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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024094180
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】癌治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/395 20060101AFI20240702BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240702BHJP
【FI】
A61K39/395 T
A61P35/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210977
(22)【出願日】2022-12-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り Anticancer Research,Volume42, Issue9, 第 4293 頁~4303 頁,International Institute of Anticancer Research(Greece)
(71)【出願人】
【識別番号】506111240
【氏名又は名称】学校法人 愛知医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】521387051
【氏名又は名称】社会医療法人厚生会
(71)【出願人】
【識別番号】502397369
【氏名又は名称】学校法人 日本歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100202120
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 修
(74)【代理人】
【識別番号】100227385
【弁理士】
【氏名又は名称】樫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】小川徹也
(72)【発明者】
【氏名】不破信和
(72)【発明者】
【氏名】田中彰
【テーマコード(参考)】
4C085
【Fターム(参考)】
4C085AA13
4C085AA14
4C085DD62
4C085EE01
4C085GG01
(57)【要約】
【課題】 頭頸部癌に罹患したもの又は頭頸部癌の罹患が疑われるものに免疫チェックポイント阻害剤を含有する頭頸部癌治療薬を標的組織へ局所投与することで、治療効果を高め、副作用を低減するとともに、国及び患者の治療費負担を軽減する方法を提供すること。
【解決手段】
1回当たり1~100mgの免疫チェックポイント阻害剤が標的組織へ局所投与されるように用いられる、免疫チェックポイント阻害剤を含有する頭頸部癌治療薬。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1回当たり1~100mgの免疫チェックポイント阻害剤が標的組織へ局所投与されるように用いられる、免疫チェックポイント阻害剤を含有する頭頸部癌治療薬。
【請求項2】
前記免疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体、抗CTLA-4抗体及び抗PD-L1抗体からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の頭頸部癌治療薬。
【請求項3】
浅側頭動脈へ投与される、請求項1又は2に記載の頭頸部癌治療薬。
【請求項4】
1~4週間間隔で1~4回投与される、請求項1又は2に記載の頭頸部癌治療薬。
【請求項5】
前記頭頸部癌が、口腔、口唇、咽頭(鼻咽頭、中咽頭及び下咽頭を含む)、喉頭、副鼻腔、鼻腔、咽喉並びに唾液腺及び甲状腺における癌又は腫瘍からなる群より選択される少なくとも1種の癌である、請求項1又は2に記載の頭頸部癌治療薬。
【請求項6】
請求項1に記載の頭頸部癌治療薬を、浅側頭動脈に挿入したカテーテルを通して、頭頸部癌に局所投与する、頭頸部癌の治療方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低用量で効果を奏する免疫チェックポイント阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の研究で、癌の進展には、癌細胞自身が抗腫瘍免疫系からの攻撃を回避するために、ある種の免疫回避システムを利用することが分かってきた。そのような回避システムに利用される分子として、現在さまざまな免疫チェックポイント分子とそのリガンドが同定されており、免疫チェックポイント分子としてCTLA-4(Cytotoxic T-lymphocyte associated antigen-4)やPD-1(Programmed-cell death-1/CD279)、そのリガンドとしてPD-L1やPD-L2などの免疫チェックポイント分子群が知られている。そして、これらの免疫チェックポイント分子群の機能を阻害する免疫チェックポイント阻害剤が癌治療に有効であることが報告されている。免疫チェックポイント阻害剤とは、免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンドに結合して免疫抑制シグナルの伝達を阻害することで、免疫チェックポイント分子によるT細胞の活性化抑制を解除する働きを有しており、これまでの抗癌剤や分子標的薬とは異なるメカニズムの癌治療薬である。
