(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095228
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】骨髄液の分析方法、試料分析装置及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 33/483 20060101AFI20240703BHJP
G01N 33/58 20060101ALI20240703BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20240703BHJP
G01N 15/1429 20240101ALI20240703BHJP
G01N 15/14 20240101ALI20240703BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20240703BHJP
【FI】
G01N33/483 C
G01N33/58 A
G01N33/48 P
G01N33/48 Z
G01N15/14 K
G01N15/14 C
G01N21/64 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】33
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022212357
(22)【出願日】2022-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【弁理士】
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】林 文明
(72)【発明者】
【氏名】吉本 倫子
(72)【発明者】
【氏名】小国 振一郎
(72)【発明者】
【氏名】長井 孝明
(72)【発明者】
【氏名】永井 雄也
(72)【発明者】
【氏名】丸岡 隼人
【テーマコード(参考)】
2G043
2G045
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043AA03
2G043BA16
2G043CA03
2G043DA02
2G043EA01
2G045AA26
2G045CB02
2G045FA37
2G045JA01
(57)【要約】
【課題】骨髄像検査と同程度の性能で造血器腫瘍のスクリーニングを可能とする骨髄液の分析方法、分析装置及びコンピュータプログラムを提供することを課題とする。
【解決手段】骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料をフローサイトメータで測定し、試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得し、蛍光信号情報が閾値以上である粒子を対象細胞として計数し、対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得することにより、上記の課題を解決する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料をフローサイトメトリ法で測定し、前記試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する工程と、
前記蛍光信号情報が閾値以上である粒子を対象細胞として計数する工程と、
前記対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する工程と、
を含む、骨髄液の分析方法。
【請求項2】
前記光学的情報が、側方散乱光情報及び前方散乱光情報の少なくとも1つをさらに含む、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記対象細胞の数を取得する工程において、前記光学的情報に基づいて、有核細胞の数をさらに取得する、請求項2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記指標を取得する工程において、前記有核細胞の数に対する前記対象細胞の数の比率である第1の比率を取得する、請求項3に記載の分析方法。
【請求項5】
前記第1の比率が、前記第1の比率に対応する閾値以上である場合、識別可能な表示を提供する工程をさらに含む、請求項4に記載の分析方法。
【請求項6】
前記第1の比率に対応する閾値が、20~40%の間の任意の値である、請求項5に記載の分析方法。
【請求項7】
前記第1の比率に対応する閾値が30%である、請求項5に記載の分析方法。
【請求項8】
前記蛍光信号情報に対応する閾値が、成熟白血球の95%以上を除外可能な値である、請求項1に記載の分析方法。
【請求項9】
前記蛍光信号情報に対応する閾値が、蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づく二次元平面上に前記試料中の粒子の分布を描いたとき、前記試料中の単球集団と交わるが、リンパ球集団とは交わらない直線で表される、請求項2に記載の分析方法。
【請求項10】
前記蛍光信号情報に対応する閾値が、以下の条件を満たす値である、請求項1に記載の分析方法:
少なくとも20検体の健常人の末梢血と前記蛍光色素とから調製された複数の対照試料をフローサイトメトリ法で測定し、前記複数の対照試料について蛍光信号情報及び側方散乱光情報を取得し、
前記蛍光信号情報及び前記側方散乱光情報に基づいて、前記複数の対照試料における有核細胞の数を取得し、
任意の蛍光信号強度を暫定的閾値として設定し、前記暫定的閾値以上の蛍光信号強度を有する細胞の数を取得し、
有核細胞の数に対する、前記暫定的閾値以上の蛍光信号強度を有する細胞の数の比率を算出し、
前記複数の対照試料における前記比率の中央値を算出したとき、前記中央値が2.5%以上5%以下となること。
【請求項11】
前記光学的情報が、蛍光信号情報及び側方散乱光情報を含み、
前記対象細胞を計数する工程において、前記蛍光信号情報が閾値以上である単核細胞を計数し、
前記指標を取得する工程において、前記有核細胞の数に対する前記単核細胞の数の比率である第2の比率を取得する、請求項3に記載の分析方法。
【請求項12】
前記第2の比率が、前記第2の比率に対応する閾値以上である場合、識別可能な表示を提供する工程をさらに含む、請求項11に記載の分析方法。
【請求項13】
前記第2の比率が、10%~30%の間の任意の値である、請求項12に記載の分析方法。
【請求項14】
前記第2の比率に対応する閾値が20%である、請求項12に記載の分析方法。
【請求項15】
前記光学的情報が、蛍光信号情報、側方散乱光情報及び前方散乱光情報を含み、
前記対象細胞を計数する工程において、芽球を計数し、
前記指標を取得する工程において、前記有核細胞の数に対する前記芽球の数の比率である第3の比率を取得する、請求項3に記載の分析方法。
【請求項16】
前記第3の比率が、前記第3の比率に対応する閾値以上である場合、識別可能な表示を提供する工程をさらに含む、請求項15に記載の分析方法。
【請求項17】
前記第3の比率に対応する閾値が、5%~25%の間の任意の値である、請求項16に記載の分析方法。
【請求項18】
前記第3の比率に対応する閾値が10%である、請求項17に記載の分析方法。
【請求項19】
前記第3の比率に対応する閾値が20%である、請求項17に記載の分析方法。
【請求項20】
前記対象細胞の数を取得する工程において、前記蛍光信号情報が閾値より低い単核細胞計数し、
前記指標を取得する工程において、前記有核細胞の数に対する前記単核細胞の数の比率である第4の比率を取得し、前記第4の比率の値に対する前記第2の比率の値の比率である第5の比率を取得する、請求項11に記載の分析方法。
【請求項21】
前記第5の比率が、前記第5の比率に対応する閾値以下である場合、識別可能な表示を提供する工程をさらに含む、請求項20に記載の分析方法。
【請求項22】
前記第5の比率に対応する閾値が、5%~15%の間の任意の値である、請求項21に記載の分析方法。
【請求項23】
前記第5の比率に対応する閾値が10%である、請求項21に記載の分析方法。
【請求項24】
前記光学的情報が、蛍光信号情報及び側方散乱光情報を含み、
前記対象細胞を計数する工程において、形質細胞を計数し、
前記指標を取得する工程において、前記有核細胞の数に対する前記形質細胞の数の比率である第6の比率を取得する、請求項3に記載の分析方法。
【請求項25】
前記第6の比率が、前記第6の比率に対応する閾値以上である場合、識別可能な表示を提供する工程をさらに含む、請求項24に記載の分析方法。
【請求項26】
前記第6の比率に対応する閾値が、5%~15%の間の任意の値である、請求項25に記載の分析方法。
【請求項27】
前記第6の比率に対応する閾値が5%である、請求項25に記載の分析方法。
【請求項28】
前記識別可能な表示が、前記骨髄液が、造血器腫瘍に関する検査を優先的に行う必要のある検体であることを示す、請求項5、12、16、21又は25に記載の分析方法。
【請求項29】
前記試料が、カチオン性界面活性剤をさらに含む、請求項1に記載の分析方法。
【請求項30】
前記試料が、骨髄液と、蛍光色素を含む染色試薬と、カチオン性界面活性剤を含む溶血試薬とを混合することにより調製される、請求項29に記載の分析方法。
【請求項31】
骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料を調製する試料調製部と、
前記試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する検出部と、
前記光信号情報が閾値以上である粒子を対象細胞として計数する制御部と、を備え、
前記制御部が、前記対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する、
試料分析装置。
【請求項32】
前記検出部が、
前記試料調製部によって調製された前記試料を流すように構成されたフローセルと、
前記フローセル内を流れる前記試料中の粒子に光を照射する光源部と、
前記粒子に光が照射されたときに得られる前記光学的情報を取得する受光部と、
を備える、請求項31に記載の試料分析装置。
【請求項33】
骨髄液を分析するためのコンピュータプログラムであって、
前記骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得するステップと、
前記光学的情報に基づいて、前記蛍光信号強度が閾値以上である粒子を対象細胞として計数するステップと、
前記対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得するステップと、
をコンピュータに実行させる、
コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨髄液の分析方法に関する。本発明は、試料分析装置に関する。本発明は、骨髄液を分析するためのコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、自動血球計数装置XE-2100(シスメックス株式会社)を用いた骨髄液の検査法について検討したことが開示されている。非特許文献1では、幼若細胞を測定するための試薬であるStromatolyser IM(以下、「IM試薬」ともいう)を用いて骨髄液を前処理することが開示されている。IM試薬は細胞膜にダメージを与えて核を露出させるが、幼若な細胞は成熟白血球に比べてダメージが小さい。そのため、IM試薬によって処理された骨髄液中の細胞が核酸染色試薬によって染色されると、成熟白血球の露出された核が強く染色されて強い蛍光強度を発する。一方、骨髄芽球や幼若顆粒球のような幼若な細胞では、核酸染色色素が浸透しにくいので蛍光強度が弱くなる(FIG.1参照)。非特許文献1では、このような染色性の違いを利用して、XE-2100によって骨髄細胞と成熟白血球とを区別して計数している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Mori Y.ら,Automation of Bone Marrow Aspirate Examination Using the XE-2100 Automated Hematology Analyzer.Cytometry Part B(Clinical Cytometry),2003,vol.58B,pp.25-31
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1による骨髄液の分析方法は、造血器腫瘍のスクリーニング精度の観点で改善の余地があった。本発明は、造血器腫瘍のスクリーニング精度を向上した骨髄液の分析方法、試料分析装置及びコンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、造血器腫瘍の患者の骨髄液では、増殖能及びタンパク産生能が高い細胞が増加しており、これらの細胞が比較的多量の核酸を含むことに着目した。そして、本発明者らは、核酸を染色可能な蛍光色素を用いて骨髄液中の細胞を染色して、フローサイトメトリ法で測定し、得られた蛍光信号情報に基づいて、造血器腫瘍が疑われる骨髄液を検出することを着想した。本発明者らは、異常のない骨髄液及び造血器腫瘍又はその兆候が見られる骨髄液を分析したところ、蛍光信号情報が閾値以上である粒子の数に基づく値により、造血器腫瘍の骨髄液と他の骨髄液とを判別できることを見出した。さらに、この判別結果は、顕微鏡観察に基づく骨髄液の判別結果と良好に相関することを見出した。
【0006】
本発明は、骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料をフローサイトメトリ法で測定し、試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する工程と、蛍光信号情報が閾値以上である粒子を対象細胞として計数する工程と、対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する工程と、を含む、骨髄液の分析方法を提供する。
【0007】
本発明は、骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料を調製する試料調製部と、試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する検出部と、光信号情報が閾値以上である粒子を対象細胞として計数する制御部と、を備え、制御部が、対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する、試料分析装置を提供する。
【0008】
本発明は、骨髄液を分析するためのコンピュータプログラムであって、骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得するステップと、光学的情報に基づいて、蛍光信号強度が閾値以上である粒子を対象細胞として計数するステップと、対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得するステップと、をコンピュータに実行させる、コンピュータプログラムを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、造血器腫瘍のスクリーニング、骨髄液の異常の判定などを補助する情報の提供を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をフローサイトメータ(FCM)で測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図2】健常人の末梢血と蛍光色素とを含む対照試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図3A】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図3B】健常人の末梢血と蛍光色素とを含む対照試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図4A】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図4B】健常人の末梢血と蛍光色素とを含む対照試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図4C】健常人の末梢血と蛍光色素とを含む対照試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図5A】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図5B】健常人の末梢血と蛍光色素とを含む対照試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの模式図である。
【
図6】本実施形態の試料分析装置の構成を示す模式図である。
【
図9】本実施形態の試料分析装置の動作の流れを示すフローチャートである。
【
図10】試料の調製処理の手順を示すフローチャートである。
【
図11A】測定データの解析処理の手順を示すフローチャートである。
【
図11B】測定データの解析処理の手順を示すフローチャートである。
【
図11C】測定データの解析処理の手順を示すフローチャートである。
【
図11D】測定データの解析処理の手順を示すフローチャートである。
【
図11E】測定データの解析処理の手順を示すフローチャートである。
【
図12A】第1の比率に基づく判定処理の手順のフローチャートである。
【
図12B】第2の比率に基づく判定処理の手順のフローチャートである。
【
図12C】第3の比率に基づく判定処理の手順のフローチャートである。
【
図12D】第5の比率に基づく判定処理の手順のフローチャートである。
【
図12E】第6の比率に基づく判定処理の手順のフローチャートである。
