と前記動摩擦係数との関係を示す複数の測定点を式(II)でフィッティングして得られたbまたはb/aを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価する
ことを特徴とする請求項4記載の乾湿感評価方法。
μ=b/N+a (II)
ここで、μは動摩擦係数、Nは垂直荷重、aおよびbは係数である。
【請求項6】
低荷重領域における前記動摩擦係数と高荷重領域における前記動摩擦係数との差分を指標として前記測定対象物の乾湿感を評価する
ことを特徴とする請求項1記載の乾湿感評価方法。
【請求項7】
予め機械学習が行われた学習器を用いて抽出した前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係または前記垂直荷重と前記動摩擦係数との関係を表す特徴量を指標として前記測定対象物の乾湿感を評価する
ことを特徴とする請求項1記載の乾湿感評価方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載の乾湿感評価方法をコンピュータに実行させる
ことを特徴とする乾湿感評価プログラム。
【請求項9】
請求項8記載の乾湿感評価プログラムがインストールされたコンピュータからなる
ことを特徴とする乾湿感評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乾湿感評価方法、乾湿感評価プログラム、および乾湿感評価装置に関する。さらに詳しくは、本発明は、人間の皮膚が感じる乾湿感を再現した乾湿感評価方法、乾湿感評価プログラム、および乾湿感評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人間の触覚を工学的に模した触覚センサとして種々のものが開発されている。例えば、特許文献1には微小な接触子を有する触覚センサが開示されている。触覚センサを測定対象物に押し当てながら掃引し、接触子の変位を検出することで、測定対象物表面の微細な凹凸および微小領域の摩擦力を検知できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人間の皮膚で起こる感覚の一つに乾湿感がある。乾湿感は皮膚と接した物体がさらさらしているか、潤っているかという感覚である。また、人間にとって適度で心地よい潤いを有する物体に触れるとしっとり感が得られる。しっとり感は適度な潤いの場合に得られる感覚である。例えば、なめし革に触れるとしっとり感が得られ、その感覚が高級感につながる。また、美容健康分野では肌のしっとり感が重量な指標となっている。
【0005】
しっとり感は対象物の含水状態だけでなく、対象物表面の平滑度などにも影響すると考えられている。また、しっとり感を得るには対象物の水分は不可欠ではないとも考えられている。そのため、対象物の含水量を測定しても乾湿感を正しく評価することができない。また、人間は対象物の表面を指先でなぞる「能動触動作」の最中にしっとり感を感じ取っている。そして、人間が指先で感じる乾湿感を再現して評価する方法は未だ確立されていない。
【0006】
本発明は上記事情に鑑み、人間の指先による知覚に近い方法で測定対象物の乾湿感を評価できる方法、プログラム、および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1態様の乾湿感評価方法は、接触子を測定対象物に押し当てながら掃引して測定した複数の異なる垂直荷重における動摩擦力から求められた前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係または前記垂直荷重と動摩擦係数との関係を指標として前記測定対象物の乾湿感を評価することを特徴とする。
第2態様の乾湿感評価方法は、第1態様において、前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングして得られたパラメータを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価することを特徴とする。
第3態様の乾湿感評価方法は、第2態様において、前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係を示す複数の測定点を式(I)でフィッティングして得られたbまたはb/aを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価することを特徴とする。
