(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095321
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】水性インキ組成物及び筆記具
(51)【国際特許分類】
C09D 11/17 20140101AFI20240703BHJP
C09D 11/32 20140101ALI20240703BHJP
B43K 5/18 20060101ALI20240703BHJP
B41M 5/00 20060101ALI20240703BHJP
B43K 5/00 20060101ALN20240703BHJP
【FI】
C09D11/17
C09D11/32
B43K5/18 100
B41M5/00 120
B43K5/00 110
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022212523
(22)【出願日】2022-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸塚 太郎
【テーマコード(参考)】
2C350
2H186
4J039
【Fターム(参考)】
2C350GA01
2C350KA01
2C350KA03
2H186FB11
2H186FB16
2H186FB17
2H186FB18
2H186FB25
2H186FB29
2H186FB30
2H186FB53
4J039BC09
4J039BC13
4J039BC55
4J039BE06
4J039BE12
4J039BE19
4J039BE28
4J039BE30
4J039CA03
4J039EA46
4J039EA47
4J039EA48
4J039GA24
4J039GA28
(57)【要約】
【課題】主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した筆記具用の水性インキ組成物を提供する。また、このような水性インキ組成物をインキとして用いることにより環境負荷を低減した筆記具を合わせて提供する。
【解決手段】筆記具用の水性インキ組成物であって、水と、水溶性の天然色素と、溶剤とを含み、溶剤は、グリセリン及びポリグリセリンの一方または両方であり、水性インキ組成物の全体を100質量%として、水の割合は85質量%以上である水性インキ組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
筆記具用の水性インキ組成物であって、
水と、水溶性の天然色素と、溶剤とを含み、
前記溶剤は、グリセリン及びポリグリセリンの一方または両方であり、
前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記水の割合は85質量%以上である水性インキ組成物。
【請求項2】
前記溶剤はポリグリセリンである請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項3】
前記天然色素は、クチナシ色素、ラック色素、コチニール色素、ベニバナ色素、アナトー色素、バタフライピー色素及びスピルリナ色素からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項4】
万年筆用である請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項5】
インクジェットプリンタ用である請求項1に記載の水性インキ組成物。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の水性インキ組成物を収容する筆記具。
【請求項7】
一時的に前記水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して前記水性インキ組成物をペン先へ誘導するインキ供給機構を有する請求項6に記載の筆記具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インキ組成物及び筆記具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、主溶媒として水が用いられたインキ組成物が知られている。以下の説明において、主溶媒として水が用いられたインキを「水性インキ」と称する。水性インキ組成物は、例えば、水性ボールペンや万年筆等の筆記具用のインキとして広く用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の水性インキ組成物では、材料の多くが石油由来の合成された化合物である。以下の説明では、石油から分離された化合物及び石油由来の合成された化合物を合わせて「石油化学製品」と称する。