【
図13】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの一例である。
【
図14】分析装置により得た第1の比率と鏡検により得た比率とをプロットしたグラフを示す。
【
図15】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの一例である。
【
図16】分析装置により得た第2の比率と鏡検により得た比率とをプロットしたグラフを示す。
【
図17】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの一例である。
【
図18】第3の領域に含まれる粒子の前方散乱光強度に基づくヒストグラムの一例である。
【
図19】分析装置により得た第3の比率と鏡検により得た比率とをプロットしたグラフを示す。
【
図20】骨髄液と蛍光色素とを含む試料をFCMで測定したときのスキャッタグラムの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[1.骨髄液の分析方法]
本実施形態の骨髄液の分析方法(以下、「本実施形態の分析方法」とも呼ぶ)では、まず、骨髄液と、核酸を染色可能な蛍光色素とを含む試料をフローサイトメトリ法で測定し、当該試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する。
【0012】
(骨髄液とそれに含まれる細胞)
「骨髄液」とは、骨髄穿刺又は骨髄生検により被検者から採取した骨髄液、及びその骨髄液を含む試料をいう。被検者から採取した骨髄液に、例えば骨片、血球細胞の凝集などの細胞測定の障害となり得る固形の夾雑物があるときは、メッシュなどを用いて骨髄液をろ過してもよい。骨髄液には、必要に応じて、キレート剤及び/又は抗凝固剤が添加されてもよい。キレート剤としては、例えばエチレンジアミン4酢酸(EDTA)塩が挙げられる。抗凝固剤としては、例えばヘパリン、クエン酸又はクエン酸塩などが挙げられる。
【0013】
骨髄液には、種々の有核細胞が含まれる。骨髄液中の有核細胞としては、例えば、白血球系細胞、赤芽球系細胞、巨核芽球、前巨核球、骨髄巨核球、成熟巨核球及び形質細胞(プラズマ細胞)が挙げられる。「白血球系細胞」とは、例えば、骨髄芽球、前骨髄球、骨髄球、後骨髄球、単芽球、前単球、桿状核球、分葉核球、未成熟好酸球、未成熟好塩基球、単球、好酸球、好塩基球及びリンパ球が挙げられる。桿状核球は、成熟した好中球であり、分葉核球は、桿状核球からさらに成熟した好中球である。「赤芽球系細胞」は、有核赤血球とも呼ばれ、例えば、前赤芽球、好塩基性赤芽球、多染性赤芽球及び正染性赤芽球が挙げられる。
【0014】
以下では、桿状核球及び分葉核球をまとめて、「好中球」とも呼ぶ。単球、リンパ球、好中球、好酸球及び好塩基球をまとめて、「成熟白血球」とも呼ぶ。単球及びリンパ球をまとめて、「単核白血球」とも呼ぶ。好中球、好酸球及び好塩基球をまとめて、「成熟顆粒球」とも呼ぶ。
【0015】
白血球系細胞及び赤芽球系細胞には、各種の白血病、悪性リンパ腫などの造血器腫瘍により出現及び増加する腫瘍化した細胞が含まれてもよい。例えば、急性白血病では芽球が増加し、形質細胞腫(骨髄腫とも呼ばれる)では形質細胞が増加する。「芽球」とは、骨髄芽球、単芽球及び前単球をいう。
【0016】
本明細書では、前骨髄球及び骨髄球を「分化早期幼若顆粒球」とも呼び、後骨髄球を「分化後期幼若顆粒球」とも呼ぶ。また、前赤芽球及び好塩基性赤芽球を「分化早期赤芽球」とも呼び、多染性赤芽球及び正染性赤芽球を「分化後期赤芽球」とも呼ぶ。また、巨核芽球、前巨核球及び骨髄巨核球を「巨核球系細胞」とも呼ぶ。分化早期幼若顆粒球、分化早期赤芽球、芽球、巨核球系細胞及び形質細胞は、他の有核細胞に比べて、核酸、特にリボ核酸を多く含む。また、上述のように、造血器腫瘍では、骨髄中に芽球や形質細胞が増加する。本実施形態の分析方法では、骨髄液中の上記の核酸量が多い有核細胞を選択的に検出するために、上記の試料をFCMで測定して、蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する。
【0017】
「試料中の粒子」とは、試料中に存在する有形成分である。粒子には、細胞だけでなく、溶解した赤血球の残骸(以下、「赤血球ゴースト」とも呼ぶ)、血小板の凝集物、脂質粒子などの非細胞の粒子も含まれる。
【0018】
(蛍光色素)
「核酸を染色可能な蛍光色素」とは、細胞の核酸を染色可能な蛍光物質である。核酸を染色可能な蛍光色素を以下、単に「蛍光色素」とも呼ぶ。好ましい蛍光色素は、細胞のリボ核酸(RNA)を染色可能な蛍光物質である。蛍光色素としては、例えば、プロピジウムアイオダイド、エチジウムブロマイド、エチジウム-アクリジンヘテロダイマー、エチジウムジアジド、エチジウムホモダイマー-1、エチジウムホモダイマー-2、エチジウムモノアジド、トリメチレンビス[[3-[[4-[[(3-メチルベンゾチアゾール-3-イウム)-2-イル]メチレン]-1,4-ジヒドロキノリン]-1-イル]プロピル]ジメチルアミニウム]・テトラヨージド(TOTO-1)、4-[(3-メチルベンゾチアゾール-2(3H)-イリデン)メチル]-1-[3-(トリメチルアミニオ)プロピル]キノリニウム・ジヨージド(TO-PRO-1)、N,N,N’,N’-テトラメチル-N,N’-ビス[3-[4-[3-[(3-メチルベンゾチアゾール-3-イウム)-2-イル]-2-プロペニリデン]-1,4-ジヒドロキノリン-1-イル]プロピル]-1,3-プロパンジアミニウム・テトラヨージド(TOTO-3)又は2-[3-[[1-[3-(トリメチルアミニオ)プロピル]-1,4-ジヒドロキノリン]-4-イリデン]-1-プロペニル]-3-メチルベンゾチアゾール-3-イウム・ジヨージド(TOPRO-3)、下記の式(I)で表される蛍光色素、及びそれらの組み合わせなどが挙げられる。試料に含まれる蛍光色素は1種でもよいし、2種以上でもよい。
【0019】
【0020】
式(I)中、R1及びR4は、水素原子、メチル基、エチル基又は炭素数6~18のアルキル基であって、いずれか一方が炭素数6~18のアルキル基であるとき、他方が水素原子、メチル基又はエチル基である。R2及びR3は、互いに同一又は異なって、メチル基、エチル基、メトキシ基又はエトキシ基である。Zは、硫黄原子、酸素原子又はメチル基を有する炭素原子である。nは、0、1、2又は3である。X-は、アニオンである。
【0021】
式(I)において、炭素数6~18のアルキル基は、直鎖状又は分枝鎖状のいずれであってもよい。炭素数6~18のアルキル基の中でも、炭素数が6、8又は10のアルキル基が好ましい。
【0022】
式(I)において、R1及びR4のベンジル基の置換基として、例えば炭素数1~20のアルキル基、炭素数2~20のアルケニル基又は炭素数2~20のアルキニル基が挙げられる。それらの中でも、メチル基又はエチル基が特に好ましい。
【0023】
式(I)において、R2及びR3のアルケニル基として、例えば炭素数2~20のアルケニル基が挙げられる。また、R2及びR3のアルコキシ基としては、炭素数1~20のアルコキシ基が挙げられる。それらの中でも、特にメトキシ基又はエトキシ基が好ましい。
【0024】
式(I)において、アニオンX-として、F-、Cl-、Br-及びI-のようなハロゲンイオン、CF3SO3
-、BF4
-、ClO4
-などが挙げられる。
【0025】
上記の式(I)で表される蛍光色素としては、下記の式(II)で表される蛍光色素が好ましい。
【0026】
【0027】
(染色試薬)
本実施形態の分析方法では、蛍光色素の溶液を含む染色試薬を用いることが好ましい。溶媒は、上記の蛍光色素を溶解できれば特に限定されない。例えば、水、有機溶媒、及びそれらの混合物が挙げられる。有機溶媒としては、水に混合可能な溶媒が好ましく、例えば炭素数1~6のアルコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)などが挙げられる。染色試薬における蛍光色素の濃度は、蛍光色素の種類に応じて適宜決定できるが、例えば0.01mg/L以上である。染色試薬における蛍光色素の濃度は、好ましくは0.1mg/L以上であり、より好ましくは0.2mg/L以上である。また、染色試薬における蛍光色素の濃度は100mg/L以下であり、好ましくは90mg/L以下であり、より好ましくは80mg/L以下である。
【0028】
蛍光色素を単独で含む市販の染色試薬を用いてもよい。例えば、フルオロセルWDF(シスメックス株式会社)、ストマトライザー4DS(シスメックス株式会社)が挙げられる。
【0029】
(界面活性剤)
本実施形態の分析方法では、試料は、カチオン性界面活性剤をさらに含むことが好ましい。カチオン性界面活性剤は、骨髄液中の赤血球を溶解し、かつ、有核細胞の細胞膜に蛍光色素が透過できる程度の損傷を与えることができる。カチオン性界面活性剤としては、例えば第四級アンモニウム塩型界面活性剤、ピリジウム塩型界面活性剤及びそれらの組み合わせが挙げられる。試料に含まれるカチオン界面活性剤は1種でもよいし、2種以上でもよい。第四級アンモニウム塩型界面活性剤としては、例えば、下記の式(III)で表される、全炭素数が9~30の界面活性剤が好ましい。
【0030】
【0031】
式(III)中、R1は、炭素数6~18のアルキル基又はアルケニル基であり;R2及びR3は、互いに同一又は異なって、炭素数1~4のアルキル基又はアルケニル基であり;R4は、炭素数1~4のアルキル基又はアルケニル基又はベンジル基であり、X-は、ハロゲンイオンである。
【0032】
式(III)中、R1は、炭素数が6、8、10、12及び14のアルキル基又はアルケニル基であることがましく、特に直鎖のアルキル基であることが好ましい。より具体的なR1としては、オクチル基、デシル基及びドデシル基が挙げられる。R2及びR3は、互いに同一又は異なって、メチル基、エチル基及びプロピル基であることが好ましい。R4は、メチル基、エチル基及びプロピル基であることが好ましい。
【0033】
ピリジウム塩型界面活性剤としては、例えば、式(IV)で表される界面活性剤が挙げられる。
【0034】
【0035】
式(IV)中、R1は、炭素数6~18のアルキル基又はアルケニル基であり;X-は、ハロゲンイオンである。
【0036】
式(IV)中、R1は、炭素数が6、8、10、12及び14のアルキル基又はアルケニル基であることがましく、特に直鎖のアルキル基であることが好ましい。より具体的なR1としては、オクチル基、デシル基及びドデシル基が挙げられる。
【0037】
(溶血試薬)
本実施形態の分析方法では、カチオン性界面活性剤の溶液を含む溶血試薬を用いることが好ましい。溶媒は、カチオン性界面活性剤を溶解できれば特に限定されない。例えば、水、有機溶媒、及びそれらの混合物が挙げられる。有機溶媒としては、水に混合可能な溶媒が好ましく、例えば炭素数1~6のアルコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、DMSOなどが挙げられる。溶血試薬におけるカチオン性界面活性剤の濃度は、その種類に応じて適宜決定できるが、例えば10ppm以上である。カチオン界面活性剤の濃度は、好ましくは400ppm以上であり、より好ましくは500ppm以上であり、さらに好ましくは600ppm以上である。また、溶血試薬におけるカチオン界面活性剤の濃度は10000ppm以下である。溶血試薬におけるカチオン界面活性剤の濃度は、好ましくは1000ppm以下であり、より好ましくは800ppm以下であり、さらに好ましくは700ppm以下である。
【0038】
試料及び溶血試薬は、上記のカチオン性界面活性剤に加えて、ノニオン性界面活性剤を含むことが好ましい。カチオン性界面活性剤とノニオン性界面活性剤とを含むことにより、カチオン性界面活性剤による有核細胞への過度の損傷を抑えることができる。ノニオン性界面活性剤としては、例えば、下記の式(V)で表されるものが挙げられる。
【0039】
R1-R2-(CH2CH2O)n-H (V)
(式(V)中、R1は、炭素数8以上25以下のアルキル基、アルケニル基又はアルキニル基であり;R2は、酸素原子、-(COO)-又は下記の式(VI):
【0040】
【化5】
であり;nは、23以上25以下又は30である。)
【0041】
式(V)中、好ましくはnが23又は25であり、より好ましくはnが23である。nが23以上25以下の場合、溶血試薬における式(V)で表されるノニオン界面活性剤の濃度は1700ppm以上であり、好ましくは1750ppm以上である。また、nが23以上25以下の場合、試料における式(I)で表されるノニオン界面活性剤の濃度は2300ppm以下であり、好ましくは2200ppm以下である。
【0042】
nが30である場合、溶血試薬における式(V)で表されるノニオン界面活性剤の濃度は1900ppm以上であり、好ましくは2000ppm以上であり、より好ましくは2100ppm以上である。また、nが30である場合、試料における式(V)で表されるノニオン界面活性剤の濃度は2300ppm以下であり、好ましくは2200ppmである。
【0043】
式(V)で表されるノニオン界面活性剤の具体例としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンステロール、ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、及びそれらの組み合わせなどが挙げられる。それらの中でも、ポリオキシエチレンアルキルエーテルが好ましい。ポリオキシエチレンアルキルエーテルとしては、例えば、ポリオキシエチレン(23)セチルエーテル、ポリオキシエチレン(25)セチルエーテル、ポリオキシエチレン(30)セチルエーテルが挙げられる。より好ましくは、ポリオキシエチレン(23)セチルエーテル、ポリオキシエチレン(25)セチルエーテル及びそれらの組み合わせであり、さらに好ましくはポリオキシエチレン(23)セチルエーテルである。試料及び溶血試薬に含まれるノニオン界面活性剤は1種でもよいし、2種以上でもよい。溶血試薬は、式(V)で表されるノニオン界面活性剤以外のノニオン界面活性剤をさらに含んでいてもよい。
【0044】
試料及び溶血試薬は、pHを一定にするための緩衝物質が含まれていてもよい。例えば、無機酸塩類、有機酸塩類、グッドの緩衝剤、それらの組み合わせなどが挙げられる。無機酸塩類としては、例えば、リン酸塩、ホウ酸塩、それらの組み合わせなどが挙げられる。有機酸塩類としては、クエン酸塩、リンゴ酸塩、それらの組み合わせなどが挙げられる。グッドの緩衝剤としては、例えば、MES、Bis-Tris、ADA、PIPES、Bis-Tris-Propane、ACES、MOPS、MOPSO、BES、TES、HEPES、HEPPS、Tricine、Tris、Bicine、TAPS、それらの組み合わせなどが挙げられる。
【0045】
試料及び溶血試薬は、芳香族有機酸をさらに含んでいてもよい。本明細書において「芳香族有機酸」とは、分子中に少なくとも1つの芳香環を有する酸及びその塩を意味する。芳香族有機酸としては、例えば、芳香族カルボン酸、芳香族スルホン酸などが挙げられる。芳香族カルボン酸としては、例えば、フタル酸、安息香酸、サリチル酸、馬尿酸、それらの塩、それらの組み合わせなどが挙げられる。芳香族スルホン酸としては、例えば、p-アミノベンゼンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、それらの塩、それらの組み合わせなどが挙げられる。試料及び溶血試薬に含まれる芳香族有機酸は1種でもよいし、2種以上でもよい。芳香族有機酸は、緩衝作用を示す場合がある。緩衝作用を示す芳香族有機酸を用いる場合、緩衝剤の添加は任意であり、上記の緩衝剤と組み合わせてもよい。
【0046】
溶血試薬における芳香族有機酸の濃度は20mM以上であり、好ましくは25mM以上である。また、溶血試薬における芳香族有機酸の濃度は50mM以下であり、好ましくは45mM以下である。
【0047】
溶血試薬のpHは特に限定されないが、例えば5.5以上である。溶血試薬のpHは、好ましくは5.7以上であり、より好ましくは5.9以上である。また、溶血試薬のpHは、例えば7.2以下であり、好ましくは6.9以下であり、より好ましくは6.6以下である。pHの調整には、公知の塩基(水酸化ナトリウムなど)や酸(塩酸など)を用いることができる。
【0048】
溶血試薬の浸透圧は特に限定されないが、赤血球の溶血効率の観点から150mOsm/kg以下が好ましく、130mOsm/kg以下がより好ましく、110mOsm/kg以下が最も好ましい。浸透圧の調整には、適切な浸透圧調整剤を添加してもよい。浸透圧調整剤としては、例えば、糖、アミノ酸、有機溶媒、塩化ナトリウム、それらの組み合わせなどが挙げられる。
【0049】
溶血試薬として、カチオン性界面活性剤を含む市販の溶血試薬を用いてもよい。例えば、ライザセルWDF(シスメックス株式会社)、ライザセルWDFII(シスメックス株式会社)などが挙げられる。
【0050】
(試料)
試料は、骨髄液と、蛍光色素を含む染色試薬とを混合することにより調製できる。好ましくは、骨髄液と、蛍光色素を含む染色試薬と、カチオン性界面活性剤を含む溶血試薬とを混合することにより、試料を調製する。溶血試薬を用いる場合、カチオン性界面活性剤の作用により、骨髄液中の有核細胞は、蛍光色素で染色可能な状態となる。蛍光色素で染色可能な状態とは、細胞の細胞膜に、蛍光色素が透過できる程度の損傷を与えた状態をいう。骨髄液に赤血球が混入していた場合、カチオン性界面活性剤の作用により、赤血球は溶解される。カチオン性界面活性剤の作用により、赤血球と同様に、赤芽球系細胞の細胞膜も破壊されるが、赤芽球系細胞の細胞核は保たれる。そのため、赤芽球系細胞は、蛍光色素で染色可能な状態となる。
【0051】