F=aN+b (I)
ここで、Fは動摩擦力、Nは垂直荷重、aおよびbは係数である。
第4態様の乾湿感評価方法は、第1態様において、前記垂直荷重と前記動摩擦係数との関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングして得られたパラメータを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価することを特徴とする。
第5態様の乾湿感評価方法は、第4態様において、前記垂直荷重と前記動摩擦係数との関係を示す複数の測定点を式(II)でフィッティングして得られたbまたはb/aを指標として前記測定対象物の乾湿感を評価することを特徴とする。
μ=b/N+a (II)
ここで、μは動摩擦係数、Nは垂直荷重、aおよびbは係数である。
第6態様の乾湿感評価方法は、第1態様において、低荷重領域における前記動摩擦係数と高荷重領域における前記動摩擦係数との差分を指標として前記測定対象物の乾湿感を評価することを特徴とする。
第7態様の乾湿感評価方法は、第1態様において、予め機械学習が行われた学習器を用いて抽出した前記垂直荷重と前記動摩擦力との関係または前記垂直荷重と前記動摩擦係数との関係を表す特徴量を指標として前記測定対象物の乾湿感を評価することを特徴とする。
第8態様の乾湿感評価プログラムは、第1~第7態様のいずれかの乾湿感評価方法をコンピュータに実行させることを特徴とする。
第9態様の乾湿感評価装置は、第8態様の乾湿感評価プログラムがインストールされたコンピュータからなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、人間の指先による知覚に近い方法で測定対象物の乾湿感を評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】一実施形態に係る乾湿感評価装置の全体構成図である。
【
図2】一実施形態に係る乾湿感評価装置の機能ブロック図である。
【
図3】図(A)は小さい垂直荷重で接触子を測定対象物に押し当てながら掃引したときの説明図である。図(B)は大きい垂直荷重で接触子を測定対象物に押し当てながら掃引したときの説明図である。
【
図4】垂直荷重と動摩擦力との関係を示すグラフである。
【
図5】垂直荷重と動摩擦係数との関係を示すグラフである。
【
図6】低荷重領域における動摩擦係数と高荷重領域における動摩擦係数との比較の説明図である。
【
図9】触覚センサから得られる各種信号の波形を示すグラフおよび各種信号を変化して得られるグラフの例である。
【
図11】図(A)はクラフト紙を測定して得られた垂直荷重および摩擦力の波形である。図(B)は測定データを垂直荷重と摩擦力との関係に変換した散布図である。図(C)は測定データを垂直荷重と摩擦係数との関係に変換した散布図である。
【
図12】図(A)は人工皮革を測定して得られた垂直荷重および摩擦力の波形である。図(B)は測定データを垂直荷重と摩擦力との関係に変換した散布図である。図(C)は測定データを垂直荷重と摩擦係数との関係に変換した散布図である。
【
図13】図(A)は乾燥状態のコットン布地を測定して得られた垂直荷重および摩擦力の波形である。図(B)は測定データを垂直荷重と摩擦力との関係に変換した散布図である。図(C)は測定データを垂直荷重と摩擦係数との関係に変換した散布図である。
【
図14】図(A)は湿潤状態のコットン布地を測定して得られた垂直荷重および摩擦力の波形である。図(B)は測定データを垂直荷重と摩擦力との関係に変換した散布図である。図(C)は測定データを垂直荷重と摩擦係数との関係に変換した散布図である。
【
図15】図(A)は乾燥状態のレーヨン布地を測定して得られた垂直荷重および摩擦力の波形である。図(B)は測定データを垂直荷重と摩擦力との関係に変換した散布図である。図(C)は測定データを垂直荷重と摩擦係数との関係に変換した散布図である。
【
図16】図(A)は湿潤状態のレーヨン布地を測定して得られた垂直荷重および摩擦力の波形である。図(B)は測定データを垂直荷重と摩擦力との関係に変換した散布図である。図(C)は測定データを垂直荷重と摩擦係数との関係に変換した散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
(乾湿感評価装置、乾湿感評価プログラム)
