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  • 特開-窒化部品用素形材及び窒化部品 図1
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  • 特開-窒化部品用素形材及び窒化部品 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095320
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】窒化部品用素形材及び窒化部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240703BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240703BHJP
   C21D 9/30 20060101ALN20240703BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20240703BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20240703BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D9/30 A
C21D1/06 A
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022212521
(22)【出願日】2022-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
(72)【発明者】
【氏名】大川 暁
(72)【発明者】
【氏名】末安 遥子
(72)【発明者】
【氏名】多比良 裕章
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA05
4K032AA06
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA23
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA00
4K032BA02
4K032CA02
4K032CA03
4K032CD05
4K032CF02
4K042AA16
4K042AA17
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA05
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA06
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
4K042DE02
4K042DE04
(57)【要約】
【課題】焼入焼戻しを省略、または簡略化して製造することができ、被削性に優れ、窒化時の曲がりが抑制され、かつ曲げ疲労特性に優れた窒化部品が得られる窒化部品用素形材、並びに窒化部品を提供する。
【解決手段】径が10mm以上の軸部を含み、化学組成が、質量%で、C:0.35~0.60%、Si:0.03~0.35%、Mn:1.00~2.10%、P:0.050%以下、S:0.010~0.095%、Cr:0.60超~1.20%、Al:0.001~0.080%、N:0.0040~0.0250%であり、残部はFe及び不純物からなる素形材であり、軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である、窒化部品用素形材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
径が10mm以上の軸部を含み、
化学組成が、質量%で、
C:0.35~0.60%、
Si:0.03~0.35%、
Mn:1.00~2.10%、
P:0.050%以下、
S:0.010~0.095%、
Cr:0.60超~1.20%、
Al:0.001~0.080%、
N:0.0040~0.0250%であり、残部はFe及び不純物からなる素形材であり、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である、窒化部品用素形材。
【請求項2】
径が10mm以上の軸部を含み、
化学組成が、質量%で、
C:0.35~0.60%、
Si:0.03~0.35%、
Mn:1.00~2.10%、
P:0.050%以下、
S:0.010~0.095%、
Cr:0.60超~1.20%、
Al:0.001~0.080%、
N:0.0040~0.0250%であり、さらに下記第1群、第2群及び第3群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなる素形材であり、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である、窒化部品用素形材。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、
V:0.20%以下、及び
Mo:0.30%以下からなる群より選択される1種又は2種以上
[第2群]
Sn:0.10%以下、及び
Ca:0.0050%以下からなる群より選択される1種又は2種
[第3群]
Ti:0.100%以下
【請求項3】
前記化学組成が、前記第1群を含有する請求項2に記載の窒化部品用素形材。
【請求項4】
前記化学組成が、前記第2群を含有する請求項2に記載の窒化部品用素形材。
【請求項5】
前記化学組成が、前記第3群を含有する請求項2に記載の窒化部品用素形材。
【請求項6】
径が10mm以上の軸部を含み、
表面から1.5mmより深い部分である芯部と、当該芯部の外側に存在する窒化層とを有する部品であって、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C:0.35~0.60%、
Si:0.03~0.35%、
Mn:1.00~2.10%、
P:0.050%以下、
S:0.010~0.095%、
Cr:0.60超~1.20%、
Al:0.001~0.080%、
N:0.0040~0.0250%であり、任意に、下記第1群、第2群及び第3群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である、窒化部品。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、