【0005】
一方、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)の観点から、環境負荷の小さい製品の開発が求められている。このような観点からは、インキ組成物に用いられる材料として、天然素材(天然物由来の材料)を用いることが求められている。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した筆記具用の水性インキ組成物を提供することを目的とする。また、このような水性インキ組成物をインキとして用いることにより環境負荷を低減した筆記具を合わせて提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、水性インキ組成物の内容物として水に次いで配合比率が高い色素について、天然色素を用いることを検討した。検討を進める上で、発明者らは、天然色素を用いた水性インキ組成物において、筆記時に紙へのにじみや紙の裏抜けのような不具合を解決する際の添加物に着目し、不具合の解決と環境負荷の低減とを両立可能な筆記具用の水性インキ組成物について鋭意検討を行った結果、発明を完成させた。
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明の一態様は、以下の態様を包含する。
【0009】
[1]筆記具用の水性インキ組成物であって、水と、水溶性の天然色素と、溶剤とを含み、前記溶剤は、グリセリン及びポリグリセリンの一方または両方であり、前記水性インキ組成物の全体を100質量%として、前記水の割合は85質量%以上である水性インキ組成物。
【0010】
[2]前記溶剤はポリグリセリンである[1]に記載の水性インキ組成物。
【0011】
[3]前記天然色素は、クチナシ色素、ラック色素、コチニール色素、ベニバナ色素、アナトー色素、バタフライピー色素及びスピルリナ色素からなる群から選ばれる少なくとも1種である[1]または[2]に記載の水性インキ組成物。
【0012】
[4]万年筆用である[1]から[3]のいずれか1項に記載の水性インキ組成物。
【0013】
[5]インクジェットプリンタ用である[1]から[3]のいずれか1項に記載の水性インキ組成物。
【0014】
[6][1]から[5]のいずれか1項に記載の水性インキ組成物を収容する筆記具。
【0015】
[7]一時的に前記水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して前記水性インキ組成物をペン先へ誘導するインキ供給機構を有する[6]に記載の筆記具。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した筆記具用の水性インキ組成物を提供することができる。また、このような水性インキ組成物をインキとして用いることにより環境負荷を低減した筆記具を合わせて提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
≪水性インキ組成物≫
本実施形態の水性インキ組成物は、筆記具用の水性インキ組成物であって、水と、天然色素と、溶剤とを含む。以下の説明においては、水性インキ組成物を単に「インキ組成物」と略称する。
【0018】
[水]
インキ組成物は、組成物全体を100質量%としたとき、水を85質量%以上の割合で含む。水を85質量%以上の割合で含むことにより、インキ組成物において石油化学製品の割合が低下し、環境負荷が低下したインキ組成物となる。
【0019】
インキ組成物に含まれる水には、工業用水、蒸留水、限外ろ過水、イオン交換水など、種々の水を用いることができる。用いる色素の発色状態に影響するおそれがあるため、金属イオンを低減された水が好ましく、蒸留水、イオン交換水が好ましい。
【0020】
インキ組成物においては、組成物全体を100質量%としたとき水を88質量%以上含むことが好ましく、90質量%以上含むことがより好ましい。
【0021】
[天然色素]
本実施形態のインキ組成物は、水溶性の天然色素を含む。天然色素が水溶性であることにより、保存時に色素が分離、沈殿することを抑制できる。
【0022】