蛍光色素は、有核細胞の損傷した細胞膜から細胞内に入り、細胞核内の核酸を染色できる。染色された有核細胞は蛍光の放出が可能となり、FCMによる測定で蛍光信号情報が取得され得る。上記のように、分化早期幼若顆粒球、分化早期赤芽球、芽球、巨核球系細胞及び形質細胞は核酸を多く含むので、強く染色されて強い蛍光を発する。これらの有核細胞に比べて、分化後期幼若顆粒球、分化後期赤芽球、成熟白血球及び成熟巨核球は弱く染色される。赤血球、血球ゴースト、脂質粒子などの核を有なさい細胞及び粒子は、ほとんど染色されない。
【0052】
蛍光色素及びカチオン性界面活性剤を含む一つの試薬を用いる場合、骨髄液と試薬との混合比は、体積比で表して、通常1:5~500であり、好ましくは1:10~100である。蛍光色素を含む染色試薬とカチオン性界面活性剤を含む溶血試薬とを用いる場合、骨髄液と染色試薬と溶血試薬の混合比は、体積比で表して、通常1:1~10:5~500であり、好ましくは1:1~5:10~100である。骨髄液と各試薬とを混合した後、混合物を所定の条件下でインキュベートすることが好ましい。所定の条件としては、例えば15~50℃、好ましくは30~45℃の温度で、5~120秒間、好ましくは5~30秒間インキュベートする条件が挙げられる。試料の調製は、用手法で行ってもよいし、試料調製部を備えた分析装置により行ってもよい。
【0053】
(FCM測定)
FCMによる測定では、試料に光を照射して、当該試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する。具体的には、まず、試料をFCMのフローセルに導入し、当該試料中の一つ一つの粒子がフローセルを通過するときに各粒子に光を照射する。そして、個々の粒子から発せられる光を測定して、光学的情報を取得する。粒子から発せられる光は、蛍光色素に由来する蛍光と、散乱光である。散乱光としては、前方散乱光(例えば、受光角度が0度から約20度の散乱光)及び側方散乱光(例えば、受光角度が約20度から約90度の散乱光)が挙げられる。光学的情報として、蛍光信号情報及び散乱光情報を取得することが好ましい。散乱光情報として、側方散乱光情報及び前方散乱光情報の少なくとも1つを取得することが好ましく、側方散乱光情報及び前方散乱光情報の両方を取得することが特に好ましい。
【0054】
蛍光信号情報及び散乱光情報は、蛍光信号及び散乱光信号のピーク値(パルスのピークの高さ)、パルス面積、パルス幅、透過率、ストークスシフト、比率、経時変化、それらに相関する値などが挙げられる。蛍光信号情報は、有核細胞中の核酸を染色した蛍光色素の量を反映する情報であれば特に限定されない。蛍光情報としては、蛍光信号のピーク値(以下、「蛍光信号強度」とも呼ぶ)が好ましい。側方散乱光情報は、細胞構造の複雑性、顆粒特性、核構造、分葉度などの内部情報を反映する情報であれば特に限定されない。前方散乱光情報は、細胞の大きさを反映する情報であれば特に限定されない。側方散乱光情報としては、側方散乱光信号のピーク値(以下、「側方散乱光強度」とも呼ぶ)が好ましい。前方散乱光情報としては、前方散乱光信号のピーク値(以下、「前方散乱光強度」とも呼ぶ)が好ましい。
【0055】
骨髄液のFCM測定により取得した光学的情報に基づいて、スキャッタグラムを作成してもよい。スキャッタグラムでは、例えば、横軸に側方散乱光情報をとり、縦軸に蛍光信号情報をとった二次元平面上に、測定された個々の粒子がドットとして表示される。
【0056】
FCMは特に限定されず、市販の自動血球分析装置を用いてもよい。そのような分析装置としては、例えばシスメックス株式会社のXRシリーズなどが挙げられる。FCMの光源は特に限定されず、蛍光色素の励起に適した波長の光源を適宜選択できる。光源としては、例えば、青色半導体レーザ、赤色半導体レーザ、アルゴンレーザ、He-Neレーザ、水銀アークランプなどが使用される。
【0057】
本実施形態の分析方法では、有核細胞を計数することが好ましい。本明細書において「有核細胞の数」は、白血球系細胞、赤芽球系細胞、巨核球系細胞、成熟巨核球及び形質細胞の数の合計をいう。有核細胞を計数する方法自体は公知であり、有核細胞の数は、試料をFCMで測定して取得した光学的情報に基づいて取得できる。例えば、試料中の粒子から、赤血球、赤血球ゴースト及び脂質粒子などの核を有さない細胞及び粒子を除外することで、有核細胞を計数できる。核を有さない細胞及び粒子の蛍光信号強度は非常に低いので、蛍光信号強度に基づいて、これらを除外できる。有核細胞の計数は、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより行うことができる。そのような解析ソフトウェアは公知であり、例えばFlowjo(商標)(BD Biosciences社)が挙げられる。
【0058】
(第1の実施形態)
本実施形態の分析方法では、蛍光信号情報が閾値以上である粒子を対象細胞として計数する。そして、対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する。対象細胞を計数し、これに基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する実施形態を、「第1の実施形態」とも呼ぶ。本明細書において「対象細胞」とは、分化早期幼若顆粒球、分化早期赤芽球、芽球、巨核球系細胞及び形質細胞をいう。上述のとおり、これらの有核細胞は、他の有核細胞と比べ、核酸量が多い細胞である。蛍光信号情報に対応する閾値は、上記の対象細胞と、それ以外の粒子との切り分けが可能な値である。対象細胞と、蛍光信号情報に対応する閾値との関係について、
図1を参照して以下に説明する。
【0059】
図1は、骨髄液のFCM測定により取得した蛍光信号情報及び散乱光情報に基づくスキャッタグラムの一例である。
図1では、スキャッタグラムの横軸は側方散乱光強度であり、縦軸は蛍光信号強度である。
図1では、成熟白血球は、リンパ球の集団、単球の集団、好中球の集団、好酸球の集団及び好塩基球の集団の5種の亜集団に分類されているが、本発明はこれに限定されない。成熟白血球は、リンパ球の集団、単球の集団及び成熟顆粒球の集団の3種の亜集団に分類されてもよいし、リンパ球の集団、単球の集団、好中球と好塩基球の集団、及び好酸球の集団の4種の亜集団に分類されてもよい。スキャッタグラムにおける各細胞の集団の分類は、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより行うことができる。
図1中、スキャッタグラムの二次元平面を横切る直線(以下、「横線」とも呼ぶ)は、蛍光信号強度に対する閾値を示す。対象細胞である分化早期幼若顆粒球、分化早期赤芽球、芽球、巨核球系細胞及び形質細胞は核酸量が多いので、蛍光信号強度が高くなる。それゆえ、これらの細胞は、スキャッタグラムにおいて蛍光信号強度が高い領域において、それぞれの集団を形成して分布する。芽球の集団と分化早期赤芽球の集団は、出現する領域が重なっている。一方、分化後期赤芽球、分化後期幼若顆粒球、リンパ球、単球、好中球、好酸球、好塩基球及び未成熟好酸球は、核酸量が比較的少ないので、蛍光信号強度が低くなる。それゆえ、これらの細胞は、スキャッタグラムにおいて蛍光信号強度が低い領域において、それぞれの集団を形成して分布する。リンパ球及び単球の集団と、分化後期赤芽球の集団は、出現する領域が重なっている。ここで、
図1中の横線のように、蛍光信号強度に対応する閾値でスキャッタグラムの二次元平面を区切ると、対象細胞である細胞群と、対象細胞ではない細胞群とを切り分けることができる。蛍光信号情報に対応する閾値は、固定の値を用いてもよいし、検体毎に可変に設定されてもよい。
【0060】
蛍光信号情報に対応する閾値は、例えば、骨髄液中の成熟白血球の95%以上を除外できる値を閾値として定義することができる。このような閾値の一例が
図1に示したスキャッタグラム上の横線である。
図1では、説明のため、分化早期幼若顆粒球の集団と、分化後期幼若顆粒球の集団とを切り離して表している。実際の骨髄液のスキャッタグラムでは、これらの幼若顆粒球の集団は連続的に出現し、明確に切り分けられない場合がある。このことは、分化早期赤芽球の集団及び分化後期赤芽球の集団についても同様である。よって、蛍光信号情報に対応する閾値には、固定の値を用いることが好ましい。ここで、FCMは、蛍光及び散乱光のアナログ信号を所定のサンプリングレートでA/D変換して、デジタル信号を生成する。このとき、8ビットのデータでデジタル信号が表される場合、蛍光信号強度及び側方散乱光強度は、それぞれ0~255チャンネルの256階調で表示される。チャンネルは、デジタル信号の強度の単位である。蛍光強度を0~255チャンネルの256階調で表した場合に骨髄液中の成熟白血球の95%以上を除外できる閾値として、例えば100chの蛍光信号強度を設定できる。「ch」はチャンネルを表す。すなわち、蛍光信号情報に対応する閾値として、100chの蛍光信号強度を設定できる。
【0061】
あるいは、蛍光信号情報に対応する閾値は、例えば
図1に示すように、蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づく二次元平面上に試料中の粒子の分布を描いたとき、試料中の単球集団と交わるが、リンパ球集団とは交わらない横線として表される値として定義してもよい。この場合の蛍光信号情報に対応する閾値は、例えば、少なくとも次の2つの条件を満たす値である:
(1)リンパ球集団の蛍光信号強度の最大値より大きい;
(2)単球集団の蛍光信号強度の最大値より小さい。
より好ましくは、蛍光信号情報に対応する閾値は、さらに(3)単球集団の統計的代表値より大きい、という条件も満たす値である。この場合の統計的代表値は、例えば平均値、中央値又は最頻値である。上記の条件における最大値は、これに代えて各細胞集団の蛍光信号強度の大きい部分集団の代表値を用いてもよい。例えば、各細胞集団の蛍光信号強度の上位5%の平均値、中央値、又は最頻値であってもよい。
【0062】
あるいは、蛍光信号情報に対応する閾値は、例えば、健常人の末梢血中の有核細胞の母集団Xに対する、任意の値以上の蛍光信号情報を有する有核細胞の集団Yの比率により定義してもよい。具体的には、当該比率が所定の範囲、例えば0.1%以上10%以下、より好ましくは1%以上9%以下、さらに好ましくは2.5%以上5%以下となるような蛍光信号情報の任意の値を、蛍光信号情報に対応する閾値として定義してもよい。この定義の場合、健常人の末梢血(以下、「正常血液」とも呼ぶ)をFCMで測定した結果に基づいて、蛍光信号情報に対応する閾値を次のように決定してもよい。まず、正常血液と上記の蛍光色素とを含む対照試料を、骨髄液と同様にFCMで測定して、蛍光信号情報及び側方散乱光情報を取得する。正常血液は、骨髄液よりも入手及びFCM測定が容易であるので、対照試料に適している。対照試料は複数であることが好ましい。例えば、少なくとも20の対照試料、好ましくは20以上40以下の対照試料をFCMで測定する。複数の対照試料は、複数の正常血液(例えば20検体)のそれぞれから調製される。対照試料は、上記のカチオン性界面活性剤をさらに含むことが好ましい。より好ましくは、対照試料は、健常人の末梢血と、上記の染色試薬と、上記の溶血試薬とを混合することにより調製される。蛍光信号情報としては、蛍光信号強度が好ましい。側方散乱光情報としては、散乱光強度が好ましい。次いで、それらの光学的情報に基づいて有核細胞を選別し、有核細胞の数を取得する。さらに、それらの光学的情報に基づいてスキャッタグラムを作成し、成熟白血球を上記の3~5種の亜集団に分類してもよい。ここで、任意の蛍光信号強度を暫定的閾値として設定する。暫定的閾値は、例えば、単球の集団の蛍光信号強度より高い値から選択できる。ここで、スキャッタグラム上の細胞集団の蛍光信号強度は、当該集団に含まれる細胞の蛍光信号強度の統計学的代表値であり得る。統計的代表値としては、例えば平均値、中央値、最頻値、四分位点などが挙げられる。そのような統計的代表値は、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより取得できる。暫定的閾値の設定後、複数の測定試料のそれぞれについて、当該暫定的閾値以上の蛍光信号強度を有する細胞を計数する。そして、有核細胞の数に対する、暫定的閾値以上の蛍光信号強度を有する細胞の比率を算出する。複数の測定試料における当該比率の中央値を取得する。中央値は、例えばExcel(登録商標)のような公知の表計算ソフトにより取得できる。中央値が、例えば2.5%以上5%以下であるとき、暫定的閾値を、骨髄液のFCM測定における蛍光信号情報に対応する閾値として設定できる。あるいは、暫定的閾値の設定後、次のようにして閾値を設定してもよい。複数の測定試料のそれぞれについて、単球集団の側方蛍光強度の第一四分位点と第三四分位点を求め、複数の検体測定において第一四分位点ならびに第三四分位点をそれぞれ平均し四分位範囲を算出し、中央値を含む四分位範囲(第一四分位点から第三四分位点までの区間:IQR)を取得する。この様に設定した単球集団の平均された四分位範囲に含まれる任意の暫定的閾値を、骨髄液のFCM測定における蛍光信号情報に対応する所定の閾値としてもよい。
【0063】
対象細胞の計数は、FCMで測定した試料中の全ての粒子の中から、蛍光信号情報に対応する閾値以上である粒子を抽出し、その数をカウントすることにより行われる。横軸に側方散乱光情報をとり、縦軸に蛍光信号情報をとったスキャッタグラムを作成している場合、蛍光信号情報に対応する閾値以上の領域(以下、「第1の領域」とも呼ぶ)に含まれる粒子を対象細胞として特定し、その数をカウントしてもよい。例えば、
図1のスキャッタグラムでは、第1の領域は、蛍光信号情報に対応する閾値を示す横線で区切られた二次元平面の上側の領域である。対象細胞の計数は、例えば、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより行うことができる。
【0064】
あるいは、第1の領域を以下の工程により特定して、蛍光信号情報に対応する閾値を決定してもよい。具体的には、その第1の領域の最も低い蛍光信号強度を、蛍光信号情報に対する閾値として設定できる。第1の領域を特定する各工程について説明する。まず、正常血液と上記の蛍光色素とを含む対照試料を、骨髄液と同様にFCMで測定して、蛍光信号情報及び側方散乱光情報を取得する。対照試料は1つでもよいし、複数でもよい。好ましくは、複数の対照試料を測定する。蛍光信号情報としては、蛍光信号強度が好ましい。側方散乱光情報としては、散乱光強度が好ましい。次いで、取得した蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて、スキャッタグラムを作成する。作成したスキャッタグラムにおいて、成熟白血球の95%以上が除外され、且つ蛍光信号強度が単球の集団の蛍光信号強度以上である領域を、第1の領域として特定する。このようにして特定した第1の領域は、例えば、
図2に示される破線で囲まれた領域である。
図2を参照して、第1の領域から成熟白血球の95%以上が除外されている限り、第1の領域には単球の一部が出現してもよい。正常血液のFCM測定に基づいて特定した第1の領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第1の領域は、上記の対象細胞が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
図2中の矢印が示す、第1の領域の最も低い蛍光信号強度を、骨髄液のFCM測定における蛍光信号情報に対応する閾値として設定できる。
【0065】
本明細書において「健常人の末梢血」とは、健常人から採取され、EDTA-2Kが添加された末梢血であって、各種の血球数及びヘモグロビン濃度が下記の基準を満たす末梢血をいう。
・白血球数 2500/μL以上かつ18000/μL以下
・ヘモグロビン 10g/dL以上
・血小板数 60000/μL以上かつ600000/μL以下
・好中球数 1000/μL以上かつ11000/μL以下
・リンパ球数 800/μL以上かつ4000/μL以下
・単球数 1000/μL以下
・好酸球数 700/μL以下
・好塩基球数 200/μL以下
【0066】
第1の実施形態では、対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する。造血器腫瘍は特に限定されず、例えば急性白血病、形質細胞腫、成熟リンパ腫などが挙げられる。これらの中でも、急性白血病は、進行が早く、致死性の腫瘍であるので特に重要である。造血器腫瘍のスクリーニングの指標は、例えば、被検者に造血器腫瘍が発生しているか又はその疑いがあるか、あるいは造血器腫瘍の発生につながる前兆があるかを示唆する数値である。対象細胞の数自体を造血器腫瘍のスクリーニングの指標として用いてもよい。好ましくは、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、有核細胞の数に対する対象細胞の数の比率を取得する。この比率を、以下「第1の比率」とも呼ぶ。有核細胞の数は、上述のように、試料のFCM測定により取得した光学的情報に基づいて計数した数である。第1の比率は、下記の式(A)から算出された値である。
【0067】
(第1の比率)=[(対象細胞の数)/(有核細胞の数)]×100 ・・・(A)
【0068】
試料中の有核細胞の数を基準として、対象細胞の数の変化の傾向が示唆される限り、上記の式(A)から算出された値に基づく値も、第1の比率に包含される。上記の式(A)から算出された値に基づく値とは、例えば、式(A)において、任意の係数及び/又は定数を用いて得られた値が挙げられる。式(A)から算出された値を100で除算して、パーセンテージを実数で示してもよい。式(A)から算出された値に任意の定数を足したり引いたりしてもよい。
【0069】
第1の実施形態では、第1の比率と閾値との比較により、骨髄液に異常があるか否かについて判定を行ってもよい。第1の比率が上記の式(A)から算出された値であるとき、第1の比率に対応する閾値は、例えば、20~40%の間の任意の値であり、好ましくは25~35%の間の任意の値であり、より好ましくは30%であり得る。例えば、第1の比率と閾値とを比較して、第1の比率が閾値以上であるとき、骨髄液に異常があると判定する。この場合、被検者の骨髄液では、正常骨髄液よりも芽球又は形質細胞が増加していることが示唆される。これは、急性白血病又は形質細胞腫が発生しているか又はその疑いがある。一方、第1の比率が閾値より低いとき、骨髄液に異常がないと判定する。この場合、被検者には造血器腫瘍の疑いがないことが示唆される。
