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特開2024-9497フェライト系ステンレス鋼板とその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009497
(43)【公開日】2024-01-23
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240116BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240116BHJP
   C22C 38/48 20060101ALI20240116BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C22C38/48
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111064
(22)【出願日】2022-07-11
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】寺岡 慎一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 力
(72)【発明者】
【氏名】田村 眞市
(72)【発明者】
【氏名】大野 晃
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB06
4K037EB07
4K037EB08
4K037EB09
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB00
4K037FE01
4K037FE02
4K037FF03
4K037FF05
4K037FG00
4K037FJ01
4K037FJ07
4K037FK02
4K037FK03
4K037JA07
(57)【要約】
【課題】0.2質量%以上のNbを含有するフェライト系ステンレス鋼の高温強度や生産性を損ねることなく、常温における高い加工性を付与した高温強度と加工性に優れるフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.010%以下、Si:0.05~1.20%、Mn:0.05~1.50%、P:0.035%以下、S:0.010%以下、Cr:10.5~20.0%、Ni:0.01~0.60%、Cu:0.01~1.60%、Mo:0.01~2.0%、Al:0.001~0.10%、Nb:0.20~0.60%、N:0.002~0.02%を含有し、鋼板のL断面において、析出物の内、長径と短径の平均値が0.05~0.2μmの析出物の個数密度が0.2個/μm以下であり、結晶粒度がGSNで6~8であるフェライト系ステンレス鋼板。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.010%以下、Si:0.05~1.20%、Mn:0.05~1.50%、P:0.035%以下、S:0.010%以下、Cr:10.5~20.0%、Ni:0.01~0.60%、Cu:0.01~1.60%、Mo:0.01~2.0%、Al:0.001~0.10%、Nb:0.20~0.60%、N:0.002~0.02%を含有し、残部Feおよび不純物からなり、
鋼板の圧延方向かつ板厚方向の断面において、析出物の内、長径と短径の平均値が0.05~0.2μmの析出物の個数密度が0.2個/μm以下であり、
結晶粒度がGSNで6~8である
ことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
更に、A群元素として、Sn:0.001~0.20%、Co:0.001~0.10%の1種または2種、
B群元素として、Ti:0.005~0.15%、V:0.005~0.10%、Zr:0.005~0.10%の1種または2種以上、
C群元素として、B:0.0003~0.0030%、
D群元素として、Ca:0.0001~0.0010%、REM:0.001~0.020%1種または2種、
のA群~D群の1群以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の化学組成を有するスラブを、
連続鋳造法で厚さ150~250mm厚に鋳造し、
熱延加熱炉で1050~1250℃に加熱後、板厚3~8mmに熱間圧延し、350~630℃で巻取り、
熱延板焼鈍を省略し又は実施して、熱延板の酸洗を行い、
引き続き冷間圧延を行って板厚0.8~2.5mmとし、
続いて、冷延板を焼鈍するに際しては840~1000℃の温度範囲を50℃/s以上の昇温速度で加熱し、1000~1060℃で4~60秒保持する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の排気系部品に使用されるような、高温強度と加工性が必要とされる部材用のフェライト系ステンレス鋼板とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球環境問題に端を発する自動車の燃費向上対策の一つとして車体の軽量化が進められており、自動車に使用される鋼板をできるだけ高強度化して板厚を薄くすることや、アルミや樹脂素材で代替して軽量化することが行われている。軽量化のニーズは自動車車体だけでなく各種部品にも求められている。その一つにエンジンの排気ガスを処理する排気系部品がある。排気系部品は高温のエンジン排ガスに晒されるため、高い高温強度と耐酸化性が求められるため、耐熱鋼SUH409LやSUS436L、AISI429、AISI441等のステンレス鋼が用いられており、排気系部品の重量は車一台当たり20~30kgになる。特にエンジンに直結するエキゾーストマニホールドは最も上流で高温のエンジン排ガスに晒されるため、以前は鋳物であったが、ステンレス鋼のパイプを溶接成形する、或いは板をプレス成型後に溶接して成形するようになって、軽量化が進められてきた。
【0003】