【0003】
代表的な免疫チェックポイント阻害剤は、抗PD-1抗体(ニボルマブ、商品名オプジーボ(登録商標)、抗CTLA-4や抗PD-L1抗体等が挙げられる(例えば特許文献1~3参照)。そして、日本においては抗PD-1抗体(ニボルマブ)が悪性黒色腫、非小細胞肺癌、腎細胞癌、古典的ホジキンリンパ腫、頭頸部癌に、抗PD-1抗体(ペムブロリズマブ)が悪性黒色腫と非小細胞肺癌、頭頸部癌に、抗CTLA-4抗体(イピリムマブ)が悪性黒色腫に対して承認されており、今後適応癌種の拡大ならびに新薬の承認が期待される。また、特許文献4には、血管血流低減剤としての、免疫チェックポイント阻害剤の新たな用途が記載されている。
【0004】
体の部位でも特に頭頸部は、摂食、会話、呼吸といった生活に重要な機能を担う器官が集まっており、人間の生活の質(Quality of Life)に直結する領域である。癌治療では、一般的に、その根治性を求めることが最も重要とされる。しかしながら頭頸部は上記のようにQOLに直結する領域であるため、その治療は、がんの根治性と機能温存の両立を高いレベルで維持する必要があり、治療法選択には難渋する。加えて進行頭頸部扁平上皮癌は非常に予後が悪いことが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2003/011911号
【特許文献2】米国特許第5811097号明細書
【特許文献3】特開2014-65748号公報
【特許文献4】国際公開第2018/037595号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】R.L. Ferris et al., “Nivolumab for Recurrent Squamous-Cell Carcinoma of the Head and Neck”, The new England journal of medicine, 375;19, 2016, 1856-1867
【非特許文献2】Vijay Maruti Patil et al., “Low-Dose Immunotherapy in Head and Neck Cancer: A Randomized Study”, Journal of Clinical Oncology, Online ahead of print
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般的に癌の治療方法として薬剤を投与する場合は、その投与形態から全身化学療法(全身投与と言うこともある)と局所注入療法(局所投与と言うこともある)とに大別される。全身化学療法は、薬物の静脈内投与と経口投与で行われることが一般的であり、血液の癌、あるいは血液やリンパを介して全身に転移しやすい癌、癌病巣が全身各所にある場合には好適に適用される。
【0008】
特許文献1~3に記載の免疫チェックポイント阻害剤をはじめ、現在国内で承認されている免疫チェックポイント阻害剤は全て点滴静脈注射剤であり、その治療法は、全身化学療法に分類される。静脈内投与は、薬物動態が予測可能であること及び静脈は動脈に比べて圧力が低いことから侵襲性が低く危険度も低いため操作性がシンプルである。したがって、臨床の現場におけるニーズが高く、医薬品開発においては基本となる投与方法である。日本において、国内承認済みの免疫チェックポイント阻害剤は全て静脈投与注射剤として保険収載されている。
【0009】
しかしながら、静脈内投与では、薬剤が循環血流に乗って全身に流れてしまうため、治療標的の腫瘍にはその一部しか到達しない事が予測される。
【0010】
又、薬物が全身に流れてしまうため腫瘍以外の免疫反応性が高い臓器にも薬剤が到達してしまう事も予測される。このことは、生体にとって不必要な有害事象(免疫関連有害事象)発生と深く関係することが想定される。
【0011】
特に免疫チェックポイント阻害剤はT細胞の免疫抑制の解除機能を有するため、点滴静脈注射により血管から薬の成分が全身に巡ると、全身においてT細胞活性化による過度の免疫反応に起因する自己免疫疾患(副作用)が起こるとされている。具体的には、間質性肺疾患や肝障害、大腸炎、皮膚障害、神経障害、筋炎、重症筋無力症、劇症I型糖尿病、内分泌障害(甲状腺機能低下、副腎不全、下垂体炎)等、皮膚、消化器系、内分泌系、神経系など、全身のあらゆる臓器に炎症性の免疫反応が発現することが報告されている。また、ニボルマブ単独静脈内投与における有害事象発現の発現頻度は70%との報告もある(Yen CJ, et al., Head & Neck, 2020;42(10), 2852-2862)。
【0012】
