(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024093919
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】モザイク改変を低減または回避する遺伝子改変実験動物の作出法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20240101AFI20240702BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240702BHJP
【FI】
A01K67/027
C12N15/09 110
C12N15/09 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210571
(22)【出願日】2022-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】390016470
【氏名又は名称】公益財団法人実中研
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】汲田 和歌子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 えりか
(72)【発明者】
【氏名】黒滝 陽子
(57)【要約】
【課題】遺伝子改変実験動物作出の際にモザイク改変を低減または回避する遺伝子改変実験動物の作出法の提供。
【解決手段】脊椎動物の受精卵または胚の遺伝子を遺伝子改変技術により改変する際に生じるモザイク改変胚の発生頻度を低減させる方法であって、
遺伝子改変ツールを受精卵または胚に注入した後に2~32細胞期の胚を分割し1個または複数個の割球からなる胚を発生させることを含む、モザイク改変胚の発生頻度を低減させる方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脊椎動物の卵子または受精卵の遺伝子を遺伝子改変技術により改変する際に生じるモザイク改変胚の発生頻度を低減させる方法であって、
遺伝子改変ツールを卵子または受精卵に注入した後に2~32細胞期の胚から一部の割球を分割し、1個または複数個の割球からなる胚を作製して体外培養(in vitro培養)、もしくは分割後仮親の子宮内に移植して発生させることを含む、モザイク改変胚の発生頻度を低減させる方法。
【請求項2】
脊椎動物が霊長類である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
霊長類がコモンマーモセットである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
遺伝子改変ツールが、ゲノム編集ツール、塩基編集ツール、プライム編集ツールおよびPiggyBacトランスポゾン法のためのツールからなる群から選択される、請求項1記載の方法。
【請求項5】
ゲノム編集ツールが、ZFN、TALENおよびCRISPR/Cas9からなる群から選択される、請求項4記載の方法。
【請求項6】
8細胞期の胚の割球を分割し、5個の割球からなる胚を発生させる、請求項1記載の方法。
【請求項7】
脊椎動物の卵子または受精卵の遺伝子を遺伝子改変技術により改変する際に生じるモザイク改変胚の発生を回避する方法であって、
遺伝子改変ツールを卵子または受精卵に注入した後に発生した胚の割球を1個ずつ分離し、除核した卵子または受精卵にそれぞれの割球をドナーとして核移植し再構成胚を作出することを含む、モザイク改変胚の発生を回避する方法。
【請求項8】
請求項7記載の方法で作出した再構成胚が割球ステージに発生したら、割球の一部を抜き出して遺伝子の改変を解析し、目的の改変遺伝子を持つ胚を選別して仮親の子宮に移植し、子を出生させることを含む、遺伝子改変脊椎動物を作出する方法。