エキゾーストマニホールドのような高温環境に晒される部品はホットエンド(H/E)部品と称されるが、高温強度を高めるために、Nb,Mo,Cuなどが添加される。一方でこれら元素の固溶強化により、常温における加工性が低下するため、これまでに多くの技術開発が成されてきた。
【0004】
特許文献1では、Nbを0.4~1wt%含有するフェライト系ステンレス鋼を1100~1200℃の温度域で仕上げ焼鈍することで、結晶粒度をGSNで6番以下とすることで、常温における降伏応力を下げて加工性を向上させ、900℃における高温耐力も高める技術が報告されている。しかしながら、常温における加工性は降伏応力よりもランクフォード値の影響の方が大きく、また1100℃以上の高温で仕上げ焼鈍することによる結晶粒の粗大化は、加工時のオレンジピールの形成により熱疲労寿命を低下させる問題があった。
【0005】
また、特許文献2では、Ti:0.05~0.5%、Nb:0.1~1.0%を含有するフェライト系ステンレス鋼に熱延板焼鈍を行うことなく、100mm以上のロール径を有する圧延ロールにて圧下率50~70%の冷間圧延を行う、高温強度および成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼薄板の製造方法が示されている。この製造方法が、自動車排気系用のNb添加鋼薄板において、加工性を高めたい場合に、今日一般的に用いられている製造方法である。しかしながら、この製造方法だけでは、今日求められている高加工用途に十分な加工性を得ることができていない。
【0006】
そこで、製造方法以外の技術で加工性を向上させるべく、従来のNb,Mo添加による高温強度の向上に対して、Cu添加を組み合わせた鋼種が種々開発されている。特許文献3では、Nb:0.15~0.80%、Cu:1.0~3.0質量%を含む、ガスタービンの排気ガス経路部材用フェライト系ステンレス鋼が示されている。Cuは高温強度に対して、NbやMoほど影響しないが、自動車排気系部品のように加熱冷却が繰り返される環境においては、溶体化と析出を繰り返すことで熱疲労寿命を高める。但し、Cuは熱延板酸洗時の酸洗性を大きく損なうと共に、合金コストの増加、リサイクル性の悪化など、複数の課題を抱えている。また、NbやMoを減らして、Cuで代替することにより、常温における降伏応力は、少し低下して加工しやすくなるが、ランクフォード値の向上は望めないため、加工限界は向上しない。
【0007】
そこで、再度プロセスの最適化による加工性向上に取り組んだ技術が特許文献4である。仕上げ焼鈍前に多くの析出物を析出させ、仕上げ焼鈍時にそれらを溶体化することで、高温強度と常温における加工性が両立すると述べられている。仕上げ焼鈍前に一旦析出させる微細析出物は0.4~1.2質量%であり、仕上げ焼鈍後に粒径0.5μm以下の析出物を0.5質量%以下にすることで、(222)面の強度を高め、加工性が向上するとされている。しかしながら、この発明のように、熱延板に450~750℃の熱処理を施すことは、製造工期を長くするために非効率であるだけでなく、熱延板の靭性を低下させ、冷延工程での板破断のリスクを高めるために、非現実的なプロセスと思われた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平05-331551号公報
【特許文献2】特開平06-179921号公報
【特許文献3】特開2002-004011号公報
【特許文献4】特開2002-194507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、これまでに開示されている技術で、高温強度に優れるNb、Mo、Cuを含有する自動車排気系部品用のフェライト系ステンレス鋼板に、これまで以上の高い加工性を、経済的に付与することは困難であり、新たな技術開発が求められている。
【0010】
そのため、本発明は、0.2質量%以上のNbを含有するフェライト系ステンレス鋼の高温強度や生産性を損ねることなく、常温における高い加工性を付与した高温強度と加工性に優れるフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)質量%で、C:0.010%以下、Si:0.05~1.20%、Mn:0.05~1.50%、P:0.035%以下、S:0.010%以下、Cr:10.5~20.0%、Ni:0.01~0.60%、Cu:0.01~1.60%、Mo:0.01~2.0%、Al:0.001~0.10%、Nb:0.20~0.60%、N:0.002~0.02%を含有し、残部Feおよび不純物からなり、鋼板の圧延方向かつ板厚方向の断面において、析出物の内、長径と短径の平均値が0.05~0.2μmの析出物の個数密度が0.2個/μm以下であり、結晶粒度がGSNで6~8であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
(2)更に前記Feの一部に代えて質量%で、A群元素として、Sn:0.001~0.2%、Co:0.001~0.1%の1種または2種、B群元素として、Ti:0.003~0.15%、V:0.005~0.10%、Zr:0.005~0.10%の1種または2種以上、C群元素として、B:0.0003~0.0030%、D群元素として、Ca:0.0001~0.0010%、REM:0.001~0.020%1種または2種、のA群~D群の1群以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0012】
(3)(1)または(2)に記載の化学組成を有するスラブを連続鋳造法で厚さ150~250mm厚に鋳造し、熱延加熱炉で1050~1250℃に加熱後、板厚3~8mmに熱間圧延し、350~650℃で巻取り、熱延板焼鈍を行わずに又は行った後、熱延板の酸洗を行い、引き続き冷間圧延を行って板厚0.8~2.5mmとし、続いて、冷延板を焼鈍するに際しては840~1000℃の温度範囲を50℃/s以上の昇温速度で加熱し、1000~1060℃で4~60秒保持することを特徴とする(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、0.2質量%以上のNbを含有するフェライト系ステンレス鋼の高温強度や生産性を損ねることなく、常温における高い加工性を付与した高温強度と加工性に優れるフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【0014】
