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特開2024-94678結晶粒形態予測プログラム、結晶粒形態予測装置、及び結晶粒形態予測方法
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  • 特開-結晶粒形態予測プログラム、結晶粒形態予測装置、及び結晶粒形態予測方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024094678
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】結晶粒形態予測プログラム、結晶粒形態予測装置、及び結晶粒形態予測方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 46/00 20060101AFI20240703BHJP
   B22D 1/00 20060101ALI20240703BHJP
   C22C 21/00 20060101ALN20240703BHJP
   C22C 21/02 20060101ALN20240703BHJP
【FI】
B22D46/00
B22D1/00 F
C22C21/00 N
C22C21/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022211377
(22)【出願日】2022-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】皆川 晃広
(72)【発明者】
【氏名】原田 寛
(57)【要約】
【課題】TiBが添加されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態の予測が可能な結晶粒形態予測プログラムを提供する。
【解決手段】本開示の一態様は、アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び溶湯への投入前の微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得すること、をコンピュータに実行させる、結晶粒形態予測プログラムである。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び前記溶湯への投入前の前記微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、前記微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得すること、
をコンピュータに実行させる、結晶粒形態予測プログラム。
【請求項2】
請求項1に記載の結晶粒形態予測プログラムであって、
前記粒度分布は、TiBの凝集体を1つの粒子として扱った粒度分布である、結晶粒形態予測プログラム。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の結晶粒形態予測プログラムであって、
前記予測モデルは、
前記溶湯内に複数の節点を設定する処理と、
前記粒度分布に基づいて、前記複数の節点それぞれにおける核生成過冷度を設定する処理と、
を実行する、結晶粒形態予測プログラム。
【請求項4】
請求項3に記載の結晶粒形態予測プログラムであって、
前記予測モデルは、
前記複数の節点それぞれにおける結晶方位をランダムに設定する処理と、
伝熱解析により前記複数の節点それぞれにおける温度変化を計算する処理と、
前記複数の節点のうち、核生成を開始したと判定される節点における結晶成長を計算する処理と、
結晶の成長範囲を判定する処理と、
を実行する、結晶粒形態予測プログラム。
【請求項5】
アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び前記溶湯への投入前の前記微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、前記微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得するように構成された、結晶粒形態予測装置。
【請求項6】
アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び前記溶湯への投入前の前記微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、前記微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得する工程を備える、結晶粒形態予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、結晶粒形態予測プログラム、結晶粒形態予測装置、及び結晶粒形態予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
予測モデルを用いて、合金の鋳造における凝固過程を解析する手法が公知である(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010-131647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