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか1項に記載の方法でモザイク改変胚の頻度を減少させて発生した胚を仮親の子宮に移植し、子を出生させることを含む、遺伝子改変脊椎動物を作出する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子改変実験動物を作出する際にモザイク改変を低減または回避する遺伝子改変実験動物の作出法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム編集技術等の遺伝子改変ツールを胚へ注入することによる遺伝子改変マーモセットの作出では、しばしば胚内で均質な目的改変が起こらない「モザイク改変胚」が作出される(非特許文献1参照)。このモザイク改変はマーモセットに限らず、多くの遺伝子改変実験動物の作出で起こる現象だが、その内容によっては表現型発現に影響する場合がある。特に胚内で目的の遺伝子改変率が低いようなモザイク改変が起きている場合は、その胚から作出される個体では期待する表現型が出ない可能性がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Kumita W. et al., “Efficient generation of Knock-in/Knock-out marmoset embryo via CRISPR/Cas9 gene editing” Scientific Reports, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、遺伝子改変実験動物作出の際にモザイク改変を低減または回避する遺伝子改変実験動物の作出法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、遺伝子改変マーモセットを作出する際に起こるモザイク改変の低減または回避する方法について鋭意検討を行った。その結果、胚の段階で割球を分割しモザイク率を低減させた胚を作出するか、または1つの割球由来の受精卵クローン胚を作出し、仮親へ胚移植することで、モザイク改変の頻度を低減または回避させた個体を作出することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 脊椎動物の卵子または受精卵の遺伝子を遺伝子改変技術により改変する際に生じるモザイク改変胚の発生頻度を低減させる方法であって、
遺伝子改変ツールを卵子または受精卵に注入した後に2~32細胞期の胚を分割し、1個または複数個の割球からなる胚を作製して体外培養(in vitro培養)、もしくは分割後仮親の子宮内に移植して発生させることを含む、モザイク改変胚の発生頻度を低減させる方法。
[2] 脊椎動物が霊長類である、[1]の方法。
[3] 霊長類がコモンマーモセットである、[2]の方法。
[4] 遺伝子改変ツールが、ゲノム編集ツール、塩基編集ツール、プライム編集ツールおよびPiggyBacトランスポゾン法のためのツールからなる群から選択される、[1]~[3]のいずれかの方法。
[5] ゲノム編集ツールが、ZFN、TALENおよびCRISPR/Cas9からなる群から選択される、[4]の方法。
[6] 8細胞期の胚の割球を分割し、5個の割球からなる胚を発生させる、[1]~[5]のいずれかの方法。
[7] 脊椎動物の卵子または受精卵の遺伝子を遺伝子改変技術により改変する際に生じるモザイク改変胚の発生を回避する方法であって、
遺伝子改変ツールを卵子または受精卵に注入した後に発生した胚の割球を1個ずつ分離し、除核した卵子または受精卵にそれぞれの割球をドナーとして核移植し再構成胚を作出することを含む、モザイク改変胚の発生を回避する方法。
[8] [7]の方法で作出した再構成胚が割球ステージに発生したら、割球を分割して遺伝子の改変を解析し、目的の改変遺伝子を持つ胚を選別して仮親の子宮に移植し、子を出生させることを含む、遺伝子改変脊椎動物を作出する方法。
[9] [1]~[7]のいずれかの方法でモザイク改変胚の頻度を減少させて発生した胚を仮親の子宮に移植し、子を出生させることを含む、遺伝子改変脊椎動物を作出する方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、マーモセット卵に遺伝子改変ツールを注入したのち発生して卵割が進んだ胚で、割球を分割することにより胚内の遺伝子改変内容のばらつきを減少させることにより、モザイク改変の発生頻度を減少させ、効率的に遺伝子改変実験動物を作出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】ゲノム編集によるモザイク改変胚の作出のメカニズムを示す図である。1細胞期のマーモセット受精卵にゲノム編集ツールを挿入後、2細胞期以降に段階的に改変が起こることで、モザイク改変胚もしくは個体が作出される。
