(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095271
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】小胞体ストレス抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/704 20060101AFI20240703BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240703BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240703BHJP
A61K 36/07 20060101ALI20240703BHJP
A23L 31/00 20160101ALI20240703BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20240703BHJP
A23L 19/00 20160101ALI20240703BHJP
【FI】
A61K31/704
A61P43/00 111
A61P25/28
A61K36/07
A23L31/00
A23L33/10
A23L19/00 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022212437
(22)【出願日】2022-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】591183625
【氏名又は名称】フジッコ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
(71)【出願人】
【識別番号】523002507
【氏名又は名称】株式会社シャンピニオン
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中林 麗奈
(72)【発明者】
【氏名】長井 薫
(72)【発明者】
【氏名】河岸 洋和
(72)【発明者】
【氏名】原 好裕
(72)【発明者】
【氏名】後藤 弥生
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝重
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 利雄
【テーマコード(参考)】
4B016
4B018
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4B016LC07
4B016LE05
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4B016LP02
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4C088BA13
4C088BA32
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZA16
4C088ZC41
(57)【要約】 (修正有)
【課題】小胞体ストレスを原因とする疾患又はその病態の改善、特に当該疾患の発症予防又はその病態の進行抑制に有効に使用することができる新たな物質、及びその用途を提供する。
【解決手段】本発明の小胞体ストレス抑制剤はエリナシンA、またはそれを含むヤマブシタケ菌糸体、若しくはエリナシンAを含有するヤマブシタケ菌糸体処理物を有効成分とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エリナシンAを有効成分とする小胞体ストレス抑制剤。
【請求項2】
エリナシンAがヤマブシタケ菌糸体に由来する、請求項1に記載する小胞体ストレス抑制剤。
【請求項3】
ヤマブシタケ菌糸体、又はエリナシンAを含有するヤマブシタケ菌糸体処理物を含有する、請求項1に記載する小胞体ストレス抑制剤。
【請求項4】
前記小胞体ストレス抑制剤が、小胞体ストレス保護剤、及び/又はアミロイドβ凝集沈着抑制剤である、請求項1又は3に記載する小胞体ストレス抑制剤。
【請求項5】
経口医薬品、経口医薬部外品、又は飲食物である、請求項1又は3に記載する小胞体ストレス抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は小胞体ストレス抑制剤に関する。また本発明は、ヤマブシタケ菌糸体の新規用途への有効活用に関する。
【背景技術】
【0002】
総務省統計局によると、日本の総人口(2022年推計)は前年に比べて82万人減少している一方、65歳以上の高齢者人口は、3627万人と、前年(3621万人)に比べ6万人増加し、過去最多となっている(非特許文献1)。一方、65歳以上の高齢者のうち、認知症罹患高齢者は今後も増加していくと推計されており、2025年には約700万人もの高齢者が認知症罹患高齢者であると推計されている(非特許文献2)。認知症問題は、高齢化が進む日本で早急な対策を要する社会的な課題であるといえる。
【0003】
認知症に関連する代表的な疾患としてアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症が挙げられる。その中で最も高い割合を占めるのがアルツハイマー型認知症であり、本人の気づかないうちに徐々に症状が進行することが特徴である。認知症は、一旦発症して症状が進行すると完治が難しくなるため、軽度の段階において、神経細胞死を防いだり、症状を緩和したりすることが重要である(非特許文献3)。またアルツハイマー型認知症は、その原因として、神経成長因子(Nerve Growth Factor:NGF)の不足やNGFの前駆体型(proNGF)から成熟型(mNGF)への変換不良による機能不全のニューロンの産生に加えて、アミロイドβペプチドの小胞体ストレスが知られている。アミロイドβペプチドはNGFのproNGFからmNGFへの変換を阻害することや、NGFがアミロイドβペプチドの生成を減らすことができることも知られている(非特許文献4)。このため、NGFの産生やNGFのproNGFからmNGFへの変換を促進するだけでは十分でなく、さらにアミロイドβペプチドによる小胞体ストレスから神経細胞を保護すること、アミロイドβペプチドによるNGFのproNGFからmNGFへの変換阻害を抑制することが、アルツハイマー型認知症の発症予防や進行抑制には効果的であると考えられる。