アルミニウム合金の鋳造では、結晶を微細化するためにTiBを含有する微細化剤が投入される。鋳造されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態は、TiBの量などによって変化する。
【0005】
これに対し、上述した解析手法では、TiBの結晶粒形態への影響は考慮されていないため、TiBを含む微細化剤が添加されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態の予測は難しい。
【0006】
本開示の一局面は、TiBが添加されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態の予測が可能な結晶粒形態予測プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様は、アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び溶湯への投入前の微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得すること、をコンピュータに実行させる、結晶粒形態予測プログラムである。
【0008】
本開示の別の態様は、アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び溶湯への投入前の微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得するように構成された、結晶粒形態予測装置である。
【0009】
本開示の別の態様は、アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び溶湯への投入前の微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得する工程を備える、結晶粒形態予測方法である。
【0010】
これらのような構成によれば、TiBの量及び粒度分布に基づいて、アルミニウム合金母材における結晶成長を計算することができる。その結果、投入される微細化剤の条件に基づいたアルミニウム合金母材の結晶粒形態を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実施形態における結晶粒形態予測装置の模式的な構成図である。
図2図2は、TiBの粒度分布の一例を示すグラフである。
図3図3A図3B及び図3Cは、図1の結晶粒形態予測装置の出力結果の一例である。
図4図4は、図1の結晶粒径予測装置が実行する処理を概略的に示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示が適用された実施形態について、図面を用いて説明する。
[1.第1実施形態]
[1-1.構成]
<アルミニウム合金の製造方法>
本開示は、アルミニウム合金の製造方法で得られるアルミニウム合金母材の結晶粒形態の予測を行うことを意図している。アルミニウム合金の製造方法は、溶解工程と、鋳造工程とを有する。
【0013】
当該アルミニウム合金の製造法において得られるアルミニウム合金鋳塊は、ケイ素(Si)と、鉄(Fe)と、銅(Cu)と、マグネシウム(Mg)と、マンガン(Mn)と、ジルコニウム(Zr)とからなる群より選択される1種又は2種以上の元素と、チタン(Ti)と、ホウ素(B)と、を含有し、残部がアルミニウム(Al)と不可避的不純物とからなる。
【0014】
アルミニウム合金鋳塊において、Siの含有量は、例えば0.01質量%以上14.0質量%以下である。Feの含有量は、例えば0.01質量%以上2.0質量%以下である。Cuの含有量は、例えば0.01質量%以上7.0質量%以下である。Mgの含有量は、例えば0.01質量%以上7.0質量%以下である。Mnの含有量は、例えば0.01質量%以上2.0質量%以下である。Zrの含有量は、例えば0.01質量%以上1.0質量%以下である。Tiの含有量は、例えば0.003質量%以上0.3質量%以下である。Bの含有量は、例えば0.0001質量%以上0.0040質量%以下である。
【0015】
アルミニウム合金鋳塊は、アルミニウム合金母材と、TiB粒子と、化学成分に応じた晶出物とを含む。アルミニウム合金母材は、アルミニウムと、アルミニウム合金鋳塊の化学成分に応じた固溶元素とを含む。アルミニウム合金母材は、多数の結晶粒から構成される。アルミニウム合金母材の結晶粒形態は、アルミニウム合金鋳塊の化学成分に応じて変化する。
【0016】
(溶解工程)
本工程では、アルミニウム合金の溶湯に、TiBを含有する微細化剤(以下、「TiB微細化剤」ともいう。)を添加し、TiB微細化剤を溶解させる。本工程では、TiB微細化剤の添加後に溶湯を撹拌するとよい。
【0017】
TiB微細化剤は、アルミニウムで構成された基体と、TiB粒子とを含む。基体の形状は、特に限定されず、例えば棒状又は板状とすることができる。TiB粒子は、基体中に存在している。
【0018】
TiB微細化剤におけるTiB粒子の含有量は、例えば0.2質量%以上4.0質量%以下である。また、TiB微細化剤が添加された溶湯におけるTiBの含有量は、例えば0.1ppm以上128ppm以下である。