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る乾湿感評価装置AAは、測定対象物Oの乾湿感を評価するための装置である。乾湿感は人間の皮膚で起こる感覚の一つであり、皮膚と接した物体がさらさらしているか、潤っているかという感覚である。また、人間にとって適度で心地よい潤いを有する物体に触れるとしっとり感が得られる。しっとり感は適度な潤いの場合に得られる感覚である。乾湿感評価装置AAは機械的な接触子10を用いた測定により得られたデータに基づき乾湿感を評価する。
【0011】
乾湿感評価装置AAは、CPU、メモリなどで構成されたコンピュータからなる。コンピュータに乾湿感評価プログラムをインストールすることで、乾湿感評価装置AAとしての機能が実現する。乾湿感評価プログラムはコンピュータ読み取り可能な記憶媒体(非一過性のものを含む)に記憶してもよい。
【0012】
図2に示すように、乾湿感評価装置AAは記憶部21および評価部22を有する。これらは、ハードウエアで構成されてもよいし、プログラムをコンピュータにインストールすることにより実現してもよい。また、乾湿感評価装置AAは、キーボード、マウスなどの入力装置、およびディスプレイなどの出力装置を有してもよい。
【0013】
記憶部21としてハードディスクなどの記憶装置を用いることができる。記憶部21には測定対象物Oを測定して得られた測定データが記憶されている。測定データは接触子10などを構成要素とする測定機器により生成され、測定機器から直接、または、記録媒体などを介して記憶部21に記憶される。
【0014】
評価部22は記憶部21に記憶された測定データを読み込み、分析して、乾湿感を評価する。評価部22は測定機器により生成された測定データを直接処理して、リアルタイムで乾湿感を評価してもよい。この場合、記憶部21はなくてもよい。なお、乾湿感の評価方法は後述する。
【0015】
図3(A)に示すように、測定データは接触子10を測定対象物Oに押し当てながら測定対象物Oの表面に沿って掃引することにより得られる。ここで、接触子10から測定対象物Oに作用する垂直荷重をN
1とする。また、接触子10と測定対象物Oとの間に生じる動摩擦力をF
1とする。測定データは垂直荷重N
1と動摩擦力F
1の組み合わせを含む。
【0016】
また、
図3(B)に示すように、N
1とは異なる垂直荷重N
2における動摩擦力F
2も測定データに含まれる。すなわち、測定データは複数の異なる垂直荷重における動摩擦力を含む。
【0017】
測定は、接触子10を測定対象物Oの表面に沿って掃引する一回の動作の中で垂直荷重を変化させながら行えばよい。この際、垂直荷重の変化は、測定対象物Oの表面形状などによる偶発的なものでもよい。
図3(A)、(B)に示すように、接触子10先端部の幅を測定対象物O表面の凹凸の半周期よりも小さくすれば、掃引の過程で接触子10が測定対象物Oの凹凸に追従して上下動する。この場合、測定対象物Oの凹部では垂直荷重N
1が小さくなり(
図3(A))、凸部では垂直荷重N
2が大きくなる(
図3(B))。このように、測定対象物Oの表面形状によって一回の掃引動作の中で垂直荷重が偶発的に変化する。
【0018】
一回の掃引動作の中での垂直荷重の変化は、接触子10を測定対象物Oに押し当てる機構による意図的なものでもよい。また、測定は、垂直荷重を変更しながら接触子10を測定対象物Oに複数回接触させることにより行ってもよい。測定データに含まれる垂直荷重はセンサにより測定された値でもよいし、接触子10を測定対象物Oに押し当てる機構の設定値でもよい。測定データに含まれる動摩擦力は、通常、センサにより測定された値である。
【0019】
以上の測定で得られた測定データは、
図4に示すように、横軸を垂直荷重N、縦軸を動摩擦力Fとしたグラフにプロットできる。本願発明者は、人間の触覚としてしっとり感または適度な潤いを感じる物体は、垂直荷重Nと動摩擦力Fとの間に特徴的な関係が見られるとの知見を得ている。
【0020】
具体的には、さらさらしている物体(潤いを感じにくい物体)の場合、動摩擦力Fは垂直荷重Nに比例するという傾向がある。これはクーロン・アモントンの法則として一般に知られているとおりであり、垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係は以下の式(1)で表される。
図4に示すグラフでは、さらさらしている物体の垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係は破線(F軸の切片が0の直線)で表される。