【
図2】発生したモザイク改変胚からのモザイク改変の低減と回避のメカニズムを示す図である。
図2Aは、モザイク改変の低減のメカニズムを示し、モザイク改変を引き起こしていると推定される8細胞期胚から、割球を分割することで1つの胚内の改変内容パターン数が減少し、モザイク改変頻度を低減する。
図2Bはモザイク回避のメカニズムを示し、モザイク改変胚の割球をドナーとして除核した卵子に核移植してドナー由来の受精卵を作製する。そこから発生した胚の一部の割球を解析し目的の遺伝子改変を示す胚を選別することで均質な遺伝子改変個体を作出する。
【
図3-1】未改変(野生型)マーモセットINS遺伝子の配列を示す図である(その1)。
【
図3-2】未改変(野生型)マーモセットINS遺伝子の配列を示す図である(その2、
図3-1の続き)。
【
図3-3】各マーモセット遺伝子標的ゲノム編集ツールの構造を示す図である。マーモセットINS遺伝子(A)およびc-kit遺伝子(B)を標的化したCRISPR/Cas9におけるguideRNA(黒線)+PAM(斜線)配列を示す。
【
図4】胚の割球をもちいた遺伝子改変検討方法を示す図である。ゲノム編集ツールを挿入した胚の割球を1つずつテンプレートとして解析し、胚内の遺伝子改変内容を検討する。
【
図5】モザイク改変胚の割球をドナーとした受精卵クローン胚の遺伝子改変解析方法を示す図である。ゲノム編集ツールを注入し発生した胚の割球を1つずつテンプレートとしてPCR、シークエンス解析して胚内の遺伝子改変内容を解析する。
【
図6】ゲノム編集ツール注入胚から検出されたINS遺伝子改変を示す図である。ゲノム編集ツール注入後、5細胞期に発生した胚の割球を1つずつテンプレートとして解析した結果を示す。
【
図7-1】モザイク低減法によるINS遺伝子改変マーモセットの作出方法を示す図であり、ゲノム編集ツールを注入後、8細胞期程度に発生した胚の割球を分割したのち、仮親雌マーモセットに移植して個体を作出したことを示す図である。
【
図7-2】モザイク低減法によるINS遺伝子改変マーモセットの作出結果を示す図であり、作出したマーモセットの毛根細胞ゲノムをもちいてINS遺伝子部位を標的としたPCRを行い、PCR産物からサブクローンを作製してシークエンス解析した結果を示す図である。
【
図7-3】モザイク低減法によるINS遺伝子改変マーモセットの作出結果を示す図であり、作出したインスリン遺伝子改変マーモセットのインスリン治療中の血糖値推移を示す図である。生命維持のためインスリン治療は必須であるが、インスリン治療中でも高血糖(血中グルコース250mg/dL以上)を示す場合もあり、糖尿病発症を明らかにした。
【
図8】野生型胚を用いて再構築胚を作製して胚移植した結果(A)、再構築胚由来の仔が得られ(B)、父(精子)と母(卵子)由来のマイクロサテライトマーカー数が合致した結果(C)を示す図である。
【
図9】モザイク改変を回避した受精卵クローン胚作出法の概要を示す図である。
図9Aは割球の分割を示し、
図9Bは各割球のPCR解析を行うことを示し、
図9Cは解析の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、ゲノム編集等の遺伝子改変ツールを用いて遺伝子改変動物を作出する際に起こるモザイク改変について、胚の割球を分割して1個または複数個の割球を仮親の子宮へ移植することで、モザイク頻度を減少させた個体を作出する方法である。なお、遺伝子改変ツールを遺伝子編集ツールとも呼ぶ。
【0010】
ゲノム編集技術等の遺伝子改変ツールを卵子、受精卵へ注入する、もしくは遺伝子改変ツールと精子の混合物を卵子へ注入することによる遺伝子改変マーモセット等の遺伝子改変脊椎動物の作出法では、しばしば胚内で均質な目的改変が起こらない「モザイク改変胚」が作出される。すなわち、細胞分裂の際に標的遺伝子が改変されていない割球が生じ、1つの胚中に遺伝子が改変されている割球と遺伝子が改変されていない割球が混在しており、胚全体として「モザイク改変胚」となる(