【0019】
TiB微細化剤において、TiB粒子は、凝集していてもよいし、凝集せずに一次粒子の状態で基体中に分散していてもよい。TiB粒子は、TiB微細化剤の溶解によって、溶湯中で分散する。
【0020】
(鋳造工程)
本工程では、TiB微細化剤を溶解させた溶湯を冷却により鋳造する。鋳造方法としては、例えば半連続鋳造又は連続鋳造が用いられる。
【0021】
溶湯の凝固過程において、溶湯中に分散しているTiB粒子は、異質核としてアルミニウム合金母材の結晶粒の成長起点となる。これにより、アルミニウム合金母材の結晶粒が微細化される。
【0022】
<結晶粒形態予測装置及び結晶粒形態予測プログラム>
図1に示す結晶粒形態予測装置1は、上述のアルミニウム合金の製造方法において、TiBを含有する微細化剤が添加されたアルミニウム合金母材の結晶粒形態の予測を行うための装置である。
【0023】
「結晶粒形態」は、アルミニウム合金母材において、個々の結晶粒の形状(例えば、結晶粒のアスペクト比、粒径等)の分布を可視化したものである。本開示の結晶粒形態予測装置1によって結晶粒形態を予測することで、例えば、アスペクト比が一定値以上の柱状晶を発生させないための微細化剤の最小投入量を予測できる。
【0024】
また、本開示の結晶粒形態予測装置1によれば、アルミニウム合金の鋳塊の冷却速度の変化に伴う柱状晶の発生有無、微細化剤の種類(つまり製品種別)による結晶粒形態の変化、微細化効果の高いTiBの粒度分布等を予測することができる。
【0025】
結晶粒形態予測装置1は、例えば、プロセッサと、RAM、ROM等の記録媒体と、入出力部とを備えるコンピュータにより構成される。記録媒体に記録された結晶粒形態予測プログラムは、結晶粒形態予測装置1を構成するコンピュータに、微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得することを実行させる。結晶粒形態予測装置1は、結晶粒形態取得部2と、記憶部3とを有する。
【0026】
(結晶粒形態取得部)
結晶粒形態取得部2は、アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び溶湯への投入前の微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得するように構成されている。
【0027】
予測モデルに入力されるTiBの量は、例えば、溶湯に投入されるTiB微細化剤の溶湯への添加量に、このTiB微細化剤におけるTiBの含有割合を乗じたものである。
【0028】
予測モデルに入力されるTiBの粒度分布は、例えば、図2に示すように、横軸の円相当径と、縦軸の体積頻度とを対応させたデータの集合(つまりテーブル)である。この粒度分布は、例えば、3次元CT観察、エッチングによりTiB粒子を露出させた試料のSEM観察等によって測定される。また、同一種類(つまり同一品番)のTiB微細化剤については、過去に測定された粒度分布を流用することができる。
【0029】
予測モデルに入力されるTiBの粒度分布では、TiBの凝集体を1つの粒子として扱う。すなわち、凝集体を構成する複数の一次粒子を1つずつカウントするのではなく
、凝集体を1つの粒子としてカウントし、凝集体の体積を粒度分布に反映させたTiBの粒度分布が入力データとして使用される。
【0030】
図3A図3B及び図3Cは、予測モデルが出力するアルミニウム合金母材の結晶粒形態の一例である。図3A-3Cは、TiBの量以外は同じ条件を用いて予測モデルが予測を行った結果である。投入されるTiBの量は、図3A図3B及び図3Cの順に大きくなっている。
【0031】
図3A-3Cにおける各画素は、後述する予測モデルが設定する各節点に相当する。画素は、結晶方位に基づいて色分けされている。すなわち、結晶方位が同じ画素は、同じ濃度で着色されている。
【0032】
図3A-3Cの左端は、溶湯が冷却される端であり、図3A-3Cは、左から右に向かって溶湯が凝固していった結果を表している。図3A-3Cの左端以外の端部は、断熱されている。
【0033】
図3A-3Cでは、結晶粒の形状が模式的に示されている。具体的には、隣接する画素のうち、結晶方位(つまり濃度)が同じ画素は、1つの結晶粒を構成していると判断できる。換言すれば、予測モデルの出力では、同一の結晶方位を有する節点の集合体が結晶粒を構成している。
【0034】
図3Aでは、左右に伸びる柱状晶が多くみられる。図3AよりもTiBの量が多い図3Bでは、柱状晶の数が図3Aよりも減少している。さらにTiBの量が多い図3Cでは、柱状晶はわずかである。この結果から、図3A-3Cの予測に用いた微細化剤では、図3CにおけるTiBの量を溶湯に投入することで、柱状晶の発生を抑えられることが予測できる。
【0035】
なお、予測モデルは、結晶方位以外に、アルミニウム合金母材の結晶粒径を出力することも可能である。結晶粒径は、生成された成長核の数に基づいて算出される。
【0036】
予測モデルは、TiBの量とTiBの粒度分布とを環境条件として、アルミニウム合金母材の結晶粒形態を予測するシミュレータである。より具体的には、結晶粒形態取得部2は、TiBの量及び粒度分布に加えて鋳造条件を含む製造パラメータを、予測モデルに入力する。鋳造条件には、溶湯の化学成分及び冷却条件が含まれる。
