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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024093998
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】非特異反応を抑制可能な抗体溶液
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/00 20060101AFI20240702BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20240702BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240702BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20240702BHJP
【FI】
C07K16/00
G01N33/543 521
G01N33/53 D
G01N33/543 501J
G01N33/543 511M
C12P21/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210686
(22)【出願日】2022-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】川畑 隆司
(72)【発明者】
【氏名】井上 創太
【テーマコード(参考)】
4B064
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG27
4B064CA19
4B064CA20
4B064CC24
4B064DA13
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045DA76
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】 免疫測定系での非特異的相互作用を抑制可能な方法を提供する。
【解決手段】 本発明は、抗体又は抗体断片を生産する宿主細胞由来の不純物(例えば、宿主細胞由来タンパク質)を一定量以下にした、抗体又は抗体断片を含む捕捉抗体用の抗体溶液を提供する。この捕捉抗体用の抗体溶液を免疫学的測定法に使用することで、特異的相互作用を抑制し、偽陽性の発生を高度に抑制することができる。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
免疫学的測定法において捕捉抗体として用いられる抗体又はその断片を含む抗体溶液であって、抗体又はその断片を生産する宿主細胞由来の不純物の含量が0.001w/v%以下である、抗体溶液。
【請求項2】
前記宿主細胞由来の不純物が、宿主細胞由来タンパク質(HCP)である、請求項1に記載の抗体溶液。
【請求項3】
前記宿主細胞由来不純物の含量が、0.0001w/v%以下である、請求項1に記載の抗体溶液。
【請求項4】
抗体又はその断片が、抗体又はその断片を生産する細胞の培養によって発現された抗体又はその断片である、請求項1に記載の抗体溶液。
【請求項5】
抗体又はその断片を生産する細胞が、動物細胞、酵母、カビ、植物細胞、昆虫細胞、藻類、放線菌、細菌、及び古細菌からなる群より選択される少なくとも1種の細胞である、請求項4に記載の抗体溶液。
【請求項6】
前記動物細胞が、ハイブリドーマ細胞、CHO細胞、HEK細胞、MDCK細胞、及びVero細胞からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項5に記載の抗体溶液。
【請求項7】
前記細菌が、大腸菌及び枯草菌からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項5に記載の抗体溶液。
【請求項8】
免疫学的測定法が、イムノクロマト法、酵素免疫測定法、化学発光免疫測定法、化学発光・酵素免疫測定法、放射免疫測定法、電気化学発光免疫測定法、及びラテックス凝集法からなる群より選択される少なくとも1種の免疫学的測定法である、請求項1に記載の抗体溶液。
【請求項9】
請求項1~8のいずれかに記載の抗体溶液を用いて捕捉抗体を調製することを特徴とする、免疫学的測定法における非特異反応抑制方法。
【請求項10】
請求項1~8のいずれかに記載の抗体溶液を用いて捕捉抗体を調製し、且つ、抗体又はその断片を生産する宿主細胞由来の不純物の含量が0.005w/v%以下である抗体溶液を用いて検出抗体を調製することを特徴とする、請求項9に記載の免疫学的測定法における非特異反応抑制方法。
【請求項11】
免疫学的測定法における捕捉抗体の調製に用いられた場合に非特異反応が抑制されている抗体又はその断片を含む抗体溶液の製造方法であって、
(1)抗体又はその断片を生産する宿主細胞を培養し、該宿主細胞において抗体又はその断片を発現させる工程;
(2)前記工程(1)で発現させた抗体又はその断片を含む宿主細胞又は培養液を回収する工程;
(3)前記工程(2)で回収した宿主細胞又は培養液から、抗体又はその断片を精製する工程;及び
(4)前記工程(3)の精製により得られた精製液を用いて抗体溶液を調製する工程であって、抗体溶液における宿主細胞由来タンパク質(HCP)の含量が0.001w/v%以下となるように調整する、工程、
を包含する、抗体溶液の製造方法。
【請求項12】
前記工程(4)において、HCPの含量が0.0001w/v%以下となるように調整する、請求項11に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体又は抗体断片を用いた免疫学的測定系における非特異的相互作用の抑制手法等に関する。
【背景技術】
【0002】
医療現場において、感染症の診断や、疾患マーカーを利用した当該疾患の早期診断などの様々な場面で、抗原抗体反応を利用した簡易かつ迅速な免疫測定法として、ニトロセルロースメンブレン等の試験片を用いたイムノクロマト検出法が広く普及している。
イムノクロマト検出法を用いて分析対象物質の量を定量する手法の一つとしては、抗原抗体反応を利用したサンドイッチ法が挙げられる。サンドイッチ法では分析対象物質に対してエピトープの異なる2種類の抗体を利用する。一方の抗体は、金コロイド、着色ラテックス粒子、蛍光粒子等の検出粒子と感作させた検出抗体として使用する。他方の抗体は、多孔質支持体の表面に線状に塗布した捕捉抗体としてテストラインを形成する。測定試料中に含まれる分析対象物質は、多孔質支持体の一端(上流側)から展開し、検出抗体と免疫複合体を形成しながら移動し、テストライン上で捕捉抗体と接触して捕捉され発色する。この発色を目視で判定あるいは光学測定装置を利用して定量することで分析対象物質を検出できる。