【0070】
第1の実施形態では、第1の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示を提供してもよい。識別可能な表示は、FCMに搭載されているか又は通信可能に接続されている表示装置の画面に表すことが好ましい。表示装置としては、例えば、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、CRTディスプレイなどのディスプレイが挙げられる。表示装置の画面には、識別可能な表示として、例えば、第1の比率自体及び/又は当該比率が閾値以上であることを、他の文字及び数値と区別できる形式で表示される。例えば、表示装置の画面上で、第1の比率の数値を、他の数値とは異なるサイズや色で表示すること、第1の比率に下線やフラグ(flag)などの強調表示を付すことなどが挙げられる。あるいは、第1の比率が閾値以上であることを、表示装置の画面上にポップアップメッセージで表示すること、特記事項を示すエリアに表示することなどが挙げられる。第1の比率が閾値より低い場合は、第1の比率を通常に表示してもよい。例えば、表示装置の画面上で、第1の比率の数値を、別の数値と同様に表示してもよい。
【0071】
そのような識別可能な表示の意義及び効果として、当該表示を見た医師や検査者などの医療従事者に対して、骨髄液に異常があるか否かの判定を補助する情報を提供できる。例えば、識別可能な表示を見た医療従事者は、骨髄液が急性白血病又は形質細胞腫の疑いのある検体として認識できる。また、必要に応じて、骨髄液に追加の検査を行うことや、被検者の治療、入院又は専門病院への紹介の手続を開始できる。
【0072】
第1の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示として、骨髄液が、造血器腫瘍に関する検査を優先的に行う必要のある検体であることを示してもよい。検査としては、例えば、骨髄像検査、遺伝子検査及び抗体パネル検査が挙げられる。それらの中でも、骨髄像検査が特に好ましい。上述のように、第1の比率が閾値以上である場合、急性白血病又は形質細胞腫が疑われる。そのような識別可能な表示の意義及び効果として、医師や検査者などは、当該骨髄液を他の検体よりも優先して検査を行うよう手配できる。
【0073】
(第2の実施形態)
急性白血病では、がん化した芽球が異常に増殖することが知られている。また、形質細胞腫では、骨髄液中の形質細胞の増加が見られる。芽球及び形質細胞はいずれも単核細胞である。よって、さらなる実施形態では、対象細胞のうち、単核細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得してもよい。この実施形態を「第2の実施形態」とも呼ぶ。単核細胞である対象細胞を、以下「対象単核細胞」とも呼ぶ。上記のとおり、対象細胞は、蛍光信号情報が閾値以上である粒子である。よって、第2の実施形態では、対象細胞の計数工程において、蛍光信号情報が閾値以上である単核細胞を、対象単核細胞として計数する。ここで、有核細胞のうち、単核細胞とは、分化早期赤芽球、芽球、形質細胞、単球、リンパ球及び分化後期赤芽球である。よって、対象単核細胞は、分化早期赤芽球、芽球及び形質細胞である。なお、有核細胞のうち、分化早期幼若顆粒球、巨核球系細胞、成熟巨核球、分化後期幼若顆粒球、成熟顆粒球、未成熟好酸球及び未成熟好塩基球は、多形核細胞である。
【0074】
第2の実施形態では、試料中の粒子の蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて、対象単核細胞を計数してもよい。あるいは、対象細胞を計数した後、当該対象細胞の側方散乱光情報に基づいて、対象単核細胞を計数してもよい。
【0075】
FCM測定において、側方散乱光は、細胞内の核及び顆粒などの内部情報を反映することが知られている。単核細胞は、多形核細胞に比べて、側方散乱光強度が低くなる傾向にある。よって、単核細胞の集団と多形核細胞の集団とは、蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて作成したスキャッタグラムにおいて、側方散乱光情報に基づく補助線により切り分けることができる。このことについて、
図3Aを参照して説明する。
図3Aでは、
図1のスキャッタグラムに、斜線で示されるように、側方散乱光強度に基づく補助線を引いている。
図3中、横線は、
図1と同様、蛍光信号強度に対応する閾値を示す。
図3Aから分かるように、横線より上側の領域では、斜線は、芽球及び分化早期赤芽球の集団と、分化早期幼若顆粒球の集団とが切り分けている。また、横線より下側の領域では、斜線は、単球及び分化後期赤芽球の集団の集団と、分化後期幼若顆粒球、好中球及び好塩基球の集団とを切り分けている。
【0076】
図3Aに示されるように、骨髄液中の有核細胞を単核細胞と多形核細胞とに切り分ける斜線と、骨髄液中の成熟白血球の95%以上を除外可能な蛍光信号強度に対応する閾値を示す横線とにより、スキャッタグラムの二次元平面は4つの領域に分けられる。第2の実施形態では、
図3Aのスキャッタグラムにおける、横線より上側で且つ斜線より左側の領域(破線で囲まれた領域)に出現する粒子を計数する。この領域には、蛍光信号情報が閾値以上である単核細胞、すなわち、芽球、分化早期赤芽球及び形質細胞が、それぞれの集団を形成して分布する。第2の実施形態では、試料中の粒子の蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて、芽球、分化早期赤芽球及び形質細胞が出現する領域(以下、「第2の領域」とも呼ぶ)に含まれる粒子を、対象単核細胞として特定できる。対象単核細胞の計数は、例えば、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより行うことができる。
【0077】
図3Aでは、説明のため、分化早期赤芽球及び芽球の集団と、分化早期幼若顆粒球の集団とを切り離して表している。実際の骨髄液のスキャッタグラムでは、これらの集団は連続的に出現し、明確に切り分けられない場合がある。このことは、単球及び分化後期赤芽球の集団の集団と、分化後期幼若顆粒球、好中球及び好塩基球の集団とについても同様である。第2の領域は、あらかじめ設定した領域を用いてもよいし、検体毎に可変に設定されてもよい。例えば、第2の領域は、正常骨髄液や急性白血病などの造血器腫瘍の骨髄液のFCM測定により得られた蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づくスキャッタグラムのデータを蓄積することにより、経験的に設定してもよい。あるいは、蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づくスキャッタグラムの所定の座標から領域を設定してもよい。上述のとおり、FCMは、蛍光及び散乱光のアナログ信号を所定のサンプリングレートでA/D変換して、デジタル信号を生成する。このとき、8ビットのデータでデジタル信号が表される場合、スキャッタグラムにおいて蛍光信号強度及び側方散乱光強度の範囲は、それぞれ0~255chである。所定の座標は、X軸に側方散乱光強度をとり、Y軸に蛍光信号強度をとったスキャッタグラムにおいて、次の4つの座標(X:Y)=(0ch:100ch)、(135ch:100ch)、(0ch:255ch)及び(180ch:255ch)でありえる。これら4つの座標で囲まれた領域を、第2の領域として設定できる。
【0078】
あるいは、第2の領域の4つの座標は、正常血液と上記の蛍光色素とを含む複数の対照試料の分析結果に基づいて設定してもよい。対照試料の数は少なくとも20であり、好ましくは20以上40以下である。例えば、
図3Bを参照して、点A、点B、点C及び点Dで囲まれた領域を第2の領域とする。ここで、
図3Bは、X軸に側方散乱光強度をとり、Y軸に蛍光信号強度をとった正常血液のスキャッタグラムである。
図3B中、スキャッタグラムの二次元平面を横切る直線は、蛍光信号強度に対応する閾値を示す直線である。この直線は、第1の実施形態で述べたように、対照試料の分析結果に基づいて設定できる。点AのX座標は、例えば、各検体の単球集団のX軸の中央値の平均値と好中球集団のX軸の中央値の平均値の間の任意の値と決定できる。点Aは、蛍光信号強度に対する所定の閾値を示す直線上の点であるので、点AのY座標は、蛍光信号強度に対する所定の閾値と同じである。点BのX座標は、例えば、各検体の好中球集団のX軸の中央値の平均値と好酸球集団のX軸の中央値の平均値の間の任意の値と決定できる。点BのY座標は、
図3Bのとおり、スキャッタグラムにおける蛍光信号強度の最大値である。点Cについては、
図3Bのとおり、X座標は0であり、Y座標は、スキャッタグラムにおける蛍光信号強度の最大値である。点Dは、点Aと同様に、蛍光信号強度に対する所定の閾値を示す直線上の点である。よって、点Dについては、
図3Bのとおり、X座標は0であり、Y座標は、蛍光信号強度に対する所定の閾値と同じである。このようにして決定した4つの座標により特定される第2の領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第2の領域は、上記の対象単核細胞が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
【0079】
あるいは、第2の領域は、第1の領域と同様に、正常血液と上記の蛍光色素とを含む対照試料の分析結果に基づいて設定してもよい。まず、第1の実施形態で述べたように、対照試料をFCMで測定して、蛍光信号情報及び側方散乱光情報を取得する。対照試料の詳細は上記のとおりである。蛍光信号情報としては、蛍光信号強度が好ましい。側方散乱光情報としては、散乱光強度が好ましい。次いで、取得した蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて、スキャッタグラムを作成する。作成したスキャッタグラムにおいて、成熟白血球の95%以上が除外され、蛍光信号強度が、単球の集団の蛍光信号強度以上であり、且つ、側方散乱光強度が、好中球の集団の側方散乱光強度以下である領域を、第2の領域として特定する。スキャッタグラム上の細胞集団の蛍光信号強度及び側方散乱光強度は、当該集団に含まれる細胞の蛍光信号強度及び側方散乱光強度の統計学的代表値であり得る。統計的代表値は上記のとおりである。健常人の末梢血のFCM測定に基づいて特定した第2の領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第2の領域は、上記の対象単核細胞が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
【0080】
第2の実施形態では、対象単核細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する。造血器腫瘍及びそのスクリーニングの指標については、上記のとおりである。対象単核細胞の数自体を造血器腫瘍のスクリーニングの指標として用いてもよい。好ましくは、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、有核細胞の数に対する対象単核細胞の数の比率を取得する。この比率を、以下「第2の比率」とも呼ぶ。有核細胞の数は、上述のように、試料のFCM測定により取得した光学的情報に基づいて計数した数である。第2の比率は、下記の式(B)から算出された値である。
【0081】
(第2の比率)=[(対象単核細胞の数)/(有核細胞の数)]×100 ・・・(B)
【0082】
試料中の有核細胞の数を基準として、対象単核細胞の数の変化の傾向が示唆される限り、上記の式(B)から算出された値に基づく値も、第2の比率に包含される。上記の式(B)から算出された値に基づく値の例示については、上記の式(A)から算出された値に基づく値と同様である。
【0083】
第2の実施形態では、第2の比率と閾値との比較により、骨髄液に異常があるか否かについて判定を行ってもよい。第2の比率が上記の式(B)から算出された値であるとき、第2の比率に対応する閾値は、例えば10%~30%の間の任意の値であり、好ましくは15%~25%の間の任意の値であり、より好ましくは20%であり得る。例えば、第2の比率と、対応する所定の閾値とを比較して、第2の比率が閾値以上であるとき、骨髄液に異常があると判定する。この場合、被検者の骨髄液では、正常骨髄液よりも芽球又は形質細胞が増加していることが示唆される。これは、急性白血病又は形質細胞腫が発生しているか又はその疑いがある。一方、第2の比率が閾値より低いとき、骨髄液に異常がないと判定する。
【0084】
第2の実施形態では、第2の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示を提供してもよい。識別可能な表示は、第1の比率と同様に、表示装置の画面に表すことが好ましい。表示装置の画面には、例えば、第2の比率自体及び/又は当該比率が閾値以上であることを、他の文字及び数値と区別できる形式で表示される。表示装置及びその画面上の表示の態様は、第1の実施形態について述べたことと同様である。第2の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示として、骨髄液が、造血器腫瘍に関する検査を優先的に行う必要のある検体であることを示してもよい。当該検査については上記のとおりである。識別可能な表示の意義及び効果も、第1の実施形態について述べたことと同様である。
【0085】
(第3の実施形態)
上記のとおり、急性白血病では、がん化した芽球が異常に増殖する。さらなる実施形態では、対象細胞のうち、芽球の数に基づいて、造血器腫瘍(特に急性白血病)のスクリーニングの指標を取得してもよい。この実施形態を「第3の実施形態」とも呼ぶ。第3の実施形態では、対象細胞の計数工程において、芽球を計数する。
【0086】
第3の実施形態では、試料中の粒子の光学的情報に基づいて、芽球を計数してもよい。あるいは、対象細胞を計数した後、当該対象細胞の光学的情報に基づいて、芽球を計数してもよい。好ましくは、試料中の粒子の光学的情報に基づいて、芽球を計数する。第3の実施形態では、光学的情報として、蛍光信号情報、側方散乱光情報及び前方散乱光情報を用いる。例えば、まず、試料中の粒子の蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて、芽球を含む粒子を選別する。芽球を含む粒子には、芽球の他に、分化早期赤芽球及び形質細胞を含み得る。芽球を含む粒子からの芽球の選別は、当該粒子の前方散乱光情報に基づいて行われる。この点については後述する。
【0087】
上述の芽球を含む粒子の選別について、
図4Aを参照して説明する。
図4Aでは、
図1のスキャッタグラムにおいて、芽球を含む粒子が出現する領域(以下、「第3の領域」とも呼ぶ)を、破線で示している。
図4A中、横線は、
図1と同様、蛍光信号強度に対応する閾値を示す。第3の実施形態では、
図4Aのスキャッタグラムにおける破線で囲まれた領域に出現する粒子を、芽球を含む粒子として特定できる。
図4A中、破線で囲まれた領域は、横線よりも下側の領域の一部を包含している。これは、急性白血病の検体のように芽球が増殖した骨髄液では、芽球の集団が、単球の集団が出現する領域にまで分布する場合があり得ることによる。芽球を含む粒子の選別は、例えば、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより行うことができる。
【0088】
第3の領域は、あらかじめ設定した領域を用いてもよいし、検体毎に可変に設定されてもよい。例えば、第3の領域は、正常骨髄液や急性白血病などの造血器腫瘍の骨髄液のFCM測定により得られた蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づくスキャッタグラムのデータを蓄積することにより、経験的に設定してもよい。あるいは、蛍光信号強度及び側方散乱光強度がそれぞれ0~255チャンネルの範囲で表示されるスキャッタグラムに基づいて、第3の領域を決定してもよい。具体的には、当該スキャッタグラムにおいて、次の4つの座標(X:Y)=(80ch:100ch)、(130ch:80ch)、(180ch:255ch)及び(130ch:255ch)で囲まれた領域を、第3の領域として設定できる。なお、Xは側方散乱光強度であり、Yは蛍光信号強度である。
【0089】
あるいは、第3の領域の4つの座標は、正常血液と上記の蛍光色素とを含む複数の対照試料の分析結果に基づいて、以下のように設定してもよい。対照試料の数は少なくとも20であり、好ましくは20以上40以下である。例えば、
図4Bを参照して、点B、点E、点F及び点Gで囲まれた領域を第3の領域とする。ここで、
図4Bは、X軸に側方散乱光強度をとり、Y軸に蛍光信号強度をとった正常血液のスキャッタグラムである。
図4B中、スキャッタグラムの二次元平面を横切る直線は、蛍光信号強度に対応する閾値を示す直線である。この直線は、第1の実施形態で述べたように、対照試料の分析結果に基づいて設定できる。
図4Bの点Bは、
図3Bの点Bと同じであるので、点Bの座標は、第2の実施形態で述べたことと同様である。点EのX座標は、例えば、各検体の単球集団のX軸の中央値の平均値と好中球集団のX軸の中央値の平均値の間の任意の値と決定できる。点EのY座標は、