V:0.20%以下、及び
Mo:0.30%以下からなる群より選択される1種又は2種以上
[第2群]
Sn:0.10%以下、及び
Ca:0.0050%以下からなる群より選択される1種又は2種
[第3群]
Ti:0.100%以下
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、窒化部品用素形材及び窒化部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、船舶、産業機械等に用いられる機械構造部品には、高い曲げ応力が繰り返し加わる部品がある。それらの部品に必要な疲労強度を具備させるため、種々の表面硬貨熱処理が施される場合がある。高い曲げ疲労強度に加えて、摺動特性、耐食性、ひずみが小さいことが要求される部品の場合には、表面硬化熱処理として窒化処理が用いられることがある。
窒化部品の製造方法の一例は、次のとおりである。初めに、素材となる鋼材を熱間鍛造して鋼素形材を製造する。製造した鋼素形材に対しては、必要に応じて微細組織を最適化させるための熱処理を施す。その後、機械加工(切削加工等)して、最終製品に近い形状にする。機械加工後の鋼素形材に窒化処理を実施して、表層の強度を高める。窒化後に研磨等の仕上げ加工を行ったり、曲げ矯正を行ったりする。このような工程により、窒化部品が製造される。
【0003】
窒化処理によって表面に生成する化合物層(窒化層の一部)は、摩擦係数を低減したり、摩耗を抑制したりすることで、部品の摺動特性を向上させる。化合物層は部品の耐食性を高める効果もあり、部品の耐食性を高める目的で部品に窒化処理が施される場合もある。本明細書では、窒化処理が施された機械構造部品(クランクシャフトなど)を窒化部品という。
【0004】
窒化部品には、非調質化が望まれている。製造コスト、および製造時のCO排出量削減の観点からは、焼入焼戻しを省略、または簡略化することが望ましい。
【0005】
焼入焼戻しを省略、または簡略化した窒化部品に関する技術が開示されている。
【0006】
例えば、特許文献1では、鋼成分を最適化するとともに、窒化後の表層近傍の硬さ、化合物層厚さを規定することで、高い曲げ疲労強度と曲げ矯正性が得られることが記載されている。
【0007】
特許文献2では、鋼成分を最適化するとともに、不純物を適正に抑制することで、窒化後の高い曲げ疲労強度と面疲労強度を得つつ、窒化時の変形が抑制されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2014/136348号
【特許文献2】特開2012-158812号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
繰り返しの曲げ応力が加わる窒化部品には高い曲げ疲労強度が必要である。窒化部品の曲げ疲労強度は、窒化層の疲労特性に支配される。例えばクランクシャフトのように窒化部品が大型である場合など、窒化部品の表面近傍における曲げ応力の勾配が緩やかな場合には、ごく最表層のみを硬化させるだけでは、内部破壊を抑制することができず、十分に疲労強度が向上しない。焼入焼戻しを省略、または簡略化すると、芯部の硬さを高めることができないため、部品の表面近傍における曲げ応力の勾配が緩やかな部品には適用できない場合がある。
窒化部品の焼入れ焼戻しを省略しても必要な芯部硬さを得るためには、多量の合金元素の添加が必要になる。しかし、芯部硬さを高める効果を持つMn、Cr等の合金元素は窒素と窒化物を形成することで窒化層の硬化に寄与する半面、窒化物を形成し窒化層を膨張させることで部品の変形量を大きくする作用を有する。そのため、窒化部品の焼入れ焼戻しを省略または簡略化しても必要な芯部硬さを得るためにMn、Cr等の合金元素を多量に含有させると、窒化時の変形量が大きくなり、部品の形状が許容範囲内に収まらない場合がある。
【0010】
特許文献1に開示された技術は、窒化後の変形の抑制については言及していない。
特許文献2に開示された技術は、窒化後の変形を抑制できているが、歯車等の極めて高い被削性が必要な部品に最適な技術であるため、実施例で示された窒化部品用素形材の硬さは210HV以下であり、窒化部品の表面近傍における曲げ応力の勾配が緩やかな場合には高い疲労強度を得ることができない。
【0011】
本開示の課題は、焼入焼戻しを省略、または簡略化して製造することができ、被削性に優れ、窒化時の曲がりが抑制され、かつ曲げ疲労特性に優れた窒化部品が得られる窒化部品用素形材、並びに窒化時の曲がりが抑制され、かつ曲げ疲労特性に優れた窒化部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題は、以下の手段により解決される。
<1> 径が10mm以上の軸部を含み、
化学組成が、質量%で、
C:0.35~0.60%、
Si:0.03~0.35%、
Mn:1.00~2.10%、
P:0.050%以下、
S:0.010~0.095%、
Cr:0.60超~1.20%、
Al:0.001~0.080%、
N:0.0040~0.0250%であり、残部はFe及び不純物からなる素形材であり、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である、窒化部品用素形材。
<2> 径が10mm以上の軸部を含み、
化学組成が、質量%で、
C:0.35~0.60%、
Si:0.03~0.35%、
Mn:1.00~2.10%、
P:0.050%以下、
S:0.010~0.095%、
Cr:0.60超~1.20%、
Al:0.001~0.080%、
N:0.0040~0.0250%であり、さらに下記第1群、第2群及び第3群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなる素形材であり、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である、窒化部品用素形材。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、
V:0.20%以下、及び
Mo:0.30%以下からなる群より選択される1種又は2種以上
[第2群]
Sn:0.10%以下、及び
Ca:0.0050%以下からなる群より選択される1種又は2種