【0003】
検体中の抗原を高感度に測定する方法であるELISA(Enzyme Linked ImmunoSorbent Assay)法もまた、免疫検査などにおいて汎用されている手法の1つである。ELISAには、サンドイッチ法、競合法などが知られている。これらのうち、サンドイッチELISAは、あらかじめ目的抗原に対する抗体(捕捉抗体)を固定化させた固相表面に、検体を添加して、前記固定化抗体と検体中の抗原との抗原抗体複合体を形成させる。そこへ酵素標識抗体(検出抗体)を添加して、前記抗原抗体複合体に酵素標識抗体を結合させる。ここで余分な酵素標識化抗体を洗浄した後、発色基質を添加すると、試料中の抗原量依存的に発色反応が起こる。生成した発色物質の吸光度を吸光度計などにより測定し、濃度既知の標準品を用いて作成した標準曲線から、試料中の抗原の量を定量することができる。
【0004】
ところで、従来からイムノクロマト検出法やELISA法において、ブランク発色が問題となっていた。ブランク発色とは、検体により構成される液相中に分析対象物質が存在しないにもかかわらず、非特異的な反応により発色が生じることをいい、非特異発色とも言われる。ブランク発色は、特にイムノクロマト検出法における目視判定の場合には、誤って陽性と判定してしまう偽陽性の原因となり、正確な診断や治療の妨げとなる。また、光学測定装置による判定の場合には、検出感度、即ち特異的シグナルの検出能を悪化させる原因となるため、問題視されている。
【0005】
特許文献1には、ブランク発色の低減を課題として、イムノクロマト試験片の検出部に還元性を有する単糖類および還元性を有する二糖類を抗体と共に含むことで偽陽性を抑制する手法が記載されている。また、特許文献2には、タンパク質、ポリマー、塩類及びそれらの混合物からなる非特異反応抑制剤が記載されている。特許文献3には、偽陽性を抑制する手段として検体抽出液にブロッキング剤を添加することにより、偽陽性反応を抑制する方法が記載されている。このほかにも、非特異反応に起因するブランク発色を抑制するためにタンパク質や界面活性剤を添加する方法が採られてきた。しかしながら、このような非特異反応抑制剤を添加する方法の場合、ブランク発色が抑制されても、分析対象物質の検出感度も同時に低下してしまうことが多く、未だ十分な対策とはいえなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2020/085289号公報
【特許文献2】特開2010-127827号公報
【特許文献3】特許第6083907号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のように、イムノクロマト試験片等の免疫学的測定法に用いるデバイスを構成する部材を工夫したり、検体前処理液等へのブランク発色抑制成分(非特異反応抑制剤)を添加したりすることによる、ブランク発色抑制のための手段は数多く存在するが、免疫学的測定法の主要構成成分である抗体又は抗体断片を含む抗体溶液(抗体原料ともいう)に関する改良はこれまで殆どなされていない。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、上記先行技術とは異なるアプローチにより、免疫測定法における非特異反応を抑制する新たな手法を提供することである。特には、非特異反応を抑制して偽陽性を回避でき、より特異性の高い検出を可能にする免疫測定用の抗体又は抗体断片を含む抗体溶液を提供することを目的とする。なかでも、捕捉抗体として使用された場合に起こりやすい特異反応(偽陽性リスク)を効果的に抑制する手法の提供を一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため、免疫測定法に用いる抗体又は抗体断片を含む抗体溶液中の不純物に着目した。免疫測定法に用いる抗体又は抗体断片は一般に、抗体を産生するハイブリドーマ細胞や抗体又は抗体断片を産生する組換え細胞を培養することによって細胞培養液中又は細胞内に産生される。そして、そのようにして産生した抗体又は抗体断片は、それらを含有する培養液又は細胞中から精製することにより、抗体又は抗体断片を含む抗体溶液として調製される。
【0010】
この精製工程において、所望とする抗体又は抗体断片のほかに、宿主細胞由来の様々な有機化合物(例えば、宿主細胞に含まれるタンパク質(宿主由来タンパク質(HCP: Host Cell Protein)等とも呼ばれる)、抗体又は抗体断片を生産する宿主に含まれるRNAやDNA等の核酸類、脂質、抗体の重合物等)に由来する不純物が混入する場合がある。これらの中で、HCPは、抗体又は抗体断片を生産する細胞に起因する不特定多数のタンパク質やペプチドからなる一群の総称であり、精製工程である程度は除去されるが、抗体又は抗体断片と物理化学的性質が似通っているために、精製工程での除去が容易ではない物質として知られている。
【0011】
本発明者らは、この精製工程で生じる不純物のうち、宿主細胞由来不純物(特には、HCP)が一定以上である抗体溶液を捕捉抗体として用いると、非特異反応に基づくブランク発色の問題が大きくなることを初めて特定した。この新たに得られた知見に基づき、更に鋭意検討を重ねた結果、本発明者らは、捕捉抗体として用いられる抗体又は抗体断片を含む抗体溶液中の宿主細胞由来不純物(特には、HCP)の含量を新たな指標とし、捕捉抗体として用いる抗体溶液中におけるその含量を一定以下にすることで、非特異反応を高度に抑制し、ブランク発色を大幅に低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、代表的には、以下の態様を包含する。
[項1] 免疫学的測定法において捕捉抗体として用いられる抗体又はその断片を含む抗体溶液であって、抗体又はその断片を生産する宿主細胞由来の不純物の含量が0.001w/v%以下である、抗体溶液。
[項2] 前記宿主細胞由来の不純物が、宿主細胞由来タンパク質(HCP)である、項1に記載の抗体溶液。
[項3] 前記宿主細胞由来不純物の含量が、0.0001w/v%以下である、項1又は2に記載の抗体溶液。
[項4] 抗体又はその断片が、抗体又はその断片を生産する細胞の培養によって発現された抗体又はその断片である、項1~3のいずれかに記載の抗体溶液。