水溶性の天然色素としては、クチナシ色素、ラック色素、コチニール色素、ベニバナ色素、アナトー色素、バタフライピー色素及びスピルリナ色素を挙げることができる。クチナシ色素は、処理方法により青色色素、黄色色素、赤色色素を作り分けることができる。本実施形態のインキ組成物には、これらいずれの色のクチナシ色素も用いることができる。
【0023】
なかでも、発色がよく視認しやすいことからクチナシ色素、コチニール色素、アナトー色素が好ましい。
【0024】
インキ組成物においては、組成物全体を100質量%としたとき天然色素を0.5質量%以上10質量%以下含むことが好ましく、1質量%以上8質量%以下含むことがより好ましく、1.5質量%以上3質量%以下含むことがさらに好ましい。
【0025】
[溶剤]
発明者の検討により、上記のように水の含有率が高く、且つ天然色素を用いたインキ組成物では、紙に記載したときに、にじみや裏抜けのような不具合が生じやすいことが分かった。発明者らが鋭意検討したところ、溶剤としてグリセリンやポリグリセリンを用いることにより、従来知られたエチレングリコールやプロピレングリコールのような溶剤と比べ、上記の不具合を改善できることが分かった。
【0026】
さらに、グリセリンは天然素材である大豆油や獣脂などの油を加水分解することで得られ、ポリグリセリンは天然物であるグリセリンから得られる誘導体である。そのため、溶剤としてグリセリン又はポリグリセリンを用いることにより、インキ組成物全体の天然素材の含有率を高め、環境負荷を低減することが可能となる。
【0027】
溶剤として、グリセリン及びポリグリセリンの一方または両方を用いることができる。また、溶剤としては、ポリグリセリンが好ましい。ポリグリセリンは直鎖状であってもよく、分岐していてもよい。
【0028】
ポリグリセリンとしては、例えば、グリセリンの二量体(ジグリセリン)、三量体(ポリグリセリン-3)、四量体(ポリグリセリン-4)、六量体(ポリグリセリン-6)、10量体(ポリグリセリン-10)、20量体(ポリグリセリン-20)を挙げることができる。
【0029】
ポリグリセリンの平均分子量は、90以上が好ましく、150以上がより好ましく、300以上がさらに好ましい。また、ポリグリセリンの平均分子量は、1200以下が好ましく、800以下がより好ましく、600以下がさらに好ましく、400以下が特に好ましい。この範囲にすると、インキ組成物の筆記性、追従性、耐乾燥性を良好に得られるとともに、にじみ、裏抜け性能も両立することができるため好適である。ポリグリセリンの平均分子量の上限値と下限値とは、任意に組み合わせることができる。
【0030】
また、溶剤として、ポリグリセリン脂肪酸エステルのようなグリセリン誘導体を用いることもできる。
【0031】
インキ組成物においては、組成物全体を100質量%としたときグリセリン誘導体を0.5質量%以上10質量%以下含むことが好ましく、1質量%以上8質量%以下含むことがより好ましく、1.5質量%以上3質量%以下含むことがさらに好ましい。
【0032】
[その他の添加物]
インキ組成物は、発明の効果を損なわない範囲において、種々の添加物を含むことができる。
【0033】
(pH調整剤)
インキ組成物は、pH調整剤を含むことができる。pH調整剤としては、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの塩基性無機化合物、酢酸ナトリウム、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンなどの塩基性有機化合物、乳酸およびクエン酸などが挙げられる。インキ組成物の経時安定性を考慮すれば、塩基性有機化合物を用いることが好ましく、弱塩基性であるトリエタノールアミンを用いることがより好ましい。pH調整剤は、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせてもちいてもよい。
【0034】
インキ組成物のpHは、適用する筆記具の構成に応じて適宜制御するとよい。例えば、万年筆やボールペンなど、ペン先に金属部材を有する構成の筆記具に採用する場合、インキ組成物のpHは、7以上10以下であると好ましい。インキ組成物のpHをこの範囲(中性~塩基性)に制御することにより、筆記具のペン先に用いられる金属部材の腐食を抑制することができる。インキ組成物のpHは、7を超えることが好ましく、8以上がより好ましい。また、インキ組成物のpHは9以下が好ましい。pHの上限値と下限値とは任意に組み合わせることができる。
【0035】