F=a
1N (1)
【0021】
一方、しっとりしている物体の場合、動摩擦力Fには垂直荷重Nとは無関係な成分が含まれる。この場合の垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係は以下の式(2)で表される。
図4に示すグラフでは、しっとりしている物体の垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係は実線(F軸の切片がbの直線)で表される。
F=a
2N+b (2)
【0022】
指先と物体との間に存在するわずかな水分により水滴または水膜が生成され、その表面張力が指先に作用する。表面張力は、特に、指先が物体に軽く触れた(垂直荷重が小さい)ときに、指先と物体との間に生じる吸着力または粘着力として表れる。この吸着力または粘着力が垂直荷重Nとは無関係に存在する摩擦力成分bに相当すると考えられる。
【0023】
動摩擦力を垂直荷重で除すると動摩擦係数が得られる。例えば、垂直荷重がN
1のときの動摩擦力がF
1であれば、動摩擦係数はμ
1=F
1/N
1である。また、垂直荷重がN
2のときの動摩擦力がF
2であれば、動摩擦係数はμ
2=F
2/N
2である。複数の異なる垂直荷重における動摩擦力から各垂直荷重における動摩擦係数を求めると、
図5に示すように、横軸を垂直荷重N、縦軸を動摩擦係数μとしたグラフに測定データをプロットできる。
【0024】
式(1)および式(2)の両辺を垂直荷重Nで除すると、動摩擦係数μを示す式(3)および(4)が得られる。
μ=a1 (3)
μ=b/N+a2 (4)
【0025】
式(3)はさらさらしている物体(潤いを感じにくい物体)の垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係を表している。
図5に示すグラフでは、さらさらしている物体の垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係は破線で表される。すなわち、さらさらしている物体は、垂直荷重Nの大小によらず動摩擦係数μが一定であるという傾向がある。
【0026】
式(4)はしっとりしている物体の垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係を表している。
図5に示すグラフでは、しっとりしている物体の垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係は実線で表される。すなわち、しっとりしている物体は、垂直荷重Nによって動摩擦係数μが変化する。式(4)に従えば、垂直荷重Nと動摩擦係数μとは反比例の関係にあり、また、垂直荷重が大きくなるほど動摩擦係数μは係数a
2に漸近する。
【0027】
以上のことから、本願発明者は、特に低荷重領域における垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係、または垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係を指標として測定対象物Oの乾湿感を評価することの着想を得た。
【0028】
クーロン・アモントンの法則によれば、摩擦力は垂直荷重に比例する。したがって、摩擦係数は垂直荷重によらず一定である。しかし、弾性体の場合、この法則は破れ、垂直荷重が小さいほど摩擦係数が大きくなる。物体の表面がなめらかであったり、湿り気があったりする場合、人間の皮膚が物体の表面に密着し、粘着力が生じる。実際、界面に水分が存在する場合、水の表面張力によって粘着力が発生していると考えられる。一方、界面に水分が存在しない場合であっても、弾性体が有する粘着性によって水の表面張力と錯覚することが起きる。このことは水分が無くても人間が対象物にしっとり感を感じるという観測事実とよく一致する。よって、この粘着力により人間の皮膚がしっとり感を感じていると考えることができる。また、粘着力により人間の皮膚に作用する力は弾性体との間に生じる摩擦力に近いと考えられる。したがって、垂直荷重と動摩擦力との関係を表す特徴量、または垂直荷重と動摩擦係数との関係を表す特徴量を指標とすれば、人間が指先などで感じる乾湿感を正しく再現して評価できる。
【0029】
(乾湿感評価方法)