[項5] 抗体又はその断片を生産する細胞が、動物細胞、酵母、カビ、植物細胞、昆虫細胞、藻類、放線菌、細菌、及び古細菌からなる群より選択される少なくとも1種の細胞である、項4に記載の抗体溶液。
[項6] 前記動物細胞が、ハイブリドーマ細胞、CHO細胞、HEK細胞、MDCK細胞、及びVero細胞からなる群より選択される少なくとも1種である、項5に記載の抗体溶液。
[項7] 前記細菌が、大腸菌及び枯草菌からなる群より選択される少なくとも1種である、項5に記載の抗体溶液。
[項8] 免疫学的測定法が、イムノクロマト法、酵素免疫測定法、化学発光免疫測定法、化学発光・酵素免疫測定法、放射免疫測定法、電気化学発光免疫測定法、及びラテックス凝集法からなる群より選択される少なくとも1種の免疫学的測定法である、項1~7のいずれかに記載の抗体溶液。
[項9] 項1~8のいずれかに記載の抗体溶液を用いて捕捉抗体を調製することを特徴とする、免疫学的測定法における非特異反応抑制方法。
[項10] 項1~8のいずれかに記載の抗体溶液を用いて捕捉抗体を調製し、且つ、抗体又はその断片を生産する宿主細胞由来の不純物の含量が0.005w/v%以下である抗体溶液を用いて検出抗体を調製することを特徴とする、項9に記載の免疫学的測定法における非特異反応抑制方法。
[項11] 免疫学的測定法における捕捉抗体の調製に用いられた場合に非特異反応が抑制されている抗体又はその断片を含む抗体溶液の製造方法であって、
(1)抗体又はその断片を生産する宿主細胞を培養し、該宿主細胞において抗体又はその断片を発現させる工程;
(2)前記工程(1)で発現させた抗体又はその断片を含む宿主細胞又は培養液を回収する工程;
(3)前記工程(2)で回収した宿主細胞又は培養液から、抗体又はその断片を精製する工程;及び
(4)前記工程(3)の精製により得られた精製液を用いて抗体溶液を調製する工程であって、抗体溶液における宿主細胞由来タンパク質(HCP)の含量が0.001w/v%以下となるように調整する、工程、
を包含する、抗体溶液の製造方法。
[項12] 前記工程(4)において、HCPの含量が0.0001w/v%以下となるように調整する、項11に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、免疫学的測定法において非特異反応を抑制可能な抗体又は抗体断片を含む捕捉抗体用の抗体溶液を提供することが可能になる。また、当該抗体又は抗体断片を含む捕捉抗体用の抗体溶液は、診断薬、研究試薬などの種々の免疫学的測定用途に好適に利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を示しつつ、本発明についてさらに詳説する。
【0015】
一つの実施形態において、本発明は、抗体又はその断片を生産する宿主細胞由来の不純物(特にはHCP)の含量が0.001w/v%以下であることを特徴とする、免疫学的測定法において捕捉抗体として用いられる抗体又はその断片を含む抗体溶液を提供する。ここで、前記宿主細胞由来の不純物の含量は、抗体溶液全体を100とした場合における百分率(w/v%)で示される。
本発明は、精製工程を経た抗体又はその断片であっても、特定の不純物の存在によって、当該抗体又はその断片を免疫学的測定法で捕捉抗体に使用した場合に非特異反応が生じてしまうという新たな知見に基づき、その特定の不純物の含量を一定以下に調整すればよいことを見出したことに一つの特徴がある。なお、この特定の不純物による非特異反応は、検出抗体として用いる抗体溶液の場合にはあまり問題にはならず、捕捉抗体として用いる抗体溶液に特有の問題であることが、後述の試験例の結果に示されるように明らかとなっている。
【0016】
本明細書において、抗体又は抗体断片は、最も広い意味で使用され、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであってもよい。また、前記抗体は、全長抗体であってもよく、scFv-Fc、dAb-Fcなどの抗体断片であってもよい。これらの中でも前記抗体はモノクローナル抗体であることが好ましい。
【0017】
モノクローナル抗体とは、単一クローンの抗体産生細胞が分泌する抗体であり、通常はただ一つのエピトープ(抗原決定基ともいう)を認識し、モノクローナル抗体を構成するアミノ酸配列(1次構造)が均一であるものをいう。
【0018】
抗体又はその断片はいかなる方法で製造されたものでもよい。一つの例として、モノクローナル抗体は、例えば、抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した形質転換体により生産される遺伝子組換え抗体であってもよい。
【0019】
モノクローナル抗体は、例えば、哺乳類の脾臓細胞とミエローマ細胞を細胞融合させるハイブリドーマ法、抗体ファージライブラリーから標的分子に対して親和性を有する抗体を選択するファージディスプレイ法等でも作製することができ、免疫動物から抗原特異的形質細胞を選別し、抗体遺伝子(全長又は可変領域等の一部)を単離して、抗原に親和性の高い組換え抗体を取得する方法によっても作製できる。
【0020】
抗体を取得する免疫動物としては、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒト、ヒツジ、ウシ、イヌ、ロバ、ニワトリ、ネコ、ハムスター、サル、ブタ、ウマ、モルモット、サメなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。又はファージディスプレイなどの遺伝子工学的手法によって取得される抗体であってもよい。
【0021】
抗原特異的形質細胞を選別する方法としては、例えば、米国特許出願公開第2014/031528号(参照することによりその全体が明細書に組み込まれる)に記載の方法、及び米国特許出願公開第2018/292407号(参照することによりその全体が明細書に組み込まれる)に記載の方法が挙げられる。
【0022】
抗原特異的形質細胞から抗体遺伝子を取得する方法としては、例えば、ハイブリドーマ法、抗体遺伝子のクローニング等が挙げられるが、これらに限定されない。後者の方法としては、例えば、抗原特異的形質細胞からmRNAを抽出して逆転写を行い、cDNAを合成することで抗体遺伝子を取得する方法等が挙げられ、例えば、米国特許出願公開第2011/020879号(参照することによりその全体が明細書に組み込まれる)に記載の方法であってもよい。当該方法は、磁気ビーズを用いて抗原特異的形質細胞からmRNAを抽出し、RT-PCRにより抗体遺伝子を取得する方法であり、任意に洗浄工程を含む、mRNAからのcDNA合成、DNAの増幅等の複数の逐次反応を並列的に実施できる反応治具を利用する方法である。