なお、本明細書において、インキ組成物のpHは、公知のpHメータ(例えば、東亜ディーケーケー社製、型名:HM-30R)を用いて、20℃で測定した値とする。また、同様の性能の測定機器(例えば、東亜ディーケーケー社製pH・イオンメータ、型名:HM-42X)を用い20℃で測定した値を採用してもよい。
【0036】
(界面活性剤)
インキ組成物は、界面活性剤を含むことができる。界面活性剤としては、例えばポリオキシアルキレンアルキルエーテルやポリオキシアルキレンアリールエーテルのようなノニオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤など、インキ組成物に用いられる公知の界面活性剤を採用することができる。これらの界面活性剤は、インキ組成物の表面張力を適正な範囲に調整するために用いられる。
【0037】
インキ組成物が界面活性剤を含む場合、組成物全体を100質量%としたとき界面活性剤を0.001質量%以上1.0質量%以下含むことが好ましく、0.01質量%以上0.5質量%以下含むことがより好ましい。
【0038】
(抗菌性物質)
インキ組成物は、抗菌性物質(防腐剤)を含むことができる。抗菌性物質としては、フェノール、2-フェノキシエタノール、安息香酸ナトリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、ソルビン酸カリウム、パラオキシ安息香酸プロピル、2,3,5,6-テトラクロロ-4-(メチルスルフォニル)ピリジン、2-ピリジンチオール-1-オキシドナトリウム、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン(BIT)、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン(MIT)、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン(OIT)、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、4,5-ジクロロ-2-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、ブチルカルバミン酸ヨウ化プロピニル、オルトフェニルフェノールまたはその塩などが挙げられる。
【0039】
インキ組成物は、その他、公知の防錆剤、キレート剤、保湿剤、ワックス材、分散剤、樹脂(定着剤)、消泡剤、凝集剤、潤滑剤等を含んでもよい。
【0040】
上記インキ組成物では、水、色素、溶剤(グリセリン又はポリグリセリン)が天然素材であり、インキ組成物の多くを占める。上記インキ組成物では、インキ組成物の全体を100質量%としたとき、天然素材の占める割合が95質量%以上であり、より好ましくは98質量%以上である。さらに、インキ組成物のうち水を除く残部を100質量%としたとき、天然素材の占める割合が50質量%以上であり、70質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、95質量%以上が特に好ましい。さらに、溶剤としてグリセリン又はポリグリセリンを採用することにより、筆記時に紙へのにじみや裏抜けのような不具合が抑制される。そのため、上記インキ組成物では、従来よりも環境負荷を低減するとともに、書き味に優れた水性インキ組成物となる。
【0041】
≪筆記具≫
上述したインキ組成物は、繊維チップ、フェルトチップ、プラスチックチップなどのペン芯またはボールペンチップなどをペン先としたマーキングペンやボールペン、金属製のペン先を用いた万年筆やつけペンなどの筆記具に用いることができる。なかでも上述したインキ組成物は、万年筆用及びつけペン用として好適に用いられる。
【0042】
インキ組成物を用いることができる筆記具としては、インキ組成物を直に充填する構成のものであってもよく、インキ組成物を充填することのできるインキ貯蔵体を備えるものであってもよい。また、前記インキ貯蔵体が、筆記具本体やペン先などに着脱自在に交換可能な構造をもつカートリッジ式筆記具およびコンバーター式筆記具であってもよい。なお、コンバーター式筆記具としては、インキ瓶のようなインキ収容体から、インキ貯蔵体内に直接インキを吸入することができる機能をもつインキ貯蔵体(インキ吸入器)を備えることのできる筆記具が挙げられる。
【0043】
インキ組成物を用いることができる筆記具のインキ供給機構についても特に限定されない。例えば、筆記具として、
(機構1)繊維束などからなるインキ誘導芯をインキ流量調節部材として備え、水性インキ組成物をペン先に誘導する機構