[第3群]
Ti:0.100%以下
<3> 前記化学組成が、前記第1群を含有する<2>に記載の窒化部品用素形材。
<4> 前記化学組成が、前記第2群を含有する<2>又は<3>に記載の窒化部品用素形材。
<5> 前記化学組成が、前記第3群を含有する<2>~<4>のいずれか1つに記載の窒化部品用素形材。
<6> 径が10mm以上の軸部を含み、
表面から1.5mmより深い部分である芯部と、当該芯部の外側に存在する窒化層とを有する部品であって、
前記芯部の化学組成が、質量%で、
C:0.35~0.60%、
Si:0.03~0.35%、
Mn:1.00~2.10%、
P:0.050%以下、
S:0.010~0.095%、
Cr:0.60超~1.20%、
Al:0.001~0.080%、
N:0.0040~0.0250%であり、任意に、下記第1群、第2群及び第3群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、
前記軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である、窒化部品。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、
V:0.20%以下、及び
Mo:0.30%以下からなる群より選択される1種又は2種以上
[第2群]
Sn:0.10%以下、及び
Ca:0.0050%以下からなる群より選択される1種又は2種
[第3群]
Ti:0.100%以下
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、焼入焼戻しを省略、または簡略化して製造することができ、被削性に優れ、窒化時の曲がりが抑制され、かつ曲げ疲労特性に優れた窒化部品が得られる窒化部品用素形材、並びに窒化時の曲がりが抑制され、かつ曲げ疲労特性に優れた窒化部品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例の曲げ疲労試験で用いた、小野式回転曲げ疲労試験片の側面図である。
図2】実施例の曲がり量評価で用いた、試験片の模式図である。
図3】実施例における曲がり量の測定方法を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本開示の一例である実施形態について説明する。
本開示において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。ただし、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値又は上限値として含まない範囲を意味する。
化学組成の元素の含有量は、元素記号に「量」を付して(例えば、C量、Si量等)表記する場合がある。
化学組成の元素の含有量について、「%」は「質量%」を意味する。
化学組成の元素の含有量について「0~」と記載している場合は、その元素を含まなくてもよいことを意味する。
「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0016】
本開示の発明者は、曲げ応力が加わった際の応力勾配が緩やかな窒化部品を製造する場合に、焼入れ焼戻しを省略または簡略化しても高い疲労強度が得られ、さらに窒化時の変形量を小さくするための手法について検討し、以下の知見及び推測を得た。
【0017】
(a)合金元素を多量に含有させても、窒化時の変形量を小さくするためにはMn、Cr等の元素を多量に含有させた鋼を用いて、熱間鍛造後の冷却中にはそれらの元素を固溶状態として硬化に寄与させ、窒化時にはそれらの元素を変形への影響が小さい形態に制御すればよい。
(b)母相に固溶している合金元素が母相と比べ密度の低い窒化物として析出すると体積は膨張し、部品の変形をもたらす要因となる。セメンタイトは母相と比べて密度が低いので、あらかじめセメンタイトに合金元素を濃化させておけば、その元素が窒化物として析出しても体積変化は小さく、部品の変形が抑制される。
(c)Cr等の元素をセメンタイトに濃化させるためには、熱間鍛造後に熱処理を行えばよい。熱間鍛造後の熱処理は、A点以下で行う低温焼なましであれば、焼入れ焼戻しと比べてCOの排出量は少ない。熱間鍛造後の部品に残留応力が加わっている場合は、この低温焼なましによって残留応力が解放され、その後の窒化処理時の変形量が小さくなる。
(d)合金元素をセメンタイトへ濃化させすぎると、母相中の固溶量が低下しすぎて窒化時の硬化量が低減し、疲労特性が劣化する。
本開示に係る窒化部品用素形材及び窒化部品は、上記知見及び推測に基づいて見出されたものである。なお、本開示において窒化部品用素形材とは、切削、窒化等を経て窒化部品を製造するための鋼材であって、最終的に製造する窒化部品に模した形状を有する鋼材を意味する。
【0018】
[窒化部品用素形材]
本開示に係る窒化部品用素形材は、径が10mm以上の軸部を含み、
化学組成が、質量%で、
C:0.35~0.60%、
Si:0.03~0.35%、
Mn:1.00~2.10%、
P:0.050%以下、
S:0.010~0.095%、
Cr:0.60超~1.20%、
Al:0.001~0.080%、
N:0.0040~0.0250%であり、任意に、後述する第1群~第3群から選ばれる1種以上の元素(任意元素)を含み、残部はFe及び不純物からなる。
また、軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト、またはパーライトからなる微細組織を有し、
さらに、軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合が0.10~0.75である。
【0019】
(形状)
本開示に係る窒化部品用素形材は、径が10mm以上の軸部を有し、典型的には軸部に沿って長尺の形状を有する。窒化部品用素形材を切削、窒化して得られる窒化部品の用途に応じた形状を選択することができる。軸部の径は最終製品にもよるが、例えば、製造容易性などの観点から、15~160mmであってもよい。最終的に製造する窒化部品は特に限定されないが、例えば、クランクシャフト、カムシャフトなどが挙げられる。
【0020】
(化学組成)
本開示に係る窒化部品用素形材の化学組成について説明する。