0.2質量%以上のNbを含有するフェライト系ステンレス鋼薄板の仕上げ焼鈍において昇温条件を適切に制御することにより0.05μm以上、0.2μm以下の微細な析出物の析出を抑制し{111}方位の発達を促進する。更に、既存の設備を有効に活用して新規設備投資をミニマム化し、かつ有害な微細析出物の析出を抑制するため、冷延板焼鈍において、微細析出物が析出する温度域である840~1000の間を50℃/s以上の昇温速度で昇温し、以降は均一な再結晶組織でかつ結晶粒度がGSNで6~8になるように、1000℃~1050℃の温度域で2秒から60秒の焼鈍を行うことで、0.2%以上のNbを含有するフェライト系ステンレス鋼板に、常温におけるこれまで以上の高い加工性を付与することができる。自動車の軽量化のために板厚を薄くしても、成形が可能になることに加えて、燃費向上のために最適化される複雑形状の部品加工も高温強度を損ねることなく可能になる、また、多量のCuやMoを添加する必要もないために、原料コストや酸洗時のコストも低減することが可能になり、その経済的効果は大きい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】AISI429(0.4%Nb)鋼の板厚1.5mmの冷延板を常温から1040℃までの加熱する際の昇温速度を変化させて昇温し、1040℃で6秒の焼鈍を行った時の、昇温速度とランクフォード値の関係を示す図である。
図2図1に示したランクフォード値を測定した冷延焼鈍板において、析出物をSEM観察した写真であり、(A)(B)(C)はそれぞれ、昇温速度が100,20,3℃/sの場合である。
図3】急速加熱開始温度と析出物の個数密度の関係を示す図である。
図4】析出物の個数密度と平均ランクフォード値の関係を示す図である。
図5】AISI429(0.4%Nb)鋼の板厚1.2mmの冷延板を常温から所定の急速加熱開始温度まで3℃/sで昇温し、引き続き100℃/sで1040℃まで急速加熱し、1040℃で6秒焼鈍した時の、鋼板において析出物をSEM観察した写真であり、(A)、(B)は急速加熱開始温度がそれぞれ950℃、840℃の場合の冷延焼鈍板、(C)は焼鈍前の冷延板を示す。
図6図5に示したと同様の処理を行い、急速加熱開始温度を4種類変化させた場合の急速加熱開始温度とランクフォード値の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明を詳細に説明する。
前述のように、本発明は、0.2質量%以上のNbを含有するフェライト系ステンレス鋼の高温強度や生産性を損ねることなく、常温における高い加工性を付与した高温強度と加工性に優れるフェライト系ステンレス鋼板とその製造方法である。常温における加工性の指標の一つとして、常温での引張試験の全伸びが30%以上を目標とする。高温強度については、700℃の引張強さが165MPa以上を目標とする。
【0017】
本発明者らは自動車のエキゾーストマニホールド用のフェライト系ステンレス鋼AISI429(0.4質量%Nb)の析出物をSEMで5000倍に拡大して観察したところ、0.2μm以下の微細な多数の析出物と0.5~2.0μm程度の比較的粗大な少数の析出物が観察され、微細な析出物は列をなして析出していた。この微細な析出物は冷延焼鈍前の冷延板では認められず、焼鈍後に観察されることや、列を成した析出形態から、圧延で展伸したフェライト粒界に、焼鈍加熱時に析出したものと考えられた。
【0018】
以下、ランクフォード値については、圧延方向に平行なL方向(r)、板幅方向に平行なC方向(r90)、その中間となるD方向(r45)の三方向で試験を行い、ランクフォード値の平均rは、r=(r+r90+2r45)/4で求めた。
【0019】
そこで、上記組成の冷延板について、昇温速度を3,20,100℃/sと変化させて常温から1040℃まで加熱して6秒焼鈍する処理を行った。冷延焼鈍板のランクフォード値を評価して図1に示した。その結果、図1に示す通り、昇温速度が100℃/sの焼鈍材は他の焼鈍材に比べてランクフォード値が高くなっていた。
【0020】
また、図2(A)(B)(C)はそれぞれ、昇温速度が100,20,3℃/sの場合の、冷延焼鈍板の圧延方向かつ板厚方向の断面(L断面)において、析出物をSEM観察した写真である。写真の左右方向が圧延方向、上下方向が板厚方向である。このSEM観察写真において、長径と短径の平均値が0.2μm以下の微細な析出物の個数密度を評価した。図2(A)に示す通り、昇温速度100℃/sでは微細な析出物がほとんどないことが分かった。すなわち、昇温過程における微細な析出物の析出を急速加熱で抑制することによって、ランクフォード値を高めたと考えられた。加工性の向上に有利な、γ-fiberと呼ばれる{111}方位粒がより発達したことに起因すると考えられる。ここで{111}方位粒とは、{111}面と鋼板表面とのなす角度が15°以内である結晶粒を意味している。
【0021】
一般的な工業用の鋼帯用連続焼鈍炉はガスバーナーや、ラジアントチューブからの輻射加熱で昇温するために、昇温速度は板厚にもよるが、1.5~2.0mmで0.5~20℃/sである。インダクションヒーターや通電加熱方式を用いればより急速の加熱が可能になるが、全温度域を急速加熱すると、板幅方向の温度バラツキが大きくなり、材質の不均一を招きかねない。更には設備費が大きくなる。
【0022】
そこで、既存の鋼帯用焼鈍炉の中に急速加熱設備を組み込み、特定の温度域だけ急速加熱することを考えた。常温から、所定の急速加熱開始温度T1まで3℃/sで加熱し、以降を100℃/sで1040℃まで加熱し、4秒保定した。急速加熱開始温度T1として、840,880,920,950℃を採用した。それぞれの条件で焼鈍した冷延焼鈍板について、析出物密度と平均ランクフォード値の評価を行った。析出物密度については、鋼板の圧延方向かつ板厚方向の断面(L断面)において、析出物の現出にSPEED法を用いて母地を選択溶解して析出物を現出させ、FE-SEMで観察した。