【0023】
抗体遺伝子から組換え抗体を取得する方法は、例えば、抗体遺伝子を含む抗体発現ベクターを作製し、この抗体発現ベクターから抗体を発現させる方法であってもよい。当該方法としては、例えば、米国特許出願公開第2013/023009号(参照することによりその全体が明細書に組み込まれる)に記載の方法、及び米国特許出願公開第2011/117609号(参照することによりその全体が明細書に組み込まれる)に記載の方法等が挙げられる。前者の方法では、標的遺伝子配列を含むPCR増幅産物に一つ以上の二本鎖DNA断片を連結させることで、前記PCR増幅産物を精製することなく、目的とする標的遺伝子に由来する配列を含む連結DNA断片を特異的に作製できる。後者の方法では、線状化されたベクターの両端の相同組換え領域に、増幅用プライマーと標的遺伝子のみに存在する増幅用プライマー配列の内側の配列を保持させることで、標的DNA断片を選択的に相同組換えしてベクターを構築できる。
【0024】
抗体又はその断片は、上記の方法によって取得した抗体又はその断片のアミノ酸配列情報に基づき、遺伝子工学的手法により得ることもできる。例えば、軽鎖CDR1~3が上記の方法によって取得した抗体の軽鎖CDR1~3のアミノ酸配列に対してそれぞれ80%以上の同一性を有し、且つ、重鎖CDR1~3が上記の方法によって取得した抗体の重鎖CDR1~3のアミノ酸配列に対してそれぞれ80%以上の同一性を有するように設計した抗体遺伝子を組み込んだ発現ベクターを、当該分野で公知の任意の宿主細胞(例えば、ハイブリドーマ細胞、CHO細胞、HEK細胞、MDCK細胞、又はVero細胞等の動物細胞;酵母;カビ;植物細胞;昆虫細胞;藻類;放線菌;大腸菌又は枯草菌等の細菌;古細菌等の宿主細胞)で発現させること等によっても取得することができる。宿主細胞は、本発明の効果を奏する限り限定されないが、好ましくは動物細胞、酵母、カビ、植物細胞、昆虫細胞であり、より好ましくは動物細胞であり、更に好ましくは哺乳動物細胞であり、更により好ましくはCHO細胞、HEK細胞、MDCK細胞、Vero細胞、ハイブリドーマ細胞(B細胞とミエローマ細胞の融合細胞)であり、なかでも好ましくはCHO細胞である。本発明は、捕捉抗体に使用された場合に非特異反応を生じさせ易いこれらの宿主細胞由来の不純物(特に、宿主細胞由来のタンパク質)が混入し得るような抗体溶液の調製において特に有効である。
【0025】
さらに、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマが産生するモノクローナル抗体に限られるものではなく、人為的に改変されたキメラ抗体であってもよい。抗体がモノクローナル抗体である場合は、該重鎖定常領域は天然に存在する重鎖定常領域において1個以上のアミノ酸が欠失、付加、置換、及び/又は挿入されたモノクローナル抗体も、本発明の抗体に包含される。1個以上のアミノ酸が欠失、付加、置換、及び/又は挿入されたモノクローナル抗体は、例えば、部位特異的変異導入法[Molecular Cloning 2nd Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)、Current protocols in Molecular Biology,John Wiley&Sons(1987-1997)、Nucleic Acids Research,10,6487(1982)、Proc.Natl.Acad.Sci.,USA,79,6409(1982)、Gene,34,315(1985)、Nucleic Acids Research,13,4431(1985)、Proc.Natl.Acad.Sci USA,82,488(1985)]などの周知の技術により作製できる。欠失、付加、置換、及び/又は挿入されるアミノ酸の数は特に限定されないが、1~数十個、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個(例えば、1個、2個、3個、4個、又は5個)である。
【0026】
本発明に使用される抗体又はその断片は、上記のようにして宿主細胞に発現させて産生した抗体又はその断片を精製して得られた抗体又はその断片であり得る。抗体又はその断片の精製方法としては、特に限定されず、当該分野で公知の任意の精製方法が実施され得る。当該方法としては、例えば、抗体又はその断片と結合親和性の高いタンパク質(例えば、プロテインA、プロテインG、プロテインL、レクチン等のタンパク質)を固定化した不溶性担体を利用したアフィニティクロマトグラフィーにより精製する方法が挙げられる。
【0027】
本明細書において、宿主細胞由来の不純物とは、上記のような抗体又はその断片の発現(産生)あるいは抗体又はその断片の精製工程で生じ、当該抗体又はその断片から抗体溶液の調製において不純物として混入し得る任意の宿主細胞由来物質(例えば、タンパク質、核酸、脂質など)を意味する。例えば、当該宿主細胞由来不純物は、抗体又はその断片を産生する宿主細胞に由来する、宿主細胞由来タンパク質(HCP: Host Cell Protein)、RNAやDNA等の核酸類、脂質、抗体の重合物等であって目的の抗体又はその断片以外の任意の有機化合物であり、特定の好ましい実施形態では宿主由来タンパク質(HCP)であり得る。HCPは、抗体または抗体断片を産生する細胞に起因する不特定多数のタンパク質やペプチドからなる一群の総称であり、抗体又は抗体断片と物理化学的性質が似通っているために、精製工程での除去が容易ではない物質として知られている。HCPは、人体に不必要な免疫反応を誘発することが多い為、抗体医薬品ではその除去は通常必須である。しかし、人体又は被検動物に投与することを意図していない免疫学的測定法に用いる抗体溶液の場合は、身体内での免疫反応の副作用が問題にはならないため、これまでにその除去は特に必要とはされておらず、コスト面の問題もあり通常は除去は行われていない。
【0028】
本発明において一定量以下に調整する宿主細胞由来の不純物としては、特に限定されず、捕捉抗体に用いられた場合に非特異反応を生じさせ易い任意の不純物であり得るが、好ましくはHCPであり、より好ましくは哺乳動物の宿主細胞に由来するHCPである。
【0029】