【0037】
予測モデルは、溶湯内に複数の節点を設定する処理をまず実行する。予測モデルは、この処理によって溶湯をメッシュ化する。節点の間隔は任意に設定可能であり、例えば数μmである。なお、複数の節点は2次元的に配置されてもよいし、3次元的に配置されてもよい。
【0038】
次に、予測モデルは、入力されたTiBの粒度分布に基づいて、複数の節点それぞれにおける核生成過冷度(つまり臨界過冷度)を設定する処理を実行する。
【0039】
具体的には、予測モデルは、各節点に存在すると仮定されたTiB粒子の大きさに応じて、核生成過冷度ΔTfgを下記式(1)で計算する。式(1)中、σSLは固相と液相との界面エネルギ、ΔSは融解エントロピ、dは節点に存在するTiB粒子の直径である。
ΔTfg=4σSL/(ΔS・d) ・・・(1)
【0040】
式(1)で用いられるTiB粒子の直径dは、以下の手順で設定される。まず、入力
されたTiBの粒度分布から、粒度ごとのTiB粒子の個数(つまり、同じ粒度を有するTiBの凝集体及び凝集していないTiBの一次粒子の総数)を算出する。なお、粒度は、粒子の直径範囲を一定幅で細分化したものである。
【0041】
詳細には、まず、予測モデルは、粒度iに対する体積頻度f(i)と、下記式(2)及び(3)とによって、粒度ごとのTiBの総体積n(i)を算出する。式(2)中、VTiB2は、投入されるTiBの総体積である。式(3)中、VAlは、予測を行う鋳塊の体積、CTiB2は、入力されたTiBの量(質量%)、ρAlは、アルミニウムの密度、ρTiB2は、TiBの密度である。
(i)=VTiB2・f(i) ・・・(2)
TiB2=VAl・CTiB2・(ρAl/ρTiB2) ・・・(3)
【0042】
(i)の算出後、予測モデルは、下記式(4)によって、粒度iのTiBの個数n(i)を算出する。
n(i)=6n(i)/(πd(i)) ・・・(4)
【0043】
予測モデルは、このようにして求めた粒度iのTiBの個数n(i)に基づいて、各節点にランダムにTiB粒子を配置する。例えば、予測モデルは、粒度iの小さいTiB粒子から順に、ランダムに選択された節点に対しTiB粒子を1つずつ配置する。同じ節点にTiB粒子が重複して配置された場合は、後から配置されたTiB粒子(つまり粒度の大きいTiB粒子)が上書きされる。
【0044】
予測モデルは、各節点に配置されたTiB粒子の直径から、核生成過冷度ΔTfgをそれぞれ算出する。なお、TiB粒子の数(つまり添加量)が小さい場合は、TiB粒子が配置されない節点も存在し、この節点では核生成過冷度は設定されない。
【0045】
さらに、予測モデルは、複数の節点それぞれにおける結晶方位をランダムに設定する処理を行う。つまり、予測モデルは、核生成された各節点の結晶方位をランダムに設定する。これにより、結晶成長の反復計算のための初期設定が完了する。
【0046】
初期設定の完了後、予測モデルは、以下の結晶成長の反復計算を行う。まず、予測モデルは、マクロ的な伝熱解析により複数の節点それぞれにおける温度変化を計算する処理を行う。
【0047】
次に、予測モデルは、複数の節点のうち、核生成を開始したと判定される節点における結晶成長を計算する。なお、TiB粒子が配置されていない(つまり核生成過冷度が設定されていない)節点では、核生成は開始されない。
【0048】
具体的には、予測モデルは、公知のセルオートマトンモデルを用いて、結晶成長を計算する。詳細には、予測モデルは、下記式(5)及び式(6)の過冷度ΔT(K)及び成長速度v(m/s)の関係と、想定される過冷度ΔTの範囲とから、例えば下記式(7)に基づいて成長速度vを算出する。
ΔT=mC(1-(1-(1-k)・Iv(Pc))-1+2Γ/r ・・・(5)
Pc=r・v/2D ・・・(6)
v=a・ΔT+b・ΔT+c・ΔT ・・・(7)
【0049】
式(5)及び式(6)中、mは、液相線温度勾配(K)、Cは、初期溶質濃度、kは、平衡分配係数、Γは、Gibbs-Thomson係数(Km)、rは、結晶先端半径(m)、Pcは、ペクレ数、Iv(x)は、Ivantsov関数、Dは、拡散係数(m/s)である。式(7)中、a,b,cは、多項式近似における係数である。
【0050】
なお、式(5)及び式(6)は、結晶先端温度が、一般的に固液界面での溶質の分配による過冷(つまり溶質過冷)と先端が曲率を持つことによる過冷(つまり曲率過冷)との二つにより、液相線温度よりも低くなると仮定したKGT(Kurz-Giovanola-Trivedi)モデルである。式(7)は、一般的な凝固条件では結晶先端の温度勾配の影響を無視することができることに基づいた、多項式近似式である。
【0051】
また、予測モデルは、各節点の結晶方位に基づいて、各結晶の成長方向、すなわち、2次元の場合は正方形の対角線、3次元の場合は正八面体の各対角線の方向を規定する。予測モデルは、各節点における成長方向に対し、一定時間における結晶成長量を算出する。
【0052】