さらに、腫瘍や近接領域リンパ節において有効性を発揮する薬剤濃度を維持するためには、薬剤を高濃度で投与する必要がある。これは薬剤費高騰に直接的に関係する事となる。事実免疫チェックポイント阻害薬は非常に治療費が高額なことでも知られており、例えば抗PD-1抗体ニボルマブは、点滴静注を用いて成人一人の治療に使用する場合、薬価は1年で1,000万円を超える場合がある。仮に患者の医療費の自己負担割合が3割としても、年間300万円以上も支払う必要がある。これは、国にとっても患者にとっても大きな負担となっている。なお、非特許文献2には、低用量のニボルマブを静脈投与(1日1回20mg投与)した結果が記載されている。しかしながら、エルロチニブなどの抗癌剤を投与した上でニボルマブを投与しており、ニボルマブ単体の効果は不明である。加えて、静脈投与であるためターゲットとする腫瘍にどの程度の薬物が到達しているのかも不明であり、全身に薬物が回ることによる副作用も懸念される。したがって更なる改善の余地が求められている。
【0013】
なお、特許文献4では、免疫チェックポイント阻害剤を動脈に注射した実施例が記載されている。特許文献4は、微小血管の血流低減効果を有する薬剤を提供するものである。血流を低減させることにより疾患部位への栄養供給を阻害し、結果的に異常新生される血管を減少させると記載されており([0013][0024]等参照)、その作用機序は本願とは異なるものである。加えて特許文献4では、免疫チェックポイント阻害剤単体で投与された試験は、右大腿部悪性線維性組織球腫患者(例3(2)、[0052]参照)や膝関節症患者(例4Case11~14、[0058]参照)に投与しており、頭頸部癌患者に対する効果は不明である。
【0014】
このように、何れの文献においても、癌患者、中でもQOLに直結する領域の頭頸部癌患者に対する免疫チェックポイント阻害剤の局所投与については記載されていない。したがって、局所投与の再現性やその効果も不明である。
そこで本発明においては、特に予後が悪いとされる頭頸部癌患者に対して、局所に少量投与される、免疫チェックポイント阻害剤を含有する頭頸部癌治療薬の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、本発明の実施形態は、以下に挙げる構成を含み得る。
(1)1回当たり1~100mgの免疫チェックポイント阻害剤が標的組織へ局所投与されるように用いられる、免疫チェックポイント阻害剤を含有する頭頸部癌治療薬。
(2)前記免疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体、抗CTLA-4抗体及び抗PD-L1抗体からなる群から選択される少なくとも1種である、(1)に記載の頭頸部癌治療薬。
(3)浅側頭動脈へ投与される、(1)又は(2)に記載の頭頸部癌治療薬。
(4)1~4週間間隔で1~4回投与される、(1)又は(2)に記載の頭頸部癌治療薬。
(5)前記頭頸部癌が、口腔、口唇、咽頭(鼻咽頭、中咽頭及び下咽頭を含む)、喉頭、副鼻腔、鼻腔、咽喉並びに唾液腺及び甲状腺における癌又は腫瘍からなる群より選択される少なくとも1種の癌である、(1)又は(2)に記載の頭頸部癌治療薬。
(6)(1)に記載の頭頸部癌治療薬を、浅側頭動脈に挿入したカテーテルを通して、頭頸部癌に局所投与する、頭頸部癌の治療方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の頭頸部癌治療薬によれば、薬剤を患部に直接注入することができるため、少量でも頭頸部癌腫瘍抑制効果を奏する。これまでの静脈注射に比べると、薬物注入量が少量ですむため、副作用を軽減することができる。特に抗癌剤治療では効果が認められなった患者や、腫瘍ができた位置及び腫瘍部位の大きさのために放射線治療や手術治療ができない患者にも効果的である。本発明の治療薬は患部に直接投与するため全身に薬剤が巡ることが少ない。したがって高齢者など全身状態が悪い状態の患者に対しても投与でき、過去又は現在の薬物投与歴は問わない。また、低用量投与であるため、国及び患者の医療費を負担軽減にもつながる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】浅側頭動脈におけるカテーテル及びマイクロカテーテルの挿入図
図2】マウス口腔癌細胞株 (Sq-1979) におけるPD-L1発現を分析した、フローサイトメトリーの結果
図3】マウス口腔癌細胞株(Sq-1979)のマウスへの移植の図
図4】各群における腫瘍抑制効果を表す図(A:コントロール群と全身通常用量投与群との比較、B:コントロール群と局所低用量投与群との比較)
図5】各群における腫瘍抑制効果を示す図(A:腫瘍の体積変化を示す図、B:体重増加量を示す図)
図6】各群におけるOSの比較
図7】組織片のヘマトキシリン及びエオジン染色の図
図8】組織片の免疫組織化学染色の図
図9】RT-PCRの結果(A)と、リアルタイムPCRの結果(B)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、具体的な実施の形態を挙げて、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下に挙げる具体的な実施の形態に限定されるものではない。
<免疫チェックポイント阻害剤>
【0019】