図4Bのとおり、スキャッタグラムにおける蛍光信号強度の最大値である。点FのX座標は、例えば、各検体のリンパ球集団のX軸の中央値の平均値と単球集団のX軸の中央値の平均値の間の任意の値と決定できる。点Fは、蛍光信号強度に対応する閾値を示す直線上の点であるので、点FのY座標は、蛍光信号強度に対応する閾値と同じである。点GのX座標は、点EのX座標と同じであり得る。点GのY座標は、例えば、各検体の単球球集団の蛍光信号強度の0パーセンタイル値から第一四分位点(25パーセンタイル値)の間の任意の値と決定できる。このようにして決定した4つの座標により特定される第3の領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第3の領域は、上記の芽球が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
【0090】
あるいは、第3の領域は、第1の領域と同様に、正常血液と上記の蛍光色素とを含む対照試料の分析結果に基づいて設定してもよい。まず、第1の実施形態で述べたように、対照試料をFCMで測定して、蛍光信号情報及び側方散乱光情報を取得する。対照試料の詳細は上記のとおりである。蛍光信号情報としては、蛍光信号強度が好ましい。側方散乱光情報としては、散乱光強度が好ましい。次いで、取得した蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて、スキャッタグラムを作成する。作成したスキャッタグラムにおいて、成熟白血球の95%以上が除外され、蛍光信号強度が、単球の集団の蛍光信号強度以上であり、且つ、側方散乱光強度が、リンパ球の集団の側方散乱光強度以上で好中球の集団の側方散乱光強度以下である領域を、第3の領域として特定する。スキャッタグラム上の細胞集団の蛍光信号強度及び側方散乱光強度は、当該集団に含まれる細胞の蛍光信号強度及び側方散乱光強度の統計学的代表値であり得る。統計的代表値は上記のとおりである。健常人の末梢血のFCM測定に基づいて特定した第3の領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第3の領域は、上記の芽球を含む粒子が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
【0091】
上述のとおり、芽球を含む粒子には、芽球の他に、分化早期赤芽球及び形質細胞を含み得る。よって、第3の実施形態では、芽球を含む粒子から、当該粒子の前方散乱光情報に基づいて、芽球を選別する。ここで、前方散乱光は、FCM測定において細胞のサイズを反映することが知られている。また、芽球のサイズは10~20μmであることが知られている。例えば、蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて選別した芽球を含む粒子について、前方散乱光強度のヒストグラムを作成し、前方散乱光強度に基づいて、芽球のサイズに相当する集団を選別できる。ここで、FCMが前方散乱光のデジタル信号を8ビットのデータで表す場合、前方散乱光強度の範囲は0~255チャンネルである。この場合、前方散乱光強度のヒストグラムにおいて、50ch以上100ch以下の粒子を芽球として選別してもよい。
【0092】
第3の実施形態では、選別した芽球の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する。造血器腫瘍及びそのスクリーニングの指標については、上記のとおりである。芽球の数自体を造血器腫瘍のスクリーニングの指標として用いてもよい。好ましくは、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、有核細胞の数に対する芽球の数の比率を取得する。この比率を、以下「第3の比率」とも呼ぶ。有核細胞の数は、上述のように、試料のFCM測定により取得した光学的情報に基づいて計数した数である。第3の比率は、下記の式(C)から算出された値である。
【0093】
(第3の比率)=[(芽球の数)/(有核細胞の数)]×100 ・・・(C)
【0094】
試料中の有核細胞の数を基準として、芽球の数の変化の傾向が示唆される限り、上記の式(C)から算出された値に基づく値も、第3の比率に包含される。上記の式(C)から算出された値に基づく値の例示については、上記の式(A)から算出された値に基づく値と同様である。
【0095】
第3の実施形態では、第3の比率と閾値との比較により、骨髄液に異常があるか否かについて判定を行ってもよい。第3の比率が上記の式(C)から算出された値であるとき、第3の比率に対応する閾値は、例えば5%~25%の間の任意の値であり、好ましくは10%であり得る。例えば、第3の比率と閾値とを比較して、第3の比率が閾値以上であるとき、骨髄液に異常があると判定する。第3の比率が10%以上であるとき、被検者の骨髄液では、正常骨髄液よりも芽球が増加していることが示唆される。これは、急性白血病の発生につながる前兆があるか、あるいは急性白血病が発生しているか又はその疑いがある。一方、第3の比率が閾値より低いとき、骨髄液に異常がないと判定する。この場合、急性白血病の発生につながる前兆も、急性白血病の疑いもないことが示唆される。
【0096】
また、第3の比率に対応する閾値は、例えば20%でもよい。第3の比率が20%以上であるとき、被検者の骨髄液では、芽球が顕著に増加していることが示唆される。これは、急性白血病が発生しているか又はその疑いがある。一方、第3の比率が20%より低いとき、骨髄液に顕著な芽球の増加は認められず、急性白血病の疑いがないことが示唆される。
【0097】
第3の比率による骨髄液の異常の判定では、2つの閾値を用いてもよい。第3の比率が上記の式(C)から算出された値であるとき、例えば、第1の閾値を10%とし、第2の閾値を20%として判定を行う。具体的には、まず、第3の比率と第1の閾値とを比較しする。第3の比率が第1の閾値より低いとき、骨髄液に異常がないと判定する。第3の比率が第1の閾値以上であるときは、第3の比率と第2の閾値とを比較する。第3の比率が第2の閾値より低いとき、骨髄液に異常として、芽球の増加の疑いがあると判定する。第3の比率が第2の閾値以上であるとき、骨髄液の異常として、急性白血病の疑いがあると判定する。
【0098】
第3の実施形態では、第3の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示を提供してもよい。識別可能な表示は、第1の比率と同様に、表示装置の画面に表すことが好ましい。表示装置の画面には、例えば、第3の比率自体及び/又は当該比率が閾値以上であることを、他の文字及び数値と区別できる形式で表示される。表示装置及びその画面上の表示の態様は、第1の実施形態について述べたことと同様である。第3の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示として、骨髄液が、造血器腫瘍、特に急性白血病に関する検査を優先的に行う必要のある検体であることを示してもよい。当該検査については上記のとおりである。第3の実施形態では特に芽球を検出しているので、第3の比率が閾値以上である場合、表示装置の画面上に、例えば「Blastosis?」のように、芽球の増加を示唆する標識を表示してもよい。識別可能な表示の意義及び効果は、第1の実施形態について述べたことと同様である。
【0099】
(第4の実施形態)
成熟リンパ腫では、骨髄液において、分化早期の単核細胞の数に比べて、リンパ球系の腫瘍細胞が増加することが知られている。さらなる実施形態では、対象単核細胞の数と、単核白血球及び分化後期赤芽球の数とに基づいて、成熟リンパ腫のスクリーニングに関する指標を取得してもよい。この実施形態を「第4の実施形態」とも呼ぶ。第4の実施形態では、対象細胞の計数工程において、対象単核細胞、単核白血球及び分化後期赤芽球を計数する。計数は、蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて行うことができる。単核白血球及び分化後期赤芽球は、蛍光信号情報が閾値より低い単核細胞である。
図3Aを参照して、スキャッタグラムでは、単核白血球及び分化後期赤芽球は、横線より下側で且つ斜線より左側の領域に含まれる粒子として選別できる。当該領域に含まれる粒子を計数することで、単核白血球及び分化後期赤芽球を計数できる。単核白血球と分化後期赤芽球とが区別されてそれぞれ計数されてもよい。あるいは、単核白血球及び分化後期赤芽球を含む一つの細胞群として計数されてもよい。対象単核細胞は、上述のとおり、第2の領域に含まれる粒子として計数できる。計数は、例えば、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより行うことができる。
【0100】
スキャッタグラムにおいて、単核白血球及び分化後期赤芽球が出現する領域(以下、「第4の領域」とも呼ぶ)は、第2の領域と同様、正常骨髄液や急性白血病などの造血器腫瘍の骨髄液のFCM測定により得られた蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づくスキャッタグラムのデータを蓄積することにより、経験的に設定してもよい。あるいは、蛍光信号強度及び側方散乱光強度がそれぞれ0~255チャンネルの範囲で表示されるスキャッタグラムに基づいて、第4の領域を決定してもよい。具体的には、当該スキャッタグラムにおいて、次の4つの座標(X:Y)=(0ch:0ch)、(0ch:100ch)、(135ch:100ch)及び(0ch:100ch)で囲まれた領域を、第4の領域として設定できる。なお、Xは側方散乱光強度であり、Yは蛍光信号強度である。
【0101】
あるいは、第4の領域の4つの座標は、正常血液と上記の蛍光色素とを含む複数の対照試料の分析結果に基づいて設定してもよい。対照試料の数は少なくとも20であり、好ましくは20以上40以下である。例えば、
図4Cを参照して、点A、点D、原点及び点Hで囲まれた領域を第4の領域とする。ここで、
図4Cは、X軸に側方散乱光強度をとり、Y軸に蛍光信号強度をとった正常血液のスキャッタグラムである。
図4C中、スキャッタグラムの二次元平面を横切る直線は、蛍光信号強度に対応する閾値を示す直線である。この直線は、第1の実施形態で述べたように、対照試料の分析結果に基づいて設定できる。
図4Cの点A及び点Dは、
図3Bの点A及び点Dと同じであるので、これらの点の座標は、第2の実施形態で述べたことと同様である。点HのX座標は、直線BAをX軸に向けて延長した線とX軸の交点と決定できる。点HのY座標は、
図4Cのとおり、0である。このようにして決定した4つの座標により特定される第4領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第4の領域は、上記の単核白血球及び分化後期赤芽球が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
【0102】
あるいは、第4の領域は、第2の領域と同様に、健常人の末梢血と上記の蛍光色素とを含む対照試料についてのスキャッタグラムから設定してもよい。蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づくスキャッタグラムにおいて、単核白血球の95%以上が含まれ、蛍光信号強度が、単球の集団の蛍光信号強度以下であり、且つ、側方散乱光強度が、好中球の集団の側方散乱光強度以下である領域を、第4の領域として特定する。健常人の末梢血のFCM測定に基づいて特定した第4の領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第4の領域は、単核白血球及び分化後期赤芽球が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
【0103】
成熟リンパ腫のスクリーニングに関する指標を取得するため、有核細胞の数に対する、単核白血球及び分化後期赤芽球の数の比率を取得することが好ましい。この比率を、以下「第4の比率」とも呼ぶ。有核細胞の数は、上述のように、試料のFCM測定により取得した光学的情報に基づいて計数した数である。第4の比率は、下記の式(D)から算出された値である。
【0104】
(第4の比率)=[(単核白血球及び分化後期赤芽球の数)/(有核細胞の数)]×100 ・・・(D)
【0105】
試料中の有核細胞の数を基準として、単核白血球及び分化後期赤芽球の数の増加傾向を知ることができる限り、上記の式(D)から算出された値に基づく値も、第4の比率に包含される。上記の式(D)から算出された値に基づく値の例示については、上記の式(A)から算出された値に基づく値と同様である。
【0106】
第4の実施形態では、成熟リンパ腫のスクリーニングに関する指標として、第2の比率と第4の比率とを取得してもよい。これらの比率から、対象単核細胞と、単核白血球及び分化後期赤芽球のいずれが増加している傾向にあるかを知ることができる。好ましくは、成熟リンパ腫のスクリーニングに関する指標として、単核白血球及び分化後期赤芽球の数に対する対象単核細胞の数の比率を取得する。この比率を、以下「第5の比率」とも呼ぶ。第5の比率は、第4の比率の値に対する第2の比率の値の比率であり、下記の式(E)から算出される。第2の比率は、上記の式(B)から算出された値である。
【0107】
(第5の比率)=[(第2の比率)/(第4の比率)]×100 ・・・(E)
【0108】
第5の比率は、対象単核細胞の数を、単核白血球及び分化後期赤芽球の数で除算して、パーセンテージを算出することによっても得られる。上記の式(E)を用いる場合は、第4の比率を要するので、結果として、第5の比率だけでなく、第2の比率及び第4の比率を得ることができる点で好ましい。
【0109】
第4の実施形態では、第5の比率と閾値との比較により、骨髄液に異常があるか否かについて判定を行ってもよい。第5の比率が上記の式(E)から算出された値であるとき、第5の比率に対応する閾値は、例えば5%~15%の間の任意の値であり、好ましくは10%であり得る。例えば、第5の比率と閾値とを比較して、第5の比率が閾値より低いとき、骨髄液に異常があると判定する。この場合、被検者の骨髄液では、リンパ系の腫瘍細胞が増加していることが示唆される。これは、成熟リンパ腫が発生しているか又はその疑いがある。一方、第5の比率が閾値以上であるとき、骨髄液に異常がないと判定する。
【0110】
第4の実施形態では、第5の比率が閾値より低い場合、識別可能な表示を提供してもよい。識別可能な表示は、第1の比率と同様に、表示装置の画面に表すことが好ましい。表示装置の画面には、例えば、第5の比率自体、及び/又は第5の比率が閾値より低いことを、他の文字及び数値と区別できる形式で表示される。第2の比率及び第4の比率もあわせて表示してよい。表示装置及びその画面上の表示の態様は、第1の実施形態について述べたことと同様である。第5の比率が閾値より低い場合、識別可能な表示として、骨髄液が、造血器腫瘍、特に成熟リンパ腫に関する検査を優先的に行う必要のある検体であることを示してもよい。当該検査については上記のとおりである。第4の実施形態では、特に成熟リンパ腫に着目しているので、第5の比率が閾値より低い場合、表示装置の画面上に、例えば「Mature Lymphocytosis?」のように、リンパ球の増加を示唆する標識を表示してもよい。識別可能な表示の意義及び効果は、第1の実施形態について述べたことと同様である。
【0111】
(第5の実施形態)
形質細胞腫では、骨髄液中の有核細胞に対する形質細胞の比率が増加する。形質細胞は、抗体産生細胞であるので、芽球や分化早期赤芽球と比べても核酸量がさらに多いことが知られている。さらなる実施形態では、形質細胞の数に基づいて、形質細胞腫のスクリーニングに関する指標を取得してもよい。この実施形態を「第5の実施形態」とも呼ぶ。第5の実施形態では、対象細胞の計数工程において、形質細胞を計数する。
【0112】
上記のとおり、形質細胞は、芽球や分化早期赤芽球と比べても核酸量がさらに多い。そのため、形質細胞を計数するためには、対象細胞の計数工程において、蛍光信号情報に対応する閾値を、第1の実施形態よりも高く設定することが好ましい。例えば、蛍光信号情報に対応する閾値として、芽球の集団又は分化早期赤芽球の集団の蛍光信号強度よりも高い蛍光信号強度を設定できる。ここで、FCMは、蛍光及び散乱光のアナログ信号を所定のサンプリングレートでA/D変換して、デジタル信号を生成する。上述のとおり、8ビットのデータでデジタル信号が表される場合、スキャッタグラムにおいて蛍光信号強度及び側方散乱光強度の範囲は、それぞれ0~255chである。粒子から発せられる蛍光のアナログ信号が、A/D変換後、0~255chの範囲に収まる強度であった場合、当該アナログ信号は0~255chのデジタル信号に変換される。しかし、粒子から発せられる蛍光のアナログ信号が、A/D変換後、255chを超える強度であった場合は、いずれの強度であっても255chのデジタル信号に変換される。スキャッタグラムにおいては、255chを超える蛍光信号強度の粒子であっても、蛍光信号強度が255chの座標にプロットされる。芽球や分化早期赤芽球の蛍光信号強度は通常100~255の範囲内であるが、形質細胞の蛍光信号強度は通常255を超える。したがって、0~255chの範囲で表示されるスキャッタグラムでは、形質細胞と、芽球や分化早期赤芽球とを明確に区別することは難しい。そこで、第5の実施形態では、蛍光についてのデジタル信号を例えば10~16ビット、好ましくは10ビットのデータで表すことが好ましい。10ビットのデータでデジタル信号を表した場合は、蛍光信号強度は0~1023chの1024階調で表される。
【0113】
形質細胞は単核細胞であるので、形質細胞は、側方散乱光情報に基づいて、巨核球系細胞や分化早期幼若顆粒球と区別することができる。したがって、第5の実施形態では、試料中の粒子の蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づいて、形質細胞を選別できる。あるいは、対象細胞を選別した後、当該対象細胞の側方散乱光情報に基づいて、形質細胞を選別してもよい。
【0114】
形質細胞の計数について、
図5Aを参照して説明する。
図5Aでは、
図1のスキャッタグラムの縦軸(蛍光信号強度)を0~1023chで表示し、横軸(側方散乱光強度)を0~255chで表示している。また、形質細胞が出現する領域(以下、「第5の領域」とも呼ぶ)を、破線で示している。第5の実施形態では、