【0004】
NGFの産生を誘導する物質としては、ヤマブシタケの子実体に含まれているベンジルアルコール誘導体(特許文献1)、及びクロマン誘導体(特許文献2)、並びにヤマブシタケの菌糸体に含まれているシアタン誘導体(特許文献3~5)が知られている。また、小胞体ストレスを抑制する物質として、ヤマブシタケの子実体(キノコ)の脂溶性抽出物が知られている(特許文献6及び7、非特許文献5)。
【0005】
しかしながら、ヤマブシタケの子実体(キノコ)の栽培は、光、温度、湿度の制御が必要であり技術的に困難であることに加え、大量生産には不向きである。そこで、主に温度制御のみを必要とする菌糸体の培養が試みられてきた(非特許文献6)。ヤマブシタケ菌糸体抽出物にはNGF産生を誘導する効果があるエリナシン類が含まれることが知られており(非特許文献7~10)、in vitroで現在知られている活性物質の中で最も強力なものに位置づけられる。
【0006】
また、認知症の治療薬としては、脳神経伝達物質の一つであるアセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼの作用を阻害し、アセチルコリンの濃度を高めることで認知機能を改善するドネペジル塩酸塩や、脳内のNMDA受容体(N-メチル-D-アスパラギン酸受容体)拮抗作用によって過剰なカルシウムイオンの脳神経細胞への流入を防ぎ、神経細胞の損傷を防ぐメマンチン塩酸塩などが挙げられる。これら従来の医薬品は、抗認知症効果を有するが、メマンチン塩酸塩を有効成分とする医薬品の処方・服用は中程度~重度のアルツハイマー病患者に限られており、軽度のアルツハイマー病患者は適用外である。さらに、これらの医薬品には興奮作用やめまい、幻覚・妄想等の副作用がある為、必ずしも十分な解決策とはなっていない。
【0007】
一方で、食品由来の有効性成分を含有する抗認知機能飲食品は、食経験のある素材で構成されていることから、軽度の認知症患者も摂取することができ、医薬品のような副作用は少ない。治療を受けることのできない軽度のアルツハイマー病患者に対し、さらに優れた抗認知症効果が得られる食品が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4-266848号公報
【特許文献2】特開平4-275285号公報
【特許文献3】特開平6-256352号公報
【特許文献4】特開平7-069961号公報
【特許文献5】特開平7-070168号公報
【特許文献6】特開2003-212790号公報
【特許文献7】特開2009-269911号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】人口推計,総務省統計局
【非特許文献2】日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学二宮教授)
【非特許文献3】日臨麻会誌,Vol.28, No.4, 526-534, Jul.2008
【非特許文献4】Chang Yang, Yuli Liu, Xiuqin Ni, Ning Li, Baohui Zhang, Xiubin Fang, Enhancement of the nonamyloidogenic pathway by exogenous NGF in an Alzheimer transgenic mouse model. Neuropeptides. 2014 Aug;48(4):233-8.
【非特許文献5】Ueda, K., Tsujimori, M., Kodani S., Chiba, A., Kubo, M., Masuno, K., Sekiya, A., Nagai, K. and Kawagishi, H.(2008). An endoplasmic reticulum (ER) stress-suppressive compound and its analogues from the mushroom Hericium erinaceum. Bioorg Med Chem, 16(21), 9467-70.
【非特許文献6】河岸洋和.(2001). 神経成長因子を促すキノコの2次代謝産物; 日菌報, 42, 11-16
【非特許文献7】Kawagishi,H .,Shimada,A .,Shirai,R .,Okamoto,K., Ojima,F.,Sakamoto,H .,Ishiguro,Y . and Furukawa,S. (1994). Erinacines A,B and C,strong stimulators of nerve growth factor (NGF)-synthesis, from the mycelia of Hericium erinaceum. Tetrahedron Lett. 35: 1569-1572.
【非特許文献8】Kawagishi, H., Shimada, A., Hosokawa, S., Mori, H., Sakamoto,H .,Ishiguro,Y. ,Sakemi,S. ,Bordner,J. ,Kojima, N. and Furukawa,S. (1996a). Erinacines E,F ,and G,stimulators of nerve growth factor (NGF) synthesis,from the mycelia of Hericiun erinaceum. Tetrahedron Lett. 37: 7399-7402.