さらに、予測モデルは、結晶の成長範囲を判定する。具体的には、予測モデルは、1つの節点の結晶が隣接する節点に到達した場合、到達した節点が結晶方位を持たない場合は、この節点を成長させた結晶に取り込む。これにより、予測モデルは、結晶の成長範囲を拡大する。また、結晶が到達した節点がすでに結晶方位を持つ場合は、予測モデルは、この成長方向における結晶の成長を終了させる。
【0053】
予測モデルは、結晶粒の成長量に応じて排出される潜熱を全結晶粒に対して計算し、次の時間間隔に移る際に潜熱の総和(つまり全潜熱量を比熱で除した値)を溶湯温度に加算する。結晶粒形態予測モデルは、時間間隔ごとの上述のプロセスを繰り返し、溶湯の凝固が完了したと判定される時点で計算を終了する。
【0054】
<処理フロー>
以下、図4のフロー図を参照しつつ、結晶粒形態予測装置1が実行する処理の一例について説明する。
【0055】
本処理では、結晶粒形態予測装置1は、まず、各種のパラメータを予測モデルに入力する(ステップS110)。パラメータには、溶湯の化学成分、TiB微細化剤の仕様、及び鋳造時の冷却条件が含まれる。TiB微細化剤の仕様には、添加量、種類(つまり化学成分)、及びTiB粒子の粒度分布が含まれる。
【0056】
製造パラメータの取得後、結晶粒形態予測装置1は、初期設定(つまり、節点の設定、核生成過冷度の設定、及び結晶方位の設定)を行う(ステップS120)。初期設定後、結晶粒形態予測装置1は、予測モデルによる鋳造のシミュレーションを行う。
【0057】
具体的には、まず、結晶粒形態予測装置1は、鋳造における溶湯の温度分布を計算する(ステップS130)。次に、結晶粒形態予測装置1は、温度分布に基づいて溶湯の過冷度を計算する(ステップS140)。
【0058】
続いて、結晶粒形態予測装置1は、各節点の過冷度と核生成過冷度とを比較し、核生成条件が満足された節点において成長核が存在すると判定する(ステップS150)。さらに、結晶粒形態予測装置1は、各節点の温度から結晶の成長速度を算出すると共に、各節点の結晶方位から各結晶の成長方向を規定し、一定時間における結晶成長量を計算する(ステップS160)。
【0059】
結晶粒形態予測装置1は、結晶の成長範囲を判定する(ステップS170)。具体的には、結晶粒形態予測装置1は、1つの節点の結晶が隣接する節点に到達した場合、到達した節点が結晶方位を持たない場合は、この節点を成長させた結晶に取り込む。また、結晶が到達した節点がすでに結晶方位を持つ場合は、結晶粒形態予測装置1は、この成長方向における結晶の成長を終了させる。
【0060】
結晶の成長量の計算後、結晶粒形態予測装置1は、溶湯の潜熱放出量を計算し(ステップS180)、各ステップの凝固体積から溶湯の凝固が完了したか否か判定する(ステップS190)。
【0061】
凝固が完了していない場合(S190:NO)、結晶粒形態予測装置1は、温度分布計算(S130)から計算を繰り返す。凝固が完了した場合(S190:YES)、結晶粒形態予測装置1は、結晶粒形態として、例えば各節点の結晶方位を取得する(ステップS200)。
【0062】
<結晶粒形態予測方法>
本開示の結晶粒形態予測方法は、図4のフローにおけるパラメータ入力(S110)から結晶粒形態取得(S200)までに相当する取得工程を備える。
【0063】
すなわち、取得工程では、アルミニウム合金の溶湯に投入される微細化剤が含有するTiBの量及び溶湯への投入前の微細化剤におけるTiBの粒度分布を予測モデルに入力することによって、微細化剤が投入された溶湯の凝固により形成されるアルミニウム合金母材の結晶粒形態を取得する。
【0064】
[1-2.効果]
以上詳述した実施形態によれば、以下の効果が得られる。
(1a)TiBの量及び粒度分布に基づいて、アルミニウム合金母材における結晶成長を計算することができる。その結果、投入される微細化剤の条件に基づいたアルミニウム合金母材の結晶粒形態を予測することができる。
【0065】
(1b)TiBの粒度分布において、凝集体を1つの粒子として扱うことで、結晶成長に影響を与えるTiBの粒径を的確に考慮することができる。
(1c)TiBの粒度分布に基づいて核生成過冷度が設定されるため、粒径の成長タイミングを的確にシミュレートできる。
【0066】
(1d)結晶方位を設定した節点で伝熱解析を行うことで、結晶粒形態の予測精度を高めることができる。
【0067】
[2.他の実施形態]
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は、上記実施形態に限定されることなく、種々の形態を採り得ることは言うまでもない。
【0068】
(2a)上記実施形態の結晶粒形態予測プログラムは、必ずしも結晶方位をランダムに設定しなくてもよい。また、上記実施形態における各節点での温度変化の計算手順は一例であり、上述以外の手順を用いて温度変化を計算してもよい。
【0069】
(2b)上記実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素として分散させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に統合したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
【符号の説明】
【0070】
1…結晶粒形態予測装置、2…結晶粒形態取得部、3…記憶部。
図1
図2
図3
図4