本発明の抗体又はその断片を含む抗体溶液の調製では、どのような手段で宿主細胞由来不純物(特に、HCP)の含量を低減させてもよい。宿主細胞から発現させて取得した抗体またはその断片を精製する工程にてアフィニティークロマトグラフィー、陽イオン交換クロマトグラフィー、陰イオンクロマトグラフィー、疎水相互作用クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトゲルクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、マルチモーダル樹脂によるクロマトグラフィーを選択することもできる。一実施形態において、該抗体又はその断片と高い親和性を有するタンパク質、例えばプロテインA、プロテインG及び/又はプロテインL、を用いたアフィニティークロマトグラフィーで得られた抗体又はその断片を含む抗体溶液を、更に陽イオン交換クロマトグラフィーで処理し、当該抗体溶液に残存する宿主細胞由来不純物(特に、HCP)の含量を一定量以下に調整してもよい。陽イオン交換クロマトグラフィーで宿主細胞由来の不純物(特に、HCP)を除去する方法は、不純物又はタンパク質を取り除いて精製する手法として当該分野で公知の方法により行うことができ、例えば、Cytiva社製のSPカラムを利用して、HCPがSPカラムに結合しないpH5.2のバッファーで宿主由来不純物を含む抗体溶液をSPカラムに通して抗体のみを吸着させ、塩強度を上げることでSPカラムから抗体を溶出させる陽イオンクロマトグラフィーを行うことで、宿主細胞由来の不純物(特に、HCP)を効果的に除去することが可能である。
【0030】
別の実施形態において、該抗体又はその断片と高い親和性を有するタンパク質、例えばプロテインA、プロテインG及び/又はプロテインL、を用いたアフィニティークロマトグラフィーで得られた抗体又はその断片を含む抗体溶液を、更に陰イオン交換クロマトグラフィーで処理し、当該抗体溶液に残存する宿主細胞由来の不純物(特に、HCP)の含量を一定量以下に調整してもよい。例えば、事前にアフィニティークロマトグラフィーによる一段精製で得られた抗体又はその断片を含む溶出画分を、0.25Mの塩を含むTrisバッファーでpH7.0に調製した後、Cytiva社製の陰イオン交換カラム(Q-Sepharose等)に通液するフロースルーモードによる精製を行い、宿主由来不純物、特にHCPのみが樹脂に吸着し、所望とする抗体又はその断片が吸着しないことで、HCPを効果的に除去することが可能である。
さらに、精製溶液中の抗体又はその断片量が高濃度で充分量あれば、単にその精製溶液を任意の溶媒(例えば、水又は緩衝剤等)で希釈することによって、これらの宿主由来不純物の含量を一定以下になるように調整してもよい。
【0031】
本発明の免疫学的測定法に捕捉抗体として用いられる抗体溶液は、上記のようにして得られた抗体又はその断片を任意の溶媒(例えば、水、緩衝剤等)に溶解又は懸濁した形態等であり得る。例えば、本発明の免疫学的測定法に用いられる抗体溶液は、上記のような精製工程により得た抗体又はその断片を含む溶液そのものであってもよいし、当該溶液に適当な溶媒を添加したもの、又は当該溶液を濃縮又は凍結乾燥させたものに適当な溶媒を添加したもの等であってもよい。本発明の抗体溶液はまた、上記のような溶媒及び抗体又はその断片以外にも、他の任意成分(例えば、界面活性剤、調整剤、防腐剤、安定化剤、凝集抑制剤等)の成分を含んでいてもよい。
【0032】
緩衝剤は、本発明の効果を阻害しない限り特に限定されず、当該分野で公知の任意の緩衝剤を使用することができる。好適には、緩衝剤は、リン酸、コハク酸、グリシン、ヒスチジン、クエン酸、マレイン酸、グリシン、ヒスチジン、トリス、2,4,6-トリクロロフェノール、MES(2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸)、酢酸、3,3-ジメチルグルタル酸、カコジル酸、イミダゾール、コリジン、ジメチルアミノエチルアミン、PIPES(ピペラジン-N,N’-ビス(2-エタンスルホン酸))、ビストリスプロパン、エチレンジアミン、ACES(N-(2-アセトアミド)-2-アミノエタンスルホン酸)、アルセニック酸、クロラミンクロライド、p-ニトロフェノール、BES(N,N-ビス(2-ヒドロキエチル)-2-アミノエタンスルホン酸)、MOPS(3-(N-モルホリノ)プロパンスルホン酸)、及びそれらの組合せからなる群から選択される。また、緩衝剤は、適宜塩の形で水溶液に添加することもできる。例えば、リン酸の塩としては、リン酸ナトリウム(NaPO)、リン酸水素ナトリウム(NaHPO)、リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)、リン酸カリウム(KPO)、リン酸水素カリウム(KHPO)、リン酸二水素カリウム(KHPO)、並びにこれらの混合物などが挙げられる。
【0033】
抗体溶液中における宿主細胞由来の不純物(特に、HCP)の含量は、当業者に公知の任意の方法で測定することができる。より具体的には、例えば、HCPを定量できる市販の定量キットにより測定することが可能である。このような市販の定量キットとして例えば、Cygnus社のCHO HCP ELISA Kit,3G(F550-1)などが例示されるが、これらに限定されるものではない。
【0034】
一つの実施形態において、本発明の免疫学的測定法に捕捉抗体として用いられる抗体又はその断片を含む抗体溶液中における宿主細胞由来の不純物の含量は、当該抗体溶液全体に対して0.001w/v%以下であり得る。特に、免疫学的測定法において捕捉抗体として用いられる場合の非特異反応を抑制できる効果が高いという観点から、好ましくは、抗体溶液全体に対する宿主細胞由来の不純物(特に、HCP)の含量が、抗体溶液全体に対して0.0005w/v%以下であることが好ましく、0.0001w/v%であることがより好ましい。このような抗体溶液とすることにより、免疫学的測定法に捕捉抗体として用いられた場合に、偽陽性の原因となり得る非特異反応に基づく反射吸光度の値を小さくすることができ、更にはブランク発色強度も抑えることが可能となり得る。本発明の捕捉抗体用の抗体溶液における宿主細胞由来不純物の含量の下限値は特に限定されないが、例えば、0.00001w/v%以上であり得る。また、抗体溶液中に前記宿主細胞由来不純物を実質的に含まないように調整してもよいし(例えば、0.00001w/v%未満若しくは0.000001w/v%以下)又は全く含まないようにしてもよい。