本開示に係る窒化部品用素形材の化学組成及び窒化部品の芯部における化学組成は、素材として用いられる鋼材の化学組成と同じである。以下の説明において、本開示に係る窒化部品用素形材を「鋼素形材」、本開示に係る窒化部品用素形材の製造に用いる鋼材を「本開示の鋼材」あるいは単に「鋼材」と称する場合がる。
本開示の鋼材及び鋼素形材は、下記の元素を含有する。
【0021】
C:0.35~0.60%
炭素(C)は、窒化部品の芯部硬さを高め、窒化部品用素形材を素材として製造される窒化部品の曲げ疲労強度を高める。また、Cは窒化物形成元素を固溶させるためのセメンタイトの形成に用いられる。C含有量が0.35%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、C含有量が0.60%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、窒化部品用素形材の被削性が低下する。
したがって、C含有量は0.35~0.60%である。
C含有量の好ましい下限は0.37%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.43%である。
C含有量は好ましい上限は0.57%であり、さらに好ましくは0.55%であり、さらに好ましくは0.53%である。
【0022】
Si:0.03~0.35%
シリコン(Si)は、フェライトに固溶して、窒化部品用素形材を素材とした窒化部品の曲げ疲労強度を高める。Si含有量が0.03%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Si含有量が0.35%を超えると、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、窒化部品用素形材の被削性が低下する。
したがって、Si含有量は0.03~0.35%である。
Si含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Si含有量の好ましい上限は0.32%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0023】
Mn:1.00~2.10%
マンガン(Mn)は、窒化部品の芯部硬さを高め、疲労強度を向上させる。また、窒化処理においては、窒化物を形成することで窒化層の硬さを高めることでも疲労強度を向上させる。Mnはさらに、Sと結合してMnSを形成して、窒化部品用素形材の被削性を高める。Mn含有量が1.00%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Mn含有量が2.10%を超えると、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、十分な厚さの化合物層が得られなくなり、摺動性や耐食性が得られない場合がある。したがって、Mn含有量は1.00~2.10%である。
Mn含有量の好ましい下限は1.15%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.25%である。
Mn含有量は好ましい上限は2.05%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは1.95%であり、1.90%であってもよい。
【0024】
P:0.050%以下
燐(P)は不純物として鋼材に含まれる元素である。P含有量が0.050%を超えると、鋼材の靭性が劣化する。したがって、P含有量は0.050%以下である。
P含有量はいくら少なくてもよい。P含有量の好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.040%である。
【0025】
S:0.010~0.095%
硫黄(S)は、Mnと結合してMnSを形成し、窒化部品用素形材の被削性を高める。S含有量が0.010%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、S含有量が0.095%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、粗大なMnSが形成される。この場合、窒化部品用素形材を素材とした窒化部品の曲げ疲労強度が低下する。したがって、S含有量は0.010~0.095%である。
S含有量の好ましい下限は0.015%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.025%である。
S含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.085%であり、さらに好ましくは0.080%であり、0.070%でもよい。
【0026】
Cr:0.60超~1.20%
クロム(Cr)は、窒化部品の芯部硬さを高め、疲労強度を向上させる。また、窒化処理においては、窒化物を形成することで窒化層の硬さを高めることでも疲労強度を向上させる。Cr含有量が0.60%以下であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Cr含有量が1.20%を超えると、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、十分な厚さの化合物層が得られなくなり、摺動性や耐食性が得られない場合がある。さらに、窒化時の硬化深さも浅くなるため、必要な疲労強度が得られない場合もある。したがって、Cr含有量は0.60超~1.20%である。
Cr含有量の好ましい下限は0.65%であり、さらに好ましくは0.70%である。
Cr含有量の好ましい上限は1.10%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは0.95%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.85%である。
【0027】
Al:0.001~0.080%
アルミニウム(Al)は、鋼材の製造工程中の製鋼工程において、鋼を脱酸する。Al含入量が0.001%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.080%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、鋼材中にAl酸化物が過剰に多く生成する。この場合、窒化部品用素形材の被削性が低下する。