図1)。その内容によっては表現型発現に影響する場合があり、胚内の割球細胞において目的改変率が低い場合は、遺伝子改変による表現型が出ない個体になる可能性がある。なお、「モザイク改変胚」を「モザイク胚」とも呼ぶ。また、「モザイク改変胚」が生じることを「モザイク改変」と呼ぶ。卵子、受精卵を含めて卵と呼ぶことがある。
【0011】
本発明の方法においては、動物の卵に遺伝子改変ツールを注入したのち発生して卵割が進んだ胚の割球を分割し、1個または複数個の割球からなる胚を作製し、仮親の子宮へ移植して個体を発生させる(
図2A)。また、本発明の方法においては、動物の卵に遺伝子改変ツールを注入したのち発生して卵割が進んだ胚の割球を分離し、除核した卵に分離した割球を移植し、卵子と割球を融合し、各割球由来の複数の胚を発生させ、それぞれの胚について、遺伝子改変がされているかスクリーニングを行い、遺伝子改変がされている胚を仮親の子宮へ移植し、個体を発生させる(
図2B)。
【0012】
本発明の方法は、受精卵が卵割し割球が生じるすべての生物に適応することができる。
【0013】
本発明においては、対象となる動物は、脊椎動物であり、好ましくは、霊長類であり、霊長類の中でも実験用として利用される種類が好ましい。例えば、オマキザル科に属する霊長類やオナガザル科マカク属に属する霊長類が挙げられ、特にコモンマーモセット(Callithrix jacchus)やカニクイザル(Macaca fascicularis)が好ましい。
【0014】
本発明の方法においては、遺伝子改変方法により胚の遺伝子を改変する。遺伝子改変方法として、ゲノム編集、塩基編集(Base Editing)、PiggyBacトランスポゾン法、プライム編集等による改変法が挙げられる。ゲノム編集として、ZFN(Zinc-Finger Nuclease)、TALEN(Transcription Activator-Like Effector Nuclease)、Platinum TALEN、CRISPR/Cas9等の部位特異的ヌクレアーゼを用いる方法が挙げられ、それぞれZFN、TALEN、Platinum TALEN、CRISPR/Cas9等のゲノム編集ツールを遺伝子改変ツールとして用いる。塩基編集は、遺伝子改変ツールとして、Base Editor(塩基エディタ)と呼ぶ塩基編集ツールを用いるが、Base Editorとして、Cytosine base editor(CBE)やAdenine base editor(ABE)が挙げられる。Base Editorとしては、不活性型Cas9(dCas9)もしくはCas9ニカーゼ(Cas9n)とデアミナーゼの複合体等が挙げられる。プライム編集は、遺伝子改変ツールとして、Prime Editor(プライムエディタ)と呼ぶプライム編集ツールを用いるが、Prime Editorとして、CAS9ニッカーゼ、RT(Reverse Transcriptase)およびpegRNA(prime editing guide RNA)が挙げられる。
【0015】
上記の遺伝子改変ツールの中でも、酵素を用いる遺伝子改変ツールが好ましい。
本発明の方法においては、上記の遺伝子改変技術を用いて遺伝子を改変する。具体的には、遺伝子改変ツールを対象動物の胚に注入することにより、対象動物の遺伝子を改変する。
【0016】
本発明の一態様においては、モザイク改変を低減するために、遺伝子改変個体を作出しようとする動物の卵子または受精卵に、遺伝子改変ツールを注入し、発生した胚の割球を分割して1個または複数個の割球からなる胚を作製する。作製した胚を体外培養(in vitro培養)した後、あるいは分割後すみやかに仮親の子宮へ移植して胚を発生させる。ここで、「すみやかに」とは「培養しないで」という意味である。複数個は全部の割球も含み、全部の割球を移植してもよい。発生して卵割が進んだ胚中に、標的遺伝子が改変されていない割球が存在している場合、仮親の子宮へ移植した1個または複数個の割球において標的遺伝子が改変されている場合に、その胚から発生する個体は、遺伝子が完全に改変された個体、もしくは標的遺伝子が改変されていない細胞の割合が少ない個体となり、表現型が認められる個体となる。また、全部の割球を含む複数個の割球を仮親の子宮に移植した場合、複数の胚が発生し、二つ子や三つ子等の複数の仔が誕生することがあり、これらの仔が、標的遺伝子が改変されている割球から発生した場合に、その個体は遺伝子が完全に改変された遺伝子改変による表現型は認められる個体となる。このように、本発明の方法により、胚内の遺伝子改変内容のばらつきを減少、すなわち、モザイク改変を低減させることが可能となる。具体的には、遺伝子改変ツールを卵子または受精卵へ注入後、モザイク低減法では卵割の進んだ発生胚の透明帯を切開し、マイクロマニピュレーションにより割球を分割して、仮親の子宮へ移植することで、モザイク改変頻度を低減させた個体を作出する。発生胚の透明帯の切開は、顕微鏡下で透明帯をレーザー穿孔することにより行うことができる。