図5Aのスキャッタグラムにおける破線で囲まれた領域に含まれる粒子を、形質細胞として特定できる。形質細胞の計数は、例えば、FCMに搭載された解析ソフトウェアにより行うことができる。
【0115】
第5の領域は、あらかじめ設定した領域を用いてもよいし、検体毎に可変に設定されてもよい。例えば、第5の領域は、正常骨髄液や急性白血病などの造血器腫瘍の骨髄液のFCM測定により得られた蛍光信号情報及び側方散乱光情報に基づくスキャッタグラムのデータを蓄積することにより、経験的に設定してもよい。あるいは、蛍光信号強度が0~1023chで表示され、側方散乱光強度が0~255chで表示されるスキャッタグラムに基づいて、第5の領域を決定してもよい。具体的には、当該スキャッタグラムにおいて、次の4つの座標(X:Y)=(0ch:1023ch)、(170ch:1023ch)、(170ch:296ch)及び(0ch:296ch)で囲まれた領域を、第5の領域として設定できる。なお、Xは側方散乱光強度であり、Yは蛍光信号強度である。
【0116】
あるいは、第5の領域の4つの座標は、正常血液と上記の蛍光色素とを含む複数の対照試料の分析結果に基づいて設定してもよい。対照試料の数は少なくとも20であり、好ましくは20以上40以下である。例えば、
図5Bを参照して、点I、点J、点K及び点Lで囲まれた領域を第5の領域とする。ここで、
図5Bは、X軸に側方散乱光強度をとり、Y軸に蛍光信号強度をとった正常血液のスキャッタグラムである。このスキャッタグラムでは、蛍光信号強度が0~1023chで表示され、側方散乱光強度が0~255chで表示されている。点Iについては、
図5Bのとおり、X座標は0であり、Y座標は、スキャッタグラムにおける蛍光信号強度の最大値である。点JのX座標は、
図5Bのとおり、0である。点JのY座標は、例えば、複数の対照試料における有核細胞の蛍光信号強度のIQR(四分位範囲)の平均値の15±1倍高い値(すなわち、14~16×IQR)と決定できる。点KのX座標は、例えば、各検体の好中球集団のX軸の中央値の平均値と好酸球集団のX軸の中央値の平均値の間の任意の値と決定できる。点KのY座標は、点JのY座標と同じである。点Lについては、X座標は、点KのX座標と同じであり、Y座標はスキャッタグラムにおける蛍光信号強度の最大値である。このようにして決定した4つの座標により特定される第5の領域を、骨髄液のFCM測定に基づいて作成したスキャッタグラムに当てはめると、当該第5の領域は、形質細胞が出現する領域を包含するか又は重複し得る。
【0117】
第5の実施形態では、形質細胞の数に基づいて、形質細胞腫のスクリーニングの指標を取得する。形質細胞の数自体を形質細胞腫のスクリーニングの指標として用いてもよい。好ましくは、形質細胞腫のスクリーニングの指標として、有核細胞の数に対する形質細胞の数の比率を取得する。この比率を、以下「第6の比率」とも呼ぶ。有核細胞の数は、上述のように、試料のFCM測定により取得した光学的情報に基づいて計数した数である。第6の比率は、下記の式(F)から算出された値である。
【0118】
(第6の比率)=[(形質細胞の数)/(有核細胞の数)]×100 ・・・(F)
【0119】
試料中の有核細胞の数を基準として、形質細胞の数の変化の傾向が示唆される限り、上記の式(F)から算出された値に基づく値も、第6の比率に包含される。上記の式(F)から算出された値に基づく値の例示については、上記の式(A)から算出された値に基づく値と同様である。
【0120】
第5の実施形態では、第6の比率と閾値との比較により、骨髄液に異常があるか否かについて判定を行ってもよい。第6の比率が上記の式(F)から算出された値であるとき、第6の比率に対応する閾値は、例えば5%~15%の間の任意の値であり、好ましくは5%であり得る。例えば、第6の比率と閾値とを比較して、第6の比率が閾値以上であるとき、骨髄液に異常があると判定する。この場合、被検者の骨髄液では、正常骨髄液よりも形質細胞が増加していることが示唆される。これは、形質細胞腫が発生しているか又はその疑いがある。一方、第6の比率が閾値より低いとき、骨髄液に異常がないと判定する。
【0121】
第5の実施形態では、第6の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示を提供してもよい。識別可能な表示は、第1の比率と同様に、表示装置の画面に表すことが好ましい。表示装置の画面には、例えば、第6の比率自体及び/又は当該比率が閾値以上であることを、他の文字及び数値と区別できる形式で表示される。表示装置及びその画面上の表示の態様は、第1の実施形態について述べたことと同様である。第6の比率が閾値以上である場合、識別可能な表示として、骨髄液が、造血器腫瘍、特に形質細胞腫に関する検査を優先的に行う必要のある検体であることを示してもよい。当該検査については上記のとおりである。第5の実施形態では、特に形質細胞腫に着目しているので、第6の比率が閾値以上である場合、表示装置の画面上に、例えば「Plasmacytosis?」のように、形質細胞の増加を示唆する標識を表示してもよい。識別可能な表示の意義及び効果は、第1の実施形態について述べたことと同様である。
【0122】
このように、本実施形態の分析方法は、医師などの医療従事者に対して、造血器腫瘍のスクリーニング、骨髄液の異常の判定などを補助する情報の提供を可能にする。情報を取得した医療従事者は、分析した骨髄液について、造血器腫瘍に関する検査を優先的に行うか否か決定できる。また、取得した情報から、疑われる造血器腫瘍や着目すべき細胞を想定して、骨髄像検査を行うことができる。
【0123】
[2.試料分析装置]
以下、本実施形態の試料分析装置の一例を、図面を参照して説明する。
【0124】
(試料分析装置の構成)
図6に示されるように、試料分析装置10は、測定部20と、解析部30とを備える。測定部20は、骨髄液を取り込み、骨髄液から試料を調製し、当該試料を光学測定する。解析部30は、測定部20の測定により得られた測定データを処理し、骨髄液の分析結果を出力する。しかし、本実施形態はこの例のみに限定されず、例えば、測定部20及び解析部30が一体的に構成された装置であってもよい。
【0125】
測定部20は、吸引部40と、試料調製部50と、検出部60と、信号処理回路81と、マイクロコンピュータ82と、通信インターフェース83とを備える。吸引部40は、吸引管42を有する。吸引部40は、試験管41に収容された骨髄液を吸引管42によって吸引する。
【0126】
試料調製部50は、反応槽54を有し、試薬容器51、52及び53に接続されている。試験管41は、骨髄液を収容する。試薬容器51は、希釈液を収容する。試薬容器51に収容される希釈液は、フローサイトメトリ法による測定においてシース液として利用される。試薬容器52は、溶血剤を含む溶血試薬を収容する。試薬容器53は、蛍光色素を含む染色試薬を収容する。吸引部40は、吸引管42を反応槽54の上方へ移動させ、試験管41から吸引された骨髄液を反応槽54に吐出する。骨髄液と溶血試薬と染色試薬とが反応槽54で混合され、試料が調製される。染色試薬及び溶血試薬を用いることに替えて、蛍光色素及びカチオン性界面活性剤の両方を含む1つの試薬を用いてもよい。試料は、フローサイトメトリ法による光学的測定に供される。
【0127】
検出部60は、フローサイトメトリ法による粒子の光学的測定に用いられる。検出部60は、フローセル61と、光源部62と、受光部63及び64とを備える。フローセル61は、試薬容器51に収容された希釈液及び試料調製部50により調製された試料が供給される。以下、検出部60が試料中の粒子について蛍光信号情報を含む光学的情報を取得する方法を説明するが、この説明に限定されない。
【0128】
フローセル61は、透光性を有する石英、ガラス、合成樹脂などの材料によって管状に構成される。フローセル61の内部は、試料及びシース液が流れる流路となっている。
図7を参照して、フローセル61には、内部空間が他の部分よりも細く絞り込まれたオリフィス61aが設けられている。また、オリフィス61aの入口付近は二重管構造となっており、その内側管部分は試料ノズル61bとなっており、これを介して、試料調製部50により調製された試料が供給される。試料ノズル61bの外側の空間は、シース液が流れる流路61cである。シース液は、流路61cを通って、オリフィス61aに導入される。このように、フローセル61に供給されたシース液は、試料ノズル61bから吐出された試料を包むように流れる。そして、オリフィス61aによって試料の流れが細く絞り込まれ、シース液で包まれた試料中の粒子が1つずつオリフィス61aを通過する。
【0129】
光源部62は、半導体レーザ光源であり、例えば波長633nmの赤色レーザ光をフローセル61のオリフィス61aへ照射する。レーザの波長は特に限定されず、蛍光色素の励起に適した波長のレーザ光源を適宜選択できる。受光部63、64及び65は、フローセル61中の試料の流れに光が照射されたときに、当該試料中の個々の粒子から発せられる光を検出する。受光部63、64及び65には、アバランシェフォトダイオード、フォトダイオード又は光電子倍増管を採用できる。以下、光源部62とフローセル61とを結ぶ方向を「X方向」といい、X方向に対して直交する方向を「Y方向」という。フローセル61からY方向側には、ダイクロイックミラー66が配置されている。ダイクロイックミラー66は、個々の粒子から発せられる蛍光を透過し、個々の粒子から発せられる側方散乱光を反射する。受光部63は、フローセル61からY方向側に配置され、ダイクロイックミラー66を透過した蛍光を検出できる。受光部64は、フローセル61からX方向側に配置される。さらに具体的には、受光部64は、フローセル61を挟んで光源部62の反対側に配置される。受光部64は、個々の粒子から発せられる前方散乱光を検出できる。受光部65は、ダイクロイックミラー66から反射した側方散乱光を検出できる。
【0130】
側方散乱光は、光源部62の光軸方向(X方向)に対して90°の方向(Y方向)に散乱する光に限定されない。側方散乱光は、例えば、X方向に対して80°以上100°以下の方向に散乱する光であってもよい。前方散乱光は、光源部62の光軸方向(X方向)に散乱する光に限定されない。前方散乱光は、例えば、X方向に対して-10°以上10°以下の方向に散乱する光であってもよい。
【0131】
本実施形態では、光源部62とフローセル61との間に、図示しない複数のレンズからなる照射レンズ系を配置してもよい。照射レンズ系によって、半導体レーザ光源から射出された平行ビームがビームスポットに集束できる。
【0132】
受光部63、64及び65はそれぞれ蛍光、前方散乱光及び側方散乱光を受光し、受光量に応じて、異なる電圧のアナログの電気信号を信号処理回路81へ出力する。すなわち、受光部63、64及び65は、受光強度を示すアナログ信号を出力する。以下、受光部63から出力されるアナログ信号を「蛍光信号」といい、受光部64から出力されるアナログ信号を「前方散乱光信号」といい、受光部65から出力されるアナログ信号を「側方散乱光信号」という。これらのアナログ信号は、フローセル61中の粒子の通過にともなって波形状に電圧が変化する波形信号として、信号処理回路81に入力される。
【0133】
信号処理回路81は、受光部63、64、65が出力するアナログ信号を所定のサンプリングレートでA/D変換して、デジタル信号からなる蛍光信号、前方散乱光信号及び側方散乱光信号を生成する。信号処理回路81は、1つの粒子の波形に対応する蛍光信号のピーク値を、その粒子の「蛍光信号強度」として抽出する。同様に、信号処理回路81は、前方散乱光信号のピーク値を「前方散乱光強度」として抽出し、側方散乱光信号のピーク値を「側方散乱光強度」として抽出する。
【0134】
信号処理回路81が生成するデジタル信号が例えば8ビットのデータで表される場合、例えば蛍光信号強度の範囲は0~255chとなる。また、デジタル信号が例えば10ビットのデータで表される場合、例えば蛍光信号強度の範囲は0~1023chとなる。また、デジタル信号が例えば16ビットのデータで表現される場合、例えば蛍光信号強度は0~65535の範囲内で表現される。FCM測定で検出された粒子を、縦軸が256チャンネルの蛍光信号強度をとるスキャッタグラムにプロットする場合、0~255の蛍光強度を有する粒子は、そのまま0~255チャンネルの蛍光強度の座標にプロットされる。一方、256以上(例えば500)の蛍光信号強度を有する粒子は、255チャンネルの座標にプロットされる。しかし、縦軸が1023チャンネルの蛍光信号強度をとるスキャッタグラムにプロットする場合、500の蛍光信号強度を有する粒子は、500チャンネルの座標にプロットされる。
【0135】
マイクロコンピュータ82は、吸引部40、試料調製部50、検出部60、信号処理回路81、及び通信インターフェース83を制御する。通信インターフェース83は、通信ケーブルによって解析部30に接続される。測定部20は、通信インターフェース83によって、解析部30とデータ通信を行う。通信インターフェース83は、各特徴パラメータを含む測定データを解析部30へ送信する。
【0136】
図8を参照し、解析部30の構成について説明する。解析部30は、本体300と、入力部309と、表示部310とを備えている。本体300は、CPU301と、ROM302と、RAM303と、ソリッドステートドライブ(SSD)304と、読出装置305と、入出力インターフェース306と、画像出力インターフェース307と、通信インターフェース308とを有する。本体300では、SSDに替えて、ハードディスクを備えてもよい。
図5では、表示部310として、画像を表示するディスプレイを用いている。
【0137】
CPU301は、ROM302に記憶されているコンピュータプログラム322及びRAM303にロードされたコンピュータプログラムを実行する。RAM303は、ROM302及びSSD304に記録されている各コンピュータプログラムの読み出しに用いられる。RAM303は、各コンピュータプログラムを実行するときに、CPU301の作業領域としても利用される。SSD304には、測定部20から与えられた測定データを解析して解析結果を出力するためのコンピュータプログラムであるアプリケーションプログラム320がインストールされている。コンピュータプログラム322には、基本入出力システム(BIOS)が含まれる。アプリケーションプログラム320には、OS、骨髄液分析用プログラム及び骨髄液の異常の判定用プログラムが含まれる。骨髄液分析用プログラムは、光学的情報に基づいて対象細胞の数を取得し、対象細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得するためのプログラムをいう。骨髄液の異常の判定用プログラムは、造血器腫瘍のスクリーニングの指標に基づいて、骨髄液に異常があるか否かを判定するためのプログラムをいう。
【0138】
読出装置305は、USBポート、SDカードリーダ、CFカードリーダ、メモリースティックリーダ、CD-ROMドライブ、DVD-ROMドライブ、フレキシブルディスクドライブなどであり、可搬型記録媒体321に記録されたコンピュータプログラム又はデータを読み出すことができる。可搬型記録媒体321には、コンピュータを解析部30として機能させるためのコンピュータプログラム320が格納されている。可搬型記録媒体321から読み出されたコンピュータプログラム320は、SSD304にインストールされる。
【0139】
入力部309は、入出力インターフェース306に接続される。表示部310は、画像出力インターフェース307に接続される。通信インターフェース308は、測定部20の通信インターフェース83に接続される。入力部309及び表示部310に替えて、表示入力部として、表示部の表面に入力部が配置されたタッチパネルを備えてもよい。タッチパネルとしては、例えば静電容量方式などの周知の方式のタッチパネルが挙げられる。
【0140】
(試料分析装置の動作)
図9を参照して、試料分析装置10の動作について説明する。まず、解析部30のCPU301が、ユーザからの測定実行の指示を、入力部309を介して受け付ける(ステップS101)。
【0141】
解析部30が測定実行の指示を受け付けると、CPU301は、測定部20に測定開始を指示する指示データを送信し(ステップS102)、測定部20が指示データを受信する(ステップS103)。測定部20のマイクロコンピュータ82は、試料調製処理を実行し(ステップS104)、測定処理を実行する(ステップS105)。
【0142】
図6及び10を参照して、試料調製処理について説明する。マイクロコンピュータ82が吸引部40を制御して、反応槽54に所定量の骨髄液を供給する(ステップS201)。次に、マイクロコンピュータ82が試料調製部50を制御して、試薬容器52から反応槽54に所定量の溶血試薬を供給し、試薬容器53から反応槽54に所定量の染色試薬を供給する(ステップS202)。反応槽54は、ヒータによって所定温度(例えば30~45℃)になるように加温されている。加温された状態で、反応槽54内の混合物の撹拌が行われる(ステップS203)。ステップS201~S203の動作により、反応槽54において試料が調製される。マイクロコンピュータ82が試料調製部50を制御して、試料を反応槽54から検出部60へ導出する(ステップS204)。ステップS204の処理が終了すると、マイクロコンピュータ82は、メインルーチンへ処理をリターンする。
【0143】
試料が検出部60のフローセル61を通過するとき、光源部62によって、試料中の粒子にレーザ光が照射される。粒子から発せられた蛍光は、受光部63によって検出される。粒子から発せられた前方散乱光は、受光部64によって検出される。粒子から発せられた側方散乱光は、受光部65によって検出される。受光部63、64及び65のそれぞれは、受光レベルに応じた電気信号を、蛍光信号、前方散乱光信号及び側方散乱光信号として出力する。信号処理回路81は、蛍光信号から蛍光強度を抽出し、前方散乱光信号から前方散乱光強度を抽出し、側方散乱光信号から側方散乱光強度を抽出する。