【非特許文献9】Kawagishi,H .,Simada,A .,Shizuki,K., Mori,H .,O kamoto,K., Sakamoto,H. and Furukawa,S.(1996b). Erinacine D,a stimulator of NGF-synthesis, from the mycelia of Hericium erinaceum. Heterocycl. Commun. 2: 51-54.
【非特許文献10】Lee,E. W.,Shizuki,K., Hosokawa,S. ,Suzuki,M .,S uganuma,H.,Inakuma,T .,Li,J.,Ohnishi-Kameyama,M .,Nagata,T.,F urukawa,S. and Kawagishi,H . (2000). Two novel diterpenoids, erinacines H and I from the mycelia of Hericium erinaceum. Biosci. Biotechnol. Biochem. 64: 2402-2405.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、小胞体ストレス抑制効果を発揮することで、小胞体ストレスを原因とする疾患又はその病態の改善、特に当該疾患の発症予防又はその病態の進行抑制に有効に使用することができる新たな物質、及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねていたところ、ヤマブシタケの菌糸体に含まれているエリナシンAに、小胞体ストレスによる神経細胞死を抑制し保護する作用(小胞体ストレス保護作用)があるとともに、神経細胞に小胞体ストレスを与える原因の一つであるアミロイドβペプチドの凝集沈着を抑制する作用(アミロイドβ凝集沈着抑制作用)があることを見出した。かかる知見から、エリナシンAは、小胞体ストレス保護作用及びアミロイドβ凝集沈着抑制作用により、神経細胞の小胞体ストレスを抑制する作用を発揮し、小胞体ストレス抑制剤の有効成分として有用であると考え、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、下記の実施態様を有する。
項1:エリナシンAを有効成分とする小胞体ストレス抑制剤。
項2:エリナシンAがヤマブシタケ菌糸体に由来する、項1に記載する小胞体ストレス抑制剤。
項3:ヤマブシタケ菌糸体、又はエリナシンAを含有するヤマブシタケ菌糸体処理物を含有する、項1又は2に記載する小胞体ストレス抑制剤。
項4:前記小胞体ストレス抑制剤が、小胞体ストレス保護剤、及び/又はアミロイドβ凝集沈着抑制剤である、項1~3のいずれかに記載する小胞体ストレス抑制剤。
項5:経口医薬品、経口医薬部外品、又は飲食物である、項1~4のいずれかに記載する小胞体ストレス抑制剤。
【発明の効果】
【0013】
エリナシンAは、小胞体ストレス保護作用とともに、アミロイドβ凝集沈着抑制作用を有することから、これを有効成分とする小胞体ストレス抑制剤は、これらの両方の作用を発揮することができる。このため、本発明の小胞体ストレス抑制剤は、アミロイドβ凝集沈着等による小胞体ストレスを原因とする病態の改善、特にその病態の発症予防及び進行抑制に有効に使用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実験例1において、エリナシンAによる、小胞体ストレス誘導剤(ツニカマイシン)による神経細胞死に対する保護作用(小胞体ストレス保護作用)を評価した結果を示す。
【
図2】実験例2において、エリナシンAによるアミロイドβ凝集沈着抑制作用を評価した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、下式(I)で示されるエリナシンA(Erinacine A)を有効成分とすることを特徴とする。
【化1】
【0016】
当該エリナシンAは、それを含むヤマブシタケの菌糸体から抽出し単離することができる。