【0017】
この際、胚が2~32細胞期まで、好ましくは8~32細胞期まで発生したときに、割球を複数に分割するのが好ましい。分割した割球からなる胚を作製し、体外培養(in vitro培養)した後、あるいは分割後すみやかに仮母の子宮に移植し個体を発生させればよい。この際、分割した割球の1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31または32個からなる胚を作製すればよい。8細胞期まで発生した胚を用いる場合、分割した割球の1、2、3、4、5、6、7または8個からなる胚を発生させればよく、好ましくは、5、6、7又は8個からなる胚を発生させればよい。この結果、分割した割球が遺伝子改変された割球ならば、目的の改変遺伝子が均質化(ホモ改変、ヘテロ改変を含む)された個体を作出することができる。したがって、この方法により、モザイク改変が生じているか不明な胚のモザイク改変の頻度を低減することができる。モザイク改変頻度を低減することを、モザイク改変胚の発生頻度を低減させるともいい、モザイク化を排除するともいう。
【0018】
上記の割球を分割することを含むモザイク改変を低減する方法を「モザイク改変低減のための割球分割法」と呼ぶ。
【0019】
また、本発明の一態様においては、モザイク改変を回避するために、遺伝子改変個体を作出しようとする動物の未受精卵に、遺伝子改変ツールを注入したのち発生した胚の割球を1個ずつ分離し、除核した卵子にそれぞれの割球をドナーとして核移植し、すなわち、除核した卵と割球を融合し、胚を発生させることにより、再構成胚を作出する。割球の分離は、2~32細胞期、好ましくは8~32細胞期に行う。具体的には、遺伝子改変ツールを注入し発生したモザイク改変胚の透明帯を除去して割球を1個ずつ分離し、除核した卵子にそれぞれの割球をドナーとして核移植する。その後発生した胚を再構成胚と呼ぶ。再構成胚が割球ステージに発生したら、透明帯を切開し、割球の一部を抜き出して遺伝子の改変を解析する。目的の改変遺伝子を持つ胚を選別して仮親の子宮に移植すればよい。この結果、目的の改変遺伝子が均質化(ホモ改変、ヘテロ改変を含む)された個体を作出することができる。
【0020】
胚の割球の分離は、胚の割球の透明帯を除去し、割球生研用メディウム(Biopsy medium)に浸漬した後に分離することにより行うことができる。卵子への移植はHVJ(センダイウイルス)を用いて、割球を除核した卵子と融合することにより行うことができる。
【0021】
この方法によれば、遺伝子が改変された胚を確実に選択することができるので、モザイク改変を回避することができる。
【0022】
上記の割球核を卵子に移植することを含むモザイク改変を回避する方法を「モザイク改変回避のための割球核移植胚作製法」と呼ぶ。
【0023】
モザイク改変低減のための割球分割法およびモザイク改変回避のための割球核移植胚作製法において、割球を分割した後の胚または再構成は、未受精卵を採卵した雌動物と性周期を同期している仮親の子宮へ移植する。この際、カテーテルを用いた経膣移植手術により移植すればよい。
【0024】
出生子のゲノムDNA解析は、出生子の毛根細胞を採取し、定法でDNAを抽出し、PCR法等により遺伝子増幅を行い、得られたDNAについてシークエンス解析を行えばよい。
【実施例0025】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0026】
1.材料と方法
(1)マーモセット