【0023】
図3は、横軸を急速加熱開始温度とし、縦軸を析出物の個数密度とし、長径と短径の平均値が0.2μm以下の微細な析出物の個数密度を○、0.2μm超の析出物の個数密度を△として図示したものである。その結果、840℃から急速加熱することで、図3に示す通り、微細な析出物が顕著に低減した。
【0024】
図4は、横軸を長径と短径の平均値が0.2μm以下の微細な析出物の個数密度、縦軸を平均ランクフォード値rとして図示したものである。図4に示す通り、微細な析出物の個数密度が低下するほど、平均ランクフォード値rが高くなった。
【0025】
以上の結果に基づき、急速加熱すべき温度域は840℃以上とした。急速加熱の終了温度についても同様の試験を行った結果、1000℃迄を急速加熱すべきであることが分かった。そして急速加熱すべき温度域での平均昇温速度が50℃/s以上であれば、有害な析出物の析出が抑制され、ランクフォード値の向上が可能であることが分かった。
【0026】
鋼板の結晶粒度については、JIS G0551「鋼-結晶粒度顕微鏡試験方法」に基づいてGSNを測定することができる。急速加熱後は均一な再結晶組織としたうえで、加工肌荒れを生じずに、かつ高いランクフォード値にするために、鋼板の結晶粒度をGSNで6~8とする必要がある。GSNが6未満の粗粒では加工時のオレンジピールが懸念される。一方、GSNが8を超えると、常温における伸びが低く、ランクフォード値も低くなる。
【0027】
冷延焼鈍後の加熱保持温度が1000℃未満の焼鈍では未再結晶粒が一部残存し、1100℃×60sを超えるとGSNが6より小さくなることが分かった。再結晶フェライト粒の粒径を適切な範囲とするには、温度と時間を最適化することが必要になるが、1020~1060℃の温度範囲で4~60秒保定することで、GSNを6~8とすることが可能になる。結晶粒径の制御は既存の技術でも行われてきたことであるが、本発明では急速加熱により有害な微細析出物の析出量を抑制することで、同じGSNにおいて最高レベルのランクフォード値を得ることが可能になる。{111}方位粒が更に発達するためであると考えられる。
【0028】
<フェライト系ステンレス鋼板>
以上の知見に基づき本発明は、当該用途におけるフェライト系ステンレス鋼としての理想的な析出物の形態と量、析出制御方法を見出したものである。
【0029】
[化学成分]
各成分の限定理由を以下に説明する。なお、以下の説明中、各元素の含有量を示す「%」は特に断りがない限り「質量%」を示す。
【0030】
C:0.010%以下
固溶CはCr炭化物を形成して鋭敏化に伴う耐食性低下の原因になり、C量に見合った安定化元素Nb,Ti,V,Zrの添加が必要になり合金コストが増加するため、0.010%以下にすることが必要である。好ましくは0.008%以下である。
一方、Cは鉄鉱石を製錬する過程で、溶鋼中に取り込まれる。転炉精錬や脱ガス工程で大部分は除去することが可能であるが、精錬時間が長時間化して生産性を損なうほか、副次的にCrが酸化され合金歩留まりを低下させるため、0.001%以上にすることが好ましい。薄板製品としての強度延性バランスを考慮すると、0.002%以上、0.006%以下にすることが望ましい。
【0031】
Si:0.05~1.20%
Siは溶解精錬時における脱酸のために必要であるほか、熱延加熱時の酸化スケール生成を抑制するのにも有効であるため、0.05%以上とした。自動車排気系部品としての耐酸化性の確保のためには、0.10%以上にすることが望ましい。
一方、Siは固溶強化により薄鋼板の延性を低下させるため、1.20%以下とした。また、Siは冷延板焼鈍時にSi酸化膜を形成して、酸洗性を低下させることから、1.10%以下にすることが望ましい。
【0032】
Mn:0.05~1.50%
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、中温域での高温強度上昇に寄与する元素である。また、長時間使用中にMn系酸化物が表層に形成し、スケール(酸化物)の密着性や異常酸化の抑制効果に寄与する元素であるため、0.05%以上とする。
一方、過度な添加は、γ相(オーステナイト相)の析出による熱延板靭性の低下を生じる他、MnSを形成して耐食性を低下させるため、上限を1.50%とする。
なお、高温延性やスケールの密着性、異常酸化の抑制を考慮すると、0.20~1.00%が望ましい。
【0033】
P:0.035%以下
Pは原料である溶銑やフェロクロム等の合金中に不純物として含まれる元素である。熱間加工性や靭性に対して有害な元素であるため、0.035%以下とした。Pは加工性を低下させる元素でもあることから、0.030%以下にすることが望ましい。また、過度な低減は高純度原料の使用が必要になるなど、コストの増加に繋がるため、Pの下限を0.010%とすることが好ましい。
【0034】
S:0.010%以下
Sはオーステナイト相に対する固溶量が小さく、粒界に偏析して熱間加工性の低下を促進する元素であり、0.010%を超えるとその影響は顕著になるため0.010%以下とする。Sの含有量は少ないほど硫化物系介在物が減少し耐食性が向上するが、低S化には脱硫負荷が増大し、製造コストが増大するため、下限を0.001%とするのが好ましい。なお、好ましくは0.001%~0.008%である。
【0035】
Cr:10.5~20.0%
Crは耐酸化性や耐食性確保のために必須な元素である。10.5%未満では、これらの効果は発現せず、20.0%超では加工性の低下や靭性の劣化をもたらすため、10.5~20.0%とする。なお、排気系部品の構造に起因する耐隙間腐食性や酸化に伴う高温強度の低下を考慮すると、13.5%~19.0%が望ましい。
【0036】
Ni:0.01~0.60%
Niは、フェライト系ステンレス鋼の合金原料中に不可避的不純物として混入し、一般的に0.01~0.20%の範囲で含有される。また、孔食の進展抑制に有効な元素であり、その効果は0.01%以上の添加で安定して発揮されるため下限を0.01%とする。一方、多量の添加は、固溶強化による材質硬化を招くおそれがあるため、その上限を0.60%とする。なお、合金コストを考慮すると0.05~0.40%が望ましい。