したがって、Al含有量は0.001~0.080%である。
Al含有量の好ましい下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Al含有量の好ましい上限は0.060%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.040%である。
【0028】
N:0.0040~0.0250%
窒素(N)は、窒化部品の芯部硬さを高め、疲労強度を向上させる。N含有量が0.0040%未満であれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、N含有量が0.0250%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、窒化部品中に窒素ガスによる気泡が発生し、曲げ疲労強度が低下する場合がある。
したがって、N含有量は0.0040~0.0250%である。
N含有量の好ましい下限は0.0060%であり、さらに好ましくは0.0080%である。
N含有量の好ましい上限は0.0230%であり、さらに好ましくは0.0200%である。
【0029】
本開示の鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、意図的に含有するものではなく、本開示の鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0030】
[任意元素(Optional Elements)]
本開示の鋼材の化学組成は、さらに、Feの一部に代えて、第1群、第2群、及び第3群(Ti)から選択される1種以上を含有してもよい。以下、任意元素について説明する。
本開示は、鋼の曲げ疲労強度を高めるために、さらに、Feの一部に代えて、下記第1群から選択される1種以上を含有してもよい。
(第1群)
Cu:0.40%以下
Ni:0.40%以下
V:0.20%以下
Mo:0.30%以下
【0031】
Cu:0.40%以下
銅(Cu)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。Cuは、フェライトに固溶して、芯部硬さを高めることで、曲げ疲労強度を向上させる。Cu含有量が少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Cu含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本開示の範囲内であっても、鋼材の製造工程中、又は、鋼材を素材とした窒化部品用素形材の製造工程中の熱間加工工程において、鋼材の粒界に偏析して熱間割れが発生する場合がある。
したがって、Cu含有量は0.40%以下である。
Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Cu含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0032】
Ni:0.40%以下
ニッケル(Ni)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。Niは、フェライトに固溶して、芯部硬さを高めることで、曲げ疲労強度を向上させる。Niはさらに、鋼材がCuを含有する場合において、Cuに起因する熱間割れの発生を抑制する。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ni含有量が0.40%を超えれば、上記効果が飽和し、製造コストが高くなる。
したがって、Ni含有量は0.40%以下である。
Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Ni含有量の好ましい上限は0.35%であり、より好ましくは0.30%である。
【0033】
V:0.20%以下
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。
Vが含有される場合、つまり、V含有量が0%超である場合、Vは、窒化部品の芯部硬さ、および窒化層の硬さを高め窒化部品の曲げ疲労強度を高める。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、V含有量が0.20%を超えれば、窒化時の変形量が大きくなったり、素形材の硬さが過剰に高くなり、被削性が劣化したりする。したがって、V含有量は0~0.20%である。
V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%である。
V含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0034】
Mo:0.30%以下
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。
Moが含有される場合、つまり、Mo含有量が0%超である場合、Moは、窒化部品の芯部硬さ、および窒化層の硬さを高め窒化部品の曲げ疲労強度を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Mo含有量が0.30%を超えれば、窒化時の変形量が大きくなったり、素形材の硬さが過剰に高くなり、被削性が劣化したりする。
したがって、Mo含有量は0~0.30%である。
Mo含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Mo含有量の好ましい上限は0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0035】
本開示に係る窒化部品用素形材の化学組成は、鋼の被削性を高めるために、さらに、Feの一部に代えて、下記第2群から選択される1種以上を含有してもよい。
(第2群)
Ca:0.0050%以下
Sn:0.10%以下
【0036】
Ca:0.0050%以下
カルシウム(Ca)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。Caが含有される場合、鋼材の被削性を高める。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、粗大なCa酸化物が生成し、鋼材の疲労強度が低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0050%である。