本研究で使用した成体のマーモセット(2~4.5歳、体重300~450g)は、実験動物飼育会社(日本クレア株式会社, 東京都)から購入した。すべての動物実験は、実験動物中央研究所実験動物委員会(CIEA: 11028)の承認を受け、実験動物中央研究所の動物実験等に関する規程および細則、マーモセットに関する標準操作手順書に従って実施された。実験動物中央研究所の動物実験等に関する規程は、日本学術会議が定めた「動物実験の適正な実施のための指針」に準じたものである。
【0027】
(2)CRISPR/Cas9
マーモセットインスリン(INS)遺伝子およびc-kit遺伝子の標的遺伝子配列を含んだcrispr RNA(crRNA)を設計し、RNA合成受託会社 (FASMAC Co., Ltd.)にて人工合成した。crRNA配列は
図3に示す。transactivating crRNA (tracrRNA, FASMAC Co., Ltd.)およびCas9 nuclease (Integrated DNA Technologies, 1074181)は、各社より製品を購入した。 crRNA 16.6ng/μL、tracrRNA 33.3ng/μL、Cas9 nuclease 100ng/μL、0.1×Tris-EDTA pH 8.0 bufferを混合したCRISPR/Cas9注入液を37℃で30分インキュベーションし、空気圧式マイクロインジェクター(FemtoJet, Eppendorf)とガラス針を用いて、後述の方法で得られるマーモセット卵に注入した。
【0028】
マーモセットインスリン遺伝子の未改変の野生型DNA配列を配列番号1及び
図3-1および
図3-2に示す。配列番号2にguideRNA+PAM配列を示し、配列番号3にその相補配列を示す(
図3-3A)。またマーモセットc-kit遺伝子のguideRNA+PAMを配列番号20に、その相補配列を配列番号21に示す(
図3-3B)。
【0029】
(3)マーモセット卵子の採取および体外受精による胚の作製
血漿中のプロゲステロン濃度測定により性周期を管理している野生型雌マーモセットに、ヒト卵胞刺激ホルモン(hFSH, 富士製薬)25 IUを隔日で9日間筋肉内注射し、10日目に絨毛性ゴナドトロピン(hCG, あすか製薬)75 IUを筋肉内注射することで卵胞刺激を行った。hCG注射後17~20時間後に、雌マーモセットの卵巣から卵子(未受精卵)を麻酔下で外科的に採取した。得られた卵子に1.(2)のとおりに調整したCRISPR/Cas9注入液を注入した後、5(w/v)%濃度FBS、0.15 IU/mL濃度hFSH、10 IU/mL濃度hCGを含むPOM培地(機能性ペプチド研究所、IFP1010P)で、37℃、5% CO2、5% O2、90% N2下で27~29時間成熟培養した。培養後MI(Metaphase I)期以上に成熟した卵子を選抜し、体外受精にもちいた。体外受精に用いる精子は、野生型雄マーモセットから物理刺激により射出精液を採取し、TYH培地(LSI Medience, DR01031)で洗浄後、3.6 × 106精子/mLとなるようTYH培地で希釈して使用した。成熟卵子と希釈精子をTYH培地で10~16時間共培養した後、前核の有無により受精を判定し、受精卵はSequential Cleav(商標)培地(Origio, 83040010A)で培養した。
【0030】
(4)胚の割球を用いた遺伝子改変の検出
体外受精後5日前後で発生が進んでいるCRISPR/Cas9注入マーモセット胚をPBS(-)で洗浄し、酸性タイロード液(Origio,10605000)に3秒ほど浸して透明帯を溶解し、割球を露出させた。割球はBiopsy Medium(Origio, 10620010)に37℃で15分間浸漬して割球同士の接着を緩めてから、ガラスキャピラリーで単一に分割した。単一割球は0.2 mlチューブに採取し、PCR鋳型サンプルとした(