【0037】
Cu:0.01~1.60%
Cuは溶製時のスクラップからの混入等、不可避的に含有される場合が多い、但し、高純度原料を使用してCuを減らすと、孔食の成長時に活性溶解を促進して耐食性を損なうことがあるので、下限を0.01%以上とした。耐食性をより高めるためには0.03%以上が望ましい。また、高温強度を高めるために積極的に添加される場合もあるが、過度の含有は熱間加工性や耐食性を低下させるので、1.60%以下とした。尚、Cu析出による耐食性低下が生じる場合もあるため、1.20%以下が望ましい。
【0038】
Mo:0.01~2.00%
MoはCuと同様に活性溶解を抑制する作用があり孔食の進展を抑制するため、耐食性向上に有効な元素である。その効果を発現するため0.01%以上とする。より高い耐食性を得るためには0.03%以上が望ましい。一方、過剰なMoは固溶強化により強度を高めプレス成形性を損なうために、その上限を2.00%以下とする。耐食性と加工性の両立のためには1.50%以下が望ましい。
【0039】
Al:0.001~0.10%
Alは脱酸のために有効な元素であり、その効果は0.001%以上で発現されるため、下限を0.001%とした。尚、Si、Mnとの組み合わせによる脱酸効果を得るためには0.005%以上にすることが好ましい。
一方、Alはスラグの塩基度を上げ、鋼中に水溶性介在物CaSを析出させ、耐食性を低下させる場合があるため0.10%を上限とした。また、アルミナ系の非金属介在物による伸びの低下を考慮すると、0.01%以下にすることが好ましい。
【0040】
Nb:0.20~0.60%
Nbは、高温強度や熱疲労特性を向上させると共に、Cr欠乏層の形成を抑制することで耐食性を向上させる元素である。排気系部品に必要な高温強度を得るためには0.20%以上の添加が必要である。耐摩耗性と耐食性の観点からは0.30%以上にすることが好ましい。一方、過度の添加は、排気系部品として使用中にFeNbC、Laves相(FeNb)を生じさせ、Nbによる高温での固溶強化能を損なうために望ましくないため、0.60%以下にする。高温強度と耐食性、加工性の両立のためには、0.45%以下にすることが望ましい。
【0041】
N:0.002~0.02%
Nは粒界にCr窒化物を形成して鋭敏化による耐食性低下の原因となる元素である。真空中での脱ガス処理によって低減されるが、長時間の脱ガス処理は溶鋼温度が下がるため難しく、N低減には工業的に限界があるためNの下限は0.002%以上とした。一方、多量の窒素を添加すると加工性や耐食性が低下すると共に、安定化元素の多量添加が必要になるため、Nの上限は0.02%とした。加工性と耐食性の両立の点からは、0.008%以上、0.015%以下にすることが好ましい。
【0042】
本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、上記成分を含有し、残部Feおよび不純物からなる。また、本発明では、上記元素に加えて、前記Feの一部に代えて質量%で、A群元素として、Sn:0.001~0.2%、Co:0.001~0.1%の1種または2種、B群元素として、Ti:0.005~0.15%、V:0.005~0.10%、Zr:0.005~0.10%の1種または2種以上、C群元素として、B:0.0003~0.0030%、D群元素として、Ca:0.0001~0.0010%、REM:0.001~0.020%1種または2種、のA群~D群の1群以上を含有してもよく、高純度原料を使用して上限規制を行ってもよい。
【0043】
A群元素のSn、Coは、高温強度や耐食性の向上に寄与する元素である。
Sn:0.001~0.20%
SnはMoやCuと同様に孔食の進展を抑制することで耐食性を高める元素であるため、必要に応じて添加することが望ましい。その効果を発現するためには0.001%以上が好ましい。しかしながらSnは酸化スケール下に濃化して熱延割れや疵の原因になることが知られている。また、400~700℃で長時間時効すると、鋼の靭性を低下させることがあり、Sn量は極力低減することが望ましいとされるため、0.20%以下の添加が好ましい。
【0044】
Co:0.001~0.10%
CoはNbやMo、Cuと同様に高温強度を高める効果を示すが,比較的高価な元素であるため、必要に応じて添加することが望ましい。その効果を発現するためには0.001%以上が好ましい。しかしながらCoはNb析出物の析出を促進させる作用があるため、0.10%以下の添加が好ましい。
【0045】
B群元素のTi、V、Zrは、安定化元素として付加的な耐食性と加工性の向上に寄与する元素である。
Ti:0.005~0.15%
TiはNbと共に、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、常温延性や深絞り性を向上させる元素である。そこでTiの含有量は、経済的に成しうるC、N、Sの低減可能な量とNb添加量からその量が決まるが、過剰なTi添加は固溶強化により常温の加工性を損なうため、その上限を0.15%以下とする。しかし、安定化元素としてNb単独添加を行うことは、Tiに比べてNbが高価な元素であることから、Nbの補助としてTiを添加することが好ましいために、0.005%以上添加することが好ましい。また、TiはNbよりも硫化物系性能が高く、孔食の発生抑制に有効な元素であることから、0.01%以上添加することが望ましい。
【0046】
V:0.005~0.10%
Vは炭窒化物を形成する安定化元素としての機能があるため、必要に応じて添加することが望ましい。その効果を発現するためには0.005%以上とすることが好ましい。一方で、多量の添加は凝固偏析に起因する粗大炭化物の形成を促進し、延靭性を低下せる懸念があるため、0.10%以下とすることが好ましい。
【0047】
Zr:0.005%~0.10%
Zrは炭窒化物を形成する安定化元素としての機能があるため、必要に応じて添加することが望ましい。その効果を発現するためには0.005%以上とすることが好ましい。一方で、多量の添加は凝固偏析に起因する粗大炭化物の形成を促進し、延靭性を低下せる懸念があるため、0.10%以下とすることが好ましい。