(機構2)一時的に水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して水性インキ組成物をペン先へ誘導する機構
(機構3)弁機構によるインキ流量調節部材を備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、および
(機構4)ペン先を具備したインキ収容体または軸筒より、水性インキ組成物を直接、ペン先に供給する機構
などのインキ供給機構を有する筆記具を挙げることができる。
【0044】
その他、上述したインキ組成物は、インクジェットプリンタ用の記録インクとして、公知のインクジェットプリンタに用いることができる。インクジェットプリンタ用のインクは、例えば、インクジェットプリンタ用のインクを収容するカートリッジや、詰め替え用のインクが充填された容器の形式で提供される。その際、インキ組成物の濃度、粘度、表面張力等の物性については、用いるインクジェットプリンタの構成に応じ、発明の効果を損なわない範囲において調整することができる。
【0045】
上述のインキ組成物をインクジェットプリンタ用の記録インクとして用いる場合、インキ組成物全体における色材の濃度は、0.1~10質量%であり、好ましくは0.5~7質量%、さらに好ましくは2~5質量%である。
【0046】
上述のインキ組成物をインクジェットプリンタ用の記録インクとして用いる場合、公知の水溶性有機溶剤、界面活性剤、樹脂(水溶性樹脂、樹脂エマルション)、顔料分散剤、防腐剤、防黴剤、消泡剤、脱酸素剤等を添加し、適宜物性の調整をすることができる。
【0047】
以上のような構成のインキ組成物によれば、主として天然素材を含み、従来よりも環境負荷を低減した筆記具用の水性インキ組成物となる。これにより、本実施形態のインキ組成物によれば、SDGsの目標No.12、13などに貢献する技術となり得る。
【0048】
また、以上のような構成の筆記具によれば、上述の水性インキ組成物をインキとして用いるため、環境負荷を低減可能となる。さらに、筆記具として、インキ組成物のみを繰り返し補充して使用する機構を有するもの(例えば万年筆やつけペン)を採用することにより、環境負荷の小さい上述の水性インキ組成物、カートリッジやリフィル等の廃棄物の少ない筆記具とを組み合わせ、さらに環境負荷を低減することが可能となる。
【0049】
上述のインキ組成物は、インキ組成物全体に占める水の割合が大きく、低粘度に調整することが容易である。そのため、(機構1)、(機構2)、または(機構3)のインキ供給機構を備える筆記具に好適に用いることができる。なかでも、上述のインキ組成物は、(機構2)のインキ供給機構を備える筆記具、すなわち「上述の水性インキ組成物を内蔵し、一時的に水性インキ組成物を貯留するくし溝と、インキ流通路と、空気通路とを有するペン芯を介して水性インキ組成物をペン先へ誘導するインキ供給機構を有する筆記具」に好適に用いることができる。(機構2)を以下「くし溝機構」と称する。
【0050】
本実施形態のインキ組成物を採用する筆記具が万年筆である場合、インキ組成物の粘度は、1mPa以上10mPa以下が好ましく、1mPa以上5mPa以下がより好ましく、1mPa以上3mPa以下がさらに好ましく、1mPa以上2mPa以下がよりさらに好ましい。このような粘度のインキ組成物は、くし溝機構を有する万年筆においても好適に用いることができる。
【0051】
くし溝構造を有する筆記具においては、使用後に筆記具のインキ流通路においてインキ組成物が乾燥すると、インキ組成物中の固形分が析出してインキ流通路に固着し、流通路を閉塞させることがある。このような筆記具において本実施形態のインキ組成物を用いる場合、インキ組成物に含まれる水の割合が大きいことから、インキ流通路に固着した固形分をインキ組成物が再度溶解し、閉塞を解消する効果が期待できる。
【0052】
加えて、上述のインキ組成物に含まれるグリセリンおよびポリグリセリンは、揮発性が低く、且つ親水性が高い。そのため、インキ組成物がインキ流通路で乾燥しにくく、且つインキ流通路に固着した固形分を再溶解させやすく好ましい。このような効果は、特にポリグリセリンにおいて期待できる。
【0053】
上述のインキ組成物を採用する筆記具としては、くし溝構造を有しペン先が金属製である万年筆が好ましい。金属製のペン先は、摩耗しにくいため繰り返し使用できる。
【0054】
また、万年筆は、インキが補充できるため、環境負荷が小さく好ましい。一方、万年筆にインキの補充を繰り返すためには低粘度のインキが好ましいが、低粘度のインキでは、筆跡のにじみが課題となりやすい。この点、上述のインキ組成物においては、インキ組成物にグリセリン又はポリグリセリンが含まれ、筆跡のにじみが抑制されている。