図4)。標的遺伝子部位の増幅はnested PCR で行い、PCR反応にはKOD-Plus-Neo(TOYOBO, 401)を製品説明書に従って使用した。INS遺伝子を標的としたPCRでは、1回目のPCRはforwardプライマー:TCCCTGACTGTGCCATCCTGTGTCCTC(配列番号4)とreverseプライマー:GACTAGCTGCGGTTCTCCAGCTGGCAG(配列番号5)をもちいて、94℃2分の加熱後、98℃10秒、各アニーリング温度30秒を5サイクルずつ増幅するタッチダウンPCRを行った。アニーリング温度は74℃から68℃まで2℃刻みで各5サイクルずつ設定し、最後のアニーリング温度68℃での反応は28サイクル実施した。反応終了後はアガロースゲル電気泳動で増幅の有無を確認した。2回目のPCRでは、forwardプライマー:TGGGGGCTCTATCACGGGCAGCCTGCCG(配列番号6)、reverseプライマー:GACTAGCTGCGGTTCTCCAGCTGGCAG(配列番号7)と1回目PCRの増幅産物1μLをもちいて、1回目と同じタッチダウンPCR条件で増幅した。アガロースゲル電気泳動で増幅を確認後、Zero Blunt PCR Cloning Kit(Thermo fisher scientific, K275040)を用いてサブクローンを作製した。キット添付のクローニング用ベクタープラスミドに増幅産物をライゲーションし、ライゲーション反応液でコンピテントセル大腸菌DH5αを形質転換した。形質転換されたDH5αを薬剤培地で選択し、コロニー10個を液体培地に植菌して増菌した。菌液からプラスミドDNAを抽出しシークエンス解析を行った。シークエンス解析はABI 3130 Genetic Analyzerで行った。またc-kit遺伝子を標的とした場合は、1回目のPCRはforwardプライマー:TGGAATTGCGGGGCTATGGCAG(配列番号8)とreverseプライマー:AACCTTCCCAAAAGCACCAGC(配列番号9)、2回目のPCRはforwardプライマー:AAATCCAGCCCCACACCCTGTTCA(配列番号10)とreverseプライマー:ATCAGAGGAGGTGCAATTTCACAGA(配列番号11)をもちいて、上述のINS遺伝子標的の場合と同様の条件で解析した(Kumita W. et al., Scientific Reports, 2019)。
【0031】
(5)モザイク低減のための胚内割球の分割
体外受精後5日前後で8細胞期程度に発生したCRISPR/Cas9注入胚を、Biopsy Mediumに37℃で5分間浸漬したのち、顕微鏡下で透明帯をレーザー穿孔(XYClone, Hamilton Thorne, Inc.)し、マニピュレーションにより割球を分割した。
【0032】
(6)モザイク改変を回避するための割球核移植胚作製
Hepes-CZBにスクロースとサイトカラシンB (CCB:cytochalasin B)を入れた培地にMetaphaseIIステージの卵子を静置して核と極体を除く。30分~1時間ほど卵子を休ませた後、Ionomycinを用いて5分間、卵活性化を行う。その後Sequencial Cleav培地中で3時間培養する。遺伝子改変胚の割球の透明帯を除去して、Biopsy Mediumに37℃で5分間浸漬した後、1個ずつ分離してドナーとし、活性化3時間後にHVJを用いて除核した卵子に細胞融合させる。ドナー細胞と除核卵子が融合したらCCBで3時間培養して、そのSequential Cleav(商標)培地で培養する(
図5)。
再構成胚が割球ステージに発生したら、Biopsy Mediumに37℃で5分間浸漬したのち、透明帯切開して一部の割球を抜き出し、(4)の方法で遺伝子改変を検出する。
【0033】
(7)胚移植、妊娠管理と出産
割球を分割した後の胚および再構成胚は、卵子を採取した雌マーモセットと性周期を同期している仮親雌マーモセットの子宮へ、カテーテルをもちいて経腟子宮内移植手術をした。胚移植後の仮親は、血中P4(プロゲステロン)値の測定や超音波診断装置による子宮の観察によって妊娠判定を行い、妊娠が確定した個体については、週1回の超音波検査によって胎子の心拍の状態・形態学的な異常の有無などを定期的に観察した。胚移植より約140日前後の妊娠期間を経て、自然分娩により出生子を獲得した。
【0034】
(8)出生子のゲノムDNA解析
出生したマーモセットの毛根細胞を採取し、QIAamp DNA Micro Kit (QIAGEN, 56304)を用いてゲノムDNAを抽出した。得られたゲノムDNA 10 ngをPCRテンプレートとして、3.4と同様の方法でPCR増幅、サブクローン作製を実施した。得られたサブクローンのコロニー50個を増菌し、それぞれからプラスミドDNAを抽出してシークエンス解析を行った。
【0035】
2.結果
(1)モザイク改変低減法