評価部22は以上の原理に基づき乾湿感を評価する。すなわち、評価部22は、まず、測定データに含まれる複数の異なる垂直荷重Nにおける摩擦力Fから、垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係を求める。そして、垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係を指標として測定対象物Oの乾湿感を評価する。なお、垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係とは、垂直荷重Nが変化すると動摩擦力Fがどのように変化するかという特徴を意味する。
【0030】
例えば、評価部22は垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングし、得られたパラメータを指標として測定対象物Oの乾湿感を評価する。フィッティングには式(I)で示される一次関数を用いることができる。
F=aN+b (I)
ここで、Fは動摩擦力、Nは垂直荷重、aおよびbは係数である。
【0031】
乾湿感はフィッティングの結果得られた切片bの値を指標として評価できる。切片bが大きく正の値である場合にはしっとり感が強く、切片bが0(ゼロ)または絶対値が小さい場合にはさらさら感が強いと評価される。
【0032】
傾きaに対する切片bの比率であるb/aの値を指標として乾湿感を評価してもよい。比率b/aの絶対値が大きい場合にはしっとり感が強く、比率b/aの絶対値が小さい場合にはさらさら感が強いと評価される。
【0033】
フィッティングに用いる関数は一次関数に限られず、二次関数などの多項式でもよい。この場合でも、一次関数の場合と同様に、切片の値を指標として乾湿感を評価できる。
【0034】
評価部22は垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係を指標として測定対象物Oの乾湿感を評価してもよい。この場合、評価部22は、まず、測定データに含まれる複数の異なる垂直荷重Nにおける摩擦力Fから、各垂直荷重Nにおける動摩擦係数μを求める。つぎに、垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係を求め、その関係を指標として測定対象物Oの乾湿感を評価する。なお、垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係とは、垂直荷重Nが変化すると動摩擦係数μがどのように変化するかという特徴を意味する。
【0035】
例えば、評価部22は垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係を示す複数の測定点を予め定められた関数でフィッティングし、得られたパラメータを指標として測定対象物Oの乾湿感を評価する。フィッティングには式(II)で示される反比例の関係式を用いることができる。なお、式(II)は式(I)の両辺を垂直荷重Nで除したものである。
μ=b/N+a (II)
ここで、μは動摩擦係数、Nは垂直荷重、aおよびbは係数である。
【0036】
乾湿感はフィッティングの結果得られた係数bの値を指標として評価できる。係数bが大きい場合にはしっとり感が強く、係数bが0(ゼロ)または絶対値が小さい場合にはさらさら感が強いと評価される。
【0037】
係数aに対する係数bの比率であるb/aの値を指標として乾湿感を評価してもよい。比率b/aの絶対値が大きい場合にはしっとり感が強く、比率b/aの絶対値が小さい場合にはさらさら感が強いと評価される。
【0038】
垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係を示す複数の測定点を式(III)に示される指数関数でフィッティングしてもよい。式(III)はNを底とする指数関数と定数の和である。
μ=N-c+d (III)
【0039】
フィッティングの結果得られた指数cを指標として測定対象物Oの乾湿感を評価する。指数cが大きい場合にはしっとり感が強く、指数cが小さい場合にはさらさら感が強いと評価される。
【0040】
評価部22は低荷重領域における動摩擦係数と高荷重領域における動摩擦係数との差分を指標として測定対象物Oの乾湿感を評価してもよい。
図6に示すように、低荷重領域とは相対的に垂直荷重が小さい領域を意味し、高荷重領域とは相対的に垂直荷重が大きい領域を意味する。低荷重領域および高荷重領域は、測定機器の特性、接触子10の寸法、および人間がしっとり感を感じる水分含有量の対象物が生む粘着力または摩擦力の大きさに応じて、乾湿感の評価に適した範囲に設定される。