免疫チェックポイント阻害剤とは、T細胞の活性化を抑制する免疫チェックポイント分子又はそのリガンドに結合して、T細胞の活性化が抑制されることを解除する働きを有する。言い換えると、免疫チェックポイント阻害剤は免疫を高める薬とも言える。この点が、従来行われてきた抗癌剤や放射線治療、外科的手術と大きく異なる点である。従来の方法は癌細胞を死滅させることを目的としてきたが、身体に負担をかけ免疫機能を低下させる可能性がある一方で、全癌細胞を死滅させることは現実的には難しいのが現状である。特に高齢の癌患者に対しては、従来のように免疫機能を低下させる治療を試みたところで癌完治は望めない上に、生命予後を短くさせてしまうかも知れないという点もリスクとして挙げられた。免疫チェックポイント阻害剤の登場により、免疫を高めて、癌の増殖を効果的に抑制させる治療法が取られるようになった。
【0020】
現在、さまざまな免疫チェックポイント分子とそのリガンドが同定されている。例えば、免疫チェックポイント分子としてはPD-1(Programmed death receptor-1)、CTLA-4(細胞傷害性Tリンパ球抗原4)、LAG-3(Lymphocyte-activation gene 3)、TIM-3(T-cell immunoglobulin mucin-3)、BTLA、KIR(キラー細胞免疫グロブリン様受容体)等を挙げることができ、リガンドとしてはPD-L1(PD-1のリガンド)、PD-L2(PD-1のリガンド)、GAL9(TIM-3のリガンド)、HVEM(BTLAのリガンド)等を挙げることができる。
【0021】
本発明における頭頸部癌治療薬は、免疫チェックポイント阻害剤を含有する。本明細書において、「含有する」とは、治療をする上で有効量の免疫チェックポイント阻害剤を含有することを意味する。
【0022】
免疫チェックポイント阻害剤としては、T細胞や抗原提示細胞の表面に提示される免疫チェックポイント分子及びそのリガンドの機能を阻害できる物質であればよく、PD-1阻害剤、CTLA-4阻害剤、LAG-3阻害剤、TIM-3阻害剤、BTLA阻害剤、KIR阻害剤、CCR4阻害剤などが挙げられる。PD-1阻害剤の具体例としては抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体及び抗PD-L2抗体、CTLA-4阻害剤の具体例としては抗CTLA-4抗体をそれぞれ挙げることができる。本発明における疫チェックポイント阻害剤が、抗PD-1抗体、抗CTLA-4抗体及び抗PD-L1抗体からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0023】
公知の医薬品の例を挙げると、PD-1免疫チェックポイント阻害剤としては、抗PD-1抗体であるニボルマブ(オプジーボ(登録商標))、ペムブロリズマブ(キイトルーダ(登録商標))が挙げられる。又は抗PD-L1抗体であるアテゾリズマブ(テセントリク(登録商標))、デュルバルマブ(イミフィンジ(登録商標))、アベルマブ(バベンチオ(登録商標))が挙げられる。CTLA-4免疫チェックポイント阻害剤としては、抗CTLA-4抗体であるイピリムマブ(ヤーボイ(登録商標))、トレメリムマブ(イジュド(登録商標))が挙げられる。本発明における頭頸部癌治療薬はニボルマブを含有することが好ましいが、ニボルマブ単体でもよい。
【0024】
本発明の頭頸部癌治療薬は、上記に例示したような公知の医薬品が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、抑制性の免疫チェックポイント分子又はそのリガンドを阻害する物質であれば、本発明の免疫チェックポイント阻害剤として用いることができる。
<頭頸部癌>
【0025】
本発明の頭頸部癌治療薬は、頭頸部癌に罹患したもの又は頭頸部癌の罹患が疑われるものに投与できる。頭頸部癌又はその罹患が疑われるものは哺乳動物であれば特に限定されないが、典型的にはヒトの癌患者である。なお、腫瘍組織除去後に、補助化学療法として、免疫チェックポイント阻害剤が投与される場合もあるため、本明細書における癌患者には腫瘍組織除去後の患者も含まれる。
【0026】
頭頸部癌とは頭頸部領域に生じる癌の総称であり、希少癌の集まりである。原発部位で分類すると、頭頸部癌は口腔、口唇、咽頭(鼻咽頭、中咽頭及び下咽頭を含む)、喉頭、副鼻腔、鼻腔、咽喉並びに唾液腺及び甲状腺における癌又は腫瘍からなる群より選択される癌である。口腔癌・咽頭がん・喉頭癌で頭頸部癌の9割弱を占めている。中でも頭頸部悪性黒色腫の治療に用いることが好ましい。頭頸部悪性黒色腫は早期にリンパ行性、血行性に転移を来すことが多く極めて予後不良の疾患である。 なお、頭頸部癌を組織で分類すると、扁平上皮癌が全体の90%以上を占めており、口腔癌、喉頭、中・下咽頭癌のほとんどが扁平上皮癌である。そのため、本発明の頭頸部癌治療薬は扁平上皮癌にも効果を有する。
【0027】
その治療は原発巣の周囲の健常組織を含めた十分な切除が必要であるが、頭頸部領域で発生するものはその解剖学的特徴から十分な安全域を持った根治切除が困難な場合が多い。
【0028】
免疫チェックポイント阻害剤は、全く新しい癌治療方法として、頭頸部癌治療への有効性も 報告されているが、現在標準的に行われている経静脈投与では医療費の高騰及び副作用の低減が課題となっている。その点、本発明の頭頸部癌治療薬は局所へ投与するため、腫瘍領域での薬物濃度を高めることができ少量でも腫瘍抑制効果を奏する。