図9を参照して、測定処理の後、マイクロコンピュータ82は、各特徴パラメータを含む測定データを解析部3へ送信し(ステップS106)、処理を終了する。解析部3は、測定データを受信する(ステップS107)。その後、CPU301は、測定データ解析処理を実行し、骨髄液の分析結果を生成して、分析結果をSSD304に格納する(ステップS108)。
【0144】
[3.コンピュータプログラム]
以下、測定データの解析処理の例について説明する。
図11Aを参照し、第1の実施形態の測定データの解析処理では、測定データの解析処理を開始すると、解析部3のCPU301は、測定データに含まれる蛍光強度に基づいて、対象細胞及び有核細胞を選別する(ステップS301)。CPU301は、蛍光信号強度に基づいて、試料中の粒子から、核を有さない細胞及び粒子を除外することにより、有核細胞を選別する。また、CPU301は、試料中の粒子から、蛍光信号強度が閾値以上である粒子を抽出することにより、対象細胞を選別する。CPU301は、蛍光信号強度及び側方散乱光強度のデータを用いて、スキャッタグラムを作成してもよい。
【0145】
ステップS302において、CPU301は、ステップS301で選別した対象細胞及び有核細胞を計数し、それらの数をSSD304に記憶する。ステップS303において、CPU301は、対象細胞の数及び有核細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する。当該指標として、第1の比率を取得する場合、CPU301は、上記の式(A)で示される計算を行って、第1の比率を取得する。CPU301は、取得した造血器腫瘍のスクリーニングの指標をSSD304に記憶する。ステップS304において、CPU301は、造血器腫瘍のスクリーニングの指標に基づいて骨髄液の異常を判定する。
【0146】
図11Bを参照し、第2の実施形態の測定データの解析処理について説明する。測定データの解析処理を開始すると、解析部3のCPU301は、測定データに含まれる蛍光強度及び側方散乱光強度に基づいて、対象単核細胞及び有核細胞を選別する(ステップS311)。有核細胞の選別については、第1の実施形態の解析処理と同様である。CPU301は、試料中の粒子から、蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づいて、第2の領域に含まれる粒子を抽出することにより、対象単核細胞を選別する。CPU301は、蛍光信号強度及び側方散乱光強度のデータを用いて、スキャッタグラムを作成してもよい。
【0147】
ステップS312において、CPU301は、ステップS311で選別した対象単核細胞及び有核細胞を計数し、それらの数をSSD304に記憶する。ステップS313において、CPU301は、対象単核細胞の数及び有核細胞の数に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングの指標を取得する。当該指標として、第2の比率を取得する場合、CPU301は、上記の式(B)で示される計算を行って、第2の比率を取得する。CPU301は、取得した造血器腫瘍のスクリーニングの指標をSSD304に記憶する。ステップS314については、ステップS304と同様である。すなわち、CPU301は、ステップ315において骨髄液の異常を判定する。
【0148】
図11Cを参照し、第3の実施形態の測定データの解析処理について説明する。この解析処理では、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、急性白血病のスクリーニングの指標を取得する。測定データの解析処理を開始すると、解析部3のCPU301は、測定データに含まれる蛍光強度、側方散乱光強度及び前方散乱光強度に基づいて、芽球及び有核細胞を選別する(ステップS321)。有核細胞の選別については、第1の実施形態の解析処理と同様である。CPU301は、試料中の粒子から、蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づいて、第3の領域に含まれる粒子を抽出する。CPU301は、蛍光信号強度及び側方散乱光強度のデータを用いて、スキャッタグラムを作成してもよい。抽出された粒子の前方散乱光強度に基づいて、芽球の大きさに相当する粒子を抽出することにより、芽球を選別する。CPU301は、前方散乱光強度のデータを用いて、ヒストグラムを作成してもよい。
【0149】
ステップS322において、CPU301は、ステップS321で選別した芽球及び有核細胞を計数し、それらの数をSSD304に記憶する。ステップS323において、CPU301は、芽球の数及び有核細胞の数に基づいて、急性白血病のスクリーニングの指標を取得する。当該指標として、第3の比率を取得する場合、CPU301は、上記の式(C)で示される計算を行って、第3の比率を取得する。CPU301は、取得した急性白血病のスクリーニングの指標をSSD304に記憶する。ステップS324については、ステップS304と同様である。すなわち、CPU301は、ステップ325において骨髄液の異常を判定する。
【0150】
図11Dを参照し、第4の実施形態の測定データの解析処理について説明する。この解析処理では、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、成熟リンパ腫のスクリーニングの指標を取得する。測定データの解析処理を開始すると、解析部3のCPU301は、測定データに含まれる蛍光強度、側方散乱光強度及び前方散乱光強度に基づいて、芽球及び有核細胞を選別する(ステップS331)。有核細胞の選別については、第1の実施形態の解析処理と同様である。CPU301は、試料中の粒子から、蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づいて、第2の領域に含まれる粒子を抽出することにより、対象単核細胞を選別する。また、第4の領域に含まれる粒子を抽出することにより、単核白血球及び分化後期赤芽球を選別する。CPU301は、蛍光信号強度及び側方散乱光強度のデータを用いて、スキャッタグラムを作成してもよい。
【0151】
ステップS332において、CPU301は、ステップS331で選別した対象単核細胞、単核白血球、分化後期赤芽球及び有核細胞を計数し、それらの数をSSD304に記憶する。ステップS333において、CPU301は、対象単核細胞の数、単核白血球及び分化後期赤芽球の数、及び有核細胞の数に基づいて、成熟リンパ腫のスクリーニングの指標を取得する。当該指標として、第5の比率を取得する場合、CPU301は、上記の式(B)及び(D)で示される計算を行って、第2の比率及び第4の比率を取得する。さらに、CPU301は、上記の式(E)で示される計算を行って、第5の比率を取得する。CPU301は、取得した成熟リンパ腫のスクリーニングの指標をSSD304に記憶する。ステップS334については、ステップS304と同様である。すなわち、CPU301は、ステップ335において骨髄液の異常を判定する。
【0152】
図11Eを参照し、第5の実施形態の測定データの解析処理について説明する。この解析処理では、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、形質細胞腫のスクリーニングの指標を取得する。測定データの解析処理を開始すると、解析部3のCPU301は、測定データに含まれる蛍光強度及び側方散乱光強度に基づいて、形質細胞及び有核細胞を選別する(ステップS341)。この解析処理では、蛍光についてのデジタル信号は10ビットのデータで表され、側方散乱についてのデジタル信号は8ビットのデータで表される。したがって、蛍光信号強度の範囲は0~1023chであり、側方散乱光強度の範囲は0~255chである。有核細胞の選別については、第1の実施形態の解析処理と同様である。CPU301は、試料中の粒子から、蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づいて、第5の領域に含まれる粒子を抽出することにより、形質細胞を選別する。CPU301は、蛍光信号強度及び側方散乱光強度のデータを用いて、スキャッタグラムを作成してもよい。
【0153】
ステップS342において、CPU301は、ステップS341で選別した対象単核細胞及び有核細胞を計数し、それらの数をSSD304に記憶する。ステップS343において、CPU301は、形質細胞の数及び有核細胞の数に基づいて、形質細胞腫のスクリーニングの指標を取得する。当該指標として、第6の比率を取得する場合、CPU301は、上記の式(F)で示される計算を行って、第6の比率を取得する。CPU301は、取得した形質細胞腫のスクリーニングの指標をSSD304に記憶する。ステップS344については、ステップS304と同様である。すなわち、CPU301は、ステップ345において骨髄液の異常を判定する。
【0154】
図9を参照して、上記の測定データの解析処理を終了すると、ステップS109において、CPU301は、分析結果を表示部310に出力して、処理を終了する。
【0155】
上記のとおり、
図11A~Eのそれぞれに示される測定データの解析処理を個別に説明した。しかし、
図9の測定データの解析処理(ステップS108)は、これらの一部でも実施していればよく、また全ての解析処理を行ってもよい。例えば、
図11Aを参照して、ステップS301において、対象細胞及び有核細胞の他に、対象単核細胞、芽球、単核白血球、分化後期赤芽球及び形質細胞を選別し、ステップS302において、それらを計数してもよい。また、ステップS303において、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、急性白血病、成熟リンパ腫及び形質細胞腫のスクリーニングの指標も取得してもよい。
【0156】
以下、骨髄液の異常の判定処理の例として、被検者に造血器腫瘍の疑いがあるか否かを判定する場合について説明する。
図12Aを参照して、第1の実施形態の判定処理では、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、上記の式(A)から算出された第1の比率を取得し、この比率に基づいて判定を行う。しかし、本発明はこれに限定されない。ステップS401において、CPU301は、第1の比率と、第1の比率に対応する閾値(例えば30%)とを比較する。この閾値は、SSD304に記憶されている。第1の比率が所定の閾値より低いとき、処理は、ステップS402に進行する。CPU301は、造血器腫瘍の疑いがないとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。第1の比率が所定の閾値以上であるとき、処理は、ステップS403に進行する。CPU301は、造血器腫瘍の疑いがあるとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。以上で、CPU301は、判定処理を終了し、メインルーチンへ処理をリターンする。
【0157】
図12Bを参照して、第2の実施形態の判定処理では、造血器腫瘍のスクリーニングの指標として、上記の式(B)から算出された第2の比率を取得し、この比率に基づいて判定を行う。しかし、本発明はこれに限定されない。ステップS411において、CPU301は、第2の比率と、第2の比率に対応する閾値(例えば20%)とを比較する。この閾値は、SSD304に記憶されている。第2の比率が所定の閾値より低いとき、処理は、ステップS412に進行する。CPU301は、造血器腫瘍の疑いがないとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。第2の比率が所定の閾値以上であるとき、処理は、ステップS413に進行する。CPU301は、造血器腫瘍の疑いがあるとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。以上で、CPU301は、判定処理を終了し、メインルーチンへ処理をリターンする。
【0158】
図12Cを参照して、第3の実施形態の判定処理では、急性白血病のスクリーニングの指標として、上記の式(C)から算出された第3の比率を取得し、この比率に基づいて判定を行う。判定では、第3の比率に対応する所定の閾値として、第1の閾値と、それよりも高い値である第2の閾値とを用いる。しかし、本発明はこれに限定されない。ステップS421において、CPU301は、第3の比率と第1の閾値(例えば10%)とを比較する。第1の閾値は、SSD304に記憶されている。第3の比率が第1の閾値より低いとき、処理は、ステップS422に進行する。CPU301は、急性白血病の疑いがないとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。第3の比率が第1の閾値以上であるとき、処理は、ステップS423に進行する。ステップS423において、CPU301は、第3の比率と第2の閾値(例えば20%)とを比較する。第2の閾値は、SSD304に記憶されている。第3の比率が第2の閾値より低いとき、処理は、ステップS424に進行する。CPU301は、芽球の増加の疑いがあるとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。第3の比率が第2の閾値以上であるとき、処理は、ステップS425に進行する。CPU301は、急性白血病の疑いがあるとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。以上で、CPU301は、判定処理を終了し、メインルーチンへ処理をリターンする。
【0159】
図12Dを参照して、第4の実施形態の判定処理では、成熟リンパ腫のスクリーニングの指標として、上記の式(E)から算出された第5の比率を取得し、この比率に基づいて判定を行う。しかし、本発明はこれに限定されない。ステップS431において、CPU301は、第5の比率と、第5の比率に対応する閾値(例えば10%)とを比較する。この閾値は、SSD304に記憶されている。第5の比率が所定の閾値より低いとき、処理は、ステップS432に進行する。CPU301は、成熟リンパ腫の疑いがあるとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。第5の比率が所定の閾値以上であるとき、処理は、ステップS433に進行する。CPU301は、成熟リンパ腫の疑いがないとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。以上で、CPU301は、判定処理を終了し、メインルーチンへ処理をリターンする。
【0160】
図12Eを参照して、第5の実施形態の判定処理では、形質細胞腫のスクリーニングの指標として、上記の式(F)から算出された第6の比率を取得し、この比率に基づいて判定を行う。しかし、本発明はこれに限定されない。ステップS441において、CPU301は、第6の比率と、第6の比率に対応する閾値(例えば5%)とを比較する。この閾値は、SSD304に記憶されている。第6の比率が所定の閾値より低いとき、処理は、ステップS442に進行する。CPU301は、形質細胞腫の疑いがないとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。第6の比率が所定の閾値以上であるとき、処理は、ステップS443に進行する。CPU301は、形質細胞腫の疑いがあるとの判定結果を取得し、SSD304に記憶する。以上で、CPU301は、判定処理を終了し、メインルーチンへ処理をリターンする。
【0161】
図9を参照して、上記の判定処理を終了すると、CPU301は、ステップS109において、分析結果として判定結果を表示部310に出力して、処理を終了する。上記のとおり、
図12A~Eを用いて、「造血器腫瘍の疑いがあるかの判定処理」、「急性白血病の疑いがあるかの判定処理」、「成熟リンパ腫の疑いがあるかの判定処理」及び「形質細胞腫の疑いがあるかの判定処理」をそれぞれ個別に説明した。しかし、骨髄液の異常の判定処理はこれらの一部でも実施していればよく、また全ての判定処理を行ってもよい。
【0162】
表示部310に出力される分析結果画面は、例えば、有核細胞(TNC)の数、及び造血器腫瘍のスクリーニングの指標としての比率(RATIO)を含んでもよい。また、画面は、これらの情報に加えて光学的情報に基づいて作成したスキャッタグラムを含んでもよい。さらに、画面は、造血器腫瘍のスクリーニングの指標に基づいて骨髄液の異常について判定を行った結果を含んでもよい。
【0163】
このように本実施形態の試料分析装置及びコンピュータプログラムは、医師などの医療従事者に対して、造血器腫瘍のスクリーニング、骨髄液の異常の判定などを補助する情報を提供できる。情報を取得した医療従事者は、分析した骨髄液について、造血器腫瘍に関する検査を優先的に行うか否か決定できる。また、取得した情報から、疑われる造血器腫瘍や着目すべき細胞を想定して、骨髄像検査を行うことができる。
【0164】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0165】
実施例1:蛍光信号強度が所定の閾値以上である細胞の数に基づくスクリーニング
急性白血病では、骨髄中での分化早期の幼若細胞等の増加が兆候である。また、形質細胞腫(骨髄腫)では、骨髄中での形質細胞の増加が兆候である。分化早期の幼若細胞及び形質細胞は、成熟細胞や分化後期の細胞に比べて核酸量が多い。そこで、FCMにより骨髄液中の細胞を分析し、細胞の核酸量に基づいて、造血器腫瘍のスクリーニングが可能であるかを検討した。
【0166】
(1)検体
検体として、病院での骨髄像検査(鏡検)にて確認された下記症例の骨髄液(計38例)を用いた。
-急性白血病(有核細胞数に対する芽球数の比率が20%以上)2例
-形質細胞腫(有核細胞数に対する形質細胞数の比率が10%以上)1例
-芽球中等度増加例(有核細胞数に対する芽球数の比率が10%以上20%未満)1例
-芽球軽度増加例(有核細胞数に対する芽球数の比率が5%以上10%未満)3例
-芽球及び形質細胞の増加が認められなかった症例 31例