【0041】
具体的には、低荷重領域および高荷重領域のそれぞれにおいて特定の一の垂直荷重を選択し、動摩擦係数の差分を求めればよい。すなわち、低荷重領域に含まれる垂直荷重N1および高荷重領域に含まれる垂直荷重N2を選択する。そして、垂直荷重N1における動摩擦係数μ1と垂直荷重N2における動摩擦係数μ2との差を差分d(=μ1-μ2)とする。これに代えて、低荷重領域における動摩擦係数の平均値と高荷重領域における動摩擦係数の平均値との差を差分dとしてもよい。
【0042】
このようにして求めた差分dを指標として測定対象物Oの乾湿感を評価する。差分dが大きい場合にはしっとり感が強く、差分dが小さい場合にはさらさら感が強いと評価される。
【0043】
予め機械学習が行われた学習器を用いて、垂直荷重Nと動摩擦力Fとの関係を表す特徴量、または垂直荷重Nと動摩擦係数μとの関係を表す特徴量を抽出してもよい。学習器のアルゴリズムとしては、ニューラルネットワーク、サポートベクターマシンなどの公知のアルゴリズムを用いることができる。機械学習の方式としては、特に限定されないが、教師あり学習、強化学習、教師なし学習が挙げられる。学習器に測定データあるいは測定データを変換して得た垂直荷重と動摩擦係数の組み合わせを入力して、特徴量を出力させる。その特徴量を指標として測定対象物Oの乾湿感を評価してもよい。
【0044】
複数の試料に対して上記の方法で乾湿感評価の指標の値を求めるとともに、人間が感じる乾湿感を官能試験により数値化すれば、乾湿感評価の指標を人間が感じる乾湿感に変換することもできる。
【0045】
(触覚センサ)
乾湿感を評価する基礎となる測定データを得るのに用いられる測定機器の構成は特に限定されないが、例えば、
図7に示す触覚センサS1を用いることができる。
【0046】
触覚センサS1は全体として平板状である。触覚センサS1の全体的な寸法は特に限定されないが、例えば1~20mm四方である。触覚センサS1はその一側面(
図7における上側の側面)を測定対象物Oからの力を受けるセンシング面としている。
【0047】
触覚センサS1は略矩形のフレーム30を有する。フレーム30の側面のうちセンシング面の一部を構成する側面を基準面31と称する。フレーム30の中央部分には空間部32が形成されている。フレーム30の基準面31を有する部分に開口33が形成されている。空間部32は開口33を介してフレーム30の外部と連通している。
【0048】
以下、基準面31を基準としてx軸、y軸、z軸を定義する。x軸およびz軸は基準面31と平行な軸である。z軸はx軸に対して垂直である。x軸は触覚センサS1の幅方向に沿っており、z軸は触覚センサS1の厚さ方向に沿っている。y軸は基準面31に対して垂直な軸である。x-y平面は平板状の触覚センサS1が有する表裏の主面と平行である。x-z平面は基準面31と平行である。x軸に沿った方向をx軸方向、y軸に沿った方向をy軸方向、z軸に沿った方向をz軸方向と称する。
【0049】
フレーム30の開口33には接触子10が配置されている。接触子10は棒状の部材であり、その中心軸がy軸に沿って配置されている。接触子10の先端面(先端部の側面)はセンシング面の一部を構成する。接触子10の先端部の形状は特に限定されないが、半円形または扇形とすればよい。
【0050】
人間の触覚に近い検知を実現するという観点からは、接触子10の先端部は指紋を構成する隆線の断面と同様の形状、寸法を有することが好ましい。具体的には、接触子10の先端部を半円形とし、その直径を100~500μmとすることが好ましい。
【0051】
フレーム30の空間部32には支持体40が配置されている。支持体40は接触子10をフレーム30に対して支持する。支持体40は、一または複数の横梁41と、一または複数の縦梁42と、接続部43とからなる。横梁41は接触子10と接続部43との間に架け渡されている。縦梁42は接続部43とフレーム30との間に架け渡されている。
【0052】
横梁41は弾性を有しており、板ばねと同様の性質を有する。また、横梁41はx軸に沿って配置されている。したがって、横梁41は接触子10のy軸方向の変位を許容する。縦梁42は弾性を有しており、板ばねと同様の性質を有する。また、縦梁42はy軸に沿って配置されている。したがって、縦梁42は接触子10のx軸方向の変位を許容する。すなわち、接触子10はフレーム30(基準面31)に対してx軸方向およびy軸方向に変位可能に支持されている。なお、支持体40は、所望の弾性を得られればよく、梁以外の部材で構成してもよい。