<投与方法>
【0029】
本発明の頭頸部癌治療薬は標的組織へ局所投与される。腫瘍の栄養動脈に投与されることが好ましい。標的組織へ局所投与すると、より直接的且つ効率的に腫瘍組織に高濃度の薬剤を早期に送達させることができる。また、標的組織以外の正常な周囲組織への薬剤分布を最小限に抑える効果も奏すため、患者の現在又は過去の薬物投与歴を問わない。
【0030】
腫瘍の栄養動脈に投与すると、高濃度の薬剤が腫瘍内に取り込まれるため、高い腫瘍抑制効果を奏することができる。本発明では、確実に頭頸部癌腫瘍へ薬剤を送達するためにも、浅側頭動脈に投与されることがより好ましい。その理由を以下に説明する。
【0031】
頭頸部癌に栄養を送る動脈は、一般的に頸動脈という大きな頸の動脈から出ていることが多い。この頸動脈からは脳へつながる内頸動脈も出ている。脳の動脈と頭頸部癌腫瘍の栄養動脈が非常に近い場所に存在するため、例えば太ももにある大腿動脈からカテーテルを目的の腫瘍栄養動脈に挿入する際に、血管壁の血栓が脳へと続く動脈に飛ぶことで、数パーセントの頻度で脳梗塞が起こることがある。加えて、動脈硬化の強い患者では、カテーテルの操作が困難なこともあり高齢者には適用できないこともある。
【0032】
一方、浅側頭動脈からの投与は、脳への経路から外れる外頸動脈内での操作であり、脳梗塞の危険性を減らすことができ、ほぼ皆無となることが予測される。また、支配領域が広範囲な肝動脈等と異なり、外頸動脈の分枝である浅側頭動脈は結紮しても臨床上大きな問題はないと考えられるので、塞栓や攣縮が生じても影響は少ないと思われる。加えて、複数の栄養動脈があったとしても、後述のようにマイクロカテーテルを用いれば、浅側頭動脈に留置したカテーテルを通して、複数の栄養動脈に安定した薬剤の供給が可能となる。
【0033】
本発明の浅側頭動脈への薬剤投与方法は、下記に記すIVRを用いることが好ましいが、患者によって適宜変えても良い。
【0034】
IVRとは、「インターベンショナル・ラジオロジー」(Interventional Radiology)の略であり、「X線透視、CT、超音波など画像診断装置下で身体の中を透かしながら、カテーテルを入れて治療を行う方法」である。例えばX線を使えば、医師がリアルタイムに透過像を見ながら、血管の位置を確認してカテーテルを挿入する方法することができる。以下、浅側頭動脈からのIVRについて具体的に説明する。
【0035】
まずX線やCT、MRIなどの画像診断により腫瘍や、腫瘍を栄養する外頸動脈からの終末動脈の存在部位を確認する。局所麻酔下に、患側耳前部皮膚を数cm(1~5cm)切開し、直下に存在する浅側頭動脈を視認、同定し、周囲組織から剥離する。その後、同動脈の中枢側を圧迫しながら、末梢側で動脈血管壁を数mm(1~3mm)切開する。次いでそこから、二重構造になっている針を刺す。中針の外に、血管の中に残る筒(外筒)が被せられている。外筒を残して針を抜き、代わりに外筒に細い針金(ガイドワイヤー)を通し血管に挿入していく。そして、ガイドワイヤーに沿って、まず太い管(シース)を挿入し、カテーテルを入れる入り口をつくる。カテーテルをシースの中に通すことで、血管にカテーテルなどを自由に出し入れすることができるようになる。続いてシースの中に、ガイドワイヤーにカテーテルを被せて、ガイドワイヤーと一緒にカテーテルを血管内へ挿入していく。カテーテルはアンスロン(登録商標)P-Uカテーテル(東レ株式会社)が好ましい。カテーテルには、皮下留置用のポートを接続しても良い。針を何度も指す必要がなく、通院のみでの治療が可能となるため、患者への負担が少ない。ポートはアンスロン(登録商標)P-Uカテーテル専用P-Uセルサイトポート(東レ株式会社)が好ましい。
【0036】
カテーテルに造影剤を注入し、X線でリアルタイムにカテーテルと血管の位置を確認しながら治療を行うと、目的血管にカテーテルを確実に挿入することができるため好ましい。なお、カテーテル先端より近位側に腫瘍を栄養するような枝血管が出ている場合は、腫瘍のやや手前から周囲組織を含めて腫瘍全体を広範囲にカバーするようにカテーテルの位置を決めることが好ましい。
【0037】
頭頸部癌の範囲が広く、腫瘍栄養動脈としてより幅広く動脈を選択する場合、この浅側頭動脈に長期留置可能なカテーテルを留置し、その頭の部分からマイクロカテーテルを挿入してもよい(図1参照)。目的とする栄養動脈に精度高く薬剤を投入することができる。特に、血管は末梢になると細くなるため径の太いカテーテルを挿入すると刺激による血管攣縮や動注時の血管痛の原因にもなる。さらには血管が閉塞する危険性もある。そのため末梢血管に対しては径の細いマイクロカテーテルを挿入することが好ましい。
【0038】
長期留置可能なカテーテルとしてはアンスロン(登録商標)P-Uカテーテル(東レ株式会社)が好ましく、マイクロカテーテルとしてはステアリングマイクロカテーテル(SBカワスミ株式会社)が好ましい。例えば、進行舌癌の場合であれば、X線透視下で舌動脈と顔面動脈にマイクロカテーテルを挿入することが好ましい。
【0039】