【0048】
C群元素のBは、二次加工性の向上に寄与する元素である。
B:0.0003%~0.0030%
Bは、粒界偏析により粒界強度を高め二次加工性を向上させる効果があるために、必要に応じて添加すれば良く、その効果を発揮させるためには、下限を0.0003%以上とすることが好ましい。しかし、過度な添加は、CrB、(Cr、Fe)23(C、B)の析出により、靭性や耐食性を損なうため、その上限を0.0030%とすることが好ましい。
【0049】
D群元素のCa、REMは、オキサイドメタラジーによる凝固組織の微細化、硫化物の低減による耐食性の向上に寄与する元素である。
Ca:0.0001~0.0010%
Caは脱硫のために添加される元素であり、耐火物の溶損やスラグの巻き込によっても混入する元素である。硫化物起因の疵や耐食性の劣化を防ぐためには、0.0001%以上とすることが好ましい。しかし、過度な添加は、Ca含有酸化物の増加によるノズル詰まりや、疵の発生をもたらすため、その上限を0.0010%とすることが好ましい。
【0050】
REM:0.001~0.020%
REMは脱硫や鋼中のPを固定して焼き戻し脆化を防止するために添加される元素である、凝固組織の微細化や耐酸化性の向上を目的に添加する場合もある。これらの効果を複合的に発揮するためには、0.001%以上とすることが好ましい。しかし、過度な添加は、粗大な酸化物や硫化物の形成により、ノズル詰まりや疵の発生をもたらすため、その上限を0.020%とすることが好ましい。
【0051】
[ステンレス鋼板L断面における長径と短径の平均値が0.05μm以上、0.2μm以下の析出物の個数密度が0.2個/μm以下]
前述の図4に示したように、鋼板の圧延方向かつ板厚方向の断面(L断面)において、横軸を長径と短径の平均値が0.2μm以下の微細な析出物の個数密度が低下するほど、平均ランクフォード値が高くなった。微細な析出物の個数密度が0.2個/μm以下であれば、平均ランクフォード値は十分に高い値となる。この結果に基づき、本発明では、ステンレス鋼板L断面における長径と短径の平均値が0.05μm以上、0.2μm以下の析出物の個数密度が0.2個/μm以下と規定した。析出物の大きさ下限を0.05μm以上としたのは、SPEED法などで析出物を溶解せずに母地だけを溶解する手法で析出物を現出してFE-SEMなどを用いて観察する場合に、0.05μm以下の析出物は精度よく現出することが難しいからである。
【0052】
冷延板の仕上げ焼鈍工程においてランクフォード値の向上に必要な{111}方位粒を発達させるためには{111}方位の再結晶粒の生成と成長を促進することが必要である。長径と短径の平均値が0.5~2.0μm程度の大きさである熱延加熱時にも固溶しないNb(C,N)は、鋼板組織に関係なく均一に分散しているため、仕上げ焼鈍時の結晶方位制御には影響しない。
【0053】
一方で、仕上げ焼鈍の昇温過程で析出する長径と短径の平均値が0.05~0.2μmの析出物、FeNbCやFeNbは主にフェライト粒界に析出するため、粒界に核形成する{111}方位粒の形成や成長を阻害する。析出物の現出にSPEED法を用いて母地を選択溶解して析出物を現出させ、FE-SEMで観察して個数密度を測定した時に、微細な析出物の個数密度が0.2個/μm以下であればランクフォード値が高くなっていた。個数密度を精度良く測定するためには、5000~10000倍の倍率で複数視野を写真撮影し2000μm以上の被検面積とすることが望ましい。
【0054】
<製造方法>
本発明範囲の組成を有し、公知の条件にて、連続鋳造法により板厚250~150mm厚のスラブに鋳造し、公知の方法で熱間圧延、冷間圧延を行う。好ましくは、スラブが150℃以下にならないように保熱或いは加熱保持し、必要に応じてスラブ表層をグラインダー手入れし、引き続き熱延の加熱炉で1250~1050℃に加熱し、熱間圧延で板厚3~8mmの熱延鋼帯とし、350~630℃で巻取り、熱延板焼鈍を行わずに又は実施し、その後に酸洗し、冷間圧延を行って板厚0.8~2.5mmとする。
【0055】
冷間圧延後の仕上げ焼鈍に際しては、840℃~1000℃の温度域を平均昇温速度50℃/s以上の昇温速度で急速加熱し、1000~1060℃で4秒から60秒の焼鈍を行い、調質圧延、酸洗の各工程を経て、板厚0.8~2.5mmの冷延焼鈍板とする。これにより、0.05~0.2μmの析出物が個数密度で0.2個/μm以下であるフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。なお調質圧延は酸洗前に行ってもよい。本発明で製造した鋼板は溶接し造管してステンレス鋼鋼管にして排気系部品用に供される場合もある。
【0056】
以下に製造方法を詳細に説明する。
[スラブ鋳造後、熱延加熱炉挿入]
スラブの鋳造厚みは、熱間圧延で組織を造りこむために必要な熱間圧延率を得るために、150mm以上とすることが必要である。連続鋳造時の生産性を考慮すると200mm以上が好ましい。一方で、スラブが厚くなりすぎると凝固組織が特に板厚1/4~中心部において粗大になり、熱間圧延率をいくら上げても、加工性向上に必要な熱延板組織を造りこむことができなくなるため、250mm以下とする。製品のリジングを低減するためには、240mm以下とすることが好ましい。鋳造したスラブは、スラブの表面性状や最終製品の用途によって必要であれば、グラインダーなどによる表面手入れを行うことが好ましい。また、対象鋼は炭素鋼と異なり、相変態がないため、粗大な凝固組織のままであり、粗大粒に起因する靭性低下により割れるリスクが有るため、鋳造後は熱間圧延の加熱炉に挿入するまで、150℃以上の温度に保熱することが好ましい。
【0057】
[スラブ加熱]