【0053】
触覚センサS1のセンシング面に法線力(y軸方向の力)が作用すると、接触子10がy軸方向に変位する。また、触覚センサS1のセンシング面に接線力(x軸方向の力)が作用すると、接触子10がx軸方向に変位する。このような接触子10の変位を検出するために変位検出器50が設けられている。変位検出器50により接触子10のフレーム30(基準面31)に対する変位を検出できる。
【0054】
変位検出器50は支持体40に設けられている。変位検出器50は、接触子10のy軸方向の変位を検出する縦変位検出器51と、接触子10のx軸方向の変位を検出する横変位検出器52とからなる。縦変位検出器51として横梁41の歪を検出するピエゾ抵抗素子を用いることができる。横変位検出器52として縦梁42の歪を検出するピエゾ抵抗素子を用いることができる。
【0055】
なお、変位検出器50はピエゾ抵抗素子に限定されない。接触子10の変位により接触子10とフレーム30との距離が変化する。これを利用して、変位検出器50を接触子10とフレーム30との間の静電容量を検出する構成としてもよい。
【0056】
触覚センサS1は半導体基板を半導体マイクロマシニング技術により加工して形成できる。触覚センサS1の全体または一部を3次元プリンタによる造形技術により形成してもよい。
【0057】
触覚センサS1を用いて測定を行う際には、触覚センサS1のセンシング面を測定対象物Oに押し当てながら掃引する。
図8に示すように、触覚センサS1のセンシング面を測定対象物Oに押し当てると、基準面31は測定対象物Oの表面の凹凸のピークを結んだ平面に配置される。また、接触子10の先端は測定対象物Oと接触する。接触子10は触覚センサS1の押し当て力の反力により押し込まれ、y軸方向に変位する。
【0058】
触覚センサS1のセンシング面を測定対象物Oに押し当てたまま、測定対象物Oの表面に沿って掃引する。触覚センサS1を掃引すると、接触子10は測定対象物Oの表面の凹凸に沿ってy軸方向に変位する。また、接触子10は先端部と測定対象物Oとの間に働く摩擦力によりx軸方向に変位する。
【0059】
図9に上記操作により触覚センサS1から得られる各種信号の例を示す。
(1)のグラフは横軸が時間、縦軸が縦変位検出器51により検出された接触子10のy軸方向の変位である。横梁41の弾性率は既知であるため、接触子10のy軸方向の変位から垂直荷重を算出できる。すなわち、接触子10のy軸方向の変位は測定対象物Oに作用する垂直荷重を意味する。
【0060】
(2)のグラフは横軸が時間、縦軸が横変位検出器52により検出された接触子10のx軸方向の変位である。縦梁42の弾性率は既知であるため、接触子10のx軸方向の変位から接触子10にかかる摩擦力を算出できる。すなわち、接触子10のx軸方向の変位は接触子10と測定対象物Oとの間に働く摩擦力を意味する。
【0061】
(3)のグラフは横軸が垂直荷重、縦軸が動摩擦力である。このように、測定データを垂直荷重と動摩擦力との関係を示すグラフに変換できる。
【0062】
動摩擦力を垂直荷重で除すれば各測定点における動摩擦係数を求めることができる。(4)のグラフは横軸が垂直荷重、縦軸が動摩擦係数である。このように、測定データを垂直荷重と動摩擦係数との関係を示すグラフに変換することもできる。
【0063】
触覚センサS1を測定対象物Oの表面に沿って掃引する一回の動作の中で、測定対象物Oの表面の凹凸により、垂直荷重が変化する。したがって、一回の測定で複数の異なる垂直荷重における摩擦力を測定できる。そして、複数の異なる垂直荷重における動摩擦力および動摩擦係数を特定できる。
【0064】
測定機器として
図10に示す触覚センサS2を用いてもよい。
触覚センサS2は略立方体のフレーム30を有する。フレーム30の上面が基準面31である。フレーム30の中央部分には円柱状の空間部32が形成されている。空間部32の下側開口部はダイヤフラム40で閉塞されている。ダイヤフラム40の中央には円柱状の接触子10が立設している。すなわち、フレーム30の空間部32の中央に接触子10が設けられている。また、接触子10の先端は基準面31よりも外部に突出している。ダイヤフラム40は接触子10をフレーム30に対して支持する支持体である。
【0065】