カテーテル又はマイクロカテーテルから、免疫チェックポイント阻害剤を含む頭頸部癌用治療薬を投与する。薬剤の多くを、i) 上甲状腺動脈に流す事が出来るため、その結果、上甲状腺動脈及びここから分枝する上喉頭動脈が栄養する腫瘍に満遍なく薬剤を投与することができる。よって例えば、上甲状腺動脈及びここから分枝する上喉頭動脈が主な栄養動脈である喉頭癌や咽頭癌などにも有効となる。ii) 舌動脈に流す事も出来るため、その結果、舌動脈が栄養する腫瘍に満遍なく薬剤を投与することができる。よって例えば、舌動脈が主な栄養動脈である舌癌などほとんどの口腔癌にも有効となる。またiii) 顔面動脈に流す事も出来るため、その結果、顔面動脈が栄養する腫瘍に満遍なく薬剤を投与することができる。よって例えば、顔面動脈が主な栄養動脈である頬粘膜癌、歯肉癌などの口腔癌などにも有効となる。さらに、iv) 顎動脈に流す事も出来るため、その結果、顎動脈が栄養する腫瘍に満遍なく薬剤を投与することができる。例えば、顔面動脈が主な栄養動脈である舌癌以外の、顎動脈の栄養がほとんどの口腔癌や、顎動脈が栄養する上顎洞癌にも有効となる。そして、v) 茎乳突孔動脈などに流す事も出来るため、その結果、茎乳突孔動脈などが栄養する腫瘍に満遍なく薬剤を投与することができる。例えば、茎乳突孔動脈などが主な栄養動脈である外耳道癌や中耳癌などにも有効となる。
【0040】
なお、腫瘍が複数の血管支配領域に存在する場合には、それぞれの支配血管に対し頭頸部癌治療薬を分割注入することが好ましい。なお、注入を検討している血管が閉塞に近く著しく狭細化している場合や、細い動脈分枝が腫瘍血管として多数関与する場合には、少量のMRI造影剤をポートから投与後、どの動脈分枝が腫瘍全体に薬剤が還流するかどうかをMRI像で確認し判断の上、それら動脈分枝を使用することで、より腫瘍近位部から免疫チェックポイント阻害剤を注入することが好ましい。
【0041】
この投与方法は、舌動脈、顔面動脈、頸動脈などの外頸動脈支配の腫瘍栄養血管と関連する頭頸部癌への適用が好ましい。
<投与量、投与方法>
【0042】
本発明の頭頸部癌治療薬は、局所投与が可能であり、全身投与の場合と比べて、非常に低用量で効果を奏する。本発明の頭頸部癌治療薬の投与量は、含まれる免疫チェックポイント阻害剤の種類や、患者の年齢、疾患の種類、疾患の重篤度などにより異なる。1回当たり1mg~100mgであり、5mg~80mgが好ましく、10mg~60mgがより好ましい。より具体的には、ニボルマブの場合は1mg~50mgが好ましく、10~40mgがより好ましい。ペンプロリズマブの場合は1mg~60mgが好ましく、5~50mgがより好ましい。イピリムマブの場合は0.01mg/Kg体重~2mg/Kg体重が好ましく、0.1 mg/Kg体重~1mg/Kg体重がより好ましい。免疫チェックポイント阻害剤を静脈投与する際の標準投与量の1/20~1/5に減量して投与することが好ましい。
【0043】
頭頸部癌の治療にはニボルマブを用いることが好ましい。ニボルマブとイピリムマブを併用しても良い。
【0044】
投与方法としては、1~4週間間隔で1~4回投与が好ましい。例えば、週1回投与、2週間おきに1回投与、3週おきに1回投与、4週おきに1回投与、月1回投与、3ヶ月おきに1回投与又は3~6ヶ月おきに1回投与などが挙げられるが、投与回数は、症状に応じて適宜設定され、単回投与でも良いし。数回に分けて時間をかけて投与しても良い。ニボルマブを用いるときは、1~8週間隔で1~10回投与することが好ましい。さらには1~4週間隔で1~4回投与することが好ましい。2種類以上の免疫チェックポイント阻害剤を含有する頭頸部癌治療薬を併用する場合でも、同時に投与することが可能である。
【0045】
本発明の免疫チェックポイント阻害剤は、本発明の目的を損なわない限り、他の薬剤と併用してもよい。例えば抗癌剤、抗炎症剤などと併用してもよい。あるいは、他の癌免疫療法と組み合わせて使用してもよい。癌免疫療法には、癌ワクチン療法、免疫細胞輸注療法、制御性T細胞の除去を誘導する方法などが含まれる。
【0046】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例0047】
<口腔癌細胞株移植マウス実験>
口腔扁平上皮癌細胞株の細胞を背中に移植した担癌マウスを作製し、免疫チェックポイント阻害剤である抗PD-1抗体を含有する頭頸部癌治療薬を投与した。
なお本明細書において、p<0.05 の差は、統計的に有意であるとし、アスタリスクは信頼区間を示す(*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001)。
【0048】
1:細胞培養
C3Hマウス頬粘膜口腔扁平上皮細胞株 (Sq-1979)(以下「Sq-1979細胞株」という。) は、理研バイオリソース研究センター (茨城、日本) から購入した。Sq-1979細胞株は、10%ウシ胎児血清、0.1%MEM非必須アミノ酸溶液、1%ペニシリン-ストレプトマイシン及び 0.1%ファンギゾンを加えたダルベッコイーグル最小必須培地で37℃、湿度95%及び 5%CO2下で培養した。Sq-1979細胞株におけるPD-L1発現を、フローサイトメトリーによって確認した。具体的には、Sq-1979 細胞(1×106個)を、フィコエリトリン(PE)結合ラット抗マウス PD-L1 モノクローナル抗体 (クローン; MIH5) 又はPE結合ラットアイソタイプ IgG2a (クローン; R35-95) で40℃、20分間染色した。次に、細胞を洗浄バッファー(0.2%ヒトアルブミン及び2-mmol/L EDTAを含むPBS)で1回洗浄し、FlowJoソフトウェア(Tree Star、 Inc.)で解析した。その結果を図2に示す。