スラブは熱間圧延のために加熱される。これは変形抵抗を下げることで、スラブの厚みから、板厚3~8mmの熱延鋼帯まで熱間圧延するためである。加熱温度が低すぎると、ステンレス鋼は酸化スケールが薄いため、熱間圧延のワークロールと焼き付き疵が発生しやすくなる。更に粗熱延と仕上げ熱延の間で再結晶させることにより、仕上げ熱延後に、製品の加工性向上に必要な集合組織が発達するのだが、加熱温度が低すぎるとこの間の再結晶が不十分になり加工性が低下することがある。これらの影響を考慮すると加熱温度を1050℃以上とすることが必要である。鋼中Nb量が増えると再結晶が遅延するため1150℃以上が好ましい。一方で、加熱温度が高すぎると強度の低下により、スラブが熱延加熱炉の中で垂れて、搬送不良を生じたり、スキッドがスラブに押し込むことで、疵が生じたりするため1250℃以下にすることが必要である。加熱温度の高温化は粗熱延と仕上げ熱延の間で再結晶した結晶粒の粗大化により、熱延板集合組織の望ましい発達を阻害することがあるため、1200℃以下が好ましい。
【0058】
[熱間圧延・巻取]
熱間圧延では粗熱延で、板厚25~40mmまで圧延し、仕上げ熱延で板厚3~8mmまで圧延される。巻取り温度は、熱延コイルの長手方向に不均一な析出物形成を避け、またスケールの成長を防ぎ酸洗効率を高めるために、350~630℃とすることが好ましい。
【0059】
[冷間圧延]
熱延コイルはショットブラストやベンディングロール、研削ブラシなどでメカニカルなデスケーリングを行った後、酸に浸漬してデスケーリングされる。酸洗は硫酸を主な組成として50~90℃である浴を用いることが、得られる表面性状の点から好ましい。また、製品のリジングが問題になる用途においては、酸洗前に熱延板焼鈍を850~1100℃行うことが好ましい。850未満では再結晶が不十分であり、リジング低減効果が得られない。一方、1100℃を超えると、スケールが厚く成長するために、酸洗工程の負荷が大きくなる。このようにして酸洗された熱延コイルは、冷間で圧延されて、板厚0.8~2.5mmの冷延コイルとされる。最終製品の加工性を高める集合組織を発達させるためには、冷間圧延のワークロール径を400mm以上とすることが好ましい。また、冷延後の自動車排気系部品の各用途で必要とされる板厚にするが、冷間圧延後に望ましい圧延集合組織を得るためには、2.5mm以下とすることが好ましいし、排気系部品として必要とされる高温強度を担保するためには、1.0mm以上が望ましい。
【0060】
[仕上げ焼鈍]
冷延板の仕上げ焼鈍に際しては840~1000℃の温度域を平均昇温速度50℃/s以上で昇温する。
【0061】
前述のとおり、840~1000℃の温度範囲を平均昇温速度50℃/s以上で急速加熱することにより、長径と短径の平均値が0.05μm以上、0.2μm以下の析出物の個数密度を0.2個/μm以下に制御することができる。尚、有害な微細析出物は840℃より低い温度および1000℃超の温度でも析出するが、一般的な連続焼鈍炉における昇温加熱時間程度の時間ではほとんど析出しないため無害である。
【0062】
一方、1000℃未満では再結晶が完了しないこと、急速加熱後に粒径を揃えるための焼鈍を別の加熱手段で行うことは非効率であることから、840~1000℃の温度範囲を平均昇温速度50℃/s以上で急速加熱した後、仕上げ焼鈍の最高加熱温度を1020℃以上とすることが望ましい。
【0063】
平均昇温速度が50℃/s未満の場合、フェライト粒界において、有害な微細炭化物FeNb、FeNbCの析出と再結晶粒の核形成が競合し、加工性に有利な集合組織形成が阻まれる。
【0064】
フェライト粒界が析出サイトとなりやすいのは、この粒界が粗熱延後、又は熱延板焼鈍時に再結晶したフェライト粒界であり、その後の仕上げ熱間圧延や冷間圧延によって、フェライト粒は展伸し、圧延による滑り変形で粒界に転位が集積し、析出物の安定な析出サイトとなり、析出を促進するためである。再結晶後に圧延していないフェライト粒界では、昇温過程のような短時間にこれらの有害な微細析出物が形成することはない。微細析出物を確実に抑え込むためには100℃/s以上の平均昇温速度が望ましい。一方で平均昇温速度を高めすぎると、鋼帯幅方向の温度ばらつきを拡大し、材質の不均一を生じることにもなりかねないため、平均昇温速度は200℃/s以下にすることが望ましい。
【0065】
有害な微細析出物であるFeNb、FeNbCの析出ノーズに該当する840℃から1000℃の温度域では、短時間で有害な微細析出物が析出し、{111}集合組織の形成を阻害する。そのため、急速加熱を1000℃まで継続することとした。
【0066】
引き続き、結晶粒度をGSNで6~8とするために、1000~1060℃の温度域で4秒以上60秒以下保持することが必要である。保持温度が1000℃未満では、再結晶が完了せず、薄板材質が高強度低延性となる。一方、1060℃を超えると粗粒になり、加工肌荒れが生じるため好ましくない。また、保持時間は、再結晶後に均一な結晶粒径に粒成長させるために4秒以上とすることが望ましい。一方、長時間の保持は粗粒化による加工肌荒れの原因になるため、60秒以下とすることが望ましい。
【0067】
引き続き、鋼板を常温まで冷却するが、相変態が生じないことや、冷却過程における析出物の析出は遅く、急冷する必要がないため、平均冷却速度は2℃/s以上、50℃/s以下が好ましい。
【0068】
<実験>
質量%で、13.3%Cr-1%Si-0.2%Mn-0.005%C-0.009%N-0.42%Nbの組成を有する200mm厚のスラブを鋳造し、加熱炉挿入前スラブ温度を300℃とし、1200℃に加熱し、仕上げ熱延温度850℃として板厚5mmまで熱間圧延し、気水冷却後に500℃で巻取り、引き続き酸洗し、ワークロール径800mmのタンデム冷間圧延機で板厚1.2mmのフェライト系ステンレス鋼冷延鋼板とした。鋼板を焼鈍して供試材とした。冷延板焼鈍の第一段階として、常温(23℃)から840、880、920、950℃までの温度域を平均昇温速度3℃/sで昇温し、840、880、920、950℃の各温度(急速加熱開始温度T1)に到達後、続いて1040℃までの温度域を平均昇温速度100℃/sで昇温し、1040℃で6秒保持後に、20℃/sで200℃まで冷却し、以後放冷した。焼鈍板は圧延方向かつ板厚方向の断面(L断面)の析出物をSPEED法エッチングで現出し、SEMで5000倍の写真を撮影した。JIS 13号B試験片を用いたランクフォード試験を三方向で行った。図5には、急速加熱開始温度を950℃(A)、840℃(B)としたときの仕上げ焼鈍板、焼鈍前の冷延板(C)それぞれの析出物のSEM写真を示す。SEMでの評価条件は図2の場合と同様である。また、急速加熱開始温度T1ごとのランクフォード値の測定結果を図6に示す。