本発明の小胞体ストレス抑制剤の有効成分として、エリナシンAは、単一の化合物(例えば、合成化合物、又はヤマブシタケの菌糸体から抽出し精製された化合物)の状態で使用されてもよいし、また、エリナシンAが有する小胞体ストレス抑制作用が妨げられないことを限度として、エリナシンA以外に他の成分を含む組成物の状態で使用することもできる。エリナシンAを含む組成物としては、制限されないものの、例えば、エリナシンAを合成する工程で得られるエリナシンAを単離精製前の粗生成物、ヤマブシタケ菌糸体、及びエリナシンAを含有するヤマブシタケ菌糸体処理物を挙げることができる。なお、エリナシンAはヤマブシタケの菌糸体に含まれており、子実体には含まれていない。一般的にキノコ類では、子実体と菌糸体では全く違う代謝産物を産生することが知られており、ヤマブシタケではヘリセノン類は子実体のみが、エリナシン類は菌糸体のみが産生することが知られている。このため、前記エリナシンA含有組成物は、ヤマブシタケ菌糸体を原料として調製されるものを対象とし、ヤマブシタケ子実体を原料として調製されるものは含まれない。具体的には、特許文献6に記載のヤマブシタケの子実体から有機溶媒で抽出される脂溶性成分(ヤマブシタケ由来の脂溶性抽出成分)は含まれない。
【0017】
エリナシンAを含有するヤマブシタケ菌糸体処理物としては、ヤマブシタケ菌糸体を原料として調製される小胞体ストレス抑制作用を有するエリナシンA含有画分を含むものであればよい。なお、ここでヤマブシタケ菌糸体は、ヤマブシタケの固体培養における子実体を除いた部分、及びヤマブシタケ菌糸体の培養物であってもよく、また、これらを乾燥や粉砕処理したものであってもよい。エリナシンAを含有するヤマブシタケ菌糸体処理物としては、制限されないものの、ヤマブシタケ菌糸体から、エタノール、アセトン、酢酸エチル等の溶媒を用いて抽出されるエリナシンA含有画分、抽出後さらに例えばカラムクロマトグラフィー等に供することで、分子量432.557の画分を分取して調製されるエリナシンA含有画分等が含まれる。具体的には、液体培地で培養したヤマブシタケ菌糸体を遠心分離もしくは濾過、好ましくはフィルターを用いた濾過を行い、培養上清を取り除いてヤマブシタケ菌糸体を回収した後、ヤマブシタケ菌糸体を破砕してから溶媒を用いて抽出する。破砕方法としては一般に用いられる方法を利用することができる。制限はされないが、例えば、乳鉢と乳棒による磨砕、溶液中でのホモジナイズ、超音波破砕、ビーズ式破砕等を挙げることができる。エリナシンAは両親媒性成分であることから、破砕後の抽出溶媒としては、エタノール、アセトン、酢酸エチル等が用いられるが、好ましくは酢酸エチルである。なお、破砕および抽出する際の温度条件は、特に制限されない。
【0018】
本発明が対象とする「小胞体ストレス」は、小胞体の内腔に、ミスフォールディングした異常構造を有する蛋白質(折り畳み不良蛋白質)が蓄積することにより生じるストレスである。小胞体ストレスが過度になると、神経細胞がアポトーシス(神経細胞死)を起こし、正常な神経伝達機能が脱落することで、神経変性疾患を発症する要因になる。
【0019】
本発明が対象とする「小胞体ストレス抑制剤」は、前述する小胞体ストレスを抑制する作用を発揮し、専ら小胞体ストレスを抑制する目的、又は小胞体ストレスを抑制して当該小胞体ストレスによる神経細胞死を抑制する目的で、ヒトを含む哺乳類に対して使用される、エリナシンA含有組成物である。
【0020】
小胞体ストレスを抑制し、小胞体ストレスによる神経細胞死を抑制することで、神経細胞死を原因とする疾患の発症やその病態の進行を予防又は抑制することが期待できる。
神経細胞死を原因とする疾患としては神経変性疾患を挙げることができる。神経変性疾患には、例えば、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、クロイッフェルトヤコブ病、ハンチントン舞踏病、ピック病、進行性核上性麻痺、脊髄小脳変性症、及び筋委縮性側索硬化症等が含まれる。好ましくは、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、及びクロイッフェルトヤコブ病である。なお、病態とは、これらの疾患を発症した患者の当該疾患に起因する状態を意味する。
【0021】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、小胞体ストレスによる神経細胞死を原因とする神経変性疾患の発症予防に好適に用いることができるため、その適用対象者(ヒトを含む哺乳類)には、こうした神経変性疾患を発症する可能性があり、それを予防する必要のある者(未発症者)が含まれる。特にアルツハイマー型認知症等の神経変性疾患は、その発症リスクが遺伝的素因に深く関与していることが知られているため、そのような遺伝的素因を保有している人に好適に適用することができる。また、本発明の小胞体ストレス抑制剤は、小胞体ストレスによる神経細胞死を原因とする神経変性疾患に起因する病態の進行抑制に好適に用いることができるため、その適用対象者には、前記神経変性疾患を発症した患者であって、その病態進行を抑制する必要がある者(発症者)も含まれる。