上記効果を安定して得るためのCa含有量の好ましい下限は0.0001%であり、Ca含有量の好ましい下限は0.0003%である。
Ca含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%である。
【0037】
Sn:0.10%以下
錫(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Sn含有量は0%であってもよい。Snが含有される場合、つまり、Sn含有量が0%超である場合、Snは、切削加工時の切り屑処理性を高めることで、鋼材の被削性を高める。Snが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Sn含有量が0.10%を超えれば、鋼材の靭性が劣化する場合がある。したがって、Sn含有量は0~0.10%である。
Sn含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。
Sn含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.07%である。
【0038】
本開示の鋼材は、鋼の靭性を高めるために、さらに、Feの一部に代えて、第3群としてのTiを含有してもよい。
(第3群)
Ti:0.100%以下
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。
Tiが含有される場合、つまり、Ti含有量が0%超である場合、Tiは、結晶粒径を微細化させ、鋼材の靭性を高める。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ti含有量が0.100%を超えれば、粗大なTi炭窒化物が生成し、疲労特性を劣化させる場合がある。したがって、Ti含有量は0~0.100%である。
Ti含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.003%である。
Ti含有量の好ましい上限は0.050%であり、さらに好ましく0.030%である。
【0039】
(化学組成の測定方法)
本開示の鋼材、鋼素形材、または窒化部品の化学組成は、JIS G0321:2017に準拠した周知の成分分析法で測定できる。具体的には、ドリルを用いて、鋼材等の表面から1mm深さ以上の内部から、切粉を採取する。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求める。
【0040】
なお、各元素含有量は、本開示で規定された有効数字に基づいて、測定された数値の端数を四捨五入して、本開示で規定された各元素含有量の最小桁までの数値とする。なお、四捨五入とは、端数が5未満であれば切り捨て、端数が5以上であれば切り上げることを意味する。例えば、本開示の鋼材のC含有量は小数第二位までの数値で規定される。したがって、C含有量は、測定された数値の小数第三位を四捨五入して得られた小数第二位までの数値とする。
【0041】
本開示の鋼材のC含有量以外の他の元素含有量も同様に、測定された値に対して、本開示で規定された最小桁までの数値の端数を四捨五入して得られた値を、当該元素含有量とする。
【0042】
(微細組織)
微細組織:フェライト+パーライト、またはパーライト
本開示に係る窒化部品用素形材は、軸部の表面から深さ5mm位置において、フェライト及びパーライト(フェライトとパーライトが混在)、またはパーライトからなる微細組織を有する。
本開示に係る窒化部品用素形材は、高い芯部硬さを具備させるために、適度な量の合金元素を含有させており、必要な芯部硬さを得るために焼入れを施す必要がない。セメンタイト中のCr量を最適化させるために低温焼なましを施すが、低温焼なましは鋼の変態点以下で行われるため、鋼材の微細組織は熱間鍛造ままの状態の微細組織がそのまま残ることになる。
【0043】
本開示で規定された化学成分の鋼を熱間鍛造後に、水冷等の加速冷却を用いることなく、空冷や、風冷等で冷却した場合、鋼の微細組織はフェライト+パーライト、またはパーライトになる。より具体的には、窒化部品用素形材の軸部の表面から深さ5mm位置においてフェライト+パーライト、またはパーライトからなる微細組織を有している。このような微細組織を有することで、窒化部品を製造する際の被削性が良好となる。なお、空冷や、風冷等で冷却した場合でもこの部位の組織にベイナイトが含まれる場合は、合金元素が過剰であることになり、被削性が劣化する。なお、微細組織の具体的な観察方法は実施例で説明する。
【0044】
全Cr量に対する固溶Cr量の割合(固溶Cr量/全Cr量):0.10~0.75
本開示に係る窒化部品用素形材は、窒化部品の芯部硬さを確保するために多量の合金元素を含有させるため、そのまま窒化すると窒化時の変形量が大きくなる。変形を抑制するためには熱間鍛造後から窒化処理の間で、低温焼なまし等の熱処理によってセメンタイト中にCrを濃化させ、フェライト中の固溶Cr量を最適化させる。具体的には窒化部品用素形材の軸部の表面から深さ5mm位置において、全Cr量に対する固溶Cr量の割合(固溶Cr量/全Cr量)を0.10~0.75の範囲とする。全Cr量に対する固溶Cr量の割合が大きすぎると、窒化時の変形量が大きくなる。全Cr量に対する固溶Cr量の割合の好ましい上限は0.70であり、さらに好ましくは0.68である。全Cr量に対する固溶Cr量の割合が小さすぎると疲労強度が劣化する。全Cr量に対する固溶Cr量の割合の好ましい下限は0.20であり、さらに好ましくは0.30である。
【0045】
[鋼材の製造方法]
本開示に係る窒化部品用素形材を製造するための鋼材の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程1)素材準備工程
(工程2)熱間加工工程
以下、各工程について説明する。
【0046】
(工程1)素材準備工程
素材準備工程では、本開示の鋼材の素材を準備する。
具体的には、前述した化学組成を満たす溶鋼を製造する。精錬方法は特に限定されず、周知の方法を用いればよい。例えば、周知の方法で製造された溶銑に対して転炉での精錬(一次精錬)を実施する。転炉から出鋼した溶鋼に対して、周知の二次精錬を実施する。二次精錬において、合金元素を溶鋼に添加して成分を調整し、前述した化学組成を有する溶鋼を製造する。