【0049】
図2から、PD-L1は薬剤適用前の Sq-1979 細胞株で高度に発現していることが分かる。
【0050】
2:腫瘍抑制効果の比較
Sq-1979細胞株と同系統の、5週齢のメスのC3H/HeNマウスを使用した。抗PD-1抗体は、InVivoPlus anti-mouse PD-1 (CD279) (Bio X Cell)を使用した。
【0051】
0.5 mLのハンクス液で希釈したSq-1979細胞(1×106個)を、シリンジを使って、5週齢のメスのC3H/HeNマウスの背中に皮下移植した。平均腫瘍重量(以下「TW」という。) (1/2×長径×短径2)が約100~150mm3に達したとき、マウスを3つの群に分けた(6匹/群)。
【0052】
局所低用量投与群(以下、「Local low dose」ということもある。)では、1日目、5日目、8日目にシリンジで、背中の腫瘍に抗PD-1抗体10μg/回を直接局所投与した。全身通常用量投与群(以下、「Normal dose」ということもある。)では、1日目、5日目及び8日目に抗PD-1抗体100μg/回を腹腔内投与した(図3参照)。投与量は、ニボルマブを投与されたヒトのCmaxを参考にした。
【0053】
Local low dose(合計30μg/body)及びNormal dose(合計300μg/body)を処置群Tとし、コントロール群であるPBSを局所投与した群を対照群Cとした。腫瘍体積(以下「TV」という。)は、3日ごとにキャリパーを使って測定された。
【0054】
抗PD-1抗体の腫瘍抑制効果は以下の方法によって評価した。21日目にC群と各T群のTWを測定し、抗腫瘍効果の指標としてT/C値を算出した。 T/C≦50%の場合、抗腫瘍効果が有効であるとする。29日目にソムノペンチル (200 mg/kg) を腹腔内注射してマウスを屠殺し、腫瘍の成長率を比較した。また、体重の経時変化を測定し、各群の副作用を確認した。
【0055】
その結果を図4及び図5に示す。マン・ホイットニーのU検定 (Excelベル曲線)を行った。
【0056】
図4AからNormal doseのT/C値はコントロール群と比較して44.1%であり、全身投与された抗PD-1抗体の腫瘍抑制効果を示している。一方、Local low doseのT/C値はコントロール群と比較して38.3%であり、局所投与された抗PD-1抗体の腫瘍抑制効果は全身投与された場合よりも高いことが分かる(図4B参照)。抗PD-1抗体は、コントロール群と比較してLocal low dose及びNormal doseで抗腫瘍効果を示し、有意差があった (p<0.05) (図5A)。どの群でも20%以上の体重変化は観察されなかった(図5B参照)。
【0057】
3:OS(全生存期間)比較
前述したように、Sq-1979細胞(1×106個)を、5週齢のメスのC3H/HeNマウスの背中に皮下移植した。TWが約100~150mm3に達したとき、マウスを3つの群に分けた(3匹/群)。腫瘍抑制効果の実験での薬剤投与方法と同様に抗PD-1抗体を投与した。以下のエンドポイントのいずれかが満たされたときにマウスを屠殺した。
【0058】
エンドポイント:TW≧体重の10%、TV>2,000mm3、腫瘍直径≧20mm、腫瘍潰瘍化、壊死、歩行障害、摂食障害。
【0059】
図6にOSの結果を示す。カプラン・マイヤー生存曲線の統計分析に使用されたログランク検定を行った。
【0060】
図6から、Local low dose及びNormal doseのOSは、コントロール群よりも有意に長かった(***p<0.001) (A)。特筆すべきは、Local low doseの投与量は、Normal doseの投与量の1/10であるにも関わらず、コントロール群に比べてOS期間が等しく延長されたことである。このことは、抗PD-1抗体を局所低用量投与することが、全身通常用量投与の場合と同程度に有効であることを示す。なお、Local low doseとNormal doseの2つのグループ間のOS期間の差には有意差は認められなかった(図6B)
【0061】
4:組織病理検査
切除された腫瘍は、10%ホルマリン中性緩衝液を加えて、4℃で7日間固定した。次いで組織を浸漬させたエタノールを70%、95%、100% エタノールと徐々に高濃度にしていくことにより、組織内の水分をエタノールに置換した。 各濃度のエタノールには2~3分間浸した。脱水後、キシレンに置換し、置換と浸漬を10分間ずつ3回繰り返し、組織内のエタノールをキシレンに置換し、パラフィンに包埋した。次に、ヘマトキシリン及びエオジン染色のために、5μmの切片を切り出した。
【0062】
その結果を図7に示す。スケールバーは100μmを表す。何れの群においても、多数の腫瘍浸潤リンパ球が観察された。
【0063】
5:免疫組織化学染色