【0167】
(2)試薬及び分析装置
溶血試薬として、ライザセルWDFII(シスメックス株式会社)を用いた。染色試薬として、フルオロセルWDF(シスメックス株式会社)を用いた。分析装置として、FCMを備えた自動血球分析装置であるXR-1000(シスメックス株式会社)を用いた。
【0168】
(3)測定
(3.1)塗抹標本の作製及び鏡検
分析装置による分析結果と比較するため、上記の骨髄液の鏡検を行った。各検体から一部を取り、常法にしたがって染色して塗抹標本を作製した。塗抹標本を顕微鏡で観察して、有核細胞を計数した。また、下記の対象細胞の存否を確認した。対象細胞を検出した場合は、その細胞数をカウントした。鏡検の対象細胞は、芽球、前赤芽球、多染性赤芽球、形質細胞、前単球、幼若好中球(前骨髄球及び骨髄球)及び巨核球系細胞であった。細胞数は、これらの対象細胞の総和であった。
【0169】
(3.2)分析装置による試料の調製及び測定
各検体を孔径40μmのナイロンメッシュでろ過して骨片を除き、自動血球計数装置XR-1000にセットした。試料の調製及び測定は、分析装置により自動的に行われた。具体的には、骨髄液(1μL)に溶血試薬(50μL)及び染色試薬(1μL)を添加し、40℃で20秒間インキュベートして、試料を調製した。試料に光を照射して、当該試料中の個々の粒子から発せられる光学的情報を取得した。光学的情報として、蛍光信号強度及び側方散乱光強度を取得した。また、取得した光学的情報に基づいて、横軸に側方散乱光強度をとり、縦軸に蛍光信号強度をとったスキャッタグラムを作成した。スキャッタグラムは、側方散乱光強度及び蛍光信号強度の最小値を0chとし、最大値を255chとして作成された。検体を自動血球計数装置にセットしてからスキャッタグラムの作成までに要した時間はいずれも3分以内であった。
【0170】
(4)分析及び結果
作成したスキャッタグラムの一例を
図13に示す。分析装置で測定した各試料について、光学的情報に基づいて、有核細胞を計数した。また、蛍光信号強度に対する所定の閾値を100chに設定し、蛍光信号強度が100ch以上の粒子を計数した。
図13では、蛍光信号強度が100ch以上の粒子は、破線で囲まれた領域に出現した。当該領域は、スキャッタグラムの二次元平面を蛍光信号強度100chで区切ったときの上側の領域(以下、「蛍光信号強度が100ch以上の領域」とも呼ぶ)であった。
【0171】
100chの蛍光信号強度は、あらかじめ所定の閾値として決定した値であった。具体的には、次のようにして決定した。まず、上記の染色試薬及び溶血試薬を用いて、健常人の末梢血(20検体)から20の対照試料を調製し、上記の分析装置によりFCM測定した。蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づいて、有核細胞を選別及び計数した。次いで、100chの蛍光信号強度を暫定的閾値として設定し、100ch以上の蛍光信号強度を有する細胞を計数した。そして、有核細胞の数に対する、100ch以上の蛍光信号強度を有する細胞の数の比率を算出した。20の対照試料における当該比率の中央値、10パーセンタイル値及び90パーセンタイル値を算出した。その結果、中央値は3.89%、10パーセンタイル値は2.52%、90パーセンタイル値は5.07%であった。この結果より、100chの蛍光強度は、核酸量が比較的少ない成熟白血球及び分化後期の細胞と、核酸量が比較的多い対照細胞とを良好に区別できる値であることが示唆された。よって、100chの蛍光強度を、所定の閾値として決定した。実際、
図13においても、骨髄液中の成熟白血球(リンパ球、単球、好中球及び好酸球)は、スキャッタグラムの二次元平面を蛍光信号強度100chで区切ったときの下側の領域(以下、「蛍光信号強度が100ch未満の領域」とも呼ぶ)に出現した。なお、
図13中の斜線は、単核細胞が出現する領域と、多形核細胞が出現する領域との境界を示す。
【0172】
各検体について、第1の比率として、有核細胞数に対する蛍光信号強度が100ch以上の粒子の数の比率を算出した。鏡検により計数した有核細胞及び対象細胞についても、有核細胞数に対する対象細胞数の比率を算出した。各検体について、分析装置により得た第1の比率と鏡検により得た比率とをプロットして、回帰直線(y=0.62x+8.69)を得た。相関係数(r)は0.88であった。このグラフを
図14に示す。
図14から分かるように、分析装置による第1の比率と鏡検による比率とは良好に相関した。また、芽球又は形質細胞の増加が認められた検体は、第1の比率が高い傾向にあった。特に、第1の比率の閾値を30%と設定したとき、急性白血病及び形質細胞腫の検体とそれ以外の検体とを切り分けできることが分かった。したがって、FCMを備える分析装置により、骨髄液中の有核細胞と蛍光信号強度が所定の閾値以上の粒子とを計数し、第1の比率を得ることにより、急性白血病及び形質細胞腫のスクリーニングを迅速に行い得ることが示唆された。
【0173】
実施例2:蛍光信号強度が所定の閾値以上である単核細胞の数に基づくスクリーニング
芽球及び形質細胞は単核細胞である。そこで、実施例1で選別した粒子のうち、単核細胞をさらに選別した。選別した単核細胞を分析することにより、造血器腫瘍のスクリーニングが可能であるかを検討した。
【0174】
(1)検体、試薬及び分析装置
検体、試薬及び分析装置は、実施例1と同じであった。
【0175】
(2)測定データ及び分析
塗抹標本における細胞数は、実施例1の計数結果を利用した。実施例2では、鏡検の対象細胞は、単核細胞である芽球、前赤芽球、多染性赤芽球、形質細胞及び前単球であった。実施例1の計数結果より、これらの細胞数の総和を取得して、対象細胞数として用いた。分析装置による各検体の測定データとして、実施例1で取得した各検体の光学的情報を用いた。
図15を参照して、蛍光信号強度が100ch以上の粒子から単核細胞を選別するため、蛍光信号強度が100ch以上の領域のうち、点C、D、F及びEに囲まれた領域(以下、「領域CDFE」とも呼ぶ)を特定した。
図15中、領域CDFEを破線で示した。点C、D、E及びFの座標は、側方散乱光強度を示す横軸をX軸と呼び、蛍光信号強度を示す縦軸をY軸と呼ぶとき、次のとおりであった。点C(X:Y=0ch:100ch)、点D(X:Y=135ch:100ch)、点E(X:Y=0ch:255ch)及び点F(X:Y=180ch:255ch)。
図15中、点F及び点Dを通る斜線は、単核細胞が出現する領域と、多形核細胞が出現する領域との境界を示す。なお、
図15中、点Aは原点(X:Y=0ch:0ch)であり、点Bは、上記の斜線とX軸の交点(X:Y=100ch:0ch)であった。
【0176】
図15に示されるように、領域CDFEは、蛍光信号強度が100ch以上の領域のうち、当該斜線より左側の領域であった。各検体について、領域CDFEに出現した粒子を計数し、蛍光信号強度が100ch以上である単核細胞の数を取得した。第2の比率として、有核細胞数に対する、蛍光信号強度が100ch以上である単核細胞の数の比率を算出した。鏡検により計数した有核細胞及び対象細胞についても、有核細胞数に対する対象細胞数の比率を算出した。
【0177】
各検体について、分析装置により得た第2の比率と鏡検により得た比率とをプロットして、回帰直線(y=0.64x+5.07)を得た。相関係数(r)は0.95であった。このグラフを
図16に示す。
図16から分かるように、分析装置による第2の比率と鏡検による比率とは良好に相関した。また、芽球又は形質細胞の増加が認められた検体は、第2の比率が高い傾向にあった。特に、第2の比率の閾値を20%と設定したとき、急性白血病及び形質細胞腫の検体とそれ以外の検体とを切り分けできることが分かった。したがって、FCMを備える分析装置により、骨髄液中の有核細胞と蛍光信号強度が所定の閾値以上の単核細胞とを計数し、第2の比率を得ることにより、急性白血病及び形質細胞腫のスクリーニングを迅速に行い得ることが示唆された。
【0178】
実施例3:芽球数に基づくスクリーニング
急性白血病では、分化能を有さない腫瘍性芽球が増殖する。そこで、実施例1で選別した粒子のうち、芽球をさらに選別した。選別した芽球を分析することにより、急性白血病のスクリーニングが可能であるかを検討した。
【0179】
(1)検体、試薬及び分析装置
検体、試薬及び分析装置は、実施例1と同じであった。
【0180】
(2)測定データ及び分析
塗抹標本における細胞数は、実施例1の計数結果を利用した。実施例3では、鏡検の対象細胞は芽球であった。ただし、芽球が良性又は悪性であるかを区別しなかった。実施例1の計数結果より、芽球の数を対象細胞数として用いた。分析装置による各検体の測定データとして、実施例1で取得した各検体の光学的情報を用いた。
図17を参照して、蛍光信号強度が100ch以上の粒子から芽球を選別するため、蛍光信号強度が100ch以上の領域のうち、点H、D、F及びIに囲まれた領域を特定した。また、芽球をより正確に計数するため、
図17中のスキャッタグラムにおいて、点D、G及びHで囲まれた領域を特定した。よって、スキャッタグラムにおいて芽球が出現する領域として、点H、G、F及びIに囲まれた領域(以下、「領域HGFI」とも呼ぶ)を特定した。点D、F、G、H及びIの座標は、次のとおりであった。点D(X:Y=135ch:100ch)、点F(X:Y=180ch:255ch)、点G(X:Y=130ch:80ch)、点H(X:Y=80ch:100ch)及びI(X:Y=130ch:255ch)。
【0181】
図17に示されるように、領域HGFIは、蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づくスキャッタグラムにおいて芽球が出現する領域であった。各検体について、領域HGFIに出現した粒子を計数した。
図18を参照して、芽球をより正確に計数するため、領域HGFIに出現した粒子のうち、前方散乱光強度が50ch以上100ch以下の粒子を選別した。選別した粒子の数を、芽球数として取得した。第3の比率として、有核細胞数に対する芽球数の比率を算出した。鏡検により計数した有核細胞及び芽球についても、有核細胞数に対する芽球数の比率を算出した。
【0182】
各検体について、分析装置により得た第3の比率と鏡検により得た比率とをプロットして、回帰直線(y=0.60x+5.26)を得た。相関係数(r)は0.921であった。このグラフを
図19に示す。
図19から分かるように、分析装置による第3の比率と鏡検による比率とは良好に相関した。また、有核細胞数に対する芽球数の比率が10%以上であった検体は、第3の比率が高い傾向にあった。特に、第3の比率の閾値を20%と設定したとき、急性白血病の検体とそれ以外の検体とを切り分けできることが分かった。したがって、FCMを備える分析装置により、骨髄液中の有核細胞と芽球とを計数し、第3の比率を得ることにより、急性白血病のスクリーニングを迅速に行い得ることが示唆された。
【0183】
実施例4:腫瘍性細胞の出現の示唆
分析装置による造血器腫瘍が疑われる検体の判別性能について、鏡検による検体の判別と比較して検討した。
【0184】
(1)検体
検体として、病院での鏡検にて確認された下記症例の骨髄液(計38例)を用いた。
-急性白血病(有核細胞数に対する芽球数の比率が20%以上)2例
-形質細胞腫(有核細胞数に対する形質細胞数の比率が10%以上)1例
-芽球中等度増加例(有核細胞数に対する芽球数の比率が10%以上20%未満)1例
-芽球軽度増加例(有核細胞数に対する芽球数の比率が5%以上10%未満)3例
-成熟リンパ腫骨髄転移例(有核細胞数に対する成熟リンパ腫細胞数の比率が5%以上)5例
-芽球及び形質細胞の増加が認められなかった症例 26例
【0185】
(2)試薬、分析装置及び測定
試薬及び分析装置は、実施例1と同じであった。それらを用いて上記の検体について、分析装置による測定及び鏡検を、実施例1と同様にして行った。
【0186】
(3)分析及び結果
(3.1)芽球増加検体の判別
各検体の塗抹標本を顕微鏡で観察して、有核細胞数及び芽球数を取得した。そして、有核細胞数に対する芽球数の比率を算出した。算出した比率が10%以上であった検体を、芽球の増加が疑われる検体であると判別した。また、分析装置により取得した各検体の光学的情報に基づいて、実施例3と同様に分析して、有核細胞数及び芽球数を取得した。そして、第3の比率を算出した。第3の比率が10%以上であった検体を、芽球の増加が疑われる検体であると判別した。分析装置による判別と鏡検による判別とを比較した結果を、表1に示す。表中、「Positive」は、芽球の増加が疑われた検体を示し、「Negative」は、芽球の増加が認められなかった検体を示す。
【0187】
【0188】
表1に示されるように、分析装置による判別結果と鏡検による判別結果との一致率は84.2%であった。また、分析装置による判別の感度は100%であり、特異度は82.9%であった。このように、分析装置及び検鏡の判別結果の一致率は高く、分析装置による芽球増加検体の判別性能は良好であることが示された。分析装置は、検体の第3の比率が10%以上であるという判別結果を得たとき、当該検体の分析結果の表示画面において「Blastosis?」のような標識を出力してもよい。これにより、ユーザに急性白血病のスクリーニングの指標を提供できる。
【0189】
(3.2)成熟リンパ腫検体の判別
各検体の塗抹標本を顕微鏡で観察して、有核細胞数及び成熟リンパ腫細胞数を取得した。そして、有核細胞数に対する成熟リンパ腫細胞数の比率を算出した。算出した比率が10%以上であった検体を、成熟リンパ腫が疑われる検体であると判別した。また、分析装置により取得した各検体の光学的情報に基づいて、実施例2と同様に分析して、有核細胞数、及び蛍光信号強度が100ch以上の単核細胞の数を取得した。また、第2の比率を算出した。さらに、各検体の光学的情報に基づいて、蛍光信号強度が100ch未満の単核細胞の数を取得した。蛍光信号強度が所定の閾値未満の単核細胞は、各検体のスキャッタグラムにおいて、
図15を参照して点A、B、D及びCに囲まれた領域(以下、「領域ABDC」とも呼ぶ)に出現した。第4の比率として、有核細胞数に対する、蛍光信号強度が100ch未満である単核細胞の数の比率を算出した。そして、上記の式(E)により、第5の比率を算出した。
【0190】
第5の比率が10%未満であった検体を、成熟リンパ腫が疑われる検体であると判別した。分析装置による判別と鏡検による判別とを比較した結果を、表2に示す。表中、「Positive」は、成熟リンパ腫が疑われた検体を示し、「Negative」は、成熟リンパ腫ではないと判別された検体を示す。
【0191】
【0192】
表2に示されるように、分析装置による判別結果と鏡検による判別結果との一致率は92.1%であった。また、分析装置による判別の感度は75.0%であり、特異度は94.1%であった。このように、分析装置及び検鏡の判別結果の一致率は高く、分析装置による成熟リンパ腫検体の判別性能は良好であることが示された。分析装置は、検体の第5の比率が10%未満であるという判別結果を得たとき、当該検体の分析結果の表示画面において「Mature Lymphocytosis?」のような標識を出力してよい。これにより、ユーザに成熟リンパ腫のスクリーニングの指標を提供できる。
【0193】
(3.3)形質細胞腫検体の判別
各検体の塗抹標本を顕微鏡で観察して、有核細胞数及び形質細胞数を取得した。そして、有核細胞数に対する形質細胞数の比率を算出した。算出した比率が10%以上であった検体を、形質細胞腫が疑われる検体であると判別した。また、分析装置により取得した各検体の光学的情報に基づいて、横軸に側方散乱光強度をとり、縦軸に蛍光信号強度をとったスキャッタグラムを作成した。スキャッタグラムでは、蛍光信号強度の最小値を0chとし、最大値を1023chとし、側方散乱光強度の最小値を0chとし、最大値を255chとして作成された。作成したスキャッタグラムの一例を
図20に示す。図中、楕円で囲まれた領域に、形質細胞が出現した。形質細胞を特定するため、
図20参照して、点J、K、L及びMに囲まれた領域(以下、「領域JKLM」とも呼ぶ)を特定した。
図20中、領域JKLMを破線で示した。点J、K、L及びMの座標は、側方散乱光強度を示す横軸をX軸と呼び、蛍光信号強度を示す縦軸をY軸と呼ぶとき、次のとおりであった。点J(X:Y=0ch:1023ch)、点K(X:Y=170ch:1023ch)、点L(X:Y=170ch:296ch)及びM(X:Y=0ch:296ch)。
【0194】
図20を参照して、領域JKLMは、蛍光信号強度及び側方散乱光強度に基づくスキャッタグラムにおいて形質細胞が含まれる領域であった。各検体について、領域JKLMに出現した粒子を計数し、形質細胞数として取得した。第6の比率として、有核細胞数に対する形質細胞数の比率を算出した。第6比率が5%以上であった検体を、形質細胞腫が疑われる検体であると判別した。分析装置による判別と鏡検による判別とを比較した結果を、表3に示す。表中、「Positive」は、形質細胞腫が疑われた検体を示し、「Negative」は、形質細胞腫ではないと判別された検体を示す。
【0195】
【0196】
表3に示されるように、分析装置による判別結果と鏡検による判別結果との一致率は100%であった。また、分析装置による判別の感度及び特異度は共に100%であった。このように、分析装置及び検鏡の判別結果の一致率は高く、分析装置による形質細胞腫検体の判別性能は良好であることが示された。分析装置は、検体の第6の比率が10%以上であるという判別結果を得たとき、当該検体の分析結果の表示画面において「Plasmacytosis?」のような標識を出力してよい。これにより、ユーザに形質細胞腫のスクリーニングの指標を提供できる。
【0197】
本実施例によれば、目視検査との相関性の高い判別結果を、装置への検体のセットから3分以内に得ることができる。よって、従来は目視検査によって行っていた造血器腫瘍のスクリーニングを自動的に、かつ迅速に行うことができ、例えば早期の治療が必要な急性骨髄性白血病患者を特定し、その後の精密検査を速やかに進めることができる。