【0047】
前述の精錬方法により製造された溶鋼を用いて、周知の鋳造法により素材を製造する。例えば、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造する。また、溶鋼を用いて連続鋳造法によりブルーム又はビレットを製造してもよい。以上の方法により、素材(インゴット、ブルーム又はビレット)を製造する。
【0048】
(工程2)熱間加工工程
製造された素材を熱間加工して、鋼材を製造する。
熱間加工工程では通常、1又は複数回の熱間加工を実施する。複数回熱間加工を実施する場合、最初の熱間加工は例えば、分塊圧延又は熱間鍛造を用いた圧延であり、次回以降の熱間加工は、連続圧延機を用いた圧延であってもよい。連続圧延機は、一列に配列された複数の圧延スタンドを備える。
熱間加工後の鋼材を室温まで冷却する。粗圧延及び連続圧延機を用いた圧延により、ビレットを製造し、その後、そのビレットを再加熱して、連続圧延機を用いた仕上げ圧延をさらに実施して、所望のサイズの鋼材を製造してもよい。また、熱間鍛造のみにより素材から鋼材を製造してもよい。熱間加工時の素材の加熱温度は特に限定されないが、例えば、1100~1300℃である。
【0049】
以上の工程により、本開示に係る窒化部品用素形材を製造するための鋼材が製造される。
【0050】
[窒化部品用素形材の製造方法]
本開示に係る窒化部品用素形材の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程3)鋼素形材成形工程
(工程4)セメンタイト中へのCr濃化工程
【0051】
(工程3)鋼素形材成形工程
鋼素形材成形工程では、前述の化学組成を有する鋼材を用いて、窒化部品用素形材(鋼素形材)に成形する。成形方法は例えば、熱間鍛造である。
具体的には、初めに、前述の化学組成を有する鋼材を加熱する。加熱温度は例えば、1000~1300℃である。加熱された鋼材を熱間鍛造して、所定の形状の鋼素形材に成形する。成形後の鋼素形材を空冷する。空冷での冷却速度は、ファンを用いて適宜調整してもよい。
【0052】
(工程4)セメンタイト中へのCr濃化工程
熱間鍛造後の鋼素形材に対して母相中のCrをセメンタイト中に濃化させるための熱処理を行う。具体的には、鋼素形材を所定の温度で所定の時間加熱した後、室温まで冷却する。加熱温度は例えば、600~650℃であり、加熱時間は例えば、30~300分である。この熱処理によって、Crがセメンタイトに濃化するため、鋼素形材から窒化部品を製造する窒化時の変形量が低減できる。
なお、所定の量のCrをセメンタイトに濃化させ、全Cr量に対する固溶Cr量の割合を0.10~0.75の範囲内にすることができるのであれば、どのような処理であってもよい。
【0053】
[窒化部品]
本開示に係る窒化部品は、表層に形成される窒化層と、窒化層よりも内部の芯部とを備え、芯部の化学組成は、前述した本開示の鋼材及び窒化部品用素形材の化学組成と同じである。本開示において窒化部品の表層とは、表面から深さ1.5mmまでの領域を意味し、芯部とは表面から1.5mmより深い領域を意味する。窒化処理によって表面から侵入する窒素の深さは最大で1.5mm程度と見込まれる。すなわち、ここで窒化部品の表層とは窒素が侵入しうる領域を指し、芯部とは窒化処理による窒素の侵入が及ばない領域を指す。本開示に係る窒化部品は、表面から1.5mmより深い部分である芯部と、芯部の外側(表層)に存在する窒化層とを有する。
【0054】
本開示に係る窒化部品の芯部における化学組成及び微細組織は、前述した本開示に係る窒化部品用素形材と同じであるため、ここでの説明は省略する。
鋼を窒化した場合、表層には鉄窒化物を主体とする化合物層と呼ばれる層が生じ、その直下には、母相が固溶Nや合金窒化物で強化された拡散層と呼ばれる層が生じる。本開示において、窒化層とは、化合物層と拡散層の両方を含み、化合物層のN含有量は、例えば2~11%であり、拡散層のN含有量は、例えば0.0300~0.6000%である。
【0055】
[窒化部品の製造方法]
本開示に係る窒化部品は、例えば、前述した窒化部品用素形材を用いて製造することができる。前述の窒化部品用素形材を素材とした本開示に係る窒化部品の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程5)機械加工工程
(工程6)窒化処理工程
以下、各工程について説明する。
【0056】
(工程5)機械加工工程
機械加工工程では、窒化部品用素形材に対して機械加工を実施して、窒化部品用素形材を、最終製品形状に近い形状に整える。具体的には、周知の切削加工及び/又は研削加工を実施して、窒化部品用素形材の形状を整える。
【0057】
(工程6)窒化処理工程
窒化処理工程では、機械加工工程後の鋼素形材に対して、窒化処理を実施する。窒化処理は例えば、ガス窒化、ガス軟窒化、塩浴軟窒化、プラズマ窒化等である。窒化処理に用いるガスは、NHのみであってもよいし、NHに加え、N、H、CO、各種炭化水素を含有する周知の混合気体であってもよい。
窒化処理の温度と時間は、表面に必要な硬化層が生成する条件であればどのような条件でもよく、窒化温度は530~620℃であってもよく、窒化時間は0.5~10時間であってもよい。
窒化後の冷却方法は、水冷であってもよいし、油冷であってもよいし、炉冷であってもよい。
以上の製造工程により、本開示に係る窒化部品を製造することができる。
【実施例0058】
実施例により本開示に係る窒化部品用素形材をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本開示に係る窒化部品用素形材及び窒化部品の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本開示に係る窒化部品用素形材及び窒化部品は下記の実施例に限定されない。
【0059】
[鋼材の製造]
表1に示す化学組成(残部はFe及び不純物)を有する鋼材A~Pをそれぞれ次の方法で製造した。
真空溶解炉を用いて、50kgのインゴットを製造した。インゴットを1250℃に加熱した後、熱間加工を実施して鋼材を製造した。具体的には、熱間鍛造を実施して軸方向に垂直な断面が75mm×75mmの棒鋼とした。棒鋼を再度1250℃に加熱した後、直径60mmの断面を持つ棒鋼に熱間で鍛伸し、そのまま常温まで放冷した。以上の製造工程により、鋼材(棒鋼)を製造した。
【0060】
【表1】