フレーム30と接触子10との間には接触子10が揺動可能な隙間が設けられている。ダイヤフラム40は接触子10が外力によりx軸方向、y軸方向に傾いたり、z軸方向に変位したりすることにより歪む。このようなダイヤフラム40の変形を検出するために、ダイヤフラム40には変位検出器が設けられている。
【0066】
触覚センサS2を用いて測定を行う際には、触覚センサS2のセンシング面を測定対象物Oに押し当てながら掃引する。触覚センサS2を測定対象物Oに押し当てながら掃引すると、接触子10がx軸方向、y軸方向およびz軸方向に変位する。その変位に基づき垂直荷重および摩擦力を測定できる。
【実施例0067】
つぎに、実施例を説明する。
半導体基板を加工して
図7に示す構成の触覚センサを製作した。触覚センサは、全体として約6mm角である。接触子の先端部は直径500μmの半円形である。
【0068】
測定対象物としてクラフト紙および人工皮革(アマレッタ(登録商標))の2種類の試料を用意した。触覚センサを各試料に押し当てながら掃引して測定を行った。測定により垂直荷重の波形および摩擦力の波形が得られた。また、各測定点の摩擦力を垂直荷重で除して摩擦係数を得た。
【0069】
図11(A)、(B)および(C)にクラフト紙の測定結果を示す。
図12(A)、(B)および(C)に人工皮革の測定結果を示す。
図11(A)および
図12(A)は垂直荷重および摩擦力の波形である。
図11(B)および
図12(B)は垂直荷重と摩擦力との関係を示す散布図である。
図11(C)および
図12(C)は垂直荷重と摩擦係数との関係を示す散布図である。
【0070】
図11(C)から分かるように、さらさら感のあるクラフト紙は垂直荷重の大小によらず動摩擦係数がほぼ一定である。一方、
図12(C)から分かるように、しっとり感のある人工皮革は垂直荷重が小さくなるほど動摩擦係数が大きくなる。これより、直感的にも、垂直荷重と摩擦係数との関係は乾湿感を反映したものであることが理解できる。
【0071】
図11(B)および
図12(B)に示した垂直荷重と摩擦力との関係を示す複数の測定点を前記式(I)で示される一次関数でフィッティングした。フィッティングの結果得られた式(I)の係数a、bの値は表1に示すとおりである。
【表1】
【0072】
さらさら感のあるクラフト紙は切片bの値が小さく、しっとり感のある人工皮革は切片bの値が大きい。また、さらさら感のあるクラフト紙は比率b/aの値が小さく、しっとり感のある人工皮革は比率b/aの値が大きい。このように、切片bまたは比率b/aを用いて乾湿感を定量化できることが確認された。
【0073】
つぎに、測定対象物としてコットン布地およびレーヨン布地を用意した。乾燥状態の各布地に触覚センサを押し当てながら掃引して測定を行った。つぎに、湿潤状態の各布地に触覚センサを押し当てながら掃引して測定を行った。測定により垂直荷重の波形および摩擦力の波形が得られた。また、各測定点の摩擦力を垂直荷重で除して動摩擦係数を得た。
【0074】
図13(A)、(B)および(C)に乾燥状態のコットン布地の測定結果を示す。
図14(A)、(B)および(C)に湿潤状態のコットン布地の測定結果を示す。
図15(A)、(B)および(C)に乾燥状態のレーヨン布地の測定結果を示す。
図16(A)、(B)および(C)に湿潤状態のレーヨン布地の測定結果を示す。
【0075】
図13(B)、
図14(B)、
図15(B)および
図16(B)に示した垂直荷重と摩擦力との関係を示す複数の測定点を前記式(I)で示される一次関数でフィッティングした。フィッティングの結果得られた式(I)の係数a、bの値は表2に示すとおりである。
【表2】
【0076】
コットン布地もレーヨン布地も、乾燥状態では切片bの値が小さく、湿潤状態では切片bの値が大きい。また、乾燥状態では比率b/aの値が小さく、湿潤状態では比率b/aの値が大きい。垂直荷重と動摩擦係数と関係を示す散布図に注目すると、乾燥状態(
図13(C)および
図15(C))では垂直荷重の大小によらず動摩擦係数がほぼ一定であるのに対して、湿潤状態(
図14(C)および
図16(C))では垂直荷重が小さくなるほど摩擦係数が大きくなる。
【0077】
人間の指先で乾燥状態の布地を触るとさらさら感が得られ、湿潤状態の布地を触るとしっとり感が得られる。表2に示す各係数の値、および
図13(C)、
図14(C)、
図15(C)および
図16(C)に示されたグラフの傾向は、この乾湿感と符合する。これより、水分吸収による布地の乾湿感の変化を捉えられることを確認できた。