【0022】
なお、前述の神経変性疾患には、小胞体ストレスによる神経細胞死を原因とする疾患だけでなく、神経細胞に対する栄養因子であるNGFの欠乏も原因の一つとされている疾患も含まれる。こうした疾患には、アルツハイマー型認知症、及びパーキンソン病認知症(脳幹型レビー小体型認知症)が含まれる。
かかる神経変性疾患を発症した患者に対しては、本発明の小胞体ストレス改善剤とともに、NGF合成促進作用を有する成分を投与又は摂取させることも可能である。こうすることで、小胞体ストレスを抑制することで神経細胞死が抑制できるとともに、NGF合成を促進することにより神経細胞の成長を促すことができ、神経細胞死抑制と神経細胞成長との両面から神経変性疾患を有効に改善することが可能になる。
【0023】
ところで、NGFの欠乏が神経変性疾患の原因となる一方、NGFの存在は炎症性・神経因性疼痛などの慢性疼痛にも関与しており、NGFを投与すると疼痛や神経因性疼痛を惹起することが知られている。そこで、変形性関節症に伴う疼痛を有する人を対象とした、NGFを選択的な標的として結合し、阻害することで、これら疼痛等を軽減する薬の開発が進められている。神経変性疾患者においてはNGFの存在が有利な状態である一方、変形性関節症患者にとってはNGFの存在が不利な状態となる場合もあるが、本発明の小胞体ストレス抑制剤は、NGFの作用が阻害される場合であっても、小胞体ストレスに対し、より特異的に作用するものとして好適である。
【0024】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、小胞体ストレスによる神経細胞死を原因とする神経変性疾患であってNGFの欠乏を原因としない神経変性疾患の発症予防又はその病態の進行抑制に好適に使用できるほか、小胞体ストレスによる神経細胞死を原因とする神経変性疾患患者であってNGFの欠乏が主な原因でない患者(NGF合成促進剤による効果が得られない患者)に対しても、当該神経変性疾患の病態進行抑制に好適に用いることができる。
【0025】
本発明で用いられる用語「小胞体ストレス抑制」の意味には、小胞体ストレスのもとになる発生原因自体を抑止するか又はそれを低減することで、小胞体ストレスの発生を抑制することが含まれる。ここで、小胞体ストレスの発生原因としては、アミロイドβペプチド(以下、単に「アミロイドβ」とも称する)の凝集沈着を挙げることができる。後述する実験例2に示すように、エリナシンAは神経細胞外の神経組織におけるアミロイドβペプチドの凝集沈着を抑制する作用を有する。このことから、エリナシンAを含有する組成物によれば、神経組織におけるアミロイドβペプチドの凝集沈着を抑制することで、小胞体ストレスの発生を予防又は低減することができる。このため、本発明の「小胞体ストレス抑制剤」にはアミロイドβ凝集沈着抑制剤も含まれ、「アミロイドβ凝集沈着抑制剤」ということもできる。エリナシンAが有するアミロイドβペプチドの凝集沈着抑制作用の評価方法は、実験例2に記載した通りである。
【0026】
また本発明で用いられる用語「小胞体ストレス抑制」の意味には、小胞体ストレスから神経細胞を保護することで、小胞体ストレスによって生じる神経細胞死を抑制することが含まれる。後述する実験例1に示すように、エリナシンAは、小胞体ストレス誘導剤によって生じる折り畳み不良蛋白質に基づくストレスから神経細胞を保護し、神経細胞死を抑制する作用を有する。このことから、エリナシンAを含有する組成物によれば、小胞体ストレスの原因(折り畳み不良蛋白質)から神経細胞を保護することで(小胞体ストレスに対する保護)、小胞体ストレスによる神経細胞死を抑制することができる。このため、本発明の「小胞体ストレス抑制剤」には小胞体ストレス保護剤も含まれ、「小胞体ストレス保護剤」ということもできる。こうしたエリナシンAが有する小胞体ストレス保護作用、及びそれに伴う神経細胞死抑制作用の評価方法は、実験例1に記載した通りである。
【0027】