【0061】
[鋼素形材の製造]
製造された各鋼材を素材として、鋼素形材を次の方法で製造した。
【0062】
前述の工程3の鋼素形材成形工程を模擬して、鋼材を1150℃で60分保持した後、常温まで空冷する、熱間鍛造模擬処理を施した。
【0063】
熱間鍛造模擬処理後の棒鋼を600~700℃で1.0~4.0h保持後に炉冷する低温焼なまし処理に供し、セメンタイト中にCrを濃化させた。
以上の製造工程により、窒化部品用素形材を模擬した、鋼素形材を製造した。
【0064】
[評価]
製造された各鋼素形材、並びに各鋼素形材を切削及び窒化して窒化部品を模した試験片に対して、次の評価(試験1~試験5)を実施した。
(試験1)鋼素形材の微細組織観察
(試験2)鋼素形材の被削性評価
(試験3)鋼素形材のセメンタイト中のCr濃度分析
(試験4)曲げ疲労強度評価
(試験5)窒化時の曲がり量評価
以下、各試験について説明する。
【0065】
(試験1)鋼素形材の微細組織観察
各試験番号の鋼素形材の長手方向に垂直な横断面のうち、表面から5mm深さ位置が被検面の中心となるように組織観察用のブロック状の試験片を切り出し、樹脂に埋め込んでから鏡面研磨した。研磨面をナイタールでエッチングして、光学顕微鏡を用いて、視野面積1.56mmの領域を200倍の倍率で1箇所観察した。
いずれの試験番号の組織にも、マルテンサイトやベイナイトは含まれず、フェライト及びパーライト、またはパーライトのみで構成されていた。
【0066】
(試験2)鋼素形材の被削性評価(硬さ試験)
各試験番号の微細組織観察試験片のビッカース硬さを測定した。鏡面研磨した面の任意の5箇所で、JIS Z 2244:2009に準拠したビッカース硬さ試験を実施した。試験力は9.8Nとした。得られた5つの硬さの算術平均値を、当該試験番号のビッカース硬さと定義した。ビッカース硬さが300HV以下である場合、十分な被削性が得られると判断した。
【0067】
(試験3)鋼素形材のセメンタイト中のCr濃度分析(固溶Cr量/全Cr量の算出)
各試験番号の鋼素形材(直径60mmの棒鋼)の軸方向に垂直な断面の表面から5mm深さ位置から、直径5mm、長さ40mmの電解分析用試験片を作製した。試験片は10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール電解液で電流密度20mA/cmで電解した。電解後の溶液をメッシュサイズ0.2μmのクリポアフィルターで吸引ろ過した。得られた残さ中のCr量を高周波誘導結合プラズマ発光分光装置を用いて分析し、そのCr量がセメンタイト中に濃化したCr量とみなした。全Cr量からセメンタイト中に濃化したCr量を差し引いた値を固溶Cr量とみなした。
そして、鋼素形材に含まれる全Cr量に対する固溶Cr量の質量割合(固溶Cr量/全Cr量)を算出した。
【0068】
(試験4)曲げ疲労強度評価
各試験番号の鋼素形材(直径60mmの棒鋼)の軸方向に垂直な断面の半径中央位置(R/2位置)から、図1に示す小野式回転曲げ疲労試験片を作製した。図1中の数値は、寸法(単位はmm)を示す。図1中の「φ」は直径を意味する。図2及び図3についてもい同様である。「R3」は、切欠き底の曲率半径が3mmであることを意味する。
【0069】
具体的には、各試験番号の鋼素形材を機械加工(切削加工)して、小野式回転曲げ疲労試験片の中間品に加工した。中間品に対して、窒化処理を実施して、図1に示す小野式回転曲げ疲労試験片を作製した。実施した窒化処理の条件は、以下のとおりとした。窒化処理では、中間品を、RXガス(吸熱型変成ガス)とアンモニアガスとが1:1の雰囲気内で、570℃で3時間保持した。保持後の中間品を油冷した。以上の工程により、窒化部品を模擬した小野式回転曲げ疲労試験片を作製した。
【0070】
各試験番号の小野式回転曲げ疲労試験片を用いて、小野式回転曲げ疲労試験を行った。各試験番号ごとに複数の小野式回転曲げ疲労試験片を準備した。各試験片ごとに加える応力を変えて疲労試験を実施し、1000万回(10回)繰り返しの後、破断しなかった最も高い応力を曲げ疲労強度(MPa)とした。小野式回転曲げ疲労試験では、回転速度を3000rpmとし、応力比を両振りとした。得られた曲げ疲労強度を、表2中の「窒化部品」欄の「曲げ疲労強度(MPa)」欄に示す。疲労強度が540MPa以上である場合、十分な疲労強度が得られると判断した。
【0071】
(試験5)窒化時の曲がり量評価
各試験番号の鋼素形材(直径60mmの棒鋼)の軸方向に垂直な断面の半径中央位置(R/2位置)から、図2に示すφ15×100mmの曲がり測定用試験片を作製した。試験片に対して、RXガスとアンモニアガスとが1:1の雰囲気内で、570℃で3時間保持し、その後油冷する窒化処理を施した。
窒化後の試験片の曲がり量を接触型の3次元測定機で測定した。具体的には、図3に示すように、試験片の両端部から10mm位置、長手方向の中間位置の3ヶ所において、横断面から基準円を求め、その基準円の中心を求め、両端部から10mm位置の基準円の中心座標を結んだ線(A1)と、長手方向の中間位置の基準円の中心座標(A0)との距離を曲がり量とみなした。基準円の求め方について述べる。基準円を求める位置において、円周部を45°ピッチで各8点の座標を測定した。各8点の座標から真円を近似したものをその位置の基準円とした。曲がり量が2.0μm以下の場合、十分に曲がりが抑制できるとみなした。
【0072】
熱間鍛造模擬処理後の熱処理条件、及び試験2~5の評価結果等を表2に示す。
【0073】
【表2】
【0074】
本開示の要件を満たす試験番号では、曲げ疲労強度が540MPa以上であり、かつ曲がり量が2.0μm以下であった。
試験番号1は、C含有量が過少であり、曲げ疲労強度が不十分であった。
試験番号4は、C含有量が過多であり、被削性が劣った。
試験番号6は、Mn含有量が過少であり、曲げ疲労強度が不十分であった。
試験番号8は、Mn含有量が過多であり、被削性が劣った。
試験番号9は、Cr含有量が過少であり、曲げ疲労強度が不十分であった。
試験番号11は、Cr含有量が過多であり、曲がり量が大き過ぎた。
試験番号17、18は、熱処理を行わなかったため、セメンタイトにCrが濃縮されず、固溶Cr量/全Cr量が高い値となり、曲がり量が大き過ぎた。
試験番号19は、熱処理温度が高過ぎたため、セメンタイトにCrが濃縮され過ぎ、固溶Cr量/全Cr量が低い値となり、曲げ疲労強度が不十分であった。
図1
図2
図3