【0035】
本発明の抗体溶液を捕捉抗体として使用する免疫学的測定法において、検出抗体として用いられる抗体溶液は、前記捕捉抗体とは異なるエピトープに反応する抗体又はその断片を含む抗体溶液であれば、特に限定されない。後述の試験例の結果に示されるように、検出抗体として用いられる抗体溶液中に宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)が0.005w/v%程度存在しても、偽陽性の原因となり得る非特異反応に基づく反射吸光度の値は抑えられ、ブランク発色強度も特に問題とはならないことが確認できている。また、検出抗体は捕捉抗体と異なり、検体(例えば、検体保存液又は検体希釈液等に溶解又は懸濁されている検体を含む)との混合により抗原抗体反応時に希釈され得るため、捕捉抗体として用いられる場合よりも宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量が高くてもよい場合があり得る。従って、本発明の免疫学的測定法において検出抗体として用いられる抗体又はその断片を含む抗体溶液の場合は、当該抗体溶液中における宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量は、例えば、0.005w/v%以下であり、好ましくは0.001w/v%以下であり、又は、宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)を実質的に含まないように調製されていてもよいし又は全く含まないようにされたものであってもよい。
【0036】
本発明の捕捉抗体用の抗体溶液に含まれる抗体又はその断片の濃度は、免疫測定法や研究試薬用等の免疫学的測定法に用いる抗体溶液として市販されている抗体原料における一般的な濃度でよく、通常は、抗体溶液全体に対して、10mg/mL以下であり、好ましくは5mg/mL以下、より好ましくは4mg/mL以下、さらに好ましくは3mg/mL以下、特に好ましくは2mg/mL以下である。抗体の濃度は更に低濃度であってもよく、例えば、1mg/mL以下などであってもよい。当該抗体の濃度は、通常、抗体溶液全体に対して0.1mg/mL以上である。本発明の捕捉抗体用の抗体溶液と組み合わせて用いられる検出抗体用の抗体溶液に含まれる抗体又はその断片の濃度も、上記と同様の濃度であり得る。
【0037】
一つの実施形態において、本発明の捕捉抗体用の抗体溶液に含まれる抗体又はその断片の抗体溶液中における濃度が比較的高いものであることが好ましく、例えば、0.1~10mg/mL程度、好ましくは0.5~5mg/mL程度であるのがよく、例えば、1~3mg/mL程度であってもよい。
特定の実施形態では、本発明の捕捉抗体用の抗体溶液と組み合わせて用いられる検出抗体用の抗体溶液に含まれる抗体又はその断片の濃度は、例えば、0.1~5mg/mL程度、好ましくは0.3~3mg/mL程度であるのがよく、例えば、0.5~2mg/mL程度であってもよい。
【0038】
本発明の捕捉抗体用の抗体溶液は、診断薬又は研究試薬等の種々の免疫学的測定法における用途に好適に用いられる。免疫学的測定法としては、特に制限されないが、例えばイムノクロマト法、酵素免疫測定法、化学発光免疫測定法、化学発光・酵素免疫測定法、放射免疫測定法、電気化学発光免疫測定法、免疫比濁法、ラテックス凝集法等が挙げられ、特に診断薬用途においてこれらの免疫学的測定法が実施され得る。特に本発明の捕捉抗体用の抗体溶液は、固相上で検出を行う免疫学的測定法に用いられる場合に非特異反応を抑制する効果に優れている。この観点から、好ましくは、免疫学的測定法は、イムノクロマト法、酵素免疫測定法、化学発光免疫測定法、化学発光・酵素免疫測定法、放射免疫測定法、電気化学発光免疫測定法、ラテックス凝集法であり、より好ましくはイムノクロマト法、酵素免疫測定法であり、更に好ましくはイムノクロマト法であり得る。
【0039】
本明細書において、捕捉抗体とは、固相に固定化されて特異的に結合する物質(好ましくは、抗体又は抗原)を捕捉する作用を有する抗体(固相化抗体ともいう)のことをいう。ここで、捕捉抗体が固定化される固相としては、例えば、多孔質の支持体等が挙げられ、より具体的には、メンブレン、フィルター、膜、ビーズ、粒子、多孔質のマトリクス、スライドなどが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、固相は、メンブレン、フィルター、膜、ビーズ、粒子であり得る。メンブレンとしては、例えば、ニトロセルロースメンブレン、セルロース混合エステルメンブレン、酢酸セルロースメンブレン、ポリエステルメンブレン、ポリエチレンメンブレン、ポリ塩化ビニルメンブレン、ポリフッ化ビニリデンメンブレン、ナイロン等を好適な例として挙げることができる。
【0040】
また本明細書において、検出抗体とは、特異的に結合する物質(好ましくは、抗体又は抗原)と反応し、免疫学的測定法において目的の抗原抗体反応が起きたことを目視又は光学的手段等により検出可能にするように任意の手段で標識化された抗体のことをいう。ここで標識としては、着色粒子(例えば、着色セルロース粒子、金コロイド粒子)、蛍光色素、蛍光タンパク質、酵素、放射性同位体、ラテックス粒子等を挙げることができるが、これらに限定されない。好ましくは、着色セルロース粒子などの着色粒子による標識であり得る。
【0041】
本発明の抗体又はその断片に特異的に結合する測定対象物質(好ましくは、抗体又は抗原)としては、当該抗体又はその断片が特異的に結合反応し得る任意の測定対象物質であってよく、例えば、各種抗原、抗体、レセプター、酵素などが含まれる。当業者は、当該技術分野で公知の任意の手段により、測定対象物質に対して特異的に結合する抗体又はその断片を作製することができ、本発明では、測定対象物質の種類に応じて、本発明の抗体に含まれる抗体又はその断片を適宜選択して使用することができる。測定対象物質としては、市販品を用いてもよいし、生体試料中に含まれ得る任意のタンパク質、ペプチド等(例えば、感染症診断用の免疫学的測定法に用いられる場合は、病原性微生物由来のタンパク質、ペプチド(例えば、病原性のウイルス又は細菌等に由来するタンパク質又はペプチド)等)であってもよい。
【0042】
一つの実施形態において、本発明は、免疫学的測定法における捕捉抗体の調製に用いられた場合に非特異反応が抑制されている抗体又はその断片を含む抗体溶液の製造方法を提供する。当該抗体溶液の製造方法は、例えば、少なくとも以下の工程を含むことを特徴とする:
(1)抗体又はその断片を生産する宿主細胞を培養し、該宿主細胞において抗体又はその断片を発現させる工程;
(2)前記工程(1)で発現させた抗体又はその断片を含む宿主細胞又は培養液を回収する工程;
(3)前記工程(2)で回収した宿主細胞又は培養液から、抗体又はその断片を精製する工程;及び
(4)前記工程(3)の精製により得られた精製液を用いて抗体溶液を調製する工程であって、抗体溶液における宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量が0.001w/v%以下となるように調整する、工程。
【0043】
前記工程(1)~(4)における宿主細胞の種類や細胞培養・精製の手段は、特に限定されず、当該分野で公知の任意の手段を用いることができ、例えば、前記抗体溶液の説明において詳述したものと同様の手段を使用することができる。
【0044】
本発明の前記抗体溶液の製造方法は、工程(4)として、抗体溶液中の精製工程由来の宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量を0.001w/v%以下に調整することを特徴とする。ここで工程(4)における調整は、前記工程(3)の精製工程により得られた溶出液又はその濃縮物等において宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量を測定し、その含量が0.001w/v%以下であれば、当該溶出液又は濃縮物等をそのまま抗体溶液としてもよい。一方、前記工程(3)の精製工程により得られた溶出液又はその濃縮物等における宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量が0.001w/v%より多い場合は、前述のようなイオンクロマトグラフィーなどの処理、又は任意の溶媒(水、緩衝剤等)による希釈等の任意の手段により、抗体溶液における前記宿主由来不純物、特にHCPの含量を0.001w/v%以下になるように調整すればよい。
【0045】
一つの好ましい実施形態では、前記工程(4)において、抗体又はその断片を生産する宿主細胞由来の不純物の含量(特に、HCP)を0.0005w/v%以下となるように調整することが好ましく、0.0001w/v%以下となるように調整することがより好ましい。これにより、当該抗体溶液を捕捉抗体の調製に使用した場合に、ブランク発色をより高度に抑制することができる。
【0046】
本発明の抗体溶液は、免疫学的測定法における捕捉抗体の調製に用いられた場合に非特異反応を抑制することができ、それにより抗原抗体反応の検出において非特異的反応に基づく反射吸光度の増大を抑え、ブランク発色を効果的に低減させることができる。従って、別の観点から本発明は、前記の抗体溶液を捕捉抗体の調製に用いることを特徴とする、免疫学的測定法における非特異反応抑制方法を提供する。この方法における抗体溶液中の宿主細胞由来不純物の含量等は、前記抗体溶液の説明において詳述したものと同様であり得る。
【0047】
一つの好ましい実施形態では、前記抗体溶液を用いて捕捉抗体を調製し、それらを用いて免疫学的測定法に用いるデバイス等を製造する。このように本発明の抗体溶液を捕捉抗体として使用することで、より高度に非特異反応を抑制することができる。本発明の非特異反応抑制方法において、捕捉抗体の調製に用いる抗体溶液における前記宿主由来不純物の含量は、0.001w/v%以下であれば特に限定されない。さらに好ましい実施形態では、宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量を、例えば0.0005w/v%以下、なかでも好ましくは0.0001w/v%以下に調整した抗体溶液を検出抗体の調製に用いて免疫学的測定法に用いるデバイスを等を製造することができる。捕捉抗体の調製に用いる抗体溶液における宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量と、検出抗体の調製に用いる抗体溶液における宿主細胞由来の不純物(特には、HCP)の含量は同じであっても異なっていてもよい。
【0048】
本発明は、上述したような抗体又は抗体断片を含む抗体溶液により調製された免疫学的測定用キット(例えば、診断薬用キット又は研究試薬用キット)を包含する。当該キットは、容器を備えていてもよく、当該容器に抗体組成物が含まれていてもよい。また、当該キットは、当該キットの使用に必要な器具や説明書を更に備えていてもよい。このようにして調製された免疫学的測定キットは、非特異反応が抑制され、それにより非特異反応に基づく反射吸光度の増大が抑えられ、ブランク発色も効果的に抑制され、偽陽性の判定を引き起こしにくい優れたキットとすることができる。
【0049】
本発明において、前記免疫学的測定用キット(例えば、診断薬用キット又は研究試薬用キット)に包含された抗体溶液中に含まれる抗体又は抗体断片は、測定対象物質と特異的に結合し得るものであれば特に限定されない。例えば、測定対象物質がSARS-CoV-2核蛋白質であれば、抗SARS-CoV-2核蛋白質抗体を使用できる。前記抗体は市販品が用いられてもよく、別途公知の方法で製造されてもよい。また、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でもよく、分子サイズも特に限定されない。
【実施例0050】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。もっとも、本発明は、下記実施例により、特に限定されるものではない。
【0051】
(実施例1:HCP含有抗体のブランク発色評価)
(1)CHO細胞由来HCPの調製
CHO-S細胞(Thermo Fisher SCIENTIFIC)をBalanCD CHO GROWTH A(富士フイルム和光純薬、91128-1L)に8mMとなるようにL-グルタミンを添加した培地を用いて植え継ぎを行い、3×10cells/mLとなるように125mL容三角フラスコへ培養液量30mLで播種した。11日間培養を行い、細胞を遠心分離によって回収し、PBS(-)1mLで2回洗浄を行った後、大塚蒸留水1mLに細胞を再懸濁した。-30℃で凍結後、4℃で完全融解を1サイクルとした細胞破砕作業を2回繰り返し、孔径0.45μmのフィルターでろ過してHCP含有溶液を調製した。調製したHCP含有溶液中のHCP濃度を、CHO HCP ELISA Kit,3G(Cygnus、F550-1)で測定した(HCP濃度は1.8mg/mL)。