本発明において用語「抑制」には、完全に消失させることも含まれるが、これに限らず、一部を消失させる場合、つまり完全ではないものの、その程度を減少・低減させることも含まれる。
【0028】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、エリナシンA又は前述するエリナシンA含有組成物に加えて、必要に応じて経口摂取に適した担体、賦形剤又はその他の可食性成分とともに、固体、半固体又は液体の状態に調製され、経口医薬品、経口医薬部外品、又は飲食物として提供することができる。経口医薬品、経口医薬部外品、又は飲食物中のエリナシンAの含有量は、経口的な摂取により小胞体ストレスを抑制する効果が得られる範囲であればよく、100質量%を限度として適宜設定することができる。また、その用量は、適用対象者の年齢や疾患の種類や状態に応じて、適宜設定することができる。
【0029】
以上、本明細書において、「含む」及び「含有する」の用語には、「からなる」及び「から実質的になる」という意味が含まれる。
【実施例0030】
以下、本発明の構成及び効果について、その理解を助けるために、実験例を用いて本発明を説明する。但し、本発明はこれらの実験例によって何ら制限を受けるものではない。以下の実験は、特に言及しない限り、室温(25±5℃)、及び大気圧条件下で実施した。なお、特に言及しない限り、以下に記載する「%」は「質量%」、「部」は「質量部」を意味する。
【0031】
実験例
後述する実験例で使用した材料、及びその調製は以下の通りである。
1.エリナシンA溶液の調製
エリナシンAをDMSOに溶解して100 mMに調整し、使用するまで-30℃にて保存した。使用時に、4.5% D-(+)-グルコース、L-グルタミン、ピルビン酸ナトリウム、及び炭酸水素ナトリウムを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM培地)で希釈して目的濃度に調整し、「エリナシンA溶液」とした。
【0032】
2.小胞体ストレス誘導剤
ツニカマイシン:小胞体におけるタンパク質へのN結合型糖鎖修飾を阻害することで、タンパク質のミスフォールディングを引き起こし、小胞体ストレスによって細胞死をもたらすことが知られている。
【0033】
3.使用細胞及びその調製
[使用細胞]
Neuro2a 細胞:マウス神経芽細胞腫由来
【0034】
[細胞の継代]
6 cm Dishに10%ウシ胎児血清培地(FBS培地)2~3 ml又は10 cm Dishに10% FBS培地7~8 mlを入れ、これらに細胞懸濁液を300 μl程度添加し、37℃のCO2インキュベーターにて5% CO2の環境下で培養する。
【0035】
[使用細胞の調製]
(1)継代した細胞のDish中の10%FBS培地2 mlを除去し、0.025%トリプシン2 mlを添加し、37℃のCO2インキュベーターにて5%CO2の環境下で5分程度保温する。
(2)50 mlの遠沈管に前記Dish中のトリプシン溶液を全量回収し、回収した0.025%トリプシン溶液に、それと同量の10% FBS培地を添加し、遠心分離(300~400×g, 3 分)し、上清を廃棄する。
(3)沈殿物として残った細胞に新しい10% FBS培地2 mlを添加し、撹拌して細胞懸濁液とする。
(4)トリバンブルー溶液30 μlに前記細胞懸濁液30 μlを添加し、これをセルカウンタープレートに適量入れ、顕微鏡にて細胞数を計測する(1区画の量は0.1 μl)。
(5)96 wellプレートに添加する細胞懸濁液の量を、所定の細胞数/well(3×103 個/well)に基づいて計算する。
(6)細胞懸濁液が前記の割合になるように10% FBS培地を加えて希釈し、よく撹拌した後、これを96 wellプレートに70 μlずつ分注する。
(7)37℃のCO2インキュベーターにて5% CO2の環境下で一晩培養する。
【0036】
実験例1 小胞体ストレス保護作用の評価
[実験方法]
Neuro2a細胞を、10% FBS培地を入れた96 wellプレートに3×103 cells/well となるよう播種し、37℃のCO2インキュベーターにて5% CO2の環境下で一晩培養した。一晩培養したNeuro2a細胞から10% FBS培地を除去し、エリナシンA溶液63 μlを加えた(実施例群)。コントロール群には、培養したNeuro2a細胞から10% FBS培地を除去し、4.5% D-(+)-グルコース、L-グルタミン、ピルビン酸ナトリウム、及び炭酸水素ナトリウムを含むDMEM培地63 μlを加えた。次いで、これらを37℃のCO2インキュベーターにて5% CO2の環境下で2 時間保持した。