各群の組織片を、PD-L1 (NBP-1-76769、NOVUS)、CD8a (361 003、Synaptic Systems)、グランザイムB (14-8822-80、Thermo Fisher Scientific)及びパーフォリン (ab16074、Abcam) で免疫組織化学的に染色した。染色された組織片を光学顕微鏡(BZ-9000; KEYENCE Co., LTD.)で観察した。その結果を図8に示す。スケールバーは100μmを表す。パーフォリンは細胞死へのイニシエータとしての役割、グランザイムBはアポトーシスを誘導して細胞死を惹起する役割を担い、いずれも免疫療法の効果を評価するためのマーカーである。
【0064】
すべての群の組織片で 10%未満のPD-L1発現が観察された。群間で明確な違いは認められなかった(図8A)。細胞障害性Tリンパ球(以下「CTL」という。)とも呼ばれ、免疫防御に重要な役割を果たしている浸潤性CD8+T細胞が腫瘍及び間質に見られ、その数はコントロール群よりも、Local low dose及びNormal doseで多かった。Local low doseは、Normal doseと同等の浸潤CD8+T細胞数を示した(図8B)。腫瘍組織におけるパーフォリン発現レベルは低く、各群間で明確な違いはなかった(図8C)。腫瘍及び間質におけるグランザイムB発現レベルは、コントロール群よりもLocal low dose及びNormal doseで高かった。Local low doseにおけるグランザイムBの発現レベルは、Normal doseの発現レベルと同等だった(図8D)。
【0065】
6:リアルタイムPCRによるパーフォリン及びグランザイムB遺伝子発現レベルの定量比較
パーフォリン及びグランザイムB遺伝子発現レベルをより精度良く調べるために、定量比較を行った。各群の組織片をホモジナイズし、ISOGEN II(ニッポンジーン)のプロトコルに従って、全RNA抽出に使用した。高容量cDNA逆転写キット(Life Technologies)を用いて、1μgの全抽出RNAからcDNAを合成した。リアルタイムサイクル (25℃で10分間、37℃で60分間、85℃で5分間、4℃) の後、Platinum PCR SuperMix (Life Technologies) 、パーフォリン及びグランザイムBプライマーを使用し、35サイクルでPCR増幅させた(94℃で30秒間の変性、55℃で30秒間のアニーリング及び72℃で60秒間の伸長)(表1参照)。スタンダードとして、グリセルアルデヒド-3リン酸デヒドロゲナーゼを用いた。増幅されたPCR産物は、2%アガロースゲル(ニッポンジーン)での電気泳動で分離し、臭化エチジウムで可視化し、その後UVゲルイメージャーで観察した。
【0066】
前述のRT-PCR法と同様にして組織片から全RNAを抽出した。パーフォリン及びグランザイムBの発現レベルは、製造元のプロトコルに従って、gDNA Eraser (Perfect Real-Time) を備えたPrimeScript RTTM試薬キットを使用したリアルタイムPCR によって決定された。リアルタイムPCRの結果は、GAPDH発現レベルに基づいて正規化され、コントロール群の結果と比較した変化率で評価した。各組織片は6回測定した。
【0067】
△△CTと一元配置分散分析(ANOVA)を使用して、パーフォリンとグランザイムBの発現レベルを比較した。使用した統計分析ソフトウェアは、Bell Curve (社会調査研究情報株式会社)の統計分析ソフトウェアである。
【0068】
結果を図9に示す。図9Aのa、b、cは、a: GAPDH、b:パーフォリン、c:グランザイムBである。
【表1】
【0069】
グランザイムBとパーフォリンは、全ての群で発現した(図9A)。図9Bから、パーフォリンの発現レベルは、Local low dose及びNormal doseにおいて、コントロール群よりも低かったが(p<0.05)、グランザイムBの発現レベルはLocal low dose及びNormal doseにおいて、コントロール群より有意に高いことが分かった(p<0.01)。このことから、局所低用量投与であっても全身通常用量投与と同程度に細胞死を引き起こすことが分かった。
【0070】
グランザイムBは、活性化されたT細胞であるCTLで高度に発現され、CTLによって放出される。CTLは腫瘍に侵入し癌細胞を排除することが知られている。一方で、癌細胞に発現するPD-L1が、CTLに発現するPD-1に相互作用すると、CTLの細胞傷害活性が低下し、癌細胞を排除できなくなるとも言われている。そのため、PD-1を標的とする抗PD-1抗体(ニボルマブ)を投与することで、PD-1がPD-L1と結合することを阻害し、T細胞を活性化させる。図9Bから、腫瘍組織におけるグランザイムBの発現は、局所低用量投与後に有意に上昇したことから、以上をまとめると、局所投与された低用量の抗PD-1抗体が腫瘍に浸透することで、Normal doseと同等のCTLを誘引し、グランザイムを介したアポトーシスを促進したと考えられる。
【符号の説明】
【0071】
1・・・顔面動脈
2・・・顎動脈
3・・・浅側頭動脈
4・・・外頸動脈
5・・・舌動脈
6・・・下顎骨
7・・・カテーテル
8・・・マイクロカテーテル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9