【0069】
840℃からの急速加熱(図5(B))では長径と短径の平均径が0.2μm以下の微細な析出物がほとんど見当たらないのに対して、950℃からの急速加熱(図5(A))では、旧フェライト粒界と考えられる場所に微細な析出物が析出していることが分かる。また、仕上げ焼鈍前の冷間圧延板(図5(C))は840℃からの急速加熱材(図5(B))と同様に、長径と短径の平均径が0.2μm以下の微細な析出物がほとんど認められず、これら微細な析出物が仕上げ焼鈍の昇温過程で析出していることが分かる。
【0070】
図6に示すように、840℃からの急速加熱では950℃からの急速加熱に比べて、ランクフォード値が高くなっていることが分かる。
【実施例0071】
次に本発明を実施例でもって更に詳しく説明する。
【0072】
表1に示す鋼組成を有する250mm厚のスラブを鋳造し、加熱炉挿入前スラブ温度を250℃とし、1200℃に加熱後、仕上げ熱延温度を850℃として板厚5mmまで熱間圧延し、気水冷却して550℃で巻取り、炉に挿入して1時間保持後に空冷した。熱延板焼鈍を省略して、ショットブラストによるメカニカルデスケーリング後、硫酸酸洗してスケールを除去した。ロール径400mmφのワークロールを用いて、冷間圧延し、板厚1.2mmの冷延板とし、表2に示す焼鈍条件で焼鈍した。
【0073】
【表1】
【0074】
こうして得られたステンレス鋼板について、特性を評価した結果を表2に示す。表1、表2において、本発明から外れる項目、本発明の好ましい製造条件から外れる項目、本発明の目標品質に未達の項目について、下線を付している。
【0075】
[析出物のサイズと個数密度]
L断面の析出物をSPEED法エッチングによって現出し、FE-SEMにて5000倍の倍率で写真撮影後、析出物のサイズと個数密度を測定した。析出物のサイズは短径と長径の平均値を用いた。析出物サイズ0.05~0.2μmの個数密度が0.2個/μm以下を良品とした。
【0076】
[結晶粒度]
JIS G0551「鋼-結晶粒度顕微鏡試験方法」に基づいてGSNを測定した。GSNが6~8を良品とした。
【0077】
[常温引張試験(伸び)]
JIS Z2241「金属材料引張試験方法」に基づいて、JIS 13号B試験片を用い常温で圧延方向に平行なL方向の引張試験を行った。引張試験の全伸びが30%以上のものを良品とした。
【0078】
[ランクフォード試験]
JIS Z 2254「薄板金属材料の塑性ひずみ比試験方法」に基づいて、JISZ 2201の13B号試験片を用いて、おおよそ15%引張後の板幅変化と引張方向標点距離の変化から塑性ひずみ比(ランクフォード値)を求めた。試験は圧延方向に平行なL方向(r)、板幅方向に平行なC方向(r90)、その中間となるD方向(r45)の三方向で行った。平均ランクフォード値rは、r=(r+r90+2r45)/4で求められる。
平均ランクフォード値rが1.4以上のものを良品とした。
【0079】
[高温引張試験]
JIS G 0567「鉄鋼材料及び耐熱合金の高温引張試験方法」に基づく、L方向で700℃の高温引張試験を実施した。700℃の引張強さが165MPa以上のものを良品とした。
【0080】
【表2】
【0081】
本発明法では、仕上げ焼鈍後に焼鈍板のL断面で観察された短径と長径の平均値が0.2μm以下で0.05μm以上の微細な析出物の個数密度が0.2個/μm以下であり、比較法に比べて、伸び、ランクフォード値、700℃における0.2%耐力が高かった。GSNも6~8の間にあり、成形加工後もオレンジピールを生じないことが確認された。
【0082】
一方、比較例であるR1~R7は焼鈍時の温度履歴が本発明外であり、微細な析出物が多数析出したため、ランクフォード値が本発明よりも低い、或いはGSNが6未満の粗粒で加工時のオレンジピールが懸念され、又はGSNが8を超えるために、常温における伸びが低く、ランクフォード値も低かった。
【0083】
R8はNが0.002%未満であるため、仕上げ焼鈍時の粒成長が進み過ぎて、GSNが6.0より小さくなった。
R9はCが0.01%超であるため、炭窒化物の析出量が増えすぎて常温における伸びが低くなった。
R10はSiが0.05%未満であり、精錬時の脱酸素が不十分のため、酸化物系介在物が増えたことと、またPが0.035%超であるためPの固溶強化により伸びが低下した。
R11はSiが1.2%超であるため、Siの固溶強化により常温における伸びが低下した。
【0084】
R12はMnが0.05%未満であるため、脱酸が不十分で酸化物系介在物が多く存在したことと、更にNが0.02%超であるため、固溶強化により伸びが低下した。
R13はMnが1.5%超であるため、Mnの固溶強化により常温における伸びが低下した。
【0085】
R14はCrが10.5%未満であるため、700℃の耐力が低下した。
R15はCrが20.0%超であるため、冷延時の圧延集合組織が十分に発達せず、ランクフォード値が低くなった。
【0086】
R16はNiが0.6%超であるため、Niの固溶強化により伸びが低下した。また、Nbが0.2%未満であるため高温強度が低下した。
R17はNiが0.01%未満、Moが0.01%未満、Cuが0.01%未満であるため、700℃の高温強度が低下した。
【0087】
R18はCuが1.60%超であるため、冷延板焼鈍後の冷却過程で微細なCuリッチクラスターが形成し、伸びが低下した。
R19はNbが0.60%超であるため、Nbを含有する金属間化合物の析出やNbの固溶強化により、伸びが低下した。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、高温強度が高く、常温における加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を生産性良く製造することが可能になる。したがって本発明は、自動車の排気系部品、燃料系部品、構造部材などの軽量化や長寿命化に寄与するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6