【0055】
これらより、くし溝構造を有しペン先が金属製である万年筆において、天然色素と、グリセリンおよびポリグリセリンの一方または両方とを含み、インキ組成物の粘度が1mPa以上10mPa以下である上述のインキ組成物を採用すると、環境負荷が低く好ましい。
【0056】
以上、本発明に係る好適な実施の形態例について説明したが、本発明は係る例に限定されない。上述した例において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計、仕様等に基づき種々変更可能である。
【実施例0057】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
<評価1>
[実施例1,2、比較例1~4]
以下の表に記載の配合でインキ組成物を調整して評価した。
【0059】
【0060】
各材料は、以下のものを用いた。
天然色素:クチナシ青色素(キリヤ化学株式会社製)
pH調整剤:トリエタノールアミン
界面活性剤:ポリオキシエチレンアルキルエーテル
防腐剤:1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン
【0061】
溶剤として、各実施例では天然素材であるグリセリン又はポリグリセリンを用い、各比較例では石油化学製品であるアルキレングリコールを用いた。かっこ内の記号は、各溶剤の略称を表す。
実施例1:グリセリン(Gly)
実施例2:ポリグリセリン(P-Gly)(ポリグリセリン#310、平均分子量310、阪本薬品工業株式会社社製)
比較例1:エチレングリコール(EG)
比較例2:ジエチレングリコール(DEG)
比較例3:プロピレングリコール(PG)
比較例4:ブチレングリコール(BG)
【0062】
実施例1,2は、インキ組成物のうち水を除く残部を100質量%としたとき、天然素材の占める割合が76%(=4/5.24×100)であり、比較例1~4は同割合が38%(=2/5.24×100)であった。
【0063】
調整した各インキ組成物を、万年筆(カクノM(中字)、株式会社パイロットコーポレーション製)に充填し、筆記時のにじみ及び裏抜けを評価した。
【0064】
(評価方法)
筆記試験用紙として、JIS P3201 筆記用紙Aを用い、手書きにより筆記した筆跡を目視評価した。
【0065】
(評価基準:にじみ)
下記評価基準に従って官能評価にて筆跡を評価し、A,Bを良品、Cを不良と判断した。
A:にじみが無く、良好な筆跡であった。
B:一部にじみが認められるが、実用上十分な筆跡であった。
C:にじみが一定以上認められ、実用に劣る筆跡であった。
【0066】
(評価基準:裏抜け)
下記評価基準に従って筆跡を評価し、A,Bを良品、C,Dを不良と判断した。
A:裏抜けがなく、良好な筆跡であった。
B:一部裏抜けが認められるが、裏面からの筆記も実用上十分な筆跡であった。
C:裏抜けが一定以上認められ、裏面からの筆記は実用で劣る筆跡であった。
D:裏抜けが多く、裏面からの筆記は困難な筆跡であった。
【0067】
評価結果を表2に示す。にじみ、裏抜けの両評価において、一方でも不良と判断されたものは筆記品質が不良と判断し、比較例として扱う。
【表2】
【0068】
評価の結果、実施例1,2はにじみ、裏抜けが抑制され、良好な筆記品質が得られた。対して、比較例1,3,4は、裏抜けの評価結果が悪く、実施例よりも筆記品質が劣る結果となった。比較例2については、筆記品質は実施例と同等であるが、石油化学製品であるDEGを用いており実施例よりも環境負荷が高いと言える。
【0069】
<評価2>
[実施例3]
クチナシ青色素の代わりに、天然色素としてクチナシ黄色色素を用いたこと以外は実施例2と同様にして、実施例3のインキ組成物を調整した。
【0070】
[実施例4]
クチナシ青色素の代わりに、天然色素としてラック色素を用いたこと以外は実施例2と同様にして、実施例4のインキ組成物を調整した。
【0071】
実施例3,4のインキ組成物について、上記方法で筆記品質(にじみ及び裏抜け)の評価を行ったところ、実施例2と同じ評価結果となった。
【0072】
参考例として、市販の一般書記用インキ(Ink30-B、株式会社パイロットコーポレーション製)を用い、上記方法で筆記品質(にじみ及び裏抜け)の評価を行ったところ、実施例1と同じ評価結果となった。
【0073】
以上の結果より、本発明が有用であることが確認できた。