【0052】
(2)抗体溶液の調製
評価に使用する市販抗体は、市販の抗SARS-CoV-2核蛋白質モノクローナル抗体A(抗SARS-CoV-2抗体A;抗体Aとも略記する)及び抗SARS-CoV-2核蛋白質モノクローナル抗体B(抗SARS-CoV-2抗体B:抗体Bとも略記する)を使用した。前記抗SARS-CoV-2市販抗体A及びBは、マウスのミエローマ細胞Sp2/0から調製された、SARS-CoV-2の核蛋白質における異なるエピトープをそれぞれ認識する抗体である。それらの市販抗体を陽イオンカラムクロマトグラフィー(Cytiva社製のSPカラムを利用して、宿主塞翁由来不純物がSPカラムに結合しないpH5.2のバッファーで抗体溶液をSPカラムに通して抗体のみを吸着させ、塩強度を上げることでSPカラムから抗体を溶出させる)に供して、宿主細胞由来不純物であるHCPを除去し、HCP ELISAによって測定された場合に、抗体溶液中のHCP含量が定量限界以下になるように調整した。次いで、3.80mg/mLの抗SARS-CoV-2抗体Aを蒸留水(大塚蒸留水、大塚製薬)で1.0mg/mLに調整した。次に、調製したHCPを蒸留水(大塚蒸留水、大塚製薬)で1mg/mLに希釈した溶液(以下、「HCP溶液」とする)を調製し、HCPの終濃度が表1に示す濃度となるようにHCPを添加した。また、4.77mg/mLの抗SARS-CoV-2抗体Bを蒸留水(大塚蒸留水、大塚製薬)で1.0mg/mLに希釈した。同様に、HCP溶液を表1に示す濃度となるように添加した。調製したHCP添加抗体を表1に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
(3)イムノクロマト測定用検出抗体の作成
1.0wt%のセルロース粒子(NanoAct(登録商標)、BL2:Dark Navy、平均粒子径365nm、旭化成)を、10mMのトリス緩衝液(和光純薬工業)(pH8.0)に懸濁させ、これに前記1.0mg/mL(0.1wt%)のHCP添加抗SARS-CoV-2核蛋白質モノクローナル抗体(抗SARS-CoV-2抗体B)を加え、ボルテックスで撹拌混合した。次いで、37℃で120分間静置して、抗体をセルロース微粒子表面上に結合させた。次いで、1.0wt%のカゼイン(和光純薬工業)、50mMのトリス緩衝液(和光純薬工業)からなるブロッキング液(pH9.0)を加え、37℃で60分間静置した。次いで、遠心分離機で抗体感作セルロース微粒子を沈降させた後に上澄みを除去した。次いで、50mMのトリス緩衝液(和光純薬工業)からなる洗浄液(pH9.0)で洗浄処理を行った後に、15wt%のスクロース(和光純薬工業)、0.2wt%のカゼイン(和光純薬工業)、50mMのトリス緩衝液(和光純薬工業)からなる保存液(pH9.0)に抗体感作セルロース微粒子を懸濁してイムノクロマト測定用検出抗体を得た。
【0055】
(4)捕捉抗体を結合させたイムノクロマト試験片(ハーフストリップ)の作製
バッキングシートで裏打ちされたニトロセルロースメンブレンの上面に、1~5mm程度重なるように吸収パッドを貼り合わせた。次いで、コンパクトカッター(153NF-100ICG、ニップンエンジニアリング)にて幅3mm、長さ60mmの短冊状に裁断することで、抗体無担持ハーフストリップを得た。次いで、前記抗体無担持ハーフストリップの中央部に1mg/mLのHCP溶液を各々所定濃度となるように添加した抗SARS-CoV-2核蛋白質モノクローナル抗体(抗SARS-CoV-2抗体A)0.5μLを滴下し、45℃で30分間乾燥することで、捕捉抗体を固定化したハーフストリップを得た。
【0056】
(5)ブランク発色評価
96wellマイクロプレートの各wellに、0.9wt%のポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル:TritonX(登録商標)100(和光純薬工業)および0.1wt%BSAを含有するトリス緩衝液から成る測定試料希釈液20μL、及び上記(3)で作製した各イムノクロマト測定用検出抗体3μLを添加し、ピペッティングで混合後、前記工程(4)で作製した各ハーフストリップを差し込んだ。室温(25℃)で10分間静置後に、イムノクロマトリーダー(C10066-10、浜松ホトニクス)にて発色度を反射吸光度(mAbs)で測定した。前期実験操作をそれぞれN=3で行い、その平均値を算出した。
【0057】
(6)結果
HCPを種々の濃度で添加した各抗体溶液とイムノクロマト試験片を用いたブランク発色評価結果を表2および表3に示す。表2は、捕捉抗体側に種々の濃度でのHCP溶液添加抗体(抗SARS-CoV-2抗体A)を用いたブランク発色評価結果(抗SARS-CoV-2抗体Bは、HCP添加無しの条件)を、表3は、検出抗体側に種々の濃度でのHCP溶液添加抗体(抗SARS-CoV-2抗体B)を用いたブランク発色評価結果(抗SARS-CoV-2抗体Aは、HCP添加無しの条件)をそれぞれ示す。また、目視判定でのブランク発色結果も並記した。
【0058】
表2より、捕捉抗体の調製に用いた抗体溶液中のHCP濃度が0.001w/v%以下となることで非特異反応に基づく反射吸光度の値が大幅に低減し、更に0.0005w/v%以下、特には0.0001w/v%以下となることで更に高度に反射吸光度の値が抑えられることが示された。なお、捕捉抗体に使用した抗体溶液中のHCP濃度が0.001w/v%以下となることにより、目視で確認できる程度の僅かな発色となりブランク発色は淡色に抑えられたが、捕捉抗体に用いる抗体溶液中のHCPの濃度が0.0001w/v%以下の場合には、ブランク発色は目視で全く確認されなかった。また、表3より、本試験例で検出抗体として使用する抗体溶液の場合には、HCP濃度により反射吸光度もブランク発色の程度もほぼ影響を受けず、宿主細胞由来の不純物(HCP)の抗体溶液中濃度が少なくとも0.005w/v%以下であれば、いずれの場合においてもブランク発色が確認されないことが示された。故に、宿主細胞由来の不純物による影響は捕捉抗体として用いる抗体溶液に特有の現象であり、捕捉抗体の調製に用いる抗体溶液中のHCP含量を一定量以下に調整することで、高度に非特異反応が抑えられ、偽陽性判定リスクを効果的に低減できることが示された。
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明により、免疫測定法において捕捉抗体として用いられた場合に非特異反応が抑制可能な抗体又は抗体断片を含む抗体溶液を提供することができる。