インスリン遺伝子標的CRISPR/Cas9を注入した後、発生したマーモセット体外受精胚の割球を分割して1つずつ遺伝子改変を確認した結果、1つの胚から最大で5つの遺伝子改変パターンが検出された。解析した5細胞期胚において検出された各インスリン遺伝子改変では、8bp欠損変異割球が5個中1個(20%)、9bp欠損変異割球が1個(20%)、19bp欠損割球が1個(20%)、4bp欠損から10bp挿入の置換変異割球が1個(20%)、未改変割球が1個(20%)であった(
図6)。
図6には、割球1~5の改変された部分の配列(それぞれ、配列番号12~16)を示す。そこで、同じCRISPR/Cas9ツールを注入した後の発生胚において胚内の改変割球パターン数を低減させることを目的として、8細胞期胚内の割球を1個、2個、5個に分割して仮親雌マーモセットの子宮へ移植した。この個体作出法により、出生子を獲得した(
図7-1)。出生したマーモセットの毛根細胞ゲノム由来サブクローンを50個シークエンス解析した結果、50個中、野生型配列が21個(42%)、改変パターンAが18個(36%)、改変パターンBが11個(22%)であり、標的遺伝子の配列パターン数は3つだった(
図7-2)。
図7-2に、野生型の部分配列(配列番号17)及び該部分配列に対応する改変パターンAの配列(配列番号18)および改変パターンBの配列(配列番号19)を示す。また、生後まもなくから恒常的な高血糖値を示したことから(
図7-3)、標的遺伝子の改変によって期待される表現型(疾患の発症)が認められた。
【0036】
(2)モザイク改変回避法
野生型マーモセットの自然交配胚の割球の核を移植した再構成胚(
図8A)は、仮親の子宮に移植後、146日に帝王切開により出生した。出生時体重は36.8g、子供は外貌上の異常は認められず(
図8B)、ドナー胚由来の親子鑑定結果が得られ(
図8C)、再構成胚の作出方法が確立された。GV(Germinal Vesicle)卵子またはIVM-IVF(in vitro maturation-in vivo maturation)卵子にモザイク改変を引き起こすことが既知であるc-kit遺伝子標的CRISPR/Cas9(Kumita W. et al., Scientific Reports, 2019)を注入した後、発生したそれらの胚の割球を分割してドナーとする。それらのドナーから再構成胚を作出して発生させた割球を調べることにより、ドナー由来の均質な胚が作出されていることを確認することができる(
図9)。目的とする遺伝子改変パターンを示した胚を仮親雌マーモセットの子宮へ移植する。この個体作出法により、出生子を獲得することができる。出生したマーモセットの毛根細胞ゲノム由来サブクローンをシークエンス解析し、均質な遺伝子改変パターンが得られたことを確認することができる。
【0037】
3.考察
INS遺伝子を標的としたCRSPR/Cas9のマーモセット受精卵注入により、注入後発生した胚内で5つの標的遺伝子改変パターンが生じるモザイク改変を引き起こすことが明らかになったツールをもちいて、ツール注入後の発生胚の割球を分割して仮親へ移植することで、改変パターン数を3つにまで低減した個体を作出した。この結果により、本発明方法ではゲノム編集ツールを挿入した胚内で予想される標的遺伝子改変のパターン数を減らすことができ、出生個体でも、モザイク改変の割合を低減することが可能であることが明らかになった。また出生個体は期待する疾患の病態を生後1.5か月と早期に示したことから、本発明方法は出生個体の表現型発現に寄与したと考えられる。
【0038】
改変パターンを均質化した個体作出の手法においては、割球を核移植した胚が正常に妊娠、出生することが認められれば、標的遺伝子改変を均質化した個体の作出に有用であることが示される。その結果、モザイク改変胚の割球をドナーとして、再構築胚を作出して得られた割球および個体の均質化が確認され、遺伝子改変時に生じるモザイク改変の回避が可能であることが明らかになる。
【0039】
なお本発明は、piggyBacなどトランスポゾンシステムによる目的遺伝子挿入などゲノム編集技術以外の遺伝子改変ツールをもちいた個体作出でも適用可能である。またマーモセットに限らず、胚内の割球が分割可能なすべての動物種において、モザイク低減を可能とする有用な方法と考えられる。