その後、10 μg/ml(終濃度1 μg/ml)のツニカマイシン溶液を7 μlずつ加え、37℃のCO2インキュベーターにて5% CO2の環境下で24 時間培養した。培養後、96 wellプレートの培地(70 μl)を等量のMTT溶液(3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニル-2H-テトラゾール-3-イウムブロミド溶液)で入れ替えた。なお、MTT溶液は、MTT試薬2.5 mgを4.5% D-(+)-グルコース、L-グルタミン、ピルビン酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムを含むDMEM培地10 mlに溶解することで調製した溶液である。次いで、37℃のCO2インキュベーターにて5% CO2の環境下で2 時間保持し、その後、反応停止液(15 w/v% SDS、50 v/v% ジメチルホルムアミド)70 μlを加え、室温で40~50 分間600 rpmで振盪した。
【0037】
得られた溶液(実施例群、コントロール群)の波長570 nmの吸光度をそれぞれ測定した後、下式に基づいて、Neuro2a細胞の生存率(%)を評価した。
[Neuro2a細胞の生存率(%)]
細胞生存率(%)=(吸光度A/吸光度B)×100
吸光度A:実施例群(小胞体ストレス誘導剤存在下)の吸光度
吸光度B:コントロール群(小胞体ストレス誘導剤非存在下)の吸光度
【0038】
[実験結果]
小胞体ストレス誘導剤として、ツニカマイシンを用いて細胞生存率を評価した結果を
図1に示す。
図1に示すように、エリナシンA濃度が0 μMの場合、小胞体ストレス誘導剤により細胞生存率が低下するのに対し、エリナシンAを配合することで、濃度依存的に細胞生存率が上昇することが確認された。このことから、エリナシンAには、小胞体ストレスによる神経細胞死に対する保護効果があることが示唆された。
アルツハイマー型認知症等の神経変性疾患の原因の一つと考えられているアミロイドβペプチドは小胞体ストレスを惹起することが知られている。このことから、小胞体ストレスから神経細胞を保護することは、アルツハイマー型認知症等の神経変性疾患の発症予防やその病態の進行抑制につながると考えられる。
【0039】
実験例2 アミロイドβ凝集沈着抑制作用の評価
[実験方法]
アミロイドβペプチド(1-40、HCl型)を0.02%アンモニア水に溶解し、1 mMストックを調製した。これをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で希釈して100 μMのアミロイドβ溶液を調製した。
96 wellプレートにPBS 50 μlを加え、コントロール群にはアミロイドβ溶液3 μl、実施例群にはエリナシンA溶液1 μl(50 μM、100 μM)を添加した状態でアミロイドβ溶液を3 μl添加し、それぞれ5 分間600 rpmで振盪した。次いで、精製水で2倍希釈したクマシーブリリアントブルー染色溶液を50 μl加え、5 分間600 rpmで振盪し、青色素で染色された凝集沈着が見られるまで室温で放置し、経時観察をした。
【0040】
[実験結果]
アミロイドβペプチドの凝集沈着を評価した結果を
図2に示す。約18 時間経過時点で、コントロール群においてアミロイドβ凝集が急速に進行したのに対して、エリナシンAを添加した実施例群では、濃度依存的に凝集が抑制されることが確認された。
このことから、エリナシンAは、小胞体ストレスの原因となるアミロイドβペプチドの凝集沈着を抑制する作用を有することが示唆された。アミロイドβペプチドの凝集沈着は小胞体ストレスの原因となることから、エリナシンAによる小胞体ストレスの発生抑制は、アルツハイマー型認知症等の神経変性疾患の発症予防やその病態進行の抑制につながると考えられる。
【0041】
実験例1及び2の結果から、エリナシンAは、小胞体ストレスから神経細胞を保護する作用(小胞体ストレス保護作用)、及び小胞体ストレスの原因となるアミロイドβペプチドの凝集沈着を抑制する作用(アミロイドβ凝集沈着抑制作用)を有しており、総合的に小胞体ストレスを抑制する効果を発揮することで、アルツハイマー型認知症等の神経変性疾患の発症予防やその病態進行の抑制に有効であると考えられる。